しかしながら、第1の措置の場合、過冷却防止剤の成分が、潜熱蓄熱材の物性に適合した物性になっていないと、潜熱蓄熱材が完全に融液状態になったときに、過冷却防止剤の成分が、潜熱蓄熱材の凝固に必要な核となり得ない。そのため、潜熱蓄熱材となる物質は、数多く存在するものの、潜熱蓄熱材の物質によっては、過冷却防止機能を効果的に発揮できる過冷却防止剤が、未だ開発されていないものもたくさんある。また、過冷却防止剤として、特定の潜熱蓄熱材に適合する添加剤を探索する研究開発には、相当な困難を伴っているのが現状である。
第2の措置の場合には、潜熱蓄熱材に衝撃を加える設備が、別途必要になり、潜熱蓄熱槽の構成が複雑化すると共に、潜熱蓄熱槽全体もコスト高になる。しかも、潜熱蓄熱材は、密閉した蓄熱材収容具の内部に収容され、潜熱蓄熱槽内の熱媒体の中に浸漬された状態にあるため、放熱時毎に衝撃を付与するとなれば、潜熱蓄熱槽の使い勝手は良くない。
また、蓄熱槽が、熱供給源と熱提供先との間で、限られたスペース内に設置され、熱供給源からの排熱を蓄熱材に蓄熱し、その蓄熱材から必要時に放熱した熱エネルギを、例えば、給湯設備や冷暖房を行う空気調和設備等、熱提供先側の設備の熱源に供給したい場合がある。この場合、蓄熱材の潜熱の放熱により、蓄熱槽から供給できる供給熱量が、熱提供先側の熱源で必要としている需要熱量に対応できなければならない。そのため、蓄熱槽内に収容する蓄熱材には、例えば、アンモニウムミョウバン等のミョウバン水和物系のように、数ある蓄熱材の中でも、体積当たりの潜熱の蓄熱量が高い蓄熱性能に優れた潜熱蓄熱材が必要になる。
加えて、その潜熱蓄熱材において、蓄熱を行う温度帯(潜熱蓄熱材の融点)が、熱供給源から出される排熱の温度帯に対応できていると共に、放熱を行う温度帯(潜熱蓄熱材の凝固点)も、熱提供先設備で必要とする熱の温度帯に対応できていなければならない。そのため、蓄熱槽で用いる潜熱蓄熱材では、熱供給源からの排熱の温度帯や、熱提供先で必要な熱の温度帯に応じて、潜熱蓄熱材の融点と凝固点を微調整する手段が必要になる。
しかしながら、特許文献2では、蓄熱材が、共晶系の混合物で形成されているため、特許文献2の蓄熱材において、蓄熱を行う温度帯や、放熱を行う温度帯が、共晶温度近傍に限定されてしまう。そのため、熱供給源側の温度帯に対応して、蓄熱を行う温度帯を微調整することや、熱提供先側の温度帯に対応して、放熱を行う温度帯を微調整することに対し、特許文献2の蓄熱材は適していない。一般的に蓄熱槽では、蓄熱材は、熱供給源側の熱源と熱提供先側の設備の状況に応じて選定されるが、特許文献2による過冷却防止策は、共晶系の混合物からなる蓄熱材に限定されてしまうことから、蓄熱槽で使用できる蓄熱材の選択肢が限られてしまう虞がある。
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであり、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材の過冷却現象を、その潜熱蓄熱材の特性に依らず、簡単にかつ確実に防ぐことができる潜熱蓄熱材の過冷却防止方法、及びこの過冷却防止方法で潜熱蓄熱材を用いた潜熱蓄熱槽を提供することを目的とする。
上記目的を達成するために、本発明に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法は、以下の構成を有する。
(1)蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材に対し、過冷却現象の発現を防ぐための潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、前記潜熱蓄熱材は、一または複数の成分からなること、前記潜熱蓄熱材、または前記潜熱蓄熱材の物性を調整する添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物の何れかの潜熱蓄熱材対象物を、加熱により融液状態にして蓄熱を行うとき、融解した前記潜熱蓄熱材対象物の融液には、凝固していた前記潜熱蓄熱材対象物の一部による結晶が、溶け残って混在していること、を特徴とする。
なお、本発明に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、「潜熱蓄熱材」とは、例えば、無機塩水和物、糖アルコール、または無機塩水和物と糖アルコールとの混合物等を対象にしており、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して蓄熱またはその放熱を行うことができる物質である。また、「潜熱蓄熱材組成物」とは、上述した潜熱蓄熱材に、この潜熱蓄熱材の物性を調整するための添加剤が添加されたものであり、物性を調整する添加剤の種類として、例えば、融点調整剤、増粘剤、過冷却防止剤、着色料のほか、無機塩水和物と共晶塩を構成する性質を有する添加剤、糖アルコールと共晶塩を構成する性質を有する添加剤、無機塩水和物と糖アルコールとの混合物と共晶塩を構成する性質を有する添加剤等が挙げられる。
(2)(1)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、前記加熱により蓄熱を行うとき、前記潜熱蓄熱材対象物に蓄えられる潜熱量を、潜熱量Hxとし、完全に融液状態となる際に前記潜熱蓄熱材対象物に蓄えられる潜熱量を、潜熱量Hmとすると、潜熱量Hx<潜熱量Hm ・・・式(1) 前記式(1)の条件が成立する場合のみ、前記潜熱蓄熱材対象物への蓄熱を行うこと、を特徴とする。
(3)(1)または(2)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、前記加熱を行う上限の温度Txは、前記潜熱蓄熱材対象物が完全な固相状態から液相状態に溶け始めるときの温度Tsより高く、前記潜熱蓄熱材対象物が完全な液相状態になるときの温度Teより低い範囲内に制御されること、を特徴とする。
(4)(1)乃至(3)のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、前記潜熱蓄熱材は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して蓄熱またはその放熱を行う蓄熱材であり、前記潜熱蓄熱材の主成分が、無機塩水和物、または糖アルコールに属する物質の少なくとも一方の物質を含む成分からなること、を特徴とする。
なお、本発明に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、「無機塩水和物」とは、例えば、ミョウバン水和物、硫酸塩水和物、リン酸塩水和物、ピロリン酸塩(二リン酸塩)水和物、または、これらの物質うちの少なくとも二種以上を含む混合物である。なお、無機塩水和物の化学式において、無機塩水和物の水和水をなす数は、限定されるものではない。無機塩水和物をミョウバン水和物とした場合には、例えば、アンモニウムミョウバン12水和物、カリウムミョウバン12水和物等に対し、何れか一種からなる物質、またはこれらの物質を少なくとも二種以上含む混合物が、無機塩水和物に該当する。また、硫酸塩水和物とした場合には、例えば、硫酸アルミニウム水和物、硫酸ナトリウム水和物、硫酸マグネシウム水和物、硫酸鉄水和物、硫酸カルシウム水和物等に対し、何れか一種からなる物質、またはこれらの物質を少なくとも二種以上含む混合物が、無機塩水和物に該当する。
また、リン酸塩水和物とした場合には、例えば、リン酸三ナトリウム水和物、リン酸水素二ナトリウム水和物、リン酸二水素ナトリウム水和物等に対し、何れか一種からなる物質、またはこれらの物質を少なくとも二種以上含む混合物が、無機塩水和物に該当する。また、ピロリン酸塩(二リン酸塩)水和物とした場合には、例えば、ピロリン酸四ナトリウム(二リン酸四ナトリウム)水和物、ピロリン酸水素三ナトリウム(二リン酸水素三ナトリウム)水和物、ピロリン酸二水素二ナトリウム(二リン酸二水素二ナトリウム)水和物、ピロリン酸三水素ナトリウム(二リン酸三水素ナトリウム)水和物等に対し、何れか一種からなる物質、またはこれらの物質を少なくとも二種以上含む混合物が、無機塩水和物に該当する。
