つぎにこの発明を具体例に基づいて説明する。先ずこの発明が対象とする車両の動力伝達系統の一例を説明すると、図2において、動力源1が変速機構2に連結され、その変速機構2の出力軸3がディファレンシャル4を介して左右の駆動輪5に連結されている。ここで、動力源1は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関あるいはモータなどの電動機、さらにはこれら内燃機関と電動機とを組み合わせた装置など、車両に使用可能な種々の動力源を含む。以下の説明では、動力源1として、燃料をシリンダの内部に直接噴射し、その噴射量およびタイミングを制御することにより均質燃焼や成層燃焼の可能ないわゆる直噴ガソリンエンジンを採用した例を説明する。
このエンジン1は電気的に制御できるように構成されており、その制御のためのマイクロコンピュータを主体とする電子制御装置(E−ECU)6が設けられている。この制御装置6は、少なくともエンジン1の出力を制御するように構成されており、その制御のためのデータとして出力軸回転数(エンジン回転数)NEとアクセル開度θなどの要求駆動量とが入力されている。
この要求駆動量は、要は、エンジン1の出力の増大・減少のための信号であり、運転者が操作するアクセルペダルなどの加減速操作装置7の操作量信号やその操作量を電気的に処理して得た信号を採用することができ、またそれ以外に、電子スロットルバルブを備えたエンジン1の場合には、その電子スロットルバルブの開度制御信号や、車速を設定車速に維持するためのクルーズコントロールシステム(図示せず)などからの要求駆動量信号を含む。
また、変速機構2は、流体伝動機構8と、歯車変速機構9と、無段変速機(CVT)10とから構成されている。その流体伝動機構8は、要は、オイルなどの流体を介して入力側の部材と出力側の部材との間でトルクを伝達するように構成された装置であって、一例として、一般の車両に採用されているトルクコンバータを挙げることができる。また、この流体伝動機構8は、直結クラッチ11を備えている。すなわち直結クラッチ11は、入力側の部材と出力側の部材とを摩擦板などの機械的手段で直接連結するように構成されたクラッチであって、緩衝をおこなうためのコイルスプリングなどの弾性体からなるダンパー12を備えている。
その流体伝動機構8の入力部材がエンジン1の出力部材に連結され、また流体伝動機構8の出力部材が歯車変速機構9の入力部材に連結されている。この歯車変速機構9は、複数の歯車を有し、それらの歯車によって形成されるトルクの伝達経路を変更することにより、入力部材と出力部材との回転数の比率すなわち変速比を適宜に変更し、また出力部材を入力部材に対して反対方向に回転させるように構成されている。この歯車変速機構9として、例えば、シングルピニオン型遊星歯車機構やダブルピニオン型遊星歯車機構もしくはラビニョ型遊星歯車機構を用いた機構、あるいは常時噛み合っている複数対のギヤ対を同期連結機構(シンクロナイザー)によって選択的に出力部材や入力部材に連結するように構成された機構などを採用することができる。
なお、この歯車変速機構9は、次ぎに説明する無段変速機10で設定できる変速比の幅が小さいこと、および無段変速機10ではその出力側の部材を入力側の部材に対して反対方向に回転させるいわゆる後進機能がないことを補うために設けられている。したがって無段変速機10で設定可能な変速比が、車両に対する要求を満たす場合には、歯車変速機構9として後進機能のみを備えた機構を採用してもよい。
図2に示してある無段変速機10は、その入力側の部材の回転数と出力側の部材の回転数との比率すなわち変速比を無段階に(連続的に)変化させることのできる機構であり、前述したベルト式無段変速機やトロイダル式無段変速機などを採用することができる。
上記の変速機構2における直結クラッチ11の係合・解放ならびに滑りを伴う半係合の各状態の制御および歯車変速機構9での変速比の制御ならびに無段変速機10での変速比の制御は、基本的には、車両の走行状態に基づいて制御されるようになっている。その制御のためにマイクロコンピュータを主体として構成された電子制御装置(T−ECU)13が設けられている。
