JP5252828B2 - 上皮系細胞培養方法 - Google Patents

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Description

本発明は、生物学、医学等の分野における密閉系細胞培養容器を利用した上皮系細胞の培養方法に関するものである。
医療技術の著しい発展により、近年、治療困難となった臓器を他人の臓器と置き換えようとする臓器移植が一般化してきた。対象となる臓器も皮膚、角膜、腎臓、肝臓、心臓等と実に多様で、また、術後の経過も格段に良くなり、医療の一技術としてすでに確立されつつある。一例として角膜移植をあげると、約40年前に日本にもアイバンクが設立され移植活動が始められた。しかしながら、未だにドナー数が少なく、国内だけでも角膜移植の必要な患者が年間約2万人いるのに対し、実際に移植治療が行える患者は約1/10の2000人程度でしかないといわれている。角膜移植というほぼ確立された技術があるにもかかわらず、ドナー不足という問題のため、次なる医療技術が求められているのが現状である。
このような背景のもと、以前より、人工代替物や細胞を培養して組織化させたものをそのまま移植しようという技術が注目されている。その代表的な例として、人工皮膚及び培養皮膚があげられよう。しかしながら、合成高分子を用いた人工皮膚は拒絶反応等が生じる可能性があり、移植用皮膚としては好ましくない。一方、培養皮膚は本人の正常な皮膚の一部を所望の大きさまで培養したものであるため、これを使用しても拒絶反応等の心配がなく、最も自然なマスキング剤と言える。
その細胞培養には、従来、器材として細胞培養用ディッシュ、マルチプレート、フラスコ等を用いられてきた。その際、例えばディッシュやマルチプレートを使用するときは、細胞培養時に通常、培養容器上部に蓋を乗せて行われる。また、フラスコを使用する場合では細胞培養時に蓋をゆるめて行われる。すなわち、何れの場合でも細胞が培養される空間が基本的に開放状態であり、細胞の代謝に必要な酸素は十分に確保できる反面、細菌汚染するリスクが極めて高い問題点があった。
こうした背景のもと、特表平10−504710公報や特開平10−262647公報ではガス透過膜を有する密閉型の細胞培養容器が提案されている。この方法によれば、密閉型の培養容器であるため、細胞培養中では容器外からの菌による汚染は抑制でき、また、密閉系容器で問題となる細胞が生存するための酸素もガス透過膜を介して、供給できるような構造を有している。しかしながら、これらの培養容器では細胞を培養するための培養面が1面だけのものであった。また、器材表面に増殖した細胞を剥離、回収させる際には酵素処理を行わなくてはならず、ガス透過性を有し、しかも酵素処理が不要な膜技術は見出されていなかった。また、特開平11−28082号公報では、酸素透過性透明部材、シリコンゴム枠、分離膜から構成される多層式の細胞培養容器が記載されているが、この培養容器では宇宙空間で使用するため容器に細胞培養用液体培地の管状流路が設けられていないこと、またこの容器においても培養した細胞を剥離させる際には酵素処理を行わなくてはならず、ガス透過性を有し、しかも酵素処理が不要な膜技術は見出されていなかった。
一方で、特開平05−192138号公報や国際出願公開公報WO02/08387号には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0〜80℃であるポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、皮膚細胞や心筋細胞を上限臨界溶解温度以下又は下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下にすることにより培養した皮膚細胞や心筋細胞をシート状に剥離する技術が記載されている。しかしながら、ここで示される温度応答性ポリマーが被覆されている基材とはディッシュやフラスコなどであり、これらは細胞培養時に通常使用される形状に限られており、細胞培養を閉鎖系で行えるような培養容器が強く望まれていた。また、特願2005−175667号公報では、細胞培養用液体培地の管状流路を設けた成型体にガス透過膜を固定することで密閉された細胞培養用空間を設け、必要に応じその空間を1枚以上の物質透過膜により分割し、細胞培養用空間内に位置する少なくとも1面以上の膜表面に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを被覆した密閉系細胞培養容器が提案されているが、移植用の上皮系細胞を得るためには培養方法のさらなる改良が必要であった。
