以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
図1は、本実施形態における電動機の動作を制御する制御装置100の構成例を示すブロック図である。
制御装置100は、一又は複数のコントローラにより構成され、電流ベクトル制御を実行するようにあらかじめ定められた制御プログラムを記憶する。制御装置100は、制御プログラムを実行することにより、バッテリ41の電力を用いて電動機に交流電力を供給する。
本実施形態の制御装置100は、電動機を構成する電動モータ5に供給されるべき電力の電流指令ベクトルを生成し、その電流指令ベクトルに基づいて電動モータ5の回転動作を制御する。電流指令ベクトルは、電動モータ5に供給される電流のd軸成分及びq軸成分をそれぞれ示すd軸及びq軸の電流指令値によって特定される。ここにいうd軸及びq軸は、互いに電気的に直交する座標軸である。
例えば、制御装置100は、電動モータ5を収容する筐体である車両に搭載され、電動モータ5は、車両を駆動する駆動源の一部又は全部として用いられる。車両としては、電気自動車だけでなく、ハイブリッド自動車や燃料電池自動車などが含まれる。
制御装置100は、電流指令生成部1と、演算器21及び22と、電流ベクトル制御器3と、インバータ部4と、電動モータ5と、電流検出器61及び62と、回転子検出器7と、座標変換器8と、回転速度演算器9と、補償処理部10と、を備える。
電流指令生成部1は、電動モータ5に対するトルク指令値T*に基づいて、電動モータ5を効率よく制御するための効率運転が実施されるように、d軸及びq軸の電流指令値id1
*及びiq1
*を生成する。例えば、電流指令生成部1は、電動モータ5の回転速度検出値Nに応じてd軸及びq軸の電流指令値id1
*及びiq1
*を補正する。
本実施形態の電流指令生成部1は、トルク指令値T*及び回転速度検出値Nの各パラメータを取得すると、あらかじめ定められた電流テーブルを参照する。そして電流指令生成部1は、各パラメータによって定められる運転点を特定し、その運転点に対応付けられたd軸及びq軸の電流指令値id1
*及びiq1
*を算出する。
上述の電流テーブルには、トルク指令値T*及び回転速度検出値Nによって特定される動作点ごとに、一組のd軸電流指令値id1
*及びq軸電流指令値iq1
*が対応付けられている。d軸電流指令値id
*及びq軸電流指令値iq
*の各欄には、電動モータ5の発生トルクがトルク指令値T*に対して等しくなる複数組のd軸及びq軸電流値のうち、電動モータ5の効率が最大となる一組のd軸及びq軸電流値が格納される。格納された電流値は、実験データやシミュレーション結果などによりあらかじめ求められる。
電流指令生成部1は、演算したd軸電流指令値id1
*及びq軸電流指令値iq1
*をそれぞれ演算器21及び22に出力する。
演算器21及び22は、電動モータ5を収容した車両に生じる振動や電動モータ5自体に生じる振動を抑制するためのd軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2
*をそれぞれ上述の電流指令値id1
*及びiq1
*に加算する。
演算器21は、d軸電流指令値id1
*とd軸補償量をid2
*との加算値を、新たなd軸電流指令値id
*として電流ベクトル制御器3に出力する。演算器22は、q軸電流指令値iq1
*とq軸補償量iq2
*との加算値を、新たなq軸電流指令値iq
*として電流ベクトル制御器3に出力する。
電流ベクトル制御器3は、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*に基づいて、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*が、それぞれ電動モータ5に供給される交流電力のd軸及びq軸の電流検出値id及びiqに収束するよう電流ベクトル制御を実行する。
すなわち、電流ベクトル制御器3は、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*に対して、それぞれd軸及びq軸の電流検出値id及びiqをフィードバックするフィードバック制御を実行する。
電流ベクトル制御器3は、フィードバック制御を実行することにより、d軸及びq軸の電圧指令値を出力する。そして電流ベクトル制御器3は、電動モータ5の電気角検出値θに基づいて、そのd軸及びq軸の電圧指令値を三相の電圧指令値に変換してインバータ部4に出力する。
