本発明は、上記特許文献1に開示された粒内フェライト変態の核となる酸化物を利用した技術を改良し、より大きな入熱量で溶接を行なってもHAZ靱性が劣化しない鋼材を得るための技術に関するものである。
即ち、本発明者らは、上記特許文献1を開示した後も、一層高いレベルの大入熱溶接時のHAZ靱性に優れた鋼材を提供するための研究を重ねており、その結果、特願2008−39335号に記載の発明を先に提案した(以下、先願発明と呼ぶ。)。先願発明では、鋼材中の全酸化物(粒内フェライト変態の核となる酸化物に限定されず、全ての酸化物を対象とする。)の大きさと個数がHAZ靱性の向上に深く関与しており、特に、円相当直径で5.0μm超の粗大な酸化物を5個以下に低減すれば、入熱量が概ね50kJ/mm程度の大入熱溶接を行なってもHAZ靱性に優れた鋼材が得られることを開示している。このように先願発明によれば、粗大な酸化物の個数が著しく抑えられているため、上記特許文献1の実施例に開示されたHAZ靱性評価方法よりも大きな入熱量で溶接を行なってもHAZ靱性を高めることができた。つまり、上記特許文献1では、1400℃の加熱温度で5秒間保持した後800℃から500℃までの温度を300秒で冷却する熱サイクル(入熱条件:1400℃×5秒、冷却時間Tc=300秒)を与え、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)を測定したが、先願発明では、1400℃の保持時間を30秒間と長くした熱サイクル(入熱条件:1400℃×30秒、冷却時間Tc=300秒)を与えたときの吸収エネルギーを上記と同様にして測定しており、この場合でも良好なHAZ靱性が得られたことを確認している。
本発明者らは、上記の先願発明を提案した後も、更に一層高いレベルの大入熱溶接時のHAZ靱性に優れた鋼材を提供するため研究を進めてきた。その結果、先願発明よりも更に大入熱量の条件である「1450℃の加熱温度で5秒間保持した後800℃から500℃までの温度を400秒で冷却する熱サイクル」(入熱条件:1450℃×5秒、冷却時間Tc=400秒)を与えた場合でもHAZ靱性に優れた鋼材を提供するためには、先願発明のように円相当直径で5.0μm超の酸化物を5個以下に低減するだけでは不充分であり、先願発明を含め従来は全く着目されていなかった3.0μm超の酸化物の個数を低減することが極めて重要であることを見出し、本発明を完成した。
このように本発明の特徴部分は、
(ア)HAZ靱性向上に有用な円相当直径0.1〜2μmの微細な介在物の個数を増大させる(120個/mm2以上)と共に、
(イ)HAZ靱性向上に悪影響を及ぼす円相当直径5μm超の酸化物の個数を低減させ(5.0個/mm2以下)、更に、
(ウ)本発明においてHAZ靱性向上に悪影響を及ぼすことが初めて明らかになった円相当直径3μm超の酸化物の個数も低減させる(5.0個/mm2以下)ことによって、先願発明よりも一層大きな入熱量で溶接を行なってもHAZ靱性を改善できたところにある。即ち、先願発明との関係で言えば、上記(ア)および上記(イ)に加え、上記(ウ)を規定したところに本発明の特徴部分が存在する。
なお、厳密に言えば、上記(ア)の規定は先願発明とは異なっており、先願発明では酸化物を対象にして当該酸化物中の微細な個数を制御しているのに対し、本発明では酸化物だけでなく鋼材中に存在する全ての介在物を対象にして当該介在物中の微細な個数を制御している点で相違している。本発明者らの検討結果によれば、良好なHAZ靱性を実現するためには、とりわけ円相当直径(以下、単に「粒径」と略記する場合がある。)が大きい酸化物(本発明では、3μm超の酸化物と5μm超の酸化物の両方)の寄与度が非常に大きいことが明らかになった。そしてこの大きい酸化物が生成しないように制御すれば、いまひとつの制御すべき対象である粒径0.1〜2μmの介在物については、これを酸化物に限定せずに、全介在物に拡げても所望の特性を確保できるのである。
また、上記(ウ)の要件を具備させるには、先願発明や前述した特許文献4〜6のように、REM添加前の溶鋼中の溶存酸素量を制御するだけでは不充分であり、当該溶鋼中の溶存酸素量QOfに応じてREMの添加量QREMを適切に制御することが極めて重要であることも判明した。詳細には、REM添加前の溶鋼の溶存酸素量QOfに応じて、下記(1)式を満足する量のREM(QREM)を添加する。これにより、所望とするHAZ靱性の実現に不可欠な粒径が大きいREM系酸化物の生成を抑制することができる。下記(1)式の技術的意義などの詳細は後述する。
2logQREM+3logQOf≦−12.00 ・・・(1)
本明細書では、粒内フェライト変態の核となる酸化物、即ち、Zr、REM、およびCaを含有する酸化物と、鋼材中に含まれるすべての酸化物を区別するため、説明の便宜上、前者を特に「Zr・REM・Ca系酸化物」と呼び、後者を特に「全酸化物」と呼ぶ場合がある。なお、酸化物には、単独酸化物の他、酸化物以外の介在物(例えば、硫化物や窒化物、炭化物、或いはこれらの複合化合物)が複合している複合酸化物も含む意味である。
また、上記のZr・REM・Ca系酸化物を構成する必須成分(Zr、REM、およびCa)を、特に「粒内フェライト変態核生成元素」と呼ぶ場合がある。
また、本発明の鋼材には、上記の酸化物以外に硫化物や窒化物、炭化物、或いはこれらの複合化合物等も含まれるが、本明細書では、鋼材中に含まれる酸化物、硫化物、窒化物、炭化物、或いはこれらの複合化合物等を総称して「全介在物」と呼ぶ。
また、本明細書では、鋼材に含まれる全酸化物のうち、円相当直径が0.1〜2μmの酸化物を「微細な酸化物」、円相当直径が3μm超の酸化物を「粗大な酸化物」、円相当直径が5μm超の酸化物を「超粗大な酸化物」と夫々呼び、これらを区別する場合がある。なお、先願発明では、円相当直径で5μm超の酸化物を「粗大な酸化物」と定義していたが、本明細書では、円相当直径で3μm超の酸化物を「粗大な酸化物」としている。
本明細書において「大入熱溶接のHAZ靱性に優れた鋼材」とは、鋼材に対し、1450℃で5秒間保持した後、800℃から500℃までの温度を400秒で冷却する熱サイクル(熱履歴)を与えたとき、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)が100J以上を満足するものを意味する。このvE-40は大きい程良く、好ましくはvE-40が130J以上である。上記の熱サイクルを特に「大入熱熱履歴」と呼ぶ場合がある。この熱サイクルによる入熱量は、先願発明や特許文献1に記載の熱サイクルによる入熱量に比べて高いものであり、その意味で、本発明の「大入熱溶接」と、先願発明や特許文献1に記載の「大入熱溶接」の入熱レベルが相違するものである。
本発明において、熱サイクルの温度を1450℃に設定したのは、先願発明に記載の熱サイクル温度(1400℃)では、HAZのうち特に溶接金属に近接した部位(ボンド部と呼ばれることがある。)の熱温度は1400℃を超えて概ね1450℃程度になることを考慮したものである。
以下、本発明を構成する上記(a)〜(c)の要件について、詳しく説明する。
[(a)Zr・REM・Ca系酸化物について]
