本発明の第一は、塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)の合計含有量が1×10−6mol/g以下の水素イオン伝導型炭化水素系高分子電解質と、電極触媒とを含む電極触媒層を提供する。
一般的に、炭化水素系高分子、特にポリアリーレン炭化水素系高分子は、各繰り返し単位に対応するハロゲン化物形態のモノマーを重合することによって製造する。このため、製造後のこれらの高分子には、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン等のハロゲンアニオンが存在する。一方、例えば、カソード触媒層では、カソード側に供給される酸素は、触媒作用により、アノード側からのプロトンと電子と反応して水が生成する(O2+4H++4e−→2H2O)。これに対して、カソード触媒層中にハロゲンアニオンが存在すると、ハロゲンイオンが電位によって触媒と化学的に強固にかつ容易に結合する。このような結合後は、プロトンや酸素が触媒による作用を受けることができず、触媒は活性を失う、いわゆる触媒の被毒作用が起こる。さらに、ハロゲンアニオンと触媒との結合体は、水が存在すると、イオンの形態で溶出する、いわゆる電極触媒の劣化が起こる。
これに対して、本発明では、炭化水素系高分子電解質中に存在するハロゲン原子、特に塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)を予め除去する。このような高分子を電解質として用いて形成される触媒層にはハロゲンイオンが存在したしてもごく微量しか存在しないこととなる。このため、触媒は、ハロゲンアニオンが表面に結合しないため、カソード側に供給される酸素と、アノード側からのプロトンや電子との反応を効率よく触媒できる。また、このような触媒層中には、ハロゲンアニオンと触媒との結合体がほとんど存在しないので、上記反応によって水が生成して、触媒(特に白金)の溶出による電極触媒劣化をも有意に抑制・防止することができる。したがって、本発明の電極触媒層は、燃料電池において優れた発電性能を発揮できる。
上記利点に加えて、本発明では、上記特許文献1に記載されるような特殊な構造を有する電解質を電極触媒バインダとして使用する必要がなく、従来電解質膜や触媒層に使用されている安価な高分子電解質を使用することが可能である。また、本発明に係る水素イオン伝導型炭化水素系高分子電解質は、分子構造にフッ素を含まない。このため、燃料電池の排水中にフッ酸が含まれるおそれが本質的にない。また、安価なコーティングで金属セパレータを使用できる上、触媒、特に白金の高い溶出抑制効果をも期待できる。
ゆえに、本発明の電極触媒層は、燃料電池(燃料電池用の電解質膜−電極接合体)に用いることにより、耐久性および発電性能に優れる燃料電池(電解質膜−電極接合体)を提供することが可能となる。前記燃料電池の種類としては、特に限定されない。具体的には、固体高分子形燃料電池、アルカリ型燃料電池、リン酸型燃料電池、固体酸化物型燃料電池などが挙げられる。なかでも小型かつ高密度・高出力化が可能であることから、固体高分子形燃料電池が好ましく挙げられる。また、前記燃料電池は、搭載スペースが限定される車両などの移動体用電源の他、定置用電源などとして有用であるが、特にシステムの起動/停止や出力変動が頻繁に発生する自動車用途で特に好適に使用できる。
以下では、本発明の電極触媒層を、固体高分子形燃料電池(以下、単に「燃料電池」とも称する)を例に挙げて説明する。しかし、本発明は、下記実施の形態に限定されない。
燃料電池の構成としては、特に限定されず、従来公知の技術を適宜利用すればよいが、一般的には、電解質膜−電極接合体(MEA)をセパレータで挟持した構造を有する。また、電解質膜−電極接合体(MEA)は、電解質膜が一対の電極触媒層およびガス拡散層により挟持されてなるものである。ここで、電極触媒層は、導電性担体に触媒成分が担持されてなる電極触媒と、塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)の合計含有量が1×10−6mol/g以下の水素イオン伝導型炭化水素系高分子電解質とを少なくとも含む。
本発明の電極触媒層は、カソードおよびアノードいずれの電極触媒層にも適用される。このため、本発明の電極触媒層は、カソード触媒層および/またはアノード触媒層でありうる。しかし、上述したように、カソード触媒層で触媒の被毒作用や触媒(特に白金)の溶出による電極触媒劣化が起こりやすい。このため、本発明の電極触媒層は、少なくともカソード触媒層であることが好ましく、より好ましくはカソード触媒層およびアノード触媒層双方である。
1.水素イオン伝導型炭化水素系高分子電解質
本発明において、水素イオン伝導型炭化水素系高分子電解質(単に、「本発明に係る高分子電解質」とも称する)は、塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)の合計含有量(単に、「ハロゲン合計含有量」とも称する)が1×10−6mol/g以下である。ここで、ハロゲン合計含有量が1×10−6mol/gを超えると、触媒の被毒作用や触媒の溶出による電極触媒劣化が著しくなる。なお、1×10−6mol/gは、質量換算では、およそ数十ppmに相当する。ハロゲン合計含有量は、好ましくは5×10−7mol/g以下、より好ましくは3×10−7mol/g以下、最も好ましくは2×10−7mol/g以下である。この際、ハロゲン合計含有量の下限は、特に記載していないが、可能な限り低いことが好ましく、原理的には0mol/gも可能である。しかし、空気中に塩素等のハロゲンが含まれているため、通常、ハロゲン合計含有量の下限は、5×10−8mol/g程度である。また、ハロゲン合計含有量の下限は、使用場所によっても異なる。例えば、海辺周辺では、海水中に塩素などが含まれているため海から遠い内陸部に比べてハロゲン合計含有量の下限はやや高めとなる。このような条件では、ハロゲン合計含有量の下限は、通常、1×10−7mol/g程度である。
本明細書において、「塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)の合計含有量」とは、電極触媒層の形成時に使用される電解質1g中に占める塩素、臭素及びヨウ素の合計モルの割合(mol/g)を意味する。本明細書では、この「塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)の合計含有量」を、単に、「ハロゲン合計含有量」とも称する。また、「塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)」を、以下では単に「ハロゲン」とも称する。本明細書における上記ハロゲン合計含有量には、電解質中のフッ素(F)の含有量は含まれない。また、各元素の測定方法は、特に制限されず、イオンクロマトグラフなどによる、公知の元素の測定方法が同様にして適用される。本明細書中の「ハロゲン合計含有量」は、下記実施例に記載の方法によって測定される、塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)の含有量の合計である。
