以下、本発明を実施するための形態(以下実施形態という)を図面に従って説明する。
図1,2は、本発明の実施形態に係る交流電動機の駆動制御装置の概略構成を示すブロック図であり、図1は全体の概略構成を示し、図2はベクトル制御器120の概略構成を示す。本実施形態に係る駆動制御装置及び交流電動機300については、例えば車両に搭載することが可能である。
インバータ200は、例えば電圧型インバータ回路を含んで構成される。インバータ200は、スイッチング制御信号を受けて、3相の疑似正弦波電圧を生成して交流電動機300へ印加する。交流電動機300は、例えば永久磁石(PM)型同期電動機等の同期電動機を含んで構成される。交流電動機300は、インバータ200から3相の疑似正弦波電圧を受けてロータを回転させる。交流電動機300の回転座標系においては、ロータの磁極の磁束方向をd軸(磁束軸)とし、d軸と電気角で直交する方向をq軸(トルク軸)とする。
交流電動機300には、ロータの回転位置(回転角度)θを検出するためのレゾルバ302が付設されている。レゾルバ302は、交流電動機300のロータの回転位置θを検出して電気角速度演算器304へ出力する。電気角速度演算器304は、レゾルバ302からの回転位置θを用いて、交流電動機300のロータの電気角速度ωを演算して出力する。
インバータ200から交流電動機300への電力供給ライン上には電流センサ202が取り付けられており、それらでリアルタイムに検出される交流電動機300の電流検出値(3相のうちの2相の電流検出値iu,iw)が3相/dq軸変換器204に入力される。3相/dq軸変換器204は、レゾルバ302からの回転位置θを用いて、電流検出値iu,iwをd軸電流検出値id及びq軸電流検出値iqに変換して出力する。
電流指令値演算部110は、例えば車両のアクセル開度やブレーキ操作量等から演算された交流電動機300のトルク指令値T*に基づいて、交流電動機300のd軸電流指令値id *及びq軸電流指令値iq *を演算してベクトル制御器120へ出力する。ベクトル制御器120は、電流指令値演算部110で演算されたd軸電流指令値id *及びq軸電流指令値iq *に基づいて、交流電動機300のd軸電圧指令値vd *及びq軸電圧指令値vq *を演算してdq軸/3相変換器へ出力する。ベクトル制御器120の構成例については後述する。dq軸/3相変換器130は、レゾルバ302からの回転位置θを基準として、ベクトル制御器120で演算されたd軸電圧指令値vd *及びq軸電圧指令値vq *を3相(u相、v相、w相)の電圧指令値vu,vv,vwに変換してPWM発生器140へ出力する。PWM発生器140は、3相電圧指令値vu,vv,vwと三角波キャリアとを比較することによって、3相電圧指令値vu,vv,vwの振幅に対応するパルス幅を有するスイッチング制御信号を生成してインバータ200へ出力する。このように、ベクトル制御器120で演算されたd軸電圧指令値vd *及びq軸電圧指令値vq *に基づいて、インバータ200のスイッチング制御が行われ、交流電動機300の駆動制御が行われる。
前述のように、同期電動機の電圧方程式は(1)式で表され、d軸電流値idとd軸電圧値vdとの関係にはq軸電流値iqが含まれ、q軸電流値iqとq軸電圧値vqとの関係にはd軸電流値idが含まれ、d軸とq軸で相互に干渉成分が存在する。この干渉成分は電気角速度ωの増大に伴い増大するため、特に高速回転時において、制御系が不安定化しやすくなり、電流制御の目標応答達成が困難となりやすい。前述した公知の非干渉制御を用いて干渉成分を打ち消そうとする場合は、d軸インダクタンスの実際値Ldの変動によるモデル値Ldnとの誤差や、q軸インダクタンスの実際値Lqの変動によるモデル値Lqnとの誤差等、パラメータ変動による誤差が発生すると、特に高速回転時において、パラメータ変動による外乱が増大することで、制御系が不安定化しやすくなり、電流制御の目標応答達成が困難となりやすい。
そこで、本実施形態では、パラメータ変動に対するロバスト性を確保しつつ電流制御の応答性を向上させるために、2自由度制御系の適用により、2入力2出力のベクトル制御器120を設計する。2自由度制御系の制御ブロック図を図3に示す。図3において、制御出力yは、指令入力r、外乱d、制御器152の伝達特性CA、制御器154の伝達特性CB、及びプラント156の伝達特性Pを用いて、以下の(4)式で表される。
