JP5831899B2 - 耐食性、耐焼付き性に優れた高靭性窒化粉末高速度鋼 - Google Patents

耐食性、耐焼付き性に優れた高靭性窒化粉末高速度鋼 Download PDF

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この発明は切削工具や金型などに使用される粉末高速度鋼に関する。
近年、種々の製品の素材である被加工材の硬度が上昇するのに伴い、これらの被加工材の加工に用いる金型の高硬度化および高靱性化の要求が高まっている。例えば、硬さが65HRCを超える高硬度で靱性も高い鋼材としては粉末ハイスが知られている。この代表的な粉末ハイスとしてはJIS−SKH40が挙げられる。しかし、塩分を含んだ水などの湿潤腐蝕環境下や、焼付きの起こる条件下では、SKH40などの粉末ハイスでは十分に対応できないため、耐食性や耐焼付き性を向上する目的として、窒化処理をして表面改質を行うことがある。しかし、このような表面処理された部分は、加工中の応力により、徐々に削られて無くなって行き、耐食性および耐焼付き性が悪化してしまうといった欠点がある。
そこで、Cや、Crや、Moや、Wや、Niを多量に添加して耐焼付き性を改善した高硬度、高耐食性の刃物用鋼が開発されている(例えば、特許文献1参照。)。しかし、このものはCを多量に含んでいるために、熱処理中に炭化物が粗大化し、その炭化物を起点として腐食がおこりやすく、靭性の低下するという欠点があった。
また、Cや、Crや、Moや、Wや、CoやNを多量に添加して耐焼付き性を改善する粉末冶金で製造された高速度鋼が開発されている(例えば、特許文献2参照。)。しかし、この粉末冶金による高速度鋼は炭化物の粗大化を招き易く、靱性が悪化するという欠点があった。また、多量に元素が添加されているために、残留オーステナイトが過多となり、硬さが低下して65HRC未満の硬さしか得られていない。
さらに、耐食性に優れた高速度鋼系粉末合金(例えば、特許文献3参照。)が提案されている。しかし、耐食性はあるが硬さが65HRC未満しか得られておらず、強度不足である。この様に、硬さ、靭性、耐焼付き性および耐食性を兼備した高速度鋼は無い。
特許第3894373号公報 特表2003−519283号公報 特開平9−71848号公報
この様な事情に着目して、発明者は種々の研究を行い、高硬度で耐食性にも優れるバナジウム系窒化物(VN若しくは一部炭素を含んだVCN)が微細に析出した高速度鋼成分を含有する合金粉末を熱間静水圧圧縮成形処理(以下、「HIP」という。)により高速度鋼の成形体とし、この成形体を鍛伸することで、鋼材全体が窒化された状態の耐食性および耐焼付き性に優れた高硬度かつ高靭性を有する高速度鋼が得られることを見出した。
そこで、本発明が解決しようとする課題は、耐食性、耐焼付き性に優れた高硬度、高靭性を有する、粉末から成形された高速度鋼で、この全体に微細なバナジウム系窒化物を含有している鋼材を提供することである。
本願の請求項に係る発明の手段の、窒素以外の高速度鋼合金成分の粉末をトレイに詰めて窒化炉内に入れ、窒素雰囲気中で加熱保持することで、高濃度の窒化物を含有する高速度鋼の粉末が得られる。この窒化物を含有する粉末をHIP処理して成形体とし、得られた成形体を鍛伸することで高濃度のバナジウム系窒化物が鋼材中に均一に分散した高速度鋼材が製造できる。この高速度鋼の鋼材は、窒化物が鋼材全体に分散していることで、鋼材全体の硬さ、耐焼付き性、耐食性が向上している。さらに、この高速度鋼の鋼材は、表面を窒化処理して窒化物の被膜を形成した鋼材と異なり、鋼材の表面が削れても、鋼材の特性が落ちないことも判った。この効果を得るために、本発明の手段として高速度鋼の化学成分であるNの下限値を規定している。また硬さを得るために、C、C+Nの下限値を規定する。