本発明は、磁気記録再生装置の再生用磁気ヘッド、磁気メモリ装置の磁気メモリセル、及びその他磁気検出装置の磁気センサに利用される磁気抵抗効果素子及びその製造方法に関し、特にトンネル絶縁層を用いるトンネル磁気抵抗効果を利用したトンネル磁気抵抗効果素子及びその製造方法に関する。
磁気抵抗効果素子は、ハードディスク装置に代表される磁気記録再生装置に利用される再生用磁気ヘッドとして盛んに用いられている。磁気抵抗効果素子は、その素子抵抗が外部磁界によって変化し、磁界強度に応じた出力を得ることができるものである。例えば、ハードディスク装置では、媒体からの漏れ磁界を素子抵抗の変化に変換して、媒体に記録された磁気情報の再生を行っている。
近年、ハードディスク装置は高密度化に伴って、磁気ビットの記録面積サイズが減少し、媒体からの漏れ磁界がより小さくなってきている。そのため、感度のより高い磁気抵抗効果素子の開発が精力的に推進されている。
このような磁気抵抗効果素子の代表的なものとしては、すでに巨大磁気抵抗効果(Giant Magnetoresistive:GMR)素子が実用化されており、またトンネル磁気抵抗効果(Tunneling Magnetoresistive:TMR)素子が、さらなる高密度化に対応した実用化を目指し、研究開発されている。TMR素子は、GMR素子に比べてより高い磁気抵抗効果(MR比(磁気抵抗変化率)で20%から80%程度)が得られることが知られており、再生用磁気ヘッドとして高密度磁気記録再生を可能にするものと期待されている。
TMR素子は、磁性層/絶縁層/磁性層からなる積層構造を有している。この2つの磁性層間に電圧を印加すると、絶縁層が数Åから数十Åと薄い場合には、量子力学的効果によってごくわずかに電子が絶縁層を透過する確率を持つため2つの磁性層間に電流(トンネル電流)が流れる。ここで、外部磁界を印加して2つの磁性層の磁化方向を互いに平行又は反平行な状態に変化させると両磁化のなす角度に応じて、電子が絶縁層をトンネリングする確率が変化し、すなわち抵抗変化が起こる。
具体的には、2つの磁性層の磁化が平行な場合に、トンネル電流は最も流れやすくなり、2つの磁性体の磁化が反平行の場合には、トンネル電流は最も流れにくくなる。これによって、素子抵抗が変化することになる。つまり2つの磁性層の磁化が平行な場合には素子抵抗が最小に、2つの磁性層の磁化が反平行の場合には素子抵抗は最大になる(トンネル磁気抵抗効果)。
ここで、TMR素子の製造方法を簡単に説明する。まず基板上にスパッタや蒸着等の方法を用いて第1の電極層及び第1の磁性層を順次形成し、次に第1の磁性層上にアルミニウム(Al)やマグネシウム(Mg)等の非磁性の金属膜を成膜する。続いて、この金属膜を、自然酸化法、プラズマ酸化法、ラジカル酸化法及びオゾン酸化法などから選択された任意の酸化方法を用いて酸化処理することで酸化膜を形成し、これをトンネル絶縁層とする。続いて、トンネル絶縁層上に第2の磁性層及び第2の電極層を順次形成する。
TMR素子を実用化するにはさらなる高感度化(大出力化)が必要であり、そのためにTMR素子はより高いMR比を求められている。また、TMR素子は、消費電力及び転送速度の観点から、低抵抗(低インピーダンス)であるほうが望ましい。さらに、TMR素子は、量産の観点から、素子間における特性(MR比、素子抵抗値)のバラツキ無く製造できることが望ましい。
高MR比、低抵抗のTMR素子を素子間における特性のバラツキ無く製造するためには、高絶縁障壁を有する絶縁層を薄く且つ均一の厚さで形成することが重要である。そこで、かかる属性を有する絶縁層を形成するための技術が現在研究開発されている。
TMR素子の絶縁層としては、Al膜を酸化処理することによって作製された酸化Al膜が広く用いられている。その理由は、酸化Al膜が高絶縁障壁を有し、リークの少ない高品質な絶縁膜であり、これを均一の厚さ(膜厚方向の長さ)に形成できれば、高いMR比のTMR素子が得られるからである。
