カーボンナノチューブは、炭素6員環が連なったグラファイトを円筒状に丸めた形状を有する物質であり、特異な物性を有していることから、将来的に幅広い技術分野への適用が期待されている注目すべき新素材である。現在、カーボンナノチューブの製造方法としては、アーク放電法、レーザー蒸発法、化学気相成長法(CVD法)等が用いられており、その中でもアーク放電を利用した製造方法では、欠陥が少なく品質の良いカーボンナノチューブが得られることが知られている。
このアーク放電を利用したカーボンナノチューブの製造では、炭素電極間に電力(アークプラズマ電力)を印加してアーク放電を行い、このアーク放電の熱によって雰囲気に存在するアルゴン、ヘリウム等の不活性ガス分子がプラズマ化して高温のアークプラズマを形成し、このアークプラズマの熱エネルギーによって炭素電極(陽極)の炭素を蒸発させる。さらに蒸発した炭素がアークプラズマ中で原子状態になった後、アークプラズマの中心部から低温部に移動して冷却される過程で凝縮することにより、カーボンナノチューブが生成される。
カーボンナノチューブの製造において基本となる反応は、アークプラズマの熱によって炭素電極から蒸発した炭素構造(六方晶系のグラファイト構造)を有する炭素を、高温アークプラズマ中でプラズマイオン状態(原子状態)に分解し、その後、炭素の降温過程で元の前記炭素構造とは異なるカーボンナノチューブの結晶構造に組換えが生じることによりカーボンナノチューブを生成することである。なお、凝縮とは、炭素が、プラズマイオン化した原子状態からカーボンナノチューブの結晶構造への組換えが生じてカーボンナノチューブが生成されることをいう。一般に、このようなアーク放電方式によるカーボンナノチューブの製造では、前述のように品質の良好なカーボンナノチューブが得られるものの、その収率は前記CVD法等に比べて非常に低く、大量のカーボンナノチューブを効率的に得ることが難しいという問題があった。
アーク放電方式によるカーボンナノチューブの製造において、例えば特開2002−249306号公報(特許文献1)では、その収率を向上させて効率的にカーボンナノチューブを製造するために、支持部材に複数のロッドを取り付けたカーボンナノチューブ捕集部材を炭素電極の周囲に配して、アーク放電によって生成されたカーボンナノチューブをその捕集部材で捕集することに特徴を有するカーボンナノチューブの製造装置が開示されている。
特許文献1によれば、アーク放電法によりカーボンナノチューブを製造する場合、電極の炭素を蒸発させることにより得られる生成物の中には、カーボンナノチューブの他に黒鉛、アモルファスカーボン、触媒金属等の不純物が含まれていることから、この不純物の除去に時間を要するために効率的なカーボンナノチューブの製造を行なうことができないとしている。
このため、特許文献1に記載の前記製造装置を用いることにより、アーク放電により生成されるカーボンナノチューブを高含有率で含む生成物は、炭素電極の周囲に設けた捕集部材によって捕集することができ、その一方で、アーク放電の副産物である黒鉛、アモルファスカーボン、触媒金属等は、このカーボンナノチューブ捕集部材の間を通過して、反応容器の内壁に付着する。従って、アーク放電終了後、捕集部材にからみついて捕集された生成物を回収することによって、高い収率で、効率的にカーボンナノチューブを製造することが可能であるとしている。
特開2002−249306号公報
ところで、前記特許文献1等のような従来のアーク放電方式による製造では、製造装置自体が小規模で、炭素電極間に印加するアークプラズマ電力が10kW前後と小さく(特許文献1では、7kW程度)、また、電極間距離は数ミリ程度に設定されている。
