以下に、本発明の実施形態に係る変速制御装置につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施形態によりこの発明が限定されるものではない。また、下記の実施形態における構成要素には、当業者が容易に想定できるものあるいは実質的に同一のものが含まれる。
[実施形態]
図1から図9を参照して、実施形態について説明する。本実施形態は、変速制御装置に関する。図1は、本発明の実施形態に係る車両の概略構成図、図2は、実施形態に係る自動変速機の概略構成図、図3は、実施形態に係る自動変速機の作動係合表を示す図、図4は、実施形態に係る変速制御装置のブロック図、図5は、実施形態に係る変速制御の一例を示すフローチャート、図6は、変速制御の一例に係るタイムチャート、図7は、実施形態の多重変速に係る変速制御を示すフローチャート、図8は、実施形態の多重変速に係るタイムチャート、図9は、変速パターンの一例を示す図である。
図1に示すように、車両10は、エンジン12と、トルクコンバータ14と、駆動輪26と、変速制御装置1を含んで構成されている。本実施形態の変速制御装置1は、自動変速機18と、制御部70とを含んで構成されている。エンジン12は、駆動力源の一例であり、燃料の燃焼エネルギーを回転運動に変換して出力する。エンジン12は、トルクコンバータ14を介して自動変速機18の入力軸16に接続されている。自動変速機18の出力軸20は、デファレンシャルギヤ22および左右の駆動軸24を介して左右の駆動輪26に接続されている。
トルクコンバータ14は、エンジン12に接続されたポンプインペラと、自動変速機18の入力軸16に接続されたタービンランナとの間で流体伝達によりトルクを伝達する。トルクコンバータ14は、更に、ロックアップクラッチを有している。
自動変速機18は、車体に取り付けられる非回転部材としてのトランスミッションケース内に配置された1組あるいは複数組の遊星歯車装置と、複数の係合装置とを含んで構成されている。自動変速機18は、係合装置によって複数のギヤ段が択一的に実現される遊星歯車式の有段式の自動変速機である。自動変速機18は、複数の係合装置の掴み替え、すなわち解放側の係合装置の解放と係合側の係合装置の係合とによりクラッチトゥクラッチ変速を行う。複数の係合装置は、それぞれ、入力軸16と出力軸20との間でトルクを伝達する。本実施形態の係合装置は、油圧式の摩擦係合装置であり、例えば、湿式の多板クラッチである。
自動変速機18の係合装置は、油圧制御回路28によって係合と解放とが制御される。自動変速機18は、係合装置の係合と解放との切り替えによって変速する。油圧制御回路28は、それぞれの係合装置に対する供給油圧を制御するソレノイドバルブ等の調圧弁を有している。油圧制御回路28は、調圧弁の開度を調節して供給圧を制御することにより、それぞれの係合装置のトルク容量、即ち係合力を任意の値に制御する機能を有する。
図2に示すように、自動変速機18は、入力軸16および出力軸20に加えて、第一遊星歯車装置37、第二遊星歯車装置9、中間シャフト8、第一クラッチC1、第二クラッチC2、第三クラッチC3、第四クラッチC4、第一ブレーキB1、第二ブレーキB2、ワンウェイクラッチF1等を含んで構成されている。自動変速機18は、複数の係合装置として、各クラッチC1,C2,C3,C4および各ブレーキB1,B2を有する。入力軸16は、エンジン12からの動力が入力される。出力軸20は、駆動輪26に動力を出力する。
第一遊星歯車装置37は、ダブルピニオン式であり、第一リングギヤ38、内側ピニオンギヤ39a、外側ピニオンギヤ39b、第一サンギヤ41、および第一キャリア40を含んで構成されている。内側ピニオンギヤ39aは、第一サンギヤ41および外側ピニオンギヤ39bと噛み合っている。外側ピニオンギヤ39bは、内側ピニオンギヤ39aおよび第一リングギヤ38と噛み合っている。第一キャリア40は、ピニオンギヤ39a,39bから構成される複数のギヤ対を回転自在に支持している。
第二遊星歯車機構9は、ダブルピニオン式の構成部とシングルピニオン式の構成部とを組み合わせた複合プラネタリである。ダブルピニオン式の構成部は、第二リングギヤ30と、第二サンギヤ31と、ショートピニオンギヤ33aと、ロングピニオンギヤ33bと、第二キャリア34とを含んで構成されている。ショートピニオンギヤ33aは、第二サンギヤ31およびロングピニオンギヤ33bと噛み合っている。ロングピニオンギヤ33bは、ショートピニオンギヤ33aおよび第二リングギヤ30と噛み合っている。シングルピニオン式の構成部は、第三サンギヤ32と、ロングピニオンギヤ33bと、第二リングギヤ30とを含んで構成されている。第三サンギヤ32は、第二サンギヤ31に対して同軸上に隣接して配置されている。ロングピニオンギヤ33bは、第三サンギヤ32および第二リングギヤ30と噛み合っている。第二キャリア34は、ショートピニオンギヤ33aとロングピニオンギヤ33bから構成される複数のギヤ対を回転自在に支持している。
中間軸8は、入力軸16と接続されており、入力軸16と一体回転する。第一サンギヤ41、第三サンギヤ32および第二サンギヤ31は、中間軸8に対して径方向外側に配置されており、中間軸8に対して相対回転可能に支持されている。第一キャリア40は、中間軸8と接続されており、中間軸8と一体回転する。第一サンギヤ41は、車体側、例えばトランスミッションケースに対して固定されており、回転不能である。従って、第一遊星歯車装置37では、第一サンギヤ41が反力受けとして機能し、第一キャリア40と第一リングギヤ38との間で動力を伝達させる。
