以下,図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は,以下に説明する形態に限定されるものではなく,以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜変更したものも含む。
本願明細書において,「寄託番号:FERM・・」とは,独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにおける寄託番号を意味する。
また,本願明細書において,「A〜B」とは,「A以上B以下」であることを意味する。
図1は,本発明に係るバルクスターターの製造方法の各工程(S1−1〜S1−8)と,発酵乳の製造方法の各工程(S2−1〜S2−6)を示している。以下では,図1に示したフロー図に従って説明を行う。
バルクスターターの製造方法は,種菌となる乳酸菌スターター(種菌としてのマザースターター又はバルクスターター等)を培地にて培養し,中間発酵させることで,発酵乳の原料に直接添加するバルクスターターを製造する方法である。図1に示されるように,バルクスターターの製造方法は,培地調整工程(S1−1),加熱殺菌工程(S1−2),第一次冷却工程(S1−3),スターター添加工程(S1−4),培養工程(S1−5),第二次冷却工程(S1−6),温度保持工程(S1−7),及び第三次冷却工程(S1−8)を含む。
培地調整工程(S1−1)は,乳酸菌スターターを添加するための培地を調整する工程である。培地は,乳酸菌スターターを培養するための溶液である。乳酸菌スターターを培地に添加し,その培地で乳酸菌スターターを培養することで,乳酸菌スターターを構成する乳酸菌の数を増加させることができる。培地は,無脂乳固形分(SNF)を,9重量%以上,好ましくは12重量%以上有する。具体的には,培地の無脂乳固形分は,12重量%以上,14重量%以上,15重量%以上,18重量%以上,又は20重量%以上であることが好ましい。培地の無脂乳固形分の上限は,特に限定されないが,例えば,30重量%又は25重量%であることが好ましい。特に,無脂乳固形分は,脱脂粉乳由来のものであることが好ましい。なお,脱脂粉乳では,およそ95%が無脂乳固形分であり,残余の大部分が水分である。
培地は,無脂乳固形分と水分のみからなるものであることが好ましい。つまり,培地は,無脂乳固形分を,9重量%以上,好ましくは12重量%以上で含み,残余が水分からなる。なお,培地は,酵母エキスを含まないことが好ましい。また,培地は,乳化剤を含まないことが好ましい。特に,乳酸菌用の培地に酵母エキスが含まれていないことで,この培地で培養した乳酸菌スターターを添加して製造した発酵乳の風味を向上させることができる。具体的には,培地は,脱脂粉乳と原料水(純水,水道水,井水など)のみから調整されることが好ましい。
加熱殺菌工程(S1−2)は,培地調整工程で調整された培地を加熱して殺菌する工程である。加熱殺菌工程では,原料乳の雑菌を殺菌できる程度に,加熱温度及び加熱時間を調整して加熱処理すればよい。本発明においては,培地を80℃以上,90℃以上,95℃以上,又は100℃以上に加熱することが好ましい。加熱殺菌工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,加熱殺菌工程では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,スチームインジェクション式加熱装置,スチームインフュージョン式加熱装置,通電式加熱装置などによって加熱処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。
第一次冷却工程(S1−3)は,加熱殺菌後に高温になっている培地を,乳酸菌の培養に適した温度域(培養温度域)にまで冷却する工程である。ここにいう培養温度域とは,微生物(乳酸菌など)が活性化して,当該微生物の増殖促進される温度を意味する。例えば,乳酸菌の培養温度域は,30〜60℃が一般的である。本発明においては,加熱殺菌後に高温になっている培地を,例えば35〜55℃の培養温度域にまで冷却することが好ましく,40〜50℃まで冷却することがより好ましい。第一次冷却工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,第一次冷却工程では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,真空(減圧)蒸発冷却器によって冷却処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって冷却処理を行ってもよい。
