本発明者らは、大入熱溶接後のHAZ靭性に優れた鋼材を提供するため、介在物を有効活用するとの観点から検討を進めてきた。その結果、(ア)REMとZrを含む複合酸化物は、REMの酸化物単独またはZrO2単独の場合に比べ、HAZ組織の微細化能に極めて優れており、高温でも安定であるため、大入熱後のHAZ靭性向上に効果的であることを突き止め、上記効果を有効に発揮させるための、REMおよびZrの単独酸化物の比率を規定した。更に、(イ)この複合酸化物は、Ti、Al、およびCaを含有しており、単独酸化物に換算したときの上記組成が適切に制御されていれば、大入熱後のHAZ靭性向上に悪影響を及ぼさないことを突き止め、これらの単独酸化物の比率も規定した。これらの結果をまとめたものが下記要件(A)である。
(A)全介在物に対する比率が、REMの酸化物(REMをMの記号で表すとM2O3):5〜50%、ZrO2:5.0〜50%、TiO2:20.0%以下(0%を含まない)、Al2O3:20.0%以下(0%を含まない)、およびCaO:50.0%以下(0%を含む)を満足する。
次に、本発明者らは、上記のような介在物の有効活用に当たっては、実機プロセスにおいて、介在物によるノズルの閉塞が懸念されること;介在物によっては、ノズルの溶損が生じる恐れもある、といった実情に鑑み、大入熱溶接後のHAZ靭性向上だけでなく、実機操業性も考慮してノズルの閉塞、更にはノズルの溶損を引き起こさずに鋳造できる技術も同時に提供するとの観点から、検討を重ねた。その結果、(ウ)下記要件(B)で規定する介在物[詳細には、(REMの酸化物)−Al2O3−CaOからなる介在物]の組成を以下のように適切に制御し、当該介在物の融点を、ノズルの閉塞や溶損の防止に有用な範囲内に調整すれば、所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
(B)REMの酸化物(M2O3)、Al2O3、およびCaOの合計量に対する比率が、下記(1)式および(2)式を満足する。但し、下記(1)式、(2)式中、[ ]は、各酸化物の比率を示す。
0<[Al2O3]≦50.0 ・・・(1)
0≦0.45×[REMの酸化物(M2O3)]−0.55×[CaO] ・・・(2)
本明細書において、複合酸化物とは、2種以上の元素を含む酸化物であり、1種の元素のみを含む単独酸化物と区別している。また、本明細書において、REMを記号Mで表すと、REMの単独酸化物は「M2O3」で表され、Zrの単独酸化物は「ZrO2」で表され、Tiの単独酸化物は「TiO2」で表され、Alの単独酸化物は「Al2O3」で表され、Caの単独酸化物は「CaO」で表されるものとする。これらの単独酸化物は、単に「REMの酸化物」などと呼ぶ場合がある。
そして、本発明の鋼材は、REM、Zr、Ti、Al、およびCaを含有する複合酸化物を含んでいる。これらの元素を含有する複合酸化物は、溶接時に熱影響を受けても固溶消失せず、粒内フェライト変態の起点となるため、特に、大入熱溶接後のHAZ靭性向上に極めて有用である。具体的には、上記複合酸化物は、REMの単独酸化物(M2O3)と、Zrの単独酸化物(ZrO2)と、Ti、Al、およびCaの単独酸化物(TiO2、Al2O3、およびCaO)を含んでいる。これらの単独酸化物は、互いに凝集したものであってもよい。また、上記の複合酸化物は、酸化物のみから構成されていても良く、上記元素以外の酸化物(例えば、SiO2など)を含んでいてもよい。あるいは、上記の複合酸化物は、酸化物の他に、硫化物や窒化物などの他の化合物が複合析出した形態で存在しても良い。
以下、本発明を特徴付ける要件(A)および(B)について、詳細に説明する。
[(A)全介在物に対する単独酸化物の平均組成について]
本発明の鋼材は、下記要件(A)を満足するものである。
(A)全介在物に対する比率が、REMの酸化物(REMをMの記号で表すとM2O3):5〜50%、ZrO2:5.0〜50%、並びにTiO2:20.0%以下(0%を含まない)、Al2O3:20.0%以下(0%を含まない)、CaO:50.0%以下(0%を含む)を満足する。
ここで、「全介在物」とは、鋼材の断面を例えばEPMA(Electron Probe X-ray Micro Analyzer;電子線マイクロプローブX線分析計)で観察し、観察視野内に認められる介在物を意味する。測定条件の詳細は、後記する実施例の欄で説明する。上記方法によれば、本発明の鋼材中に含まれる元素の酸化物[具体的には、上記要件(A)で規定する酸化物や、上記以外の他の元素の酸化物(例えば、MnOやSiO2など)]、硫化物(例えば、CaSやREMの硫化物、MnSなど)、炭化物、窒化物などが挙げられる。