すなわち、例えば、アンモニウムミョウバン12水和物(別名:硫酸アルミニウムアンモニウム12水和物)(AlNH4(SO4)2・12H2O)、カリウムミョウバン12水和物(別名:硫酸カリウムアルミニウム12水和物)(AlK(SO4)2・12H2O)、クロムミョウバン(別名:ビス硫酸クロムカリウム12水和物)(CrK(SO4)2・12H2O)、鉄ミョウバン(別名:硫酸第二鉄アンモニウム12水和物)(FeNH4(SO4)2・12H2O)等、1価の陽イオンの硫酸塩MI 2(SO4)と、3価の陽イオンの硫酸塩MIII 2(SO4)3との複硫酸塩である「ミョウバン」が該当する。また、このような「ミョウバン」に属する物質を、少なくとも二種以上含む混合物、または混晶を主成分とした蓄熱材を対象としている。「ミョウバン」に含まれる金属イオンは、アルミニウムイオン、クロムイオン、鉄イオン以外に、例えば、コバルトイオン、マンガンイオン等、3価の金属イオンでも良い。
また、本発明に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、「糖アルコールに属する物質」とは、例えば、エリスリトール(C4H10O4)、キシリトール(C5H12O5)、マンニトール(C6H14O6)、ソルビトール(C6H14O6)、ラクチトール(C12H24O11)、マルチトール(C12H24O11)等に対し、何れか一種からなる物質、またはこれらの物質を少なくとも二種以上含む混合物が、「糖アルコール類に属する物質」に該当する。
(5)(4)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、前記潜熱蓄熱材組成物は、前記無機塩水和物と、前記添加剤として、前記無機塩水和物との溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質と、からなること、を特徴とする。
なお、本発明に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、「無機塩水和物との溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質」とは、例えば、エリスリトール(C4H10O4)、キシリトール(C5H12O5)、マンニトール(C6H14O6)、ソルビトール(C6H14O6)、ラクチトール(C12H24O11)、マルチトール(C12H24O11)等の「糖アルコール類に属する物質」に該当する。また、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化カリウム(KCl)、塩化ナトリウム(NaCl)等の「塩化物に属する物質」が該当する。また、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上を含む場合や、上述の「塩化物に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上含む場合も該当する。さらに、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のいずれかと、上述の「塩化物に属する物質」に該当する物質のいずれかとの混合物も該当する。
すなわち、本発明に係る潜熱蓄熱材組成物に構成された潜熱蓄熱材が、例えば、無機塩水和物からなる場合、「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」が無機塩水和物に溶解するとき、この「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」において、外部から熱を吸収して吸熱反応(例えば、無機塩水和物の水和水との溶解のほか、無機塩水和物が水和水以外に溶媒となり得る分子をその構造の中に有する場合で、水和水以外の構成物質との溶解等も含む)が生じるものを、本発明に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、「無機塩水和物との溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質」と定義している。
(6)(4)または(5)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、前記無機塩水和物は、ミョウバン水和物であること、を特徴とする。
(7)(6)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、前記ミョウバン水和物は、アンモニウムミョウバン12水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)、または、カリウムミョウバン12水和物(AlK(SO4)2・12H2O)であること、を特徴とする。
(8)(4)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、前記糖アルコールに属する物質は、キシリトール(C5H12O5)であること、を特徴とする。
また、上記目的を達成するために、本発明に係る潜熱蓄熱槽は、以下の構成を有する。
(9)蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材と、該潜熱蓄熱材との間で熱を移動させるための媒体である熱媒体と、該潜熱蓄熱材を内部に収容する蓄熱材収容具とを、備えた潜熱蓄熱槽において、当該潜熱蓄熱槽内には、前記潜熱蓄熱材、または前記潜熱蓄熱材の物性を調整する添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物の何れかの潜熱蓄熱材対象物を収容した前記蓄熱材収容具が1または複数、前記熱媒体に浸して接触した状態で配設されており、前記潜熱蓄熱材対象物は蓄熱時に、前記熱媒体の熱により、(1)乃至(8)のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法に基づいて、加熱されること、前記潜熱蓄熱材対象物の組成は、当該潜熱蓄熱槽内で分布する前記熱媒体の温度に対応して、当該潜熱蓄熱槽内に前記潜熱蓄熱材対象物を配設した部位毎に調整されていること、を特徴とする。
上記構成を有する本発明の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法の作用・効果について説明する。(1)蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材に対し、過冷却現象の発現を防ぐための潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、潜熱蓄熱材は、一または複数の成分からなること、潜熱蓄熱材、または潜熱蓄熱材の物性を調整する添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物の何れかの潜熱蓄熱材対象物を、加熱により融液状態にして蓄熱を行うとき、融解した潜熱蓄熱材対象物の融液には、凝固していた潜熱蓄熱材対象物の一部による結晶が、溶け残って混在していること、を特徴とする。この特徴により、外部から添加することなく、融解した潜熱蓄熱材対象物(潜熱蓄熱材)の融液の中に、潜熱蓄熱材の一部に過ぎない結晶を残存させるだけで、潜熱蓄熱材組成物(潜熱蓄熱材)の過冷却現象は、簡単かつ確実に解除することができる。しかも、潜熱蓄熱材による一部の結晶が、潜熱蓄熱材対象物全体の重量に占める配合比率として、一例として1wt%未満である場合でも、潜熱蓄熱材対象物に存在していれば、潜熱蓄熱材組成物(潜熱蓄熱材)の過冷却現象を解除するのに足りる。また、潜熱蓄熱材が、例えば、無機塩水和物、糖アルコールのほか、無機塩水和物と糖アルコールとの混合物である場合や、このような混合物で共晶塩をなす場合等でも、潜熱蓄熱材の特性に因らず、潜熱蓄熱材の過冷却現象を解除することができる。
