図1〜4に基づいて、本発明の複合滑り軸受について説明する。図1は、本発明の複合滑り軸受の一例を示す斜視図である。図1に示す複合滑り軸受1は、円周方向の一部に切断部を有する円筒状の滑り軸受であり、溶製金属板2と、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂をベース樹脂とする樹脂組成物からなる樹脂層3とを有する。この樹脂層3は、溶製金属板2の内径側の表面に0.1〜0.7mmの厚さで射出成形により重ねて一体に設けられている。すなわち、金型内に溶製金属板2をインサートし、射出成形(インサート成形)により樹脂層3を形成する。樹脂層3の内径面が、相手材を支持する摺動面となる。
樹脂層3を摺動面とし、溶製金属板2を基材とすることで、摩擦発熱の放熱性に優れる。また、従来の滑り軸受は、内周面に切削または研削等の機械加工を施すことで、摺動面の内径寸法を仕上げたり、真円度を向上させたりしていたが、本発明の複合滑り軸受は射出成形で摺動面(樹脂層)を仕上げることが可能であり、切削または研削等の機械加工を省略し得る。この結果、高い生産性で製造が可能となる。
図2(a)は本発明の複合滑り軸受の他の例を示す斜視図であり、図2(b)は図2(a)における物理固定部の一部拡大断面図である。図2(a)に示す複合滑り軸受1’は、溶製金属板2において、樹脂層3との接合面に対して45〜90度に交差し反対面に貫通した穴(物理固定穴)を有する滑り軸受である。この図に示す態様では、該穴は、接合面に対して90度交差している。図2(b)に示すように、射出成形時において、該穴の部分に溶融樹脂が充填され固化することで、樹脂層3と一体の物理固定部4が形成される。物理固定部を形成することで、軸受の回転方向の摩擦力に対する樹脂層の固定力が著しく向上し、安全設計となる。
物理固定部となる上記穴の形状は特に限定されず、接合面から反対面までの貫通部分は、丸、四角などで、反対面側端部は、ストレート型、テーパ型、皿ビス型(図2(b))などが例示できる。反対面側端部の形状としては、反対面から接合面に抜けにくいテーパ型、皿ビス型が好ましい。また、穴の個数、配置は軸受の回転方向の摩擦力に対して十分な固定力が得られるように設計すればよい。
図3は、本発明の複合滑り軸受の他の例の斜視図である。図3に示す複合滑り軸受1’’は、フランジ付き円筒状の溶製金属板2の内径側に樹脂層3を設けたものであり、ラジアル荷重とアキシャル荷重を同時に支持することができるものである。
本発明の複合滑り軸受は、円筒状(図1)またはフランジ付き円筒状(図3)に丸めた溶製金属板の内径側、外径側および端面側から選ばれる1以上の側面に上記樹脂層を設けるので、ラジアル荷重とアキシャル荷重の1以上に耐える汎用性がある。また、油またはグリースで潤滑される液体潤滑用滑り軸受として、高い荷重に耐え得る安価な軸受である。
本発明の複合滑り軸受を構成する、樹脂層3、溶製金属板2、それらの接合構造等について以下に詳細に説明する。
樹脂層3に、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂をベース樹脂とする樹脂組成物を使用することで、連続使用温度が250℃であり、耐熱性、耐油・耐薬品性、耐クリープ性、摩擦摩耗特性に優れた複合滑り軸受になる。また、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂は、靭性、高温時の機械物性が高く、耐疲労特性、耐衝撃性にも優れているため、使用時に摩擦力、衝撃、振動等が加わる際にも、樹脂層が溶製金属板から剥離し難い。本発明の複合滑り軸受を金属製スラストニードル軸受の代替とするためには、樹脂層として熱変形温度(ASTM D648)で150℃以上程度が必要となるが、上記樹脂組成物を用いることでこれを満たすことができる。
また、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂は、各種耐化学薬品、耐油性にも優れているため、本発明の複合滑り軸受は、作動油、冷凍機油、潤滑油、トランスミッションオイル、エンジンオイル、ブレーキオイルなどの油、またはグリースで潤滑される軸受としても好適に利用できる。
本発明で使用できる芳香族ポリエーテルケトン系樹脂としては、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリエーテルケトン(PEK)樹脂、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)樹脂などがある。本発明で使用できるPEEK樹脂の市販品としては、ビクトレックス社製:PEEK(90P、150P、380P、450P、90G、150Gなど)、ソルベイアドバンストポリマーズ社製:キータスパイア(KT−820P、KT−880Pなど)、ダイセルデグザ社製:VESTAKEEP(1000G、2000G、3000G、4000Gなど)などが挙げられる。また、PEK樹脂としては、ビクトレックス社製:VICTREX−HTなどが、PEKEKK樹脂としてはビクトレックス社製:VICTREX−STなどが、それぞれ挙げられる。
樹脂層3の厚さは、0.1〜0.7mmに設定されている。なお、本発明における「樹脂層の厚さ」は、荷重を受ける方向に沿う、溶製金属板に入り込まない表面部分(物理固定部等を除く部分)の厚さであり、ラジアル滑り軸受の場合は径方向の厚さであり、スラスト滑り軸受の場合は軸方向の厚さである。この厚さ範囲は、インサート成形面や物性面を考慮して設定されたものである。樹脂層の厚さが0.1mm未満では、インサート成形が困難である。また、長期使用時の耐久性、すなわち寿命が短くなるおそれがある。一方、樹脂層の厚さが0.7mmをこえると、ヒケが発生し寸法精度が低下するおそれがある。また、摩擦による熱が摩擦面から溶製金属板に逃げ難く、摩擦面温度が高くなる。さらに、荷重による変形量が大きくなるとともに、摩擦面における真実接触面積も大きくなり、摩擦力、摩擦発熱が高くなり、耐焼付き性などが低下するおそれがある。摩擦発熱の溶製金属板への放熱を考慮すると、樹脂厚みは0.2〜0.6mmが好ましい。より高寸法精度が必要な場合は、射出成形(インサート成形)後に、機械加工にて所要の樹脂厚みに仕上げてもよい。
