本発明は、電磁クラッチ及びその電磁クラッチを備える駆動力伝達装置に関するものである。
エンジンの駆動力を後輪側へ分配する駆動力伝達装置は、例えば、特開2000−240685号に開示されている。この駆動力伝達装置は、構成部品であるアーマチュアにオイル流路が形成されている。このオイル流路により、パイロットクラッチの締結時に、各クラッチプレートの間に存在するオイルがパイロットクラッチの外部に素早く抜けることが記載されている。これにより、パイロットクラッチの締結時に、伝達トルクの立ち上がりが早くなるとされている。さらに、オイル流路により、パイロットクラッチの締結解除時に、各クラッチプレートの間にオイルが素早く供給されることが記載されている。これにより、パイロットクラッチの締結解除時に、伝達トルクの立ち下がりが早くなるとされている。
特開2000−240685号公報
ここで、パイロットクラッチの締結を解除する場合とは、4輪駆動状態から2輪駆動状態に切り換える場合である。そして、特に、車両減速時には、前輪の回転速度よりも後輪の回転速度が速い状態が車両安定性に優れる。そのため、車両減速時には、一般にパイロットクラッチの締結を解除することが行われる。しかし、パイロットクラッチの締結を解除するために、電磁石の電磁コイルに供給する電流を遮断した場合であっても、オイルの粘性や残留磁気によって、各クラッチプレートがトルクを伝達するいわゆる引きずりトルクが発生する場合がある。
そこで、特許文献1に記載されたようなオイル流路により、引きずりトルクの発生を抑制することが期待される。しかし、オイル流路の形成位置によっては、引きずりトルクの発生を確実に抑制することができない場合がある。
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、電磁石の電磁コイルへの電流の供給を遮断する場合に引きずりトルクの発生を確実に抑制することができる電磁クラッチ及び駆動力伝達装置を提供することを目的とする。
課題を解決するための手段及び発明の効果
(1)電磁クラッチ装置
(a)本発明の第1の電磁クラッチ装置は、ハウジングケースと、前記ハウジングケースに対して相対回転可能な軸部と、前記ハウジングケース内に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能な環状のアーマチュアと、前記アーマチュアの一方面側に配置され、コイルが巻設されたヨークであり、前記コイルに電流を供給する場合に前記アーマチュアを引き寄せる前記ヨークと、前記アーマチュアの一方面側に隣接して配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の前記何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、周方向へ延びる略円弧状の第1ギャップ孔が複数形成された第1クラッチプレートと、前記第1クラッチプレートと前記ヨークとの間に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の他方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、前記第1ギャップ孔に対向する位置に周方向へ延びる第2ギャップ孔が複数形成された第2クラッチプレートと、前記ハウジングケース内に充填された潤滑油とを備える。
そして、前記アーマチュアには、当該アーマチュアのうち前記第1クラッチプレート側の面と当該面以外の面との間にて前記潤滑油を流通可能な連通路が形成され、前記連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1クラッチプレートの前記第1ギャップ孔に対向する位置に形成され、前記コイルへの電流の供給を遮断する場合において前記第1クラッチプレートに対して前記第2クラッチプレートが回転する方向を第1回転方向と定義し、前記連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち前記第1回転方向の基端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向する位置に形成されている。
ここで、アーマチュアと第1クラッチプレートは、何れもハウジングケース及び軸部の何れか一方に対して回転方向に規制されている。従って、アーマチュアと第1クラッチプレートは、相対的に回転しない。つまり、アーマチュアに形成される連通路と第1クラッチプレートに形成される第1ギャップ孔の相対回転位置は、常に一定となる。
そして、アーマチュアに形成される連通路の第1クラッチプレート側の開口部は、第1クラッチプレートに形成される第1ギャップ孔のうちの第1回転方向の基端側に対向している。第1回転方向とは、ヨークに巻設されたコイルへの電流の供給を遮断する場合における第1クラッチプレートに対する第2クラッチプレートの回転方向である。ここで、ヨークに巻設されたコイルへの電流の供給を遮断する場合とは、アーマチュアをヨーク側へ引き寄せる力を解除する場合、すなわちアーマチュアをヨークから遠ざける場合である。そして、アーマチュアをコイルから遠ざける場合とは、第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの締結を解除する場合となる。
従って、前記第1回転方向とは、第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの締結を解除する場合において、第2クラッチプレートが第1クラッチプレートに対して相対的に回転する方向である。仮に、第1クラッチプレートと第2クラッチプレートの締結を解除する場合において第1クラッチプレートが固定されているとすると、前記第1回転方向とは上記の場合に第2クラッチプレートが回転する方向となる。
そして、第1ギャップ孔のうち前記第1回転方向の基端とは、第1ギャップ孔の形状である略円弧状の円弧両端のうち前記第1回転方向の始点側の円弧端である。つまり、第1ギャップ孔のうち前記第1回転方向の基端側は、第1ギャップ孔の略円弧状の円弧中央よりも基端側の部分を意味する。
このように、アーマチュアに形成する連通路の当該開口部を前記第1回転方向の基端側に位置させることで、コイルへの電流の供給を遮断して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの締結を解除する場合に、潤滑油(オイル)をアーマチュアの連通路を介して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に確実に供給することができる。従って、コイルへの電流の供給を遮断する場合に、引きずりトルクの発生を確実に抑制することができる。
なお、連通路は、アーマチュアのうち第1クラッチプレート側の面と当該面以外の面との間にて潤滑油を流通可能にしている。ここで、アーマチュアのうち第1クラッチプレート側の面以外の面とは、第1クラッチプレート側に位置する面の反対側の面、外周面、及び内周面からなる。
また、前記連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち前記第1回転方向の基端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向するようにしている。これにより、確実に第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油を供給することができる。従って、コイルへの電流の供給を遮断する場合に、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
また、前記連通路は、軸方向に貫通する貫通孔であり、前記第1クラッチプレート側の面と前記第1クラッチプレートの反対側の面との間にて前記潤滑油を流通可能としてもよい。例えば、連通路は、環状からなるアーマチュアの軸方向に略平行に貫通される貫通孔となる。連通路をこのような貫通孔とすることで、連通路を介して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油をより確実に流入させることができる。
なお、前記連通路は、1つの前記第1ギャップ孔に対向する範囲において、1つとしてもよいし、複数としてもよい。つまり、1つの第1ギャップ孔に対して1つの連通路を形成してもよいし、複数の連通路を形成してもよい。なお、第1クラッチプレートに第1ギャップ孔が複数形成される場合には、少なくとも1つの第1ギャップ孔に対向するように1又は複数の連通路を形成すればよい。もちろん、複数の第1ギャップ孔の全てに対向するように、1又は複数の連通路を形成するようにしてもよい。
また、本発明の第1の電磁クラッチ装置は、前記第2クラッチプレートと前記ヨークとの間に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の前記何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、周方向へ延びる略円弧状の第3ギャップ孔が複数形成された第3クラッチプレートをさらに備え、周方向に隣り合う前記第1ギャップ孔を区画する第1ブリッジ部と周方向に隣り合う前記第3ギャップ孔を区画する第3ブリッジ部の少なくとも一部が軸方向に重なっているようにするとよい。ここで、第2クラッチプレートは、第1クラッチプレートと第3クラッチプレートとにより挟まれることになる。
つまり、第1クラッチプレート及び第3クラッチプレートに対して第2クラッチプレートが相対回転するので、第1ブリッジ部と第3ブリッジ部との間を第2クラッチプレートの第2ギャップ孔を区画する第2ブリッジ部が通過することになる。ここで、第2ブリッジ部が第1ブリッジ部及び第3ブリッジ部の位置に近づく際には、第1ブリッジ部、第2ブリッジ部及び第3ブリッジ部とにより囲まれる部分における潤滑油は高圧となる。この高圧の潤滑油により、第1ブリッジ部及び第3ブリッジ部が第2ブリッジ部から離間するように作用する。これにより、第1クラッチプレートと第2クラッチプレート、及び、第2クラッチプレートと第3クラッチプレートをそれぞれ離間させることができる。つまり、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