まず、粒内フェライト変態の起点となるZr・REM・Ca系酸化物について説明する。上記Zr・REM・Ca系酸化物は、Zrの酸化物、REMの酸化物、およびCaの酸化物を必ず含んでいるものを意味している。Zr・REM・Ca系酸化物を構成する元素(粒内フェライト変態核生成元素)は、ZrとREMとCaであるが、これら以外に、例えば、Ti、Mn、Si、Alなどの酸化物形成元素や、その他の鋼中成分を含んでいても良い。
上記Zr・REM・Ca系酸化物の存在形態は特に限定されず、粒内フェライト変態核生成元素を単独で含有する単独酸化物として存在していても良いし、粒内フェライト変態核生成元素の2種以上を含む複合酸化物として存在していても良い。単独酸化物の例としては、ZrではZrO2;CaではCaO;REMでは、REMを「M」の記号で表したとき、M2O3、M3O5、MO2などが例示される。また、これらの酸化物は、互いに凝集して存在しても良いし、上記酸化物に硫化物や窒化物などの他の化合物が複合析出した形態で存在しても良い。
上記のZr・REM・Ca系酸化物は、Tiの酸化物を更に含有していることが好ましい。Tiの酸化物が更に存在すると粒内フェライト変態が促進され、HAZ靱性の向上が一層高められるようになる。Tiの酸化物は、単独酸化物(例えば、Ti2O3、Ti3O5、TiO2)として存在していても良いし、上記Zr・REM・Ca系酸化物との複合酸化物の形態で存在していても良い。
[(b)酸化物の平均組成について]
本発明の鋼材は、鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定して単独酸化物(合計が100%)として質量換算したときに、平均組成で、
ZrO2を5〜50%、
REMの酸化物(REMをMの記号で表すとM2O3):5〜50%、
CaO:50%以下(0%を含まない)、
を満足しており、これにより粒内フェライト変態の核として有効に作用するようになる。各酸化物の下限値を下回ると、溶接時に粒内フェライトの生成核となる酸化物量が不足し、HAZ靱性の向上作用が発揮されない。一方、各酸化物の上限値を超えると、酸化物が粗大化し、粒内フェライトの生成核として有効に作用する微細な酸化物の個数が少なくなり、HAZ靱性向上作用が有効に発揮されない。
上記ZrO2は、5%以上であり、好ましくは8%以上、より好ましくは10%以上である。一方、上限は50%であり、好ましい上限は45%、より好ましい上限は40%である。
上記REMの酸化物は、5%以上であり、好ましくは10%以上、より好ましくは13%以上である。一方、上限は50%であり、好ましい上限は45%、より好ましい上限は40%である。なお、REMの酸化物は、REMを記号Mで表すと、鋼材中にM2O3、M3O5、MO2などの形態で存在するが、REMの酸化物をすべてM2O3に換算したときの量を意味する。
上記CaOは、粒内フェライト変態の核として有効に作用するが、過剰に含まれると却って粒内フェライト変態能が劣化する。また、CaOが過剰に含まれると鋳造時に用いるノズルの溶損を引き起こす、従って上限は50%とする。好ましくは45%以下であり、より好ましくは40%以下、特に好ましくは30%以下である。上記作用を有効に発揮させるには、CaOは、3%以上含有していることが好ましい。より好ましくは5%以上であり、更に好ましくは10%以上である。
なお、全酸化物の組成の残りの成分は特に限定されず、本発明の鋼材中に含まれる酸化物形成元素の酸化物(例えば、SiO2やAl2O3、MnOなど)が挙げられる。
鋼材に含まれる全酸化物の組成は、鋼材の表面を例えば電子線マイクロプローブX線分析計(Electron Probe X-ray Micro Analyzer;EPMA)で観察し、観察視野内に認められる酸化物を定量分析して測定する。測定条件の詳細は、後記する実施例の欄で説明する。
[(c)全介在物の粒度分布について]
次に、本発明を特徴付ける全介在物の個数と大きさについて説明する。
本発明の鋼材は、
(i)円相当直径で0.1〜2μmの微細な介在物が観察視野面積1mm2あたり120個以上であり、
(ii)円相当直径で3μmを超える粗大な酸化物が観察視野面積1mm2あたり5.0個以下、且つ、
(iii)円相当直径で5μmを超える粗大な酸化物が観察視野面積1mm2あたり5.0個以下
のすべてを満足するものである。
特に本発明では、円相当直径(粒径)が大きな酸化物について、上記(ii)および上記(iii)の両方を規定したところに最大の特徴がある。
ここで、上記(ii)および上記(iii)の要件を両方満足するということは、とりもなおさず、粒径が3μm超5μm以下の酸化物の個数が5.0個以下と少ないことを意味している。即ち、本発明による大入熱熱履歴を受けた場合でもvE-40≧100Jと非常に高いHAZ靱性を確保するには、先願発明では全く着目していなかった「粒径3μm超5μm以下」の酸化物の低減が極めて重要であって、当該範囲の酸化物の個数を制御できない場合は、当該酸化物が脆性破壊の起点となってHAZ靱性が劣化することが、本発明者らの検討結果によって初めて明らかになった。
以下、実施例を参照しながら、上記(ii)および上記(iii)の技術的意義を詳しく説明する。
まず、表4を参照する。No.1〜16は、本発明で規定する要件をすべて満足する例である。上記(ii)および上記(iii)に着目して検討すると、表4のNo.1〜16は、全て5μm超の酸化物が実質的に0個(最大でも0.95個)で、且つ、3μm超の酸化物も0.85〜4.93個に抑えられており、上記(ii)および上記(iii)の両方を満足している。その結果、良好なHAZ靱性を確保できている。
一方、表4のNo.17〜20は、上記(iii)の要件を満足するが、上記(ii)の要件を満足しない例である。詳細には、5μm超の酸化物は約0.03〜1.2個と、5.0個以下に抑えられているが、3μm超の酸化物は5.0個を超え、約5.2〜8.4個と増加しており、その結果、HAZ靱性が低下している。
ここで、上記No.17〜20は、上記(iii)の要件を満足するという点において先願発明の範囲に含まれるものであるが、先願発明の範囲内に含まれるものであっても、上記(ii)の要件を満足しないものは、本発明で規定する所望のHAZ靱性を達成できないことが分かる。
そこで本発明では、上記(iii)の他に所望のHAZ靱性を確保するための要件として、上記(ii)を更に規定した次第である。
また、上記(ii)および上記(iii)から、所望のHAZ靱性達成には、特に3μm超5μm以下の酸化物の個数が深く関与していることが読み取れる。即ち、製造条件によっては3μm超5μm以下の極く狭い範囲に酸化物が5.0個を超えて存在することがあるが、たとえ、上記(i)の微細領域の個数を多数増大させて上記(iii)の超粗大領域の個数を低減化させたとしても、3μm超5μm以下の粗大領域に5.0個超の酸化物が存在するだけで、所望のHAZ靱性が得られないことは、本発明者らにとっても予想外の知見であった。
