以下、本発明について説明する。
例えば、図1〜3に示すように、本実施形態の細胞培養容器1は、底部2と側壁3とを有し、底部に、細胞を収容するための複数のマイクロウェル4が配置されてなる細胞収容部5を有する。これら複数のマイクロウェルの近傍には、それぞれ、識別子6がマイクロウェルごとに対になって付されており、識別子のその対となるマイクロウェルに対する相対位置が、識別子とマイクロウェルの対ごとに異なることを特徴とする。識別子のマイクロウェルに対する相対位置が、マイクロウェルごとに異なることによって、マイクロウェルと識別子の対を1組観察するだけで、複数のマクロウェルにおける当該マイクロウェルの位置を特定することができる。識別子は、各マイクロウェルの近傍に付されていることから、高倍率で観察する際に、マイクロウェルから観察位置を大きくずらす必要はなく、迅速な観察が可能になる。さらに、高倍率で細胞を撮影した際も、写真には、マイクロウェルとともに識別子が撮影されることから、写真データに対して手作業で情報を付与する必要がなく、煩雑な作業を回避でき、作業者のミスによる関連付けの誤りが発生するリスクも回避できる。
マイクロウェルは、好ましくは受精卵等の細胞を個別に収容するために好適な凹部を形成し、そのサイズは微小であり、本発明はそのような微小なマイクロウェルごとに微小な識別子を付すことを特徴とする。具体的には、細胞培養容器の上面視における各マイクロウェルの開口部の面積は、好ましくは3mm2以下、より好ましくは1mm2以下、さらに好ましくは0.5mm2以下であり、好ましくは0.03mm2以上である。
マイクロウェルは、壁面と開口部を有する凹部を形成し、細胞培養容器の底部に直接窪みとして設けられた凹部でもよいし、底部から突出した部材により形成される凹部でもよい。したがって、上面視における各マイクロウェルの開口部の面積は、換言すれば、マイクロウェルの開口部の外縁が形成する図形の面積である。マイクロウェルの開口部の外縁が形成する図形は特に制限されず、三角形および四角形等の多角形の形状でもよく、円(円形、略円形、楕円形および略楕円形を含む)の形状でもよいが、好ましくは円形である。
マイクロウェルの開口部の外縁が円形である場合、開口幅は円の直径に等しく(図3のR)、その直径は、培養する細胞の最大寸法より大きいものとなる。本発明の細胞培養容器により受精卵を培養する場合、胚盤胞の段階まで培養することが望ましいため、円形の開口部の直径は、胚盤胞の段階の細胞の最大寸法より大きいものであることが望ましい。また、マイクロウェルの開口部の外縁が円形である場合、開口幅は、マイクロウェル間のピッチより小さい。したがって、マイクロウェルの開口部の開口幅(マイクロウェルの開口部の外縁が円形である場合はその直径)は、好ましくは0.1mm以上、より好ましくは0.15mm以上、さらに好ましくは0.2mm以上であり、好ましくは0.6mm未満、さらに好ましくは0.4mm未満である。また、上記マイクロウェルの開口部の開口幅は、X+m(ここでXは細胞の最大径を表す)と規定することもできる。ここで、mは、好ましくは0.01mm以上、さらに好ましくは0.02mm以上である。
本発明の細胞培養容器の底部には、マイクロウェルが、好ましくは4個以上、さらに好ましくは8個以上、例えば10個以上で、好ましくは50個以下、より好ましくは30個以下の個数で配置されており、したがって、受精卵等の細胞を、1のマイクロウェルに1個ずつ配置して、複数の細胞を培養することができる。受精卵等の細胞を同一系内に複数近接して配置した状態で培養することにより、良好なパラクライン効果やオートクライン効果を期待することができる。ここで、同一系内の培養は、隔離されておらず流通可能な培養液内、好ましくは同一の培養液のドロップ内の培養をさす。
マイクロウェル間のピッチは好ましくは1mm以下、より好ましくは0.8mm以下、さらに好ましくは0.6mm以下である。観察装置として、1/2インチのCCD素子、4、10、20倍の対物レンズを備えたものがよく用いられる。このような観察装置で、4倍の対物レンズを選択した場合の観察可能な視野はおよそ1.6mm×1.2mmであり、この観察視野内に4個以上のマイクロウェルが含まれるように設計することが好ましい。
