JP5664368B2 - 四重極型質量分析装置 - Google Patents

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Description

本発明は、質量分離器として四重極質量フィルタを用いた四重極型質量分析装置に関する。
四重極型質量分析装置は、分析対象である試料由来のイオンを質量電荷比(m/z)に応じて分離する質量分離器として四重極質量フィルタを用いた質量分析装置である。一般的な四重極質量フィルタは、イオン光軸となる中心軸を取り囲むように互いに平行に配置された4本のロッド電極からなり、この4本のロッド電極に印加する電圧によって、イオン光軸方向の空間を通過する、つまりは選別されるイオンの質量電荷比が決まる。具体的には、4本のロッド電極の中で、中心軸を挟んで対向する2本のロッド電極に+(U+V・cosωt)、他の2本のロッド電極に−(U+V・cosωt)なる、直流電圧(U)に高周波電圧(V・cosωt)を重畳させた電圧を印加する。この場合、直流電圧値Uと高周波電圧の振幅値Vとを変更することにより、イオン光軸方向の空間を通り抜け得るイオンの質量電荷比が変化する。
所定の質量電荷比範囲に亘る質量走査を行うには、一般に、U/Vを一定に保ってUとVとを時間経過に伴って変化させる。また、例えば液体クロマトグラフやガスクロマトグラフの検出器として質量分析装置を用いたクロマトグラフ質量分析装置では、時間経過に伴って順次得られる試料中の各種成分を検出するために、所定質量電荷比範囲に亘る質量走査が繰り返し行われる。こうした質量走査、つまりスキャン測定によって得られる検出信号に基づいて、横軸に質量電荷比、縦軸にイオン強度(信号強度)をとったマススペクトルが作成される。クロマトグラフ質量分析装置では、質量分析装置に連続的に試料が導入されるから、1回の質量走査に要する時間(測定インターバル)を短くすることにより、試料成分の検出漏れを少なくし時間分解能を向上させることができる。
測定インターバルを短くするにはスキャン速度を上げる必要があるものの、スキャン速度を大きくすると信号強度が低下するとともに質量分解能が低下する。これは、スキャン速度を大きくするほど、或る質量電荷比を有するイオンが四重極質量フィルタ内空間を通り抜ける期間中の電場強度の変化量が大きくなるためである。そこで、この問題を解決するために、特許文献1に記載の質量分析装置では、スキャン速度が大きい場合に四重極質量フィルタの各ロッド電極に共通に印加する直流バイアス電圧を高くするようにしている。これにより、四重極質量フィルタに入射するイオンが持つ運動エネルギーが大きくなり、イオンが四重極質量フィルタ内空間を通り抜ける時間が短くなって上記のような電場強度の変化の影響が小さくなる。その結果、目的とする質量電荷比を持つイオンが四重極質量フィルタ内空間を通り抜ける確率が増して信号強度が高くなる。
上記特許文献1に記載の手法によりスキャン速度が大きい場合でも高い検出感度を得ることができるようになるものの、スキャン速度が小さい場合のような高い質量分解能を得ることはできない。そのため、例えば同位体ピークを利用して成分同定を行おうとする場合に、得られたマススペクトル上の同位体比がマススペクトルライブラリに登録されている基準値から大きく乖離しているために同定ができない、といった不具合が起こる。
特開2002−25498号公報
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、質量分析のスキャン速度を上げる際の質量分解能の低下を回避し、例えば高い質量分解能のマススペクトルを作成・提供することにより、同定精度を上げることができる四重極型質量分析装置を提供することにある。
四重極型質量分析装置においてスキャン測定の際に得られる検出信号は質量電荷比軸方向への連続値であり、一般的には、その連続信号の中でピークとして検出された質量電荷比におけるデータを積算することによりマススペクトルを作成している。このピーク一つ一つは一般的に正規分布として模式化することができ、質量電荷比軸上で隣接するピークが独立しているほど質量分解能は高い。スキャン速度を大きくするとそれに応じて質量電荷比軸は縮小するが、ピークの拡がりはそれほど縮小しないため、隣接するピークの重なりが大きくなってしまい質量分解能が低下することになる。そこで、本願発明者は、隣接するピークの重なりによる信号強度の見かけ上の増加分を推算し、この増加分を差し引くようなデータ処理を行うことでピークの孤立性(又は純粋性)を高めて質量分解能を高めることに想到した。
