JP5258892B2 - 呼気粒子の捕集及び測定 - Google Patents

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Description

本発明は動物,特に哺乳類,好ましくはヒトの息の中に吐出される粒子に関する。当該粒子の性質と量は,一定の医学的状態についての指標となり得る。したがって,それらを捕集し,サイズや質量によって分類することで,一以上の医学的状態の診断に利用することができる。
ヒトの気道は日々,少なくとも7〜8立方メートルの空気を通しており,吸気中の各種粒子やガスを無毒化するための高度な生物学的システムが存在する。吸い込んだ物質に対する最初の防御線は,幾つかの重要な抗酸化系を有するものの中でも特に気道全体を覆う気道被覆液(RTLF)である。RTLFの重要成分としては他にサーファクタントがあり,これは表面張力を低下させる一方,先天性免疫に関与する化合物を含むものである。
RTLFの組成は気道の炎症状態によって異なることが示されている。RTLF中の抗酸化物質と吸い込んだ酸化物質との間のバランスが乱れると,酸化ストレスによって炎症プロセスが始まる。この炎症プロセスは非常に変化に富むものであるが,喘息から肺癌まで,殆ど呼吸器疾患の進行において共通する主要な初期事象である。
あらゆる気道疾患へと至らしめる病態生理学的プロセスは,これまでの所,完全には理解されていない。その理由の一つとして,これらのプロセスをヒトにおいてモニターすることが難しいということが挙げられる。例えば各種曝露状況の影響を評価するために利用できる方法は,肺機能や呼気一酸化窒素の測定,誘発採痰又は気管支肺胞洗浄(BAL)の分析,又は気管支鏡検査からのバイオプシーに限られる。
これら既存の方法は,気管支鏡検査の場合のように侵襲的過ぎ,様々な曝露状況への感受性が非常に変わりやすいことにより,保証された大規模の研究には適応できない。その上,気管支鏡検査と誘発採痰のどちらも,とりわけ既存の心肺疾患や喘息を有する患者等,敏感な集団で一定のリスクを伴う。呼気中の一酸化窒素は多くの場合,単独でアレルギー性炎症を反映していることが伺われ,よって他の形態の気道疾患を調べる際には利用価値が限定されている。一方,肺機能検査は研究対象の患者にとってはむしろ無害といえるが,疾患の裏にあるメカニズムについては何ら情報を与えるものではない。
利用されているその他の方法としてはインビトロ検査があるが,ヒトの気道という複雑な環境への一般化が可能かどうかということになると,かなり限定されたものであると言わざるを得ない。同じことが多くの場合,動物での研究についても言える。すなわち,動物は,遺伝子レベルではヒトと同一性が高くても,動物とヒトでは各種遺伝子の発現は相当異なったものとなる。
最近,呼気凝縮液(EBC)の採取という新しい方法が導入されている。これは,蒸気状の呼気水(exhaled water vapour)を低温で凝縮させたもので,揮発性,非揮発性の両化合物が共に同定されてきた。EBC中に見出された非揮発性化合物は,気道内で形成された粒子に起因していると考えられている。これら粒子は息をしたり話や咳をしたりする際に呼吸器系で生成されるものと考えられ,それら粒子が感染性物質を伝搬させる媒体として働くのではないかという主な理由から,今日まで研究されてきた。これら粒子がどのようにして形成されるかについては未だにわかっていないが,考えられるメカニズムとして,気管支の断面積が大幅に減少している気道中央における呼気空気の乱流が挙げられる。第二の仮説は,気道が肺の縁部に開く際にRTLFから粒子が形成される,というものである。疾病においては,乱流の増大及び/又はRTLF物性の変化によって粒子形成が亢進する。この一例が国際特許公開WO02/082977号公報に記載されている。
呼気凝縮液(EBC)の採取は,簡単には解決できない方法論上の困難を多く伴っている。例えば,水分で希釈されることで目的物質の濃度が非常に薄くなること,口腔由来の物質によってかなり汚染されてしまうこと,個人内の変動係数が高いこと,EBC中に見出される非揮発物質の採取が非常に非効率的であること等である。
よって,呼吸器系における健康上好ましくない影響を検出しモニターすることができる,より優れた非侵襲的方法に対するニーズが存在する。EBCの分析における,方法論上の各種困難性を克服するための一方法としてこれまで試されなかったものに,呼気粒子の直接的な採取及び分析がある。この方法では捕集した粒子の量とサイズを決定できるので,気道の状態に関する具体的情報も得られる。
各種サイズの粒子フラクション分布の測定
呼気液滴(すなわち粒子)を検査する研究で発表されたものは極少数しかない。パピネニ(Papineni)とロゼンサル(Rosenthal)(J.エアロゾル Med 10(2):105-16)及びエドワーズ(Edwards)他(Proc.Natl.Acad.Sci.USA101(50):17383-8)は,ヒトにおける呼気粒子の濃度を多数測定し,被験体間で大きな差があるとはいえ,通常の室内空気中の濃度よりは一般に大幅に低い値であることを開示している。また,呼気粒子のサイズ分布に関する情報も示されている。液滴の主成分は水なので,粒子サイズは周辺空気中の相対湿度(RH)の変化に素早く呼応して変化するに相違ないと考えるのが妥当である。相対湿度の影響を調べるためにパピネニとロゼンサルが用いた手続きは,赤外ランプを利用して空気を暖めて相対湿度を変化させたものであるので疑問が残る。エドワーズ他は彼ら自身の研究においては相対湿度を重要視していない。粒子サイズは,液滴乾燥物の顕微鏡検査等の間接的方法やサイズ分解能の低い光散乱法によって求められたものである。よってこのような技術水準は,呼気エアロゾルのサイズ分布と濃度変化の更なる探求を保証するものである。
近年,ヒトにおけるエアロゾル形成への関心が高まりつつあるが,その主たる理由はエアロゾルが感染力を検出する能力を有する点にある。米国特許公開第2005/0073683号公報及びAnal.Chem.2005,77,4734-4741は,予め形成されたエアロゾル粒子を特定するためのリアルタイム検出方法及びシステムを開示している。そこに記載された方法は,正と負のマススペクトルをこれもまた開発される参照用スペクトルと比較することで感染性物質或いは「脅威物質(threat agents)」を含有するエアロゾルをオンラインで検出することを目的としたものである。この方法は診断目的或いはヒトの気道の状態をモニターする目的で開発されたものではなく,非常に低感度であるため,呼気粒子等の場合のように極低濃度で存在する物質の検出を可能にするものではない。
このように,気道を簡単にモニターするための方法が見出されていないのが現状である。気管支肺胞洗浄や採痰誘発等の侵襲的手続きは患者に害を与える可能性があるので頻回に試料採取できない。
発明の概要
呼気中のバイオマーカーの測定は非侵襲的であり,繰返し採取を可能とするので,病状進行や治療応答のモニタリングの他,疾病の早期発見に有用である。本技法は揮発性物質,中でも特に重要なアレルギー性喘息のマーカーとして利用される呼気NOに関して成功を収めている。