マイクロウェル間のピッチは近接するマイクロウェルの中心間の距離である(例えば、図3のa)。マイクロウェルの中心は、マイクロウェルの開口部の外縁が形成する図形の重心とし、外縁が円形であればその円の中心をさす。マイクロウェル間のピッチは通常平均ピッチをさし、平均ピッチは、あるマイクロウェルに関しては、近接する全てのマイクロウェルとのピッチから平均値を算出したものをさす。マイクロウェル間のピッチは、マイクロウェルの開口部の外縁の寸法より大きい。マイクロウェルの開口部の外縁の寸法は、開口部の外縁が円形であればその直径をさし、そうでなければ開口部の外縁が形成する図形の最小径とする。近接する複数のマイクロウェルは、正方格子状又は最密充填状に配置されていることが好ましい。例えば、25個のマイクロウェルを5×5の正方格子状に配置する場合を挙げることができる。正方格子状又は最密充填状に配置することにより、培養容器の底部における各マイクロウェルの位置の特定が、識別子との組み合わせでさらに容易になり、自動化処理に適用しやすい。
複数のマイクロウェルの配置は、正方格子又は最密充填の配置から、一部が欠落したような配置でもよい。例えば、8個以上のマイクロウェルが、平行四辺形の辺上および頂点上に等しいピッチで配置され、細胞収容部を構成している場合が挙げられる。平行四辺形には、正方形、長方形、菱形およびそれ以外の平行四辺形が包含される。マイクロウェルが平行四辺形の辺上および頂点上に配置されるとは、マイクロウェルの開口部の外縁が形成する図形の重心が平行四辺形の辺上および頂点上に配置されることをさす。例えば、図3に示す実施形態では、8個のマイクロウェルが、正方形の4つの頂点に1つずつ配置され、かつ4つの辺の中点に1つずつ配置されている。
各マイクロウェルと対になって付される識別子の位置は、マイクロウェルの内部、外部を問わないが、好ましくはマイクロウェルの外部が好ましい。マイクロウェルの内部に設けると受精卵の観察を阻害する可能性や、受精卵の培養性能に影響を及ぼす可能性があるためである。好ましくは上記のように複数配置されたマイクロウェル同士の隙間に付される。識別子は、そのような隙間に配置可能なように十分微小なものである。識別子のサイズは、好ましくはマイクロウェルのサイズより小さい。したがって、細胞培養容器の上面視において、識別子は、好ましくはマイクロウェルの開口部が形成する図形の内部に収まるサイズである。より具体的には、細胞培養容器の上面視における識別子の面積は、30000μm2以下、好ましくは15000μm2以下、より好ましくは8000μm2以下であり、好ましくは100μm2以上である。
また、識別子は、どのマイクロウェルと対になっているかが明らかなように、対となるマイクロウェルの十分近傍に付されることとなる。したがって、各識別子は、好ましくは、すべてのマイクロウェルの中で、対となるマイクロウェルとの距離が最も小さくなるように付される。識別子とマイクロウェルとの距離は、マイクロウェルの開口部が形成する図形の重心と識別子が形成する図形の重心との距離として定義される。したがって、識別子とマイクロウェルとの距離は、好ましくはマイクロウェルの開口幅の1/2より大きく、マイクロウェル間のピッチよりも小さい。具体的には、識別子とマイクロウェルとの距離は、好ましくは500μm以下、より好ましくは400μm以下、さらに好ましくは300μm以下である。
識別子は、好ましくは細胞収容部内のマイクロウェルのすべてに付されるが、識別子が付されていないマイクロウェルが数個(例えば、細胞収容部に含まれるマイクウェル全体の個数の10%以下で)含まれていても、本発明に包含される。細胞が収容されず、観察対象でないマイクロウェルが存在する場合に、そのようなマイクロウェルには識別子は必要ないからである。識別子は、対となるマイクロウェルに好ましくは1つ付されるが、2つ以上の識別子が付されていてもよい。マイクロウェルごとに対となって付される識別子の数を変化させることにより、情報量を増大させることができる。
