JP7134052B2 - マルテンサイト系ステンレス鋼材およびその製造方法並びに摺動部材 - Google Patents
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[2]表面を研磨して電解エッチングにより仕上げた観察面において、円相当周囲長10.0μm以上の炭化物の個数密度が2200μm2あたり90個以上である組織に調整されている鋼素材に対して、最高到達温度TMが1000~1100℃であり、1000℃以上TM(℃)以下の温度域の滞在時間が3~10秒である条件で加熱したのち冷却してマルテンサイト組織とする焼入れ処理を施す、上記[1]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
[3]前記鋼素材が、板厚0.1~3.5mmの鋼板を用いたものである上記[2]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
[4]前記焼入れ処理の後に、150~700℃で1~120分保持する焼戻し処理を施す、上記[2]または[3]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
[5]上記[1]に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材を用いた摺動部材。
本発明では、高温のオーステナイト単相温度域から冷却したときに常温でマルテンサイト組織となるマルテンサイト系ステンレス鋼種のうち、特にTi、Nb、Zr、V、Wの1種以上を所定の含有量範囲で含有する鋼種を対象とする。具体的な化学組成範囲は以下の通りである。
質量%で、C:0.10~0.50%、Si:0.02~1.0%、Mn:0.02~1.0%、Ni:0.1~5.0%、Cr:12.0~18.0%、Ti:0~0.5%、Nb:0~0.5%、Zr:0~0.5%、V:0~0.5%、W:0~0.5%、残部がFeおよび不可避的不純物であり、Ti、Nb、Zr、V、Wの群から選ばれる1種以上を合計0.25~2.0%含有する化学組成。
本発明では、耐アブレッシブ摩耗性を向上させるために、Ti、Nb、Zr、V、Wの1種以上の元素の炭化物が分散した組織状態とする。これらの元素の炭化物は高融点であり、溶鋼中において鋳造前に生成する。その後の製造過程で熱履歴を加えてもほとんど変化せずに鋼材中にとどまる。この種の炭化物は非常に硬い。このような硬質炭化物によって耐アブレッシブ摩耗性が付与されることは特許文献1などに開示されており、本発明でもその作用を利用する。鋼の化学組成を上述の範囲にコントロールすれば、Ti、Nb、Zr、V、Wから選ばれる1種以上の元素の硬質炭化物による耐アブレッシブ摩耗性向上作用が享受できる。
鋼材の表面を研磨してシュウ酸電解エッチングにより仕上げた観察面について光学顕微鏡観察を行い、200万ドット/インチ以上の解像度で観察画像を採取する。観察総面積は無作為に選んだ1つまたは重複しない複数の視野について合計40000μm2以上とする。視野中に存在する炭化物粒子の総面積Sp(μm2)を画像処理装置によって算出し、前記Spを観察総面積(μm2)で除することにより、炭化物の面積率(%)を定める。
上述の「炭化物の面積率の求め方」に記載した手法で採取した観察総面積40000μm2以上の観察画像について、個々の炭化物粒子の面積を画像処理装置により測定し、円相当周囲長が10.0μm以上である炭化物の数をカウントする。視野境界によって粒子の一部が切断されている粒子については、視野内に存在する部分の面積によって算出される円相当周囲長が10.0μm以上である場合にカウント対象とする。カウントされた炭化物の総数Np(個)と観察視野の総面積(μm2)から、2200μm2あたりの円相当周囲長10.0μm以上の炭化物の個数密度(個/2200μm2)を定める。