上記課題を解決するために成された本発明は、イオンを質量電荷比に応じて分離して選択的に通過させる四重極質量フィルタを具備し、該四重極質量フィルタに印加する電圧を走査することにより測定対象のイオンの質量電荷比を所定範囲で走査するスキャン測定を行う四重極型質量分析装置において、
a)検出信号に基づいて得られる質量電荷比軸上の各ピークについて信号強度を補正する手段であって、スキャン測定のスキャン速度が大きいほど質量電荷比軸上で隣接するピークの信号強度の影響度合いを大きく見込んで、その影響による強度増加分を減じるような演算を行う信号強度補正手段と、
b)前記信号強度補正手段により補正処理された後の信号強度に基づいてマススペクトルを作成するスペクトル作成手段と、
を備えることを特徴としている。
本発明に係る四重極型質量分析装置の一態様として、上記信号強度補正手段は、或る質量電荷比に対する目的ピークについて、隣接する質量電荷比に対する信号強度に所定の補正係数を乗じて目的ピークの信号強度から差し引く処理を行うものであり、スキャン速度に応じて前記補正係数を変える構成とすることができる。
上述したように、スキャン速度が小さい(遅い)場合には十分な質量分解能が得られるため、質量電荷比軸上の目的ピークと隣接するピークとは独立であるとみなすことができ、その場合には、目的ピークの信号強度に隣接ピークの信号強度の影響はないとみなせる。したがって、この場合には実質的に信号強度の補正を要しない。一方、スキャン速度が大きい(速い)場合には、質量電荷比軸上の目的ピークと隣接するピークとが重なるため、目的ピークの信号強度に隣接ピークの信号強度の一部が加算され、みかけ上の信号強度が高くなっている。その増加分はスキャン速度が大きいほど大きくなる。そこで、信号強度補正手段は、例えばスキャン速度が或る値よりも大きい場合に、予め取得しておいた補正係数等の情報に基づいて隣接ピークの影響による強度増加分を推定し、これを差し引くことで信号強度を補正する。これにより、質量分解能が低下したことに伴う信号強度のみかけ上の強度増加が除去され、スキャン速度が小さい場合と同様の正確な信号強度を得ることができる。その信号強度に基づいてマススペクトルを作成することにより、質量分解能の高いマススペクトルが得られる。
なお、質量電荷比に応じて隣接ピークの影響の度合いは異なり、通常、質量電荷比が高いほど隣接ピークの影響の度合いが大きくなる。そこで、本発明に係る四重極型質量分析装置では、目的ピークの質量電荷比に応じて前記補正係数を変えるようにするとよい。
また、上記補正係数等の補正情報は予め装置メーカー側で標準的な情報を作成して装置内の記憶部などに記憶させておくようにしてもよいが、装置毎に補正情報を取得可能な構成とすれば、より一層高い精度の補正が可能となる。そのために、本発明に係る四重極型質量分析装置の一態様として、質量電荷比が既知である成分を含む標準試料を実測することにより得られた結果に基づいて、前記補正係数を算出して記憶する補正情報取得手段をさらに備えるようにするとよい。
補正情報取得手段は、例えば、目的ピークへの隣接ピークの影響がないとみなせる小さなスキャン速度と、目的ピークへの隣接ピークの影響が十分に大きいとみなせる大きなスキャン速度との、少なくとも2種類のスキャン速度で標準試料のスキャン測定を実行した結果を用いて、目的ピークに対する隣接ピークの影響の度合い、つまりは、信号強度の増加分を推定する。そして、その強度増加分から補正係数等の補正情報を計算する。これによれば、目的ピークに対する隣接ピークの影響度合いが装置毎に異なる場合でも、或いは、経時変化等により上記影響度合いが変動する場合でも、精度の高い信号強度補正が可能となる。
なお、通常、スキャン速度を大きくすると検出感度自体が下がるから、本発明に係る四重極型質量分析装置では、前記四重極質量フィルタを構成する各電極に印加するイオン選択用の電圧を走査する際に、スキャン速度が大きいほど該四重極質量フィルタに導入される時点でのイオンの有する運動エネルギーが大きくなるように前記各電極に共通に印加する直流バイアス電圧を大きくする電圧印加手段をさらに備える構成とするとよい。これにより、スキャン速度を上げた場合でも、高い検出感度と高い質量分解能とを共に維持することができる。