従って、本発明に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法によれば、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材対象物内の潜熱蓄熱材の過冷却現象を、その潜熱蓄熱材の特性に依らず、簡単にかつ確実に防ぐことができる、という優れた効果を奏する。
(2)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、加熱により蓄熱を行うとき、潜熱蓄熱材対象物に蓄えられる潜熱量を、潜熱量Hxとし、完全に融液状態となる際に潜熱蓄熱材対象物に蓄えられる潜熱量を、潜熱量Hmとすると、潜熱量Hx<潜熱量Hm ・・・式(1) 式(1)の条件が成立する場合のみ、潜熱蓄熱材対象物への蓄熱を行うこと、を特徴とする。この特徴により、潜熱蓄熱材対象物が、固相状態から液相状態に変化する過程で、このような式(1)の条件を満たして加熱されれば、融解した潜熱蓄熱材対象物の融液には、潜熱蓄熱材対象物の一部よる結晶が、より確実に溶け残る。
(3)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、加熱を行う上限の温度Txは、潜熱蓄熱材対象物が完全な固相状態から液相状態に溶け始めるときの温度Tsより高く、潜熱蓄熱材対象物が完全な液相状態になるときの温度Teより低い範囲内に制御されること、を特徴とする。この特徴により、潜熱蓄熱材対象物が、固相状態から液相状態に変化する過程で、このような範囲内の温度Txで加熱されれば、潜熱蓄熱材対象物の融液には、潜熱蓄熱材対象物の一部による結晶が、より確実に溶け残る。また、潜熱蓄熱材対象物が、潜熱蓄熱材に添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物の場合、温度Tsと温度Teとの間の温度帯域の幅が、潜熱蓄熱材対象物が潜熱蓄熱材単体の場合に比して広くなる。そのため、潜熱蓄熱材対象物を潜熱蓄熱槽に収容して使用するとき、潜熱蓄熱槽内の熱媒体の温度に、たとえ温度Tsと温度Teとの範囲内でバラツキがあっても、潜熱蓄熱槽に収容されている全ての潜熱蓄熱材対象物に対し、過冷却現象は効果的に解除することができる。
(4)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、潜熱蓄熱材は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して蓄熱またはその放熱を行う蓄熱材であり、潜熱蓄熱材の主成分が、無機塩水和物、または糖アルコールに属する物質の少なくとも一方の物質を含む成分からなること、を特徴とする。この特徴により、数多く存在する潜熱蓄熱材の中で、潜熱蓄熱材は、過冷却現象が発現し易い特性を有するものの、体積当たりの蓄熱量が比較的高く、蓄熱性能も優れている。
(5)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、潜熱蓄熱材組成物は、無機塩水和物と、添加剤として、無機塩水和物との溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質と、からなること、を特徴とする。この特徴により、添加剤を配合した本発明の潜熱蓄熱材組成物でも、本発明の潜熱蓄熱材組成物の蓄熱量は、本発明の添加剤の配合に起因して低下しない。しかも、例えば、ミョウバン水和物等で構成した潜熱蓄熱材では、相変化に伴う潜熱が比較的大きく、かつ「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」を溶解させる水分が、ミョウバン水和物をなす構造の中に含まれている。そのため、このような潜熱蓄熱材を主成分とする本発明の潜熱蓄熱材組成物では、比較的大きな融解潜熱と負の溶解熱との足し合わせにより、潜熱蓄熱材に蓄熱できる蓄熱量も大きくできる。よって、本発明の潜熱蓄熱材組成物は、大容量の熱を蓄熱し、それを放熱する蓄放熱性能を具備できている点で、優れている。
(6)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、無機塩水和物は、ミョウバン水和物であること、を特徴とする。この特徴により、様々な種類の無機塩水和物の中でも、例えば、アンモニウムミョウバン12水和物等のようなミョウバン水和物を用いた潜熱蓄熱材は、相変化に伴う潜熱が比較的大きい物性を有する。そのため、このような物性の潜熱蓄熱材では、蓄熱できる蓄熱量も比較的大きい。また、ミョウバン水和物である潜熱蓄熱材を含む潜熱蓄熱材組成物は、大容量の熱を蓄熱し、それを放熱する蓄放熱性能を具備できている点で、優れている。
(7)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、ミョウバン水和物は、アンモニウムミョウバン12水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)、または、カリウムミョウバン12水和物(AlK(SO4)2・12H2O)であること、を特徴とする。この特徴により、アンモニウムミョウバン12水和物やカリウムミョウバン12水和物は、市場で幅広く流通して入手し易く、安価である。また、潜熱蓄熱材は、非危険物であるため、取扱いが容易である。
(8)に記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、糖アルコールに属する物質は、キシリトール(C5H12O5)であること、を特徴とする。この特徴により、キシリトールは、例えば、アンモニウムミョウバン12水和物やカリウムミョウバン12水和物等に蓄熱する熱量(約270(kJ/kg))にほぼ匹敵する熱量の潜熱を蓄熱し、それを放熱する蓄放熱性能を具備することができる上、無毒で非危険物であるため、取扱いが容易である上に、安価でもある。
上記構成を有する本発明の潜熱蓄熱槽の作用・効果について説明する。
(9)蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材と、該潜熱蓄熱材との間で熱を移動させるための媒体である熱媒体と、該潜熱蓄熱材を内部に収容する蓄熱材収容具とを、備えた潜熱蓄熱槽において、当該潜熱蓄熱槽内には、潜熱蓄熱材、または潜熱蓄熱材の物性を調整する添加剤を配合してなる潜熱蓄熱材組成物の何れかの潜熱蓄熱材対象物を収容した蓄熱材収容具が1または複数、熱媒体に浸して接触した状態で配設されており、潜熱蓄熱材対象物は蓄熱時に、熱媒体の熱により、(1)乃至(8)のいずれか1つに記載する潜熱蓄熱材の過冷却防止方法に基づいて、加熱されること、潜熱蓄熱材対象物の組成は、当該潜熱蓄熱槽内で分布する熱媒体の温度に対応して、当該潜熱蓄熱槽内に潜熱蓄熱材対象物を配設した部位毎に調整されていること、を特徴とする。この特徴により、蓄熱材収容具内の潜熱蓄熱材対象物ではどれも、潜熱蓄熱材対象物の過冷却現象の解除が、より確実にできており、このような潜熱蓄熱材対象物を用いた本発明の潜熱蓄熱槽は、熱供給源と熱提供先との間で行う熱エネルギの授受について、高い信頼性で実現することができる。
以下、本発明に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法、及びこの過冷却防止方法で潜熱蓄熱材を用いた潜熱蓄熱槽について、実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。図8は、本実施形態に係る潜熱蓄熱槽を例示した説明図である。潜熱蓄熱槽80は、例えば、病院やビルの発電に用いるコジェネレーション(CogenerationまたはCombined Heat and Power)のガスエンジンシステム等の熱供給源と、熱供給源で生じた排熱に有する熱エネルギを利用する熱提供先の設備との間に設置される。潜熱蓄熱材組成物は、本実施形態では、蓄熱材収容具31の内部に収容され、この蓄熱材収容具31は、潜熱蓄熱槽80内に貯めた水等の熱媒体83中に、1つ以上収容される。