また、本発明は、触媒の被毒作用や触媒の溶出による電極触媒劣化の原因となりうる、電解質中に存在する特定のハロゲンの合計含有量を特定量以下に低減することが特徴である。このため、当該ハロゲンは、電解質中にハロゲン自体としてまたはハロゲンイオンとして遊離して存在するものを意味する。このため、本明細書中の「ハロゲン」は、電解質などの化合物自体が有する塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)を含まない。
本発明において、本発明に係る高分子電解質の種類は、特に制限されず、従来電解質膜や触媒層に使用されている高分子電解質を同様にして使用することができる。また、本発明に係る高分子電解質は、分子構造にフッ素を含まない。これにより、燃料電池の排水中にフッ酸が含まれるおそれが本質的に存在しない。また、このような場合には、安価なコーティングで金属セパレータを使用することができる上、高い白金溶出抑制効果をも期待できる。
本明細書において、「水素イオン伝導型炭化水素系高分子電解質」とは、高い水素イオン伝導性(プロトン伝導性)を有する、炭化水素系の高分子からなる電解質を意味する。ここで、「炭化水素系」とは、フッ素を含まないことを意味する。例えば、炭化水素系高分子電解質は、主鎖に直接スルホン酸が付加する主鎖型電解質でありうる。このような電解質は、比較的硬い分子骨格を持ち、アモルファスの領域も少ないことから、クロスオーバーガスの量がナフィオン(登録商標)の1/10程度と少ない。または、炭化水素系高分子電解質は、主鎖から枝分かれした側鎖の端部にスルホン酸が付加している側鎖型電解質であってもよい。この側鎖はある程度のモビリティーを電解質に付与し、水のチャンネルの狭さを改善できる。また、このような側鎖型電解質は、スルホン酸が主鎖から離れているため、相分離性にも優れる。
本発明に係る高分子電解質としては、ポリアリーレン主鎖骨格を有するポリアリーレン炭化水素系高分子電解質が好ましく使用される。ポリアリーレン炭化水素系高分子電解質は、従来電解質膜や触媒層に使用されている安価な高分子電解質である。しかし、その製造工程中にモノマー由来であるいは他の物質による汚染などによりハロゲンが混入する可能性が高い。したがって、このような高分子電解質を使用する場合には、触媒の被毒作用および電極触媒の劣化の抑制効果の点で、本発明によるハロゲン合計含有量の低減が特に有効である。また、安価なコーティングで金属セパレータを使用することができる上、高い白金溶出抑制効果をも期待できる。さらに、ポリアリーレン炭化水素系高分子電解質で形成した層は、密な構造を有するため、従来電解質として使用されるナフィオン(登録商標)の場合に比して、当該電解質層中の触媒(例えば白金イオン)の透過速度が遅い。このため、上記したようなメカニズムにより触媒(例えば白金イオン)が溶出しても、溶出した白金イオンは層を通り抜けずに元の白金に戻る速度が速くなり、結果として白金溶出を抑制・防止できる。
ポリアリーレン炭化水素系高分子電解質の具体例としては、ポリスルホンスルホン酸、ポリスチレンスルホン酸、スルホン化PES(スルホン化ポリアリーレンエーテルスルホン)、スルホン化ポリイミド、スルホン化PBI(ポリベンズイミダゾール)、スルホン化PBO(ポリベンズオキサゾール)、スルホン化PPBP(ポリフェノキシベンゾイルフェニレン)、スルホン化PEK(ポリエーテルケトン)、スルホン化PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、スルホン化PEKK(ポリエーテルケトンケトン)、及びスルホン化PEEKK(ポリエーテルエーテルケトンケトン)等のスルホン酸基付加体(スルホン化ポリアリーレン);PES(ポリアリーレンエーテルスルホン)、ポリイミド、PBI(ポリベンズイミダゾール)、PBO(ポリベンズオキサゾール)、PPBP(ポリフェノキシベンゾイルフェニレン)、PEK(ポリエーテルケトン)、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、PEKK(ポリエーテルケトンケトン)、及びPEEKK(ポリエーテルエーテルケトンケトン)等のポリアリーレンなどが挙げられる。上記したようなポリアリーレン炭化水素系高分子電解質は、分子構造にフッ素を含まないため、燃料電池の排水中にフッ酸が含まれるおそれが本質的にない。これらのうち、スルホン化ポリアリーレンが好ましい。また、スルホン化PES、スルホン化PPBPがより好ましい。なお、本発明において、ナフィオンは、本発明に係る高分子電解質には含まれない。また、ポリアリーレンとは、芳香族化合物が連続して結合した化合物をいう。
本発明では、本発明に係る高分子電解質中のハロゲン合計含有量を1×10−6mol/g以下に低減させたものを電極触媒層に使用する。この際、ハロゲン合計含有量の低減方法は、高分子電解質中のハロゲン含有量を効率よく低減できる方法であれば特に制限されない。具体的には、高分子電解質を洗浄することにより、Cl、BrおよびIの合計含有量を1×10−6mol/g以下に低減する方法が好ましく使用できる。
高分子電解質の洗浄は、いずれの方法に従って、行なってもよい。例えば、(ア)ソックスレー抽出器を用いて、ハロゲン(Cl、BrおよびI)を抽出する方法、(イ)高分子電解質を適当な水溶液中で攪拌してハロゲンを溶出させる方法などが好ましく使用できる。