この電子制御装置13は、前述したエンジン用の電子制御装置6とデータ通信可能に連結される一方、制御のためにデータとして車速αや変速機構2の出力回転数Noなどのデータが入力されている。また、変速機構2を停止状態(パーキング)、後進状態(リバース)、中立状態(ニュートラル)、車両の走行状態に応じて変速比を自動的に設定する自動前進状態(ドライブ:D)すなわち自動変速モード、変速状態を手動操作で設定する手動状態(マニュアル:M)すなわち手動変速モードの各状態を選択するシフト装置14が設けられており、このシフト装置14が電子制御装置13に電気的に連結されている。また、シフト装置14によって手動状態を選択した場合には、複数の変速状態すなわちレンジを設定することができるように構成されており、そのレンジを選択するレンジ選択機構15が設けられている。このレンジ選択機構15はオン・オフスイッチやポテンショメータなどによって構成することができ、段階的に設定されているレンジあるいは連続的に設定されているレンジを手動操作に基づいて選択するようになっている。なお、このレンジ選択機構15は、シフト装置14に付設されていてもよく、あるいはシフト装置14とは別に、ステアリングホイールや適宜のスティックあるいはインストルメントパネルなどに設けられていてもよい。
上記の車両では、アクセル開度などの要求駆動量に基づいて上記のエンジン1および無段変速機10の両方を制御するように構成されている。その制御例を図3にブロック図で示してある。この制御は例えば前記シフト装置14によって自動変速モードを選択した場合に実行される制御であり、先ず第1のステップS1において要求駆動量の一例であるアクセル開度θと車速αとに基づいて目標駆動力Fが求められる。なお、車速αは、これと一対一の関係にある他の適宜の回転部材の回転数、例えば変速機構2の出力軸回転数Noで代用してもよい。
これらのアクセル開度θと車速αとに基づく目標駆動力Fの決定は、予め用意したマップに基づいておこなう。具体的には、アクセル開度θをパラメータとして車速αと駆動力Fとの関係をマップとして予め定めておく。その場合、対象とする車両の特性を反映するように駆動力Fを定める。
つぎに第2のステップS2で、目標駆動力Fと現在の車速αとに基づいて目標出力Pが求められる。すなわち目標出力Pは、目標駆動力Fと車速αとの積として演算される。第3のステップS3では、その目標出力Pに基づいてエンジン1の目標回転数あるいは無段変速機10の入力回転数の目標値(目標入力回転数)NINTが求められる。定常走行状態では、エンジン1の燃費が良好になる最適運転ラインに即して制御されるから、目標出力Pに達した時点での運転状態は最適運転ライン上の運転状態となる。すなわち目標出力Pに達した時点では、エンジン1は、最良燃費曲線に基づく状態に制御されるから、目標入力回転数NINTは、最良燃費曲線に基づいて出力と回転数とを定めた目標エンジン回転数テーブル(線図)を利用して求められる。そして、この目標入力回転数NINTと検出された実際の入力回転数もしくはエンジン回転数とに基づいて無段変速機10による変速比が制御される。
一方、第4のステップS4では、エンジン1を制御するために、上記の目標出力Pと現在のエンジン回転数NEとに基づいて目標エンジントルクToが求められる。これは、例えば目標出力Pを現在のエンジン回転数NEで割り算することにより実行される。なお、エンジン回転数NEに替えてエンジン1の出力軸の角速度を採用することもできる。そして、このようにして求められた目標エンジントルクToとなるようにエンジン1が制御される。具体的には、前述した電子制御装置6によって燃料噴射量あるいは電子スロットルバルブの開度が制御される。
