JP6722511B2 - 浸炭用焼結鋼、浸炭焼結部材およびそれらの製造方法 - Google Patents

浸炭用焼結鋼、浸炭焼結部材およびそれらの製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、表面(疲労)強度等に優れた浸炭焼結部材と、その製造に適した浸炭用焼結鋼と、それらの製造方法に関するものである。
負荷増大と小型軽量化の両立が要求される機械装置では、各部材に高(疲労)強度等が要求される。例えば、高出力化と小型軽量化による省燃費化等が要求される最近の自動車の場合、変速機等を構成する各種の歯車には、高い歯元(疲労)強度のみならず、高い歯面(疲労)強度(単に「面圧強度」ともいう。)も要求される。
歯面の損傷は、摩耗性、剥離(ピッチング)、融着(スコーリング)等により生じ得るが、いずれに対しても、歯面(歯車の表面部)を硬化させて、面圧強度等を高めることが基本的な対策となる。そこで従来の高負荷歯車では、溶製材からなる肌焼鋼を鍛造等により成形した後、浸炭焼入または浸炭窒化(本明細書では両者を併せて単に「浸炭処理」という。)を施して、歯面を硬化させていた。
ところで、潤滑下で使用される歯車でも、その歯面は運転中に高温となる。このため、面圧強度(特に耐ピッチング性)等の向上には、(高温)焼戻硬さの確保が重要であると考えられている。これに関連する提案が、例えば、下記の特許文献でなされている。
特開2001−140020号公報 特開2001−192765号公報 特開2002−194492号公報 特開2011−6734号公報 WO2011/30827号公報 特開2012−67325号公報
特許文献1〜5は、従来の肌焼鋼等に対してSi含有量を増加させて、焼戻しによる軟化を抑制している。しかし、それらはいずれも溶製材に関するものである。
特許文献6には、歯切工具材料(ホブ等)に適した粉末高速度工具鋼(合金鋼)に関する記載がある。この合金鋼は、Siを3〜6%も含有させて、高温焼戻し軟化抵抗を高めたものである。但し、合金鋼は、合金元素(Cr、Co、Mo、W等)を合計で30%以上も含む高炭素鋼(C:2〜3%)であり、HIP処理した後に、焼入れ・焼戻しされたものである。このような合金鋼は、内柔外硬な特性が要求される歯車等の部材には適用できず、また、浸炭処理に供されるものでもない。
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、(ニア)ネットシェイプ等によって溶製材よりも加工コスト等の大幅な削減を図れる焼結材からなることを前提に、面圧強度等に優れた浸炭焼結部材と、その製造に適した浸炭用焼結鋼と、それらの製造方法を提供することを目的とする。
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、Si源粉末を用いてSi量を増加させた焼結材を浸炭処理することにより、内柔外硬な浸炭焼結部材を得ることに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
《浸炭用焼結鋼》
(1)本発明の浸炭用焼結鋼は、全体を100質量%(単に「%」という。)として下記の成分組成を満たし、浸炭処理に供されるものである。
Si:0.5〜3.5%、C:0.1〜0.5%、Mo、Ni、Cr、MnおよびVから選択される一種以上の合金元素の合計:0.05〜7%、残部:Feおよび不可避不純物
(2)本発明の浸炭用焼結鋼(単に「焼結鋼」ともいう。)を用いれば、浸炭処理(浸炭窒化処理も含む)により表面部の硬質化が図られると共に、焼戻し後でも、その表面部の硬さの低下が抑制された浸炭焼結部材が得られる。この浸炭焼結部材は、正に内柔外硬な組織からなり、焼結材であっても従来の溶製材に相当するような高い面圧強度等(耐摩耗性や耐ピッチング等)を発揮し得る。従って本発明の焼結鋼を用いれば、(ニア)ネットシェイプ等による加工コストの削減を図りつつ、高い面圧強度等を有する部材を得ることが可能となる。
《浸炭焼結部材》