潜熱蓄熱槽80では、熱媒体83が、熱供給源の排熱により、例えば、約90℃に加熱され、熱媒体83と蓄熱材収容具31とを介して、潜熱蓄熱材組成物2内の潜熱蓄熱材10(図2参照)が、80〜90℃等の温度帯域で蓄熱を行う。潜熱蓄熱材組成物2に蓄熱した熱は、このような温度帯域の温度で放熱され、例えば、給湯設備や、冷暖房を行う空気調和設備等の熱提供先の設備向けの熱エネルギとして、活用される。
次に、潜熱蓄熱材組成物2について、図2を用いて説明する。図2は、実施形態に係る潜熱蓄熱材組成物の構成成分を模式的に示す図である。図2に示すように、潜熱蓄熱材組成物2は、潜熱蓄熱材10に、本実施形態では、後述するように、1種の添加剤20を配合してなる。潜熱蓄熱材10は、相変化に伴う潜熱の出入りにより、蓄熱またはその放熱を行う蓄熱材である。潜熱蓄熱材10は本来、熱媒体83との間の熱の授受により、固相状態と液相状態とを呈することができ、その温度が、潜熱蓄熱材10の融点以上になると、固相状態にある潜熱蓄熱材10は液相状態に変化し、潜熱蓄熱材10は融液となる。潜熱蓄熱材10への蓄熱は、固相状態から液相状態に変化する過程で行われる。その反対に、熱媒体83による抜熱により、潜熱蓄熱材10の温度が、潜熱蓄熱材10の凝固点以下になると、液相状態にある潜熱蓄熱材10は固相状態に変化し、潜熱蓄熱材10は固体化する。潜熱の潜熱蓄熱材10からの放熱は、潜熱蓄熱材10が液相状態から固相状態に変化する過程で行われる。
ところで、潜熱蓄熱材となる物質は数多く存在する中、その潜熱蓄熱材の物性によっては、潜熱蓄熱材の融液を凝固点以下に冷却しても結晶化しない過冷却現象が生じてしまうことがある。その一例として、パラフィン系の物質からなる潜熱蓄熱材は、蓄熱材の中で、体積当たりの蓄熱量が低く、蓄熱性能に劣っているものの、過冷却現象は発現し難い傾向にある。他方、後述するミョウバン水和物系からなる潜熱蓄熱材は、蓄熱材の中でも、体積当たりの蓄熱量が高く、蓄熱性能に優れているが、ミョウバン水和物系の潜熱蓄熱材では、過冷却現象が発現し易い傾向にある。過冷却現象が発現すると、一度融解した潜熱蓄熱材は、液相状態のままで凝固せず、潜熱蓄熱材に蓄えた潜熱が、放熱できなくなる。本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法は、このような過冷却現象を回避するための過冷却防止策となる。
本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法について、その概要を説明する。図1は、実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法の説明にあたり、模式的に示したグラフである。図3は、実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法による作用を模式的に示す図である。
ここで、図1に示すグラフについて、簡単に説明する。図1に示すグラフは、周知の示差走査熱量測定装置(DSC:Differential scanning calorimetry)等により、潜熱蓄熱材10(図2参照)である試料を加熱して融解させ、単位時間当たりで試料に蓄えられる熱量(熱流)を縦軸に、この試料における温度を横軸に取り、熱流と温度との関係に基づいて作製されている。図1に示すグラフでは、縦軸左側の熱流の目盛りが試料に対する熱流を示しており、この目盛りの「負」の領域は、試料に吸熱に対応し、「正」の領域は、試料の放熱に対応する。
試料への加熱で、試料が昇温している間、試料は、顕熱を蓄えているため、図1に示すグラフでは、熱流の基準線は、常に「負」の領域となり、熱流は負の値をとる。潜熱蓄熱材10では、当該潜熱蓄熱材10が昇温しているときに融解した場合、潜熱蓄熱材10は潜熱も蓄える。すなわち、図1に示すように、完全な固相状態にある潜熱蓄熱材10は、温度Tsで溶け始め、加熱する温度の上昇と共に、徐々に液相状態になる。そして、このような状態の潜熱蓄熱材10は、温度Te(Ts<Te)で完全な液相状態に変化して、融液となる。
温度Tsから温度Teになるまでに蓄えた潜熱蓄熱材10の熱量を積分し、その解である第1熱量から、上述した顕熱分の第2熱量を減算処理した第3熱量が、潜熱蓄熱材10の融解潜熱となり、図1中、斜線のハッチングで示された面積の大きさで示されている。すなわち、試料は、温度変化と共に推移する熱流の線図の中で、熱流の絶対値が一時的に大きくなり、最大値(ピークトップ)に達すると、そのピークトップに対応する試料の温度T(融点と定義)で、単位時間当たりの蓄熱量が最大になる。
ところで、潜熱蓄熱材10が、例えば、排熱等を出す熱供給源より、温度Teを超えた温度Ta(Ts<Te<Ta)で加熱されると、潜熱蓄熱材10は、完全に融解して融液となるが、この後に、潜熱蓄熱材10を温度Tsより低く冷却しても、潜熱蓄熱材10において、凝固するのに必要な結晶の核を生成しない過冷却現象が生じる虞がある。
本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法は、潜熱蓄熱材10、または潜熱蓄熱材10の物性を調整する添加剤20を配合してなる潜熱蓄熱材組成物2の何れかの潜熱蓄熱材対象物1に、過冷却現象の発現を回避する手法である。潜熱蓄熱材対象物1は、本実施形態では、上述した潜熱蓄熱材組成物2である。本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、潜熱蓄熱材対象物1である潜熱蓄熱材組成物2(潜熱蓄熱材10)を、熱媒体83からの伝熱による加熱で、固相状態から液相状態に相変化して蓄熱を行うとき、図3に示すように、融解した潜熱蓄熱材組成物2(潜熱蓄熱材対象物1)の融液4に、凝固していた潜熱蓄熱材対象物1の一部による種結晶3を、溶け残して混在させている。
このような種結晶3を融液4中に残しておくために、本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、第1の措置として、加熱により蓄熱を行うとき、潜熱蓄熱材対象物1に蓄えられる潜熱量を、潜熱量Hxとし、完全に融液状態になる際に潜熱蓄熱材対象物に蓄えられる潜熱量を、潜熱量Hmとすると、
潜熱量Hx<潜熱量Hm ・・・式(1)
式(1)の条件が成立する場合のみ、潜熱蓄熱材対象物1への蓄熱を行う。
すなわち、潜熱蓄熱材10が、温度Teを超えた温度Taで加熱されたとしても、潜熱蓄熱材10が、完全に融解して融液となり、潜熱量Hmなるまでには、時間ta(0<ta)が必要になる。そこで、固体状態の潜熱蓄熱材対象物1が完全に融液状態となる過程で蓄えられる潜熱量Hmを、予め知得しておいた上で、潜熱蓄熱材10を、時間taより短い時間tb(tb<ta)、温度Taで加熱することにより、潜熱蓄熱材対象物1に蓄える潜熱量Hxを、潜熱量Hmよりも抑える。このとき、潜熱蓄熱材対象物1が液相状態に変化する過程で、既に潜熱蓄熱材対象物1に蓄えられている潜熱量Hxを計測する。そして、式(1)の条件について、遅くとも不成立となる直前の段階になるところで、潜熱蓄熱材対象物1への蓄熱を停止する。これにより、潜熱蓄熱材10が、温度Teを超えた温度Taで加熱されたとしても、過冷却現象は回避できる。
あるいは、潜熱量Hxが潜熱量Hmに達すると、潜熱蓄熱材10は、完全に融解した融液状態になってしまうため、このような事態を避けるため、潜熱量Hxが潜熱量Hmに達する直前の段階で、例えば、閾値となる潜熱量Hl(Hl<Hm)を設けておく。その上で、潜熱蓄熱材10を温度Taで加熱し、潜熱蓄熱材対象物1に蓄える潜熱量Hxを、潜熱量Hmよりも抑える。このとき、加熱に伴い、潜熱蓄熱材対象物1が液相状態に変化する過程で、既に潜熱蓄熱材対象物1に熱を蓄えられている潜熱量Hxを計測する。そして、既に蓄えられている潜熱量Hxが、閾値である潜熱量Hlに到達した段階で、潜熱蓄熱材対象物1への蓄熱を停止する。これにより、潜熱蓄熱材10が、温度Teを超えた温度Taで加熱されたとしても、過冷却現象は回避できる。