識別子の形状、すなわち識別子が形成する図形の形状は、特に制限されない。図形の例として、文字、数字、多角形などの図形、矢印、線(バー)、ドット、QRコードなどのバーコードおよびこれらの組合せが挙げられる。受精卵等の細胞を個別に収容するのに好適な微小なマイクロウェルの近傍に、好ましくは当該マイクロウェルよりサイズの小さい識別子を付すことから、識別子の形状は、成形が容易な単純な形状であることが好ましい。細胞培養容器は、射出成型で製造される場合が多いため、あまり複雑な形状を微小なサイズで成形することが困難だからである。識別子の形状は単純であっても、すなわち識別子自体が持つ情報が少なくても、マイクロウェルとの相対位置という情報を付加することによって、各マイクロウェルの位置を特定することができる。また、識別子を複雑な形状とすると、細胞培養容器の製造時における歩留りが低下するおそれがあるが、単純な形状とすることで、歩留りの低下を回避でき、製造コストを下げることができる。マイクロウェルごとに2つ以上の識別子が付される場合は、1つのマイクロウェルに付される複数の識別子の形状は互いに同一でもよいし、異なっていてもよい。形状の異なる識別子を付すことにより、情報量を増大させることができる。識別子の形状が異なるとは、複数の識別子のうち、少なくとも1つ形状の異なる識別子が存在することをさす。
識別子は、好ましくはドット状または線状(バー状)の形状を有する。1の細胞培養容器および1の細胞収容部には、ドット状の識別子と線状の識別子が混在していてもよく、混在させることにより、情報量を増大させることができる。さらに、線状の識別子は、その長さを変化させることにより、識別子自体が有する情報量を増大させることができる。さらに、識別子の向きを変化させることによっても、識別子自体が有する情報量を増大させることができる。ここでいう「向き」は自転角度であって、後述する角度αとは異なる。例えば、図4の実施形態においてドットを線(バー)に置き換えた場合、線がドットの位置で直線Xに対して回転(自転)する角度、すなわち直線Xと識別子の線がなす角度をさす。この向きの情報量と角度αを使って、培養容器の向きを特定することができる。したがって、線状の識別子をその長さまたは向きをマイクロウェルごとに変化させて配置することにより、その対となるマイクロウェルに対する相対位置が異ならない場合でも、複数のマイクロウェルにおける特定のマイクロウェルの位置を特定することができる。向きと長さを組み合わせて情報量を増大させることもできる。
識別子のその対となるマイクロウェルに対する相対位置が、識別子とマイクロウェルの対ごとに異なることには、識別子とその対となるマイクロウェルとの距離が、対ごとに異なること、ならびに識別子のその対となるマイクロウェルに対する角度が異なることが包含される。識別子とマイクロウェルとの距離については上述のとおりであるが、識別子のマイクロウェルに対する角度αについては、以下のように定義することができる。例えば図1〜3に示す実施形態において、角度αは、上面視において細胞培養容器の底部に一本の直線Xを引いた場合に、当該直線Xに平行な直線と、マイクロウェルの重心と識別子の重心とを通る直線Yとがなす角度と定義することができる(図4)。マイクロウェルの重心は、マイクロウェルの開口部の外縁が形成する図形の重心をさし、識別子の重心は、識別子が形成する図形の重心をさす。そして、角度αを、マイクロウェルと識別子の対ごとに異なるよう配置することで、複数のマイクロウェルにおける特定のマイクロウェルの位置を特定することができる。距離と角度を組み合わせて情報量を増大させることもできる。
また、マイクロウェルの近傍を複数の領域に区分けし、各領域における識別子の有無が、識別子とマイクロウェルの対ごとに異なるようにすることで、識別子のマイクロウェルに対する相対位置を対ごとに異なるように配置することもできる。例えば、図13に示す実施形態においては、マイクロウェルの近傍が3つの領域に区分けされており、各領域における識別子の有無が、識別子とマイクロウェルの対ごとに異なる。マイクロウェルCでは、一番上の領域にのみ識別子が存在し、その他の領域には存在しない。一方、マイクロウェルBでは、すべての領域に識別子が存在する。このように、領域ごとに識別子の有無を変化させることによって、複数のマイクロウェルにおける特定のマイクロウェルの位置を特定することができる。
