JP5531937B2 - 耐水素誘起割れ性、脆性亀裂伝播停止特性および耐食性に優れた厚鋼板 - Google Patents

耐水素誘起割れ性、脆性亀裂伝播停止特性および耐食性に優れた厚鋼板 Download PDF

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Description

本発明は、厚鋼板に関し、詳しくは、耐水素誘起割れ性(以下、「耐HIC性」という。)、脆性亀裂伝播停止特性(以下、「DWTT特性」という。)および耐食性に優れた厚鋼板に関する。さらに、詳しくは、製造エネルギー原単位が低く、環境にもやさしい優れた耐食性を有する厚鋼板、なかでも、ラインパイプ用など各種の素材として好適に用いることができる厚鋼板に関する。
なお、本発明の厚鋼板は、主として板厚20mmを超えるものが対象であり、強度クラスとしては米国石油協会(American Petroleum Institute)(以下、「API」という。)規格でX65(降伏強さ:448〜600MPa、引張強さ:531MPa以上)〜X70級(降伏強さ:483〜621MPa、引張強さ:565MPa以上)の高張力のものが対象となる。
大型構造物に用いられる厚鋼板は、スラブをオーステナイト温度域、すなわち、Ac3点以上に加熱後、所定の厚みまで圧延を行い、冷却処理することにより製造される。
厚鋼板の特性は、鋼組成、加熱温度条件、圧延条件、冷却条件などにより決定し、これらの条件を適宜調整することにより、付加価値の高い厚鋼板を製造することが可能になる。
厚鋼板の製造における加熱温度は、通常、1150℃程度とオーステナイト温度域でも比較的高い温度で行われてきた。これは、高温加熱によるスラブの軟化作用により、次工程である圧延工程において、圧下の負荷を小さくするためである。
なお、鋼板、なかでも、厚鋼板の製造では常にエネルギー原単位の減少が求められるが、近年のエネルギー資源の価格の高騰から、より一層のエネルギー原単位の減少が要求されるようになってきた。また、近年の環境への配慮から二酸化炭素などの温室効果ガスをなるべく出さずに鋼板を製造する技術が求められている。
厚鋼板の製造では、加熱工程として、スラブを加熱し、該スラブの中央部まで温度を均一化することが好ましい。このため、加熱工程では大量のエネルギーを必要とする。よって、加熱温度を低くして、例えば、加熱温度を1000℃以下として、厚鋼板を製造することができれば、上述の要求を満足することができる。
厚鋼板の製造方法が、例えば、特許文献1〜3に開示されている。
すなわち、特許文献1には、加熱温度をAc3点以上と規定し、1000℃以下の温度で加熱した実施例を含む発明が開示されている。
また、特許文献2には、加熱温度をAc3点以上、1200℃以下と規定し、950℃および1000℃で加熱した実施例を含む発明が開示されている。
さらに、特許文献3には、加熱温度を950℃以上と規定し、975℃、1000℃で加熱した実施例を含む発明が開示されている。
しかし、これらの特許文献1〜3に開示された技術は、その実施例に1000℃を超える加熱温度の記載が多数あることからも明らかなように、積極的に1000℃以下の低い加熱温度で厚鋼板を製造する技術ではない。
一方、特に、ラインパイプ用等の素材として有用な鋼材あるいは厚鋼板が、例えば、特許文献4〜6に開示されている。これらの特許文献に記載の発明では1000℃以下の低い加熱温度でスラブを加熱して厚鋼板を製造している。
すなわち、特許文献4には、Nbを必須含有させたスラブを用いて、Ac3+200℃以下に加熱する厚手耐サワー鋼板の製造方法の発明が開示されている。なお、特許文献4における本発明鋼のスラブに対する加熱温度として、具体的には860〜980℃が示されている。
特許文献5には、Nbを必須含有させたスラブを用いて、900〜1050℃に加熱して高張力鋼板を製造する方法の発明が開示されている。
特許文献6には、鋼中のNb析出物による耐HIC性劣化を避けるために鋼中へのNb添加を排除したスラブを900〜1150℃に加熱する、耐サワー高強度鋼板の製造方法の発明が開示されている。
しかしながら、特許文献4および特許文献5に記載の発明は、オーステナイト粒の成長を抑制することを目的として低温度域でのスラブ加熱を行ったものであるが、そもそもエネルギーコストや温室効果ガス排出をも考慮したものではない。
一方、特許文献6に記載の発明は、エネルギーコストを考慮して低温度域でのスラブ加熱を行い厚鋼板を製造する発明ではあるものの、その技術的思想は、その段落[0004]に記載されているとおり、いわゆる「Nbフリーの厚鋼板」を製造することにある。
一方で、ラインパイプは海浜地域や融雪塩が散布される地域等、飛来塩分量が多い環境下、あるいは海水飛沫環境下に施設される場合も多い。
一般に、耐候性鋼材を大気腐食環境中に暴露すると、その表面に保護性のあるさび層が形成され、それ以降の鋼材腐食が抑制される。そのため、耐候性鋼材は、塗装せずに裸のまま使用できるミニマムメンテナンス鋼材として構造物に用いられている。
ところが、海浜地域だけでなく、内陸部であっても融雪塩や凍結防止剤が散布される地域のように飛来塩分量が多い地域では、耐候性鋼材の表面に保護性のあるさび層が形成されにくいために、腐食を抑制する効果が発揮されにくい。そのため、これらの地域では、裸のままの耐候性鋼材を用いることができず、普通鋼に塗装を施して使用する普通鋼の塗装使用が一般的である。しかし、このような普通鋼の塗装使用の場合には、腐食による塗膜劣化のため約10年毎に再塗装する必要があり、そのため維持管理に要する費用は莫大なものとなる。
近年、日本工業規格(JIS)で規格化された耐候性鋼(JIS G 3114:溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材)は、飛来塩分量がNaClとして0.05mg/dm/day(0.05mdd)以上の地域、たとえば海浜地域では、ウロコ状錆や層状錆等の発生により腐食減量が大きいため、無塗装では使用できないことになっている(建設省土木研究所、(社)鋼材倶楽部、(社)日本橋梁建設協会:耐候性鋼の橋梁への適用に関する共同研究報告書(XX)−無塗耐候性橋梁の設計・施工要領(改訂版−1993.3)参照)。