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、従来技術と全く異なった発想からの新規な密閉系細胞培養容器を利用した上皮系細胞の培養方法を提供することを目的とする。また、本発明は、密閉系細胞培養容器から得られる上皮系培養細胞、並びに上皮系培養細胞シートを提供することを目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、上皮系細胞を密閉された容器内で培養する際、培地中の酸素分圧を80〜140mmHgとし、かつpHを6.7〜7.3の範囲で実施することで、細胞は通常の培養皿上で培養したときと同等な特性を持ち、しかも0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーをガス透過膜、並びに物質透過膜に対し被覆するとき、特定量のポリマーであれば、培養温度を変化させるだけで培養した細胞を剥離させられることを見出した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
すなわち、本発明は、細胞培養用液体培地の管状流路を設けた成型体にガス透過膜を固定することで密閉された細胞培養用空間を設け、必要に応じその空間を1枚以上の物質透過膜により分割し、細胞培養用空間内に位置する少なくとも1面以上の膜表面に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを被覆した密閉系細胞培養容器中で、培地中の酸素分圧を80〜140mmHgとし、かつpHを6.7〜7.3の範囲で実施することを特徴とした上皮系細胞の培養方法を提供する。
また、本発明は、上記培養方法から得られる培養細胞、並びに培養細胞シートを提供する。
本発明に記載される上皮系細胞の培養方法であれば、閉鎖系の細胞培養容器内で上皮系細胞を移植用細胞として十分な状態で培養させられ、しかも培養温度を変化させるだけで培養した細胞を剥離させられるようになる。そのため細胞培養を汚染させることなく、簡便に、安全に行えるようになり、さらに培養細胞を閉鎖系細胞培養容器ごと移動させたい場所へ汚染させることなく、簡便に、安全に移動させられるようになる。
本発明は、細胞培養用液体培地の管状流路を設けた成型体にガス透過膜を固定することで密閉された細胞培養用空間を設け、必要に応じその空間を1枚以上の物質透過膜により分割し、細胞培養用空間内に位置する少なくとも1面以上の膜表面に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを被覆した密閉系細胞培養容器を利用する。本発明に示す密閉系細胞培養容器とは、少なくとも細胞培養用液体培地の管状流路を設けた成型体にガス透過膜を固定することで密閉されたものである。そのガス透過膜とは酸素ガス透過性が0.5×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以上、好ましくは0.8×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以上、さらに好ましくは1.0×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以上のものである。0.5×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以下であると、閉鎖系細胞培養容器内で培養されている細胞への酸素供給が不十分となりその生存に障害が生じ好ましくない。一方、通常、細胞培養の際には培地のpHを一定に保たせるために炭酸ガスが必要である。本閉鎖系細胞培養容器においてもその必要性は同様であり、従って本閉鎖系細胞培養容器に固定されているガス透過膜には炭酸ガスの透過性も必要である。その炭酸ガス透過性は3.0×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以上、好ましくは4.5×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以上、さらに好ましくは6.0×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以上のものである。3.0×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以下であると、閉鎖系細胞培養容器内で培養されている細胞への炭酸ガスの供給が不十分となりその生存に障害が生じ好ましくない。本発明で使用されるガス透過膜とは上述したガス透過性を有するものであれば何ら制約されるものではないが、本発明の目的が細胞を培養するためのものであることを考えるとガス透過膜は光学的に透明であることが好ましい。ガス透過膜の材質についても何ら制約されるものではないが、例えばポリカーボネート、ポリスチレン、ポリジメチルシロキサン、シリコーンポリカーボネート等があげられる。ガス透過膜の膜厚についても上述したガス透過性を有すれば何ら制約されるものではないが、例えば30μm以上、好ましくは50μm以上、さらに好ましくは80μm以上が好ましい。30μm以下であると、閉鎖系空間を保たせることが困難となり好ましくない。本発明の閉鎖系細胞培養容器はガス透過膜を固定することで密閉された空間を有するものである。その際、ガス透過膜が固定される壁の形状、透明性、材質等には特に制約されるものはない。しかしながら、ガス透過膜と同じ材質の壁にすることで、ガス透過膜と壁との固定が強固となり好ましい。