非揮発性化合物は,気道被覆液に由来すると考えられるエアロゾル粒子によって運ばれる。このことは本発明者らの予備研究データでも確認されている。これら化合物は,気道における病態生理学的プロセスに関する基本的かつ具体的な情報を提供するであろう。呼気の中の内因性粒子に関する研究は殆どなされていない。気道での粒子形成のメカニズムと正確な場所はよく分かっておらず,粒子の化学組成についての具体的分析はこれまでなされていない。
呼気の中の粒子の捕集と分析のために新しい技法が開発された。この方法は,
a.当該被験体が呼気で吐出した粒子を捕集する工程と,
b.これら粒子を呼気エアロゾルのサイズ分布が水蒸気の蒸発,凝結のどちらによっても変化しないよう或る温度で質量又はサイズによって分類する工程と,
g.前記粒子の化学物質含量(chemical content)を分析する工程と
を含む方法であり,これにより取得された分析結果により前記被験体の医学的状態を決定できるようにしたものである。
更に,本方法は次の工程:
.前記粒子を質量又はサイズによって分類し,前記粒子の粒子分布プロファイルを得る工程と,
.前記被験体が呼気で吐出した粒子の粒子分布プロファイルを参照用粒子分布プロファイルと比較する工程と,
.被験体の粒子分布プロファイルと参照用粒子分布プロファイルとの間の類似性及び/又は乖離性を指示する工程と
択的に,
.前記粒子の化学物質含量を分析する工程と
を含むこともできる。
このような呼気中の粒子の分析結果は,気管支喘息,嚢胞性繊維症,慢性閉塞性肺疾患(COPD),間質性肺疾患,サルコイドーシス,全身性エリテマトーデス(SLE)等の全身性疾患における肺症状,肺炎等の肺感染症,細菌コロニー形成又はウイルス感染からなる群から選択される医学的状態の決定に利用することができる
参照用粒子分布プロファイルは所定の医学的状態を有しない被験体から得ることができ,その場合,工程は被験体の粒子分布プロファイルと参照用粒子分布プロファイルとの間の乖離性を指示することを含む。或いは,参照用粒子分布プロファイルを,所定の医学的状態を有する患者から得ることもでき,その場合,工程は被験体と患者の粒子分布プロファイルの類似性を指示することを含む。このようにして,被験体における前記所定の医学的状態の診断を下すことができる。
本発明はまた,呼気息の粒子の粒子分布プロファイルを提供する方法を提供するものであって,前記方法は,
a.被験体が呼気で吐出した粒子を捕集する工程と,
b.前記粒子をサイズ又は質量によって分類して前記粒子の粒子分布プロファイルを得る工程と
を含む。
いずれの方法においても,粒子は慣性インパクタを利用して質量によって分類するか,粒子カウンタを利用してサイズによって分類することができる。
インパクタは好適には入口と出口を有し,粒子Pを含むガス流Aが,前記入口からインパクタに入り,各段を順に通過して前記出口からインパクタを出るように配置された複数の段を含み,各段は,ガス流Aを捕集プレートに向かわせるオリフィスを有する仕切りによって隣接する段から分離され,各捕集プレートの主面はガス流Aの流れ方向と実質的に直角に配置されており,これによって,呼気粒子はガス流A中にあって前記慣性インパクタを通過するが,その際,主ガス流Aを各段の各捕集プレートに順に向かわせるように,また,第一の段に設けられた少なくとも第一の捕集プレートが第一の質量を有する粒子を捕集し,第二の段に設けられた少なくとも第二の捕集プレートが第二の質量を有する粒子を捕集するように,呼気粒子は前記慣性インパクタを通過する。
サイズ又は質量によって分類された後に粒子は分析される。それらは飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS),マトリックス支援レーザ脱離イオン化質量分析法(MALDI−MS),標識抗体に基づく生化学アッセイやプロトコル,定量PCR分析,走査電子顕微鏡法(SEM),ガスクロマトグラフィー質量分析(GC−MS),液体クロマトグラフィー質量分析(LC−MS),表面プラズモン共鳴(SPR),蛍光分光法,TOC(全有機物含有量)分析,元素分析,及び誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)からなる群から選択される少なくとも一種の分析技法によって分析され,その際,捕集プレートの洗浄を最初に行っても行わなくてもよい。
本発明はまた,呼気粒子を捕集し分類するシステムにも関し,このシステムは,
a.第一開口と第二開口を有するリザーバと,
b.リザーバの第一開口に接続された双方向マウスピースと,
c.入口と出口を有するインパクタと
を含み,
前記インパクタは,粒子Pを含むガス流Aが,前記入口からインパクタに入り,各段を順に通過して前記出口からインパクタを出るように配置された複数の段を含み,ここにおいて各段は,ガス流Aを捕集プレートに向かわせるオリフィスを有する仕切りによって隣接する段から分離され,各捕集プレートの主面はガス流Aの流れ方向と実質的に直角に配置されており,慣性インパクタの入口はリザーバの第一開口に接続されている。
本発明による呼気粒子の測定と分析は次の要求を満たすものである。
・ 非侵襲
・ ヒトにおいて繰返し測定が可能
・ 抗酸化系,蛋白発現,脂質パターンの変化,並びに,粒子サイズ及び濃度の相違を含む,肺における様々な病態生理学的プロセスのキネティクスを追従
・ 下記a),b)の診断及びモニタリングのための新規のバイオマーカーを非侵襲的に特定するための基盤
a)次のような呼吸器疾患,すなわち
− 喘息
− 慢性閉塞性肺疾患
− 間質性肺疾患
− 肺癌
− 呼吸器感染症
− SLE,強皮症及び関節リウマチ等の全身性疾患における肺症状の関与(Pulmonary engagement)
b)次のような全身性疾患システム,すなわち
− 心血管疾病
− 糖尿病
− メタボリック症候群
− 高コレステロール血症
・ 挿管患者のモニタリング
・ 曝露のモニタリング
・ 薬物治療のための新規のターゲットを特定すること
・ ある種の曝露や疾患に対し高い遺伝的感受性を有する個体を特定すること。
本発明に係る慣性インパクタを示す。 呼気粒子捕集のためのシステムを示す。 一対照被験体からの粒子スポットについての正(図3A)と負(図3B)のTOF−SIMSスペクトルを示す。 一対照被験体から得た呼気粒子の一スポットのTOF−SIMS像である。 呼気粒子(0.5〜2.0μm)の濃度と時間の関係を示す。 健康な被験体と喘息又は嚢胞性繊維症を有する被験体について行ったパイロットスタディで得た比(CN+CNO)/PO である。
本発明の第一の実施態様は,被験体の医学的状態を決定する際に利用可能な呼気中の粒子の分析方法に関する。「決定する」という語は最も広義に,すなわち,ある医学的状態の存在(定性)及び/又は程度(定量)の評価と理解されるべきである。更に「決定する」とは,被験体が有する所定の医学的状態に至らしめる可能性のある何らかの素因を決定することをも言う。