次に、制御器152の伝達特性CAを以下の(5)式で表し、制御器154の伝達特性CBを以下の(6)式で表す。(5)、(6)式において、Pnはプラント156のノミナルモデル、Gryは目標値追従特性(目標応答特性)、Qは自由パラメータである。目標値追従特性Gryに加えて自由パラメータQを用いることで、「目標値追従」と「外乱・パラメータ変動抑制」の2つを両立させることが可能となる。自由パラメータQを用いて、各制御器152,154がプロパーな関数形となるように設計する。
(5)、(6)式を(4)式に代入すると、以下の(7)式が得られる。(7)式において、ΔP=(P−Pn)/Pである。自由パラメータQを制御対象域で1となるようローパスフィルタを設計すると、(7)式において、(1−Q)→0、(1−Gry)×(1−Q)→0となり、外乱dの項が0に近づくため、制御対象域で目標応答と外乱抑圧を両立させることが可能となる。
以下の(8)式で表される電流指令ベクトルI*を指令入力、以下の(9)式で表される電圧指令ベクトルV*を制御入力、以下の(10)式で表される電流検出ベクトルIを制御出力とする2入力2出力の2自由度制御系の制御ブロック図は、図4に示すようになる。図4において、制御入力である電圧指令ベクトルV*は、以下の(11)式で表される。なお、プラント156の伝達特性Pは、d軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *に対するd軸及びq軸電流検出値id,iqの関係を表し、インバータ200、交流電動機300の特性等が含まれる。
(1)式の同期電動機の電圧方程式から、プラント156のノミナル逆モデルPn -1を以下の(12)式で表す。(12)式において、Ldnはd軸インダクタンスのモデル値、Lqnはq軸インダクタンスのモデル値、Rnは電機子抵抗(巻線抵抗)のモデル値である。さらに、各制御器152,154をプロパーな関数形に実現する最小次数のパラメータとして、自由パラメータQの特性を以下の(13)式による1次遅れ特性(ローパスフィルタ)で表し、目標値追従特性Gryを以下の(14)式による1次遅れ特性(ローパスフィルタ)で表す。(13)式において、τ(τ≠0、より具体的にはτ>0)は時定数であり、1/(2×π×τ)がローパスフィルタのカットオフ周波数を表す。(14)式において、ωr(ωr≠0、より具体的にはωr>0)は時定数の逆数であり、ωr/(2×π)がローパスフィルタのカットオフ周波数(以下目標追従周波数とする)を表す。
(12)、(13)、(14)式を(11)式に代入し、さらに、(1)式の電圧方程式におけるω×Φの項も考慮すると、以下の(15)式が得られる。(15)式において、Φnは電機子鎖交磁束のモデル値である。本実施形態では、電流指令ベクトルI*(d軸及びq軸電流指令値id *,iq *)と電流検出ベクトルI(d軸及びq軸電流検出値id,iq)に対する電圧指令ベクトルV*(d軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *)の関係が(15)式を満たすように、ベクトル制御器120を設計する。
(15)式を満たす伝達特性を有するベクトル制御器120は、図2に示すように、電流制御器20と、非干渉制御器50とを含んで構成される。電流制御器20は、d軸差分器22,26と、d軸電流フィードバック補償器24と、q軸差分器32,36と、q軸電流フィードバック補償器34とを含んで構成される。d軸差分器22は、電流指令値演算部110で演算されたd軸電流指令値id *と3相/dq軸変換器204からのd軸電流検出値idとの偏差(id *−id)を演算して出力する。d軸電流フィードバック補償器24は、d軸差分器22からの出力値であるd軸電流指令値id *とd軸電流検出値idとの偏差(id *−id)をフィードバック補償して出力する。ここでのd軸電流フィードバック補償器24は、偏差(id *−id)を比例積分(PI)補償して出力する比例積分(PI)補償器であり、比例ゲインはωr×τ、積分ゲインはωrである。d軸電流フィードバック補償器24の伝達特性(ωr×τ+ωr/s)は、(11)式におけるGry/(1−Gry)×1/Qに相当する。d軸差分器26は、d軸電流フィードバック補償器24からの出力値(ωr×τ+ωr/s)×(id *−id)と3相/dq軸変換器204からのd軸電流検出値idとの差分{(ωr×τ+ωr/s)×(id *−id)−id}を演算してd軸電流追従指令値id **として出力する。これによって、d軸電流指令値id *とd軸電流検出値idとに基づいて、d軸電流指令値id *に対してd軸電流検出値idを設定された目標追従特性Gryで追従させるためのd軸電流追従指令値id **が演算される。d軸電流指令値id *及びd軸電流検出値idに対するd軸電流追従指令値id **の関係は、以下の(16)式で表される。
