以下、図面を参照して、本発明の実施形態について詳しく説明する。本文において「廃培地」とは、一回以上は菌床栽培に使用された培地であって、培養容器から取り出された未処理の培地を意味する。また、「新培地」とは、基材(オガコ、コーンコブ等)と栄養材(米糠、フスマ等)とを配合して製造された未使用の培地を意味する。新培地を使用する際には、これに水を加えて水分調整する(図3、S100A参照)。また、「通常培地」とは、新培地と同一であるが、特に廃培地(再生培地)からなる培地または廃培地(再生培地)を含む培地との対比で、廃培地(再生培地)を含まない培地を意味する。なお、本明細書で問題にする「廃培地の再利用」には、廃培地を長期間(例えば数年間)放置して自然発酵させ、堆肥化し、これを新培地の一部として使用するような例は含まない。
本実施形態に係るきのこ培地の製造方法は、きのこ廃培地、およびpHが6.8以上の乾燥おからを混合し、常圧下で発生させた100[℃]以下の水蒸気で15〜150[分]水蒸気殺菌して再生培地を得る方法である。本実施形態に係る再生培地は、目的に応じて新たなきのこ培地とすることが可能であり、新培地の一部と置換することも可能である。図1に本実施形態に係るきのこ培地の製造方法のうち、再生培地を新たなきのこ培地とする場合におけるきのこの栽培工程の例を示し、図2に新培地の一部を再生培地と置換する場合におけるきのこの栽培工程の例を示す。また、参考として、図3に通常培地におけるきのこの栽培工程の例を示す。ただし、図1〜3に示す各工程(処理)は必須の処理と任意の処理との両方を含み、また、それぞれに付す符号(数字)の大小はこれらを実施する順番を意味するものではない。以下、本実施形態について詳しく説明する。
乾燥おからとは、大豆から豆腐を製造する過程で、豆乳を絞った際の絞りかすであるおからを乾燥させたものであり、完全に乾燥したものから、やや水分を残したものまでを含む。
図4に、乾燥おからの表面の拡大写真を示す。乾燥おからは多孔質構造を有し、吸水倍率が高く、保水性および通気性に優れているという特性を有している。
図5(a)に、きのこ(エノキタケ)の廃培地に少量の水を加えて10[分]程度煮沸して得られた抽出液と乾燥おからとを混合撹拌した後、乾燥したおからの表面の写真を示す。図5(b)に、水と乾燥おからとを10[分]程度混合撹拌した後、乾燥したおからの表面の写真を示す。
図5(b)に示すように、水と混合した後、乾燥したおからの表面は、図4に示す乾燥おからと同一構造の空隙が維持されており、付着物は観察されなかった。一方、図5(a)に示すように、廃培地を煮沸して得られた抽出液と混合した後、乾燥したおからの表面には、膜状の付着物が見られ、一部の空隙が塞がれている様子が観察された。この膜状の付着物は廃培地から抽出された抽出物であると考えられ、おからが水分を吸収する際、抽出液と共にこの抽出物を表面や空隙内に取り込んだものと考えられる。これによって、乾燥おからには、廃培地内の水分中に新たなきのこの生育に有害な物質が含まれていても、それらを表面や空隙内に吸着して閉じ込めるマスキング機能を有することが見出された。
そこで、本実施形態に係るきのこ培地の製造方法は、きのこ廃培地、およびpHが6.8以上の乾燥おからを混合し、常圧下で発生させた100[℃]以下の水蒸気で15〜150[分]水蒸気殺菌して再生培地を得る(S100B)。
廃培地を加熱すると、生育阻害物質や酸性物質等の新たなきのこの生育に有害な物質を含有する黒色液(酸性汚水)が滲出する。従来は、このような有害物質を高温で分解させ、または長時間かけて溶出または抽出させて乾燥除去し、無毒化していた。これに対して、本実施形態では、有害物質を水分中に溶出または抽出させれば十分であり、加熱により廃培地から滲出する黒色液を乾燥おからによってそのまま当該乾燥おからの表面や空隙内に吸着してマスキングすることができる。したがって、簡易な水蒸気発生装置を用いた比較的低温且つ短時間の水蒸気殺菌によって廃培地を無毒化することが可能になる。その結果、設備の簡易化および小型化やエネルギーの省力化を図ることができ、乾燥おからが比較的安価であることもあり、コストを低下させることができる。
