以下、本発明を詳細に説明する。
<1>本発明において製造されるタンパク質
本発明において製造されるタンパク質は、エシェリヒア・コリを宿主として発現可能なものであれば特に制限されない。タンパク質は、エシェリヒア・コリ由来のタンパク質であってもよく、異種由来のタンパク質であってもよい。異種由来のタンパク質は、例えば、微生物由来のタンパク質であってもよく、植物由来のタンパク質であってもよく、動物由来のタンパク質であってもよく、ウィルス由来のタンパク質であってもよく、さらには人工的にアミノ酸配列をデザインしたタンパク質であってもよい。タンパク質は、単量体タンパク質であってもよく、多量体タンパク質であってもよい。タンパク質は、分泌性タンパク質であってもよく、非分泌性タンパク質であってもよい。なお、「タンパク質」には、オリゴペプチドやポリペプチド等の、ペプチドと呼ばれる態様も包含される。
本発明において製造されるタンパク質としては、例えば、フィブロイン様タンパク質、生理活性タンパク質、レセプタータンパク質、抗原タンパク質、酵素が挙げられる。本発明においては、特に、フィブロイン様タンパク質を製造するのが好ましい。
本発明において、「フィブロイン様タンパク質」とは、フィブロインおよびそれに準ずる構造を有する繊維状タンパク質の総称である。
「フィブロイン」とは、クモの糸やカイコの糸を構成する繊維状タンパク質である。すなわち、フィブロインとしては、クモのフィブロインやカイコのフィブロインが挙げられる。クモの種類、カイコの種類、糸の種類は、特に制限されない。クモとしては、ニワオニグモ(Araneus diadematus)やアメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)が挙げられる。クモのフィブロインとしては、大瓶状腺で産生するしおり糸、枠糸、縦糸のタンパク質(大瓶状腺タンパク質)、小瓶状腺で産生する足場糸のタンパク質(小瓶状腺タンパク質)、鞭状腺で産生する横糸のタンパク質(鞭状腺タンパク質)が挙げられる。クモのフィブロインとして、具体的には、例えば、ニワオニグモの大瓶状腺タンパク質ADF3およびADF4や、アメリカジョロウグモの大瓶状腺タンパク質MaSp1およびMaSp2が挙げられる。カイコとしては、家蚕(Bombyx mori)やエリ蚕(Samia cynthia)が挙げられる。これらフィブロインのアミノ酸配列、及びこれらフィブロインをコードする遺伝子(「フィブロイン遺伝子」ともいう)の塩基配列は、例えば、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)等の公用データベースから取得できる。ニワオニグモのADF3(partial;NCBI AAC47010.1 GI:1263287)のアミノ酸配列を配列番号3に示す。すなわち、フィブロイン様タンパク質は、例えば、上記データベースに開示されたフィブロインのアミノ酸配列(例えば配列番号3)を有するタンパク質であってよい。また、フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子(「フィブロイン様タンパク質遺伝子」ともいう)は、例えば、上記データベースに開示されたフィブロイン遺伝子の塩基配列を有する遺伝子であってよい。なお、「(アミノ酸または塩基)配列を有する」という表現は、当該「(アミノ酸または塩基)配列を含む」場合および当該「(アミノ酸または塩基)配列からなる」場合を包含する。
「フィブロインに準ずる構造を有する繊維状タンパク質」とは、フィブロインが有する反復配列と同様の配列を有する繊維状タンパク質をいう。「フィブロインが有する反復配列と同様の配列」とは、実際にフィブロインが有する配列であってもよく、それと類似する配列であってもよい。フィブロインに準ずる構造を有する繊維状タンパク質としては、WO2012/165476に記載の大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するポリペプチドや、WO2006/008163に記載の組換えスパイダーシルクタンパク質が挙げられる。
すなわち、「フィブロインが有する反復配列と同様の配列」としては、下記式Iに示される配列(以下、「反復配列I」ともいう)が挙げられる(WO2012/165476):
REP1−REP2 ・・・(I)
式I中、REP1は、アラニン及びグリシンから選択される1またはそれ以上のアミノ酸の連続配列からなるアミノ酸配列である。REP1がアラニン及びグリシンの両方を含む場合、アラニン及びグリシンの順番は特に制限されない。例えば、REP1において、アラニンが2残基またはそれ以上連続していてもよく、グリシンが2残基またはそれ以上連続していてもよく、アラニン及びグリシンが交互に並んでいてもよい。REP1の長さは、例えば、2残基以上、3残基以上、4残基以上、または5残基以上であってもよく、20残基以下、16残基以下、12残基以下、または8残基以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。REP1の長さは、例えば、2〜20残基、3〜16残基、4〜12残基、または5〜8残基であってよい。REP1は、例えば、クモのフィブロインにおいて、繊維内で結晶βシートを形成する結晶領域に相当する。
式I中、REP2は、グリシン、セリン、グルタミン、及びアラニンから選択される1またはそれ以上のアミノ酸を含むアミノ酸配列である。REP2において、グリシン、セリン、グルタミン、及びアラニンの合計残基数は、例えば、REP2の総アミノ酸残基数の40%以上、60%以上、または70%以上であってよい。REP2の長さは、例えば、2残基以上、10残基以上、または20残基以上であってもよく、200残基以下、150残基以下、100残基以下、または75残基以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。REP2の長さは、例えば、2〜200残基、10〜150残基、20〜100残基、または20〜75残基であってよい。REP2は、例えば、クモのフィブロインにおいて、柔軟性があり大部分が規則正しい構造を欠いている無定型領域に相当する。
反復配列Iの反復回数は、特に制限されない。反復配列Iの反復回数は、例えば、2以上、5以上、または10以上であってもよく、100以下、50以下、または30以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。REP1およびREP2の構成は、いずれも、各反復において同一であってもよく、そうでなくてもよい。
フィブロインに準ずる構造を有する繊維状タンパク質は、フィブロインが有する反復配列と同様の配列に加えて、例えば、C末端にクモのフィブロインのC末端付近のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有していてもよい。クモのフィブロインのC末端付近のアミノ酸配列としては、例えば、クモのフィブロインのC末端50残基のアミノ酸配列、C末端50残基からC末端20残基を除去したアミノ酸配列、C末端50残基からC末端29残基を除去したアミノ酸配列が挙げられる。クモのフィブロインのC末端付近のアミノ酸配列として、具体的には、例えば、配列番号3に示すニワオニグモのADF3(partial;NCBI AAC47010.1 GI:1263287)の587〜636位(C末端50残基)の配列、587〜616位の配列、587〜607位の配列が挙げられる。
フィブロインが有する反復配列と同様の配列を有し、且つ、C末端にクモのフィブロインのC末端付近のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有する繊維状タンパク質として、具体的には、例えば、WO2012/165476A1の配列番号10に記載の塩基配列を有する遺伝子にコードされるタンパク質が挙げられる。同遺伝子の塩基配列を配列番号1に、同遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
フィブロイン様タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記例示したフィブロイン様タンパク質(すなわち、上記例示したフィブロインまたはそれに準ずる構造を有する繊維状タンパク質)のバリアントであってもよい。同様に、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したフィブロイン様タンパク質遺伝子(すなわち、上記例示したフィブロインまたはそれに準ずる構造を有する繊維状タンパク質をコードする遺伝子)のバリアントであってもよい。なお、このような元の機能が維持されたバリアントを「保存的バリアント」という場合がある。保存的バリアントとしては、例えば、上記例示したフィブロイン様タンパク質やそれをコードする遺伝子のホモログや人為的な改変体が挙げられる。
「元の機能が維持されている」とは、遺伝子やタンパク質のバリアントが、元の遺伝子やタンパク質の機能(活性や性質)に対応する機能(活性や性質)を有することをいう。すなわち、「元の機能が維持されている」とは、フィブロイン様タンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが繊維状タンパク質であることをいう。また、「元の機能が維持されている」とは、フィブロイン様タンパク質遺伝子にあっては、遺伝子のバリアントが、元の機能が維持されたタンパク質(すなわち繊維状タンパク質)をコードすることをいう。「繊維状タンパク質」とは、所定の条件下で繊維状の形態を取るタンパク質をいう。すなわち、繊維状タンパク質は、繊維状の形態で発現するタンパク質であってもよく、発現時には繊維状の形態ではないが繊維状の形態に加工可能なタンパク質であってもよい。繊維状タンパク質は、例えば、封入体として発現し、その後、適当な手法により繊維状の形態に加工可能なタンパク質であってもよい。
フィブロイン様タンパク質のホモログとしては、例えば、上記フィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列を問い合わせ配列として用いたBLAST検索やFASTA検索によって公開データベースから取得されるタンパク質が挙げられる。また、上記フィブロイン様タンパク質遺伝子のホモログは、例えば、各種生物の染色体を鋳型にして、上記フィブロイン様タンパク質遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いたPCRにより取得することができる。
以下、フィブロイン様タンパク質およびフィブロイン様タンパク質遺伝子の保存的バリアントについて例示する。
フィブロイン様タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記フィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入または付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。なお上記「1若しくは数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、具体的には、例えば、1〜50個、1〜40個、1〜30個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個、特に好ましくは1〜3個を意味する。
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加は、タンパク質の機能が正常に維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、または逆位等には、タンパク質が由来する生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
また、フィブロイン様タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記フィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列全体に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。尚、本明細書において、「相同性」(homology)は、「同一性」(identity)を指すことがある。