全介在物に対する上記単独酸化物の比率が上記(A)の要件を満足することにより、複合酸化物が、粒内フェライト変態の核として有効に作用するようになり、大入熱溶接後のHAZ靭性が一層向上する。上記単独酸化物の比率が上記の下限値を下回ると、溶接時に粒内フェライトの生成核となる酸化物量が不足し、大入熱溶接後のHAZ靭性向上作用が有効に発揮されない。一方、上記単独酸化物の比率が上記の上限値を超えると、酸化物が粗大化し、粒内フェライトの生成核として有効に作用する微細な酸化物の個数が少なくなり、大入熱溶接後のHAZ靭性向上作用が有効に発揮されない。
上記単独酸化物の詳細は以下のとおりである。
まず、REMの酸化物の比率は5〜50%とする。好ましくは10%以上であり、より好ましくは15%以上、更に好ましくは20%以上である。一方、上限は、好ましくは45%であり、更に好ましくは40%である。なお、REMの酸化物は、REM元素を記号Mで表すと、鋼材中にM2O3、M3O5、MO2などの形態で存在するが、上述したとおり、本発明では、REMの酸化物をすべてM2O3に換算したときの量を意味する。
ZrO2の比率は5.0〜50%とする。好ましくは10%以上であり、より好ましくは13%以上、更に好ましくは15%以上である。一方、上限は、好ましくは45%であり、更に好ましくは40%である。
TiO2、Al2O3、およびCaOの比率は、夫々、TiO2:20.0%以下(0%を含まない)、Al2O3:20.0%以下(0%を含まない)、CaO:50.0%以下(0%を含む)とする。各単独酸化物は、いずれも粒内フェライトの変態促進作用を有しており、HAZ靭性を高めるために本発明ではすべての酸化物が必須である。各単独酸化物の範囲は以下の通りである。
上記Tiの酸化物は、20.0%以下(0%を含まない)とする。好ましくは18%以下であり、より好ましくは16%以下である。Tiの酸化物は、0.5%以上含有していることが好ましく、より好ましくは1%以上である。なお、Tiの酸化物は、鋼材中でTi2O3やTi3O5、TiO2として存在するが、全てのTiの酸化物をTiO2として換算した値が上記範囲を満足していればよい。
上記Al2O3は、20.0%以下(0%を含まない)とする。好ましくは15%以下であり、より好ましくは10%以下である。適当な濃度であればAl2O3は、粗大なTiNが酸化物上に晶出するのを抑え、粗大介在物による靭性劣化を抑制する作用を有しているため、0.1%以上含有することが好ましく、より好ましくは0.5%以上である。
上記CaOは、50.0%以下(0%を含む)とする。50.0%を超えると、粒内フェライトの変態能が却って劣化する他、鋳造時にノズルの溶損を引き起こす原因となる。好ましくは45%以下であり、より好ましくは40%以下、特に好ましくは35%以下である。
[(B)三成分介在物の比率について]
本発明の鋼材は、更に下記要件(B)を満足するものである。
(B)REMの酸化物(M2O3)、Al2O3、およびCaOの合計量に対する比率が、下記(1)式および(2)式を満足する。但し、下記(1)式、(2)式中、[ ]は、各酸化物の比率を示す。
0<[Al2O3]≦50.0 ・・・(1)
0≦0.45×[REMの酸化物(M2O3)]−0.55×[CaO] ・・・(2)
上記要件(B)で規定する三成分介在物、即ち、(REMの酸化物)−Al2O3−CaOからなる介在物は、ノズルの閉塞や溶損の防止に極めて有用であり、上記範囲内に制御することによって、大入熱溶接後のHAZ靭性を良好に維持したまま、鋳造時にノズルの閉塞や溶損を引き起こすことなく鋳造することが可能になる。その理由は詳細には不明であるが、上記範囲の組成を外れると、融点が低くなるか、著しく高くなるのに対し、上記範囲内の組成物とすることによって、ノズルの閉塞防止などに有用な融点の範囲内に調整できたためと考えられる。
本発明において、Al2O3の比率[Al2O3]が上記(1)式を満足しない場合には、Al2O3の生成量が多くなり過ぎるため、Al2O3が鋳込み時に用いるノズルの内壁に付着し、ノズルを閉塞する原因となる。従ってAl2O3の生成量は、上記(1)式の関係を満足する必要がある。好ましくは下記(1a)式を満足するのが良く、より好ましくは下記(1b)式を満足するのが良い。
0<[Al2O3]≦40 ・・・(1a)
0<[Al2O3]≦30 ・・・(1b)