(b)本発明の第2の電磁クラッチ装置は、ハウジングケースと、前記ハウジングケースに対して相対回転可能な軸部と、前記ハウジングケース内に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能な環状のアーマチュアと、前記アーマチュアの一方面側に配置され、コイルが巻設されたヨークであり、前記コイルに電流を供給する場合に前記アーマチュアを引き寄せる前記ヨークと、前記アーマチュアの一方面側に隣接して配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の前記何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、周方向へ延びる略円弧状の第1ギャップ孔が複数形成された第1クラッチプレートと、前記第1クラッチプレートと前記ヨークとの間に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の他方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、前記第1ギャップ孔に対向する位置に周方向へ延びる第2ギャップ孔が複数形成された第2クラッチプレートと、前記ハウジングケース内に充填された潤滑油とを備える。
そして、前記アーマチュアには、当該アーマチュアのうち前記第1クラッチプレート側の面と当該面以外の面との間にて前記潤滑油を流通可能な第1連通路及び第2連通路が形成されている。前記第1連通路及び前記第2連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1クラッチプレートの前記第1ギャップ孔に対向する位置に形成されている。また、前記第1連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち周方向の一端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向する位置に形成されている。前記第2連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち周方向の他端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向する位置に形成されている。さらに、本発明の第2の電磁クラッチ装置は、前記第1連通路及び前記第2連通路において、それぞれの前記第1クラッチプレート側の面から当該面以外の面への前記潤滑油の流れを許容し且つ逆方向の流れを規制する流路規制手段を備える。
そして、例えば、コイルへの電流の供給を遮断する場合であって第2クラッチプレートが第1クラッチプレートに対して一方の回転方向(第1回転方向)に回転している場合に、第1連通路を流れようとする潤滑油は流路規制手段により許容され、第2連通路を流れようとする潤滑油は流路規制手段により規制される。つまり、上記のように第2クラッチプレートが第1クラッチプレートに対して第1回転方向に回転している場合には、第1連通路を介して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油を確実に供給することができる。一方、第2連通路における潤滑油の流れが規制されているので、第1クラッチプレート側から第2連通路を介して潤滑油が流出することを防止できる。
さらに、コイルへの電流の供給を遮断する場合であって第2クラッチプレートが第1クラッチプレートに対して他方の回転方向(第2回転方向)に回転している場合には、上記の場合と逆の作用となる。つまり、この場合には、第2連通路を流れようとする潤滑油は流路規制手段により許容され、第1連通路を流れようとする潤滑油は流路規制手段により規制される。つまり、この場合には、第2連通路を介して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油を確実に供給することができ、第1クラッチプレート側から第1連通路を介して潤滑油が流出することを防止できる。
従って、コイルへの電流の供給を遮断する場合に、第1クラッチプレートに対する第2クラッチプレートの相対回転方向が何れの回転方向であっても、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
また、前記第1連通路及び前記第2連通路は、貫通する貫通孔であり、前記第1連通路及び前記第2連通路は、前記第1クラッチプレート側の面の円形開口部を有し、且つ、前記円形開口部から縮径した小径部を有し、前記流路規制手段は、前記円形開口部よりも小さく且つ前記小径部よりも大きな直径の略球状のボールであり、当該ボールは、前記第1連通路及び前記第2連通路においてそれぞれの前記第1クラッチプレート側の面から当該面以外の面へ前記潤滑油が流れる際に前記小径部に当接して前記第1連通路及び前記第2連通路を閉塞させ、逆方向へ前記潤滑油が流れる際に前記小径部から離れて前記第1連通路又は前記第2連通路を開通させるようにしてもよい。
つまり、流路規制手段であるボールが、潤滑油の流れに応じて、小径部から離れたり、小径部に当接したりする。そして、ボールが小径部から離れる場合に、第1連通路又は第2連通路が開通して潤滑油の流れが許容され、ボールが小径部に当接する場合に、第1連通路又は第2連通路が閉塞されて潤滑油の流れが規制される。このように、第1連通路及び第2連通路が小径部を有すると共に、流路規制手段としてボールを採用することで、容易に且つ確実に潤滑油の流れを許容又は規制することができる。
また、前記第1クラッチプレートは、周方向に隣り合う前記第1ギャップ孔を区画する第1ブリッジ部を備え、前記第1連通路及び前記第2連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ブリッジ部の少なくとも一部と軸方向に重なり、前記ボールは、前記第1連通路及び前記第2連通路においてそれぞれの前記第1クラッチプレート側の面から当該面以外の面への方向とは逆方向へ前記潤滑油が流れる際に前記第1ブリッジ部に当接することにより軸方向移動が規制されるようにするとよい。
これにより、流路規制手段であるボールが小径部から離れた場合に、ボールは第1ブリッジ部に当接することにより、移動が規制される。つまり、ボールは、第1連通路及び第2連通路のうちの小径部と第1ブリッジ部との間に確実に位置することになる。このように、例えば別部品などを用いることなく、第1クラッチプレートの第1ブリッジ部を利用することで、ボールの移動を規制することができる。
また、前記第1連通路及び/又は前記第2連通路は、軸方向に貫通する貫通孔であり、前記第1クラッチプレート側の面と前記第1クラッチプレートの反対側の面との間にて前記潤滑油を流通可能としてもよい。これにより、第1連通路及び/又は第2連通路を介して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油をより確実に流入させることができる。
また、前記第1連通路及び/又は前記第2連通路は、1つの前記ギャップ孔に対向する範囲において1又は複数としてよい。つまり、1つの第1ギャップ孔に対して1つの連通路を形成してもよいし、複数の連通路を形成してもよい。
また、本発明の第2の電磁クラッチ装置は、前記第2クラッチプレートと前記ヨークとの間に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の前記何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、周方向へ延びる略円弧状の第3ギャップ孔が複数形成された第3クラッチプレートをさらに備え、周方向に隣り合う前記第1ギャップ孔を区画する第1ブリッジ部と周方向に隣り合う前記第3ギャップ孔を区画する第3ブリッジ部の少なくとも一部が軸方向に重なっているようにするとよい。これにより、第1クラッチプレートと第2クラッチプレート、及び、第2クラッチプレートと第3クラッチプレートをそれぞれ離間させることができる。つまり、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
(2)駆動力伝達装置
(a)また、本発明の第1の駆動力伝達装置は、エンジン駆動により回転駆動する主動軸及び車輪に回転を伝達する従動軸の何れか一方に連結されたハウジングケースと、前記ハウジングケースに対して相対回転可能であり、前記主動軸及び従動軸の他方に連結された軸部と、前記ハウジングケース内に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能な環状のアーマチュアと、前記アーマチュアの一方面側に配置され、コイルが巻設されたヨークであり、前記コイルに電流を供給する場合に前記アーマチュアを引き寄せる前記ヨークと、前記アーマチュアの一方面側に隣接して配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の前記何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、周方向へ延びる略円弧状の第1ギャップ孔が複数形成された第1クラッチプレートと、前記第1クラッチプレートと前記ヨークとの間に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の他方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、前記第1ギャップ孔に対向する位置に周方向へ延びる第2ギャップ孔が複数形成された第2クラッチプレートと、前記ハウジングケース内に充填された潤滑油とを備える。
そして、前記アーマチュアには、当該アーマチュアのうち前記第1クラッチプレート側の面と当該面以外の面との間にて前記潤滑油を流通可能な連通路が形成され、前記連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1クラッチプレートの前記第1ギャップ孔に対向する位置に形成され、前記コイルへの電流の供給を遮断する場合において前記第1クラッチプレートに対して前記第2クラッチプレートが回転する方向を第1回転方向と定義し、前記連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち前記第1回転方向の基端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向する位置に形成されている。