上記(ア)において、抽出に使用される溶剤(抽出溶剤)としては、ハロゲンを効率よく抽出できる溶剤であれば特に制限されない。具体的には、水道水、純水、イオン交換水、蒸留水等の水、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、イソブタノール、及びtert−ブタノールなどが挙げられる。これらのうち、水、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノールが好ましい。これらの抽出溶剤は、溶剤の除去が容易であり、また、溶剤による触媒被毒を引き起こさない。これらの抽出溶剤は、1種を単独で使用してもあるいは2種以上の混合物の形態で使用してもあるいはこれらの1種もしくは2種以上の溶剤にさらに別の物質を添加してもよい。ここで、1種もしくは2種以上の抽出溶剤にさらに別の物質を添加する場合に、別の物質としては、ハロゲンを効率よく抽出できる物質であれば特に制限されない。具体的には、硫酸、塩酸、硝酸、過塩素酸等の酸の他、過酸化水素などが使用できる。水素イオン伝導性の確保を考慮すると、酸が好ましく、硫酸や過塩素酸が特に好ましい。別の物質を使用する場合の、別の物質の抽出溶剤中への添加量(濃度)は、ハロゲンを効率よく抽出できる量(濃度)であれば特に制限されず、適宜選択できる。好ましくは、別の物質を、抽出溶剤中に0.1〜1mol/Lの濃度となるような量で添加する。また、本発明において、上記抽出工程は、本発明に係る高分子電解質中のハロゲン含有量に応じて、適宜繰り返し行なってもよい。この際の抽出条件は、各工程で同じ条件であってもあるいは異なる条件であってもよい。また、別の物質を使用した場合には、洗浄後の高分子電解質から別の物質を除去する工程をさらに行なうことが好ましい。例えば、別の物質を含まない上記抽出溶剤を用いてソックスレー抽出を行なうことによって、別の物質を除去する方法を好ましく使用できる。
上記(イ)において、適当な水溶液とは、水と、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、イソブタノール、及びtert−ブタノール等の溶媒との混合液が使用できる。ここで、溶媒は、1種を単独で使用してもあるいは2種以上の溶媒の混合物であってもよい。水溶液は、水と、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、イソブタノール、及びtert−ブタノールからなる群より選択される1種もしくは2種以上の溶媒との混合液が好ましい。これらの混合液は、溶剤の除去が容易であり、また、溶剤による触媒被毒を引き起こさない。また、水と、上記溶媒との混合比は、高分子電解質中のハロゲン含有量を効率よく低減できる割合であれば特に制限されない。好ましくは、水と、上記溶媒との混合比(体積比)は、5〜10:1、より好ましくは5〜7:1程度である。このような混合比の範囲内であれば、ハロゲンを高分子電解質から十分溶出することができる。
また、上記(イ)において、高分子電解質を含む上記水溶液の攪拌条件は、高分子電解質中のハロゲン含有量を効率よく低減できる条件であれば特に制限されない。好ましくは、高分子電解質を上記水溶液に添加した後、好ましくは40〜90℃、より好ましくは5
0〜70℃で、好ましくは4時間以上、より好ましくは12時間以上、攪拌する。また、攪拌速度は、好ましくは50〜400rpm、より好ましくは100〜200rpmである。上記攪拌・溶出工程は、本発明に係る高分子電解質中のハロゲン含有量に応じて、適宜繰り返し行なってもよい。この際の攪拌・溶出条件は、各工程で同じであってもあるいは異なる条件であってもよい。または、上記(ア)抽出工程および(イ)攪拌・溶出工程を適宜組合わせて行なってもよい。
または、本発明に係る高分子電解質は、洗浄等のハロゲン合計含有量の低減操作の前は、塩型の形態で使用してもよい。塩型の高分子は、洗浄等のハロゲン合計含有量の低減操作時に、ほとんどあるいは全く膨潤(膨脹)しない。このため、塩型の高分子電解質を使用することによって、ハロゲン合計含有量の低減操作(例えば、洗浄)をより効率よく行なうことができる。また、高分子電解質は洗浄時に膨潤(膨脹)しないため、このような電解質で形成された層(膜)でのクラックやシワの発生を抑制・防止できる。この際、上記したポリアリーレン主鎖骨格を有するポリアリーレン炭化水素系高分子電解質をはじめとする、高分子電解質の塩型の例としては、上記した高分子電解質の、ナトリウム塩、カリウム塩、ルビジウム塩、セシウム塩等のアルカリ金属塩;マグネシウム塩;カルシウム塩、ストロンチウム塩、バリウム塩等のアルカリ土類金属塩;t−ブチルアンモニウム塩(TBA塩)等のアンモニウム塩などが挙げられる。電解質の膨潤(膨脹)性や取り扱いの容易さなどを考慮すると、上記した高分子電解質の、ナトリウム塩、t−ブチルアンモニウム塩が好ましい。
高分子電解質を塩型の形態で使用する場合の、高分子電解質の中和率は、好ましくは90〜100モル%、より好ましくは95〜100モル%である。ここで、中和率とは、例えば、高分子電解質がスルホン酸基等の酸基を有する場合において、高分子電解質の全酸基中に占める中和された酸基の割合をモル%で表わしたものである。このような中和率の範囲であれば、塩型の高分子は、洗浄等のハロゲン合計含有量の低減操作時に、ほとんどあるいは全く膨潤(膨脹)しない。
上記したように、高分子電解質を塩型の形態で使用する場合には、ハロゲン合計含有量の低減操作(例えば、洗浄)後または、下記に詳述するが、電極触媒層形成後に、酸処理を行なう。塩型の高分子電解質は水素伝導型を持たないため、酸処理によって水素イオン伝導性を付与する。ここで、酸処理は、特に制限されず、公知の酸処理が適用できる。例えば、上記塩型の電解質を、塩酸、硫酸、硝酸、酢酸、過塩素酸等の酸で処理する。上記酸は、1種を単独で使用してもあるいは2種以上の混合物の形態で使用してもよい。酸の添加量は、塩型の高分子電解質を水素イオン伝導型に変換できる量であれば特に制限されない。好ましくは、酸を、塩型の高分子電解質に対して、200〜1000質量%、より好ましくは500〜1000質量%の量、添加する。また、酸処理条件は、塩型の高分子電解質を水素イオン伝導型に変換できる条件であれば特に制限されない。通常、上記塩型の電解質を、上記酸の存在下で、好ましくは20〜90℃、より好ましくは25〜40℃で、好ましくは6時間以上、より好ましくは12時間以上、処理する。
上記した工程によって、本発明に係る高分子電解質中のハロゲン合計含有量は、1×10−6mol/g以下にまで容易に低減できる。
上記した本発明に係る高分子電解質を用いて、本発明の電極触媒層を形成する。具体的には、本発明に係る高分子電解質、電極触媒、および溶剤を含む電極触媒インクを用いて、本発明の電極触媒層を形成する。ゆえに、本発明の第二は、塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)の合計含有量が1×10−6mol/g以下の水素イオン伝導型炭化水素系高分子電解質と、電極触媒と、溶剤と、を含む電極触媒インクを提供する。
本発明の電極触媒インクは、本発明に係る高分子電解質、電極触媒、および溶剤を含むものであればよい。すなわち、上記ハロゲン合計含有量の低減操作を、高分子電解質と、電極触媒および/または溶剤と混合する前に予め行なっていても、あるいは高分子電解質と、電極触媒および/または溶剤と混合した後に行なってもよい。好ましくは、高分子電解質と、電極触媒および/または溶剤と混合する前に予め行なうことが好ましい。このような操作を予め行なうことにより、汚染物質であるハロゲン(Cl、Br及びI)と触媒との接触を防止できる。ゆえに、触媒被毒や電極触媒劣化を有効に抑制・防止するため、電極触媒層の性能をより向上することができる。