本発明は、上述したような浸炭処理前の焼結鋼としてのみならず、その焼結鋼を浸炭処理した浸炭焼結部材(単に「焼結部材」ともいう。)としても把握できる。すなわち本発明は、上述した浸炭用焼結鋼からなる基材と、該基材の表面にある浸炭層とを備える浸炭焼結部材であってもよい。上述した焼結鋼は(高温)焼戻し軟化抵抗にも優れるため、本発明に係る浸炭層は、浸炭焼入れ後に(高温)焼戻しされたものであっても、十分な硬さを維持し得る。例えば、その焼戻し後の浸炭層の表面硬さは、650〜1050Hv、700〜900Hvさらには750〜800Hvともなり得る。
《浸炭用焼結鋼の製造方法》
本発明は、上述した焼結鋼の好適な製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、純鉄または鉄合金からなる鉄系粉末とSi源粉末を少なくとも含む混合粉末からなる成形体を加熱して焼結体とする焼結工程を備え、前記混合粉末は、全体を100質量%(単に「%」という。)として下記の成分組成を満たす浸炭用焼結鋼の製造方法でもよい。
Si:0.5〜3.5%、C:0.1〜0.5%、Mo、Ni、Cr、MnおよびVから選択される一種以上の合金元素の合計:0.05〜7%、残部:Feおよび不可避不純物
《浸炭焼結部材の製造方法》
本発明は、上述した焼結部材の好適な製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、上述した浸炭用焼結鋼からなる基材を浸炭焼入れする浸炭工程と、該浸炭工程後の基材を焼戻す焼戻工程と、を備える浸炭焼結部材の製造方法でもよい。
《その他》
(1)本明細書では、特に断らない限り、硬さの指標としてビーカス硬さ(Hv)を用いる。焼結部材の表面部(浸炭層)の表面硬さは、マイクロビーカス硬度計により、圧子の押付け荷重:100gfとして測定する。この測定は、最表面から深さ50μmの位置で5回(5箇所)行う。こうして得られた測定値の相加平均値を、浸炭層の表面硬さとする。なお、焼結体(基材)の硬さは、圧子の押付け荷重:30kgfとしてビーカス硬度計により測定して求める。
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。また本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
粒度調整していない鉄系粉末を用いて製造した浸炭焼結部材の高温焼戻し後の表面硬さとSi量の関係を示す分散図である。 粒度調整した鉄系粉末を用いて製造した浸炭焼結部材の高温焼戻し後の表面硬さとSi量の関係を示す分散図である。 粒度調整していない鉄系粉末を用いて製造した浸炭焼結部材の硬さ変化量とSi量の関係を示す分散図である。 粒度調整した鉄系粉末を用いて製造した浸炭焼結部材の硬さ変化量とSi量の関係を示す分散図である。 単独添加したSi源粉末の種類と浸炭焼結部材の硬さ変化量との関係を示す棒グラフである。 複合添加したSi源粉末の種類と浸炭焼結部材の硬さ変化量との関係を示す棒グラフである。 鉄系粉末の種類と浸炭焼結部材の硬さ変化量との関係を示す棒グラフである。
上述した本発明の各構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、焼結鋼、焼結部材のみならず、それらの製造方法にも該当し得る。製造方法に関する構成要素も、一定の場合、物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
《成分組成/混合粉末》
本発明の焼結鋼は、主成分(残部)であるFeの他、C、Siおよび一種以上の合金元素と不可避不純物を含む。なお、成分組成または配合組成を示す「%」は、特に断らない限り、質量%を意味する。
(1)Cは、固溶、マルテンサイトの生成または炭化物の析出により焼結鋼(基材)を強化する。Cが過少ではその効果が乏しいが、Cが過多になると焼結鋼(基材)の靱性等が低下し得る。浸炭処理による内柔外硬な金属組織を得る観点から、Cは0.1〜0.5%さらには0.15〜0.35%であると好ましい。
