以下に本発明を詳細に説明するが、本発明の趣旨に反しない限り以下のものに限定されるものではない。以下、まず本発明に係るSOFC用電解質シートについて説明する。
1.SOFC用電解質シート
本発明に係るSOFC用電解質シート(以下、単に「電解質シート」と略記する)は、平均厚さが30μm以上150μm以下であり、少なくとも片面に複数の陥没を有し、上記陥没の基底面形状が、円形、楕円形、もしくは頂点部の形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である角丸多角形であり、並びに/または、その立体形状が、半球形、半楕円球形、もしくは頂点および稜の断面形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である多面体であり、上記陥没の基底面の平均円相当径が1.0μm以上150μm以下であり、上記陥没の平均深さが0.6μm以上30μm以下であり、且つ、シート厚さ100に対する上記陥没の平均深さの比が2以上20以下であることを特徴とする。
本発明に係る電解質シートは、その平均厚さが30μm以上150μm以下と比較的薄膜であることから、酸化物イオン伝導性に優れる。本発明において電解質シートの平均厚さとは、マイクロメーターなどを用い、シートの平面部における陥没部以外の箇所で万遍なく10点以上測定したシート厚さの平均値をいうものとする。なお、後記の通りグリーンシートにスタンパを押圧して陥没部を形成する場合には、陥没部以外の部分がかえって盛り上がるため、本発明に係る電解質シートは、陥没部が形成されていない以外は同様に作製された電解質シートに比べて厚くなる傾向がある。
当該平均厚さとしては、40μm以上が好ましく、50μm以上がより好ましく、60μm以上がよりさらに好ましく、また、130μm以下または120μm以下がより好ましく、100μm以下がよりさらに好ましく、90μm以下が特に好ましい。
本発明に係る電解質シートは、その少なくとも片面に複数の陥没を有する。電解質シートに陥没を形成することにより、電極層との界面面積が大きく、電極層との密着性も高い電解質シートとなる。
ここで「少なくとも片面」とは、電解質シートの片面または両面を意味する。好ましくは、電解質シートは、その両面に複数の陥没を有することが好ましい。一般的に、SOFC用単セルでは電解質シートの片面に燃料極層が、他方の面に空気極層が形成されるので、両面に陥没を形成することにより各電極との接触面積が大きくなり、その結果、発電性能や電極との密着性が向上する。
上記陥没の基底面形状は、円形、楕円形、または頂点部の形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である角丸多角形であることが好ましい。ここで、円形と楕円形には、いわゆる略円形と略楕円形も含まれる。また、「頂点部の形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である角丸多角形」とは、凸多角形または凹多角形を基本形状とし、その多角形が有する頂点部分が、曲率半径0.2μm以上の曲線で表される形状に形成されたものをいう。なお、上記角丸多角形を採用する場合、その多角形が有する全ての頂点部分が、曲率半径0.2μm以上の曲線で表される形状に形成されていることが好ましい。陥没の基底面形状を角のない形状とすることにより、電解質シートのクラックの発生をより一層低減することができる。上記基底面形状は、円形または楕円形が好ましく、円形または略円形がより好ましい。なお、基底面形状とは、電解質シートの表面におけるベースラインと陥没との境界、即ち陥没の最外周の輪郭の形状であり、レーザー顕微鏡を用いて確認することができる。また、ベースラインは、例えば、後述するようにスタンパを用いて陥没を形成した場合には、スタンパの押し跡の一番高い位置をベースラインとすればよい。
上記陥没の基底面の平均円相当径は、1.0μm以上150μm以下が好ましい。当該平均円相当径が1.0μm未満では電極との密着性が悪くなり、長期的な使用での電極の剥離が生じ易くなるおそれがあり得る。一方、当該平均円相当径が150μmを超えると、陥没が形成されていない電解質シートに比べて強度が低下するおそれがあり得る。当該平均円相当径としては、5μm以上がより好ましく、15μm以上がさらに好ましく、また、100μm以下がより好ましく、80μm以下がさらに好ましい。本発明において「平均円相当径」とは、上記陥没の基底面形状の面積と同じ面積を有する円の直径をいう。具体的には、当該平均円相当径は、電解質シート表面における5μm以上2mm以下四方の領域であって、少なくとも電解質シート表面の中心を含む領域であり、上記陥没が少なくとも50個存在する領域について、当該領域に存在する全ての陥没について基底面形状面積を測定し、それらの平均面積を求め、当該平均面積から算出される円相当径である。
上記陥没の基底面の円相当径のばらつきの値、即ち(円相当径の標準偏差)/(平均円相当径)の値としては、0.25以下が好ましく、0.20以下がより好ましく、0.15以下がさらに好ましい。上記ばらつき値が上記範囲内であれば、電解質シートの平均強度とワイブル係数を高くすることができ、また、電解質シート表面に形成された電極の電解質シートからの界面剥離をより抑制することができる。なお、上記ばらつき値の下限値は0である。ここで、円相当径の標準偏差は下記式により求めることができる。なお、式中、σは標準偏差、xは個々の陥没または凸起の基底面形状の円相当径、xaveは平均円相当径、nは陥没の測定個数を示す。
上記陥没の立体形状は、半球形、半楕円球形、または頂点および稜の断面形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である多面体であることが好ましい。
本発明において「半球形」および「半楕円球形」は、球体および楕円体を、中心を含む断面で切断した形状、または中心を通る線に直交する断面で切断したもののうち中心を含まない形状をいう。即ち、「半球形」および「半楕円球形」は、球体および楕円体を半分に切断した形状に限られず、略半球形および略半楕円球形も含まれる。また、本発明において「楕円体」とは、x2/a2+y2/b2+z2/c2=1[式中、a、b、cは、それぞれx軸、y軸、z軸方向の径の半分の長さに相当する]の方程式で表され、楕円面で囲まれた立体をいう。
本発明において「頂点および稜の断面形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である多面体」とは、円柱、円錐、円錐台、角柱、角錐、角錐台またはこれらの組合せなどの多面体を基本形状とし、その多面体が有する頂点部分および稜部分の断面形状が曲率半径0.2μm以上の曲線で表される形状に形成されたものをいう。なお、上記多面体形状を採用する場合、その多面体が有する全ての頂点および稜の断面形状が、曲率半径0.2μm以上の曲線で表される形状に形成されていることが好ましい。陥没の立体形状を、角のない形状とすることにより、電解質シートのクラックの発生をより低減することができる。