第一クラッチC1は、第一リングギヤ38と第二サンギヤ31とを接続あるいは遮断する。第二クラッチC2は、中間軸8と第二キャリア34とを接続あるいは遮断する。第三クラッチC3は、第一リングギヤ38と第三サンギヤ32とを接続あるいは遮断する。第四クラッチC4は、第一キャリア40と第三サンギヤ32とを接続あるいは遮断する。第一ブレーキB1は、係合することによって第三サンギヤ32の回転を規制する。第二ブレーキB2は、係合することによって第二キャリア34の回転を規制する。ワンウェイクラッチF1は、第二キャリア34の正回転を許容し、逆回転を規制する。ここで、正回転方向は、入力軸16の回転方向と同方向である。
第二リングギヤ30は、カウンタドライブギヤ35と連結されている。カウンタドライブギヤ35は、中間軸8に対して径方向外側に配置されており、中間軸8に対して相対回転自在に支持されている。カウンタドライブギヤ35は、自動変速機18の出力軸20でもある。カウンタドライブギヤ35は、カウンタドリブンギヤ36と噛み合っている。カウンタドリブンギヤ36は、ドライブピニオンギヤ42と連結されている。ドライブピニオンギヤ42は、デファレンシャルギヤ22のリングギヤ43と噛み合っている。
本実施形態の自動変速機18は、前進1速から前進8速のまでの8段のギヤ段を選択的に成立させることができる。図3に示すように、第1速ギヤ段(1st)では、第一クラッチC1が係合される。これにより、入力軸16から第一キャリア40に伝達されるエンジン12の回転およびトルクは、第一リングギヤ38から第一クラッチC1を介して第二サンギヤ31に伝達される。ワンウェイクラッチF1は、係合して第二キャリア34の回転を規制する。これにより、第二キャリア34が反力受けとして機能して、第二サンギヤ31から第二リングギヤ30へと回転およびトルクを伝達可能とする。第二サンギヤ31から第二リングギヤ30へ伝達された回転およびトルクは、カウンタドライブギヤ35から出力され、カウンタドリブンギヤ36、ドライブピニオンギヤ42およびリングギヤ43を介して駆動輪26に伝達される。なお、第1速ギヤ段において、第二ブレーキB2が係合されてもよい。
第2速ギヤ段(2nd)では、図3に示すように、第一クラッチC1および第一ブレーキB1が係合される。第一ブレーキB1が係合することにより、第三サンギヤ32の回転が規制される。これにより、第三サンギヤ32が反力受けとして機能し、第二サンギヤ31から第二リングギヤ30へと回転およびトルクを伝達可能とする。
第3速ギヤ段(3rd)では、第一クラッチC1および第三クラッチC3が係合される。第三クラッチC3が係合することで、第一リングギヤ38と第三サンギヤ32とが接続される。つまり、第一リングギヤ38から出力される回転およびトルクは、第一クラッチC1を介して第二サンギヤ31に入力されると共に、第三クラッチC3を介して第三サンギヤ32に入力されて、第二リングギヤ30から出力される。
第4速ギヤ段(4th)では、第一クラッチC1および第四クラッチC4が係合される。第四クラッチC4が係合することで、第一キャリア40と第三サンギヤ32とが接続される。つまり、第一遊星歯車装置37から出力される回転およびトルクは、第一クラッチC1を介して第二サンギヤ31に入力されると共に、第四クラッチC4を介して第三サンギヤ32に入力されて、第二リングギヤ30から出力される。
第5速ギヤ段(5th)では、第一クラッチC1および第二クラッチC2が係合される。第二クラッチC2が係合することで、中間軸8と第二キャリア34とが接続される。よって、エンジン12から入力軸16に対して伝達された回転およびトルクは、第一遊星歯車装置37および第一クラッチC1を介して第二サンギヤ31に入力されると共に、第二クラッチC2を介して第二キャリア34に入力されて、第二リングギヤ30から出力される。
第6速ギヤ段(6th)では、第二クラッチC2および第四クラッチC4が係合される。よって、エンジン12から入力軸16に対して伝達された回転およびトルクは、第一遊星歯車装置37および第四クラッチC4を介して第三サンギヤ32に入力されると共に、第二クラッチC2を介して第二キャリア34に入力されて、第二リングギヤ30から出力される。
第7速ギヤ段(7th)では、第二クラッチC2および第三クラッチC3が係合される。よって、エンジン12から入力軸16に対して伝達された回転およびトルクは、第一遊星歯車装置37および第三クラッチC3を介して第三サンギヤ32に入力されると共に、第二クラッチC2を介して第二キャリア34に入力されて、第二リングギヤ30から出力される。
第8速ギヤ段(8th)では、第二クラッチC2および第一ブレーキB1が係合される。第一ブレーキB1が係合することにより、第三サンギヤ32は反力受けとして機能する。よって、中間軸8から第二クラッチC2を介して第二キャリア34に入力される回転およびトルクは、第二リングギヤ30から出力される。
本実施形態では、変速時に掴み替えが行われる係合装置のうちで、ローギヤ段側の成立に関与する係合装置をローギヤ段係合装置と称し、ハイギヤ段側の成立に関与する係合装置をハイギヤ段係合装置と称する。例えば、第2速ギヤ段から第3速ギヤ段へとアップシフトがなされる場合、第一ブレーキB1をローギヤ段係合装置とし、第三クラッチC3をハイギヤ段係合装置として係合装置の掴み替えがなされる。