Cは、単体で供給されてもよいし、Cを含有した合金(Si含有合金を含む。)または炭化物(ケイ化物を含む)として供給されてもよい。もっとも、混合粉末の調製(配合)や成形性を考慮すると、Cは、鉄系粉末等とは別に、黒鉛(Gr)のようなC源粉末として主に供給されると好ましい。
(2)Siは、脱酸剤として作用したり、固溶等して焼結鋼(基材)を強化する他、いわゆる焼戻し軟化抵抗を発現する。焼戻し軟化抵抗は、Siがセメンタイト(FeC)の析出を抑制して、焼戻しの際に、マルテンサイトがフェライトとセメンタイトへ変化することを抑止(高温側へシフト)して生じる。Siが過少ではその効果が乏しく、Siが過多になると、添加量に対する硬さの上昇が小さく、原料コストの上昇や浸炭性の低下を招き好ましくない。そこでSiは0.5〜3.5%、0.6〜3%、0.7〜3.3%、0.8〜2.5%さらには0.9%〜1.8%であると好ましい。
Siも、単体で供給されてもよいし、Siを含有した合金または化合物として供給されてもよい。但し、成形性を確保しつつ、含有量(配合量)を比較的多くするために、Siは鉄系粉末と別なSi源粉末として供給されると好ましい。Si源粉末としては、例えば、純Si粉末、ケイ化物粉末、Si含有合金粉末がある。ケイ化物粉末は、例えば、SiC粉末、Si粉末等である。Si含有合金粉末は、例えば、フェロシリコン(ケイ素鉄)粉末、SiおよびMnを含む鉄合金または鉄化合物からなるFe−Mn−Si粉末(単に「FeMS粉」ともいう。)、Si、MnおよびCを含む鉄合金または鉄化合物からなるFe−Mn−Si−C粉末(単に「FeMSC粉」ともいう。)等である。
FeMS粉またはFeMSC粉の組成は特に問わない。脱酸剤として市販されているものを利用すれば、それらの粉末を安価に調達できる。もっとも、Si源粉末として利用するFeMS粉またはFeMSC粉は、例えば、その全体を100%としたときに、Si:30〜80%さらには40〜70%、Mn:10〜40%であると好ましい。FeMSC粉は、さらにC:0.1〜3%を含むと好ましい。Siを多く含む粉末をSi源粉末とすることにより、その使用量を抑制でき、また混合粉末の配合も容易となる。
Si源粉末は、焼結鋼の高密度化や金属組織の均質化等を図る観点から微細なほど好ましい。但し、入手性(製造性)、取扱性等を考慮して、最大粒径が50μm未満、35μm未満さらには15μm未満であると好ましい。敢えていうと、最小粒径は0.1μm超さらには0.5μm超とするとよい。
ちなみに本明細書では、特に断らない限り、所定のメッシュサイズの篩いを用いて分級する篩い分け法により、各種粉末の粒度を規定する。篩目開きがx(μm)の篩いを通過する粉末は最大粒径がxμm未満となり、適宜「−xμm」と表示する。篩目開きがy(μm)の篩いを通過しない粉末は最小粒径がyμm超となり、適宜「(+)yμm」と表示する。この他、粉末の粒度を規定する「平均粒径」は、レーザ回折式粒度分布測定器を用いて、粒度分布測定されたものである。
(3)混合粉末中に含まれるC、Si以外の合金元素は、例えば、Mo、Ni、Cr、Mn、Vである。これらの合金元素により、焼入れ性の向上、固溶または化合物の析出による強化、さらには焼戻し軟化抵抗の向上等を図れる。合金元素が過少ではその効果が乏しく、合金元素が過多になると、成形性の低下やコストの上昇等を招く。これらの元素群から選択される一種以上の合金元素は、合計で0.05〜7%、0.5〜4%さらには1〜3%含まれると好ましい。各合金元素毎に詳述すると、次の通りである。
MoとVは、焼戻した際に、微細な炭化物を形成して表面部の面圧強度等を高め、また、焼戻し軟化抵抗も高める。これらの元素は、過少ではその効果が乏しく、過多になると靱性の低下等を招く。そこでMoは0.1〜3%、0.5〜2.5%さらには1〜2%含まれると好ましい。Vは0.05〜1%さらには0.1〜0.7%含まれると好ましい。