上記(ii)および上記(iii)の両方を満足させることによって何故所望のHAZ靱性を確保できるのかについて、詳細なメカニズムは不明であるが、1400℃を超えて1450℃になるとTiNの消失が加速的に進行して靱性が低下する。しかし3μm超5μm以下の酸化物を低減することで、このような靱性低下を軽減できると考えられる。
上述したように本発明では上記(ii)および上記(iii)の要件を同時に満足することが必要である。即ち、粒径が3μm超の粗大な酸化物の個数は5.0個以下とし、且つ、粒径が5μm超の超粗大な酸化物の個数は5.0個以下とする。これらの個数は少なければ少ない程良く、いずれの場合も、好ましくは3個以下、より好ましくは1個以下、最も好ましくは実質的に0個である。詳細には、両者のバランスも含めて適切に制御することが好ましく、本発明の範囲内(いずれも5.0個以下)において、粒径が3μm超の粗大な酸化物よりも粒径が5μm超の超粗大な酸化物の個数を少なくすることが好ましい。具体的には、超粗大な酸化物の個数は下限(0個)に近づく程良く、おおむね1個以下が好ましく、限りなく0個に近い方が最も好ましいのに対し、粗大な酸化物の個数は、上限(5.0個)に近くても良く、おおむね4個以下でも好ましく用いられる。
なお、円相当直径で3μmを超える酸化物の個数と5μmを超える酸化物の個数は、鋼材の断面を、例えば、電子線マイクロプローブX線分析計(Electron Probe X−ray Micro Analyzer;EPMA)で観察し、観察視野内に認められる介在物の成分組成を定量分析し、酸素含有量が5%以上の介在物を酸化物とし、該酸化物の円相当直径を、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察して測定して求めればよい。
以上、本発明を最も特徴付ける上記(ii)および上記(iii)について詳述した。
本発明の鋼材においては、上記(i)で規定するように、円相当直径が0.1〜2μmの微細な介在物を観察視野面積1mm2あたり120個以上とする必要がある。微細な介在物の個数は観察視野面積1mm2あたり120個以上とし、好ましくは1mm2あたり200個以上、より好ましくは1mm2あたり500個以上、更に好ましくは1mm2あたり1000個以上である。
なお、円相当直径で0.1〜2μmの微細な介在物の個数は、鋼材の断面を、例えば、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察して測定して求めればよい。
本発明の鋼材では、円相当直径で0.1μm未満の介在物は、介在物分散によるHAZ靱性向上作用に殆ど寄与しないため、上記介在物の個数には含めていない。
上記「円相当直径」とは、介在物(酸化物を含む)の面積が等しくなる様に想定した円の直径であり、透過型電子顕微鏡(TEM)観察面上で認められるものである。
以上、本発明の特徴部分のうち上記(a)〜(c)の要件について説明した。
本発明の鋼材に含まれる介在物は、下記(d)および/または下記(e)の要件を満足することが好ましい。即ち、前記介在物の組成を測定して単独酸化物に換算したとき、全介在物の個数に対して、
(d)Al2O3について、Al2O3の比率が20質量%未満を満足する介在物(以下、介在物Iと呼ぶ場合がある。)の個数割合が90%を超えているか、および/または、
(e)Al2O3およびCaOについて、Al2O3に対するCaOの質量比(CaO/Al2O3)が0.35超を満足する介在物(以下、介在物IIと呼ぶ場合がある。)の個数割合が80%を超えていることが好ましく、これにより、HAZ靱性が一層高められるようになる。上記(d)および上記(e)の要件は、後記する実施例の結果に基づき、より高いHAZ靱性を実現するための介在物組成および個数割合を特定したものである。
即ち、後記する実施例で明らかにするように、円相当直径が3μmを超える粗大な酸化物が、観察視野面積1mm2あたり、ほぼ同じ個数存在していても、鋼材の靱性値にバラツキが生じることが判明した。例えば、下記表5および図4に示すように、No.1と3は、円相当直径が3μmを超える粗大な酸化物が、観察視野面積1mm2あたり約1.8個存在している鋼材である。しかしこれらの鋼材の−40℃における吸収エネルギー(vE-40)には14Jの差が生じていた。そこで本発明者らが更に検討を重ねた結果、個々の介在物の成分組成が、靱性値に影響を及ぼしていることが明らかとなった。
上記(a)〜(c)における介在物および酸化物の大きさと粒度分布の制御によれば、大入熱量で溶接を行っても−40℃における吸収エネルギー(vE-40)は100J以上を達成でき、更に上記(d)、(e)の介在物個数割合制御を行なうことにより、vE-40が約130J以上を達成できる(後記する実施例を参照)。
詳細には、上記(d)では、介在物に含まれるAl2O3に着目しており、Al2O3の比率が少ない介在物Iの個数割合(全介在物に対する割合)を90%以上に制御するというものである。Al2O3は、CaOなどに比べて粒内フェライト変態の核として作用し難い酸化物である。そして本発明者らの検討結果によれば、全介在物に対する上記介在物Iの個数割合と、より好ましいHAZ靱性条件であるHAZ靱性との関係は、良好な相関関係を有していることが判明し、上記(d)を規定した。全介在物の個数に対する上記介在物Iの個数割合は多い程良く、93%以上であることがより好ましく、更に好ましくは95%以上である。
一方、上記(e)では、介在物に含まれるAl2O3とCaOの両方に着目しており、Al2O3に対するCaOの質量比(CaO/Al2O3)が0.35超を満足する介在物IIの全介在物に対する個数割合を80%超に制御するというものである。上記(d)で基準とする介在物Iは、Al2O3の比率のみに基づいて規定されたものであるのに対し、上記(e)で基準とする介在物IIは、粒内フェライト変態の核となる酸化物を生成させる酸化物であるCaOとの関係でAl2O3の比率が規定されている点で相違する。HAZ靱性に及ぼす影響を考えると、Al2O3はマイナスの影響を及ぼすのに対し、CaOはプラスの影響を及ぼしている。そして本発明者らの検討結果によれば、「Al2O3に対するCaOの質量比(CaO/Al2O3)が0.35超を満足する介在物II」の全介在物に対する個数割合と、より好ましいHAZ靱性条件であるHAZ靱性との関係は、良好な相関関係を有していることが判明し、上記(e)を規定した。
全介在物の個数に対する介在物IIの個数割合は、多い程良く、83%以上であることがより好ましく、更に好ましくは85%以上である。
上記(d)および上記(e)の要件について、本発明では、いずれか一方のみを満足しても良いし、両方を満足していても良く、いずれも本発明の好ましい態様である。即ち、介在物によっては、上記(d)で規定する介在物Iのみの要件を満足するものもあるし、上記(e)で規定する介在物IIのみの要件を満足するものもあるし、介在物Iおよび介在物IIの両方の要件を満足するものもあるが、いずれの場合であっても、上記(d)および上記(e)の少なくとも一方を満足する限り、HAZ靱性の好ましいレベルを達成することができる。例えば後記する表5のNo.3、8、および11は、上記(d)および上記(e)の両方を満足する例であり、表5のNo.1および14は、上記(d)のみを満足する例であり、表5のNo.13は上記(e)のみを満足する例である。