具体的には、乾燥おからを混合した廃培地を大気開放下で15〜150[分]程度水蒸気に曝露させればよく、好適には30〜60[分]程度が好ましく、より好適には60[分]程度が好ましい(S112)。培地を撹拌しつつ水蒸気に曝露させるとより好ましく、例えばハイブリッドスチームミキサーHSM−7500(協全商事製)のような殺菌攪拌装置を好適に用いることができる(図9参照)。これによって、廃培地を無毒化しつつ、廃培地内の菌糸をはじめとする栄養物質を十分に残すことができ、さらにおから自体も栄養物質として新たなきのこの生育に作用させることが可能になる。例えば、エノキタケの新培地と廃培地との間で各成分の含有率を比較したところ、乾物換算で新培地中のタンパク質は14.3[%]、脂質は11.3[%]であったのに対して、廃培地中のタンパク質は11.5[%]、脂質は6.0[%]であった。このように、きのこの培養により培地中のタンパク質および脂質が減少するのに対して、乾燥おからは新たなきのこの生育のためのタンパク質源および脂質源としての作用が期待できる。
一方、この場合、水蒸気そのものによる有害物質の分解、酵素の不活性化、酸性物質の中和といった作用効果もある程度生じさせることができる。また、水蒸気によって雑菌は死滅するため、これらの栄養物質の減少や臭気の発生を抑えることが可能になる。特に、おからに含まれるイソフラボン等のポリフェノールによれば廃培地の臭気はさらに抑えることが可能になる。なお、ここでの上限値150[分]は、主としてコスト面から設定した値であって、水蒸気殺菌を長くする程水分中に多くの有害物質が溶出または抽出されるため、150[分]を超えて水蒸気殺菌を行ってもよい。水蒸気殺菌によって溶出または抽出されなかった有害物質も、その後徐々に水分中に溶出または抽出し、乾燥おからによって無毒化される。
また、水蒸気殺菌に際して、廃培地に所定量の水を加えてもよい(S110)。これによって、廃培地により多くの水分を含ませて、当該水分中に新たなきのこの生育に有害な物質を含有する黒色液(酸性汚水)を溶出または抽出させやすくすることができると共に、乾燥おからによる黒色液の吸水を促進することができる。廃培地に対する水の混合割合は、10〜30[質量%]程度とすればよい。また、水蒸気殺菌前に予め水を投入・混合してもよく、または水を投入・混合しながら水蒸気殺菌を行ってもよい。
また、本工程では、廃培地に対してpH6.8以上(より好適には7以上)の乾燥おからを混合する(S106)。きのこを培地で培養すると、その生育過程で産生する酵素や呼吸により酸性物質が蓄積し、培地のpHは低下する。例えば、市販のエノキタケ新培地のpHは水分調整後で約6.8で、培養前の殺菌後で約6.5に低下し、この培地でエノキタケを培養すると、培養後の廃培地のpHは約6.2に低下する。このように、廃培地のpHは新培地と比較して低い値になっている。そこで、本実施形態では、廃培地にpH6.8以上の乾燥おからを混合することによって、イソフラボン等のポリフェノールにより酸性物質を還元し、または酸性物質を表面や空隙内に吸着してマスキングし、低下したpHを上昇させて回復させることができる。
ここで、乾燥おからのpHは、次の方法により測定した(全ての実施例においても同じ)。先ず、容器に乾燥おからおよび水を入れて攪拌し、乾燥おからを懸濁させて乾燥おから水溶液(懸濁液)を作製する。ここで、乾燥おからと水との混合比を例えば乾燥おから3[g]、水47[g]等として、水溶液の質量パーセント濃度を6[w/w%]に調整する。水には、蒸留水、RO水、イオン交換水および純水等を用いることができるが、水道水は適さない。攪拌は、乾燥おからの懸濁を確認するまで行えばよく、通常は2〜3[分]程度で確認できる。こうして作製した乾燥おから水溶液のpHを市販のpHメータで測定して、乾燥おからのpHとする。pHの測定は、水溶液を作製後概ね30[分]以内に行い、作製直後でない場合には水溶液を再度攪拌したうえで測定する。
また、廃培地に対する乾燥おからの混合割合は、5〜20[質量%]程度とすればよい。具体的には、廃培地の状態や新たなきのこ培地に対する再生培地の配合割合等に応じて乾燥おからの混合割合を適宜調整すればよい。なお、ここでの上限値20[質量%]は、主としてコスト面から設定した値であって、乾燥おからの混合割合を高める程その作用は高くなることから、20[質量%]を超える乾燥おからを混合してもよい。また、水蒸気殺菌前に予め乾燥おからを投入・混合してもよく、または乾燥おからを投入・混合しながら水蒸気殺菌を行ってもよい。