本発明に係る四重極型質量分析装置によれば、スキャン測定の際のスキャン速度が大きい場合でも、スキャン速度が小さい場合と同様の、高い質量分解能のマススペクトルを得ることができる。それによって、大きなスキャン速度でもって、つまりは短い測定インターバルでスキャン測定を繰り返しても、マススペクトルライブラリに登録されているものに近いマススペクトルを得ることができ、ライブラリ検索の際の類似度の向上や同位体比に基づく化合物同定精度の向上などを達成することができる。
本発明に係る四重極型質量分析装置を用いたGC/MSの一実施例の概略構成図。 本実施例のGC/MSで用いられる補正係数テーブルの一例を示す図。 本実施例のGC/MSにおける信号強度補正処理の動作説明のための図。 本実施例のGC/MSにおける信号強度補正処理の動作説明のための図。 スキャン速度による実際のピーク形状の相違を示す図。 スキャン速度によるマススペクトル形状の相違を示す図。 他の実施例によるGC/MSの概略構成図。 本実施例のGC/MSで用いられる補正係数テーブルの一例を示す図。
以下、本発明に係る四重極型質量分析装置を用いたGC/MSの一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1はこのGC/MSの概略構成図である。
図1において、試料気化室等を含む試料導入部1からカラム2には一定流量でキャリアガスが供給され、試料導入部1に試料が注入されると、該試料はキャリアガス流に乗ってカラム2に導入される。カラム2を通過する間に試料中の各種成分は時間方向に分離され、順にカラム2出口から溶出して質量分析装置3に導入される。質量分析装置3は真空室の内部に、イオン源31、イオン光学系32、四重極質量フィルタ33、イオン検出器34を備える。イオン源31は導入されたガス中の試料成分をイオン化し、生成されたイオンはイオン光学系32を経て四重極質量フィルタ33に導入される。四重極質量フィルタ33は四重極駆動電圧発生部7から印加される電圧により動作し、特定の質量電荷比を持つイオンを選択的に通過させる。イオン検出器34は到達したイオンの数(量)に応じた検出信号を出力し、この信号はA/D変換器4でデジタル値に変換されてデータ処理部5に入力される。
データ処理部5は、ピーク検出部51、信号強度補正演算部52、グラフ作成処理部53、補正情報記憶部54、補正情報算出処理部55を含み、後述する特徴的なデータ処理を実行する。また、四重極駆動電圧発生部7のほか、各部の動作を制御する制御部8は、補正情報算出制御部81を含み、上記特徴的なデータ処理に際して特徴的な制御を行う。さらにまた、カラム2出口とイオン源31との間には流路切替バルブ10が設けられ、カラム2からの試料ガスに代えて、標準試料供給部11から供給されるPFTBA(Perfluorotributylamine)等の標準試料をイオン源31に導入し、標準試料の質量分析を行うことができるようになっている。
本実施例のGC/MSでは、目的試料の分析を行う前に、信号強度補正処理に必要な補正情報としての補正係数を決めるために、一種の校正動作を実施する。まず、その補正情報取得のための動作を説明する。
入力部9により校正動作の実行が指示されると、補正情報算出制御部81は流路切替バルブ10を切り替え、質量分析装置3にPFTBAを導入する。そして、予め決められた2種類のスキャン速度、例えば1000u/s(スキャン速度:小)と20000u/s(スキャン速度:大)とでそれぞれスキャン測定を行うことにより、所定の質量電荷比範囲に亘るPFTBAの信号強度を測定する。図3(a)に示すように、1つのインターバル期間中に四重極質量フィルタ33で1回の質量走査が行われると、イオン検出器34から連続的な検出信号が得られる。予め決められた時間/質量電荷比校正情報に基づいて時間軸は質量軸に変換されるから、これは図3(b)に示すように質量(m/z)軸上の連続信号である。データ処理部5においてピーク検出部51は質量軸上の連続信号に対してピーク検出を行ってピークの質量電荷比を求めるとともに、各質量電荷比における信号強度を算出する。PFTBAでは、典型的には、m/z:69(厳密には68.9952)、219(厳密には218.9856)、502(501.9711)等のピークが得られる。