ただし、C、Nがともに多すぎるとき、炭窒化物が粗大化して靭性を低下するので、C、N、およびC+Nの上限値を規定する。Vは窒化物を作るために必要な元素である。Mo+W/2は炭素とでM6Cの炭化物を造って耐焼付き性を向上する。4.7(Mo+W/2)+1.4N−Cr−2.1Mnの値は耐食性指数で、この指数が32.50%より低いと、耐食性の効果が不十分である。その他の合金元素は焼入れ性確保のために添加する。ただし、Cr、Mo、W、およびVは、多すぎると炭化物の凝集を招くためにそれぞれ上限がある。さらに、Si、Mnが多すぎると靭性の低下を招く。
そこで、上記の課題を解決するための本発明の手段は、請求項1の手段では、質量%で、C:0.85〜1.20%、Si:≦0.50%、Mn:0.10〜0.50%、Cr:3.80〜6.00%、Mo:5.60〜8.00%、W:5.10〜8.00%、V:3.50〜6.00%、N:0.40〜1.50を含有し、これらはC+N:1.25〜2.50%、Mo+W/2:8.30〜11.00%、および4.7(Mo+W/2)+1.4N−Cr−2.1Mn:≧32.50%を満足し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼合金で、硬さが65HRC以上であり、析出する窒化物がバナジウム系窒化物(VNまたは一部炭化物を含むVCN)からなり、その窒化物の平均粒径が1μm以下であり、かつ、鋼材の断面積中に占める面積率が5%以上であることを特徴とする耐食性、耐焼付き性に優れた窒化粉末高速度鋼である。
上記の手段における耐食性、耐焼付き性に優れた高靭性窒化粉末高速度鋼の化学成分の限定理由を順次説明する。なお、これらにおいて%は質量%を示す。
C:0.85〜1.20%
Cは、粉末高速度鋼の硬さ、焼入性および耐焼付き性に必要な成分で、そのためには0.85%以上が必要である。しかし、Cは1.20%を超えると粗大な炭化物を形成し、耐食性および靱性を悪化する。そこで、Cは0.85〜1.20%とする。望ましくは0.85〜1.05%とする。
Si:≦0.50
Siは、脱酸剤および基地の硬さを得るために必要な成分であるが、0.50%を超えると鋼材の加工性を悪化する。そこで、Siは0.50%以下とする。
Mn:0.10〜0.50
Mnは、脱酸剤および焼入性を得るために必要な成分で、そのためには0.10%以上が必要である。しかし、Mnが0.50%を超えるとマトリックスを脆化させ靱性および熱間加工性が悪化する。また耐食性も悪化させる。そこで、Mnは0.10〜0.50%とする。
Cr:3.80〜6.00
Crは、耐焼付き性および焼入性を得るために必要な成分で、そのためには3.80%以上が必要である。しかし、Crが6.00%を超えて含有されると、粗大な炭化物を形成し、耐食性、靱性および熱間加工性を悪化する。そこで、Crは3.80〜6.00%とする。望ましくは3.90〜5.00%とする。
Mo:5.60〜8.00
Moは、焼入性、硬さ、耐焼付き性、耐食性および焼戻し軟化抵抗性を得るために必要な成分で、そのためには5.60%以上が必要である。しかし、Moが8.00%を超えて含有されると、粗大な炭化物を形成し、耐食性、靱性および熱間加工性を悪化する。そこで、Moは5.60〜8.00%とする。望ましくは5.70〜7.00%とする。
W:5.10〜8.00
Wは、焼入性、硬さ、耐焼付き性、耐食性および焼戻し軟化抵抗性を得るために必要な成分で、そのためには5.10%以上が必要である。しかし、Wが8.00%を超えて含有されると、粗大な炭化物を形成し、耐食性、靱性および熱間加工性を悪化する。そこで、Wは5.10〜8.00%とする。望ましくは5.70〜7.00%とする。
V:3.50〜6.00