ここで、ヨークのコイルへの電流の供給を遮断する場合とは、主動軸のトルクが従動軸へ伝達されていた状態から主動軸のトルクを従動軸へ伝達しない状態へ切り換える場合である。そして、本発明の第1の駆動力伝達装置の前記アーマチュアは、上述した本発明の第1の電磁クラッチ装置のアーマチュアに相当する。従って、本発明の第1の駆動力伝達装置は、上述した本発明の第1の電磁クラッチ装置における効果と同様の効果を奏する。つまり、アーマチュアに形成する連通路の第1クラッチプレート側の開口部を前記第1回転方向の基端側に位置させることで、ヨークのコイルへの電流の供給を遮断する場合に、潤滑油(オイル)をアーマチュアの連通路を介して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に確実に供給することができる。従って、ヨークのコイルへの電流の供給を遮断して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの締結を解除する場合に、引きずりトルクの発生を確実に抑制することができる。
また、前記第1回転方向は、車両前進中に前記従動軸が前記主動軸より高速回転する場合における前記第1クラッチプレートに対する前記第2クラッチプレートの回転方向とするとよい。
ここで、車両前進中における車両減速時であって、主動軸のトルクが従動軸へ伝達されない状態においては、前輪はエンジンブレーキなどにより減速される状態となり、後輪は前輪よりも早い回転速度で回転する状態となるように作用する。しかし、第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとが締結されている場合には、主動軸のトルクが従動軸へ伝達されるので、車両減速時に前輪がエンジンブレーキなどにより減速されるように作用すると、この動作に伴い後輪も減速されようとする。ところで、車両減速時には、前輪の回転速度よりも後輪の回転速度が速い状態の方が車両安定性に優れる。つまり、車両減速時には、第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの締結が解除されることが望ましい。そこで、前記第1回転方向を車両前進中に従動軸が主動軸より高速回転する場合における第1クラッチプレートに対する第2クラッチプレートの回転方向とすることで、上記場合に引きずりトルクの発生を抑制できる。つまり、車両減速時に、車両安定性を良好に維持することができる状態にすることができる。
また、前記連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち前記第1回転方向の基端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向するようにしている。これにより、確実に第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油を供給することができる。従って、コイルへの電流の供給を遮断する場合に、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
また、前記連通路は、軸方向に貫通する貫通孔であり、前記第1クラッチプレート側の面と前記第1クラッチプレートの反対側の面との間にて前記潤滑油を流通可能としてもよい。例えば、連通路は、環状からなるアーマチュアの軸方向に略平行に貫通される貫通孔となる。連通路をこのような貫通孔とすることで、連通路を介して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油をより確実に流入させることができる。
なお、前記連通路は、1つの前記第1ギャップ孔に対向する範囲において、1つとしてもよいし、複数としてもよい。つまり、1つの第1ギャップ孔に対して1つの連通路を形成してもよいし、複数の連通路を形成してもよい。なお、第1クラッチプレートに第1ギャップ孔が複数形成される場合には、少なくとも1つの第1ギャップ孔に対向するように1又は複数の連通路を形成すればよい。もちろん、複数の第1ギャップ孔の全てに対向するように、1又は複数の連通路を形成するようにしてもよい。
また、本発明の第1の駆動力伝達装置は、前記第2クラッチプレートと前記ヨークとの間に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の前記何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、周方向へ延びる略円弧状の第3ギャップ孔が複数形成された第3クラッチプレートをさらに備え、周方向に隣り合う前記第1ギャップ孔を区画する第1ブリッジ部と周方向に隣り合う前記第3ギャップ孔を区画する第3ブリッジ部の少なくとも一部が軸方向に重なっているようにするとよい。ここで、第2クラッチプレートは、第1クラッチプレートと第3クラッチプレートとにより挟まれることになる。
つまり、第1クラッチプレート及び第3クラッチプレートに対して第2クラッチプレートが相対回転するので、第1ブリッジ部と第3ブリッジ部との間を第2クラッチプレートの第2ギャップ孔を区画する第2ブリッジ部が通過することになる。ここで、第2ブリッジ部が第1ブリッジ部及び第3ブリッジ部の位置に近づく際には、第1ブリッジ部、第2ブリッジ部及び第3ブリッジ部とにより囲まれる部分における潤滑油は高圧となる。この高圧の潤滑油により、第1ブリッジ部及び第3ブリッジ部が第2ブリッジ部から離間するように作用する。これにより、第1クラッチプレートと第2クラッチプレート、及び、第2クラッチプレートと第3クラッチプレートをそれぞれ離間させることができる。つまり、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
(b)本発明の第2の駆動力伝達装置は、エンジン駆動により回転駆動する主動軸及び車輪に回転を伝達する従動軸の何れか一方に連結されたハウジングケースと、前記ハウジングケースに対して相対回転可能であり、前記主動軸及び従動軸の他方に連結された軸部と、前記ハウジングケース内に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能な環状のアーマチュアと、前記アーマチュアの一方面側に配置され、コイルが巻設されたヨークであり、前記コイルに電流を供給する場合に前記アーマチュアを引き寄せる前記ヨークと、前記アーマチュアの一方面側に隣接して配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の前記何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、周方向へ延びる略円弧状の第1ギャップ孔が複数形成された第1クラッチプレートと、前記第1クラッチプレートと前記ヨークとの間に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の他方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、前記第1ギャップ孔に対向する位置に周方向へ延びる第2ギャップ孔が複数形成された第2クラッチプレートと、前記ハウジングケース内に充填された潤滑油とを備える。
そして、前記アーマチュアには、当該アーマチュアのうち前記第1クラッチプレート側の面と当該面以外の面との間にて前記潤滑油を流通可能な第1連通路及び第2連通路が形成され、前記第1連通路及び前記第2連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1クラッチプレートの前記第1ギャップ孔に対向する位置に形成され、前記第1連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち周方向の一端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向する位置に形成され、前記第2連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち周方向の他端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向する位置に形成され、さらに、前記第1連通路及び前記第2連通路において、それぞれの前記第1クラッチプレート側の面から当該面以外の面への前記潤滑油の流れを許容し且つ逆方向の流れを規制する流路規制手段を備える。
ここで、本発明の第2の駆動力伝達装置の前記アーマチュアは、上述した本発明の第2の電磁クラッチ装置のアーマチュアに相当する。従って、本発明の駆動力伝達装置は、上述した本発明の第1の電磁クラッチ装置における効果と同様の効果を奏する。つまり、コイルへの電流の供給を遮断する場合に、第1クラッチプレートに対する第2クラッチプレートの相対回転方向が何れの回転方向であっても、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
また、前記第1連通路及び前記第2連通路は、貫通する貫通孔であり、前記第1連通路及び前記第2連通路は、前記第1クラッチプレート側の面の円形開口部を有し、且つ、前記円形開口部から縮径した小径部を有し、前記流路規制手段は、前記円形開口部よりも小さく且つ前記小径部よりも大きな直径の略球状のボールであり、当該ボールは、前記第1連通路及び前記第2連通路においてそれぞれの前記第1クラッチプレート側の面から当該面以外の面へ前記潤滑油が流れる際に前記小径部に当接して前記第1連通路及び前記第2連通路を閉塞させ、逆方向へ前記潤滑油が流れる際に前記小径部から離れて前記第1連通路又は前記第2連通路を開通させるようにしてもよい。
つまり、流路規制手段であるボールが、潤滑油の流れに応じて、小径部から離れたり、小径部に当接したりする。そして、ボールが小径部から離れる場合に、第1連通路又は第2連通路が開通して潤滑油の流れが許容され、ボールが小径部に当接する場合に、第1連通路又は第2連通路が閉塞されて潤滑油の流れが規制される。このように、第1連通路及び第2連通路が小径部を有すると共に、流路規制手段としてボールを採用することで、容易に且つ確実に潤滑油の流れを許容又は規制することができる。
