JP6577307B2 - 炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、および炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液 - Google Patents

炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、および炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液 Download PDF

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Description

本発明は、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、および炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液に関する。
従来、炭素繊維束の製造方法として、アクリル繊維などからなる炭素繊維前駆体アクリル繊維束(以下、「前駆体繊維束」とも表記する。)を200℃以上400℃以下の酸化性雰囲気下で加熱処理することにより耐炎化繊維束に転換し(耐炎化工程)、引き続いて1000℃以上の不活性雰囲気下で炭素化して(炭素化工程)、炭素繊維束を得る方法が知られている。この方法で得られた炭素繊維束は、優れた機械的物性を有することにより、特に複合材料用の強化繊維として工業的に広く利用されている。
しかし、炭素繊維束の製造方法において、前駆体繊維束を耐炎化繊維束に転換する耐炎化工程で単繊維間に融着が発生し、耐炎化工程およびそれに続く炭素化工程(以下、耐炎化工程と炭素化工程を総合して「焼成工程」とも表記する。)において、毛羽や束切れといった工程障害が発生する場合があった。この単繊維間の融着を防止する方法として、前駆体繊維束の表面に油剤組成物を付与する方法(油剤処理)が知られており、多くの油剤組成物が検討されてきた。
油剤組成物に用いられる油剤としては、これまで、単繊維間の融着を防止する効果を有するシリコーンを主成分とするシリコーン系油剤が一般的に用いられていた。シリコーンとしては、前駆体繊維束との馴染みやすさ、定着性の観点から、アミノ基やエポキシ基、ポリエーテル基等の反応性基を有する変性シリコーンが一般的に用いられている。
しかし、シリコーン系油剤は加熱により架橋反応が進行して高粘度化し粘着物となり、前駆体繊維束の製造工程や、耐炎化工程で使用される繊維搬送ローラーやガイドなどの表面に堆積しやすかった。そのため、前駆体繊維束や耐炎化繊維束が、繊維搬送ローラーやガイドに巻き付いたり引っかかったりして断糸するなどの操業性低下を引き起こす原因になることがあった。
また、シリコーン系油剤が付着した前駆体繊維束は、焼成工程において酸化ケイ素、炭化ケイ素、窒化ケイ素などの無機ケイ素化合物を生成しやすく、工業的な生産性を低下させるという問題を有していた。
そこで、油剤処理された前駆体繊維束のケイ素含有量を低減することを目的として、シリコーンの含有率を低減した油剤組成物が提案されている。例えば、多環芳香族化合物を50質量%以上100質量%以下含有する乳化剤を40質量%以上100質量%以下含有させ、シリコーン含有量を低減させた油剤組成物が提案されている(特許文献1参照)。
また、ビスフェノールAのエチレンオキシドおよび/またはプロピレンオキシド付加物の両末端高級脂肪酸エステル化物を80質量%以上95質量%以下含有させ、シリコーン含有量を低減させた油剤組成物が提案されている(特許文献2参照)。飽和脂肪族ジカルボン酸とビスフェノールAの酸化エチレンおよび/または酸化プロピレン付加物のモノアルキルエステルとの反応生成物を含有させ、シリコーン含有量を低減させた油剤組成物が提案されている(特許文献3参照)。
また、空気中250℃で2時間加熱した後の残存率が80質量%以上である耐熱樹脂とシリコーンとを組み合わせた油剤を用いた油剤組成物が提案されている(特許文献4参照)。
また、反応性官能基を有する化合物を10質量%以上含み、シリコーン化合物を含有しない、またはシリコーン化合物を含有する場合はケイ素質量に換算して2質量%以下の範囲とする油剤を用いた油剤組成物が提案されている(特許文献5参照)。
また一方で、シリコーン含有量を低減させた油剤組成物において、シリコーン系化合物と非シリコーン系化合物とに親和性を持たせて混和することを目的として相溶化剤を含有した油剤組成物が提案されている(特許文献6、7参照)。
近年では、分子内に3個以上のエステル基を有するエステル化合物とシリコーン系化合物とを必須成分とした油剤組成物が提案されている(特許文献8参照)。該油剤組成物によれば、エステル化合物によってシリコーン含有量を低減させ、かつ炭素繊維製造における単繊維間の融着防止と安定した操業性とを両立させることができる。
また、複数の油剤を用いた炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤が提案されている(特許文献9)。
さらに、ヒドロキシ安息香酸エステル、シクロヘキサンジカルボン酸エステルなど特定のエステル化合物の群より選ばれる少なくとも1種以上の化合物を含有する油剤および油剤組成物が提案されている。(特許文献10、11参照)。
特開2005−264384号公報 特開2002−266239号公報 特開2003−55881号公報 特開2000−199183号公報 特開2005−264361号公報 特開2004−149937号公報 特開2004−169198号公報 国際公開第2007/066517号 特開2013−249572号公報 国際公開第2012/169551号 国際公開第2012/117514号
しかしながら、特許文献1に記載の油剤組成物では、乳化物の安定性を高くするために、乳化剤を40質量%以上用いる必要があった。また、この油剤組成物を付着させた前駆体繊維束の集束性が低下しやすく、高い生産効率で製造するには適していなかった。さらに、機械的物性に優れた炭素繊維束が得られにくいという問題があった。
また、特許文献2、3に記載の油剤組成物は、耐熱樹脂としてビスフェノールA系の芳香族エステルを用いているので耐熱性は極めて高いものの、単繊維間の融着を防止する効果が十分ではなかった。さらに、機械的物性に優れた炭素繊維束が安定して得られにくいという問題があった。
また、特許文献4に記載の油剤組成物は、250℃以上300℃以下において、繊維表面に皮膜を形成するため、耐炎化工程における繊維内部への酸素の拡散が阻害され、耐炎化が均一に行われず、その結果機械的物性に優れた炭素繊維束が安定して得られにくいという問題があった。さらに、特許文献4に記載の油剤組成物は、耐熱性が高いことにより、耐炎化工程において炉内や搬送ローラーへ油剤組成物、あるいはこれらの変性物が堆積するなどして工程障害となる問題があった。
さらに、特許文献5に記載の油剤組成物は、100℃以上145℃以下における油剤組成物の粘度を上げることで油剤付着性を高めることができるが、粘度が高いがために油剤処理後の前駆体繊維束が紡糸工程において繊維搬送ローラーに付着し、繊維束が巻き付くなどの工程障害を引き起こす問題があった。
また一方で、特許文献6、7に記載の相溶化剤を用いた油剤組成物では、一定の相溶化効果は得られるものの、該相溶化剤はシリコーン系化合物への親和性に劣るため、10質量%以上含有させる必要があった。さらには焼成行程において相溶化剤の分解生成物がタール化するなどして行程障害となる場合があった。
また、特許文献8に記載の油剤組成物を付与した前駆体繊維は、操業性は安定するものの、油剤組成物の耐熱性が低いために耐炎化工程において繊維束の集束性が不十分であった。また、特許文献8に記載の油剤組成物は、シリコーンを主成分とするシリコーン系油剤に比べて、得られる炭素繊維束の機械的物性が劣る傾向にあった。
特許文献9では、得られる炭素繊維束の種類によっては、更なる品質の向上が望まれていた。
さらに、特許文献10、11に記載の油剤組成物は、焼成工程における単繊維の融着や膠着は防げるものの、焼成工程での高温処理により揮発しやすいエステル成分が気散(飛散)し、焼成工程の壁面などに凝集・付着して汚染することがあった。また、エステル成分の凝集物が焼成工程の壁面から落ちて前駆体繊維束に付着することにより、工業的な生産性や製品の品質を低下させる可能性もあった。そのため、エステル成分の改善を行うことが望まれている。
このように、シリコーン含有量を低減した油剤、あるいはエステル成分のみの油剤では、シリコーン系油剤に比べて、油剤付与された前駆体繊維束の操業性低下を招くことがあったり、単繊維間の融着防止性や油剤処理された前駆体繊維束の集束性が低下したり、得られる炭素繊維束の機械的物性が劣ったりする傾向にあった。また、焼成工程での高温処理により揮発しやすいエステル成分が気散し、焼成工程の壁面などに凝集して付着し汚染したり、エステル成分の凝集物が焼成工程の壁面から落ちて前駆体繊維束に付着することにより、工業的な生産性や製品の品質を低下させたりする可能性があった。そのため、高品質な炭素繊維束を安定して得ることが困難であった。
一方、従来から広く利用されているシリコーン系油剤では、上述したように、高粘度化による操業性の低下や無機ケイ素化合物の生成による工業的な生産性の低下が問題であった。
つまり、シリコーン系油剤による操業性や工業的な生産性の低下の問題と、シリコーン含有量を低減した油剤、あるいは揮発しやすいエステル成分のみの油剤による単繊維間の融着防止性、前駆体繊維束の集束性、炭素繊維束の機械的物性、エステル成分の気散による操業性や工業的な生産性の低下の問題とは表裏一体の関係にあり、従来技術ではこの両者の課題を全て解決することはできない。
本発明の目的は、炭素繊維束製造工程における単繊維間の融着を効果的に防止すると共に、操業性低下を抑制し、かつ集束性が良好な炭素繊維前駆体アクリル繊維束および機械的物性に優れた炭素繊維束を生産性よく得ることができ、しかも乳化剤の使用量が少なくても容易に乳化できる炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、および炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液を提供することにある。
本発明者らは鋭意検討した結果、特定の構造のヒドロキシ安息香酸エステルと、アミノ変性シリコーンと、特定の有機化合物とを含む油剤を用いることにより、上述したシリコーン系油剤の問題と、シリコーン含有率を低減した油剤、あるいはエステル成分のみの油剤の問題を共に解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の態様を有する。
(1) 下記式(1a)で示されるヒドロキシ安息香酸エステル(A)と;下記式(3e)で示されるアミノ変性シリコーン(H)と;前記ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と相溶し、空気雰囲気下での熱質量分析において300℃における残質量率R1が70質量%以上100質量%以下であり、かつ100℃で液体である有機化合物(X)と;を含む、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
Figure 0006577307
式(1a)中、R1aは炭素数8以上20以下の炭化水素基である。
Figure 0006577307
式(3e)中、qeおよびreは1以上の任意の数であり、seは1以上5以下であり、ジメチルシロキサンユニットとメチルアミノアルキルシロキサンユニットはランダムである。
(2) 前記有機化合物(X)が、下記式(1b)で示されるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)、下記式(2b)で示されるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)、下記式(2e)で示されるポリオキシエチレンビスフェノールA脂肪酸エステル(G)からなる群より選ばれる1種以上であり、かつ、下記条件(a)および下記条件(b)を満たす、(1)に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
条件(a):ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と、アミノ変性シリコーン(H)と、有機化合物(X)との含有量の合計に対するアミノ変性シリコーン(H)の含有量の質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.05以上0.8以下である。
条件(b):ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と、有機化合物(X)との含有量の合計に対するヒドロキシ安息香酸エステル(A)の含有量の質量比率〔(A)/[(A)+(X)]〕が0.1以上0.8以下である。
Figure 0006577307
式(1b)中、R1bおよびR2bはそれぞれ独立して、炭素数8以上22以下の炭化水素基である。
Figure 0006577307
式(2b)中、R3bおよびR5bはそれぞれ独立して、炭素数8以上22以下の炭化水素基であり、R4bは炭素数2以上10以下の炭化水素基、またはオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールから2つの水酸基を除去した残基である。
Figure 0006577307
式(2e)中、R4eおよびR5eはそれぞれ独立して、炭素数7以上21以下の炭化水素基であり、oeおよびpeはそれぞれ独立して、1以上5以下である。
(3) 前記質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.2以上0.8以下である、(2)に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
(4) 前記質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.4以上0.8以下である、(2)に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
(5) 前記質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.5以上0.8以下である、(2)に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
(6) (1)〜(5)のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤と、非イオン系界面活性剤とを含む、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
(7) 前記炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤100質量部に対し、非イオン系界面活性剤を10質量部以上100質量部以下含む、(6)に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
(8) (6)または(7)に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物が水中で分散している、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液。