Crは、焼結鋼の焼入れ性や耐酸化性を高める。Crが過少ではその効果が乏しく、過多になると靱性の低下、浸炭異常層の生成等を招く。そこでCrは0.1〜5%、0.5〜3.5%さらには1〜2.5%含まれると好ましい。
Mnは、脱酸剤として作用すると共に焼入れ性も高める。Mnが過少ではその効果が乏しく、過多になると靱性の低下を招く。そこでMnは0.1〜2%、0.2〜1%さらには0.3〜0.8%含まれると好ましい。
Niは、焼結鋼の靱性を高める。Niが過少ではその効果が乏しく、過多になると被削性の低下や原料コストの上昇を招く。そこでNiは0.1〜2%さらには0.3〜1%含まれると好ましい。
これら合金元素は、鉄合金からなる鉄系粉末を供給源としてもよいし、鉄系粉末と別な粉末を供給源としてもよい。もっとも、合金粉(鉄系粉末)として供給されると、混合粉末の調製が容易となり好ましい。なお、Mnは、Si源粉末であるFeMS粉またはFeMSC粉を供給源としてもよい。
(4)主成分であるFeは、純鉄粉または合金粉からなる鉄系粉末として供給される。鉄系粉末は、所望組成に調整された複数種の粉末を混合したものでもよいが、単種の粉末(特に上述した合金元素を含む合金粉)からなると好ましい。これにより均質的な焼結鋼または焼結部材を効率的に生産できる。鉄系粉末は、焼結鋼の高密度化や金属組織の均質化等を図る観点から微細なほど好ましいが、入手性(製造性)、コスト等を考慮して、最大粒径が250μm未満、200μm未満さらには150μm未満であると好ましい。敢えていうと、最小粒径は10μm超さらには30μm超とするとよい。
《製造方法》
本発明の焼結鋼は、上述した混合粉末を加圧成形した成形体を加熱して焼結体(焼結鋼)とする焼結工程を経て得られる。また、本発明の焼結部材は、その焼結体(基材)を浸炭焼入れする浸炭工程と、その浸炭焼入れ後の焼結体を焼戻す焼戻工程を経て得られる。以下、これらについて詳述する。
(1)成形体
成形体は、上述した混合粉末を加圧成形することにより得られる(成形工程)。成形圧力、成形体密度(または成形体密度比)、成形体の形状等は、焼結部材の要求特性等に応じて様々である。成形圧力は、例えば、800〜1500MPaさらには950〜1300MPaの範囲とすると良い。成形工程は、冷間成形(室温成形)でも温間成形でも良い。混合粉末と金型との潤滑は、混合粉末中に配合した内部潤滑剤により行ってもよいし、金型潤滑により行ってもよい。金型潤滑は、例えば、金型潤滑温間加圧成形法(詳細は特許3309970号公報等を参照)を用いるとよい。これによれば、内部潤滑剤を用いるまでもなく高圧成形が可能となり、高密度で寸法安定性に優れた成形体が得られ易い。但し、本発明の場合、成形体密度が多少低くても、高温焼結等により高密度な焼結鋼が得られれば十分である。
(2)焼結工程
成形体を加熱することにより焼結体(焼結鋼、基材)が得られる。焼結温度、焼結時間、焼結雰囲気等は、焼結部材の要求特性等に応じて様々である。焼結温度は、例えば、1050℃〜1450℃、1150〜1400℃さらには1200〜1300℃とすると好ましい。焼結時間(焼結温度を保持する時間/均熱保持時間)は、例えば、0.1〜3時間さらには0.1〜1時間であると好ましい。焼結雰囲気は、真空雰囲気、不活性ガス雰囲気、窒素ガス雰囲気等の酸化防止雰囲気でなされると好ましい。
機械的特性(面圧強度、曲げ強度、疲労強度、摺動性(耐摩耗性、耐ピッチング等))に優れた焼結部材を得るために、焼結体の密度は高いほどよい。そこで焼結体は、真密度(ρ)に対する嵩密度(ρ)の割合である相対密度(100×ρ/ρ)が93%以上、94%以上さらには95%以上であると好ましい。相対密度の上限値は、敢えていうと、生産性を考慮して、99%さらには98%とすればよい。
さらに、焼結体の全体または一部(特に表面部)の密度を高める緻密化を行ってもよい。例えば、面圧強度等が要求される焼結体の表面部に対して、転造加工やショットピーニング加工等の塑性加工を伴う緻密化工程を行うとよい。なお、緻密化工程は、焼結工程後、浸炭工程前(硬化前)に行うとよい。
(3)浸炭工程
