JP6504704B2 - 絶縁性とガスの不透過性とを兼備する保護膜で希土類磁石を覆う方法 - Google Patents
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Description
また、電気自動車用モータ、鉄道用モータや風力発電機などの大型モータに用いられる大型磁石を、分割磁石に替えると、磁石で発生する渦電流損失が抑制されることが知られている(例えば、非特許文献1を参照のこと)。このような分割型磁石の表面を絶縁性に替えれば、渦電流損失はさらに抑制される。
いっぽう、希土類磁石には様々な希土類元素からなる永久磁石がある。最大エネルギー積が永久磁石の中で最も大きいネオジウム磁石Nd2Fe14Bは、ネオジウム元素Ndが多く存在するNdリッチ相と、ホウ素元素Bが多く存在するBリッチ相とが、強磁性の性質を持つ主相Nd2Fe14Bを粒界層として取り囲む構造を有する。このNdリッチ相が、酸化反応で酸化物Nd2O3を、また、水蒸気との反応で水酸化物Nd(OH)3を形成し、これらの酸化物や水酸化物の生成による体積膨張で、強磁性の主相が焼結体から剥がれ落ちる粒界破壊が起こる。主相が焼結体から脱落すると、Ndリッチ相の腐食がさらに進み、脱落した主相に隣接する主相が新たに脱落する。こうした粒界破壊はどこまでも進行し、ネオジウム磁石の磁気特性の低下が進行する。このため、ネオジウム磁石の表面に、水蒸気や大気などのガスを透過しない性質を持つ保護膜で覆う必要がある。
なお、ネオジウム磁石の保持力を高めるために、希土類元素であるジスプロシウムDyを添加する磁石はネオジウム磁石に含まれる。また、ネオジウム磁石の特性を向上させるため、微量の金属元素を添加する磁石もネオジウム磁石に含まれる。
さらに、希土類元素であるプラセオジム元素Prを含み、ネオジウム磁石と同じ組成式Re2Fe14B(ここでReは希土類元素)を持つプラセオジム磁石Pr2Fe14Bと、希土類の原料としてNdとPrとのジシム合金を用いるジシム合金磁石(NdXPr1−X)2Fe14Bとがある。これらの磁石は、プラセオジムPrがネオジウムNdより酸化されやすい元素であり、ネオジム磁石より安価であるがより酸化されやすい。これらのプラセオジム元素を含む希土類磁石も、ネオジウム磁石と同様にガスを透過しない性質を持つ保護膜が必要になる。
また、サマリウム元素Smを含むサマリウムコバルト磁石Sm2Co17は、磁気キュリー点がネオジウム磁石より500℃近く高い性質を持つ。いっぽう、サマリウムコバルト合金Sm2Co17粉末は、消防法の第二類(可燃性固体)の第一種の危険物に指定されている。サマリウムコバルト磁石の使用に際して、摩擦によって発生した摩耗粉は、発火ないしは着火する恐れがある。従って、サマリウムコバルト磁石を用いる場合も、ネオジウム磁石と同様に保護膜で磁石を覆えば、サマリウムコバルト磁石が摩耗しない。
以上に説明したように、希土類磁石を用いる場合は、磁石表面を絶縁化し、この絶縁層が外界を遮断し、大気や水蒸気を磁石表面に供給しない保護膜で磁石を覆う必要がある。
本発明において解決する課題は、前記した七つの要件を満たす保護膜が、希土類磁石の表面の全体を覆うように形成されることを実現することにある。
つまり、本製造方法に依れば、金属酸化物微粒子の多層構造と有機化合物の被膜とから構成される保護膜が希土類磁石の表面全体を覆い、次の5つの作用効果をもたらす。