本発明で用いる密閉系細胞培養容器とは、ガス透過膜を固定することで密閉された細胞培養用空間に細胞培養用液体培地の管状流路を設けたものである。その管状流路は細胞培養用液体培地を注入、取り出しができれば形状や流路の管径等に特に制約されるものではない。しかしながら、閉鎖系細胞培養容器の閉鎖性を考えるとその管の直径は2.5mm以下、好ましくは2.0mm以下、さらに好ましくは1.5mm以下である。2.5mm以上であると閉鎖系空間からの培地の流出が起こりやすく好ましくない。
本発明で用いる密閉系細胞培養容器においては、必要に応じその閉鎖された細胞培養用空間を1枚以上の物質透過膜により分割しても良い。その際、使用される物質透過膜の平均孔径は0.2〜3.0μmの範囲が良く、好ましくは0.3〜2.0μmの範囲、さらに好ましくは0.4〜1.0μmの範囲が良い。平均孔径が0.2μm以下の場合は物質透過能力が低く、細胞の培養が効率良く行われない。また、3.0μm以上の平均孔径の場合にはその孔を介して細胞が物質透過膜を通過する可能性があり、物質透過膜により培養空間を分割するという目的を達成しておらず好ましくない。本発明で使用される物質透過膜とは上述したように多孔性であり物質透過性を有するものであれば何ら制約されるものではないが、本発明の目的が細胞を培養するためのものであることを考えると物質透過膜は光学的に透明であることが好ましい。物質透過膜の材質についても何ら制約されるものではないが、例えばポリカーボネート、ポリスチレン、ポリジメチルシロキサン、シリコーンポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート等があげられる。物質透過膜の膜厚についても上述した物質透過性を有すれば何ら制約されるものではないが、例えば5μm以上、好ましくは10μm以上、さらに好ましくは30μm以上が好ましい。5μm以下であると、閉鎖系空間を保たせることが困難となり好ましくない。本発明の閉鎖系細胞培養容器は物質透過膜を固定することで密閉された空間を有するものである。その際、物質透過膜が固定される壁の形状、透明性、材質等には特に制約されるものはない。しかしながら、物質透過膜と同じ材質の壁にすることで、物質透過膜と壁との固定が強固となり好ましい。
本発明で用いる密閉系細胞培養容器とは、細胞培養用液体培地の管状流路を設けた成型体にガス透過膜を固定することで密閉された細胞培養用空間を設け、必要に応じその空間を1枚以上の物質透過膜により分割し、細胞培養用空間内に位置する少なくとも1面以上の膜表面に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを被覆した密閉系細胞培養容器である。本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−イソプロピルアクリルアミドなどのようなN−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。
温度応答性ポリマーの膜基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている方法に従ってよい。すなわち、かかる被覆は、基材と上記モノマーまたは高分子を、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。温度応答性高分子の被覆量は、0.8〜2.2μg/cmの範囲が良く、好ましくは0.9〜2.1μg/cmであり、さらに好ましくは1.2〜2.0μg/cmである。0.8μg/cmより少ない被覆量のとき、温度刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に2.2μg/cm以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。
以上より、細胞培養用液体培地の管状流路を設けた成型体に透過膜を固定することで密閉された細胞培養用空間を有した密閉系細胞培養容器が得られる。その際、必要に応じ1枚以上の物質透過膜により細胞培養用空間を分割しても良い。細胞の培養は、その密閉系細胞培養容器内の1つ以上の細胞培養用空間内で行われる。その際、温度応答性ポリマーが固定化されたガス透過膜、もしくは物質透過膜上で培養した細胞は上述のように空間内の培地の温度を変化させるだけで剥離でき、特別な酵素処理を必要としない。
密閉系細胞培養容器内に物質透過膜を使用した場合、その物質透過膜の両側を異なった細胞で培養すれば、細胞の通過が無く細胞が産生し培養液中に放出する液性因子だけが通過する培養系が構築でき、有用である。具体的には、物質透過膜を介して上層及び下層に培地を満たし、角膜上皮細胞を物質透過膜上で培養し、物質透過膜下層にフィーダー細胞を培養すれば、物質透過膜上の角膜上皮細胞は重層化することとなる。その際、フィーダー細胞は物質透過膜を通過することができず、物質透過膜上で培養される角膜上皮細胞に混合することなく好都合である。その際、使用されるフィーダー細胞としては、例えば線維芽細胞、組織幹細胞、胚性幹細胞などが挙げられるが、特に制約されるものではない。また、上皮系細胞とフィーダー細胞は必ずしも同一種の動物由来のものでなくても良いが、得られた重層化上皮系細胞シートを移植に用いる場合は上皮系細胞とフィーダー細胞を同一種の動物由来のものとした方が望ましい。また、この重層化上皮系細胞シートをヒトの治療に用いる場合は上皮系細胞とフィーダー細胞をヒト由来の細胞を用いる方が望ましい。
