以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
水硬性組成物は、ポルトランドセメント、アルミナセメント、及び急結剤を含有する水硬成分と、細骨材と、遅延型流動化剤と、強度増進剤と、凝結時間調整剤とを、含んでいる粉体である。
水硬性組成物は、吸水によって粉体を形成する粒子同士が凝集した後、外力を受けることにより流動性を有する水硬ペーストに変化する。その後水硬成分の水和反応の進行に伴って流動性を失って凝結し、その後硬化して硬化体を形成する。凝集した水硬性組成物は、手に持って扱える程度の保形性を有している。
細骨材は、水硬ペーストが凝結後に硬化する際に生じる収縮を低減し、これの硬化体へのクラック発生を防止する。また、水硬成分の水和反応に伴う発熱を緩和し、水硬ペーストの温度上昇を抑えて過度な流動性増大や、凝結時間の延長を防止する。珪砂、川砂、海砂、及び砕砂のような砂類;アルミナクリンカー、シリカ粉、及び石灰石のような無機材;ウレタン砕、EVA(ethylene vinyl acetate)フォーム、発泡樹脂の粉砕物から選ばれる少なくとも一種であり、なかでも珪砂が好ましい。
細骨材は、1mm以上の粗粒子を含んでいないことが好ましい。具体的に、JIS G5901(2016)の表3に準拠した粒度区分を、4〜8号とすることが好ましく、5.5〜8号とすることがより好ましく、7〜8号とすることが一層好ましい。細骨材の粒度区分がこの範囲であることにより、1mm以上の粗粒子を排除することができる。この粒度区分にける具体的な粒度分布は、4号で600〜1180μm、4.5号で425〜850μm、5号で300〜600μm、5.5号で212〜425μm、6号で150〜300μm、6.5号で106〜212μm、7号で75〜150μm、7.5号で53〜106μm、8号で38〜75μmである。
粒度区分は、3種の公称目開きを有する網目ふるいによって求められる。細骨材の測定試料全質量に対する各網目ふるいの面上の細骨材の質量比は、70質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、90質量%以上であることが一層好ましい。
また水硬性組成物中、細骨材は、10〜40質量部、好ましくは10〜30質量部、より好ましくは15〜30質量部含まれている。この範囲の含有量である細骨材は、水硬性組成物全体に対し、下限値を8〜38質量%、好ましくは8〜25質量%とし、上限値を27〜67質量%、好ましくは27〜33質量%としている。このように、細骨材が、粒径1.2mm未満の細粒で、かつ水硬性組成物中に最大でも67質量%という低含有率であることによって、水硬性組成物の凝集が阻害されない。細骨材の粒径、含有量、及び含有率が上記の上限値を超えると、吸水完了後に水硬性組成物が凝集し難くなり、透水性筒状容器11の除去によって凝集体12aがすぐさま崩れてシリンダカートリッジ30に挿入することができなかったり(図1(b)参照)、吸水完了後に水硬成分と細骨材との分離を生じて水硬性組成物や水硬ペーストの再撹拌を要したりする。
遅延型流動化剤は、水硬ペーストの流動性を向上させるとともに、水硬ペーストの凝結始発に達する時間を遅延させるものである。遅延型流動化剤として、例えば、ナフタレンスルホン酸ホルマリン縮合物、メラミンスルホン酸ホルマリン縮合物、芳香族スルホン酸ホルマリン縮合物、ポリスチレンスルホン酸、及びこれらの塩のようなスルホン酸系流動化剤;ポリカルボン酸、ポリカルボン酸エーテル、及びこれらの塩のようなカルボン酸系流動化剤が挙げられる。遅延型流動化剤は、水硬ペースト中に極めて微細な気泡を生成し、この気泡が掻き回された水硬ペースト12b中で(図1(c)参照)、水硬性分の再凝集と水和反応の進行とを阻害して流動性を向上させるとともに、凝結始発を遅延させていると考えられる。
遅延型流動化剤は、水硬性組成物の吸水開始から水硬ペーストの凝結始発までの時間を、例えば気温20℃下、水温20℃の水道水に3分間浸漬した場合、少なくとも15分間、好ましくは15〜30分間、より好ましくは15〜25分間のように比較的長くするものである。遅延型流動化剤を用いることによって、所期の流動性を水硬ペーストに付与するのに要する水の量を低減することができる。その結果、水硬成分に対する水の質量比である水/セメント比を、3〜5分間の浸漬時間で、例えば25〜35%のように低減できるので、高強度の硬化体を得ることができる。
水硬性組成物中、遅延型流動化剤は、0.1〜1質量部、好ましくは0.1〜0.8質量部、より好ましくは0.1〜0.6質量部含まれている。遅延型流動化剤の含有量が上記の下限値未満であると、水硬ペーストが十分に流動しない上、アンカー素子の打設前に凝結始発に達してしまうので、水硬ペーストのシリンダカートリッジからの押し出し抵抗が増大したり、凝結した水硬ペーストがアンカー素子に纏わりついてそれの挿入抵抗が増大したりして、手作業によるアンカー素子の打ち込みが困難となりワーカビリティを損なってしまう。またコンクリート躯体や張コンクリートに開けられた削孔の内壁とアンカーボルトとの隙間の充填不良を生じアンカーボルトの引抜き強度低下を招来する。一方、遅延型流動化剤の含有量が上限値を超えると、水硬成分の水和反応が過度に阻害されるので、水硬ペーストの凝結及び硬化が過剰に遅延して硬化体の早強性が損なわれる上、長期強度が低下してしまう。