続く、本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、第2の措置として、熱媒体83からの伝熱で潜熱蓄熱材組成物2を加熱するときの温度として、図1に示すように、加熱する上限の温度Txが、潜熱蓄熱材対象物1が完全な固相状態から液相状態に溶け始めるときの温度Tsより高く、潜熱蓄熱材対象物1が完全な液相状態になるときの温度Teより低い範囲内に制御されている。これにより、図3に示すように、融解した潜熱蓄熱材組成物2(潜熱蓄熱材対象物1)の融液4に、凝固していた潜熱蓄熱材対象物1の一部による種結晶3が、溶け残って存在する。
なお、潜熱蓄熱材対象物1が、潜熱蓄熱材10単体の場合と、潜熱蓄熱材10に添加剤20を配合した潜熱蓄熱材組成物2の場合では、温度Tsと温度Teとの間の温度帯域に、幅の違いが生じる。潜熱蓄熱材10単体の場合、温度帯域の幅が、例えば、2℃程度の幅となるが、潜熱蓄熱材組成物2の場合になると、例えば、10℃程度の幅になり、温度Txが幅広い範囲から選択できる。但し、温度Txは、なるべく温度Teに近い温度にすることが好ましい。温度Txが温度Teに近いと、潜熱蓄熱材対象物1に蓄熱できる熱量を多くすることができるからである。
(実施例1)
実施例1に係る潜熱蓄熱材組成物2A(2)を対象に、本実施形態の実施例1に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法について、説明する。はじめに、潜熱蓄熱材組成物2Aの構成について、説明する。
実施例1に係る潜熱蓄熱材組成物2A(2)では、潜熱蓄熱材10の主成分は、無機塩水和物の一種であるミョウバン水和物とする潜熱蓄熱材10A(10)であり、本実施形態では、アンモニウムミョウバン12水和物(硫酸アンモニウムアルミニウム・12水:AlNH4(SO4)2・12H2O)(以下、単に「アンモニウムミョウバン」と称する。)である。アンモニウムミョウバン(潜熱蓄熱材10A)は、融点93.5℃、酸性(1%水溶液の場合、pHは約3.6)を呈する物性で、常温では固体の物質である。そのため、アンモニウムミョウバンが、単体で融点未満の90℃程度に加熱されたとしても、アンモニウムミョウバンは、ほとんど溶融することなく、潜熱を蓄熱することもできない。
なお、本実施例1では、潜熱蓄熱材組成物2Aの主成分である潜熱蓄熱材10Aを、アンモニウムミョウバン12水和物(硫酸アンモニウムアルミニウム・12水:AlNH4(SO4)2・12H2O)とした。しかしながら、潜熱蓄熱材は、無機塩水和物からなり、アンモニウムミョウバン以外にも、例えば、カリウムミョウバン12水和物(AlK(SO4)2・12H2O)、クロムミョウバン(CrK(SO4)2・12H2O)、鉄ミョウバン(FeNH4(SO4)2・12H2O)等、1価の陽イオンの硫酸塩MI 2(SO4)と、3価の陽イオンの硫酸塩MIII 2(SO4)3との複硫酸塩である「ミョウバン」であっても良い。また、この「ミョウバン」に含まれる3価の金属イオンは、アルミニウムイオン、クロムイオン、鉄イオン以外に、例えば、コバルトイオン、マンガンイオン等の金属イオンでも良い。さらに、潜熱蓄熱材10は、このような「ミョウバン」に属する物質を、少なくとも二種以上含む混合物、または混晶を主成分とした蓄熱材であっても良い。
添加剤20は、潜熱蓄熱材10Aの物性を調整する役割を担う水溶性の添加剤で、潜熱蓄熱材10Aの融点を、必要に応じて任意の温度に調整する融点調整剤20Aである。
融点調整剤20Aは、潜熱蓄熱材10Aとの溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質からなる。なお、本実施形態では、潜熱蓄熱材組成物2Aに配合する添加剤20として、融点調整剤20Aだけを挙げたが、融点調整剤20A以外に潜熱蓄熱材組成物に配合する添加剤は、融点調整剤20Aに限らず、例えば、液相状態にある潜熱蓄熱材組成物の融液の粘度を高める増粘剤や、潜熱蓄熱材組成物に着色する着色剤等も挙げることができる。そのほか、無機塩水和物と共晶塩を構成する性質を有する添加剤や、糖アルコールと共晶塩を構成する性質を有する添加剤、無機塩水和物と糖アルコールとの混合物と共晶塩を構成する性質を有する添加剤等も挙げることができる。
ここで、「潜熱蓄熱材との溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質」の定義について、説明する。前述したように、潜熱蓄熱材組成物2Aは、アンモニウムミョウバン(硫酸アンモニウムアルミニウム・12水和物)からなる潜熱蓄熱材10を主成分に、融点調整剤20Aを配合してなる。融点調整剤20Aが潜熱蓄熱材10Aに溶解するとき、この融点調整剤20Aにおいて、外部から熱を吸収して吸熱反応が生じるものを、本実施形態では、「潜熱蓄熱材との溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質」と定義している。
「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」には、例えば、エリスリトールやキシリトールのほか、マンニトール(C6H14O6)、ソルビトール(C6H14O6)、ラクチトール(C12H24O11)、マルチトール(C12H24O11)等の「糖アルコール類に属する物質」がある。また、塩化カルシウム六水和物(CaCl2・6H2O)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、塩化カリウム(KCl)、塩化ナトリウム(NaCl)等の「塩化物に属する物質」がある。また、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上を含む場合や、上述の「塩化物に属する物質」に該当する物質のうち、少なくとも一種以上含む場合も該当する。さらに、上述の「糖アルコール類に属する物質」に該当する物質のいずれかと、上述の「塩化物に属する物質」に該当する物質のいずれかとの混合物もある。
すなわち、潜熱蓄熱材10Aが、無機塩水和物からなる場合、「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」が無機塩水和物に溶解するとき、この「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」において、外部から熱を吸収して吸熱反応(例えば、無機塩水和物の水和水との溶解のほか、無機塩水和物が水和水以外に溶媒となり得る分子をその構造の中に有する場合で、水和水以外の構成物質との溶解等も含む)が生じるものを、本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、「無機塩水和物との溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質」と、定義している。
具体的には、融点調整剤20Aは、本実施例1では、キシリトール(C5H12O5)であり、潜熱蓄熱材組成物2A全体の重量に占める配合比率として、キシリトールの配合比率は、30wt%である。キシリトールが、潜熱蓄熱材組成物2A全体の重量に対し、例えば、約30wt%の配合比率で、アンモニウムミョウバン(潜熱蓄熱材10A)に添加されると、潜熱蓄熱材組成物2Aの融点は、約60℃から約80℃に至る広範な温度帯域で、融解潜熱を示す。
次に、本実施形態の実施例1に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法と、その比較例1に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法とを対比して、融液の状態の違いを確認する検証実験1を行い、実施例1に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法の有意性を検証した。その検証実験1について、説明する。
<実験方法>