(9) また本発明の一態様において、(6)または(7)に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物は、前記炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物全体に対して、前記ヒドロキシ安息香酸エステル(A)を10質量%以上40質量%以下、前記アミノ変性シリコーン(H)を5質量%以上25質量%以下、前記シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)を10質量%以上40質量%以下含んでもよい。
(10) (6)、(7)、(9)のいずれか1つに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物は、前記ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と前記シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)との合計質量に対する前記アミノ変性シリコーン(H)の質量の比率〔(H)/[(A)+(C)]〕が、1/16以上3/5以下であってもよい。
(11) また本発明の一態様において、(6)または(7)に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物は、前記炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物全体に対して、前記ヒドロキシ安息香酸エステル(A)を10質量%以上40質量%以下、前記アミノ変性シリコーン(H)を25質量%超過60質量%以下、前記シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)を10質量%以上40質量%以下含んでもよい。
(12) (6)、(7)、(11)のいずれか1つに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物は、前記ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と前記シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)との合計質量に対する前記アミノ変性シリコーン(H)の質量の比率〔(H)/[(A)+(C)]〕が、3/5超過3/1以下であってもよい。
本発明によれば、炭素繊維束製造工程における単繊維間の融着を効果的に防止すると共に、操業性低下を抑制し、かつ集束性が良好な炭素繊維前駆体アクリル繊維束および機械的物性に優れた炭素繊維束を生産性よく得ることができ、しかも乳化剤の使用量が少なくても容易に乳化できる炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物、および炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液を提供できる。
以下、本発明の一態様を詳細に説明する。
「炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤」
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤(以下、単に「油剤」とも表記する。)は、以下に記載のヒドロキシ安息香酸エステル(A)と;以下に記載のアミノ変性シリコーン(H)と;以下に記載の有機化合物(X)を必須成分として含み、アクリル繊維からなる油剤処理前の炭素繊維前駆体アクリル繊維束へ付与される。
以下、本明細書において、油剤処理前のアクリル繊維からなる炭素繊維前駆体繊維束(炭素繊維前駆体アクリル繊維束)を「前駆体繊維束」という。
<ヒドロキシ安息香酸エステル(A)>
ヒドロキシ安息香酸エステル(A)は、下記式(1a)で示される。
Figure 0006577307
式(1a)中、R1aは炭素数8以上20以下の炭化水素基である。R1aの炭素数が8以上であれば、ヒドロキシ安息香酸エステルの熱的安定性を良好に維持できるので、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られる。一方、R1aの炭素数が20以下であれば、ヒドロキシ安息香酸エステルの粘度が高くなりすぎず、固形化しにくいので、油剤であるヒドロキシ安息香酸エステルを含む油剤組成物のエマルションを容易に調製でき、油剤が前駆体繊維束に均一に付着する。
上記式(1a)で示される構造の化合物は、ヒドロキシ安息香酸と、炭素数8以上20以下の1価の脂肪族アルコールとのエステル化反応により得られる。
従って、式(1a)中のR1aは、炭素数8以上20以下の1価の脂肪族アルコールに由来する。R1aとしては、炭素数8以上20以下のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基のいずれでもよく、直鎖状もしくは分岐鎖状であってもよい。R1aの炭素数は、11以上20以下が好ましく、14以上20以下がより好ましい。
アルキル基としては、例えばn−およびiso−オクチル基、2−エチルヘキシル基、n−およびiso−ノニル基、n−およびiso−デシル基、n−およびiso−ウンデシル基、n−およびiso−ドデシル基、n−およびiso−トリデシル基、n−およびiso−テトラデシル基、n−およびiso−ヘキサデシル基、n−およびiso−ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、エイコシル基等が挙げられる。
アルケニル基としては、例えばオクテニル基、ノネニル基、デセニル基、ウンデセニル基、ドデセニル基、テトラデセニル基、ペンタデセニル基、ヘキサデセニル基、ヘプタデセニル基、オクタデセニル基、ノナデセニル基、イコセニル基等が挙げられる。
アルキニル基としては、例えば1−および2−オクチニル基、1−および2−ノニニル基、1−および2−デシニル基、1−および2−ウンデシニル基、1−および2−ドデシニル基、1−および2−トリデシニル基、1−および2−テトラデシニル基、1−および2−ヘキサデシニル基、1−および2−オクタデシニル基、1−および2−ノナデシニル基、1−および2−エイコシニル基等が挙げられる。
ヒドロキシ安息香酸エステルは、ヒドロキシ安息香酸と、炭素数8以上20以下の1価の脂肪族アルコールとを、無触媒または錫化合物、チタン化合物等の公知のエステル化触媒の存在下で縮合反応させることで得ることができる。縮合反応は、不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。反応温度は、好ましくは160℃以上250℃以下、より好ましくは180℃以上230℃以下である。
縮合反応に供するヒドロキシ安息香酸とアルコール成分のモル比は、ヒドロキシ安息香酸1モルに対して、炭素数8以上20以下の1価の脂肪族アルコールが0.9モル以上1.3モル以下が好ましく、1.0モル以上1.2モル以下がより好ましい。なお、エステル化触媒を用いる場合は、縮合反応後、触媒を不活性化して、吸着剤により除去することが、ストランド強度の観点から好ましい。
<アミノ変性シリコーン(H)>
アミノ変性シリコーン(H)は、前駆体繊維束との馴染みが良く、言い換えれば、アミノ変性シリコーン(H)のアミノ基とアクリル繊維構造のニトリル基との相互作用が強く、油剤の前駆体繊維束との親和性および耐熱性の向上に有効である。
アミノ変性シリコーン(H)は、下記式(3e)で示される。
Figure 0006577307
式(3e)中、qeおよびreは1以上の任意の数であり、seは1以上5以下であり、ジメチルシロキサンユニットとメチルアミノアルキルシロキサンユニットはランダムである。
式(3e)中のアミノ変性シリコーンのqeは1以上の任意の数であることが好ましく、10以上300以下であることがより好ましく、50以上200以下であることがさらに好ましい。また、reは1以上の任意の数であることが好ましく、2以上10以下であることがより好ましく、2以上5以下であることがさらに好ましい。式(3e)中のqeおよびreが上記範囲内であれば、十分な耐熱性や炭素繊維束の性能発現性を得ることができる。また、qeが10以上であると、十分な耐熱性が得られ単繊維間の融着を効果的に防止することができる。また、qeが300以下であれば油剤、界面活性剤および水を乳化処理して得られる油剤処理液の調製が容易であり、安定な油剤処理液が得られる。また、reが2以上であると、前駆体繊維束と十分な親和性が得られ、単繊維間の融着を効果的に防止することができる。また、reが10以下であると、油剤組成物そのものが十分な耐熱性を有するため、やはり単繊維間の融着を防止することができる。
式(3e)中のアミノ変性シリコーンのseは1以上5以下であることが好ましく、アミノ変性部がアミノプロピル基、すなわちseが3であることがより好ましい。なお、式(3e)で示されるアミノ変性シリコーンは複数の化合物の混合物である場合もある。従って、qe、re、seはそれぞれ整数でない場合もあり得る。
式(3e)中のqeおよびreは後述するアミノ変性シリコーン(H)の動粘度およびアミノ当量からの推算値として概算することができる。
qeおよびreを求める手順は、まずアミノ変性シリコーン(H)の動粘度を測定し、測定された動粘度の値からA.J.Barryの式(logη=1.00+0.0123M0.5、(η:25℃における動粘度、M:分子量))により分子量を算出する。ついで、この分子量とアミノ当量から、1分子あたりの平均のアミノ基数reが求まる。分子量およびre、seが定まることでqeの値を決定することができる。
アミノ変性シリコーン(H)は、25℃における動粘度が50mm/s以上500mm/s以下であることが好ましく、80mm/s以上300mm/s以下であることがより好ましい。動粘度が50mm/s以上であると、前駆体繊維束に十分な集束性を付与することができる。一方、動粘度が500mm/s以下であると、油剤、界面活性剤および水を乳化処理して得られる油剤処理液の調製が容易であり、安定な油剤処理液が得られる。
アミノ変性シリコーン(H)の動粘度は、JIS−Z−8803に規定されている“液体の粘度−測定方法”、あるいはASTM D 445−46Tに準拠して測定される値であり、例えばウッベローデ粘度計を用いて測定できる。
アミノ変性シリコーン(H)のアミノ当量は2000g/mol以上8000g/mol以下であることが好ましく、2500g/mol以上6000g/mol以下であることがより好ましい。アミノ当量が2000g/mol以上であると、シリコーン1分子中のアミノ基の数が多くなりすぎず、アミノ変性シリコーンが十分な熱安定性を有し、紡糸工程および焼成工程でトラブルを起こしにくい。一方、8000g/mol以下であると、シリコーン1分子中のアミノ基の数が少なくなりすぎず、前駆体繊維束と十分馴染み、油剤組成物が均一に付着する。アミノ当量が上記範囲内であれば、前駆体繊維束との馴染みやすさと、シリコーンの熱安定性を両立できる。
<有機化合物(X)>
有機化合物(X)は、ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と相溶し、空気雰囲気下での熱質量分析において300℃における残質量率R1が70質量%以上100質量%以下であり、かつ100℃で液体である。残質量率R1が70質量%未満であると、焼成工程における気散と壁面への付着が問題となることがある。残質量率R1が70質量%以上であれば、焼成工程における気散量が十分少なく、操業性や工業的な生産性を低下させることがない。
残質量率R1は次の手法で測定することができる。
ガスを流通可能な熱質量測定装置(島津製作所株式会社製、商品名:ミクロ熱重量測定装置TGA−50)を用い、室温にて有機化合物(X)約50mgを装置に試料としてセットし、この時の初期質量をWとする。その後、空気を流量200mL/分で流通させながら300℃まで10℃/分の昇温速度で加熱し、300℃に到達した時に残存している試料の質量をWとする。WとWを測定し、下記式(iii)より残質量率R1を求める。
残質量率R1[質量%]=(W/W)×100 ・・・(iii)
有機化合物(X)としては、前述の条件を満たすものであれば特に限定されるものではないが、シクロヘキサンジカルボン酸と炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールとの反応により得られる化合物(以下、「シクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)」とも表記する。)、シクロヘキサンジカルボン酸と、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールと、炭素数2以上10以下の多価アルコールおよび/またはオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下のポリオキシアルキレングリコールとの反応により得られる化合物(以下、「シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)」)、ビスフェノールA骨格を有する芳香族エステル化合物、等が焼成工程における有機化合物の気散量(飛散量)低減の観点から好適である。
(シクロヘキサンジカルボン酸エステル)
シクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)、(C)は、耐炎化工程において十分な耐熱性を有しているうえに、芳香環を有していないことから、炭素化工程において低分子化して炉内流通ガスと共に系外に排出されやすく、工程障害や品質低下の原因になりにくい。また、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)、(C)は、後述する界面活性剤を用い、乳化法によって水中に分散しやすいため、前駆体繊維束に均一に付着しやすく、良好な機械的物性を有する炭素繊維束を得るための炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造に効果的である。
シクロヘキサンジカルボン酸としては、1,2−シクロヘキサンジカルボン酸、1,3−シクロヘキサンジカルボン酸、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸のいずれでもよいが、合成のし易さ、耐熱性の点で1,4−シクロヘキサンジカルボン酸が好ましい。
シクロヘキサンジカルボン酸エステルのシクロヘキサンジカルボン酸部分の原料はシクロヘキサンジカルボン酸であってもよく、その酸無水物であってもよく、また、その炭素数1以上3以下の短鎖アルコールとのエステルであってもよい。炭素数1以上3以下の短鎖アルコールとしては、メタノール、エタノール、ノルマルまたはイソプロパノールが挙げられる。
シクロヘキサンジカルボン酸エステルの原料となるアルコールとしては、1価の脂肪族アルコール、多価アルコール、およびポリオキシアルキレングリコールからなる群より選ばれる1種以上のアルコールを用いる。