焼結体(基材)を浸炭焼入れすることにより、基材の表面部には硬質な浸炭層が形成される。浸炭処理は、ガス浸炭法、真空浸炭法、固体浸炭法、液体浸炭法等によりなされる。浸炭層の厚さや組織の制御が容易な点で、ガス浸炭法または真空浸炭法(特に真空浸炭法)が好ましい。
浸炭温度(浸炭雰囲気温度)は、焼結温度よりも低く、850〜980℃さらには900〜950℃が好ましい。浸炭時間は、30〜300分間程度が好ましい。過小な浸炭温度または過少な浸炭時間では、所望の浸炭層が得られず、過大な浸炭温度または過多な浸炭時間では、金属組織の粗大化、異常浸炭層の生成等により焼結部材の強度や延性が低下し得る。
浸炭処理後の焼結体(基材)を急冷して焼入れすることにより非常に硬質な浸炭層が表面部に形成される。本明細書では、その焼入工程も含めて浸炭工程という。なお、焼入れ時の急冷は、水冷の他、油またはガス(不活性ガス等)による冷却でもよい。冷却速度が大きい程、焼入れが確実になされるが、冷却速度を調整することにより、割れ、歪み、寸法変化等を抑止できる。そこで冷却速度は、例えば、5〜150℃/秒とするとよい。
なお、本発明でいう浸炭処理または浸炭工程には、浸炭窒化処理も含めることができる。浸炭窒化処理は、例えば、真空浸炭雰囲気中へアンモニアガス等を導入して、CのみならずNも基材(焼結鋼)の表面部へ侵入・拡散させる処理である。
(4)焼戻工程
浸炭焼入れ後の焼結体(基材)は、内部応力除去、靱性の確保、合金元素の化合物析出による二次硬化等を目的として焼戻しされる。焼戻しは、低温焼戻しでも高温焼戻しでもよい。本発明に係る焼戻工程も、焼戻温度を150〜450℃とできる。特に、強度(硬度)と靱性のバランスを図る点から、焼戻温度は150〜300℃であると好ましい。
本発明の焼結部材は、混合粉末の調製、成形、焼結、(緻密化)、浸炭焼入れ、焼戻しを経て製造されるが、それに加えて、所望の寸法精度や表面粗さ等を確保するために、研削加工、耐食性や耐摩耗性等を確保するための表面処理等が適宜なされ得る。
《焼結部材》
(1)本発明の焼結部材は、その形態や用途を問わないが、高靱性な基材と、焼戻し後でも十分な硬さを有する表面部とを有する。そこで本発明の焼結部材は、例えば、各種ギア(リングギヤ、パーキングギヤ、ピニオンギヤ、サンギヤ、ドライブギヤ、ドリブンギヤ、リダクションギヤ等)、駆動系部材(スプロケット、プーリー、変速機のシンクロハブ、ハブスリーブ等)など、高負荷が作用して高い面圧強度等が要求される部材に用いられると好適である。
原料粉末の種類と配合、焼結温度、焼戻温度等を種々変更した多数の試料(焼結鋼および焼結部材)を製作し、それら試料の測定および評価を行った。こうして得られた多くの知見に基づいて、以下、本発明をより具体的に説明する。
《原料粉末》
(1)鉄系粉末
表1に示すような、Moおよび/またはCrを含む複数種の完全鉄合金粉を用意した。いずれの粉末もヘガネスAB社製である。入手したままの粒度(本明細書では「asR」と表記する。)は、篩い分け法で記載するなら−250μmとなる。
(2)Si源粉末
表2に示すような、単体、化合物(金属間化合物を含む。)または合金からなる複数の粉末を用意した。表2の粒度欄に示した平均粒径(*)は、粒度分布測定により特定されたものである。なお、表2に示したFeMSC粉は本実施例用に調製した粉末である。
ちなみに、本実施例では、表2に示したSiC粉、Si粉、Si粉中におけるSiの質量割合を、それぞれ70%、60%、100%として、全体組成等を計算した。また、SiC粉とFeMSC粉は、Si源粉末のみならずC源粉末でもある。
(3)C源粉末
C源粉末として、黒鉛(Gr)粉末(日本黒鉛工業株式会社製JCPB、平均粒径:5μm)を用意した。
《焼結鋼の製造》
(1)混合粉末の調製
表4〜6に示すように各原料粉末を配合(秤量)し、それをボールミルで回転混合(30分間)して、各種の混合粉末を得た。なお、混合粉末中には、その全体に対して0.3質量%の内部潤滑剤も添加しておいた(以下同様)。
(2)成形工程