この発明に係る上述した構成の制御装置では、シフト装置14によって手動変速モードを選択することができる。この手動変速モードが選択された場合には、手動変速モードでの各レンジに応じて、目標入力回転数NINTもしくは目標エンジン回転数NETの下限値(最小回転数)を規制するように構成されている。図4は、車速αに対する目標入力回転数NINT(目標エンジン回転数NET)を、要求駆動量であるアクセル開度θをパラメータとして示す図であり、γmaxの線は無段変速機10の機構上決まる最大変速比に基づく回転数を示し、またγminの線は無段変速機10の機構上決まる最小変速比に基づく回転数を示している。さらに、アクセル開度θが“0”で目標入力回転数NINTが一定値となっているのは、エンジン1がアイドリング状態であることを示している。
自動変速モードでは、この図4に示すマップに基づいて目標入力回転数NINTが決定され、実際の入力回転数がその目標入力回転数NINTとなるように無段変速機10の変速比が制御される。したがって例えば図4におけるA点(θ=10%)で示される運転状態からアクセルペダルが踏み込まれてB点で示される運転状態(θ=20%)に変化すると、それに応じて目標入力回転数NINTが大きくなり、実際の入力回転数がその目標入力回転数NINTとなるように変速比が増大させられる。変速比の増大およびエンジン出力の増大によって車速αが次第に増大し、それに合わせて目標入力回転数NINTが、アクセル開度θ=20%の線に沿って増大させられ、駆動力と走行抵抗とがバランスするC点で示される運転状態となる。
また反対に要求駆動量が低下する場合について説明すると、上記のC点で示される走行状態からアクセルペダルが完全に戻され、アクセル開度θが0%に低下した場合、その時点の車速αでの機構上定まる下限回転数が目標入力回転数とされる。これは図4でD点で示される。なお、その下限回転数は、エンジン1のアイドリング回転数に基づいて定まる回転数あるいは無段変速機10で設定可能な最小変速比(最も高速側の変速比)によって規定される回転数である。
これに対して手動変速モードでは、上述した機構上定まる下限回転数より高い回転数に、目標入力回転数NINTの下限値が設定される。その例を図1に示してある。この図1は、手動変速モードで採用されるマップを示しており、ここに示す例では、上記の図4に示す自動変速モードにおけるマップに、各レンジ毎の最小回転数を設定し、目標入力回転数NINTの下限値を制約するようになっている。
具体的に説明すると、上述した無段変速機10は、R1からR5までの5つのレンジを選択できるように構成されている。これらのレンジのうちR1レンジが最も低速側のレンジであり、これに対してR5レンジが最も高速側のレンジである。したがってR5レンジでは、上述したアイドリング回転数で決まる最小回転数および無段変速機10の機構上決まる最も小さい変速比(γmin)に応じた回転数を、目標入力回転数NINTの最小回転数となるようにマップが設定されている。そして、図1に示すように、R4レンジ、R3レンジ、R2レンジ、R1レンジの順に、目標入力回転数の最小値が次第に大きくなるようにマップが設定されている。なお、各レンジR1,R2,R3,R4,R5における最小回転数は、車速ごとに最適となる回転数に設定されている。そしてまた、目標入力回転数の最小値は車速αに応じて変化する値として設定されている。言い換えれば、各レンジでの目標入力回転数の最小値は車速αが増大するに従って大きくなるようになっている。手動変速機に近い変速感覚とするためである。
このような自動変速モードで採用される制御マップに、目標入力回転数NINTの下限値をレンジ毎に設定した手動変速モード用のマップに基づく目標入力回転数NINTの制御、すなわち手動変速モードでの無段変速機10の制御について次に説明する。図5はその制御例を説明するためのフローチャートであり、先ずステップS11において基本目標入力回転数NINBが算出される。これは、前述した図3に示すステップS1ないしステップS3の過程を経て求められ、結局は、上記の図4の制御マップに基づいて算出される。次に、手動変速モードが選択されているか否かが判断される(ステップS12)。この判断は、前述したシフト装置14からの出力信号およびレンジ選択機構15からの出力信号に基づいて判断することができる。