しかしながら、酸化Al膜を用いたTMR素子は、その障壁高さが高いために大きな素子抵抗を有している。したがって、酸化Al膜を用いたTMR素子を、高速での記録再生信号に対応する磁気センサ、特に低インピーダンス(102Ω・μm2以下)であることが要求される超高密度記録媒体用の再生ヘッド(例えば、100Gb/in2以上の高密度記録に対応した再生ヘッド)として利用するのは困難であると言われている。
低抵抗のTMR素子を製造するには、絶縁層を薄く形成すればよい。絶縁層として金属酸化膜を有するTMR素子において薄い絶縁層を形成するには、まず、絶縁層の基となる非磁性の金属膜を極めて薄く形成し、この非磁性の金属膜を酸化させる。
しかしながら、金属膜の酸化処理によって、絶縁層を薄く均一の厚さに、さらに再現性よく形成することは非常に困難である。その理由の一つとして、過酸化が挙げられる。これは、酸化処理によって、金属膜だけでなく、その下地である磁性層まで酸化されてしまうからである。磁性層の酸化部分では磁性(スピン分極率等)が劣化し、そのためMR比が低下してしまう。
別の理由として、酸化の速度が比較的速いため、酸化時間等の絶縁層形成条件を最適化することが難しいことが挙げられる。そのため、同じ条件で製造したにもかかわらず、TMR素子間において特性が大きくばらついてしまう。このように、TMR素子の絶縁層を、酸化技術を用いて薄く均一の厚さに且つ再現性よく形成するのは非常に困難である。
非特許文献1は、Al膜を窒素プラズマで窒化することによって形成された窒化Al膜を絶縁層として有するTMR素子を開示している。非特許文献1の技術によると、(1)窒化Al膜のバンドギャップが6eVと比較的狭いため(酸化Al膜のバンドギャップは8eV以上)、酸化Al膜を有するものよりも素子抵抗を低くすることができる、(2)窒化処理の速度が酸化処理に比べ遅いので、形成条件の最適化を図りやすく、そのため均一な厚さの窒化Al膜を再現性よく形成することができ、素子間における特性バラツキを低減することができる、とされている。
特許文献1は、酸窒化処理によって絶縁層を形成する方法を開示している。具体的には、特許文献1は、酸素と窒素との混合ガスを用いAl膜を酸窒化し、形成された酸窒化Al膜を絶縁層として利用する技術を開示している。特許文献1で開示された方法で作製された酸窒化Al膜を絶縁層として有するTMR素子は、酸化Al膜を絶縁層として有するTMR素子よりも素子抵抗が小さく且つ酸化Al膜を絶縁層として有するTMR素子と同程度のMR比を有するとされている。
T. S. Yoon, C. O. Kim, T. Shoyama, M. Tsunoda, M. Takahashi,"Magnetotransport properties of Co-Fe/Al-N/Co-Fe tunnel junctions with large tunnel magnetoresistance ratio", Appl. Phys. Lett., 5 July 2004, VOL.85, No. 1, p.82-85
特開2004−79936号公報
表1に、上記で説明した、Al膜の酸化処理、非特許文献1のような窒化処理、及び、特許文献1のような酸窒化処理によって絶縁層がそれぞれ形成された3つのTMR素子のMR比、素子抵抗、素子間における特性バラツキを比較した結果を、簡単に示す。
表1から、高いMR比のTMR素子を得るには、酸化処理又は特許文献1のような酸窒化処理によって絶縁層を形成するのが有効であることが分かる。しかしながら、Al膜の酸化処理及び特許文献1のような酸窒化処理によって絶縁層を形成する方法においては、本発明者が確認したところによると実際には表1とは異なり、(1)絶縁層を均一な厚さに形成することが難しく、場合によっては下部の磁性層が酸化され、TMR素子として十分なMR比が得られないことがある、(2)さらに絶縁層を薄く形成することが困難であるためにTMR素子の低抵抗化を図るのが難しい、という問題がある。