インバータ部4は、バッテリ41が接続されており、バッテリ41には、バッテリ41の残容量を示すSOC(State Of Charge)を検出するセンサ42が設けられている。センサ42は、バッテリ41の電圧を検出するものであってもよい。
インバータ部4は、電流ベクトル制御器3から出力される三相の電圧指令値に基づいて、バッテリ41の直流電圧を三相の交流電圧に変換して電動モータ5の各相に供給する。
例えば、インバータ部4は、複数のパワー素子を備え、バッテリ41の電圧検出値に基づいて、三相の電圧指令値を複数のパワー素子を駆動するための駆動信号に変換し、変換した複数の駆動信号を各パワー素子の制御端子に供給する。
そして、インバータ部4は、各パワー素子の制御端子に供給される駆動信号に応じて、バッテリ41の直流電圧を三相の交流電圧に変換し、変換した三相の交流電圧を電動モータ5の各相に供給する。これにより、電動モータ5には、三相の交流電流iu、iv及びiwが供給される。
電動モータ5は、インバータ部4を介してバッテリ41から供給される三相の交流電流iu、iv及びiwによって回転駆動する。すなわち、電動モータ5は、インバータ部4によって供給される交流電力を回転エネルギーに変換する電動機である。
本実施形態の電動モータ5は、U、V及びWの3相の巻線を備える回転電機であり、車両などの駆動源として用いることが可能である。例えば、電動モータ5は、IPM(Interior Permanent Magnet)型の三相同期電動機により実現される。
電流検出器61及び62は、インバータ部4から電動モータ5に供給される三相の交流電流iu、iv及びiwのうち少なくとも二相の交流電流を検出する。本実施形態の電流検出器61及び62は、U相及びV相の交流電流iu及びivを検出して座標変換器8に出力する。
回転子検出器7は、電動モータ5を構成するロータの電気角を検出する。回転子検出器7は、検出した電気角の値を示す電気角検出値θを回転速度演算器9に出力するとともに、その電気角検出値θを座標変換器8に出力する。
座標変換器8は、電動モータ5の電気角検出値θに基づいて、U相及びV相の交流電流iu及びivをd軸及びq軸の電流検出値id及びiqに変換して電流ベクトル制御器3に出力する
回転速度演算器9は、電気角検出値θの時間当たりの変化量から、電動モータ5の回転速度を演算する。回転速度演算器9は、演算した回転速度の値を示す回転速度検出値Nを電流指令生成部1に出力するとともに、その回転速度検出値Nを補償処理部10に出力する。
補償処理部10は、電動モータ5の駆動状態を効率運転から他の運転状態に切り替える切替条件が成立するか否かを判断し、切替条件が成立したと判断した場合にd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*を互いに異なる方向に変化させる。すなわち、補償処理部10は、効率運転から他の運転状態に切り替える場合には、双方の電流指令値id
*及びiq
*を互いに異なる方向に変化させる切替手段を構成する。
例えば、補償処理部10は、電動モータ5の駆動状態に応じて切替条件が成立するか否かを判断する。切替条件が成立した場合には、補償処理部10は、電動モータ5及び車両の少なくとも一方に生じる振動を抑制する制振運転が実施されるようd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*を変更する。一方、切替条件が成立しない場合には、補償処理部10は、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*の変更を抑制する。
本実施形態では、補償処理部10は、センサ42の検出値、カーナビゲーションシステムからの走行情報Data、及び、電動モータ5の駆動状態を示すトルク指令値T*及び回転速度検出値Nなどを取得する。そして補償処理部10は、これらのうち少なくとも一つのパラメータに基づいて、効率運転から制振運転への切替条件が成立するか否かを判断する。
具体的には、補償処理部10は、切替条件としてトルク指令値T*が効率運転の実施に関する所定の閾値を下回るか否かを判断する。ここにいう所定の閾値は、インバータ部4から電動モータ5に供給される電流が上限値に達した場合において、効率運転の実施により規定される電動モータ5の最大トルクが低下しないようにあらかじめ定められる。