本発明においては、かくして得られた密閉系細胞培養容器内で上皮系細胞を培養する際、培地中の酸素分圧を80〜140mmHgとし、かつpHを6.7〜7.3の範囲内で培養すれば、培養した上皮系細胞は、例えば移植用の細胞として十分な細胞活性を有しており、さらに培養した細胞を細胞シートとして利用移植に利用しようとした場合、得られる細胞シートは十分に物理的な強度を有していることが判明した。その際、培地中の酸素分圧は80〜140mmHgが良く、好ましくは90〜140mmHgが良く、さらに好ましくは100〜140mmHgが良い。酸素分圧が80mmHgを満たないとき、培養している上皮系細胞の活性が低くなり、本発明として好ましい細胞とならない。また、培地中の溶存酸素分圧は通常120mmHg付近であるが、培地中の酸素分圧を140mmHgとしても細胞には特に問題なく、本発明として好ましい細胞が得られる。さらに、播種された細胞が培養表面に満杯になるコンフルエントの状態になるまでの培地中の酸素分圧は、特に110〜115mmHgの範囲で培養するときが好ましいことが判明した。
本発明においては、上皮系細胞を培養する培地中のpHは、6.7〜7.3の範囲で培養することが良く、好ましくは6.8〜7.3が良く、さらに好ましくは6.9〜7.3が良い。pHは培地中に残存する二酸化炭素濃度に影響するものだが、培地中のpHが6.7より低い場合、培養している上皮系細胞の活性が低くなり、本発明として好ましい細胞とならない。また、pHが7.3より高いと一般的に培養細胞の活性が低くなることが知られており、本発明として好ましい細胞とならなくなる。
本発明においては、培地中の酸素分圧、並びにpHを制御しながら上皮系細胞を培養するものである。その制御方法は特に限定されるものではないが、例えば定期的に培地を交換する方法、密閉された容器中の培地をガス透過性膜を介して空気に触れさせる方法、培地を攪拌する方法などが挙げられる。また、培地中のこれらの数値を監視するため、密閉系細胞培養容器内に各種センサー類を装着させても良い。
本発明に使用される細胞は、例えば角膜上皮細胞、表皮角化細胞、口腔粘膜細胞、結膜上皮細胞、軟骨細胞、神経細胞、心筋細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、脂肪細胞及びそれらの幹細胞のいずれかもしくは2者以上の混合物が挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。また、その細胞の由来は特に制約されるものではないが、たとえばヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジなどが挙げられるが、本発明の培養細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト由来の細胞を用いる方が望ましい。
本発明における細胞培養のための培地は培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制約されるものではない。例えば、培地中に公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。しかしながら、得られた培養細胞をヒトの治療に用いる場合は用いる培地の成分は由来が明確なもの、もしくは医薬品として認められているものが望ましい。
本発明の方法において、培養した細胞、もしくは細胞シートを回収するには、培養細胞、もしくは培養細胞シートをキャリアに密着させ、細胞の付着した膜材料の温度を支持体基材の被覆高分子の上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって、そのままキャリアとともに剥離することができる。なお、シートを剥離することは細胞を培養していた培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。また、その重層化シートを高収率で剥離、回収する目的で、細胞培養支持体を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。加えて、必要に応じて培養細胞は等張液等で洗浄して剥離回収してもよい。
そのキャリアとは、例えば、高分子膜または高分子膜から成型された構造物、金属性治具などを使用することができる。例えば、キャリアの材質として高分子を使用する場合、その具体的な材質としてはポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、ポリプロピレン、ポリエチレン、セルロース及びその誘導体、紙類、キチン、キトサン、コラーゲン、ウレタン等を挙げることができる。
キャリアの形状は、特に限定されるものではないが、例えば得られた重層化上皮系細胞シートを移植する際に、キャリアの一部に移植部位と同程度もしくは移植部位より大きく切り抜いたものを利用すると、重層化上皮系細胞シートは切り抜かれたの周囲の部分だけに固定され、切り抜かれた部分にある細胞シートを移植部位に当てるだけで良く、好都合である。