id **={Gry/(1−Gry)×1/Q×(id *−id)−id}
={(ωr×τ+ωr/s)×(id *−id)−id} (16)
q軸差分器32は、電流指令値演算部110で演算されたq軸電流指令値iq *と3相/dq軸変換器204からのq軸電流検出値iqとの偏差(iq *−iq)を演算して出力する。q軸電流フィードバック補償器34は、q軸差分器32からの出力値であるq軸電流指令値iq *とq軸電流検出値iqとの偏差(iq *−iq)をフィードバック補償して出力する。ここでのq軸電流フィードバック補償器34は、偏差(iq *−iq)を比例積分(PI)補償して出力する比例積分(PI)補償器であり、比例ゲインはωr×τ、積分ゲインはωrである。q軸電流フィードバック補償器34の伝達特性(ωr×τ+ωr/s)は、(11)式におけるGry/(1−Gry)×1/Qに相当する。q軸差分器36は、q軸電流フィードバック補償器34からの出力値(ωr×τ+ωr/s)×(iq *−iq)と3相/dq軸変換器204からのq軸電流検出値iqとの差分{(ωr×τ+ωr/s)×(iq *−iq)−iq}を演算してq軸電流追従指令値iq **として出力する。これによって、q軸電流指令値iq *とq軸電流検出値iqとに基づいて、q軸電流指令値iq *に対してq軸電流検出値iqを設定された目標追従特性Gryで追従させるためのq軸電流追従指令値iq **が演算される。q軸電流指令値iq *及びq軸電流検出値iqに対するq軸電流追従指令値iq **の関係は、以下の(17)式で表される。
iq **={Gry/(1−Gry)×1/Q×(iq *−iq)−iq}
={(ωr×τ+ωr/s)×(iq *−iq)−iq} (17)
非干渉制御器50において、電機子抵抗ゲインブロック52は、電流制御器20(d軸差分器26)からのd軸電流追従指令値id **にゲインRn/τを乗じた値Rn/τ×id **を演算して出力する。d軸インダクタンスゲインブロック54は、d軸差分器26からのd軸電流追従指令値id **にゲインLdn/τを乗じた値Ldn/τ×id **を演算して出力する。電機子抵抗ゲインブロック56は、電流制御器20(q軸差分器36)からのq軸電流追従指令値iq **にゲインRn/τを乗じた値Rn/τ×iq **を演算して出力する。q軸インダクタンスゲインブロック58は、q軸差分器36からのq軸電流追従指令値iq **にゲインLqn/τを乗じた値Lqn/τ×iq **を演算して出力する。乗算器60は、電気角速度演算器304からの電気角速度ωとq軸インダクタンスゲインブロック58からの出力値Lqn/τ×iq **との積ω×Lqn/τ×iq **を演算して出力する。差分器62は、電機子抵抗ゲインブロック52からの出力値Rn/τ×id **と乗算器60からの出力値ω×Lqn/τ×iq **との差分(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)/τを演算して出力する。積分器64は、差分器62からの出力値(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)/τを積分演算して出力する。加算器66は、積分器64からの出力値(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)/(τ×s)とd軸インダクタンスゲインブロック54からの出力値Ldn/τ×id **との和{(Rn/s+Ldn)×id **−ω×Lqn/s×iq **}/τを演算してd軸電圧指令値vd *として出力する。