また、フィブロイン様タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記フィブロイン様タンパク質遺伝子の塩基配列から調製され得るプローブ、例えば同塩基配列の全体または一部に対する相補配列、とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAにコードされるタンパク質であってもよい。そのようなプローブは、例えば、同塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、同塩基配列を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度および温度で、1回、好ましくは2〜3回洗浄する条件を挙げることができる。また、例えば、プローブとして、300 bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。
フィブロイン様タンパク質は、他のペプチドとの融合タンパク質であってもよい。「他のペプチド」は、所望の性状のフィブロイン様タンパク質が得られる限り、特に制限されない。「他のペプチド」は、その利用目的等の諸条件に応じて適宜選択できる。「他のペプチド」としては、ペプチドタグやプロテアーゼの認識配列が挙げられる。「他のペプチド」は、例えば、フィブロイン様タンパク質のN末端、若しくはC末端、またはその両方に連結されてよい。「他のペプチド」としては、1種のペプチドを用いてもよく、2種またはそれ以上のペプチドを組み合わせて用いてもよい。
ペプチドタグとして、具体的には、Hisタグ、FLAGタグ、GSTタグ、Mycタグ、MBP(maltose binding protein)、CBP(cellulose binding protein)、TRX(Thioredoxin)、GFP(green fluorescent protein)、HRP(horseradish peroxidase)、ALP(Alkaline Phosphatase)、抗体のFc領域が挙げられる。ペプチドタグは、例えば、発現したフィブロイン様タンパク質の検出や精製に利用できる。
プロテアーゼの認識配列として、具体的には、HRV3Cプロテアーゼ認識配列、Factor Xaプロテアーゼ認識配列、proTEVプロテアーゼ認識配列が挙げられる。プロテアーゼの認識配列は、例えば、発現したフィブロイン様タンパク質の切断に利用できる。具体的には、例えば、フィブロイン様タンパク質をペプチドタグとの融合タンパク質として発現させる場合、フィブロイン様タンパク質とペプチドタグの連結部にプロテアーゼの認識配列を導入することにより、発現したフィブロイン様タンパク質からプロテアーゼを利用してペプチドタグを切断し、ペプチドタグを有さないフィブロイン様タンパク質を得ることができる。
そのような融合タンパク質として、具体的には、N末端にHisタグとHRV3Cプロテアーゼ認識配列が付加されたニワオニグモのADF3(配列番号5)が挙げられる。また、配列番号5の融合タンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号4の12〜1994位の塩基配列が挙げられる。
フィブロイン様タンパク質遺伝子は、上記例示したフィブロイン様タンパク質遺伝子またはその保存的バリアントの塩基配列において、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。例えば、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。
また、フィブロイン様タンパク質以外のタンパク質を製造する場合、製造されるタンパク質は、例えば、公知のアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよいし、その保存的バリアントであってもよい。フィブロイン様タンパク質およびそれをコードする遺伝子の保存的バリアントに関する記載は、他の任意のタンパク質およびそれをコードする遺伝子にも準用できる。
<2>本発明の細菌
本発明の細菌は、フィブロイン様タンパク質等のタンパク質をコードする遺伝子を有するエシェリヒア・コリである。以下、フィブロイン様タンパク質を製造する場合を想定して本発明の細菌について説明するが、当該説明はフィブロイン様タンパク質以外の任意のタンパク質を製造する場合にも準用できる。
本発明の細菌は、フィブロイン様タンパク質遺伝子を有することにより、フィブロイン様タンパク質の生産能を有する。「本発明の細菌がフィブロイン様タンパク質の生産能を有する」とは、例えば、本発明の細菌を培地で培養した際に、フィブロイン様タンパク質を生成し、回収できる程度に培地中および/または菌体内に蓄積することをいう。
エシェリヒア・コリとしては、特に制限されないが、微生物学の専門家に知られている分類によりエシェリヒア・コリに分類されている細菌が挙げられる。エシェリヒア・コリとして、具体的には、例えば、W3110株(ATCC 27325)やMG1655株(ATCC 47076)等のエシェリヒア・コリK-12株;エシェリヒア・コリK5株(ATCC 23506);BL21(DE3)株やそのrecA-株であるBLR(DE3)株等のエシェリヒア・コリB株;およびそれらの派生株が挙げられる。
これらの菌株は、例えば、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(住所12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852 P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)より分譲を受けることが出来る。すなわち各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることが出来る(http://www.atcc.org/参照)。各菌株に対応する登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。また、BL21(DE3)株は、例えば、ライフテクノロジーズ社より入手可能である(製品番号C6000-03)。また、BLR(DE3)株は、例えば、メルクミリポア社より入手可能である(製品番号 69053)。
本発明の細菌は、栄養要求性株であってもよい。栄養要求性株は、1種類の栄養要求性を有していてもよく、2またはそれ以上の種類の栄養要求性を有していてもよい。栄養要求性としては、イソロイシン要求性等のアミノ酸要求性や核酸要求性が挙げられる。例えば、エシェリヒア・コリBLR(DE3)株は、イソロイシン要求性を有する(Schmidt M, Romer L, Strehle M, Scheibel T, Biotechnol Lett 2007, 29(11):1741-1744.)。
フィブロイン様タンパク質遺伝子を有するエシェリヒア・コリは、上記のようなエシェリヒア・コリ株に、同遺伝子を導入することにより取得できる。以下、フィブロイン様タンパク質遺伝子が導入されるおよび導入されたエシェリヒア・コリ株を総称して「宿主」ともいう。
フィブロイン様タンパク質遺伝子は、フィブロイン様タンパク質遺伝子を有する生物からのクローニングにより取得できる。クローニングには、同遺伝子を含むゲノムDNAやcDNA等の核酸を利用できる。また、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、化学合成によっても取得できる(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。
また、取得したフィブロイン様タンパク質遺伝子を適宜改変してそのバリアントを取得することもできる。遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的部位に目的の変異を導入することができる。すなわち、例えば、部位特異的変異法により、コードされるタンパク質の特定の部位のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入または付加を含むように、遺伝子のコード領域を改変することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer,W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙げられる。
フィブロイン様タンパク質遺伝子を宿主に導入する手法は特に制限されない。宿主において、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、当該宿主で機能する誘導可能なプロモーターの制御下で発現するように保持される。宿主において、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、プラスミド、コスミド、ファージミドのように染色体外で自律複製するベクター上に存在していてもよく、染色体上に導入されていてもよい。宿主は、フィブロイン様タンパク質遺伝子を1コピーのみ有していてもよく、2またはそれ以上のコピーで有していてもよい。宿主は、1種類のフィブロイン様タンパク質遺伝子のみを有していてもよく、2またはそれ以上の種類のフィブロイン様タンパク質遺伝子を有していてもよい。
フィブロイン様タンパク質遺伝子を発現させるためのプロモーターは、宿主において機能する誘導可能なものであれば特に制限されない。「宿主において機能する誘導可能なプロモーター」とは、宿主において誘導可能なプロモーター活性を有するプロモーターをいう。プロモーターは、宿主由来のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。エシェリヒア・コリで機能する誘導可能なプロモーターとしては、lacプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、trpプロモーター、araBADプロモーター、tetAプロモーター、rhaPBADプロモーター、proUプロモーター、cspAプロモーター、λPLプロモーター、λPRプロモーター、phoAプロモーター、pstSプロモーター等の直接的に誘導可能なプロモーターや、T3プロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、SP6プロモーター等の間接的に誘導可能なプロモーターが挙げられる。lacプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーターからの遺伝子発現は、イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)またはラクトースにより誘導できる。trpプロモーターからの遺伝子発現は、3−β−インドールアクリル酸(IAA)により誘導できる。araBADプロモーターからの遺伝子発現は、L−アラビノースにより誘導できる。tetAプロモーターからの遺伝子発現はアンヒドロテトラサイクリン(Anhydrotetracycline)により誘導できる。rhaPBADプロモーターからの遺伝子発現はL−ラムノース(L-rhamnose)により誘導できる。proUプロモーターからの遺伝子発現は、NaClにより誘導できる。trpプロモーターからの遺伝子発現は、培地中のトリプトファンを欠乏させることによっても誘導できる。cspAプロモーターからの遺伝子発現は、低温条件により誘導できる。λPLプロモーター、λPRプロモーターからの遺伝子発現は、高温条件により誘導できる。phoAプロモーター、pstSプロモーターからの遺伝子発現は、培地中のリン酸を欠乏させることにより誘導できる。T3プロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、SP6プロモーターからの遺伝子の転写は、それぞれ、ファージ由来のT3 RNAポリメラーゼ、T5 RNAポリメラーゼ、T7 RNAポリメラーゼ、SP6 RNAポリメラーゼにより行われる。よって、T3プロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、SP6プロモーターからの遺伝子発現は、対応するRNAポリメラーゼを上記のような直接的に誘導可能なプロモーターの制御下で誘導発現することにより、間接的に誘導できる。上記のようなプロモーターは、そのまま用いてもよく、適宜改変して用いてもよい。例えば、各種レポーター遺伝子を用いることにより、上記のような在来のプロモーターの高活性型のものを取得し利用してもよい。例えば、プロモーター領域内の−35、−10領域をコンセンサス配列に近づけることにより、プロモーターの活性を高めることができる(国際公開第00/18935号)。高活性型プロモーターとしては、各種tac様プロモーター(Katashkina JI et al. Russian Federation Patent application 2006134574)やpnlp8プロモーター(WO2010/027045)が挙げられる。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、Goldsteinらの論文(Prokaryotic promoters in biotechnology. Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128 (1995))等に記載されている。