本発明における温度応答性ポリマーが被覆された細胞培養膜表面上から剥離され、キャリアを用いることで得られた培養細胞シートは、培養時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けておらず、培養時に形成される細胞−基材間の基底膜様蛋白質も酵素による破壊を受けておらず、また、細胞−細胞間のデスモソーム構造が保持され、構造的欠陥が少なく強度の高いものである。さらに、キャリアを用いることで正確に培養細胞シート同士を積層化させたり、患部組織へ正確に移動させることができるようになる。これらのことにより、例えば培養細胞シートの移植時においては患部組織と良好に正確に接着させることができ、効率良い治療を実施することができるようになる。
本発明で示すところの培養細胞シートと生体組織との固定方法は特に限定されるものではなく、培養細胞シートと生体組織を縫合しても良く、或いは本発明で示すところの培養細胞シートは生体組織と速やかに生着するため、患部に付着させた培養細胞シートは生体側と縫合しなくても良い。
本発明で示される培養細胞、並びに培養細胞シートの用途は、何ら制約されるものではないが、例えば軟骨細胞シートの場合では変形性関節症の治療用として、心筋細胞シートの場合では虚血性心疾患の治療用として、さらに重層化上皮系細胞シートの用途としては火傷、瘢痕、あざ、角膜びらん、角膜潰瘍などの治療、或いはエキシマレーザーを中央部に照射して角膜表面を削り、角膜の屈折力を減少させて近視を矯正するピーアールケー(PRK)法、マイクロケラトームによって160μmの厚さで角膜実質層を切断しフラップを作製した後、フラップをめくり、エキシマレーザーで角膜実質層を削り取り、表面を整え、最後にフラップを元の位置に戻すレーシック(LASIK)法、アルコールを点眼し角膜表面を柔らかくさせ、マイクロケラトームを使わずに角膜上皮の50μmの厚さで切除してフラップを作製し、エキシマレーザーで角膜実質層を削り取り、表面を整え、最後にフラップを元の位置に戻すレーゼック(LASEK)法などの屈折矯正に有用な技術である。
[実施例]
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
図1に示すような寸法のポリカーボネート製成型体を作成した。成型体中央は空間となっており、その部分に向け2経路の管状流路を図1に示す6mm、14mmの間隔で設けた。その成型体中央の上部、中央部、下部にそれぞれガス透過膜としてのポリカーボネート膜、温度応答性ポリマーが固定化された物質透過膜、ガス透過膜としてのポリカーボネート膜を物質透過膜、ガス透過膜、ガス透過膜の順に成型体に熱融着させ、2層式の密閉系細胞培養容器を作製した。その際、ポリカーボネート膜のガス透過性は、酸素ガス透過性が1.4×1010cc・cm/cm・sec・cmHg、炭酸ガス透過性が8.0×1010cc・cm/cm・sec・cmHgであった。物質透過膜にはワットマン製のポアサイズ0.4μmのサイクロポアメンブレンを使用した。その際の温度応答性ポリマーはポリ−N−イソプロピルアクリルアミドを使用した。また、その被覆量は1.7μg/cmとした。
密閉系細胞培養容器の下層部にフィーダー細胞としてマイトマイシンC処理したNIH−3T3細胞を2×10cells/cmとなるように播種した。密閉系細胞培養容器の上層部は培地のみを満たし、密閉系細胞培養容器を37℃、5%COインキュベーター内に入れた。翌日、深麻酔下のウサギ角膜輪部から常法に従って角膜上皮組織を採取し、0.05%トリプシン処理することで得られた細胞を、実施例1に示す密閉系細胞培養容器の温度応答性ポリマーが固定化されている物質透過膜上(密閉系細胞培養容器の上層部)に2×10cells/cmとなるように播種した。培地としては、上層、下層共に角膜上皮細胞用として通常使われる5%FCS含有DMEM系培地を使用した(37℃、5%CO)。培地交換は8時間毎とし、密閉系細胞培養容器から取り出した培地中の溶存酸素濃度測定装置、pH計を用いて監視した。その結果、培地中の酸素分圧は85mmHg以上を維持しており、pH7.0であることが分かった。培養13日後には培養した細胞はコンフルエントの状態になっており、重層化していた。その後、密閉系細胞培養容器の上部のガス透過膜を剥がし、物質透過膜上で培養された重層化角膜上皮細胞シートを物質透過膜を冷却することで回収した。その際はキャリアを用いずに、重層化角膜上皮細胞シートを自然に剥離させる方法をとった。得られた重層化角膜上皮細胞シートの断面のようすを図2に示す。
比較例1
デクトン・ディッキンソン社製6穴用セルカルチャーインサートを利用して、開放系の状態でウサギ角膜上皮細胞の培養を行った。その際の温度応答性ポリマーはポリ−N−イソプロピルアクリルアミドを使用した。また、その被覆量は1.7μg/cmとした。そのカルチャーインサート上でウサギ角膜上皮細胞を培養し、カルチャーインサートを6穴培養プレート表面にNIH−3T3細胞を培養する以外は実施例1と同様に実験を行った。培養13日後に得られた角膜上皮細胞シートの断面のようすを図2に示す。
比較例2