上記の耐アブレッシブ摩耗性に優れるマルテンサイト系ステンレス鋼材は、例えば以下の鋼板製造プロセスによって製造することができる。
鋳造→熱間圧延→熱延板焼鈍→(冷間圧延→中間焼鈍)→仕上冷間圧延→(仕上焼鈍)→加工→焼入れ処理→(焼戻し処理)
括弧内の工程は必要に応じて行うことができる。また、各焼鈍や、焼入れ処理あるいは焼戻し処理の後には、通常、酸洗が行われる。本発明では上述のように、Cr炭化物を耐アブレッシブ摩耗性の向上に利用する。Cr炭化物の存在形態(量およびサイズ)は熱処理によって制御することができる。上記製造プロセスにおいては特に熱延板焼鈍および焼入れ処理での条件設定が重要となる。
鋳片を1150~1250℃で1時間以上加熱保持したのち抽出して、熱間圧延を施し、熱延鋼板を得る。熱延鋼板の板厚は例えば3.0~5.0mmの範囲で設定すればよい。
熱間圧延を終えた、いわゆる「as hot」の熱延鋼板に対して750~850℃で5時間以上保持する熱延板焼鈍を施す。この温度域での加熱保持により、熱延鋼板中に多く存在するマルテンサイト相を、炭化物と軟質なフェライト相とに分解する。保持温度が高すぎるとオーステナイト単相温度域に入り、冷却時に新たなマルテンサイトの生成を招く。保持温度が低すぎる場合および保持時間が短すぎる場合は、マルテンサイト相を十分に分解することができず、焼入れ処理に供するための鋼素材として、粗大炭化物が十分に存在している組織状態(具体的には円相当周囲長10.0μm以上の炭化物の個数密度が2200μm2あたり90個以上である組織状態)のものを用意することが難しくなる。また、マルテンサイト相が残存すると、冷間圧延工程での製造性が悪くなる。
熱延板焼鈍を終えた鋼板は、冷間圧延によって目標板厚の鋼板とされる。目標板厚は0.1~3.5mmの範囲で設定できる。1.0~2.0mmの範囲に管理してもよい。必要に応じて中間焼鈍が施される。後述の加工に供する前に行われる最終の冷間圧延を「仕上冷間圧延」と呼ぶ。仕上冷間圧延の後、必要に応じて最終的な焼鈍が施される。その焼鈍を「仕上焼鈍」と呼ぶ。焼鈍条件は、中間焼鈍、仕上焼鈍とも、750~850℃、均熱0~60秒とすればよい。仕上焼鈍を省略する場合、仕上冷間圧延での圧延率は5~50%とすることが好ましい。50%を超える圧延率の冷延鋼板をそのまま後述の加工に供すると、用途によっては加工性が不足する場合がある。
本明細書では、焼入れ処理に供する鋼材を「鋼素材」と呼んでいる。この鋼素材は、通常、最終製品と同等の形状あるいはそれに近い形状を有している。上述の仕上冷間圧延を終えた冷延鋼板、あるいは仕上焼鈍を終えた冷延焼鈍鋼板にプレス成形等の加工を施し、焼入れ処理に供するための鋼素材を得る。
焼入れ処理に供する鋼素材は、フェライト相のマトリックス中に、Ti、Nb、Zr、V、Wの1種以上の元素と炭素が結合した非常に硬質な炭化物と、主として熱延板焼鈍で成長したCr炭化物が分散した金属組織を有している。そのCr炭化物は円相当周囲長が10.0μm以上の大きいサイズのものが多い。以下、円相当周囲長が10.0μm以上の炭化物を「粗大炭化物」と呼ぶ。発明者らの検討によれば、粗大炭化物のなかでもCr炭化物は耐アブレッシブ摩耗性を低下させる要因となる。また、耐食性を低下させる要因にもなる。一方で、小さいサイズのCr炭化物は耐アブレッシブ摩耗性の向上に寄与することがわかった。
上記の焼入れ処理を終えた鋼材は硬質なマルテンサイト組織を呈している。靭性や加工性を重視する場合は、焼入れ処理後の鋼材に対して、必要に応じて更に焼戻し処理を施すことができる。焼戻し処理は、150~700℃で1~120分保持する条件で行うことが好ましい。
供試材の板面(板厚方向に対して垂直な板表面)について、JIS Z2244:2009に従いビッカース硬さHV30(試験力294.2N)を測定した。