また、樹脂層3の厚さは、溶製金属板2の厚さの1/8〜1であることが好ましい。樹脂層の厚さが溶製金属板の厚さの1/8未満では、溶製金属板に対して樹脂層が相対的に薄くなりすぎ、長期使用時の耐久性に劣るおそれがある。一方、樹脂層の厚さが溶製金属板の厚さ(1倍)をこえると、溶製金属板に対して樹脂層が相対的に厚くなりすぎ、摩擦による熱が摩擦面から溶製金属板に逃げ難く、摩擦面温度が高くなる。また、荷重による変形量が大きくなるとともに、摩擦面における真実接触面積も大きくなり、摩擦力、摩擦発熱が高くなり、耐焼付き性などが低下するおそれがある。さらに、樹脂層の成形収縮により、一体化した溶製金属板が反ってしまうおそれがある。その他、樹脂層の厚さを上記範囲(0.1〜0.7mm:溶製金属板の厚さの1/8〜1)とすることで、後述の繊維状充填材を安定して配向させた状態に分散させることが容易となる。
複合滑り軸受の軸受内径は、特に限定されないが、内径φ1mm〜φ100mmが好ましく、より好ましくはφ3mm〜φ30mmである。複合滑り軸受の内径に対して、樹脂層の厚みが厚すぎると、丸め加工などが困難となるおそれがある。
溶製金属板2の材質としては、鉄、アルミニウム、アルミニウム合金、銅、または銅合金であることが好ましい。これらの材質を採用することで、溶製金属板において、所要の熱伝導性、耐荷重性を確保することができ、樹脂層から溶製金属板、溶製金属板から外部に放熱し易く、高荷重下でも使用可能となる。鉄としては一般構造用炭素鋼(SS400など)、軟鋼(SPCC、SPCEなど)、ステンレス鋼(SUS304、SUS316など)などが挙げられ、これら鉄に亜鉛、ニッケル、銅などのめっきを施してもよい。丸め加工を行うには、軟鋼(SPCC、SPCEなど)が適している。アルミニウムとしてはA1100、A1050、アルミニウム合金としてはA2017、A5052(アルマイト処理品も含む)、銅としてはC1100、銅合金としてはC2700、C2801などがそれぞれ挙げられる。
溶製金属板2は、熱伝導率が高い方が摩擦熱を放熱し易いため、鉄ではステンレス鋼よりも軟鋼の方が熱伝導率が約4倍高く好ましく、さらには鉄よりもアルミニウム・アルミニウム合金(軟鋼の2.5倍)、銅・銅合金(軟鋼の約4.5倍)の方が好ましい。ただし、安価、放熱性のバランスを考えると、溶製金属板には軟鋼(めっき品も含む)またはアルミニウム・アルミニウム合金を用いることが好ましい。
溶製金属板2の厚さは、特に限定されないが、得られる複合滑り軸受を高面圧下で安定して使用可能にするためには、樹脂層3よりも厚く0.5〜5mmとすることが好ましく、0.7〜2.5mmがより好ましい。
溶製金属板2における樹脂層3との接合面は、インサート成形時の樹脂層との密着性を高めるために、ショットブラスト、タンブラー、機械加工などにより、凹凸形状などに荒らすことが好ましい。その際の表面粗さはRa4μm以上が好ましい。また、溶製金属板2の表面に、金属めっきなどの表面処理を施すこともできる。
溶製金属板2と樹脂層3との密着性を高めには、溶製金属板2における樹脂層3との接合面に、化学表面処理を施すことが好ましい。化学表面処理としては、(1)接合面に微細凹凸形状が形成される処理、または、(2)接合面に樹脂層と化学反応する接合膜が形成される処理、を施すことが好ましい。
接合面を微細凹凸形状とすることで、真の接合面積が増大し、樹脂層と溶製金属板の密着強さが向上するとともに、樹脂層の熱が溶製金属板へ伝わり易くなる。また、接合面において樹脂層と化学反応する接合膜を介在させることで、樹脂層と溶製金属板の密着強さが向上するとともに、樹脂層と溶製金属板にミクロな隙間がなくなり、樹脂層の熱が溶製金属板へ伝わり易くなる。
微細凹凸形状となる表面粗化処理としては、酸性溶液処理(硫酸、硝酸、塩酸など、もしくは他の溶液との混合)、アルカリ性溶液処理(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど、もしくは他の溶液との混合)により、溶製金属板の表面を溶かす方法が挙げられる。微細凹凸形状は、濃度、処理時間、後処理などによって異なるが、アンカー効果による密着性を高めるためには、凹ピッチが数nm〜数十μmの微細な凹凸にすることが好ましい。また、一般的な酸性溶液処理、アルカリ性溶液処理以外に、特殊なメック社製アマルファ処理、大成プラス社製NMT処理などが例示できる。
樹脂層3を射出成形で形成する際には、樹脂材が高速・高圧で流し込まれるため、該樹脂材が、せん断力により凹ピッチが数nm〜数十μmである上記微細凹凸形状にも深く入り込むことができる。これにより、溶製金属板2と樹脂層3との密着強度が確保できる。また、化学表面処理により形成された上記微細凹凸形状は、機械的に単純に荒らした形状とは異なり、多孔質のような複雑な立体構造となっているため、アンカー効果を発揮しやすく、強固な密着が可能となる。
樹脂層3と化学反応する接合膜が形成される表面処理としては、トリアジンジヂオール誘導体、s−トリアジン化合物などの溶液への浸漬処理が挙げられる。これら表面処理は、処理した溶製金属板を金型に入れインサート成形する際に、熱により樹脂材と反応し、樹脂層と溶製金属板との密着性が高まる。このような表面処理としては、例えば、東亜電化社TRI処理などが例示できる。
化学表面処理のうち、メック社製アマルファ処理、大成プラス社製NMT処理、東亜電化社製TRI処理などの特殊表面処理は、アルミニウム、銅に適している。このため、これらの処理を施す場合は、少なくとも溶製金属板の表面がアルミニウムまたは銅であることが好ましい。
溶製金属板2と樹脂層3とのせん断密着強さは、2MPa以上(面圧10MPa、摩擦係数0.1における安全率が2倍以上)であることが好ましい。この範囲であれば、使用中の摩擦力に対して充分な密着強さを得ることができ、高PV条件で滑り軸受として使用しても、樹脂層が溶製金属板から剥離することはない。更に安全率を高めるためには、5MPa以上が好ましい。上述の物理固定部(図2(b))、機械的な粗面化処理、化学的な粗面化処理などの密着性向上手段は、上記せん断密着強さを確保できるよう、適宜選択して組み合わせて用いることが好ましい。また、物理固定部を設けることで、軸受の回転方向の摩擦力に対する樹脂層の固定力が著しく向上するが、樹脂層形成後に丸め加工する場合は、物理固定部による固定のみでは、該固定部以外の表面で樹脂層が溶製金属板から部分的に剥離するおそれがある。よって、この場合は、接合面全面に粗面化処理などを施すことが好ましい。