第一の作用効果は、金属酸化物微粒子が持つ硬磁性の性質に依る。つまり、アルコールが気化すると懸濁液の体積が著しく縮小し、有機化合物中に均一に分散されていた金属酸化物微粒子と希土類磁石との距離が短くなり、硬磁性の金属酸化物の微粒子は、同じく硬磁性の希土類磁石の表面の凹凸にも入り込んで表面全体に磁気吸着する。こうして金属酸化物の微粒子が多層構造を形成して希土類磁石の表面全体を覆い、有機化合物は金属酸化物微粒子の多層構造の全体を覆う。このような希土類磁石をモータに組み込む際に、液体の有機化合物の被膜が変形するが、希土類磁石表面に物理的欠陥層が存在しても、磁気吸着した金属酸化物微粒子の多層構造によって、物理的欠陥層は保持される。希土類磁石をモータに組み込んだ後は、液体の有機化合物は元の被膜に復帰する。さらに、希土類磁石をモータに組み込んだ後に、希土類磁石に大きな磁界を与えて希土類磁石を着磁し、この後モータを稼働させる。この着磁によって、希土類磁石は本来の磁気特性を発揮する。この際、物理的欠陥層と金属酸化物の微粒子も着磁される。このため、磁力が増大した物理的欠陥層と金属酸化物微粒子とは、強大な磁力を持つ希土類磁石に大きな磁気吸引力で磁気吸着する。従って、モータが高速で回転しても、強固に磁気吸着した物理的欠陥層と金属酸化物微粒子の集まりとは、希土類磁石の表面から脱落しない。また、液体の有機化合物は、ごく薄い膜厚の被膜であるため、変形するだけで磁石の表面から飛散しない。いっぽう、金属酸化物の磁気キュリー点がネオジウム磁石の磁気キュリー点より十分に高いため、モータが高温で高速で回転しても、金属酸化物の微粒子は磁石表面から脱落しない。さらに、モータの使用温度が急激に変化しても、金属酸化物微粒子と希土類磁石との磁気吸引力が大きく変わらず、金属酸化物の微粒子は磁石表面から脱落しない。このように、金属酸化物微粒子と希土類磁石との磁気吸引力が温度変化の影響を受けにくいため、金属酸化物の微粒子は剥離しない。従って、保護膜を形成するための希土類磁石の事前処理が不要になる。
第二の作用効果は、金属酸化物の微粒子が絶縁性であることに依る。つまり、希土類磁石の表面を覆った金属酸化物微粒子の集まりが、希土類磁石に絶縁性を付与するため、希土類磁石に発生する渦電流損失は、金属酸化物の比抵抗の大きさに応じて低下する。
第三の作用効果は有機化合物の性質に依る。つまり、液体からなる有機化合物の被膜は外界を遮断し、内部にある希土類磁石の表面に、水蒸気や大気などのガスを一切供給しない。また、有機化合物は撥水性であるため、希土類磁石に水分を供給しない。さらに、様々な負荷が有機化合物の被膜に加わっても、ごく厚みが薄く粘度が高い液状の被膜からなる有機化合物は、一時的に変形するだけで、負荷がなくなれば元の被膜に戻る。また、沸点がネオジウム磁石の磁気キュリー点より十分に高いため、モータが高温で高速で回転しても、液体の有機化合物の被膜は希土類磁石を覆う。
第四の作用効果は、有機化合物が絶縁性であることに依る。つまり、希土類磁石が絶縁性の金属酸化物の微粒子の集まりで覆われ、さらに、絶縁性の有機化合物で覆われる。このため、希土類磁石に付与される絶縁性は、金属酸化物の微粒子の集まりが形成する電気抵抗と、有機化合物の被膜が形成する電気抵抗との直列接続になるため、電気抵抗は著しく大きくなる。これによって、希土類磁石に発生する渦電流損失はさらに低下する。
第五の作用効果は、懸濁液における有機化合物の混合割合と、金属酸化物微粒子との混合割合とが、自在に変えられることに依る。これによって、金属酸化物の微粒子の集まりが、サブミクロンの厚みからなる微粒子の多層構造を形成し、有機化合物がミクロンレベルの厚みの被膜を形成して、希土類磁石を覆うことができる。このため、非磁性体からなる有機化合物の被膜が形成されても、希土類磁石表面からの漏れ磁束は実質低減しない。
第六の作用効果は、懸濁液を希土類磁石に塗布するだけで保護膜が形成されることに依る。これによって、希土類磁石の大きさや形状の違いよらず、同様の方法で保護膜が形成できる。また、金属酸化物微粒子の原料と有機化合物とは汎用的な工業用薬品であり、さらに、懸濁液を多数個の希土類磁石に同時に塗布し、この後アルコールを気化するだけの処理で、多数個の希土類磁石に同時に保護膜が形成でき、かつ、連続して多数個の希土類磁石に保護膜が形成できるため、安価な原料を用いて安価な費用で保護膜が形成できる。
以上に説明したように、本特徴構成に依る保護膜は、7段落に記載した7つの必要な要件を満たす。これによって、7段落に説明した全ての課題が解決できた。
