JP5338188B2 - 合金工具鋼及びその製造方法 - Google Patents
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Description
この非等方的な不均一な膨張は、例えば金型を製造するに際して次のような問題を生ずる。
或いは切削工具の負荷が大きくなり過ぎて(0.09%を1回で加工した場合)、工具が破損するといった重大な問題に繋がる。
本発明は、焼入焼戻しの熱処理に関するもの、すなわち相変態を伴う場合の寸法変化の等方性に関するものであり、相変態の有無の点で引用文献1に開示のものとは本質的に異なっている。よって、特許文献1から、本発明に示す相変態を伴う場合の寸法変化の等方性は推論されるものではない。
しかしながらこの特許文献2には本発明の課題は開示されておらず、また課題解決のための手法においてこの文献に開示のものは本発明と相異なったものである。
尚、本発明において鍛造とはロール鍛造(一般的には圧延)を含む概念である。
またこの炭化物の分布状況と、焼入焼戻しによる膨張の関係とを調べたところ、膨張の大きさが炭化物の面積率と相関があり、その面積率が大となるほど、膨張の程度が大きいことが併せて判明した。
合金工具鋼における鍛造方向とこれに直角方向とで、炭化物の面積率が異なれば、母材即ち金属マトリックスの歪み方も方向によって異なることが考えられ、これが膨張の非等方性の要因となっていると考えられる。
その面積比率L/Tは理想的には1とすることであるが、金型等を製造する上では0.9〜3.00の範囲内であれば十分均一な寸法変化(焼入焼戻しによる)を得ることができる。
本発明はこうした知見に基づいてなされたものである。
この範囲内でなければ一般的に必要とされる金型寸法精度±0.03%を満たすことができない(鍛造方向では寸法精度を満たしたとしても、鍛造方向と直角方向の寸法精度を満たせなくなるため)。
(1)鋳造開始から、凝固完了(1200℃)までの冷却速度が0.1〜5.0℃/minとなる条件での鋳造。あるいは、この鋳造材を再溶融させ(2次溶解)、再凝固させる方法(一般的には、VAR(真空アーク再溶解法)やESR(エレクトロスラグ再溶解法)による2次溶解・鋳造技術)。さらには、粉末素材を使用し、HIP(高温静水圧プレス)によって製造する方法。
(2)1100〜1250℃で10時間以上のソーキング処理を少なくとも一度は実施し、900〜1250℃の温度範囲で、熱間鍛造(圧延含む)を開始することにより鍛錬比0.85〜30となるように行う製造方法。
(2)の方法は、粗大な炭化物を適正範囲にコントロールするのに最適の方法である。ソーキング処理は、焼入れ温度よりも高温でかつ、融点よりも低い温度で実施する必要がある。ソーキング処理を適正に行えば、(1)で製造された鋳造材であれば、形成された粗大な炭化物を小さく、量を少なく、均一に分散させることが可能となる。ソーキング温度と時間は、成分によって適正値が異なる。
ソーキングのための適正時間は、ソーキング温度によっても異なるが、工場で製造することを考慮すると10時間以上であれば良い。
しかし、ソーキングによって固溶させた炭化物が、低い鍛造温度によって再析出すると、本発明の範囲の炭化物分布が得られなくなる。よって、可能な限り、ソーキング温度に近い(ソーキング温度に対し50℃以内)温度で鍛造開始することが望ましい。
(1)と(2)の製造方法を適用すれば、そもそも粗大な炭化物を固溶させコントロールできるため、必ずしも鍛錬比の大きさと炭化物の分布状態(L/T)の面積率比とは相関を持たない。
ただし極端に鍛錬比が大きくなった場合は、母材即ち金属マトリックスの組織が強い配向状態(結晶方位がランダムではなく、特異な方向に揃うこと)となり、この配向状態が原因で、熱処理による寸法変化の非等方性が発生する。
