以下に図面を用いて本発明に係る実施の形態につき詳細に説明する。以下では、測定対象として人間の血管の脈波を説明するが、生体の血管の脈波であればよく、人間以外の動物等を対象とすることができる。また、以下では、血管脈波測定として、脈拍、最大血圧、最小血圧の測定を説明するが、これ以外に、血管の脈動波形を用いて測定するものであればよい。例えば、脈動波形の積分値から血流量に対応する量の測定を行い、脈動波形の微分値から血管の柔軟性を評価する測定を行うものであってもよい。以下で説明する材料、形状、寸法は例示であって、使用目的に応じ、これらの内容を適宜変更できる。
以下では、全ての図面において同様の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、本文中の説明においては、必要に応じそれ以前に述べた符号を用いるものとする。
図1は、血管脈波測定システム10の構成を説明する図である。血管脈波測定システム10の構成要素ではないが、血圧等を測定する対象の被測定者6と、実際に血圧を測定する血管8が図1に示されている。
血管脈波測定システム10は、従来用いられているコロトコフ音を測定する圧迫カフ法、あるいは、動脈内に圧力センサを挿入侵襲させて血管内の圧力を直接測定する観血法に代えて、発光素子と受光素子とを有する光探触子12を用いて血管8の脈動波形を取得して脈波測定を行う機能を有するシステムである。
血管脈波測定システム10は、被測定者6の血管8の脈動取得に適した部位に取り付けられる光探触子12と、この光探触子12を構成する発光素子を駆動して光を放射させ受光素子によって反射光を検出するための光探触子回路20と、光探触子回路に接続され位相シフト法を用いることで周波数の時間変化として脈動波形を出力する脈動波形出力部30と、周波数データを電圧データに変換するFV変換部40と、FV変換部40のアナログデータをディジタルデータに変換するA/D変換部42と、ディジタルデータを処理して血管脈波データを出力する演算処理部50と、演算処理部50の出力を表示する表示部60を含んで構成される。
図2は、光探触子12の構成を説明する図である。光探触子12は、適当な保持部13に発光素子14と受光素子16とが回路基板18に取り付けられて配置されたものである。保持部13は、回路基板18を内蔵し、発光素子14の光放射部と、受光素子16の光検出部とを表面に突き出して配置する部材で、例えば適当なプラスチック材料を成形したものを用いることができる。
発光素子14と受光素子16とは、近接して配置されることが好ましいが、発光素子14からの光が受光素子16に直接入らないように、間に遮光壁を設ける等の構造的工夫をすることが好ましい。あるいは、レンズを発光素子14と受光素子16に設け、指向性を高めることもよい。図2の例では、発光素子14と受光素子16が1つずつ設けられているが、複数の発光素子、複数の受光素子を設けるものとしてもよい。また、受光素子の周りを複数の発光素子で囲むように配置してもよい。
光探触子12は、図示されていない適当なバンド、テープ等で被測定者6の血管8の脈動の検出に適した部位に取り付けられる。図1では、光探触子12が手首の撓骨動脈部に取り付けられる様子が示されているが、これ以外に、腕の肘部の内側に対応する上腕動脈部、指先、心臓の近傍等の部位に光探触子12を取り付けるものとできる。
発光素子14としては、発光ダイオード(Light Emission Diode:LED)を用いることができる。ここでは、東芝製の型式TLN103Aの赤外LEDが用いられる。この赤外LEDは、GaAsを基板とするLEDであり、逆バイアス電圧を0V、周波数を1MHzとして30pFの容量値を有する。また、順方向電流が10mAのときの順方向電圧が1.00Vから1.30Vである。そして、順方向電流を20mAとしたときに、放射パワーとして2.5mW、放射光強度として1mW/cm 2 として、ピーク放射波長が940nmの光を放射する標準的特性を有する。受光素子と組み合わせるときの受光素子までの最大距離は、DC作動の場合5mm程度、パルス駆動の場合30mm程度である。
受光素子16としては、フォトダイオードまたはフォトトランジスタを用いることができる。ここでは、東芝製の型式TPS603Aの2端子型フォトトランジスタが用いられる。このフォトトランジスタは、コレクタ・エミッタ間電圧が3Vのとき、ベースに0.1mW/cm 2 の光が照射されることで、ピーク検出波長を720nmとして、20μAの光電流を出力する標準的特性を有する。また、負荷抵抗を1kΩ、Vcc電圧を10V、コレクタ電流を1mAとして、立上りスイッチング時間が9μs、立下りスイッチング時間が10μsの特性を有する。
図3は、光探触子回路20と脈動波形出力部30の構成を説明する図である。光探触子回路20は、発光素子14に対する駆動回路と、受光素子16に対する検出回路とで構成される。脈動波形出力部30は、受光素子16の出力信号を発光素子14の入力信号として帰還する帰還回路である。
発光素子14に対する駆動回路としては、Vccと接地の間に発光素子14と駆動トランジスタ24とを直列に接続し、駆動トランジスタ24の制御端子であるベースを所定のバイアス条件とする構成が用いられる。この構成において、駆動トランジスタ24のベースへの入力信号がHighとなると、駆動トランジスタ24がONして、発光素子14に駆動電流が流れる。これによって発光素子14が発光し、その光が皮膚を通して血管8に向けて放射される。
受光素子16に対する検出回路としては、Vccと−Vccとの間に負荷抵抗22とダイオードと受光素子16とが直列に接続される構成が用いられる。この構成において、発光素子14の光によって照射された血管からの反射光を皮膚を通して受光素子16が受光することで、受光素子16に標準的な光電流が発生する。その光電流の大きさは、負荷抵抗22に流れる電流の大きさに対応する電圧として出力される。
脈動波形出力部30は、受光素子16の検出回路から出力される電圧信号を受け取る入力端子と、発光素子14の駆動回路に入力される電圧信号を出力する出力端子との間に設けられる帰還回路であり、その帰還回路における周波数の時間変化を脈動波形データとしてF/V変換部40に出力する機能を有する。
脈動波形出力部30は、入力端子と出力端子との間に増幅器32と位相シフト回路34が直列に配置される。すなわち、受光素子16側である入力端子にDCカットコンデンサを介して増幅器32の入力側が接続され、増幅器32の出力側に位相シフト回路34の入力側が接続され、位相シフト回路34の出力側が、発光素子14側である出力端子に接続される。