スターター添加工程(S1−4)は,培養温度域にまで冷却された培地に,乳酸菌スターターを添加(混合)する工程である。すなわち,スターター添加工程では,加熱殺菌工程後に培地が所定温度まで低下した後に乳酸菌スターターを添加してもよいし,加熱殺菌工程後に培地が所定温度まで低下している最中に乳酸菌スターターを添加してもよい。本願明細書において,「乳酸菌スターター」には,マザースターターとバルクスターターが含まれる。培地に接種する種菌である乳酸菌スターターとして,乳酸菌のみからなる粉状のマザースターターを用いてもよいし,培地溶液に乳酸菌が混合されたバルクスターターを用いてもよい。
本発明において,乳酸菌スターターは,ブルガリア菌を含むことが好ましい。ここで,「ブルガリア菌」とは,ラクトバチルス・ブルガリクス(L. bulgaricus)である。そして,ブルガリア菌の例として,L.bulgaricus 1073R-1株(ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス 1073R−1株, 寄託番号:FERM BP−10741)や,L.bulgaricus OLL1171株(ラクトバチルス・デルブリュッキー・サブスピーシーズ・ブルガリクス OLL1171株)を挙げることができる。このとき,少なくとも,乳酸菌は,L.bulgaricus 1073R-1株を含むことが好ましい。また,乳酸菌は,サーモフィルス菌を含むことが好ましい。ここで,「サーモフィルス菌」とは,ストレプトコッカス・サーモフィルス(S.thermophilus)である。また,本発明において,スターター添加工程では,ブルガリア菌とサーモフィルス菌の他に,公知の乳酸菌を添加(混合)してもよい。例えば,スターター添加工程では,ガセリ菌(ラクトバチルス・ガッセリ(L. gasseri)),ラクティス菌(ラクトコッカス・ラクティス(L. lactis)),クレモリス菌(ラクトコッカス・クレモリス(L. cremoris)),ビフィズス菌(ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)など)を添加(混合)してもよい。特に,本発明において,乳酸菌スターターは,L.bulgaricus 1073R-1株を40〜100重量%以上,50〜90重量%以上,又は60〜85重量%以上で含むことが好ましい。
乳酸菌スターターは,培地に対して,0.1重量%以上で添加することが好ましい。具体的には,乳酸菌スターターは,培地に対して,0.1〜10重量%,0.5〜5重量%,又は1〜3重量%で添加すればよい。
培養工程(S1−5)は,乳酸菌スターターに含まれる乳酸菌を培地で培養し,乳酸菌を増殖させる工程である。乳酸菌スターターの培養は,培地の酸度を目安にして終了させることが好ましい。乳酸菌スターターの培養の時間の上限は,特に限定されないが,例えば,培地の酸度が所定値となった段階で培養を終了させればよい。ここで,例えば,培養の終了の酸度は,0.7%又は0.8%に設定することが好ましく,0.7〜1.2%に設定すればよい。なお,本発明において,培地の酸度(乳酸酸度)は,乳等省令の「乳等の成分規格の試験法」に従って測定される。具体的には,試料の10gに,炭酸ガスを含まないイオン交換水を10mLで添加してから,指示薬として,フェノールフタレイン溶液を0.5mLで添加する。そして,水酸化ナトリウム溶液(0.1mol/L)を添加しながら,微紅色が消失しないところを限度として滴定し,その水酸化ナトリウム溶液の滴定量から試料の100g当たりの乳酸の含量を求めて,酸度(乳酸酸度)とする。なお,フェノールフタレイン溶液は,フェノールフタレインの1gをエタノール溶液(50%)に溶かして100mLにフィルアップして調整される。なお,乳酸菌スターターの培養の時間は,3時間以上,5時間以上,又は7時間以上であることが好ましい。
また,培養工程において,培地の温度は,35℃以上で保持されていることが好ましい。特に,培地の温度は,35〜55℃で保持されていることが好ましく,37〜52℃で保持されていることがより好ましく,40〜50℃で保持されていることがさらに好ましい。
また,培養工程においては,培地を撹拌せずに静置しておくことが好ましい。ここにいう「静置」とは,培地を攪拌しないことを意味するものであり,例えば培地を収容した容器を移動するような場合であっても,培地内が撹拌されないのであれば,ここにいう「静置」に該当する。このように,培養工程の間は培地を静置することで乳酸菌の増殖を促進し,培養終了までの時間を短縮することができる。
第二次冷却工程(S1−6)は,培養を終えた培地(すなわち所定の酸度に達した培地)を,20〜30℃の保持温度域にまで冷却する工程である。つまり,第二次冷却工程では,培養温度域(35〜55℃)にある培地を,それよりも温度の低い保持温度域(20〜30℃)まで冷却する。ここにいう保持温度域は,20〜30℃であるが,22〜28℃であることが好ましく,特に25℃(±1℃)であることが好ましい。第二次冷却工程では,第一次冷却工程と同様に公知の方法を用いることができ,例えば,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,真空(減圧)蒸発冷却器によって冷却処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって冷却処理を行ってもよい。