樹脂層3を形成する樹脂組成物は、ベース樹脂として上記芳香族ポリエーテルケトン系樹脂を用い、これにガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、ウィスカなどの繊維状充填材を分散状態に配合することができる。これにより、樹脂層の機械的強度を一層向上させることができる。特に、本発明の複合滑り軸受では、樹脂層が0.1〜0.7mmの厚さという薄肉であるため、機械的強度の向上は望ましい。
繊維状充填材の他に、PTFE樹脂、黒鉛、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤や、炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、マイカ、タルクなどの無機充填材を配合することも可能である。上記固体潤滑剤を配合することで、無潤滑、潤滑油が希薄な条件であっても低摩擦となり、耐焼き付き性を向上させることができる。また、上記無機充填材を配合することで、耐クリープ性を向上させることができる。
繊維状充填材、無機系の固体潤滑剤(黒鉛、二硫化モリブデンなど)、および無機充填材は、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂の成形収縮率を小さくする効果がある。そのため、溶製金属板とのインサート成形時に、樹脂層の内部応力を抑える効果もある。
樹脂層を射出成形で形成するにあたって、樹脂組成物の溶融流動方向を調整することにより、繊維状充填材(の長さ方向)を軸受の回転方向(摺動方向)に対して45度以上のできるだけ直角に近い交差角度で配向させることが好ましい。この場合、樹脂層のゲート部、ウェルド部を除く任意断面において繊維状充填材の単位面積当たりの繊維の交差角度の50%以上、または平均の交差角度が前記所定の交差角度の範囲内であることが好ましい。
樹脂層の機械的強度を向上させるためには繊維状充填材を配合することが好ましいが、繊維状充填材の繊維の端部はエッジ状になっているため、繊維の端部によって相手材を物理的に摩耗損傷させ易く、摩擦係数も安定し難くなる。繊維状充填材(の長さ方向)を該滑り軸受の回転方向に対して45〜90度に交差するように配向させることにより、繊維の両端のエッジが回転方向に対して45〜90度に向く。これにより、繊維の両端のエッジによる相手材の摩耗損傷の軽減、摩擦係数の安定化を図れる。繊維状充填材を該滑り軸受の回転方向に対して45〜90度に交差するように配向させるには、溶製金属板に成形する際の樹脂組成物の溶融流動方向を同方向とする。なお、繊維状充填材の配向は、90度により近い方が繊維のエッジによる摩耗損傷が少なく、摩擦係数も安定するので望ましい。80〜90度であれば特に好ましい。なお、射出成形時のゲート部、ウェルド部では繊維状充填材の配向が乱れる場合があるが、その割合は低く影響はない。
繊維状充填材の平均繊維長は、0.02〜0.2mmが好ましい。0.02mm未満では充分な補強効果が得られず、耐クリープ性、耐摩耗性が満足しないおそれがある。また、繊維状充填材の平均繊維長を上記範囲とすることで、0.1〜0.7mmの薄肉インサート成形においても、安定した溶融流動性を確保できる。0.2mmをこえる場合は樹脂層の層厚に対する繊維長の比率が大きくなるため、薄肉成形性に劣る。特に、樹脂厚み0.2〜0.7mmにインサート成形する場合は、繊維長が0.2mmをこえると薄肉成形性を阻害する。より薄肉成形の安定性を高めるには、平均繊維長0.02〜0.1mmが望ましい。
繊維状充填材の中でも、高PV下で相手材である溶製金属板を摩耗損傷させにくく、高温時の機械物性が高く、耐疲労特性、耐クリープ性、耐摩耗性の向上を図れることから、炭素繊維を用いることが好ましい。また、炭素繊維は、樹脂層を成形する際に樹脂の溶融流動方向への配向性が強い。
特に、直径が細く、比較的短い炭素繊維を選択し、その場合に、炭素繊維の両端のエッジが複合滑り軸受の回転方向に沿っており、例えば配向方向が45度未満であると、相手材を損傷する場合がある。そのため、細く、短い炭素繊維を採用した場合には、樹脂を射出成形する際に、溶融樹脂の流動方向を複合滑り軸受の回転方向と直角または直角に近い角度とし、繊維の長さ方向を複合滑り軸受の回転方向に対する45〜90度になるように配向させることが耐久性および軸受トルクを低く安定させるために極めて有利である。
本発明で使用する炭素繊維としては、原材料から分類されるピッチ系またはPAN系のいずれのものであってもよいが、高弾性率を有するPAN系炭素繊維の方が好ましい。その焼成温度は特に限定するものではないが、2000℃またはそれ以上の高温で焼成されて黒鉛(グラファイト)化されたものよりも、1000〜1500℃程度で焼成された炭化品のものが、高PV下でも相手材である溶製金属板を摩耗損傷しにくいので好ましい。炭素繊維としてPAN系炭素繊維を用いることで、樹脂層の弾性率が高くなり、樹脂層の変形、摩耗が小さくなる。さらには、摩擦面の真実接触面積が小さくなり、摩擦発熱も軽減する。
炭素繊維の平均繊維径は20μm以下、好ましくは5〜15μmである。この範囲をこえる太い炭素繊維では、極圧が発生するため、耐荷重性の向上効果が乏しく、相手材がアルミニウム合金、焼入れなしの鋼材などの場合、該相手材の摩耗損傷が大きくなるため好ましくない。また、炭素繊維は、チョップドファイバー、ミルドファイバーのいずれであってもよいが、安定した薄肉成形性を得るためには、繊維長が1mm未満のミルドファイバーの方が好ましい。
本発明で使用できる炭素繊維の市販品としては、ピッチ系炭素繊維として、クレハ社製:クレカ M−101S、M−107S、M−101F、M−201S、M−207S、M−2007S、C−103S、C−106S、C−203Sなどが挙げられる。また、同様のPAN系炭素繊維として、東邦テナックス社製:ベスファイト HTA−CMF0160−0H、同HTA−CMF0040−0H、同HTA−C6、同HTA−C6−Sまたは東レ社製:トレカ MLD−30、同MLD−300、同T008、同T010などが挙げられる。
樹脂層を形成する樹脂組成物は、ベース樹脂として上記芳香族ポリエーテルケトン系樹脂を用い、これに上記炭素繊維と、固体潤滑剤であるPTFE樹脂とを必須成分として含むことが好ましい。