このステップS12で肯定的に判断された場合には、その時点で選択されている目標入力回転数の下限値(下限ガード値)NINTLが算出される(ステップS13)。すなわち図1の制御マップにおいて、その時点の車速αの線と各レンジの下限値を示すR5ないしR1の線との交点として示される値が、目標入力回転数の下限ガード値NINTLとされる。
このようにして算出されたその時点のレンジでの目標入力回転数の下限ガード値NINTLとステップS11で算出された基本目標入力回転数NINBとが比較される(ステップS14)。このステップS14において、基本入力回転数NINBが上記の下限ガード値NINTL以上であることが判断された場合、すなわちステップS14で肯定的に判断された場合、その基本目標入力回転数NINBが無段変速機10の入力回転数(もしくはエンジン回転数)の目標値NINTとして採用される(ステップS15)。これに対して基本入力回転数NINBが上記の下限ガード値NINTL未満であることが判断された場合、すなわちステップS14で否定的に判断された場合、その下限ガード値NINTLが無段変速機10の入力回転数(もしくはエンジン回転数)の目標値NINTとして採用される(ステップS16)。
なお、ステップS12で否定的に判断された場合には、自動変速モードが選択されていることになり、また上記の基本目標入力回転数NINBが自動変速モードでのマップに基づいて算出されたものであるから、ステップS15に進んで基本目標入力回転数NINBが無段変速機10の入力回転数(もしくはエンジン回転数)の目標値NINTとして採用される。
上記の手動変速モードでの制御を図1を参照して説明すると、アクセル開度θが10%であるA点の運転状態の場合、基本目標入力回転数NINBがR3レンジの下限ガード値を示す線より上側でかつR2レンジの下限ガード値を示す線より下側に位置する。したがってその場合、R3レンジが選択されていれば、R3レンジにおけるその時点の車速での下限ガード値NINTL3が基本目標入力回転数NINBより小さい値であるから、基本目標入力回転数NINBが目標入力回転数NINTとして採用され、実際の入力回転数がその目標入力回転数NINTとなるように無段変速機10の変速比が制御される。これに対してR2レンジが選択されていれば、R2レンジにおけるその時点の車速での下限ガード値NINTL2が基本目標入力回転数NINBより大きい値であるから、R2レンジでの下限ガード値NINTL2が目標入力回転数NINTとして採用され、実際の入力回転数がその目標入力回転数NINTとなるように無段変速機10の変速比が制御される。
したがって手動変速モードでは、入力回転数の目標値の下限値が、選択されたレンジに応じて規制され、アクセル開度θで代表される要求駆動量などに基づいて求められる基本目標入力回転数がその下限値より大きい場合には、基本目標入力回転数が、無段変速機10の目標入力回転数として採用される。そしてその目標入力回転数NINTは、アクセル開度θが増大してそれに基づいて定まる基本目標入力回転数NINBが下限ガード値を上回るまで維持される。そのため、手動変速モードでは、基本目標入力回転数NINBが下限ガード値NINTLより低回転数の状態では、アクセルペダルを踏み込んでも、すなわち要求駆動量が増大しても、目標入力回転数が増大せずに変速比が一定に維持される。すなわちエンジン回転数が増大させられない。すなわち、変速比が一定に維持されて回転部材の回転変動が生じないので、回転部材の慣性力が負のトルクとして作用することがなく、その結果、加速応答性が向上する。さらに、アクセル開度θの増大に伴って目標入力回転数NINTを増大させてエンジン回転数を高くするので、エンジン出力がアクセルペダルの踏み込みに応じて直ちに増大する。そのため、このような場合においても加速応答性が良好になる。
また、要求駆動量が最大の場合、すなわちアクセル開度θが100%の場合、基本目標入力回転数が下限ガード値を越えているので、アクセル開度θが100%での目標入力回転数が自動的に設定され、手動操作によるレンジや変速比の切り換えが不要であるから、ドライバビリティが向上する。
