JP5135479B2 - プレス成形用金型及びプレス成形金型用保護膜の製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、プレス成形される被成形体に接触する面上に焼き付き防止用の保護膜が形成されたプレス成形用金型及びプレス成形金型用保護膜の製造方法に関し、特に、PVD法により形成された保護膜の耐焼き付き性を向上させたプレス成形用金型及びプレス成形金型用保護膜の製造方法に関する。
プレス成形用の金型は、被成形体に対して剪断加工及び曲げ加工を繰り返す用途で使用されることから、被成形体の金属材料との間に摩擦が生じ、金型の表面には、摩擦熱による焼き付きが発生しやすい。この焼き付きを防止するために、潤滑剤を使用した場合においては、プレス加工後の被成形体に脱脂処理等を施す必要があるため、プレス成形後の後処理が煩雑になるという問題点がある。
この問題点を解決するために、近時のプレス成形用の金型には、被成形体に接触する成形面上に、焼き付き防止用の保護膜を形成することが行われている。例えば、特許文献1には、CVD法(化学蒸着法)又はPVD法(物理蒸着法)等により、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)等の潤滑性を有する硬質保護膜を、金型の表面に形成する技術が開示されている。この特許文献1においては、保護膜の表面粗さを最大高さRで8μm以下とすれば、工具の耐久性が向上することが開示されており、保護膜の表面粗さRを小さくするために、ダイヤモンドラッピング等により研磨することが開示されている(特許文献1の段落0035、0047等)。
特許文献2には、金型等の耐摩耗性が必要とされる工具の製造方法が開示されており、工具の基体表面に、PVD法の1つであるアーク式イオンプレーティング法により保護膜を形成すると、陰極の金属材料の一部が飛散して保護膜に付着し、直径が1乃至5μmの球状のマクロ粒子により、工具寿命が低下することが開示されている。このマクロ粒子は、ドロップレットとよばれている。PVD法により保護膜を形成する場合においては、CVD法等の場合に比して、保護膜は表面が滑らかになるように形成される。よって、一般的に、ドロップレットは、除去されず、ドロップレットを除去する処理を行うと、局所的に工具の基体表面が露出し、保護膜の効果が得られなくなるという問題点がある。特許文献2においては、ドロップレットをラッピング処理等により機械的に除去した後、ラッピング処理後の保護膜上に、更に第2層目の被膜を形成することにより、ドロップレットが除去されることにより形成された凹部を埋めている(特許文献2の段落0002乃至0016)。
特許文献3には、Co及びNiの一方又は双方を含有する保護膜が開示されており、保護膜にCo及びNiを添加することにより、保護膜が潤滑剤を吸着する能力が向上し、これにより、保護膜表面の摩擦係数を低くできることが開示されている。また、特許文献2と同様に、特許文献3にも、PVD法により保護膜を形成した場合に、ドロップレットが付着することが開示されている。しかし、特許文献3においては、保護膜に付着したドロップレットは、適度の密度で存在する場合には、被成形体に接触することにより順次脱落していき、保護膜表面の最終的な摩擦係数は小さくなると記載されている。一方、特許文献3には、保護膜の表面粗さが、最大高さRで0.6μmを超えた場合、保護膜を設けた効果が小さくなることが記載されており、これを防止するために、ラッピングによりドロップレットを除去することも開示されている。この場合には、特許文献2と同様に、ラッピング処理後の保護膜上に、更に第2層目の被膜を形成している(特許文献3の段落0029乃至0035等)。
特開2005−305510号公報 特開2005−28544号公報 特開2008−31011号公報
しかしながら、上記従来の技術には以下に示す問題点がある。特許文献1においては、保護膜の表面粗さが粗い場合に、表面をラッピングすることにより、金型の耐焼き付き性は改善している。しかし、保護膜の表面粗さを最大高さRで管理しているため、図9(a)及び図9(b)に示すように、突出部の先端101のみがラッピングにより除去される。よって、ラッピング後には、凹部102が残り、これにより、凹部がノッチとして作用して衝撃破壊又は疲労破壊しやすいという問題点がある。また、ラッピング後においても、突出部の側部には、傾きが急峻な斜面103が残り、これにより、突出部間に研磨滓が凝着しやすいという問題点がある。なお、保護膜の表面粗さをJIS B0601に規定された十点平均粗さR及び算術平均粗さRで管理した場合にも同様である。