また、 前記第1クラッチプレートは、周方向に隣り合う前記第1ギャップ孔を区画する第1ブリッジ部を備え、前記第1連通路及び前記第2連通路のうち前記第1クラッチプレート側の面の開口部は、前記第1ブリッジ部の少なくとも一部と軸方向に重なり、前記ボールは、前記第1連通路及び前記第2連通路においてそれぞれの前記第1クラッチプレート側の面から当該面以外の面への方向とは逆方向へ前記潤滑油が流れる際に前記第1ブリッジ部に当接することにより軸方向移動が規制されるようにするとよい。
これにより、流路規制手段であるボールが小径部から離れた場合に、ボールは第1ブリッジ部に当接することにより、移動が規制される。つまり、ボールは、第1連通路及び第2連通路のうちの小径部と第1ブリッジ部との間に確実に位置することになる。このように、例えば別部品などを用いることなく、第1クラッチプレートの第1ブリッジ部を利用することで、ボールの移動を規制することができる。
また、前記第1連通路の前記第1クラッチプレート側の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち周方向の一端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向するようにしている。また、前記第2連通路の前記第1クラッチプレート側の開口部は、前記第1ギャップ孔のうち周方向の他端から前記第1ギャップ孔の周方向長さの40%までの範囲に対向するようにしている。これにより、確実に第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油を供給することができる。従って、コイルへの電流の供給を遮断する場合に、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
また、前記第1連通路及び/又は前記第2連通路は、軸方向に貫通する貫通孔であり、前記第1クラッチプレート側の面と前記第1クラッチプレートの反対側の面との間にて前記潤滑油を流通可能としてもよい。これにより、第1連通路及び/又は第2連通路を介して第1クラッチプレートと第2クラッチプレートとの間に潤滑油をより確実に流入させることができる。
前記第1連通路及び/又は前記第2連通路は、1つの前記ギャップ孔に対向する範囲において1又は複数としてよい。つまり、1つの第1ギャップ孔に対して1つの連通路を形成してもよいし、複数の連通路を形成してもよい。
また、本発明の第2の駆動力伝達装置は、前記第2クラッチプレートと前記ヨークとの間に配置され、前記ハウジングケース及び前記軸部の前記何れか一方に対して回転方向に規制され且つ軸方向に移動可能で、周方向へ延びる略円弧状の第3ギャップ孔が複数形成された第3クラッチプレートをさらに備え、周方向に隣り合う前記第1ギャップ孔を区画する第1ブリッジ部と周方向に隣り合う前記第3ギャップ孔を区画する第3ブリッジ部の少なくとも一部が軸方向に重なっているようにするとよい。これにより、第1クラッチプレートと第2クラッチプレート、及び、第2クラッチプレートと第3クラッチプレートをそれぞれ離間させることができる。つまり、より確実に引きずりトルクの発生を抑制することができる。
(1)4輪駆動車の構成
まず、本発明の駆動力伝達装置を含む4輪駆動車の概略構成について、図1を参照して説明する。図1は、4輪駆動車の概略構成を示す。図1に示すように、4輪駆動車は、内燃機関であるエンジン2と、駆動力伝達機構と、前輪5a、5bと、後輪11a、11bとを備えている。そして、駆動力伝達機構は、トランスアクスル3と、フロントアクスル4と、プロペラシャフト6と、駆動力伝達装置7と、ドライブピニオンシャフト8と、リアディファレンシャル9と、リアアクスル10とから構成されている。
トランスアクスル3は、エンジン2に連結されているトランスミッション3aと、フロントディファレンシャル3bと、トランスファ3c等から構成されている。そして、フロントアクスル4は、左側フロントアクスル4aと、右側フロントアクスル4bとから構成されている。左側フロントアクスル4aの右端側及び右側フロントアクスル4bの左端側が、フロントディファレンシャル3bの左右両側にそれぞれ連結されている。また、左側フロントアクスル4aの左端側には左側前輪5aが連結され、右側フロントアクスル4bの右端側には右側前輪5bが連結されている。このように、前輪5a、5bには、エンジン2の駆動力が、トランスミッション3a、フロントディファレンシャル3b、及びフロントアクスル4を介して伝達される。
プロペラシャフト6は、前端側がトランスファ3cに連結され、後端側が駆動力伝達装置7に連結されている。駆動力伝達装置7は、ドライブピニオンシャフト8を介して、リアディファレンシャル9に連結されている。そして、リアアクスル10は、左側リアアクスル10aと右側リアアクスル10bとから構成されている。左側リアアクスル10aの右端側及び右側リアアクスル10bの左端側が、リアディファレンシャル9の左右両側にそれぞれ連結されている。また、左側リアアクスル10aの左端側には左側後輪11aが連結され、右側リアアクスル10bの右端側には右側後輪11bが連結されている。このように、後輪11a、11bには、エンジン2の駆動力が、トランスアクスル3、プロペラシャフト6、駆動力伝達装置7、ドライブピニオンシャフト8、リアディファレンシャル9、及びリアアクスル10を介して伝達される。
(2)駆動力伝達装置7の詳細構成
ここで、駆動力伝達装置7について、図2を参照して詳細に説明する。図2は、駆動力伝達装置7の軸方向断面図を示す。ここで、駆動力伝達装置7は、いわゆる電子制御カップリングからなる。この駆動力伝達装置7は、図2に示すように、ホールカバー20と、アウタケース30と、インナシャフト40と、メインクラッチ50と、パイロットクラッチ機構60と、カム機構70とを備えている。ホールカバー20は、略円筒形状からなり、車体に固定されている。
アウタケース(本発明におけるハウジングケース)30は、ホールカバー20の内周側に、ホールカバー20に対して回転可能に支持されている。このアウタケース30は、ハウジング31と、リヤカバー32とにより形成されている。ハウジング31は、非磁性材料であるアルミニウム合金からなり、有底筒状からなる。このハウジング31の円筒部の外周面が、ホールカバー20の内周面に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、ハウジング31の底部が、主動軸であるプロペラシャフト6(図1に示す)の後端側に連結されている。つまり、ハウジング31の有底筒状の開口側が車両後側を向くように配置されている。そして、ハウジング31の内周面には、スプラインが形成されている。
リヤカバー32は、軸方向の中央に貫通孔が形成された環状からなる。そして、このリヤカバー32は、内周円筒部32aと、外周円筒部32bと、内周円筒部32aの前端側と外周円筒部32bの前端側とを連結する円盤部32cとから構成される。つまり、リヤカバー32は、内周円筒部32aと外周円筒部32bと円盤部32cとにより囲まれる部分に環状凹部32dを形成している。そして、外周円筒部32bの外周面が、ハウジング31の後端開口部の内周側に嵌合螺着されており、ハウジング31の後端開口部を覆蓋している。そして、リヤカバー32の円盤部32cの径方向ほぼ中央には、非磁性材料であるステンレス製からなる環状の非磁性部32eを埋設している。なお、リヤカバー32のうち非磁性部32e以外の部位は、磁性材料である鉄にて形成されている。
インナシャフト40は、軸方向中央の外周側にスプラインが形成された軸状からなる。このインナシャフト40は、リヤカバー32の中央の貫通孔を液密的に貫通して、アウタケース30内に同軸的に挿入されている。そして、インナシャフト40は、ハウジング31及びリヤカバー32に対して軸方向位置を規制された状態で、ハウジング31及びリヤカバー32に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、インナシャフト40の後端側は、従動軸であるドライブピニオンシャフト8(図1に示す)の前端側に一体的に連結固定されている。なお、アウタケース30とインナシャフト40とにより液密的に区画される空間内には、潤滑油が充填されている。
メインクラッチ50は、湿式多板式の摩擦クラッチである。このメインクラッチ50は、鉄製の多数のクラッチプレート(メインインナクラッチプレート51、メインアウタクラッチプレート52)を備える。そして、このメインクラッチ50は、ハウジング31の内周側であって、インナシャフト40の外周側に配置されている。
メインクラッチ50を構成する各メインインナクラッチプレート51は、内周側にスプラインが形成された円盤形状からなる。そして、各メインインナクラッチプレート51の内周側のスプラインが、インナシャフト40の外周側のスプラインに嵌合している。つまり、各メインインナクラッチプレート51は、インナシャフト40に対して、軸方向へ移動可能であり、且つ、回転方向に規制されている。
また、メインクラッチ50を構成する各メインアウタクラッチプレート52は、外周側にスプラインが形成された円盤形状からなる。そして、各メインアウタクラッチプレート52の外周側のスプラインが、ハウジング31の内周側のスプラインに嵌合している。つまり、各メインアウタクラッチプレート52は、ハウジング31に対して、軸方向へ移動可能であり、且つ、回転方向に規制されている。さらに、各メインアウタクラッチプレート52は、各メインインナクラッチプレート51の間に配置されている。つまり、各メインインナクラッチプレート51と各メインアウタクラッチプレート52とが、相互に当接して摩擦係合するとともに、相互に離間して自由状態となる。
パイロットクラッチ機構60は、ヨーク61と、電磁石62と、アーマチュア63と、パイロットクラッチ64とにより構成されている。ヨーク61は、略円盤状からなり、ホールカバー20の後端側に固定されている。このヨーク61の内周側が、リヤカバー32の内周円筒部32aの外周面に軸受を介して回転可能に支持されている。電磁石62は、電磁コイルが巻回された環状からなり、ヨーク61の前側面に固定されている。そして、電磁石62は、環状凹部32dに配置されている。