また、Al膜の酸化処理及び特許文献1のような酸窒化処理によって絶縁層を形成する方法においては、絶縁層形成条件の最適化を図ることが難しく、同じ条件で素子を作成しても、素子間において特性が大きくばらつくという問題がある。
一方、Al膜の窒化処理によって絶縁層を形成する非特許文献1に記載の技術によると、表1に示すように、素子抵抗が低く且つ素子間における特性バラツキが小さいTMR素子を得ることができるとしている。このように、低抵抗化、特性バラツキの低減を実現するためには、絶縁膜として金属窒化膜を利用せざるを得ないと考えられるが、しかしながら、比較的低い絶縁障壁高さを有する金属窒化膜を絶縁層として形成せざるを得ないために、TMR素子のMR比が比較的小さくなってしまい、十分な出力が得られないという問題がある。
そこで、本発明の目的は、高いMR比を保持しつつ低抵抗であり、しかも素子間における特性のバラツキが小さいトンネル磁気抵抗効果素子及びその製造方法を提供することである。
課題を解決するための手段及び効果
本発明によるトンネル磁気抵抗効果素子は、第1の磁性層/絶縁層/第2の磁性層の積層構造からなる強磁性トンネル接合を有している。そして、前記絶縁層が、非磁性の金属酸化膜を含んでおり、前記第1の磁性層と前記絶縁層との間には、第1の磁性層の炭化物からなる酸化抑制層が形成されている。
上記構成によると、絶縁層形成時に第1の磁性層が酸化されることを酸化抑制層が阻止するので第1の磁性層に磁性劣化がほとんど生じていない。しかも、絶縁層が比較的低い絶縁障壁高さを有する金属窒化膜に限定されることがない。さらに、酸化抑制層上に絶縁層が形成されているので、絶縁層を薄く均一の厚さに形成することが可能となる。したがって、低抵抗で高いMR比を有するトンネル磁気抵抗効果素子が得られる。
以上のように、本発明によるトンネル磁気抵抗効果素子によれば、低抵抗でさらに特性バラツキを低減させることが可能となるため、絶縁層の材料として、これまで低抵抗化、特性バラツキ低減実現のために用いられてきた、比較的障壁高さの低い金属窒化膜に限定されることがなく、高いMR比を実現することが可能となる。
さらには、絶縁層形成時に第1の磁性層が酸化されることを酸化抑制層が阻止するので絶縁層形成時における条件マージン(酸化時間等)を広くすることができる。したがって、絶縁層を再現性よく形成することが可能となり、ひいては、トンネル磁気抵抗効果素子を再現性よく形成することができるので、素子間における特性バラツキを低減することができる。加えて、素子の量産においての歩留まりを向上させることができる。
本発明によるトンネル磁気抵抗効果素子においては、前記絶縁層が、非磁性の金属酸化膜を含んでいることが好ましい。これにより、絶縁層の絶縁障壁高さが高くなって、さらに高いMR比を有するトンネル磁気抵抗効果素子が得られる。
そして、この場合、前記非磁性の金属酸化膜が、アルミニウム酸化膜及びマグネシウム酸化膜の少なくともいずれか1種であってよい。これにより、平坦性がよく(凹凸が少ない)、より薄く均一に、かつ、より高い絶縁障壁高さの絶縁層を形成できるので、さらに低抵抗で高いMR比を有するトンネル磁気抵抗効果素子が得られる。
本発明によるトンネル磁気抵抗効果素子の製造方法は、第1の磁性層/絶縁層/第2の磁性層の積層構造からなる強磁性トンネル接合を有するトンネル磁気抵抗効果素子の製造方法において、前記第1の磁性層を形成する工程と、前記第1の磁性層の表面を炭化して、前記第1の磁性層の炭化物からなる酸化抑制層を形成する工程と、前記酸化抑制層上に非磁性の金属酸化膜を含む前記絶縁層を形成する工程と、前記絶縁層上に前記第2の磁性層を形成する工程とを含んでいる。
上記構成によると、絶縁層形成時に第1の磁性層が酸化されることを酸化抑制層が阻止するので第1の磁性層に磁性劣化がほとんど生じない。しかも、絶縁層が比較的低い絶縁障壁高さを有する金属窒化膜に限定されることがない。さらに、酸化抑制層上に絶縁層を形成するので、絶縁層を薄く均一の厚さに形成することが可能となる。加えて、第1の磁性層と絶縁層との間に形成する第1の磁性層の炭化物からなる酸化抑制層は、一方の磁性層から他方の磁性層へと電子が進行する際に電子スピンの散乱を生じさせにくい。したがって、低抵抗で高いMR比を有するトンネル磁気抵抗効果素子が得られる。