上記測定において、m/z:69のピークの信号強度とそれに隣接するm/z:68、m/z:70の信号強度とは、スキャン速度が小さいときに、m/z:68=a、m/z:69=b、m/z:70=c、であったとする。また、さらに隣接する質量電荷比であるm/z:67、m/z:71の信号強度は0であったとする(図4(a)参照)。一方、スキャン速度が大であるときの、m/z:68、m/z:69、m/z:70の信号強度は、m/z:68=a、m/z:69=b、m/z:70=c、であったとする(図4(b)参照)。なお、m/z:67、m/z:71については、スキャン速度が小のときに信号強度が0であることから、これら質量電荷比が他の信号強度に影響を与えることはないと言える。
スキャン速度が小さいときには、図4(a)に示すように、m/z:68(図中のm−1)、m/z:69(図中のm)、m/z:70(図中のm+1)の各ピークは孤立しているとみなせる。したがって、両側の質量電荷比m−1、m+1の信号強度は中央の質量電荷比mの信号強度に影響を与えない。
これに対し、スキャン速度が大であって検出感度を確保するために四重極質量フィルタ33の各ロッド電極に印加する直流バイアス電圧を高くしたときには、質量分解能が下がり、図4(b)に示すように、隣接する質量電荷比に掛かるまでピークが拡がる。このことを考慮すると、上記各m/zの信号強度の間には次のような近似的な関係が成り立つ。
=A+β・b …(1)
=B+α・a+β・c …(2)
=C+α・b …(3)
ここで、A、B、Cはスキャン速度が小さい状態、つまり各ピークが孤立しているとみなせるときの、m−1、m、m+1における信号強度、又はその比率を有する信号強度である。αは質量電荷比mの信号強度がm−1側の影響を受ける係数であり、βは質量電荷比mの信号強度がm+1側の影響を受ける係数である。
スキャン速度が小さいときの信号強度a、b、cを用いると、A、B、Cは次の関係となる。
/b=A/B …(4)
/b=C/B …(5)
補正情報算出処理部55は(1)〜(5)式の関係を用いて、a、b、c、a、b、cの値から、質量電荷比m、つまりm/z:69に対する補正係数α、βを求める。また、他の質量電荷比219、502のピークについても、同様にして、スキャン速度が大であるときの測定結果とスキャン速度が小であるときの測定結果とから、それぞれ補正係数α、βを求める。こうして得られた結果から、スキャン速度が大(この例では20000u/s)であるときの質量電荷比と補正係数α、βとの対応関係を示すテーブルを作成する。図2はこうして作成されるテーブルの一例である。なお、スキャン速度が小(この例では1000u/s)であるときには補正係数α、βが全て0であることになる。こうして作成されたテーブルを補正情報として補正情報記憶部54に保存する。
以上の説明から、補正情報記憶部54に保存される補正係数は、スキャン速度が大であって質量分解能が下がる場合に、隣接する質量電荷比の信号強度の影響を近似的に除去するための係数であることが分かる。スキャン速度が小であって十分な質量分解能が確保できる場合には、隣接する質量電荷比の信号強度の影響はないため、補正係数は0であって、これは実質的には信号強度の補正を要しないことを意味する。
なお、補正情報を作成する際に、標準試料としてPFTBA以外を用いてもよいことは明らかである。好ましくは、測定対象の質量電荷比範囲の中で適宜の間隔離れて複数のピークが出現するものがよい。
次に、上記のように補正情報記憶部54に補正情報が保存されている状態で、目的試料の分析において実施される信号強度補正処理について説明する。分析に先立ってオペレータは、スキャン測定を行う質量電荷比範囲(下限値及び上限値)、測定インターバル(1回のスキャン当たりの時間)などのスキャン測定の制御パラメータを入力部9から入力設定する。制御部8は入力されたパラメータに基づいて、スキャン速度を決定する。もちろん、スキャン速度自体をパラメータとしてオペレータが入力可能な装置仕様としてもよい。
目的試料に対する測定が開始されると、上述したように質量分析装置3には時間経過に伴って順次様々な試料成分がカラム2から導入される。四重極質量フィルタ33は四重極駆動電圧発生部7から印加される電圧により、図3(a)に示すように、設定された質量電荷比範囲を決定されたスキャン速度で繰り返し走査するように駆動される。このとき、スキャン速度が大きい場合には小さい場合に比べて高い直流バイアス電圧が各ロッド電極に印加され、それによってイオンが四重極質量フィルタ33を通過するに要する時間を全般的に短くしている。そのため、スキャン速度が大きくても検出感度が上がり、検出される信号強度を全般的に高くすることができる。図3に示すように、四重極質量フィルタ33での1回の質量走査に対して1つの質量(m/z)軸上の連続信号が得られる。ピーク検出部51は質量軸上の連続信号に対してピーク検出を行ってピークの質量電荷比を求めるとともに、各質量電荷比における信号強度を計算する。