PTFE樹脂としては、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよい。芳香族ポリエーテルケトン系樹脂をベース樹脂とする樹脂組成物の流動性を安定させるためには、成形時のせん断により繊維化し難く、溶融粘度を増加させ難い再生PTFEを採用することが好ましい。
再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。再生PTFEの中でも、凝集せず、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂の溶融温度おいて、全く繊維化せず、内部潤滑効果があり、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂をベース樹脂とする樹脂組成物の流動性を安定して向上させることが可能なことから、γ線または電子線などを照射したPTFE樹脂を採用することがより好ましい。
本発明で使用できるPTFE樹脂の市販品としては、喜多村社製:KTL−610、KTL−450、KTL−350、KTL−8N、KTL−400H、三井・デュポンフロロケミカル社製:テフロン(登録商標)7−J、TLP−10、旭硝子社製:フルオンG163、L150J、L169J、L170J、L172J、L173J、ダイキン工業社製:ポリフロンM−15、ルブロンL−5、ヘキスト社製:ホスタフロンTF9205、TF9207などが挙げられる。また、パーフルオロアルキルエーテル基、フルオルアルキル基、またはその他のフルオロアルキルを有する側鎖基で変性されたPTFE樹脂であってもよい。上記の中でγ線または電子線などを照射したPTFE樹脂としては、喜多村社製:KTL−610、KTL−450、KTL−350、KTL−8N、KTL−8F、旭硝子社製:フルオンL169J、L170J、L172J、L173Jなどが挙げられる。
なお、この発明の効果を阻害しない程度に、樹脂組成物に対して周知の樹脂用添加剤を配合してもよい。この添加剤としては、例えば、窒化ホウ素などの摩擦特性向上剤、炭素粉末、酸化鉄、酸化チタンなどの着色剤、黒鉛、金属酸化物粉末などの熱伝導性向上剤が挙げられる。
樹脂層を形成する樹脂組成物は、芳香族ポリエーテルケトン系樹脂をベース樹脂とし、炭素繊維を5〜30体積%、PTFE樹脂を1〜30体積%を必須成分として含むことが好ましい。この必須成分と他の添加剤を除く残部が芳香族ポリエーテルケトン系樹脂である。この配合割合とすることで、高PV条件においても、樹脂層の変形および摩耗、相手材への攻撃性が小さく、油などに対する耐性も高くなる。また、炭素繊維は、5〜20体積%がより好ましく、PTFE樹脂は、2〜25体積%がより好ましい。
炭素繊維の配合割合が30体積%をこえると、溶融流動性が著しく低下し、薄肉成形が困難になるとともに、相手材がアルミニウム合金、焼入れなしの鋼材などの場合、摩耗損傷するおそれがある。また、炭素繊維の配合割合が5体積%未満では、樹脂層を補強する効果が乏しく、充分な耐クリープ性、耐摩耗性が得られない場合がある。
PTFE樹脂の配合割合が30体積%をこえると、耐摩耗性、耐クリープ性が所要の程度より低下するおそれがある。また、PTFE樹脂の配合割合が1体積%未満では組成物に所要の潤滑性の付与効果に乏しく、充分な摺動特性が得られない場合がある。
樹脂層を形成する樹脂組成物は、樹脂温度380℃、せん断速度1000s−1における溶融粘度が50〜200Pa・sであることが好ましい。溶融粘度がこの範囲であると、精密な成形と繊維状充填材を所定角度に配向をさせることが可能となり、溶製金属板の表面に0.1〜0.7mmの薄肉インサート成形が円滑に行なえる。溶融粘度が、上記所定範囲未満の粘度または上記所定範囲をこえる粘度であれば、精密な成形性を確実に得ることや、繊維状充填材を所定角度に配向させることが容易でなくなる。薄肉インサート成形を可能とし、インサート成形後の後加工を不要とすることで、製造が容易となり、製造コストの低減が図れる。
樹脂温度380℃、せん断速度1000s−1における溶融粘度を50〜200Pa・sにするためには、該条件における溶融粘度が130Pa・s以下の芳香族ポリエーテルケトン系樹脂を採用することが好ましい。このような芳香族ポリエーテルケトン系樹脂としては、ビクトレックス社製:PEEK(90P、90G)などが例示できる。このような芳香族ポリエーテルケトン系樹脂を用いることで、射出成形時において、化学表面処理により形成された凹ピッチが数nm〜数十μmである微細凹凸形状にも樹脂材料が入り込みやすく、強固な密着が可能となる。
以上の諸原材料を混合し、混練する手段は、特に限定するものではなく、粉末原料のみをヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダー、レディゲミキサー、ウルトラヘンシェルミキサーなどにて乾式混合し、さらに二軸押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレット(顆粒)を得ることができる。また、充填材の投入は、二軸押出し機などで溶融混練する際にサイドフィードを採用してもよい。この成形用ペレットを用い、溶製金属板に対して樹脂層をインサート成形により射出成形する。射出成形を採用することで、精密成形性および製造効率などに優れる。また、物性改善のためにアニール処理等の処理を採用してもよい。
本発明の複合滑り軸受の製造方法としては、プレス打ち抜き等で所要の形状および寸法に切断した溶製金属板(平面状)を製作し、射出成形時に金型に入れインサート成形により樹脂層と一体化する方法が例示できる。繊維状充填材が所要の配向をすれば、射出成形時のゲート方式(ピンゲート、ディスクゲートなど)、ゲート位置は特に限定されない。この樹脂層と一体化した溶製金属板をそのまま、もしくはさらに所要の形状および寸法に切断し、曲げ加工、丸め加工などを施すことで、円筒状、フランジ付き円筒状、半割れ状などにすることができる。また、あらかじめ曲げ加工、丸め加工などを施し、所要の形状および寸法にした溶製金属板を、金型に入れインサート成形することで、樹脂層と一体化した円筒状、フランジ付き円筒状、半割れ状などの複合滑り軸受とすることができる。前者では曲げ加工、丸め加工により樹脂層の曲げ部、丸め部に応力が集中し、樹脂層の塑性変形により厚み寸法精度が高められないため、後者の方法が好ましい。なお、溶製金属板に物理固定穴を設ける場合は、プレス打ち抜き時に所要の形状および寸法の穴を形成することで安価となる。