1価の脂肪族アルコールの炭素数は8以上22以下である。炭素数が8以上であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステルの熱的安定性を良好に維持できるので、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られる。一方、炭素数が22以下であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステルの粘度が高くなりすぎず、固形化しにくいので、油剤であるシクロヘキサンジカルボン酸エステルを含む油剤組成物のエマルションを容易に調製でき、油剤組成物が前駆体繊維束に均一に付着する。
1価の脂肪族アルコールの炭素数は、上記の観点から、12以上22以下が好ましく、15以上22以下がより好ましい。
炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールとしては、例えばオクタノール、2−エチルヘキサノール、ノナノール、デカノール、ウンデカノール、ドデカノール、トリデカノール、テトラデカノール、ヘキサデカノール、ヘプタデカノール、オクタデカノール、ノナデカノール、エイコサノール、ヘンエイコサノール、ドコサノール等のアルキルアルコール;オクテニルアルコール、ノネニルアルコール、デセニルアルコール、ウンデセニルアルコール、ドデセニルアルコール、テトラデセニルアルコール、ペンタデセニルアルコール、ヘキサデセニルアルコール、ヘプタデセニルアルコール、オクタデセニルアルコール、ノナデセニルアルコール、イコセニルアルコール、ヘンイコセニルアルコール、ドコセニルアルコール、オレイルアルコール、ガドレイルアルコール、2−エチルデセニルアルコール等のアルケニルアルコール;オクチニルアルコール、ノニニルアルコール、デシニルアルコール、ウンデシニルアルコール、ドデシニルアルコール、トリデシニルアルコール、テトラデシニルアルコール、ヘキサデシニルアルコール、ステアリニルアルコール、ノナデシニルアルコール、エイコシニルアルコール、ヘンイコシニルアルコール、ドコシニルアルコール等のアルキニルアルコールなどが挙げられる。中でも油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液の調製のし易さ、紡糸工程において繊維搬送ローラーへ付着した場合に搬送ローラーに繊維が巻き付くなどの工程障害が起こりにくく、かつ所望の耐熱性を有するという、ハンドリング・工程通過性・性能のバランスから、オレイルアルコールが好ましい。
これら脂肪族アルコールは、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
多価アルコールの炭素数は2以上10以下である。炭素数が2以上であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステルの熱的安定性を良好に維持できるので、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られる。一方、炭素数が10以下であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステルの粘度が高くなりすぎず、固形化しにくいので、油剤であるシクロヘキサンジカルボン酸エステルを含む油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液を容易に調製でき、油剤組成物が前駆体繊維束に均一に付着する。
多価アルコールの炭素数は、上記の観点から、5以上10以下が好ましく、5以上8以下がより好ましい。
炭素数2以上10以下の多価アルコールは、脂肪族アルコールでもよいし、芳香族アルコールでもよく、飽和アルコールであっても不飽和アルコールであってもよい。
このような多価アルコールとしては、例えばエチレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,7−ヘプタンジオール、1,8−オクタンジオール、1,9−ノナンジオール、1,10−デカンジオール、2−メチル−1,3−プロパンジオール、3−メチル−1,5−ペンタンジオール、1,5−ヘキサンジオール、2−メチル−1,8−オクタンジオール、ネオペンチルグリコール、2−イソプロピル−1,4−ブタンジオール、2−エチル−1,6−ヘキサンジオール、2,4−ジメチル−1,5−ペンタンジオール、2,4−ジエチル−1,5−ペンタンジオール、1,3−ブタンジオール、2−エチル−1,3−ヘキサンジオール、2−ブチル−2−エチル−1,3−プロパンジオール、1,3−シクロヘキサンジオール、1,4−シクロヘキサンジオール、1,4−シクロヘキサンジメタノール等の2価アルコール;トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、ヘキサントリオール、グリセリン等の3価アルコールなどが挙げられるが、油剤を低粘度下し、均一に油剤を前駆体繊維束に付着させる観点から、2価アルコールが好ましい。
ポリオキシアルキレングリコールは、オキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下の繰り返し単位を有し、2つの水酸基を有する。水酸基は両末端に有することが好ましい。
オキシアルキレン基の炭素数が2以上であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステルの熱的安定性を良好に維持できるので、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られる。一方、オキシアルキレン基の炭素数が4以下であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステルの粘度が高くなりすぎず、固形化しにくいので、油剤であるシクロヘキサンジカルボン酸エステルを含む油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液を容易に調製でき、油剤を前駆体繊維束に均一に付着させることが可能となる。
ポリオキシアルキレングリコールとしては、例えばポリオキシエチレングリコール、ポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシテトラメチレングリコール、ポリオキシブチレングリコールなどが挙げられる。オキシアルキレン基の平均付加モル数は、油剤を低粘度下し、均一に油剤を繊維に付着させる観点から、1以上15以下が好ましく、1以上10以下がより好ましく、2以上8以下がさらに好ましい。
炭素数2以上10以下の多価アルコールとオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下のポリオキシアルキレングリコールとは、両方用いてもよく、いずれか一方用いてもよい。
シクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)としては、下記式(1b)で示されるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)が好ましく、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)としては、下記式(2b)で示されるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)が好ましい。
Figure 0006577307
Figure 0006577307
式(1b)中、R1bおよびR2bはそれぞれ独立して、炭素数8以上22以下の炭化水素基である。R1bおよびR2bの炭素数が8以上であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)の熱的安定性を良好に維持できるので、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られる。一方、R1bおよびR2bの炭素数が22以下であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)の粘度が高くなりすぎず、固形化しにくいので、油剤であるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)を含む油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液を容易に調製でき、油剤組成物が前駆体繊維束に均一に付着する。R1bおよびR2bの炭素数は、上記の観点から、それぞれ独立して、12以上22以下が好ましく、15以上22以下がさらに好ましい。
1bおよびR2bは、同じ構造であってもよいし、個々に独立した構造であってもよい。
式(1b)で示される構造の化合物は、シクロヘキサンジカルボン酸と、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールとのエステル化反応により得られるシクロヘキサンジカルボン酸エステルである。従って、式(1b)中のR1bおよびR2bは、脂肪族アルコールに由来する。R1bおよびR2bとしては、炭素数8以上22以下のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基のいずれでもよく、直鎖状もしくは分岐鎖状であってもよい。
アルキル基としては、例えばn−およびiso−オクチル基、2−エチルヘキシル基、n−およびiso−ノニル基、n−およびiso−デシル基、n−およびiso−ウンデシル基、n−およびiso−ドデシル基、n−およびiso−トリデシル基、n−およびiso−テトラデシル基、n−およびiso−ヘキサデシル基、n−およびiso−ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、エイコシル基、ヘンエイコシル、並びにドコシル基等が挙げられる。
アルケニル基としては、例えばオクテニル基、ノネニル基、デセニル基、ウンデセニル基、ドデセニル基、テトラデセニル基、ペンタデセニル基、ヘキサデセニル基、ヘプタデセニル基、オクタデセニル基、ノナデセニル基、イコセニル基、ヘンイコセニル基、ドコセニル基、オレイル基、ガドレイル基、並びに2−エチルデセニル基等が挙げられる。
アルキニル基としては、例えば1−および2−オクチニル基、1−および2−ノニニル基、1−および2−デシニル基、1−および2−ウンデシニル基、1−および2−ドデシニル基、1−および2−トリデシニル基、1−および2−テトラデシニル基、1−および2−ヘキサデシニル基、1−および2−ステアリニル基、1−および2−ノナデシニル基、1−および2−エイコシニル基、1−および2−ヘンイコシニル基、並びに1−および2−ドコシニル基等が挙げられる。
シクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)は、例えば、シクロヘキサンジカルボン酸と、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールとを、無触媒または錫化合物、チタン化合物等の公知のエステル化触媒の存在下で縮合反応させることで得ることができる。縮合反応は、不活性ガス雰囲気中で行うことが好ましい。
反応温度は、好ましくは160℃以上250℃以下、より好ましくは180℃以上230℃以下である。
縮合反応に供するカルボン酸成分とアルコール成分のモル比は、シクロヘキサンジカルボン酸1モルに対して、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールが1.8モル以上2.2モル以下であることが好ましく、1.9モル以上2.1モル以下がより好ましい。
なお、エステル化触媒を用いる場合は、縮合反応後に、触媒を不活性化して、吸着剤により除去することが、ストランド強度の観点から好ましい。
一方、式(2b)中、R3bおよびR5bはそれぞれ独立して、炭素数8以上22以下の炭化水素基であり、R4bは炭素数2以上10以下の炭化水素基、またはオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールから2つの水酸基を除去した2価の残基である。
3bおよびR5bは、それぞれの炭素数が8以上であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)の熱的安定性を良好に維持できるので、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られる。一方、R3bおよびR5bのそれぞれの炭素数が22以下であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)の粘度が高くなりすぎず、固形化しにくいので、油剤であるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)を含む油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液を容易に調製でき、油剤組成物が前駆体繊維束に均一に付着する。R3bおよびR5bの炭素数は、それぞれ独立して、12以上22以下が好ましく、15以上22以下がさらに好ましい。
3bおよびR5bは、同じ構造であってもよいし、個々に独立した構造であってもよい。
また、R4bは、炭化水素基の場合は炭素数が2以上、またはポリオキシアルキレングリコールから2つの水酸基を除去した2価の残基の場合はその2価の残基を構成するオキシアルキレン基の炭素数が2以上であれば、シクロヘキシル環に付加されたカルボキシル基とエステル化し、シクロヘキシル環の間に架橋をかけ、熱的安定性の高い物質を得ることが容易となる。一方、炭化水素基の場合は炭素数が10以下、またはポリオキシアルキレングリコールから2つの水酸基を除去した2価の残基の場合はその2価の残基を構成するオキシアルキレン基の炭素数が4以下であれば、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)の粘度が高くなりすぎず、固形化しにくいので、油剤であるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)を含む油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液を容易に調製でき、油剤組成物を前駆体繊維束に均一に付着させることが可能となる。
4bが炭化水素基の場合は、炭素数は5以上10以下が好ましく、ポリアルキレングリコールから2つの水酸基を除去した2価の残基の場合はその2価の残基を構成するオキシアルキレン基の炭素数は4が好ましい。
シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)は、例えば、シクロヘキサンジカルボン酸と、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールと、炭素数2以上10以下の多価アルコールとの縮合反応、またはシクロヘキサンジカルボン酸と、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールと、オキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールとの縮合反応により得られる。従って、式(2b)中のR3bおよびR5bは、脂肪族アルコールに由来する。R3bおよびR5bとしては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基のいずれでもよく、直鎖状もしくは分岐鎖状であってもよい。これらアルキル基、アルケニル基、アルキニル基としては、式(1b)のR1bおよびR2bの説明において先に例示したアルキル基、アルケニル基、アルキニル基が挙げられる。