(1)と(2)の製造方法を適用することが、本発明の効果を得る上で特に有用である。
即ちLとTとの比率を1:1に近くする手段として請求項2は有用な手段である。
「鍛造方向と平行な断面における、2μm以上の粗大な炭化物の面積率L,これと直角方向の断面における粗大な炭化物の面積率Tともに0.001%以上で且つL/Tが0.90〜3.00の範囲内のこと」
鍛造方向及びこれと直角方向の膨張をほぼ等方膨張となし、両方向において必要な寸法公差を満たすためには、変寸率差(寸法変化率の差)が−0.03〜0.03%であることが望ましい。
これを満たすためには(L/T)が0.90〜3.00の範囲内であることが必要である。
よって熱処理で固溶や析出をし難い、円相当直径で2μm以上の粗大なものを対象(炭化物)として扱う必要がある。
ここで円相当直径とは、観測される炭化物の面積を求めて、これを円形に換算したときの相当直径のことを言う。
Cは工具鋼として使用硬さ55HRC以上を得るために必要な元素である。必要硬さに応じてC量は適宜調整される。0.55%以上含まれなければ、55HRC以上が得られず、逆に0.85%を超えて添加しても炭化物の増加や硬さの増加への寄与が飽和する。
Cの好適な範囲は、0.60〜0.70%である。
Siは脱酸元素として添加される元素である。実際の製造上、0.20%未満にするのはコストがかかり、2.50%を超えて添加すると炭化物の形態が粒状から、棒状に変化し、粗大な炭化物が残存しやすくなるため、上限以下に抑える必要である。
Siの好適な範囲は、0.90〜2.20%である。
工具鋼として大きな金型や部品などに適用するためには焼入性が高いことが必要である。焼入性の観点では、0.30%以上の添加が無ければ空冷で焼入れができず、1.20%を超えて添加すると、焼入性は十分であるが、残留オーステナイト量が増加し、硬さが大きく低下してしまうため、上限以下に抑える必要がある。
Mnの好適な範囲は、0.70〜1.20%である。
鋼中に含まれる不可避的元素である。Cuが0.50%を超えると鍛造時に赤熱脆性が発生し製造できなくなるため、0.50%以下に抑える必要がある。
但し実際の製造上0.01%未満とするには多大なコストがかかるため、0.01%以上は許容できるものとする。
工具鋼として、大きな金型や部品などに適用するためには、焼入性が高いことが必要である。焼入性の観点では、0.01%以上の添加が無ければ空冷で焼入れができず、0.50%を超えて添加すると、焼入性は十分であるが、残留オーステナイト量が増加し、硬さが大きく低下してしまうため、上限以下に抑える必要がある。
炭素と結合して炭化物を形成するため、高硬度の焼入焼戻し硬さを得るために必須の元素である。硬さに寄与する十分な炭化物を形成するためには6.00%以上の添加が必要である。但し9.00%を超えて添加しても、硬さに寄与しない炭化物が多量に形成されるため、上限以下に抑える必要がある。Crの好適な範囲は6.50〜8.00%である。
炭素と結合し、炭化物を形成するため、高硬度の焼入焼戻し硬さを得るために必須の元素である。硬さに寄与する十分な炭化物を形成するためには0.1%以上の添加が必要である。但し2.00%を超えて添加しても炭化物が多量になりすぎ、靭性が非常に劣化するため、上限以下に抑える必要がある。
炭素と結合して炭化物を形成するため、高硬度の焼入焼戻し硬さを得るために必須の元素である。硬さに寄与する十分な炭化物を形成するためには0.01%以上の添加が必要である。但し0.40%を超えて添加すると、非常に粗大な炭化物が形成され、靭性が非常に劣化するため、上限以下に抑える必要がある。
Vの好適な範囲は、0.03〜0.20%である。
S,Se,Teはどの元素も同じ効果が得られるため、どの元素を選択してもよい(少なくとも1種以上)。いずれも材料中のMnと結合してMnS,MnSe,MnTe等を形成する。