また,第二次冷却工程においては,培養を終えた培地を撹拌しながら所定の温度まで冷却することが好ましい。培地の攪拌は緩やかに行うことが好ましく,その攪拌速度は50〜1000rpmであることが好ましい。特に,ここでの攪拌速度は,50〜500rpm又は50〜200rpmの範囲とすることが好ましい。
温度保持工程(S1−7)は,保持温度域(20〜30℃)にまで冷却された培地を,その保持温度域のままで1時間以上保持する工程である。すなわち,培養を終えた培地は,乳酸菌を長期保存するために,冷蔵庫などに格納して10℃以下の温度で保管する必要がある。しかし,培養温度域(35〜55℃)にある培地を一気に低温保管温度域(10℃以下)にまで冷却すると,培地内の乳酸菌が低温によりダメージを受けて,乳酸菌一匹一匹の活力が弱まると考えられる。そこで,本発明においては,培地の冷却工程に温度保持工程を挿入し,培養を終えた培地を一度20〜30℃の保持温度域で1時間以上保持した後に,冷蔵庫等に格納して10℃以下に冷却する。これにより,バルクスターターに含まれる乳酸菌一匹一匹の活力が高まるとともに,EPS生産力が向上するものと推察される。これにより,温度保持工程後の再冷却に対する耐性を高めることができる。
このように,保持温度域は,培地に接種された乳酸菌スターターを発酵させないための温度である。このため,温度保持工程中に培地を保持する温度は,20〜30℃の範囲であって,且つ,乳酸菌スターターを培養(発酵)するための温度よりも10℃以上低い温度であることが好ましい。特に,培地を保持する温度は,乳酸菌スターターを培養(発酵)する温度よりも,12℃以上又は15℃以上低い温度であることが好ましい。
また,温度保持工程では,培地を保持温度域に1時間以上保持すればよい。保持時間は,1.5時間以上であることがより好ましく,2時間以上,又は3時間以上であることが特に好ましい。また,保持時間の上限は,特に限定されないが,5時間以下であることが好ましいと考えられる。5時間を超えて培地を保持温度域にて保持すると,乳酸菌スターターの増殖が進行し酸度が高くなって,得られるバルクスターターの品質を一定に保つことが難しくなる。なお,温度保持工程において,培地の温度は一定でなくてもよく,20〜30℃の範囲で変化してもよい。ただし,温度保持工程では,培地の温度を一定に維持することが好ましく,培地の温度変化は±1℃の範囲に収まるようにすることが好ましい。
また,温度保持工程の間は,第二次冷却工程に引き続き,培地を緩やかに撹拌することが好ましい。特に温度保持工程の間は終始攪拌を続けることが好ましい。温度保持工程における攪拌速度は,第二次冷却工程と同様に,50〜1000rpmとすればよく,特に50〜500rpm又は50〜200rpmの範囲とすることが好ましい。
第三次冷却工程(S1−8)は,温度保持工程を経た培地を10℃以下まで冷却する工程である。第三次冷却工程では,特に培地を0〜5℃まで冷却することが好ましい。第三次冷却工程では,第二次冷却工程と同様に公知の方法を用いることができ,例えば,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,真空(減圧)蒸発冷却器によって冷却処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって冷却処理を行ってもよい。この第三次冷却工程までの工程を行うことで,バルクスターターを製造することができる。第三次冷却工程を経たバルクスターター(培地及び乳酸菌含有)は,大型の冷蔵庫などに格納され,長期間保存することができる。
本発明において,第1次冷却工程(S1−3)から第三次冷却工程(S1−8)までの各工程は,冷却,保温,及び攪拌の機能を持つ一つの冷却装置の中で行うことが好ましい。本発明においては,例えば,第1次冷却工程から第三次冷却工程までの工程にジャケット付タンクを好適に用いることができる。ジャケット付タンクは,冷却水や温水を注入可能な二重壁構造の外壁と,当該外壁によって囲われ乳酸菌用の培地が収容されるタンク部と,当該タンク部の内部に設けられた攪拌翼を有している。