また、本実施形態では、変速時に掴み替えが行われる係合装置のうちで、当該変速において解放される係合装置を解放側の係合装置と称し、当該変速において係合される係合装置を係合側の係合装置と称する。例えば、第2速ギヤ段から第3速ギヤ段へとアップシフトがなされる場合、第一ブレーキB1が解放側の係合装置であり、第三クラッチC3が係合側の係合装置である。
図1に戻り、制御部70は、車両10の各部を制御する。本実施形態の制御部70は、コンピュータを含む電子制御ユニットである。制御部70には、エンジン回転数センサ50、タービン回転数センサ52および出力軸回転数センサ54が接続されている。エンジン回転数センサ50は、エンジン回転数ωeを検出する。タービン回転数センサ52は、トルクコンバータ14のタービンランナの回転数であるタービン回転数ωtを検出する。タービン回転数ωtは、入力軸16の回転数である入力軸回転数ωiでもある。出力軸回転数センサ54は、出力軸20の回転数である出力軸回転数ωoを検出する。車両10の車速Vは、出力軸回転数ωoから算出される。
制御部70には、アクセル開度センサ56、スロットル開度センサ58およびシフトセンサ60が接続されている。アクセル開度センサ56は、アクセル開度Accを検出する。スロットル開度センサ58は、エンジン12のスロットルバルブの開度θthを検出する。シフトセンサ60は、シフトレバーやパドルスイッチに対するシフト操作SHを検出する。
図4に示すように、制御部70は、エンジン出力制御部72と、変速制御部74と、制御操作量算出部76とを含んで構成されている。制御操作量算出部76は、トルク分担率算出部78と、変速目標値算出部80とを含んでいる。
エンジン出力制御部72は、要求されるエンジントルクに基づいて、エンジン12のスロットル制御、燃料噴射制御、点火制御等に関する指令値を出力する。また、エンジン出力制御部72は、車両10に対する要求駆動力Fdemを算出する。要求駆動力Fdemは、例えば、アクセル開度Accと車速Vに基づいて算出される。エンジン出力制御部72は、自動変速機18の現在の変速比、トルクコンバータ14のトルク比t等に基づいて要求駆動力Fdemを発生させることができるトルク値を要求エンジントルクTedemとして算出する。トルク比tは、例えば、速度比(=タービン回転数ωt/ポンプ回転速度ωp(エンジン回転数ωe))とトルク比t、効率、および容量係数との関係に基づいて算出される。
変速制御部74は、自動変速機18の変速制御を実行する。変速制御部74は、車速Vおよびアクセル開度Accを変数として予め記憶された関係(変速マップや変速線図)に基づいて変速判断を行う。変速制御部74は、自動変速機18の変速を実行すべきと判断した場合には、自動変速機18の変速を実行し、変速前のギヤ段から変速後のギヤ段へと切り替える。変速制御部74は、自動変速機18のギヤ段を目標のギヤ段へと切り替えるように、変速に関与する係合装置を係合あるいは解放させる油圧指令信号Spを油圧制御回路28へ出力する。油圧指令信号Spは、解放側の係合装置に対して供給する油圧の油圧指令値、および係合側の係合装置に対して供給する油圧の油圧指令値を含む。
変速制御としては、例えば、変速ショックや変速時間等が適切であるかを実車にて評価しつつ適合により定められた制御マップに基づいて、変速時の各係合装置のトルク容量(あるいは油圧指令値)を決定して自動変速機18の変速を実行する手法がある。このような制御マップを用いる手法では、パワーオンアップシフト、パワーオフアップシフト、パワーオンダウンシフト、パワーオフダウンシフトのうちのどの変速パターンであるか、およびどの変速段間での変速であるかによって、各々異なる制御マップを作成しておく必要がある。そのため、自動変速機18のギヤ段が多段化されるほど、適合作業に多くの労力等が必要となる。
本実施形態の制御部70は、変速制御として、上記の制御マップを用いる手法に代えて、変速目標値を実現させる制御操作量を決定する変速モデルを用いて自動変速機18の変速を実行する。変速目標値は、変速時に実現したい変化態様を定める要素の目標値であり、例えば、変速時間および駆動力の目標値である。制御操作量は、制御対象に対して操作する要素の要求値であり、例えば、エンジントルクおよびクラッチトルクの要求値である。
以下に、変速モデルを用いた自動変速機18の変速制御について説明する。自動変速機18の変速中における運動方程式は、下記[数1]および[数2]で表される。
上記[数1]および[数2]は、自動変速機18を構成する相互に連結された各回転要素ごとの運動方程式、および自動変速機18を構成する遊星歯車装置における関係式から導かれる。各回転要素ごとの運動方程式は、各回転要素におけるイナーシャと回転速度時間変化率との積で表されるトルクを、遊星歯車装置の3つの部材(サンギヤ、キャリア、リングギヤ)、および係合装置の両側の部材のうちで各回転要素に関与する部材に作用するトルクにて規定した運動方程式である。また、遊星歯車装置における関係式は、遊星歯車装置の歯車比(サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)を用いて、その遊星歯車装置の3つの部材におけるトルクの関係と回転速度時間変化率との関係とを各々規定した関係式である。