乗算器68は、電気角速度演算器304からの電気角速度ωとd軸インダクタンスゲインブロック54からの出力値Ldn/τ×id **との積ω×Ldn/τ×id **を演算して出力する。加算器70は、電機子抵抗ゲインブロック56からの出力値Rn/τ×iq **と乗算器68からの出力値ω×Ldn/τ×id **との和(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)/τを演算して出力する。積分器72は、加算器70からの出力値(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)/τを積分演算して出力する。電機子鎖交磁束ゲインブロック74は、電気角速度演算器304からの電気角速度ωにゲインΦnを乗じた値ω×Φnを演算して出力する。加算器76は、積分器72からの出力値(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)/(τ×s)と、q軸インダクタンスゲインブロック58からの出力値Lqn/τ×iq **と、電機子鎖交磁束ゲインブロック74からの出力値ω×Φnとの和{(Rn/s+Lqn)×iq **+ω×Ldn/s×id **}/τ+ω×Φnを演算して、q軸電圧指令値vq *として出力する。非干渉制御器50の伝達特性に係る、d軸及びq軸電流追従指令値id **,iq **に対するd軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *の関係は、以下の(18)式で表される。
(18)式から、非干渉制御器50は、同期電動機のd軸及びq軸電流値id,iqに対するd軸及びq軸電圧値vd,vqの関係を表す電圧方程式(ノミナル逆モデルPn -1)をゲイン1/τで積分した伝達特性を有し、この伝達特性において、電流制御器20で演算されたd軸及びq軸電流追従指令値id **,iq **に対応するd軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *が演算される。ここでのゲイン1/τは、d軸及びq軸電流フィードバック補償器24,34における積分ゲインωrと比例ゲインωr×τとの比に等しい。以上の構成のベクトル制御器120において、d軸及びq軸電流指令値id *,iq *とd軸及びq軸電流検出値id,iqに対するd軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *の関係は、(15)式を満たす。
前述した、d軸の非干渉補償の出力値ω×Lqn×iqを加算してd軸電圧指令値vd *を算出し、q軸の非干渉補償の出力値(ω×Φn−ω×Ldn×id)を加算してq軸電圧指令値vq *を算出する公知の非干渉制御において、パラメータ変動による電流制御の応答性への影響を調べた計算結果を図5〜8に示す。図5はq軸電流指令値に対するq軸電流値のゲインの周波数特性をロータ回転数毎に示す。そして、図6〜8はq軸電流指令値に対するq軸電流値のステップ応答を示し、図6はロータ回転数が100rpmである場合のステップ応答、図7はロータ回転数が1000rpmである場合のステップ応答、図8はロータ回転数が10000rpmである場合のステップ応答を示す。計算の際には、目標追従特性を図9に示すような目標追従周波数30Hzの1次遅れ特性とし、パラメータ誤差として、d軸インダクタンスのモデル値Ldnと実際値Ldとの誤差、及びq軸インダクタンスのモデル値Lqnと実際値Lqとの誤差を20%としている。公知の非干渉制御においては、パラメータ誤差が発生すると、図5に示すように、ロータ回転数が高くなるにつれて(特に2000rpm以上)、ゲインが低下して電流制御の目標応答達成が困難となる。そして、図6〜8に示すように、ロータ回転数が高くなると、電流値が大きく振動し、制御が不安定化して発散する。
また、前述した非特許文献1のカスケード型ベクトル制御において、パラメータ変動による電流制御の応答性への影響を調べた計算結果を図10〜13に示す。図10はq軸電流指令値に対するq軸電流値のゲインの周波数特性をロータ回転数毎に示す。そして、図11〜13はq軸電流指令値に対するq軸電流値のステップ応答を示し、図11はロータ回転数が100rpmである場合のステップ応答、図12はロータ回転数が1000rpmである場合のステップ応答、図13はロータ回転数が10000rpmである場合のステップ応答を示す。計算の際には、コントローラへの実装が困難な微分項をモータの逆モデルから省略し、目標追従特性を目標追従周波数5Hzの1次遅れ特性とし、パラメータ誤差として、d軸インダクタンスのモデル値Ldnと実際値Ldとの誤差、及びq軸インダクタンスのモデル値Lqnと実際値Lqとの誤差を20%としている。カスケード型ベクトル制御においては、パラメータ誤差が発生すると、目標追従周波数6Hzで制御が不安定化する。そして、制御安定解析の上限付近となる目標追従周波数5Hzでは、図11〜13に示すように、ロータ回転数が低い場合でも、電流値に振動が発生する。