実施例1において、培地交換頻度を下げ24時間毎とし、培地中の酸素分圧を60mmHgなるようにした以外は、実施例1と同様な実験を行った。その際の培地のpHは7.0以上であった。
図2において、実施例1、比較例1、比較例2を比較検討すると、実施例1で得られた角膜上皮細胞シートは、開放系で培養した比較例1と組織学的に同等な断面であることが分かる。しかしながら、本発明で示す条件外で培養した角膜上皮細胞シートは明らかに上皮細胞が十分に重層化されておらず、移植用上皮系細胞シートとしては不十分であることが分かる。
本発明に記載される密閉系細胞培養容器を用いた培養方法であれば、閉鎖系の細胞培養容器内で細胞を培養させられ、しかも培養温度を変化させるだけで培養した細胞を剥離させられ、また組織学的にも十分な移植可能な細胞シートとして回収できる。そのため細胞培養を汚染させることなく、安全に行えるようになり、さらに培養細胞を密閉系細胞培養容器ごと移動させたい場所へ汚染させることなく、簡便に、安全に移動させられるようになる。この方法で得られる培養細胞シートは、たとえば角膜移植、軟骨移植、皮膚移植、虚血性心疾患治療、角膜疾患治療、近視治療等の臨床応用が強く期待される。したがって、本発明は細胞工学、医用工学、などの医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。
実施例1に示す密閉系細胞培養容器概略を示すものである。 実施例1、比較例1、比較例2に示すウサギ角膜上皮細胞シートの断面を示すものである。

Claims (12)

  1. 細胞培養用液体培地の管状流路を設けた成型体にガス透過膜を固定することで密閉された細胞培養用空間を設け、必要に応じその空間を1枚以上の物質透過膜により分割し、細胞培養用空間内に位置する少なくとも1面以上の膜表面に0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを被覆した密閉系細胞培養容器中で、単層細胞シートの培養時も、重層化細胞シートの培養時も、培養時において常に培地中の酸素分圧を80〜140mmHgとし、かつpHを6.7〜7.3の範囲で実施することを特徴とした上皮系細胞の培養方法。
  2. 細胞の培養が密閉系細胞培養容器中の培養面でコンフルエントの状態になるまで酸素分圧が100〜130mmHgの範囲で実施するものである、請求項1記載の上皮系細胞の培養方法。
  3. ガス透過膜の酸素ガス透過性が0.5×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以上、及び炭酸ガス透過性が3.0×1010cc・cm/cm・sec・cmHg以上である請求項1、2のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法。
  4. ガス透過膜が光学的に透明でその膜上の細胞を顕微鏡で観察できる、請求項1〜3のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法。
  5. 物質透過膜内の平均孔径が0.2〜3.0μmの範囲である、請求項1〜4のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法。
  6. 物質透過膜が光学的に透明でその膜上の細胞を顕微鏡で観察できる、請求項1〜5のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法。
  7. 温度応答性ポリマーの被覆量が、0.8〜2.2μg/cmの範囲である、請求項1〜6のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法。
  8. 0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーがポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項1〜7のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法。
  9. 培養方法が細胞培養用空間内のガス透過膜及び物質透過膜のそれぞれの膜表面上で複数の異なる細胞を培養し、それぞれの細胞が産生する液性因子だけを物質透過膜を介して混合させながら培養を行うことを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法。
  10. 培養方法が培養細胞を蛋白質分解酵素による処理を行うことなく、温度応答性表面を冷却するだけで剥離することを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法。
  11. 請求項1〜10のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法から得られる培養上皮系細胞。
  12. 請求項1〜10のいずれか1項記載の上皮系細胞の培養方法から得られる培養上皮系細胞シート。
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