そしてトルク指令値T*が所定の閾値以上である場合には、補償処理部10は、制振制御の実施に起因して電動モータ5の発生トルクが低下するのを回避するために、制振運転への切替条件が成立しないと判断する。
一方、トルク指令値T*が所定の閾値を下回る場合には、電動モータ5の最大トルクの低下が起り得ずd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*が変更可能となることから、補償処理部10は、制振運転への切替条件が成立したと判断する。
また、補償処理部10は、切替条件として回転速度検出値Nが制振運転の実施に関する所定の回転速度範囲内にあるか否かを判断する。ここにいう所定の回転速度範囲は、電動モータ5の効率運転の実施中に電動モータ5の動作によって生じる振動が急峻に増大する回転速度の範囲を示し、実験データやシミュレーション結果によりあらかじめ定められる。
そして回転速度検出値Nが所定の回転速度範囲内にある場合には、補償処理部10は、電動モータ5又は車両で生じる音振のレベルが増大するのを抑制するために、制振運転への切替条件が成立したと判断する。
一方、回転速度検出値Nが所定の範囲以外にある場合には、補償処理部10は、電動モータ5又は車両の音振レベルが許容値よりも低くなることから、制振運転への切替条件が成立したと判断する。
次に、補償処理部10は、制振運転への切替条件が成立したと判断した場合には、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*のうち、一方の電流指令値を増加させるとともに他方の電流指令値を減少させる。これにより、電動モータ5又は車両に生じる振動の増大を抑制することができる。
本実施形態では、補償処理部10は、制振運転への切替条件が成立した場合には、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*を電動モータ5又は車両に生じる振動を抑制するための制振運転点に近づける。
具体的には、補償処理部10は、あらかじめ定められた電流補償テーブルを参照し、d軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2
*を算出する。電流補償テーブルには、トルク指令値T*及び回転速度検出値Nによって特定される運転点ごとに、一組のd軸補償量id2
*及びq軸補償量iq2
*が対応付けられている。
例えば、d軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2は、電動モータ5の運転点が、トルク指令値T*を追随しながら、d軸及びq軸の電流指令値id1
*及びiq1
*によって特定される効率運転点から上述の制振運転点に近づくように定められる。
一方、補償処理部10は、制振運転への切替条件が成立しないと判断した場合には、d軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2を互いに「0」に設定する。これにより、効率運転が実施又は継続される。
そして、補償処理部10は、d軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2
*をそれぞれ演算器21及び22に出力する。これにより、切替条件の成立の有無に従って、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*に対してd軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2が反映される。すなわち、電動モータ5の駆動状態が効率運転から制振運転又は制振運転から効率運転に切り替えられる。
次に、電動モータ5の制振運転及び効率運転におけるd軸電流及びq軸電流の関係について、図2A及び図2Bを参照して簡単に説明する。
図2Aは、電動モータ5の特定の回転速度における電動モータ5に生じる電磁加振力の等高線の一例を示す図である。図2Bは、破線により示された電動モータ5の発生トルクの等高線に重ねて電動モータ5の効率の等高線を例示する図である。