第一次冷却工程において,ジャケット付タンクは,タンク部に加熱殺菌後の培地が収容され,外壁に冷却水が注入されることで,培地を培養温度域まで冷却する。また,培養工程において,ジャケット付タンクは,外壁に温水が注入されることで,培地の温度を培養温度域に維持する。また,第二次冷却工程において,ジャケット付タンクは,外壁に冷却水が再度注入されることで,培地を保持温度域まで冷却する。また,温度保持工程において,ジャケット付タンクは,冷却水を放出し外壁を空洞とするか,又は外壁に温水を注入することで,培地の温度を保持温度域に維持する。また,第三次冷却工程において,ジャケット付タンクは,外壁に再度冷却水が注入されることで,培地を10℃以下まで冷却する。このように,本発明においては,一つのジャケット付タンクを利用して培地の温度管理を行うことができる。このため,バルクスターターの製造を効率的に行うことができる。
また,培地調整工程(S1−1)から第三次冷却工程(S1−8)までの工程の全てを,ジャケット付タンクを用いて行うこともできる。この場合,ジャケット付タンクとしては,加熱機能を持つものを採用すればよい。これにより,加熱殺菌工程(S1−2)もジャケット付タンク内で行うことができる。
前述のとおり,本発明に係るバルクスターターの製造方法では,培養終了後の培地を一気に10℃以下まで冷却するのではなく,一旦20〜30℃の温度に1時間以上保持した後に,10℃以下まで冷却する。これにより,培地内の乳酸菌は低温に対する耐性が高まるため,10℃以下の低温下であっても,長期間,活力を維持することができる。バルクスターターの「活力」とは,原料乳を発酵させる力を維持する能力である。バルクスターターの活力が高いほど,原料乳を一定時間内に発酵させる力を,長期間維持することができる。一般的に,バルクスターターは,発酵乳の発酵完了までの時間が3時間以内であることが好ましいとされている。従来のバルクスターターは,低温保管期間が10日を超えると,活力が低下して3時間以内に発酵乳を発酵させることが困難になるとされている。これに対して,本発明により得られたバルクスターターは,乳酸菌一匹一匹の活力が高められているため,5℃の温度下で5日間保管した後であっても,3時間以内に発酵乳を発酵させることができる。このように,本発明により得られたバルクスターターは,3時間以内に発酵乳を発酵させる力を,5℃の低温下で5日間保管した後であっても持続することができる。
続いて,発酵乳の製造方法について説明する。発酵乳の製造方法は,前述したバルクスターターの製造方法(S1−1〜S1−8)を経て得られたバルクスターターを利用して原料乳を発酵させることにより,発酵乳を製造する方法である。図1に示されるように,発酵乳の製造方法は,原料乳調整工程(S2−1),加熱殺菌(S2−2),第一次冷却工程(S2−3),バルクスターター添加工程(S2−4),発酵工程(S2−5),及び第二次冷却工程(S2−6)を含む。
本発明によって製造される発酵乳の例として,ヨーグルトを挙げることができる。ヨーグルトは,プレーンタイプやハードタイプやソフトタイプであってもよいし,ドリンクタイプであってもよい。また,本発明によって製造される発酵乳の例として,フローズンヨーグルトや,チーズの材料を挙げることができる。本発明において,発酵乳とは,日本の乳等省令で定義される「発酵乳」,「乳製品乳酸菌飲料」,「乳酸菌飲料」などのいずれであってもよい。
原料乳調整工程(S2−1)は,発酵乳の元となる原料乳を調整する工程である。原料乳は,ヨーグルトベースやヨーグルトミックスとも呼ばれる。本発明において,原料乳には公知のものを用いることができる。例えば,原料乳は,生乳のみからなるもの(生乳が100%のもの)であってもよい。また,原料乳は,生乳に,脱脂粉乳,クリーム,水などを混合して調整したものであってもよい。また,原料乳は,これらの他に,殺菌乳,全脂乳,脱脂乳,全脂濃縮乳,脱脂濃縮乳,全脂粉乳,バターミルク,有塩バター,無塩バター,ホエー,ホエー粉,ホエータンパク質濃縮物(WPC),ホエータンパク質単離物(WPI),α−La(アルファ−ラクトアルブミン),β−Lg(ベータ−ラクトグロブリン),乳糖などを混合(添加)して調整したものであってもよい。また,原料乳は,予め温めたゼラチン,寒天,増粘剤,ゲル化剤,安定剤,乳化剤,ショ糖,甘味料,香料,ビタミン,ミネラルなどを適宜添加して調整したものであってもよい。そして,原料乳の調整工程では,原料乳を均質化することで,原料乳に含まれる脂肪球などを微粒化(粉砕)することが好ましい。つまり,原料乳を均質化することで,発酵乳の製造過程や製造後において,原料乳や発酵乳の脂肪分が分離することや浮上することを抑制できる。
加熱殺菌工程(S2−2)は,原料乳調整工程で調整された培地を加熱して殺菌する工程である。加熱殺菌工程では,原料乳の雑菌を殺菌できる程度に,加熱温度及び加熱時間を調整して加熱処理すればよい。本発明においては,原料乳を80℃以上,好ましくは90℃以上に加熱することが好ましい。加熱殺菌工程には,公知の方法を用いることができる。そして,加熱殺菌工程では,ヨーグルトがプレーンタイプやハードタイプやソフトタイプの場合などにおいて,高温短時間殺菌処理(HTST)などの加熱処理を行えばよく,ヨーグルトがドリンクタイプの場合などにおいて,超高温殺菌処理(UHT)などの加熱処理を行ってもよい。さらに,例えば,加熱殺菌工程では,高温短時間殺菌処理(HTST)は,原料乳を80℃〜100℃に,3分〜15分間程度で加熱する処理であればよく,超高温殺菌処理(UHT)は,110℃〜150℃に,1秒〜30秒間程度で加熱する処理であればよい。