「医学的状態」という語は,疾病及び障害に限定されたものと理解されるべきではない。健常者の例えば次のような医学的状態を非診断的方法によって調べる場合も対象とされ得る。
− 投薬や薬物(例:ドーピングテスト)の影響下に置かれている可能性のある,或いは,化学物質(例:汚染物質や職業上の危険物質)に曝されている被験体,
− 肉体的活動又は健康プログラム(例:被験体の体調や健康を決定するもの)に参加している被験体,
− 一定の疾病又は障害を発症させる疾病素因を有する可能性を持ち得る健常者,
− 特定の疾病若しくは障害を発症させる又は特定の曝露に対する低い耐性をもたらす遺伝的感受性を有する可能性を持ち得る健常者。
本発明の方法を適用し得る被験体は動物,特に哺乳類,好ましくはヒトである。本発明は以下,主としてヒトについて記載する。
本発明の第二の実施態様は,呼気中の粒子の粒子分布プロファイルを得るための方法を提供するものである。
本発明の上記両方法において,その最初の工程は,被験体に呼気吐出された粒子を捕集することを含む。一回の呼気で十分な数の粒子が提供されるかもしれないが,通常は呼気を繰り返して粒子を捕集する。ヒトの医学的状態の診断には,例えば,単一回の呼気は数十分迄(例:1秒〜100分,例えば,1秒〜50分,5秒〜20分,或いは10秒〜5分等)の時間に亘り吸気/呼気を連続的に行うことで粒子を捕集することができる。
呼気パターンを変化させることで,気道の様々な部位を代表する粒子を捕集することもできる。気道が狭くなると,強制的呼気は乱流を増大させ,したがって,粒子の生成は通常の呼吸時と比較すると,気道中央付近で増える。尚,気道の最遠位部からの気道開口でより多くの粒子が形成されることが推測される。
捕集後,粒子は質量又はサイズによって分類される。粒子カウンタを利用して個々の粒子をカウントすることで粒子の数−サイズ分布を得ることもできる。質量分布は粒子が球状であることと或る密度を有することを仮定して計算できる。その後,捕集された非揮発性物質についての高度な化学分析を行うことができる(下述)。
質量又はサイズによって粒子を分類することで前記粒子の粒子分布プロファイルも提供することができる。粒子分布プロファイルは,特定の質量又はサイズ(或いは質量又はサイズの範囲)を有する粒子がどれだけ呼気中に存在するかについての測定値であって,被験体の医学的状態を決定するために利用することもできる。この文脈において粒子という語は,固体,液体及び液体でコーティングされた固体物体を意味し,これらは気体(通常は空気であるが必ずしも空気とは限らない)中に浮遊していることが多い。物体のサイズは通常0.005マイクロメーターより大きいが必ずしもこれに限られるものではなく,また通常15マイクロメーターより小さいが必ずしもこれに限られるものではない。サイズという語は空力学的直径又は電気移動度粒径を意味するが,空力学的直径が適切である。
図1は呼気粒子(図1中,Pで示す)を捕集するのに用いる慣性インパクタ10である。インパクタ10は,ガスと呼気粒子がそこを通って該インパクタ10に入る入口12と,ガスと呼気粒子がそこを通って該インパクタ10から出る出口14とを有する容器である。図1のインパクタ10は,入口12と出口14を円筒の対向する円形面に備えた円筒状のものとして示されているが,入口と出口12,14の形状や配置については他の態様も可能である。
インパクタ10は複数の段20,30,40,50を含む。図1は4段の段20,30,40,50を示しているが,2〜15段を有するインパクタは公知である。粒子Pを含む主ガス流Aは入口12からインパクタ10に入り,各段20,30,40,50を順に通過して出口14からインパクタ10を出る。主ガス流Aは,被験体により呼気吐出された空気と粒子を含む。流れはインパクタの出口に接続されたポンプにより生じる。本発明においては通常,呼気空気と粒子が被験体から出てインパクタに入るまで,何らの変化を及ぼす操作をこれらに対して行わない。
各段20,30,40,50は,隣接する段と仕切り21,31,41,51によって分離されている。各仕切りは少なくとも一個のオリフィス22,32,42,52(実地では,各仕切りには複数のオリフィスが存在する)を有し,これによってガス流Aを捕集プレート33,43,53に向わせる。各捕集プレート33,43,53の主面は,ガス流Aの流れの方向と実質的に直角に配置されている。
用いられる捕集プレート33,43,53は厚さ約1mm,一辺10〜12mmの矩形である。プレートは,ノズルを通る空気流の出口側で,基板ホルダの所定位置に両面テープで保持される。プレートは,分析を確実に行える点で好ましいため,元素シリコンで作製される。微量の不純物でも粒子の分析を妨げるため,プレートは高度に清潔でなければならない。シリコンプレートの浄化は各種方法によって行うことができるが,有機溶媒中での超音波洗浄の後にUV−オゾン処理を行う方法や,1〜10%の硝酸又は過酸化水素に浸漬する方法が好ましい。
洗浄後,捕集プレート表面を調製する際,捕集及びその後の化学分析に関して該表面を更に最適化することができる。捕集プレートの親水性やその他の表面化学特性を変化させることで粒子と上記表面の相互作用を好ましく制御することが出来る。好ましくは捕集プレートの全表面を改変する。疎水性の捕集表面は,親水性表面に比べ,脂質分子の炭化水素鎖等の疎水性部分とより強力に結合する。通常は親水性であるシリコン表面は,メチルシラン等の疎水性物質の薄層でコーティングしたり,シリコン基板を金でコーティングしてからメチル末端チオールの単層を金コーティングの上に適用したりすることで疎水性にすることができる。同様に,捕集表面は,一定の分子に特異結合するようにすることもできる。捕集プレート表面を特定の蛋白質に対する抗体でコーティングすることにより,この特定の蛋白質を該プレート表面に結合させることができる。適切な試薬を用いることで,分析物の結合から色変化や蛍光発光を起こすことができ,これらは原位置で(in situ),かつ,リアルタイムで検出できる。原位置での検出は,分析物が捕集プレート表面に結合することで生じる電流やキャパシタンスの変化を電気的に測定することでも可能である。この場合には,捕集プレートもまた,そのような測定を可能にするのに必要な電気的接続部を有する。インパクタは必要な電気的接続部を含むことができ,これにより捕集プレートと適切に接続できる。
慣性を有する粒子は,気流が第一捕集プレート33の回りで偏向された場合に該気流に追従できないので,捕集プレート33に衝突し,一方,慣性の小さい粒子は次の段40へと進む。粒子の慣性はその質量に依存し,それはまたサイズに依存するということでもある。このようにして,粒子を質量又はサイズで分別することが可能である。