3bおよびR5bは、同じ構造であってもよいし、個々に独立した構造であってもよい。
一方、R4bは、炭素数2以上10以下の多価アルコールまたはオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールに由来する。
4bが炭素数2以上10以下の多価アルコールに由来する場合、R4bは、直鎖状もしくは分岐鎖状の飽和または不飽和の2価の炭化水素基が好ましく、具体的には、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基の任意の炭素原子から水素を1つ取除いた置換基が好ましく挙げられる。炭素数は、前述のとおり、5以上10以下が好ましく、5以上8以下がより好ましい。
アルキル基としては、例えばエチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、n−およびiso−ヘプチル基、n−およびiso−オクチル基、2−エチルヘキシル基、n−およびiso−ノニル基、n−およびiso−デシル基等が挙げられる。
アルケニル基としては、例えばエテニル基、プロペニル基、ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基、ヘプテニル基、オクテニル基、ノネニル基、デセニル基等が挙げられる。
アルキニル基としては、例えばエチニル基、プロピニル基、ブチニル基、ペンチニル基、へキシニル基、へプチニル基、オクチニル基、ノニニル基、デシニル基等が挙げられる。
一方、R4bがポリオキシアルキレングリコールに由来する場合、R4bは、ポリオキシアルキレングリコールから2つの水酸基を除去した2価の残基であり、具体的には、−(OA)pb−1−A−で表わされる(ここで、OAは炭素数2以上4以下のオキシアルキレン基、Aは炭素数2以上4以下のアルキレン基、pbはポリオキシアルキレングリコール1分子中に含まれるオキシアルキレン基の数を示す。)。pbは、1以上15以下が好ましく、1以上10以下がより好ましく、2以上8以下がさらに好ましい。
オキシアルキレン基としては、オキシエチレン基、オキシプロピレン基、オキシテトラメチレン基、オキシブチレン基などが挙げられる。
シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)を生成する縮合反応の条件は、前記のものと同じである。
縮合反応に供するカルボン酸成分とアルコール成分のモル比は、副反応を抑制する観点から、シクロヘキサンジカルボン酸1モルに対して、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールを0.8モル以上1.6モル以下、かつ炭素数2以上10以下の多価アルコールおよび/またはオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールを0.2モル以上0.6モル以下用いるのが好ましく、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールが0.9モル以上1.4モル以下、かつ炭素数2以上10以下の多価アルコールおよび/またはオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールを0.3モル以上0.55モル以下用いるのがより好ましく、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールを0.9モル以上1.2モル以下、かつ炭素数2以上10以下の多価アルコールおよび/またはオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールを0.4モル以上0.55モル以下用いるのがさらに好ましい。
また、縮合反応に供するアルコール成分中、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコールの量と、炭素数2以上10以下の多価アルコールとオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールの合計の量との比は、以下のとおりである。すなわち、炭素数8以上22以下の1価の脂肪族アルコール1モルに対して、炭素数2以上10以下の多価アルコールとオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールとの合計は0.1モル以上0.6モル以下が好ましく、0.2モル以上0.6モル以下がより好ましく、0.4モル以上0.6モル以下がさらに好ましい。
シクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)、(C)の中から有機化合物(X)を選択する場合は、耐炎化工程において気散せずに安定して前駆体繊維束の表面に残存しやすい点で、上記式(2b)で示される構造のシクロヘキサンジカルボン酸エステルが特に好ましい。
なお、1分子中のシクロヘキシル環の数は、油剤組成物としたときの粘度が低く、水中に分散し易くなるうえに、エマルションの安定性が良好なため、1または2が好ましい。
(芳香族エステル化合物)
ビスフェノールA骨格を有する芳香族エステル化合物としては、例えばポリオキシエチレンビスフェノールAジアクリレート、ポリオキシプロピレンビスフェノールAジアクリレート、ポリオキシエチレンビスフェノールA脂肪酸エステル、ポリオキシプロピレンビスフェノールA脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンビスフェノールAジメタクリレート、ポリオキシプロピレンビスフェノールAジメタクリレート、ビスフェノールAエチレングリコレートジアセテート、ビスフェノールAグリセロレイトジアセテートなどが挙げられる。これらの中でも、ビスフェノールA骨格を有する芳香族エステル化合物としては、耐熱性に特に優れる点で、下記式(2e)で示されるポリオキシエチレンビスフェノールA脂肪酸エステル(G)が好ましい。
Figure 0006577307
式(2e)中、R4eおよびR5eはそれぞれ独立して、炭素数7以上21以下の炭化水素基である。炭化水素基の炭素数が7以上であれば、ポリオキシエチレンビスフェノールA脂肪酸エステル(G)の耐熱性を良好に維持できるので、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られる。一方、炭化水素基の炭素数が21以下であれば、ポリオキシエチレンビスフェノールA脂肪酸エステル(G)を含む油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液を容易に調製でき、油剤組成物が前駆体繊維束に均一に付着する。その結果、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られるとともに、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の集束性が向上する。炭化水素基の炭素数は9以上15以下が好ましく、11がより好ましい。
4eおよびR5eは、同じ構造であってもよいし、個々に独立した構造であってもよい。
炭化水素基としては、飽和炭化水素基が好ましく、その中でも特に飽和鎖式炭化水素基が好ましい。具体的には、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ラウリル基(ドデシル基)、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基(エイコシル基)、ヘンイコシル基(ヘンエイコシル基)等のアルキル基などが挙げられる。
また、式(2e)中、oeおよびpeはそれぞれ独立して、1以上5以下である。oeおよびpeの値が上述の範囲を超えると、ポリオキシエチレンビスフェノールA脂肪酸エステル(G)の耐熱性が低下し、耐炎化工程で単繊維間の融着が起きる場合がある。
なお、式(2e)で示されるポリオキシエチレンビスフェノールA脂肪酸エステル(G)は、複数の化合物の混合物である場合もあり、従って、oeおよびpeは整数でない場合もあり得る。また、R4eおよびR5eを形成する炭化水素基は1種類であっても複数の種類の混合物であっても差し支えない。
<含有量>
油剤は、下記条件(a)および下記条件(b)を満たすことが好ましい。
条件(a):ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と、アミノ変性シリコーン(H)と、有機化合物(X)との含有量の合計に対するアミノ変性シリコーン(H)の含有量の質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.05以上0.8以下である。
条件(b):ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と、有機化合物(X)との含有量の合計に対するヒドロキシ安息香酸エステル(A)の含有量の質量比率〔(A)/[(A)+(X)]〕が0.1以上0.8以下である。
条件(a)において、質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕は0.05以上0.8以下であり、0.2以上0.8以下であることが好ましく、0.4以上0.8以下であることがより好ましく、0.5以上0.8以下であることがさらに好ましい。質量比率が0.05以上であると、紡糸および焼成工程での工程安定性を十分確保でき、0.8以下であると焼成工程での酸化ケイ素、炭化ケイ素、窒化ケイ素などのケイ素化合物の生成を十分低減することができる。
条件(b)において、質量比率〔(A)/[(A)+(X)]〕は0.1以上0.8以下であり、0.3以上0.8以下であることが好ましく、0.5以上0.8以下であることがより好ましい。質量比率が0.1以上であると、耐炎化工程において十分な融着防止効果が得られ、最終的に品位の高い炭素繊維束が得られる。また、0.8以下であると油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液の調製が容易である。
<油剤の使用形態>
油剤は、界面活性剤などと混合して油剤組成物とし、該油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液の形態で前駆体繊維束に付与されるのが好ましく、より均一に油剤を前駆体繊維束に付与できる。
以下、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物の一例について説明する。
<炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物>
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物(以下、単に「油剤組成物」とも表記する。)は、上述した本発明の油剤と、界面活性剤とを含有する。
油剤組成物の各成分の含有量としては、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)の含有量は、油剤組成物の総質量に対して10質量%以上40質量%以下が好ましく、15質量%以上35質量%以下がより好ましく、20質量%以上30質量%以下がさらに好ましい。シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)の含有量が、10質量%以上であればヒドロキシ安息香酸エステル(A)を均一に前駆体繊維束に付与することが可能となり、40質量%以下であれば油剤の耐熱性も良好に保たれるため耐炎化工程での単繊維間の融着を効果的に防止することができる。
また、ヒドロキシ安息香酸エステル(A)の含有量は、油剤組成物の総質量に対して10質量%以上40質量%以下が好ましく、15質量%以上35質量%以下がより好ましく、20質量%以上30質量%以下がさらに好ましい。ヒドロキシ安息香酸エステル(A)の含有量が、10質量%以上であれば油剤としての耐熱性が向上し耐炎化工程での単繊維間の融着を効果的に防止することが可能となり、40質量%以下であれば前駆体繊維束に付与した際にヒドロキシ安息香酸エステル(A)が偏在するようなことがない。
ヒドロキシ安息香酸エステル(A)の質量に対するシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)の質量の比率[(C)/(A)]は、機械的特性に優れた炭素繊維を得る観点から、好ましくは1/5以上5/1以下、より好ましくは1/4以上4/1以下、さらに好ましくは1/3以上3/1以下である。
また、アミノ変性シリコーン(H)の含有量は、油剤組成物の総質量に対して5質量%以上25質量%以下が好ましく、5質量%以上20質量%以下がより好ましく、10質量%以上20質量%以下がさらに好ましい。アミノ変性シリコーン(H)の含有量が、5質量%以上であれば単繊維間の融着を防止しやすくなり、機械的特性に優れた炭素繊維を得やすくなり、25質量%以下であれば耐炎化工程で発生する無機ケイ素化合物による工程障害による操業性の低下が少なくなる。
この場合、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)とヒドロキシ安息香酸エステル(A)との合計質量に対する、アミノ変性シリコーン(H)の質量の質量比率〔(H)/[(A)+(C)]〕は、機械的特性に優れた炭素繊維を得る観点から、好ましくは1/16以上3/5以下、より好ましくは1/15以上1/2以下、さらに好ましくは1/15以上2/5以下である。
また、アミノ変性シリコーン(H)の含有量を油剤組成物の総質量に対して25質量%超過60質量%以下としてもよい。この場合、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)とヒドロキシ安息香酸エステル(A)との合計質量に対するアミノ変性シリコーン(H)の質量の比率〔(H)/[(A)+(C)]〕を、機械的特性に優れた炭素繊維を得る観点から、3/5超過3/1以下とすることが好ましい。これにより油剤の効果を損なわない程度に、高価なシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)およびヒドロキシ安息香酸エステル(A)の少なくとも一方の含有量を低減させることも可能となる。その結果、油剤組成物の原材料費のコストダウンを図りながら、焼成工程における無機ケイ素化合物による工程障害を起こすことなく、高い機械的特性を得ることができる。
(界面活性剤)
界面活性剤の含有量は、油剤100質量部に対し、10質量部以上100質量部以下が好ましく、20質量部以上75質量部以下がより好ましい。界面活性剤の含有量が20質量部以上であれば乳化しやすく、乳化物の安定性が良好となる。一方、界面活性剤の含有量が75質量部以下であれば、油剤組成物が付着した前駆体繊維束の集束性が低下するのを抑制できる。加えて、該前駆体繊維束を焼成して得られる炭素繊維束の機械的物性が低下しにくい。
また、界面活性剤の含有量は、油剤組成物の総質量に対して20質量%以上40質量%以下が好ましく、より好ましくは30質量%以上40質量%以下である。
界面活性剤としては公知の様々な物質を用いることができるが、炭素繊維前駆体アクリル繊維束用油剤の界面活性剤としては特に非イオン系界面活性剤が好適である。