これに対して本実施形態(図2のベクトル制御器120)において、パラメータ変動による電流制御の応答性への影響を調べた計算結果を図14〜17に示す。図14はq軸電流指令値に対するq軸電流値のゲインの周波数特性をロータ回転数毎に示す。そして、図15〜17はq軸電流指令値に対するq軸電流値のステップ応答を示し、図15はロータ回転数が100rpmである場合のステップ応答、図16はロータ回転数が1000rpmである場合のステップ応答、図17はロータ回転数が10000rpmである場合のステップ応答を示す。計算の際には、目標追従特性Gryを図9に示すような目標追従周波数ωr/(2×π)=30Hzの1次遅れ特性とし、自由パラメータQの特性をカットオフ周波数1/(2×π×τ)=50Hzの1次遅れ特性(ローパスフィルタ)とし、パラメータ誤差として、d軸インダクタンスのモデル値Ldnと実際値Ldとの誤差、及びq軸インダクタンスのモデル値Lqnと実際値Lqとの誤差を20%としている。本実施形態においては、パラメータ誤差が発生しても、図14に示すように、100rpmの低回転数から20000rpmの高回転数までの広いロータ回転数範囲で、ゲインの周波数特性が変動することなく、目標追従特性Gryを実現することができる。そして、図15〜17に示すように、ロータ回転数の変化に対してステップ応答特性の変化がなく、目標追従を達成することができる(d軸電流値の変動も小さい)。なお、計算上は、ロータ回転数20000rpm、目標追従周波数200Hzまで目標追従特性Gryを実現できることが確認された。
以上説明したように、本実施形態によれば、ベクトル制御器120を2入力2出力系モデルとして2自由度制御設計し、目標値追従特性Gryと自由パラメータQを用いることで、目標追従性と外乱抑圧性を独立に設計することができる。そのため、d軸インダクタンスの実際値Ldの変動によるモデル値Ldnとの誤差や、q軸インダクタンスの実際値Lqの変動によるモデル値Lqnとの誤差等、パラメータ変動による誤差が外乱となっても、自由パラメータQの特性によってパラメータ変動による外乱を抑圧することができるとともに、目標値追従特性Gryを実現することができる。その結果、高速回転時であっても、制御系を安定化させて電流制御の目標応答達成を実現することができ、パラメータ変動に対するロバスト性を確保しつつ電流制御の応答性を向上させることができる。
さらに、(1)式で表される電圧方程式には微分項s×Ld,s×Lqが含まれるのに対して、電圧方程式(ノミナル逆モデルPn -1)を積分した(18)式で表される非干渉制御器50の伝達特性には微分項は存在しない。そのため、ノイズが発生しやすい微分演算が不要となり、d軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *の演算精度を向上させることができる。さらに、微分演算が不要となることで、コントローラへの実装が容易となる。
また、d軸電圧指令値vd *={(Rn/s+Ldn)×id **−ω×Lqn/s×iq **}/τの演算には積分演算が必要となるが、積分値Rn/τ×id **/sと積分値ω×Lqn/τ×iq **/sとの差分を演算する場合は、積分値が極めて大きくなると、極めて大きい積分値同士の差分を演算することになり、演算が不安定化しやすくなる。これに対して本実施形態では、非干渉制御器50でd軸電圧指令値vd *を演算する場合に、Rn/τ×id **とω×Lqn/τ×iq **との差分(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)/τを演算し、この差分(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)/τを積分演算することで、極めて大きい積分値同士の差分演算を行うことなく演算を安定化することができ、さらに、積分器の数を減らすことができる。