また、廃培地に対しては、適宜微量の抗酸化物を混合してpHを微調整することが好ましい(S108)。これによって、水蒸気殺菌により得られる再生培地を所望の値に調整することができる。具体的には、抗酸化物を廃培地に対する割合で0.15〜0.5[質量%]程度混合すればよい。これによって、再生培地のpHを6.3〜7.8程度に調整することができる。抗酸化物の種類は限定されず、石灰(炭酸カルシウム(CaCO3))や動植物の殻等を用いるとよい。このうち、例えば比較的速効性を有する石灰等の化学肥料と比較的緩効性を有する貝殻(例えば、カキガラ)等の有機肥料とを組み合わせて用いると好適である。
以上のようにして再生培地を得ることができる。再生培地は、廃培地に含まれる有害物質(生育阻害物質および酸性物質)がおからの表面や空隙内に吸着されてマスキングされて無毒化されていると共に、その他酸性物質が還元されている。したがって、栄養物質の表面に付着していた有害物質が除去されて当該栄養物質を新たなきのこが利用できると共に、おから自体も栄養物質として利用して無毒化された培地全体に菌糸を伸ばすことができる。また、低下したpHは回復しており、おからの多孔質構造により吸水性および保水性が良好で、且つ空気層が形成されて通気性が良好であり、新たなきのこの生育を促進することができる。その結果、再生培地は、そのまま新たなきのこ培地とすることができ(図1参照)、目的に応じて新培地を所望の割合で再生培地に置換して新たなきのこ培地を製造することができる(図2参照)。
これまで、生育阻害物質を十分に分解または除去していない廃培地では、例えばエノキタケの場合、新培地の基材の30[質量%]程度(新培地全体の9〜15[質量%]程度)までしか置換することができず、これを超えて置換した培地では子実体を出荷可能な程度まで生育させることができなかった。これに対して、本実施形態に係る再生培地は、そのまま新たな培地として新培地全体の100[%]を置換することができ、子実体が出荷可能な程度まで生育することが確認されている(実施例5および実施例6参照)。
得られた再生培地は、状態に応じて適宜水分を補充すればよい。本実施形態における再生培地は、乾燥させておらず、且つ水蒸気殺菌によって概ね60[質量%]以上の水分を含んでいる。加えて水蒸気殺菌に際して加水する場合もある。したがって、再生培地に対しては、必ずしも加水が必要なわけではない。一方、市販の新培地は、通常、十分な水分を含んでおらず(例えば、エノキタケ新培地は、水分率9〜11[質量%]程度)、これに水を加えて水分調整したうえで用いる。したがって、新培地の一部を再生培地に置換して新たなきのこ培地を製造する場合には、所定の割合で混合した再生培地および新培地に対して所定量の水を加えることにより、新培地に水分を含ませると共に培地全体の水分率を調整するとよい(S114)。なお、エノキタケの場合、再生培地からなる(または再生培地を含む)新たなきのこ培地(完成培地)の水分率(最終水分率)は、65〜68[%]程度に調整すればよく、より好適には65〜66[%]が好ましい。ただし、この範囲外の水分率では、必ずしもエノキタケが十分に生育しないわけではない。
また、前述の通り、廃培地に対して抗酸化物を混合することにより再生培地のpHを調整できるが、この場合でもなお何らかの理由により再生培地のpHを調整する必要がある場合には、再生培地に対して適宜微量の抗酸化物を混合してpHを微調整すればよい。あるいは、廃培地に抗酸化物を混合する代わりに再生培地に抗酸化物を混合してpHを調整してもよい。なお、エノキタケの場合、再生培地からなる(または再生培地を含む)新たなきのこ培地(完成培地)のpH(最終pH)は、前述の通り、6.3〜7.8程度に調整すればよい。ただし、この範囲外のpHでは、必ずしもエノキタケが十分に生育しないわけではない。
こうして製造された新たなきのこ培地は、培養容器に充填(瓶詰)して施栓し、容器ごと殺菌して冷却する(S200)。次いで種菌を接種して新たなきのこを培養することができる(S300)。収穫までの工程(処理)を、エノキタケを例にして概説すると、種菌を接種して所定程度菌糸が回るまで培養した後菌掻きを行う(S300−1)。次いで所定の温湿度で管理して芽出しさせた後、一旦低温にならして生育を抑制して芽を揃える。次いで所定の温湿度で管理してある程度生育したところで紙巻し、所定の大きさに生育したところで収穫する(S300−2)。こうして再生培地を用いて新たなきのこを培養・栽培した後、さらに本実施形態に係る方法により、当該廃培地を用いた新たなきのこ培地を製造することができる。