このように,オリフィスの数,直径,各段におけるオリフィスから捕集プレートまでの距離を選択することで,質量又はサイズによるエアロゾル内の粒子の分別が達成できる。高慣性の粒子(すなわち大きな質量/サイズ)は初めの方の段で分離され,一方,低慣性の粒子(すなわち小さな質量/サイズ)は後の方の段に衝突する。オリフィスの形状を選択することにより,化学分析を行うのに好適な形となるよう,捕集物質の濃度を上げることができる。捕集プレート上に捕集した物質の濃度は,呼気空気や息の濃縮物に比べ,非常に高い。
この場合,改変した3段のDekati PM10を用いた。改変は,第三段のノズル数を1/2に減らしたこととインパクタの設計流量を1.5倍に増加させることであった。
改変前のインパクタは毎分10リットルのものであるが,毎分15リットルの流量で操作した。最終段の20のオリフィスは10に減らし,これにより各ノズルのガス流速を2倍にした。50%カットオフサイズ(すなわち,そのサイズの粒子の数の半分が捕集され,残る半分は捕集されないで通過する。これは階段状の捕集特性を示さず「S字状」特性を示す)は前記三段のそれぞれについて各7,1.5,0.5μmであった。
上述のように,捕集プレートの表面官能化を縮小して各ノズルで異なる官能化を達成することができ,その結果様々な分析物を最適に並行捕集することが容易になる。同様に,特定物質の原位置での光学的或いは電気的な並行検出も捕集プレートチップによって行うことができ,該チップにおいては,捕集プレートのノズル出口の位置に適切な表面官能化及び/又は電気的接続部が提供される。
このインパクタは,呼気粒子をできるだけ効率的に捕集できるように設計される。このことは,呼気空気に存在する殆ど全ての粒子を所定の質量/サイズ間隔で分析目的で捕集することを意味する。粒子は,高度な化学分析に供するのに適切な濃縮形態で回収される。
本発明はまた,呼気粒子を捕集し分類するためのシステム100を提供するものであって,
a.第一開口112と第二開口113を有するリザーバ114と,
b.リザーバ114の第一開口112に接続された双方向マウスピース110と,
c.入口12と出口14を有する慣性インパクタ10と
を含み,
前記インパクタ10は,粒子Pを含むガス流Aが入口12からインパクタ10に入り,各段20,30,40,50…を順に通過して前記出口14からインパクタ10を出るように配置された複数の段20,30,40,50…を含み,
各段20,30,40,50…は,主ガス流Aを捕集プレート33,43,53…に向わせるオリフィス22,32,42,52…を有する仕切り21,31,41,51…によって隣接する段から分離され,各捕集プレート33,43,53…の主面はガス流Aの流れ方向と実質的に直角に配置されており,慣性インパクタの入口12はリザーバ114の第一開口112に接続されている。
捕集システムは図2に示すように構築することができる。該システムの大部分はサーモスタット付きコンパートメント120内に置かれる。呼気粒子の捕集対象である個体は,双方向マウスピース110を通して室内の空気を吸う。吸うときに吸気Aは,マウスピースの前に置かれた高効率粒子フィルタ125を通過する。
マウスピース110は,呼気エアロゾルのサイズ分布が水蒸気の蒸発,凝結のどちらによっても変化しないよう,或る温度に維持される。呼気空気Aはマウスピース110を通り,エアロゾルサイズ分布を維持する目的で,サーモスタット付きコンパートメント120に置かれたシステムに入る。このコンパートメントには,呼気空気のためのリザーバ114が設けられている。更に,粒子カウンタ116が,計数と粒子サイズ測定のためにリザーバ114の第一開口112に接続されている。粒子Pを捕集するための慣性インパクタ10もまたリザーバの第一開口112に接続されている。
インパクタ10を通る流れは,典型的にはサーモスタット付きコンパートメントの外部に置かれたポンプ115によって維持される。図2にはまた,排気130と,粒子を含まない加湿空気135も示されている。
粒子カウンタ116は,数−サイズ分布の測定を可能にするものであって,付加的な重要情報を提供する。ここで用いられる粒子カウンタは,Grimm1.108光学粒子カウンタ(グリム・エアロゾル・テクニーク(Grimm Aerosol Technik),アインリング,ドイツ)であって,0.3〜20マイクロメーターの15サイズ間隔で粒子を計数しサイズ分けすることができる。この装置は,測定されたエアロゾルの数−サイズ分布,又は測定された数−サイズ分布から計算される質量分布を提供することができる。この装置においては,粒子を含んだ空気は,一時に一個の粒子だけに光が当てられるよう,輪郭が明確で強く照明された小さな立体領域を通される。照明された粒子は散乱光パルスを生じ,その強度が測定される。散乱光の強度は粒子サイズに依存するので,気流中の粒子を計数し,サイズ分けすることができる。
リザーバ114はバッファとして働き,呼気空気の流れがインパクタ10と粒子カウンタ116の流れの合算より大きいとき,そこに呼気空気が蓄えられる。リザーバ114は,呼気が無いときには空気をインパクタ10と粒子カウンタ116に供給する。粒子を含まない加湿空気がリザーバ114の第二開口113に添加され,常に正の排気流が存在するようにされる。流れはリザーバ114の排気末端に設けられた流量計119で測定される。リアルタイムで流れをグラフィック表示することで,被験体は,指示どおりに呼吸の頻度や強さを制御することが可能になる。
試料は次のようにして採取される。尚,インパクタには清潔な捕集プレートが搭載されていること,及び本システム,特にインパクタは,所望の温度に達していることが前提である。まず,流量計をゼロ点に調整し,流れを正しく測定できるようにし,次いで加湿清浄空気流を所定の値に設定して,測定の間中,システムから正の流れが維持されるようにする。次にインパクタの流れを清浄空気流の値より低い値に設定する。この手続きの間,本システムには粒子を含有しない清浄空気が供給されているため,プレートには一切,付着物が捕集されることはない。次いで光学粒子カウンタが始動し,例えばシステムの漏出を示唆する偽の粒子が存在しないことをチェックする。次にシステムへの呼気が開始され,粒子カウンタは連続的に試料を取り込んで,6秒ごとにサイズ分布を出力し,一方,インパクタは後の分析のために試料を捕集する。必要な量の試料が得られたら捕集を終了し,試料採取の時刻と呼気量が記録される。インパクタを通る流れが止められ,インパクタは測定システムからはずされて,搭載されていたプレートが回収される。
本システムの2種のコンポーネントが「接続」されているので,空気と呼気粒子は両コンポーネント間を流れることができると理解されるべきである。通常,接続は管によってなされ,これにはガス/粒子の流れを方向付けるために適切な交差部やバルブ又はシールが設けられる。
本システムで可能となることとして,様々なフラクションにおける様々な吐出速度での粒子形成の定量化がある。これは,例えば喘息等での乱流を検出する非常に簡単な方法であり,疾病のマーカーとして利用できるであろう。
分析
捕集プレート23,33,43,53及びこれらに捕集された粒子Pはインパクタ10から取り出され,粒子の化学物質含量が測定される。粒子Pの化学物質含量は,被験体の医学的状態(「医学的状態」という表題で後出のセクションに記述される)に関する知見を提供する。