図2A及び図2Bには、d軸及びq軸の電流座標系が示されており、横軸が電動モータ5への供給電流のq軸成分を示すq軸電流iqであり、縦軸がd軸成分を示すd軸電流idである。そして点線により制振運転ラインLsvが示され、実線により効率運転Leラインが示されている。
図2Aに示すように、制振運転ラインLsvについては、電動モータ5に生じる電磁加振力が最小となるよう、d軸電流id及びq軸電流iqにより特定される運転点が最適化されている。この最適化された運転点のことを制振運転点ともいう。
電動モータ5の電磁加振力が大きくなるほど、電動モータ5に生じるトルクリップルが大きくなり、これに起因して電動モータ5が振動する。そして電動モータ5の振動が大きくなるほど、電動モータ5に生じる音、すなわち音振が大きくなる。さらに、電動モータ5の回転速度によっては、電動モータ5の振動により電動モータ5を固定する車両の一部が共振することでも音振が増大する。
図2Bに示すように、効率運転ラインLeについては、電動モータ5の発生トルクごとに電動モータ5の効率が最大となるように運転点が最適化されている。この最適化された運転点のことを効率運転点ともいう。
このように、効率運転ラインLeと制振運転ラインLsvは、電動モータ5の発生トルクごとに、互いに異なる位置に運転点が設定されている。このため、電動モータ5の発生トルクが一定に維持されるような状況では、制振運転を実施する際に、効率運転点に比べて、q軸電流iqを増加させる一方でd軸電流idを減少させなければならない。
それゆえ、本実施形態の補償処理部10は、電動モータ5の駆動状態を効率運転から制振運転に切り替える場合に、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*を互いに異なる方向に変化させる。これにより、電動モータ5の運転点を効率運転点から制振運転点に近づけることができる。
次に、本実施形態における補償処理部10の動作について図3を参照して詳細に説明する。
図3は、本実施形態における電動モータ5の制御方法についての処理手順の一例を示すフローチャートである。この処理手順は、例えば数百ミリ秒の所定の周期で繰返し行われる。
ステップS1において補償処理部10は、バッテリ41の電力が欠乏するような事態を回避するため、車両の走行状態に基づいて、効率運転の実施を優先するか否かを判断する。
本実施形態では、バッテリ41を搭載した車両が走行中にバッテリ41の電力が無くなり車両が停止する事態を回避するため、補償処理部10は、バッテリ41のSOCがバッテリ閾値を下回るか否かを判断する。
バッテリ41のSOCは、図1に示したセンサ42により検出される。そしてバッテリ閾値は、実験データやシミュレーション結果により求められ、例えば、車両の走行履歴から予測されるバッテリ41の電力消費量に基づき設定されるものであってもよい。
さらに、バッテリ41を搭載した車両が最寄りの充電スポットに到達可能となるように、補償処理部10は、車両の現在位置から最寄りの充電スポットまでの走行距離がスポット閾値を上回るか否かを判断する。最寄りの充電スポットまでの走行距離は、車両に搭載されたカーナビゲーションシステムから取得される。そしてスポット閾値は、あらかじめ定められた値でもよく、バッテリ41の残容量に応じて変化する値であってもよい。
そして、バッテリ41のSOCがバッテリ閾値を下回る場合、又は、車両の現在位置から最寄りの充電スポットまでの走行距離がスポット閾値を上回る場合には、補償処理部10は、効率運転の実施を優先すると判断し、ステップS7の処理に進む。
一方、バッテリ41のSOCがバッテリ閾値以上であり、かつ、車両の現在位置から最寄りの充電スポットまでの走行距離がスポット閾値以下である場合には、効率運転の実施を優先しないと判断する。
このように、補償処理部10は、バッテリ41の電力不足を予測するためのパラメータに基づいて効率運転の実施を優先するか否かを判断する。
ステップS2において補償処理部10は、効率運転の実施を優先しないと判断した場合には、電動モータ5の作動モードとして効率運転が選択されたか否かを判断する。
例えば、車両の運転席には押しボタンが設けられており、作動モードとして効率運転を選択するために押しボタンを運転者が押す。これにより、補償処理部10は、効率運転を示す作動信号を取得し、作動信号により効率運転が作動モードとして選択されたと判断する。補償処理部10は、効率運転が選択されたと判断した場合には、ステップS7の処理に進む。