このようなアーク放電方式による製造において、カーボンナノチューブの生成量を多くしてカーボンナノチューブの大量生産を実現するためには、炭素電極から蒸発させる炭素の蒸発量を多くし、且つ、その蒸発した炭素から効率的にカーボンナノチューブを生成すれば良く、そのためには、例えば炭素電極からの炭素の蒸発量の拡大、即ち電極表面の炭素蒸発領域の拡大を図ることや、また、蒸発した炭素のプラズマイオン化領域の拡大、即ち炭素のプラズマイオン化を進めるアークプラズマ領域の拡大を図ることが考えられる。
しかし、従来のアーク放電により形成されるアークプラズマにおいては、例えば炭素電極にアーク電流を流すと、その磁気作用によるピンチ効果によってアークプラズマの径が細く絞られてしまい、アークプラズマ領域のコントロールが非常に難しかった。従って、カーボンナノチューブの生成量を増加させるために、炭素電極に流すアークプラズマ電流を単に大きくしても、アークプラズマ領域を大きくすることはできず、このアークプラズマ領域から熱エネルギーを受ける炭素電極の炭素蒸発面を拡大することはできなかった。
更に、アークプラズマ領域が小さい場合は、炭素電極から蒸発した炭素のプラズマイオン化領域も狭く、炭素蒸気がプラズマイオン化する前にアークプラズマ領域からはじき出されて温度が下がってしまうため、イオン化されないまま元の炭素結晶構造に戻るものが多く発生する。このため、カーボンナノチューブの生成効率が低く、大量生産を図ることが難しいという問題があった。
従って、前記特許文献1に記載されているアーク放電方式によるカーボンナノチューブの製造においては、前述のように炭素電極の周囲に捕集部材を設けて、生成されたカーボンナノチューブの収率を向上させたとしても、カーボンナノチューブの生成効率自体がCVD法等に比べてそもそも低いため、カーボンナノチューブの大量製造には向いてなく、小規模生産にとどまっていた。
更に、従来のカーボンナノチューブの製造装置においては、アークプラズマ領域が小さいために単位エネルギー当りの熱放散係数(アークプラズマ塊の比表面積とみなすこともできる)が大きく、また装置全体の断熱対策が何も施されていない。このため、例えばカーボンナノチューブの生成量を増加させるために、装置の大型化を進めてアークプラズマ電力を増大させたとしても、エネルギー損失が非常に大きく、電力消費効率が悪いため、経済性の低下を招いてしまう。またその結果として、装置を構成する部材や材料の耐熱性及び耐久性が低下するという問題もあった。
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであって、本発明の具体的な目的は、従来では達成が困難であった炭素電極における炭素蒸発面の拡大と、蒸発した炭素のプラズマイオン化領域の拡大とを図ることにより、カーボンナノチューブを効率的に大量製造することが可能なカーボンナノチューブの製造装置及び製造方法を提供することにある。
上記目的を達成するために、本発明により提供されるカーボンナノチューブの製造装置は、基本的な構成として、密閉された反応容器と、同反応容器内に配されてアーク放電を行なう炭素電極とを備え、前記アーク放電を熱源として前記炭素電極の炭素を蒸発させた後、同蒸発させた炭素を凝縮させることによりカーボンナノチューブを製造する製造装置であって、前記炭素電極は、97.5mm以上の電極径を有し、且つ、互いに200mm以上離間して配され、前記炭素電極間に広がる所望の広さ領域を取り囲むように配され、且つ、前記所望の広さ領域を所定温度に加熱又は保温して、前記炭素電極間に形成するアークプラズマ領域を拡大する加熱・保温手段を更に備え、前記加熱・保温手段の発熱部有効長さは、前記炭素電極間の電極間距離の大きさに等しく設定されてなることを最も主要な特徴とするものである。
また、本発明におけるカーボンナノチューブの製造装置では、前記加熱・保温手段が、電気抵抗加熱ヒータで構成されていることが好ましい。