このように、海浜地域などの塩分の多い環境下では、通常普通鋼材に塗装を行って対処している。しかしながら、河口付近の海浜地域や融雪塩を撒く山間部等の道路に建設される構造物は腐食が著しく、再塗装せざるを得ないのが現状である。これらの再塗装には多大な工数がかかることから、無塗装で使用できる鋼材への要望が強い。
最近、Niを1〜3%程度添加したNi系高耐候性鋼が開発された。しかしながら、飛来塩分量が0.3〜0.4mddを越える地域では、このようなNi添加だけでは、無塗装で使用できる鋼材への適用が難しいことが判明してきた。
鋼材の腐食は、飛来塩分量が多くなるにしたがって激しくなるため、耐食性と経済性の観点からは、飛来塩分量に応じた耐候性鋼材が必要になる。また、使用される場所や部位により鋼材の腐食環境は同じではない。例えば、降雨、結露水および日照に曝される部位もあれば、結露水に曝されるが雨掛かりはない部位もある。一般に、飛来塩分量が多い環境では、前者の部位より後者の部位の方が腐食が激しいと言われている。
また、融雪塩や凍結防止剤を道路に撒く環境では、その塩が走行中の車に巻き上げられ、鋼構造物に付着するので、厳しい腐食環境となる。さらに、海岸から少し離れた軒下等も厳しい塩害環境に曝され、このような地域では、飛来塩分量が1mdd以上の厳しい腐食環境になる。
このような問題に対応するため、飛来塩分量が多い環境での腐食を防止する鋼材の開発が従来から進められている。
たとえば、特許文献7にはクロム(Cr)の含有量を増加させた耐候性鋼材が提案され、そして、特許文献8にはニッケル(Ni)含有量を増加させた耐候性鋼材が提案されている。
しかしながら、上記特許文献7で提案されたクロム(Cr)の含有量を増加させた耐候性鋼材は、ある程度以下の飛来塩分量の領域においては耐候性を改善することができるものの、それを超える厳しい塩分環境においては逆に耐候性を劣化させる。
また、上記特許文献8で提案されたニッケル(Ni)含有量を増加させた耐候性鋼材の場合、耐候性はある程度改善されるが、鋼材自体のコストが高くなる。これを避けるため、Ni含有量を少なくすると、耐候性はさほど改善されず、飛来塩分量が多い場合には、鋼材の表面に層状の剥離さびが生成し、腐食が著しく、長期間の使用に耐えられないという問題が生じる。
特開平6−299237号公報 特開平8−60239号公報 特開2004−2934号公報 特開平8−283844号公報 特開平8−41536号公報 特開平7−316651号公報 特開平9−176790号公報 特開平5−118011号公報
本発明の目的は、耐HIC性およびDWTT特性が良好であり、高騰するエネルギーコストを抑えて安価に製造できる経済性に優れた厚鋼板を提供することにある。本発明の別の面からの目的は、エネルギー消費量が小さいために二酸化炭素など温室効果ガスの放出を抑制することが可能な、地球環境に配慮した厚鋼板を提供することにある。さらに、本発明の別の面からの目的は、高塩化物環境における耐食性(塗装が剥離せず且つ塗装欠陥部における腐食が抑制され耐食性が維持されること(耐塗装剥離性)および無塗装時の耐候性を含む)にも優れた厚鋼板を提供することにある。
本発明者らは、上記課題を解決するため種々検討を重ねた。その結果、鋼材の化学組成およびミクロ組織を適宜コントロールすることにより、耐水素誘起割れ性および脆性亀裂伝播停止特性に優れ、さらに耐食性を有する厚鋼板を製造できることが明らかになった。
特に耐食性に関し、本発明者らは、飛来塩分量の多い環境での腐食について検討した結果、このような環境下では、FeCl溶液の乾湿繰り返しが腐食の本質的な条件となり、Fe3+の加水分解によりpHが低下した状態で、かつFe3+が酸化剤として作用することによって腐食が加速されることを見出した。
このときの腐食反応は、以下に示すとおりである。
カソード反応としては、主として、次の反応が起こる。
Fe3++e→Fe2+ (Fe3+の還元反応)
そして、この反応以外にも、次のカソード反応も併発する。
2HO+O+2e→4OH
2H+2e→H
一方、上記のFe3+の還元反応に対して、次のアノード反応が起こる。
アノード反応:Fe→Fe2++2e (Feの溶解反応)
従って、腐食の総括反応は、次の(A)式のとおりである。
2Fe3++Fe→3Fe2+・・・・・・(A)式
上記(A)式の反応により生成したFe2+は、空気酸化によってFe3+に酸化され、生成したFe3+は再び酸化剤として作用し、腐食を加速する。この際、Fe2+の空気酸化の反応速度は低pH環境では一般に遅いが、濃厚塩化物溶液中では加速され、Fe3+が生成され易くなる。このようなサイクリックな反応のため、飛来塩分量が非常に多い環境では、Fe3+が常に供給され続け、鋼の腐食が加速され、耐食性が著しく劣化することになることが判明した。
本発明者らは、このような塩分環境における腐食のメカニズムを基に、種々の合金元素の耐候性への影響について検討した結果、下記の(a)〜(c)に示す知見を得た。
(a)Snは、Sn2+として溶解し、2Fe3++Sn2+→2Fe2++Sn4+なる反応によりFe3+の濃度を低下させることで、(A)式の反応を抑制する。Snには、さらにアノード溶解を抑制するという作用もある。
(b)Cuは、従来から飛来塩分量の多い環境において耐食性改善効果の基本とされていた元素であり、比較的濡れ時間が長い環境において耐食性改善効果は見られる。しかしながら、塩化物濃度がさらに大きくなり、局部的にpHが下がるような環境、例えば塩分が付着し、湿度が変化することにより乾湿が繰り返され、β−FeOOHが生成するような比較的ドライな環境では、Cuはむしろ腐食を促進することが判明した。