フィブロイン様タンパク質遺伝子は、例えば、同遺伝子を含むベクターを用いて宿主に導入することができる。フィブロイン様タンパク質遺伝子を含むベクターを、フィブロイン様タンパク質遺伝子の組換えDNAともいう。フィブロイン様タンパク質遺伝子の組換えDNAは、例えば、フィブロイン様タンパク質遺伝子を含むDNA断片を宿主で機能するベクターと連結することにより、構築することができる。フィブロイン様タンパク質遺伝子の組換えDNAで宿主を形質転換することにより、同組換えDNAが導入された形質転換体が得られる、すなわち、同遺伝子を宿主に導入することができる。ベクターとしては、宿主の細胞内において自律複製可能なベクターを用いることができる。ベクターは、マルチコピーベクターであるのが好ましい。また、ベクターは、形質転換体を選択するために、抗生物質耐性遺伝子などのマーカーを有することが好ましい。また、ベクターは、挿入された遺伝子を発現するための、エシェリヒア・コリで機能する誘導可能なプロモーターを備えていてもよい。ベクターは、例えば、細菌プラスミド由来のベクター、酵母プラスミド由来のベクター、バクテリオファージ由来のベクター、コスミド、またはファージミド等であってよい。エシェリヒア・コリにおいて自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pUC19、pUC18、pHSG299、pHSG399、pHSG398、pBR322、pSTV29(いずれもタカラバイオ社より入手可)、pACYC184、pMW219(ニッポンジーン社)、pTrc99A(ファルマシア社)、pPROK系ベクター(クロンテック社)、pKK233‐2(クロンテック社製)、pET系ベクター(ノバジェン社)、pQE系ベクター(キアゲン社)、pCold TF DNA(TaKaRa)、pACYC、広宿主域ベクターRSF1010が挙げられる。組換えDNAの構築の際には、例えば、フィブロイン様タンパク質のコード領域を上記のようなプロモーターの下流に結合してからベクターに組み込んでもよく、ベクター上にもともと備わっている上記のようなプロモーターの下流にフィブロイン様タンパク質のコード領域を組み込んでもよい。
また、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、例えば、宿主の染色体上へ導入することができる。染色体への遺伝子の導入は、例えば、相同組み換えを利用して行うことができる(MillerI, J. H. Experiments in Molecular Genetics, 1972, Cold Spring Harbor Laboratory)。相同組み換えを利用する遺伝子導入法としては、例えば、Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))等の直鎖状DNAを用いる方法、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法、ファージを用いたtransduction法が挙げられる。遺伝子は、1コピーのみ導入されてもよく、2コピーまたはそれ以上導入されてもよい。例えば、染色体上に多数のコピーが存在する配列を標的として相同組み換えを行うことで、染色体へ遺伝子の多数のコピーを導入することができる。染色体上に多数のコピーが存在する配列としては、反復DNA配列(repetitive DNA)、トランスポゾンの両端に存在するインバーテッド・リピートが挙げられる。また、本発明の実施に不要な遺伝子等の染色体上の適当な配列を標的として相同組み換えを行ってもよい。また、遺伝子は、トランスポゾンやMini-Muを用いて染色体上にランダムに導入することもできる(特開平2-109985号公報、US5,882,888、EP805867B1)。染色体への遺伝子の導入の際には、例えば、フィブロイン様タンパク質のコード領域を上記のようなプロモーターの下流に結合してから染色体に組み込んでもよく、染色体上にもともと存在する上記のようなプロモーターの下流にフィブロイン様タンパク質のコード領域を組み込んでもよい。
染色体上に遺伝子が導入されたことは、例えば、同遺伝子の全部又は一部と相補的な塩基配列を有するプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション、または同遺伝子の塩基配列に基づいて作成したプライマーを用いたPCRによって確認できる。
形質転換法は特に限定されず、従来知られた方法を用いることができる。形質転換法としては、例えば、エシェリヒア・コリ K-12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A.,J. Mol. Biol. 1970, 53, 159-162)、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Duncan, C. H., Wilson, G. A. and Young, F. E.., 1997. Gene 1: 153-167)などが挙げられる。また、形質転換法としては、バチルス・ズブチリス、放線菌類及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S.and Choen, S.N., 1979. Mol. Gen. Genet. 168: 111-115; Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A. 1978. Nature 274: 398-400; Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R. 1978. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 75: 1929-1933)も応用できる。また、形質転換法としては、コリネ型細菌について報告されているような、電気パルス法(特開平2-207791号公報)を利用することもできる。
本発明の細菌は、さらに、有機酸の生産能が低下するように改変されていてもよい。2またはそれ以上の改変がなされる場合、その順番は特に制限されない。すなわち、例えば、フィブロイン様タンパク質遺伝子が導入されたエシェリヒア・コリを有機酸の生産能が低下するようにさらに改変してもよいし、有機酸の生産能が低下するように改変されたエシェリヒア・コリにフィブロイン様タンパク質遺伝子を導入してもよい。
「有機酸の生産能が低下する」とは、例えば、有機酸を副生する一般的な培養条件で本発明の細菌を培養した際の有機酸の培地中での蓄積量が、同条件で対照株を培養した際の有機酸の培地中での蓄積量と比較して低いことをいい、有機酸が培地中にまったく蓄積しない場合も含む。「有機酸を副生する一般的な培養条件」としては、培養系への炭素源の供給速度が、培養系中の本発明の細菌による炭素源の消費速度と比較して高い条件、すなわち、言い換えると、十分量の炭素源存在下で培養を行う条件、が挙げられる。十分量の炭素源存在下で培養を行う場合、培養系中の炭素源濃度は高く維持される。よって、「十分量の炭素源存在下で培養を行う」とは、培地中の炭素源濃度が一定濃度以上となるように培養を行うことであってよい。培養は、回分培養、流加培養、連続培養、またはそれらの組み合わせにより実施されてよい。「十分量の炭素源存在下で培養を行う条件」としては、例えば、培地中のグルコース濃度が、培養開始時から発現誘導の直前まで常に一定濃度以上となるように培養を行う条件が挙げられる。「発現誘導の直前」とは、例えば、発現誘導の1時間前から発現誘導までのいずれかの時点であってよい。「一定濃度以上」とは、例えば、0.5g/L以上、1.0g/L以上、2.0g/L以上、3.0g/L以上、5.0g/L以上、または10.0g/L以上であってよい。「有機酸を副生する一般的な培養条件」として、具体的には、例えば、実施例に記載の対照条件等の、十分量のグルコースを含有する液体培地を用いて好気的に回分培養を行う条件が挙げられる。対照株としては、野性株や親株等の非改変株が挙げられる。有機酸としては、例えば、酢酸、クエン酸、コハク酸、ギ酸、ピルビン酸が挙げられる。本発明の細菌においては、1種の有機酸の生産能が低下してもよく、2種またはそれ以上の有機酸の生産能が低下してもよい。これらの中では、少なくとも酢酸の生産能が低下するのが好ましい。
有機酸の生産能が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により達成できる。すなわち、野性株や親株等の非改変株を突然変異処理に供し、有機酸の生産能が低下した株を選抜することができる。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
有機酸の生産能が低下するような改変は、例えば、有機酸の生合成経路の酵素の活性を低下させることにより達成できる。例えば、酢酸の生合成経路の酵素としては、酢酸キナーゼ、リン酸トランスアセチラーゼ、ピルビン酸−ギ酸リアーゼ、ピルビン酸オキシダーゼ、アセチルCo-Aシンセターゼが挙げられる。各種エシェリヒア・コリ株のこれら酵素のアミノ酸配列、及びこれら酵素をコードする遺伝子の塩基配列は、例えば、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)等の公用データベースから取得できる。本発明の細菌においては、有機酸の生合成経路の酵素から選択される1種の酵素の活性が低下してもよく、2種またはそれ以上の酵素の活性が低下してもよい。
また、例えば、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を増強することによっても、酢酸の生産能を低下させることができる。ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性は、例えば、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする遺伝子の発現を増大させることにより、増強することができる。遺伝子の発現を増強する方法としては、遺伝子のコピー数を増加させることや、遺伝子の転写や翻訳を増大させることが挙げられる。遺伝子のコピー数の増加は、宿主の染色体へ同遺伝子を導入することにより達成できる。また、遺伝子のコピー数の増加は、同遺伝子を含むベクターを宿主に導入することによっても達成できる。遺伝子の導入は、例えば、上述したフィブロイン様タンパク質遺伝子の導入と同様に行うことができる。遺伝子の転写や翻訳の増大は、プロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、およびRBSと開始コドンとの間のスペーサー領域等の、発現調節配列の改変により達成できる。
以下、各種酵素等のタンパク質の活性を低下させる手法について説明する。