位相シフト回路34は、発光素子14への入力波形と受光素子16からの出力波形との間に位相差が生じるときに、周波数を変化させてその位相差をゼロに補償する機能を有する回路である。
図4は、光を用いるときの位相シフト回路34の作用を説明する図である。特許文献1における位相シフト回路は超音波振動を用いる場合であり、そのときには超音波振動の周波数を変化させて、超音波振動子への入力波形と超音波振動検出素子からの出力波形との間の位相差をゼロにする。これに対し、光を用いる場合には、光の波長を変化させるのではなく、受光素子16から出力される電圧信号を帰還して発光素子14に入力される電圧信号として帰還ループを形成するときに、その帰還ループにおける電圧信号の振動の周波数を変化させる。
図4において、発光素子14に電圧信号が入力されると、光が放射されるが、その光信号は、入力された電圧信号よりも時間的に遅れる。この遅れは、発光素子14の構造としての容量成分等に起因するものである。つまり、発光素子14において、入力信号としての電圧信号に対し、出力信号としての放射光信号は時間的に遅れ、その意味で位相差が生じている。図4では、時間遅れΔtd1でその遅れが示されている。
発光素子14と受光素子16とを密着して配置する場合には、発光素子14から放射された光はそのまま受光素子16によって受け取られる。上記で述べた発光素子14の仕様の場合、発光素子14と受光素子16との間の距離は最大で30mmまでは使用できるが、その距離が離れるほど受光素子16が受け取る光の量が減少する。いずれにせよ、適切な距離で発光素子14と受光素子16が配置されるときは、受光素子16は発光素子14からの光を受け取ることができる。
受光素子16が光を受け取ると、その光の強度に応じて電圧信号が発生する。その電圧信号は、受け取った光信号よりも時間的に遅れる。この遅れは受光素子16の構造としての容量成分等に起因するもので、上記の仕様では、立上りスイッチング速度、立下りスイッチング速度として示されている。つまり、受光素子16において、入力信号としての光信号に対し、出力信号としての電圧信号は時間的に遅れ、その意味で位相差が生じている。図4では、時間遅れΔtd2でその遅れが示されている。
したがって、発光素子14と受光素子16とを組み合わせると、発光素子14に電圧信号が入力され、これから位相差を有して光が放射され、その光を受光素子16が受け取って、これから位相差を有して電圧信号が出力されることになる。このように、発光素子14の駆動電圧信号と、受光素子の検出電圧信号との間には、時間遅れが生じ、その意味で位相差が生じている。図4の例では、Δtd1+Δtd2の時間遅れが生じる。
ここで、受光素子16の検出電圧信号を発光素子14に駆動電圧信号として適当な増幅器32を用いて帰還することを考える。この場合、発光素子14における遅れ時間と、受光素子16における遅れ時間の和が、位相差でちょうど180度となる周波数で、帰還ループにおいて電圧信号が発振する。例えば、遅れ時間の和であるΔtd1+Δtd2が2.5μsであるとすると、1周期が5μsである周波数200kHzで、帰還ループにおいて自励発振が生じる。
上記の例は、発光素子14と受光素子16の間に空間のみがある場合であるが、発光素子14からの光が測定対象物に放射され、その測定対象物からの反射光を受光素子16が受け取る場合には、入射光と反射光との間に、測定対象物の物質特性に基づく時間遅れが生じる。その意味では、入射光と反射光との間に位相差が生じる。図4では、測定対象物として血管8が示され、血管8に放射された光と反射された光との間の時間遅れΔTdとして、その遅れが示されている。
このように、発光素子14から光が血管8に放射され、血管8からの反射光を受光素子16が受け取る場合には、発光素子14から受光素子16に直接入射する光の影響がないものとして、帰還ループにおける自励発振は、血管8の物質特性を反映したものとなる。
すなわち、図4の例で、発光素子14における遅れ時間Δtd1と、受光素子16における遅れ時間Δtd2と、さらにΔTdとの和が、位相差でちょうど180度となる周波数で、帰還ループにおいて電圧信号が発振する。上記の例で、例えば、遅れ時間の和であるΔtd1+Δtd2+ΔTdが2.55μsであるとすると、1周期が5.1μsである周波数196kHzで、帰還ループにおいて自励発振が生じる。血管8がないときは、周波数200kHzで発振していたので、この発振周波数の差で血管8の物質特性を判断することが可能である。
このように、増幅器32を帰還ループに設けるだけでも、自励発振が生じ、また、血管8を帰還ループの中に含ませることで変化する自励発振周波数の変化から、血管8の物質特性を判断することが可能となる。
発光素子14、受光素子16の特性等にも関係するが、血管8を帰還ループの中に含ませたときの自励発振周波数の変化は非常に小さいことが多い。これに対し、位相の変化は比較的大きいので、位相の変化である位相差を検出することが好ましいが、位相差の精密な測定は、周波数の精密な測定に比して困難である。
位相シフト回路34は、上記のように、発光素子14への入力波形と受光素子16からの出力波形との間に位相差が生じるときに、周波数を変化させてその位相差をゼロに補償する機能を有する回路である。見方を変えれば、位相の変化を周波数の変化に変換する機能を有する回路であり、特徴的なことは、位相差を周波数差に変換するときの変換率を任意に設定できることである。
図5は、横軸に周波数、縦軸にゲインと位相をとった伝達特性曲線図である。図5において、特性線Gfは、位相シフト回路34のゲイン−周波数特性線であり、特性線θfは、位相シフト回路34の位相−周波数特性線である。また、特性線G1,G2は、位相シフト回路34を含まない自励発振回路のゲイン−周波数特性線である。
このように、位相シフト回路34の伝達特性曲線図は、一種のバンドパスフィルタ特性を示している。かかる伝達特性を有する位相シフト回路34は、複数の抵抗素子と複数の容量素子とを組み合わせて構成することができる。また、ディジタル演算として、複数の積分演算要素と複数の微分演算要素等を組み合わせて構成することもできる。