なお、本実施形態においては、廃培地および/または再生培地を適宜粉砕したり、篩に掛けて所定の大きさを超える粒を除去することが好ましい(S102)。図6(a)に、培養容器から廃培地を掻き出す際、強力な圧力のエアーを培養容器内に吹き込んで当該培地を粉砕しつつ掻き出した廃培地を示す。また、図6(b)に、図6(a)に示す廃培地を用いて本実施形態に係る方法により製造した培地(粉砕培地)でエノキタケを培養した後の培地の断面を示し、図6(c)に、培養されたエノキタケを示す。一方、図6(d)に、培養容器から廃培地を掻き出す際、掻き出し刃によって当該培地を機械的に破砕して掻き出した廃培地を示す。また、図6(e)に、図6(d)に示す廃培地を用いて本実施形態に係る方法により製造した培地(未粉砕培地)でエノキタケを培養した後の培地の断面を示し、図6(f)に、培養されたエノキタケを示す。
図6(a)および図6(d)に示すように、エアーにより粉砕した廃培地の方が、単に掻き出し棒により破砕した廃培地よりも小さく且つ比較的大きさの揃ったものとすることができることが分かる。
また、図6(b)および図6(e)に示すように、エアーにより粉砕した廃培地に由来する培地の方が、単に掻き出し棒により破砕した廃培地に由来する培地よりも菌糸(矢印Aで示す白色の部位)がより大きく拡がって菌回りが良好であった。その結果、図6(c)および図6(f)に示すように、粉砕培地で培養したエノキタケは、未粉砕培地よりも傘が大きく、且つ柄が長く太く、良好に生育した。
これは、未粉砕培地は、図7(b)に示すように、粒子同士が結着した塊を含んでおり、その中に乾燥おからを混入させることができず、各粒と乾燥おからとを十分に混合することができない。したがって、各粒とおからとの付着面積が小さくなって培地全体におからのマスキング機能を十分に作用させることができない。また、粒子同士が結着した塊の中に菌糸が入り込めず、且つ空気の通路も確保できないため、菌糸が十分に生育できなかったと考えられる。
これに対して、粉砕培地では、図7(a)に示すように、比較的小さな粒が揃って培地内の表面積が大きくすることができ、各粒とおからとの付着面積を大きくして培地全体におからのマスキング機能を作用させることができる。したがって、各粒の表面や間から有害物質が除去されると共に栄養物質が利用可能となり、また、菌糸および空気の通路が形成され、培地全体に菌糸が伸長可能となる。
以上のことから、廃培地および/または再生培地を適宜粉砕すると好ましいことが分かる。同じく培地を篩に掛けて所定の大きさを超える粒を除去しても、比較的小さな粒が揃って培地内の表面積を大きくすることができるため、廃培地および/または再生培地を適宜篩に掛けても好適である。篩の目開きは2〜10[mm]程度とすればよく、より好適には2〜5[mm]程度が好ましい。なお、単に篩に掛けるよりも、培地を粉砕して粒を小さくしたうえで篩に掛ける方が、篩による廃棄量を減らすことができるため、廃培地をより無駄なく再利用できる。
さらに、本実施形態においては、廃培地および/または再生培地に対して所定の硬さを有する粒を除去することが好ましい(S104)。ここで、所定の硬さを有する粒とは、例えばきのこ培地(新培地)に基材として配合されるコーンコブ(トウモロコシの芯の粉砕物)に含まれている硬い粒のことである。コーンコブは、主として培地内に空気層を付与する役割を有し、基本的に栄養物質として作用しない。したがって、コーンコブの中で所定の硬さを有する粒を一定量除去することによって、培地内の栄養源を相対的に増加させることができる。また、弾力性を有する培地にすることができるため、培養容器により多量の培地が充填可能になる(例えば、培養容器容量の80[%]程度)。その結果、同容量の培養容器中により多くの栄養源や乾燥おからを含有させることができ、新たなきのこの生育をより促進することができる。