各混合粉末を用いて、密度測定用の円柱試験片(φ14×H10mm)と表面硬さ測定用の角柱試験片(10×7×550mm)となる成形体を、それぞれ金型成形した。この際、成形圧力:980MPa、成形温度:温間(80℃)とした。
(3)焼結工程
各成形体をバッチ式焼結炉(島津メクテム株式会社製/PVSGgr20/20)を用いて焼結させた。この際、焼結雰囲気:100%窒素ガス、焼結温度:1250℃または1350℃、均熱保持時間:30分間、焼結後の冷却速度:50℃/分(900℃→300℃)とした。こうして表4〜6に示す各試料に係る焼結体(焼結鋼)を得た。
《焼結部材の製造》
(1)浸炭工程
上述した各焼結体を真空浸炭処理(920℃×3時間)した後、ガス冷却により室温まで急冷して焼入れした。
(2)焼戻工程
浸炭焼入れした焼結体を焼き戻した。この焼戻しは、150℃または300℃の大気雰囲気中で、それぞれ60分間保持して行った。なお、この加熱後は放冷した。こうして表4〜6に示す各試料に係る浸炭焼結体(焼結部材)を得た。
《測定》
(1)密度
焼結体の密度(ρ)は、実測した円柱の寸法と重量から算出した。焼結体の相対密度は、表3に示すように、鉄系粉末の種類毎に、全体組成に占めるSi量を考慮して求めた真密度(ρ)に対する割合として算出した。ちなみに、表3に示した各真密度は、既知な純Fe(Si:0%)の真密度:7.85g/cmと既知なFe−5%Siの真密度:7.42g/cmとから外挿して求めた。
(2)硬さ
焼結体の硬さは、各円柱試験片の上端表面部の硬さをビーカス硬度計で測定した。このときの押付け荷重は30kgfとした。
浸炭焼結体の表面硬さは、各角柱試験片を切断、樹脂埋め、鏡面研磨して得られた測定試料を用いて、マイクロビーカス硬度計により浸炭層の硬さを測定した。このときの押付け荷重は100gfとした。測定は、浸炭層の最表面から50μmの位置近傍で、5回行った。こうして得られた各測定値の相加平均値を、浸炭焼結体の表面硬さとした。
浸炭焼結体の表面硬さは、低温(150℃)焼戻した試験片と高温(300℃)焼戻した試験片のそれぞれについて測定して求めた。また、それらの表面硬さの差(硬さ変化量:ΔHv)を、焼戻し軟化抵抗を示す指標とした。こうして得られた各試料に係る特性を表4〜6に併せて示した。
表4に示した各試料に係る高温焼戻し後の表面硬さを図1A、B(両者を併せて単に「図1」という。)に示した。また、表4、5および6に示した各試料に係る硬さ変化量(ΔHv)を、それぞれ、図2A、B(両者を併せて単に「図2」という。)、図3A、B(両者を併せて単に「図3」という。)および図4に示した。
《評価》
(1)Si量、焼結温度、粒度の影響(表4、図1および図2)
先ず、表4からわかるように、浸炭処理前の焼結体(基材)は、Si量に応じて密度自体が低下するが、いずれも相対密度は93%以上あり、十分に高密度であった。また、焼結温度が高くなることにより、いずれの試料の相対密度も向上した。さらに、焼結体(基材)の硬さは160〜240Hvであり、Si量に応じて大きくなると共に、焼結温度の上昇や粒度の微細化により、さらに大きくなることが確認された。
次に、浸炭焼結体の表面硬さは、基材よりも遙かに大きく、低温(150℃)で焼戻したときの表面硬さはいずれも850Hv前後であった。しかし、表4、図1および図2からもわかるように、高温(300℃)で焼戻したときの表面硬さは、低温(150℃)で焼戻したときの表面硬さに比べて、Siが0.5%以下であるとかなり低下している。逆に、Siが0.5%超であると、高温焼戻し後の表面硬さは十分に大きく、硬さ変化量(ΔHv)もかなり小さくなった。
さらに、鉄系粉末の粒度が微細なほど、また焼結温度が高いほど、高温焼戻し後の表面硬さは大きく、硬さ変化量は小さくなることもわかった。
なお、図1Aには、溶製鋼(Si:0.8%とC:0.2%とを含有した炭素鋼)と溶製鋼(Siを0.25%含有した合金鋼/JIS SCr420)を、浸炭焼入れ、焼戻し(300℃)して得られた各浸炭層の表面硬さも併せて示した。