なお、JIS B0601の表面粗さの規定においては、図10に示すように、表面の凹凸部間の斜面103の傾斜が急峻な場合(図10(a))と緩やかな場合(図10(b))とで、同一の平均粗さが算出されるため、両者には、同一の高さとなるようなラッピングが施される。よって、図10に示すように、耐摩耗性に大きく影響を及ぼす凹凸部の斜面の傾斜に差異が生じ、金型の耐焼き付き性にばらつきが生じるという問題点がある。
特許文献2においては、ドロップレットを除去した後、ラッピング処理後の保護膜上に更に被膜を形成することにより、保護膜の耐摩耗性の低下を防止している。しかしながら、特許文献2においては、第2層目の被膜の厚さ及び表面粗さを管理する技術は、何等開示されていない。よって、被成形体に直接接触する保護膜表面の表面状態が不明である。
特許文献3においても、特許文献1と同様に、保護膜の表面粗さを最大高さRで管理しているため、金型が衝撃破壊又は疲労破壊しやすくなり、研磨滓が凝着しやすいという問題点がある。なお、特許文献3においては、第2層目の被膜により、所望の表面粗さが確保されると記載されているものの、被成形体に直接接触する第2層目の被膜については、研磨していない。即ち、特許文献3においては、第2層目の被膜に所定の表面粗さ(最大高さR)を得るためには、実際に保護膜を形成する金型とは別に設けられた試験片により、所定の表面粗さが得られる被膜厚さを検討する必要があり、また、第2層目の被膜における表面粗さにばらつきが生じる虞もあり、生産性が低いという問題点がある。
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、PVD法により形成された保護膜を有するプレス成形用金型において、高い耐焼き付き性を有するプレス成形用金型及びプレス成形金型用保護膜の製造方法を提供することを目的とする。
本発明に係るプレス成形用金型は、少なくとも被成形体に接触する成形面上に、プレス成形時の焼き付きを防止するための保護膜が形成されたプレス成形用金型において、前記保護膜は、PVD法により形成されており、その表面から抜き出された任意の選択区間を複数の個別区間に分割し、その分割数をNとし、前記選択区間の端部からn番目の分割点が、n−1番目の分割点から前記選択区間が延びる方向にdXn、高さ方向にdZn移動した位置にあるとして、前記n番目の分割点における表面の傾斜を(dZ/dX)としたときに、下記数式1から算出される二乗平均平方根RΔqが0.032以下であることを特徴とする。本発明のプレス成形用金型は、保護膜の表面粗さが各分割点における表面の傾きから算出された二乗平均平方根RΔqにより管理されている。即ち、JIS B0601(1994年、以下同じ)及びJIS B0031(1994年、以下同じ)の規定より、各分割点における表面の傾きから二乗平均平方根RΔqが算出され、この値RΔqを0.032以下とすることにより、耐焼き付き性が向上する。
Figure 0005135479
また、本発明において、スキューネスRskが1以下であることが好ましい。なお、このスキューネスRskは、下記数式2にて表される。即ち、前記N個に分割した個別区間の高さをZnとして、選択区間の二乗平均平方根高さZqを下記数式3で表す。そして、個別区間の高さZnの三乗の和を区間の分割数Nで除した三乗平均を、数式3の二乗平均平方根高さZqの三乗で除して得た数式が、下記数式2で示すスキューネスRskである。
Figure 0005135479
Figure 0005135479
更に、本発明に係るプレス成形用金型において、例えば前記保護膜は、前Alを50原子%以上含有する金属材を陰極とするPVD法により形成されたものである。
前記保護膜は、例えば前記被成形体に接触する側にTiAlN系の材料からなる第1薄膜が形成されたものである。この場合に、例えば前記保護膜は、前記成形面上に形成されたCrN系の材料からなる第2薄膜が形成され、この第2薄膜上に前記第1薄膜が形成されていることが好ましい。