さらには、絶縁層形成時に第1の磁性層が酸化されることを酸化抑制層が阻止するので絶縁層形成時における条件マージン(酸化時間等)を広くすることができる。したがって、絶縁層を再現性よく形成することが可能となり、ひいては、トンネル磁気抵抗効果素子を再現性よく形成することができるので、素子間における特性バラツキを低減することができる。加えて、素子の量産においての歩留まりを向上させることができる。
本発明によるトンネル磁気抵抗効果素子の製造方法においては、前記酸化抑制層を形成する工程が、前記第1の磁性層表面の炭素による終端処理を含んでいることが好ましい。これによると、炭素による終端処理が第1の磁性層の酸化抑制層との界面における磁性に影響を与えないので、より高いMR比を有するトンネル磁気抵抗効果素子を製造することが可能となる。
本発明によるトンネル磁気抵抗効果素子の製造方法は、前記絶縁層を形成する工程よりも後にアニール処理する工程をさらに含んでいることが好ましい。これにより、酸化抑制層を除去又はその層厚を薄くすることができるので、その分だけ第1の磁性層の磁性が増加することとなって、さらに高いMR比を有するトンネル磁気抵抗効果素子を製造することが可能となる。
本発明によるトンネル磁気抵抗効果素子の製造方法は、前記絶縁層を形成する工程において、前記酸化抑制層上に非磁性の金属膜を成膜し、前記非磁性の金属膜を、酸素雰囲気中の自然酸化若しくは熱酸化、プラズマ酸化、ラジカル酸化、又は、オゾン酸化で酸化することによって前記絶縁層とするものであることが好ましい。このように既に確立されている酸化方法を用いることによって、容易に絶縁層を形成することができる。
本発明によるトンネル磁気抵抗効果素子の製造方法は、前記絶縁層を形成する工程において、非磁性の金属酸化膜を前記絶縁層として前記酸化抑制層上に直接成膜するものであってよい。これによると、酸化工程を省略できるので、短時間での製造が可能となって、量産が容易となる。
(素子の概略構造)
以下、図面を参照しながら、本発明の好適な一実施形態に係るトンネル磁気抵抗効果素子について説明する。図1は、本実施形態に係るトンネル磁気抵抗効果(TMR)素子を示す断面図である。
図1に示すように、本実施形態のTMR素子10においては、基板1上に導電層2が積層されている。そして、導電層2上には、その一部を覆うように、下部磁性層3、酸化抑制層4、絶縁層5、上部磁性層6が積層されている。下部磁性層3、酸化抑制層4、絶縁層5及び上部磁性層6の積層体並びに導電層2上の非積層部分は、絶縁層12で覆われている。絶縁層12には、導電層2の表面に達する孔13と、上部磁性層6の表面に達する孔14とが形成されている。これらの孔13、14は、導電層2及び上部磁性層6と接する電極パターン7a、7bによってそれぞれ埋め込まれている。なお、下部磁性層3/酸化抑制層4/絶縁層5/上部磁性層6の部分が、TMR素子10におけるトンネル接合部となっている。したがって、電極パターン7aと電極パターン7bとの間に電圧を印加して電流を流すと、トンネル接合部でトンネル磁気抵抗効果が得られる。
(各部の詳細)
基板1としては、Si基板、熱酸化処理し表面上にSiO2を形成したSi基板、Al2O3(サファイア)基板又はMgO基板などを用いることができる。基板1は、表面が平坦であることが望ましい。
導電層2は、トンネル接合部と電極パターン7aとを電気的に導通させるための導電体である。電極パターン7a、7bは、トンネル接合部から電極を取る(電圧を印可して電流を流す)ための導電体である。導電層2及び電極パターン7a、7bは、Cu、Al、Ag、Au、Ta等の導電性金属の単体又はこれらから選択された2以上の金属の積層物若しくは合金からなる。導電層2及び電極パターン7a、7bは、スパッタ又は蒸着等の成膜方法で形成されたものである。