凝結時間調整剤は、水硬ペーストが流動性を失う凝結始発から硬化を開始する凝結終結までの凝結時間の長短を調整する。凝結時間調整剤は、水硬ペースト中の水硬成分の粒子に吸着してそれの表面を被覆し、水硬成分と水との接触を抑制する。それにより、水硬成分の水和反応を徐々に進行させて水硬ペーストの瞬結を防止できる。凝結時間調整剤として、クエン酸、グルコン酸、酒石酸、リンゴ酸、サリチル酸、m−オキシ安息香酸、及びp−オキシ安息香酸のようなオキシカルボン酸;リグニンスルホン酸;ソルビトール、ペンチトール、及びヘキシトールのような糖アルコールが挙げられる。凝結時間調整剤は、オキシカルボン酸やリグニンスルホン酸のリチウム塩、カリウム塩、及びナトリウム塩のようなアルカリ金属塩、並びにマグネシウム塩、及びカルシウム塩のようなアルカリ土類金属塩であってもよく、なかでもクエン酸ナトリウムが好ましく、クエン酸三ナトリウムがより好ましい。
水硬性組成物中、凝結時間調整剤は、1〜10質量部、好ましくは1〜8質量部、より好ましくは1〜5質量部含まれている。含有量がこの上限値を超えると、凝結時間が過度に長くなって凝結終結に達するまでの間に、例えば水硬成分と細骨材との分離を生じてしまう。一方含有量がこの下限値未満であると、水硬成分の水和反応が急激に進行し、水硬ペーストが凝結始発後に直ちに終結に達して硬化するので、硬化体にクラックが生じてアンカー素子の引抜荷重が低下してしまう。
硬化性組成物の水硬成分は、ポルトランドセメント、アルミナセメント、及び急結剤を必須として含むM型の膨張系セメントである。ポルトランドセメントは、シリカ(SiO2)、及びカルシア(CaO)を主成分とし、例えば、シリカを20〜25質量%、及びカルシアを60〜70質量%を含んでいるものが挙げられる。その他にアルミナ(Al2O3)、マグネシア(MgO)、及び酸化鉄(Fe2O3)が、夫々1〜6質量%含まれている。これらの成分は、例えばケイ酸カルシウム、アルミン酸カルシウム、及びカルシウムアルミノフェライトとして存在している。
ポルトランドセメントとして、具体的に普通ポルトランドセメント、早強ポルトランドセメント、超早強ポルトランドセメント、中庸熱ポルトランドセメント、耐硫酸塩ポルトランドセメント、及び白色ポルトランドセメントが挙げられる。なかでも早強ポルトランドセメントが好ましい。これらのポルトランドセメントの一種のみを用いてもよく、複数種を混合して用いてもよい。水硬性組成物中、ポルトランドセメントは、20〜50質量部、好ましくは30〜50質量部、より好ましくは40〜50質量部含まれている。
アルミナセメントは、アルミン酸カルシウム(CaO・Al2O3)を主成分とする特殊セメントであり、例えばカルシアを20〜40質量%、アルミナを40〜80質量%、夫々含んでいるものが挙げられる。水硬性組成物中、アルミナセメントは、20〜50質量部、好ましくは30〜40質量部、より好ましくは30〜35質量部含まれている。
ポルトランドセメント及びアルミナセメントは、微粉末状のセメント粉体であり、その平均粒子径を、10〜50μmとするものであることが好ましく、20〜40μmとするものであることがより好ましく、20〜30μmとするものであることがより一層好ましい。なお平均粒子径とは、レーザー回折・散乱法による体積基準分布をいう。このような平均粒子径の測定装置として、例えば、島津レーザー回折式粒度分布測定装置SALD−3100−WJA1:V1.00(株式会社島津製作所製)が挙げられる。セメント粉体がこのような微粉末であることによって、吸水に起因するセメント粉体の水和による化学的凝集及びセメント粉体の表面電位による物理的凝集が生じ易くなる。その結果、化学的凝集若しくは物理的凝集、又は両者の相乗効果によって、吸水完了後の凝集体は、透水性筒状容器を除去しても手で扱うことができるほど(図1(b)参照)、形を保つことができると考えられる。
急結剤は、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸アルミニウム、及び硫酸カルシウムのような硫酸塩が挙げられる。硫酸カルシウムとして、無水石膏(CaSO4)、半水石膏(CaSO4・1/2H2O)、二水石膏(CaSO4・2H2O)のような石膏が、後述するエトリンガイトの生成量を増大させる観点から好ましい。これらの急結剤は、一種のみを用いても複数種を混合して用いてもよい。水硬性組成物中、急結剤は、10〜30質量部、好ましくは20〜30質量部、より好ましくは20〜25質量部含まれている。
強度増進剤は、シリカ微粒子であるシリカフューム、及び/又はカオリンを主成分として含んでいる。シリカフュームは、水硬ペーストの粘度を向上させるという増粘効果を発現するとともに、後述するようにポゾラン活性に富んでいるので、水硬性組成物の硬化体に高い圧縮強度を付与することができる。シリカフュームは、フェロシリコン(FeSi)を電気炉で製造する過程で蒸気化したシリコン酸化物(SiO2)をフィルターで捕集することにより得られる。シリカフュームは、0.1〜0.2μmの平均粒径、及び0.3〜0.8g/cm3のかさ密度を有している。
カオリンはシリカ及びアルミナを含んでいる。カオリンは具体的に焼成カオリン(2SiO2・Al2O3)が挙げられる。焼成カオリンは、天然粘土鉱物であるカオリン(2SiO2・Al2O3・2H2O)を、例えばロータリーキルンのような窯に投入し、700〜750℃で、20〜25分の滞留時間でか焼することによって得られる。強度増進剤は、焼成カオリンに加えて、高炉スラグ粉末及び/又はフライアッシュのようなシリカ質粉末を含んでいてもよい。