また、REMの酸化物の比率[REMの酸化物(M2O3)]およびCaOの比率[CaO]が上記(2)式の関係を満足しない場合には、CaOの生成量がREMの酸化物と比べて多くなり過ぎるため、過剰なCaOが鋳込み時に用いるノズルを構成するAl2O3と反応して低融点組成の酸化物を形成し、ノズルが溶損する原因となる。好ましくは下記(2a)式を満足するのが良く、より好ましくは下記(2b)式を満足するのが良い。
5≦0.45×[REMの酸化物]−0.55×[CaO] ・・・(2a)
10≦0.45×[REMの酸化物]−0.55×[CaO] ・・・(2b)
次に、本発明の鋼材(母材)における成分組成について説明する。本発明の鋼材は、基本成分として、C:0.02〜0.15%、Si:0.5%以下(0%を含まない)、Mn:2.5%以下(0%を含まない)、P:0.03%以下(0%を含まない)、S:0.02%以下(0%を含まない)、Al:0.050%以下(0%を含まない)、N:0.01%以下(0%を含まない)、Ti:0.005〜0.10%、Zr:0.0003〜0.050%、REM:0.0003〜0.015%、Ca:0.0003〜0.010%を含有している。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
Cは、鋼材(母材)の強度を確保するために欠くことのできない元素である。こうした効果を発揮させるには、0.02%以上含有させる必要がある。Cは、0.04%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。しかしCが0.15%を超えると、溶接時のHAZに島状マルテンサイト(MA)を多く生成してHAZの靭性劣化を招くばかりでなく、溶接性にも悪影響を及ぼす。従ってCは0.15%以下とする。好ましくは0.13%以下、より好ましくは0.1%以下とする。
Siは、脱酸作用を有すると共に、固溶強化により鋼材の強度を確保するのに寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、Siは0.02%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.1%以上含有させるのがよい。しかしSiが0.5%を超えると、鋼材(母材)の溶接性や靭性が劣化するため、Siは0.5%以下に抑える必要がある。好ましくは0.45%以下であり、より好ましくは0.4%以下である。なお、溶接時のHAZに高靭性が求められる場合は、Siを0.3%以下に抑えることが推奨される。好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.01%以下である。但し、Si量を低減し過ぎると、母材自体の強度が低下する傾向がある。
Mnは、鋼材(母材)の強度向上に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、0.5%以上含有させることが好ましい。Mnは、より好ましくは0.7%以上、更に好ましくは0.8%以上含有させるのがよい。しかしMn量が2.5%を超えると、鋼材(母材)の溶接性を劣化させるため、Mnは、2.5%以下に抑える必要がある。好ましくは2.3%以下であり、より好ましくは2%以下とする。
Pは、偏析し易い元素であり、特に鋼材中の結晶粒界に偏析してHAZ靭性を劣化させる元素である。従ってPは0.03%以下に抑制する必要があり、好ましくは0.02%以下、より好ましくは0.015%以下である。なお、Pは、通常、不可避的に0.001%程度含有している。
Sは、Mnと結合して硫化物(MnS)を生成し、母材の靭性や板厚方向の延性を劣化させる有害な元素である。また、Sは、希土類元素(例えば、LaやCe)と結合して硫化物(例えば、LaSやCeS)を生成し、希土類元素の酸化物が生成するのを阻害し、HAZ靭性を劣化させる元素である。従ってSは0.02%以下に抑制する必要がある。好ましくは0.015%以下であり、より好ましくは0.01%以下、更に好ましくは0.006%以下である。なお、Sは、通常、不可避的に0.0005%程度含有している。
Alは、REMとZrと共に複合酸化物を形成し、HAZ靭性を向上するのに作用する元素である。また、Alは、脱酸剤として作用する元素である。しかし過剰に添加すると酸化物を還元して粗大なAl酸化物を形成し、HAZ靭性が劣化する。従ってAlは0.050%以下に抑える必要がある。Alは、好ましくは0.03%以下、より好ましくは0.01%以下である。なお、Alは、通常、不可避的に0.0005%程度含有している。