第一に、比抵抗が106Ωmの絶縁体である。従って、マグヘマイトの微粒子の集まりからなる微粒子の多層構造が希土類磁石の表面を絶縁化する。これによって、希土類磁石の渦電流損失は著しく低下する。ちなみに、希土類磁石の比抵抗は10−6Ωmであり、渦電流損失は比抵抗に反比例するため、マグヘマイトによって渦電流損失は著しく小さくなる。
第二に、硬磁性の一種のフェリ磁性の性質を持つ。このため、自発磁化を持つマグへマイト微粒子は、同じく硬磁性の希土類磁石の表面に磁気吸着し、希土類磁石の表面全体にマグヘマイト微粒子の多層構造を形成する。重量を殆ど持たないマグへマイト微粒子が磁気吸着すると、磁気吸着を解除することは困難である。従って、磁気吸着したマグヘマイト微粒子は、モータが高速で回転しても、希土類磁石の表面から剥離しない。
第三に、マグヘマイトの磁気キュリー点は675℃で、大気中の450℃以上の温度で酸化第二鉄のα相であるヘマタイトα−Fe2O3に相転移する。この相転移は不可逆変化である。また、磁石の磁気キュリー点は、ネオジウム磁石が330℃で、サマリウムコバルト磁石が850℃である。従って、モータが250℃で動作しても、マグヘマイト微粒子と希土類磁石との磁気吸着力は常温とほとんど変わらず、マグヘマイト微粒子は、磁石から剥離しない。
第四に、安定した酸化物で、鉄の不働態皮膜を形成する物質として知られている。従って、マグヘマイトの微粒子の集まりで覆われた希土類磁石の表面は、マグヘマイト微粒子の集まりで保護される。
すなわち、ナフテン酸鉄は、ナフテン酸のカルボキシル基を構成する酸素イオンO−が配位子になって、鉄イオンFe2+に近づいて鉄イオンFe2+に配位結合する錯体である。つまり、最も大きいイオンである鉄イオンFe2+に酸素イオンO−が近づいて配位結合するため、両者の距離は短くなる。これによって、鉄イオンFe2+に配位結合する酸素イオンO−が、鉄イオンの反対側で共有結合するイオンとの距離が最も長くなる。こうした分子構造上の特徴を持つナフテン酸鉄は、ナフテン酸の主成分の沸点を超えると、ナフテン酸鉄におけるカルボキシル基を構成する酸素イオンO−が鉄イオンFe2+の反対側で共有結合するイオンとの結合部が最初に分断され、鉄イオンFe2+と酸素イオンO−との化合物である酸化第一鉄FeOとナフテン酸とに分解する。さらに昇温すると、ナフテン酸が気化熱を奪って気化し、ナフテン酸の気化が完了すると、酸化第一鉄FeOが析出して熱分解を終える。なお、ナフテン酸は、5員環をもつ飽和脂肪酸の混合物で、CnH2n−1COOHからなる一般式で示され、主成分は沸点が268℃で、分子量が170のC9H17COOHからなる。なお、ナフテン酸鉄の熱分解反応は、窒素雰囲気より大気雰囲気の方が40℃近く低い温度で進む。
さらに、大気雰囲気で昇温速度を抑えて380℃まで昇温すると、酸化第一鉄FeOにおける2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になる酸化反応が進む。この酸化反応の初期段階では、酸化第一鉄FeOを構成する2価の鉄イオンFe2+の一部が、3価の鉄イオンFe3+になってFe2O3になり、組成式がFeO・Fe2O3のマグネタイトFe3O4になる。さらに、酸化反応が進むと、酸化第一鉄FeOの全てがマグネタイトFe3O4になる。さらに、380℃に一定時間保持すると、マグネタイトFeO・Fe2O3を構成する2価の鉄イオンFe2+の全てが3価の鉄イオンFe3+になり、酸化第二鉄Fe2O3になって酸化反応を終える。この酸化第二鉄Fe2O3は、マグネタイトFe3O4と同様の立方晶系である、酸化第二鉄Fe2O3のガンマ相であるマグへマイトγ−Fe2O3である。なお、酸化第二鉄Fe2O3のアルファ相であるヘマタイトα−Fe2O3の結晶構造は三方晶系であり、マグネタイトとは結晶構造が異なる。なお、マグネタイトは高い導電性を持ち、希土類磁石の渦電流損失は低下しない。