上記半球形、半楕円球形、または頂点および稜の断面形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である多面体では、基底面の断面積が最も大きく陥没の底部に向かって断面積は徐々に小さくなる。なお、上記立体形状は、半球形または半楕円球形が好ましく、半球形がより好ましい。
上記陥没の平均深さは、0.6μm以上30μm以下が好ましい。当該平均深さが0.6μm未満では、電極との密着性が悪くなり長期的な使用での電極の剥離が生じ易くなるおそれがあり得る。一方、当該平均深さが30μmを超えると、陥没が形成されていない電解質シートに比べて強度が低下するおそれがあり得る。当該平均深さとしては、1μm以上がより好ましく、3μm以上がさらに好ましく、また、20μm以下がより好ましく、15μm以下がさらに好ましい。本発明において「陥没の平均深さ」とは、電解質シート表面における5μm以上2mm以下四方の領域であって、少なくとも電解質シート表面の中心を含む領域であり、上記陥没が少なくとも50個存在する領域について、当該領域に存在する全ての陥没について深さを測定し、これらの値から算出される平均値である。また、「陥没の深さ」とは、ベースラインから最も高さの低い位置までの距離である。
上記陥没の深さのばらつきの値、即ち(深さの標準偏差)/(平均深さ)の値としては、0.14以下が好ましく、より好ましくは0.13以下、さらに好ましくは0.12以下、特に好ましくは1.10以下である。当該ばらつき値が上記範囲内であれば、電解質シートの平均強度とワイブル係数を高くすることができる。なお、当該ばらつき値の下限値は0である。ここで、陥没深さの標準偏差は、上記円相当径の標準偏差と同様にして求めることができる。
上記平均円相当径に対する上記陥没の平均深さの比、即ち(平均深さ)/(平均円相当径)の値は、いずれも0.05以上が好ましく、より好ましくは0.10以上、さらに好ましくは0.15以上であり、0.5以下が好ましく、より好ましくは0.45以下、さらに好ましくは0.4以下である。当該比が上記範囲内であれば、電解質シートの平均強度とワイブル係数を高くすることができ、また、電解質シート表面に形成された電極の電解質シートからの界面剥離をより抑制することができる。
片面における上記陥没の平均深さは、シート厚さを100とした場合に対する比率で2以上20以下が好ましい。比較的薄い電解質シートにおいては、陥没の形成により強度が低下することが一般的であるので、特に注意が必要である。具体的には、シート厚さに対する上記陥没の平均深さの比を20以下とすることにより、電解質シートの強度とワイブル係数を高くすることができ、また、電解質シート表面に形成された電極の電解質シートからの界面剥離をより抑制することができる。一方、上記比を2以上とすることにより、本発明シートを利用して分極抵抗が低く発電性能の優れた固体酸化物形燃料電池を作製することが可能になる。上記比率としては、2以上がより好ましく、3以上がさらに好ましく、また、15以下がより好ましく、12以下がさらに好ましい。
上記陥没の間隔は一定であっても不定であってもよいが、一定であることが好ましい。当該間隔が一定であれば、電解質シートのワイブル係数はより一層高くなると考えられる。当該間隔は、隣接する2つの上記陥没の最低点の間隔をいう。当該間隔は陥没の平均円相当径を考慮し、各陥没が重ならないようにすることが好ましい。そのため、当該間隔と上記陥没の平均円相当径との差、即ち(間隔)−(平均円相当径)の値としては、0.1μm以上が好ましく、より好ましくは0.5μm以上、さらに好ましくは1μm以上であり、30μm以下が好ましく、より好ましくは20μm以下、さらに好ましくは10μm以下である。
本発明に係る電解質シートの表面上の上記陥没は、不規則に配されていてもよいし、規則的に配されていてもよい。なお、電解質シートの表面粗さをより均一とするために、上記陥没は規則的に配されていることが好ましい。この場合、陥没の配列態様としては、格子状や千鳥状などが挙げられる。
また、電解質シートに陥没を形成する場合、レーザー光学式非接触三次元形状測定装置を用いて得られる粗さ曲線から求められる平均山頂間距離が0.1μm以上30μm以下、平均陥没深さが0.05μm以上20μm以下であり、かつ、当該粗さ曲線において陥没内の凹部先端が鋭角でないことが好ましい。
電解質シート表面に複数個の陥没を形成して凹部とし、それら凹部形状、特に個々の凹部先端(谷底)を特定の形状とすることにより、凹部先端への応力集中によるクラック発生を防止でき、強度が高く、電極面積の増大と電極の界面剥離の防止にも寄与する適度な表面粗さの電解質シートとすることが可能となる。
上記「山頂間距離」とは、粗さ曲線で認められる隣接する2つの凸部先端(山頂)間の距離である。また、上記「谷底深さ」とは、隣接する2つの凸部先端(山頂)間を結んだ線と凹部先端(谷底)を通る法線との交点から、凹部先端までの距離である。なお、凹部先端の形状を規定する場合には、山頂間距離が0.1μm以上30μm以下、かつ、谷底深さが0.05μm以上20μm以下を満足するものを陥没と扱う。
本発明においては、電解質シート内の9箇所について、レーザー光学式非接触三次元形状測定装置を用いて、当該電解質シートの粗さ曲線をスキャン長さ4mmで測定し、得られた9個の粗さ曲線に認められる全ての陥没について、山頂間距離、谷底深さを計測し、その平均値を算出して平均山頂間距離、平均谷底深さとする。
なお、レーザー光学式非接触三次元形状測定装置の測定箇所は、電解質シートの重心点の1箇所、および、電解質シートの重心点を通る1つの直線と、重心点を通り上記直線と45°、90°、135°の角度をなす直線により電解質シートを8分割し、分割された各領域において1箇所ずつの合計9箇所とする。なお、測定箇所は、電解質シートの大きさや形状に応じて適宜変更すればよい。
本発明の電解質シートは、上記平均山頂間距離が0.1μm以上30μm以下であり、上記平均谷底深さが0.05μm以上20μm以下であることが好ましい。平均山頂間距離が0.1μm未満または平均谷底深さが0.05μm未満の場合は、安定して陥没を製造することが困難である。一方、平均山頂間距離が30μm超または平均谷底深さが20μm超の場合は、電解質シート強度が低下して、ワイブル係数が劣るおそれがあり得る。
上記平均山頂間距離は、0.2μm以上が好ましく、より好ましくは0.3μm以上、さらに好ましくは0.5μm以上であり、20μm以下が好ましく、より好ましくは10μm以下、さらに好ましくは5μm以下である。上記平均谷底深さは、0.1μm以上が好ましく、より好ましくは0.2μm以上、さらに好ましくは0.3μm以上であり、10μm以下が好ましく、より好ましくは5μm以下、さらに好ましくは3μm以下である。