また、射出成形時において、金型転写により摺動面に流体動圧溝、潤滑溝などの溝、凹または凸のディンプルなどの所要の表面形状を形成できる。溝などの深さ、幅を容易に変えることもできる。流体動圧溝、潤滑溝、凹または凸のディンプルの形状は特に限定されない。油、水、薬液などの潤滑下においては、流体動圧溝を設けることで、動圧を発生させ、摩擦係数を下げることができる。また、潤滑溝、凹または凸のディンプルは、摺動面における潤滑状態を流体潤滑とし、摩擦せん断力を軽減し、低摩擦、低摩耗にすることができる。流体動圧溝、潤滑溝、凹または凸のディンプルは、無潤滑下(ドライ)においても、面圧を上げ、高面圧にすることで、面圧依存性により摩擦係数を低減する効果もある。
本発明の複合滑り軸受は、特に形状を制限するものではなく、ラジアル荷重、アキシャル荷重のいずれか一方、または両方の荷重を支持することができる。具体的には、上述したようなスラスト積層軸受、ラジアル積層軸受、ラジアル兼スラスト積層軸受が挙げられる。また、本発明の複合滑り軸受は、肉厚が0.1〜0.7mmの樹脂層と溶製金属板とからなる。樹脂層(芳香族ポリエーテルケトン系樹脂)を摩擦摺動面としているので、摩擦摩耗特性、耐クリープ性に優れ、溶製金属板を軸受基材としているので、摩擦発熱の放熱、耐荷重性に優れる。このため、ラジアル荷重を支持する円筒状軸受、ラジアル荷重とアキシャル荷重を支持する軸受、アキシャル荷重を支持するスラストワッシャとした場合でも、放熱性が高く、変形・摩耗が小さく、低摩擦係数の軸受となる。また、溶製金属板の表面に樹脂層を薄肉でインサート成形しているので、寸法精度の高い軸受とすることができる。これらの結果、例えばルームエアコン用・カーエアコン用圧縮機(コンプレッサ)、自動車や建設機械などのトランスミッション、油圧機器等、自動車などのリクラインニグシートのヒンジの滑り軸受として好適に利用できる。
以下、本発明の複合滑り軸受を、ルームエアコン用やカーエアコン用の圧縮機において、その圧縮機構を駆動するための回転部材を回転可能に支持する滑り軸受として適用した例(第1〜第4)を説明する。
本発明の複合滑り軸受を用いた圧縮機の第1の実施形態として、図4に車両空調装置を構成する片頭型ピストン式圧縮機の例を説明する。
図4に示すように、圧縮機5は、そのハウジングを構成する、シリンダブロック6と、フロントハウジング7と、リヤハウジング9とを有する。リヤハウジング9は、弁形成体8を介してシリンダブロック6に接合固定されている。ここで、シリンダブロック6とフロントハウジング7とで囲まれる部分にクランク室10がある。ハウジングには、クランク室10を貫通する形で駆動軸11が回転自在に支持されている。駆動軸11は金属製のものなどが用いられる。駆動軸11の一端側(図中左側)が、動力伝達機構を介して車両エンジンに直結されている。駆動軸11には、クランク室10において鉄製のラグプレート12が一体回転可能に固定されている。駆動軸11およびラグプレート12によって回転部材が構成されている。
駆動軸11の一端部は、フロントハウジング7に設けられた貫通孔7aに嵌入されたラジアル滑り軸受1aによって回転自在に支持されている。また、駆動軸11の他端部は、シリンダブロック6に設けられた貫通孔6aに嵌入されたラジアル滑り軸受1bによって回転自在に支持されている。このラジアル滑り軸受1aおよび1bが本発明の複合滑り軸受である。
各ラジアル滑り軸受の外径形状は、圧縮機内の貫通孔6a、7aに沿った形状に設定されている。ラジアル滑り軸受の外周面と貫通孔6a、7aの内周面とは可能な限り隙間なく密着した状態となるように設定されている。また、内径形状は、駆動軸11を支持した状態において、該駆動軸の周面とのクリアランスが回転支持のために必要な最小限のものとなるようにこれに沿った形状に設定されている。
クランク室10には、カムプレートとしての斜板13が収容されている。斜板13は、ヒンジ機構14を介したラグプレート12との作動連結、および駆動軸11の支持によりラグプレート12および駆動軸11と同期回転可能であるとともに、駆動軸11の回転中心軸線方向へのスライド移動を伴いながら該駆動軸11に対して傾動可能に構成されている。また、シリンダブロック6には、複数のシリンダボア15が形成され、このシリンダボア15に片頭型のピストン16が往復動可能に収容されている。シリンダボア15の前後開口は、弁形成体8およびピストン16によって閉塞されており、このシリンダボア15内にピストン16の往復動に応じて体積変化する圧縮室が形成されている。各ピストン16は、シュー17を介して斜板13の外周部に係留されている。この構成により、駆動軸11の回転に伴う斜板13の回転運動が、シュー17を介してピストン16の往復直線運動に変換される。ピストン16、シュー17、斜板13、ヒンジ機構14およびラグプレート12によってクランク機構が構成され、該クランク機構、シリンダブロック6および駆動軸11によって圧縮機構が構成されている。
ラグプレート12とフロントハウジング7との間にはスラスト転がり軸受18aが配設されている。スラスト転がり軸受18aは、回転部材(駆動軸11およびラグプレート12)をスラスト方向に支持するとともに、圧縮機構において発生する圧縮反力をラグプレート12を介して受ける側に配設されている。また、駆動軸11は、シリンダブロック6の貫通孔6a内に配設されたスラスト転がり軸受18bによってその後端部が支持されており、後方へのスラスト移動が規制されるようになっている。
リヤハウジング9には、吸入室19および吐出室20が形成されている。吸入室19の冷媒ガスは、各ピストン16の移動により弁形成体8を介してシリンダボア15に導入される。シリンダボア15に導入された低圧な冷媒ガスは、ピストン16の移動により所定の圧力にまで圧縮され、弁形成体8を介して吐出室20に導入される。この吸入室19、吐出室20、シリンダボア15、弁形成体8によって冷媒経路が構成されている。
以上の構成を有する圧縮機5は、車両エンジンから動力伝達機構を介して駆動軸11に動力が供給されると、駆動軸11とともに斜板13が回転する。斜板13の回転に伴って各ピストン16が斜板13の傾斜角度に対応したストロークで往復動され、各シリンダボア15において冷媒の吸入、圧縮および吐出が順次繰り返される。