上記したように、本発明の電極触媒インクは、本発明に係る高分子電解質、電極触媒、及び溶剤を含む。本発明の電極触媒インクを構成する電極触媒としては、水素の酸化反応(アノード側)及び酸素の還元反応(カソード側)を触媒する作用を有するものであれば、特に限定されず、公知の触媒が同様にして使用できる。具体的には、触媒成分が導電性担体に担持されたものである。この際、触媒成分としては、水素の酸化反応(アノード側)及び酸素の還元反応(カソード側)を触媒できるものであれば、特に限定されず、公知の触媒成分が同様にして使用できる。例えば、白金、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、タングステン、鉛、鉄、クロム、コバルト、ニッケル、マンガン、バナジウム、モリブデン、ガリウム、アルミニウム等の金属、及びそれらの合金等などから選択される。なお、電極触媒として合金を使用する場合の合金の組成は、合金化する金属の種類などによって異なり、当業者が適宜選択できる。これらのうち、触媒活性を考慮すると、触媒成分は、白金を少なくとも含むことが好ましい。例えば、電極触媒は、白金が30〜90原子%、合金化する他の金属が10〜70原子%の組成を有することがより好ましい。このような場合であっても、本発明によると、上述したように、ハロゲンアニオンと触媒との結合体がほとんど存在しないので、触媒被毒や触媒の溶出による電極触媒劣化を抑制・防止することができる。本明細書において、「合金」とは、一般に金属元素に1種以上の金属元素または非金属元素を加えたものであって、金属的性質をもっているものの総称である。合金の組織には、成分元素が別個の結晶となるいわば混合物である共晶合金、成分元素が完全に溶け合い固溶体となっているもの、成分元素が金属間化合物または金属と非金属との化合物を形成しているものなどがあり、本願ではいずれであってもよい。
また、触媒成分の形状や大きさは、特に制限されず公知の触媒成分と同様の形状及び大きさが使用できるが、触媒成分は、粒状であることが好ましい。この際、電極触媒インクに用いられる触媒粒子の平均粒子径は、小さいほど電気化学反応が進行する有効電極面積が増加するため酸素還元活性も高くなり好ましいが、実際には平均粒子径が小さすぎると却って酸素還元活性が低下する現象が見られる。したがって、電極触媒インクに含まれる触媒粒子の平均粒子径は、1〜30nm、より好ましくは1.5〜20nm、さらにより好ましくは2〜10nm、特に好ましくは2〜5nmの粒状であることが好ましい。担持の容易さという観点から1nm以上であることが好ましく、触媒利用率の観点から30nm以下であることが好ましい。なお、本発明における「触媒粒子の平均粒径」は、X線回折における触媒成分の回折ピークの半値幅より求められる結晶子径あるいは透過型電子顕微鏡像より調べられる触媒成分の粒子径の平均値により測定することができる。
本発明において、上述した触媒粒子は導電性担体に担持された電極触媒として電極触媒インクに含まれる。この際使用できる導電性担体としては、触媒成分を所望の分散状態で担持させるための比表面積を有し、集電体として十分な電子導電性を有しているものであればよく、主成分としてカーボンを含むことが好ましい。したがって、本発明に係る電極触媒は、カーボン、および前記カーボンの表面に担持された白金を有することが好ましい。具体的には、導電性担体としては、カーボンブラック、活性炭、コークス、天然黒鉛、人造黒鉛などからなるカーボン粒子などが挙げられる。なお、本発明において「主成分が
カーボンである」とは、主成分として炭素原子を含むことをいい、炭素原子のみからなる、実質的に炭素原子からなる、の双方を含む概念である。場合によっては、燃料電池の特性を向上させるために、炭素原子以外の元素が含まれていてもよい。なお、実質的に炭素原子からなるとは、2〜3質量%程度以下の不純物の混入が許容されることを意味する。
前記導電性担体のBET比表面積は、触媒成分を高分散担持させるのに十分な比表面積であればよいが、好ましくは20〜1600m2/g、より好ましくは80〜1200m2/gとするのがよい。前記比表面積がこのような範囲であれば、優れた導電性担体への触媒成分および固体高分子電解質の分散性、ゆえに十分な発電性能が得られ、また、触媒成分および固体高分子電解質を有効に利用することができる。
また、前記導電性担体の大きさは、特に限定されないが、担持の容易さ、触媒利用率、電極触媒層の厚みを適切な範囲で制御するなどの観点からは、平均粒子径が5〜200nm、好ましくは10〜100nm程度とするのがよい。
前記導電性担体に触媒成分が担持された電極触媒において、触媒成分の担持量は、電極触媒の全量に対して、好ましくは10〜80質量%、より好ましくは30〜70質量%とするのがよい。担持量がこのような範囲であれば、触媒成分が導電性担体上に十分分散でき、ゆえに所望の発電性能の向上が達成できる。なお、触媒成分の担持量は、誘導結合プラズマ発光分光法(ICP)によって調べることができる。
また、導電性担体への触媒成分の担持は公知の方法で行うことができる。例えば、含浸法、液相還元担持法、蒸発乾固法、コロイド吸着法、噴霧熱分解法、逆ミセル(マイクロエマルジョン法)などの公知の方法が使用できる。または、電極触媒は、市販品を用いてもよい。
さらに、本発明で使用される電極触媒インクを構成する溶剤としては、特に制限されず、触媒層を形成するのに使用される通常の溶媒が同様にして使用できる。具体的には、水道水、純水、イオン交換水、蒸留水等の水、シクロヘキサノール、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、イソブタノール、及びtert−ブタノール等の炭素数1〜4の低級アルコールが使用できる。これらの溶剤は、1種を単独で使用してもあるいは2種以上の混合液の状態で使用してもよい。好ましくは、水と、低級アルコールとの混合液である。低級アルコールを用いると、沸点が低いため、溶媒を除去することが容易であり、触媒被毒を有効に抑制・防止できる。また、水とアルコールとの混合液を使用することにより、高分子電解質を溶媒中に高分散させることができる。このため、発電性能をより向上することができる。また、電極触媒インク塗布中の溶媒蒸発が適切であるため、蒸発速度が速すぎずインク塗布が容易である。さらに、蒸発速度が遅すぎて乾燥に時間がかかり、作業性が低下するということもない。この際の、水と低級アルコールとの混合比は、高分子電解質を溶解できれば特に制限されない。例えば、水:低級アルコールの質量比は、好ましくは0.1〜2:1、より好ましくは1〜1.5:1である。ここで、電極触媒インクでは、高分子電解質を上記溶剤(混合液)に完全に溶解することが望ましい。しかし、電極触媒インクをスクリーン印刷法、転写圧着法、スプレー法などの公知の方法でシート状に形成できれば、該電解質の一部が分散しているスラリー状であってもよい。