また、非干渉制御器50でq軸電圧指令値vq *を演算する場合に、Rn/τ×iq **とω×Ldn/τ×id **との和(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)/τを演算し、この和(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)/τを積分演算することで、積分器の数を減らすことができる。なお、非干渉制御器50でd軸電圧指令値vd *を演算する場合は、Rn×id **とω×Lqn×iq **との差分(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)を演算し、この差分(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)を積分演算し、積分演算後にゲイン1/τを乗じることも可能である。同様に、非干渉制御器50でq軸電圧指令値vq *を演算する場合は、Rn×iq **とω×Ldn×id **との和(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)を演算し、この和(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)を積分演算し、積分演算後にゲイン1/τを乗じることも可能である。
以上の実施形態では、目標値追従特性Gryが1次遅れ特性であり、d軸及びq軸電流フィードバック補償器24,34が(ωr×τ+ωr/s)の伝達特性を有する比例積分補償器である場合について説明した。ただし、本実施形態では、目標値追従特性Gryについては、1次遅れ特性以外の応答特性であってもよく、d軸及びq軸電流フィードバック補償器24,34については、比例積分補償器以外の補償器であってもよく、その伝達特性を様々に設定することが可能である。
また、自由パラメータQが(13)式で表され、目標追従特性Gryが(14)式で表される場合は、(1−Gry)×(1−Q)は以下の(19)式で表される。(19)式において、τ→∞の場合は、(1−Gry)×(1−Q)→s/(s+ωr)となり、(7)式は以下の(20)式に近づく。目標追従特性Gryの目標追従周波数(カットオフ周波数)ωr/(2×π)以下で、(1−Gry)=s/(s+ωr)→0となり、(20)式の外乱dの項が0に近づくため、制御対象域で目標応答と外乱抑圧を両立させることが可能となる。
τ→∞の場合は、(15)式は以下の(21)式に近似が可能である。そこで、本実施形態では、電流指令ベクトルI*(d軸及びq軸電流指令値id *,iq *)と電流検出ベクトルI(d軸及びq軸電流検出値id,iq)に対する電圧指令ベクトルV*(d軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *)の関係が(21)式を満たすように、ベクトル制御器120を設計することも可能である。
(21)式を満たす伝達特性を有するベクトル制御器120の構成例を図18に示す。図18に示す構成例では、電流制御器20のd軸電流フィードバック補償器24は、d軸差分器22からの出力値であるd軸電流指令値id *とd軸電流検出値idとの偏差(id *−id)を比例ゲインωrで比例補償してd軸電流追従指令値id **=ωr×(id *−id)として出力する比例補償器であり、電流制御器20のq軸電流フィードバック補償器34は、q軸差分器32からの出力値であるq軸電流指令値iq *とq軸電流検出値iqとの偏差(iq *−iq)を比例ゲインωrで比例補償してq軸電流追従指令値iq **=ωr×(iq *−iq)として出力する比例補償器である。これによって、d軸電流指令値id *に対してd軸電流検出値idを設定された目標追従特性Gryで追従させるためのd軸電流追従指令値id **が演算され、q軸電流指令値iq *に対してq軸電流検出値iqを設定された目標追従特性Gryで追従させるためのq軸電流追従指令値iq **が演算される。