Nは、窒化物(例えば、ZrNやTiNなど)を析出する元素であり、該窒化物は、溶接時にHAZに生成するオーステナイト粒の粗大化を防止(ピン止め効果)し、またフェライト変態を促進し、HAZ靭性の向上に寄与する。こうした効果を有効に発揮させるには、0.003%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.004%以上である。Nは多いほど窒化物を形成してオーステナイト粒の微細化が促進されるため、HAZの靭性向上に有効に作用する。しかしNが0.01%を超えると、固溶N量が増大して母材自体の靭性が劣化し、HAZ靭性も低下する。従ってNは0.01%以下に抑える必要がある。好ましくは0.009%以下、より好ましくは0.008%以下とする。
Tiは、REMとZrと共に複合酸化物を形成し、HAZ靭性を向上するのに作用する元素である。また、Tiは、鋼材中にTiNなどの窒化物や、Tiの酸化物を生成し、HAZ靭性の向上に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるには、Tiは0.005%以上含有させる必要がある。好ましくは0.007%以上、より好ましくは0.01%以上とする。しかしTiを過剰に添加するとTiの酸化物が多量に生成し過ぎて鋼材(母材)の靭性を劣化させるため、Tiは0.10%以下に抑えるべきである。Tiは、好ましくは0.07%以下であり、より好ましくは0.06%以下である。
Zrは、Zrを含有する複合酸化物を形成し、HAZ靭性の向上に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるには、0.0003%以上含有する必要がある。好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.002%以上である。しかし過剰に添加すると、粗大なZr炭化物が生成し、母材自体の靭性を低下させる。従ってZrは0.050%以下に抑える必要がある。好ましくは0.04%以下であり、より好ましくは0.03%以下である。
REM(希土類元素)は、REMを含有する複合酸化物を形成し、HAZ靭性の向上に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるには、REMは0.0003%以上含有する必要がある。好ましくは0.001%以上であり、より好ましくは0.002%以上である。しかし過剰に添加すると、固溶REMが偏析して母材靭性が劣化するため、REMは0.015%以下に抑える必要がある。好ましくは0.01%以下であり、より好ましくは0.007%以下である。
なお、本発明において、REMとは、ランタノイド元素(LaからLuまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味である。これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有するのがよい。
Caは、REMとZrと共に複合酸化物を形成し、HAZ靭性を向上するのに作用する元素である。こうした効果を発揮させるために、Caは0.0003%以上含有する必要がある。好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.0015%以上である。しかしCaを過剰に添加すると、粗大なCaの硫化物を形成し、母材の靭性を劣化させる。従ってCaは0.010%以下に抑える必要がある。Caは、好ましくは0.009%以下であり、より好ましくは0.008%以下である。
本発明の鋼材は、上記元素を必須成分として含有し、残部は鉄および不可避不純物(例えば、MgやAs,Seなど)である。
本発明の鋼材は、鋼材の強度を高めるために、Cu:2%以下(0%を含まない)、Ni:3.5%以下(0%を含まない)、Nb:0.25%以下(0%を含まない)、Mo:1%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)、Cr:3%以下(0%を含まない)、およびB:0.005%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上の元素を含有することも有効である。こうした範囲を定めた理由は以下の通りである。