水硬性組成物中の水硬成分は吸水すると、流動性を有する水硬ペーストに変化して水和反応を生じて凝結し、その後硬化して硬化体となる。具体的にアルミナセメント中のアルミン酸カルシウム、石膏、及び水の反応が進行し、アルミン酸硫酸カルシウム水和物であるエトリンガイト(3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2O)を生成する。さらに急結剤である石膏が消費されると、エトリンガイトはアルミナセメント中のアルミン酸カルシウム(アルミネート相)と反応してモノサルフェート水和物を生成する。エトリンガイトやモノサルフェート水和物のようなカルシウムサルフォアルミネート水和物は、かさ高く水に不溶な針状結晶であり、これの成長に伴って、水硬ペーストが膨張しながら凝結して徐々に硬化する。しかも急結剤である石膏が、硫酸カルシウムの供給源となってエトリンガイトの生成量を増大させ、高強度の硬化体を形成する。
水硬ペーストは、アルミナセメント中のカルシアが水に溶解した水酸化カルシウム(Ca(OH)2)を含んでいる。強度増進剤に含まれるシリカフュームやカオリンは、この酸化カルシウムと、水に不溶な水和物を生成するという所謂ポゾラン反応を生じる。それにより、例えば、ケイ酸カルシウム水和物(3CaO・2SiO2・3H2O)や、アルミン酸カルシウム水和物(3CaO・Al2O3・6H2O)の微細で密な結晶が生成し、水硬性ペーストを高強度に硬化させる。特に、粉砕により粉末化される高炉スラグや、石炭灰であることにより比較的大きな球形をなしているフライアッシュに比べて、焼成カオリンの粒子は細かいので、単位質量当りに大きな表面積を有している。そのため、シリカフューム及び焼成カオリンは他のシリカ質粉末に比べて、遥かに高いポゾラン活性を有するので、緻密な水和物の結晶を生成し、硬化体により高い圧縮強度を付与する。
このように水硬性組成物は、アルミナセメント、石膏のような急結剤、及びカオリンを主成分とする強度増進剤を含んでいることにより、それの硬化体は、打設後数時間〜1日程度で高い強度を発現するという早強性を発現する。
エトリンガイトの生成及びポゾラン反応に並行して、ポルトランドセメント中のケイ酸カルシウムの水和反応が進行し、トバモライト結晶のようなケイ酸カルシウム水和物の硬化体が生成する。それにより、ケイ酸カルシウムの水和反応は、アルミン酸カルシウムのそれに比較して遅いので、ポルトランドセメントは、打設後、例えば7日〜数か月後以降の長期にわたる高強度維持に優れている。
このように水硬性組成物が、ポルトランドセメント、アルミナセメント、急結剤、強度増進剤、細骨材、凝結時間調整剤、及び遅延型流動化剤を含んでおり、かつこれらが一定範囲の組成比で組み合わされていることによって、凝結始発までの時間を長くして、施工に要する十分な時間を作業者に付与することができる。その結果、不慣れな作業者であっても、注入方式及びカプセル方式に関わらず、あと施工アンカー工法の各工程を、余裕をもって確実に行うことができる。
この水硬性組成物から得られる硬化体の圧縮強度(JIS A1108(2006)に準拠)は、養生温度20〜25℃で、打設後わずか1日後に55〜70N/mm2に達し、28日後に80〜100N/mm2にまで向上する。さらに、水硬ペーストは、40〜90秒の流下値(コンクリート標準示方書に規定するJSCE−F 541−2013充填モルタルの流動性試験方法(J14ロート試験)に準拠)、及び150〜280mmのフロー試験値(JIS R5201(2015)に準拠)という高い流動性を示す。このため作業者は、水硬ペーストをシリンダカートリッジから押し出したり、アンカー素子を打ち込んだりする作業を、手や腕の力だけで行うことができる。
水硬性組成物は、増粘効果を発現するシリカ微粒子のような強度増進剤に加えて、増粘剤をさらに含んでいてもよい。増粘剤は、水硬成分の粒子同士を粘結させるバインダーのような増粘効果を発現することにより、手に持って扱える程度の保形性を水硬性組成物の凝集体に付与する。さらに、この凝集体が外力を受けて水硬ペーストに変化した際、水硬ペーストに適度の粘度を付与して、水硬ペースト中の水硬成分同士の比重差による分離や水硬成分の沈降による水との分離を防止する。それにより水硬ペースト中、粒子同士の均一な分散を促進し、注入方式に用いられた場合に、水硬ペーストのシリンダカートリッジからの押し出し抵抗を低減する。その結果作業者は、削孔61bへ水硬ペースト12bを注入する際、軽微な力でトリガー54aを引くだけで足りる(図2(c)参照)。さらに、増粘剤によって水硬ペーストがチキソトロピーを発現するので、外力が除かれるとそれの粘度が向上して流動性を低減させる。その結果、例えば、ボックスカルバートに例示される暗渠の天井に開けられるような垂直方向の奥行を有する削孔に、上方へ向かって水硬ペーストを注入したとしても、水硬ペーストは削孔の開口から遺漏せず、削孔内にとどまる。
増粘剤は、例えば、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、及びカルボキシメチルセルロースが挙げられる。増粘剤として、これらの一種又は複数種を用いることができる。
水硬性組成物中、増粘剤は、0.1〜1質量部、好ましくは0.2〜0.8質量部、より好ましくは0.3〜0.6質量部含まれている。含有量がこの上限値を超えると水硬成分の水和反応を過剰に抑制し、十分な強度を有する硬化体を得ることができない。一方、含有量が下限値未満であると、吸水によって凝集した水硬性組成物の粒子同士を均一に分散させることが困難となり、シリンダカートリッジからの押し出し抵抗が著しく増大する。
本発明の水硬性組成物を用いたあと施工アンカー工法の一例を図1〜3を参照しつつ説明する。
本発明の水硬性組成物を用いた注入方式のあと施工アンカー工法における前半工程の一例を、図1に示す。同図(a)に示す定着剤カプセル10は、透水性筒状容器11とこれに封入された粉状の水硬性組成物12とを有している。定着剤カプセル10は、窄まった両端を有する略円柱形をなしている。透水性筒状容器11は、例えば紙と樹脂繊維とで構成され、良好な透水性と易破壊性とを有する不織シート製である。