更に、本発明の製造装置において、前記加熱・保温手段は、前記所望の広さ領域を1500℃以上の温度に加熱又は保温してなることが好ましい。
また、本発明の製造装置においては、前記反応容器の内面に耐火断熱材が設けられていることが好ましい。
本発明に係るカーボンナノチューブの製造装置は、炭素電極間に広がる所望の広さ領域を取り囲むように配された加熱・保温手段を備えており、この加熱・保温手段を用いて、アーク放電時に炭素電極間の所望の広さ領域を所定温度に加熱又は保温するように構成されている。本発明においては、このように加熱・保温手段でアーク放電時に炭素電極間の所望の広さ領域を所定温度に加熱又は保温することにより、炭素電極間にアークプラズマ領域を形成した際に、そのアークプラズマ領域を非加熱時又は非保温時の場合に比べて大幅に拡大させることができる。
ここで、加熱・保温手段によりアークプラズマ領域を拡大させるためのアークプラズマの制御機構についてより詳しく説明する。例えば図2にアークプラズマ電力Xとアークプラズマ領域の寸法とのおおよその関係を示すように、炭素電極間に生じるアークプラズマ領域の寸法は、炭素電極に印加するアークプラズマ電力X(kW)が増大するほど大きくなる傾向にある。このアークプラズマ電力Xは、アークプラズマ電流Y(Amp)とアークプラズマ電圧Z(Volt)との積で表され、アークプラズマ電流Yを大きくするとアークプラズマ領域の直径は太くなり、アークプラズマ電圧Zを高くするとアークプラズマ領域の長さは長くなる。従って、炭素電極に対して、より大きなアークプラズマ電流を流し、また、より高いアークプラズマ電圧を加えることにより、アークプラズマ領域の直径及び長さを拡大することが可能となる。
一方、従来のカーボンナノチューブの製造において、炭素電極間に形成されるアークプラズマ領域は、前述のようにアーク電流の磁気作用によるピンチ効果によって、その直径が実際には細く絞られてしまうため、アークプラズマ電力を大きくしてもアークプラズマ領域を例えば図2に示したように拡大させることはできなかった。
従って、本発明では、その対策として、前記加熱・保温手段により炭素電極間の所望の広さ領域を加熱又は保温することにより、炭素電極間に存在するガス分子に、アークプラズマ自体の熱以外の熱、即ち、加熱・保温手段による熱によってエネルギーを与えることで、同ガス分子を活性化してプラズマイオン化させ易くする。これにより、炭素電極間でアーク放電を行なう際に、加熱・保温手段で加熱又は保温された所望の広さ領域内で、例えば前記図2に示すようなアークプラズマ電力Xの値に対応したアークプラズマの寸法(長さ及び径)、又はそれよりも大きな寸法でアークプラズマ領域を形成することが可能となる。
このようにアークプラズマ領域を容易に拡大できることにより、炭素電極表面における炭素蒸発面も拡大することができるため、カーボンナノチューブの原料となる炭素の蒸発量を増大させることが可能となる。また、この炭素電極から蒸発した大量の炭素を、拡大させたアークプラズマ領域中で十分にプラズマイオン化させることができ、蒸発した大量の炭素からカーボンナノチューブを効率的に生成することができる。従って、本発明の製造装置によれば、従来ではできなかった炭素電極からの炭素の蒸発量の拡大と、蒸発した炭素のプラズマイオン化領域の拡大とを促進することができ、その結果、アーク放電方式によるカーボンナノチューブの大量製造を行なうことが可能となる。
また、本発明のカーボンナノチューブの製造装置においては、アークプラズマ領域を取り囲むように配設する加熱・保温手段が、電気抵抗加熱ヒータで構成されている。これにより、アーク放電時に、加熱・保温手段で取り囲まれた空間の加熱又は保温を安定して行なうことができる。また、電気抵抗加熱ヒータとして、特にカーボン発熱体を用いることにより、耐熱性に非常に優れており、また不純物元素によるカーボンナノチューブの汚染を効果的に防止するといった効果を得ることができる。