Cuは、鋼材を固溶強化させる元素であり、こうした効果を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.1%以上であり、更に好ましくは0.2%以上である。特に0.6%以上含有させると、固溶強化のほか、時効析出強化も発揮し、大幅な強度向上が可能となる。しかし2%を超えて含有させると、鋼材(母材)の靭性を低下させるため、Cuは2%以下に抑えるのがよい。好ましくは1.8%以下であり、より好ましくは1.6%以下とする。
Niは、鋼材の強度を高めると共に、鋼材の靭性を向上させるのに有効に作用する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、0.05%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.1%以上であり、更に好ましくは0.2%以上である。Niは多いほど好ましいが、高価な元素であるため経済的観点から3.5%以下に抑えることが好ましい。より好ましくは3.3%以下であり、更に好ましくは3%以下である。
Nbを添加して強度を高めるには、0.003%以上含有させるのが好ましい。より好ましくは0.005%以上であり、更に好ましくは0.01%以上、特に好ましくは0.03%以上である。しかし0.25%を超えると炭化物(NbC)が析出し、母材の靭性を劣化させるので、Nbは0.25%以下に抑えるのが好ましい。より好ましくは0.23%以下であり、更に好ましくは0.2%以下である。
Moを添加して強度を高めるには、0.01%以上含有させるのが望ましい。より好ましくは0.02%以上であり、更に好ましくは0.03%以上含有させるのが推奨される。但し、1%を超えると溶接性を悪化させるためMoは1%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.9%以下であり、更に好ましくは0.8%以下に抑えるのが推奨される。
Vを添加して強度を高めるには、0.003%以上含有させるのが望ましい。より好ましくは0.005%以上、更に好ましくは0.01%以上、特に好ましくは0.03%以上含有させるのがよい。しかし0.1%を超えると溶接性が悪化する共に、母材の靭性が劣化するため、Vは0.1%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.08%以下、更に好ましくは0.06%以下である。
Crを添加して強度を高めるには、0.01%以上含有させることが好ましい。より好ましくは0.02%以上、更に好ましくは0.03%以上、特に好ましくは0.1%以上である。しかし3%を超えると溶接性が劣化するため、Crは3%以下に抑えることが好ましい。より好ましくは1.5%以下であり、更に好ましくは1%以下である。
Bは、鋼材の強度を高めると共に、溶接時に加熱されたHAZが冷却される過程において鋼中のNと結合してBNを析出し、オーステナイト粒内からのフェライト変態を促進させる。こうした効果を有効に発揮させるには、0.0003%以上含有させるのが好ましい。より好ましくは0.0005%以上であり、更に好ましくは0.0008%以上、特に好ましくは0.001%以上である。しかし0.005%を超えると鋼材(母材)の靭性を劣化させるためBは0.005%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.004%以下であり、更に好ましくは0.003%以下である。
次に、本発明の鋼材を製造するために好適に採用できる製法について説明する。
本発明の鋼材は、溶鋼の溶存酸素量を0.010%以下に調整した溶鋼に添加する元素の添加順序および時間、更には鋳造開始までの時間を厳密に管理して製造することが極めて重要であり、これより、上記(A)および(B)の要件を満足する鋼材を製造することができる。
まず、Ti、REM、Zr、およびCaを除く元素の量が適切に調整された溶鋼であって、溶鋼の溶存酸素量が0.010%以下に調整された溶鋼を用意する。次いで、Ti、REM、およびZrよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を添加し、その後にCaを添加する。本発明では、REMの添加後40分以内にCaを添加すると共に、Caの添加後80分以内に鋳造を開始することが重要である。溶存酸素量を調整した溶鋼に、上記所定の合金元素をこの順序で添加することによって粗大な酸化物の生成が抑制され、粒内フェライトの生成核となる所望の複合酸化物が生成され、上記要件(A)を満足させることができる。また、REMの添加後Caを添加するまでの時間と、Caの添加後鋳造を開始するまでの時間とを両方適切に制御することによって、上記要件(B)に規定する三成分介在物の組成を適切に調整でき、鋳造時におけるノズルの閉塞と溶損を防止できる。以下、本発明の鋼材の製法について詳細に説明する。