透水性筒状容器11は、高い透水性と易破砕性とを有する不織シート製であることが好ましい。このような不織シートとして、例えば、上質紙、中質紙、クラフト紙、ケント紙、模造紙、クレープ紙、ヒートロン紙、コーン抄紙、及び和紙のような紙を挙げることができる。これらの原材料は、針葉樹を原材料とするパルプ・広葉樹を原材料とするパルプ等の木材パルプ、ミツマタ・ワラ・バガス・ヨシ・ケナフ・クワ等の非木材パルプ及び古紙パルプの何れか一つを用いてもよいし、複数を混合して形成してもよい。また紙は、レーヨン紙やアセテート紙のような化繊紙であってもよい。
不織シートは、紙に加えて樹脂を含んでいてもよい。それによれば運搬・保管時や施工時に容易に破壊せず、内容物である水硬性組成物12が遺漏しない。このような樹脂として、例えば、ポリエチレン及びポリプロピレンのようなポリオレフィン樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタレート、及びポリトリブチレンテレフタレートのようなポリエステル樹脂;ナイロン6、ナイロン66及びアラミドのようなポリアミド樹脂;アクリロニトリルを主成分とするポリアクリル樹脂が挙げられる。
図1(a)に示すように、トレイ20に水21を溜める。水21は、施工現場で容易に入手できることから水道水であることが好ましい。水21の温度は、5〜30℃であることが好ましく、15〜25℃であることがより好ましい。水21の温度がこの上限値を超えると、水硬ペースト12bの可使時間が極端に短くなり、あと施工アンカー工法の完了前に凝結終点に達してしまう(図2参照)。一方、この温度が下限値未満であると、水硬ペースト12bの硬化物である硬化体12cの養生の時間を長引かせたり、それの強度低下を招来したりする。水21に定着剤カプセル10を浸漬し、水硬性組成物12に水21を吸収させる。水21は、透水性筒状容器11を通過して粉状の水硬性組成物12に浸入する。水21が、水硬性組成物12に含まれる水硬成分の粒子間に入り込むことによって、これら同士が互いに粘着する。それにより、水硬性組成物12が凝集する。
定着剤カプセル10の先端部から基端部までの長さLは200〜400mmであることが好ましく、200〜350mmであることがより好ましく、200〜300mmであることが一層好ましく、250〜300mmであることがより一層好ましい。このときの径Dは夫々、20〜40mmであることが好ましく、20〜35mmであることがより好ましく、30〜35mmであることが一層好ましい。長さLがこの範囲内であることにより、定着剤カプセル10の保管や運搬を簡便にでき、また良好なハンドリング性を付与して、手による取扱時に折れ曲がることによって生じる透水性筒状容器11の破損を防止できる。
また、径Dの値を変更することにより水硬性組成物12が所要量の水21を吸収するのに要する時間、すなわち水21への浸漬時間を変更することができる。径Dが上記の範囲内であると浸漬時間を5分間以下、具体的に3〜5分間という短時間にでき、このような短い浸漬時間であっても、25〜32質量%の吸水率を得ることができる。吸水率は、水への浸漬前の重量を浸漬後の重量で除した百分率として表される。水21の所要量は、水硬性組成物12が吸収し得る水21の上限量である。そのため、この浸漬時間を超えて定着剤カプセル10を水21に浸漬したとしても、水硬性組成物12は所要量を超えて水21を吸収しない。また、少なくとも上記浸漬時間を経過すれば、水21の吸収量が不足しない。しかも、水硬性組成物を収容したシリンダカートリッジへの注水のように、水硬性組成物中に水の偏在を生じず、水硬性組成物12に満遍なく水21を接触させることができる。
水21から定着剤カプセル10を取り出す。透水性筒状容器11は、樹脂繊維を含んでいるので、水濡れしていても水硬性組成物12を遺漏させないまま手で扱える程度の強度を保持している。図1(b)に示すように、定着剤カプセル10の一端で透水性筒状容器11の一部を破り、さらに水硬性組成物12の凝集体12aが露出するように、他端に向かって透水性筒状容器11を捲りながら破ってこれを除去する。それによって凝集体12aを透水性筒状容器11から取り出す。凝集体12aは、あたかも偽凝結を生じているかのように固まっているので、透水性筒状容器11が除去されているにもかかわらず、略円柱形を保持できる。そのため、凝集体12aを手で掴んで取り扱うことができる。
図1(b)に示すシリンダカートリッジ30は、円筒形をなし基端に開口33を有している筒体32と、筒体32の先端で開口33から離反する方向へ突き出ている筒先31とを、有している。筒先31は筒体32の内空につながっており、筒体32の内空と外界とを連通させている。筒先31の外周面に雄ねじが設けられており、雌ねじを内周面に有するキャップ31aが筒先31の雄ねじと螺合している。透水性筒状容器11から取り出した凝集体12aを、開口33から筒体32へ挿入する。
図1(c)に、凝集体12aの撹拌工程を示す。撹拌機40は、先端部で突き出た二つの撹拌羽43を有する回転ロッド42と、この回転ロッド42の基端に接続しており、回転ロッド42を撹拌羽43ごと回転ロッド42の中心軸周りに回転させる回転工具41とを有している。撹拌羽43は、向かい合った直線状の二辺、並びにこの二辺の一端同士及び他端同士を繋いでいる弧状の二辺を有する小判形をなした板部43bと、弧状の二辺でこの弧に沿って夫々突き出た突出部43dと、板部43bで点対称に開けられた開口部43aと、開口部43aに一部でつながって突出部43dと離反方向に迫り出した舌片部43cとを有している。撹拌羽43は、開口部43aを挟んだ板部43bの中心を貫通した回転ロッド42に溶接によって固定されている。二つの撹拌羽43は、舌片部43cを向かい合わせつつ互いに交差するように回転ロッド42に直列に固定されている。