図5を用いて位相シフト回路34の作用を説明する。血管8の状態変化に対応して、発光素子14の入力波形と受光素子16の出力波形との間にΔθの位相差が発生しているとすると、位相シフト回路34は、その特性線θf上で、動作点がΔθだけ移動して、その位相差をゼロにする。そのとき、位相シフト回路34を含まない自励発振回路のゲイン−周波数特性線は、G1からG2に変化する。この変化は、位相シフト回路34の特性線Gf上で、周波数の変化Δfとなる。
このように、発光素子14への入力波形と受光素子16からの出力波形との間に位相差Δθが生じるときに、周波数をΔfだけ変化させてその位相差をゼロに補償する機能を位相シフト回路34は有する。このΔθの変化に対応するΔfの大きさは、特性線θfと特性線Gfの設定で定まる。つまり、位相シフト回路34の伝達特性の設計によって、適当にこの大きさを設定できる。これによって、位相の変化を、適当な大きさの周波数の変化に変換することができる。
この周波数の変化は、血管8の物質特性を反映しており、血管8が脈動すると、その脈動の変化に応じて、周波数が変化することになる。したがって、周波数の周期的な変化を、血管8の脈動波形データとして用いることができる。
再び図1に戻り、脈動波形出力部30は、上記のように、位相シフト回路34によって位相差がゼロに補償された周波数の周期的な時間変化データを血管8の脈動データとして出力し、FV変換部40に供給する。
FV変換部40は、脈動波形出力部30から出力された周波数データを電圧データに変換する機能を有する回路である。かかるFV変換部40は、適当なFV変換機能を有する市販のICを用いることができる。例えば、上記の例で、自励発振周波数が100kHzから200kHzである場合には、周波数レンジが1kHzから500kHz程度、電圧レンジが0Vから5V程度の仕様を有するFV変換ICを用いることができる。
上記の仕様のFV変換ICを用いて、例えば、周波数変化が110kHzから120kHzとすると、FV変換特性が直線特性として、この周波数変化は、およそ10mV程度の電圧変化として変換されることになる。
A/D変換部42は、FV変換部40のアナログ出力をディジタルデータに変換する機能を有する回路である。かかるA/D変換部42は、演算処理部50における演算範囲に適した適当なディジタルビット数に変換できる市販のA/D変換IC等を用いることができる。演算範囲である適当な変換されたディジタルデータは、演算処理部50に供給される。
演算処理部50は、ディジタルデータとして供給された周波数変化データを処理して、血管脈波測定データとして出力する機能を有する演算処理装置である。かかる演算処理部50は、演算処理に適したコンピュータで構成することができる。
演算処理部50は、血管脈波測定演算のためにいくつかの機能を有する。血管脈波測定演算モジュール52は、脈動波形データに基づいて、予め定めた演算上限値と演算下限値の間の演算範囲で血管脈波測定に関する演算を行う機能を有する。血管脈波測定演算には、脈拍数の算出、最高血圧の算出、最低血圧の算出が含まれる。
また、周波数データ取得モジュール54は、脈動波形データを取得し、必要な場合、予め定めた周期分取得し、取得した周期分のデータの中央値と最大振幅値とを求める周期分データ取得処理を実行する機能を有する。また、浮動中央値設定処理モジュール56は、取得した最大振幅値が演算範囲に対し予め定めた比率となるように最大振幅値を増幅し、取得した中央値をその絶対値に関わらず浮動的に演算範囲の中央値に設定し、取得される脈動波形データを演算手段の演算範囲に収まるように変換する機能を有する。また、ノイズ除去処理モジュール58は、周波数データに対しローパスフィルタ演算処理を行って演算手段に供給し、また、周波数データをサンプリングタイミングごとに取得して、取得したデータを移動平均法により順次処理して滑らかな脈動波形とする機能を有する。
かかる機能はソフトウェアを実行することで実現でき、具体的には、血管脈波測定プログラムを実行することで実現できる。これらの機能の一部をハードウェアで実現するものとしてもよい。
図1に示される表示部60は、演算処理部50の演算結果を表示する装置である。図1では、ローパスフィルタ処理後の脈動波形表示62、移動平均法の処理後の脈動波形表示64、血管脈波測定値表示66としての脈拍数、最高血圧Pmax、最低血圧Pminの表示が示されている。かかる表示部60としては、適当なディスプレイ、プリンタ等を用いることができる。
かかる構成の血管脈波測定システム10の作用について、特に演算処理部50の各機能について、図6のフローチャートと、図7から図13の各図を用いて説明する。
図6は、血管脈波測定の手順を示すフローチャートである。各手順は、血管脈波測定プログラムの各処理手順にそれぞれ対応する。血管脈波測定を行うには、光探触子12を被測定者6の血管8に対応する適当な部位に取り付け、光探触子回路20から表示部60までの各電気回路の電源をONとして初期化を実行する。そして、演算処理部50において、血管脈波測定プログラムを立ち上げる。
そして、脈動波形データを5周期分取得する(S10)。この工程は、演算処理部50の周波数データ取得モジュール54の機能によって実行される。具体的には、脈動波形出力部30から出力される周期的な周波数データを、5周期分取得する。脈動波形は、血管8の脈動の周期である脈拍周期に応じて周期性を有するので、5周期分とは、脈拍で5拍分である。なお、5周期は、例示的なものであって、5周期以外であってもよく、場合によっては、1周期でもよい。
例えば、上記のように、血管8の脈動による周波数変化が110kHzから120kHzとすると、FV変換後において、電圧変化の最大振幅値は、5周期分においても、およそ10mV程度である。FV変換部の電圧レンジは5Vであるので、この電圧変化の最大振幅値は、電圧レンジの10/5000に過ぎない。
FV変換部40のデータはA/D変換部42によってディジタル変換されて演算処理部50に供給されるので、演算処理部50は、FV変換部40の電圧レンジの幅を演算範囲として想定し、設定される。上記の例で、FV変換部40の電圧レンジが0Vから5Vであるとき、演算処理部50が16ビットのデータで演算処理するものとすれば、16ビットが5Vに対応するように、A/D変換部42においてデータ変換が行われる。
したがって、上記の例のように、血管8の脈動による周波数変化を電圧変化に変換したところ、最大振幅値がおよそ10mVであると、演算範囲の1/500しか演算に利用されないことになる。そこで、この10mVを演算範囲の中に収まる程度に増幅する処理が行われる。