上記粗さ曲線において陥没内の凹部先端が鋭角でないかどうかは、以下のようにして確認する。まず、上記粗さ曲線の横軸(長さ方向)と縦軸(山の高さ方向や谷の深さ方向)のスケールを同じに調整したスケール調整粗さ曲線を作成する。すなわち、スケール調整粗さ曲線においては、例えば、作成された図において、縦軸のスケールを1目盛(1μm)=1mmとした場合は、横軸のスケールも1目盛(1μm)=1mmとなる。得られたスケール調整粗さ曲線において、凹部(谷)形状を観察し、凹部先端(谷底)Pを通り横軸に平行な線X(一点鎖線)を作成する。次いで、平行線X上の凹部先端Pから左右0.1μmの距離の点から法線Y1、Y2(二点鎖線)を引き、粗さ曲線とのそれぞれの交点Q、Rを求める。そして、交点Qと凹部先端Pとを結ぶ線PQと、交点Rと凹部先端Pとを結ぶ線PRとがなす角度θを測定し、その角度θが90°以上であり、スケール調整粗さ曲線がQからRまでの間において連続曲線であり、変曲点が無い形状の場合を鋭角となる部分が無い形状と言う。なお、粗さ曲線が連続曲線であるとは、すなわち、QからRまでの間において、どの点においても微分可能であることをいう。
上記陥没を有する面の表面粗さRaとしては、0.5μm以上7μm以下が好ましい。Raが0.5μm以上であれば、シート表面は十分に粗化されているといえ、表面積が大きく、また、電極との密着性も十分に高まる。また、Raが7μm以下であれば、強度が十分かつより確実に維持される。上記Raとしては、0.8μm以上がより好ましく、1.0μm以上がさらに好ましく、また、6μm以下がより好ましい。
本発明の電解質シートを構成する材料としては、酸化物イオン伝導性を有するセラミックであれば特に制限されないが、好ましくはジルコニア、セリアおよびランタンガレート酸化物からなる群から選択される少なくとも1種である。即ち本発明の電解質シートは、ジルコニウム、セリウム、ランタンおよびガリウムよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有することが好ましい。
上記ジルコニアを用いる場合には、酸化スカンジウム、酸化イットリウム、酸化セリウム、酸化イッテルビウムなどで安定化されたジルコニア;上記セリアを用いる場合にはイットリア、サマリア、ガドリニアなどでドープされたセリア;ランタンガレート酸化物を用いる場合には、ランタンガレートのランタンまたはガリウムの一部が、ストロンチウム、カルシウム、バリウム、マグネシウム、アルミニウム、インジウム、コバルト、鉄、ニッケル、銅などで置換されたランタンガレート型ペロブスカイト構造酸化物などを使用することができる。
特に、3モル%以上10モル%以下の酸化イットリウムで安定化されたジルコニア、4モル%以上12モル%以下の酸化スカンジウムで安定化されたジルコニア、4モル%以上15モル%以下の酸化イッテルビウムで安定化されたジルコニアを用いることが好ましい。また、これらの安定化ジルコニアに、アルミナ、シリカ、チタニアなどを焼結助剤や分散強化剤として添加した材料も好適に用いることができる。
本発明に係る電解質シートは、Ring−On−Ring強度(以下、「ROR強度」と略記する)の値を測定した場合、陥没を有さない以外は同一のシートの最低ROR強度値に対して、最低ROR強度値が1倍以上であることが好ましい。一般的に、少なくとも片面に複数の陥没を形成した場合には、強度は低下する。実際、本発明においても、最高ROR強度値は低くなる傾向がある。しかし、本発明により精密な陥没を複数形成した場合には、強度値は少なくとも維持され、かえって高くなる場合もある。その理由としては、必ずしも明らかではないが、グリーンシート表面に生じていた微細な欠陥が、陥没を形成するための押圧処理により解消されたことによると考えられる。
ROR強度は、ASTM F394−78に準拠して、測定対象となるシートと同様の方法で作製したグリーンシートを打ち抜いて30mmφのシートを作製し、それを試験片として測定する。具体的には、まず2軸万能強度試験機(インストロン社製,型式「4301」)のロード台に直径16mmのリング(下リング)が配置された治具を設置し、その上に試験片シートを載置し、さらに直径8mmのリング(上リング)を設置する。この時、試験片シートの中央部と下リングの中央部と上リングの中央部を一致させる。次いで、ロード速度0.5mm/分で加重台を降下させ、試験片シートに加重をかけ破壊試験を行い、試験片シートが破壊されるときの加重をROR強度とする。測定は、同一製法により同一時期に作製された試験片シート20枚に対して行い、その平均値を試験片シートのROR強度の指標とする。また、20枚の試験片シートのROR強度値のうち、最も低いROR強度値を最低ROR強度値という。
なお、一般的に用いられる3点曲げ強度試験や4点曲げ強度試験は、試験片シート端面の微小な傷(マイクロクラック)の影響を受け易く、その傷からの破壊によって強度が決まるので、材料自身の強度というよりは、端面の状態を加味した強度の指標になるといわれている。一方、ROR強度試験は、材料の中心付近から破壊が始まるため、端面の傷の影響を受け難く、材料自身の強度を示す指標になるといわれている。
本発明に係る電解質シートは、強度のばらつきが小さく均質性が高く、そのワイブル係数は5.0以上である。ワイブル係数が高いほど強度の均質性は高いといえ、ワイブル係数としては5.5以上がより好ましく、6.0以上がさらに好ましい。なお、本発明におけるワイブル係数は、上記の通り同一製法により作製された20枚の試験片シートのASTM F394−78に準拠したROR強度測定値から算出し、同一製法により作製された電解質シートの物性などの品質のばらつき度合いを示すものである。
本発明に係る電解質シートは、陥没を有さない以外は同一のシートのワイブル係数に対して、ワイブル係数が1倍以上であることが好ましい。本発明に係る電解質シートは、おそらくは陥没を形成するための押圧処理により均質化され、陥没を有さないシートに比べてワイブル係数が高くなる傾向がある。上記比率としては1.2倍以上がより好ましく、1.5倍以上がさらに好ましい。なお、本発明において「陥没を有さない以外は同一のシート」とは、後記の製法においてグリーンシートの段階で陥没を形成しない以外は同一の製法で且つ同一の時期に製造されたものであり、その結果として陥没を有さない以外は、組成や構造などにおいて同一であるシートをいう。但し、上記の通り本発明に係る陥没部を有する電解質シートについては、作製時に陥没部以外が盛り上がるため、ヘッド形状が平面であるマイクロメーターで測定した厚さの数値が、「陥没を有さない以外は同一のシート」よりも大きくなる傾向がある。
本発明の電解質シートの面積としては50cm2以上が好ましく、より好ましくは100cm2以上であり、1000cm2以下が好ましく、より好ましくは600cm2以下である。本発明の技術は、面積が50cm2以上1000cm2以下、厚みが30μm以上150μm以下のような、大判で薄膜の電解質シートにおいて、より効果を発揮するものである。
次に、本発明に係る電解質シートの製造方法につき説明する。
2.SOFC用電解質シートの製造方法
特に制限されるものではないが、本発明に係る電解質シートは、例えば、
少なくとも電解質シート材料粉末、溶媒およびバインダーを混合することによりスラリーを得る工程、