一分析戦略では,粒子は,まだ捕集プレート上にあるうちに分析される。これは,粒子内に存在する特定の物質に関する補足的情報を提供する,次のような化学分析技法と共に行われる。飛行時間二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)は,質量範囲が1000uまでの物質,特に,疾病の種々状態においてそのプロファイルが変化する各種タイプの脂質の分析に特に有用である。マトリックス支援レーザ遊離イオン化質量分析法(MALDI−MS)は,炎症反応に関連する,ペプチドや更に大きいマクロ分子(各種蛋白質)を分析するために有用な方法である。蛋白質のMALDI−MS同定は,蛋白質分解酵素,好ましくはトリプシンを適用することで更に容易に行えるが,これは蛋白質をセグメントに分解して決定し,それを一般に利用可能なデータベースと比較することで,確定的に蛋白質を同定できる。特異的蛋白質やその他の生体分子(例えばDNA)の分析も,標識抗体に基づく各種生化学アッセイやプロトコルを,捕集プレートに直接適用することで実施できる。走査電子顕微鏡法(SEM)も,捕集された粒子凝集体の形状を分析するために利用できる。そのような分析は,非生物由来の粒子,例えば,被験体が粒子に曝露された場合の粒子を明らかにすることができる。
別の分析戦略では,捕集された物質を捕集プレートから取り除く(洗い落とす)。捕集粒子を含む洗液は各種化学又は生化学分析技法で更に処理される。最も単純な分析では,捕集された粒子中の有機物の全量をTOC(全有機物含有量)分析器で分析することができる。各種元素分析器を用いて,捕集された物質中の炭素,窒素,酸素,硫黄の量を得ることができるが,これには更に様々な種類の生体分子(脂質,炭水化物,蛋白質)の相対量が反映される。微量の無機元素,特に金属は,誘導結合型プラズマ質量分析法(ICP−MS)で決定できる。そのような分析は,非生物学的起源の物質についての情報を提供するものであるのみならず,例えば鉄応答性蛋白(IRP)等,特定の疾病状態において重要な金属含有生体分子(蛋白質)を検出するためにも利用可能である。CuとZnは,肺腫瘍組織中で増加することも示されており,両者とも気道における炎症反応を調節するのに重要であると思われる。生体分子に特異的なその他の分析として,ガスクロマトグラフィー質量分析(GC−MS),液体クロマトグラフィー質量分析(LC−MS),及び直接MALDI−MSの3種の技法で補完的な情報を得ることができる。GC−MSは約500uまでの質量範囲の半揮発性物質について,情報を提供するであろう。LC−MSは脂質,ペプチド,蛋白質等,各種生体分子及びそれらの改変物について定性的及び定量的な情報を与えるであろう。最後に,直接MALDI−MSを利用することで,数万uまでの生体分子のパターンを検出でき,脂質と蛋白質の両プロファイルについて一回で検出及び同定することが可能である。捕集され洗浄された物質もまた生化学的分析,特に対象特異蛋白質のための標識抗体や遺伝子材料分析のための定量PCR分析に付することができる。
試料の取扱いを容易にすると共に本方法の感度を上げる幾つかの技法がある。本方法において既に見られた一利点は,表面脱離質量分析技法を利用してインパクタから取り出した捕集プレートを直接分析できるという可能性である。更なる利点は,例えば上述の酵素を使う,すなわち,いわゆるオンプレート消化の場合のように,試料の浄化及び/又は改変を直接プレート上で行えることである。また,捕集プレート上に異なる種類の表面,すなわち,粒子試料中の特定の分析物に対する直接結合又は改変のためにレセプター分子或いは酵素で共有結合的に改変された表面を作り出すことも可能である。これらの方法は周知であり,有機化学実験室で容易に利用できる。その結果,分析プロセスを大幅にスピードアップでき,大きな患者グループの調査にも実行性をより向上できる。
質量分析法により新しいバイオマーカーが同定できれば,表面プラズモン共鳴法(SPR)及び蛍光分光法等の新しい分析機器を導入して,分析を個体数の大きいグループへ簡単にスケールアップすることが出来る。これら2方法は専門家でない者によってもより簡単に利用できるので,本粒子捕集方法を病院やヘルスケアセンターでより利用しやすくなり,また,大きな患者グループでの研究をより時間効率よくできる。捕集プレートをインパクタから直接使用できることは非常に有利である。
上述した様々な質量分析(MS)技法は,捕集された粒子の組成について包括的情報を与えるという顕著な利点を有する。このことは,異なるMS技法を組み合わせることで,予め定められていない方法で,大半の生体分子を検出できることを意味する。これは,予め選択され標識された物質しか検出できない他の多くの生化学分析技法と対照的である。様々な疾病に対する新しい特異的バイオマーカーを同定するに当たって,本方法とMS技法との適合性は重要な利点である。
粒子の分析は参照用化学分析と比較され,参照用化学分析からの乖離性及び/又は類似性が特定される。これを用いて被験体の一以上の医学的状態を決定できる。参照用化学分析は,或る医学的状態を有する被験体(その場合,化学分析における類似性が訴求される)のもの,或る医学的状態を有しない被験体のもの(その場合,化学分析における乖離性が求められる),或いは被験体自身のものであるが異なる状況で得たもの(例えば,後の時点でのもの,又は一定の治療コースや運動コースを経た後のもの)であることができる。
粒子分布プロファイルは,各捕集プレート上の粒子を分類することによって決定できる。得られた粒子分布プロファイルを利用して被験体における一以上の医学的状態を決定することができる。もし診断目的に利用するのであれば,被験体が呼気で吐出した粒子の粒子分布プロファイルを参照用粒子分布プロファイルと比較する。被験体粒子分布プロファイルと参照用粒子分布プロファイルとの間の類似性及び/又は乖離性に注目し,被験体粒子分布プロファイルと参照用粒子分布プロファイルとの間の乖離性又は類似性を被験体における一以上の医学的状態に帰属させる。
参照用粒子分布プロファイルは,所定の医学的状態を有しない被験体からの粒子分布プロファイルであり得る。この場合,被験体粒子分布プロファイルと参照用粒子分布プロファイルとの間の乖離性に注目して医学的状態を提示し得る。
或いは,参照用粒子分布プロファイルを所定の医学的状態を有する被験体から得たものとすることもできる。その場合,被験体の粒子分布プロファイルとその患者との間で類似性を指示することができ,これにより被験体における前記所定の医学的状態の診断を下すことが出来る。
参照用粒子分布プロファイルはまた,被験体自身のものであるが異なる状況で得たもの(例えば,後の時点でのもの,又は一定の治療コースや運動コースを経た後のもの)であることができる。これにより本発明方法による医学的状態のモニタリングが可能となる。
医学的状態
本発明によって決定又はモニタリングが可能な医学的状態として次のものが挙げられる。
− 気管支喘息
− 嚢胞性繊維症