撹拌羽43を回転ロッド42ごと筒体32内へ挿入する。回転工具41を動作させると、回転ロッド42及び撹拌羽43が回転する。シリンダカートリッジ30内の凝集体12aは、撹拌羽43と接触して掻き回されて撹拌される。撹拌時間は20〜60秒間であることが好ましく、20〜40秒間であることがより好ましい。なお、凝集体12a及び水硬ペースト12bを撹拌する際、開口33から水硬ペースト12bが遺漏しないように、開口33を上方へ、筒先31を下方へ夫々向けてシリンダカートリッジ30を垂直に固定してもよい。
掻き回されることによって凝集していた凝集体12aの粒子は均一に分散し、凝集体12aは図1(d)に示す水硬ペースト12bに変化する。水硬ペースト12bは、流動性を有している。凝集体12aを、予め水硬ペースト12bとすることにより、シリンダカートリッジ30から水硬ペースト12bを押し出して削孔に注入する際(図2(c)参照)の押し出し抵抗を、凝集体12aをそのまま押し出すよりも、格段に減じることができ、作業者の負担を軽減できる。
次いで図1(d)に示すように、筒体32及び開口33の内径よりもわずかに小さな円盤形をなしている蓋体34を、開口33に嵌める。蓋体34は、筒先31に向かった押圧に応じて、筒体32内を移動することができる。次いで、基端側にキャップ31aと同一の雌ねじを、先端に開口した吐出口を、夫々有するノズル31bに、注入チューブ31cを接続する。注入チューブ31cと吐出口に向かって漸次窄まったノズル31bの先端部とを留め具31dで締付けて固定する。注入チューブ31cの中ほどに、ビニルテープを巻いて貼付し、注入量指示マーク31eを形成する。この注入量指示マーク31eは、張コンクリートのようなコンクリート躯体に開けられた削孔の体積とそこに挿入されるアンカー素子の挿入分の体積との差分を満たす量の水硬ペースト12bが削孔に注入された際に、削孔の開口から露出する位置に付されている(図2(d)参照)。さらに、キャップ31aを取り外して、注入チューブ31cが接続されたノズル31bを、筒先31に螺合させて取り付ける。
図1(e)に示す注入ガン50は、シリンダカートリッジ30の筒体32よりも幾分大きな径を有する湾曲した軒樋形をなしており筒体32を支持する筒体支持部52と、筒体支持部52の先端に立設し筒体32の先端側を支持する先端側支持部51と、筒体支持部52の基端に設けられた基端部55と、基端部55に固定された操作部54と、筒体支持部52上で先端側支持部51と基端部55との間を移動可能なピストン53と、一端でピストン53に連結し基端部55及び操作部54を貫通してその先へ延び他端で折り返すように湾曲した送出しロッド56とを、有している。
先端側支持部51は、筒先31と接触せずかつ筒体32の先端側に接触してシリンダカートリッジ30を支持できるように、2本の爪を有している。操作部54は、作業者の掌と親指とで把持される把持部54bと、作業者の親指以外の指が掛けられるトリガー54aとを有している。トリガー54aと送出しロッド56とは、例えばラチェット機構を介して接続されている。トリガー54aが引かれて把持部54b側に移動することにより、送出しロッド56は先端側支持部51へ向かって送り出され、ピストン53が筒体支持部52上を移動する。ピストン53は、注入ガン50にセットされたシリンダカートリッジ30の開口33から筒体32内へ移動して蓋体34を押圧できるように、筒体32及び開口33より小さい径の円盤形をなしている。
蓋体34を開口33に嵌め、送出しロッド56を先端側支持部51から離反する方向へ引いてピストン53を基端部55側へ移動させる。シリンダカートリッジ30を、筒先31が先端側支持部51の2本の爪の間で突き出るように、注入ガン50にセットする。次いでトリガー54aを複数回引いて、ピストン53が蓋体34に当接するまで先端側支持部51側へ移動させる。
本発明の水硬性組成物を用いた注入方式のあと施工アンカー工法における後半工程の一例を、図2に示す。同図は注入方式によって、落石防護網を固定する支柱を張コンクリートに取り付ける工程を示している。
図2(a)に示す張コンクリート61は、法面62へのコンクリート張工によって形成され、法面62を略均一な厚さで覆っている。そのため、張コンクリート61の表面61aは、傾斜している。作業者は、表面61aにコアボーリングマシン71をセットし、それの先端に取り付けられたコアドリル71aを回転させて円筒形状の削孔61bを形成する。
図2(b)に示すように、作業者は注入チューブ31cの先端が削孔61bの底面61b1に接触する位置まで注入チューブ31cを削孔61bに挿し込む。次いで作業者は同図(c)に示すように、トリガー54aを引く。水硬ペースト12bが押し出されて注入チューブ31cから削孔61b内に注入される。このとき作業者は、注入ガン50が削孔61bの開口から離反する方向Xへ、シリンダカートリッジ30とともに注入ガン50を少しずつ移動させつつ、注入チューブ31cの先端部と水硬ペースト12bの液面とを接触させながら水硬ペースト12bの注入を継続する。それにより、水硬ペースト12bの注入量が削孔61b内で増加することに応じて、注入チューブ31cが削孔61bから抜去される方向へと移動する。また作業者は、水硬ペースト12bの液面が削孔61bの開口へ向かって移動する際に生じる水硬ペースト12bの圧力を感知できる。それによって作業者は、水硬ペースト12bの順調な注入を認識できる。作業者がこの作業を継続すると、同図(d)に示すように、注入量指示マーク31eが削孔61bの開口で出没する。作業者は、この注入量指示マーク31eが、削孔61bの開口で出没したことを目視にて確認した時点で、トリガー54aを戻して注入を終了する。このように作業者は、水硬ペーストの注入工程において、注入ガン50を移動させながら削孔61bの開口を注視するという簡便で簡素な作業を行うだけで、アンカー素子の体積分の空間を削孔61bに残した水硬ペースト12bの注入を行うことができる。その結果、アンカー素子を削孔61bへ挿入した際に、水硬ペースト12bが削孔61bの開口から多量に溢れ出るという不経済を防止できる。