非干渉制御器50において、電機子抵抗ゲインブロック52は、電流制御器20(d軸差分器26)からのd軸電流追従指令値id **にゲインRnを乗じた値Rn×id **を演算して出力する。d軸インダクタンスゲインブロック54は、d軸差分器26からのd軸電流追従指令値id **にゲインLdnを乗じた値Ldn×id **を演算して出力する。電機子抵抗ゲインブロック56は、電流制御器20(q軸差分器36)からのq軸電流追従指令値iq **にゲインRnを乗じた値Rn×iq **を演算して出力する。q軸インダクタンスゲインブロック58は、q軸差分器36からのq軸電流追従指令値iq **にゲインLqnを乗じた値Lqn×iq **を演算して出力する。差分器62は、電機子抵抗ゲインブロック52からの出力値Rn×id **と乗算器60からの出力値ω×Lqn×iq **との差分(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)を演算して出力する。積分器64は、差分器62からの出力値(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)を積分演算して出力する。加算器66は、積分器64からの出力値(Rn×id **−ω×Lqn×iq **)/sとd軸インダクタンスゲインブロック54からの出力値Ldn×id **との和{(Rn/s+Ldn)×id **−ω×Lqn/s×iq **}を演算してd軸電圧指令値vd *として出力する。加算器70は、電機子抵抗ゲインブロック56からの出力値Rn×iq **と乗算器68からの出力値ω×Ldn×id **との和(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)を演算して出力する。積分器72は、加算器70からの出力値(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)を積分演算して出力する。加算器76は、積分器72からの出力値(Rn×iq **+ω×Ldn×id **)/sと、q軸インダクタンスゲインブロック58からの出力値Lqn×iq **と、電機子鎖交磁束ゲインブロック74からの出力値ω×Φnとの和{(Rn/s+Lqn)×iq **+ω×Ldn/s×id **}+ω×Φnを演算して、q軸電圧指令値vq *として出力する。非干渉制御器50の伝達特性に係る、d軸及びq軸電流追従指令値id **,iq **に対するd軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *の関係は、以下の(22)式で表され、同期電動機のd軸及びq軸電流値id,iqに対するd軸及びq軸電圧値vd,vqの関係を表す電圧方程式(ノミナル逆モデルPn -1)を積分した特性となる。図18に示す構成のベクトル制御器120において、d軸及びq軸電流指令値id *,iq *とd軸及びq軸電流検出値id,iqに対するd軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *の関係は、(21)式を満たす。
図18のベクトル制御器120において、パラメータ変動による電流制御の応答性への影響を調べた計算結果を図19〜22に示す。図19はq軸電流指令値に対するq軸電流値のゲインの周波数特性をロータ回転数毎に示す。そして、図20〜22はq軸電流指令値に対するq軸電流値のステップ応答を示し、図20はロータ回転数が100rpmである場合のステップ応答、図21はロータ回転数が1000rpmである場合のステップ応答、図22はロータ回転数が10000rpmである場合のステップ応答を示す。計算の際には、目標追従特性Gryを図9に示すような目標追従周波数ωr/(2×π)=30Hzの1次遅れ特性とし、パラメータ誤差として、d軸インダクタンスのモデル値Ldnと実際値Ldとの誤差、及びq軸インダクタンスのモデル値Lqnと実際値Lqとの誤差を20%としている。図18のベクトル制御器120においては、パラメータ誤差が発生しても、図19に示すように、100rpmの低回転数から20000rpmの高回転数までの広いロータ回転数範囲で、目標追従周波数付近に僅かなゲイン変動が見られるものの、ゲインの周波数特性がほとんど変動することなく、目標追従特性Gryを実現することができる。そして、図20〜22に示すように、電流値に僅かな揺らぎが見られるものの、ロータ回転数の変化に対してステップ応答特性の変化がほとんどなく、目標追従を達成することができる。なお、図19における目標追従周波数付近での僅かなゲイン変動、及び図20〜22における電流値の僅かな揺らぎは、図23に示すように、図18のベクトル制御器120における低域での外乱抑圧レベルが図2のベクトル制御器120と比較して小さいためと考えられる。