Vは、硬さ、耐焼付き性および靱性を得るために必要な成分であり、窒化物を得るためにも必要な成分で、そのためには3.5%以上が必要である。しかし、Vが6.00%を超えて含有されると、粗大な窒化物を形成し、靱性および被削性を悪化する。そこで、Vは3.50〜6.00%とする。望ましくは3.50〜5.00%とする。
N:0.40〜1.50
Nは、Vと結合してバナジウム系窒化物を形成し、硬さ、耐焼付き性および耐食性を向上させるために必要な成分で、そのためには0.40%以上が必要であり、さらに鋼材の断面積中に占める面積率が5%以上必要である。しかし、Nが1.50%を超えて含有されると1μmより大きい窒化物を形成して靱性を悪化する。そこで、Nは0.40〜1.50%とする。望ましくは0.50〜1.30%とする。
C+N:1.25〜2.50%
CおよびNの合計量は、硬さ、焼入性および耐焼付き性に必要な成分で、そのためにはCおよびNの合計量が1.25%以上必要である。しかし、CおよびNの合計量が2.50%を超えると粗大な炭窒化物を形成し、靱性を悪化する。そこで、C+Nの合計量は2.25〜2.50%とする。望ましくは1.40〜2.00%とする。
Mo+W/2:8.30〜11.00
MoおよびWの合計量は、焼入性、硬さ、耐焼付き性、耐食性および焼戻し軟化抵抗性を得るために8.30%以上が必要であるが、11.00%を超えると粗大な炭化物を形成し、耐食性、靱性および熱間加工性を悪化する。そこで、Mo+W/2の合計量は8.30〜11.00%とする。望ましくは8.30〜10.00%とする。
4.7(Mo+W/2)+1.4N−Cr−2.1Mn:≧32.50
4.7(Mo+W/2)+1.4N−Cr−2.1Mnは耐食性指数であり、この耐食性指数の値が32.50%未満では十分な耐食性の効果が得られない。そこで、4.7(Mo+W/2)+1.4N−Cr−2.1Mnの値を32.50%以上とする。
本願発明の手段で、窒素以外の高速度鋼の合金粉末を窒素雰囲気中で加熱保持することで、高濃度の窒化物を含む高速度鋼の粉末を得て、この粉末をHIP処理して成形体とし、焼なまし、焼入れおよび焼戻し処理して製造した粉末から形成した高速度鋼は、硬さが65HRC以上である、耐食性、耐焼付き性に優れた高靭性を有する窒化粉末高速度鋼の鋼材が得られた。
本発明の表1に示す区分の発明鋼および比較鋼の各No.の粉末からなる高速度鋼を製造する工程を示すと、それぞれの化学成分の溶鋼をガスアトマイズし、それぞれのNo.の粉末を得て、これらの粉末を830℃の窒素雰囲気中に加熱保持して窒化処理し、窒化物を有する粉末とし、この窒化物を有する粉末をHIP処理して径190mmの成形体とし、さらに、この成形体を径55mmに鍛伸し、これを1220℃に加熱して焼なまし、油冷して焼入れ処理した後、500〜600℃に加熱して空冷する焼戻し処理を2回以上行って、焼入焼戻し試料を作製した。
Figure 0005831899
上記の工程で作製した本発明の表1に示す区分の発明鋼および比較鋼の各粉末からなる高速度鋼の特性である靱性、耐焼付き性、耐食性、および、バナジウム系窒化物の大きさと面積率を評価するために、次に示す各試験片を作製して測定した。
靭性を評価するために、上記の焼入焼戻し試料から10mm角で長さ55mmの大きさからなる10R−2mmCノッチのシャルピー試験片を作製し、この試験片を用いて衝撃値を測定し、粉末ハイスSKH40の衝撃値と比較した。この粉末ハイスSKH40は硬さ68HRCで衝撃値20J/cm2である。そこで、この20J/cm2を基準値とし、下記の表2に、この基準値より高い衝撃値が得られれば、良いとして○で示し、この基準値より低ければ、悪いとして×で示して評価した。