このように、注入チューブ31cに注入量指示マーク31eが付されており、かつ上記のように注入工程を行うことにより、作業者は適切な量の水硬ペースト12bを、過不足なく削孔61bに注入することができる。特に、水硬ペースト12bの注入工程後に、アンカー素子であるアンカーボルト81を削孔61bに挿入する際(図2(e)参照)、水硬ペースト12bが過剰注入されていることによって、水硬ペースト12bが削孔61bから多量に溢れ出るような無駄や注入不足による施工不良が防止されている。さらに、注入量指示マーク31eを目視するだけという簡便な管理によって、例えば、一つの削孔61b当たりに要する水硬ペースト12bの量を把握でき、シリンダカートリッジ1本当たりに注入・充填可能な削孔61bの数を決定できる。
図2(e)にアンカー素子の打込工程を示す。アンカー素子であるアンカーボルト81は、長尺の略円柱形をなしており、それの中心軸に対して略垂直な面をなしている基端(同図(f)参照)と、この基端の面に対して傾斜していることによって楕円形の面を有している先端とを、有している。それによりアンカーボルト81の先端は鋭く尖っているため、水硬ペースト12bで満たされた削孔61bへ挿入し易い。アンカーボルト81の先端から中程まで、複数のリブ81aが出っ張っている。アンカーボルト81の基端部の表面に雄ねじ81bが設けられている。この雄ねじ81bに、落石防護網の支柱を固定するナット83が螺合される(同図(f)参照)。アンカーボルト81の全長は、規格に示されているアンカーボルトの定着長を満足し、かつ削孔61bに打ち込まれた際に雄ねじ81bが削孔61bの開口から突き出るように、削孔61bの削孔長(奥行)よりも長い。
作業者は、アンカーボルト81の基端部を手90で握って、水硬ペースト12bに空気が混入しないようにアンカーボルト81の中心軸周りに回転させながら、削孔61b内の水硬ペースト12bに挿し込む。適度な流動性を有する水硬ペースト12bと、アンカーボルト81の鋭利な先端とによって、作業者は然程、力を要さずとも、アンカーボルト81を水硬ペースト12bで満たされた削孔61bに打込むことができる。作業者は、水硬ペースト12bの吸水完了時から水硬ペースト12bの凝結始発までの時間である可使時間内にこの工程を行う。可使時間を徒過すると、凝結始発に達した水硬ペースト12bの流動性が、徐々に失われて、アンカーボルト81の打込抵抗が上昇し、これを手90による人力で打込むことが困難になってしまう。
作業者は、削孔61b内でアンカーボルト81を所定の角度となるように手90で支持する。凝結終結に達した水硬ペースト12bは硬化を開始するので、アンカーボルト81は作業者の支持を要さず所定の角度を保ったまま、削孔61b内に定着する。作業者は必要に応じて、削孔61bからわずかに溢れた水硬ペースト12bを取り除く。
図2(a)〜(e)に示す工程を経た張コンクリート61を同図(f)に示す。水硬ペースト12bの硬化により生じた硬化体12cが削孔61bの開口を塞いでいるとともに、削孔61bの内壁面とアンカーボルト81との間に密に充填されている。アンカーボルト81は、張コンクリート61に定着し、その基端部の雄ねじ81bにナット83が螺合して支柱82が固定されている。リブ81aのアンカー効果によってアンカーボルト81は、硬化体12cからの引抜強度を向上させている。
このように、本発明の水硬性組成物を用いた注入方式のあと施工アンカー工法によれば、定着剤カプセル10を水21に所定時間浸漬するだけで、水硬性組成物12に所要量の水21を吸収させることができるので、水を溢したり計量ミスを生じたりする恐れがあるカートリッジへの注水や、注水後のカートリッジの振盪を要しない。その結果、不慣れな作業者であっても簡便にかつ確実に作業をすることができるので均質な施工が可能で、施工管理を簡素化できるとともに、施工効率を向上させることができる。
その結果作業者は、定着剤カプセル10の水21への浸漬時間を厳密に管理せずに済む上、定着剤カプセル10の透水性筒状容器11の除去工程(図1(b)参照)からアンカーボルト81の削孔61bへの挿入工程(図2(e)参照)までを、時間的余裕をもって確実に行うことができる。
なお、水硬ペースト12bの注入工程が終了し、かつシリンダカートリッジ30の筒体32内の水硬ペースト12bが注入チューブ31cからすべて排出されて筒体32内が空となった後に、筒体32の内壁面を洗浄する工程を行ってもよい。この場合、注入ガン50のピストン53が蓋体34を兼ねていることが好ましい。それによれば、作業者が送出しロッド56を引いてピストン53(蓋体34)を開口33から取り出した後、筒体32の内壁を洗浄できる(図1(d)及び(e)参照)。さらにこの洗浄は、ノズル31bを筒体32から取り除いた後に行うことが好ましい。さらに留め具31dを緩めてノズル31bから注入チューブ31cを取り外し、ノズル31b及び注入チューブ31cも洗浄することがより好ましい。この洗浄工程において、水やブラシを用いて水硬ペースト12bをこそぎ落してもよい。洗浄工程によれば、筒体31、ノズル31b、及び注入チューブ31cを使い捨てとせずに再使用することができるので、廃棄物及び施工コストの低減に資する。この洗浄工程は、水硬ペースト12bの注入工程の直後に行っても、これに引き続くアンカーボルト81の挿入工程の終了後に行ってもよい。