− 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
− 肺癌
− 間質性肺疾患
− サルコイドーシス
− 全身性エリテマトーデス(SLE)等の全身性疾患における肺症状
− 肺感染症
・肺炎
・細菌コロニー形成
・ウイルス感染
次のような全身性医学的状態もまたモニタリングできるであろう。
− 心不全(例えばエンドセリン−1による)
− 高コレステロール血症(コレステロールが呼気粒子中に見出される)
− 糖尿病(インスリンが粒子中に見出される)
− メタボリック症候群
− 疾患や曝露に対する高い遺伝的感受性
粒子は特定の医学的状態の指標となるバイオマーカーを含むか,或いはこのようなバイオマーカーから構成されるものであり得る。本発明に係る方法はそのようなバイオマーカーの検出を可能にする。
呼気粒子は,気道上皮全体を覆う気道被覆液(RTLF)に由来すると考えられており(Pediatr.Allergy Immunol,15(1):4-19),これは多量の抗酸化物質とサーファクタントを含有している。尚,RTLFの組成は気道の近位から遠位へと変化するものである点にも注意が必要である。
RTLFに豊富に存在する一物質として,クララ細胞によって産生されるクララ細胞蛋白質16(CC16)があり,これは抗炎症蛋白質としても機能する。今日までCC16はBALと血液でのみ測定されてきた。これまで注目されてきたその他の物質としては,サーファクタント蛋白質A−Dがあるが,これもこれまでは気管支肺胞洗浄,すなわちBALでしか測定されていなかった。
特に注目されるのは,粒子中の抗酸化物質の濃度の検出とモニタリングである。バイオマーカーとしての可能性を有するものとして,気道に豊富に存在するグルタチオンがある。呼気液滴中のものでバイオマーカーとしての可能性を有するその他の抗酸化物質としては,マトリックス支援レーザ遊離/イオン化質量分析(MALDI−MS)で検出し得るであろう,金属結合蛋白質であるセルロプラスミンやトランスフェリンが挙げられる。可能性を有するその他の抗酸化物質で低分子量のものとして,例えばアスコルビン酸塩,αトコフェロール,尿酸塩,L−システインもまた各種質量分析法で検出される可能性があり,これらの分子もまた酸化ストレスに対するバイオマーカーである。
抗酸化物質として酸化ストレスに直接関与する,バイオマーカーとしての可能性のあるものとしては,グルタチオン,セルロプラスミン,トランスフェリン,アスコルビン酸塩,αトコフェロール,尿酸塩,L−システインが挙げられる。とりわけグルタチオンに注目されるが,これは気道に非常に豊富に存在するためである。これら抗酸化物質を検出する分析方法としては質量分析が利用されるであろう。
a.脂質
RTLFにおけるリン脂質のプロファイルは,疾病のバイオマーカーとして利用できる。リン脂質組成(PC)における変化は,急性呼吸困難症候群(ARDS),肺炎,嚢胞性繊維症,喘息等,殆どの気道疾患で見られる。喘息においてはBALでPCが減少したことに加え,アレルゲン攻撃後にPC/ホスファチジルグリセロール(PG)の関係の変化が認められた。
脂質の機能を変化させるニトロ化と酸化も呼吸器疾患における新しい研究領域である。
RTLF中のリン脂質と蛋白質とを含むサーファクタントは,先天性免疫系において重要な役割を担っていると考えられる。リン脂質は,プロスタグランディン,トロンボキサン,エオタキシン,リポキシン,レゾルビン等,先天性免疫において活躍する多様なサイトカインの前駆体である。サーファクタント蛋白質もまた先天性免疫において重要な役割を果たしていることが示されており,とりわけ,抗原提示細胞及び細胞死の制御に関与している。サーファクタントの代謝に関してはこれまで非常に限定的にしか知られていないが,呼吸器疾患の病因の理解に重要であると考えられる。
TOF−SIMSでシリコン捕集プレートの表面を分析することで,呼気粒子中に多岐に亘るリン脂質が存在することが判明した。粒子中に検出されたリン脂質は,BALでの検討でRTLF中に見出されたリン脂質と整合している。リン脂質の相対量もBALの場合と整合している。リン脂質の相対量もBALの場合と整合している。PO に対するCN+CNO(恐らく主に蛋白質とペプチドから来ているフラグメント)の比は,喘息患者と嚢胞性繊維症の患者で上昇した。この比は気道疾患によって空間スペースに血漿蛋白質が漏出したことを反映しているものであろう。
b.蛋白質とペプチド
気管支肺胞洗浄のプロテオーム解析によって,多くの蛋白質が試料に存在することが判明した。この解析は2Dゲルと質量分析を利用して行った。この蛋白質並びに機能が未判明の蛋白質は特に,免疫炎症プロセス,細胞増殖,酸化物質−抗酸化物質系やプロテアーゼ−抗プロテアーゼ系に関与する。例えば,アレルギー性の喘息患者についてBALのプロテオーム解析を行った。この研究では,1592の蛋白質が同定され,その内の160は対照群と比べ患者によって異なる発現を示した。最も多く存在した蛋白質は,恐らく血液空気関門からの拡散に由来していると思われる血漿蛋白質であった。血漿蛋白質の増加は恐らく滲出又は損傷によるものであろう。BAL中に検出されたペプチドと蛋白質の内の幾種かは,呼気粒子中にも存在する可能性が高い。
気道疾患のバイオマーカーであるペプチドや蛋白質としては,エンドセリン−1,インターロイキン−4,インターフェロン−g,サーファクタント蛋白質A〜D,クララ細胞蛋白質16等が挙げられる。これらの分子はESI−MSやMALDI−MS,或いは各種イムノアッセイで検出できる。より多くのタイプのバイオマーカーが本発明によって見出される可能性は非常に高いと思われる。なぜなら粒子の捕集は,より少数の粒子しか捕集できない呼気凝縮液を利用するよりもずっと効率的であるからである。捕集された試料中の蛋白質をトリプシン等の蛋白質分解酵素で処理すると幾つかのペプチドフラグメントが得られるが,これらは特定の蛋白質のセットに特有のパターンを提供する。
蛋白質のリン酸化やグリコシル化等,翻訳後修飾を調べることもバイオマーカーの潜在的ターゲットである。誤ったリン酸化パターンは幾つかの疾病の一部として知られている。
気道における別の重要なバイオマーカーの範疇はムチン糖蛋白質で,これは気道を病原体や環境トキシンから守る粘膜毛様体の防御に寄与している。喘息やCOPDの患者,及び嚢胞性繊維症患者ではムチン糖蛋白質の過剰生産が見られる。糖蛋白質の分析には,グリコシル化パターンが変りやすいという理由から困難が伴うが,様々な呼吸器疾患に関与していることから,このグループの化合物を追及していくことは有意義である。糖蛋白質分析の一利点は,アフィニティークロマトグラフィーで簡単に糖蛋白の精製ができることである。更に,蛋白質のグリコシル化パターンに変化が観察されれば,疾病と関連し得るので,バイオマーカーとして考えられる。
c.細胞材料と遺伝子発現