アーマチュア63は、磁性材料である鉄からなり、外周側にスプラインが形成された円盤形状からなる。このアーマチュア63は、メインクラッチ50の車両後側であって、リヤカバー32の円盤部32cの車両前側に配置されている。そして、アーマチュア63の外周側のスプラインが、ハウジング31の内周側のスプラインに嵌合している。つまり、アーマチュア63は、ハウジング31に対して、軸方向へ移動可能であり、且つ、回転方向に規制されている。さらに、アーマチュア63には、車両後側の面と他の面とを連通する連通路63aが形成されている。なお、この連通路63aについての詳細は、後述する。
パイロットクラッチ64は、湿式多板式の摩擦クラッチである。このパイロットクラッチ64は、鉄製の多数のクラッチプレート(パイロットインナクラッチプレート641、パイロットアウタクラッチプレート642)を備える。このパイロットクラッチ64は、ハウジング31の内周側であって、リヤカバー32の円盤部32cとアーマチュア63との間に配置されている。
ここで、パイロットクラッチ64を構成する各パイロットインナクラッチプレート(本発明における第2クラッチプレート)641については、図3を参照して説明する。図3は、パイロットインナクラッチプレート641を示す図である。図3に示すように、パイロットインナクラッチプレート641は、内周側にスプライン641aが形成された円盤形状からなる。さらに、パイロットインナクラッチプレート641には、円弧状のインナギャップ孔(本発明における第2ギャップ孔)641bが6つ形成されている。そして、パイロットインナクラッチプレート641の内周側のスプライン641aは、後述するカム機構70の第1カム部材71の外周側のスプラインに嵌合している。なお、以下、隣り合うインナギャップ孔641bを区画し、パイロットインナクラッチプレート641の外周側と内周側とを連結する部分をインナブリッジ部641cという。
また、パイロットクラッチ64を構成する各パイロットアウタクラッチプレート(本発明における第1クラッチプレート、第3クラッチプレート)642については、図4を参照して説明する。図4は、パイロットアウタクラッチプレート642を示す図である。
図4に示すように、パイロットアウタクラッチプレート642は、外周側にスプライン642aが形成された円盤形状からなる。さらに、パイロットアウタクラッチプレート642には、円弧状のアウタギャップ孔(本発明における第1ギャップ孔、第3ギャップ孔)642bが6つ形成されている。そして、各パイロットアウタクラッチプレート642の外周側のスプライン642aは、ハウジング31の内周側のスプラインに嵌合している。つまり、各パイロットアウタクラッチプレート642は、ハウジング31に対して、軸方向へ移動可能であり、且つ、回転方向に規制されている。そして、各パイロットアウタクラッチプレート642は、各パイロットインナクラッチプレート641の間に配置されている。つまり、各パイロットインナクラッチプレート641と各パイロットアウタクラッチプレート642とが、相互に当接して摩擦係合するとともに、相互に離間して自由状態となる。さらに、最も車両前側に配置されるパイロットインナクラッチプレート641の車両前側に、パイロットアウタクラッチプレート642が配置されている。つまり、パイロットクラッチ64のうちアーマチュア63の車両後側の面に隣接するクラッチプレートは、パイロットアウタクラッチプレート642となる。なお、以下、隣り合うアウタギャップ孔642bを区画し、パイロットアウタクラッチプレート642の外周側と内周側とを連結する部分をアウタブリッジ部(本発明における第1ブリッジ部、第3ブリッジ部)642cという。
カム機構70は、第1カム部材71と、第2カム部材72と、カムフォロアー73とから構成されている。第1カム部材71は、外周側にスプラインが形成された円盤形状からなる。この第1カム部材71の車両前側の面には、カム溝(図示せず)が形成されている。そして、第1カム部材71は、インナシャフト40の外周面に回転可能に嵌合されており、リヤカバー32に回転可能に支承されている。さらに、第1カム部材71の外周側のスプラインは、パイロットインナクラッチプレート641のスプライン641aに嵌合している。つまり、第1カム部材71は、パイロットインナクラッチプレート641を軸方向へ移動可能に支持し、且つ、回転方向に規制している。
第2カム部材72は、内周側にスプラインが形成された略円盤形状からなる。この第2カム部材72の車両後側の面には、カム溝(図示せず)が形成されている。そして、第2カム部材72のスプラインは、インナシャフト40の外周面のスプラインに嵌合している。つまり、第2カム部材72は、インナシャフト40に対して、軸方向へ移動可能であり、且つ、回転方向に規制されている。そして、第2カム部材72の車両前側の面が、メインクラッチ50を構成するメインインナクラッチプレート51の車両後側に対向している。
そして、第1カム部材71と第2カム部材72の互いに対向するカム溝には、ボール状のカムフォロアー73が介在している。つまり、カムフォロアー73及びそれぞれのカム溝の作用により、第1カム部材71と第2カム部材72に相対回転が生じた際には、第1カム部材71と第2カム部材72とが軸方向に離間する方向へ移動する。
(3)駆動力伝達装置7の動作
次に、上述した構成からなる駆動力伝達装置7の動作について説明する。以下、パイロットクラッチ機構60を構成する電磁石62の電磁コイルへ電流を供給する場合と、電流を供給しない場合について説明する。
まず、電磁石62の電磁コイルへ電流を供給する場合について説明する。駆動力伝達装置7を構成するアウタケース30は、プロペラシャフト6に連結されているので、プロペラシャフト6と共に回転する。そして、パイロットクラッチ機構60には、電磁石62の電磁コイルへ電流が供給されると、電磁石62を基点としてヨーク61、リヤカバー32、パイロットクラッチ64の各クラッチプレート641、642、及び、アーマチュア63を循環するループ状の循環磁路が形成される。ここで、リヤカバー32の環状の非磁性部32e、パイロットインナクラッチプレート641のインナギャップ孔641b、及び、パイロットアウタクラッチプレート642のアウタギャップ孔642bは、磁束の短絡を防止している。
このように、循環磁路が形成されることで、アーマチュア63が電磁石62側、すなわちリヤカバー32側へ引き寄せられる。その結果、アーマチュア63は、パイロットクラッチ64を押圧して、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とが相互に当接して摩擦係合状態となる。そうすると、パイロットアウタクラッチプレート642に回転規制されているアウタケース30の回転トルクが、パイロットクラッチ64を介して、パイロットインナクラッチプレート641に回転規制されている第1カム部材71へ伝達されて、第1カム部材71が回転する。
第1カム部材71が回転すると、第1カム部材71と第2カム部材とが相対回転するため、カムフォロアー73及びそれぞれのカム溝の作用により、第1カム部材71に対して第2カム部材72が車両前側へ移動する。つまり、第2カム部材72は、メインクラッチ50側へ移動するので、メインクラッチ50を車両前側へ押圧することになる。
その結果、メインインナクラッチプレート51とメインアウタクラッチプレート52とが相互に当接して摩擦係合状態となる。そうすると、メインアウタクラッチプレート52に回転規制されているアウタケース30の回転トルクが、メインクラッチ50を介して、メインインナクラッチプレート51に回転規制されているインナシャフト40に伝達されて、インナシャフト40が回転する。そして、インナシャフト40の回転は、インナシャフト40に連結されているドライブピニオンシャフト8に伝達される。
なお、電磁石62の電磁コイルへ供給する電流量を制御することで、メインクラッチ50の各クラッチプレートの摩擦係合力を制御できる。つまり、電磁石62の電磁コイルへ供給する電流量を制御することで、プロペラシャフト6の回転トルクのうちドライブピニオンシャフト8に伝達される回転トルクを制御できる。
次に、電磁石62の電磁コイルへ電流を供給しない場合について説明する。この場合には、パイロットクラッチ機構60に循環磁路が形成されない。従って、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とは非係合状態となるので、両者は相対的に回転する状態となる。つまり、パイロットインナクラッチプレート641に回転規制されている第1カム部材71と、パイロットアウタクラッチプレート642に回転規制されているアウタケース30とは、相対的に回転する状態となる。
従って、第1カム部材71と第2カム部材72とに相対回転は生じないため、第1カム部材71及び第2カム部材72の軸方向位置は変化しない。そのため、メインインナクラッチプレート51とメインアウタクラッチプレート52とは非係合状態となるので、両者は相対的に回転する状態となる。従って、メインアウタクラッチプレート52に回転規制されているアウタケース30と、メインインナクラッチプレート51に回転規制されているインナシャフト40とが、相対的に回転する状態となる。つまり、プロペラシャフト6の回転トルクは、ドライブピニオンシャフト8に伝達されない。
(4)電磁石62の電磁コイルへの電流の供給を遮断した場合の引きずりトルクについての実験
次に、アーマチュア63の連通路63aを種々変更した場合において、電磁石62の電磁コイルへの電流の供給を遮断した場合に発生する引きずりトルクについて実験を行った。
(4.1)第1実験
(a)第1実験におけるアーマチュア63の連通路63aの詳細
まず、第1実験におけるアーマチュア63の連通路63aについて、図5を参照して説明する。アーマチュア63の連通路63aは、図5(a)〜(f)に示す6通りとした。ここで、図5(a)〜(f)における実線は、アーマチュア63を示し、波線はパイロットアウタクラッチプレート642のアウタギャップ孔642bを示す。なお、それぞれのアウタギャップ孔642bの円弧角度は、約50°としている。