またアンカー素子の先端は、アンカー素子の基端面に平行な面を有しているという所謂寸切り形状、角錐形状、円錐形状、又は半球形状をなしていてもよく、アンカー素子先端部の互いに向かい合う弧からそれの先端の延長方向へ夫々延びて形成された二つの斜面が弧と向かい合う辺を共有しているという所謂両面カット形状をなしていてもよく、アンカー素子先端部の互いに向かい合う弧からそれの基端方向へ延びて形成された二つの斜面が弧と向かい合う辺を共有しているという所謂先端二又割れ形状をなしていてもよい。
本発明の水硬性組成物を用いたカプセル方式のあと施工アンカー工法の工程を、図3に示す。同図は、上水道資機材として供用される既設の鉄筋コンクリート製ボックスカルバートのせん断耐力を高めることを目的として施される工事の一例として、カプセル方式のあと施工アンカー工法の工程を示している。
図3(a)に示すように、ボックスカルバートの鉄筋コンクリート躯体63の背面63bは地盤64に接しており、構造鉄筋84の周りにコンクリートが打設されている。まず鉄筋コンクリート躯体63へ、構造鉄筋84と段違いで交差するように、内側面63aから背面63bに向かいコアボーリングマシン71を用いて削孔63cを形成する。さらに同図(b)に示すように、定着剤カプセル10を水21に浸漬し、水硬性組成物12に水21を吸収させる。定着剤カプセル10の透水性筒状容器11は、紙のような易破砕性の不織シート製である。吸水後の定着剤カプセル10を、削孔63cに挿し込む。
次いで図3(c)に示すように、作業者は手90でハンマー72を握り、このハンマー72で、アンカー素子である尖形をなした補強鉄筋85の基端部に打撃を加えながら、削孔63cに補強鉄筋85を挿し込む。補強鉄筋85の尖った先端に突き破られた透水性筒状容器11から、水硬ペースト12bが削孔63c内に流出する。補強鉄筋85は、水硬ペースト12bを押し退けながら削孔63c内を進む。補強鉄筋85の先端が削孔63cの内壁面に突き当たり、補強鉄筋85の基端が削孔63c内の水硬ペースト12bに埋没した時点で、ハンマー72による打撃を終了する。なお、ハンマー72に代えて電動工具であるハンマードリル(不図示)を用いて、補強鉄筋85に回転と打撃とを加えることによって、これを削孔63cに挿し込んでもよい。
作業者は必要に応じ、水21に浸漬した別な定着剤カプセル10を、さらに削孔63cに挿入し、再度補強鉄筋85を挿入する。水硬ペースト12bは凝結始発に達するまで、15〜30分間という比較的長時間を要し、その間高い流動性を失わない。さらに水硬ペースト12bは、凝結始発から凝結終結に達するまで20〜35分間という長時間を要するので、あと施工アンカー工法に不慣れな作業者であっても作業内容を逐次確認しながら確実に施工することができる。
作業者は、図3(a)に示す削孔形成工程を繰り返し、夫々異なる箇所に複数の削孔63cを形成する。さらに削孔63cごとに同図(b)及び(c)に示す工程を繰り返し、鉄筋コンクリート躯体63の複数箇所に補強鉄筋85を打ち込む。このようなあと施工アンカー工法による施工を経た鉄筋コンクリート躯体63を同図(d)示す。水硬ペースト12bの硬化により生じた硬化体12cが削孔63cの開口を塞いでいるとともに、削孔63cの内壁面と補強鉄筋85との間に密に充填されている。補強鉄筋85は、複数の構造鉄筋84と立体的に交差しつつ、鉄筋コンクリート躯体63に定着している。このように鉄筋同士を交差させることにより、鉄筋コンクリート躯体63のせん断耐力をより高めることができる。
本発明を適用した実施例、及び本発明を適用外である比較例を、以下に示す。
(水硬性組成物の調製)
原材料である早強ポルトランドセメント(宇部三菱セメント株式会社製)アルミナセメント(デンカ株式会社製、アルミナセメント1号溶融品)、急結剤(株式会社ノリタケカンパニーリミテッド製、二水石膏+半水石膏)、強度増進剤(シリカフューム、BASFジャパン株式会社製、製品名:SILICA FUME SILICIUM)、細骨材(珪砂7号、日瓢礦業株式会社製、製品名:N70号)、凝結時間調整剤(クエン酸三ナトリウム)、及び遅延型流動化剤(ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社製、製品名:レオパック(登録商標)G−200)を、表1に示すように夫々量りとってミキサーに投入して撹拌し、実施例用の水硬性組成物を調製した。
実施例で用いたものと同じ早強ポルトランドセメントのみからなる水硬性組成物を、比較例として用いた。
(定着剤カプセルの作製)
上記で調製した実施例及び比較例の水硬性組成物の500gを、坪量40g/m2でヒートロン紙からなる不織シート製透水性筒状容器に封入して、長さ300mmで径34mmである実施例及び比較例の定着剤カプセルを、夫々得た。
(水/セメント比の測定)
実施例の定着剤カプセルの重量を計測した後、これを20℃の水道水に3分浸漬してから取り出して重量を測定した。定着カプセルの重量について、浸漬後重量に対する浸漬前重量の百分率である水/セメント比を求めたところ、27%であった。
(圧縮試験)
水/セメント比の測定後、実施例の定着剤カプセルの透水性筒状容器を破壊し、凝集した定着剤を取り出して、先端にキャップを嵌めた筒先と基端に開口とを有するシリンダカートリッジに入れた。回転ロッドの先端部に撹拌羽を有している撹拌棒(藤原産業株式会社製、製品名:ペイントミキサーSPM−4)の基端部を回転工具である電動インパクトドライバーに接続させた撹拌機を用い、開口から撹拌羽をシリンダカートリッジに挿し入れて1分間掻き回して撹拌し、凝集した定着剤をシリンダカートリッジ内で分散させて実施例の水硬ペーストを調製した。実施例の水硬ペーストを型枠に流し入れ、JIS A1108(2006)に準拠して実施例の硬化体を作製した。この硬化体について同規格に準拠して圧縮強度試験を行い、養生3時間後、1日後、3日後、7日後、及び28日後の圧縮強度(N/mm2)を測定した。その結果、なお、すべての養生条件を20℃、相対湿度90%、とした。結果を表2に示す。