「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の細胞当たりの活性が野性株や親株等の非改変株と比較して減少していることを意味し、活性が完全に消失している場合を含む。「タンパク質の活性が低下する」とは、具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が低下していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が低下していることをいう。すなわち、「タンパク質の活性が低下する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。なお、「タンパク質の細胞当たりの分子数が低下している」ことには、同タンパク質が全く存在していない場合が含まれる。また、「タンパク質の分子当たりの機能が低下している」ことには、同タンパク質の分子当たりの機能が完全に消失している場合が含まれる。タンパク質の活性は、非改変株と比較して低下していれば特に制限されないが、例えば、非改変株と比較して、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成される。「遺伝子の発現が低下する」ことには、同遺伝子が全く発現していない場合が含まれる。なお、「遺伝子の発現が低下する」ことを、「遺伝子の発現が弱化される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株と比較して、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写効率の低下によるものであってもよく、翻訳効率の低下によるものであってもよく、それらの組み合わせによるものであってもよい。遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のプロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域等の発現調節配列を改変することにより達成できる。発現調節配列を改変する場合には、発現調節配列は、好ましくは1塩基以上、より好ましくは2塩基以上、特に好ましくは3塩基以上が改変される。また、発現調節配列の一部または全部を欠失させてもよい。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、発現制御に関わる因子を操作することによっても達成できる。発現制御に関わる因子としては、転写や翻訳制御に関わる低分子(誘導物質、阻害物質など)、タンパク質(転写因子など)、核酸(siRNAなど)等が挙げられる。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のコード領域に遺伝子の発現が低下するような変異を導入することによっても達成できる。例えば、遺伝子のコード領域のコドンを、宿主においてより低頻度で利用される同義コドンに置き換えることによって、遺伝子の発現を低下させることができる。また、例えば、後述するような遺伝子の破壊により、遺伝子の発現自体が低下し得る。
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより達成できる。遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域の一部又は全部を欠損させることにより達成できる。さらには、染色体上の遺伝子の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。タンパク質の活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域は、N末端領域、内部領域、C末端領域等のいずれの領域であってもよい。通常、欠失させる領域は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、欠失させる領域の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、終止コドンを導入すること(ナンセンス変異)、あるいは1〜2塩基を付加または欠失するフレームシフト変異を導入すること等によっても達成できる(Journal of Biological Chemistry 272: 8611-8617 (1997), Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 95 5511-5515 (1998), Journal of Biological Chemistry 26 116, 20833-20839 (1991))。
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域に他の配列を挿入することによっても達成できる。挿入部位は遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する配列は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。他の配列としては、コードされるタンパク質の活性を低下又は消失させるものであれば特に制限されないが、例えば、抗生物質耐性遺伝子等のマーカー遺伝子や目的物質の生産に有用な遺伝子が挙げられる。
染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、例えば、遺伝子の部分配列を欠失し、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した欠失型遺伝子を作製し、該欠失型遺伝子を含む組換えDNAで宿主を形質転換して、欠失型遺伝子と染色体上の野生型遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の野生型遺伝子を欠失型遺伝子に置換することによって達成できる。その際、組換えDNAには、宿主の栄養要求性等の形質にしたがって、マーカー遺伝子を含ませておくと操作がしやすい。欠失型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97: 6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組み合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法などがある(米国特許第6303383号、特開平05-007491号)。
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN−メチル−N'−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
なお、タンパク質が複数のサブユニットからなる複合体として機能する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、それら複数のサブユニットの全てを改変してもよく、一部のみを改変してもよい。すなわち、例えば、それらのサブユニットをコードする複数の遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。また、タンパク質に複数のアイソザイムが存在する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、複数のアイソザイムの全ての活性を低下させてもよく、一部のみの活性を低下させてもよい。すなわち、例えば、それらのアイソザイムをコードする複数の遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が低下したことは、同遺伝子の転写量が低下したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が低下したことを確認することにより確認できる。
遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を非改変株と比較することによって行うことが出来る。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT−PCR等が挙げられる(Molecular cloning(Cold spring Harbor Laboratory Press, Cold spring Harbor (USA), 2001))。mRNAの量は、非改変株と比較して、例えば、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことが出来る(Molecular cloning(Cold spring Harbor Laboratory Press, Cold spring Harbor (USA), 2001))。タンパク質の量は、非改変株と比較して、例えば、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
遺伝子が破壊されたことは、破壊に用いた手段に応じて、同遺伝子の一部または全部の塩基配列、制限酵素地図、または全長等を決定することで確認できる。
<3>本発明の方法
本発明の方法は、タンパク質をコードする遺伝子を有するエシェリヒア・コリ(本発明の細菌)を培地で培養すること、タンパク質をコードする遺伝子の発現を誘導すること、およびタンパク質を採取することを含む、タンパク質の製造法であって、前記発現誘導時の有機酸蓄積が低減されていることを特徴とする方法である。本発明の方法の一態様は、フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子を有するエシェリヒア・コリを培地で培養すること、フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子の発現を誘導すること、およびフィブロイン様タンパク質を採取することを含む、フィブロイン様タンパク質の製造法であって、前記発現誘導時の有機酸蓄積が低減されていることを特徴とする方法である。以下、フィブロイン様タンパク質を製造する場合を想定して本発明の方法について説明するが、当該説明はフィブロイン様タンパク質以外の任意のタンパク質を製造する場合にも準用できる。
すなわち、まず、本発明の細菌の培養を開始する。培養開始後、適当なタイミングでフィブロイン様タンパク質遺伝子の発現を誘導する。発現誘導後、培養をさらに継続し、フィブロイン様タンパク質を培地中および/または菌体内に生成蓄積させる。本発明において、「発現誘導時」とは、当該発現誘導を実施する時点、すなわち、フィブロイン様タンパク質遺伝子等の目的タンパク質をコードする遺伝子の発現を誘導する時点、を意味する。また、培養開始から当該発現誘導までの期間を「発現誘導前の期間」、当該発現誘導から培養終了までの期間を「発現誘導後の期間」ともいう。
発現誘導により、フィブロイン様タンパク質遺伝子等の目的タンパク質をコードする遺伝子の発現量が通常時と比較して上昇する。発現誘導により、目的タンパク質をコードする遺伝子の発現量は、通常時の少なくとも2倍以上、好ましくは3倍以上、さらに好ましくは4倍以上に上昇されてよい。「通常時」とは、誘導可能でないプロモーターの制御下で目的タンパク質をコードする遺伝子を発現する条件、あるいは、採用した発現系の構成に応じた発現誘導の条件が満たされていない条件を意味する。「誘導可能でないプロモーターの制御下で目的タンパク質をコードする遺伝子を発現する条件」としては、目的タンパク質をコードする遺伝子を、当該遺伝子の本来のプロモーターであって誘導可能でないものの制御下で発現する条件が挙げられる。「採用した発現系の構成に応じた発現誘導条件が満たされていない条件」としては、或る物質の存在により発現が誘導される場合には当該物質が添加されていない条件、或る物質の欠乏により発現が誘導される場合には当該物質が欠乏していない条件、或る温度において発現が誘導される場合には培養系の温度が当該発現が誘導される温度の範囲外である条件が挙げられる。
培養条件は、発現誘導前の期間に本発明の細菌が増殖でき、発現誘導時の有機酸蓄積が低減され、且つ、発現誘導後の期間にフィブロイン様タンパク質が生成蓄積する限り、特に制限されない。なお、発現誘導後の期間においては、本発明の細菌は増殖してもよく、しなくてもよい。培養条件は、発現誘導前の期間と発現誘導後の期間において同一であってもよく、同一でなくてもよい。培養条件は、有機酸蓄積を低減する手法の種類等の諸条件に応じて当業者が適宜設定することができる。
「発現誘導前の期間」の長さ、すなわち発現誘導のタイミングは、培養条件等の諸条件に応じて適宜設定することができる。発現誘導は、例えば、培養開始0時間後以降、1時間後以降、2時間後以降、または3時間後以降の時点で実施してもよく、培養開始240時間後まで、200時間後まで、160時間後まで、120時間後まで、または80時間後までの時点で実施してもよく、それらの組み合わせの時点で実施してもよい。また、発現誘導は、例えば、培養液のOD620が40〜500、40〜400、40〜300、または40〜200となった時点で実施してよい。「発現誘導後の期間」の長さは、培養条件等の諸条件に応じて適宜設定することができる。発現誘導後の培養時間は、例えば、1時間以上、4時間以上、または8時間以上であってもよく、240時間以下、200時間以下、160時間以下、120時間以下、または80時間以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。