・検証実験1では、100gの潜熱蓄熱材組成物2A(2)を、容量250mlのポリプロピレン (PP:polypropylene)製の容器に収容し、潜熱蓄熱材組成物2Aの入った容器を、第1温水に4時間浸漬して潜熱蓄熱材組成物2Aを加熱した。その後、この第1温水から移して、この第1温水の温度より低い60℃の第2温水に、潜熱蓄熱材組成物2Aの入った容器を、20時間浸漬して潜熱蓄熱材組成物2Aを冷却した。
・実施例1,比較例1とも、第1温水から取り出した直後に、潜熱蓄熱材組成物2Aの状態と、第2温水から取り出した直後に、潜熱蓄熱材組成物2Aの状態を、それぞれ目視で確認し、これらの状態に差異があるか否かを調査した。
<実施例1と比較例1との共通条件>
・潜熱蓄熱材10A(10)の量:アンモニウムミョウバン12水和物の粉末70g
・融点調整剤20A(20)の量:キシリトールの粉末30g
・潜熱蓄熱材組成物2A(2):アンモニウムミョウバン12水和物の粉末とキシリトールの粉末を混合し、撹拌して作製
・潜熱蓄熱材組成物2Aが融解する温度帯:約60〜80℃
・潜熱蓄熱材組成物2Aの収容形態:容量250mlのポリプロピレン製容器に収容
<実施例1の条件>
・第1温水の温度:80℃
<比較例1の条件>
・第1温水の温度:90℃
<実験結果>
図4は、実施形態の実施例1に係る潜熱蓄熱材組成物の加熱状態と冷却状態とを示した図であり、潜熱蓄熱材をアンモニウムミョウバンとし、融点調整剤をキシリトールとした場合の検証実験1の結果を示す図である。図5は、実施形態の比較例1に係る潜熱蓄熱材組成物の加熱状態と冷却状態とを示した図であり、潜熱蓄熱材をアンモニウムミョウバンとし、融点調整剤をキシリトールとした場合の検証実験1の結果を示す図である。
実施例1で、図4(a)に示すように、第1温水から取り出した加熱直後の潜熱蓄熱材組成物2Aの状態を示す検証用加熱後サンプル41では、潜熱蓄熱材組成物2Aの状態は、薄く白濁した液体であった。また、図4(b)に示すように、第2温水から取り出した冷却直後の潜熱蓄熱材組成物2Aの状態を示す検証用冷却後サンプル42では、潜熱蓄熱材組成物2Aの状態は、薄い黄緑色を呈した固体であった。
これに対し、比較例1で、図5(a)に示すように、第1温水から取り出した加熱直後の潜熱蓄熱材組成物2Aの状態を示す比較用加熱後サンプル51では、潜熱蓄熱材組成物2Aの状態は、薄い黄色を呈した透明の液体であった。また、図5(b)に示すように、第2温水から取り出した冷却直後の潜熱蓄熱材組成物2Aの状態を示す比較用冷却後サンプル52では、潜熱蓄熱材組成物2Aの状態は、比較用加熱後サンプル51に比べ、濃い黄色を呈し、透明の液体のままであった。
<考察>
比較例1のように、潜熱蓄熱材組成物2A(潜熱蓄熱材10A)を90℃に加熱すると、潜熱蓄熱材組成物2A(融点約60〜80℃)の加熱温度は、図1に示したグラフにおける温度Te(約80℃)を上回るため、潜熱蓄熱材10Aは完全に融解してしまう。そのため、比較用冷却後サンプル52内では、凝固していた潜熱蓄熱材10Aの一部による種結晶(図3中、種結晶3)が、融解した潜熱蓄熱材組成物2Aの中で溶け残らず、存在してないことから、過冷却現象が潜熱蓄熱材組成物2Aに発現したものと推察され、潜熱蓄熱材組成物2Aを、図1に示したグラフにおける温度Ts以下に冷却しても、透明の液体のままであったと考えられる。
これに対し、実施例1のように、潜熱蓄熱材組成物2A(潜熱蓄熱材10A)を80℃に加熱すると、潜熱蓄熱材組成物2Aの加熱温度80℃は、図1に示したグラフにおいて、潜熱蓄熱材10Aが完全な固相状態から液相状態に溶け始めるときの温度Ts(約60℃)より高く、潜熱蓄熱材10Aが完全な液相状態になるときの温度Te(約80℃)より僅かに低い範囲内に制御された温度Txに相当している。そのため、検証用冷却後サンプル42内では、凝固していた潜熱蓄熱材10Aの一部による種結晶(図3中、種結晶3)が、融解した潜熱蓄熱材組成物2Aの中で溶け残って存在していることから、潜熱蓄熱材組成物2Aに過冷却現象が起こっていないものと推察され、潜熱蓄熱材組成物2Aを、図1に示したグラフにおける温度Ts以下に冷却すると、液体から固体に相変化したものと考えられる。
(実施例2)
実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物2B(2)を対象に、本実施形態の実施例2に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法について、説明する。はじめに、潜熱蓄熱材組成物2Bの構成について、簡単に説明する。なお、実施例1とは異なる部分を中心に説明し、その他について説明を簡略または省略する。
実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物2B(2)では、潜熱蓄熱材10の主成分は、糖アルコール類に属する物質のキシリトール(C5H12O5)であり、キシリトールの融点は、約92℃である。また、添加剤20は、キシリトールとする潜熱蓄熱材10B(10)の物性を調整する役割を担う水溶性の添加剤で、潜熱蓄熱材10Bの融点を、必要に応じて任意の温度に調整する融点調整剤20Bである。具体的には、融点調整剤20Bは、本実施例2では、ペクチン(Pectin)であり、潜熱蓄熱材組成物2B全体の重量に占める配合比率として、ペクチンの配合比率は、6.9wt%である。ペクチンが、潜熱蓄熱材組成物2B全体の重量に対し、例えば、約7wt%の配合比率で、キシリトール(潜熱蓄熱材10B)に添加されると、潜熱蓄熱材組成物2Bの融点は、約90℃になる。
次に、本実施形態の実施例2に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法と、その比較例2に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法とを対比して、融液の状態の違いを確認する検証実験2を行い、実施例2に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法の有意性を検証した。その検証実験2について、説明する。
<実験方法>
・検証実験2では、潜熱蓄熱材組成物2B(2)として、潜熱蓄熱材10B(10)であるキシリトールの粉末9.4mgと、融点調整剤20B(20)であるペクチンの粉末0.7mgとを混合し撹拌した混合物を、試料とした。潜熱蓄熱材組成物2Bの融点は約90℃である。そして、周知の示差走査熱量測定装置(DSC:Differential scanning calorimetry)を用いて、空気雰囲気の下、試料をアルミニウム製容器内に密閉した状態の下で、試料の蓄熱量・放熱量を測定した。試料は、2℃/min.の加熱速度で昇温し、その後、20分間保持した後、自然な状態で空冷することにより、40℃まで降温させた。昇温開始から降温完了までの間、試料から出入りした熱量を測定し、蓄熱された潜熱量と、放熱された潜熱量を求めた。
<実施例2の条件>
・昇温開始時の温度:40℃
・昇温後に保持した温度:90℃
・降温開始時の温後:90℃
<比較例2の条件>
・昇温開始時の温度:30℃
・昇温後に保持した温度:95℃
・降温開始時の温後:95℃
<実験結果>
図6は、実施形態の実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物の温度と単位時間当たりの蓄熱量の時間変化を示すグラフであり、潜熱蓄熱材をキシリトールとし、融点調整剤をペクチンとした場合の検証実験2の結果を示すグラフである。図7は、実施形態の比較例2に係る潜熱蓄熱材組成物の温度と単位時間当たりの蓄熱量の時間変化を示すグラフであり、潜熱蓄熱材をキシリトールとし、融点調整剤をペクチンとした場合の検証実験2の結果を示すグラフである。