[数1]および[数2]において、dωt/dtは、タービン回転数ωtの時間微分(時間変化率)であり、入力軸16側の回転部材の速度変化量としての入力軸16の角加速度(以下、単に「入力軸角加速度」と称する。)を表す。なお、図面および数式では、時間変化率を文字の上のドットで示している。dωo/dtは、出力軸回転数ωoの時間変化率であり、出力軸角加速度を表している。タービントルクTtは、入力軸16側の回転部材上のトルクの一例としての入力軸16上のトルクである。タービントルクTtは、自動変速機18の入力トルクである入力軸トルクTiでもある。タービントルクTtは、トルクコンバータ14のトルク比tを考慮すればエンジントルクTe(=Tt/t)と同意である。
出力軸トルクToは、出力軸20側の回転部材上のトルクの一例であり、出力軸20上のトルクである。ローギヤ段側クラッチトルクTclowは、アップシフト時における解放側のクラッチトルク、ダウンシフト時における係合側のクラッチトルクである。ハイギヤ段側クラッチトルクTchiは、アップシフト時における係合側のクラッチトルク、ダウンシフト時における解放側のクラッチトルクである。[数1]および[数2]の係数a1,a2,b1,b2,c1,c2,d1,d2は、定数であり、各回転要素におけるイナーシャおよび遊星歯車装置の歯車比から設計的に求められる係数である。係数a1,a2,b1,b2,c1,c2,d1,d2の値は、変速パターンごとに異なる。
[数1]および[数2]は、変速目標値と制御操作量との関係を定式化した自動変速機18のギヤトレーン運動方程式である。変速目標値は、変速時間および駆動力の目標値を表現でき、ギヤトレーン運動方程式上で取り扱えるものである。本実施形態では、変速時間を表現する物理量の一例として、入力軸角加速度dωt/dtを用いる。また、駆動力を表現する物理量の一例として、出力軸トルクToを用いる。つまり、制御部70は、出力軸トルクToおよび入力軸回転変化量(入力軸角加速度dωt/dt)の2つの値を変速目標値とする。
本実施形態では、変速目標値を成立させる制御操作量を、タービントルクTt(エンジントルクTeも同意)と、ローギヤ段側クラッチトルクTclowと、ハイギヤ段側クラッチトルクTchiの3つの値としている。つまり、制御部70は、入力軸トルクTi、解放側の係合装置のトルク容量および係合側の係合装置のトルク容量の3つの値を制御操作量とする。この場合、運動方程式が上記[数1]および[数2]の2式であることに対して制御操作量が3つあるため、2つの変速目標値を成立させる制御操作量を一意に解くことができない。そこで、上記[数1]および[数2]の運動方程式に、拘束条件を追加して制御操作量を一意に解くことについて検討した。
ここで、自動変速機18の変速制御において難しいとされることは、解放側の係合装置と係合側の係合装置とのトルクの受け渡し(すなわち変速進行度)を制御することである。一方で、3つの制御操作量を決定するために何れかの制御操作量を所定の値とする場合には、変速パターンごとに合わせた所定の値とするなど無数の定め方がある。この所定の値に関し、例えば解放側のクラッチトルクおよび係合側のクラッチトルクのうちで一方のみを拘束条件とすると、変速中にタイアップや吹き上がりが発生しやすくなったり、また敢えて変速中にタイアップや吹き上がりを発生させる制御の制御性が低下したりする可能性がある。また、エンジントルクの変化態様を拘束条件とすると、イナーシャ相中にエンジントルクを一時的に変化させるようなエンジントルクダウン制御を実行できなくなる可能性がある。
このため、本実施形態では、変速中のトルクの受け渡しを表現したり制御したりするのに適しており、また何れの変速パターンにも対応することができる拘束条件として、解放側の係合装置と係合側の係合装置とで受け持つ伝達トルクのトルク分担率を用いる。トルク分担率を拘束条件とすることで、変速中のトルクの受け渡しを運動方程式に組み込むことができ、かつ制御操作量を一意に解くことができる。トルク分担率は、自動変速機18の変速時に解放側の係合装置と係合側の係合装置とで受け持つ必要がある合計の伝達トルク(合計伝達トルク)を、例えば入力軸16上のトルクに置き換えたときに、その入力軸上合計伝達トルクに対して両係合装置が各々分担する伝達トルクの割合である。本実施形態では、ローギヤ段係合装置のトルク分担率を「xlow」とし、ハイギヤ段係合装置のトルク分担率を「xhi」とする。変速中には、トルクの受け渡しを反映するように、各トルク分担率が時系列で変化する。ある瞬間のローギヤ段係合装置のトルク分担率xlowの値をx(例えば0≦x≦1)として、各トルク分担率は、以下の式(1)および式(2)で表される。
xlow = x…(1)
xhi = 1−x…(2)
ローギヤ段側クラッチトルクTclowとハイギヤ段側クラッチトルクTchiとの関係式は、入力軸16上のトルクに換算した各クラッチトルクTclow,Tchiの値と、トルク分担率の値「x」、「1−x」とを用いて定義することができる。そして、上記[数1]、[数2]および入力軸16上のトルクに換算したローギヤ段側クラッチトルクTclowとハイギヤ段側クラッチトルクTchiとの関係式から、制御操作量を算出する関係式が導き出される。導き出された関係式から、タービントルクTt、ローギヤ段側クラッチトルクTclowおよびハイギヤ段側クラッチトルクTchiが算出される。