なお、培地から所定の硬さを有する粒を除去するには、例えば食品ロス分別機KCM−5T(協全商事製)を好適に用いることができる。このような粉砕分別装置に廃培地および/または再生培地を投入することによって、コーンコブ等に含まれる所定の硬さを有する粒を除去することができ、且つ培地を粉砕すると共に篩機能により所定の大きさを超える粒を除去することができる。図8(a)に、食品ロス分別機KCM−5Tに投入する前のエノキタケ廃培地の写真を示し、図8(b)および図8(c)に、食品ロス分別機KCM−5Tにより分別処理された当該廃培地の写真を示す。図8(b)は利用する廃培地、図8(c)は廃棄する廃培地である。図8(c)には、コーンコブ等の粒の集合が視認できる。図8(d)に、図8(c)に示す廃培地中のコーンコブ等の硬い粒を拡大した写真を示す。上記の粉砕分別装置を用いて粉砕・分別処理を行った廃培地では、同容量の培養容器により多量の培地を充填することができた。これによって、培養容器中により多くの栄養源や乾燥おからを含有させて新たなきのこの生育をより促進することができ、増収する結果が得られた(実施例3および実施例4参照)。なお、分別されたコーンコブ等の硬い粒は、直径が3〜5[mm]程度であったことから、廃培地または再生培地をこれより小さな目開きの篩に掛けても、一定量のコーンコブ等の硬い粒を除去できると考えられる。
図9に、本実施形態に係るきのこ培地の製造方法に対して粉砕分別装置および殺菌撹拌装置を適用した例をまとめた図を示す。
「実施例1」
[方法]
本実施形態に係る方法によりきのこ培地を製造し、当該きのこ培地を用いてきのこを菌床栽培した。きのこには、多数の柄が束生し、生育や品質の良し悪しが現れやすいエノキタケ(Flammulina velutipes(Curt.:Fr.)Sing.)を用いた。
エノキタケを菌床栽培した廃培地30[kg]に対して、pH7以上の乾燥おから1.5[kg](5[質量%])および抗酸化物として石灰(炭酸カルシウム、以下全実施例で同じ)20[g]を混合し、殺菌撹拌装置(ハイブリッドスチームミキサーHSM−7500、協全商事製、以下同じ)内で撹拌しつつ大気圧下で100[℃]以下の水蒸気を40[分]噴霧し、再生培地を得た。次いで、再生培地を目開き10[mm]の篩に掛けて粗い粒を除去した後、当該再生培地および市販のエノキタケの新培地26[kg]に水を加えて水分率を66[%]に調整し、さらに石灰10[g]およびカキガラ30[g]を加えてpHを6.8に調整し、完成培地を得た。したがって、抗酸化物(石灰およびカキガラ)を廃培地に対して0.2[質量%]投入したことになる。
以上の方法によって、新培地の約53.6[質量%]を廃培地で置換したエノキタケ培地(完成培地)を製造した(廃培地30[kg]/(廃培地30[kg]+新培地26[kg])×100≒53.6[質量%])。次いで、当該エノキタケ培地を培養容器(容量650[cc])に充填し、当該培養容器を高圧蒸気滅菌装置で120[℃]、8[時間]滅菌して冷却後、エノキタケの種菌を接種して培養した(実施例1)。なお、実施例1における培養前の殺菌後のpHは6.3であった。
これに対して、比較例1として、市販のエノキタケの新培地に水を加えて水分率を67[%]に調整した通常培地を製造し(pH6.8)、実施例1と同じく培養容器に充填し、殺菌、冷却後、エノキタケの種菌を接種して培養した(比較例1)。
[結果]
結果を、表1および図10〜図12に示す。表1は、実施例1および比較例1のエノキタケの収穫期間に相当する種菌接種後43日目から45日目までの収量を示す。収穫した株から最大30株を上限としてサンプリングした個体の平均収量を算出した。また、図10は、各例のサンプリング個体の写真を示す(図10(a)は比較例1、図10(b)は実施例1)。また、図11は、各例のサンプリング個体を、根元(培養容器上部の摺り切り面)から7[cm]の高さ(図10の実線B参照、ただし説明のための概ねの高さを示す)で水平にカットした柄の部位(基部側、図10の矢印C参照)の上方からの写真を示す(左側が比較例1、右側が実施例1)。また、図12は、当該カットした傘の部位(先端側、図10の矢印D参照)の側方からの写真を示す(左側が比較例1、右側が実施例1)。
表1に示すように、比較例1では、前日比の収量が44日目で最大となったのに対して(+8.6[g])、実施例では、1日遅れて45日目で最大となった(+9.8[g])。すなわち、実施例では、比較例に対して生育のピークが1日遅れて訪れたことから、生育速度が1日乃至2日遅れたことが示された。しかしながら、各例の平均収量の総平均値(3日間の平均値)を比較すると、実施例1は210[g]であり、比較例206[g]に対して2[%]増収した。以上のことから、実施例1では、比較例1に対して生育速度はやや遅れるものの菌回りはより良く、最終的な収量は比較例1をやや上回ることが示された。