図5(a)〜(f)に示すように、アーマチュア63の連通路63aは、何れも、アーマチュア63の軸方向に平行な貫通孔である。つまり、アーマチュア63の連通路63aは、一端開口部が車両後側の面に連通し、他端開口部が車両前側の面に連通している。そして、連通路63aのうち車両後側の面に連通する一端開口部は、パイロットアウタクラッチプレート642のアウタギャップ孔642bに対向する位置に形成されている。さらに、連通路63aの穴直径は、アウタギャップ孔642bのギャップ幅(径方向幅)と同一である。そして、連通路63aは、それぞれのアウタギャップ孔642bに対して1つずつ形成されている。すなわち、アーマチュア63には、6つの連通路63aが等間隔に形成されている。
そして、図5(a)〜(f)に示すように、アーマチュア63の連通路63aのアウタギャップ孔642bに対する形成位置がそれぞれ相違する。具体的には、図5(a)に示すアーマチュア63の連通路(以下、「第1連通路」という)63aは、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の基端に形成されている。ここで、インナ正回転方向とは、車両前進中にドライブピニオンシャフト8がプロペラシャフト6よりも高速で回転している場合に、パイロットアウタクラッチプレート642に対してパイロットインナクラッチプレート641が回転する方向である。さらには、インナ正回転方向とは、車両前進中にドライブピニオンシャフト8がプロペラシャフト6に対して相対的に回転する方向となる。さらに、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の基端とは、アウタギャップ孔642bの両側の円弧端のうちインナ正回転方向の始点側の円弧端である。
また、図5(b)に示すアーマチュア63の連通路(以下、「第2連通路」という)63aは、第1連通路63aよりもインナ正回転方向に10°ずらした位置に形成されている。つまり、第2連通路63aは、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の基端から終端側に10°ずらした位置に形成されている。なお、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の終端とは、アウタギャップ孔642bの両側の円弧端のうちインナ正回転方向の終点側の円弧端である。
図5(c)に示すアーマチュア63の連通路(以下、「第3連通路」という)63aは、第2連通路63aよりもインナ正回転方向に10°ずらした位置に形成されている。つまり、第3連通路63aは、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の基端から終端側に20°ずらした位置に形成されている。図5(d)に示すアーマチュア63の連通路(以下、「第4連通路」という)63aは、第3連通路63aよりもインナ正回転方向に10°ずらした位置に形成されている。つまり、第4連通路63aは、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の基端から終端側に30°ずらした位置に形成されている。
図5(e)に示すアーマチュア63の連通路(以下、「第5連通路」という)63aは、第4連通路63aよりもインナ正回転方向に10°ずらした位置に形成されている。つまり、第5連通路63aは、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の基端から終端側に40°ずらした位置に形成されている。図5(f)に示すアーマチュア63の連通路(以下、「第6連通路」という)63aは、第5連通路63aよりもインナ正回転方向に10°ずらした位置に形成されている。つまり、第6連通路63aは、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の終端に形成されている。
(b)第1実験の実験条件及び測定方法
この実験は、まず電磁石62の電磁コイルへ所定の電流を供給した後、電磁コイルへの電流の供給を遮断した直後に、アウタケース30を固定した状態でインナシャフト40をインナ正回転方向に回転して行った。具体的には、電磁コイルへの電流の供給を遮断した直後にアウタケース30に対してインナシャフト40の回転を開始し、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度がVd[min-1]になるまで、インナシャフト40の回転速度を徐々に増加させた。そして、この状態において、アウタケース30にかかるパイロットクラッチ機構60のいわゆる引きずりトルクを計測した。なお、比較のために、連通路63aが形成されていないアーマチュア63についても同様の実験・測定を行った。
(c)第1実験の測定結果
次に、第1実験の測定結果について、図6を参照して説明する。図6は、横軸をアウタケース30に対するインナシャフト40のインナ正回転方向の相対回転速度とし、縦軸をアウタケース30に生じる引きずりトルクとする。
ここで、引きずりトルクについて、簡単に説明する。仮に、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とが全く摩擦係合していない状態であれば、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642との間に存在する潤滑油による回転トルクの伝達が僅かに行われるのみである。つまり、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とが全く摩擦係合していない状態であれば、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とに相互に伝達される引きずりトルクは非常に小さい。しかし、電磁石62の電磁コイルへの電流の供給を遮断した場合であっても、潤滑油や残留磁気により、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とが摩擦係合する状態が継続されるため、大きな引きずりトルクが発生する。
このことを踏まえた上で、図6に示す測定結果について説明する。図6に示すように、連通路63aが形成されていないアーマチュア63の場合には、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度が増加するにつれて、徐々に引きずりトルクが増加している。インナシャフト40の回転開始時点では引きずりトルクは0であるが、インナシャフト40の相対回転速度がVd[min-1]の時点では、引きずりトルクはTa[N・m]となった。
そして、第1連通路63aが形成されたアーマチュア63の場合にも、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度が増加するにつれて、徐々に引きずりトルクが増加している。しかし、連通路63aが形成されていないアーマチュア63に比べて、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度がVa[min-1]付近から引きずりトルクが小さくなっている。そして、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度がVd[min-1]においては、引きずりトルクがTb[N・m]であり、Taの約75%程度であった。つまり、第1連通路63aを形成することで、連通路63aを形成しない場合に比べて、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度がVa[min-1]以上において、確実に引きずりトルクが小さくなっている。
また、第2連通路63aが形成されたアーマチュア63の場合には、連通路63aが形成されていないアーマチュア63に比べて、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度がVb[min-1]付近から徐々に引きずりトルクが小さくなっている。そして、第2連通路63aが形成されたアーマチュア63は、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度がVc[min-1]付近より高い場合には、第1連通路63aが形成されたアーマチュア63の場合と同等の引きずりトルクとなっている。
また、第3連通路63a〜第6連通路63aが形成されたアーマチュア63の場合には、連通路63aが形成されていないアーマチュア63の場合とほぼ同等の引きずりトルクであった。つまり、連通路63aの形成位置は、第3連通路63aが形成された位置よりもインナ正回転方向の基端側とすることで、確実に引きずりトルクを低減することができる。
(4.2)第2実験
(a)第2実験におけるアーマチュア63の連通路63aの詳細
次に、第2実験におけるアーマチュア63の連通路63aについて、図7を参照して説明する。図7は、第2実験におけるアーマチュア63を示す図である。ここで、図7における実線は、アーマチュア63を示し、波線はパイロットアウタクラッチプレート642のアウタギャップ孔642bを示す。そして、アーマチュア63の連通路63aは、図7に示すように、1つのアウタギャップ孔642bに対して2つ形成した。具体的には、第2実験におけるアーマチュア63の連通路(以下、「第7連通路」という)63aは、アウタギャップ孔642bのうちインナ正回転方向の基端と、基端からインナ正回転方向に5°ずらした位置の2カ所に形成されている。つまり、アーマチュア63には、12個の連通路63aが形成されている。
(b)第2実験の実験条件及び測定方法
第2実験の実験条件及び測定方法は、上述した第1実験の実験条件及び測定方法と同様に行った。
(c)第2実験の測定結果
次に、第2実験の測定結果について、図8を参照して説明する。図8は、横軸をアウタケース30に対するインナシャフト40のインナ正回転方向の相対回転速度とし、縦軸をアウタケース30に生じる引きずりトルクとする。ここで、図8には、比較のために、連通路63aが形成されていないアーマチュア63、及び、第1実験における第1連通路63aが形成されたアーマチュア63についての測定結果を併せて記載した。