図6及び図7に示すグラフでは、縦軸左側の目盛りが、試料に対する熱流を示しており、この目盛りの「負」の領域は、試料に、単位時間当たりに吸熱される熱量を示し、「正」の領域は、試料から、単位時間当たりに放熱される熱量を示す。また、試料は、時間経過と共に推移する熱流の線図の中で、熱流の絶対値が一時的に大きくなり、最大値(ピークトップ)に達した時間tに対応する試料の温度T(融点及び凝固点と定義)となったとき、単位時間当たりにおける最大の蓄熱量や最大の放熱量を呈する条件となる。試料の融解潜熱は、熱流の線図の中で、単位時間当たりにおける蓄熱量や放熱量のピークの開始時間と終了時間との間で、熱量を積算して得られるピーク面積S(図6及び図7中、斜線の部分)の大きさで示されている。また、試料の熱流の単位は〔μW〕で、試料の質量の単位は〔mg〕であるが、単位換算を行った上で、潜熱の蓄熱量と放熱量の単位は、〔kJ/kg〕としている。
実施例2に係る潜熱蓄熱材組成物2Bでは、図6に示すように、蓄熱ピーク時t1aに対応する温度T1aは89.3℃で、蓄熱した潜熱量S1aは244kJ/kgであった。また、放熱ピーク時t1bに対応する温度T1bは64.9℃で、放熱した潜熱量S1bは195kJ/kgであった。これに対し、比較例2に係る潜熱蓄熱材組成物2Bでは、図7に示すように、蓄熱ピーク時t2に対応する温度T2は91℃で、蓄熱した潜熱量S2は381kJ/kgであった。また、放熱ピークは、存在しなかった。
<考察>
比較例2の場合、潜熱蓄熱材組成物2B(潜熱蓄熱材10B)を、図1に示したグラフにおいて、潜熱蓄熱材10Bが完全に融解する温度Teを超えた温度Taに相当する95℃まで加熱したために、潜熱蓄熱材10Bは、完全に融解してしまい、凝固していた当該潜熱蓄熱材10Bの一部による種結晶(図3中、種結晶3)が、融解した潜熱蓄熱材組成物2Bの中に全く溶け残らず、潜熱蓄熱材組成物2Bに過冷却現象が発現したものと推察される。このことから、潜熱蓄熱材10Bが降温開始以降、融点より低い温度に冷却されても、潜熱蓄熱材組成物2Bが、凝固できず、潜熱を放熱できなかったために、放熱ピークが存在しなかったものと考えられる。
これに対し、実施例2の場合、潜熱蓄熱材組成物2B(潜熱蓄熱材10B)を、図1に示したグラフにおいて、潜熱蓄熱材10Bが完全に融解する温度Teより僅かに低い温度Txに相当する90℃で加熱したために、潜熱蓄熱材10Bは、完全に融解できておらず、凝固していた当該潜熱蓄熱材10Bの一部による種結晶(図3中、種結晶3)が、融解した潜熱蓄熱材組成物2Bの中に溶け残り、潜熱蓄熱材組成物2Bに過冷却現象を解除できたものと推察される。このことから、潜熱蓄熱材10Bが降温開始以降、融点より低い温度に冷却されたら、潜熱蓄熱材組成物2Bが、凝固でき、潜熱を放熱できたために、放熱ピークが存在したものと考えられる。
なお、図1に示したグラフにおいて、潜熱蓄熱材10を、加熱により融液状態にして蓄熱を行うときに加熱する温度Txは、図7に示すようなグラフを参考に、選択される。
次に、本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法で潜熱蓄熱材10を用いた潜熱蓄熱槽80について、図10を用いて簡単に説明する。図8は、実施形態に係る潜熱蓄熱槽を例示した説明図である。前述したように、潜熱蓄熱材組成物2(潜熱蓄熱材対象物1、図2及び図3参照)は、本実施形態では、蓄熱材収容具31の内部に密閉されており、潜熱蓄熱材組成物2を蓄熱材収容具31に収容した蓄熱材封入パック30が、潜熱蓄熱槽80内に貯められた水等の熱媒体83の中に、浸漬した状態で、1つ以上収容されている。潜熱蓄熱材組成物2(潜熱蓄熱材10)への蓄熱にあたり、排熱を生む熱供給源側から流通する熱媒体83が、弁84を介して出入口81から潜熱蓄熱槽80内に流入され、弁85を介して出入口82から熱供給源側に向けて流出される。続いて、潜熱蓄熱材組成物2(潜熱蓄熱材10)からの放熱にあたり、潜熱蓄熱槽80内の熱媒体83が、弁84を介して出入口81から熱提供先の設備側に向けて流出され、熱提供先に熱を搬送した後、弁85を介して出入口82に流入する。
蓄熱時、出入口81から流入した熱媒体83は、本実施形態では、潜熱蓄熱槽80下方から供給されるが、潜熱蓄熱槽80内で熱媒体83に対流が生じていても、潜熱蓄熱槽80内には、熱媒体83の温度に若干のバラツキが生じる虞がある。例えば、出入口81に近接した第1蓄熱材封入パック30A(蓄熱材封入パック30)付近の熱媒体83の温度と、出入口81から離れた第4蓄熱材封入パック30D(蓄熱材封入パック30)付近の熱媒体83の温度との間で、温度差ΔTadが生じ得る。
また、第2蓄熱材封入パック30B(蓄熱材封入パック30)付近の熱媒体83の温度と、第3蓄熱材封入パック30C(蓄熱材封入パック30)付近の熱媒体83の温度との間でも、温度差ΔTbcが生じ得る。このように、潜熱蓄熱槽80内の熱媒体83には、温度分布が生じる虞があり、複数の蓄熱材封入パック30に接触する付近の熱媒体83の温度は、潜熱蓄熱槽80内において、蓄熱材封入パック30の配置位置毎に異なっている虞がある。
潜熱蓄熱槽80では、各蓄熱材封入パック30を対象に、蓄熱材収容具31内の潜熱蓄熱材組成物2に対し、固相状態から液相状態への相変化を開始する温度Tsと、完全に融解する温度Teを、当該潜熱蓄熱材組成物2の周囲を覆う熱媒体83の温度に対応させて、潜熱蓄熱材組成物2内の添加剤20(融点調整剤)の添加量が調整されている。これにより、各蓄熱材封入パック30とも、潜熱蓄熱材組成物2では、過冷却現象の解除がより確実にできている。
次に、本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法の作用・効果について説明する。本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法は、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材10に対し、過冷却現象の発現を防ぐための潜熱蓄熱材の過冷却防止方法において、潜熱蓄熱材10は、単一の成分からなること、潜熱蓄熱材10の物性を調整する添加剤20を配合してなる潜熱蓄熱材組成物2である潜熱蓄熱材対象物1を、加熱により融液状態にして蓄熱を行うとき、融解した潜熱蓄熱材対象物1の融液4には、凝固していた潜熱蓄熱材対象物1(潜熱蓄熱材10)の一部による種結晶3が、溶け残って混在していること、を特徴とする。この特徴により、外部から添加することなく、融解した潜熱蓄熱材対象物1の融液4の中に、潜熱蓄熱材10の一部に過ぎない種結晶3を残存させるだけで、潜熱蓄熱材組成物2(潜熱蓄熱材10)の過冷却現象は、簡単かつ確実に解除することができる。しかも、潜熱蓄熱材10による種結晶3が、潜熱蓄熱材対象物1全体の重量に占める配合比率として、一例として1wt%未満である場合でも、潜熱蓄熱材対象物1に存在していれば、潜熱蓄熱材組成物2(潜熱蓄熱材10)の過冷却現象を解除するのに足りる。また、潜熱蓄熱材10が、実施例1の潜熱蓄熱材10Aであるアンモニウムミョウバン(無機塩水和物)や、実施例2の潜熱蓄熱材10Bであるキシリトール(糖アルコール)である場合のほか、無機塩水和物と糖アルコールとの混合物である場合や、このような混合物で共晶塩をなす場合等でも、潜熱蓄熱材の特性に因らず、潜熱蓄熱材の過冷却現象を解除することができる。勿論、過冷却現象を効果的に解除できる過冷却防止剤について、数多く存在する潜熱蓄熱材の中で、特定の潜熱蓄熱材に適合する過冷却防止剤を探索する作業が不要となる。
従って、本実施形態に係る潜熱蓄熱材の過冷却防止方法によれば、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材10の過冷却現象を、その潜熱蓄熱材10の特性に依らず、簡単にかつ確実に防ぐことができる、という優れた効果を奏する。
また、本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、加熱により蓄熱を行うとき、潜熱蓄熱材対象物1に蓄えられる潜熱量を、潜熱量Hxとし、完全に融液状態となる際に潜熱蓄熱材対象物1に蓄えられる潜熱量を、潜熱量Hmとすると、潜熱量Hx<潜熱量Hm ・・・式(1) 式(1)の条件が成立する場合のみ、潜熱蓄熱材対象物1への蓄熱を行うこと、を特徴とする。この特徴により、潜熱蓄熱材対象物1が、固相状態から液相状態に変化する過程で、このような式(1)の条件を満たして加熱されれば、潜熱蓄熱材対象物1の融液4には、潜熱蓄熱材対象物1の種結晶3が、より確実に溶け残る。