すなわち、取得された5周期分の脈動波形データを用いて、その中央値と最大振幅値とを算出する(S12)。上記の例では、中央値が5mV、最大振幅値が10mVである。実際には、ディジタル変換されているので、中央値も最大振幅値も16ビットデータで表されるものであるが、説明にはアナログデータの方が分かりやすいので、以下では、アナログデータを用いて説明する。
次に、最大振幅値を演算範囲の1/2に設定する(S14)。上記の例では、10mVを、5V/2に拡大する。つまり、10mVのデータを2500mVに拡大する。
そして、中央値を、その絶対値に関わらず、浮動的に、演算範囲中央値に設定する(S16)。上記の例で、5mVが2.5Vに設定される。S12,S14,S16の工程は、演算処理部50の浮動中央値設定処理モジュール56の機能によって実行される。
その様子を図7に模式的に示す。図7は、横軸に時間、縦軸に電圧をとった2つの図が示されている。左側の図は、FV変換後の5周期分の脈動波形が示されている。上記の例では、この最大振幅値は10mV、中央値は5mVであるが、模式的に中央値についてはバイアスをかけてほぼ2V程度とし、最大振幅値も誇張して図示されている。右側の図は、浮動中央値設定処理後の脈動波形が示されている。左右の図とも、縦軸はフルレンジが5Vで、この範囲が演算範囲である。
図7の左右の図を比較しやすいように、最大振幅値の拡大と、中央値の移動とが矢印で示されている。このように、浮動中央値設定処理は、脈動波形の中央値を、実際の値に関わらず、常に演算範囲の中央値である2.5Vに移動する。そして、最大振幅値も、実際の値に関わらず、演算範囲である5Vの1/2である2.5Vに拡大される。このようにして、以後の演算においては、演算範囲が有効に用いられる。
最大振幅値を演算範囲の1/2としたのは、後述するように、脈動波形が時間経過と共に変動することがあるためである。図7の例では、脈動波形の上限値が1.25V高くなるまで、あるいは脈動波形の下限値が1.25V低くなるまで、データは演算範囲の0Vから5Vの範囲にあるので、演算を継続することができる。
このように、最大振幅値を演算範囲の1/2としたのは、データの時間的変動があっても演算範囲の中に収まるように余裕度を持たせながら、できるだけ演算範囲を有効に用いてデータ処理を実行するためであるので、1/2以外の設定であってもよい。例えば、1/3から2/3の範囲で、適当な値を用いることができる。
再び図6に戻り、このようにして、実際の周波数データの中心値と最大振幅幅を調整して以後の演算において演算範囲を有効に使えるようにする設定がおわると、脈波測定演算のためのデータ収集が行われる。すなわち、脈動波形データのサンプリング取得が行われる(S18)。サンプリングは、脈動波形の変化に対し十分な細かさで行うことが好ましい。例えば、5msごとに周波数データを取得するものとできる。
図8は、脈動波形のサンプリングデータと、観血法による血管内の圧力変動のデータとを比較して示す図である。図8の横軸は時間で、上段の図は、発光素子14と受光素子16を用いて図1の構成によって得られる周波数データを電圧データに変換したもので、縦軸は電圧である。下段の図は、別途、圧力センサを血管8の内部に挿入して実際に血管内の圧力の時間変化を求めたデータで、縦軸が圧力である。
図8に示されるように、図1の構成によって得られるデータは、実際の血管内の圧力とよい一致を見る。したがって、図1の構成で得られる周期的脈動波形データと、観血法等で得られる血圧データとの間の相関関係を予め求めておけば、図1の構成で得られる周期的脈動波形データから血圧を求めることができる。
図9は、脈動波形データと、血圧との間の相関関係を示す1例である。ここでは、図1の構成で得られる周波数データを横軸にとり、観血法で求めた血圧値を縦軸にとってある。Q1,Q2として示される直線は、2人の被測定者についてのそれぞれの相関関係を示す線である。このように被測定者が異なれば、脈動波形データと血圧値との間の相関関係が異なるので、予め被測定者ごとに相関関係を求めておく必要がある。また、同じ被測定者であっても、安静状態と運動状態等で、脈動波形と血圧値との間の相関関係が異なることがあるので、予め測定状態を設定してそれぞれの相関関係を求めておく必要がある。
図1で得られる脈動波形と血圧値との間の相関関係は、被測定者ごと、測定条件ごとに関連付けられて適当な記憶装置に記憶させておくことができる。図10は、そのようにして記憶された相関関係を用いて、図1の脈動波形データを血圧データに換算した例を示す図である。ここでは横軸に時間をとり、縦軸に換算後の血圧値がとられている。このようにして血圧データの換算が行われると、これに基づいて、脈拍数、最高血圧Pmax、最低血圧Pmin等の血管脈波測定を行うことができる。
脈動波形データサンプリング取得が行われると上記のように周波数データと血圧値との相関関係を用いて血管脈波測定の演算に進むことができるが、脈動波形データが時間と共に変動することがある。図11はそのような場合を示す図である。ここでは横軸に時間をとり、縦軸がFV変換後の電圧値である。縦軸のフルスケールは、図7で説明したのと同様に5Vである。このように、時間経過と共に、データの振幅値がほぼ同じであるにもかかわらず、データの中心点が次第に変化し、ついには、縦軸のフルスケールを超えることが生じる。
このように脈動波形が時間と共に変動する原因の1つは、光探触子12の取り付けが不十分で、光探触子12と血管8との相対位置関係が時間と共に変化することである。したがって、光探触子12を被測定者6の測定部位からずれないようにしっかりと固定することが好ましい。他の原因としては、被測定者の姿勢状態等が時間と共に変化することがある。いずれにせよ、脈動波形を精度よく収集するには演算範囲を有効に使うために、脈動波形を適当に増幅する必要があるので、脈動波形の中心点の移動があれば、演算範囲から外れることが生じえる。
そこで、再び図6に戻り、脈動波形データのサンプリング取得において、データが演算範囲以内であるか否かが判断される(S20)。具体的には、FV変換後の電圧データが演算範囲に対応する0Vから5Vの範囲にあるか否かが判断される。判断が否定であれば、再びS10に戻り、脈動波形の最大振幅値の設定、中心値の設定を元に戻し、FV変換後の生データに基づいて、5周期分の脈動波形データを取得する。そしてS12,S14,S16の処理、すなわち、浮動中心値設定処理をやり直す。