非イオン系界面活性剤としては、例えば高級アルコールエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノールエチレンオキサイド付加物、脂肪族エチレンオキサイド付加物、多価アルコール脂肪族エステルエチレンオキサイド付加物、高級アルキルアミンエチレンオキサイド付加物、脂肪族アミドエチレンオキサイド付加物、油脂のエチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物などのポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤;グリセロールの脂肪族エステル、ペンタエリストールの脂肪族エステル、ソルビトールの脂肪族エステル、ソルビタンの脂肪族エステル、ショ糖の脂肪族エステル、多価アルコールのアルキルエーテル、アルカノールアミン類の脂肪酸アミドなどの多価アルコール型非イオン性界面活性剤等が挙げられる。
これら非イオン系界面活性剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
非イオン系界面活性剤としては、下記式(4e)で示されるプロピレンオキサイド(PO)ユニットとエチレンオキサイド(EO)ユニットからなるブロック共重合型ポリエーテル、および/または、下記式(5e)で示されるEOユニットからなるポリオキシエチレンのアルキルエーテルが特に好ましい。
Figure 0006577307
Figure 0006577307
式(4e)中、R6eおよびR7eはそれぞれ独立して、水素原子、または炭素数1以上24以下の炭化水素基である。炭化水素基は直鎖状であってもよく分岐鎖状であってもよい。
6eおよびR7eは、EO、POとの均衡、その他の油剤組成物成分を考慮して決定されるが、水素原子、あるいは炭素数1以上5以下の直鎖状または分岐鎖状のアルキル基が好ましく、より好ましくは水素原子である。
式(4e)中、xeおよびzeはEOの平均付加モル数を示し、yeはPOの平均付加モル数を示す。
xe、ye、zeはそれぞれ独立して、1以上500以下であり、20以上300以下が好ましい。また、xeおよびzeの合計と、yeとの比(xe+ze:ye)が90:10から60:40の範囲であることが好ましい。
また、ブロック共重合型ポリエーテルは、数平均分子量が3000以上20000以下であることが好ましい。数平均分子量が上記範囲内であれば、油剤組成物として要求される熱的安定性と水への分散性を共に有することが可能となる。
さらに、ブロック共重合型ポリエーテルは、100℃における動粘度が300mm/s以上15000mm/s以下であることが好ましい。動粘度が上記範囲内であれば、油剤組成物の過剰な繊維内部への浸透を防ぎ、かつ前駆体繊維束に付与した後の乾燥工程において、油剤組成物の粘性により搬送ローラー等に単繊維が取られて巻きつくなどの工程障害が起こりにくくなる。
なお、ブロック共重合型ポリエーテルの動粘度は、JIS−Z−8803に規定されている“液体の粘度−測定方法”、あるいはASTM D 445−46Tに準拠して測定される値であり、例えばウッベローデ粘度計を用いて測定できる。
一方、式(5e)中、R8eは炭素数10以上20以下の炭化水素基である。炭素数が10以上であると、油剤組成物が十分な熱的安定性を有すると共に、適切な親油性を発現しやすくなる。一方、炭素数が20以下であると、油剤組成物の粘度が高くなりすぎず、油剤組成物が液体であるため、十分な操業性を維持できる。また、親水基とのバランスがよく、十分な乳化安定性が得られる。
8eの炭化水素基としては、飽和鎖式炭化水素基や飽和環式炭化水素基等の飽和炭化水素基が好ましく、具体的にはデシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられる。
これらの中でも、油剤組成物を効率よく乳化するために、その他の油剤組成物成分に馴染みやすい適度な親油性を付与できる点でドデシル基が特に好ましい。
式(5e)中、teはEOの平均付加モル数を示し、3以上20以下であり、5以上15以下が好ましく、5以上10以下がより好ましい。teが3以上であると、水と十分馴染みやすく、十分な乳化安定性が得られる。一方、teが20以下であると、粘性が高くなりすぎず、油剤組成物の構成成分として用いた場合、得られる油剤組成物が付着した前駆体繊維束は十分に分繊しやすくなる。
なお、R8eは親油性に関与する要素であり、teは親水性に関与する要素である。従って、teの値は、R8eとの組み合わせにより適宜決定される。
非イオン系界面活性剤としては、市販品を用いることができ、例えば前記式(4e)で示される非イオン系界面活性剤として三洋化成工業株式会社製の「ニューポールPE−128」、「ニューポールPE−68」、BASFジャパン株式会社製の「Pluronic PE6800」、株式会社ADEKA製の「アデカプルロニック L−44」、「アデカプルロニック P−75」;前記式(5e)で示される非イオン系界面活性剤として花王株式会社の「エマルゲン105」、「エマルゲン109P」、日光ケミカルズ株式会社の「NIKKOL BL−9EX」、「NIKKOL BS−20」、和光純薬工業株式会社製の「ニッコールBL−9EX」、日本エマルジョン株式会社製の「EMALEX707」などが好適である。
(酸化防止剤)
油剤組成物は、酸化防止剤をさらに含有してもよい。
酸化防止剤の含有量は油剤組成物の総質量に対して1質量%以上5質量%以下が好ましく、1質量%以上3質量%以下がより好ましい。酸化防止剤の含有量が1質量%以上であれば酸化防止効果が十分に得られる。一方、酸化防止剤の含有量が5質量%以下であれば、酸化防止剤が油剤組成物中に均一に分散しやすくなる。
酸化防止剤は公知の様々な物質を用いることができるが、フェノール系、硫黄系の酸化防止剤が好適である。
フェノール系酸化防止剤の具体例としては、2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール、4,4’−ブチリデンビス(6−t−ブチル−3−メチルフェノール)、2,2’−メチレンビス(4−メチル−6−t−ブチルフェノール)、2,2’−メチレンビス(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)、2,6−ジ−t−ブチル−4−エチルフェノール、1,1,3−トリス(2−メチル−4−ヒドロキシ−5−t−ブチルフェニル)ブタン、n−オクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、テトラキス〔メチレン−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタン、トリエチレングリコールビス〔3−(3−t−ブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオネート〕、トリス(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌレート等が挙げられる。
硫黄系の酸化防止剤の具体例としては、ジラウリルチオジプロピオネート、ジステアリルチオジプロピオネート、ジミリスチルチオジプロピオネート、ジトリデシルチオジプロピオネート等が挙げられる。
これら酸化防止剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
(帯電防止剤)
油剤組成物は、帯電防止剤をさらに含有してもよい。
帯電防止剤の含有量は油剤組成物の総質量に対して5質量%以上15質量%以下が好ましい。帯電防止剤の含有量が上記範囲内であると、本発明の効果を損なうことなく帯電防止の特性を付与することができる。
帯電防止剤としては公知の物質を用いることができる。帯電防止剤はイオン型と非イオン型に大別され、イオン型としてはアニオン系、カチオン系および両性系があり、非イオン型ではポリエチレングリコール型、多価アルコール型がある。帯電防止の観点からイオン型が好ましく、中でも脂肪族スルホン酸塩、高級アルコール硫酸エステル塩、高級アルコールエチレンオキシド付加物硫酸エステル塩、高級アルコールリン酸エステル塩、高級アルコールエチレンオキシド付加物硫酸リン酸エステル塩、第4級アンモニウム塩型カチオン界面活性剤、ベタイン型両性界面活性剤、高級アルコールエチレンオキシド付加物ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、多価アルコール脂肪酸エステルなどが好ましく用いられる。
これら帯電防止剤は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
(他の成分)
油剤組成物は、前駆体繊維束に付着させるための設備や使用環境によって、工程の安定性や油剤組成物の安定性、付着特性を向上させることを目的として、消泡剤、防腐剤、抗菌剤、浸透剤などの添加物をさらに含有してもよい。
また、油剤組成物は、本発明の効果を損なわない範囲内で、上述した本発明の油剤以外の公知の油剤(例えば脂肪族エステルやアミノ変性シリコーン(ただし、前記アミノ変性シリコーン(H)を除く。)など)を含有してもよい。
油剤組成物に含まれる全油剤の総質量に対して、上述した本発明の油剤の含有量は、60質量%以上が好ましく、80質量%以上がより好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、実質100質量%が特に好ましい。
以上説明した本発明の一態様における油剤および油剤組成物は、上述したヒドロキシ安息香酸エステル(A)と、アミノ変性シリコーン(H)と、有機化合物(X)とを必須成分とするので、耐炎化工程での集束性を維持しつつ、焼成工程において単繊維間の融着を効果的に防止できる。加えて、ケイ素化合物の生成やシリコーン成分、および非シリコーン成分(エステル成分等)の気散を抑制できるので、操業性、工程通過性が著しく改善され、工業的な生産性を維持できる。よって、機械的物性に優れた炭素繊維束を、安定な連続操業によって生産性よく得ることができる。
このように、本発明の一態様における油剤および油剤組成物によれば、従来のシリコーン系油剤の問題と、シリコーンの含有率を低減した、あるいはエステル成分のみの油剤の問題を共に解決できる。
しかも、本発明の一態様における油剤および油剤組成物は、乳化剤の使用量が少なくても容易に乳化できる。
「炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液」
本発明の油剤組成物は、水中に分散させた油剤処理液の形態で前駆体繊維束に付与されるのが好ましい。
以下、本発明の油剤組成物を水中に分散させた油剤処理液を用いて前駆体繊維束を油剤処理し、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を製造する方法の一例について説明する。
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法>
炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、例えば本発明の油剤組成物を、水膨潤状態の前駆体繊維束に付与し(油剤処理)、ついで油剤処理された前駆体繊維束を乾燥緻密化することで得られる。
(前駆体繊維束)
本発明の一態様において用いる油剤処理前の前駆体繊維束としては、公知技術により紡糸されたアクリル繊維束を用いることができる。具体的には、アクリロニトリル系重合体を紡糸して得られるアクリル繊維束が挙げられる。
アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体である。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみから得られるホモポリマーであってもよく、主成分であるアクリロニトリルに加えて他の単量体を併用したアクリロニトリル系共重合体であってもよい。
アクリロニトリル系共重合体におけるアクリロニトリル単位の含有量は、96.0質量%以上98.5質量%以下であることが焼成工程での繊維の熱融着防止、共重合体の耐熱性、紡糸原液の安定性、および炭素繊維にした際の品質の観点でより好ましい。アクリロニトリル単位が96.0質量%以上の場合は、炭素繊維に転換する際の焼成工程で繊維の熱融着を招くことなく、炭素繊維の優れた品質および性能を維持できるので好ましい。また、共重合体自体の耐熱性が低くなることもなく、前駆体繊維を紡糸する際、繊維の乾燥あるいは加熱ローラーや加圧水蒸気による延伸のような工程において、単繊維間の接着を回避できる。一方、アクリロニトリル単位が98.5質量%以下の場合には、溶剤への溶解性が低下することもなく、紡糸原液の安定性を維持できると共に共重合体の析出凝固性が高くならず、前駆体繊維の安定した製造が可能となるので好ましい。
共重合体を用いる場合のアクリロニトリル以外の単量体としては、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体から適宣選択することができ、耐炎化反応を促進する作用を有するアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、または、これらのアルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩、アクリルアミド等の単量体から選択すると、耐炎化を促進できるので好ましい。
アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等のカルボキシル基含有ビニル系単量体がより好ましい。アクリロニトリル系共重合体におけるカルボキシル基含有ビニル系単量体単位の含有量は0.5質量%以上2.0質量%以下が好ましい。
これらビニル系単量体は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
紡糸の際には、アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解し、紡糸原液とする。このときの溶剤には、ジメチルアセトアミドあるいはジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤、または塩化亜鉛やチオシアン酸ナトリウム等の無機化合物水溶液等、公知のものから適宜選択して使用することができる。これらの中でも、生産性向上の観点から凝固速度が早いジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドおよびジメチルホルムアミドが好ましく、ジメチルアセトアミドがより好ましい。
また、緻密な凝固糸を得るためには、紡糸原液の重合体濃度がある程度以上になるように紡糸原液を調製することが好ましい。具体的には、紡糸原液中の重合体濃度が17質量%以上になるように調製することが好ましく、より好ましくは19質量%以上である。
なお、紡糸原液は適正な粘度・流動性を必要とするため、重合体濃度は25質量%を超えない範囲が好ましい。
紡糸方法は、上述した紡糸原液を直接凝固浴中に紡出する湿式紡糸法、空気中で凝固する乾式紡糸法、および一旦空気中に紡出した後に浴中凝固させる乾湿式紡糸法など公知の紡糸方法を適宜採用できるが、より高い性能を有する炭素繊維束を得るには湿式紡糸法または乾湿式紡糸法が好ましい。