上記スラリーをシート状に成形した後に乾燥することにより電解質グリーンシートを得る工程、
電解質グリーンシートの片面または両面に、当該電解質グリーンシートに形成すべき陥没に対応する凸起を有するスタンパを、1秒間以上300秒間以下押圧することにより、陥没が形成された表面修飾電解質グリーンシートを得る工程、および、
上記表面修飾電解質グリーンシートを焼成する工程を含む方法により製造することができる。以下、各工程につき説明する。
(1) スラリー調製工程
電解質シート材料粉末としては、上述した電解質シート材料の粉末を用いることができる。電解質シート材料粉末は、電解質シートの所望の組成が決定されれば、その組成に従って、共沈法、均一沈殿法、ゾルゲル法、噴霧熱分解法、クエン酸溶解法、粉末混合法などの常法により製造することが可能である。
バインダーとしては、特に制限はなく、従来から知られている有機質バインダーを適宜選択して使用できる。有機質バインダーとしては、例えばエチレン系共重合体、スチレン系共重合体、アクリレート系および/またはメタクリレート系共重合体、酢酸ビニル系共重合体、マレイン酸系共重合体、ビニルブチラール系樹脂、ビニルアセタール系樹脂、ビニルホルマール系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、ワックス類、エチルセルロースなどのセルロース系樹脂などが例示される。これらのバインダーは単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、グリーンシート表面への陥没の形成のための加工性、グリーンシート成形性、焼成時の熱分解性などの点から、熱可塑性で、且つ数平均分子量が20,000以上250,000以下、ガラス転移温度が−40℃以上20℃以下の(メタ)アクリレート系共重合体が好ましいものとして推奨される。かかる数平均分子量は、常法により測定できる。しかし、市販のバインダーでカタログ値がある場合には、それを参照すればよい。
電解質シート材料とバインダーの使用比率は、電解質シート材料100質量部に対してバインダー15質量部以上が好ましく、より好ましくは16質量部以上であり、30質量部以下が好ましく、より好ましくは24質量部以下である。バインダーの使用量が不足する場合は、グリーンシートの成形性が低下し、また、強度や柔軟性が不十分となる。逆に、バインダーの使用量が多過ぎる場合は、スラリーの粘度調節が困難になるばかりでなく、焼成時のバインダー成分の分解放出が多く且つ激しくなって収縮率のバラツキも大きくなり、さらに、バインダーが残留カーボンとして残留し易くなる。
溶剤としては、メタノール、エタノール、2−プロパノール、1−ブタノール、1−ヘキサノールなどのアルコール類;アセトン、2−ブタノンなどのケトン類;ペンタン、ヘキサン、ヘプタンなどの脂肪族炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチルなどの酢酸エステル類などが挙げられ、これらから適宜選択して使用できる。これらの溶媒は単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。溶媒の使用量は、電解質グリーンシート成形時におけるスラリーの粘度を加味して適当に調節するのがよく、好ましくはスラリー粘度が1Pa・s以上50Pa・s以下、より好ましくは2Pa・s以上20Pa・s以下の範囲となる様に調整するのがよい。
スラリーには、電解質シート材料粉末、溶媒およびバインダー以外の成分も適宜配合してよい。その他の成分としては、例えば、分散剤、可塑剤、界面活性剤、消泡剤などを挙げることができる。
分散剤としては、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸アンモニウムなどの高分子電解質;クエン酸、酒石酸などの有機酸;イソブチレンまたはスチレンと無水マレイン酸との共重合体およびそのアンモニウム塩あるいはアミン塩;ブタジエンと無水マレイン酸との共重合体およびそのアンモニウム塩などを用いることができる。分散剤を用いることで、電解質シート材料の解膠や分散を促進することができる。
可塑剤としては、フタル酸ジブチル、フタル酸ジオクチル、フタル酸ジトリデシルなどのフタル酸エステル類;プロピレングリコールなどのグリコール類やグリコールエーテル類;フタル酸系ポリエステル、アジピン酸系ポリエステル、セバチン酸系ポリエステルなどのポリエステル類を用いることができる。可塑剤を用いることで電解質グリーンシートの加工性が向上し、陥没の形成が容易になる。
また、作製するグリーンシートの膜厚が40μm以上200μm以下と薄くなることに合わせて、上記各成分の粉砕・混合方法を見直し、グリーンシートの均一性や強度を改善した。グリーンシートが薄く、シートの均一性やハンドリング性が悪いと、精密陥没形状を作製した時に、陥没の均一性のばらつきが大きくなる傾向があり、焼成後のシートの強度も低下する傾向が見られた。そこで、ボールミルでの原料の粉砕・混合方法を見直し、原料粉末と分散剤および溶剤の混合・粉砕時間を、従来の0.5時間以上2時間以内程度から15時間以上25時間以内とした。その後、別容器で均一溶解混合したバインダー、可塑剤、溶剤などをボールミルに投入し、従来の混合時間である15時間以上25時間以内程度の混合を0.5時間以上2時間以内に短縮した結果、作製したグリーンシートは、ハンドリング性が良くなり、精密陥没形状が安定的に得られるようになった。最初のボールミルで、原料粉末が十分に粉砕・分散され、塗工して出来たグリーンシートの密度も上がり、保形性も上がったものと推察している。
上記各成分は、常法により混合すればよい。例えば、所望の二次粒子径を有する原料粉末を事前に得ている場合は、ディスパーなどを用い、それ以上粉砕されない条件で混合すればよい。原料粉末の二次粒子径を事前に調整していない場合には、ボールミルなどを用い、所望の二次粒子径となるまで粉砕混合してもよい。
(2) 電解質グリーンシート製造工程
次に、スラリーをシート状に成形した後に乾燥することにより電解質グリーンシートを得る。
スラリーをシート状に成形する方法は特に制限されず、ドクターブレード法や押出成形法などの常法を用いればよい。そして例えば、先ず、シート状に成形したスラリーを乾燥することにより長尺の電解質グリーンテープとする。
乾燥の条件は、使用した溶媒の種類などに応じて適宜調整すればよいが、通常は40℃以上、より好ましくは80℃以上で、150℃以下程度とする。乾燥は一定温度で行ってもよいし、50℃、80℃、120℃の様に順次連続的に昇温して加熱乾燥してもよい。
電解質グリーンテープの厚さは適宜調整すればよいが、所望の電解質シートの厚さを考慮して、40μm以上200μm以下が好適である。
次いで、電解質グリーンテープを任意の方法で適当な大きさに打抜き若しくは切断加工することによって電解質グリーンシートとしてもよい。電解質グリーンシートの好適な大きさは、正方形の場合は50mm角以上400mm角以下、円形の場合は50mmφ以上400mmφ以下である。