鋼材に含まれる介在物の組成は、鋼材の断面を、例えば、EPMAで観察し、観察視野内に認められる介在物の成分組成を定量分析して求めればよく、鋼材に含まれる全介在物の組成を測定した後、全介在物の個数に占めるAl2O3が20質量%未満の介在物Iの個数割合と、CaO/Al2O3比が0.35超を満足する介在物IIの個数割合を求めればよい。なお、本発明の鋼材では、円相当直径が0.1μm以上の介在物についてその組成を定量分析する。円相当直径が0.1μm未満の介在物は、小さ過ぎて定量分析できない。
次に、本発明の鋼材(母材)における成分組成について説明する。本発明の鋼材は、基本成分として、C:0.02〜0.15%、Si:0.5%以下(0%を含まない)、Mn:2.5%以下(0%を含まない)、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含まない)、Al:0.05%以下(0%を含まない)、Ti:0.005〜0.10%、REM:0.0003〜0.015%、Ca:0.0003〜0.010%、Zr:0.0010〜0.050%、N:0.010%以下(0%を含まない)を含有している。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
Cは、鋼材(母材)の強度を確保するために欠くことのできない元素であり、0.02%以上含有させる必要がある。C量は、好ましくは0.04%以上であり、より好ましくは0.05%以上である。しかしC量が0.15%を超えると、溶接時にHAZに島状マルテンサイト(MA)が多く生成してHAZの靱性劣化を招くばかりでなく、溶接性にも悪影響を及ぼす。従ってC量は0.15%以下、好ましくは0.1%以下、より好ましくは0.08%以下である。
Siは、脱酸作用を有すると共に、固溶強化により鋼材(母材)の強度向上に寄与する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Siは、0.01%以上含有させることが好ましい。Siは、より好ましくは0.02%以上、更に好ましくは0.05%以上、特に好ましくは0.1%以上含有させるのがよい。しかしSi量が0.5%を超えると、鋼材の溶接性や靱性が劣化する。従ってSi量は、0.5%以下、好ましくは0.45%以下、より好ましくは0.4%以下である。
なお、特にHAZ靱性を高めるには、Siは0.3%以下とすることが推奨され、好ましくは0.05%以下、より好ましくは0.01%以下である。但し、Si量を抑えるほどHAZ靱性は向上するが、鋼材の強度が低下することがある。
Mnは、鋼材(母材)の強度向上に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、0.4%以上含有させることが好ましい。Mn量は、より好ましくは0.5%以上、更に好ましくは0.7%以上、特に好ましくは0.8%以上である。しかしMn量が2.5%を超えると、鋼材(母材)の溶接性を劣化させる。従ってMn量は、2.5%以下に抑える必要がある。Mn量は、好ましくは2.3%以下、より好ましくは2%以下である。
Pは、偏析し易い元素であり、特に鋼材中の結晶粒界に偏析してHAZ靱性を劣化させる。従ってP量は0.03%以下に抑制する必要がある。P量は、好ましくは0.02%以下、より好ましくは0.015%以下である。なお、Pは、通常、不可避的に0.001%程度含有している。
Sは、Mnと結合して硫化物(MnS)を生成し、母材の靱性や板厚方向の延性を劣化させる有害な元素である。また、SがLaやCeなどのREMと結合してREMの硫化物(例えば、LaSやCeS)を生成すると、REMの酸化物の生成が阻害されるため、HAZ靱性が劣化する。従ってS量は0.02%以下に抑制する必要がある。S量は、好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.01%以下、更に好ましくは0.006%以下である。なお、Sは、通常、不可避的に0.0005%程度含有している。
Alは、脱酸剤として作用する元素である。しかし過剰に添加すると酸化物を還元して粗大なAl酸化物を形成し、HAZ靱性が劣化する。従ってAl量は0.05%以下に抑える必要がある。Al量は、好ましくは0.04%以下、より好ましくは0.03%以下、更に好ましくは0.025%以下、特に好ましくは0.01%以下である。なお、Alは、通常、不可避的に0.0005%程度含有している。
Tiは、鋼材中にTiNなどの窒化物や、Tiを含む酸化物を生成し、HAZ靱性の向上に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるには、Tiは0.005%以上含有させる必要がある。Ti量は、好ましくは0.007%以上、より好ましくは0.01%以上である。しかし過剰に添加するとTiの固溶強化によって母材自体が硬化し、HAZ靱性の低下に繋がるため、Tiは0.10%以下に抑えるべきである。Ti量は、好ましくは0.07%以下、より好ましくは0.06%以下である。
REM(希土類元素)とCaは、夫々の酸化物を生成させるのに必要な元素である。これらの酸化物を含有することで、酸化物が微細分散し易くなり、この微細分散した酸化物が粒内フェライトの生成核となるため、HAZ靱性の向上に寄与する。
REMは、0.0003%以上含有させるべきであり、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.002%以上である。しかしREMを過剰に添加すると、固溶REMが生成し、これが偏析することで母材の靱性が劣化する。従ってREM量は0.015%以下に抑えるべきである。REM量は、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.007%以下である。
なお、本発明において、REMとは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味である。これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有するのがよい。
Caは、0.0003%以上含有させるべきであり、好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0008%以上、更に好ましくは0.001%以上である。しかしCaを過剰に添加すると、CaOが過剰に生成して高CaO濃度の介在物が生成し、最適介在物組成範囲から逸脱するため、介在物の粒内変態核として作用する効果が弱まり、HAZ靱性が却って劣化する。従ってCa量は、0.010%以下に抑える。Caは、好ましくは0.009%以下であり、より好ましくは0.008%以下である。