さらに、耐焼付き性を評価するために、上記の焼入焼戻し試料から縦7mm横25mm長さ50mmの大きさの試験片を作製し、この試験片を大越式摩耗試験により比摩耗量を測定し、粉末ハイスSKH40の耐焼付き性と比較した。試験条件は、大越式摩耗試験の回転輪の材質をSCM420、摩耗速度を2.0m/sec、摩耗距離を400mおよび最終荷重を61.8Nとして試験片の比摩耗量を測定した。この粉末ハイスSKH40の比摩耗量は硬さ68HRCで2.0×10-8mm3であり、この2.0×10-8mm3を基準として、下記の表2に、これより比摩耗量が少なければ、良いとして○で示し、これより比摩耗量が多ければ、悪いとして×で示して評価した。
また、さらに耐食性を評価するために、上記の焼入焼戻し試料から径12mm長さ21mmの大きさの試験片を作製し、この試験片を相対湿度が90%のデシケータ中で、20℃、保持時間1.5時間である低温状態と、温度70℃、保持時間4.5時間である高温状態とを、交互に20回繰り返した後、目視により腐食の有無を調べた。下記の表2に、錆が発生していければ良いとして発生なしと記載し、錆が発生していれば悪いとして発錆ありと記載して評価した。
さらにバナジウム系窒化物の面積率と平均粒径を調べるために、上記の焼入焼戻し試料の中央部から高さ15mm幅15mm長さ15mmの大きさの試験片を作製し幅15mm長さ15mmの面を鏡面研磨し、SEMによる反射電子像観察を行った。バナジウム系窒化物の面積率が5%以上であれば○で示し、5%未満であれば×と示して評価した。またバナジウム系窒化物の平均粒径が1μm以下であれば○で示し、1μmより大きければ×と示して評価した。
Figure 0005831899
上記の表1においてC+Nの値が1.25%より低く外れた比較鋼のNo.lの鋼種は、表2において硬さが65HRCより低く、焼付き易い。一方、C+Nの値が2.50%より高く外れた比較鋼のNo.mの鋼種は、炭窒化物の凝集が起こり、靭性が低下してシャルピー衝撃値が20J/cm2未満であり、表2のシャルピー衝撃試験は×である。
さらに、Mo+W/2の値が11.00%より高く外れた比較鋼のNo.k、No.nおよびNo.oの鋼種は、炭化物の凝集が起こり、耐食性および靭性が低下している。さらにNo.nの鋼種はバナジウム系窒化物の面積率も5%以下であり耐食性が低下している。またさらにNo.oの鋼種はバナジウム系窒化物の平均粒径が1μmより大きく靭性が低下している。よってこれらの鋼種はシャルピー衝撃値が20J/cm2未満であり、表2のシャルピー衝撃試験は×であり、耐食性試験の結果は発錆ありである。
また、さらに、耐食性指数の4.7(Mo+W/2)+1.4N−Cr−2.1Mnの値が32.50%より低く外れた比較鋼のNo.jおよびNo.qの鋼種は、耐食性が十分でなく、表2に示す耐食性試験の結果は発錆ありである。
さらに、Si、MnおよびCrがそれぞれ本願発明の規定値より高く外れた比較鋼のNo.pの鋼種は、靱性が低下し、シャルピー衝撃値が20J/cm2未満であり、表2のシャルピー衝撃試験は×である。

Claims (1)

  1. 質量%で、C:0.85〜1.20%、Si:≦0.50%、Mn:0.10〜0.50%、Cr:3.80〜6.00%、Mo:5.60〜8.00%、W:5.10〜8.00%、V:3.50〜6.00%、N:0.40〜1.50%を含有し、これらはC+N:1.25〜2.50%、Mo+W/2:8.30〜11.00%、および4.7(Mo+W/2)+1.4N−Cr−2.1Mn:≧32.50%を満足し、残部がFeおよび不可避不純物からなる鋼合金で、硬さが65HRC以上であり、析出する窒化物がバナジウム系窒化物(VNまたは一部炭化物を含むVCN)からなり、その窒化物の平均粒径が1μm以下であり、かつ、鋼材の断面積中に占める面積率が5%以上であることを特徴とする高靱性であり、耐食性、耐焼付き性に優れた窒化粉末高速度鋼。
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