また、実施例1および比較例1の各株を比較すると、図10に示すように、丈は同程度であった。なお、実施例1でやや丈にばらつきが見られたが、誤差の範囲内であった。また、図11に示すように、比較例1では柄の束が直径60[mm](矢印E参照)および65[mm](矢印F参照)の楕円形で、各柄が粗めで全体が軟質であったのに対して、実施例1では直径65[mm](矢印G参照)の円形で、各柄が密で全体が硬質であった。また、束の太さ(胴回り)は、各例とも根元では同一(17.0[cm])であったが、根元から6.5[cm]の高さで比較すると比較例1では18.5[cm]であったのに対して、実施例1では19.5[cm]と太かった(+1.0[cm])。以上のことから、実施例1では、比較例1に対して各柄の生育が良好であることが示された。
さらに、各柄を比較すると、図12に示すように、比較例1では各柄がやや細く透明で且つやや軟質であったのに対して、実施例1では各柄がやや太く白色で且つやや硬質であった。そこで、各例の水分率を測定すると、比較例1では90.00[%]であったのに対して、実施例1では89.35[%]とやや低かった(−0.65[%])。これらの相違は、調理の際の用途や嗜好によって良し悪しは一定でないが、例えば流通過程においては、実施例1のエノキタケは、比較例1に対して水分率が低く日持ちが良い。
「実施例2」
[方法]
エノキタケを菌床栽培した廃培地30[kg]に対して、pH7以上の乾燥おから4.5[kg](15[質量%])および抗酸化物として石灰およびカキガラをそれぞれ60[g](計0.4[質量%])を混合し、殺菌撹拌装置内で撹拌しつつ大気圧下で100[℃]以下の水蒸気を40[分]噴霧し、再生培地を得た。次いで、再生培地を目開き10[mm]の篩に掛けて粗い粒を除去した後、当該再生培地および市販のエノキタケの新培地18[kg]に水を加えて水分率を65.95[%]に調整し、pHが7.8の完成培地を得た。
以上の方法によって、新培地の約61.9[質量%]を廃培地で置換したエノキタケ培地(完成培地)を製造した(廃培地30[kg]/(廃培地30[kg]+新培地18.5[kg])×100≒61.9[質量%])。次いで、当該エノキタケ培地を培養容器(容量1100[cc])に充填し、当該培養容器を高圧蒸気滅菌装置で120[℃]、8[時間]滅菌して冷却後、エノキタケの種菌を接種して培養した(実施例2)。なお、実施例2における培養前の殺菌後のpHは7.2であった。
これに対して、比較例2として、市販のエノキタケの新培地に水を加えて水分率を67[%]に調整した通常培地を製造し(pH6.8)、実施例2と同じく培養容器に充填し、殺菌、冷却後、エノキタケの種菌を接種して培養した(比較例2)。
[結果]
実施例2は、実施例1と比較して高割合で廃培地を配合したきのこ培地である。乾燥おからの配合割合を増やすと共に、完成培地のpHを高めに調整した。また、培養容器には、比較的培養が困難な大型の容器を用いた。図13に、実施例2および比較例2のエノキタケの種菌接種後56日目の写真を示す(図13(a)は比較例2、図13(b)は実施例2)。また、図14に、同じく実施例2のエノキタケの種菌接種後56日目の写真を示す。
実施例2では、比較例2に対して生育速度が同程度またはそれ以上であり、半透明の培養容器の外部から培養容器全体に菌糸の白色が視認されたが、図13に示すように、最終的には比較例2と比較してやや丈が短く、各柄が粗めで全体が軟質で、収量はやや下回った。これは、予想以上に菌回りが良く、生育速度が速かったことから菌掻きのタイミングが遅れたため、十分に上方に菌糸を回せなかった(栄養分を投入できなかった)ことによるものであり、適切な時期に菌掻きを行うことによって通常培地と同程度またはそれ以上にエノキタケを生育させることができる。
また、図14に示すように、実施例2では、矢印Hで示す周囲に配置した株と比較して、矢印Iで示す中央に配置した株の生育の遅れが目立った。この傾向は菌床栽培において一般に見られる傾向であり、中央部は周囲部と比較して炭酸ガス濃度が高くなりやすいこと等が原因であるが、実施例2では比較例2に対して当該傾向が比較的顕著に表れた。これは、実施例2においては特に菌回りが良く、活発に代謝が行われた結果、中央部の炭酸ガス濃度が上昇したためであると考えられる。このことから、培地のpHを高く調整することによって、菌回りが良くなることが示された。