発現誘導は、採用した発現系の構成に応じて実施することができる。すなわち、例えば、lacプロモーター、trcプロモーター、またはtacプロモーターを利用する場合はイソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)またはラクトースを、trpプロモーターを利用する場合は3−β−インドールアクリル酸(IAA)を、araBADプロモーターを利用する場合はL−アラビノースを、tetAプロモーターを利用する場合はAnhydrotetracyclineを、rhaPBADプロモーターを利用する場合はL-rhamnoseを、proUプロモーターを使用する場合はNaClを、それぞれ培地に添加することにより、フィブロイン様タンパク質の発現を誘導することができる。また、例えば、trpプロモーターを利用する場合は培地中のトリプトファンを欠乏させることによっても、フィブロイン様タンパク質の発現を誘導することができる。また、例えば、cspAプロモーターを利用する場合は、培地の温度を下げる(例えば約15℃まで下げる)ことにより、フィブロイン様タンパク質の発現を誘導することができる。また、λPLプロモーターまたはλPRプロモーターを利用する場合は培地の温度を上げる(例えば42℃まで上げる)ことにより、フィブロイン様タンパク質の発現を誘導することができる。また、例えば、phoAプロモーターまたはpstSプロモーターを利用する場合は培地中のリン酸を欠乏させることにより、フィブロイン様タンパク質の発現を誘導することができる。また、例えば、T3プロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、またはSP6プロモーターを利用する場合は、対応するRNAポリメラーゼの発現を適宜誘導することにより、フィブロイン様タンパク質の発現を誘導することができる。また、例えば、上記のようなプロモーターを適宜改変して用いる場合も、適宜、発現誘導条件を選択することができる。また、発現系の構成によっては、2またはそれ以上の発現誘導条件を組み合わせて利用してもよい。
培地としては、例えば、エシェリヒア・コリ等の細菌の培養に用いられる通常の培地を、そのまま、あるいは適宜改変して、用いることができる。培地としては、例えば、炭素源、窒素源、リン酸源、硫黄源、その他の各種有機成分や無機成分から選択される成分を必要に応じて含有する液体培地を用いることができる。培地成分の種類や濃度は、当業者が適宜設定してよい。
炭素源として、具体的には、例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、ラクトース、ガラクトース、キシロース、アラビノース、廃糖蜜、澱粉加水分解物、バイオマスの加水分解物等の糖類、酢酸、フマル酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸等の有機酸類、グリセロール、粗グリセロール、エタノール等のアルコール類、脂肪酸類が挙げられる。炭素源としては、1種の炭素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の炭素源を組み合わせて用いてもよい。これらの中では、有機酸類以外の炭素源が好ましく、糖類がより好ましく、グルコースが特に好ましい。例えば、全炭素源中のグルコースの比率が、50%(w/w)以上、70%(w/w)以上、90%(w/w)以上、95%(w/w)以上、または100%(w/w)であってよい。
窒素源として、具体的には、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆タンパク質分解物等の有機窒素源、アンモニア、ウレアが挙げられる。窒素源としては、1種の窒素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の窒素源を組み合わせて用いてもよい。
リン酸源として、具体的には、例えば、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2カリウム等のリン酸塩、ピロリン酸等のリン酸ポリマーが挙げられる。リン酸源としては、1種のリン酸源を用いてもよく、2種またはそれ以上のリン酸源を組み合わせて用いてもよい。
硫黄源として、具体的には、例えば、硫酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩等の無機硫黄化合物、システイン、シスチン、グルタチオン等の含硫アミノ酸が挙げられる。硫黄源としては、1種の硫黄源を用いてもよく、2種またはそれ以上の硫黄源を組み合わせて用いてもよい。
その他の各種有機成分や無機成分として、具体的には、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム等の無機塩類;鉄、マンガン、マグネシウム、カルシウム等の微量金属類;ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ビタミンB12等のビタミン類;アミノ酸類;核酸類;これらを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆タンパク質分解物等の有機成分が挙げられる。その他の各種有機成分や無機成分としては、1種の成分を用いてもよく、2種またはそれ以上の成分を組み合わせて用いてもよい。
また、生育にアミノ酸等の栄養素を要求する栄養要求性株を使用する場合には、培地に要求される栄養素を補添することが好ましい。また、抗生物質耐性遺伝子を搭載するベクターを用いて遺伝子を導入した際は、培地に対応する抗生物質を添加するのが好ましい。
培養は、例えば、通気培養または振盪培養により、好気的に行うことができる。酸素濃度は、例えば、飽和溶存酸素濃度の5〜50%、好ましくは飽和溶存酸素濃度の20〜40%となるように制御されてよい。培養温度は、例えば、20〜45℃、25〜40℃、または30〜37℃であってよい。培養中のpHは、例えば、5〜9であってよい。尚、pH調整には無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、例えば、炭酸カルシウム、アンモニアガス、アンモニア水等、を使用することができる。培養は、回分培養(batch culture)、流加培養(fed-batch culture)、連続培養(continuous culture)、またはそれらの組み合わせにより実施することができる。なお、培養開始時の培地を、「初発培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系(発酵槽)に供給する培地を、「流加培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系に流加培地を供給することを、「流加」ともいう。また、培養は、前培養と本培養とに分けて行われてもよい。前培養は、例えば、平板培地や液体培地を用いて行ってよい。
本発明において、各培地成分は、初発培地、流加培地、またはその両方に含有されていてよい。初発培地に含有される成分の種類は、流加培地に含有される成分の種類と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、初発培地に含有される各成分の濃度は、流加培地に含有される各成分の濃度と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、含有する成分の種類および/または濃度の異なる2種またはそれ以上の流加培地を用いてもよい。例えば、複数回の流加が間欠的に行われる場合、各流加培地に含有される成分の種類および/または濃度は、同一であってもよく、そうでなくてもよい。
本発明の方法は、フィブロイン様タンパク質の発現誘導時の有機酸蓄積が低減されていることを特徴とする。「有機酸蓄積が低減されている」とは、有機酸の培地中での蓄積量が、対照条件における有機酸の培地中での蓄積量と比較して低いことをいい、有機酸が培地中にまったく蓄積していない場合も含む。有機酸としては、例えば、酢酸、クエン酸、コハク酸、ギ酸、ピルビン酸が挙げられる。本発明の方法においては、1種の有機酸の蓄積量が低下してもよく、2種またはそれ以上の有機酸の蓄積量が低下してもよい。これらの中では、少なくとも酢酸の蓄積量が低下するのが好ましい。低減の程度は、フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する限り特に制限されない。「有機酸蓄積が低減されている」とは、例えば、有機酸の培地中での蓄積量が、対照条件における有機酸の培地中での蓄積量の70%以下、50%以下、30%以下、または10%以下であることであってよい。また、「有機酸蓄積が低減されている」とは、例えば、有機酸の培地中での蓄積量(2種またはそれ以上の有機酸が蓄積する場合はそれらの総量)が、4.5g/L以下、3.0g/L以下、2.0g/L以下、1.0g/L以下、0.5g/L以下、0.2g/L以下、0.1g/L以下、または0(ゼロ)であることであってもよい。また、「有機酸蓄積が低減されている」とは、例えば、酢酸の培地中での蓄積量が、4.0g/L以下、3.5g/L以下、2.5g/L以下、1.5g/L以下、1.0g/L以下、0.5g/L以下、0.2g/L以下、0.1g/L以下、または0(ゼロ)であることであってもよい。なお、有機酸の蓄積量は、例えば、有機酸の生成量が低下したことにより低下してもよく、一旦生成した有機酸が消費されたことにより低下してもよく、それらの組み合わせであってもよい。
本発明において、「対照条件」とは、有機酸蓄積が低減されていない条件をいう。「対照条件」としては、有機酸を副生する一般的な培養条件で一般的なエシェリヒア・コリ株を培養する条件が挙げられる。「有機酸を副生する一般的な培養条件」としては、培養系への炭素源の供給速度が、培養系中の本発明の細菌による炭素源の消費速度と比較して高い条件、すなわち、言い換えると、十分量の炭素源存在下で培養を行う条件、が挙げられる。十分量の炭素源存在下で培養を行う場合、培養系中の炭素源濃度は高く維持される。よって、「十分量の炭素源存在下で培養を行う」とは、培地中の炭素源濃度が一定濃度以上となるように培養を行うことであってよい。培養は、回分培養、流加培養、連続培養、またはそれらの組み合わせにより実施されてよい。「十分量の炭素源存在下で培養を行う条件」としては、例えば、培地中のグルコース濃度が、培養開始時から発現誘導の直前まで常に一定濃度以上となるように培養を行う条件が挙げられる。「発現誘導の直前」とは、例えば、発現誘導の1時間前から発現誘導までのいずれかの時点であってよい。「一定濃度以上」とは、例えば、0.5g/L以上、1.0g/L以上、2.0g/L以上、3.0g/L以上、5.0g/L以上、または10.0g/L以上であってよい。「有機酸を副生する一般的な培養条件」として、具体的には、例えば、実施例に記載の対照条件等の、十分量のグルコースを含有する液体培地を用いて好気的に回分培養を行う条件が挙げられる。「一般的なエシェリヒア・コリ株」とは、有機酸の生産能が低下するよう改変されていないエシェリヒア・コリであれば特に制限されない。「一般的なエシェリヒア・コリ株」としては、本発明の細菌が有機酸の生産能が低下するよう改変されていない場合は本発明の細菌、本発明の細菌が有機酸の生産能が低下するよう改変されている場合はその改変前の株(有機酸の生産能が低下するように改変される前の株)が挙げられる。
「フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する」とは、フィブロイン様タンパク質の生産性を示すパラメータが、対照条件と比較して高いことをいう。「フィブロイン様タンパク質の生産性を示すパラメータ」とは、フィブロイン様タンパク質の培地容量当たりの蓄積量、フィブロイン様タンパク質の菌体重量当たりの蓄積量、フィブロイン様タンパク質の累積生産性、フィブロイン様タンパク質の累積比生産速度(ρ-cumulative)、またはそれらの組み合わせをいう。「フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する」とは、例えば、フィブロイン様タンパク質の生産性を示すパラメータが、対照条件の同パラメータの1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、または1.5倍以上であることであってよい。フィブロイン様タンパク質の生産性を示すパラメータは、いずれも、例えば、発現誘導後の期間の所定の時点での値が対照条件と比較して高くてもよく、発現誘導後の期間における最大値が対照条件と比較して高くてもよい。「所定の時点」は、培養条件等の諸条件に応じて適宜設定することができる。「所定の時点」とは、例えば、フィブロイン様タンパク質の蓄積が停止する時点であってよい。「フィブロイン様タンパク質の蓄積が停止する時点」とは、例えば、菌体重量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量の増加割合が、4〜12時間当たり10%以下となる時点であってよい。また、「フィブロイン様タンパク質の蓄積が停止する時点」とは、培養条件によっても異なるが、例えば、発現誘導の4時間後、9時間後、14時間後、21.5時間後、30時間後、50時間後、70時間後、または100時間後であってもよい。