呼気粒子は遺伝子情報,特にDNAとRNAの情報を有する物質を含有する細胞や細胞構造体を含んでいる可能性がある。このような細胞材料は,細菌やウイルス,或いは気道の細胞に起因する。そのような材料の遺伝子発現解析を行えば,特定の疾病の症状に関する新たな情報を提供したり,特定の疾病の診断のための高特異性かつ高感度の手段として利用することができる。よって本方法は肺炎等,各種疾患における病原物質の特定やCOPDの悪化の把握に利用できるばかりでなく,例えば臨床的に問題となることの多い嚢胞性繊維症における緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)のコロニー形成の早期検出にも利用できる。
d.金属
EBCにおいて,鉄やカドミウム,鉛,アルミニウム,銅等の金属への曝露を追跡することができる。金属は呼気粒子に結合してEBCに移行している可能性が最も高い。このことは,空気汚染における,鉄,亜鉛,カドミウム,アルミニウム等の各種成分への曝露をモニタリングするために本方法を利用できる可能性を示唆している。周囲環境のナノ粒子における金属への曝露もまた呼吸器疾患の発症に関連している。
実施例
4人の健常者からの呼気粒子をシリカウェーハ上に捕集した。粒子の濃度を光学粒子カウンタ(Grimm 1.108)で記録した。粒子の発生を高めるために,強制的に呼気吐出を行わせた(鼻クリップを使用)。被験体は,各個人の1秒当りの最大強制呼気吐出量(maximal forced expired volume in one second;FEV1)の80%に相当する量の呼気吐出を繰り返して連続的に行えるように訓練した。目標とする流量から10%のずれは許容範囲と考えた。第1日目の朝に15分に亘って試料採取を行い,第2日目も同様に繰り返した。
シリカウェーハ上の呼気粒子の化学組成を飛行時間二次イオン質量分析法(TOF−SIMS IV IONTOF GmbH)を使用して分析した。25keVのBi3+一次イオンを,粒子のスポット近傍を中心として500×500μmの領域に照射した。正及び負の二次イオンの質量スペクトルを,分解能が最大になるように最適化した装置によって記録した。装置のソフトウエアを使用し,全分析領域又は関心のある選択された領域のスペクトル並びに選択したイオンについての画像を,記録した生データファイルから抽出した。純粋な物質からの基準スペクトル,及び他の質量分析法による公表されたデータからの基準スペクトルと比較することによって,スペクトル中のピークを帰属させた。また,この帰属は,理論的な同位体パターンとの比較により制御した。識別されたピークの相対強度を,各スペクトルの総イオン強度に対して正常化して計算した。
図3は,一対照被験体からの粒子スポットの正(図3A)及び負(図3B)のTOF−SIMSスペクトルを示す。
図4は,一対照被験体からの呼気粒子による1個のスポットのTOF−SIMS画像である。
図5は,呼気粒子(0.5〜2.0μm)の濃度と時間の関係を示す。
図6は,健常者と喘息又は嚢胞性繊維症に罹患している被験体とに対して行ったパイロットスタディにおける(CN+CNO)/PO 比を示す。
(表1)
呼気粒子のTOF−SIMSスペクトルのピークのm/z比の帰属
リン脂質の分子種をx:aで表している(xは炭素数で,aは二重結合の数)。

正イオン 負イオン

帰属 m/z 帰属 m/z

ホスホコリンイオン 184 C16:1 253
コレステロール−OH 369 C16:0 255
PCフラグメント 476 C18:1 281
PCフラグメント 478 C18:0 283
PCフラグメント 494 PA32:1 645
PCフラグメント 522 PA32:0 647
PCフラグメント 524 PG28:1 663
PCフラグメント 650 PG28:0 665
PC28:0+H 678 PG34:2 671
PCフラグメント 680 PA34:1 673
PC30:0+H 706 PG32:0 721
PC32:1+H 732 PG34:1 747
PC32:0+H 734 PG36:2 773
PC34:1+H 760 PG36:1 775
PC34:0+H 762 PI34:2 833
PI34:1 835
PI36:2 861
PI36:1 863
(表2)
15分の試料採取期間での総呼気量と呼気粒子(0.5〜2.0μm)の平均濃度

被験体1 被験体2 被験体3 被験体4

FEV1 4.1 FEV1 2.8 FEV1 3.2 FEV1 3.2
1日目 2日目 1日目 2日目 1日目 2日目 1日目 2日目

量(リットル)153 128 176 181 142 144 201 166
粒子/リットル210 123 149 55 956 343 239 180
全ての粒子サンプルはリン脂質からの強い信号を出した(図2,図4及び表1)。ホスファチジルコリン(PC)の様々な種が,正モードにおいてプロトン化した又はアルカリ金属でカチオン化した分子イオンとして検出され,ホスファチジルグリセロール(PG),ホスファチジルイノシトール(PI)及びホスファチジン酸(PA)が負モードにおいて脱プロトン化したイオンとして検出された(表1)。リン脂質の組成は,呼気粒子は気道下部から生じている可能性が最も高いことを示す気管支肺胞洗浄(BAL)液での以前の発見における組成と一致していた。
実施例2
被験体は,各個人の1秒当りの最大強制呼気吐出量(FEV1)の80%に相当する量の呼気吐出を繰り返して連続的に行えるように訓練した。4人の健康なボランティア,4人の喘息患者,及び4人の嚢胞性繊維症患者の各々が強制呼気吐出を10回行った。粒径が0.5〜2.0μmの呼気粒子をシリカウェーハ上に捕集した。粒子の濃度を光学粒子カウンタを用いてリアルタイムで測定した。試料採取の前に,3分間のウォッシュアウトの間,粒子を含まない空気で呼吸した。シリカウェーハを飛行時間二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)を使用して分析した。粒子中に何種類かのリン脂質を検出した。すなわち,ホスファチジルコリン(PC),ホスファチジルグリセロール(PG),ホスファチジルイノシトール(PI)及びホスファチジン酸(PA)を検出した。グループ間で幾つかの相違が観察された。PCの信号の合計とPGの信号の合計との比は,対照と比較して,喘息患者と嚢胞性繊維症患者において上昇する傾向があった。また,対照と比べ,喘息患者と嚢胞性繊維症患者のサンプルでは,タンパク質とペプチド(CNO)の特徴として知られている信号がリン脂質に比べて増加した(図6)。
実施例3
被験体は強制呼気吐出を20分間行った。粒径が0.5〜2.0μmの呼気粒子をシリカウェーハ上に捕集した。DNAとRNAに強く結合する蛍光試薬DAPI(4,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール)でシリカウェーハを染色した。呼気粒子が核酸を含むことを示す強い信号が粒子スポットで得られた。
実施例4