実施例と同様に操作して、比較例の硬化体を作製し、圧縮強度を測定した。結果を表2に示す。
実施例の水硬性組成物を用いた硬化体は、わずか3時間の養生で50N/mm2の圧縮強度を示し、7日後には28日間養生を行った硬化体のおよそ90%の圧縮強度にまで達した。実施例の水硬性組成物は、短期間の養生であっても極めて高い圧縮強度を示すことが分かった。一方、比較例の水硬性組成物を用いた硬化体は、実施例のものと比較して、著しく低い圧縮強度しか示さなかった。
(アンカーボルトの引張試験)
1000×1000×3000mmのコンクリート塊に、ハンマードリルを用いて削孔径28mmの削孔を形成した。このコンクリート塊に定着させるアンカーボルト(JIS G3112(2010)に規定するSD345異形棒鋼、呼び名D22、公称断面積3.871cm2;長さ1000mm、先端45度斜めカット)の定着長を、220mmとするため、削孔長を245mmとした。実施例の定着剤カプセルを、水/セメント比の20℃の水道水に3分浸漬した。圧縮試験における操作と同様にして、水硬ペーストを調製した。シリンダカートリッジの開口に蓋体を嵌め、筒先に螺合したキャップを取り外して、注入量指示マークを外周面に有する注入チューブを接続したノズルを筒先に螺合させ、シリンダカートリッジを注入ガンにセットした。次いで注入チューブを削孔へ挿し込んで削孔へ水硬ペーストを注入した。注入ガンを手前に引きながら水硬ペーストの注入を継続した。注入量指示マークの全体が削孔の開口から出没したところで、注入を終了した。その後アンカーボルトを、削孔に手で回転させながら挿し入れ、アンカーボルトをコンクリート塊に定着させた。気温20℃で1日養生を行って硬化体を生成させた後、油圧ポンプと、これにつながっており油圧ポンプで発生させた油圧によってコンクリート塊からアンカーボルトを引き抜く方向へ引っ張る油圧ジャッキと、油圧ジャッキで生じた荷重を計測するロードセルと、アンカーボルトの変位量を計測する変位計とを、有する引張試験機を用い、JIS G3112(2010)に準拠して引張試験を行った。なお、サンプル数をN=3とした。結果を図4(a)に示す。
比較例の定着剤カプセルについて、実施例と同様に操作して引張試験を行った。なお、サンプル数をN=1とした。結果を図4(a)に示す。
図4(a)は、実施例の水硬性組成物を用いてコンクリート塊に定着させたアンカーボルトの引張試験の結果を示すグラフであり、変位量と荷重との相関を示している。横軸はアンカーボルトの変位量(mm)を、縦軸はこのアンカーボルトの引張荷重(kN)を夫々示している。同図(a)に示すように、引張荷重が、JIS G3112(2010)に規定されているアンカーボルトの降伏点である133.5kN(グラフ中、120〜140kN間に付された実線)を超え、同規格に規定される破断点(引張強さ)である189.6kN(グラフ中、180〜200kN間に付された実線)に達しても、削孔の壁面と硬化体との間が破断したり、アンカーボルトがコンクリート塊から抜けたりしなかった。なお、アンカーボルトが破断する恐れがあるため、引張荷重が190kNに達した時点で試験を終了した。一方比較例の水硬性組成物を用いた場合、JIS規格に規定されている降伏点に達する前に、硬化体がアンカーボルトごと削孔から抜けてしまった。
(線膨張試験)
線膨張測定器(株式会社丸菱科学機械製作所製)を用いて線膨張試験を行った。この線膨張測定器は、開口した天面及び長手方向と短手方向とを有して直方体形状をなしている型枠と、この型枠の短手方向の一つである変位面に接続して型枠の外方へ延び変位面とともに変位する測定子と、この測定子の変位量を検出する変位センサとを、有している。変位センサは情報処理記憶装置に電気的に接続している。
実施例の定着剤カプセルを用いて、気温20℃・相対湿度80%以上の環境下、水温20℃の水道水に3分間浸漬したこと以外は、圧縮試験と同様に操作して水硬ペーストを調製した。この水硬ペーストを型枠の天面から流し入れて型枠内空を隙間なく充填した。上記の環境を保ったまま、水硬ペーストを養生して変位センサで変位量を検出し、水硬ペーストの硬化過程における一軸線膨張を連続的に計測した。結果を図4(b)に示す。
比較例の定着剤カプセルについて、実施例と同様に操作して線膨張試験を行った。結果を図4(b)に示す。
図4(b)は水硬ペーストの一軸線膨張試験の結果を示すグラフである。このグラフは、時間と変位量との相関を示している。横軸は時間(時間)であり、縦軸は変位量(mm)である。太線は実施例を、細線は比較例を、夫々示している。試験開始直後に、実施例の変位量は増加し、その後に変位量がほぼ一定で、変位量の減少が見られない。このことから、水硬ペーストは試験開始直後にわずかに膨張し、その後収縮を生じないことが分かった。このことは、水硬性組成物が、硬化開始時にわずかな膨張を示し、かつ無収縮のセメント含有組成物であることを示している。それにより、水硬性組成物によれば、硬化体と削孔の内壁面とが密着するため、アンカー素子をコンクリート躯体に高い強度で定着させることができることが分かった。一方比較例の変位量は、試験開始直後から殆ど増加していない。このことは、比較例の水硬性組成物がその硬化過程で膨張しないため硬化体が削孔の壁面に密着せず、アンカー素子が低い強度でしか定着できないことを示している。