本発明に係るプレス成形金型用保護膜の製造方法は、プレス成形用金型の少なくとも被成形体に接触する成形面上に、プレス成形時の焼き付きを防止するための保護膜を形成するプレス成形金型用保護膜の製造方法において、反応ガス雰囲気中で、前記保護膜となる金属材料を陰極として、前記成形面上にPVD法により保護膜を形成する工程と、この保護膜の表面を研磨する工程と、を有し、前記保護膜の表面を研磨する工程は、前記保護膜の表面から抜き出された任意の選択区間を複数の個別区間に分割し、その分割数をNとし、前記選択区間の端部からn番目の分割点が、n−1番目の分割点から前記選択区間が延びる方向にdX、高さ方向にdZ移動した位置にあるとして、前記n番目の分割点における表面の傾斜を(dZ/dX)としたときに、前記数式1から算出される二乗平均平方根RΔqを0.032以下となるように研磨するものであることを特徴とする。
このプレス成形金型用保護膜の製造方法において、前記保護膜の表面を研磨する工程は、更に、スキューネスRskが1以下となるように、表面を研磨することが好ましい。
本発明のプレス成形用金型は、PVD法により金型の表面に形成された保護膜が、任意の選択区間において、パラメータRΔqによりその表面粗さが規定されている。このパラメータRΔqは、任意の選択区間が複数の個別区間に分割され、各分割点における表面の傾斜により算出されるため、最大高さ等による表面粗さに比して、保護膜の表面状態を精度よく管理できる。そして、このパラメータRΔqを0.032以下とすれば、プレス用金型に高い耐焼き付き性を得ることができる。
また、本発明においては、保護膜の表面状態が複数に分割された各分割区間の傾斜によって管理され、研磨後の保護膜はその傾斜が小さい。よって、ラッピング後の凹部をノッチとする金型の衝撃破壊及び疲労破壊を防止でき、研磨滓の凝着も防止できる。よって、本発明によれば、プレス用金型の寿命を飛躍的に向上させることができる。
よって、本発明の製造方法により製造されたプレス成形金型用保護膜によれば、プレス成形用金型の耐焼き付き性を高め、寿命を向上させることができる。
本発明に係るプレス成形用金型における保護膜の表面を示すSEM写真(500倍)である。 ラッピング後の表面粗さが大きい保護膜の表面を示すSEM写真(500倍)である。 従来のラッピング後の保護膜の表面を示すSEM写真(500倍)である。 (a)乃至(c)は本発明のプレス成形用金型における保護膜の表面粗さの調節方法を従来の表面粗さの調整方法と対比して示す図である。 パラメータRΔqに対するプレス成形用金型のショット可能数の変化を示すグラフ図である。 板材のプレス成形を示す模式図である。 (a)乃至(d)は、本発明の実施例における各試験片の表面粗さの測定結果を示す図である。 スキューネスと表面状態との関係を示す模式図である。 (a),(b)は、表面粗さを最大高さで規定した場合におけるラッピング前後の保護膜の表面を一例として示す図である。 (a),(b)は表面粗さを従来の基準により規定した場合における表面状態を示す模式図である。
以下、本発明の実施形態に係るプレス成形用金型について説明する。本発明におけるプレス成形用金型は、例えば図6に示すようなプレス成形機10におけるダイ11及びパンチ12等であって、以下のように使用される。即ち、パンチ12上に被成形体の例えば板材2を載置した後、例えば弾性部材により、パッド13等を介して弾性力を印加することにより、板材2をパンチ12上に固定する。この状態で板材2の上からダイ11を下降させて、ダイ11とパンチ12との間に板材2を挟み込むことにより、板材2を所定の形状にプレス成形する。
この図6に示す例においては、ダイ11及びパンチ12には、板材2に剪断加工及び曲げ加工を繰り返すため、板材2に接触する部分には、摩擦が発生し、摩擦熱が生じ、これにより、ダイ11及びパンチ12の表面に焼き付きが生じて、使用することができなくなる。
この焼き付きを防止するために、本発明のプレス成形用金型は、少なくとも被成形体に接触する成形面上に、焼き付き防止用の保護膜が形成されている。本発明においては、保護膜は、例えばイオンプレーティング等のPVD法により形成されている。
この保護膜は、例えばAlを50原子%以上含有する金属材を陰極(ターゲット)とするPVD法により形成されたものである。即ち、ターゲットとなる金属材は、例えば52乃至55原子%のAlを含有する。金属材は、Al以外に、例えばTi:20乃至22原子%、Cr:20乃至22原子%及びSi:5原子%程度を含有する。