各領域における識別子の有無は、各領域に識別子の重心が存在するか否かで判断することができる。したがって、マイクロウェルごとに複数の識別子が対になって付されている場合、各識別子の重心位置を特定できる限り、識別子同士が重なっていてもよい。例えば、3つの領域に区分けする場合は、識別子の配置は23通り(=8通り)が考えられ、少なくとも8個のマイクロウェルの位置を特定することができる。図13のマイクロウェルGのように、いずれの領域にも識別子が存在しないマイクロウェルが存在してもよく、1つのマイクロウェルの位置を特定することが可能である。ただし、マイクロウェルを特定する目的では、識別子が付されていないマイクロウェルは1つだけである。なお、領域を区分けする線は、概念上のものであればよく、実際に存在している必要はない。
区分けの数は、特に制限されないが、好ましくは3〜10、より好ましくは4〜6の領域に区分けすることができる。区分けの方法も特に制限されないが、読取が容易であることから、列と行からなる格子状に区分けすることが好ましい。列の数は、好ましくは1〜3、より好ましくは1〜2であり、行の数は、好ましくは1〜6、より好ましくは3〜5である。識別子をマイクロウェルの左又は右に配置する場合、上記の範囲とすることで、識別子をマイクロウェルの位置になるべく近く配置できる。識別子をマイクロウェルの上又は下に配置する場合、行と列の数を上記と逆の範囲とすることで、識別子をマイクロウェルの位置になるべく近く配置できる。
例えば、図14は、マイクロウェルの近傍が、2列と3行の格子に区分けされた実施形態を示す。また、図14の実施形態では、識別子の形状が異なっており、さらに情報量を増大させることができる。
マイクロウェルごとに複数の識別子が対になって付されている場合は、少なくとも1つの識別子のその対となるマイクロウェルに対する相対位置が、識別子とマイクロウェルの対ごとに異なるように配置される。すなわち、複数のマイクロウェルを比較した場合に、マイクロウェルに対する相対位置が互いに異なる識別子が、少なくとも1つずつ存在すればよく、相対位置が同じ識別子が存在していてもよい。例えば、図13に示す実施形態において、マイクロウェルAに付された2つの識別子とマイクロウェルDに付された2つの識別子は、識別子aと識別子a’はマイクロウェルに対する相対位置が同じであるが、識別子bと識別子cはマイクロウェルに対する相対位置が異なっており、したがって、マイクロウェルの位置を特定することができる。複数の識別子の重心は、円周上ではなく、例えば、図13のマイクロウェルA、B、D、Fのように、直線上に配置されていることが好ましい。下記に説明するように、高倍率でマイクロウェルと識別子の対を1つずつ撮影する場合でも、細胞培養容器自体の回転の有無を判定できるからである。
高倍率でマイクロウェルと識別子の対を1つ撮影し、これを繰り返して複数の対を撮影する場合、撮影する際の細胞培養容器の向きを常に一定とする必要がある。そうでなければ、上記の角度αに、細胞培養容器自体の傾きが含まれてしまい、細胞培養容器上では相対位置が異なるにもかかわらず、写真上では相対位置が区別できない場合があるからである。例えば、図3に示す細胞収容部5の拡大図において、右上頂点に配置されたマイクロウェル4と識別子6の対の写真(図5)は、図3の右下頂点に配置されたマイクロウェル4と識別子6の対を、細胞培養容器を図3の状態から左に90°回転させて撮影した写真と区別ができない(図6)。撮影する際の細胞培養容器の向きを常に一定とする観点から、細胞培養容器には、識別子とは別の、細胞培養容器の向きを特定するための第2識別子を付すことが好ましい。第2識別子は、写真を撮影する際に用いることから、目視で確認できるものであることが好ましい。したがって、細胞培養容器の上面視において、第2識別子の面積は、マイクロウェルの開口部の面積より大きいことが好ましい。第2識別子は、底部上であって、複数のマイクロウェルが配置されてなる細胞収容部の外側に付すことが好ましい(例えば図1の7)。第2識別子は細胞培養容器の側壁に付してもよい。あるいは、細胞培養容器自体の形状により、細胞培養容器の向きを常に一定とすることも可能である。すなわち、細胞培養容器の側壁の外周形状を細胞培養容器の向きを特定できる形状、例えば円が欠けた形状とすることにより(図7)、撮影する際の細胞培養容器の向きを常に一定とすることも可能である。この場合、細胞培養容器の形状は、細胞培養容器の向きを特定できる限り、特に制限されない。