なお、ナフテン酸鉄は、容易に合成できる安価な工業用薬品である。すなわち、汎用的な有機酸であるナフテン酸を、強アルカリと反応させるとナフテン酸アルカリ金属化合物が生成され、ナフテン酸アルカリ金属化合物を無機鉄化合物と反応させると、ナフテン酸鉄が合成される。従って、有機酸鉄化合物の中で最も安価な化合物の一つである。また、原料となるナフテン酸は、有機酸の沸点の中で相対的に沸点が低いため、大気雰囲気で340℃程度の熱処理で酸化第一鉄が析出する。このような性質を持つナフテン酸鉄は、塗料・印刷インキ用のドライヤー、ゴム・タイヤの接着剤、潤滑油の極圧剤、ポリエステルの硬化剤、助燃剤や重合触媒などに汎用的に使用されている。
以上に説明したように、ナフテン酸鉄は、希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法において、マグへマイトを生成する安価な原料になる。
すなわち、有機化合物がアルコールに溶解ないしは混和する第一の性質を持つため、前記のナフテン酸鉄をアルコールに分散したアルコール分散液に有機化合物を混合すると、ナフテン酸鉄と有機化合物とが均一に混ざりあった混合液になる。さらに、有機化合物はアルコールより粘度が高い第二の性質を持つため、懸濁液における粘度は有機化合物の配合割合に応じて増大し、懸濁液の塗布が可能になる。塗布した後の懸濁液の厚みは、有機化合物の配合割合で決まる。
さらに、有機化合物は酸化第一鉄をマグヘマイトに酸化する熱処理温度より沸点が高い第三の性質を持つ。このため、前記した混合液を大気中で熱処理すると、最初にアルコールが気化し、有機化合中にナフテン酸鉄の微細結晶が均一に析出する。さらに340℃まで昇温すると、ナフテン酸鉄の微細結晶が熱分解し、有機化合物中に酸化第一鉄FeOの40−60nmの大きさからなる粒状の微粒子が均一に析出する。さらに、昇温速度を抑えて380℃まで昇温し、380℃に一定時間放置すると、酸化第一鉄FeOにおける2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+に酸化され、酸化第二鉄Fe2O3のガンマ相のマグヘマイトの40−60nmの大きさからなる粒状微粒子になる。この結果、マグヘマイトの粒状微粒子が、液体の有機化合物中に均一に析出する。この有機化合物に過剰のアルコールを混合して懸濁液を作成し、この懸濁液を希土類磁石に塗布し、アルコールを気化すれば、希土類磁石の表面全体が、マグヘマイトの微粒子からなる多層構造で覆われ、マグヘマイトの微粒子の多層構造は有機化合物の被膜で覆われる。
また、沸点が高い有機化合物は絶縁体である第四の性質を持つ。これによって、希土類磁石に付与される絶縁性は、マグヘマイトの微粒子が形成する多層構造の電気抵抗と、有機化合物の被膜が形成する電気抵抗との直列接続になるため、電気抵抗は著しく大きくなる。これによって、希土類磁石に発生する渦電流損失は著しく低下する。
さらに、沸点が高い高分子量の有機化合物は、第五の性質である撥水性を持つ。このため、希土類磁石の表面に水分を供給せず、希土類磁石は腐食しない。
以上に説明したように、5つの性質を兼備する有機化合物は、希土類磁石を覆う保護膜の原料となり、希土類磁石の表面全体が、磁気吸着した金属酸化物微粒子の多層構造で覆われ、金属酸化物微粒子の多層構造は有機化合物の被膜で覆われる保護膜が形成される。
従って、前記したナフテン酸鉄をアルコールに分散したアルコール分散液に、カルボン酸エステル類の有機化合物を混合すると、アルコール中にナフテン酸鉄と有機化合物とが均一に混ざりあった混合液になる。この混合液を大気中で熱処理する。アルコールを気化させた後に340℃まで昇温すると、ナフテン酸鉄が熱分解し酸化第一鉄FeOの粒状微粒子が有機化合物中に均一に析出する。さらに、昇温速度を抑えて380℃まで昇温し、380℃に一定時間放置すると、酸化第一鉄FeOの2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+に酸化され、酸化第一鉄FeOの粒状微粒子が酸化第二鉄Fe2O3のガンマ相のマグヘマイトの粒状微粒子になる。さらに、熱処理した混合液に、過剰のアルコールを混合して懸濁液を作成し、この懸濁液を希土類磁石に塗布した後にアルコールを気化すれば、希土類磁石の表面全体が磁気吸着したマグヘマイトの微粒子の多層構造で覆われ、マグヘマイトの微粒子の多層構造が有機化合物の被膜で覆われる構成からなる保護膜が、希土類磁石の表面の全体を覆う。