そして、本発明における保護膜は、例えばNをプロセスガスとして、上記金属材が金型の表面に蒸着されることにより、TiAlN系の材料からなる薄膜(第1薄膜)が例えば1乃至5μmの厚さで形成されたものである。このTiAlN系の保護膜は、従来から保護膜として使用されており、PVD法により形成されることにより、その表面には、蒸発源の陰極金属の一部が蒸発した際に、イオン化できなかった金属が飛散して付着したドロップレットが形成される。保護膜上にドロップレットが付着したままプレス成形を行うことは、プレス成形用金型の焼き付きの原因となるため、本発明においては、ドロップレットは、研磨により除去されている。この際、本発明においては、従来使用されている表面粗さの基準に代えて、JIS B0601及びJIS B0031に規定された二乗平均平方根RΔqを用い、このパラメータRΔqが0.032以下となるように管理されている。即ち、パラメータRΔqは、保護膜の表面の任意の区間を抜き出し、それを複数の個別区間に分割し、分割数をNとし、選択区間の端部からn番目の分割点がn−1番目の分割点から選択区間が延びる方向にdX、高さ方向にdZ移動した位置にあるとして、前記n番目の分割点における表面の傾斜を(dZ/dX)としたときに、各分割点における傾斜の二乗平均値の平方として、前記数式1により算出される。例えば1乃至4mmの区間を1668乃至6667分割して、パラメータRΔqが算出される。
図1は本発明に係るプレス成形用金型における保護膜の表面を示すSEM写真、図2はラッピング後の表面粗さが大きい保護膜の表面を示すSEM写真、図3は従来のラッピング後の保護膜の表面を示すSEM写真である。なお、これらの図1乃至3における拡大倍率は、夫々500倍である。従来、ドロップレットをラッピングする際には、ラッピング後の保護膜の表面粗さをJIS B0601に規定された最大高さR、十点平均粗さR又は算術平均粗さRで管理しているため、図4(b)に示すように、表面の凹凸部の先端のみがラッピングにより除去され、保護膜の表面には、図3に示すように、凸部の先端及び凹部には、鋭利な角部が残る。そうすると、保護膜が衝撃破壊又は疲労破壊しやすくなったり、研磨滓が凝着して金型の寿命が短くなるという問題点があったり、保護膜表面の凹凸部間の斜面の傾斜が急峻な場合と緩やかな場合とで金型の耐焼き付き性にばらつきが生じるという問題点がある。しかしながら、本発明においては、上記のようにパラメータRΔqにより、各分割点における傾斜により表面の粗さが管理され、パラメータRΔqが0.032以下となるように研磨されることにより、図4(c)に示すように、表面の凹凸は、均一に平滑となるように研磨され、図1に示すように、保護膜の表面には、鋭利な部分は残されていない。これにより、本発明においては、上記のような問題は発生せず、プレス成形される例えば金属板と保護膜との間の摩擦を大きく低減でき、金型の焼き付きが防止されることにより、プレス成形用金型の寿命を飛躍的に向上させることができる。なお、保護膜の表面粗さをパラメータRΔqにより管理した場合においても、RΔqが0.032を超えている場合には、図2に示すように、保護膜の表面には、凹部が残り、本発明の効果を十分に得ることができない。
ここで、本発明におけるパラメータRΔqの数値限定理由について、図5を参照して説明する。図5はパラメータRΔqに対するプレス成形用金型のショット可能数の変化を示すグラフ図である。なお、グラフ図中の各プロットは、後述する実施例の試験結果を示し、白丸のプロットは、TiAlN系の保護膜をアークイオンプレーティング法により形成した場合、黒丸のプロットは、TiC系の保護膜をアークイオンプレーティング法により形成した場合、三角形のプロットは、VC系の保護膜を溶融塩浸漬法により形成した場合、四角形のプロットはTiN系の保護膜をアークイオンプレーティング法により形成した場合を示す。そして、図5の実線は、TiAlN系の保護膜における耐久試験結果を基に算出されたRΔqに対するプレス成形用金型のショット可能数の関係を示す。図5に示すように、パラメータRΔqが0.032を超えている領域においては、プレス成形用金型のショット可能数は、300回未満であり、金型の寿命が短い。しかし、パラメータRΔqが0.032以下になると、ショット可能数が飛躍的に増加し、ショット可能数は1000回以上となり、パラメータRΔqが0.030において、ショット可能数は、6000回となる。