また発進時に設定してあるレンジが高車速側のレンジであっても、アクセルペダルを踏み込むなどの要求駆動量の増大操作をおこなえば、それに応じた目標入力回転数が設定されるので、発進加速に必要な駆動力を得ることができる。
また、手動変速モードで上述したように目標入力回転数を設定する制御をおこなうと、要求駆動量の増大に伴って目標入力回転数が増大するので、低車速状態でアクセルペダルを大きく踏み込んだ場合、エンジン回転数が増大する。そのため、前述したロックアップクラッチ11を係合させていたとしても、そのロックアップクラッチ11やダンパー12に特に大きな捩りトルクが作用しない。言い換えれば、要求駆動量が増大した場合にロックアップクラッチ11を係合したままにしてもその耐久性の低下などの可能性が殆どないので、ロックアップクラッチ11を係合状態に維持でき、ロックアップクラッチ11の係合・解放に伴うトルク変化やショックを回避できる。
そして、上述した手動変速モードでの制御は、自動変速モードで使用する制御マップに下限ガード値を設定しただけのマップを使用して実行できる。そのため、予め記憶しておくデータ量が少なくてよく、電子制御装置13の全体としての容量やROMなどの記憶装置の容量を小さくすることが可能になる。
ところで上述した図5に示す制御例では、アクセルペダルを踏み込むことによって目標入力回転数NINTが大きくなりやすく、特に高速側のレンジではその傾向が強く、手動変速モードであっても、手動変速機で得られる加速感を得ることは困難である。以下に説明する制御例では、手動変速機で得られ加速感に、より近い加速感を得ることができる。
図6はその制御に使用するマップを示している。この制御マップは、前述した図4の制御マップと同様に、アクセル開度θをパラメータとして、車速αに応じて目標入力回転数NINTを定めたものである。この図6に示すマップにおいては、アクセル開度θが所定値以下の範囲すなわち0%〜60%までの範囲で、目標入力回転数NINTを機構上可能な(機構上規制される)最低回転数に固定し、アクセル開度θがそれ以上に大きくなった場合には、アクセル開度θに応じて目標入力回転数NINTを増大させるようになっている。
そのアクセル開度θと目標入力回転数NINTとの関係を所定の車速αについて書き直せば、図7のとおりである。すなわちアクセル開度θが60%以下の範囲では、目標入力回転数NINTが下限値に固定され、それ以上のアクセル開度θでは、アクセル開度θに応じて目標入力回転数NINTが増大させられる。
この図6に示す制御マップは、自動変速モードおよび手動変速モードでの基本目標入力回転数NINBを算出する場合に使用される。したがってこの図6の制御マップによれば、アクセルペダルを大きく踏み込まない限り、すなわちアクセル開度が60%以下では、目標入力回転数が下限値に固定され、エンジン回転数が増大しない。そのため、その範囲では、アクセルペダルを踏み込んだ場合、エンジン1に対する燃料供給量が増大するものの回転数が増加しないので、エンジントルクが大きくなり、車両の加速力が増大する。特に回転数の変化が特には生じないので、慣性力で抵抗力となって生じることがなく、この点でも加速応答性が良好になる。
上記の図6に示す制御マップを使用した無段変速機10の制御は、自動変速モードが選択されている場合にも実行してもよいが、手動変速モードが選択されている場合に限って実行することとしてよい。また、手動変速モードにおいて複数のレンジを選択できるように構成されている場合には、レンジ毎に目標入力回転数の下限ガード値を設ければよい。その一例をR3レンジについて示せば図8のとおりであり、アクセル開度θが75%の線と88%の線との間に、R3レンジでの目標入力回転数の下限ガード値が、車速αの増大に伴って大きくなるように設定されている。その目標入力回転数の下限ガード値とアクセル開度θとの関係を所定の車速αについて示せば、図9のとおりであり、アクセル開度θが75%と88%との間の所定の値に達するまでは、比較的高い一定回転数に固定されている。