(c)このように、この鋼材は、高い耐食性が期待できる。さらに耐食性が高いことから、鋼材に塗装を行っても、鋼材の腐食に起因する塗装の剥離が少なく塗装欠陥部の腐食を抑制する一方、塗膜による防食効果も期待できるため、塗装をした場合には、より一層の耐食性の効果が期待できる。したがって、耐食性のほかに、塗装の寿命を延長化でき、補修塗装間隔を大きく延ばす作用をも有する。
本発明の要旨は、下記(1)〜(7)に示す厚鋼板にある。
(1)質量%で、C:0.01〜0.17%、Si:0.01〜0.60%、Mn:0.4〜1.8%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Nb:0.001%以上0.01%未満、Al:0.001〜0.06%、Sn:0.03〜0.50%、N:0.01%以下およびO:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、かつ、下記の(1)式で示されるVSの値が0.25〜0.65である化学組成を有し、ミクロ組織がベイナイトの割合が90%以上であることを特徴とする厚鋼板。
VS=C+Mn/5+5P−Ni/10−Mo/10+Cu/10・・・(1)
ただし、上記(1)式中の、C、Mn、P、Ni、MoおよびCuは、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
(2)質量%で、さらに、Cu:0.2%以下を含有し、Cu/Sn比が1.0以下であることを特徴とする上記(1)に記載の厚鋼板。
(3)質量%で、さらに、Cr:0.7%以下、Mo:0.7%以下、V:0.4%以下およびTi:0.2%以下の元素のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の厚鋼板。
(4)質量%で、さらに、Ni:0.7%以下を含有することを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載の厚鋼板。
(5)質量%で、さらに、B:0.0010%以下を含有することを特徴とする上記(1)から(4)までのいずれかに記載の厚鋼板。
(6)質量%で、さらに、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下およびREM:0.01%以下の元素のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする上記(1)から(5)までのいずれかに記載の厚鋼板。
(7)上記(1)から(6)までのいずれかに記載の化学組成を有するスラブの加熱温度をAc3点以上1000℃未満として製造したものであることを特徴とする厚鋼板。
なお、本発明における「REM」は、ランタニドの15元素にYおよびScを合わせた17元素の総称であり、これらの元素のうちの1種以上を含有させることができる。なお、REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。
残部としての「Feおよび不純物」における「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
本発明で規定するミクロ組織は、厚鋼板の板厚中心部におけるものをいう。
本発明で規定するスラブの加熱温度は、スラブの板厚中央部(板厚tの(1/2)部)における温度を指す。板厚中央部の温度を直接測定する手段はないので、伝熱計算を基にした計算温度管理を行い、計算温度をスラブの板厚中央部の温度、すなわちスラブの加熱温度として採用すればよい。
本発明の厚鋼板は、高騰するエネルギーコストを抑えて工業的な規模で低コストに製造することが容易であり、耐HIC性およびDWTT特性にも優れている。このため、ラインパイプ用など各種の素材として好適に用いることができる。また、この厚鋼板の製造時のエネルギー消費量は小さくてもよいので、二酸化炭素など温室効果ガスの放出を抑制することができるという効果も得られる。さらに、この厚鋼板は、高塩化物環境における耐食性も良好であり、ラインパイプ用厚鋼板として有効に使用できる。
以下に、本発明の構成要件について詳しく説明する。なお、各成分元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
(A)化学組成について:
C:0.01〜0.17%
Cは、強度を確保するために必要な元素である。C含有量が0.01%未満では所望の強度を得難い。一方、Cの含有量が0.17%を超えると、一般に「Pcm」と表記される「溶接割れ感受性組成」が上昇して溶接割れ感受性が大きくなる。また、連続鋳造スラブを用いた場合には、連続鋳造スラブの凝固過程における包晶反応の影響によりスラブ割れが発生しやすくなるとともに、連続鋳造スラブの中心部にCが過度に濃化して偏析帯を形成してしまう。このため、C含有量は0.01〜0.17%とする。C含有量の下限は好ましくは0.02%、より好ましくは0.04%である。C含有量の上限は好ましくは0.14%、より好ましくは0.10%である。
Si:0.01〜0.60%
Siは、脱酸作用を有する。Siには、鋼を強化する作用もある。しかしながら、Siの含有量が0.01%未満では脱酸が不十分となる。一方、Siの含有量が0.60%を超えると、溶接熱影響部(以下「HAZ」という。)にマルテンサイトが多く生成して靱性を極度に劣化させる。このため、Siの含有量は0.01〜0.60%とする。Si含有量の下限は好ましくは0.20%である。また、Si含有量の上限は好ましくは0.40%である。
Mn:0.4〜1.8%
Mnは、鋼を強化するとともに靱性を高める作用を有する。しかしながら、Mnの含有量が0.4%未満では高張力厚鋼板として要求される強度が得られない。一方、Mnの含有量が1.8%を超えると、スラブの中心偏析が増大してHICの発生が多くなる。このため、Mn含有量は0.4〜1.8%とする。Mn含有量の下限は好ましくは0.6%、より好ましくは0.9%である。また、Mn含有量の上限は好ましくは1.6%、より好ましくは1.4%である。
P:0.02%以下