このように、取得された脈動波形データが演算範囲以内か否かを判断して、演算範囲を超えるときには、再度、浮動中心値設定処理を行って、脈動波形の中心値を演算範囲の中心値に戻す。最大振幅値はほとんど変化がないことが多いが、必要に応じ、最大振幅値を演算範囲の1/2に設定し直す。図12は、このようにして、演算範囲に脈動波形データが収まるように浮動中心値設定処理を行ったときの脈動波形の様子を示す図である。横軸は時間で、縦軸はFV変換後の電圧である。
再び図6に戻り、S20において判断が肯定されると、取得された脈動波形データを用いて血管脈波測定演算に進むが、その前に脈動波形データについてノイズ除去処理が行われる。ノイズ除去処理としては、高周波ノイズを除去するためのローパスフィルタ処理が行われる(S22)。
ローパスフィルタの通過周波数帯域としては、脈動波形出力部30における周波数帯域とすることが好ましい。上記の例では、200kHz以下の帯域を通過周波数帯域とし、それ以上の周波数データをノイズとして除去することが好ましい。フィルタ処理が行われた脈動波形データについて、図9で説明した相関関係を記憶装置から読み出してこれを適用し、血圧測定(S24)等の血管脈波測定が行われる。
フィルタ処理は演算時間がかかる場合があり、脈動波形のサンプリング時間を超えることがあるので、リアルタイムで脈動波形を観察するのに適していない。一方で、FV変換後の脈動波形ではノイズが重畳し観察に適していないことが多い。
そこで、リアルタイムで脈動波形を観察できるように、脈動波形データについて移動平均処理が行われる(S26)。この処理は、S22のフィルタ処理と平行して行われる。移動平均法とは、ある時刻でサンプリングデータが取得されると、それ以前の数個のサンプリングデータについての平均を求め、その平均値をその時刻のデータとし、各サンプリングタイムごとに平均すべきサンプリングデータを移動してゆくものである。この方法によれば、突発的異常データを丸めることができ、一種のノイズ除去作用がある。
図13は、FV変換後の生データから移動平均法を用いて滑らかな脈動波形を生成する様子を示す図である。上段の図は、横軸が時間で、縦軸はFV変換後の電圧値aであり、各サンプリングタイムにおける電圧データの変化の様子が示されている。
下段の図は、横軸が時間で、その原点位置等は上段の図と揃えてある。縦軸は、上段の各サンプリングタイムにおけるデータの移動平均値bである。移動平均値は、5つのデータについて行うものとした。この場合、サンプリングタイムiのときの生データをa i とすると、サンプリングタイムiのときの移動平均値b i は、b i =(a i-4 +a i-3 +a i-2 +a i-1 +a i )で計算できる。すなわち、サンプリングデータa i が取得されると直ちに移動平均値b i が算出できるのでリアルタイム処理が可能である。なお、移動平均に用いるデータの数は5つでなくてもよい。
移動平均法によって滑らかな脈動波形が得られると、表示部60にリアルタイムでその脈動波形が表示される(S28)。このように、図1で示されるように、表示部60には、リアルタイムで移動平均法による脈動波形が表示され、これよりやや遅れて、演算サイクルごとにフィルタ演算を介した脈動波形についての血管脈波測定結果としての脈拍、最高血圧、最低血圧が表示される。一連の測定が終了するまで、上記の手順が繰り返される(S30)。
上記においては、光を用いて血管の脈動波形を求めている。このように、発光素子と受光素子とを用いて血管の脈動波形を精度よく求めることは、光を用いる物性特性測定に相当するが、精度よく脈動波形を検出するには、発光素子と受光素子とを用いて対象物の物性特性を測定するための光を用いる物性特性システムを精度よく構築する必要がある。以下では、対象物の物性を精度よく測定するための光を用いる物性特性システムの構成を説明する。以下の説明は、また、光の物質特性測定システムの構築方法となるものである。
図14は、光を用いる物質特性測定システム100の構成を説明する図である。なお、以下では、光を用いる物質特性測定システムのことを、特に断らない限り、単に、物質特性測定システムと呼ぶことにする。物質特性測定システム100は、発光素子14と、受光素子16と、増幅器32と、位相シフト回路34とをループ状に接続したものである。ここで、発光素子14と受光素子16との間に測定対象物を配置し、発光素子14から対象物に光を照射し、対象物からの反射光を受光素子で受け止める。この内容は図4と同じものであって、光を用いて物質の特性を測定する場合には、光の波長の変化を検出するのではなく、受光素子16から出力される電圧信号を帰還して発光素子14に入力される電圧信号として帰還ループを形成するときに、その帰還ループにおける電圧信号の振動の周波数の変化を検出する。
図14において、発光素子14に電圧信号が入力されると、光が放射されるが、その光信号は、入力された電圧信号よりも時間的に遅れる。この遅れは、発光素子14の構造としての容量成分等に起因するものである。つまり、発光素子14において、入力信号としての電圧信号に対し、出力信号としての放射光信号は時間的に遅れ、その意味で位相差が生じている。図4では、時間遅れΔtd1でその遅れが示されている。
発光素子14と受光素子16とを密着して配置する場合には、発光素子14から放射された光はそのまま受光素子16によって受け取られる。上記で述べた発光素子14の仕様の場合、発光素子14と受光素子16との間の距離は最大で30mmまでは使用できるが、その距離が離れるほど受光素子16が受け取る光の量が減少する。いずれにせよ、適切な距離で発光素子14と受光素子16が配置されるときは、受光素子16は発光素子14からの光を受け取ることができる。
受光素子16が光を受け取ると、その光の強度に応じて電圧信号が発生する。その電圧信号は、受け取った光信号よりも時間的に遅れる。この遅れは受光素子16の構造としての容量成分等に起因するもので、上記の仕様では、立上りスイッチング速度、立下りスイッチング速度として示されている。つまり、受光素子16において、入力信号としての光信号に対し、出力信号としての電圧信号は時間的に遅れ、その意味で位相差が生じている。図4では、時間遅れΔtd2でその遅れが示されている。
したがって、発光素子14と受光素子16とを組み合わせると、発光素子14に電圧信号が入力され、これから位相差を有して光が放射され、その光を受光素子16が受け取って、これから位相差を有して電圧信号が出力されることになる。このように、発光素子14の駆動電圧信号と、受光素子の検出電圧信号との間には、時間遅れが生じ、その意味で位相差が生じている。図4の例では、Δtd1+Δtd2の時間遅れが生じる。