したがってR3レンジを選択している場合には、アクセルペダルを大きく踏み込むなどのことにより要求駆動量が所定値以上に増大するまで、無段変速機10の入力回転数すなわちエンジン回転数が図8もしくは図9に示す下限値に維持され、それに伴ってエンジントルクが大きくなる。その結果、アクセルペダルを踏み込むことにより大きい加速力を得ることができるうえに、その際に回転変動を生じさせないので、慣性力が抵抗力とならず、加速応答性が良好になる。また、減速時や降坂路走行時には、車両の有する走行慣性力によって回転させられエンジン1の回転数が高くなるので、エンジンブレーキ力を大きくすることができる。
このように、回転慣性力が抵抗力として作用することが回避されることによりアクセルペダルの操作に対して車両の駆動トルクが敏感に変化し、アクセル操作に対する応答性が良好になるから、手動変速モードを選択した場合には、加速感あるいはドライバビリティを手動変速機によるものと近似させることができる。
ところで上述した無段変速機10の制御装置によれば、目標入力回転数の下限値がエンジン1のアイドル回転数や無段変速機10の機構上の制約で所定の値に限定され、また上限値が最大アクセル開度θ(=100%)によって制限される。したがって車両の走行状態から演算される目標入力回転数がこれらの下限値もしくは上限値を超える状態にある場合に手動で変速操作をおこなっても、目標入力回転数は下限値もしくは上限値に固定される。そのような場合、手動での変速操作に起因する車両の挙動の変化がないので、搭乗者が違和感を持つ可能性がある。また、アクセル開度θの増大に応じて目標入力回転数が大きくなるのに対して、レンジを高速側に切り換えるアップシフト操作をおこなうと目標入力回転数の下限ガード値が低下するので、要求駆動力の増大操作とアップシフト操作とを同時におこなうと、目標入力回転数が変化しない場合があり、このような場合にも違和感を持つ可能性がある。そのような違和感を未然に回避するには、以下に述べるように制御することが好ましい。
図10はアップシフトの例であり、手動変速モードが選択されているか否かが先ず判断される(ステップS21)。自動変速モードが選択されていることによりこのステップS21で否定的に判断された場合には、特に制御をおこなうことなくこのルーチンから抜ける。これに対して手動変速モードが選択されていることによりステップS21で肯定的に判断された場合には、基本目標入力回転数NINBが算出される(ステップS22)。これは、前述した図5におけるステップS11と同様にして実行される。さらに、選択されているレンジに応じた目標回転数の下限回転数NINTLが算出される(ステップS23)。これは、前述した図5に示すステップS13と同様にして実行される。
ついでアップシフトが判断される(ステップS24)。これは、シフト装置14もしくはレンジ選択機構15から出力される信号に基づいて判断される。レンジを高速側に切り換えるアップシフト操作がおこなわれたことによってステップS24で肯定的に判断されると、目標入力回転数NINTとして前記基本目標入力回転数NINBから所定値ΔNを減算した値が設定される(ステップS25)。その値が前記下限回転数NINTLと比較され(ステップS26)、下限回転数NINTL以上であることによりステップS26で肯定的に判断された場合には、そのままリターンする。すなわち前記基本目標入力回転数NINBから所定値ΔNを減算した値が目標入力回転数NINTとして採用される。これとは反対に前記下限回転数NINTLの方が大きいことによりステップS26で否定的に判断された場合には、その下限回転数NINTLが目標入力回転数NINTとして採用される(ステップS27)。
また一方、アップシフト判断が成立していないことによりステップS24で否定的に判断された場合には、目標入力回転数NINTを基本目標入力回転数NINBに徐々に一致させる制御が実行される(ステップS28)。これは、例えば