あるいは、識別子が線状であれば、ドット状の場合と異なり、二次元の情報を有することから、第2識別子がなくても、高倍率で撮影されたマイクロウェルと識別子の対の写真において、細胞培養容器の向きをある程度特定することができる。すなわち、いずれの識別子も、細胞培養容器の上面視において、同方向を向いた線状とすることで、高倍率で撮影されたマイクロウェルと識別子の対の写真においても、線(バー)の向きに基づいて、撮影時の細胞培養容器の向きをある程度特定できる。
また、細胞収容部内の複数のマイクロウェルすべてについて、識別子をマイクロウェルの右側のみ、左側のみ、上側のみ、又は下側のみに付すことにより、高倍率で撮影されたマイクロウェルと識別子の対の写真においても、細胞培養容器の向きを特定することができる。対象のマイクロウェルごとに識別子のおおまかな位置がある程度決まっているため、高倍率で手動にて受精卵を撮影する際に撮影位置を決めやすい。同じ方向でないと、例えば、あるウェルは中央より少し左、別のウェルは中央より少し下といったように、ウェルごとに識別子の位置を360°探しながら撮影位置を決める必要が生じる。
ここで、マイクロウェルの右側、左側、上側、又は下側とは、マイクロウェルの重心まわり360°を4つに分けたそれぞれの範囲と定義することができ、例えば、図4に示すαが45〜135°の範囲を上側と定義できる。したがって、識別子をマイクロウェルの上側のみに付す場合であっても、その範囲内でマイクロウェルごとに相対位置を異なるようにすることは可能である。
また、複数のマイクロウェルにそれぞれ付される複数の識別子が、同一軸上に配置されることが好ましい場合もある。ここで複数のマイクロウェルとは、細胞収容部内のすべてのマイクロウェルである必要はなく、好ましくはそのうちの2以上、より好ましくは3以上、さらに好ましくは4以上の、その重心が同一軸上にある複数のマイクロウェルをさす。重心が同一軸上にある複数のマイクロウェルに、それぞれ付される複数の識別子が、同一軸上に配置されることで、高倍率観察において、観察対象となるマイクロウェルを変更する場合に、細胞培養容器をレンズに対してX軸またはY軸方向にのみ動かすことで、マイクロウェルと識別子の対を捕えることができるため、迅速な観察が可能となる。また、顕微鏡観察では、視野が一般的に横長となるため、横軸上に並んだ複数の識別子を一度に観察することができる(図8)。また、顕微鏡視野の長辺方向と、識別子の軸方向をそろえることで、より高倍率の観察時にも全ての識別子を観察することができる。例えば、視野の短辺距離がマイクロウェルの直径ギリギリである場合などに特に有利である。一方、識別子が図9のように付されている場合は、一番右のマイクロウェルの下部に付された識別子が、視野から外れてしまう場合がある。
複数の識別子が、同一軸上に配置されるとは、識別子の重心が正確に同一軸上に配置されることを意図するものではなく、高倍率観察における迅速化が達成される限り、多少のずれがあってもよい。例えば、図10に示されるように、複数のマイクロウェルの重心を結ぶ直線X’を引き、識別子の重心と対となるマイクロウェルの重心とを結ぶ直線Y’を引いた場合に、X’とY’のなす角度βが45°〜135°の範囲に入ればよい。
以下のマイクロウェルと識別子の配置に関する特定の実施形態について説明する。
図1〜4に示す実施形態では、8個のマイクロウェルが、正方形の4つの頂点に1つずつ配置され、かつ4つの辺の中点に1つずつ配置され、細胞収容部を構成している。そして、ドット状の識別子が、各マイクロウェルの近傍に1つずつ付されている。この実施形態では、識別子のマイクロウェルに対する角度αが、対ごとに異なることから、一対のマイクロウェルと識別子を観察するだけで、各マイクロウェルの位置を特定することができる。
図10に示す実施形態では、8個のマイクロウェルが、長方形の4つの頂点に1つずつ配置され、かつ4つの辺のうち2つの辺にのみ2つずつ等間隔で配置され、マイクロウェルが正方格子状に配置された細胞収容部を構成している。そして、ドット状の識別子が、各マイクロウェルの近傍に1つずつ付されている。この実施形態においては、識別子のマイクロウェルに対する角度αが、対ごとに異なることから、一対のマイクロウェルと識別子を観察するだけで、各マイクロウェルの位置を特定することができる。さらに、上4つの、その重心が同一軸上に配置されたマイクロウェルにそれぞれ付された4つの識別子は、同一軸上に配置されている。