発現誘導時から所定の時点までのフィブロイン様タンパク質の累積生産性は、下記式により算出される。
累積生産性 = F/V/(T1-T0)
F:フィブロイン様タンパク質の蓄積量(g)
V:培地量(L)
T1:サンプリング時刻(所定の時点)
T0:発現誘導時刻
発現誘導時から所定の時点までのフィブロイン様タンパク質の累積比生産速度は、下記式により算出される。
累積比生産速度(g/(g・h)) = Pt/∫Xtdt
t:誘導開始後の時間(h)
Pt:誘導開始後t時間目のフィブロイン蓄積(g)
∫Xtdt:誘導開始時から誘導開始後t時間目までの積分菌体量(g・h)
発現誘導時の有機酸蓄積を低減する手法は特に制限されない。
発現誘導時の有機酸蓄積は、例えば、発現誘導前の期間に炭素源制限下で培養を行うことにより、低減できる。「炭素源制限」とは、培養系への炭素源の供給が制限されていることをいう。炭素源制限により、培養系中の炭素源濃度は低く維持され得る。すなわち、「炭素源制限」とは、例えば、培地中の炭素源濃度を一定濃度以下に制限することであってよい。「一定濃度」の値は、フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する限り特に制限されない。「一定濃度以下」とは、例えば、1.0g/L以下、0.5g/L以下、0.2g/L以下、0.1g/L以下、または0(ゼロ)であってよい。炭素源濃度は、発現誘導前の期間の全期間において一定濃度以下に制限されていてもよく、発現誘導前の期間の一部の期間にのみ一定濃度以下に制限されていてもよい。「一部の期間」の長さは、フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する限り特に制限されない。「一部の期間」とは、例えば、発現誘導前の期間の全期間の内の、50%以上の期間、70%以上の期間、90%以上の期間、または95%以上の期間であってよい。炭素源濃度は、発現誘導前の期間を通じて一定であってもよく、一定でなくてもよい。なお、炭素源制限は、発現誘導前の期間に加えて、発現誘導後の期間においても実施してよい。
炭素源制限は、培地中の炭素源濃度が一定濃度以下に維持されるように、炭素源を含有する流加培地を流加することにより実施できる。培地中の炭素源濃度を一定濃度以下に維持することは、例えば、培養系への炭素源の供給速度(流加速度)が培養系中の本発明の細菌による炭素源の消費速度よりも低くなるように、流加培地の流加を行うことにより達成できる。流加培地中の炭素源濃度や流加培地の流加速度は、培地中の炭素源濃度を一定濃度以下に制限できる限り特に制限されない。流加培地中の炭素源濃度や流加培地の流加速度は、培養条件等の諸条件に応じて適宜設定できる。流加培地中の炭素源濃度や流加培地の流加速度は、例えば、炭素源の流加速度(流加培地中の炭素源濃度と流加培地の流加速度から決定される)が、培養開始時の培養液1Lに対し、1g/hr〜100g/hr、1g/hr〜70g/hr、1g/hr〜40g/hr、1g/hr〜30g/hr、または1g/hr〜20g/hrとなるように設定されてよい。流加培地中の炭素源濃度や流加培地の流加速度は、いずれも、発現誘導前の期間を通じて一定であってもよく、一定でなくてもよい。
流加培地の流加は、連続的に行われてもよく、間欠的に行われてもよい。流加培地の流加は、培養開始時から開始してもよく、培養途中で開始してもよい。流加培地の流加は、例えば、培地中の炭素源濃度が一定濃度以下となってから、具体的には、炭素源が枯渇してから、開始してもよい。なお、複数回の流加が間欠的に行われる場合、2回目以降の流加を、その直前の流加停止期において発酵培地中の炭素源が枯渇したときに開始されるように制御することにより、発酵培地中の炭素源濃度を自動的に低レベルに維持することもできる(米国特許5,912,113号明細書)。炭素源の枯渇は、例えば、pHの上昇または溶存酸素濃度の上昇により検出できる(米国特許5,912,113号明細書)。
流加培地の流加は、通常、炭素源が枯渇しないように、あるいは炭素源が枯渇した状態が継続しないように、行われるのが好ましい。しかし、フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する限り、炭素源が一時的に枯渇していてもよい。「一時的」とは、例えば、発現誘導前の期間の全期間の内の、30%以下の期間、20%以下の期間、10%以下の期間、または5%以下の期間であってよい。なお、培地中の炭素源濃度が0(ゼロ)であることは、必ずしも、炭素源が枯渇していることを意味しない。すなわち、培地中の炭素源濃度が0(ゼロ)で維持されていても、pHの上昇または溶存酸素濃度の上昇のいずれも生じていない場合は、炭素源の枯渇には該当しない。そのような場合としては、例えば、培養系への炭素源の流加が継続されているが、流加される炭素源が速やかに消費されることにより、培地中の炭素源濃度が0(ゼロ)で維持されている場合が想定される。
初発培地中の炭素源濃度は、炭素源制限を実施できる限り、特に制限されない。初発培地中の炭素源濃度は、一定濃度以下であってもよく、そうでなくてもよい。すなわち、初発培地の炭素源濃度が一定濃度より高いが、培養中に初発培地中の炭素源が消費されることにより炭素源濃度が一定濃度以下となってもよい。初発培地中の炭素源濃度は、例えば、100g/L以下、70g/L以下、50g/L以下、30g/L以下、20g/L以下、10g/L以下、5g/L以下、または2g/L以下であってよい。なお、「初発培地」を「培養開始時の培地」と読み替えてもよい。「培養開始時の培地」とは、具体的には、植菌直後の培養液であってよい。
発現誘導時の有機酸蓄積は、例えば、本発明の細菌として、有機酸の生産能が低減されるように改変された株を用いることによっても、低減できる。
上記のような発現誘導時の有機酸蓄積を低減するための手法は、いずれかを単独で用いてもよく、適宜組み合わせて用いてもよい。
上記のようにして本発明の細菌を培養することにより、培地中および/または菌体内にフィブロイン様タンパク質が蓄積する。フィブロイン様タンパク質は、例えば、菌体内に封入体として蓄積し得る。
フィブロイン様タンパク質の回収および定量は、例えば、異種発現させたタンパク質を回収および定量する既知の方法(例えば、「新生化学実験講座 タンパク質VI 合成及び発現」日本生化学会編、東京化学同人(1992) pp183-184を参照)により行うことができる。
以下、フィブロイン様タンパク質が菌体内に封入体として蓄積する場合の回収および定量の手順について例示する。まず、培養液から菌体を遠心操作にて集菌後、緩衝液で懸濁する。菌体懸濁液を、超音波処理やフレンチプレス等の処理に供し、菌体を破砕する。菌体破砕の前に、菌体懸濁液にリゾチームを終濃度0-200mg/lで添加し、氷中に30分から20時間放置してもよい。次いで、破砕物から、低速遠心分離(6000-15000 rpm, 5-10分、4℃)により、不溶性画分を沈殿として得る。不溶性画分は、必要により、適宜緩衝液で洗浄する。洗浄回数は特に制限されず、例えば、1回、2回、または3回以上であってもよい。不溶性画分を緩衝液で懸濁することにより、フィブロイン様タンパク質の懸濁液が得られる。菌体やフィブロイン様タンパク質の懸濁用の緩衝液としては、フィブロイン様タンパク質の溶解性が低いものを好ましく用いることができる。そのような緩衝液としては、例えば、20mMトリス-塩酸、30 mM NaCl、10 mM EDTAを含む緩衝液や20mMトリス-塩酸、30 mM NaClを含む緩衝液が挙げられる。緩衝液のpHは、例えば、通常4〜12、好ましくは6〜9であってよい。また、不溶性画分をSDS溶液や尿素溶液で溶解することにより、フィブロイン様タンパク質の溶液が得られる。回収されるフィブロイン様タンパク質は、フィブロイン様タンパク質以外に、細菌菌体、培地成分、及び細菌の代謝副産物等の成分を含んでいてもよい。フィブロイン様タンパク質は、所望の程度に精製されていてよい。フィブロイン様タンパク質の量は、例えば、懸濁液や溶液等のフィブロイン様タンパク質を含むサンプルをSDS-PAGEに供して染色し、目的のフィブロイン様タンパク質の分子量に相当する位置のバンドの強度に基づいて決定することができる。染色は、CBB染色、蛍光染色、銀染色等により行うことができる。定量の際には、濃度既知のタンパク質を標準として利用することができる。そのようなタンパク質としては、例えば、アルブミンや、別途濃度を決定したフィブロイン様タンパク質が挙げられる。
上記のようにして得られたフィブロイン様タンパク質は、適宜、繊維化等して利用することができる。フィブロイン様タンパク質の線維化は、例えば、既知の方法により行うことができる。フィブロイン様タンパク質の線維化は、具体的には、例えば、WO2012/165476に記載の大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するポリペプチドの繊維化に関する記載を参照して行うことができる。
以下、本発明を実施例に基づいて更に具体的に説明する。
参考例1:フィブロイン様タンパク質生産菌の構築
本実施例(実施例1〜2)でフィブロイン様タンパク質生産に用いた菌株および遺伝子は以下の通りである。
宿主:エシェリヒア・コリBLR(DE3)
ベクター:pET22b(+)
フィブロイン様タンパク質遺伝子:WO2012/165476A1の配列番号10に記載の塩基配列を有する遺伝子
上記遺伝子を搭載するpET22b(+)ベクター(WO2012/165476A1)でエシェリヒア・コリBLR(DE3)を形質転換することにより、フィブロイン様タンパク質生産菌を得ることができる。上記遺伝子の塩基配列を配列番号1に、同遺伝子がコードするフィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
参考例2:シード培養液の調製
ジャーファーメンター中の表1に示したシード培養用培地300mlに、フィブロイン様タンパク質生産菌をOD620=0.005となるように植菌した。OD620は、分光光度計UV-mini1240(島津製作所)で測定した。培養液温度を37℃に保ち、フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は1500rpmとし、培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.7で一定に制御して培養した。培養中、経時的に培養液をサンプリングし、培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。12時間後に、シード培養用培地中のグルコースが全て消費された時点で培養を終了し、シード培養液を得た。
グルコースとMgSO
4・7H
2OをA区、CSL(コーンスティープリカー)をB区、その他の成分をC区としてストック液を調製した。次いで、A区およびC区は、そのまま、別々に120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。B区は硫酸を用いてpHを2に低下させ80℃の加熱処理を60分実施した後、120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。次いで、A区、B区、およびC区を混合し、アンピシリンを終濃度100 mg/Lとなるように添加してシード培養用培地とした。
実施例1:グルコース制限条件でのフィブロイン様タンパク質の生産1
(1)対照条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
以下の手順により、従来の一般的な培養条件、すなわち、適当量のグルコースを含有する初発培地を用いて培養液中のグルコースが全て消費されるまで培養する回分培養条件、にてフィブロイン様タンパク質生産菌の培養を実施した。本条件では、培養終了直前(発現誘導直前)まで、フィブロイン様タンパク質生産菌によるグルコース消費量に対して、十分量のグルコースが培養液中に存在する。実施例1においては、本条件を「対照条件」ともいう。
ジャーファーメンター中の表2に示した生産培地255mlに、参考例2で得られたシード培養液45mlを植菌した。培養液温度を37℃に保ち、フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとし、培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養した。培養中、経時的に培養液をサンプリングし、培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。また、培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させ、それでも溶存酸素濃度が不足した場合は、さらに、フィルターで除菌した酸素を1分間に30mL通気した。