信号強度補正演算部52は、検出されたピーク一つ一つについて、そのときのスキャン速度及びピークの質量電荷比に応じ、補正情報記憶部54に保存されている補正情報を参照して補正係数α、βを決定する。例えば、そのときのスキャン速度が10000u/s未満である場合には補正係数α=β=0とし、スキャン速度が10000u/s以上である場合には、図2に示したテーブル中の補正係数α、βを用いるようにする。
後者の場合、例えば、m/z:69とm/z:219との間の質量電荷比に対しては、m/z:69とm/z:219の補正係数α、βを直線補間した値を補正係数α、βとし、m/z:219とm/z:502との間の質量電荷比に対しては、m/z:219とm/z:502の補正係数α、βを直線補間した値を補正係数α、βとする。そして、m/z:69以下の質量電荷比に対してはm/z:69の補正係数α、βを用い、m/z:502以上の質量電荷比に対してはm/z:502の補正係数α、βを用いるようにする。
また、こうした直線補間を行わずに、m/z:69、219、502以外の質量電荷比については、m/z:69、219、502の中で最も近い質量電荷比に対する補正係数α、βを選択するようにしてもよいし、いずれか小さいほうの補正係数α、βを選択するようにしてもよい。
いずれにしても、上記のように或る一つのピークについて補正係数を決定したならば、そのピークの質量電荷比の信号強度を次の(6)式を用いて計算することにより、信号強度を補正する。
m’=Im −αIm-1−βIm+1 …(6)
m’:再計算された質量電荷比mの信号強度
m :測定で得られた質量電荷比mの信号強度
m-1 :測定で得られた質量電荷比m−1の信号強度
m+1 :測定で得られた質量電荷比m+1の信号強度
例えば、スキャン速度が10000u/s以上と大きい場合に、m/z:219のピークについては、
m’=Im −0.12×Im-1−0.155×Im+1
という計算により信号強度が補正され、隣接する質量電荷比の信号強度の影響が除去される。一方、スキャン速度が小さく補正係数α、βが0である場合には、実質的な補正処理は行われない。
グラフ作成処理部53は上記のように補正された信号強度に基づいてマススペクトルを作成し、さらにそのマススペクトルからトータルイオンクロマトグラムやマスクロマトグラムを作成し、表示部6の画面上に、分析結果として表示する。これにより、スキャン速度が大きい場合でも、高い質量分解能のマススペクトルを作成して表示することができる。
図5はスキャン速度が小さい場合と大きい場合とで観測されるピーク形状の実測例である。この図に示すように、スキャン速度が小さい場合には隣接する質量電荷比のピークが孤立して観測可能であるが、スキャン速度が大きい場合には中央の質量電荷比mのピークの裾に、隣接する質量電荷比m−1、m+1のピークが重なってしまっていることが分かる。
図6はヘキサクロロベンゼン(HBC)のマススペクトルの実測例である。図中にm/z値を表記しているのが本来の成分のピークであるが、スキャン速度が大であって信号強度の補正処理を実施する前のマススペクトル(b)では、本来の成分以外の質量電荷比に比較的大きな強度のピークが現れているのが分かる。これが質量分解能が下がることに伴う隣接質量電荷比の信号強度の影響である。このような不所望のピークが現れると、例えば成分同定などに大きな支障をきたす。これに対し、上述したような信号強度の補正処理を実施した後に再計算して得られたマススペクトル(c)では、上記のような不所望のピークの強度が、スキャン速度が小である場合と同じ程度まで大きく減衰している。このように、上記信号強度補正処理は、スキャン速度が大きな場合における質量分解能の向上に有効であることが確認できる。