以上に説明したように、本特徴構成における5つの性質を兼備するカルボン酸エステル類の有機化合物は、保護膜を形成する懸濁液の原料になり、希土類磁石の表面全体が、磁気吸着したマグヘマイトの微粒子の多層構造で覆われ、マグヘマイトの微粒子の多層構造が有機化合物の被膜で覆われる構成からなる保護膜が、希土類磁石の表面の全体を覆う。これによって、保護膜が形成された希土類磁石は高い絶縁性を示し、また、保護膜は外界を遮断して内部にある希土類磁石の表面に水蒸気や大気などのガスを一切供給しない。
本実施形態は、第一にアルコールに溶解ないしは混和し、第二にアルコールより粘度が高く、第三に沸点が380℃より高く、第四に絶縁体であり、第五に撥水性である、これら5つの性質を兼備する有機化合物に関する実施形態である。このような有機化合物として、分子量が大きいカルボン酸エステル類が存在する。
いっぽう、カルボン酸エステル類は、飽和カルボン酸からなる第一のエステル類と、不飽和カルボン酸からなる第二のエステル類と、芳香族カルボン酸からなる第三のエステル類と、2つのカルボキシル基を持つジカルボン酸からなる第四のエステルからなる、4種類のエステル類に分けられる。
沸点が380℃より高く、アルコールに溶解ないしは混和し、アルコールより粘度が高いカルボン酸エステルは、ステアリン酸ブチル以上の分子量を持つステアリン酸エステル類である。ちなみにステアリン酸ブチルの沸点は389℃で、ステアリン酸オクチルの沸点は432℃である。また、ステアリン酸ブチルは比誘電率が3.1で、ステアリン酸オクチルは比誘電率が3.4の絶縁体であり、いずれも撥水性の性質を持つ。
このうち沸点が380℃より高く、アルコールに溶解ないしは混和し、アルコールより粘度が高いカルボン酸エステルは、オレイン酸エチル以上の分子量を持つオレイン酸エステル類である。ちなみに、オレイン酸エチルの沸点は386℃で、オレイン酸ブチルの沸点は415℃である。また、オレイン酸エチルは比誘電率が3.2で、オレイン酸ブチルは比誘電率が4.0の絶縁体であり、いずれも撥水性の性質を持つ。
以上に説明したように、相対的に高分子量のカルボン酸エステル類の中に、21段落で説明した5つの性質を兼備する有機化合物が存在する。
本実施例は懸濁液を作成する実施例である。マグヘマイトの原料としてナフテン酸鉄(例えば、東栄化工株式会社の製品)を用いた。なお、有機化合物のオレイン酸ブチル(例えば、純正化学株式会社の製品)は、メタノールと混和し、メタノールの8.6倍の粘度を持ち、沸点が415℃で、比誘電率が4.0の絶縁体で、撥水性の性質を持つ。
最初に、オレイン酸ブチルにマグヘマイトの微粒子を析出させる。このため、ナフテン酸鉄の0.1モルに相当する40グラムをメタノールに10重量%として分散させ、このメタノール分散液にオレイン酸ブチルの0.05モルに相当する17グラムを混合する。この混合液を大気中で熱処理する。最初に混合液を65℃に昇温してメタノールを気化させ、オレイン酸ブチル中にナフテン酸鉄の微細結晶を均一に析出させる。次に、混合液を40℃/分の昇温速度で340℃まで昇温し、340℃に5分間放置してナフテン酸鉄を熱分解し、酸化第一鉄FeOの粒状微粒子をオレイン酸ブチル中に均一に析出させる。この後、1℃/分の昇温速度で380℃まで昇温し、さらに380℃に30分間放置し、酸化第一鉄FeOを酸化第二鉄Fe2O3のガンマ相であるマグヘマイトγ−Fe2O3に酸化させ、0.05モルのオレイン酸ブチル中に、0.1モルに相当するマグヘマイトの粒状微粒子の集まりを均一に析出させる。