第一次冷却工程(S2−3)は,加熱殺菌後に高温になっている原料乳を,発酵に適した温度域(発酵温度域)にまで冷却する工程である。例えば,乳酸菌の発酵温度域は,30〜60℃が一般的である。本発明においては,加熱殺菌後に高温になっている培地を,例えば35〜55℃の発酵温度域にまで冷却することが好ましく,40〜50℃まで冷却することがより好ましい。第一次冷却工程には,公知の方法を用いることができる。
バルクスターター添加工程(S2−4)は,発酵温度域にまで冷却された培地に,前述したバルクスターターの製造方法(S1−1〜S1−8)を経て得られたバルクスターターを添加(混合)する工程である。なお,バルクスターター添加工程では,加熱殺菌工程後に培地が所定温度まで低下した後にバルクスターターを添加してもよいし,加熱殺菌工程後に培地が所定温度まで低下している最中にバルクスターターを添加してもよい。バルクスターターは,原料乳に対して,0.1重量%以上で添加することが好ましい。具体的には,乳酸菌スターターは,培地に対して,0.1〜10重量%,0.5〜5重量%,又は1〜3重量%で添加すればよい。
発酵工程(S2−5)は,バルクスターターによって原料乳を発酵させる工程である。発酵工程では,バルクスターターが添加された原料乳を発酵温度域(例えば30〜60℃)に保持しながら発酵させて,発酵乳を得る工程である。本発明において,発酵工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,発酵工程では,発酵室などによって発酵処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって発酵処理を行ってもよい。そして,発酵工程では,ヨーグルトがプレーンタイプやハードタイプの場合などにおいて,後発酵処理を行えばよく,ヨーグルトがソフトタイプやドリンクタイプの場合などにおいて,前発酵処理を行ってもよい。さらに,例えば,発酵工程は,発酵室内の温度(発酵温度)を30℃〜60℃程度に維持して,その発酵室内で原料乳を発酵する処理であってもよいし,ジャケット付のタンク内の温度(発酵温度)を30〜60℃に維持し,そのタンク内で原料乳を発酵する処理であってもよい。ここで,発酵工程では,原料乳を発酵させる条件を,原料乳や乳酸菌の種類や数量,発酵乳の風味や食感などを考慮して,発酵温度や発酵時間などを適宜調整すればよい。具体的に,発酵工程では,原料乳が発酵温度域に,1時間以上で保持されていることが好ましい。そして,発酵工程では,原料乳を保持する期間(発酵時間)は,1時間〜12時間であることが好ましく,2時間〜8時間であることがより好ましく,3時間〜5時間であることがさらに好ましい。
発酵工程では,原料乳を発酵させる条件を,原料乳や乳酸菌の種類や数量,発酵乳の風味や食感などを考慮して,乳酸酸度(酸度)やpHなどを適宜調節してもよい。なお,具体的に,発酵工程では,乳酸酸度が0.7%以上まで到達していることが好ましい。さらに,発酵工程では,例えばSNFが8.5〜12.0%の場合,乳酸酸度が0.9%以下(0.7%〜0.9%)であることが好ましく,0.85%以下(0.7%〜0.85%)であることがより好ましく,0.8%以下(0.7%〜0.8%)であることがさらに好ましいなお,原料乳の酸度(乳酸酸度)は,前述した培地の酸度と同様に,乳等省令の「乳等の成分規格の試験法」に従って測定することができる。
発酵工程は,後発酵処理と前発酵処理のどちらであってもよい。そして,後発酵処理を行うときには,実際に製品として販売するための容器にバルクスターター入りの原料乳を充填した後に,この原料乳を発酵させる。例えば,後発酵処理を行うときには,バルクスターター入りの原料乳が充填された(密閉)容器を発酵室内に静置するなどして発酵させ,その得られた中間生成物である発酵乳(発酵乳カード)を,後述する再冷却工程にて冷却し,最終生成物である発酵乳(セットタイプヨーグルト,プレーンタイプヨーグルト)を得ればよい。また,前発酵処理を行うときには,実際に製品として販売するための容器に原料乳を充填する前に,原料乳を発酵させる。例えば,前発酵を行うときには,原料乳が充填されたジャケット付のタンクを静置するなどして発酵させ,その得られた中間生成物である発酵乳(発酵乳カード)を破砕や微粒化してから,後述する再冷却工程にて冷却し,必要に応じて,果肉,野菜,果汁,野菜汁,ジャム,ソース,プレパレーションなどを混合した後に,(密閉)容器に充填して,最終生成物である発酵乳(ソフトタイプヨーグルト,ドリンクタイプヨーグルト)を得ればよい。