更に、前記加熱・保温手段は、同加熱・保温手段によって囲まれている所望の広さ領域を1500℃以上、好ましくは2000℃以上の温度に加熱又は保温する。このように加熱・保温手段により1500℃以上の所定の温度で加熱又は保温が行なわれることにより、アーク放電時に領域の炭素、ガス分子のプラズマイオン化が促進されアークプラズマ領域が安定して拡大し、カーボンナノチューブの大量製造を効果的に行なうことができる。
更にまた、本発明の製造装置では、炭素電極間の距離が10mm以上、好ましくは100mm以上、より好ましくは200mm以上となるように炭素電極を配設することができる。即ち、従来では、アーク放電時に前記ピンチ効果が生じることによりアークプラズマ径が小さくなる結果、アークプラズマの長さも長くすることは難しく、また電力消費効率等も考慮すると、炭素電極間の距離は実際には2〜3mm程度にすることが多かった。
また、例え炭素電極に印加するアークプラズマ電力を増大させてアークプラズマ長さを長くすることを試みた場合でも、極めて大きなアークプラズマ電力を印加することが必要とされるため、例えば100mm以上、更には200mm以上離間した炭素電極間にアークプラズマ領域を形成することは極めて困難であった。
具体的には、従来では2mm程度離間した炭素電極間にアークプラズマ領域を形成する場合、約10kWのアークプラズマ電力が炭素電極に与えられる。これを踏まえて、例えば200mm離間した炭素電極間にアークプラズマ領域を形成する場合に、炭素電極に印加するアークプラズマ電力の大きさを単純に比例計算すると、およそ1000kWの電力が必要となる。一方、本発明においては、下記実施形態で詳述するように、炭素電極間を加熱・保温手段で加熱又は保温することにより、1000kWよりも遥かに小さい約150kW程度のアークプラズマ電力によって、200mm離間した炭素電極間にアークプラズマ領域を形成することが可能となる。
即ち、本発明によれば、従来の製造装置の場合よりも小さなアークプラズマ電力で、長さが10mm以上の大きなアークプラズマ領域を容易に形成することができる。これにより、炭素電極間の距離を従来よりも長くしてアークプラズマ領域を拡大し、カーボンナノチューブをより安定して生成することができる。
また、本発明において、反応容器の内面には耐火断熱材が設けられている。これにより、反応容器を伝導して容器外部に放散される熱を遮断し、熱放散により損失する電力消費を抑制することができる。従って、炭素電極間に大きなアークプラズマ電力をかけてアークプラズマ領域を拡大しても、単位エネルギー当りの熱放散係数を小さくしてアークプラズマの熱効率を高めることができるため、経済性の向上、ひいては製造コストの削減を図ることができる。
次に、本発明に係るカーボンナノチューブの製造方法は、アーク放電を行なうときに、炭素電極間で所望の広さ領域を取り囲むように配された加熱・保温手段を用いて、その所望の広さ領域を所定温度に加熱又は保温することにより、炭素電極間に形成するアークプラズマ領域を拡大させることができる。これにより、炭素電極とプラズマ領域の接触面が増大し、炭素電極表面の炭素蒸発面が拡大されるため、カーボンナノチューブの原料となる炭素の蒸発量を増大させることができる。また、この炭素電極から蒸発した大量の炭素を、拡大させたアークプラズマ領域中で十分にプラズマイオン化させることができるため、蒸発した炭素からカーボンナノチューブを効率的に生成することができ、その結果、大量のカーボンナノチューブを優れた生成効率で安定して製造することができる。
以下、本発明における好適な実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。ここで、図1は、本実施形態におけるカーボンナノチューブの製造装置の構成を模式的に表す模式図である。