本発明の電極触媒インクを構成する溶剤の量は、電解質を完全に溶解できる量であれば特に制限されない。具体的には、高分子電解質が、溶剤中、好ましくは1〜10質量%、より好ましくは2.5〜4質量%の濃度になるような量である。このような濃度範囲であれば、高分子電解質を適宜溶剤中に溶解でき、また、形成される電極触媒層は十分な機械的強度を有する。また、電極触媒インクにおいて、電極触媒および高分子電解質などを合
わせた固形分の濃度は、電極触媒インク中、8〜50質量%、より好ましくは10〜25質量%程度とするのが好ましい。
また、本発明の電極触媒インクにおいて、電極触媒は、所望の作用、即ち、水素の酸化反応(アノード側)及び酸素の還元反応(カソード側)を触媒する作用を十分発揮できる量であればいずれの量で、使用されてもよい。例えば、電極触媒が、電極触媒インク中、5〜30質量%、より好ましくは9〜20質量%となるような量で存在することが好ましい。
本発明の電極触媒インクには、電極触媒、電解質及び溶剤に加えて、ポリテトラフルオロエチレン、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体といった撥水性高分子などが含まれてもよい。これにより、得られる電極触媒層の撥水性を高めることができ、発電時に生成した水などを速やかに排出することができる。撥水性高分子を使用する際の、撥水性高分子の添加量は、本発明の上記効果を妨げない程度の量であれば特に制限されないが、電極触媒インクの全質量に対して、好ましくは0.1〜2質量%である。
本発明の電極触媒インクは、増粘剤を含んでもよい。増粘剤の使用は、電極触媒インクを基材(例えば、電解質膜)や転写用台紙にうまく塗布できない場合などに有効である。この際使用できる増粘剤は、特に制限されず、公知の増粘剤が使用できる。例えば、グリセリン、EG(エチレングリコール)、PVA(ポリビニルアルコール)などが挙げられる。増粘剤を使用する際の、増粘剤の添加量は、本発明の上記効果を妨げない程度の量であれば特に制限されない。例えば、増粘剤の添加量は、電極触媒インクの全質量に対して、好ましくは5〜20質量%である。
本発明の電極触媒インクは、電極触媒、高分子電解質及び溶剤、ならびに必要であれば撥水性高分子および/または増粘剤、が適宜混合されたものであればその調製方法は特に制限されない。例えば、高分子電解質を溶剤に添加し、この混合液を加熱・攪拌して、高分子電解質を溶媒に溶解した後、これに電極触媒を添加することによって、電極触媒インクが調製できる。または、高分子電解質を、溶剤中に一旦分散/懸濁させた後、上記分散/懸濁液を電極触媒と混合して、電極触媒インクを調製してもよい。
上記したようにして調製された電極触媒インクを用いて、本発明の電極触媒層が形成される。この際、電極触媒層の形成方法は、本発明の電極触媒インクを使用する以外は、公知と同様の方法が使用できる。転写法あるいは直接塗布法のいずれの方法を使用してもよい。例えば、転写法では、電極触媒インクを所望の厚さになるように転写用台紙上に塗布・乾燥し、カソード側及びアノード側の電極触媒層をそれぞれ形成する。次に、これらの電極触媒層が内側にくるように電解質膜をカソード及びアノード側の電極触媒層で挟持し、カソード電極触媒層/電解質膜/アノード電極触媒層の積層体を作製する。この積層体をホットプレス等により接合した後、転写用台紙を剥がす。この際、転写用台紙としては、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)シート、PET(ポリエチレンテレフタレート)シート、ポリエステルシートなどの公知のシートが使用できる。なお、転写用台紙は、使用する触媒インク(特にインク中のカーボン等の導電性担体)の種類に応じて適宜選択される。また、上記工程において、電極触媒層の厚みは、水素の酸化反応(アノード側)及び酸素の還元反応(カソード側)の触媒作用が十分発揮できる厚みであれば特に制限されず、従来と同様の厚みが使用できる。具体的には、電極触媒層の厚みは、1〜50μm、より好ましくは5〜20μmである。また、転写用台紙上への触媒インクの塗布方法は、特に制限されず、スクリーン印刷法、沈積法、あるいはスプレー法などの公知の方法が同様にして適用できる。また、塗布された電極触媒層の乾燥条件もまた、電極触媒層から極性溶媒を完全に除去できる条件であれば特に制限されない。具体的には、触媒インク
の塗布層(電極触媒層)を真空乾燥機内にて、室温〜100℃、より好ましくは50〜80℃で、30〜60分間、乾燥する。この際、触媒層の厚みが十分でない場合には、所望の厚みになるまで、上記塗布・乾燥工程を繰り返す。次に、このようにして作製された電極触媒層で電解質膜を挟持した後、当該カソード電極触媒層/電解質膜/アノード電極触媒層の積層体についてホットプレスを行なう。この際、ホットプレス条件は、電極触媒層及び固体高分子電解質膜が十分密接に接合できる条件であれば特に制限されないが、100〜200℃、より好ましくは110〜170℃で、電極面に対して1〜5MPaのプレス圧力で行なうのが好ましい。これにより電解質膜と電極触媒層との接合性を高めることができる。ホットプレスを行なった後、転写用台紙を剥がすことにより、電解質膜−電極接合体(MEA)を得ることができる。
また、直接塗布法では、電極触媒インクを電解質膜上に直接塗布し、乾燥して、カソード側及びアノード側の電極触媒層をそれぞれ形成する。本発明で高分子電解質として好ましく使用されるポリアリーレン炭化水素系高分子電解質は、ガラス転移点(Tg)が高い(耐熱性がよい)。このため、上記転写法を使用する場合には、ホットプレス時にかなり高い熱をかける必要がある。このため、高分子電解質が熱で変質する(例えば、黒化したり、硬くなったり、もろくなったり)可能性がある。ゆえに、本発明では、電極触媒インクを電解質膜に直接塗布することが好ましい。また、直接塗布法は、カソード電極触媒層/電解質膜/アノード電極触媒層の積層体の密着度(接合性)が改善できる点でも好ましい。このため、製造された電解質膜−電極接合体(MEA)は、優れた発電性能を発揮できる。