タービントルクTtは、トルク分担率の値「x」、「1−x」、入力軸角加速度dωt/dt、および出力軸トルクToなどを用いた関係式にて表される。同様に、ローギヤ段側クラッチトルクTclowは、トルク分担率の値「x」、入力軸角加速度dωt/dtおよび出力軸トルクToなどを用いた関係式にて表される。ハイギヤ段側クラッチトルクTchiは、トルク分担率の値「1−x」、入力軸角加速度dωt/dtおよび出力軸トルクToなどを用いた関係式にて表される。つまり、本実施形態の変速モデルは、変速目標値と制御操作量とを含む自動変速機18の運動方程式([数1]、[数2])と、トルク分担率を表す関係(式(1)、式(2))とを用いて、変速目標値に基づいて制御操作量を算出するものである。このように、本実施形態では、上記[数1]、[数2]にトルク分担率xにて設定した拘束条件を追加することで、変速モデルを用いて自動変速機18の変速を実行する。
図4に示す制御操作量算出部76は、自動変速機18の変速中に、上記変速モデルを用いて、変速目標値に基づいて制御操作量を算出する。具体的には、制御操作量算出部76は、トルク分担率算出部78と、変速目標値算出部80とを備えている。トルク分担率算出部78は、例えば、トルク分担率xを変化させる態様を定めた変速進行度マップを記憶している。変速進行度マップは、変速中の経過時間と、実現すべきトルク分担率xとの対応関係を示すものである。変速中の経過時間は、変速制御開始時からの経過時間や、前回トルク分担率xを算出してからの経過時間などである。トルク分担率算出部78は、経過時間と、変速進行度マップとに基づいて、現在の目標とするトルク分担率xを算出する。
トルク分担率算出部78は、算出したトルク分担率xと、上記式(1)および式(2)から、ローギヤ段係合装置のトルク分担率xlowおよびハイギヤ段係合装置のトルク分担率xhiを算出する。変速進行度マップは、変速パターンごとや変速段間ごとに予め定められていることが好ましい。トルク分担率xの初期値は、アップシフトでは1、ダウンシフトでは0とされることが好ましい。
変速目標値算出部80は、入力軸角加速度変化マップを記憶している。入力軸角加速度変化マップは、入力軸角加速度dωt/dtを変化させる態様を定めたマップである。入力軸角加速度変化マップは、変速ショックの抑制と変速時間の短縮とを両立させながらイナーシャ相中にタービン回転数ωtを変化させることができるように、予め定められている。変速目標値算出部80は、変速中の経過時間と、入力軸角加速度変化マップとに基づいて、イナーシャ相中の入力軸角加速度dωt/dtの目標値を算出する。経過時間は、例えば、イナーシャ相開始時からの経過時間や、前回入力軸角加速度dωt/dtの目標値を算出してからの経過時間等である。変速目標値算出部80は、イナーシャ相中以外では、タービン回転数ωtの変化に基づいて入力軸角加速度dωt/dtの目標値を算出する。
変速目標値算出部80は、出力軸トルク変化マップを記憶している。出力軸トルク変化マップは、出力軸トルクToを変化させる態様を定めたマップである。変速目標値算出部80は、エンジン出力制御部72によって算出された要求駆動力Fdemおよび変速制御開始時からの経過時間に基づいて出力軸トルクToの目標値を算出する。なお、入力軸角加速度変化マップおよび出力軸トルク変化マップは、例えば、変速パターンごとや変速段間ごとに予め定められている。
制御操作量算出部76は、制御操作量を算出する関係式から、トルク分担率算出部78により算出された係合装置のトルク分担率(x,xlow,xhi)、および変速目標値算出部80により算出された各変速目標値(入力軸角加速度dωt/dtおよび出力軸トルクToの目標値)に基づいて、制御操作量としてのタービントルクTt、ローギヤ段側クラッチトルクTclowおよびハイギヤ段側クラッチトルクTchiの各要求値を算出する。
エンジン出力制御部72は、変速制御部74により自動変速機18の変速中であると判定された場合には、制御操作量算出部76により算出されたタービントルクTtの要求値が得られるように、エンジン出力制御指令信号Seを出力する。変速制御部74は、自動変速機18の変速を実行すべきと判断した場合には、目標ギヤ段が達成されるように、制御操作量算出部76により算出されたローギヤ段側クラッチトルクTclowおよびハイギヤ段側クラッチトルクTchiの各要求値を得るための油圧指令信号Spを油圧制御回路28に対して出力する。
次に、本実施形態の変速モデルに基づく変速制御の一例について、図5および図6を参照して説明する。図6には、パワーオンアップシフト時の動作が示されている。図6には、(a)タービン回転数、(b)入力軸角加速度の目標値、(c)出力軸トルクToの目標値、(d)エンジントルクTeの要求値、(e)クラッチトルクの要求値、(f)係合装置のトルク分担率が示されている。
図5に示す制御フローは、所定の間隔で繰り返し実行される。ステップS10では、変速制御部74により、変速中であるか否かが判定される。ステップS10の判定の結果、変速中であると判定された場合(ステップS10−Y)にはステップS20に進み、そうでない場合(ステップS10−N)には本制御フローは終了する。図6では、時刻t1から時刻t3の間は変速中であると判定される。
ステップS20では、トルク分担率算出部78により、係合装置のトルク分担率(x,xlow,xhi)が算出される。トルク分担率算出部78は、例えば、変速開始からの経過時間と変速進行度マップに基づいて、トルク分担率を算出する。ステップS20が実行されると、ステップS30に進む。
ステップS30では、変速目標値算出部80により、変速目標値が算出される。変速目標値算出部80は、例えば、入力軸角加速度変化マップやタービン回転数ωtの変化に基づいて、入力軸角加速度dωt/dtの目標値を算出する。変速目標値算出部80は、例えば、出力軸トルク変化マップに基づいて出力軸トルクToの目標値を算出する。ステップS30が実行されると、ステップS40に進む。