また、本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、加熱を行う上限の温度Txは、潜熱蓄熱材対象物1が完全な固相状態から液相状態に溶け始めるときの温度Tsより高く、潜熱蓄熱材対象物1が完全な液相状態になるときの温度Teより低い範囲内に制御されること、を特徴とする。この特徴により、潜熱蓄熱材対象物1が、固相状態から液相状態に変化する過程で、このような範囲内の温度Txで加熱されれば、潜熱蓄熱材対象物1の融液4には、潜熱蓄熱材対象物1の種結晶3が、より確実に溶け残る。また、本実施形態のように、潜熱蓄熱材対象物1が、潜熱蓄熱材10に添加剤20を配合してなる潜熱蓄熱材組成物2の場合、温度Tsと温度Teとの間の温度帯域の幅が、潜熱蓄熱材対象物1が潜熱蓄熱材10単体の場合に比して広くなる。そのため、潜熱蓄熱材対象物1を潜熱蓄熱槽80に収容して使用するとき、潜熱蓄熱槽80内の熱媒体83の温度に、たとえ温度Tsと温度Teとの範囲内でバラツキがあっても、潜熱蓄熱槽80に収容されている全ての潜熱蓄熱材対象物1に対し、過冷却現象は効果的に解除することができる。また、潜熱蓄熱材をキシリトールとした場合、潜熱蓄熱材の過冷却解除を効果的に発揮できる過冷却防止剤が、未だに開発されていないが、実施例2のように、キシリトールである潜熱蓄熱材10Bでも、過冷却現象は効果的に解除することができる。
また、本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、潜熱蓄熱材10は、相変化に伴う潜熱の出入りを利用して蓄熱またはその放熱を行う蓄熱材であり、潜熱蓄熱材10の主成分が、無機塩水和物からなること、または糖アルコールに属する物質からなること、を特徴とする。この特徴により、数多く存在する潜熱蓄熱材の中で、潜熱蓄熱材10は、過冷却現象が発現し易い特性を有するものの、体積当たりの蓄熱量が比較的高く、蓄熱性能も優れている。また、潜熱蓄熱材10に、アルコールに属する物質や、水溶性の多糖類に属する物質からなる添加剤20を加えても、潜熱蓄熱材10と添加剤20とを組成した潜熱蓄熱材組成物2は、化学的に安定している。
また、本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、潜熱蓄熱材組成物2は、無機塩水和物と、添加剤20Aとして、無機塩水和物との溶解で、負の溶解熱を発生する物性を有する物質と、からなること、を特徴とする。この特徴により、添加剤20Aが配合された潜熱蓄熱材組成物2でも、潜熱蓄熱材組成物2の蓄熱量は、添加剤20Aの添加に起因して低下しない。しかも、アンモニウムミョウバン等のミョウバン水和物で構成した潜熱蓄熱材10では、相変化に伴う潜熱が比較的大きく、かつ「負の溶解熱を発生する物性を有する物質」である添加剤20Aを溶解させる水分が、ミョウバン水和物をなす構造の中に含まれている。そのため、このような潜熱蓄熱材10を主成分とする潜熱蓄熱材組成物2では、比較的大きな融解潜熱と負の溶解熱との足し合わせにより、潜熱蓄熱材10に蓄熱できる蓄熱量も大きくできる。よって、ミョウバン水和物を主成分とする潜熱蓄熱材10を含む潜熱蓄熱材組成物2は、大容量の熱を蓄熱し、それを放熱する蓄放熱性能を具備できている点で、優れている。また、潜熱蓄熱材組成物2の融点も、アンモニウムミョウバン単体状態の融点(93.5℃)より、30℃以上も低くすることができるため、潜熱蓄熱材組成物2は、概ね60℃前後〜80℃前後の範囲内を対象とした温度帯域の排熱に基づいて、蓄熱できるようになる。
また、本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、無機塩水和物は、ミョウバン水和物であること、を特徴とする。この特徴により、例えば、アンモニウムミョウバン12水和物等のようなミョウバン水和物を用いた潜熱蓄熱材10は、相変化に伴う潜熱が比較的大きい物性を有する。そのため、このような物性の潜熱蓄熱材10では、蓄熱できる蓄熱量も比較的大きい。また、ミョウバン水和物である潜熱蓄熱材10を含む潜熱蓄熱材組成物2は、大容量の熱を蓄熱し、それを放熱する蓄放熱性能を具備できている点で、優れている。また、潜熱蓄熱材10は、非危険物であるため、取扱いが容易である上に、安価でもある。
また、本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、ミョウバン水和物は、アンモニウムミョウバン12水和物(AlNH4(SO4)2・12H2O)であること、を特徴とする。この特徴により、アンモニウムミョウバン12水和物やカリウムミョウバン12水和物は、市場で幅広く流通して入手し易く、安価である。
また、本実施形態の潜熱蓄熱材の過冷却防止方法では、糖アルコールに属する物質は、キシリトール(C5H12O5)であること、を特徴とする。この特徴により、キシリトールは、例えば、アンモニウムミョウバン12水和物やカリウムミョウバン12水和物等に蓄熱する熱量(約270(kJ/kg))にほぼ匹敵する熱量の潜熱を蓄熱し、それを放熱する蓄放熱性能を具備することができる上、無毒で非危険物であるため、取扱いが容易である上に、安価でもある。
上記構成を有する本実施形態の潜熱蓄熱槽の作用・効果について説明する。本実施形態の潜熱蓄熱槽80は、蓄熱またはその放熱を行う潜熱蓄熱材10と、該潜熱蓄熱材10との間で熱を移動させるための媒体である熱媒体83と、該潜熱蓄熱材10を内部に収容する蓄熱材収容具31とを、備えた潜熱蓄熱槽80において、当該潜熱蓄熱槽80内には、潜熱蓄熱材10、または潜熱蓄熱材10の物性を調整する添加剤20を配合してなる潜熱蓄熱材組成物2の何れかの潜熱蓄熱材対象物1を収容した蓄熱材収容具31が1または複数、熱媒体83に浸して接触した状態で配設されており、潜熱蓄熱材対象物1は蓄熱時に、熱媒体83の熱により、前述した潜熱蓄熱材の過冷却防止方法に基づいて、加熱されること、潜熱蓄熱材対象物1の組成は、当該潜熱蓄熱槽80内で分布する熱媒体83の温度に対応して、当該潜熱蓄熱槽80内に潜熱蓄熱材対象物1を配設した部位毎に調整されていること、を特徴とする。
この特徴により、潜熱蓄熱槽80に収容した蓄熱材封入パック30ではどれも、潜熱蓄熱材組成物2の過冷却現象の解除が、より確実にできているため、このような潜熱蓄熱材組成物2を用いた潜熱蓄熱槽80は、熱供給源と熱提供先との間で行う熱エネルギの授受について、高い信頼性で実現することができる。しかも、特許文献1のように、潜熱蓄熱材に衝撃を加える設備が、一切不要であり、潜熱蓄熱槽80は、構成の簡素化、かつ省スペース化して設置することができ、潜熱蓄熱槽80全体のコストも安価である。また、潜熱蓄熱槽80の使い勝手も良い。
以上において、本発明を実施形態の実施例1,2、比較例1,2に即して説明したが、本発明は上記実施形態の実施例1,2、比較例1,2に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で、適宜変更して適用できる。
(1)例えば、実施形態の実施例2では、融点調整剤20B等の配合により、潜熱蓄熱材組成物2Bの融点を約90℃に調整したが、融点調整剤により調整される潜熱蓄熱材組成物の融点温度は、これらの温度帯域に限定されるものではなく、潜熱蓄熱材組成物から放熱される熱を利用する熱供給先で、必要する熱源の温度に対応した温度に調整されたものであれば良い。
(2)また、実施形態では、潜熱蓄熱材組成物2を利用した潜熱蓄熱槽80を、図8に例示したが、本発明に係る潜熱蓄熱槽について、当該潜熱蓄熱槽内で潜熱蓄熱材組成物等と熱媒体とを区画し、潜熱蓄熱材組成物等と熱媒体との間で、熱が伝導できる構造であれば、潜熱蓄熱槽の構成・形状・仕様は、何でも良い。また、熱媒体の取入口と、その排出口の配設位置についても、限定されるものではない。