二人の被験体が150Lの空気を2回呼気吐出した(1回は粒子の捕集のためであり,1回は呼吸濃縮物の捕集のため)。ELIZAによるサーファクタント蛋白質Aの分析の前に,呼気粒子をシリカウェーハから離脱させ,呼吸濃縮物を濃縮させた。呼気粒子中のサーファクタント蛋白質A(SpA)は,呼気で吐出された呼吸濃縮物のSpAの6倍であり,100μLの血清中のSpAの4倍であった。SpAの分析の結果,試験時においては各個人において高い再現性があることが分かった(異なる3時点で試験した二被験体についてはCV5.4)。
開発した試料採取方法は,呼気空気中の新しいバイオマーカーの検出及び呼吸器疾患のモニタリングに対して高い可能性を有する。

Claims (13)

  1. 被験体の呼気中の粒子を分析するための方法であって,
    a.前記被験体が呼気で吐出した粒子を捕集する工程と,
    b.前記粒子を呼気エアロゾルのサイズ分布が水蒸気の蒸発,凝結のどちらによっても変化しないよう或る温度で質量又はサイズによって分類する工程と,
    g.前記粒子の化学物質含量を分析する工程と
    を含方法。
  2. 更に次の工程:
    a.前記粒子をその質量又はサイズによって分類し,前記粒子の粒子分布プロファイルを得る工程と,
    b.前記被験体が呼気で吐出した前記粒子の粒子分布プロファイルを参照用粒子分布プロファイルと比較する工程と,
    c.前記被験体の前記粒子分布プロファイルと前記参照用粒子分布プロファイルとの間の類似性及び/又は乖離性を指示する工程と
    択的に,
    e.前記粒子の前記化学物質含量を分析する工程と
    を含む請求項1記載の方法。
  3. 前記参照用粒子分布プロファイルを所定の医学的状態を有しない被験体から得ると共に,前記工程が,前記被験体の前記粒子分布プロファイルと前記参照用粒子分布プロファイルとの間の乖離性を指示することを含む請求項2記載の方法。
  4. 前記参照用粒子分布プロファイルを所定の医学的状態を有する患者から得ると共に,前記工程が,前記被験体の粒子分布プロファイルと前記患者の前記参照用粒子分布プロファイルの類似性を指示することを含む請求項2記載の方法。
  5. a.被験体が呼気で吐出した粒子を捕集する工程と,
    b.前記粒子を,呼気エアロゾルのサイズ分布が水蒸気の蒸発,凝結のどちらによっても変化しないよう或る温度でサイズ又は質量によって分類して前記粒子の粒子分布プロファイルを得る工程と
    を含む,呼気息の粒子の粒子分布プロファイルを提供する方法。
  6. 慣性インパクタ(10)を利用して質量によって粒子を分類する請求項1〜5いずれか1項記載の方法。
  7. 前記インパクタ(10)は,入口(12)と出口(14)を有し,前記インパクタ(10)は,粒子(P)を含む主ガス流(A)が前記入口(12)から前記インパクタ(10)に入り,各段(20,30,40,50…)を順に通過して前記出口(14)から前記インパクタ(10)を出るように設けられた複数の段(20,30,40,50…)を有し,
    各段(20,30,40,50…)は隣接する段と,前記ガス流(A)を捕集プレート(33,43,53…)に向わせるオリフィス(22,32,42,52…)を有する仕切り(21,31,41,51…)によって分離されており,各捕集プレート(33,43,53…)の主面は,前記ガス流(A)の流れの方向と実質的に直角に配置されており,
    これによって呼気粒子はガス流(A)にあって前記慣性インパクタ(10)を通過し,その際,前記主ガス流(A)は各段(20,30,40,50…)で順に捕集プレート(23,33,43,53…)に向けられ,第一段(30)に置かれた少なくとも第一の捕集プレート(33)が第一の質量の粒子を捕集し,第二段(40)に置かれた少なくとも第二の捕集プレート(43)が第二の質量の粒子を捕集する請求項記載の方法。
  8. 粒子カウンタ(116)を利用してサイズによって前記粒子を分類する請求項1〜7いずれか1項記載の方法。
  9. サイズ又は質量によって分類された後,前記捕集プレートを最初に洗浄して或いは洗浄せずに,粒子は飛行時間二次イオン質量分析法(TOF−SIMS),マトリックス支援レーザ遊離イオン化質量分析法(MALDI−MS),標識抗体に基づく生化学アッセイ又はプロトコル,定量PCR分析,走査電子顕微鏡法(SEM),ガスクロマトグラフィー質量分析(GC−MS),液体クロマトグラフィー質量分析(LC−MS),表面プラズモン共鳴(SPR),蛍光分光法,TOC(全有機物含有量)分析,元素分析,及び誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)からなる群から選択される少なくとも一種の分析技法によって分析される請求項1〜8いずれか1項記載の方法。
  10. 呼気粒子を捕集し分類するシステム(100)であって,
    a.エアロゾルサイズ分布を維持する目的で,サーモスタット付きコンパートメント120に置かれ,第一開口(112)と第二開口(113)を有するリザーバ(114)と,
    b.呼気エアロゾルのサイズ分布が水蒸気の蒸発,凝結のどちらによっても変化しないよう或る温度に維持され,前記リザーバ(114)の前記第一開口(112)に接続された双方向マウスピース(110)と,
    c.前記エアロゾルサイズ分布を維持する目的で,前記サーモスタット付きコンパートメント120に置かれ,入口(12)と出口(14)を有する慣性インパクタ(10)と
    を含み,
    前記インパクタ(10)は,粒子(P)を含む主ガス流(A)が,前記入口(12)から前記インパクタ(10)に入り各段(20,30,40,50…)を順に通過して前記出口(14)から前記インパクタ(10)を出るように配置された複数の段(20,30,40,50…)を含み,
    各段(20,30,40,50…)は,前記主ガス流(A)を捕集プレート(33,43,53…)に向かわせるオリフィス(22,32,42,52…)を有する仕切り(21,31,41,51…)によって隣接する段から分離され,各捕集プレート(33,43,53…)の主面は前記ガス流(A)の流れ方向と実質的に直角に配置されており,前記慣性インパクタ(10)の前記入口(12)は前記リザーバ(114)の前記第一開口(112)に接続されているシステム。
  11. 各段(20,30,40,50…)は,捕集プレート(33,43,53…)を備え,別の段(20,30,40,50…)の捕集プレート(33,43,53…)での分析物と異なる分析物を検出できるよう適応された請求項10記載のシステム(100)。
  12. 少なくとも一面が疎水性物質又は抗体等の物質によるコーティングで改変された,請求項10又は11記載のシステム(100)に使用できるよう適応された捕集プレート(33,43,53…)。
  13. 前記捕集プレートへの粒子の結合に呼応して前記捕集プレート(33,43,53…)における電流又はキャパシタンスの変化を検出できる電気的接続部を含む請求項12記載の捕集プレート(33,43,53…)。
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