このように、保護膜の表面粗さの管理にパラメータRΔqを用いることにより、金型の耐久寿命を飛躍的に向上させることができる。図5に示すように、パラメータRΔqは、0.032以下であればよく、0.030以下であることが好ましい。しかし、これらの数値に限定されず、パラメータRΔqは、小さければ小さい程よい。なお、図5に示すように、VC系の保護膜を溶融塩浸漬法により形成した場合においては、パラメータRΔqが0.02程度まで小さくなっても、プレス成形用金型のショット可能数は、2000回程度であり、アークイオンプレーティング法等のPVD法に比して、寿命向上の効果は小さい。よって、本発明においては、保護膜はアークイオンプレーティング法等のPVD法により形成されていることが好ましい。
なお、第1薄膜と基材である金型との密着性の向上及び保護膜全体の耐圧性の向上を目的として、金型の表面には、例えばCrN系の材料からなる下地となる保護膜(第2薄膜)が例えば2乃至5μmの厚さで形成されていてもよい。
次に、本発明の他の実施形態について説明する。本実施形態は、上述の保護膜の二乗平均平方根RΔqを0.032以下とすると共に、更に、保護膜のスキューネスRskを1以下とするものである。スキューネスRskは、歪み度ともいわれ、対象となる面の山谷の対称性を示す目安になる。
このスキューネスRskは、上記数式2にて表される。即ち、N個に分割した個別区間の高さをZnとして、選択区間の二乗平均平方根高さZqを前記数式3で表した場合、個別区間の高さZnの三乗の和を区間の分割数Nで除した三乗平均を、数式3の二乗平均平方根高さZqの三乗で除して得た数式が、前記数式2で示すスキューネスRskである。このスキューネスは、表面に高い突起が存在する場合にはプラスの値になり、突起とピット(谷)が対称な場合には、0に近づき、ピットが多い表面の場合にはマイナスの値を示す。スキューネスの値は、研磨後に表面に残留した少数の突起及びピットの存在に敏感であり、Ra及びRΔqで比較すると、ほぼ同様の値を示す表面であっても、スキューネスは異なる値を示すことがある。本発明者等は、しごき率が高い板成形の場合には、表面に残留した突起が少数であっても、そこを起点として、焼き付き及び応力の集中による皮膜の損傷が生じることを見いだした。これらの変化は、Ra及びRΔqでは捉えきれないものであり、使用条件が厳しい(板強度が高いか、しごき率が高い)場合には、上記Ra及びRΔqと共に、スキューネスを併用して皮膜の状態及び金型寿命を判断すべきものである。
本発明者等は、スキューネスRskの値が、1以下の場合に、しごき率が高い条件であっても、皮膜の損傷及び焼き付きが生じることなく、長寿命の成型用金型表面が得られることを見いだした。このスキューネスの値は、好ましくは、0.7以下である。また、スキューネスRskの値がマイナスの大きな値になるということは、表面に深いピットが増えることを意味している。ピットは突起に比較すると、金型の寿命への影響は少ないが、鋼板強度が低い場合等において、ピットの部分に鋼板が圧入され、焼き付きの起点となることが皆無とはいえない。このため、スキューネスRskは−1以上であることが好ましく、より好ましくは、−0.7以上である。
図8はスキューネスRskと表面状態との関係を示す模式図である。図8(a)に示す表面状態は、スキューネスRskがプラスに大きく、焼き付きが発生しやすいものである。一方、図8(e)に示す表面状態は、スキューネスRskがマイナスに大きく、焼き付きにくいものである。表面に存在する突起及びピットの数が、相対的に少ない場合には、これらの表面をRa,Ry及びRΔqで判別することは困難である。
次に、本発明のプレス成形金型用保護膜の製造方法について説明する。先ず、プロセスガスの例えば窒素ガスが供給されているチャンバ内に保護膜形成対象の金型を導入する。そして、例えばバイアス電源に接続された例えばロータリーテーブル上に金型を載置する。真空チャンバの側壁には、アーク電源に接続された例えば平板状のターゲットが設けられている。ターゲットは、例えば52乃至55原子%のAlを含有し、更にTi:20乃至22原子%、Cr:20乃至22原子%及びSi:5原子%程度を含有する金属板であり、双方の電源から電力を供給すると、金型とターゲットとの間にアーク放電が生じ、ターゲットの表面には、アークスポットが形成される。このアークスポットに集中する電気エネルギーにより、金属材中のAl、Ti、及びCr等の成分が瞬時に蒸発・イオン化し、真空チャンバ内に飛散する。そして、各イオン化した金属粒は、プロセスガスの例えばNと反応して、金型の方面に薄膜状に付着し、保護膜が形成される。金型の表面に保護膜が所定の厚さで形成されたら、真空チャンバから保護膜付きの金型を取り出す。