次に、熱処理した混合液に、メタノールの5モルに相当する160グラムを混合する。こうして、メタノールで10.4倍に希釈されたオレイン酸ブチルに、マグヘマイトの微粒子の集まりが分散された懸濁液が作成される。
本実施例はネオジウム磁石に保護膜を形成する実施例である。ネオジウム磁石は、信越化学工業株式会社の標準的な製品であるN52を用いた。この磁石は、最大エネルギー積が50MGOeであり、表面にNiメッキが施されているため、Niメッキを研磨で剥がし、この後、10mm×10mmの大きさに切り出し、加工後の表層の物理的欠陥層を残存したものを用いた。このネオジウム磁石を、実施例1で作成した懸濁液が入った容器に浸漬し、この後ネオジウム磁石を取り出し、メタノールを気化して、ネオジム磁石に保護膜を形成した。なお、希土類磁石はネオジウム磁石に限定されず、発火性のサマリウムコバルト磁石でもよい。
最初に、保護膜を形成したネオジウム磁石の表面抵抗を表面抵抗計(例えば、シムコジャパン株式会社の表面抵抗計ST−4)によって測定した。表面抵抗値は1×1013Ω/□以上であったため、保護膜は高い絶縁性を有することが分かった。
切断面の観察から、磁石の表面に4.4μmの厚みで保護膜が形成されていた。反射電子線の900−1000Vの間にある2次電子線を取り出して画像処理を行なった。40−60nmの大きさの粒状の微粒子の集まりが12層を形成し、0.6μmの厚みで磁石に吸着していた。
さらに、40−60nmの大きさの粒状の微粒子について、反射電子線の900−1000Vの間にあるエネルギーを抽出して画像処理を行い、画像の濃淡で微粒子の材質を観察した。濃淡が認められため、複数種類の元素から形成されていることが分かった。
次に、特性エックス線のエネルギーとその強度を画像処理し、元素を分析した。粒状の微粒子は、鉄原子と酸素原子との双方が均一に存在し、偏在する箇所が見られなかったため、酸化鉄である。さらに、SEMの機能にEBSP解析機能を付加し、結晶構造の解析を行なった。この結果、粒状の微粒子がマグへマイトγ−Fe2O3であることが確認できた。なおEBSP解析機能とは、試料に電子線を照射したとき、反射電子が試料中の原子面によって回折されることによってバンド状のパターンを形成し、このバンドの対称性が結晶系に対応し、バンドの間隔が原子面間隔に対応しているため、このパターンを解析することで、結晶方位や結晶系を解析することをいう。
これらの結果から次のことが分かった。ネオジウム磁石は4.4μmの厚みからなる保護膜で覆われ、保護膜の内側は、マグヘマイトの粒状微粒子が12層からなる多層構造を0.6μmの厚みをなして希土類磁石に磁気吸着し、その外側に3.8μmの厚みのオレイン酸ブチルの被膜がマグヘマイトの微粒子の多層構造を覆う。図1に、この結果を断面における保護膜の構造として模式的に図示する。ネオジウム磁石1の表面に、マグヘマイトの微粒子2の集まりが12層の多層構造をなして磁気吸着し、その外側にオレイン酸ブチル3の被膜が覆う。
さらに、保護膜が形成されたネオジウム磁石について、表1に示す各種試験を行い、保護膜の耐食性に係わる性能を評価した。いずれの試験においても、試験後の試料の表面に変色が認められなかった。また、各々の試験後における試料の表面を洗浄して乾燥させた後に磁気特性を測定した。B−H減磁曲線は、試験前とほぼ同様であった。これらの結果から、保護膜は、ネオジウム磁石に対して優れた耐食性をもたらすことが確認できた。
温湿度サイクル試験は、結露状態で希土類磁石が使用される場合を想定した試験で、試料を相対湿度85%の条件下で、25℃から85℃に0.25時間で昇温し、85℃に6時間保持した後、−30℃まで0.5時間で冷却して、−30℃に3時間保持し、さらに25℃まで0.25時間で昇温して、25℃で2時間保持するという温湿度サイクルの環境下に晒す試験で、保護膜に係わる結露水の遮断性能を評価するものである。