したがって、本発明の第三は、本発明に係る高分子電解質と、電極触媒と、溶剤とを含む電極触媒インクを電解質膜に直接塗布することを含む、本発明の電極触媒層の製造方法を提供する。以下、本発明の電極触媒インクを電解質膜に直接塗布する方法について詳述する。なお、上述したように、本発明の電極触媒層は、直接塗布法によって形成することが好ましい。しかし、本発明の電極触媒層をカソード及びアノード側の電極触媒層のいずれかで使用しない場合には、その他の電極触媒層の形成には、転写法あるいは直接塗布法のいずれの方法を適用してもよい。
本発明の方法において使用できる電解質膜としては、特に限定されないが、固体高分子電解質膜が好ましい。ここで使用できる電解質膜としては、特に限定されず公知のものを用いることができるが、少なくとも高いプロトン伝導性を有する部材であればよい。この際電解質膜に使用できる固体高分子電解質は、ポリマー骨格の全部又は一部にフッ素原子を含むフッ素系電解質と、ポリマー骨格にフッ素原子を含まない炭化水素系電解質とに大別される。
前記フッ素系電解質として、具体的には、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)等のパーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマー、ポリトリフルオロスチレンスルフォン酸系ポリマー、パーフルオロカーボンホスホン酸系ポリマー、トリフルオロスチレンスルホン酸系ポリマー、エチレンテトラフルオロエチレン−g−スチレンスルホン酸系ポリマー、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリビニリデンフルオリド−パーフルオロカーボンスルホン酸系ポリマーなどが好適な一例として挙げられる。
前記炭化水素系電解質として、具体的には、ポリスルホンスルホン酸、ポリアリールエーテルケトンスルホン酸、ポリベンズイミダゾールアルキルスルホン酸、ポリベンズイミダゾールアルキルホスホン酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリエーテルエーテルケトンスルホン酸、ポリフェニルスルホン酸等が好適な一例として挙げられる。
その他、ダウケミカル社製のイオン交換樹脂、エチレン−四フッ化エチレン共重合体樹脂膜、トリフルオロスチレンをベースポリマーとする樹脂膜などのフッ素系高分子電解質や、スルホン酸基を有する炭化水素系樹脂系膜などを用いてもよい。
固体高分子電解質は、耐久性、耐熱性、化学的安定性、機械強度などに優れることから、フッ素原子を含むのが好ましく、なかでも、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)、アシプレックス(登録商標、旭化成株式会社製)、フレミオン(登録商標、旭硝子株式会社製)などのフッ素系電解質が好ましく挙げられる。
なお、本発明において、電解質膜に炭化水素系電解質を使用する場合には、当該電解質膜に使用される電解質と、電極触媒層に含まれる電解質は、同じものを用いてもあるいは異なるものを用いてもよい。より好ましくは、電極触媒層と固体高分子電解質膜との接合性などを考慮すると、電解質膜に使用される電解質と、電極触媒層に含まれる電解質とは同じものである。
また、電解質膜の厚みは、得られる電解質膜−電極接合体(MEA)の特性を考慮して適宜決定すればよいが、好ましくは5〜300μm、より好ましくは10〜200μm、特に好ましくは15〜150μmである。製膜時の強度や燃料電池作動時の耐久性の観点から5μm以上であることが好ましく、燃料電池作動時の出力特性の観点からは300μm以下であることが好ましい。
本発明において、電解質膜上への塗布方法は、特に制限されず、公知の塗布方法が使用できる。例えば、スクリーン印刷法、スプレー法が使用できる。また、塗布装置も、特に制限されず、公知の塗布装置が使用できる。例えば、スクリーンプリンタ、スプレー装置、バーコーター、ダイコーター、リバースコーター、コンマコーター、グラビアコーター、スプレーコーター、ドクターナイフなどの塗布装置がある。
本発明において、電解質膜上への電極触媒層の形成条件は、特に制限されず、公知の方法が同様にしてあるいは適宜修飾を加えて使用できる。例えば、電極触媒インクを高分子電解質膜上に、乾燥後の厚みが下記好ましい範囲になるように、塗布し、真空乾燥機内にてまたは減圧下で、好ましくは25〜150℃、より好ましくは60〜120℃で、好ましくは5〜30分間、より好ましくは10〜20分間、乾燥する。なお、上記工程において、電極触媒層の厚みが十分でない場合には、所望の厚みになるまで、上記塗布・乾燥工程を繰り返す。電極触媒層の厚みは、特に制限されず、公知の電極触媒層と同様の厚みが適用できる。電極触媒層の厚みは、好ましくは1〜50μm、より好ましくは5〜20μmである。
上記したようにして形成される電解質膜−電極接合体(MEA)は、下記に詳述されるように、一般的にガス拡散層をさらに有してもよい。この際、電解質膜上に触媒層を形成した後、得られた接合体をさらにガス拡散層で挟持することによって、電極触媒層と高分子電解質膜との接合後にさらにガス拡散層を各電極触媒層に接合することが好ましい。
この際用いられるガス拡散層としては、特に限定されず公知のものが同様にして使用できる。例えば、炭素製の織物、紙状抄紙体、フェルト、不織布といった導電性及び多孔質性を有するシート状材料を基材とするものなどが挙げられる。前記基材の厚さは、得られるガス拡散層の特性を考慮して適宜決定すればよいが、30〜500μm程度とすればよい。このようなガス拡散層の厚さであれば、十分な機械的強度、およびガスや水などの透過性を確保できる。
前記ガス拡散層は、撥水性をより高めてフラッディング現象などを防ぐことを目的とし
て、前記基材に撥水剤を含ませることが好ましい。前記撥水剤としては、特に限定されないが、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)などのフッ素系の高分子材料、ポリプロピレン、ポリエチレンなどが挙げられる。
また、撥水性をより向上させるために、前記ガス拡散層は、前記基材上に撥水剤を含むカーボン粒子の集合体からなるカーボン粒子層を有するものであってもよい。
前記カーボン粒子としては、特に限定されず、カーボンブラック、黒鉛、膨張黒鉛などの従来一般的なものであればよい。なかでも、電子伝導性に優れ、比表面積が大きいことから、オイルファーネスブラック、チャネルブラック、ランプブラック、サーマルブラック、アセチレンブラックなどのカーボンブラックが好ましく挙げられる。前記カーボン粒子の粒径は、10〜100nm程度とするのがよい。これにより、毛細管力による高い排水性が得られるとともに、触媒層との接触性も向上させることが可能となる。
前記カーボン粒子層に用いられる撥水剤としては、前記基材に用いられる上述した撥水剤と同様のものが挙げられる。なかでも、撥水性、電極反応時の耐食性などに優れることから、フッ素系の高分子材料が好ましく用いられる。