ステップS3において補償処理部10は、運転者により効率運転が選択されていないと判断した場合には、電動モータ5のトルク指令値T*及び回転速度検出値Nを取得する。
ステップS4において補償処理部10は、効率運転の実施によって規定される電動モータ5の最大トルクが低下するような事態を回避するため、トルク指令値T*が効率運転の実施に関する所定の閾値T1以下であるか否かを判断する。トルク指令値T*に対する閾値T1の設定手法については、図5を参照して後述する。
そしてトルク指令値T*が閾値T1を上回る場合には、制振運転の実施に伴う電動モータ5の最大トルクの低下によって電動モータ5の発生トルクがトルク指令値T*まで達しないことが起こり得る。この対策として補償処理部10は、トルク指令値T*が閾値T1を上回る場合には、ステップS7の処理に進み、効率運転を実施する。
一方、トルク指令値T*が閾値T1以下である場合には、電動モータ5の最大トルクの低下が起り得ないことから、補償処理部10は、電動モータ5の運転状態を効率運転から制振運転に切替え可能であると判断し、ステップS5の処理に進む。
ステップS5において補償処理部10は、効率運転の実施に伴い電動モータ5又は車両の音振が過大になるのを抑えるため、回転速度検出値Nが、所定の下限値N1から上限値N2までの回転速度範囲にあるか否かを判断する。ここにいう所定の回転速度範囲は、制振運転の実施に関する範囲であり、下限値N1及び上限値N2の設定手法については図4を参照して後述する。
そして回転速度検出値Nが、下限値N1から上限値N2までの回転速度範囲外にある場合には、効率運転を実施したとしても電動モータ5により生じる音振のレベルが低いため、補償処理部10は、ステップS7の処理に進み、効率運転を実施する。
一方、回転速度検出値Nが、下限値N1から上限値N2までの回転速度範囲以内にある場合には、効率運転を実施したときに音振レベルが過大になる。このため、補償処理部10は、制振運転を実施するためにステップS6の処理に進む。
ステップS6において補償処理部10は、トルク指令値T*及び回転速度検出値Nに基づいて電流補償テーブルを参照する。そして補償処理部10は、電流補償テーブルに対応付けられたd軸補償量id2
*(N,T*)及びq軸補償量iq2
*(N,T*)を算出し、算出した各値をd軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2
*に設定する。
これにより、効率運転を実施するために電流指令生成部1にて算出されたd軸及びq軸の電流指令値id1
*及びiq1
*に対し、それぞれ補償量id2
*及びiq2
*が加算される。
このように、補償処理部10は、電動モータ5の駆動状態が効率運転から制振運転に切り替えられる場合には、図2Bに示したように、d軸電流指令値id
*を減少させるとともに、q軸電流指令値iq
*を増加させる。したがって、電動モータ5の運転点が効率運転点から制振運転点に向かってシフトするので、電動モータ5により生じる音振を抑制することができる。
また、ステップS4又はS5で効率運転から制振運転への切替条件が成立しない場合、又は、ステップS1又はS2で車両の走行状態に応じて強制的に効率運転へ切り替られる場合には、補償処理部10は、ステップS7の処理に進む。
ステップS7において補償処理部10は、効率運転を実施するためにd軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2
*の各々に「0」を設定する。これにより、d軸及びq軸の電流指令値id1
*及びiq1
*の各々が、そのまま電流指令値id
*及びiq
*に設定されるので、電動モータ5に対して効率運転を実施することができる。
ステップS6又はS7の処理が終了すると、補償処理部10は、電動モータ5の制御方法についての一連の処理手順を終了させる。
なお、本実施形態の制御方法は、制振制御への切替条件としてステップS1、S2、S4及びS5の各処理を実行する例について説明したが、これに限られるものではない。例えば、ステップS1、S2、S4及びS5の処理のうち少なくとも一つの処理のみを実行しもよい。この場合であっても、電動モータ5の動作により生じる振動を抑制しつつ、電動モータ5の効率が低下するのを抑制することができる。
次に、電動モータ5の制振運転を実施する制振運転範囲の設定方法について図4及び図5を参照して簡単に説明する。