図11に示す実施形態では、図3と同様に、8個のマイクロウェルが、正方形の4つの頂点に1つずつ配置され、かつ4つの辺の中点に1つずつ配置され、細胞収容部を構成している。そして、線状の識別子が、各マイクロウェルの近傍に1つずつ付されている。図12は、それぞれ図11における位置A、E、Hのマイクロウェルと識別子の対の顕微鏡写真を表す。この実施形態では、識別子とマイクロウェルとの距離は、いずれの対についてもほぼ同一であるが、識別子のマイクロウェルに対する角度α及び/又は線(バー)の長さが、対ごとに異なることから、一対のマイクロウェルと識別子を観察するだけで、各マイクロウェルの位置を特定することができる。さらに、いずれの識別子も、同方向を向いた線状であり、かつマイクロウェルに対して右側に付されていることから、高倍率で撮影されたマイクロウェルと識別子の一対の写真においても、識別子の位置と線(バー)の向きに基づいて、撮影時の細胞培養容器の向きを特定できる。
図13に示す実施形態では、図3と同様に、8個のマイクロウェルが、正方形の4つの頂点に1つずつ配置され、かつ4つの辺の中点に1つずつ配置され、細胞収容部を構成している。そして、マイクロウェルごとに1個、2個又は3個のドット状の識別子が対になって付されており、少なくとも1つの識別子のその対となるマイクロウェルに対する相対位置が、識別子とマイクロウェルの対ごとに異なっている。マイクロウェルの近傍が3つの領域に区分けされており、各領域における識別子の有無が、識別子とマイクロウェルの対ごとに異なっていることから、一対のマイクロウェルと識別子を観察するだけで、各マイクロウェルの位置を特定することができる。なお、図13における領域を区分けする線は、概念上のものであり、実際に存在している必要はない。
このように、8個のマイクロウェルに対して、各マイクロウェルの近傍を3領域に区分けして各領域におけるドットの有無が異なるよう識別子群を配置する場合、23=8通りの配置が可能であるため、最小の識別子の数でマイクロウェルを識別することが可能になる。識別子群を配置する領域の数が少ないほど、一つの識別子のサイズを大きくすることができ、識別精度や製造精度の観点で有利である。
一方、図15のように、各マイクロウェルの近傍を4領域に区分けして各領域におけるドットの有無が異なるよう識別子群を配置してもよい。図13の場合には、どの領域にも識別子がないことで、その位置を識別するマイクロウェルが存在するが、図15のように4領域に区分けする場合には、かならず1つの識別子は存在するように構成できる。このようにすることで、どのマイクロウェルについても4行目のドットとの相対位置から撮影の際の傾きを認識することができる。また、4行目のドットが必ず視野に収まるように作業者に撮影させるようにすることで、撮影範囲を間違えにくくすることもできる。このように、4行目のドットに別の目的を持たせる場合、4列目のドットだけ形状を変えてもよい。
本発明の細胞培養容器は、底部と側壁とを有し、底部と側壁とから形成される空間に液体を収容可能である。底部の形状は特に制限されず、三角形および四角形等の多角形の形状でもよく、円(円形、略円形、楕円形および略楕円形を含む)の形状でもよく、側壁は底部の外縁を囲うように形成される。通常、底部と反対側は開口しており、開口部の形状は好ましくは底部の形状と同一である。好ましくは、開口部が円形で、開口幅(例えば、図2のr)が、好ましくは30〜60mm、特に35mmのものが用いられる。これは従来の細胞培養に用いられているシャーレと同等のサイズであり、汎用のシャーレから簡便に作製できること、および既存の培養装置等に適合しやすいことから、上記のようなサイズのものが好ましい。なお、細胞培養容器は、通常のシャーレと同様に蓋を有していてもよい。