図1に示したように、本実施形態におけるカーボンナノチューブの製造装置1は、密閉された反応容器5と、この反応容器5内に配されてアーク放電を行なう炭素材料からなる陰極7及び陽極8と、陰極7及び陽極8間に広がる所望の広さ領域(空間)を囲むように配された加熱・保温手段4とを備えている。
前記反応容器5は、炭素鋼又はステンレス鋼からなり、この反応容器5には、アルゴンガスやヘリウムガスを反応容器5内に導入できるように不図示のガス供給手段が設けられている。この反応容器5の形状や寸法は特に限定されるものではないが、例えば所定の直径及び長さを有する横型円筒状の反応容器を用いることができる。また、反応容器5の内面には、隙間が生じないように耐火断熱材6が設けられている。
この反応容器5に設けられる耐火断熱材6は、アーク放電時にプラズマアークや加熱・保温手段4の高温の輻射熱や対流熱に晒されるため、耐火断熱材6として、例えば1500℃以上、好ましくは2000℃以上の耐熱性と、良好な断熱性とを有するセラミック耐火断熱板、特にアルミナバブル成型板を用いることが好ましい。このような耐火断熱材6を設けることによって、アーク放電時に反応容器5を伝導して容器外部に放散される熱を遮断し、熱放散により損失する電力消費を抑制すると同時に、反応容器5の溶存や熱変形を防止することができる。更に、反応容器5の外面には、必要に応じて、反応容器5の熱変形を一層防止するために、冷却用水冷蛇管を設けることもできる。
前記炭素陰極7及び炭素陽極8の形状及び寸法は、特に限定されるものではないが、例えばカーボンナノチューブの製造を安定して行なえるように、炭素陰極7は、炭素陽極8と同等の直径又は炭素陽極8よりも大きな直径を有していることが好ましい。また、炭素陽極8は、炭素陰極7に対して前後方向に直線的に移動可能なように、不図示の電極移動手段が設けられている。
本実施形態において、これら炭素陰極7及び炭素陽極8間の距離は、従来よりも長い値である10mm以上に設定することができるが、この炭素電極7,8間の距離を更に長く設定し、電極7,8間に形成するアークプラズマ領域3を長くしてアークプラズマ領域3の拡大を図ることによって、カーボンナノチューブの生産効率を更に向上させて大量製造の需要に応えることが可能となる。
アークプラズマ領域3の寸法は、前述のように、アークプラズマ電流Yを大きくするとアークプラズマ領域の直径は太くなり、アークプラズマ電圧Zを高くするとアークプラズマ領域の長さは長くなる。従って、炭素陰極7及び炭素陽極8間の電極間距離は、カーボンナノチューブを製造する際における電極7,8に印加するアークプラズマ電力の大きさ、特にアークプラズマ電圧の大きさに基づいて設定することが好ましい。
ここで、図3に、アークプラズマ電力X(kW)と、アークプラズマ電流Y(Amp)及びアークプラズマ電圧Z(Volt)との関係を表すグラフを示し、図4に、アークプラズマ電圧Z(Volt)と炭素陰極7及び炭素陽極8間の電極間距離L(mm)との関係を表すグラフを示す。
本実施形態においては、カーボンナノチューブを大量製造するためにアークプラズマ電力Xの大きさを150kW以上にすることが好ましい。従って、アークプラズマ電圧Zの大きさは、図3に示した関係から、従来一般的に実施されているカーボンナノチューブの製造条件(装置の運転条件)よりも高い200V以上にすることができる。
また、このように200V以上のアークプラズマ電圧Zを印加した場合、長さが200mm以上のアークプラズマ領域を安定して形成することが可能となる。従って、カーボンナノチューブを製造する際には、生産効率を考慮して、炭素電極7,8間の距離Lは、炭素電極7,8に印加するアークプラズマ電力で形成可能な最長のアークプラズマ領域の長さ以下の範囲で任意に選択することができ、例えば炭素電極7,8間の距離Lを前記のように10mm以上、好ましくは100mm以上、更に好ましくは200mm以上に設定することができる。なお、炭素電極7,8間の距離Lは、例えば前記電極移動手段(不図示)を用いることによって容易に変更することができる。