図4は、本実施形態における電動モータ5の制振運転範囲の一例を示す観念図である。
図4においては、横軸が電動モータ5の回転速度Nであり、縦軸が電動モータ5の発生トルクTであり、電動モータ5の駆動範囲が点線により示され、制振運転範囲が実線により示されている。
電動モータ5の駆動範囲のうち、制振運転範囲内において電動モータ5の制振運転が実施され、制振運転範囲外において電動モータ5の効率運転が実施される。
図4に示すように、効率運転から制振運転への切替条件として、電動モータ5の発生トルクに対して閾値T1が設定されている。閾値T1には、電動モータ5が制振運転を実施した際の最大トルクの値があらかじめ設定されている。閾値T1の設定手法については、図5を参照して後述する。
また、効率運転から制振運転への切替条件として、3つの回転速度範囲を規定する下限値N1及び上限値N2が設定されている。下限値N1及び上限値N2は、実験データやシミュレーション結果から求められた電動モータ5における固有の共振周波数f0から導出される。
一般的な分布巻モータにおいては、6次の倍数の周波数である6次高調波f6nの音振が増大する傾向にある。6次高調波f6nは、式(1)のように、共振周波数f0、極数P、及び自然数mを用いて算出することができる。
このため、下限値N1及び上限値N2は、6次高調波f6nの近傍において音振レベルが過大となる電動モータ5の回転速度範囲をカバーするように設定される。
このように、制振運転範囲をきめ細かく規定することにより、効率運転の実施領域が広がるので、電動モータ5の回転動作によって生じる音振が過大になるのを低減しつつ、電動モータ5の効率が低下するのを全体的に抑制することができる。
図4の例では、3つの回転速度範囲を設定したが、3つの回転速度範囲が包含されるように1又2つの回転速度範囲を設定してもよい。これにより、効率運転から制振運転へ切り替えられる機会が減少するので、切替により生じる得る電動モータ5のトルク変動を抑制することができる。
図5は、図4に示した閾値T1を設定する手法について説明する図である。
図5には、縦軸をd軸電流idとし横軸をq軸電流iqとした電流座標系において、複数の等電流線が破線により示され、複数の等トルク線が実線により示されている。
実線で示された等電流線は、通常、インバータ部4から電動モータ5に供給可能な電流の上限値により描かれる。等電流線上の効率運転点P0から離れるほど、電動モータ5の効率が低下するため、電動モータ5の発生トルクが小さくなる。
図5に示すように、等電流線と制振運転ラインLsvとが交差する制振運転点P1を特定し、その制振運転点P1における電動モータ5の発生トルク値が閾値T1として設定される。このように、制振運転を実施する電動モータ5において、インバータ部4から供給される電流が上限値又はその近傍に達したときの発生トルク値が閾値T1として設定される。
制振運転と効率運転との間の切替条件としてトルク指令値T*に対して閾値T1を設定することで、トルク指令値T*が閾値T1を上回る場合に制振運転への切替えを禁止することが可能になる。それゆえ、電動モータ5の最大トルクが低下するという事態を回避することができる。一方、トルク指令値T*が閾値T1を下回る場合に制振運転への切替えを許容することで、電動モータ5又は車両の音振レベルを低減することができる。
したがって、電動モータ5の動作により生じる音振が過大になるのを低減しつつ、電動モータ5の最大トルクが低下するのを抑制することができる。
次に、電動モータ5の運転状態が制振運転と効率運転との間で切り替えられた場合でのd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*の変更手法について、図7を参照して説明する。
図6は、電動モータ5の発生トルクが一定に維持された場面におけるd軸電流id及びq軸電流iqの変更手法を説明する図である。
図6には、縦軸をd軸電流idとし横軸をq軸電流iqとした電流座標系において、複数の等トルク線が破線により示されている。
同一の等トルク線上における効率運転点Pc1は、効率運転ラインLeと交差する運転点であり、制振運転点Pc2は、制振運転ラインLsvと交差する運転点である。