次に、金型の表面に形成された保護膜を研磨する。従来のラッピングにおいては、例えば回転式工具によるハンドラッピングを実施したり、表面粗さの番数が小さい例えば600番以下のスポンジ状研磨材を用いてラッピングを施している。即ち、従来は、保護膜の表面を研磨しすぎることを恐れて、軟質の研磨材を使用していた。しかしながら、本発明においては、例えばフェルトを固形化した比較的硬質の研磨材に、例えば表面粗さが3000番程度となるようにダイヤモンドペーストを塗布してラッピングを実施する。これにより、従来の研磨方法によるドロップレットの研磨不足を解消し、十分に保護膜の表面を研磨することができる。
本発明においては、表面粗さのパラメータRΔqが0.032以下となるように研磨することにより、表面の凹凸は、均一に平滑となるように研磨され、図1に示すように、保護膜の表面には、鋭利な部分は残されない。又は、RΔqが0.032以下、及びスキューネスRskが1以下になるように、表面粗さを管理する。これにより、保護膜が衝撃破壊又は疲労破壊しやすくなったり、研磨滓が凝着して金型の寿命が短くなるか、又は金型の耐焼き付き性にばらつきが生じるという問題点は発生しない。また、プレス成形される例えば金属板と保護膜との間の摩擦を大きく低減でき、金型の焼き付きが防止されることにより、プレス成形用金型の寿命を飛躍的に向上させることができる。
保護膜の研磨の際には、その表面粗さの管理にパラメータRΔqを用いるか、又はRΔqとスキューネスRskとを併用する。即ち、RΔqは、保護膜の表面の任意の区間を抜き出し、それを複数の個別区間に分割し、分割数をNとし、選択区間の端部からn番目の分割点がn−1番目の分割点から選択区間が延びる方向にdX、高さ方向にdZ移動した位置にあるとして、前記n番目の分割点における表面の傾斜を(dZ/dX)としたときに、各分割点における傾斜の二乗平均値の平方として前記数式1により算出される。例えば1乃至4mmの区間を1668乃至6667分割して、パラメータRΔqが算出される。また、スキューネスRskは、N個に分割した個別区間の高さをZnとして、選択区間の二乗平均平方根高さZqを数式3で表した場合、個別区間の高さZnの三乗の和を区間の分割数Nで除した三乗平均を、数式3の二乗平均平方根高さZqの三乗で除して得たものである。
なお、金型の表面に、例えばCrN系の材料からなる下地となる保護膜(第2薄膜)を形成する場合においては、上記第1薄膜の形成に先立ち、ターゲットとして金属Crと50原子%以下の4属、5属又は6A属の金属元素を含有するターゲットを使用して、アークイオンプレーティングにより形成すればよい。
以下、本発明の構成による効果について、その実施例を比較例と比較して説明する。先ず、本発明の第1実施例について説明する。プレス成形用の金型の表面に、保護膜を形成した。本実施例における金型は、SKD11相当の鋼を硬さが60HRCとなるように調質したダイ及びパンチである。保護膜の形成は、溶融塩浸漬(TD)法又はアークイオンプレーティング法による。溶融塩浸漬法においては、VC系の塩浴中に金型を浸漬して表面にVC系の保護膜を形成した後、焼入れ・焼戻し処理を施し、その後、ラッピング処理を施すことにより、保護膜を8μmの厚さで形成した。また、アークイオンプレーティング法においては、ターゲット(陰極)材として、Ti:50原子%及びAl:50原子%(但し、各成分中には不可避的不純物も含まれる)を使用し、チャンバ中に導入するプロセスガスとして窒素ガス又は窒素とメタン等の炭化水素との混合ガスを使用し、各プロセスガス雰囲気中でアークイオンプレーティング法により、金型の表面にTiC系、TiN系又はTiAlN系の保護膜を種々の厚さで形成した。