湿式紡糸法または乾湿式紡糸法による紡糸賦形は、紡糸原液を円形断面の孔を有するノズルより凝固浴中に紡出することで行うことができる。凝固浴としては、紡糸原液に用いられる溶剤を含む水溶液を用いるのが溶剤回収の容易さの観点から好ましい。
凝固浴として溶剤を含む水溶液を用いる場合、水溶液中の溶剤濃度は、ボイドがなく緻密な構造を形成させ高性能な炭素繊維束を得られ、かつ延伸性が確保でき生産性に優れる等の理由から、50質量%以上85質量%以下、凝固浴の温度は10℃以上60℃以下が好ましい。
重合体あるいは共重合体を溶剤に溶解し、紡糸原液として凝固浴中に吐出して繊維化して得た凝固糸には、凝固浴中または延伸浴中で延伸する浴中延伸を行うことができる。あるいは、一部空中延伸した後に、浴中延伸してもよく、延伸の前後あるいは延伸と同時に水洗を行って水膨潤状態の前駆体繊維束を得ることができる。
浴中延伸は、通常50℃以上98℃以下の水浴中で1回あるいは2回以上の多段に分割するなどして行い、空中延伸と浴中延伸の合計倍率が2倍以上10倍以下になるように凝固糸を延伸するのが、得られる炭素繊維束の性能の点から好ましい。
(油剤処理)
前駆体繊維束への油剤の付与には、上述した本発明の油剤を含有する油剤組成物が水中で分散している、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液(以下、単に「油剤処理液」とも表記する。)を用いるのが好ましい。分散時の乳化粒子の平均粒子径は、0.01μm以上0.3μm以下が好ましい。
乳化粒子の平均粒子径が上記範囲内であれば、前駆体繊維束の表面に油剤をより均一に付与できる。
なお、油剤処理液中の乳化粒子の平均粒子径は、レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置(株式会社堀場製作所製、「LA−910」)を用いて測定することができる。
油剤処理液は、例えば以下のようにして調製できる。
上述した油剤と非イオン系界面活性剤などとを混合して油剤組成物とし、これを攪拌しながら水を加え、油剤組成物が水に分散したエマルション(水系乳化液)を得る。
酸化防止剤を含有させる場合は、酸化防止剤を予め油剤に溶解しておくことが好ましい。
各成分の混合または水中分散は、プロペラ攪拌、ホモミキサー、ホモジナイザー等を使用して行うことができる。特に、高粘度の油剤組成物を用いて水系乳化液を調製する場合には、150MPa以上に加圧可能な超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。
水系乳化液中の油剤組成物の濃度は、2質量%以上40質量%以下が好ましく、10質量%以上30質量%以下がより好ましく、20質量%以上30質量%以下が特に好ましい。油剤組成物の濃度が2質量%以上であれば、必要な量の油剤を水膨潤状態の前駆体繊維束に付与し易くなる。一方、油剤組成物の濃度が40質量%以下であれば、水系乳化液の安定性が優れ、乳化の破壊が起こり難い。
得られた水系乳化液は、そのまま油剤処理液として用いることもできるが、水系乳化液を所定の濃度になるまでさらに希釈したものを油剤処理液として用いるのが好ましい。
なお、「所定の濃度」は油剤処理時の前駆体繊維束の状態によって調整される。
油剤の前駆体繊維束への付与は、上述した浴中延伸後の水膨潤状態にある前駆体繊維束に油剤処理液を付着することにより行うことができる。
浴中延伸の後に洗浄を行う場合は、浴中延伸および洗浄を行った後に得られる水膨潤状態にある繊維束に油剤処理液を付着することもできる。
油剤処理液を水膨潤状態の前駆体繊維束に付着させる方法としては、ローラーの下部を油剤処理液に浸漬させ、そのローラーの上部に前駆体繊維束を接触させるローラー付着法、ポンプで一定量の油剤処理液をガイドから吐出し、そのガイド表面に前駆体繊維束を接触させるガイド付着法、ノズルから一定量の油剤処理液を前駆体繊維束に噴射するスプレー付着法、油剤処理液の中に前駆体繊維束を浸漬した後にローラー等で絞って余分な油剤処理液を除去するディップ付着法等の公知の方法を用いることができる。
これらの方法の中でも、均一付着の観点から、前駆体繊維束に十分に油剤処理液を浸透させ、余分な処理液を除去するディップ付着法が好ましい。より均一に付着するためには油剤処理の工程を2つ以上の多段にし、繰り返し付与することも有効である。
(乾燥緻密化処理)
油剤が付与された前駆体繊維束は、続く乾燥工程で乾燥緻密化される。
乾燥緻密化の温度は、前駆体繊維束の繊維のガラス転移温度を超えた温度で行う必要があるが、実質的には含水状態の場合と乾燥状態の場合とではガラス転移温度が異なることもある。例えば温度が100℃以上200℃以下の加熱ローラーによる方法にて緻密乾燥化するのが好ましい。このとき加熱ローラーの個数は、1個でもよく、複数個でもよい。
(二次延伸処理)
緻密乾燥化した前駆体繊維束には、加熱ローラーにより加圧水蒸気延伸処理を施すのが好ましい。該加圧水蒸気延伸処理により、得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束の緻密性や配向度をさらに高めることができる。
ここで、加圧水蒸気延伸とは、加圧水蒸気雰囲気中で延伸を行う方法である。加圧水蒸気延伸は、高倍率の延伸が可能であることから、より高速で安定な紡糸が行えると同時に、得られる繊維の緻密性や配向度向上にも寄与する。
加圧水蒸気延伸処理においては、加圧水蒸気延伸装置直前の加熱ローラーの温度を120℃以上190℃以下、加圧水蒸気延伸における水蒸気圧力の変動率を0.5%以下に制御することが好ましい。このように加熱ローラーの温度および水蒸気圧力の変動率を制御することにより、繊維束になされる延伸倍率の変動、およびそれによって発生するトウ繊度の変動を抑制することができる。加熱ローラーの温度が120℃未満では前駆体繊維束の温度が十分に上がらず延伸性が低下しやすくなる。
加圧水蒸気延伸における水蒸気の圧力は、加熱ローラーによる延伸の抑制や加圧水蒸気延伸法の特徴が明確に現れるようにするため、200kPa・g(ゲージ圧、以下同じ。)以上が好ましい。この水蒸気圧は、処理時間との兼ね合いで適宜調節することが好ましいが、高圧にすると水蒸気の漏れが増大したりする場合があるので、工業的には600kPa・g程度以下が好ましい。
乾燥緻密化処理および加熱ローラーによる二次延伸処理を経て得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、室温のローラーを通し、常温の状態まで冷却した後にワインダーでボビンに巻き取られる、あるいはケンスに振込まれて収納される。
このようにして得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、油剤組成物が乾燥繊維質量に対して0.3質量%以上2.0質量%以下付着していることが好ましく、より好ましくは0.6質量%以上1.5質量%以下である。油剤組成物本来の機能を十分に発現するためには、油剤組成物の付着量は0.3質量%以上が好ましく、過剰に付着した油剤組成物が、焼成工程において高分子化して、単繊維間の接着の誘因を抑制する観点から、油剤組成物の付着量は2.0質量%以下が好ましい。
ここで、「乾燥繊維質量」とは、乾燥緻密化処理された後の前駆体繊維束の乾燥繊維質量のことである。
油剤組成物の付着量は、以下のようにして求められる。
メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法に準拠し、90℃に加熱気化したメチルエチルケトンを還流させながら炭素繊維前駆体アクリル繊維束と8時間接触させ、油剤組成物を抽出し、抽出前に105℃で2時間乾燥した炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量W、および抽出後に105℃で2時間乾燥した炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量Wをそれぞれ測定し、下記式(i)により油剤組成物の付着量を求める。
油剤組成物の付着量(質量%)=(W−W)/W×100 ・・・(i)
炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、フィラメント数が1000本以上300000本以下であることが好ましく、より好ましくは3000本以上200000本以下であり、さらに好ましくは12000本以上100000本以下である。フィラメント数が1000本以上であると、高効率での生産が可能となる。一方、フィラメント数が300000本以下であると、均一な炭素繊維前駆体アクリル繊維束が得られやすい。
また、炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、単繊維繊度が大きいほど、得られる炭素繊維束の繊維径が大きくなり、複合材料の強化繊維として用いた場合の圧縮応力下での座屈変形を抑制できるので、圧縮強度向上の観点からは単繊維繊度が大きい方が好ましい。ただし、単繊維繊度が大きいほど、後述する耐炎化工程において焼成斑を起こすため、均一性の観点からは好ましくない。これらの兼ね合いで、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の単繊維繊度は、0.6dTex以上3dTex以下であることが好ましく、より好ましくは0.7dTex以上2.5dTex以下であり、さらに好ましくは0.8dTex以上2.0dTex以下である。
炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、焼成工程へと移され、耐炎化、炭素化、必要に応じて黒鉛化、表面処理を施し、炭素繊維束となる。
耐炎化工程では、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を酸化性雰囲気下で加熱処理して耐炎化繊維束に転換する。
耐炎化条件としては、酸化性雰囲気中200℃以上300℃以下の緊張下、密度が好ましくは1.28g/cm以上1.42g/cm以下、より好ましくは1.29g/cm以上1.40g/cm以下になるまで加熱するのがよい。密度が1.28g/cm以上であると、次の工程である炭素化工程の際に単繊維間接着を防ぐことができ、炭素化工程でトラブルなく生産することができる。また、密度が1.42g/cm以下であると、耐炎化工程が長くなりすぎず、経済的である。雰囲気については、空気、酸素、二酸化窒素など公知の酸化性雰囲気を採用できるが、経済性の面から空気が好ましい。
耐炎化処理を行う装置としては特に限定されないが、従来公知の熱風循環炉や加熱固体表面に接触させる方法を採用できる。通常、耐炎化炉(熱風循環炉)では、耐炎化炉に入った炭素繊維前駆体アクリル繊維束を一旦耐炎化炉の外部に出した後、耐炎化炉の外部に配設された折り返しロールによって折り返して耐炎化炉に繰り返し通過させる方法が採られる。また、加熱固体表面に接触させる方法では、間欠的に接触させる方法が採られる。
耐炎化繊維束は連続して炭素化工程に導かれる。
炭素化工程では、耐炎化繊維束を不活性雰囲気下で炭素化して炭素繊維束を得る。
炭素化は最高温度が1000℃以上の不活性雰囲気で行う。不活性雰囲気を形成するガスとしては、窒素、アルゴン、ヘリウムなどのいずれの不活性ガスでも差し支えないが、経済面から窒素を用いることが好ましい。
炭素化工程の初期の段階、すなわち処理温度300℃以上400℃以下では、繊維の成分であるポリアクリロニトリル共重合体の切断および架橋反応が起きる。この温度領域においては300℃/分以下の昇温速度で緩やかに繊維の温度を上げることが、最終的に得られる炭素繊維束の機械的物性を向上させるために好ましい。
また、処理温度400℃以上900℃以下においてはポリアクリロニトリル共重合体の熱分解が起こり、次第に炭素構造が構築される。この炭素構造を構築する段階においては、炭素構造の規則配向が促されるため、緊張下で延伸をかけながら処理するのが好ましい。よって、900℃以下における温度勾配や延伸(張力)をコントロールするために、最終的な炭素化工程とは別に前工程(前炭素化工程)を設置することがより好ましい。
処理温度900℃以上においては、残存していた窒素原子が脱離し、炭素質構造が発達することにより繊維全体としては収縮する。このような高温域での熱処理においても、最終的な炭素繊維の良好な機械的物性を発現させるためには、緊張下で処理することが好ましい。
このようにして得られた炭素繊維束には、必要に応じて黒鉛化処理を施してもよい。黒鉛化処理することで、炭素繊維束の弾性がより高まる。
黒鉛化の条件としては、最高温度が2000℃以上の不活性雰囲気中、伸長率3%以上15%以下の範囲で伸長しながら行うことが好ましい。伸長率が3%以上であると、十分な機械的物性を有する高弾性の炭素繊維束(黒鉛化繊維束)が得られる。これは、所定の弾性率を有する炭素繊維束を得ようとする場合に、伸長率の低い条件ほどより高い処理温度が必要であるためである。一方、伸長率が15%以下であると、表層と内部において、伸長による炭素構造の成長促進効果の差が小さく、均一な炭素繊維束を形成し、高品質の炭素繊維が得られる。
上記の焼成工程後の炭素繊維束には、最終用途に適合するように表面処理を施すのが好ましい。
表面処理の方法に制限はないが、電解質溶液中で電解酸化する方法が好ましい。電解酸化は、炭素繊維束の表面で酸素を発生させることで表面に含酸素官能基を導入し、表面改質処理をするものである。
電解質としては、硫酸、塩酸、硝酸などの酸やそれらの塩類を用いることができる。
電解酸化の条件として、電解液の温度は室温以下、電解質濃度は1質量%以上15質量%以下、電気量は100クーロン/g以下が好ましい。
上述した方法により得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、本発明の油剤が付着しているので、耐炎化工程での集束性を維持しつつ、焼成工程において単繊維間の融着を効果的に防止できる。加えて、ケイ素化合物の生成やシリコーン成分、および非シリコーン成分(エステル成分等)の気散を抑制できるので、操業性、工程通過性が著しく改善され、工業的な生産性を維持できる。よって、機械的物性に優れた炭素繊維束を、安定な連続操業によって生産性よく得ることができる。
また、この炭素繊維前駆体アクリル繊維束を焼成して得られる炭素繊維束は、機械的物性に優れ、高品質であり、様々な構造材料に用いられる繊維強化樹脂複合材料に用いる強化繊維として好適である。
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらによって限定されるものではない。
本実施例に用いた各成分、および各種測定方法、評価方法は以下の通りである。
「成分」
<ヒドロキシ安息香酸エステル(A)>
・A−1:4−ヒドロキシ安息香酸とオレイルアルコール(モル比1.0:1.0)からなるエステル化合物(前記式(1a)の構造で、R1aがオクタデセニル基(オレイル基)であるエステル化合物)。
(A−1の合成方法)
1Lの四つ口フラスコに、4−ヒドロキシ安息香酸207g(1.5モル)と、オレイルアルコール486g(1.8モル)と、触媒としてオクチル酸スズ0.69g(0.1質量%)を秤取り、窒素吹き込み下、200℃で6時間、さらに220℃で5時間エステル化反応を行った。
その後、230℃、666.61Paの減圧下でスチームを吹き込みながら過剰のアルコール除去を行い、70℃から80℃程度まで冷却し、85質量%リン酸0.43gを加え30分攪拌を続けた後、濾過を行い、A−1を得た。
<アミノ変性シリコーン(H)>