NINT(i)=NINT(i-1)+K×(NINTB(i)−NINT(i-1))
の演算によって目標入力回転数NINT(i)を順次変化させることにより実行される。なお、NINT(i)は今回の目標入力回転数、NINT(i-1)は演算をおこなう直前の目標入力回転数、Kは予め定めた係数、NINTB(i)はその時点の基本目標入力回転数である。このようにして実行される目標入力回転数の変化の割合は、一例として通常の自動変速機での第2速に相当する車速に対する変化割合である。
目標入力回転数が下限回転数以上の状態でアップシフト操作されて上記の図10に示す制御が実行された場合のタイムチャートを図11に示してある。すなわち目標入力回転数が下限回転数NINTLより大きい基本目標入力回転数に設定されている状態でアップシフト判断が成立すると、これと同時に目標入力回転数NINTが、基本目標入力回転数NINBから所定値ΔNを減じた値に変更される。また、下限回転数NINTLがアップシフト操作で選択されたレンジに応じた値に低下させられる。
したがってアップシフト操作すると同時に目標入力回転数NINTが低下し、それに伴ってエンジン回転数が低下するから、エンジン音が変化し、またエンジン回転数の変化に伴って振動が変化し、さらには慣性力が生じるので、車両の振動などの挙動の変化が体感される。すなわち、アップシフトを体感できるので、違和感を未然に回避することができる。また、アクセルペダルを最大限踏み込んでいるWOT時においても、アップシフト後の基本目標入力回転数NINBがその直前とは変わらなくても目標入力回転数NINTが所定値ΔNだけ低下させられ、その結果、変速を体感することができる。
このようにして目標入力回転数NINTをアップシフト側に変化させた後に基本目標入力回転数NINBに復帰させる場合、上記の式に基づいて徐々に目標入力回転数NINTが変化させられる。それに伴ってエンジン回転数が次第に高回転側(ダウンシフト側)に変化するが、その変化の割合がアップシフト側への変化に対して緩やかであるから、アップシフト後の急激なダウンシフトとなることがなく、違和感が生じることがない。
なお、上記の図10および図11に示す例は、アップシフト操作された場合の例であるが、ダウンシフト操作されたことが検出された場合には、目標入力回転数を一時的に上昇させ、その後に徐々に基本目標入力回転数に低下させればよい。
ここで上記の具体例とこの発明の関係を説明すると、図10に示すステップS25ないしステップS28の機能的手段が、請求項1ないし3の発明における目標値変更手段に相当する。
上述したように、図2に示す無段変速機10を備えた車両では、手動でレンジを変更することに伴う目標入力回転数の変化と、アクセル開度θを変更することによる目標入力回転数の変化とが生じる。したがってこれら二つの要因による目標入力回転数の変化が重畳した場合には、その時点の入力回転数と基本目標入力回転数との偏差が大きくなり、その基本目標入力回転数に向けて無段変速機10を制御したのでは、急激な変速が生じて過剰な加速や減速によるショックが生じる可能性がある。そのような状況はアクセルペダルを急激に操作した場合も同様に生じる。図12に示す制御例は、そのような過剰な加減速を防止するように構成した例である。
すなわちこの図12に示す制御例は、手動変速モードが選択されている状態では、目標入力回転数の変化にガードを掛けるように構成した例であり、したがって先ず、手動変速モードが選択されているか否かが判断される(ステップS31)。このステップS31で否定的に判断された場合には特に制御をおこなうことなくこのルーチンを抜ける。また、手動変速モードが選択されていることによりステップS31で肯定的に判断された場合には、基本目標入力回転数NINBが算出される(ステップS32)。これは、図5におけるステップS11と同様にして実行される。