電動モータ5の運転状態が切り替えられた場合において、電動モータ5に供給される電流のd軸及びq軸成分を変更する際には、特定の応答遅れが発生する。このため、一回の電流制御で、効率運転点Pc1と制振運転点Pc2との間を移動するように補償処理部10が補償量を変更すると、電動モータ5においてトルク変動が生じる場合がある。
この対策として、電動モータ5の発生トルクが一定に維持される場面では、補償処理部10は、効率運転点Pc1と制振運転点Pc2との間の等トルク線上を発生トルクが所定の変化量で移動するよう、段階的にd軸及びq軸の補償量id2
*及びiq2
*を算出する。
所定の変化量は、実験データやシミュレーション結果を通じて、電動モータ5の運転状態が切り替えられた際に電動モータ5のトルク変動が抑えられる期間を求め、その期間に基づいてあらかじめ定められる。例えば、所定の変化量は、運転状態の切替時点から、電動モータ5への供給電流の応答遅れが原因で電動モータ5のトルク変動が起こる時点までの時間よりも短い期間を基準にして求められる。
このように、補償処理部10は、切替条件が成立した場合には、電動モータ5の発生トルクがトルク指令値T*に追随するように、d軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*を段階的に変更する。これにより、電動モータ5の運転状態が切り替えられた場合には、電動モータ5に生じるトルク変動を抑制することができる。
なお、上述の実施形態では電流指令生成部1がトルク指令値T*基づいてd軸及びq軸の電流指令値id1
*及びiq1
*を演算する例について説明した。しかしながら、電流指令生成部1は、このようなものに限られず、例えば、電動モータ5を一定のトルクで回転するために一定のd軸電流指令値id1
*及びq軸電流指令値iq1
*を出力するものであってもよい。この場合であっても、本実施形態の作用効果を得ることができる。
また、本実施形態では図2A及び2Bに示したように電動モータ5の制振運転ラインLsvは、効率運転ラインLeよりも右下にシフトしているが、電動モータ5の効率特性及び振動特性は、これに限られるものではない。
例えば、制振運転ラインLsvが効率運転ラインLeよりも左上にシフトする電動モータ5を制御装置100により制御するようにしてもよい。この場合には、補償処理部10は、電動モータ5の動作により生じる振動を低減するようにd軸電流指令値id
*を増加させるとともにq軸電流指令値iq
*を減少させる。すなわち、補償処理部10は、制振制御への切替条件が成立したと判断した場合には、双方の電流指令値id
*及びiq
を互いに異なる方向に変化させる。
次に、本発明の実施形態における作用効果について説明する。
本実施形態によれば、電動機を構成する電動モータ5の制御方法を実行する制御装置100は、電動モータ5に供給される電力に関するd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*に基づいて電動モータ5の動作を制御する。この制御装置100の電流指令生成部1は、電動モータ5を効率よく制御するための効率運転が実施されるようにd軸及びq軸の双方の電流指令値id1
*及びiq1
*を演算する演算ステップを実行する。
そして制御装置100の補償処理部10は、図3に示したように、効率運転から他の運転状態に切り替えるための切替条件が成立するか否かを判断する判断ステップS1乃至S5と、切替条件が成立した場合に一方の電流指令値を増加させるとともに他方の電流指令値を減少させる変更ステップS6と、を備える。
このように、電動モータ5を効率運転から、双方の電流指令値id
*及びiq
*を互いに異なる方向に変更させる他の運転状態に切り替えることにより、例えば、電動モータ5の運転点を、図2Aに示したように制振運転ラインLsvに近づけることが可能になる。
このように、電動モータ5の運転点が制振運転ラインLsvに近づくほど、電動モータ5により生じる振動が抑えられるので、電動モータ5により生じる振動を低減しつつ、電動モータ5の効率が低下するのを抑制することができる。すなわち、電動モータ5における音振性能と効率の両立を図ることができる。
また、本実施形態によれば、変更ステップS6の処理を実行する補償処理部10は、効率運転から制振運転への切替条件が成立したと判断した場合には、トルク指令値T*に基づいて双方の電流指令値id
*及びiq