ステップS40では、制御操作量算出部76により、制御操作量が算出される。制御操作量算出部76は、ステップS20で算出されたトルク分担率の値と、ステップS30で算出された変速目標値と、上述した制御操作量を算出する関係式に基づいて、エンジントルクTeの要求値、ローギヤ段側クラッチトルクTclowの要求値およびハイギヤ段側クラッチトルクTchiの要求値を算出する。ステップS40が実行されると、ステップS50に進む。
ステップS50では、エンジン出力制御部72による動力源のトルク制御、および変速制御部74による係合装置の制御が実行される。エンジン出力制御部72は、ステップS40で算出されたエンジントルクTeの要求値を実現するべくエンジン出力制御指令信号Seを生成して出力する。また、変速制御部74は、ステップS40で算出されたローギヤ段側クラッチトルクTclowおよびハイギヤ段側クラッチトルクTchiを実現するべく油圧指令信号Spを生成して出力する。ステップS50が実行されると、本制御フローは終了する。
自動変速機18の変速中に、イナーシャ相では、イナーシャトルクによって出力軸トルクToが急変させられる可能性がある。これに対して、図6に示すように、イナーシャ相中における出力軸トルクToの目標値は、イナーシャトルクが発生していないかのように感じられるよう定められている。この目標値を実現させるようにエンジントルクTeの要求値が定められている。すなわち、イナーシャ相において、イナーシャトルクを打ち消すエンジントルクダウン制御が実行される。このように、本実施形態では、変速モデル制御の全体を崩すことなく、エンジン12が制御対象として運動方程式に組み込まれる。
ここで、ダウン変速の変速要求に応じて実行されるダウン変速(以下、「第1ダウン変速」と称する。)の実行中に、更なるダウン変速(以下、「第2ダウン変速」と称する。)の変速要求がなされることがある。本明細書では、第1ダウン変速の実行中に第2ダウン変速を開始して第1ダウン変速と第2ダウン変速とを連続的に行う変速を「多重ダウン変速」と称する。
多重ダウン変速が要求された場合に、変速ショックを抑制しつつ多重ダウン変速を実行できることが望ましい。以下の説明では、第1ダウン変速において解放される係合装置を「第1変速解放要素」、第1ダウン変速において係合される係合装置を「第1変速係合要素」と称する。また、第2ダウン変速において解放される係合装置を「第2変速解放要素」、第2ダウン変速において係合される係合装置を「第2変速係合要素」と称する。例えば、第1ダウン変速が、8速ギヤ段から5速ギヤ段へのダウンシフトである場合、第一ブレーキB1が第1変速解放要素であり、第一クラッチC1が第1変速係合要素となる。また、第2ダウン変速が、5速ギヤ段から3速ギヤ段へのダウンシフトである場合、第二クラッチC2が第2変速解放要素、第三クラッチC3が第2変速係合要素となる。
第1ダウン変速から第2ダウン変速へ移行するときに、第2ダウン変速の目標ギヤ段の同期回転数までタービン回転数ωtを滑らかに上昇させるためには、第1ダウン変速の終了(例えば、イナーシャ相の終了)と同時に第2変速のイナーシャ相を開始することが好ましい。このためには、第1ダウン変速の過渡中に第2変速解放要素のクラッチトルク容量を必要最低限、例えば反力分のクラッチトルク容量まで低下させることが必要である。しかしながら、クラッチ指示圧に対する実圧の応答遅れにより、目標クラッチトルク容量に到達するまでには一定の時間を要する。例えば、第2ダウン変速の要求から第1ダウン変速のイナーシャ相終了までに十分な時間が無い場合、第2変速解放要素が滑り出すタイミングが遅れてしまい、第1ダウン変速から第2ダウン変速への移行時に変速ショックが発生してしまう。
本実施形態の変速制御装置1は、多重ダウン変速が要求された場合に、第1ダウン変速から第2ダウン変速へタービン回転数ωtが停滞することなく滑らかな変速進行が実現可能かを判断する。変速制御装置1は、第2変速解放要素の係合油圧の低下が間に合わない場合、第1ダウン変速が完了するまで第2ダウン変速を禁止する。これにより、本実施形態の変速制御装置1は、多重ダウン変速における変速ショックを抑制することができる。
本実施形態の変速制御装置1は、以下の(1)から(10)の条件を満たしている。
(1)出力軸トルクToと入力軸回転数変化量の2つを制御目標とし、入力軸トルクTiと係合側クラッチトルクと解放側クラッチトルクの3つの制御操作量のうちの2つのクラッチのトルク分担率を拘束条件として設定することで制御操作量を一意に算出する変速制御手法を持つ変速制御装置であること。
(2)第1ダウン変速の係合要素と第2ダウン変速の解放要素が異なるか否かの判断部を有すること。
(3)判断部が第1ダウン変速の係合要素と第2ダウン変速の解放要素が異なると判断した場合に、第1ダウン変速過渡中に第2ダウン変速の解放要素の必要クラッチトルク容量を算出する手段を有すること。
(4)第2ダウン変速要求時に実タービン回転数変化率と第1ダウン変速目標ギヤ段の同期回転数から、実タービン回転数が第1ダウン変速目標ギヤ段の同期回転数に到達する時間を算出する手段を有すること。
(5)油圧の応答遅れ時間を予測可能な油圧モデルを有すること。
(6)油圧の応答遅れ時間分を前出しして油圧指令を行う手段を有すること。
(7)第2ダウン変速要求時に応答遅れを考慮した油圧モデルから、第2ダウン変速の解放要素の目標油圧に到達する時間を算出する手段を有すること。