Zrは、Zrを含む複合酸化物を生成してHAZ靱性の向上に寄与する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、0.0010%以上含有させる必要がある。Zr量は、好ましくは0.002%以上、より好ましくは0.0023%以上である。しかしZrを過剰に添加すると、ZrO2が多く生成するため、介在物の粒内変態核として作用する効果が弱まる。また、Zrを過剰に添加すると、析出強化をもたらす微細な窒化物(ZrN)や炭化物(ZrC)が形成し、母材自体の靱性低下を招く。従ってZr量は0.050%以下に抑える。Zr量は、好ましくは0.04%以下、より好ましくは0.03%以下、更に好ましくは0.01%以下である。
Nは、窒化物(例えば、ZrNやTiNなど)を析出する元素であり、該窒化物は、ピン止め効果により、溶接時にHAZに生成するオーステナイト粒の粗大化を防止してフェライト変態を促進し、HAZ靱性の向上に寄与する。こうした効果を有効に発揮させるには、Nを0.003%以上含有させることが好ましい。N量は、より好ましくは0.004%以上、更に好ましくは0.005%以上である。Nは多いほど窒化物を形成してオーステナイト粒の微細化を促進するため、HAZの靱性向上に有効に作用する。しかしN量が0.010%を超えると、固溶N量が増大して母材自体の靱性が劣化し、HAZ靱性も低下する。従ってN量は0.010%以下に抑える必要がある。N量は、好ましくは0.009%以下、より好ましくは0.008%以下である。
本発明の鋼材は、上記元素を必須成分として含有するものであり、O(酸素)量は0.0005〜0.010%である。ここでO(酸素)量0.0005〜0.010%は、トータル酸素量を示し、酸化物を形成しているO(酸素)と鋼材中に固溶しているフリーなO(酸素)の合計量を意味している。鋼材の残部成分は、鉄および不可避不純物(例えば、MgやAs,Seなど)であればよい。
本発明の鋼材は、更に他の元素として、
[1]Cu:2%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.5%以下(0%を含まない)、
[2]Cr:3%以下(0%を含まない)および/またはMo:1%以下(0%を含まない)、
[3]Nb:0.25%以下(0%を含まない)および/またはV:0.1%以下(0%を含まない)、
[4]B:0.005%以下(0%を含まない)、
等の元素を含有することも有効である。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
《[1]Cuおよび/またはNi》
CuとNiは、いずれも鋼材の強度を高めるのに寄与する元素であり、夫々単独で、或いは複合して添加できる。しかしCu量が2%を超えると、母材の強度を著しく高め過ぎて母材の靱性を却って劣化させるため、HAZ靱性も低下する。従ってCu量は2%以下とすることが好ましい。Cu量は、より好ましくは1.8%以下、更に好ましくは1.5%以下である。なお、Cu添加による作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。Cu量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.2%以上である。
Ni量が3.5%を超えると、上記Cuと同様に、母材の強度を著しく高め過ぎて母材の靱性を劣化させるため、HAZ靱性も低下する。従ってNi量は3.5%以下とすることが好ましい。Ni量は、より好ましくは3%以下、更に好ましくは2.5%以下である。なお、Ni添加による作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。Ni量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.2%以上である。
《[2]Crおよび/またはMo》
CrとMoは、いずれも鋼材の強度を高めるのに寄与する元素であり、夫々単独で、或いは複合して添加できる。しかしCrが3%を超えると、母材の強度を著しく高め過ぎて母材の靱性を劣化させるため、HAZ靱性を低下する。従ってCr量は3%以下が好ましい。Cr量は、より好ましくは2%以下、更に好ましくは1%以下である。なお、Cr添加による作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。Cr量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.15%以上である。
MoもCrと同様に、1%を超えると、母材の強度を著しく高め過ぎて母材の靱性を劣化させるため、HAZ靱性を低下する。従ってMo量は1%以下とすることが好ましい。Mo量は、より好ましくは0.9%以下、更に好ましくは0.8%以下である。なお、Mo添加による作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。Mo量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.15%以上である。
《[3]Nbおよび/またはV》
NbとVは、いずれも炭窒化物として析出し、該炭窒化物のピン止め効果により、溶接時にオーステナイト粒が粗大化するのを防止し、HAZ靱性を向上させる作用を有する元素である。NbとVは、夫々単独で、或いは複合して添加することができる。しかしNb量が0.25%を超えると、析出する炭窒化物が粗大化し、HAZ靱性を却って劣化させる。従ってNb量は0.25%以下とすることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.2%以下、更に好ましくは0.15%以下である。なお、Nb添加による作用を有効に発揮させるには、0.002%以上含有させることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.01%以上、更に好ましくは0.02%以上である。
VもNbと同様に、0.1%を超えると、析出する炭窒化物が粗大化し、HAZ靱性を却って劣化させる。従ってV量は0.1%以下とすることが好ましい。V量は、より好ましくは0.09%以下、更に好ましくは0.08%以下である。なお、V添加による作用を有効に発揮させるには、0.002%以上含有させることが好ましい。V量は、より好ましくは0.005%以上、更に好ましくは0.01%以上である。
《[4]B(ホウ素)》
Bは、粒界フェライトの生成を抑制して靱性を向上させる元素である。しかしB量が0.005%を超えると、オーステナイト粒界にBNとして析出し、靱性の低下を招く。従ってB量は0.005%以下が好ましい。B量は、より好ましくは0.004%以下である。なお、B添加による作用を有効に発揮させるには、0.0010%以上含有させることが好ましい。B量は、より好ましくは0.0015%以上である。
次に、本発明の鋼材を製造するにあたり、好適に採用できる製法について説明する。本発明の鋼材は、溶鋼の溶存酸素量QOfを0.001〜0.01質量%の範囲に調整した溶鋼中にREMを添加するに当たり、前記溶鋼の溶存酸素量QOf(質量%)とREMの添加量QREM(質量%)が下記(1)式を満足するようにREMを添加することによって製造できる。
2logQREM+3logQOf≦−12.00 ・・・(1)