また,発酵乳の酸度が0.8%となった時点において,発酵乳における菌体外多糖の産生量(EPS量)は,3.0mg/100g以上,3.5mg/100g以上,4.0mg/100g以上,4.5mg/100g以上,5.0mg/100g以上であることが好ましい。ここで,EPS量の上限は,特に限定されないが,例えば10.0mg/100gである。つまり,本発明によれば,発酵乳におけるEPS量も効率的に増加させることができる。
第二次冷却工程(S2−6)は,原料乳を発酵させることで得られた発酵乳を冷却する工程である。第二次冷却工程を行うことで,発酵の進行が抑制される。このとき,第二次冷却工程では,発酵乳を発酵温度域(例えば30〜60℃)よりも低温になるまで冷却する。本発明において,第二次冷却工程には,公知の方法を用いることができる。具体的に,第二次冷却工程では,発酵乳が15℃以下まで冷却されていることが好ましい。そして,第二次冷却工程では,発酵乳が1〜15℃に冷却されていることが好ましく,3〜10℃に冷却されていることがより好ましく,5〜8℃に冷却されていることがさらに好ましい。この再冷却工程により,発酵乳を食用に適した温度に冷却することで,発酵乳の風味(酸味など)や食感(舌触りなど)や物性(硬さなど)が変化することを抑制や防止できる。
また,本発明においては,任意の工程として,嫌気工程を行うこともできる。嫌気工程は,原料乳や発酵乳に窒素などの不活性ガスを混合して,嫌気状態とする工程である。本発明において,嫌気工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,嫌気工程では,原料乳に不活性ガスを混入(注入)して嫌気処理する,又は発酵乳が充填された容器内のヘッドスペース,発酵乳が充填されたタンク内のヘッドスペースに,不活性ガスを充満(充填)して嫌気処理することで,これらに存在している酸素を除去や低減する。この嫌気工程により,原料乳などに含まれる酸素が除去や低減され,原料乳などに含まれる脂質やタンパク質の酸化が抑制や防止される,又は乳酸菌の活性が促進される。そして,例えば,不活性ガスでは,窒素の他に,ヘリウム,ネオン,アルゴン,キセノンの希ガスを用いることができる。なお,具体的に,嫌気工程では,原料乳や発酵乳の溶存酸素濃度(DO)を5ppm以下に低減させることが好ましく,4ppm以下に低減させることがより好ましく,3ppm以下に低減させることがさらに好ましく,2ppm以下に低減させることが特に好ましい。嫌気工程は,原料乳調製工程(S2−1)から第二次冷却工程(S2−6)のどの工程の段階でも行うことができる。また,嫌気工程は,複数の工程の段階で継続的に行うこともできる。
また,本発明に係る製造法により得られたバルクスターターを原料乳の発酵に利用することで,得られる発酵乳内のEPS含有量を高めることができる。すなわち,本発明に係るバルクスターターの製造方法では,発酵終了後の培地を,一旦20〜30℃の温度に1時間以上保持した後に,10℃以下まで冷却する。このようにして得られたバルクスターターを用いて発酵乳を製造した場合,発酵終了後に一気に10℃以下まで冷却して得られたバルクスターターを用いた場合と比較して,乳酸菌が発酵乳内で算出するEPS量が増加する。特に,ブルガリア菌には,機能性の多糖体を生産するものがある。従って,本発明により得られたバルクスターターを利用すれば,乳酸菌の増殖促進剤などの添加物を用いることなく,多糖体を多く含む雑味のない発酵乳を製造することができる。
以下,実施例を用いて,本発明を具体的に説明する。ただし,本発明は,以下の実施例に限定されることなく,公知の手法に基づく様々な改良を加えることができるものである。
<実施例1> バルクスターターの活力向上の確認
実施例1では,バルクスターターの製造にあたり,乳酸菌の培養終了後の培地を一旦20〜30℃の温度に1時間以上保持してから5℃に冷却した場合と,培養終了後の培地を一気に5℃以下まで冷却した場合とで,バルクスターターの活力の違いを確認した。
本発明の実施例1−1は,保持温度25℃,保持時間2時間の実施例である。本発明の実施例1−1では,ステンレス容器にて,脱脂粉乳:100g,水道水:870gを混合して培地を調製し,95℃,5分間で加熱殺菌した後に,40℃に冷却した。その後,培地に乳酸菌スターター(明治社製,「明治十勝ヨーグルト」から分離した)を30g(3重量%)で接種した。ここで使用した乳酸菌スターターは,ブルガリア菌とサーモフィルス菌の混合スターター(すなわち種菌としてのバルクスターター)であった。また,乳酸菌スターター30gに含まれる乳酸菌の菌数の目安は,バルクスターター(新鮮物)中のブルガリア菌が13.5×107cfu/g,サーモフィルス菌が85.0×107cfu/gとした。乳酸菌スターターを,培地内の温度が40℃で,乳酸酸度が0.70%に到達するまで静置して培養した。培養を終えた培地の容器を冷水に浸し,培地を撹拌しながら25℃まで冷却しこの温度で2時間保持した(温度保持工程)。その後,培地を5℃まで冷却して,本発明の実施例1−1に係るバルクスターターを製造した。その後,このバルクスターターを5℃の温度で3日,5日,及び15日間保管した。