・H−1:上記式(3e)の構造で、qe≒80、re≒2、se=3であり、25℃における動粘度が90mm/s、アミノ当量が2500g/molであるアミノ変性シリコーン(Gelest,Inc.製、商品名:AMS−132)。
・H−9:上記式(3e)の構造で、qe≒120、re≒1、se=3であり、25℃における粘度が150mm/s、アミノ当量が6000g/molであるアミノ変性シリコーン。
<有機化合物(X)>
(シクロヘキサンジカルボン酸エステル)
・B―1:1,4−シクロヘキサンジカルボン酸とオレイルアルコール(モル比1.0:2.0)からなるエステル化合物(前記式(1b)の構造で、R1bおよびR2bが共にオレイル基であるエステル化合物)。
・C−1:1,4−シクロヘキサンジカルボン酸とオレイルアルコールと3−メチル1,5−ペンタンジオール(モル比2.0:2.0:1.0)からなるエステル化合物(前記式(2b)の構造で、R3bおよびR5bが共にオレイル基であり、R4bが−CHCHCHCHCHCH−であるエステル化合物)。
・C−2:1,4−シクロヘキサンジカルボン酸とオレイルアルコールとポリオキシテトラメチレングリコール(平均分子量250)(モル比2.0:2.0:1.0)からなるエステル化合物(上記式(2b)の構造で、R3bおよびR5bが共にオレイル基であり、R4bが−(CHCHCHCHO)−,n=3.5であるエステル化合物)。
(B−1の合成方法)
1Lの四つ口フラスコに、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸メチル(小倉合成工業株式会社製)180g(0.9モル)と、オレイルアルコール(新日本理化株式会社製、商品名:リカコール90B)486g(1.8モル)と、触媒としてジブチルスズオキシド(和光純薬工業株式会社製)0.33gを秤取り、窒素吹き込み下、200℃から205℃程度で脱メタノール反応を行った。このときのメタノール留出量は57gであった。
その後、70℃から80℃程度まで冷却し、85質量%リン酸(和光純薬工業株式会社製)0.34gを加え30分攪拌を続け、反応系が白濁したことを確認し、さらに吸着剤(協和化学工業株式会社製、商品名:キョーワード600S)1.1gを加え30分間攪拌した後、濾過を行い、B−1を得た。
B−1は、A−1と相溶し、残質量率R1が70.3質量%であり、かつ100℃で液体であった。
(C−1の合成方法)
1Lの四つ口フラスコに、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸メチル(小倉合成工業株式会社製)240g(1.2モル)と、オレイルアルコール(新日本理化株式会社製、商品名:リカコール90B)324g(1.2モル)と、3−メチル−1,5−ペンタンジオール(和光純薬工業株式会社製)70.8g(0.6モル)と、触媒としてジブチルスズオキシド(和光純薬工業株式会社製)0.32gを秤取り、窒素吹き込み下、200℃から205℃程度で脱メタノール反応を行った。このときのメタノール留出量は76gであった。
その後、70℃から80℃程度まで冷却し、85質量%リン酸(和光純薬工業株式会社製)0.33gを加え30分攪拌を続け、反応系が白濁した事を確認し、さらに吸着剤(協和化学工業株式会社製、商品名:キョーワード600S)1.1gを加え30分間攪拌した後、濾過を行い、C−1を得た。
C−1は、A−1と相溶し、残質量率R1が73.8質量%であり、かつ100℃で液体であった。
(C−2の合成方法)
1Lの四つ口フラスコに、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸メチル(小倉合成工業株式会社製)240g(1.2モル)と、オレイルアルコール(新日本理化株式会社製、商品名:リカコール90B)324g(1.2モル)と、ポリオキシテトラメチレングリコール(BASF社製、平均分子量250)150g(0.6モル)と、触媒としてジブチルスズオキシド(和光純薬工業株式会社製)0.36gを秤取り、窒素吹き込み下、200℃から205℃程度で脱メタノール反応を行った。このときのメタノール留出量は76gであった。
その後、70℃から80℃程度まで冷却し、85質量%リン酸(和光純薬工業株式会社製)0.37gを加え30分攪拌を続け、反応系が白濁した事を確認し、さらに吸着剤(協和化学工業株式会社製、商品名:キョーワード600S)1.3gを加え30分間攪拌した後、濾過を行い、C−2を得た。
C−2は、A−1と相溶し、残質量率R1が79.3質量%であり、かつ100℃で液体であった。
なお、上述したB−1、C−1、C−2は、脱メタノール反応によるエステル交換反応法で合成したが、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸とアルコールからのエステル化反応でも得ることができる。
(芳香族エステル化合物)
・G―2:ポリオキシエチレンビスフェノールAラウリン酸エステル(花王株式会社製、商品名:エキセパールBP−DL)。
なお、G−2は、A−1と相溶し、残質量率R1が94.7質量%であり、かつ100℃で液体であった。
<その他の有機化合物>
・E−1:1,4−シクロヘキサンジメタノールと、オレイン酸と、オレイン酸を二量化したダイマー酸(モル比1.0:1.25:0.375)から成るエステル化合物(下記式(2c)の構造で、R3cおよびR5cが共に炭素数17のアルケニル基(ヘプタデセニル基)であり、R4cが炭素数34のアルケニル基(テトラトリアコンテニル基)の炭素原子から水素を1つ取除いた置換基であり、mcが1であるエステル化合物)。
Figure 0006577307
(E−1の合成方法)
1Lの四つ口フラスコに、1,4−シクロヘキサンジメタノール(和光純薬工業株式会社製)144g(1.0モル)と、オレイン酸(花王株式会社製、商品名:ルナックOA)350g(1.25モル)と、ダイマー酸(シグマアルドリッチジャパン株式会社製)213.8g(0.375モル)と、触媒としてジブチルスズオキシド(和光純薬工業株式会社製)0.35gを秤取り、窒素吹き込み下、220℃から230℃程度で脱水エステル化反応を行った。反応は、反応系の酸価が10mgKOH/g以下になるまで続けた。
その後、70℃から80℃程度まで冷却し、85質量%リン酸(和光純薬工業株式会社製)0.36gを加え30分攪拌を続けて、反応系が白濁したことを確認し、さらに吸着剤(協和化学工業株式会社製、商品名:キョーワード600S)1.3gを加え30分間攪拌した後、濾過を行い、E−1を得た。
E−1は、A−1と相溶し、残質量率R1が26.8質量%であり、かつ100℃で液体であった。
<非イオン系界面活性剤>
・K−1:上記式(4e)の構造で、xe≒75、ye≒30、ze≒75、R6eおよびR7eが共に水素原子であるPO/EOブロック共重合型ポリエーテル(三洋化成工業株式会社製、商品名:ニューポールPE−68)。
・K−2:上記式(5e)の構造で、te≒9、R8eがラウリル基であるポリオキシエチレンラウリルエーテル(和光純薬工業株式会社、商品名:ニッコールBL−9EX)。
・K−3:上記式(5e)の構造で、te≒7、R8eがラウリル基であるポリオキシエチレンラウリルエーテル(日本エマルジョン株式会社、商品名:EMALEX707)。
・K−4:上記式(5e)の構造で、te≒9、R8eがドデシル基であるポリオキシエチレンラウリルエーテル(花王株式会社、商品名:エマルゲン109P)。
・K−5:上記式(4e)の構造で、xe≒10、ye≒20、ze≒10、R6eおよびR7eが共に水素原子であるPO/EOブロック共重合型ポリエーテル(株式会社ADEKA製、商品名:アデカプルロニック L−44)。
・K−6:上記式(4e)の構造で、xe≒75、ye≒30、ze≒75、R6eおよびR7eが共に水素原子であるPO/EOブロック共重合型ポリエーテル(BASFジャパン株式会社製、商品名:Pluronic PE6800)。
・K−7:上記式(5e)の構造で、te≒9、R8eがドデシル基であるノナエチレングリコールドデシルエーテル(日光ケミカルズ株式会社、商品名:NIKKOL BL−9EX)。
・K−10:上記式(5e)の構造で、te≒5、R8eがトリデシル基であるポリオキシエチレントリデシルエーテル(日本乳化剤株式会社、商品名:ニューコール 1305)。
<酸化防止剤>
・L−1:n−オクタデシル−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート(株式会社エーピーアイ コーポレーション製、商品名:トミノックスSS)。
・L−2:テトラキス[メチレン−3−(3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート]メタン(株式会社エーピーアイ コーポレーション製、商品名:トミノックスTT)。
<帯電防止剤>
・M−2:ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド(花王株式会社製、商品名:コータミン24P)。
「測定・評価」
<乳化時のハンドリング性の評価>
油剤処理液の乳化操作は、超高圧ホモジナイザー(Microfluidics社製、商品名:Microfluidizer M−110EH)を用い、150MPaの条件下で油剤処理液を3L調製した。その際、以下の評価基準にてハンドリング性を評価した。
A:超高圧ホモジナイザーの装置詰まりが実質発生しなかった。
B:超高圧ホモジナイザーの装置詰まりが1回発生した。
C:超高圧ホモジナイザーの装置詰まりが2回以上発生した。
<油剤組成物の付着量の測定>
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を105℃で1時間乾燥させた後、メチルエチルケトンによるソックスレー抽出法に準拠し、90℃に加熱気化したメチルエチルケトンを還流させながら炭素繊維前駆体アクリル繊維束と8時間接触させ、付着した油剤組成物を溶媒抽出した。メチルエチルケトンは、炭素繊維前駆体アクリル繊維束に付着した油剤組成物が抽出できる十分な量を用いればよい。
抽出前に105℃で2時間乾燥した炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量W、および抽出後に105℃で2時間乾燥した炭素繊維前駆体アクリル繊維束の質量Wをそれぞれ測定し、下記式(i)により油剤組成物の付着量を求めた。なお、油剤組成物の付着量の測定は、油剤組成物がその効力を発現する適正な範囲で前駆体繊維束に付与されていることを確認するものである。
油剤組成物の付着量(質量%)=(W−W)/W×100・・・(i)
<集束性の評価>
炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造過程の最終ローラー、すなわち該繊維束をボビンに巻き取る直前のローラー上での炭素繊維前駆体アクリル繊維束の状態を目視にて観察し、以下の評価基準にて集束性を評価した。なお、集束性の評価は、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の生産性、続く炭素化工程におけるハンドリング性を考慮した炭素繊維前駆体アクリル繊維束の品質を評価するものである。
A:集束しており、トウ幅が一定で、隣接する繊維束と接触しない。
B:集束しているが、トウ幅が一定ではない、あるいはトウ幅が広い。
C:繊維束中に空間があり、集束していない。
<操業性の評価>
炭素繊維前駆体アクリル繊維束を24時間連続して製造したときに、搬送ローラーへ単繊維が巻き付き、除去した頻度により操業性(操業安定性)を評価した。評価基準は以下の通りとした。なお、操業性の評価は、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の安定生産の目安となる指標である。
A:除去回数(回/24時間)が1回以下。
B:除去回数(回/24時間)が2回以上5回以下。
C:除去回数(回/24時間)が6回以上。
<単繊維間融着数の測定>
炭素繊維束を長さ3mmに切断し、アセトン中に分散させ、10分間攪拌した後の全単繊維数と、単繊維同士が融着している数(融着数)を計数し、単繊維60000本当たりの融着数を算出した。なお、単繊維間融着数の測定は、炭素繊維束の品質を評価するものである。
<ストランド強度の測定>
炭素繊維束の製造を開始し、定常安定化した状態で炭素繊維束のサンプリングを行い、JIS−R−7608に規定されているエポキシ樹脂含浸ストランド法に準じて、炭素繊維束のストランド強度を測定した。なお、測定回数は10回とし、その平均値を評価の対象とした。
<Si気散量の測定>
耐炎化工程におけるシリコーン由来のケイ素化合物気散量は、炭素繊維前駆体アクリル繊維束と、それを耐炎化した耐炎化繊維束のケイ素(Si)含有量をICP発光分析法により測定し、それらの差から計算されるSi量の変化を耐炎化工程で気散したSi量(Si気散量)とし、評価の指標とした。
具体的には、炭素繊維前駆体アクリル繊維束および耐炎化繊維束をそれぞれ鋏で細かく粉砕した試料を密閉るつぼに50mg秤量し、粉末状としたNaOH、KOHを各0.25g加え、マッフル炉にて210℃で150分間加熱分解した。これを蒸留水で溶解し、100mLに定容したものを測定試料として用い、ICP発光分析法にて各測定試料のSi含有量を求め、下記式(ii)によりSi気散量を求めた。ICP発光分析装置には、サーモエレクトロン株式会社製の「IRIS Advantage AP」を用いた。
Si気散量(mg/kg)=[炭素繊維前駆体アクリル繊維束のSi含有量(mg)−耐炎化繊維束のSi含有量(mg)]/5.0×10−5(kg)・・・(ii)
<エステル等気散量の測定>
耐炎化工程におけるヒドロキシ安息香酸エステル(A)、シクロヘキサンジカルボン酸エステル、芳香族エステル化合物およびその他の有機化合物由来のエステル等気散量は、前駆体繊維束1kg当りに付着しているエステル等成分の総和とエステル等成分の混合物の残質量率R1から算出した。
エステル等気散量(mg/kg)=前駆体繊維1kg当りに付着しているエステル等成分の総和(mg/kg)×(1−エステル等成分の混合物の残質量率R1/100)
「実施例1」
<油剤組成物および油剤処理液の調製>
ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)、アミノ変性シリコーン(H−9)、シクロヘキサンジカルボン酸エステル(C−2)、帯電防止剤(M−2)を混合し、この混合物にさらに非イオン系界面活性剤(K−4)を加えて十分に混合攪拌し、油剤組成物を調製した。
ついで、油剤組成物の濃度が30質量%になるように、油剤組成物を攪拌しながらイオン交換水を加え、ホモミキサーで乳化した。この状態での乳化粒子の平均粒子径をレーザ回折/散乱式粒度分布測定装置(株式会社堀場製作所製、商品名:LA−910)を用いて測定したところ、3.0μm程度であった。
その後、さらに高圧ホモジナイザーにより、乳化粒子の平均粒子径が0.2μmになるまで油剤組成物を分散させ、水系乳化液を得た。得られた水系乳化液をイオン交換水でさらに希釈し、油剤組成物の濃度が1.3質量%の油剤処理液を調製した。
油剤組成物中の各成分の種類と配合量(質量部)を表1に示す。
また、乳化時のハンドリング性を評価した。結果を表1に示す。
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造>