グルコースとMgSO
4・7H
2OをA区、CSL(コーンスティープリカー)をB区、その他の成分をC区としてストック液を調製した。次いで、A区およびC区は、そのまま、別々に120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。B区は硫酸を用いてpHを2に低下させ80℃の加熱処理を60分実施した後、120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。次いで、A区、B区、およびC区を混合し、生産培地とした。
培養開始後約4時間目に生産培地中のグルコースが完全に消費された。直後に表3に示した1M IPTG水溶液0.3mlを添加した。その後、培養温度を30℃に設定し、表4に示したフィード液を1時間に3.6mlの流速で添加を開始し、培養を継続した。フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとした。培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させた。培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養を継続した。
120℃、20分間オートクレーブで滅菌して使用した。
120℃、20分間オートクレーブで滅菌して使用した。
(2)グルコース制限条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
以下の手順により、培地中のグルコース濃度を低く維持する条件にてフィブロイン様タンパク質生産菌の培養を実施した。実施例1においては、本条件を「グルコース制限条件」ともいう。
ジャーファーメンター中の表5に示した生産培地227mlに、参考例2で得られたシード培養液45mlを植菌した。培養液温度を37℃に保ち、フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとし、培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養した。培養中、経時的に培養液をサンプリングし、培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。また、培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させ、それでも溶存酸素濃度が不足した場合は、さらに、フィルターで除菌した酸素を1分間に30mL通気した。
グルコースとMgSO
4・7H
2OをA区、CSL(コーンスティープリカー)をB区、その他の成分をC区としてストック液を調製した。次いで、A区およびC区は、そのまま、別々に120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。B区は硫酸を用いてpHを2に低下させ80℃の加熱処理を60分実施した後、120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。次いで、A区、B区、およびC区を混合し、生産培地とした。
生産培地中のグルコースが完全に消費されたあとに、表4に示したフィード液を1時間に3.6mlの流速で添加を開始し、培養を継続した。フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとした。培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させた。培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養した。
なお、フィード液の添加による培地へのグルコース供給速度は、フィブロイン様タンパク質生産菌によるグルコース消費速度に対して低く、フィード液の添加開始から培養終了まで、培地中のグルコース濃度は常に0.5g/L以下にて維持された。
培養開始後約8時間目に表3に示した1M IPTG水溶液0.3mlを添加した。その後、培養温度を30℃に設定し、表4に示したフィード液を1時間に3.6mlの流速で引き続き添加し、培養を継続した。フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとした。培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させた。培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養した。
(3)解析
上記(1)および(2)に記載の培養においては、培養途中および培養終了後に適当量の培養液をサンプリングし、以下に示す分析に供した。
培養液のOD620を参考例2に示した方法で測定した。測定結果を図1に示す。
培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。測定結果を図2に示す。
培養液中の酢酸濃度を以下の手順で測定した。培養液から分離した培養上清を純水で10倍希釈し、HPLC(島津製作所)を用いて以下の条件で分析した。
カラム:パックドカラム Simpack SCR-102 (H) 直列×2本,
条件 :ポラリティー;+,Response;Slow,Gain;0.1 μS/cm,レンジ;1,カラム温度;40°C,移動層及び反応層流量;0.8 mL/min。
測定結果を図3に示す。
培養開始時(対照条件とグルコース制限条件で共通)、およびIPTGを添加した直後の培養液中に含まれる有機酸の濃度を以下の手順で測定した。有機酸濃度は、上記酢酸濃度と同様の手順で測定した。測定結果を図4に示す。グルコース制限条件では、IPTG添加時の有機酸の濃度が、対照条件の0%〜50%に低減されていた。
生産されたフィブロイン様タンパク質を適宜定量した。フィブロイン様タンパク質の生産量を、培養液容量当たりの蓄積量として図5に、菌体重量当たりの蓄積量として図6に示す。また、フィブロイン様タンパク質の累積生産性を図7に、フィブロイン様タンパク質の累積比生産速度を図8に示す。
培養液容量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量は、IPTG添加4時間後において、対照条件では0.27 g/Lであったのに対して、グルコース制限条件では0.60 g/Lであった。また、培養液容量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量は、対照条件ではIPTG添加13時間後に1.14g/Lであったのに対し、グルコース制限条件ではIPTG添加9時間後に1.24g/Lに到達した。
菌体重量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量は、IPTG添加4時間後において、対照条件では1.0%(w/w)であったのに対して、グルコース制限条件では2.5%(w/w)であった。また、菌体重量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量は、対照条件ではIPTG添加13時間後に3.8%(w/w)であったのに対し、グルコース制限条件ではIPTG添加9時間後に4.5%(w/w)に到達した。
フィブロイン様タンパク質累積生産性は、IPTG添加4時間後において、対照条件では0.07g/L/hであったのに対して、グルコース制限条件では0.14g/L/hであった。また、フィブロイン様タンパク質累積生産性は、対照条件ではIPTG添加13時間後に0.09g/L/hであったのに対し、グルコース制限条件ではIPTG添加9時間後でも0.14g/L/hに維持されていた。すなわち、グルコース制限条件では、IPTG添加後のフィブロイン様タンパク質累積生産性の最大値が、対照条件より約56%向上した(0.09g/L/h→0.14g/L/h)。
フィブロイン様タンパク質の累積比生産速度は、IPTG添加4時間後において、対照条件では0.0020g/g/hであったのに対して、グルコース制限条件では0.0033g/g/hであった。また、フィブロイン様タンパク質の累積比生産速度は、対照条件ではIPTG添加13時間後に0.0032g/g/hであったのに対し、グルコース制限条件ではIPTG添加9時間後に0.0042g/g/hであった。
以上の結果より、グルコース制限条件で培養を行ってからIPTGを添加してフィブロイン様タンパク質の発現を誘導することにより、IPTG添加時(発現誘導時)の培養液中に含まれる有機酸の濃度が低減され、IPTG添加後のフィブロイン様タンパク質の生産が向上することが明らかとなった。よって、発現誘導時の有機酸蓄積量の低減により、フィブロイン様タンパク質の生産が向上することが示唆される。
実施例2:グルコース制限条件でのフィブロイン様タンパク質の生産2
(1)対照条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
以下の手順により、従来の一般的な培養条件、すなわち、適当量のグルコースを含有する初発培地を用いて培養液中のグルコースが全て消費されるまで培養する回分培養条件、にてフィブロイン様タンパク質生産菌の培養を実施した。本条件では、培養終了直前(発現誘導直前)まで、フィブロイン様タンパク質生産菌によるグルコース消費量に対して、十分量のグルコースが培養液中に存在する。実施例2においては、本条件を「対照条件」ともいう。
表6に示したシード培養用培地を用い、参考例2に記載した条件にてグルコースが完全に消費されるまで培養を行い(12時間)、シード培養液を得た。その後、ジャーファーメンター中の表7に示した生産培地255mlに、上記シード培養液45mlを植菌した。培養液温度を37℃に保ち、フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとし、培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養した。培養中、経時的に培養液をサンプリングし、培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。また、培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させ、それでも溶存酸素濃度が不足した場合は、さらに、フィルターで除菌した酸素を1分間に30mL通気した。
グルコースとMgSO
4・7H
2OをA区、その他の成分をB区としてストック液を調製した。次いで、A区およびC区は、そのまま、別々に120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。B区は硫酸を用いてpHを2に低下させ80℃の加熱処理を60分実施した後、120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。次いで、A区、B区を混合し、アンピシリンを終濃度100 mg/Lとなるように添加してシード培養用培地とした。
グルコースとMgSO
4・7H
2OをA区、CSL(コーンスティープリカー)をB区、その他の成分をC区としてストック液を調製した。次いで、A区およびC区は、そのまま、別々に120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。B区は硫酸を用いてpHを2に低下させ80℃の加熱処理を60分実施した後、120℃、20分間オートクレーブで滅菌した。次いで、A区、B区、およびC区を混合し、生産培地とした。
培養開始後約4時間目に生産培地中のグルコースが完全に消費された。直後に表3に示した1M IPTG水溶液0.3mlを添加した。その後、培養温度を30℃に設定し、表4に示したフィード液を1時間に3.6mlの流速で添加を開始し、培養を継続した。フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとした。培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させた。培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養を継続した。
(2)グルコース制限条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
実施例1におけるグルコース制限条件の結果を、実施例2におけるグルコース制限条件の結果として利用した。
(3)解析
上記(1)および(2)に記載の培養においては、培養途中および培養終了後に適当量の培養液をサンプリングし、以下に示す分析に供した。