上掲の「炭化物の面積率の求め方」に従って供試材の板面(板厚方向に対して垂直な板表面)をシュウ酸電解エッチングにて仕上げた観察面についての光学顕微鏡観察を行い、炭化物の面積率(%)を定めた。観察画像の採取は200万ドット/インチの解像度で行った。無作為に選択した10視野について合計409394.4μm2の面積を観察した。画像処理では、炭化物粒子が黒で表示されるように明度を二値化した。
上掲の「円相当周囲長10.0μm以上の炭化物の個数密度の求め方」に従って供試材の板面をシュウ酸電解エッチングにて仕上げた観察面についての光学顕微鏡観察を行い、円相当周囲長10.0μm以上の「粗大炭化物」の個数密度(個/2200μm2)を定めた。ここでは、上記の炭化物面積率の測定と同じ観察画像(合計409394.4μm2の二値化画像)を用いた。
ピンオンディスク摩耗試験によって耐アブレッシブ摩耗性を評価した。番手800のSiC研磨紙(JIS R6010:2000に規定される粒度P800のSiC砥粒が塗布された研磨紙)を貼り付けたディスクを回転させ、その研磨紙の表面上に、供試材から切り出した直径8mmの円形試験片の表面を付加荷重20Nで押し付けた。回転数140rpm、試験片中心位置の摩擦速度0.66m/s、試験片中心位置の摩擦距離200m、乾式の条件で摩耗試験を行い、下記(1)式により比摩耗量C(mm3/m/N)を算出した。
比摩耗量C=W/(L×F) …(1)
ここで、Wは試験片の摩耗量(mm3)、Lは摩擦距離=200m、Fは付加荷重=20Nである。
この試験において比摩耗量が40×10-5mm3/m/N以下であれば非常に優れた耐アブレッシブ摩耗性を有すると評価できる。したがって、比摩耗量が40×10-5mm3/m/N以下であるものを合格と判定した。
供試材から切り出した試験片(裏面および端面シール:あり)について、5%塩化ナトリウム水溶液による、35℃、72時間の塩水噴霧試験を行い、赤錆発生の有無を調べた。赤錆の発生が認められなかったものを○(耐食性;良好)、認められたものを×(耐食性;不十分)と評価し、○評価を合格と判定した。
これらの結果を表2A、表2Bに示す。
Claims (5)
- 質量%で、C:0.10~0.50%、Si:0.02~1.0%、Mn:0.02~1.0%、Ni:0.1~5.0%、Cr:12.0~18.0%、Ti:0~0.5%、Nb:0~0.5%、Zr:0~0.5%、V:0~0.5%、W:0~0.5%、残部がFeおよび不可避的不純物であり、Ti、Nb、Zr、V、Wの群から選ばれる1種以上を合計0.25~2.0%含有する化学組成を有し、表面を研磨して電解エッチングにより仕上げた観察面において、炭化物の面積率が1.0%以上、かつ円相当周囲長10.0μm以上の炭化物の個数密度が2200μm2あたり60個以下である、マルテンサイト系ステンレス鋼材。
- 表面を研磨して電解エッチングにより仕上げた観察面において、円相当周囲長10.0μm以上の炭化物の個数密度が2200μm2あたり90個以上である組織に調整されている鋼素材に対して、最高到達温度TMが1000~1100℃であり、1000℃以上TM(℃)以下の温度域の滞在時間が3~10秒である条件で加熱したのち冷却してマルテンサイト組織とする焼入れ処理を施す、請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
- 前記鋼素材が、板厚0.1~3.5mmの鋼板を用いたものである請求項2に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
- 前記焼入れ処理の後に、150~700℃で1~120分保持する焼戻し処理を施す、請求項2または3に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材の製造方法。
- 請求項1に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼材を用いた摺動部材。
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