油剤を付着させる前駆体繊維束は、次の方法で調製した。アクリロニトリル系共重合体(組成比:アクリロニトリル/アクリルアミド/メタクリル酸=96.5/2.7/0.8(質量比))を21質量%の割合でジメチルアセトアミドに分散し、加熱溶解して紡糸原液を調製し、濃度67質量%のジメチルアセトアミド水溶液を満たした38℃の凝固浴中に孔径(直径)45μm、孔数60000の紡糸ノズルより吐出し凝固糸とした。凝固糸は、水洗槽中で脱溶媒するとともに3倍に延伸して水膨潤状態の前駆体繊維束とした。
先に得られた油剤処理液を満たした油剤処理槽に水膨潤状態の前駆体繊維束を導き、油剤を付与させた。
その後、油剤が付与された前駆体繊維束を表面温度150℃のローラーにて乾燥緻密化した後に、圧力0.3MPaの水蒸気中で5倍延伸を施し、炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得た。得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束のフィラメント数は60000本、単繊維繊度は1.0dTexであった。
製造工程における集束性および操業性を評価し、得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束の油剤組成物の付着量を測定した。これらの結果を表1に示す。
<炭素繊維束の製造>
得られた炭素繊維前駆体アクリル繊維束を、220℃から260℃の範囲で温度勾配を有する耐炎化炉に40分かけて通して耐炎化し、耐炎化繊維束とした。
引き続き、該耐炎化繊維束を窒素雰囲気中で400℃から1400℃の範囲で温度勾配を有する炭素化炉を3分間かけて通過させて焼成し、炭素繊維束とした。
耐炎化工程におけるSi気散量およびエステル等気散量を測定した。また、得られた炭素繊維束の単繊維間融着数、およびストランド強度を測定した。これらの結果を表1に示す。
「実施例2〜19、参考例20」
油剤組成物を構成する各成分の種類と配合量を表1、2、3に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして油剤組成物および油剤処理液を調製し、炭素繊維前駆体アクリル繊維束および炭素繊維束を製造し、各測定および評価を実施した。これらの結果を表1、2、3に示す。
「比較例1〜13」
油剤組成物を構成する各成分の種類と配合量を表4、5に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして油剤組成物および油剤処理液を調製し、炭素繊維前駆体アクリル繊維束および炭素繊維束を製造し、各測定および評価を実施した。これらの結果を表4、5に示す。
Figure 0006577307
Figure 0006577307
Figure 0006577307
Figure 0006577307
Figure 0006577307
表1、2、3から明らかなように、各実施例の場合、油剤組成物の付着量は適正な量であった。また、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の集束性、その製造過程の操業性は良好であり、全ての実施例において、炭素繊維束を連続的に製造していく上で、工程上、何ら問題がない状況であった。
また、各実施例で得られた炭素繊維束は、単繊維間の融着数が少なく高品位であり、またストランド強度が高い数値を示し機械的物性に優れていた。加えて、油剤中のシリコーン含有量を低減させ、かつ、耐熱性に優れた非シリコーン成分(エステル成分)の選択により、焼成工程におけるシリコーン成分および非シリコーン成分の気散量は少なく、焼成工程における工程負荷が少なく良好であった。
なお、ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)とアミノ変性シリコーン(H−9)を用い、有機化合物(X)としてシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C−2)をヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)に対して少量しか用いなかった実施例11の場合、油剤組成物のエマルション調製時に乳化処理が他の実施例と比べるとやや困難であった。
また、アミノ変性シリコーン(H−1またはH−9)を用い、ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)と有機化合物(X)としてシクロヘキサンジカルボン酸エステル(B−1)をアミノ変性シリコーン(H)に対して少量しか用いなかった実施例12、13の場合、焼成工程でのシリコーン成分の気散量が他の実施例に比べて多かった。
また、実施例14〜17で得られた炭素繊維束は、繊維本数が比較的多いラージトウ(単繊維繊度1.0dtex、繊維束の単繊維の本数60000本)を用いた場合であっても、単繊維間の融着数が実質的に無く、ストランド強度が高い数値を示し、機械的物性に優れていた。また、シリコーン含有量が少ないことから、焼成工程におけるSi飛散量は少なく、焼成工程における工程負荷が少なく良好であった。対して、実施例18、19においては、焼成工程におけるSi飛散量は実施例14〜17よりは多いものの、許容できるレベルであり、単繊維間の融着数が実質的に無く、ストランド強度が高い数値を示し、機械的物性に優れており、焼成工程における工程負荷が少なく良好であった。
また、各実施例で得られた炭素繊維束のストランド強度は、アミノ変性シリコーン(H)を主成分とした比較例6、13と比較しても同等以上の強度であった。
なお、参考例20の場合、油剤100質量部に対する非イオン系界面活性剤の含有量が150質量部と多かったため、集束性と操業性に劣っていた。
一方、表4、5から明らかなように、ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)とアミノ変性シリコーン(H−1)を用い、有機化合物(X)を用いなかった比較例1の場合、油剤組成物のエマルション調製時に乳化処理が困難であった。
ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)を用い、アミノ変性シリコーン(H)を用いず、かつ、有機化合物(X)としてシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C−1)をA−1に対して少量しか用いなかった比較例2の場合、油剤組成物のエマルション調製時に乳化処理が困難であった。
アミノ変性シリコーン(H−1)と有機化合物(X)としてシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C−2)、またはシクロヘキサンジメタノールエステル(E−1)、またはポリオキシエチレンビスフェノールAラウリン酸エステル(G−2)を用い、ヒドロキシ安息香酸エステル(A)を用いなかった比較例3、4、5の場合、いずれも得られる炭素繊維束の単繊維間融着数が多く、炭素繊維束の品質の面で許容されるレベルではなかった。また、比較例4についてはE−1の焼成工程における気散量が多く、焼成工程の汚染や非シリコーン成分の凝集物の前駆体繊維束への再付着による生産性の低下の観点からも許容されるものではなかった。
アミノ変性シリコーン(H−1)を用い、ヒドロキシ安息香酸エステル(A)および有機化合物(X)を用いなかった比較例6の場合、実施例12、13と比べて焼成工程でのシリコーン成分の気散量が多く、生産性の観点から許容されるレベルではなかった。
ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)と有機化合物(X)としてシクロヘキサンジカルボン酸エステル(B−1)を用い、アミノ変性シリコーン(H)を用いなかった比較例7、8の場合、焼成工程における非シリコーン成分(エステル成分)の気散量が多く、焼成工程の汚染や非シリコーン成分の凝集物の前駆体繊維束への再付着による生産性の低下の観点からも許容されるものではなかった。また、得られる炭素繊維束の単繊維間融着数が多く、炭素繊維束の品質の面で許容されるレベルではなかった。
ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)と有機化合物(X)としてシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C−1)の含有比を1:1とし、アミノ変性シリコーン(H)を用いなかった比較例9の場合、油剤組成物のエマルション調製時に乳化処理がやや困難であった。
シクロヘキサンジカルボン酸エステル化合物(C−1)を用い、ヒドロキシ安息香酸エステル(A)およびアミノ変性シリコーン(H)を用いなかった場合(比較例10)、ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)を用い、有機化合物(X)およびアミノ変性シリコーン(H)を用いなかった場合(比較例11)、ヒドロキシ安息香酸エステル(A−1)およびシクロヘキサンジカルボン酸エステル化合物(C−1)を用い、アミノ変性シリコーン(H)を用いなかった場合(比較例12)は、いずれも油剤組成物の付着量は適正な量であり、焼成工程におけるSi気散量は実質的になく良好であったが、炭素繊維束のストランド強度が各実施例に比べて劣っていた。
アミノ変性シリコーン(H)を用い、ヒドロキシ安息香酸エステル(A)および有機化合物(X)を用いなかった場合(比較例13)、集束性および操業性は良好で、製造された炭素繊維束の融着もなく良好であった。また、各実施例と同等のストランド強度であった。しかし、シリコーンを用いたことにより発生する耐炎化工程でのケイ素気散量が多く、工業的に連続して生産するためには焼成工程への負荷が大きいという問題があった。
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤、該油剤を含有する油剤組成物、および該油剤組成物が水中で分散した油剤処理液は、焼成工程での単繊維間の融着を効果的に抑制できる。さらに、シリコーン系油剤を使用する場合に発生する操業性の低下を抑制でき、かつ、集束性が良好な炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得ることができる。該炭素繊維前駆体アクリル繊維束からは、機械的物性に優れた炭素繊維束を生産性よく製造できる。
本発明の油剤が付着した炭素繊維前駆体アクリル繊維束から得られた炭素繊維束は、プリプレグ化した後、複合材料に成形することもできる。また、炭素繊維束を用いた複合材料は、ゴルフシャフトや釣り竿などのスポーツ用途、さらには構造材料として自動車や航空宇宙用途、また各種ガス貯蔵タンク用途などに好適に用いることができ、有用である。

Claims (8)

  1. 下記式(1a)で示されるヒドロキシ安息香酸エステル(A)と;
    下記式(3e)で示されるアミノ変性シリコーン(H)と;
    前記ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と相溶し、空気雰囲気下での熱質量分析において300℃における残質量率R1が70質量%以上100質量%以下であり、かつ100℃で液体である有機化合物(X)と;
    を含む、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
    Figure 0006577307
    (式(1a)中、R1aは炭素数8以上20以下の炭化水素基である。)
    Figure 0006577307
    (式(3e)中、qeおよびreは1以上の任意の数であり、seは1以上5以下であり、ジメチルシロキサンユニットとメチルアミノアルキルシロキサンユニットはランダムである。)
  2. 前記有機化合物(X)が、下記式(1b)で示されるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(B)、下記式(2b)で示されるシクロヘキサンジカルボン酸エステル(C)、下記式(2e)で示されるポリオキシエチレンビスフェノールA脂肪酸エステル(G)からなる群より選ばれる1種以上であり、
    かつ、下記条件(a)および下記条件(b)を満たす、請求項1に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
    条件(a):ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と、アミノ変性シリコーン(H)と、有機化合物(X)との含有量の合計に対するアミノ変性シリコーン(H)の含有量の質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.05以上0.8以下である。
    条件(b):ヒドロキシ安息香酸エステル(A)と、有機化合物(X)との含有量の合計に対するヒドロキシ安息香酸エステル(A)の含有量の質量比率〔(A)/[(A)+(X)]〕が0.1以上0.8以下である。
    Figure 0006577307
    (式(1b)中、R1bおよびR2bはそれぞれ独立して、炭素数8以上22以下の炭化水素基である。)
    Figure 0006577307
    (式(2b)中、R3bおよびR5bはそれぞれ独立して、炭素数8以上22以下の炭化水素基であり、R4bは炭素数2以上10以下の炭化水素基、またはオキシアルキレン基の炭素数が2以上4以下であるポリオキシアルキレングリコールから2つの水酸基を除去した残基である。)
    Figure 0006577307
    (式(2e)中、R4eおよびR5eはそれぞれ独立して、炭素数7以上21以下の炭化水素基であり、oeおよびpeはそれぞれ独立して、1以上5以下である。)
  3. 前記質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.2以上0.8以下である、請求項2に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
  4. 前記質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.4以上0.8以下である、請求項2に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
  5. 前記質量比率〔(H)/[(A)+(H)+(X)]〕が0.5以上0.8以下である、請求項2に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤。
  6. 請求項1〜5のいずれか一項に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤と、非イオン系界面活性剤とを含む、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
  7. 前記炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤100質量部に対し、非イオン系界面活性剤を10質量部以上100質量部以下含む、請求項6に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物。
  8. 請求項6または7に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤組成物が水中で分散している、炭素繊維前駆体アクリル繊維用油剤処理液。
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