図4に示す第1の実施形態では、駆動軸11は、上記した耐熱性、低摩擦性、耐摩耗性、耐荷重性、耐クリープ性などに優れたラジアル軸受1aおよび1bの樹脂層の摺動面に摺接して支持されている。このため、摺接面での摩耗や、樹脂層の変形を防止でき、低回転トルクを安定的に得ることができる。
また、貫通孔7aのラジアル滑り軸受1aよりも前方(図中左側)の部分には、リップシール7bが設けられており、ハウジング内の冷媒ガスの貫通孔7aを介した外部への漏洩を防止している。ここで、ラジアル滑り軸受1aは、寸法精度に優れ、駆動軸11の周面とのクリアランスが回転支持のために必要な最小限のものとなるようにこれに沿った形状に設定され、かつ、ラジアル滑り軸受1aの外周面と貫通孔7aの内周面とは可能な限り隙間なく密着した状態となるように設定されている。このため、貫通孔7a内におけるラジアル滑り軸受1aとリップシール7bとの間の空間の圧力を、クランク室10の圧力よりも低く維持することが容易になる。この構成により、ハウジング内の冷媒ガスの貫通孔7aを介した外部への漏洩を防止するためのリップシール7bの負担が軽くなる。
さらに、この第1の実施形態では、ラジアル滑り軸受1aおよび1bは、ハウジング内の冷媒経路には含まれないクランク室10に配設されている。これらラジアル滑り軸受1aおよび1bによれば、比較的冷媒ガスの循環量が少なく該冷媒ガスに混在するミスト状の潤滑オイルによる潤滑効果の低いクランク室10においても、樹脂層の摺動面によってラジアル滑り軸受1aおよび1bと駆動軸11との摺接部分の摩耗を抑止できる。この結果、圧縮機の寿命を延長できる。よって、この実施形態の圧縮機にラジアル滑り軸受1aおよび1bを採用することは特に有用である。
本発明の複合滑り軸受を用いた圧縮機の第2の実施形態を図5に基づいて説明する。この第2の実施形態は、図4に示す第1の実施形態における圧縮機の構成を、スラスト転がり軸受18aに代えて、本発明の複合滑り軸受であるスラスト滑り軸受21を用いた構成に変更したものである。その他の構成は、第1の実施形態と同一である。
図5に示すように、フロントハウジング7とラグプレート12との間には、スラスト滑り軸受21が配設されている。スラスト滑り軸受21はラグプレート12に固着され、フロントハウジング7に固定された鉄製のリング状のプレート24と摺接している。スラスト滑り軸受とプレート24との摺接により、回転部材の前方(図中左側)へのスラスト移動が規制される。スラスト滑り軸受21は、リング状の溶製金属板と、該基材のプレート24との対向面となる面に設けられた樹脂層とからなる複合滑り軸受であり、溶製金属板の軸方向表面に上記樹脂層が設けられる以外は、図1〜図3等に示す場合と同様の構成である。
この第2の実施形態では、スラスト方向であって圧縮機構において発生する圧縮反力をラグプレート12を介して受ける側において回転部材を支持する軸受として、スラスト滑り軸受21を採用している。この形態では、転がり軸受を採用した場合に比較してコストダウンすることが可能になる。また、このスラスト滑り軸受は、第1の実施形態のラジアル滑り軸受と同様に、冷媒経路には含まれない潤滑効果の低いクランク室10に配設されながら、樹脂層の摺動面によってスラスト滑り軸受21とプレート24との摺接部分の摩耗を抑止できる。この結果、圧縮機の寿命を延長できる。よって、この実施形態の圧縮機にスラスト滑り軸受21を採用することは特に有用である。
また、この実施形態において、さらにスラスト転がり軸受18bに代えて、本発明の複合滑り軸受であるスラスト滑り軸受を採用してもよい。
本発明の複合滑り軸受を用いた圧縮機の第3の実施形態として、図6に車両空調装置を構成する両頭型ピストン式圧縮機の例を説明する。この態様の圧縮機5’は、一対のシリンダブロック33、フロントハウジング34、およびリヤハウジング35によりハウジングが構成されている。また、駆動軸32と、クランク室37内において該駆動軸32に固定された斜板36とにより、回転部材が構成されている。複数のシリンダボア33aは、駆動軸32と平行に延びるように、各シリンダブロック33の両端部間に同一円周上で所定間隔おきに形成されている。両頭型のピストン39は、各シリンダボア33a内に往復動可能に嵌挿支持され、それらの両端面と対応する両弁形成体40との間において圧縮室が形成されている。また、シュー38および斜板36によってクランク機構が構成され、該クランク機構、シリンダブロック33(シリンダボア33a)、ピストン39、および駆動軸32によって圧縮機構が構成されている。
駆動軸32は、シリンダブロック33およびフロントハウジング34の中央に、一対のラジアル滑り軸受31aおよび31bを介して回転可能に支持されており、動力伝達機構を介して車両エンジン等の外部駆動源に作動連結されている。ラジアル滑り軸受31aおよび31bは、シリンダブロック33の内部に形成されたクランク室37に連通するようにシリンダブロック33の中央に形成された収容孔33bに挿入されている。このラジアル滑り軸受31aおよび31bが本発明の複合滑り軸受である。具体的な構成は、径方向および軸方向の寸法等を除いて第1の実施形態の場合と同様であり、同様の製法によって製造される。
また、一対のスラスト転がり軸受44は、斜板36の支持円筒部の前後方向の両端面とこれらに対向する各シリンダブロック33の中央部との間に設けられ、該スラスト転がり軸受44を介して斜板36が両シリンダブロック33間に挟まれた状態で保持されている。
駆動軸の挿通孔34aと、シリンダブロック33に形成された収容孔33bとは、弁形成体40(図中左側)に形成された貫通孔を介して連通した状態となっている。挿通孔34aには、リップシール34bが設けられており、ハウジング内の冷媒ガスの挿通孔34aを介した外部への漏洩を防止している。ここで、ラジアル滑り軸受31aは、寸法精度に優れ、駆動軸32の周面とのクリアランスが回転支持のために必要な最小限のものとなるようにこれに沿った形状に設定され、かつ、ラジアル滑り軸受31aの外周面と収容孔33bの内周面とは可能な限り隙間なく密着した状態となるように設定されている。このため、挿通孔34a内におけるリップシール34bとラジアル滑り軸受31aとの間の空間の圧力を、クランク室37の圧力よりも低く維持することが容易になる。この構成により、ハウジング内の冷媒ガスの挿通孔34aを介した外部への漏洩を防止するためのリップシール34bの負担が軽くなる。