前記カーボン粒子層における、カーボン粒子と撥水剤との混合比は、所望の撥水性や十分な電子伝導性を考慮して適宜選択できる。カーボン粒子層におけるカーボン粒子と撥水剤との混合比は、質量比で、好ましくは90:10〜40:60(カーボン粒子:撥水剤との質量比)とするのがよい。
前記カーボン粒子層の厚さは、得られるガス拡散層の撥水性を考慮して適宜決定すればよい。
ガス拡散層に撥水剤を含有させる場合には、一般的な撥水処理方法を用いて行えばよい。例えば、ガス拡散層に用いられる基材を撥水剤の分散液に浸漬した後、オーブン等で加熱乾燥させる方法などが挙げられる。
ガス拡散層において基材上にカーボン粒子層を形成する場合には、以下のような方法が使用できる。具体的には、カーボン粒子、撥水剤等を、水、パーフルオロベンゼン、ジクロロペンタフルオロプロパン、メタノール、エタノール等のアルコール系溶媒などの溶媒中に分散させることによりスラリーを調製する。次に、前記スラリーを基材上に塗布し乾燥、もしくは、前記スラリーを一度乾燥させ粉砕することで粉体にし、これを前記ガス拡散層上に塗布する。その後、マッフル炉や焼成炉を用いて250〜400℃程度で熱処理を施すのが好ましい。
本発明の電極触媒層は、カソード側に供給される酸素と、アノード側からのプロトンや電子との反応を効率よく促進し、また、触媒(特に白金)の溶出による電極触媒劣化を抑制・防止できる。このため、本発明の電極触媒層含む電解質膜−電極接合体(MEA)は、優れた発電性能および耐久性を発揮できる。
したがって、本発明の電極触媒層含む電解質膜−電極接合体(MEA)を燃料電池に用いることにより、耐久性および発電性能に優れる燃料電池を提供することが可能となる。前記燃料電池の種類としては、特に限定されず、固体高分子形燃料電池、アルカリ型燃料電池、リン酸型燃料電池、固体酸化物型燃料電池などが挙げられる。なかでも小型かつ高密度・高出力化が可能であることから、固体高分子形燃料電池が好ましく使用できる。ま
た、前記燃料電池は、搭載スペースが限定される車両などの移動体用電源の他、定置用電源などとして有用であるが、特にシステムの起動/停止や出力変動が頻繁に発生する自動車用途で特に好適に使用できる。
前記燃料電池の構成としては、特に限定されず、従来公知の技術を適宜利用すればよいが、一般的には電解質膜−電極接合体(MEA)をセパレータで挟持した構造を有する。前記セパレータとしては、緻密カーボングラファイト、炭素板等のカーボン製や、ステンレス等の金属製のものなど、従来公知のものであれば制限なく用いることができる。セパレータは、空気と燃料ガスとを分離する機能を有するものであり、それらの流路を確保するための流路溝が形成されてもよい。セパレータの厚さや大きさ、流路溝の形状などについては、特に限定されず、得られる燃料電池の出力特性などを考慮して適宜決定すればよい。
さらに、燃料電池が所望する電圧等を得られるように、セパレータを介してMEAを複数積層して直列に繋いだスタックを形成してもよい。燃料電池の形状などは、特に限定されず、所望する電圧などの電池特性が得られるように適宜決定すればよい。
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
なお、本実施例において、塩素(Cl)、臭素(Br)及びヨウ素(I)の含有量は、下記方法に従って測定した。
<塩素(Cl)、臭素(Br)及びヨウ素(I)の含有量の測定方法>
試料を1000℃で加熱分解した後、燃焼ガス中の塩素(Cl)、臭素(Br)及びヨウ素(I)をイオンクロマトグラフ(ダイオネクス製 ICS−1500)で、それぞれ、測定し、これらを、それぞれ、塩素(Cl)、臭素(Br)及びヨウ素(I)の含有量(mol/g)とした。また、これらの合計を求め、これをハロゲン合計含有量(mol/g)とした。
実施例1
1.高分子電解質の洗浄
S−PES粉末5gを、ソックスレー抽出器を用いて洗浄した。この際、洗浄液として1N硫酸50mLを用いて1日、つづいて純水50mLを用いて1日洗浄を行なった。
上記洗浄前後で、S−PESのハロゲン合計含有量を測定した。その結果、当該洗浄により、S−PES粉末のハロゲン合計含有量は、洗浄工程前の51.4×10−6mol/g(1815ppm)から、0.85×10−6mol/g(30ppm)にまで低減した。
2.高分子電解質溶液の調製
上記1.で洗浄したS−PESを、乾燥機にて乾燥した。次に、乾燥したS−PES粉末1.5gを、70℃のエタノール・純水の混合溶媒(エタノール:水=1:1(質量比))に加え、スターラーにて攪拌して溶解し、3wt%のS−PES溶液を作製した。
3.カソード触媒層の形成
上記2.で作製したS−PES溶液に、Pt担持カーボンの微粒子(平均粒径:50μm;白金担持量:50wt%)を混合して、カソード用触媒インクを作製した。この際、カーボンとS−PESの質量比がカーボン:S−PES=1:0.7となるように混合し
た。カソード用触媒インク中の固形分(S−PES+Pt担持カーボン)比率は10wt%とした。
上記で調製したカソード用触媒インクを、スプレーを用いてナフィオン(登録商標)膜上に直接塗布して、カソード触媒層を形成した。この際、インク塗布面積は5cm×5cmとし、電極触媒インク塗布量はカソード触媒層の白金量が0.4mg/cm2になるように調整した。乾燥後の触媒層厚はおおよそ10μmであった。
4.アノード触媒層の形成
ナフィオン(登録商標)溶液(濃度:5.0wt%)に、Pt担持カーボンの微粒子(平均粒径:50μm;白金担持量:50wt%)をアノード用触媒インクを作製した。この際、カーボンとナフィオンの質量比がカーボン:ナフィオン=1:0.7となるように混合した。また、アノード用触媒インク中の固形分(ナフィオン+Pt担持カーボン)比率は10wt%とした。
アノード触媒層は転写法によって作製した。すなわち、上記で調製したアノード用触媒インクを、スクリーンプリンタを用いて、剥離シートとしてのテフロンシート上に塗布して、アノード用触媒層転写シートを作製した。この際、インク塗布面積は5cm×5cmとし、電極触媒インク塗布量はアノード触媒層の白金量が0.4mg/cm2になるように調整した。乾燥後の触媒層厚はおおよそ10μmであった。
次に、作製したアノード用触媒層転写シートの触媒層面を、上記3.で得られたナフィオン(登録商標)膜のカソード触媒層を塗布していない側に密着させ、積層体を得た。この積層体を、130℃、2MPa、保持時間10分にてホットプレスを行なった。ホットプレス後、積層体を室温まで冷却し、剥離シートをはがして、膜−触媒層接合体(1)を作製した。
実施例2
1.高分子電解質の洗浄