培養液のOD620を参考例2に示した方法で測定した。測定結果を図9に示す。
培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。測定結果を図10に示す。
培養液中の酢酸濃度を以下の手順で測定した。培養液から分離した培養上清を純水で10倍希釈し、HPLC(島津製作所)を用いて以下の条件で分析した。
カラム:パックドカラム Simpack SCR-102 (H) 直列×2本,
条件 :ポラリティー;+,Response;Slow,Gain;0.1 μS/cm,レンジ;1,カラム温度;40°C,移動層及び反応層流量;0.8 mL/min。
測定結果を図11に示す。
培養開始時およびIPTGを添加した直後の培養液中に含まれる有機酸の濃度を以下の手順で測定した。有機酸濃度は、上記酢酸濃度と同様の手順で測定した。測定結果を図12に示す。グルコース制限条件では、IPTG添加時の有機酸の濃度が、対照条件の0%〜50%に低減されていた。
生産されたフィブロイン様タンパク質を適宜定量した。フィブロイン様タンパク質の生産量を、培養液容量当たりの蓄積量として図13に、菌体重量当たりの蓄積量として図14に示す。また、フィブロイン様タンパク質の累積生産性を図15に、フィブロイン様タンパク質の累積比生産速度を図16に示す。
培養液容量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量は、IPTG添加5時間後において、対照条件では0.25 g/Lであったのに対して、グルコース制限条件ではIPTG添加4時間後に0.60 g/Lであった。また、培養液容量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量は、対照条件ではIPTG添加20時間後に0.85g/Lであったのに対し、グルコース制限条件ではIPTG添加9時間後に1.24g/Lに到達した。
菌体重量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量は、IPTG添加5時間後において、対照条件では1.1%(w/w)であったのに対して、グルコース制限条件ではIPTG添加4時間後に2.5%(w/w)であった。また、菌体重量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量は、対照条件ではIPTG添加20時間後に3.0%(w/w)であったのに対し、グルコース制限条件ではIPTG添加9時間後に4.5%(w/w)に到達した。
フィブロイン様タンパク質累積生産性は、IPTG添加5時間後において、対照条件では0.05g/L/hであったのに対して、グルコース制限条件ではIPTG添加4時間後に0.14g/L/hであった。また、フィブロイン様タンパク質累積生産性は、対照条件ではIPTG添加20時間後に0.05g/L/hであったのに対し、グルコース制限条件ではIPTG添加9時間後でも0.14g/L/hに維持されていた。すなわち、グルコース制限条件では、IPTG添加後のフィブロイン様タンパク質累積生産性の最大値が、対照条件より約180%向上した(0.05g/L/h→0.14g/L/h)。
フィブロイン様タンパク質の累積比生産速度は、IPTG添加5時間後において、対照条件では0.0018g/g/hであったのに対して、グルコース制限条件では0.0033g/g/hであった。また、フィブロイン様タンパク質の累積比生産速度は、対照条件ではIPTG添加20時間後に0.0018g/g/hであったのに対し、グルコース制限条件ではIPTG添加9時間後に0.0042g/g/hであった。
以上の結果より、グルコース制限条件で培養を行ってからIPTGを添加してフィブロイン様タンパク質の発現を誘導することにより、IPTG添加時(発現誘導時)の培養液中に含まれる有機酸の濃度が低減され、IPTG添加後のフィブロイン様タンパク質の生産が向上することが明らかとなった。よって、発現誘導時の有機酸蓄積量の低減により、フィブロイン様タンパク質の生産が向上することが示唆される。
また、実施例1の対照条件と実施例2の対照条件を比較すると、実施例1の対照条件では、実施例2の対照条件よりも、IPTG添加時(発現誘導時)の培養液中に含まれる酢酸等の有機酸濃度が低減され、IPTG添加後のフィブロイン様タンパク質の生産が向上していた。このことからも、発現誘導時の有機酸蓄積量の低減により、フィブロイン様タンパク質の生産が向上することが示唆される。
実施例3:グルコース制限条件での野生型ADF3の生産
(A)野生型ADF3生産菌の構築
本実施例では、フィブロイン様タンパク質として、N末端にHisタグとHRV3Cプロテアーゼ認識配列が付加されたニワオニグモのADF3を生産した。本実施例において、同融合タンパク質を単に「野生型ADF3」ともいう。
野生型ADF3をコードするDNAをin-fusionキットにてpET22b(+)のNdeI-EcoRIサイトに導入し、野生型ADF3の発現プラスミドpET22b-ADF3WTを得た。pET22b-ADF3WTでエシェリヒア・コリBLR(DE3)を形質転換し、野生型ADF3生産菌BLR(DE3)/pET22b-ADF3WTを得た。pET22b-ADF3WTにおける野生型ADF3のコード領域の塩基配列とその周辺配列を配列番号4に示す。配列番号4の12〜1994位が野生型ADF3のコード領域に対応する。また、pET22b-ADF3WTにコードされる野生型ADF3のアミノ酸配列を配列番号5に示す。
(B)野生型ADF3の生産
(1)対照条件での野生型ADF3の生産
以下の条件により培養を実施した。実施例3においては、本条件を「対照条件」ともいう。
表1に示したシード培養用培地を用い、参考例2に記載した条件にてグルコースが完全に消費されるまで培養を行い、シード培養液を得た。その後、ジャーファーメンター中の表2に示した生産培地255mlに、上記シード培養液45mlを植菌した。培養液温度を37℃に保ち、フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとし、培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養した。培養中、経時的に培養液をサンプリングし、培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。また、培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させ、それでも溶存酸素濃度が不足した場合は、さらに、フィルターで除菌した酸素を1分間に30mL通気した。
培養開始後約4.0時間目に生産培地中のグルコースが完全に消費された。直後に表3に示した1M IPTG水溶液0.3mlを添加した。その後、培養温度を30℃に設定し、表8に示したフィード液を1時間に2.6mlの流速で添加を開始し、培養を継続した。フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとした。培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させた。培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養を継続した。
(2)グルコース制限条件での野生型ADF3の生産
以下の手順により、発現誘導前の菌体増殖時に培地中のグルコース濃度を低く維持する条件にて野生型ADF3生産菌の培養を実施した。実施例3においては、本条件を「グルコース制限条件」ともいう。
表1に示したシード培養用培地を用い、参考例2に記載した条件にてグルコースが完全に消費されるまで培養を行い、シード培養液を得た。その後、ジャーファーメンター中の表2に示した生産培地255mlに、上記シード培養液45mlを植菌した。培養液温度を37℃に保ち、フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとし、培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養した。培養中、経時的に培養液をサンプリングし、培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。また、培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させ、それでも溶存酸素濃度が不足した場合は、さらに、フィルターで除菌した酸素を1分間に30mL通気した。
培養開始後約4.0時間目に生産培地中のグルコースが完全に消費された。直後に表8に示したフィード液を1時間に14.6mlの流速で添加を開始し、培養を継続した。フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとした。培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させ、それでも溶存酸素濃度が不足した場合は、さらに、フィルターで除菌した酸素を1分間に30〜90mLの範囲で通気した。溶存酸素濃度の維持が困難となった場合は、フィード液の流速を低下させた。培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養を継続した。
培養開始後約8時間目において表8に示したフィード液の流加量が58mLに達した時点で、表3に示した1M IPTG水溶液1.1mlを添加した。その後、培養温度を30℃に設定し、表8に示したフィード液を1時間に2.6mlの流速で添加を開始し、培養を継続した。フィルターで除菌した空気を1分間に300mL通気し、攪拌速度は700rpmとした。培養中、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、溶存酸素飽和濃度の20%に維持した。溶存酸素濃度を飽和濃度の20%に維持するに当たり、必要により撹拌速度を2000rpmまで増加させた。培養液pHはアンモニアガスを適宜吹き込むことによりpH6.9で一定に制御して培養を継続した。
(3)解析
上記(1)および(2)に記載の培養においては、培養途中および培養終了後に適当量の培養液をサンプリングし、以下に示す分析に供した。
培養液のOD620を参考例2に示した方法で測定した。測定結果を図17に示す。
培養液中のグルコース濃度をBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。測定結果を図18に示す。
培養液中の酢酸濃度を以下の手順で測定した。培養液から分離した培養上清を純水で10倍希釈し、HPLC(島津製作所)を用いて以下の条件で分析した。
カラム:パックドカラムSimpack SCR-102 (H) 直列×2本,
条件 :ポラリティー;+,Response;Slow,Gain;0.1 μS/cm,レンジ;1,カラム温度;40°C,移動層及び反応層流量;0.8 mL/min。
測定結果を図19、表9に示す。グルコース制限条件では、IPTG添加時の酢酸濃度が低減されていた。
培養開始時(対照条件とグルコース制限条件で共通)、およびIPTGを添加した直後の培養液中に含まれる有機酸の濃度を以下の手順で測定した。有機酸濃度は、上記酢酸濃度と同様の手順で測定した。グルコース制限条件では、IPTG添加時の有機酸濃度が、対照条件の7%〜15%に低減されていた。
生産された野生型ADF3を適宜定量した。野生型ADF3の生産量に関するデータ(培養液容量当たりの野生型ADF3蓄積量、菌体重量当たりの野生型ADF3蓄積量、野生型ADF3累積生産性)を、図21(A)〜(C)、表9に示す。
培養液容量当たりの野生型ADF3蓄積量は、対照条件ではIPTG添加42時間後に0.022 g/Lであったのに対して、グルコース制限条件ではIPTG添加38時間後に0.055 g/Lと向上した。菌体重量当たりの野生型ADF3蓄積量は、対照条件ではIPTG添加42時間後に0.055%であったのに対して、グルコース制限条件ではIPTG添加38時間後に0.100%と向上した。野生型ADF3累積生産性は、対照条件ではIPTG添加42時間後に0.00058g/L/hであったのに対して、グルコース制限条件ではIPTG添加38時間後に0.0016g/L/hと向上した。
以上の結果より、グルコース制限条件で培養を行ってからIPTGを添加して野生型ADF3の発現を誘導することにより、IPTG添加時(発現誘導時)の培養液中に含まれる有機酸の濃度が低減され、IPTG添加後の野生型ADF3の生産が向上することが明らかとなった。よって、発現誘導時の有機酸蓄積量の低減により、野生型ADF3の生産が向上することが示唆される。