Pは、不純物であり、できるだけ少ないほうが好ましい元素である。Pの含有量が多くなって特に0.02%を超えると、スラブにおける中心偏析度が上昇し、局部的な硬さ上昇が発生する。そこで、Pの含有量は0.02%以下とする。
S:0.01%以下
SもPと同様に、不純物であり、できるだけ少ないほうが好ましい元素である。Sの含有量が多くなって特に0.01%を超えると、鋼に対して有害な介在物であるMnSが多く生成する。そこで、Sの含有量は0.01%以下とする。
Nb:0.001%以上0.01%未満
Nbは、未再結晶領域を拡大させ、圧延の際に転位の導入を行い易くして、微細組織を形成する作用を有する。この効果は、Nbの含有量が0.001%以上で得られる。しかしながら、Nbはスラブ中でNb炭窒化物を形成し、このNb炭窒化物がマトリックスに固溶せずクラスターを形成すると、特に、Nbの含有量が多くなって0.01%以上になり、Nb炭窒化物が10μmを超えるサイズのクラスターを形成すると、これを起点としたHICの発生を招いて耐HICが劣化する。したがって、Nbの含有量は0.001%以上0.01%未満とする。
なお、Nbの含有量が0.01%以上の場合には、スラブ加熱温度が低く、特に、1000℃未満であると、上記Nb炭窒化物の10μmを超えるサイズのクラスター形成が多くなって、耐HICの劣化が著しくなる。
一方、Nbの含有量が0.01%未満であっても、スラブ加熱温度が低く、特に、1000℃未満である場合には、Nb炭窒化物のクラスターは形成されるが、そのサイズは10μmを超えることはなく、また、その数も少ないため、耐HIC性が劣化することはない。
なお、Nb含有量の下限は好ましくは0.003%、より好ましくは0.004%である。また、Nb含有量の上限は0.009%未満であることが好ましく、0.007%未満であれば一層好ましい。
Al:0.001〜0.06%
Alは、脱酸のために必須の元素であり、本発明に係る厚鋼板の場合には、0.001%以上の含有量が必要である。しかしながら、Alの含有量が0.06%を超えると、特にHAZにおいて靱性が劣化しやすくなる。これは、粗大なクラスター状のアルミナ系介在物粒子が形成されやすくなるためと考えられる。したがって、Al含有量は0.001〜0.06%とする。Al含有量の下限は好ましくは0.005%である。また、Al含有量の上限は好ましくは0.05%である。
Sn:0.03〜0.50%
Snは、Sn2+となって溶解し、酸性塩化物溶液中でのインヒビター作用により腐食を抑制する作用を有する。また、Fe3+を速やかに還元させ、酸化剤としてのFe3+濃度を低減する作用を有することにより、Fe3+の腐食促進作用を抑制するので、高飛来塩分環境における耐候性を向上させる。また、Snには鋼のアノード溶解反応を抑制し耐食性を向上させる作用がある。これらの作用は、Snを0.03%以上含有させることにより得られ、0.50%を超えると飽和する。したがって、Snの含有量は0.03〜0.50%とする。なお、好ましいSnの含有量の下限は0.05%であり、上限は0.30%である。
N:0.01%以下
Nは、不純物として鋼中に存在し、含有量が多い場合には、母材、HAZとも靱性が劣化するのを避けることができず、特に、その含有量が0.01%を超えると、母材およびHAZの靱性劣化が著しくなる。このため、Nの含有量は0.01%以下とする。なお、N含有量の上限は好ましくは0.005%である。
O:0.005%以下
O(酸素)は、不純物として鋼中に存在し、含有量が多い場合には母材靱性に悪影響を及ぼし、特に、その含有量が0.005%を超えると、母材靱性の劣化が著しくなる。このため、Oの含有量は0.005%以下とする。O含有量の上限は好ましくは0.003%である。
本発明の厚鋼板の一つは、上記元素のほか、残部がFeおよび不純物からなり、かつ、次の(1)式で示されるVSの値が0.25〜0.65の化学組成を有するものである。
VS=C+Mn/5+5P−Ni/10−Mo/10+Cu/10・・・(1)
ただし、上記(1)式中の、C、Mn、P、Ni、MoおよびCuは、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
本発明の厚鋼板の他の一つは、上記の元素に加えてさらに、Cu、Cr、Mo、V、Ti、Ni、B、Ca、MgおよびREMのうちから選んだ1種以上の元素を含有する化学組成を有していてもよい。以下、これらの任意元素の作用効果と、含有量の限定理由について説明する。
Cu、Cr、Mo、VおよびTiは、強度を高める作用を有する。このため、より大きな強度を確保したい場合には、これらの元素を含有させてもよい。以下、上記のCu、Cr、Mo、VおよびTiについて詳しく説明する。
Cu:0.2%以下かつCu/Sn比 1.0以下
Cuは必要に応じて含有させることができる。Cuを含有させると、強度を向上させることができる。すなわち、Cuを含有させると、特に、焼入れ−焼戻しの熱処理を行った場合に、Cuによる時効硬化によって一層強度を高めることができる。また、Cuには、耐食性を向上させる作用もある。したがって、上記の効果を得るためにCuを含有してもよい。Cuの含有量が多いと、コスト上昇に見合った性能の改善が見られない。また、Snを含有する鋼では、Cuの含有による耐食性の低下が著しい。さらに、鋼材を製造する際、Cuの含有による圧延割れの原因ともなる。このため、含有させる場合のCu含有量は0.2%以下とし、かつSn含有量に対するCu含有量の比、すなわち、Cu/Sn比を1.0以下とする。なお、Cuによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Cuを0.01%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のCu含有量の下限はより好ましくは0.05%である。また、Cu含有量の上限はより好ましくは0.15%である。
Cr:0.7%以下