(8)(4)、(7)で算出した時間の比較から、第1ダウン変速目標ギヤ段の同期回転数到達までに、第2ダウン変速解放要素の油圧を所望の値まで低下させることが可能か否かを判断する手段を有すること。
(9)(8)で可能と判断された場合は多重変速制御を許可し、タービン回転数が第1ダウン変速目標ギヤ段の同期回転数に到達すると同時に第1変速係合要素の完全係合と第2変速解放要素の滑り出しを行う手段を有すること。
(10)(8)で可能と判断されない場合、多重変速制御を禁止する手段を有すること。
図7および図8を参照して、本実施形態の多重ダウン変速について説明する。図8のタイムチャートには、(a)目標ギヤ段、(b)タービン回転数、(c)クラッチトルク容量の要求値および実際の値が示されている。図7に示す制御フローは、例えば、所定の間隔で繰り返し実行される。
まず、ステップS100では、変速制御部74により、パワーオンダウン変速中であるか否かが判定される。パワーオンダウン変速は、例えば、アクセルペダルが踏み込まれたり、踏み増したりされることにより変速要求が発生するダウン変速である。変速制御部74は、シフトセンサ60によって検出したシフト操作SHに基づくダウンシフトについてもパワーオンダウン変速と判定してもよい。ステップS100で肯定判定がなされる状態は、第1ダウン変速の実行中の状態である。ステップS100の判定の結果、パワーオンダウン変速中であると判定された場合にはステップS110に進み、そうでない場合(ステップS100−N)には本制御フローは終了する。
ステップS110では、変速制御部74により、多重変速中であるか否かが判定される。ステップS110では、多重変速の要求がなされているか否かが判定される。ステップS110では、例えば、第1ダウン変速が完了する前に第2ダウン変速の要求(変速判断)がなされている場合に肯定判定がなされる。ステップS110の判定の結果、多重変速中であると判定された場合(ステップS110−Y)にはステップS120に進み、そうでない場合(ステップS110−N)にはステップS200に進む。
ステップS120では、第1変速係合要素と第2変速解放要素が一致しているか否かが判定される。図8では、第1ダウン変速が8速ギヤ段から5速ギヤ段への飛びダウン変速である。従って、第1変速解放要素は第一ブレーキB1、第1変速係合要素は第一クラッチC1である。時刻t11に目標ギヤ段が8速ギヤ段から5速ギヤ段に変化し、8速ギヤ段から5速ギヤ段へのパワーオンダウン変速の判断がなされる。変速制御部74は、第一ブレーキB1のクラッチトルク容量の要求値を徐々に低下させる。時刻t12にタービン回転数ωtが上昇を開始して第1ダウン変速のイナーシャ相が開始する。タービン回転数ωtは、8速ギヤ段の同期回転数ωt8から5速ギヤ段の同期回転数ωt5へ向けて上昇していく。
イナーシャ相中の時刻t13に目標ギヤ段が5速ギヤ段から3速ギヤ段に変化し、第2ダウン変速の要求がなされる。これにより、ステップS110で肯定判定がなされる状態となる。第2変速解放要素は第二クラッチC2、第2変速係合要素は第三クラッチC3である。つまり、第1変速係合要素(第一クラッチC1)と第2変速解放要素(第二クラッチC2)とは異なる係合装置である。従って、ステップS120では否定判定がなされる。
ステップS120の判定の結果、第1変速係合要素と第2変速解放要素が一致すると判定された場合(ステップS120−Y)にはステップS190に進み、そうでない場合(ステップS120−N)にはステップS130およびステップS150に進む。
ステップS130では、制御操作量算出部76により、第2変速解放要素の目標トルク容量Cp1が算出される。制御操作量算出部76によって算出される第2変速解放要素の目標トルク容量Cp1は、例えば、第2変速解放要素のクラッチ滑りが発生しないトルク容量の範囲で定められた必要最低限のクラッチトルク容量である。なお、目標トルク容量Cp1は、第2変速解放要素の滑りが発生するトルク容量、例えばトルク容量を低下させていくときに滑りが発生し始めるトルク容量とされてもよい。ステップS130が実行されると、ステップS140に進む。
ステップS140では、変速制御部74により、第2変速解放要素の係合油圧(供給油圧)が目標油圧に到達するまでの時間が算出される。変速制御部74は、第2変速解放要素の係合油圧が、ステップS130で算出された目標トルク容量に対応する油圧(目標油圧)に到達するまでの時間を算出する。本実施形態の変速制御部74は、油圧モデルを有している。油圧モデルは、例えば、油圧の推定を開始する時点の係合油圧および目標油圧と、目標油圧が油圧制御回路28に対して出力されてからの経過時間と、実際の係合油圧の推移との対応関係を算出する計算式やマップである。油圧モデルは、油圧制御回路28の応答遅れ時間を含む油圧の応答遅れ時間を考慮したものである。
変速制御部74は、油圧モデルに基づいて、第2変速解放要素の実際の係合油圧が目標油圧に到達するまでの所定時間tm1(図8参照)を算出する。所定時間tm1は、第2変速解放要素のクラッチトルク容量の指令値Cptが時刻t13に所定値Cp1に変化してから、実際のクラッチトルク容量Cprが所定値Cp1に到達するまでの経過時間の推定値である。所定値Cp1は、所定油圧によって実現されるクラッチトルク容量Cprの値である。ステップS140が実行されると、ステップS160に進む。