ここで、上記(1)式は、本発明で規定する所望のHAZ靱性を確保するために設定されたものであり、上記(1)式に基づき、溶鋼の溶存酸素量QOfに応じてREMの添加量QREMを適切に添加すれば所望のHAZ靱性を確保することができる(後記する実施例を参照)。
なお、上記(1)式の左辺の係数は、下記(2)式で示される溶鋼中でのREM酸化物生成反応式に基づく値である。
2REM+3O=REM2O3 ・・・(2)
溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMが上記(1)式を満足するということは、REM酸化物の生成に関与するREMの添加量QREMを少なく設定したことを意味する。その結果、生成するREM酸化物の個数も少なくなるため、結果的に、粗大・超粗大な酸化物の個数が本発明の範囲内に低減されることになり、所望のHAZ靱性が確保されるものと思料される。
上記Z値が−12.00を超えると、溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMのバランスが悪くなり、REMの添加量QREMが多くなって粗大なREM酸化物が生成する。その結果、HAZ靱性が低下する。従って、上記Z値を−12.00以下とする。Z値は、好ましくは−13以下、より好ましくは−13.1以下、更に好ましくは−13.3以下である。Z値の下限は特に限定されないが、鋼中のREM量などを考慮すると、おおむね、−15程度である。
なお、上記先願発明では、上記(1)式について全く留意していない。そのため、(1)式の関係を満足せず、(1)式の左辺の値(Z値)が−12.00を超えるようにREMの添加量QREMを多くしている場合があった。また、前述した特許文献4〜6には、溶存酸素量QOfを調整した溶鋼にREMを添加することが記載されているもののREMの添加量QREMを溶存酸素量QOfに応じて決定して添加する点については全く考慮されていない。また、上記特許文献4〜6では、REMと、ZrおよびCaを併用することについては記載されていないため、本発明で規定するようにHAZ靱性向上作用を有するZr、REM、およびCaを含有する酸化物がそもそも得られていない。
次に、上記(1)式を構成するREMの添加量QREMと溶存酸素量QOfについて説明する。
まず、上記REMの添加量QREMは、上記の通り、溶存酸素量QOfに応じて適宜添加すれば良い。なお、REMの添加量QREMは、本発明鋼材中に含まれるREM量に比べて多く設定している。これは、鋳造前に添加したREM量は、鋳造過程などで揮発したり、スラグ中に分散するなどし、鋼材中に含まれるREM量が少なくなるからである。
また、溶鋼の溶存酸素量QOfは0.001〜0.01質量%の範囲とする。溶存酸素とは、酸化物を形成しておらず、溶鋼中に存在するフリーな状態の酸素を意味する。即ち、本発明の鋼材を製造するには、まず前提条件として、溶鋼の溶存酸素量QOfを0.001〜0.01質量%の範囲に調整する。溶鋼の溶存酸素量QOfが0.001質量%未満では、溶鋼中の溶存酸素量QOfが不足するため、粒内フェライト変態の核となるZr・REM・Ca系酸化物を所定量確保できず、HAZ靱性を改善できない。また、溶存酸素量QOfが不足すると、酸化物を形成できなかったZrが炭化物を形成したり、REMやCaが硫化物を形成するため、母材自体の靱性を劣化させる原因となる。従って上記溶存酸素量QOfは、0.001質量%以上とする。上記溶存酸素量QOfは、好ましくは0.0015質量%以上、より好ましくは0.0020質量%以上である。
一方、上記溶存酸素量QOfが0.01質量%を超えると、溶鋼中の酸素量が多過ぎるため、溶鋼中の酸素と上記元素の反応が激しくなって溶製作業上好ましくないばかりか、粗大な酸化物を生成して却ってHAZ靱性を劣化させる。従って上記溶存酸素量QOfは0.01質量%以下に抑えるべきである。上記溶存酸素量QOfは、好ましくは0.008質量%以下、より好ましくは0.007質量%以下とする。
ところで、転炉や電気炉で一次精錬された溶鋼中の溶存酸素量QOfは、通常0.01質量%を超えている。そこで本発明の製法では、溶鋼中の溶存酸素量QOfを何らかの方法で上記範囲に調整する必要がある。
溶鋼中の溶存酸素量QOfを調整する方法としては、例えばRH式脱ガス精錬装置を用いて真空脱酸する方法や、Si、Mn,Ti,Alなどの脱酸性元素を添加する方法などが挙げられ、これらの方法を適宜組み合わせて溶存酸素量QOfを調整すれば良い。また、RH式脱ガス精錬装置の代わりに、取鍋加熱式精錬装置や簡易式溶鋼処理設備などを用いて溶存酸素量QOfを調整しても良い。この場合、真空脱酸による溶存酸素量QOfの調整はできないため、溶存酸素量QOfの調整にはSi等の脱酸性元素を添加する方法を採用すれば良い。Si等の脱酸性元素を添加する方法を採用するときは、転炉から取鍋へ出鋼する際に脱酸性元素を添加しても構わない。
上記のように溶鋼中の溶存酸素量QOfを上記範囲に調整した後は、REMを添加してから鋳造するが、本発明では、上記溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMの関係が、上記(1)式の規定を満足することが重要であり、REM以外の成分元素の添加順序は特に限定されない。REMは他の成分元素に比べて酸素との結合が非常に強く、HAZ靱性に悪影響を及ぼす粗大・超粗大な酸化物の生成に大きく関与するためにREMの添加量QREMについては特別に留意する必要があるためである。
REM以外の成分元素を添加するにあたり、上記(d)に示したように、個々の介在物に含まれるAl2O3量を低減し、全介在物の個数に対して、Al2O3の比率が20質量%未満の介在物Iの個数割合を90%超にするには、鋼材を製造する際に、鋼材のAl量を0.03%以下に抑えることが推奨される。なお、このように鋼材のAl量を制御するには、再酸化によるAlの滅失等を適宜考慮してAlを添加すればよい。なお、鋼材中のより好ましいAl量は0.025%以下である。
また、上記(e)に示したように、全介在物の個数に対して、CaO/Al2O3比が0.35超を満足する介在物IIの個数割合を80%超にするには、鋼材を製造する際に、溶鋼に添加するCa量とAl量の比(Ca添加量/Al添加量)が0.30を超えるように高めることが推奨される。Ca添加量/Al添加量比は、0.4以上とすることがより好ましく、更に好ましくは0.5以上とする。
なお、Ti酸化物の微細化によるHAZ靱性の更なる向上を目的として、Tiの添加順序に留意することは本発明の好ましい態様である。即ち、REMを添加する前に、Tiを添加することが好ましい。Ti酸化物は、Zr・REM・Ca系酸化物に比べて溶鋼との界面エネルギーが小さいため、溶鋼にZr、REM、およびCaを添加する前にTiを添加することで、Ti酸化物を微細化でき、結果的に、HAZ靱性に寄与する微細な酸化物を生成させることができる。そしてTiを添加した後に、Zr、REM、およびCaを添加することで、所望とする粒内フェライト変態の核となるZr・REM・Ca系酸化物が得られる。