沸騰試験は、モータが自動車のラジエータの冷却水中に浸漬されて使用されるような場合を想定した試験で、保護膜に係わる沸騰水の遮断性能を評価するものである。また、プレッシャークッカー試験は、保護膜に係わる高圧水蒸気の遮断性能を評価するもので、高温高湿状態における水蒸気の遮断性能を加速して試験を行うものである。
塩水浸漬試験は、保護膜に係わる塩水の遮断性能と耐腐食性を評価するものである。加圧酸素LLC溶液浸漬試験は、モータが自動車のラジエータの冷却水中に浸漬されて使用され、冷却水中の不凍液(LLC溶液)が酸化されている場合を想定した試験である。LLC溶液に2気圧の酸素ガスを強制的に送り込み、100℃以上で一定時間処理することにより、強制的にLLC溶液を酸化させたLLC溶液を作成し、この酸化したLLC溶液に対する保護膜に係わる遮断性能と腐食性を評価するものである。
試験項目 試験条件
温湿度サイクル試験 連続24サイクルの温湿度サイクルを行う
煮沸試験 連続8時間沸騰水中に浸漬する
プレッシャークッカー試験 121℃2気圧の水蒸気に48時間放置
塩水浸漬試験 65℃、5重量%の食塩水に48時間浸漬
加圧酸素LLC溶液浸漬試験 95℃の加圧酸素LLC溶液に480時間浸漬
Claims (5)
- 希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法は、液体からなる絶縁性の有機化合物中に硬磁性と絶縁性とを兼備する金属酸化物の微粒子の集まりを析出させ、該有機化合物に、該有機化合物より多い量のアルコールを混合して懸濁液を作成し、該懸濁液を希土類磁石に塗布し、該希土類磁石を昇温して前記アルコールを気化させる、これによって、前記希土類磁石の表面の全体に、前記金属酸化物の微粒子の集まりが磁気吸着するとともに、該磁気吸着した金属酸化物の微粒子の集まりが前記有機化合物の被膜で覆われる、希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法。
- 請求項1に記載した希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法は、前記金属酸化物の微粒子が、酸化第二鉄のガンマ相であるマグヘマイトからなる微粒子で
ある、請求項1に記載した希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法。 - 請求項2に記載した希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法は、前記マグヘマイトの微粒子は、ナフテン酸鉄の熱分解で酸化第一鉄の微粒子を生成し、該酸化第一鉄の微粒子を、大気雰囲気での熱処理でマグヘマイトに酸化させたマグヘマイトの微粒子である、請求項2に記載した希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法。
- 請求項1に記載した希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法は、前記有機化合物が、アルコールに溶解ないしは混和する第一の性質と、前記アルコールより粘度が高い第二の性質と、酸化第一鉄をマグヘマイトに酸化する大気雰囲気での熱処理温度より沸点が高い第三の性質と、絶縁体である第四の性質と、撥水性である第五の性質からなる、これら5つの性質を兼備する有機化合物である、請求項1に記載した希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法。
- 請求項4に記載した希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法は、前記有機化合物が、カルボン酸エステル類からなる有機化合物である、請求項4に記載した希土類磁石の表面の全体を保護膜で覆う方法。
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