溶製鋼は、加工性を確保等するため、含有させ得るSi量の上限は限られる。これに対して、焼結鋼では、要素粉末(Si源粉末)を用いてSiを多く含有させることができる。このため、例えば、Siを1%以上含有させて1350℃で焼結した浸炭焼結体は、高温焼戻し後の表面硬さが、溶製材よりも遙かに大きくなることも図1Aからわかる。
(2)Si源粉末の影響(表5、図3)
表5、図3からわかるように、Si源粉末の種類や添加形態を種々変更したいずれの試料でも、硬さ変化量は小さく、高温焼戻し後に十分な表面硬さが得られた。敢えていうと、Si源粉末を単独添加するときはSiC粉を用いるとより好ましく、Si源粉末を複合添加するときはSiC粉とSi粉を用いるとより好ましい結果となった。
(3)鉄系粉末の影響(表6、図4)
表6、図4からわかるように、鉄系粉末の種類を種々変更したいずれの試料でも、Siを含む場合、高温焼戻し後の表面硬さは十分に大きく、硬さ変化量も相当小さくなっている。敢えていうと、Fe−Mo合金からなる鉄系粉末を用いたときに高温焼戻し後の表面硬さがより大きくなり、Fe−Cr−Mo合金からなる鉄系粉末を用いたときに硬さ変化量はより小さくなった。
以上のことから明らかなように、本発明の焼結鋼(焼結体)を用いれば、浸炭焼入れ後に高温焼戻ししても、表面硬さの低下は小さく、高い面圧強度等の確保に十分な表面硬さを有する焼結部材(浸炭焼結体)が得られることがわかった。
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Claims (14)

  1. 全体を100質量%(単に「%」という。)として下記の成分組成を満たし、浸炭処理に供される浸炭用焼結鋼。
    Si:0.5〜3.5%、
    C :0.1〜0.35%、
    Mo:0.1〜3%、
    残部:Feおよび不可避不純物
  2. さらに、次の組成範囲内にあるNiMnおよびVから選択される一種以上の合金元素を含む請求項1に記載の浸炭用焼結鋼。
    Ni:0.1〜2%
    Mn:0.1〜2%、
    V :0.05〜1%
  3. 真密度(ρ)に対する嵩密度(ρ)の割合である相対密度(100×ρ/ρ)が93%以上である請求項1または2に記載の浸炭用焼結鋼。
  4. 純鉄または鉄合金からなる鉄系粉末とSi源粉末を少なくとも含む混合粉末からなる成形体を加熱して焼結体とする焼結工程を備え、
    請求項1または2に記載の成分組成を満たす浸炭用焼結鋼の製造方法。
  5. 前記焼結工程の焼結温度は、1050〜1450℃である請求項4に記載の浸炭用焼結鋼の製造方法。
  6. 前記混合粉末は、さらに、C源粉末を含む請求項4または5に記載の浸炭用焼結鋼の製造方法。
  7. 前記鉄系粉末は、最大粒径が250μm未満である請求項4〜6のいずれかに記載の浸炭用焼結鋼の製造方法。
  8. 前記Si源粉末は、最大粒径が50μm未満である請求項4〜7のいずれかに記載の浸炭用焼結鋼の製造方法。
  9. 請求項1〜3のいずれかに記載の浸炭用焼結鋼からなる基材と、
    該基材の表面にある浸炭層と、
    を備える浸炭焼結部材。
  10. 前記浸炭層は、表面硬さが650〜1050Hvである請求項9に記載の浸炭焼結部材。
  11. 請求項1〜3のいずれかに記載の浸炭用焼結鋼からなる基材を浸炭焼入れする浸炭工程と、
    該浸炭工程後の基材を焼戻す焼戻工程と、
    を備える浸炭焼結部材の製造方法。
  12. 前記焼戻工程は、焼戻温度を150〜300℃とする工程である請求項11に記載の浸炭焼結部材の製造方法。
  13. 前記浸炭工程は、前記基材を真空浸炭処理する工程である請求項11または12に記載の浸炭焼結部材の製造方法。
  14. さらに、前記浸炭工程前に、前記基材の少なくとも表面部を緻密化する緻密化工程を備える請求項11〜13のいずれかに記載の浸炭焼結部材の製造方法。
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