上記実施例のGC/MSは補正情報算出処理部55や補正情報算出制御部81を備えており、装置毎に補正係数α、βを決めることができる。そのため、スキャン速度の増加に対する質量分解能の低下の度合いが装置毎に異なる場合であっても、高い精度で信号強度を補正することができるという利点がある。一方、スキャン速度の増加に対する質量分解能の低下の度合いについての装置間の差異が殆どない又は十分に小さい場合には、装置メーカー側で予め標準的な補正係数α、βを決定して補正情報記憶部54に保存しておき、常にこの情報を用いて信号強度の補正を行っても十分に高い精度の補正が可能である。
そうした実施例のGC/MSの概略構成を図7に示す。即ち、この実施例のGC/MSは補正情報算出処理部55や補正情報算出制御部81を備えておらず、補正情報記憶部54には予め図8に示すような補正係数テーブルが格納されている。この補正係数テーブル自体の作成は上記実施例で説明したような手法で行うことができるが、ユーザ自身が行うのではなく装置メーカーで行われる。
目的試料の分析時には、上記実施例と同様に、補正係数テーブルを参照して、入力された制御パラメータに基づいて計算されるスキャン速度と測定により得られた信号の質量電荷比とから適切な補正係数α、βを選択し、その補正係数を利用して信号強度を補正すればよい。それにより、上記実施例と同様に、スキャン速度が大きい場合でも高い質量分解能のマススペクトルを作成・表示することができる。
上記説明では、目的試料に対するGC/MS測定の実行に伴って得られる信号に対し、ほぼリアルタイムで補正処理を実行してマススペクトル等を作成するようにしていたが、もちろん、目的試料に対するGC/MS測定を行って得られるデータを全て保存した後に、バッチ処理により信号強度の補正処理を行うようにしてもよいことは当然である。
また、それ以外の点においても、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
1…試料導入部
2…カラム
3…質量分析装置
31…イオン源
32…イオン光学系
33…四重極質量フィルタ
34…イオン検出器
4…A/D変換器
5…データ処理部
51…ピーク検出部
52…信号強度補正演算部
53…グラフ作成処理部
54…補正情報記憶部
55…補正情報算出処理部
6…表示部
7…四重極駆動電圧発生部
8…制御部
81…補正情報算出制御部
9…入力部
10…流路切替バルブ
11…標準試料供給部

Claims (5)

  1. イオンを質量電荷比に応じて分離して選択的に通過させる四重極質量フィルタを具備し、該四重極質量フィルタに印加する電圧を走査することにより測定対象のイオンの質量電荷比を所定範囲で走査するスキャン測定を行う四重極型質量分析装置において、
    a)検出信号に基づいて得られる質量電荷比軸上の各ピークについて信号強度を補正する手段であって、スキャン測定のスキャン速度が大きいほど質量電荷比軸上で隣接するピークの信号強度の影響度合いを大きく見込んで、その影響による強度増加分を減じるような演算を行う信号強度補正手段と、
    b)前記信号強度補正手段により補正処理された後の信号強度に基づいてマススペクトルを作成するスペクトル作成手段と、
    を備えることを特徴とする四重極型質量分析装置。
  2. 請求項1に記載の四重極型質量分析装置であって、
    前記信号強度補正手段は、或る質量電荷比に対する目的ピークについて、隣接する質量電荷比に対する信号強度に所定の補正係数を乗じて目的ピークの信号強度から差し引く処理を行うものであり、スキャン速度に応じて前記補正係数を変えることを特徴とする四重極型質量分析装置。
  3. 請求項2に記載の四重極型質量分析装置であって、
    目的ピークの質量電荷比に応じて前記補正係数を変えることを特徴とする四重極型質量分析装置。
  4. 請求項1〜3のいずれかに記載の四重極型質量分析装置であって、
    質量電荷比が既知である成分を含む標準試料を実測することにより得られた結果に基づいて、前記補正係数を算出して記憶する補正情報取得手段をさらに備えることを特徴とする四重極型質量分析装置。
  5. 請求項1〜4のいずれかに記載の四重極型質量分析装置であって、
    前記四重極質量フィルタを構成する各電極に印加するイオン選択用の電圧を走査する際に、スキャン速度が大きいほど該四重極質量フィルタに導入される時点でのイオンの有する運動エネルギーが大きくなるように前記各電極に共通に印加する直流バイアス電圧を大きくする電圧印加手段をさらに備えることを特徴とする四重極型質量分析装置。
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