図8に示すように、第7連通路63aが形成されたアーマチュア63の場合には、連通路63aが形成されていないアーマチュア63に比べて、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度がVe[min-1]付近から徐々に引きずりトルクが小さくなっている。そして、第7連通路63aが形成されたアーマチュア63は、アウタケース30に対するインナシャフト40の相対回転速度がVf[min-1]付近より高い場合には、第1連通路63aが形成されたアーマチュア63の場合と同等の引きずりトルクとなっている。
(4.3)以上のことから、連通路63aの形成位置が、第3連通路63aが形成された位置よりもインナ正回転方向の基端側、すなわちアウタギャップ孔642bのインナ正回転方向の基端からアウタギャップ孔642bの周方向長さの40%までの範囲にすることで、確実に引きずりトルクを低減することができる。そして、上記範囲であれば、連通路63aを1つのアウタギャップ孔642bに対して1つ形成するようにしても、複数形成するようにしても効果がある。
ここで、連通路63aの形成位置をアウタギャップ孔642bのインナ正回転方向の基端からアウタギャップ孔642bの周方向長さの40%までの範囲とすることで、引きずりトルクを低減することができる理由について、図9を参照して説明する。図9は、図5(a)に示すアーマチュア63を用いた場合におけるパイロットクラッチ64及びアーマチュア63の周方向断面の部分展開図を示す。具体的には、インナギャップ孔641b、アウタギャップ孔642b、及びアーマチュア63の連通路63aを含む周方向断面の部分展開図である。そして、図9においては、アーマチュア63及びパイロットアウタクラッチプレート642が固定された場合に、パイロットインナクラッチプレート641のインナブリッジ部641cが図の左側から右側へ移動する状態を示す。なお、図9において、パイロットアウタクラッチプレート642は、アーマチュア63に隣接するアウタクラッチプレート(第1クラッチプレート)と、そのアウタクラッチプレートのヨーク61側に位置するアウタクラッチプレート(第3クラッチプレート)とを示す。そして、パイロットインナクラッチプレート641は、パイロットアウタクラッチプレート642の第1クラッチプレートと第3クラッチプレートとの間に位置するインナクラッチプレートを示す。
また、図9に示すように、複数のパイロットアウタクラッチプレート642(本発明における第1クラッチプレート、第3クラッチプレート)のアウタブリッジ部642cの回転軸に対する位相は、互いに一致している。つまり、各パイロットアウタクラッチプレート642のアウタブリッジ部642cは、軸方向に重なっている。
パイロットインナクラッチプレート641がインナ正回転方向に回転すると、当該パイロットインナクラッチプレート641の両側のパイロットアウタクラッチプレート642のアウタブリッジ部642c間をパイロットインナクラッチプレート641のインナブリッジ部641cが通過する。そして、インナブリッジ部641cは、アウタギャップ孔642b間を移動する。ここで、インナブリッジ部641cがアウタブリッジ部642cを通過する際及びアウタギャップ孔642b間を移動する際には、インナブリッジ部641cの後側(図9の左側)が負圧となるために、アーマチュア63の連通路63aを介してインナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに潤滑油が吸い込まれる。具体的には、インナブリッジ部641cが連通孔63a付近から次のアウタブリッジ部642cに到達するまでの間に、インナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに潤滑油が吸い込まれる。
続いて、インナブリッジ部641cが回転方向の次のアウタブリッジ部642cに近づき通過する際に、当該アウタブリッジ部642c間の潤滑油が高圧となる。この高圧の潤滑油が、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とを離間させるように作用する。その結果、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート64bとの間において、回転トルクが伝達され難くなり、引きずりトルクを低減することができる。
しかし、連通路63aの形成位置がアウタギャップ孔642bのインナ正回転方向の終端側に近づくにつれて、連通孔63aの形成位置と次のアウタブリッジ部642cとの距離(又は、インナブリッジ部641cが連通孔63a付近から次のアウタブリッジ部642cに到達するまでの時間)が短くなる。そのため、インナブリッジ部641cが連通孔63a付近から次のアウタブリッジ部642cに到達するまでの間に、十分な潤滑油がインナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに流入しない。特に、連通路63aの形成位置がアウタギャップ孔642bのインナ正回転方向の基端からアウタギャップ孔642bの周方向長さの40%を超える位置の場合には、インナブリッジ部641cが連通孔63a付近から次のアウタブリッジ部642cに到達するまでの間に、十分な潤滑油がインナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに流入しない。さらに、インナブリッジ部641cがアウタギャップ孔642bを移動する間に、インナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに存在する潤滑油が、連通路63aを介して流出してしまう。そのため、インナブリッジ部641cが次のアウタブリッジ部642cに近づき通過する際に、当該アウタブリッジ部642c間の潤滑油が十分に高圧とならない。その結果、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とを離間させることができず、引きずりトルクを低減することができない。
(4.4)上記連通路63aの変形態様
なお、上記実験においては、いずれも連通路63aを軸方向に平行な貫通孔としたが、これに限られるものではない。例えば、図10〜図12に示すような溝でもよい。図10に示す連通路63aは、アーマチュア63の径方向に延びるようにして、アーマチュア63の外周面から内周面までに形成された溝である。つまり、この連通路63aは、アウタギャップ孔642bとアーマチュア63の外周面、及び、アウタギャップ孔642bとアーマチュア63の内周面とをそれぞれ連通した溝である。そして、この溝からなる連通路63aは、アウタギャップ孔642bの基端側に形成されればよい。なお、図10(a)は、アーマチュア63の軸方向から見た図であり、図10(b)は、図10(a)のA方向から見た部分矢視図である。
また、図11に示す連通路63aは、アーマチュア63の径方向に延びるようにして、アーマチュア63の外周側からほぼ中央付近までに形成された溝である。つまり、この連通路63aは、アウタギャップ孔642bとアーマチュア63の外周面とを連通した溝である。そして、この溝からなる連通路63aは、アウタギャップ孔642bの基端側に形成されればよい。なお、図11(a)は、アーマチュア63の軸方向から見た図であり、図11(b)は、図11(a)のB方向から見た部分矢視図である。
また、図12に示す連通路63aは、アーマチュア63の径方向に延びるようにして、アーマチュア63の内周側からほぼ中央付近までに形成された溝である。つまり、この連通路63aは、アウタギャップ孔642bとアーマチュア63の内周面とを連通した溝である。そして、この溝からなる連通路63aは、アウタギャップ孔642bの基端側に形成されればよい。なお、図12(a)は、アーマチュア63の軸方向から見た図であり、図12(b)は、図12(a)のC方向から見た部分矢視図である。
(4.5)連通路などの他の構成
上述した連通路63aは、単にアーマチュア63の車両後側の面とアーマチュア63の他の面とを連通する同径状の貫通孔としたが、以下に説明するような形状とし、さらに連通路63b、63c内にボール65を配置するような構成としてもよい。以下、この連通路63b、63cなどの構成について図13及び図14を参照して説明する。図13は、アーマチュア63を示し、破線の長穴はパイロットアウタクラッチプレート642のアウタギャップ孔642bを示す。図14は、図13に示すアーマチュア63のパイロットクラッチ64及びアーマチュア63の周方向断面の部分展開図を示す。具体的には、インナギャップ孔641b、アウタギャップ孔642b、及びアーマチュア63の第1連通路63b、第2連通路63cを含む周方向断面の部分展開図である。以下、上記実施形態と同一構成については同一符号を付して説明を省略する。
図13及び図14に示すように、アーマチュア63には、第1連通路63bと第2連通路63cがそれぞれ3カ所ずつ形成されている。第1連通路63b及び第2連通路63cは、何れも、アーマチュア63の軸方向に平行な貫通孔である。つまり、アーマチュア63の第1連通路63b及び第2連通路63cは、車両後側の面に連通する一端開口部が車両後側の面に連通し、他端開口部が車両前側の面に連通している。
さらに具体的には、第1連通路63b及び第2連通路63cは、一端開口部側に位置する大きな直径からなる大径部と、他端開口部側に位置し大径部よりも小さな直径からなる小径部と、大径部と小径部とを接続し一端開口部側から他端開口部側に向かって徐々に縮径する縮径部とからなる。
そして、第1連通路63bの一端開口部は、パイロットアウタクラッチプレート642のアウタギャップ孔642bのうちインナ回転方向の基端に対向する位置に形成されている。さらに、第1連通路63bの一端開口部は、アウタブリッジ部642cの一部に軸方向に重なっている。つまり、第1連通路63bの一端開口部は、アウタギャップ孔642bのインナ回転方向の基端及びアウタブリッジ部642cの一部に対向している。ただし、図13に示すアーマチュア63の第1連通路63bは、1つおきのアウタギャップ孔642bのインナ回転方向の基端に対向する位置に形成されている。
また、第2連通路63cの一端開口部は、パイロットアウタクラッチプレート642のアウタギャップ孔642bのうちインナ回転方向の終端に対向する位置に形成されている。さらに、第2連通路63cの一端開口部は、アウタブリッジ部642cの一部に軸方向に重なっている。つまり、第2連通路63cの一端開口部は、アウタギャップ孔642bのインナ回転方向の終端及びアウタブリッジ部642cの一部に対向している。ただし、図13に示すアーマチュア63の第2連通路63cは、第1連通路63bが形成されるアウタギャップ孔642bのインナ回転方向の終端に対向する位置に形成されている。