5℃の温度で15日間保管した実施例1−1のバルクスターターについて,前記した[活力推定時間の測定方法]に従って活力の測定を行ったところ,その活力推定時間は3時間であり,一般的に好ましいとされる3時間以内に収まっていた。また,実施例1−1のバルクスターターについて,5℃の温度で3日間及び5日間保管した段階の活力推定時間を測定したところ,それぞれ,2.8時間,3時間であった。このことから,実施例1−1のバルクスターターは,その製造後15日間保管した場合であっても,3日間や5日間保管したものと変わらず,十分な発酵乳の生産能力を有していることが確認された。
本発明の実施例1−2は,保持温度20℃,保持時間2時間の実施例である。本発明の実施例1−2は,温度保持工程での培地の温度を20℃とした以外は,実施例1−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で5日間保管した実施例1−2のバルクスターターは,その活力推定時間が3時間であった。
本発明の実施例1−3は,保持温度30℃,保持時間2時間の実施例である。本発明の実施例1−3は,温度保持工程での培地の温度を30℃とした以外は,実施例1−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で5日間保管した実施例1−3のバルクスターターは,その活力推定時間が3時間であった。
本発明の実施例1−4は,保持温度25℃,保持時間1時間の実施例である。本発明の実施例1−4は,温度保持工程での温度の保持時間を1時間とした以外は,実施例1−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で5日間保管した実施例1−4のバルクスターターは,その活力推定時間が3時間40分であった。
本発明の実施例1−5は,保持温度25℃,保持時間5時間の実施例である。本発明の実施例1−5は,温度保持工程での温度の保持時間を5時間とした以外は,実施例1−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で15日間保管した実施例1−5のバルクスターターは,その活力推定時間が3時間であった。
本発明の実施例1−6は,保持温度30℃,保持時間1時間の実施例である。本発明の実施例1−6は,温度保持工程での培地の温度を30℃とし,温度の保持時間を1時間とした以外は,実施例1−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で5日間保管した実施例1−6のバルクスターターは,その活力推定時間が3時間35分であった。
これに対して,比較例1では,培養を終えた培地の容器を冷水に浸し,培地を撹拌しながら一気に5℃まで冷却してバルクスターターを製造した。比較例1は,温度保持工程を行わない以外は,実施例1−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。比較例1のバルクスターターについて,5℃の温度で3日間,5日間,及び15日間保管した段階で活力推定時間を測定したところ,それぞれ,3時間,3時間45分時間,4時間10分時間であった。このように,温度保持工程を行わなかった比較例1では,保管期間5日間で既に活力推定時間が3時間40分を超え,15日間経過で4時間を超えた。
上記した本発明の実施例1−1〜1−6及び比較例1をまとめると以下のとおりである。
以上の実施例1における試験結果から,培養を終えた培地を20〜30℃で1〜5時間保持し,その後5℃まで冷却することで,培養終了後に一気に5℃まで冷却する場合と比較して,得られるバルクスターターの活力が向上することが確認された。
<実施例2> バルクスターターのEPS生産力向上の確認
実施例2では,バルクスターターの製造にあたり,乳酸菌の培養終了後の培地を一旦20〜30℃の温度に1時間以上保持してから5℃に冷却した場合と,発酵終了後の培地を一気に5℃以下まで冷却した場合とで,バルクスターターのEPS生産能力の違いを確認した。