*を所定の制振運転点に近づける。ここにいう所定の制振運転点は、電動モータ5又は電動モータ5を収容する筐体を構成する車両の振動を抑制するために最適化された運転点であり、例えば、図2Bに示した制振運転ラインLsv上の運転点である。
このように、双方の電流指令値id
*及びiq
*を所定の制振運転点に近づけることにより、図2Aに示したように、電動モータ5の動作により生じる音振のレベルを低減することができる。
また、本実施形態によれば、図3のステップS4の処理のように、補償処理部10は、トルク指令値T*が効率運転の実施に関する閾値T1を下回る場合には、双方の電流指令値id
*及びiq
*を互いに異なる方向に変化させる。これにより、インバータ部4の上限電流によって制限される電動モータ5の最大トルクが低下するという事態を回避しつつ、電動モータ5の動作により生じる振動を抑制することができる。
また、本実施形態によれば、効率運転から切り替えられる他の運転状態は、前記電動機又は前記電動機を収容する筐体の振動を抑制する制振運転を含む。そして補償処理部10は、ステップS5の処理のように、電動モータ5の回転速度検出値Nが制振運転の実施に関する所定の回転速度範囲内にある場合には、双方の電流指令値id
*及びiq
*を互いに異なる方向に変化させる。
上述の回転速度範囲の下限値N1及び上限値N2は、図4で述べたように、電動モータ5の周波数特性でのピークを含むように規定される。これにより、電動モータ5の回転速度範囲内において生じるトルクリップル、すなわち過大な音振を抑制することができる。
さらに、電動モータ5の周波数特性を考慮して回転速度範囲を規定することにより、効率運転の領域を広げることができる。したがって、電動モータ5により生じる振動が過大になるのを抑制しつつ、電動モータ5の効率を全体的に向上させることができる。
また、本実施形態によれば、補償処理部10は、制振運転への切替条件が成立した場合には、電動モータ5に生じるトルクがトルク指令値T*に追随するように双方の電流指令値id
*及びiq
*を段階的に変化させる。これにより、図7で述べたように、電動モータ5の発生トルクが一定に維持される状況で、電動モータ5の運転状態の切替えに伴うトルク変動を抑制することができる。
また、本実施形態によれば、電動モータ5は、車両を駆動するものであり、電動モータ5を制御する制御装置100は、車両の運転者が効率運転を優先する作動モードを選択することが可能である。
この場合において補償処理部10は、図3のステップS2の処理のように、制振制御への切替条件が成立した場合であっても、運転者により効率運転が選択されたときには、電流指令生成部1の演算値をそれぞれd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*に設定する。
このように、効率運転を優先する作動モードが選択された場合に強制的に効率運転を実施することにより、車両の航続距離を延長することができる。
また、本実施形態によれば、電動モータ5は、車両に搭載されたバッテリ41の電力を用いて車両を駆動する。そして、補償処理部10は、ステップS1の処理のように、制振制御への切替条件が成立した場合であっても、バッテリ41の残容量が所定の閾値よりも少ないときは、電流指令生成部1の演算値をそれぞれd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*に設定する。
さらに、補償処理部10は、制振制御への切替条件が成立した場合であっても、バッテリ41を充電可能な充電スポットと車両との走行距離が特定の閾値よりも遠いときには、電流指令生成部1の演算値をd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*に設定する。
これにより、バッテリ41の充電状態や最寄りの充電スポットまでの走行距離などの車両の走行状態に応じて強制的に効率運転が実施されるので、バッテリ41の電力不足により走行中の車両が停止するという事態を回避することができる。
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態は本発明の適用例の一部を示したに過ぎず、本発明の技術的範囲を上記実施形態の具体的構成に限定する趣旨ではない。例えば、制御装置100に対してd軸及びq軸の電流指令値id
*及びiq
*を演算するにあたり、一般的な非干渉制御の機能を追加してもよい。