ここで、受光素子16の検出電圧信号を発光素子14に駆動電圧信号として適当な増幅器32を用いて帰還することを考える。この場合、発光素子14における遅れ時間と、受光素子16における遅れ時間の和が、位相差でちょうど180度となる周波数で、帰還ループにおいて電圧信号が発振する。例えば、遅れ時間の和であるΔtd1+Δtd2が2.5μsであるとすると、1周期が5μsである周波数200kHzで、帰還ループにおいて自励発振が生じる。
上記の例は、発光素子14と受光素子16の間に空間のみがある場合であるが、発光素子14からの光が測定対象物に放射され、その測定対象物からの反射光を受光素子16が受け取る場合には、入射光と反射光との間に、測定対象物の物質特性に基づく時間遅れが生じる。その意味では、入射光と反射光との間に位相差が生じる。図14では、測定対象物として血管8が示され、血管8に放射された光と反射された光との間の時間遅れΔTdとして、その遅れが示されている。
いま、測定対象物を血管8とすると、発光素子14から血管8に放射され、血管8からの反射光を受光素子16が受け取る場合には、発光素子14から受光素子16に直接入射する光の影響がないものとして、帰還ループにおける自励発振は、血管8の物質特性を反映したものとなる。
すなわち、図14の例で、発光素子14における遅れ時間Δtd1と、受光素子16における遅れ時間Δtd2と、さらにΔTdとの和が、位相差でちょうど180度となる周波数で、帰還ループにおいて電圧信号が発振する。上記の例で、例えば、遅れ時間の和であるΔtd1+Δtd2+ΔTdが2.55μsであるとすると、1周期が5.1μsである周波数196kHzで、帰還ループにおいて自励発振が生じる。血管8がないときは、周波数200kHzで発振していたので、この発振周波数の差で血管8の物質特性を判断することが可能である。
上記のように、測定対象物に光が入射して、対象物から光が反射すると、測定対象物の物性に応じて、入射光信号と反射光信号との間に遅れ時間ΔTdが生じる。この遅れ時間ΔTdは、対象物に当って光信号自体が遅れるというよりは、光信号の振幅が異なることによって生じることが多い。すなわち、対象物によって反射光の立上り特性、立下り特性にはほとんど有意差がなく、したがって、反射光信号の振幅が小さいときの光信号のパルス幅は、反射光信号の振幅が大きいときの光信号のパルス幅よりも短くなる。この光信号のパルス幅の相違が、遅れ時間、あるいは位相差として観察されるからである。
このことから、物質の反射率が大きいものと小さいものとを比較すると、前者の光信号のパルス幅の方が長く、したがってΔTdは小さい。また、物質の透過率が大きいものと小さいものとを比較すると、前者の光信号のパルス幅の方が長く、したがってΔTdは小さい。
このように、対象物物質の光学的反射率特性、光学的透過率特性に応じて遅れ時間ΔTdが相違してくるが、このほかに、対象物に照射光を当てると、照射光の波長−振幅特性であるスペクトル特性が変調し、結果として、反射光の大きさが変化することがある。つまり、入射光が変調を受けるため、受光素子で受光する光量が変化し、これによって光信号のパルス幅が変化し、時間遅れΔTdが変化する。
したがって、光を用いて対象物の物質特性を測定する場合、対象物の光学的反射率あるいは光学的透過率の相違に基くものと、対象物に当てる照射光のスペクトル変調特性に基くものとがあることになる。後者も結局は受光量の変化で検出することになるので、全体的にいえば、対象物の物性に応じて変化する受光量の変化を時間遅れΔTdとして、それに対応する位相差の大きさを位相シフト回路によって周波数偏差に換算して、物質特性として測定することになる。
このように、光を用いて対象物の物質特性を測定する原理は、対象物の物性によって変化する受光量の変化を測定するものである。位相シフト回路を用いるのは、受光量の変化に起因する遅れ時間ΔTdを位相差として、その位相差を周波数変化に変換でき、これによって測定精度を格段に向上させることができるからである。
上記のように、受光量の変化の成分としては、対象物の光学的反射率あるいは光学的透過率の相違に基くものと、対象物に当てる照射光のスペクトル変調特性に基くものとがあり、実際の対象物の物性としては双方の成分が重畳していることが多い。そして、一般的には、対象物の光学的反射率あるいは光学的透過率の相違に基くもの方が受光量の変化に大きく影響を与えるのに対し、対象物に当てる照射光のスペクトル変調特性に基くものは受光量の変化に与える影響が少ない。以下では、まず、対象物の光学的反射率あるいは光学的透過率の相違を精度よく測定できる物質特性測定システムの構成について述べ、次にスペクトル変調特性の相違を精度よく測定できる物質特性測定システムの構成について述べる。
図15は、物性特性測定システム100の構築手順を説明する図である。最初に、対象物の測定に適するように、発光素子14の波長と受光素子16の波長を選択する(S100)。たとえば、それぞれの波長を対象物の色に合せるものとできる。1例として、血管の脈動波形のように血液の色に関係する場合には、発光素子14のピーク放射波長を940nm、受光素子16のピーク検出波長を720nmとすることができる。また、血糖値のように、グルコースの分光特性に関係する場合には、発光素子14の波長としてピーク放射波長を1300nm、受光素子16のピーク検出波長を1550nmとすることができる。
図16は、発光素子14の発光特性と受光素子16の受光特性によって、受光素子16の実際の受光量がどのようになるかを説明する図である。ここでは、横軸に波長、縦軸に光強度をとり、ピーク放射波長λ1の発光素子14の波長−発光強度特性102、ピーク検出波長λ2の受光素子16の波長−受光強度特性104がそれぞれ示されている。この波長−発光強度特性102と波長−受光強度特性104とが重なるところが受光量領域106である。この受光量領域106の面積が大きいほど、受光素子16が受け止める光量が大きい。
なお、ここでは、発光素子14から照射された光は、対象物に当っても、その振幅が変化するだけで、周波数は変化しないものと考えているので、対象物を考えずに、発光素子14の波長−発光強度特性102と受光素子16の波長−受光強度特性104のみを検討している。実際に対象物に発光素子14からの光が照射されると、発光素子14の波長−発光強度特性102の振幅が低下する。したがって、図16の発光素子14の波長−発光強度特性102を、波長−反射強度特性に置き換えることで、さらに正確に、受光量領域106の検討をすることができる。