本発明の実施例2−1は,保持温度25℃,保持時間2時間の実施例である。本発明の実施例2−1では,ステンレス容器にて,脱脂粉乳:100g,水道水:870gを混合して培地を調製し,95℃,5分間で加熱殺菌した後に,40℃に冷却した。その後,培地に乳酸菌スターター(明治社製,「明治プロビオヨーグルトR−1」から分離した)を30g(3重量%)で接種した。ここで使用した乳酸菌スターターは,ブルガリア菌1073R−1株(寄託番号:FERM BP−10741)を含むスターターであった。また,乳酸菌スターター内の乳酸菌の菌数は,50〜100×107cfu/gであった。乳酸菌スターターを,培地内の温度が40℃で,乳酸酸度が0.80%に到達するまで静置して培養した。乳酸菌の培養を終えた培地の容器を冷水に浸し,培地を撹拌しながら25℃まで冷却しこの温度で2時間保持した(温度保持工程)。その後,培地を5℃まで冷却して,本発明の実施例2−1に係るバルクスターターを製造した。その後,このバルクスターターを5℃の温度で,1日間及び7日間保管した。
5℃の温度で1日間及び7日間保管した実施例2−1のバルクスターターについて,前記した[EPS量の測定方法]に従ってEPS量の測定を行ったところ,その値はそれぞれ2.9mg/100g及び3.2mg/100gであった。
ここで,EPS量は,以下の手順で分析した。
1)1gの発酵乳(ヨーグルト)に対してTCAによる除タンパクを行う。
2)MicroSpin S-400HRカラムにより夾雑物を除去する。
3)ゲル濾過カラムを用いたHPLC(High performance liquid chromatography)によりEPS量を分析する。なお,HPLC分析装置としては,Ultimate3000(Thermo Fisher Scientific)を用いた。
本発明の実施例2−2は,保持温度20℃,保持時間2時間の実施例である。本発明の実施例2−2は,温度保持工程での培地の温度を20℃とした以外は,実施例2−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で1日間及び7日間保管した実施例2−2のバルクスターターについて,上記[EPS量の測定方法]に従ってEPS量の測定を行ったところ,その値はそれぞれ3.0mg/100g及び3.0mg/100gであった。
本発明の実施例2−3は,保持温度30℃,保持時間2時間の実施例である。本発明の実施例2−3は,温度保持工程での培地の温度を30℃とした以外は,実施例2−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で1日間及び7日間保管した実施例2−3のバルクスターターについて,上記[EPS量の測定方法]に従ってEPS量の測定を行ったところ,その値はそれぞれ3.2mg/100g及び3.0mg/100gであった。
本発明の実施例2−4は,保持温度25℃,保持時間1時間の実施例である。本発明の実施例2−4は,温度保持工程での温度の保持時間を1時間とした以外は,実施例2−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で1日間,7日間,及び14日間保管した実施例2−4のバルクスターターについて,上記[EPS量の測定方法]に従ってEPS量の測定を行ったところ,その値はそれぞれ2.8mg/100g,3.0mg/100g,及び2.7mg/100gであった。
本発明の実施例2−5は,保持温度25℃,保持時間5時間の実施例である。本発明の実施例2−5は,温度保持工程での温度の保持時間を5時間とした以外は,実施例2−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で1日間及び7日間保管した実施例2−5のバルクスターターについて,上記[EPS量の測定方法]に従ってEPS量の測定を行ったところ,その値はそれぞれ3.1mg/100g,3.3mg/100gであった。
これに対して,本発明の比較例2では,発酵を終えた培地の容器を冷水に浸し,培地を撹拌しながら一気に5℃まで冷却してバルクスターターを製造した。比較例2は,温度保持工程を行わない以外は,実施例2−1と同じ条件でバルクスターターを製造した。5℃の温度で1日間,7日間,及び14日間保管した比較例2のバルクスターターについて,上記[EPS量の測定方法]に従ってEPS量の測定を行ったところ,その値はそれぞれ2.8mg/100g,2.3mg/100g,及び2.0mg/100gであった。このように,温度保持工程を行わなかった比較例2では,EPS量が,実施例2−1〜実施例2−5と比較して明らかに低下した。
以上の実施例2における試験結果から,発酵を終えた培地を20〜30℃で1〜5時間保持し,その後5℃まで冷却することで,発酵終了後に一気に5℃まで冷却する場合と比較して,得られるバルクスターターのEPS生産能力が向上することが確認された。
上記した本発明の実施例2−1〜2−5及び比較例2をまとめると以下のとおりである。
以上,本願明細書では,本発明の内容を表現するために,図面を参照しながら本発明の実施形態及びその実施例について説明を行った。ただし,本発明は,上記実施形態及び実施例に限定されるものではなく,本願明細書に記載された事項に基づいて当業者が自明な変更形態や改良形態を包含するものである。