以上説明したように、図18のベクトル制御器120においても、d軸インダクタンスの実際値Ldの変動によるモデル値Ldnとの誤差や、q軸インダクタンスの実際値Lqの変動によるモデル値Lqnとの誤差等、パラメータ変動による誤差が外乱となっても、パラメータ変動による外乱を抑圧することができるとともに、目標値追従特性Gryを実現することができる。その結果、パラメータ変動に対するロバスト性を確保しつつ電流制御の応答性を向上させることができる。そして、電圧方程式(ノミナル逆モデルPn -1)を積分した(22)式で表される非干渉制御器50の伝達特性には微分項は存在しないため、ノイズが発生しやすい微分演算が不要となり、d軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *の演算精度を向上させることができ、さらに、コントローラへの実装が容易となる。さらに、図18のベクトル制御器120によれば、図2のベクトル制御器120と比較して、制御器を低次化して構成を簡略化することができる。
本実施形態では、例えば図24に示すように、図18の電流制御器20のd軸及びq軸差分器22,32とd軸及びq軸電流フィードバック補償器24,34(ゲインωr)を図18の非干渉制御器50に統合してベクトル制御器120を構成することも可能である。その場合は、非干渉制御器50の伝達特性に係る、d軸電流指令値id *とd軸電流検出値idとの偏差(id *−id)、及びq軸電流指令値iq *とq軸電流検出値iqとの偏差(iq *−iq)に対するd軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *の関係は、以下の(23)式で表され、同期電動機のd軸及びq軸電流値id,iqに対するd軸及びq軸電圧値vd,vqの関係を表す電圧方程式(ノミナル逆モデルPn -1)をゲインωrで積分した特性となる。非干渉制御器50では、この伝達特性において、d軸電流指令値id *とd軸電流検出値idとの偏差(id *−id)、及びq軸電流指令値iq *とq軸電流検出値iqとの偏差(iq *−iq)に対応するd軸及びq軸電圧指令値vd *,vq *が演算される。
図24に示す例では、ゲインωrが電機子抵抗ゲインブロック52,56とd軸及びq軸インダクタンスゲインブロック54,58に統合化されており、非干渉制御器50でd軸電圧指令値vd *を演算する場合は、電機子抵抗ゲインブロック52からの出力値Rn×ωr×(id *−id)と乗算器60からの出力値ω×Lqn×ωr×(iq *−iq)との差分{Rn×(id *−id)−ω×Lqn×(iq *−iq)}×ωrが差分器62で演算され、この差分{Rn×(id *−id)−ω×Lqn×(iq *−iq)}×ωrが積分器64で積分演算される。また、非干渉制御器50でq軸電圧指令値vq *を演算する場合は、電機子抵抗ゲインブロック56からの出力値Rn×ωr×(iq *−iq)と乗算器68からの出力値ω×Ldn×ωr×(id *−id)との和{Rn×(iq *−iq)+ω×Ldn×(id *−id)}×ωrが加算器70で演算され、この和{Rn×(iq *−iq)+ω×Ldn×(id *−id)}×ωrが積分器72で積分演算される。ただし、非干渉制御器50でd軸電圧指令値vd *を演算する場合は、Rn×(id *−id)とω×Lqn×(iq *−iq)との差分{Rn×(id *−id)−ω×Lqn×(iq *−iq)}を演算し、この差分{Rn×(id *−id)−ω×Lqn×(iq *−iq)}を積分演算し、積分演算後にゲインωrを乗じることも可能である。同様に、非干渉制御器50でq軸電圧指令値vq *を演算する場合は、Rn×(iq *−iq)とω×Ldn×(id *−id)との和{Rn×(iq *−iq)+ω×Ldn×(id *−id)}を演算し、この和{Rn×(iq *−iq)+ω×Ldn×(id *−id)}を積分演算し、積分演算後にゲインωrを乗じることも可能である。
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。