電解質グリーンシートの特性としては、スタンパを押圧する際の温度における引張試験での引張破壊伸び率が20%以上であることが好ましく、より好ましくは25%以上、さらに好ましくは30%以上であり、500%以下が好ましく、より好ましくは400%以下、さらに好ましくは300%以下である。また、スタンパを押圧する際の温度における引張試験での引張降伏強さが1.96MPa(20kgf/cm2)以上であることが好ましく、より好ましくは2.45MPa(25kgf/cm2)以上であり、19.6MPa(200kgf/cm2)以下が好ましく、より好ましくは17.6MPa(180kgf/cm2)以下、さらに好ましくは14.7MPa(150kgf/cm2)である。ここで、引張破壊伸びとは、試験片が破断した瞬間における引張応力に対応する伸びのことである。引張降伏強さとは、試験片を引張荷重で引っ張ったときの荷重−伸び曲線上で、荷重の増加無しに伸びの増加が認められる最初の点における引張応力、即ち試験片に加えられた引張り荷重を、試験片標線間内の元の断面積で除した値である。
また、電解質グリーンシートの特性としては、23℃の温度における引張試験時での最大応力が3.0MPa以上が好ましく、より好ましくは4.0MPa以上、さらに好ましくは5.0MPa以上であり、20.0MPa以下が好ましく、より好ましくは18.0MPa以下、さらに好ましくは15.0MPa以下である。また、23℃の温度における最大応力負荷時の伸び率が、5.0%以上が好ましく、より好ましくは7.0%以上、さらに好ましくは10.0%以上であり、30.0%未満が好ましく、より好ましくは25.0%以下、さらに好ましくは20.0%以下である。
最大応力と最大応力負荷時の伸び率を測定するには、先ず、引張試験機などを用いてグリーンシート試料に引張応力を与え、当該応力と歪みを測定することによりSSカーブを測定する。なお、SSカーブとは、応力(Stress)歪み(Strain)との関係をグラフにしたものである。次いで、得られたSSカーブより、グリーンシート試料が破断するまでに負荷される最大の応力を最大応力、最大応力が負荷される点におけるグリーンシート試料の伸び率を最大応力負荷時の伸び率として求める。
上記物性のグリーンシートを製造するためには、上記バインダーとして、数平均分子量が50,000以上200,000以下、ガラス転移温度が−30℃以上10℃以下である(メタ)アクリレート系共重合体を用いることが特に好ましい。また、バインダーとしての当該共重合体の含有量を、固形分換算で、上記電解質シート材料100質量部に対して12質量部以上30質量部以下とすることが好ましい。
(3) 表面修飾電解質グリーンシートの製造工程
次に、電解質グリーンシートの片面または両面に、当該電解質グリーンシートに形成すべき陥没に対応する凸起を有するスタンパを、1秒間以上300秒間以下押圧することにより、上記陥没が形成された表面修飾電解質グリーンシートを得る。
本工程で用いるスタンパは、電解質グリーンシートの表面に所望の上記陥没を形成するための凸起を表面に有し、電解質シートに押圧することによりその表面に所定の陥没を形成することができる。
本発明に係るスタンパは、複数の凸起を有し、凸起の基底面形状が、円形、楕円形、もしくは頂点部の形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である角丸多角形であり、および/または、その立体形状が、半球形、半楕円球形、もしくは頂点および稜の断面形状が曲率半径0.2μm以上の曲線である多面体であり、上記凸起の基底面の平均円相当径が1.2μm以上200μm以下であり、上記凸起の平均高さが1.1μm以上100μm以下である。
スタンパにおける凸起の数、スタンパを規定する文言の定義や好適な態様などは、電解質シートに関する上記説明と同様にすることができる。
スタンパにおける凸起の基底面の円相当径は、1.2μm以上200μm以下であり、好ましくは1.5μm以上、より好ましくは2.0μm以上であり、また、好ましくは180μm以下、より好ましくは150μm以下である。上記円相当径が上記範囲内であれば、基底面形状が所望の平均円相当径を有する陥没を電解質シートに容易に形成することができる。なお、凸起は、異なる円相当径を有するものを複数種類有していてもよいが、全ての凸起の円相当径が同じであることが好ましい。
スタンパにおける上記凸起の高さは、2.0μm以上が好ましく、より好ましくは4.0μm以上、さらに好ましくは5.0μm以上であり、80μm以下が好ましく、より好ましくは60μm以下、さらに好ましくは50μm以下である。上記凸起の高さが上記範囲内であれば、電解質シートに所望の深さを有する陥没を容易に形成することができる。なお、凸起は、異なる高さを有するものを複数種類有していてもよいが、全ての凸起の高さが同じであることが好ましい。
上記スタンパの凸起頂点の間隔、即ち隣接する2つの凸起頂点の間隔は、一定であっても不定であってもよいが、一定間隔であることが好ましい。上記間隔は陥没の平均円相当径を考慮し、各陥没が重ならないようにすることが好ましい。そのため、上記間隔と凸起の平均円相当径との差(間隔−平均円相当径)が、0.2μm以上が好ましく、より好ましくは1.0μm以上であり、50μm以下が好ましく、より好ましくは30μm以下である。さらに、凸起の基底面付近には、径方向外方に向けてテーパーが設けられている方が、離型性に優れるので好ましい。
スタンパに凸起を形成する方法としては、金属製材料または樹脂製材料に凸起を形成することができれば何れの方法であってもよいが、好ましくは光学式情報記録媒体である光ディスクや光磁気ディスクの製造に用いられる微細パターンを転写するスタンパの製法がそのまま応用できる。即ち、光ディスクなどの作製に用いられるフォトリソグラフィーと電鋳技術によって容易に作製できる。スタンパの材質は金属製もしくは樹脂製のものが好ましい。また金属製材料と樹脂製材料との組合せ、もしくは同一材料から構成されていてもよい。また、スタンパは、基板部と、凸起が形成された押圧部とから構成されるものであってもよい。この場合、基板部と押圧部は、異なる材料であってもよいし、同一材料から構成されていてもよい。
金属製材料としては、超硬タングステン、ステンレス鋼、ステライト、ニッケル系金属、ニッケル系合金、特殊鋼、超硬合金等の金属材料を挙げることができる。また、樹脂製材料としては、ポリアセタール、ポリアミド、ポリカーボネート、変性ポリフェニレンエーテル、ポリブチレンテレフタレート、ポリアリレート、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリエーテルイミドなどのエンジニアリングプラスチックや、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、ポリフッ化ビニリデン、ポリクロロトリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレンパーフルオロアルキルビエーテル共重合体などのフッ素樹脂を挙げることができる。これらの中でも、フォトリソグラフィーと電鋳技術によってスタンパを作製する場合には、ニッケル系金属が好適である。特に、スタンパを基板部と押圧部から構成する場合、押圧部は陥没孔形成後のグリーンシートからの型を剥離する際の離型性に優れたフッ素樹脂が好適である。また、押圧部に金属製材料を用いる場合は、当該グリーンシートから金属製型の剥離性をよくするために、押圧部を上記フッ素樹脂で表面処理することが好ましい。