前記加熱・保温手段4は、炭素陰極7と炭素陽極8との間に広がる所望の広さ領域(空間)を取り囲むように配設されている。加熱・保温手段4は、炭素電極7,8間でアーク放電を行なう際に、加熱・保温手段4で囲まれた領域のガス分子を加熱し、同ガス分子に熱によるエネルギーを与えることにより活性化してプラズマイオン化することによって、炭素電極7,8間に生じるアークプラズマ領域3を拡大させることができる。
この加熱・保温手段4は、電気抵抗加熱ヒータで構成されており、例えばタングステンのような融点3000℃以上の高融点金属発熱体、炭化珪素のような高耐熱性炭素化合物、又はカーボン発熱体等を用いることができ、特にその中でも、耐熱性や不純物元素による製品の汚染を考慮するとカーボン発熱体を用いることが好ましい。
また、加熱・保温手段4は、炭素電極7,8間に広がる所望の広さ領域を取り囲めるように円筒形状を有している。この加熱・保温手段4において、その発熱部有効長さは、陰極7及び陽極8間の電極間距離の大きさに等しくすることが好ましく、また円筒形状の内径は、電極7,8間の所望の広さ領域を十分に囲めるように、太い側の炭素電極、例えば炭素陰極7の直径の1.2倍以上の大きさにすることが好ましい。なお、加熱・保温手段4は、炭素電極7,8や同炭素電極7,8を支持する電極支持具(不図示)と接触しないように、所定の位置に設けられている。
本実施形態における製造装置1においては、カーボンナノチューブを大量製造するために、所定の大きさの炭素陽極8の電極径D(mm)とアークプラズマ電力X(kW)とが選定される。炭素陽極8の電極径Dは、アークプラズマ3との接触面(即ち、炭素陽極8表面の炭素蒸発面)を広くして、炭素の蒸発量を増大させるために、陽極8及び陰極7間に印加するアークプラズマ電力Xに対して次式(1)により求められる。
電極径D(mm)=アークプラズマ電力X(kW)×0.65 …(1)
但し、アークプラズマ電力Xは、アークプラズマ領域3を安定して形成しカーボンナノチューブの大量製造を可能とするために、X≧150kWとすることが好ましい。例えば従来における炭素電極径は数mm程度であり、その炭素電極に印加されるアークプラズマ電力も10kW程度であったが、本実施形態のようにアークプラズマ電力Xを150kW以上とし、このアークプラズマ電力Xの大きさに応じて炭素陽極8の電極径Dを例えば97.5mm以上にすることによって、炭素陽極8の炭素蒸発面を拡大し、炭素陽極8からの炭素蒸発量を増大させることができる。
また、アークプラズマ電力X(kW)の大きさは、炭素陽極8の炭素蒸発面に十分なエネルギーを与えて、炭素蒸発面からの炭素の蒸発速度を大きくするために、炭素蒸発面の蒸発面積S(mm2)に応じて次式(2)により求められた値、又はその近似の値を用いることができる。
アークプラズマ電力X(kW)=蒸発面積S(mm2)×0.076 …(2)
但し、蒸発面積Sの大きさは、十分な炭素蒸発量を得るために、S≧2000mm2とすることが好ましい。
なお、本実施形態においては、例えば前記式(1)を用いて炭素陽極8の電極径Dを求める際に所定の値のアークプラズマ電力Xを選定し、またそれとは別に、前記式(2)を用いて蒸発面積Sからアークプラズマ電力Xの値を求めた後、これら2つの値を比較して大きい値の方を、アークプラズマ電力Xの値として採用することもできる。
本実施形態においては、上記のようなカーボンナノチューブの製造装置1を用いることにより、以下のようにしてカーボンナノチューブを大量製造することができる。