MnS,MnSe,MnTeの存在によりドリル被削性など、切削加工による工具摩耗量が低減したり、切削速度を従来よりも向上させることができる効果がある。S等の添加は材料中のMnを使用するため、0.100%を超えて多量に添加すれば、マトリックス中のMn量が低下してしまう。一方、快削化の効果を得るためには0.040%以上の添加が必要である。なお、S等は炭化物量や大きさ、分布には全く寄与しないため、自由に添加することができる。
CaはSと同時に添加することで、MnS中にCa酸化物や固溶Caとして存在する。この場合、MnS単独よりも快削効果が大きくなることが知られている。その効果を得るためには0.0001%以上の積極的な添加が必須である。但し0.0150%を超えて添加しても快削化の効果が飽和するため、上限以下に限定する。Sと同様に炭化物量や大きさ、分布には全く寄与しないため、自由に添加することができる。
O :≦0.0050%
N :≦0.0200
これらの元素は不可避的不純物として鋼中に含まれる。しかし、これらの元素がそれぞれ上限を越えていると、Al酸化物やAl窒化物が多量に形成される。酸化物や窒化物が多量に形成されると、粗大な炭化物が多量に残存していることに相当するため、寸法変化の等方性の観点から、できる限り低減することが望ましい。ただし、これらの元素を低減する事は、精錬時間の長時間化などコスト増加を招くため、上限以下であれば問題ない。
これらの元素は酸化物や窒化物、炭化物を形成する。積極的に添加することで、これら非金属介在物を形成させ、焼入れ時に結晶粒粗大化を抑制し、靭性が向上する。本発明鋼は、粗大な炭化物を均一に分散させているが、炭化物量が少なくなり、焼入れ時の結晶粒が粗大化する場合に添加する。
表1に示す成分組成の30kgの鋼材を高周波真空溶解炉で溶解した後、造塊した。この鋳造時の冷却速度は、1.2℃/minであった。また、比較鋼2については、ヒーターによる加熱コントロールを実施し、鋳造時の冷却速度を0.01℃/minとして製造した。そして鋼塊を表2に示す塑性加工温度(鍛造加熱温度)で10時間以上保持した後、500tハンマー型の鍛造機を用いて熱間鍛造を行い、冷間ダイス鋼を作製した。
鍛造後徐冷を行い、その後球状化焼鈍し処理を行った。
得られた発明鋼及び比較鋼について以下の試験及び評価を行った。
鍛造方向と平行な面(L方向)が15mm角として得られるように切断し、この面を最終ダイヤモンド研摩まで実施した後、ナイタールまたはビレラで腐食した。鍛造方向と直角の面(T方向)も同様に切断、研摩、腐食した。腐食後、光学顕微鏡の100倍の倍率で10視野撮影し、この10視野の炭化物の面積率を測定した。面積率は、炭化物の円相当直径が2μm以上であるものを対象とし、1視野ずつの炭化物の面積率を測定し、10視野の平均値とした。そしてこの平均値を炭化物の面積率とした。
表2中の温度で焼入焼戻しを実施した。
<残留オーステナイト量の定量化>
製造した発明鋼,比較鋼から試験片を切り出した。
焼入れは表2中の温度で30分保持した後,50℃/分の平均冷却速度で冷却することで行った。その後表面の研削・研磨を行い,最終仕上げとして電解研磨で0.05μm分の厚さを除去した。これをX線回折装置でマルテンサイト組織とオーステナイト組織のピーク強度比から平均割合を求めた。
尚、表2中の残留γ量は、鋼中の焼入れ焼戻後における残留オーステナイト量の体積割合(%)を示している。
製造した発明鋼,比較鋼からφ10×50mmの試験片を切り出し,加工した。このとき、試験片長さ方向が鍛造方向に平行になるように採取したもの、直角方向から採取したものについて、それぞれその試験片の長さをマイクロメーターを用いて1μm単位で測定し,この長さを基準値とした。それらの試験片を表2中の温度で焼入焼戻しを実施した。これらの熱処理は、試験片が酸化しないように真空熱処理炉で実施した。