そして、ボール(本発明における流路規制手段)65は、第1連通路63b及び第2連通路63bの大径部の直径より小さく且つ第1連通路63b及び第2連通路63cの小径部の直径より大きな略球形からなる。このボール65は、図14に示すように、それぞれの第1連通路63b及び第2連通路63cの大径部と縮径部の部分に配置される。そして、ボール65は、大径部と縮径部の部分に配置された際に、第1連通路63b及び第2連通路63cの一端開口部から突出しない大きさとされている。
次に、アーマチュア63に第1連通路63b及び第2連通路63cを形成し、ボール65を配置した場合の動作について、図14を参照して説明する。図14に示すように、パイロットインナクラッチプレート641がインナ正回転方向に回転すると、当該パイロットインナクラッチプレート641の両側のパイロットアウタクラッチプレート642のアウタブリッジ部642c間をパイロットインナクラッチプレート641のインナブリッジ部641cが通過する。そして、インナブリッジ部641cは、アウタギャップ孔642b間を移動する。
ここで、インナブリッジ部641cがアウタブリッジ部642cを通過する際及びアウタギャップ孔642b間を移動する際には、インナブリッジ部641cの後側(図14の左側)が負圧となるために、アーマチュア63の第1連通路63bを介してインナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに潤滑油が吸い込まれようとする。つまり、第1連通路63b内の潤滑油の流れは、第1連通路63bの他端開口部から一端開口部方向への流れとなる。この潤滑油の流れに伴い、第1連通路63bに配置されたボール65が、第1連通路63bの他端開口部から一端開口部方向へ移動しようとする。つまり、第1連通路63bに配置されたボール65は、第1連通路63bの小径部から離れて、第1連通路63bを開通させるように作用する。このボール65の移動により、潤滑油は、他端開口部から一端開口部方向へ流れて、インナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに吸い込まれる。
そして、第1連通路63bに配置されたボール65は、一端開口部側へ移動するとアウタブリッジ部642cに当接する。このように、アウタブリッジ部642cを利用してボール65の軸方向の移動を規制することで、第1連通路63bに配置されたボール65が飛び出すことがない。なお、アーマチュア63と隣接するパイロットアウタクラッチプレート642とは、それぞれ軸方向に移動するが、その移動距離は、ボール65が飛び出さない程度の距離としている。
続いて、インナブリッジ部641cが回転方向の次のアウタブリッジ部642cに近づき通過する際に、当該アウタブリッジ部642c付近の潤滑油が高圧となる。ここで、アーマチュア63には、回転方向の次のアウタブリッジ部642c付近に、第2連通路63cが形成されている。従って、当該アウタブリッジ部642c付近の潤滑油が高圧になることにより、インナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに存在する潤滑油が、第2連通路63cを介して流出しようとする。つまり、第2連通路63c内の潤滑油の流れは、第2連通路63cの一端開口部から他端開口部方向への流れとなる。この潤滑油の流れに伴い、第2連通路63cに配置されたボール65が、第2連通路63cの一端開口部から他端開口部方向へ移動しようとする。つまり、第2連通路63cに配置されたボール65は、第2連通路63cの小径部に当接して、第2連通路63cを閉塞させるように作用する。このボール65の移動により、インナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに存在する潤滑油が、第2連通路63cを介して流出することを防止できる。
従って、インナブリッジ部641cが回転方向の次のアウタブリッジ部642cに近づき通過する際に、当該アウタブリッジ部642c間の潤滑油が高圧となる。そして、この高圧の潤滑油が、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート642とを離間させるように作用する。その結果、パイロットインナクラッチプレート641とパイロットアウタクラッチプレート64bとの間において、回転トルクが伝達され難くなり、引きずりトルクを低減することができる。
つまり、ボール65は、他端開口部(大径部側)から一端開口部(小径部側)方向への潤滑油の流れを許容し、一端開口部(小径部側)から他端開口部(大径部側)方向への潤滑油の流れを規制している。
ところで、上述の説明においては、パイロットインナクラッチプレート641がインナ正回転方向に回転する場合について説明した。そして、パイロットインナクラッチプレート641がインナ回転方向に回転する場合には、確実に引きずりトルクを低減できる。また、パイロットインナクラッチプレート641がインナ負回転方向(インナ正回転方向の逆方向)に回転した場合であっても、同様に引きずりトルクを低減することができる。この理由は、パイロットインナクラッチプレート641がインナ正回転方向に回転する場合における第1連通路63bと第2連通路63cが、それぞれ入れ替わる状態となるためである。
つまり、パイロットインナクラッチプレート641がインナ負回転方向に回転する場合には、第2連通路63cのボール65が小径部から離れて第2連通路63cを開通させる。その結果、潤滑油は、第2連通路63cを介して、インナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに吸い込まれる。一方、第1連通路63bのボール65は小径部に当接して第1連通路63bを閉塞させる。従って、インナギャップ孔641b及びアウタギャップ孔642bに存在する潤滑油が、第1連通路63bを介して流出することを防止できる。
このように、パイロットインナクラッチプレート641がパイロットアウタクラッチプレート642に対して何れの回転方向であっても、確実に引きずりトルクを低減することができる。
(4.6)上記第1連通路63b及び第2連通路63cの変形態様
上述した第1連通路63b及び第2連通路63cは、図13に示すように、1つおきのアウタギャップ孔642bに対向する位置に形成されている。この位置の他、例えば、図15に示すように、一対のアウタギャップ孔642bに対向する位置に第1連通路63bを形成し、他の一対のアウタギャップ孔642bに対向する位置に第2連通路63cを形成するようにしてもよい。もちろん、全てのアウタギャップ孔642bに対向する位置に第1連通路63b及び第2連通路63cを形成してもよい。ただし、パイロットアウタクラッチプレート642のアウタブリッジ部642cの周方向長さを考慮した上で、第1連通路63b及び第2連通路63cを形成する位置を決定する必要がある。
(5)その他の実施形態
なお、上記実施形態のおいては、連通路63aの大きさをアウタギャップ孔642bのギャップ幅を直径とする貫通孔としたが、さらに大きな直径からなる貫通孔でもよいし、長穴でもよい。ただし、連通路63aが形成される範囲は、上記範囲内とすると確実に効果がある。
また、上記実施形態においては、アーマチュア63をハウジング31にスプライン嵌合されているが、第1カム部材71にスプライン嵌合されるようにしてもよい。この場合は、アーマチュア63の車両後側には、パイロットインナクラッチプレート641が隣接するように配置されることになる。
また、上記実施形態においては、アウタケース30をプロペラシャフト6に連結し、インナシャフト40をドライブピニオンシャフト8に連結したが、インナシャフト40を6に連結し、アウタケース30をドライブピニオンシャフト8に連結するようにしてもよい。
4輪駆動車の概略構成を示す。
駆動力伝達装置7の軸方向断面図である。
パイロットインナクラッチプレート641を示す図である。
パイロットアウタクラッチプレート642を示す図である。
第1実験におけるアーマチュア63を示す図である。
第1実験の測定結果である。
第2実験におけるアーマチュア63を示す図である。
第2実験の測定結果である。
引きずりトルクを低減できる理由について説明する図である。
その他の連通路63aを説明するアーマチュア63を示す図である。
その他の連通路63aを説明するアーマチュア63を示す図である。
その他の連通路63aを説明するアーマチュア63を示す図である。
第1連通路63b及び第2連通路63cを説明するアーマチュア63を示す図である。
第1連通路63b、第2連通路63c及びボール65の作用について説明する図である。
他の第1連通路63b及び第2連通路63cを説明するアーマチュア63を示す図である。
符号の説明
2:エンジン、 3:トランスアクスル、 3a:トランスミッション、3b:フロントディファレンシャル、 3c:トランスファ、 4:フロントアクスル、 4a:左側フロントアクスル、 4b:右側フロントアクスル、5a、5b:前輪、 6:プロペラシャフト、 7:駆動力伝達装置、 8:ドライブピニオンシャフト、 9:リアディファレンシャル、 10:リアアクスル、 10a:左側リアアクスル、 10b:右側リアアクスル、 11a、11b:後輪、 20:ホールカバー、 30:アウタケース、 31:ハウジング、 32:リヤカバー、 32d:環状凹部、 32e:非磁性部、 40:インナシャフト、 50:メインクラッチ、 51:メインインナクラッチプレート、 52:メインアウタクラッチプレート、 60:パイロットクラッチ機構、 61:ヨーク、 62:電磁石、 63:アーマチュア、 63a:連通路、 63b:第1連通路、 63c:第2連通路、 64:パイロットクラッチ、 65:ボール、 70:カム機構、 71:第1カム部材、 72:第2カム部材、 73:カムフォロアー、 641:パイロットインナクラッチプレート、 641b:インナギャップ孔、 641c:インナブリッジ部、 642:パイロットアウタクラッチプレート、 642b:アウタギャップ孔、 642c:アウタブリッジ部