上記スタンパを電解質グリーンシートに押圧する方法は、特に限定されず、公知のプレス機に取り付けたスタンパを電解質グリーンシートに押圧すればよい。具体的には、例えば電解質グリーンシートを2枚のスタンパの間に挟み、あるいは、電解質グリーンシートをスタンパの上に載置し、これらをプレス機の下側ステージに載置して、上側ステージから加圧することによって陥没を形成する。この時、電解質グリーンシートに形成される陥没の深さや円相当径は、押圧力、押圧時間、押圧温度やグリーンシート温度などにより調節することができる。即ち、押圧力が高いほど、押圧時間が長いほど、押圧温度が高いほど、グリーンシートの陥没を容易に形成することが出来る。
スタンパを押圧する押圧力は1.96MPa(20kgf/cm2)以上が好ましく、より好ましくは2.94MPa(30kgf/cm2)以上、さらに好ましくは9.81MPa(100kgf/cm2)以上であり、49.0MPa(500kgf/cm2)以下が好ましく、より好ましくは39.2MPa(400kgf/cm2)以下、さらに好ましくは29.4MPa(300kgf/cm2)以下である。上記押圧力が1.96MPa以上であれば、電解質グリーンシートに陥没を十分形成することができる。また、上記押圧力が49.0MPa以下であればエネルギーや時間の無駄が少なく、押圧処理後に陥没が形成された電解質グリーンシートをスタンパから剥離できないという問題が生じ難い。さらに、かかる範囲で押圧処理を行なえば、それぞれ押圧力または押圧時間に応じて得られるグリーンシートの粗度を調節し易くなるという利点もある。なお、凸起を有するスタンパを押圧する際は、凸起のみが電解質グリーンシートに押圧されるようにすることが好ましい。
本発明においては、スタンパの押圧時間を1秒間以上300秒間以下とする。当該時間が1秒間以上であれば、おそらく電解質グリーンシートに形成される陥没の均一度がより一層高まる結果、電解質シートのワイブル係数が高まると考えられる。一方、当該押圧時間が長過ぎると電解質シートの製造効率が低下するおそれがあり得るため、当該押圧時間としては300秒間以下が好ましい。当該押圧時間としては、1.5秒間以上がより好ましく、2秒間以上がさらに好ましく、また、240秒間以下がより好ましく、180秒間以下がさらに好ましく、150秒間以下が特に好ましい。なお、電解質グリーンシートに形成される陥没の均一度を特に高めるために、例えば、スタンパの押圧時にグリーンシートを90°ずつ4回回転させながら、計4回押圧することが有効である。この場合、スタンパの押圧時間は、それぞれの回転方向での押圧時間の合計時間である。
また、スタンパを押圧する際の電解質グリーンシート温度が高くなるほどグリーンシートの柔軟性が増し、陥没が型どおりの形状に転写され易くなる。しかし温度制御による粗度の調節は、温度の制御手段が必要となるだけでなく、温度を上げ過ぎるとスタンパがグリーンシートに接着されて、押圧後にグリーンシートからスタンパを剥離し難くなるなど、制御が難しい場合がある。よって、押圧時における電解質シートの温度は20℃以上が好ましく、より好ましくは30℃以上であり、80℃以下が好ましく、より好ましくは60℃以下である。
電解質グリーンシートをスタンパで挟んだものを、さらにアクリル板、木板、金属板などで挟み、これを積み重ねることによって、多数の電解質グリーンシートを同時に複数押圧処理することもできる。なお、使用するプレス機の種類は特に制限が無く、1軸、2軸、4軸などのプレス機が使用されるが、4軸プレス機がグリーンシートに均一な押圧力がかかりやすく好ましい。
押圧処理後は、スタンパからの電解質グリーンシートの剥離を、好適には3時間以内、より好ましくは1時間以内、さらに好ましくは10分以内に行なう。必要以上に放置すると、剥離できなくなる場合がある。
(4) 焼成工程
次に、上記のようにして得られた陥没が形成された表面修飾電解質グリーンシートを焼成することにより、本発明に係る電解質シートとすることができる。
具体的な焼成の条件は特に制限されず、常法によればよい。例えば、電解質グリーンシートからバインダーや可塑剤などの有機成分を除去するために150℃以上600℃以下、好ましくは250℃以上500℃以下で、5時間以上80時間以下程度処理する。次いで、1000℃以上1600℃以下、好ましくは1200℃以上1500℃以下で、2時間以上10時間以下保持焼成することによって、陥没が形成された電解質シートを得る。
3.SOFC用単セル
次いで、SOFC用単セルについて説明する。本発明のSOFC用単セルは、上記の本発明に係る電解質シートを固体電解質として含むことを特徴とする。
本発明の電解質シートは、その表面に所定の大きさや形状を有する陥没が形成されている。従って、本発明の電解質シートをSOFC単セルの電解質膜とした場合、電極との接触面積が大きいことから効率的な発電が可能になり、また、電極との密着性が高いことから長期にわたる安定的な発電が可能になる。さらに、クラック発生の起点と成る箇所が少ないことから、シート強度とそのワイブル係数も高まり、電解質シートの信頼性が向上する。
本発明のSOFC用単セルは、電解質シートの一方の面に燃料極を形成し、他方の面に空気極をスクリーン印刷などで形成することで得られる。ここで、燃料極と空気極の形成の順序は特に制限されないが、必要焼成温度の低い電極を先に電解質シート上に製膜して焼成した後、他方の電極を成膜して焼成してもよいし、或いは燃料極と空気極を同時に焼成してもよい。また、電解質シートと空気極との固相反応による高抵抗成分が生成するのを防止するために、電解質シートと空気極との間にバリア層としてのセリア中間層を形成してもよい。この場合は、中間層を形成した面または形成すべき面とは逆の面上に燃料極を形成し、中間層の上に空気極を形成する。ここで、中間層と燃料極の形成の順序は特に制限されず、また、電解質シートの各面にそれぞれ中間層ペーストと燃料極ペーストを塗布乾燥した後に焼結することによって、中間層と燃料極を同時に形成してもよい。
燃料極および空気極の材料、さらには中間層材料、また、これらを形成するためのペーストの塗布方法や乾燥条件、焼成条件などは、従来公知の方法に準じて実施できる。