溶存酸素量QOfを調整した溶鋼にTiを添加してからREMを添加した場合でも、後述するように、溶鋼の溶存酸素量QOfに応じてREMの添加量QREMが上記(1)式を満足するようにREMを添加すれば、酸化物の大きさと密度を適切に制御できる。REMより先にTiを添加すると溶鋼の溶存酸素はTiと結合して酸化物を形成するため減少するが、Tiは、REMと比べると酸素と結合し難く、且つTi酸化物は溶鋼との界面エネルギーが小さいため、円相当直径が3μmを超える粗大な酸化物を形成し難いからである。
溶鋼へ添加するREMやCa,Zr,Tiの形態は特に限定されず、例えば、REMとして、純Laや純Ce,純Yなど、或いは純Ca,純Zr,純Ti、更にはFe−Si−La合金,Fe−Si−Ce合金,Fe−Si−Ca合金,Fe−Si−La−Ce合金,Fe−Ca合金,Fe−Zr合金,Fe−Ti合金,Ni−Ca合金などを添加すればよい。また、溶鋼へミッシュメタルを添加してもよい。ミッシュメタルとは、希土類元素の混合物であり、具体的には、Ceを40〜50%程度、Laを20〜40%程度含有している。但し、ミッシュメタルには不純物としてCaを含むことが多いので、ミッシュメタルがCaを含む場合は本発明で規定する範囲を満足する必要がある。
こうして成分調整して得られた溶鋼は、常法に従って連続鋳造してスラブとした後、常法に従って熱間圧延すればよい。
本発明の鋼材は、1450℃で5秒間保持した後、800℃から500℃への冷却時間を400秒として冷却する熱履歴を与えた場合であっても、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)で100J以上(特に、130J以上)を確保できている。そのため、本発明に係る鋼材は、例えば橋梁や高層建造物、船舶などの構造物の材料として使用でき、小〜中入熱溶接はもとより、入熱量が50kJ/mm以上の大入熱溶接においても溶接熱影響部の靱性劣化を防ぐことができる。本発明の鋼材は、板厚が約3.0mm以上の厚鋼板などを対象としている。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
実験例1では、上記(a)〜(c)で規定する要件とHAZ靱性との関係について検討し、実験例2では、実験例1で用いた一部の鋼種について、上記(d)および上記(e)の要件とHAZ靱性との関係について検討した。
[実験例1]
真空溶解炉(容量150kg)を用い、下記表1に示す条件で、下記表2、表3に示す成分組成(質量%)の供試鋼(残部は鉄および不可避不純物)を溶製し、150kgのインゴットに鋳造して冷却した。その後、加熱、圧延を行い、厚鋼板を製造した。なお、下記表2、表3に示す供試鋼のうち、本発明で規定する要件を満足する供試鋼のトータルO量は0.0005〜0.010%の範囲であることを確認している。
上記供試鋼を真空溶解炉で溶製するに当っては、Ti、Zr、REM、およびCa以外の元素について成分調整すると共に、C、Si、Mn、およびAlから選ばれる少なくとも1種の元素を用いて脱酸して溶鋼の溶存酸素量QOfを調整した。調整後の溶存酸素量QOfを下記表1に示す。
溶存酸素量QOfを調整した溶鋼に、Tiを添加した後、Zr、REM、およびCaを添加した。REMの添加量をQREMとし、この値を下記表1に示す。また、上記溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMの値を下記(1)’式に代入して算出したZ値を下記表1に併せて示す。
Z=2logQREM+3logQOf ・・・(1)’
なお、TiはFe−Ti合金の形態で、ZrはFe−Zr合金の形態で、REMはLaを約25%とCeを約50%含有するミッシュメタルの形態で、CaはNi−Ca合金の形態で、夫々添加した。但し、表2のNo.12は、ミッシュメタルの形態ではなく、Ceのみを添加した。
上記元素を添加した後、インゴットに鋳造して冷却した。得られたインゴットを熱間圧延し、厚さが30〜80mmの厚鋼板を製造した。得られた厚鋼板のt/4(但し、tは鋼板の厚み)位置における横断面からサンプルを切り出し、該サンプルに含まれる全酸化物の成分組成を測定し、単独酸化物として質量換算して酸化物の平均組成を算出した。
全酸化物の成分組成は、次の手順で測定した。切り出されたサンプル表面を、日本電子データム製の電子線マイクロプローブX線分析計(Electron Probe X-ray Micro Analyzer;EPMA;「JXA−8500F(装置名)」)を用いて観察し、円相当直径が0.1μm以上の介在物について成分組成を定量分析した。観察条件は、加速電圧を20kV,試料電流を0.01μA,観察視野面積を1〜5cm2,分析個数を100個以上とし、介在物の中央部での成分組成を特性X線の波長分散分光により定量分析した。分析対象元素は、Al、Mn、Si、Ti、Zr、Ca、La、Ce、O(酸素)、およびSとし、既知物質を用いて各元素のX線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、分析対象とする上記介在物から得られたX線強度と上記検量線からその介在物に含まれる元素量を定量した。
得られた定量結果のうち酸素含量が5%以上の介在物を酸化物とした。このとき、一つの介在物から複数の元素が観測された場合には、それらの元素の存在を示すX線強度の比から各元素の単独酸化物に換算して酸化物の組成を算出した。本発明では、このように単独酸化物として質量換算したものを平均したものを酸化物の平均組成とした。酸化物のうち、REMの酸化物、ZrO2、およびCaOの平均組成を下記表4に示す。なお、REMの酸化物は、金属元素をMで表すと、鋼材中にM2O3やM3O5,MO2の形態で存在するが、全ての酸化物をM2O3に換算して組成を算出した。また、下記表4に示した「その他」とは、REMの酸化物、ZrO2、およびCaO以外の酸化物(例えば、Al2O3、MnO、SiO2など)である。
次に、定量した介在物について円相当直径を測定し、円相当直径(粒径)が0.1〜2.0μmの介在物の個数を測定した。下記表4に測定結果を観察視野面積1mm2あたりに換算した個数を示す。
また、得られた定量結果のうち酸素含量が5%以上である酸化物の円相当直径を測定し、円相当直径(粒径)が3μmを超える酸化物の個数と、円相当直径(粒径)が5μmを超える酸化物の個数を測定した。下記表4に酸化物の個数を観察視野面積1mm2あたりに換算した値を示す。
図1に、上記Z値と円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数との関係を示す。図1には、下記表4に示すNo.1〜16の結果(図1の○)とNo.17〜22の結果(図1の●)のうち、Z値の臨界的意義を示すために、Z値が−12.5〜−11.5の範囲にあるものをプロットした。
図1から明らかなように、溶鋼の溶存酸素量Qofに応じて上記(1)式を満足するようにREMを添加すれば、円相当直径が3μmを超える酸化物の生成が抑えられることが分かる。