ここで、本発明者はさらに追加試験を行って、本実施形態に係る製造方法により製造した培地のpHの相違によるきのこ(エノキタケ)への影響について検討した。その結果、図20に示すように、培地のpHが高いと菌回りが良く、菌糸の生育速度が相対的に速くなることが見出された。また、培地のpHが高いと柄の数が相対的に少なくなると共に各柄が相対的に太く形成され、一方、培地のpHが低いと柄の数が相対的に多くなると共に各柄が相対的に細く形成されることも見出された。したがって、上記の知見に基づいて、再生培地からなる(または再生培地を含む)培地(完成培地)のpH(最終pH)を適宜最適な値に調整することにより、目的に応じた形質を有するエノキタケを得ることができる。
「実施例3および実施例4」
[方法]
エノキタケを菌床栽培した廃培地を粉砕分別装置(食品ロス分別機KCM−5T、協全商事製、以下同じ)を用いて2〜10[mm]に粉砕して分別処理した。次いで、この廃培地25[kg]に対して、pH7の乾燥おから2.5[kg](10[質量%])および抗酸化物として石灰を37.5[g](0.15[質量%])を混合し、さらに水2.5[kg](10[質量%])を加えて殺菌撹拌装置内で撹拌しつつ大気圧下で100[℃]以下の水蒸気を60[分]噴霧し、再生培地を得た。次いで、当該再生培地および市販のエノキタケの新培地10[kg]に水を加えて水分率を66.65[%]に調整し、pHが6.17の完成培地を得た。
以上の方法によって、新培地の約71.4[質量%]を廃培地で置換したエノキタケ培地(完成培地)を製造した(廃培地25[kg]/(廃培地25[kg]+新培地10[kg])×100≒71.4[質量%])。次いで、当該エノキタケ培地を培養容器(800[cc])に、一方は580[g]充填して(72.5[w/v%])、実施例3とした。また、他方は650[g]充填して(81.25[w/v%])、実施例4とした。そして、これらの培養容器を高圧蒸気滅菌装置で120[℃]、8[時間]滅菌して冷却後、エノキタケの種菌を接種して培養した。
[結果]
実施例3および実施例4は、実施例2と比較してさらに高割合で廃培地を配合したきのこ培地である。水蒸気殺菌に際して水を加えると共に、完成培地のpHを低めに調整した。また、廃培地を粉砕し、所定の大きさを超える粒および所定の硬さを有する粒を除去すると共に、実施例3では培養容器容量の約70[%]の培地を充填し、一方、実施例4では培養容器容量の約80[%]の培地を充填した。図15に、実施例3および実施例4のエノキタケの種菌接種後46日目の写真を示す(図15(a)は実施例3、図15(b)は実施例4)。
図15に示すように、実施例3および実施例4は、いずれも各柄が傘を付けて所定程度に生育し、新培地の70[%]を再生培地に置換した場合でもエノキタケの子実体を一定の大きさに生育可能であることが示された。ただし、実施例3では大きさにややばらつきが見られた。また、種菌接種後47日目のサンプリング個体の平均重量は、実施例3で213[g]、実施例4で272[g]であり、丈の長さは、実施例3で141[mm]、実施例4で153[mm]であり、実施例4の方が実施例3よりも菌糸の生育が良好であった。このことから、培養容器に充填する培地量を増加させることによって、きのこの生育をより促進できることが確認された。
「実施例5および実施例6」
[方法]
エノキタケを菌床栽培した廃培地を粉砕分別装置を用いて5〜10[mm]に粉砕して分別処理した。次いで、この廃培地20[kg]に対して、pH7の乾燥おから4.0[kg](20[質量%])および抗酸化物として石灰およびカキガラをそれぞれ40[g](計0.4[質量%])を混合し、さらに水3.5[kg](17.5[質量%])を加えて殺菌撹拌装置内で撹拌しつつ大気圧下で100[℃]以下の水蒸気を60[分]噴霧し、再生培地(水分率71.6[%]、pH6.5)を得て、そのまま完成培地とした(実施例5)。
一方、上記粉砕分別した廃培地20[kg]に対して、pH7の乾燥おから4.0[kg](20[質量%])および抗酸化物として石灰60[g]およびカキガラ40[g](計0.5[質量%])を混合し、殺菌撹拌装置内で撹拌しつつ大気圧下で100[℃]以下の水蒸気を60[分]噴霧し、再生培地を得た。次いで、当該再生培地に水5.0[kg]を加えて水分率を64.1[%]に調整し、pHが6.9の完成培地を得た(実施例6)。