上記のように、発光素子14の波長と受光素子16の波長の選択は、上記のように、対象物の色、分光特性等から行うほかに、受光量領域106の面積が適当に広くなるように、それぞれの波長−光強度特性を重ね合わせて決定することがよい。検出波長幅を広く取りたいときは、発光素子14の波長λ1と受光素子16の波長λ2との差を小さくし、逆に、狭い検出波長幅としたいときは、発光素子14の波長λ1と受光素子16の波長λ2との差を大きくすることがよい。
再び図15に戻り、発光素子14と受光素子16の波長選択が行われた後に、初期発振状態配置の設定を行う(S102)。上記のように、発光素子14と、受光素子16と、増幅器32と、位相シフト回路34とをループ状に接続すると、発光素子14と受光素子16との間に測定対象物がなくても、発光素子14からの光が適当に受光素子16に入ることで、電気信号の発振が生じる。この対象物がまだない状態で生じる発振を初期発振状態と呼ぶことにすると、この初期発振状態は、上記のように、発光素子14における遅れ時間Δtd1と、受光素子16における遅れ時間Δtd2によるものである。しかし、発光素子14と受光素子16とを適切に配置しないと、発振が不安定となり、場合によっては発振が減衰し、ついには発振停止となる。
初期発振状態を適切に維持するには、発光素子14の光放射指向特性と受光素子16の光検出指向特性とを適切に重ね合わせることが必要である。発光素子14と受光素子16の配置関係は、例えば、対象物の光学的透過率特性を用いるときには、発光素子14と受光素子16とを一直線上に向かい合わせることが便利で、対象物の光学的反射率特性を用いるときには、発光素子14と受光素子16とを一枚の基板上に並べることが便利である。
図17は、対象物の光学的透過率特性を用いるのに便利なように、発光素子14と受光素子16とを向かい合わせて配置する場合の例である。ここでは、発光素子14の発光中心軸である光軸と、受光素子16の受光中心軸である光軸を同軸の中心軸110として合せこむことがよい。このときに、発光素子14からの放射光について、図16で説明した受光量領域に対応する受光量として適切に受け止めることができる。発光素子14と受光素子16との間の距離L1は、これが長くなるにつれて発光指向特性における光源からの距離が長くなるので、発光素子14からの放射光を受光素子16が受け止める量が(L1)-3にほぼ比例して少なくなる。したがって、L1は、その間に対象物が挿入できる程度に、狭くすることがよい。
図18は、対象物の光学的透過率特性を用いるのに便利なように、発光素子14と受光素子16を1枚の基板上に配置する場合の例である。ここでは、発光素子14の発光指向特性114と受光素子16の受光指向特性116とが示されている。この2つの指向特性が重なる部分に対象物を配置することで、発光素子14からの照射光が対象物に当り、それによる反射光を受光素子16で受け止めることができる。その意味で、この2つの指向特性が重なる部分を受光可能領域118と呼ぶことができる。受光可能領域118の位置は、発光素子14の発光指向特性114と、受光素子16の受光指向特性116と、発光素子14と受光素子16との間の距離L2とで定まるので、その結果から、基板から対象物との間の距離L2が定まる。L2が長くなるにつれて発光指向特性における光源からの距離が長くなるので、発光素子14からの放射光を受光素子16が受け止める量が(L3)-3にほぼ比例して少なくなる。したがって、L3は、対象物と発光素子14、受光素子16が接触するかしないか程度として、できるだけ小さくすることが好ましい。
再び図15に戻り、初期発振状態を維持するのに適した配置が設定されると、次に発光駆動回路と受光出力回路の条件が設定される(S104)。上記のように、光を用いて対象物の物性を測定するのは、対象物の物性によって受光量が相違するのを、時間遅れΔTdの相違として利用するものである。したがって、初期発振状態のときの受光量と、対象物を発光素子14と受光素子16の間に配置したときの受光量に相違が生じることが必要である。換言すると、受光出力回路の出力電気信号が飽和しては困る。たとえば、発光素子の14の放射光が強すぎて、初期発振状態のときの受光量と、対象物を発光素子14と受光素子16の間に配置したときの受光量が同じとなっては困る。したがって、受光出力回路の初期発振状態の下での出力電気信号と、発光素子14と受光素子16の間に対象物が配置されたときの出力電気信号との間で信号飽和状態が生じない照射光信号となるように駆動条件が設定される。
図19は、発光駆動回路と受光出力回路の様子を示す図である。発光素子14に対する発光駆動回路としては、+Vccと接地との間に発光素子14と駆動トランジスタ24と抵抗素子27とを直列に接続し、駆動トランジスタ24の制御端子であるベースを、+Vccと接地との間に直列に接続した2つの抵抗素子25,26の接続点に接続する構成が用いられる。ここで、抵抗素子25,26,27の値の設定によって、発光素子14の照射光信号の大きさである発光強度が定まる。受光出力回路としては、+Vccと−Vccとの間に、負荷抵抗22とダイオード23と受光素子16とが直列に接続される構成が用いられる。負荷抵抗22は、受光素子16の電流を電圧に変換するためのものである。
発光素子14と受光素子16との特性はS100で設定されているので、受光出力回路の初期発振状態の下での出力電気信号と、発光素子14と受光素子16の間に対象物が配置されたときの出力電気信号との間で信号飽和状態が生じない照射光信号となるようにするには、受光出力回路の出力電気信号を見ながら、抵抗素子25,26,27の値を適当に変更することになる。
図20と図21は、照射光信号の振幅の大きさと受光信号の振幅の大きさと、受光信号のパルス幅の関係を模式的に説明する図である。図20は、照射光信号122の振幅の大きさである発光照度が適切な場合で、3つの異なる対象物に対するそれぞれの受光信号124について、それぞれの受光信号のパルス幅T1,T2,T3の相違が明確に区別できる。パルス幅T1,T2,T3の相違は時間遅れΔTdの相違に対応するので、図20の場合は、対象物の相違による時間遅れΔTdの相違、すなわち位相差が適切に区別して検出できる。