Crは必要に応じて含有させることができる。Crを含有させると、強度を上昇させることができる。すなわち、Crは、スラブの凝固過程において中心偏析部に濃化し難いので、熱間圧延後の厚鋼板の水冷時に、オーステナイトからのフェライトやパーライトへの変態を遅らせて焼入れ性を高めて厚鋼板の強度を上昇させ、また、焼戻し処理あるいは高温でのSR処理の際に、素地フェライトの軟化を遅らせて微細な特殊炭化物の析出硬化作用により軟化抵抗の増加をもたらす。そのため、特に、ラインパイプ用厚鋼板の場合には、耐HIC性と高強度をともに確保するために非常に有効な元素である。したがって、上記の効果を得るためにCrを含有してもよい。しかしながら、Crの含有量が0.7%を超えると、溶接時の作業性を極度に低下させるとともにコストが嵩む。このため、含有させる場合のCrの含有量は0.7%以下とする。含有させる場合のCr含有量の上限は好ましくは0.5%である。なお、Crによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Crを0.01%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のCr含有量の下限はより好ましくは0.1%である。
Mo:0.7%以下
Moは必要に応じて含有させることができる。Moを含有させると、強度を上昇させることができる。また、Moには、靱性を向上させる作用もある。したがって、上記の効果を得るためにMoを含有してもよい。しかしながら、Moの含有量が0.7%を超えると、特に、HAZの硬さが高くなって靱性と耐SSC性を損なう。このため、含有させる場合のMoの含有量は0.7%以下とする。含有させる場合のMo含有量の上限は好ましくは0.5%である。なお、Moによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Moを0.01%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のMo含有量の下限はより好ましくは0.1%である。
V:0.4%以下
Vは必要に応じて含有させることができる。Vを含有させると、強度を上昇させることができる。すなわち、Vは、主に焼戻し時の炭窒化物析出により強度を向上させる作用を有する。したがって、上記の効果を得るためにVを含有してもよい。しかしながら、0.4%を超えるVを含有させても、強度向上効果が飽和してコストが嵩むばかりか、靱性の劣化も生じる。したがって、含有させる場合のVの含有量は0.4%以下とする。含有させる場合のV含有量の上限は好ましくは0.3%である。なお、Vによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Vを0.01%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のV含有量の下限はより好ましくは0.025%である。
Ti:0.2%以下
Tiは必要に応じて含有させることができる。Tiを含有させると、強度を上昇させることができる。また、Tiには、スラブの品質を安定させる作用もある。したがって、上記の効果を得るためにTiを含有してもよい。しかしながら、Tiの含有量が0.2%を超えると、特に、HAZの靱性を劣化させる。このため、含有させる場合のTiの含有量は0.2%以下とする。含有させる場合のTi含有量の上限は好ましくは0.05%である。なお、Tiによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Tiを0.001%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のTi含有量の下限はより好ましくは0.005%である。
なお、上記のCu、Cr、Mo、VおよびTiは、そのうちのいずれか1種のみ、または、2種以上の複合で含有させることができる。なお、これらの元素の合計含有量は2.0%以下とすることが好ましい。
Ni:0.7%以下
Niは必要に応じて含有させることができる。Niを含有させると、靱性を向上させることができる。すなわち、Niは、固溶状態において鋼のマトリックスの靱性を高める効果がある。また、Niには、焼入れ性を高める作用もある。したがって、上記の効果を得るためにNiを含有してもよい。しかしながら、0.7%を超えるNiを含有させてもコスト上昇に見合った性能の改善が見られない。したがって、含有させる場合のNiの含有量は0.7%以下とする。含有させる場合のNi含有量の上限は好ましくは0.5%である。Niによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Niを0.01%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のNi含有量の下限はより好ましくは0.1%である。
なお、Cuを含有させる場合には、「Cuチェッキング」と称される圧延時のひび割れが生じやすい。これを防止するために、Ni/Cu≧1.0を満足するようにNiを複合して含有させることが好ましい。
B:0.0010%以下
Bは必要に応じて含有させることができる。Bを含有させると、焼入れ性を向上させることができる。したがって、上記の効果を得るためにBを含有してもよい。しかしながら、0.0010%を超えるBを含有させても、上記の効果が飽和するし、著しい靱性の劣化が生じる。したがって、含有させる場合のBの含有量は0.0010%以下とする。含有させる場合のB含有量の上限は好ましくは0.0006%である。なお、Bによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Bを0.0001%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のB含有量の下限はより好ましくは0.0003%である。
Ca、MgおよびREMは、熱間加工性を高める作用を有する。このため、より大きな熱間加工性を確保したい場合には、これらの元素を含有させてもよい。以下、上記のCa、MgおよびREMについて詳しく説明する。