以上の方法によって、新培地の100[質量%]を廃培地で置換した2種類のエノキタケ培地(完成培地)を製造した。次いで、これらのエノキタケ培地をそれぞれ培養容器(850[cc])に、645[g]充填した(75.88[w/v%])。そして、これらの培養容器を高圧蒸気滅菌装置で120[℃]、8[時間]滅菌して冷却後、エノキタケの種菌を接種して培養した。
これに対して、比較例3として、エノキタケを菌床栽培した廃培地を何らの処理もせずそのまま100[%]エノキタケ培地として、培養容器(800[cc])に650[g]充填した(81.25[w/v%])。そして、実施例5および実施例6と同じく殺菌、冷却後、エノキタケの種菌を接種して培養した(比較例3)。
[結果]
実施例5および実施例6は、再生培地をそのまま用いた(新培地の100[質量%]を廃培地で置換した)きのこ培地である。実施例5は、水蒸気殺菌に際して水を加えて、その後得られた再生培地をそのまま完成培地とした。一方、実施例6は、水蒸気殺菌に際して水を加えなかったため、その後得られた再生培地に水を加えて水分を調整して完成培地を得た。また、比較例3として、未処理の廃培地をそのまま用いた(新培地の100[質量%]を未処理の廃培地で置換した)きのこ培地でエノキタケを培養した。
図16に、実施例5および実施例6の種菌接種後19日目の培地の断面の写真を示す(図16(a)は実施例5、図16(b)は実施例6)。また、図17に、実施例5および実施例6のエノキタケの種菌接種後42日目の写真を示す(左側が実施例5、右側が実施例6)。また、図18に、実施例5および実施例6のエノキタケの種菌接種後46日目の写真を示す(図18(a)は実施例5、図18(b)は実施例6)。また、図19に、比較例3のエノキタケの種菌接種後46日目の写真を示す。
図16に示すように、実施例5および実施例6は、いずれも菌糸(矢印Jで示す白色の部位)が培地内に拡がって菌回りが良好であった。また、図17および図18に示すように、いずれも各柄が傘を付けて所定程度に生育し、再生培地をそのまま用いた(新培地の100[質量%]を廃培地で置換した)場合でもエノキタケの子実体を一定の大きさに生育可能であることが示された。また、種菌接種後49日目のサンプリング個体の平均重量は、実施例5で298[g]、実施例6で267[g]であり、実施例5の方が実施例6よりも菌糸の生育が良好であった。このことから、水蒸気殺菌に際して水を加えることによって、きのこの生育をより促進できることが示された。ただし、実施例6においても子実体は十分な大きさに生育しており、水蒸気殺菌に際して水を加えることが必須であるということを意味するものではない。
一方、図19に示すように、比較例3は、種菌接種後46日目になっても子実体がほとんど生育せず(重量54[g]、丈の長さ30[mm])、実施例1〜6(図10、13〜15、17〜18参照)との相違は一見して明らかであった。
以上のように、本発明によって製造したきのこ培地は、そのまま新たなきのこ培地とすることができ(すなわち新培地全体の100[%]を置換することができ)、新培地を所望の割合で再生培地に置換して新たなきのこ培地とすることができる。当該きのこ培地を用いてきのこを培養した場合、pH等の条件によって生育速度は多少相違するが、最終的に子実体を出荷可能な大きさに生育させることができる。したがって、pHや水分率等の培地条件、培養温度や炭酸ガス濃度等の培養条件、および菌掻き日等の栽培方法を適宜最適化すればよい。
なお、本発明によって製造したきのこ培地を用いて培養したエノキタケについて食品成分分析を行ったところ、通常培地で培養したエノキタケと比較してγ−アミノ酪酸の含有率が相対的に低く、グルタミンおよびグルタミン酸の含有率が相対的に高いという特徴が見られた。これは、γ−アミノ酪酸がグルタミンおよびグルタミン酸から産生される物質であることから、グルタミンおよびグルタミン酸が反応せずに比較的多く残留していることを示している。この特徴は、用途や嗜好によって良し悪しは一定でないが、本発明によって製造したきのこ培地を用いれば、旨味成分であるグルタミン酸の含有率が比較的高いエノキタケを製造することができる。
本実施例では一例としてエノキタケの培地を製造したが、本実施形態に係るきのこ培地の製造方法によれば、エノキタケ以外のきのこ、例えばシメジ(ホンシメジ、ブナシメジ、ヒラタケ等)、マイタケ、エリンギ等の様々なきのこの培地を製造することが可能である。