この実施形態では、クランク室37、ボルト挿通孔43、吸入室41、圧縮室、および吐出室42などによって、ハウジング内の冷媒経路が構成される。このハウジング内の冷媒経路内の各部位は、該経路内を流通する冷媒ガスに混在するミスト状の潤滑オイルなどにより潤滑される。このため、冷媒経路を構成するクランク室37(詳細には収容孔33b)に配設されたラジアル滑り軸受31aおよび31bと駆動軸32との摺接部分には、該滑り軸受の樹脂層の固体潤滑作用に加えて、上記潤滑オイルによる潤滑作用が大きく働く。これにより、駆動軸32とラジアル滑り軸受31aおよび31bとの摺接部分は、良好に潤滑され、圧縮機の寿命を延長できる。
また、この実施形態において、さらにスラスト転がり軸受44に代えて、本発明の複合滑り軸受であるスラスト滑り軸受を採用してもよい。
本発明の複合滑り軸受を用いた圧縮機の第4の実施形態として、図7に車両空調装置を構成するスクロール式圧縮機の例を説明する。この態様の圧縮機5’’は、固定スクロール51と、センターハウジング52と、モータハウジング53によってハウジングが構成されている。センターハウジング52およびモータハウジング53には、回転軸である鉄製のシャフト54がラジアル滑り軸受55および56を介して回転可能に支持されている。また、シャフト54には偏心軸54aが一体に形成され、これにバランスウエイト57が支持されている。シャフト54およびバランスウエイト57によって回転部材が構成されている。
偏心軸54aは、可動スクロール58が固定スクロール51と対向するように、ラジアル滑り軸受59およびブッシュ60を介して相対回転可能に支持されている。ラジアル滑り軸受59は、可動基板58aに突設されたボス部58c内に嵌合された略円筒状のブッシュ60内に嵌合されて収容されている。ラジアル滑り軸受59の内周面が、偏心軸54aの外周面との摺接面となる。可動スクロール58の可動基板58aには可動渦巻壁58bが形成され、固定スクロール51の固定基板51aには可動渦巻壁58bと噛合う固定渦巻壁51bが形成されている。固定基板51a、固定渦巻壁51b、可動基板58a、および可動渦巻壁58bにより区画される領域が、可動スクロール58の回転に応じて容積減少する密閉室61となる。固定スクロール51、可動スクロール58、センターハウジング52、ブッシュ60、ラジアル滑り軸受55、59、シャフト54、バランスウエイト57などによって、スクロール式圧縮機構が構成されている。
モータハウジング53の内周面には固定子であるステータ62が固定されており、シャフト54の外周面にはステータ62と相対する位置に回転子であるロータ63が固定されている。ステータ62およびロータ63は電動式モータを構成し、ステータ62への通電によりロータ63およびシャフト54が一体回転する。また、センターハウジング52には、隔壁部52aが設けられており、ラジアル滑り軸受55は、該隔壁部52aの中央に形成された貫通孔52bに嵌入されている。ラジアル滑り軸受55の内周面が、シャフト54の外周面との摺接面となる。
シャフト54には、その内部に吐出室64とモータ室65とを連通する流体通路54bと、モータ室65とモータハウジング53の外部とを連通する流体通路54cとが形成されている。可動スクロール58の公転に伴ない、固定スクロール51の入口から密閉室61に流入した冷媒ガスは、吐出ポート58d、吐出室64、流体通路54b、モータ室65、流体通路54cを通って、モータハウジング53の壁部に設けられた出口53aを介して外部に流出する。このため、吐出室64、流体通路54b、モータ室65、および流体通路54cは、吐出圧にほぼ等しい圧力値を有した高圧領域となる。一方、リング状のシール部材66を挟んで外側は吸入圧に近い圧力値を有した低圧室67となる。
ラジアル滑り軸受55、56、および59が、本発明の複合滑り軸受である。具体的な構成は、径方向および軸方向の寸法等を除いて第1の実施形態の場合と同様であり、同様の製法によって製造される。
ラジアル滑り軸受55および59は、それぞれ貫通孔52b、ブッシュ60に挿入されるとともにシャフト54(軸受59は具体的には偏心軸54a)が挿入された状態では、シャフト54の周面とのクリアランスが回転支持のために必要な最小限のものとなるようにこれに沿った形状に設定されている。なお、ラジアル滑り軸受55の外周面と貫通孔52bの内周面とは、ラジアル滑り軸受59の外周面とブッシュ60の内周面とは、それぞれ、可能な限り隙間なく密着した状態となるように設定されている。
ボス部58cの外周側と隔壁部52aの内周側とで囲まれた空間68とモータ室65との、貫通孔52bとシャフト54との隙間を介した連通は、ラジアル滑り軸受55によってほぼ遮断されている。また、吐出室64と空間68との、ブッシュ60と偏心軸54aとの隙間を介した連通は、ラジアル滑り軸受59によってほぼ遮断されている。すなわち、ラジアル滑り軸受55および59は、ハウジングの内部空間を圧力的に隔絶するように設けられている。
空間68は、調整弁による調圧やラジアル滑り軸受55および59と、シャフト54との僅かな隙間を介した高圧領域(モータ室65や吐出室64)からの冷媒ガスの漏洩により、該高圧領域よりも低圧であるとともに低圧室67よりも高圧な中間圧状態に維持される。可動スクロール58の背面に高圧領域よりも圧力が低い領域(空間68)が設けられることにより、可動スクロール58の背面に加わる圧力によって可動スクロール58に生じる固定スクロール51側への荷重は軽減される。そのため、可動スクロール58のスムーズな公転が得られるとともに、可動スクロール58の機械的損失が低減される。
ラジアル滑り軸受55および59は、上述のとおり耐摩耗性などに優れるため、シャフト54との摺接部分の摩耗が低減でき、この摩耗により両者間の隙間が広がることによる圧力隔絶効果の低下を抑止できる。このように、ラジアル滑り軸受55および59は、シャフト54との間で良好なシール性を発揮でき、さらにその効果を高く維持することが容易である。このため、特段にシール部材を設けることなく、吐出室64と空間68とを、モータ室65と空間68とを効果的に圧力的に隔絶することが可能になる。
[実施例1〜21、比較例1〜2、参考例1〜6]