カーボンナノチューブの製造を行なう際には、先ず、反応容器5内にヘリウムガスを導入するとともに、反応容器5内の圧力を266Pa(200Torr)に保持した後、加熱・保温手段4により、炭素電極間で加熱・保温手段4によって囲まれた空間を1500℃以上、好ましくは2000℃以上の温度に加熱して、炭素電極7,8間の空間を所定の温度に維持する。
次に、炭素電極7,8間の電極間距離が例えば200mmとなるように電極移動手段(不図示)を用いて陽極8の位置を調節し、炭素電極7,8間に150kWのアークプラズマ電力(アークプラズマ電流:750A、アークプラズマ電圧:200V)を印加することによりアーク放電を行なって、炭素電極7,8間にアークプラズマ領域3を形成する。
このようなアーク放電を行なう際に、従来では、アークプラズマ電流の磁気作用によるピンチ効果によってアークプラズマの径が細く絞られてしまうため、例えば図5(b)に示したように、炭素電極7,8間に径の細いアークプラズマ領域9が形成される。
しかし、本実施形態においては、炭素電極7,8間の空間が加熱・保温手段4によって加熱されているため、炭素電極7,8間に存在するガス分子は、アークプラズマ自体の熱と加熱・保温手段4による熱の双方によりエネルギーが与えられることによって活性化してプラズマイオン化する。このため、炭素電極7,8間に形成するアークプラズマが細く絞られることを防いで、アークプラズマ領域を従来よりも大幅に拡大することができ、例えば図5(a)に示したように、炭素電極7,8間に大きなアークプラズマ領域3を形成することができる。
このように炭素電極7,8間に形成されるアークプラズマ領域3が従来よりも大幅に拡大されることによって、炭素陽極8におけるの炭素蒸発面も拡大されるため、炭素の蒸発量を増大させることができる。また、この炭素電極から蒸発した大量の炭素は、拡大させたアークプラズマ領域3内で十分にイオン化させた後に凝縮させることができるため、蒸発した炭素からカーボンナノチューブを非常に効率的に生成することができる。
即ち、本実施形態によれば、上述のようなアーク放電を所定時間行なうことにより、アークプラズマ領域3が大幅に拡大されて、炭素電極8の炭素蒸発領域を拡大するとともに、蒸発した炭素のプラズマイオン化領域も拡大することができる。このため、カーボンナノチューブの生成を効率的に行なって、単位時間当たりのカーボンナノチューブの生成量を大幅に増加させることができる。また同時に、反応容器5の内面に耐火断熱材6を配設したことにより、電力消費効率の向上を図ることができるため、従来では達成することができなかったカーボンナノチューブの大量製造を安定して行なって、安価で良好な品質のカーボンナノチューブを提供することができる。
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。なお、以下の実施例においては、図1に示した前記カーボンナノチューブの製造装置1を用いて、カーボンナノチューブの製造を2時間行なった場合について説明する。
本実施例においては、カーボンナノチューブの製造を行なうに際し、先ず、炭素電極7,8の電極径を、前記式(1)に基づいて求めた。なお、本実施例では、陰極7と陽極8の電極径は等しくさせ、また、これら炭素電極7,8間に印加するプラズマアーク電力を、例えば炭素電極7,8間に形成するアークプラズマ領域3の大きさ等を考慮して、150kWと選定した。従って、炭素電極7,8の電極径Dは、前記式(1)に従って以下のようにして求めた。
電極径D(mm)=150(kW)×0.65=97.5(mm)
なお、前記式(1)によって求めた電極径Dの値(97.5mm)が、既製品の4インチ径炭素電極(人造黒鉛電極、直径102mm)に近似する値であるため、本実施例においては、炭素電極7,8として、この4インチ径炭素電極を使用することにした。更に、炭素電極7,8の電極間距離Lについては、プラズマアーク電力値150kW(即ち、アークプラズマ電圧は200V)に基づいて、200mmに設定した。