Ca:0.01%以下
Caは必要に応じて含有させることができる。Caは、熱間加工性を高める作用を有する。なお、Caが鋼中のSと反応して溶鋼中で形成する酸・硫化物(オキシサルファイド)は、MnSなどと異なって、熱間加工の一形態である圧延加工で圧延方向に伸びることがなく圧延後も球状であるため、延伸した介在物の先端などを割れの起点とする溶接割れやHICを抑制する作用がある。したがって、上記の効果を得るためにCaを含有してもよい。しかしながら、Caの含有量が0.01%を超えると、靱性の劣化を招くことがある。したがって、Caを含有させる場合の含有量を0.01%以下とした。含有させる場合のCa含有量の上限は好ましくは0.0060%である。Caによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Caを0.0005%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のCa含有量の下限はより好ましくは0.0010%である。
Mg:0.01%以下
Mgは必要に応じて含有させることができる。Mgは、熱間加工性を高める作用を有する。Mgには、Mg含有酸化物を生成してTiNの発生核となり、TiNを微細分散させる作用もある。したがって、上記の効果を得るためにMgを含有してもよい。しかしながら、Mgの含有量が0.01%を超えると、酸化物が多くなりすぎて延性低下をもたらす。したがって、Mgを含有させる場合の含有量を0.01%以下とした。含有させる場合のMg含有量の上限は好ましくは0.0080%である。なお、Mgによる上記の効果を安定的に発現させるためには、Mgを0.0010%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のMg含有量の下限はより好ましくは0.0020%である。
REM:0.01%以下
REMは必要に応じて含有させることができる。REMは、熱間加工性を高める作用を有する。REMには、HAZ組織の微細化作用もある。したがって、上記の効果を得るためにREMを含有してもよい。しかしながら、REMの含有量が多くなると、介在物となって清浄性を低下させるが、REMの添加によって形成される介在物は、比較的靱性劣化への影響が小さいため、0.01%以下であればREMを含有させても母材の靱性の低下は許容できる。したがって、REMを含有させる場合の含有量を0.01%以下とした。含有させる場合のREM含有量の上限は好ましくは0.0080%である。なお、REMによる上記の効果を安定的に発現させるためには、REMを0.0010%以上含有させることが好ましい。含有させる場合のREM含有量の下限はより好ましくは0.0020%である。
既に述べたように本発明における「REM」は、ランタニドの15元素にYおよびScを合わせた17元素の総称であり、これらの元素のうちの1種以上を含有させることができる。それぞれのREM元素に分離して鋼中に含有させてもよいし、ミッシュメタルという混合した状態で鋼中に含有させてもよい。なお、REMの含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。
なお、上記のCa、MgおよびREMは、そのうちのいずれか1種のみ、または2種以上の複合で含有させることができる。なお、これらの元素の合計含有量は0.025%以下とすることが好ましい。
VSの値:0.25〜0.65
次の(1)式で表されるVSの値が0.65以下であると、連続鋳造鋳片の中心偏析を改善することができるので、400MPa以上の降伏強さを有する厚鋼板を、母材におけるDWTT特性の劣化なく製造することが可能である。
VS=C+Mn/5+5P−Ni/10−Mo/10+Cu/10・・・(1)
ただし、上記(1)式中の、C、Mn、P、Ni、MoおよびCuは、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
しかしながら、VSの値が0.65を超えると、連続鋳造鋳片の中心偏析、特に、Cuの中心偏析を避けることができなくなって、DWTT特性が著しく劣化してしまう。一方、VSの値が0.25未満であると、API規格X65〜X70級の高張力という所望の強度を確保することが難しくなる。したがって、前記(1)式で示されるVSの値は0.25〜0.65とする。
(B)ミクロ組織について:
本発明の厚鋼板に、API規格X65〜X70級の強度を確保させるには、ミクロ組織を、ベイナイトの割合が90%以上であるものとする必要がある。
上記の「ベイナイトの割合が90%以上」であるミクロ組織に占めるベイナイトの割合は、より好ましくは95%以上であり、100%、すなわち、ベイナイトの単相組織であってもよい。そして、この場合のミクロ組織に占めるベイナイト以外の相は、フェライト、パーライト、マルテンサイト等どのような相であっても構わない。
なお、ミクロ組織に占める特定の相の割合は、通常のミクロ組織の観察手段によって面積割合を測定すればよい。これは、実際にミクロ組織における相の体積割合は面積割合に等しいことが知られているためである。ミクロ組織に占める特定の相の割合の具体的な測定方法の一例を、後述の実施例に示した。
また、前記(A)項に記載の化学組成を有するスラブに対し、例えば、以下の工程(a)〜(c)で順次処理することにより、厚鋼板のミクロ組織を上述したもの、つまり、ベイナイトの割合が90%以上であるミクロ組織にすることができる。
工程(a)〜(c)で順次処理する場合のスラブの製造については、特にその鋳造条件を特定する必要はない。造塊−分塊法によるスラブや連続鋳造法によるスラブを用いることができるが、製造効率、歩留りおよび省エネルギーの観点から、連続鋳造スラブを用いることが好ましい。
工程(a):加熱
加熱工程としての工程(a)では、本発明の厚鋼板製造のための圧延素材としてのスラブをAc3点以上1000℃未満の温度に加熱する。
スラブをAc3点以上に加熱するのは、オーステナイト変態させて、均一な組織とするためである。