S−PES粉末5gを、ソックスレー抽出器を用いて洗浄した。この際、洗浄液として1N硫酸50mLを用いて1日、つづいて純水50mLを用いて1日洗浄を行なった。
上記洗浄前後で、S−PESのハロゲン合計含有量を測定した。その結果、当該洗浄により、S−PES粉末のハロゲン合計含有量は、洗浄工程前の51.4×10−6mol/g(1815ppm)から、0.85×10−6mol/g(30ppm)にまで低減した。
2.高分子電解質溶液の調製
上記1.で洗浄したS−PESを、乾燥機にて乾燥した。次に、乾燥したS−PES粉末1.5gを、70℃のエタノール・純水の混合溶媒(エタノール:水=1:1(質量比))に加え、スターラーにて攪拌して溶解し、3wt%のS−PES溶液を作製した。
3.カソード触媒層の形成
上記2.で作製したS−PES溶液に、Pt担持カーボンの微粒子(平均粒径:50μm;白金担持量:50wt%)を混合して、カソード用触媒インクを作製した。この際、カーボンとS−PESの質量比がカーボン:S−PES=1:0.7となるように混合した。カソード用触媒インク中の固形分(S−PES+Pt担持カーボン)比率は10wt%とした。
上記で調製したカソード用触媒インクを、スプレーを用いてナフィオン(登録商標)膜
上に直接塗布して、カソード触媒層を形成した。この際、インク塗布面積は5cm×5cmとし、電極触媒インク塗布量はカソード触媒層の白金量が0.4mg/cm2になるように調整した。乾燥後の触媒層厚はおおよそ10μmであった。
4.アノード触媒層の形成
ナフィオン(登録商標)溶液(濃度:5.0wt%)に、Pt担持カーボンの微粒子(平均粒径:50μm;白金担持量:50wt%)をアノード用触媒インクを作製した。この際、カーボンとナフィオンの質量比がカーボン:ナフィオン=1:0.7となるように混合した。また、アノード用触媒インク中の固形分(ナフィオン+Pt担持カーボン)比率は10wt%とした。
アノード触媒層は転写法によって作製した。すなわち、上記で調製したアノード用触媒インクを、スクリーンプリンタを用いて、剥離シートとしてのテフロンシート上に塗布して、アノード用触媒層転写シートを作製した。この際、インク塗布面積は5cm×5cmとし、電極触媒インク塗布量はアノード触媒層の白金量が0.4mg/cm2になるように調整した。乾燥後の触媒層厚はおおよそ10μmであった。
次に、作製したアノード用触媒層転写シートの触媒層面を、上記3.で得られたS−PES膜のカソード触媒層を塗布していない側に密着させ、積層体を得た。この積層体を、130℃、2MPa、保持時間10分にてホットプレスを行なった。ホットプレス後、積層体を室温まで冷却し、剥離シートをはがして、膜−触媒層接合体(2)を作製した。
比較例1
実施例1において、S−PES粉末の洗浄工程(上記実施例1における1.の工程)を行なわなかった以外は、実施例1と同様の操作を繰り返し、比較用膜−触媒層接合体(1)を作製した。
比較例2
実施例1において、洗浄したS−PES粉末の代わりに、ナフィオン(登録商標)をカソード触媒層の高分子電解質として用いた以外は、実施例1と同様の操作を繰り返し、比較用膜−触媒層接合体(2)を作製した。
評価実験1:触媒活性の評価
上記実施例1、ならびに比較例1及び2で作製した膜−触媒層接合体(1)、比較用膜−触媒層接合体(1)、(2)をカーボンペーパ(300μm厚)で挟み込んだ後、それぞれ発電評価用セルに組み込んで触媒の評価を行った。以降に示すPtの比表面積は、アノード側に水素、カソード側に窒素を流した状態で、電位掃引速度50mV/s、掃引範囲0.05〜0.9VのCV(サイクリックボルタンメトリー)を実施し、0.07〜0.4Vに流れるプロトン吸着電流により算出した。
Ptの溶出を加速させる電位サイクル試験(0.60〜0.95V、セル温度70℃、相対湿度100%、7500回)を行なったときのPt比表面積の変化の結果を、下記表1に示す。表1の結果から、未洗浄のS−PESを使用した比較例1およびすべてナフィオン(登録商標)で作製した比較例2に比して、本発明の実施例1の膜−触媒層接合体(1)は、Pt比表面積の減少を有意に抑えられることが示される。
また、図1に、CV(サイクリックボルタンメトリー)の結果を示す。図1から、未洗浄のS−PESを使用した比較例1は、触媒として使用している白金の酸素還元活性を示す高電位域での電流の立ち上がりが、すべてナフィオン(登録商標)で作製した比較例2のそれと比較して高電位側へシフトしている。これから、比較例1の比較用膜−触媒層接合体(1)は、カソード触媒としての活性が比較例2の比較用膜−触媒層接合体(2)より低くなっていることが分かる。一方で、実施例1のCVにおける電流の立ち上がりは比較例2とほぼ同一であることから、洗浄によりナフィオンを使用した場合と同様の性能が得られていることを示している。なお、上記電流の立ち上がりは、図1の丸で囲まれた部分での立ち上がりに相当する。
表1及び図1の結果から、本発明の電極触媒層を用いた膜−触媒層接合体は下記効果を有する。
・ナフィオン(登録商標)は白金等の触媒成分を透過させやすく、このため触媒の溶出速度が高くなってしまう。これに対して、S−PESは、密な構造を有するため、白金等の触媒成分の透過速度が遅い。ゆえに、本発明の膜−触媒層接合体は、ナフィオンを使用した場合に比して、電位をかけた後であっても、白金の溶出を有意に抑制できる。
・本発明の電極触媒層を用いた膜−触媒層接合体は、従来発電性能に優れることが知られているナフィオン(登録商標)と同等の発電性能を発揮できる。
評価実験2:白金の耐溶出性の評価
上記実施例1、および比較例2で作製した膜−触媒層接合体(1)、および比較用膜−触媒層接合体(2)について、上記評価実験1(電位サイクル試験)後の膜−触媒層接合体の断面写真を撮影した。その結果を図2に示す。なお、図2中、黒色部分が白金である。
図2に示されるように、カソード触媒層にナフィオンを使用している比較例2では、触媒層と電解質膜との界面から電解質膜側に向かって、大きな黒色部分が認められる。これから、比較例2では、多量の触媒層の白金が電解質膜中に溶出し、膜中で再析出しているのが認められる。これは、ナフィオン(登録商標)は白金を透過しやすいため、白金が電位によって多量に膜側に溶出(透過)したためであると考察される。
これに対して、カソード触媒層に洗浄したS−PESを使用している実施例1では、比較例2と比較して、電解質膜中の黒色部分が非常に少なく、かつその大きさも有意に小さい。これから、本発明の電極触媒層では、白金溶出が大幅に抑制されていることが確認できる。これは、S−PESは、密な構造を有するため、白金等の触媒成分の透過速度が遅いためであると考察される。
図2の結果から、下記のように考察される。
・本発明の電極触媒層は、有効に白金溶出を抑制・防止できる。