また、上述のようにして求めた炭素電極7,8の電極径Dの大きさと、炭素電極7,8の電極間距離Lとに基づいて、加熱・保温手段4となる円筒状のカーボン発熱体の寸法を設定した。即ち、円筒状カーボン発熱体の内径を、炭素電極7,8の電極径102mmの1.2倍となる122.4mmに設定し、またカーボン発熱体の発熱部有効長さを、炭素電極7,8の電極間距離Lに等しい200mmに設定した。
次に、前記電極径Dの計算とは別に、炭素陽極8の炭素蒸発面に十分なエネルギーを与え、この炭素蒸発面からの炭素蒸速度を大きくするために、炭素電極7,8間に印加するプラズマアーク電力を、設定した炭素蒸発面の面積Sの大きさ(2000mm2)に基づいて、前記式(2)に従って求めた。
アークプラズマ電力X(kW)=2000(mm2)×0.076=152(kW)
この結果、炭素蒸発面積Sに基づいて求めたプラズマアーク電力の大きさ152kWは、前記電極径Dの計算の際に選定したプラズマアーク電力の大きさ150kWと近似の値であるため、本実施例においては、プラズマアーク電力の大きさを150kWに定めた。
一方、前記反応容器5としては、直径が1.6m、長さが2.2mとなる横型円筒状のステンレス鋼製容器を使用した。また、この反応容器5の内面には、厚さ50mmのアルミナバブル成型板をハッチ部も含めて隙間無く貼り付けた。更に、反応容器5の外面には、ステンレス鋼板の熱変形を防止するために、冷却用水冷蛇管を全体的に配設した。
以上のような形状及び寸法を有するカーボンナノチューブの製造装置1を用いて、先ず、反応容器5内にヘリウムガスを導入するとともに、反応容器5内の圧力を266Paに保持し、その後、カーボン発熱体4に囲まれた空間をカーボン発熱体4で1600℃に加熱して、その温度を維持した。
次に、炭素電極7,8間に150kWのアークプラズマ電力(アークプラズマ電流:750A、アークプラズマ電圧:200V)を印加することによりアーク放電を行なって、炭素電極7,8間にアークプラズマ領域3を形成し、このアーク放電を2時間に渡って行なうことにより、カーボンナノチューブの製造を行なった。なお、今回行なったカーボンナノチューブの製造条件を把握しやすくするために、その製造条件を以下にまとめて記載する。なお、下記のアークプラズマ領域3の直径については、アークプラズマ領域3の略中心部における直径の大きさを表している。
(カーボンナノチューブの製造条件)
炭素電極7,8の電極径D: 102mm
炭素電極7,8の電極間距離L: 200mm
アークプラズマ電力X: 150kW
アークプラズマ電流: 750Amp
アークプラズマ電圧: 200Volt
アークプラズマ領域3の寸法: 直径60mm×長さ200mm
カーボン発熱体4による加熱・保温温度: 1600℃
反応容器5内の雰囲気ガス: ヘリウムガス
反応容器5内の雰囲気圧力: 266Pa
前記2時間のアーク放電を行なった後、反応容器5内の各部の温度、特に高温部である炭素電極7,8周辺部の温度が、カーボン粉末およびカーボンナノチューブの発火点温度以下に下がったことを確認してから、反応容器5を大気圧に開放し、炭素電極7およびカーボン発熱体4の周辺部に生成したカーボンナノチューブおよびカーボン粉末を回収した。回収した回収物からカーボンナノチューブを選別し、得られたカーボンナノチューブの生成量を測定した。その結果、本実施例においては、2時間の製造時間において、約60gのカーボンナノチューブが製造できたことが確認され、カーボンナノチューブの1時間当たりの生成量は30g/hであることが判った。また、今回のカーボンナノチューブの製造における電力消費量は300kWhであるため、電力原単位は5kWh/gであった。