一方、スラブ加熱温度を1000℃未満とするのは、エネルギー消費の減少および地球環境への配慮のためである。なお、スラブ加熱温度は、975℃未満であることが好ましい。
なお、スラブの中央部まで温度を均一化するために、上記温度域でのスラブの加熱時間は、4時間以上とすることが好ましい。ただし、本発明の目的から加熱時間の上限は12時間程度とすることが好ましい。
既に述べたように、Nbの含有量が0.01%以上のスラブの場合には、スラブ加熱温度が低く、特に、1000℃未満であると、Nb炭窒化物の10μmを超えるサイズのクラスター形成が多くなって、耐HICの劣化が著しくなる。しかしながら、前記(A)項に記載のNbの含有量が0.01%未満のスラブの場合には、Nb炭窒化物のクラスターは形成されるが、そのサイズは10μmを超えることはなく、また、その数も少ないため、耐HIC性が劣化することはない。
工程(b):圧延
圧延工程としての工程(b)では、上記工程(a)で加熱したスラブを、粗圧延および仕上圧延に分けて圧延する。
(b−1)粗圧延
スラブに対する粗圧延は、スラブ厚さが成品である厚鋼板の厚さの3〜8倍になるように行うことが好ましい。粗圧延において、スラブ厚さが成品厚さの3倍よりも薄くなるまで圧延すると、仕上げ圧延する際の圧下量が不足して厚鋼板の靱性を改善できないおそれがあり、一方、粗圧延におけるスラブ厚さが成品厚さの8倍を超えるものであると、仕上圧延での最終仕上温度をAr3点以上とすることが難しくなって、後述する工程(c)の冷却によって、前述した(B)項のミクロ組織を確保できない場合がある。
なお、スラブ温度が高いほど変形抵抗が少なく圧下にかかる荷重を小さくできるので、粗圧延は930℃以上で行うことが好ましい。
(b−2)仕上げ圧延
仕上げ圧延は、上述の粗圧延を施されたスラブに対し、冷却することなく引き続き圧下を行って、所定の板厚の成品とする工程である。この仕上圧延では、圧延終了時の成品表面温度が800℃以上になるように、圧延を行うことが好ましい。これは、成品である厚鋼板の工程(c)での冷却開始温度をAr3点以上にするためである。冷却開始温度をAr3点以上として急冷することにより、前述した(B)項のミクロ組織を確保することが容易になる。
工程(c):冷却
冷却工程としての工程(c)では、仕上圧延後の成品を冷却する。冷却は、Ar3点以上の温度から、5〜80℃/sの冷却速度で、400〜550℃の温度域まで行い、冷却停止後は、空冷または放冷することが好ましい。
なお、工程(b)の後、上記温度から冷却して5℃/s以上の冷却速度を得るための方法としては、例えば、水冷が挙げられるので、以下、「冷却」に「水冷」を用いて説明する。
Ar3点以上の温度から水冷する際の冷却速度が5℃/s未満であると、厚鋼板の焼入れ性が不十分となって強度および靱性が劣化したり、板厚方向の中心部における組織制御が不十分となって拡散性元素が濃化し易くなり、母材の硬さ分布が不均一になるとともに耐HIC性能が劣化する場合がある。一方、冷却速度が80℃/sを超えると、厚鋼板内部の残留応力が増大し、厚鋼板に平坦度不良が発生し易くなる場合がある。
また、水冷の停止温度が400℃未満であると、過冷却となって前述した(B)項のミクロ組織を確保することが困難になるため、耐HIC性が低下するとともに、降状強さが低下してAPI規格でX65〜X70級の高張力という所望の強度が得られない場合がある。一方、水冷の停止温度が550℃を超えると、上記所望の強度が得られないばかりか、靱性も低下する場合がある。
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
表1および表2に示す化学組成を有する鋼1〜38およびx1〜x15を通常の方法で溶製、連続鋳造して厚さが220〜300mmのスラブにした。なお、表1および表2には、鋼の化学組成から推定されるAc3点(℃)およびAr3点(℃)の値を併記した。
表1中の鋼1〜26ならびに表2中の鋼27〜38、鋼x1および鋼x2は、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼である。一方、表2中の鋼x3〜x15は、化学組成が本発明で規定する条件から外れた比較例の鋼である。
これらの各種の鋼のスラブを用い、表3に示す製造条件に基づいて種々の厚鋼板を製造した。なお、スラブを加熱する際、その中央部まで温度を均一化するために、いずれのスラブについても加熱炉に4時間以上滞留させた。また、圧延完了後の冷却は水冷によって行い、表3に記載の「冷却停止温度」で水冷を停止した。
Figure 0005531937
Figure 0005531937
Figure 0005531937
上記のようにして得た各厚鋼板について、先ず、ミクロ組織を調査した。
すなわち、圧延面に平行な面であるいわゆる「L断面」が被検面になるように、各鋼板の板厚中心部から試験片を採取し、次いで、その試験片を樹脂に埋め込んで鏡面研磨した後ナイタールによって腐食して、板厚中心の±3mmの領域におけるミクロ組織を調査した。
具体的には、ナイタールによって腐食した面を光学顕微鏡を用いて倍率を200倍として10視野観察し、ミクロ組織とともにNb炭窒化物を確認した。
表4に、ミクロ組織の調査結果を示す。
Figure 0005531937
次に、得られた各厚鋼板について機械的特性としての引張特性、DWTT特性、耐HIC性および耐食性の調査を行った。
引張特性は、API 5L 43rd(2004)に準じた引張試験片を、板厚1/2位置を中心として圧延方向と直角な方向である「C方向」に採取し、ASTM A370に記載の方法で室温での引張試験を行って調査し、降伏強度(以下、「YS」という。)と引張強度(以下、「TS」という。)を測定した。
なお、引張試験速度を10N/(mm・s)とした場合の0.5%耐力を上記のYSとした。引張特性の目標は、448MPa以上のYSおよび535MPa以上のTSを有することとした。