[溶鋼の溶存酸素量について]
まず、本発明では、溶存酸素量を0.010%以下に調整した溶鋼に、Ti、REMおよびZrよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を添加する。溶存酸素量が0.010%を超える溶鋼に上記いずれかの元素を添加すると、粗大な酸化物を形成するため、HAZ靭性が却って劣化する。従って上記元素を添加する前の溶存酸素量は、0.010%以下とする。好ましくは0.009%以下、より好ましくは0.008%以下とする。なお、溶存酸素とは、酸化物を形成しておらず、溶鋼中に存在するフリーな状態の酸素を意味する。
なお、転炉や電気炉で一次精錬された溶鋼中の溶存酸素量は、通常、0.0100%を超えているため、本発明では、溶鋼中の溶存酸素量を、例えば、以下の方法で上記範囲に調整する必要がある。
溶鋼中の溶存酸素量を調整する方法としては、例えばRH式脱ガス精錬装置を用いて真空C脱酸する方法や、SiやMn,Ti,Alなどの脱酸性元素を添加する方法などが挙げられ、これらの方法を適宜組み合わせて溶存酸素量を調整しても良い。また、RH式脱ガス精錬装置の代わりに、取鍋加熱式精錬装置や簡易式溶鋼処理設備などを用いて溶存酸素量を調整しても良い。この場合、真空C脱酸による溶存酸素量の調整はできないため、溶存酸素量の調整にはSi等の脱酸性元素を添加する方法を採用すれば良い。Si等の脱酸性元素を添加する方法を採用するときは、転炉から取鍋へ出鋼する際に脱酸性元素を添加しても構わない。
[REM添加後の時間について]
REMの添加後40分以内にCaを添加すると共に、Caの添加後80分以内に鋳造を開始する。
REMを添加する前にCaを添加すると、Caの酸化物(CaO)が多量に形成されるため、CaOがノズルを構成するAl2O3と反応して低融点組成の酸化物を形成し、ノズルの溶損が発生する。
また、REMを添加してからCaを添加した場合であっても、REMを添加してから40分を超えてCaを添加すると、REMの酸化物が浮上分離して減少し、その後のCa添加でCaOが多量に形成されるため、CaOがノズルを構成するAl2O3と反応して低融点組成の酸化物を形成し、ノズルの溶損が発生する。従ってREMを添加してからCaを添加するまでの時間は40分以内とする。好ましくは36分以内であり、より好ましくは32分以内である。
また、Caを添加してから80分を超えて鋳造を開始すると、Caが溶鋼中に形成された酸化物(特に、REMの酸化物)を還元してCaOが多量に形成されるため、CaOがノズルを構成するAl2O3と反応して低融点組成の酸化物を形成し、ノズルの溶損が発生する。従ってCaを添加してから鋳造を開始するまでの時間は80分以内とする。好ましくは70分以内であり、より好ましくは60分以内である。
なお、本発明者らの検討結果によれば、所望の特性を有効に発揮させるためには、当該工程の時間管理が極めて重要であり、上述した範囲を外れると、所望の特性が得られないことが判明した。
溶鋼へ添加するREMやCa,Zr,Tiの形態は特に限定されず、例えば、REMとして、純Laや純Ce,純Yなど、或いは純Ca,純Zr,純Ti、更にはFe−Si−La合金,Fe−Si−Ce合金,Fe−Si−Ca合金,Fe−Si−La−Ce合金,Fe−Ca合金,Ni−Ca合金などを添加すればよい。また、溶鋼へミッシュメタルを添加してもよい。ミッシュメタルとは、希土類元素の混合物であり、具体的には、Ceを40〜50%程度,Laを20〜40%程度含有している。但し、ミッシュメタルには不純物としてCaを含むことが多いので、ミッシュメタルがCaを含む場合は本発明で規定する範囲を満足する必要がある。
成分調整して得られた溶鋼は、常法に従って連続鋳造してスラブとした後、常法に従って熱間圧延すればよい。
本発明に係る鋼材は、例えば橋梁や高層建造物、船舶などの構造物の材料として使用でき、小〜中入熱溶接はもとより、入熱量が50kJ/mm以上の大入熱溶接においても溶接熱影響部の靭性劣化を防ぐことができる。
本発明の鋼材は、板厚が約3.0mm以上の厚鋼板などの鋼材を対象としている。本発明による優れたHAZ靭性向上作用は、板厚が50mm以上、特に80mm以上の厚鋼板とし、入熱量が50kJ/mm以上の大入熱溶接を行ったときに有効に発揮される。
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