実施例、比較例および参考例に用いた溶製金属板を表1にまとめて示す。溶製金属板Bの物理固定部は、φ2mm丸-皿ビス型(図2(b))×11個を設けた。表1において、酸処理(硝酸)は、溶製金属板を20%硝酸水溶液に、室温(20〜30℃程度)で、30秒〜1分間浸漬処理したものである。アルカリ処理(水酸化ナトリウム)は、溶製金属板を25%水酸化ナトリウム水溶液に、室温(20〜30℃程度)で、30秒〜1分間浸漬処理したものである。アマルファ処理は、室温(20〜30℃程度)で、1分〜5分間浸漬の条件で行なった。NMT処理は、温度75℃で、5分間浸漬の条件で行なった。また、TRI処理は、温度60℃、1〜10分間浸漬・通電の条件で行なった。なお、これらの処理前には脱脂洗浄、処理後には水洗、乾燥を行なった。
溶製金属板Aの酸処理後の表面状態を図8に、溶製金属板Eのアマルファ処理後の表面状態を図9に、それぞれ示す。
また、実施例、比較例および参考例に用いる樹脂層の原材料を一括して以下に示す。芳香族ポリエーテルケトン系樹脂の溶融粘度は、東洋精機社製キャピラグラフ、φ1mm×10mm細管、樹脂温度380℃、せん断速度1000s−1における測定値である。
(1)芳香族ポリエーテルケトン系樹脂〔PEK−1〕:ビクトレックス社製PEEK 90P(溶融粘度105Pa・s)
(2)芳香族ポリエーテルケトン系樹脂〔PEK−2〕:ビクトレックス社製PEEK 150P(溶融粘度145Pa・s)
(3)PAN系炭素繊維〔CF−1〕:東レ社製トレカMLD−30(平均繊維長0.03mm、平均繊維径7μm)
(4)PAN系炭素繊維〔CF−2〕:東邦テナックス社製ベスファイトHTA−CMF0160−0H(繊維長0.16mm、繊維径7μm)
(5)ピッチ系炭素繊維〔CF−3〕:クレハ社製クレカM−101S(平均繊維長0.12mm、平均繊維径14.5μm)
(6)ピッチ系炭素繊維〔CF−4〕:クレハ社製クレカM−107S(平均繊維長0.7mm、平均繊維径14.5μm)
(7)PTFE樹脂〔PTFE〕:喜多村社製KTL−610(再生PTFE)
原材料を表2および表3に示す配合割合(体積%)でヘンシェル乾式混合機を用いてドライブレンドし、二軸押出し機を用いて溶融混練しペレットを作製した。このペレットにて、樹脂温度380℃〜400℃、金型温度180℃の条件で、下記の2つの製造工程により、図1のようなラジアル荷重を支持する円筒状の複合滑り軸受(φ30mm×φ34mm×20mm)を作製した。
製造工程(1)[樹脂層を射出成形後、丸め加工]
表1の溶製金属板(プレス打ち抜き、130mm×45mm×1.6mm)の表面に、樹脂層を105mm×25mm、厚さ0.2〜1mmにてインサート成形した。樹脂層の長辺から樹脂を溶融流動させることで、滑り軸受の回転方向と直角となるようにした。樹脂層部分を101mm×20mmに切断後、丸め加工を施すことで、円筒状の複合滑り軸受を作製した。
製造工程(2)[丸めた溶製金属板に、樹脂層を射出成形]
表1の溶製金属板をプレスにて101mm×20mm×1.6mmに打ち抜き、丸め加工後に、内径に厚さ0.4mmの樹脂層をインサート成形にて形成し、円筒状の複合滑り軸受を作製した。複合滑り軸受を成形する際には、軸受端面に9点のピンゲートを設けて射出成形し、樹脂層の溶融流動方向が滑り軸受の回転方向と直角となるようにした。
(1)せん断密着強さ試験
表1の溶製金属板(130mm×45mm×1.6mm)の表面に、表2の樹脂層aを100mm×25mm、厚さ0.4mmにてインサート成形した素材板を作製した。この素材板における樹脂層の25mm×12.5mm部(残りの樹脂層との境をカットし縁切りをした)に、エポキシ系接着剤にてショットブラストした他の溶製金属板を接着することで試験片とし、せん断密着強さ試験を行った。該試験では、素材板を構成する溶製金属板を固定し、樹脂層に水平方向のせん断力を加え、この溶製金属板から樹脂層が剥離する荷重(破壊荷重)を測定し、この破壊荷重を、樹脂層と溶製金属板との接合面積にて割った値を、せん断密着強さとし、表4に示した。素材板と他の溶製金属板との接着剤接合面でのせん断密着強さは、素材板における溶製金属板と樹脂層とのせん断密着強さよりも大きく、試験時において接着剤接合面での剥離はなかった。なお、実施例2の試験片は、樹脂層が形成されている25mm×12.5mmの部分に、物理固定部が2個くるように作製している。
また、素材板をインサート成形した際の樹脂層の剥離異常の有無を確認し、表4に併記した。試験は、素材板をそれぞれ5個作製して行ない、樹脂層の浮き上がり(剥離)を目視で確認し、部分的な浮き上がりも含めて1個にでも剥離があったものは「×」とし、まったく剥離がないものを「○」として記録した。
表4に示すように、実施例1〜9はインサート成形後の素材板に樹脂層の剥離異常はなく、1.5MPa以上のせん断密着強さであった。特に、特殊表面処理を施した実施例3、5、6、8、物理固定部を設けた実施例2、SPCCに酸処理を施した実施例1は、せん断密着強さが5MPa以上となった。
(2)耐焼付き性試験
表1の溶製金属板に、表2および表3の樹脂層を形成した複合滑り軸受(φ30mm×φ34mm×20mm)について、油中ラジアル型試験機を用い、耐焼付き性試験を実施した。表5の油供給条件で30分慣らし運転後、油供給を停止・油排出し焼付くまでの時間を測定した。焼付きは、軸受外径部温度が20℃上昇またはトルクが2倍に上昇するまでの時間とした。焼付き時間を表6および表7に示した。なお、比較例2の複合滑り軸受は、表2の組成aのみを射出成形した樹脂単体の滑り軸受(φ30mm×φ34mm×20mm)である。
(3)摩耗試験
耐焼付き性試験と同じ複合滑り軸受(φ30mm×φ34mm×20mm)について、油中ラジアル型試験機を用い、表5の油供給条件で30時間運転した後の摩耗量を測定した。
(4)溶融粘度
東洋精機社製キャピラグラフ、φ1mm×10mm細管、樹脂温度380℃、せん断速度1000s−1における溶融粘度を測定し、表6および表7中に示した。
表6に示したように、特に溶製金属板をアルミニウム合金、銅合金にした実施例10〜16、19は焼付き時間が50分以上、摩耗量が10μm以下で、耐焼付き性、耐摩耗性に優れていた。
表7に示したように、比較例2の従来軸受(樹脂単体軸受)は、30分以内で異常摩耗したため、耐焼付き性試験は実施できなかった。また、厚みが0.7mmをこえる複合滑り軸受(比較例1)では、焼付き時間が1分未満で、摩耗量も非常に大きかった。