ステップS150では、変速制御部74により、第1ダウン変速の目標ギヤ段に対応する同期回転数に到達するまでの時間が算出される。変速制御部74は、例えば、実際のタービン回転数ωtの変化率と、時刻t13の実際のタービン回転数ωtの値とに基づいて、タービン回転数ωtが第1ダウン変速の目標ギヤ段(図8では5速ギヤ段)の同期回転数ωt5に到達するまでの所要時間tm2(図8参照)を算出する。この所要時間tm2は、第2ダウン変速の要求時から第1ダウン変速のイナーシャ相が終了するまでの所要時間である。ステップS150が実行されると、ステップS160に進む。
ステップS160では、変速制御部74により、タービン回転数ωtの停滞なしで変速進行が可能であるか否かが判定される。変速制御部74は、例えば、ステップS140で算出された所定時間tm1が、ステップS150で算出された所要時間tm2以下である場合に、ステップS160で肯定判定する。ステップS160の判定の結果、タービン回転数ωtの停滞なしで変速進行が可能であると判定された場合(ステップS160−Y)にはステップS170に進み、そうでない場合(ステップS160−N)にはステップS180に進む。
ステップS170では、変速制御部74により、多重ダウン変速が許可される。変速制御部74は、第1ダウン変速の終了と同時に第2ダウン変速のイナーシャ相を開始させる。図8では、時刻t13に第2変速解放要素のクラッチトルク容量の要求値Cptが変速モデルに基づく目標トルク容量Cp1まで下げられて、第2ダウン変速が開始される。これにより、クラッチトルク容量Cprが低下して、第2ダウン変速のイナーシャ相開始への準備が進行する。
時刻t14にタービン回転数ωtが5速ギヤ段の同期回転数ωt5に到達する。これにより、変速制御部74は、時刻t14に第1変速解放要素である第一ブレーキB1のクラッチトルク容量の要求値を0まで低下させると共に、第1変速係合要素である第一クラッチC1のクラッチトルク容量の要求値を増加させて第1ダウン変速(イナーシャ相)を終了させる。また、変速制御部74は、時刻t14に、第2変速解放要素である第二クラッチC2のクラッチトルク容量の要求値をCp2まで低下させる。この要求値Cp2は、第2変速解放要素がスリップする値である。これにより、タービン回転数ωtは5速ギヤ段の同期回転数ωt5から更に上昇していき、第2ダウン変速のイナーシャ相が開始される。
時刻t15にタービン回転数ωtが3速ギヤ段の同期回転数ωt3に到達する。変速制御部74は、時刻t15に第二クラッチC2のクラッチトルク容量の要求値を0まで低下させると共に、第2変速係合要素である第三クラッチC3のクラッチトルク容量の要求値を完全係合の値まで増加させて第2ダウン変速を終了させる。ステップS170が実行されると、本制御フローは終了する。
ステップS180では、変速制御部74により、多重変速が禁止される。変速制御部74は、第2ダウン変速の要求に対して、変速の実行を禁止する。変速制御部74は、第1ダウン変速が完了するまで、第2ダウン変速の開始、例えば第二クラッチC2のクラッチトルク容量の要求値を低下させ始めることを禁止する。ステップS180が実行されると、本制御フローは終了する。
ステップS120で肯定判定がなされてステップS190に進むと、ステップS190では、変速制御部74により、現在の目標ギヤ段が第1ダウン変速の目標ギヤ段から第2ダウン変速での目標ギヤ段に変更される。つまり、1度の係合装置の掴み替えにより、第2ダウン変速の目標ギヤ段へのダウンシフトが実行される。図3を参照して説明すると、例えば、第1ダウン変速が8速ギヤ段から6速ギヤ段へのダウンシフトであり、第2ダウン変速が6速ギヤ段から5速ギヤ段へのダウンシフトであるとする。この場合、第1変速係合要素も第2変速解放要素も共に第四クラッチC4である。従って、第1ダウン変速中に第2ダウン変速が要求された場合、係合しつつある第四クラッチC4を解放して、第2変速係合要素である第一クラッチC1を係合することで、最終的な目標ギヤ段である5速ギヤ段までダウンシフトさせることができる。ステップS190が実行されると、ステップS200に進む。
ステップS200では、変速制御部74により、単一変速制御の処理がなされる。変速制御部74は、決定された目標ギヤ段への単一変速、すなわち1回の係合装置の掴み替えによる変速を実行する。ステップS200が実行されると、本制御フローは終了する。
以上説明したように、本実施形態の変速制御装置1では、制御部70は、第1ダウン変速中に第2ダウン変速の要求がなされ(ステップS110−Y)、かつ第1ダウン変速で係合する係合装置と第2ダウン変速で解放する係合装置とが異なる場合(ステップS120−N)に、第2ダウン変速の要求時から第1ダウン変速のイナーシャ相が終了するまでの所要時間tm2を算出(ステップS150)する。制御部70は、所要時間tm2の間に第2ダウン変速で解放する係合装置の係合油圧を所定油圧まで低下させることができない場合(ステップS160−N)、第1ダウン変速が完了するまで第2ダウン変速を禁止する(ステップS180)。よって、本実施形態の変速制御装置1によれば、変速ショックが発生するような多重ダウン変速を未然に防止することができ、変速ショックを抑制することができる。
なお、多重ダウン変速の組合せは、上記のものには限定されない。例えば、図9に示すように、8速ギヤ段→6速ギヤ段→4速ギヤ段のダウン変速、7速ギヤ段→5速ギヤ段→2速ギヤ段のダウン変速、6速ギヤ段→5速ギヤ段→3速ギヤ段のダウン変速等において、本実施形態の変速制御が実行されてもよい。
上記の実施形態に開示された内容は、適宜組み合わせて実行することができる。