溶銑を240トン転炉で一次精錬した後、該転炉から取鍋へ出鋼し、成分調整および温度調整しながら二次精錬を行った。
取鍋では、SiとMnを用いて脱酸し、下記表1、表2に示す溶存酸素量に調整した溶鋼に、Tiを添加し、次いでREMとZrを添加し、次いでCaを添加した。このとき、REMを添加してからCaを添加するまでの時間と、Caを添加してから鋳造を開始するまでの時間を下記表1、表2に示す通り種々変化させた。下記表1、表2には、REMとCaの添加順序も示した。なお、下記表1のNo.33〜35については、Caを添加してからREMを添加するまでの時間を示した。
溶存酸素量とは、溶鋼に溶存原子として含まれる酸素量を意味し、固体電解質を用いた酸素センサーを用いて測定した。また、REMはLaを50%程度とCeを25%程度含有するミッシュメタルの形態で、ZrはZr単体で、TiはFe−Ti合金の形態で、CaはNi−Ca合金、またはCa−Si合金、またはFe−Ca圧粉体の形態で夫々添加した。
なお、二次精錬には、取鍋加熱精錬装置(LF)や還流式脱ガス精錬装置(RH)などを用いた。
下記表3〜表6に、成分調整後の鋼材の成分組成(残部は鉄および不可避不純物)を示す。
成分調整後の溶鋼は、取鍋から連続鋳造機へ移してスラブに鋳造した。取鍋内の溶鋼を連続鋳造機へ移す際に用いるノズル(取鍋ノズル)には、鉄鋼業で一般的に用いられているアルミナ・グラファイト質のノズルを用いた。
鋳造後に、取鍋ノズルを目視で観察し、ノズルの内壁に付着物が認められなかった場合を「ノズル閉塞無し(合格、○)」、ノズルの内壁に付着物が認められ、閉塞した場合を「ノズル閉塞有り(不合格、×)」と評価した。評価結果を下記表11、表12に示す。
また、取鍋ノズルを目視で観察し、ノズルに溶損が認められなかった場合を「ノズル溶損無し(合格、○)」、ノズルに溶損が認められた場合を「ノズル溶損有り(不合格、×)」と評価した。評価結果を下記表11、表12に示す。
鋳造して得られたスラブを熱間圧延して厚み30mmの鋼板を得た。得られた熱延鋼板のt/4(但し、tは熱延鋼板の厚み)位置における横断面からサンプルを切り出した。切り出されたサンプル表面を日本電子製のEPMA「JXA−8500F(装置名)」を用いて10,000倍で観察し、最大径が0.2μm以上の介在物について成分組成を定量分析した。観察条件は、加速電圧を20kV,試料電流を0.01μA,観察視野面積を1〜5cm2,分析個数は無作為に選択した100個とし、特性X線の波長分散分光により介在物中央部での成分組成を定量分析した。分析対象元素は、Al,Mn,Si,Ti,Zr,Ca,La,Ce,O,Sとし、既知物質を用いて各元素のX線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、分析対象とする介在物の中央部から得られたX線強度と前記検量線から分析対象とする介在物に含まれる元素濃度を定量した。
介在物のうち、酸素含有量が5%以上のものを酸化物とした。また、一つの介在物から5%以上の酸素と、複数の元素が検出された場合には、各元素に基づくX線強度の比から各元素の単独酸化物に換算し、酸化物の平均組成を算出した。また、介在物中にSが検出された場合は、酸化物よりも硫化物が優先的に生成していると仮定し、Ca、REM、Mnの酸化物の平均組成を算出した。即ち、介在物中にSが検出された場合は、Ca、REM、Mnの順でCaS、REMの硫化物、MnSが生成していると想定し、検出されたS濃度に応じて定量された元素濃度から硫化物として消費された元素濃度を引いて残った元素濃度が、酸化物として生成していると考えて酸化物の平均組成を算出した。熱延鋼板に含まれる介在物の組成を下記表7〜表10に示す。
なお、表7〜表10において、「その他」は、MgOやCr2O3などの介在物の含有量を意味する。
REMの酸化物は、金属元素をMで表すと、鋼材中にM2O3やM3O5,MO2の形態で
存在するが、全てのREMの酸化物をM2O3に換算し、平均組成を算出した。また、Tiの酸化物は、鋼材中でTi2O3やTi3O5、TiO2として存在するが、全てのTiの酸
化物をTiO2として換算し、平均組成を算出した。
上記サンプル表面をEPMAで観察した結果、観察された介在物は、REMとZrを含む複合介在物が大半であったが、単独介在物としてREMの介在物やZrの介在物も生成していた。
表7〜表10に示した介在物の組成のうち、Al2O3、CaO、およびREMの酸化物の合計を100%として再換算したときの各酸化物の平均組成を下記表11、表12に示す。