この基本目標入力回転数NINB(i)と直前の目標入力回転数NINT(i-1)との偏差ΔNINTが求められる(ステップS33)。その偏差ΔNINTがダウンシフト用ガード値ΔGSDより大きいか否かが判断される(ステップS34)。このステップS34で肯定的に判断された場合には、その時点の目標入力回転数と次に設定する目標入力回転数との偏差としてそのダウンシフト用ガード値ΔGSDが採用される(ステップS35)。したがって目標入力回転数がこのダウンシフト用ガード値ΔGSDだけ増大させられる。以降、同様にして、ダウンシフト用ガード値ΔGSDを限度として目標入力回転数が目標値まで順次増大させられる。すなわち、手動操作によるダウンシフトの場合、目標入力回転数の変化割合の上限がこのガード値ΔGSDに制限され、入力回転数(エンジン回転数)が相対的にゆっくり上昇させられる。
一方、前記偏差ΔNINTがダウンシフト用ガード値ΔGSD以下であることによりステップS34で否定判断された場合には、その偏差ΔNINTがアップシフト用ガード値ΔGSUより小さいか否かが判断される(ステップS36)。このステップS36で肯定的に判断された場合には、その時点の目標入力回転数と次に設定する目標入力回転数との偏差としてそのアップシフト用ガード値ΔGSUが採用される(ステップS37)。したがって目標入力回転数がこのアップシフト用ガード値ΔGSUだけ低下させられる。以降、同様にして、アップシフト用ガード値ΔGSUを限度として目標入力回転数が目標値まで順次低下させられる。すなわち、手動操作によるアップシフトの場合、目標入力回転数の変化割合の上限がこのガード値ΔGSUに制限され、入力回転数(エンジン回転数)が相対的にゆっくり低下させられる。
なお、ステップS36で否定的に判断された場合は、基本目標入力回転数NINB(i)と直前の目標入力回転数NINT(i-1)との偏差ΔNINTが各ガード値の間にあって許容できる程度のものであることになり、したがってこの場合は、直ちに基本目標入力回転数NINBに向けて入力回転数(エンジン回転数)が変化するように無段変速機10が制御される。
この図12に示す制御をおこなった場合のタイムチャートを図13に示してある。すなわちt1時点にアクセルペダルが踏み込まれてアクセル開度θが増大し、その直後のt2時点に手動によるレンジの切り換え(ダウンシフト操作もしくはアップシフト操作)がおこなわれ、その結果、基本目標入力回転数NINBがそれぞれの操作量に応じて求められる。その基本目標入力回転数NINBとその直前に設定されている目標回転数との偏差が、前記の各ガード値GSD,GSUを越えている場合には、次に設定する目標入力回転数NINTはそれらのガード値GSD,GSUに基づいて定まる値に規制される。したがって目標入力回転数NINTは、図13に太い実線もしくは太い一点鎖線で示すように変化する。なお、これらのガード値GSD,GSUは、固定値であってもよいが、要求駆動量の変化割合(例えばアクセルペダルの踏み込み速度)に応じて大きくなる値としてもよい。
したがって上記の制御によれば、手動変速モードでアクセルペダルを踏み込み、あるいはアクセルペダルを戻した場合、目標入力回転数(エンジン回転数)が上記のガード値GSD,GSUを越えて変化することがなく、そのため、駆動力の変化が緩やかになる。特に、ガード値GSD,GSUをアクセル開度θの変化速度に応じたものとすれば、ゆっくり加減速操作することにより、駆動力の変化がそれに応じてゆっくり生じる。その結果、車両の駆動力が運転者の意図以上に急変することが防止され、車両のコントロール性が良好になり、また乗り心地の悪化などが回避される。さらに、上記の図12に示す制御例では、目標入力回転数の変化量(変速量)を規制するから、目標入力回転数の変化量を直接設定し、その値に向けて制御するのと比較して、制御ミスや制御量の誤差の増大などが生じる可能性が少なく、容易かつ安定した制御をおこなうことができる。
なお、上記の各具体例では、自動変速モードと手動変速モードとを選択することができる無段変速機において手動変速モードが選択されている場合の制御として説明したが、この発明は上記の具体例に限定されないのであって、自動変速モードを備えていない無段変速機の変速制御装置にも適用することができる。