その後、各保護膜を研磨した。研磨の際には、各保護膜の表面を、表面粗さ測定器(東京精密社製、製品名:HANDYSURF E−35B、高さ方向の分解能0.01μm)に設けられた触針式変位型ピックアップ(先端形状:円錐形、先端径:5μm)によりトレースし、トレース結果を解析ソフト(東京精密社製、製品名:TiMS Light)により解析し、JIS B0601及びJIS B0031に準拠してパラメータRΔqを算出することにより管理した。このとき、測定結果のカットオフ値λcは0.8mmとし、測定長lnは4.0mmとした。同時に、各実施例及び比較例において、JIS B0601に規定された算術平均粗さRa及び最大高さRyを算出した。各実施例及び比較例の保護膜が形成されたダイ11及びパンチ12を、図6に示すようにプレス成形機10に設置し、パンチ12上に金属板2を載置した後、例えば弾性部材により、パッド13等を介して弾性力を印加することにより、板材2をパンチ12上に固定した。この状態で、板材2の上からダイ11を下降させて、ダイ11とパンチ12との間に板材2を挟み込むことにより、板材2をプレス成形した。金属板2としては、板厚が3.2mmの熱間圧延軟鋼板(SPH590)を使用し、潤滑油なし(ワーク材の防錆材のみ)でプレス成形した。なお、加工速度は40spm(shot per minute)、しごき率(板厚減肉量/元の板厚)を7%とした。各実施例及び比較例におけるショット可能数の測定結果を表1に示す。また、実施例No.3、比較例No.4、No.7及びNo.8については、上記表面粗さ測定器によりトレースし、トレース結果を上記解析ソフトにより解析した。解析した保護膜の表面粗さ曲線を、夫々図7(a)乃至(d)に示す。
Figure 0005135479
表1に示すように、本発明の構成を満足する実施例No.1乃至3は、溶融塩浸漬法によって保護膜を形成した比較例No.4、並びにパラメータRΔqが0.032を超えた比較例No.5乃至8に比して、ショット可能数が飛躍的に向上し、3000ショットでも焼き付きが発生しなかった。
表1に示すように、比較例No.6と比較例No.8とを比較すると、算術平均粗さRが等しくなっているが、ショット可能数は、120回と945回とで大きな差異が生じている。同様に、実施例No.1と比較例No.8とを比較すると、十点平均粗さRが0.80程度であるが、ショット可能数は120回と3000回以上とで大きな差異が生じている。しかし、本発明のパラメータRΔqは、ショット可能数との間に、明確に相関関係を有している。即ち、図7(a)(比較例No.7)及び図7(b)(比較例No.8)に示すように、RΔqが0.032を超えている場合においては、保護膜の表面は、凹凸の双方が大きく、RΔqの減少とともに、凹凸が小さくなる。そして、パラメータRΔqが0.032以下となると、図7(c)(実施例No.3)に示すように、保護膜の表面の凹凸は、極めて小さくなる。よって、本発明によれば、パラメータRΔqにより、表面粗さを管理しながら研磨を実施することにより、プレス成形用金型の寿命を確実に向上させることができる。なお、図7(d)(比較例No.4)は溶融塩浸漬法により保護膜を形成しているので、ドロップレットの付着はなく、本発明のパラメータRΔqによって表面粗さを管理する効果が小さくなっている。
次に、本発明の第2実施例について説明する。第1実施例と同様の方法で、TiAlN系の保護膜を約10μmの厚さに金型上に形成し、種々の条件を変えて研磨を行った。研磨後の各保護膜の表面を、表面粗さ測定器(東京精密社製、製品名:HANDYSURF E−35B、高さ方向の分解能:0.01μm)に設けられた触針式変位型ピックアップ(先端形状:円錐形、先端径:5μm)によりトレースし、トレース結果を解析ソフト(東京精密社製、製品名TiMS Light)により解析し、JIS B0601及びJIS B0031に準拠してパラメータRskを算出することにより管理した。このとき、測定結果のカットオフ値λcは0.8mmとし、測定長lnは4.0mmとした。同時に、各実施例及び比較例において、JIS B0601に規定された算術平均粗さRa、最大高さRy及び二重平均平方根傾斜RΔqを算出した。各実施例及び比較例の保護膜が形成されたダイ11及びパンチ12を、図6に示すようにプレス成形機10に設置し、パンチ12上に金属板2を載置した後、例えば弾性部材により、パッド13等を介して弾性力を印加することにより、板材2をパンチ12上に固定した。この状態で、板材2の上からダイ11を下降させて、ダイ11とパンチ12との間に板材2を挟み込むことにより、板材2をプレス成形した。金属板2としては、板厚が3.2mmの熱間圧延軟鋼板(SPH590)を使用し、潤滑油なし(ワーク材の防錆材のみ)でプレス成形した。なお、加工速度は40spm(shot per minute)、しごき率(板厚減肉量/元の板厚)を10%とした。各実施例及び比較例におけるショット可能数の測定結果を表2に示す。