ここで、SOFCにおいては、電解質を透過した酸素は、三相界面(電解質シート/電極/ガス相)にて電極反応を生じる。従って、電解質シートの表面積を増加させ、電極材料との接点を増加させることにより、燃料電池の電力密度を向上させることができる。そのため、SOFC用電解質シートに陥没を形成し、当該SOFC用電解質シート上に、燃料極および/または空気極を直接形成する場合においては、当該燃料極または空気極を構成する電極粒子のうち、少なくとも1種はその平均粒子径を、上記陥没の平均円相当径の20分の1以下とすることが好ましい。こうすることにより、電解質シートに形成された陥没内に複数の電極粒子が入り込むことができ、電解質シートと電極粒子との接点をより増加させることができ、密着性をより一層高めることができる。上記電極粒子の平均粒子径は、上記陥没の平均円相当径の30分の1以下がより好ましく、さらに好ましくは40分の1以下である。好ましくは、密着性をさらに高めるために、各電極を構成するすべての電極粒子の平均粒子径を上記陥没の平均円相当径の20分の1以下、30分の1以下または40分の1以下とする。
電解質シートに燃料極および空気極と中間層が形成された本発明に係るSOFC用単セルは、電解質と電極または中間層との接触面積が大きいことから耐久性と発電性能に極めて優れる。よって本発明は、性能に優れたSOFCの電解質膜として利用可能な電解質シートを製造できるものとして、燃料電池の実用化に寄与し得るものである。
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例1: 精密陥没6ScSZシートの作製
(1) ジルコニアグリーンシートの作製
6モル%スカンジウム安定化ジルコニア粉末(第一稀元素社製、商品名「6ScSZ」,比表面積:11m2/g,平均粒子径:0.5μm,以下6ScSZと記す。)100質量部に対して、メタアクリレート系共重合体(数平均分子量:100000,ガラス転位温度:−8℃,固形分濃度:50質量%)からなるバインダーを固形分換算で17質量部、可塑剤としてジブチルフタレート3質量部を、トルエン/イソプロパノール(質量比:3/2)の混合溶剤と共にナイロンポットに投入し、60rpmで20時間ミリングして原料スラリーを調製した。このスラリーを減圧脱泡容器へ移し、3.99kPa〜21.3kPa(30Torr〜160Torr)に減圧して濃縮・脱泡し、粘度が2.5Pa・sの塗工用スラリーとした。
得られた塗工用スラリーを塗工装置のスラリーダムに移して、塗工部のドクターブレードによってPETフィルム上に連続的に塗工し、塗工部に続く110℃の乾燥炉に0.15m/分の速度で通過させて溶剤を蒸発させ、乾燥させることにより、厚さ約180μmの6ScSZグリーンシートを成形した。得られたグリーンシートは、23℃における引張試験による引張破壊伸び率が15%であり、且つ、引張降伏強さが13.9MPa(142kgf/cm2)であった。当該6ScSZグリーンシートを約12cm角に切断した。
(2) スタンパの作製
清浄なガラス基板の上に、光硬化性のフォトレジストを塗布し、直径110μmの円形孔が8μm間隔で並んでいるフォトマスクでカバーし、露光した。現像後、未硬化のレジストを流し出した後、エッチングしレジストの角を取った。次いで、Niメッキ厚が0.3mmになるまで電鋳を行い、ガラス基板からそのNi板を剥離し、フォトレジストを除去して、直径110μm、高さ50μmの半球形突起を持ち、当該半球型突起が形成されているパターンエリアが144μm角であるスタンパを得た。なお、隣接する半球形突起の頂点の間隔は120μmである。さらに、突起側表面をフッ素樹脂でコーティングした。
(3) 精密陥没の形成
上記(1)のグリーンシートを加熱テーブルの上に載置し、その上に上記(2)のスタンパを重ね、加熱テーブル/グリーンシート/スタンパの積層体とした。この積層体を圧縮成形機(神藤金属工業所製,型式「S−37.5」)のプレス部に載置し、押圧温度25℃、押圧力22.5MPa(230kgf/cm2)、押圧時間2秒間の条件で加圧した。スタンパをグリーンシートから剥離して、精密陥没が形成された6ScSZグリーンシートを得た。
(4) 焼成
(3)のグリーンシートを40mmφのトムソン刃で打ち抜き、1400℃で3時間焼成することにより、約30cmφ、厚さ91μmの6ScSZ電解質シートの強度試験サンプルを得た。得られた6ScSZ電解質シートの陥没の平均円相当径、平均深さ、表面粗さRaおよびROR強度を測定し、ワイブル係数を算出した。なお、ROR強度は20枚のシートで測定し、最低ROR値を求めた。これらの結果を表1に示す。
比較例1: 未処理6ScSZシートの作製
上記実施例1(1)の6ScSZグリーンシートに陥没を形成せず、そのまま上記実施例1(4)の条件で打抜きおよび焼成し、約30cmφの未処理6ScSZシートを作製した。表面粗さRa、ROR強度およびワイブル係数などを表1に示す。
実施例2および比較例2,3: 6ScSZシートの作製
上記実施例1と比較例1において、グリーンシート厚さまたはスタンパを変更した以外は同様にして、電解質シートを作製した。陥没形状やROR強度などを表1に示す。
試験例1: Ring−On−Ring強度測定
ASTM F394−78に準拠して、各焼成シートのRing−On−Ring(ROR)強度を測定した。具体的には、まず2軸万能強度試験機(インストロン社製,型式「4301」)のロード台に直径16mmのリング(下リング)が配置された治具を設置し、その上にシートを載置し、さらに直径8mmのリング(上リング)を設置した。この際、焼成シートの中央部と下リングの中央部と上リングの中央部を一致させた。次いで、ロード速度0.5mm/分で加重台を降下させることにより焼成シートに加重を負荷し、焼成シートが破壊されるときの加重を読み取り、ROR強度とした。測定は、各焼成シートにつき20枚行い、それぞれのROR強度を算出し、最低ROR値を求めた。結果を表1,2に示す。
試験例2: ワイブル係数の計算
国際規格であるISO 20501:2003に準拠して、上記試験例1で測定した各20枚の焼成シートのROR強度値からワイブル係数を計算した。結果を表1,2に示す。
表1に示す結果の通り、本発明に係る精密陥没シートは、表面に複数の陥没が形成されているにもかかわらず、陥没が形成されていない未処理シートに比べ、強度が同等かかえって勝っており、且つワイブル係数が高く、均質で高品質なものであることが分かる。但し、比較例2と比較例3との比較の通り、シート厚に対する陥没深さの比を大きくし過ぎると、強度およびワイブル係数の比の両方が低下した。
実施例3〜6および比較例4〜7: 安定化ジルコニアシートの作製
上記実施例1と比較例1において、原料粉末としてスカンジアセリア安定化ジルコニア未焼結粉末(第一稀元素社製,商品名「10Sc1CeSZ」,比表面積:10.8m2/g,平均粒子径:0.60μm)またはイットリア安定化ジルコニア(第一稀元素社製,商品名「HSY−8.0」,比表面積:10.0m2/g,平均粒子径:0.50μm)を用い、グリーンシート厚さを変更した以外は同様にして、電解質シートを作製し、陥没の平均円相当径、平均深さ、表面粗さRaおよびROR強度を測定し、ワイブル係数を算出した。結果を表2に示す。
表2に示す結果の通り、原料粉末を変更した場合であっても、本発明に係る精密陥没シートは、陥没が形成されていない未処理シートに比べて強度が同等かかえって勝っており、且つワイブル係数が高く、均質で高品質なものであった。