次に、溶接時に熱影響を受けるHAZの靱性を評価するために、大入熱溶接を模擬して下記に示す溶接再現試験を行なった。溶接再現試験は、厚鋼板のt/4位置(但し、tは板厚)から切り出したサンプルが1450℃になる様に加熱し、この温度で5秒間保持した後、冷却する熱サイクルを与えた。冷却速度は、800℃から500℃への冷却時間が400秒となるように調整した。
冷却後のサンプルの衝撃特性は、上記熱サイクルを与えた後のサンプルから圧延方向にVノッチシャルピー試験片を3本採取し、JIS Z2242に従って衝撃試験を行なって評価した。衝撃試験では、−40℃における吸収エネルギー(vE-40)を測定し、3回の平均値を算出した。本発明では、vE-40の平均値が100J以上のものを合格(HAZ靱性良好)とする。測定結果を下記表4に示す。
下記表1〜表4から次のように考察できる。No.1〜16は、本発明で規定する条件を満足する例であり、鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定して単独酸化物に換算したときに、ZrO2、REMの酸化物、およびCaOを所定量含有するように調整したうえで、円相当直径が3μm超の酸化物と円相当直径が5μm超の酸化物が生成しないように、円相当直径が0.1〜2μmの介在物を多く生成させているため、HAZ靱性が良好な鋼材が得られている。
一方、No.17〜32は、本発明で規定するいずれかの要件を外れる例である。No.17〜22は、溶鋼の溶存酸素量QOfとREMの添加量QREMのバランスが上記(1)式を満足していないため、円相当直径が3μmを超える酸化物(特に、円相当直径が3μmを超え、5μm以下の酸化物)が多く生成している。従ってHAZ靱性が劣化している。
No.21とNo.23は、鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定して単独酸化物に換算したときのREMの酸化物量が本発明で規定する範囲を下回っているため、溶接時に粒内フェライトの生成核となる酸化物量が不足し、HAZ靱性が劣化している。No.22とNo.24は、鋼材に含まれるREM量が多く、鋼材に含まれる全酸化物の組成を測定して単独酸化物に換算したときのREMの酸化物量が本発明で規定する範囲を上回っているため、酸化物が粗大化し、粒内フェライトの生成核として作用する微細な酸化物の個数が少なくなり、HAZ靱性向上作用が発揮されていない。
No.25は、鋼材に含まれるZr量が少な過ぎるため、全酸化物の組成に占めるZrO2量が少なくなり、粒内フェライト変態の核となるZr・REM・Ca系酸化物量が少なくなっていると考えられる。そのためHAZ靱性が劣化している。No.26は、鋼材に含まれるZr量が多過ぎるため、全酸化物の組成に占めるZrO2量が多くなっている。そのため介在物の粒内変態核として作用する効果が弱まり、微細組織が得られずHAZ靱性が劣化している。
No.27は、鋼材に含まれるCa量が多過ぎるため、全酸化物の組成に占めるCaO量が多くなっている。そのため介在物の粒内変態核として作用する効果が弱まり、微細組織が得られずHAZ靱性が劣化している。No.28は、鋼材に含まれるCa量が少な過ぎるため、CaO量が生成していない。そのため粒内フェライト変態の核となるZr・REM・Ca系酸化物量が生成せず、HAZ靱性が劣化している。
No.29は、鋼材に含まれるTi量が多過ぎるため、Tiの固溶により母材が固溶強化されたため、結果的にHAZ靱性が劣化している。No.30は、鋼材に含まれるTi量が少な過ぎるため、粒内フェライト変態の核となる円相当直径が0.1〜2μmの介在物の生成量を確保できていない。従ってHAZ靱性が劣化している。
No.31は、鋼材に含まれるAl量が多過ぎるため、円相当直径が3μmを超える粗大な酸化物を多く生成し、HAZ靱性が劣化している。No.32は、鋼材に含まれるN量が多過ぎる例であり、鋼材に含まれる固溶N量が過剰となり、HAZ靱性が劣化していると考えられる。
次に、図2に、円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数と−40℃における吸収エネルギー(vE-40)との関係を示す。図2では、下記表4に示すNo.1〜16の結果を○で、No.17〜22、31(比較例のうち5.0個を超える例)の結果を●で示した。
図2から明らかなように、円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数が5.0個以下であれば、1450℃で5秒間加熱保持した場合であっても良好なHAZ靱性を示すことが分かる。
[実験例2]
上記表4に示したNo.1、3、8、11、13〜16について、鋼材に含まれる個々の介在物の組成とHAZ靱性の関係について調べた。
鋼材に含まれる個々の介在物の組成は次の手順で測定した。即ち、上記実験例1と同様に、切り出されたサンプル表面を、日本電子データム製のEPMA(「JXA−8500F(装置名)」)を用いて観察し、円相当直径が0.1μm以上の介在物について成分組成を定量分析した。
定量分析の一例として、上記表4に示したNo.1の鋼材に含まれる個々の介在物の組成を分析した結果を図3に示す。X軸は、観察された介在物の個数を示しており、Y軸は、個々の介在物の組成を成分ごとに色分けして示している。観察視野面積1.56cm2中に、円相当直径が0.1μm以上の介在物は254個観察された。
次に、定量分析した介在物について円相当直径を測定し、円相当直径が0.1μm以上の介在物の個数を測定し、これを全介在物の個数とした。一方、定量分析した円相当直径が0.1μm以上の介在物のうち、介在物に含まれるAl2O3の比率が20質量%未満の介在物(介在物I)の個数と、介在物に含まれるCaOとAl2O3の質量比(CaO/Al2O3)が0.35超を満足する介在物(介在物II)の個数を夫々測定し、全介在物の個数に対する個数割合を算出した。算出結果を下記表5に示す。
また、下記表5には、これらの鋼材を製造したときのCa添加量とAl添加量(仕込み量)を併せて示す。また、Ca添加量とAl添加量の仕込み比(Ca添加量/Al添加量)を算出し、算出結果を下記表5に示す。また、上記表4に示した各鋼材の−40℃における吸収エネルギー(vE-40)を下記表5に併せて示す。
ここで、下記表5に示した鋼材について、円相当直径が3μmを超える酸化物の観察視野面積1mm2あたりの個数とvE-40との関係を図4に示す。図4は、上記図2に示したデータの一部を抜粋して示したものである。
図4、表4、および表5から次のように考察できる。No.1、3、8、11、13〜16の鋼材は、上記表4に示したように、いずれも本発明で規定する要件を満足する例であり、vE-40が100J以上であった。ところが図4から明らかなように、No.1と3、No.11、14、および15、No.8、13、および16は、夫々、円相当直径が3μmを超える酸化物の単位面積あたりの個数はほぼ等しいが、vE-40の値にはバラツキが生じていることが分かった。これらの鋼材のうち、No.1、3、8、11、13、14の鋼材は、介在物Iおよび/または介在物IIの全介在物に対する個数割合が、本発明で規定する好ましい要件を更に満足しているため、vE-40の値が130J以上と更に大きくなることが分かった。