Figure 0005135479
この表2に示すように、しごき率が10%のように高い場合に、RΔqが0.032以下であっても、スキューネスRskが1を超える場合は、ショット可能回数が1400以下となるときがある。これに対し、スキューネスRskが1以下の場合は、ショット可能回数は1500回を超えている。但し、実施例12及び13は、ショット回数が1500回超まで可能であったが、1500回の近傍で一部に皮膜の損傷が認められた。しかし、この実施例12及び13でも、製品の焼き付きは発生していない。このように、実施例1に比して厳しい成形条件の実施例2の場合は、RΔqに加えて、スキューネスRskを併用して、表面の仕上状態を管理することが、金型寿命の向上に有効であることがわかる。
10:プレス成形機、11:ダイ、12:パンチ、13:パッド、2:板材(金属板)

Claims (7)

  1. 少なくとも被成形体に接触する成形面上に、プレス成形時の焼き付きを防止するための保護膜が形成されたプレス成形用金型において、
    前記保護膜は、PVD法により形成されており、その表面から抜き出された任意の選択区間を複数の個別区間に分割し、その分割数をNとし、前記選択区間の端部からn番目の分割点が、n−1番目の分割点から前記選択区間が延びる方向にdX、高さ方向にdZ移動した位置にあるとして、前記n番目の分割点における表面の傾斜を(dZ/dX)としたときに、下記数式から算出される二乗平均平方根RΔqが0.032以下であることを特徴とするプレス成形用金型。
    Figure 0005135479
  2. 前記N個に分割した個別区間の高さをZnとして、この高さZnの三乗の和を区間の分割数Nで除した三乗平均を、下記数式にて示す選択区間の二乗平均平方根高さZqの三乗で除して得た下記数式Rskで表されるスキューネスが1以下であることを特徴とする請求項1に記載のプレス成形用金型。
    Figure 0005135479

    Figure 0005135479
  3. 前記保護膜は、Alを50原子%以上含有する金属材を陰極とするPVD法により形成されたものであることを特徴とする請求項1に記載のプレス成形用金型。
  4. 前記保護膜は、前記被成形体に接触する側にTiAlN系の材料からなる第1薄膜が形成されたものであることを特徴とする請求項3に記載のプレス成形用金型。
  5. 前記保護膜は、前記成形面上に形成されたCrN系の材料からなる第2薄膜が形成され、この第2薄膜上に前記第1薄膜が形成されたものであることを特徴とする請求項4に記載のプレス成形用金型。
  6. プレス成形用金型の少なくとも被成形体に接触する成形面上に、プレス成形時の焼き付きを防止するための保護膜を形成するプレス成形金型用保護膜の製造方法において、
    反応ガス雰囲気中で、前記保護膜となる金属材料を陰極として、前記成形面上にPVD法により保護膜を形成する工程と、この保護膜の表面を研磨する工程と、を有し、
    前記保護膜の表面を研磨する工程は、前記保護膜の表面から抜き出された任意の選択区間を複数の個別区間に分割し、その分割数をNとし、前記選択区間の端部からn番目の分割点が、n−1番目の分割点から前記選択区間が延びる方向にdXn、高さ方向にdZn移動した位置にあるとして、前記n番目の分割点における表面の傾斜を(dZ/dX)としたときに、下記数式から算出される二乗平均平方根RΔqを0.032以下となるように研磨するものであることを特徴とするプレス成形金型用保護膜の製造方法。
    Figure 0005135479
  7. 前記保護膜の表面を研磨する工程は、更に、前記N個に分割した個別区間の高さをZnとして、この高さZnの三乗の和を区間の分割数Nで除した三乗平均を、下記数式にて示す選択区間の二乗平均平方根高さZqの三乗で除して得た下記数式Rskをスキューネスとしたとき、スキューネスが1以下となるように、研磨するものであることを特徴とする請求項6に記載のプレス成形金型用保護膜の製造方法。

    Figure 0005135479

    Figure 0005135479
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