比較例8: 従来粗化処理10Sc1CeSZシートの作製
上記実施例5において得られた10Sc1CeSZグリーンシートを、粗化用紙で挟み、上記実施例1(3)で用いた圧縮成形機を用い、押圧温度25℃、押圧力45MPa、押圧時間2秒間の条件で加圧することにより、表面を粗化した後、実施例1(4)の条件で焼成し、従来粗化処理10Sc1CeSZシートを作製した。当該シートの片面のRaは、実施例5のシートと同じく0.78であった。上記試験例1の条件でROR強度を測定した。その結果を、実施例5および比較例6のシートと共に表3に示す。
表3に示す結果の通り、紙を使ってシートを粗化した場合には、本発明に係るシートと表面粗度Raが同等であっても、未処理シートに比べて強度がかえって低下してしまった。
試験例3: シートの拡大観察
上記比較例6および実施例5のシートをレーザー光学式非接触三次元形状測定装置(UBM社製,「マイクロフォーカスエキスパート」)で500倍に拡大観察した写真を、それぞれ図1,2(A)に示す。また、三次元形状斜視図をそれぞれ図1,2(B)に示す。さらに、表面粗さ測定器(ミツトヨ社製,「サーフテスト SJ−210」)を用いて測定した図1,2(A)の線上の表面粗さ曲線を図1,2(C)に示す。
図1(C)の通り、未処理シートの表面は当然に平坦であるが、非常に微細な凹凸が認められる。それに対して図2(C)の通り、おそらくは陥没形成時の押圧処理により、特に凹部表面が平滑化されていることが分かる。
試験例4: シートの拡大観察
上記比較例8のシートを任意に2枚選択し、レーザー光学式非接触三次元形状測定装置(UBM社製,「マイクロフォーカスエキスパート」)で500倍に拡大観察した写真を図3(A),(B)に、また、三次元形状斜視図を図3(C),(D)に示す。さらに、比較例7においてシートの粗化に用いた紙の表面粗さ曲線を、表面粗さ測定器(ミツトヨ社製,「サーフテスト SJ−210」)を用いて測定した結果を図4(A),(B)に示す。
図3の通り、紙を用いて表面を粗化した従来の表面粗化シートの表面形状は不均一であり、大きく抉れている箇所も認められた。また、図4の通り、粗化用紙の表面の凹凸はシャープな形状を示しており、グリーンシートにはかかるシャープな凸部の形状が転写されて焼結シートの凹部形状がシャープなものとなり、発電時などにそこから欠陥が拡大する可能性がある。
試験例5: ワイブル係数の比較
比較のため、実施例4と比較例5の測定結果を表4と図5に、実施例5、比較例6および比較例8の測定結果を表5と図6にまとめる。
一般的に電解質シートを粗化すると表面積が大きくなって発電性能が向上するものの、強度が低下するといわれている。未処理シート(比較例5,6)と従来の粗化処理シート(比較例8)の試験結果を比較すると、図5と表4,5に示す結果の通り、従来粗化処理シートではおそらくは粗化時の押圧処理によりシートが均質化しているものの、強度は全体的に低下した。一方、本発明に係る精密陥没シート(実施例4,5)の場合、最大強度値は未処理シートに比べて低くなっているものの、ワイブル係数が高くなっており均質化していると共に、最小強度値が高くなっており、平均強度値はかえって向上していた。その理由としては、陥没の形成が強度の低下につながったものの、陥没の形状よりその程度は小さく、かえって、微細な欠陥の修復により全体的には強度が向上したものと考えられる。
試験例6: 陥没深さと表面粗さRaとの相関性
上記実施例1〜6で作製した電解質シートに関して、平均陥没深さと表面粗さRaとの関係を図7に示す。図7に示す結果の通り、平均陥没深さと表面粗さRaとの間には明確な相関性が認められる。
通常、電解質シートに所定の表面粗さを付与する場合、焼成後のシートの表面をサンドブラストの様な方法で粗化する方法が知られている。しかしこの場合、シートの強度が極端に弱くなることと、個々の粗化後のシートの表面粗さの均一性が得られ難いという問題があった。また、焼成前のグリーンシートの表面を紙などにより粗化して焼成するという方法もあるが、複数のグリーンシートを粗化するうちに表面粗さが変化し、所定の表面粗さを安定的に得ることが難しいという問題があった。
それに対して、本発明の通り金属性の精密スタンパを使った場合、一定の圧力と時間を負荷すれば、表面粗さのばらつきが無く、また再現性良く所定の表面粗さを持つシートが得られることが実証された。
試験例7: 空気極対称セルの作製
実施例4および比較例5で作製された電解質シートの表裏に、LSM系カソード(LaSrMnO/10Sc1CeSZ=60/40(質量比))をペースト化し、カソード電極サイズが1cm×1cmになるように塗布し、1150℃で2時間焼成した。
本発明に係る精密陥没シートから作製した空気極セルの断面の1000倍拡大写真を図8Aに、未処理シートから作製した空気極セルの断面の1000倍拡大写真を図8Bに示す。さらに、本発明に係る精密陥没シートから作製した空気極セルの断面の陥没部分の10,000倍拡大写真を図9Aに、50,000倍拡大写真を図9Bに示す。
図8,9、特に図9Bより、本発明に係る精密陥没シートは、その表面に陥没が存在していても、電極との密着性が極めて高いことが分かる。
試験例8: 分極抵抗の測定
試験例7で作製した空気極対称セルの両面に金のメッシュを貼り付け、小型SOFC評価装置(チノー社製,「FC−5300」)に設置し、インピーダンス測定装置(ソーラトロン社製,「FRA 1260」)に配線をつないだ。その後、大気雰囲気で、室温から800℃まで、昇温した。交流インピーダンスは、その周波数を10mHz〜1000KHzまで変化させて測定した。結果を図10に示す。また、測定温度を800℃から600℃の間で変更し、同様に分極抵抗を測定した。結果を図11に示す。
また、比較のために、上記実施例4においてスタンパを変更した以外は同様にして、シート厚さに対する平均陥没深さの比が小さい比較例9の電解質シートを作製し、上記実施例8と同様にして当該電解質シートから空気極対称セルを作製した。当該空気極対称セルについても、800℃での分極抵抗を測定した。実施例4、比較例5および比較例9の電解質シートから作製した空気極対称セルの分極抵抗値を表6に示す。
図10に示す結果の通り、未処理シートから作製したLSM空気極対称セルの分極抵抗が0.420Ωcm2であるのに対して、本発明に係る精密陥没シートから作製したLSM空気極対称セルの分極抵抗は0.351Ωcm2と、分極抵抗は明らかに小さくなっていた。また、800℃から600℃の間の温度範囲全般にわたり、未処理シートから作製したLSM空気極対称セルの分極抵抗に比べて本発明に係る精密陥没シートから作製したLSM空気極対称セルの分極抵抗の方が低く、燃料電池として優れたものであることが証明された。
また、表6に示す結果の通り、たとえ電解質シートに精密陥没を形成しても、シート厚に対する平均陥没深さの比が小さ過ぎる場合には、分極抵抗の多少の改善は見られるものの、その程度は満足できるものではなかった。しかし本発明に係る精密陥没シートを含むセルの分極抵抗は、十分に低く満足できるものであった。