これに対し、図21は、照射光信号122の振幅の大きさである発光照度が不適切に大きすぎる場合で、3つの異なる対象物に対するそれぞれの受光信号124の振幅が飽和に近く、それに対応して、それぞれの受光信号のパルス幅T4,T5,T6の相違がほとんど区別できない。パルス幅T4,T5,T6の相違は時間遅れΔTdの相違に対応するので、図21の場合は、対象物の相違による時間遅れΔTdの相違、すなわち位相差がほとんど区別でないことになる。図19で説明した発光駆動回路の駆動条件は、図20の例となるように、図21の例にならないように、抵抗素子25,26,27の値を実験的に変更しながら、適切に設定することが必要である。なお、受光出力回路の負荷抵抗22の調整も場合によっては有効である。
再び図15に戻り、発光駆動回路と受光出力回路の条件設定が終わると、位相シフト回路34の動作中心周波数の設定を行う(S106)。上記のように、初期発振状態における発振周波数は上記のように発光素子14における遅れ時間Δtd1と、受光素子16における遅れ時間Δtd2とに基く。この周波数を初期発振常態周波数と呼ぶことができる。ここで、発光素子14と受光素子16との間に対象物を配置すると、対象物の物性による時間遅れΔTdと、上記のΔtd1と、Δtd2トに基いて発振する。このときの発振周波数を対象物発振状態周波数と呼ぶことができる。位相シフト回路34を用いる物性特性測定システム100では、初期発振状態周波数と、対象物発振状態周波数の差を用いる。
したがって、位相シフト回路34の動作中心周波数の設定は、初期発振状態周波数または対象物発振状態周波数に基いて行うことができるが、対象物発振状態周波数ははじめからきめることができないので、初期発振状態周波数に基いて設定するものとすることが好ましい。そこで、ここでは、位相シフト回路34の動作中心周波数の設定を、初期発振状態周波数に基いて行うものとする。
図22は、位相シフト回路34の動作中心周波数の設定の様子を説明する図である。図22は、ゲイン・位相特性図130であり、その横軸は周波数で、縦軸はゲインおよび位相である。ここで位相シフト回路34の周波数に対するゲイン特性132は、ピークを有する対称形のいわばバンドパスフィルタ的特性である。位相シフト回路34の周波数に対する位相特性は、ゲイン特性のピークのところで位相反転する特性である。位相シフト回路34の動作中心周波数は、このゲイン特性がピークとなる周波数である。位相シフト回路34のゲイン特性、位相特性は、位相シフト回路34を構成する素子定数を変更することで様々に設定することができる。
図22において、ゲイン特性136は、位相シフト回路34を除いて、発光素子14と、受光素子16と、増幅器32とをループ状に接続したときの特性である。すなわち、初期発振状態における発光素子14と、受光素子16と、増幅器32と、位相シフト回路34とをループ状に接続したときの全体のゲイン特性から位相シフト回路34のゲイン特性を除いたものである。したがって、初期発振状態における発光素子14と、受光素子16と、増幅器32と、位相シフト回路34とをループ状に接続したときのループ全体の発振状態は、このゲイン特性136と、位相シフト回路34のゲイン特性132の交わった動作点138で示される。つまり、動作点138における周波数が初期発振状態周波数となる。
図22に示されるように、位相シフト回路34の動作中心周波数は、初期発振状態周波数から予め定めた所定の周波数幅を隔てたところに設定される。図22の例では、動作点138の周波数が初期発振状態周波数であるが、ここから適当な周波数だけ高い周波数のところが、位相シフト回路34のゲイン特性132においてピーク最大となる動作中心周波数とされる。その動作中心周波数となるように、位相シフト回路34を構成する素子定数が設定される。位相シフト回路34の動作中心周波数の状態は位相シフト回路34の共振状態であるので、初期発振状態を安定的に維持するには、初期発振状態周波数と位相シフト回路34の動作中心周波数との差である周波数幅を大きくとることが望ましい。その分、動作点138におけるゲインが低くなるので、そのことの考慮も必要である。
再び図15に戻り、位相シフト回路34の動作中心周波数の設定が終わると、これで物性特性測定システム100についての動作条件設定が完了し(S108)、この条件の下で対象物の物性特性測定が行われる(S110)。具体的には、発光素子14と受光素子16との間に対象物が配置され、そのときの発振周波数である対象物発振状態周波数が検出され、初期発振状態周波数と比較されて、両者の間の周波数変化が求められる。そして別途実験等から求められている周波数変化−物性特性値の換算関係を用いて、対象物の物性特性値が求められる。
これまで、対象物の光学的反射率あるいは光学的透過率の相違を精度よく測定できる物質特性測定システム100の構成について述べてきたので、次にスペクトル変調特性の相違を精度よく測定できる構成について述べる。図23は、スペクトル変調特性が生じる対象物の場合を説明する図である。図23は、図16に対応する図であるが、ここでは、ピーク放射波長λ1の発光素子14の波長−発光強度特性102が、対象物に照射されることで、波長−反射光強度特性103に変調することが示されている。このように変化することで、受光量領域107が、図16の場合から変化する。この受光量領域の変化に基いて、対象物のスペクトル変調特性を測定することができる。
図16の受光量領域106と、図23の受光量領域107の変化はあまり大きくないので、この変化による時間遅れΔTdはあまり大きくない。したがって、初期発振状態周波数と対象物発振状態周波数との間の周波数変化もあまり大きくない。そこで、この周波数変化を拡大して測定するために、位相シフト回路34の動作周波数の設定が、ゲインを高めるように行われる。すなわち、対象物の物性特性が光学的反射率特性または光学的透過率特性である場合の所定の周波数幅よりも、照射光のスペクトル特性が対象物によって変調を受けるスペクトル変調特性の場合の所定の周波数幅を狭く設定する。
図22を用いて説明すると、スペクトル変調特性の場合において、位相シフト回路34を除いて、発光素子14と、受光素子16と、増幅器32とをループ状に接続したときの特性をゲイン特性140とする。その動作点142を、位相シフト回路34のゲイン特性のゲイン/周波数の傾きが大きいところになるように、位相シフト回路34の動作中心周波数を設定する。具体的には、動作点142の周波数と、位相シフト回路34のゲインがピークとなる動作中心周波数との間の周波数幅は、動作点138の周波数と、位相シフト回路34の動作中心周波数との間の周波数幅よりも狭くなるように設定される。