DWTT特性は、「C方向」に採取した、長さ305mm、幅76.2mmで、板厚1/2位置を中心として削り出した19.05mm厚さのものに、深さ5.1mmのプレスノッチ(R=0.025mm)を付与した試験片を用いて試験し、せん断破面率が85%以上となる遷移温度(以下、「85%SATT」という。)を測定することにより調査した。
なお、上記の85%SATTが低いほど厚鋼板のDWTT特性が優れていると判断できる。そこで、DWTT特性の目標は、85%SATTが−15℃以下であることとした。
耐HIC性は、板厚の表裏面を減厚して作製した長さ100mm、幅20mmで、厚さ2mmの試験片を、液温度が25±3℃で、pHを2.8〜3.3に調整したH2Sの飽和溶液(2300〜3500ppm)に96時間浸漬して試験した後、超音波探傷法により割れを探傷することで判定した。
なお、耐HIC性の目標は、上記の試験環境で割れが生じないこととした。
そして、耐食性は、得られた鋼材から得た試験片をSAE(Society of Automotive Engineers)J2334試験により評価した。SAE J2334試験は、湿潤:50℃、100%RH、6時間、塩分付着:0.5%NaCl、0.1%CaCl、0.075%NaHCO水溶液浸漬、0.25時間、乾燥:60℃、50%RH、17.75時間を1サイクル(合計24時間)とした加速試験であり、腐食形態が大気暴露試験に類似しているとされている(長野博夫、山下正人、内田仁著:環境材料学、共立出版(2004)、p.74)。なお、本試験は、飛来塩分量が1mddを超えるような厳しい腐食環境を模擬する試験である。
SAE J2334試験120サイクル終了後、各試験片の表面のさび層を除去し、板厚減少量を測定した。ここで、「板厚減少量」は、試験片の平均の板厚減少量であり、試験前後の重量減少と試験片の表面積を用いて算出したものである。
また、耐塗装剥離性を調べるために、150×70mmの大きさの試験片にエアースプレーにより変性エポキシ塗料(バンノー200:中国塗料製)を乾燥膜厚で150μmになるように塗装し、鋼材素地に達する深さでクロスカットを入れてから、同じくSAE J2334試験により評価した。
なお、以上の耐食性試験では、板厚減少量が0.25mm、剥離面積率30%以下であることを目標とした。
表4に、上記のようにして求めた引張特性、DWTT特性、耐HIC性および耐食性の調査結果を併せて示す。
表4から、本発明で規定する条件から外れた比較例の試験番号x1〜x15の厚鋼板の場合には、引張特性、DWTT特性、耐HIC性および耐食性の目標を全て同時には達成することができないことが明らかである。なお、試験番号x1は本発明で規定する組成範囲内にあるが、ミクロ組織がマルテンサイトであるため、TSが目標に到達しなかった。また、試験番号x2は本発明で規定する組成範囲内にあるが、ミクロ組織がベイナイトとマルテンサイトの混合組織であるため、割れが生じ、耐HIC性が得られなかった。
これに対して、本発明で規定する条件を満たす本発明例の試験番号1〜38の厚鋼板の場合には、引張特性、DWTT特性、耐HIC性および耐食性の目標を全て同時に達成することができた。
以上のとおり、本発明の厚鋼板は、高騰するエネルギーコストを抑えて工業的な規模で低コストに製造することが容易であり、耐HIC性およびDWTT特性にも優れている。このため、ラインパイプ用など各種の素材として好適に用いることができる。また、この厚鋼板の製造時のエネルギー消費量は小さくてもよいので、二酸化炭素など温室効果ガスの放出を抑制することができるという効果も得られる。さらに、高塩化物環境における耐食性にも優れ、補修塗装間隔の延長によるライフサイクルコストの低減も図ることができる。

Claims (7)

  1. 質量%で、C:0.01〜0.17%、Si:0.01〜0.60%、Mn:0.4〜1.8%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Nb:0.001%以上0.01%未満、Al:0.001〜0.06%、Sn:0.03〜0.50%、N:0.01%以下およびO:0.005%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、かつ、下記の(1)式で示されるVSの値が0.25〜0.65である化学組成を有し、ミクロ組織がベイナイトの割合が90%以上であることを特徴とする厚鋼板。
    VS=C+Mn/5+5P−Ni/10−Mo/10+Cu/10・・・(1)
    ただし、上記(1)式中の、C、Mn、P、Ni、MoおよびCuは、それぞれの元素の質量%での含有量を表す。
  2. 質量%で、さらに、Cu:0.2%以下を含有し、Cu/Sn比が1.0以下であることを特徴とする請求項1に記載の厚鋼板。
  3. 質量%で、さらに、Cr:0.7%以下、Mo:0.7%以下、V:0.4%以下およびTi:0.2%以下の元素のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の厚鋼板。
  4. 質量%で、さらに、Ni:0.7%以下を含有することを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載の厚鋼板。
  5. 質量%で、さらに、B:0.0010%以下を含有することを特徴とする請求項1から4までのいずれかに記載の厚鋼板。
  6. 質量%で、さらに、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下およびREM:0.01%以下の元素のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1から5までのいずれかに記載の厚鋼板。
  7. 請求項1から6までのいずれかに記載の化学組成を有するスラブの加熱温度をAc点以上1000℃未満として製造したものであることを特徴とする厚鋼板。
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