マイクロウェルを形成する凹部の壁面は、最深部から外縁に進むに従って高くなるような傾斜面を有することが好ましい。傾斜面の形状(プロファイル)は、マイクロウェルが形成する凹部の最も低い位置から凹部の外縁へ向かって曲線状に高くなる場合、階段状に高くなる場合等、適宜採用することができるが、特に直線部分を含むこと、すなわち凹部の最も低い位置(最深部)から凹部の外縁へ進むに従い、その経路の全区間もしくは一部の区間が直線状に高くなる傾斜面であることが好ましい。直線部分を含むことで、マイクロウェル内に配置した細胞の移動が抑制され、細胞をマイクロウェルの最深部に固定し易くなる。したがって、顕微鏡で観察した場合に鮮明な画像を得ることができる。このような傾斜面は、好ましくは、円錐面または円錐台の側面を形成する。円錐面を形成する場合、マイクロウェルの最深部は円錐の頂点に該当するように円錐が配置されるような構成となる。この場合、マイクロウェルの最深部、すなわち円錐の頂点は丸みを帯びていてもよい。傾斜面が円錐台の側面を形成する場合、円錐台の上面および下面のうち面積の狭いほうがマイクロウェルの最深部に該当するように円錐台が配置されるような構成となる。
マイクロウェルの深さは、マイクロウェルの開口部から最深部までを垂直に測った深さをいい、好ましくは0.05〜0.5mmである。マイクロウェルの深さは、浅過ぎると、培養容器の輸送時や細胞の分裂時などに細胞が動き、細胞がマイクロウェルの範囲外に出てしまう恐れがあるため、確実に細胞をマイクロウェル内に保持できるように設定される。例えば、細胞をマイクロウェル内に保持するには、深さが細胞の最大径の1/3以上であることが好ましく、1/2以上であることがさらに好ましい。一方、深過ぎると、マイクロウェル内に培養液や細胞を導入することが難しくなるため、細胞をマイクロウェル内に保持しつつ、深過ぎない値になるよう適宜設定される。例えば、深さの上限をマイクロウェルの開口部の開口幅に対して3倍以下とすることができる。さらに、培養液の導入を容易にするためには、深さはマイクロウェルの開口幅の1倍以下であることが好ましく、1/2以下であることが特に好ましい。
マイクロウェルの壁面、特に傾斜面の表面粗さは、大きい値であると、顕微鏡で透過観察を行った画像を輪郭抽出処理に付す際に、傾斜面上の凹凸に起因して明瞭な輪郭が得られない恐れがあるため、可能な限り小さい値であることが好ましい。具体的には、最大高さRy(粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけを抜き取り、この抜き取り部分における山頂線と谷底線との間隔をいう)が1.0μm未満、特に0.5μm未満であることが好ましい。なお、傾斜面の表面粗さは、培養容器の鋳型を作製する際に磨き処理を施す等して、鋳型の加工精度を高めることにより小さくすることができる。
マイクロウェルは、細胞培養容器の底部において、複数配置され、細胞収容部を構成する。このようなマイクロウェルの群から構成される細胞収容部は、底部に複数群配置されていてもよく、それらの群は互いに近接していなくてもよい。
複数のマイクロウェルが配置されてなる細胞収容部は、それらを囲む内壁により、培養容器内のその他の部分と隔てられていてもよい(例えば、図1と図2における8)。複数のマイクロウェルの群が細胞培養容器の底部に存在する場合は、群ごとに内壁で囲まれることが好ましい。通常、受精卵等の培養においては、培養容器に受精卵を含む培養液の液滴を形成し、液滴をオイルで覆うことにより培養液の乾燥が防止されている。近接して形成されたマイクロウェルの群をさらに内壁で囲むことにより、その内部に培養液を収容して安定なドロップを形成し、培養液の分散を防ぐことができる。培養液をミネラルオイル等のオイルで覆う場合も同様である。
細胞培養容器の材質は、特に制限されない。具体的には、金属、ガラス、およびシリコン等の無機材料、プラスチック(例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。細胞培養容器は、当業者に公知の方法で製造することができる。例えば、プラスチック材料からなる培養容器を製造する場合には、慣用の成形法、例えば射出成形により製造することができる。