焼入れ後と、焼戻し後でそれぞれ長さを測定し,基準値に対する長さの変化割合を求めた。そして鍛造方向(L方向)及びこれと直角方向(T方向)のそれぞれの試験片の長さの変化割合の差(L方向の寸法変化割合−T方向の寸法変化割合)を変寸率差として評価した。
尚、図1には表2の結果に加えて同様の試験による結果を追加して示してある(図中の●印と▲印は表2の結果の一部である)。
また図1(B)は、横軸に鍛造方向と平行方向における断面の炭化物の面積率Lをとって、また縦軸に変寸率差をとってそれらの関係を表したものである。
請求項2はL,Tそれぞれを0.5%以下とするものであるが、ここではLと変寸率差の関係のみを示している。Tと変寸率差の関係も全く同様である。
また(B)に示す結果から、鍛造方向における炭化物の面積率Lを0.5%以下とすることで、より望ましい変寸率差−0.01〜0.01を満たし得ることが見て取れる。
比較鋼2は、発明鋼15と同じ成分であるが、鋳造時の冷却速度を遅くして製造したため、適正な加熱温度・鍛錬比を加えても、炭化物分布がコントロールできず、(L/T)が適正範囲から外れ、変寸率差が大きくなる。
比較鋼3は、CやCrが適正範囲から外れており、かつ、大きな鍛錬比を加えたため、(L/T)が適正範囲から外れ、変寸率差が大きくなる。
比較鋼4、5、6は適正成分からはずれているため、硬さ40HRC未満となり、工具鋼としての使用硬さを満足できていない。ただし面積率比は適正範囲であるため、変寸率差は発明鋼と同等である。
これに対して発明鋼は何れも良好な結果となっている。
Claims (8)
- 質量%で
C :0.55〜0.85%
Si;0.20〜2.50%
Mn:0.30〜1.20%
Cu:≦0.50%
Ni:0.01〜0.50%
Cr:6.00〜9.00%
Mo+0.5W:0.1〜2.00%
V :0.01〜0.40%
残部Fe及び不可避的成分の組成を有し、且つ鍛造方向と平行な断面における、円相当直径で2μm以上の粗大な炭化物の面積率をL(%)、該鍛造方向と直角方向の断面における前記粗大な炭化物の面積率をT(%)としたとき、L,Tともに0.001%以上でL/Tが0.90〜3.00の範囲内であることを特徴とする合金工具鋼。 - 前記LとTとがそれぞれ0.5%以下であることを特徴とする請求項1に記載の合金工具鋼。
- 質量%で
S :0.040〜0.100%
Se:0.040〜0.100%
Te:0.040〜0.100%
の少なくとも1種以上を更に含有していることを特徴とする請求項1,2の何れかに記載の合金工具鋼。 - 質量%で
Ca:0.0001〜0.0150%
を更に含有していることを特徴とする請求項3に記載の合金工具鋼。 - 質量%で
Al:≦0.50%
O :≦0.0050%
N :≦0.0200
に規制してあることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の合金工具鋼。 - 質量%で
Nb:0.01〜0.15%
Ta:0.01〜0.15%
Ti:0.01〜0.15%
Zr:0.01〜0.15%
の少なくとも1種以上を更に含有していることを特徴とする請求項1〜5の何れかに記載の合金工具鋼。 - 鍛錬比を0.85〜30の範囲内として熱間鍛造を行い、鍛造方向と平行な断面における、円相当直径で2μm以上の粗大な炭化物の面積率をL(%)、該鍛造方向と直角方向の断面における前記粗大な炭化物の面積率をT(%)としたとき、L,Tともに0.001%以上で且つL/Tが0.90〜3.00の範囲内とすることを特徴とする請求項1〜6の何れかに記載の合金工具鋼の製造方法。
- 請求項7において、前記熱間鍛造に先立って1100〜1250℃で10時間以上のソーキング処理を行うことを特徴とする合金工具鋼の製造方法。
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