また、表11、表12に示した各酸化物の平均組成に基づいて下記(2)’式で算出されるZ値を下記表11、表12に併せて示す。
Z=0.45×[REMの酸化物(M2O3)]−0.55×[CaO] ・・(2)’
次に、溶接時に熱影響を受けるHAZの靭性を評価するために、大入熱溶接を模擬して下記に示す溶接再現試験を行なった。溶接再現試験は、上記熱延鋼板から切り出したサンプルが1400℃になる様に加熱し、この温度で60秒間保持した後、冷却して行った。冷却は、800℃から500℃への冷却時間が300秒となるように調整した。冷却後のサンプルの衝撃特性は、Vノッチシャルピー試験を行って−40℃における吸収エネルギー(vE-40)を測定して評価した。
サンプルは、同一鋼種からJIS Z2242「金属材料のシャルピー衝撃試験方法」に準じて3本ずつ採取した。各サンプルについて測定したvE-40の平均値を下記表11、表12に示す。vE-40の平均値が100J以上のものを合格(HAZ靭性良好)とする。
下記表1〜表12から次のように考察できる。No.1〜32は、本発明で規定する要件を満足する例であり、鋼材中の酸化物組成を適切に制御できているため、鋳造時にノズルの閉塞や溶損が発生することなく製造され、しかも得られた鋼材は、溶接したときのHAZ靭性が良好になっている。一方、No.33〜75は、本発明で規定するいずれかの要件を外れる例である。
特にNo.33〜35は、溶存酸素量[O]を調整した溶鋼に、REMを添加する前にCaを添加しているため、REMの酸化物よりもCaOが多く生成し過ぎて、REMの酸化物とCaOの生成量が上記(2)式の関係を満足していない。よってCaOがノズルを構成するAl2O3と反応して低融点組成の酸化物を形成し、ノズルの溶損が発生した。
No.36は、Caを過剰に添加しているため、REMの酸化物よりもCaOが多く生成し過ぎて、REMの酸化物とCaOの生成量が上記(2)式の関係を満足していない。よってCaOがノズルを構成するAl2O3と反応して低融点組成の酸化物を形成し、ノズルの溶損が発生した。
No.37、38、46、74は、REMを添加してから40分を超えてCaを添加しているため、REMの酸化物よりもCaOが多く生成し過ぎて、REMの酸化物とCaOの生成量が上記(2)式の関係を満足していない。よってCaOがノズルを構成するAl2O3と反応して低融点組成の酸化物を形成し、ノズルの溶損が発生した。
No.39〜45は、鋼材の成分組成が、本発明で規定する範囲から外れているため、HAZ靭性が劣化している。
No.47、49、51、53は、用意した溶鋼の溶存酸素量が多過ぎるため、所望の介在物組成が得られていない。従ってREMの酸化物とCaOの生成量が上記(2)式を満足せずノズルの溶損を引き起こした。またHAZ靭性が劣化している。
No.48、52は、用意した溶鋼の溶存酸素量が多過ぎる他、REMを添加してから40分を超えてCaを添加しているため、REMの酸化物とCaOの生成量が上記(2)式を満足せずノズルが溶損した。またHAZ靭性が劣化している。
No.50は、Caを添加してから80分を超えて鋳造を開始しているため、所望の介在物組成が得られていない。従ってREMの酸化物とCaOの生成量が上記(2)式を満足せず、ノズルの溶損を引き起こした。
No.54、56は、REMを添加してから40分を超えてCaを添加している例である。これらの例は、Al2O3の生成量が上記(1)式を満足しないため、ノズル閉塞が発生した。またHAZ靱性が劣化している。
No.60、61、75は、Caを添加してから80分を超えて鋳造を開始しているため、所望の介在物組成が得られていない。従ってAl2O3の生成量が上記(1)式を満足せず、ノズルの溶損を引き起こした。また、HAZ靭性が劣化している。
No.55、57、58、59は、用意した溶鋼の溶存酸素量が多過ぎるため、Al2O3の生成量が上記(1)式を満足せず、ノズルの閉塞が発生した。またHAZ靭性が劣
化している。
No.62、63、65、66、68、69、71、72は、用意した溶鋼の溶存酸素量が多過ぎるため、単独酸化物に換算したときの組成が上記要件(A)を満足していない。従ってHAZ靭性が劣化している。
No.64と67は、Caを添加してから80分を超えて鋳造を開始している例である。これらの例は、単独酸化物に換算したときの組成が上記要件(A)を満足していない。従ってHAZ靭性が劣化している。
No.70と73は、REMを添加してから40分を超えてCaを添加している例である。これらの例は、単独酸化物に換算したときの組成が上記要件(A)を満足していない。従ってHAZ靭性が劣化している。