細胞培養容器は、培養細胞の非特異的接着を防止し、また培養液のドロップが表面張力によって偏ることを防止する観点から、プラズマ処理などの表面親水化処理することが好ましい。製造後の容器に付着している菌数(バイオバーデン数)が100cfu/容器以下であることが好ましい。また、さらにγ線滅菌などの滅菌処理を施されていることがより好ましい。
細胞培養容器は、受精卵の発育を促進するような表面処理または表面コートがなされていてもよい。特に、受精卵の発育を促進するために、他の器官の細胞(例えば、子宮内膜細胞や卵管上皮細胞)と共培養をする場合、これらの細胞をあらかじめ培養容器に接着させる必要がある。このような場合に、培養容器の表面に細胞接着性の材料をコートすると有利である。
培養対象となる細胞は、特に制限されないが、例えば、受精卵、卵細胞、ES細胞(胚性幹細胞)およびiPS細胞(人工多能性幹細胞)が挙げられる。卵細胞は、未受精の卵細胞をさし、未成熟卵母細胞および成熟卵母細胞が含まれる。受精卵は、受精後、卵割により2細胞期、4細胞期、8細胞期と細胞数が増えていき、桑実胚を経て、胚盤胞へと発生する。受精卵には、2細胞胚、4細胞胚および8細胞胚などの初期胚、桑実胚、胚盤胞(初期胚盤胞、拡張胚盤胞および脱出胚盤胞を含む)が含まれる。胚盤胞は、胎盤を形成する潜在能力がある外部細胞と胚を形成する潜在能力がある内部細胞塊からなる胚を意味する。ES細胞は胚盤胞の内部細胞塊から得られる未分化な多能性または全能性細胞をさす。iPS細胞は、体細胞(主に線維芽細胞)へ数種類の遺伝子(転写因子)を導入することにより、ES細胞に似た分化万能性を持たせた細胞をさす。すなわち、細胞には、受精卵や胚盤胞のように複数の細胞の集合体も包含される。
本発明の細胞培養容器は、好ましくは哺乳動物および鳥類の細胞、特に哺乳動物の細胞の培養に好適である。哺乳動物は、温血脊椎動物をさし、例えば、ヒトおよびサルなどの霊長類、マウス、ラットおよびウサギなどの齧歯類、イヌおよびネコなどの愛玩動物、ならびにウシ、ウマおよびブタなどの家畜が挙げられる。本発明の細胞培養容器は、ヒトの受精卵の培養に特に好適である。
通常、マイクロウェルを覆うように培養液Aを添加した後、培養液を覆うようにオイルBを添加し、さらに培養液中に細胞Cを添加する。これらの作業は、通常ピペットやガラスキャピラリー等の器具を用いて実施される。本発明の細胞培養容器は、開口が大きいので、これらの操作を比較的容易に実施できる(図16)。
培養は、通常、細胞培養容器を培養細胞の発育および維持に必要なガスを含む環境雰囲気および一定の環境温度をもたらすインキュベータに入れることにより実施される。必要なガスには、水蒸気、遊離酸素(O2)および二酸化炭素(CO2)が含まれる。環境温度とCO2含有量を調節することにより、培養液のpHを一定時間内に安定させることができる。安定なCO2含有量と安定な温度により安定なpHが得られる。画像比較プログラムにより、培養中の細胞の画像を予め保存された画像と比較することにより、培養の際の温度、ガスおよび培養液などの培養条件を調節することもできる。
例えば受精卵を培養する場合には、通常、培養後に、子宮への移植に適した良質な受精卵であるか否かが判別される。判別は自動で行ってもよいし、顕微鏡等により手動で行ってもよい。培養細胞の自動判別においては、顕微鏡により取得された培養容器内の細胞の画像をCCDカメラ等の検出装置によって撮像し、得られた像を輪郭抽出処理に付し、画像中の細胞に該当する部分を抽出し、抽出された細胞の画像を画像解析装置で解析することによりその質を判別することができる。画像の輪郭抽出処理については、例えば、特開2006−337110に記載された処理を利用できる。
マイクロウェルが細胞培養容器の底部に平行な底面とそれに垂直な側面とからなる場合は、細胞がマイクロウェル内で移動して側面に接触する場合があり、その状態で細胞の撮像を行うと、撮影された画像において輪郭抽出処理により細胞の画像を抽出することが困難であるという問題があるが、マイクロウェルの壁面が、傾斜面を有する場合、好ましくは円錐状または円錐台状の部分を含む場合は、培養される細胞は自動的にマイクロウェルの底の部分に存在することとなり、マイクロウェルが細胞培養容器の底部に垂直な側面を傾斜面より開口部側に有していたとしても、これに接触したままとなることはなく、撮像された細胞の画像の輪郭抽出処理を問題なく実施することができる。