下部磁性層3及び上部磁性層6は、Fe、Co、Niから選ばれる元素を含んだ単体又は合金からなる。下部磁性層3及び上部磁性層6は、スパッタ又は蒸着等の成膜方法で形成されたものである。
下部磁性層3及び上部磁性層6は、それぞれの保磁力が異なる強磁性体であってもよい。具体的には、下部磁性層3及び上部磁性層6は、互いの保磁力が異なる磁性体材料からなるものであってよい。あるいは、下部磁性層3と上部磁性層6とが同じ保磁力を有する磁性体材料からなるが異なる膜厚を有しており、その膜厚差によって下部磁性層3と上部磁性層6とに保磁力差があってもよい。あるいは、下部磁性層3と導電層2との間、又は、上部磁性層6と電極パターン7bとの間のいずれかにおいて、MnIrやMnPtに代表される反強磁性層をそれぞれの磁性層に隣接して形成することで両者に保磁力差を付けてもよい。なお、MnIr等の反強磁性層を形成する場合には、その面内配向性を高めるために、MnIrの形成に先立ってNiFe/Cuを順次積層させたシード層を形成してもよい。
なお、上述の面内配向性とは、薄膜の結晶方向を面内方向に配向させる(結晶軸を面内に向かせる)際の度合いのことである。ここで、面内配向性を高めることが好ましい理由について説明する。MnIr膜等の反強磁性層は、それと接する強磁性層の磁化方向を、交換結合により固定させてやる役割をしている(反強磁性層/強磁性層を固定層としているものが多い)。この交換結合力が小さいと外部磁界により強磁性層の磁化が反転してしまい、素子動作上問題となる。すなわち、素子を安定に動作させるためには、反強磁性/強磁性界面に働く交換結合が重要であり、交換結合力を高めるために反強磁性層の磁化方向を一様に面内に持たせる必要がある。MnIr膜の場合、NiFe膜上に形成してやることで、MnIr膜の結晶方向が面内方向にそろい(面内配向性が高くなり)、結晶磁気異方性の効果により、MnIr膜の磁化方向を面内に向かせる(もしくは垂直方向の磁化を低減させる)ことができる。
酸化抑制層4は、下部磁性層3の表面を炭素で終端処理(炭化処理)することによって形成されたものである。
したがって、酸化抑制層4は、下部磁性層3の炭化物からなる。炭素による終端処理は、メタンガス等の炭素を含む気体を用いて得られる炭素プラズマ又は炭素ラジカルに、下部磁性層3の表面を暴露することによって行われたものである。あるいは、炭素による終端処理は、カーボンターゲットを用いたスパッタ又は蒸着によって極めて薄い(1nm以下)炭素膜を成膜することによって行われたものであってもよい。
酸化抑制層4の層厚が増加すると、それに連れて下部磁性層3が炭化されていくために下部磁性層3が本来持っている磁気特性が低下する。したがって、酸化抑制層4の形成工程、つまり炭素による下部磁性層3への終端処理は、下部磁性層3の磁気特性(スピン分極率等)を低下させるほどに層厚の大きな酸化抑制層4を形成するものであってはならない。すなわち、酸化抑制層4の膜厚は、下部磁性層3の磁気特性に影響を及ぼさないようにするという観点から、下部磁性層3の酸化を抑制する効果を有する範囲で極力薄いことが望ましく、具体的には数原子層程度であることが望ましい。
酸化による絶縁層5の形成工程後であれば、基板1をアニール処理することによって酸化抑制層4の層厚を小さくする(又は除去する)ことが可能である。酸化抑制層4を除去した場合、トンネル接合部は、下部磁性層3/絶縁層5/上部磁性層6という構造を有することとなる。もちろん、アニール処理せずに酸化抑制層4を当初の層厚のままに残した構造であってもよい。
絶縁層5は、Al及びMgの少なくともいずれか一種類を含む非磁性金属の酸化膜からなる。絶縁層5は、酸化抑制層4の酸化抑制効果によって、十分に薄く且つ高い絶縁障壁高さに形成されている。具体的には、絶縁層5の膜厚は、数Åから数10Å程度であり、絶縁障壁高さは少なくとも1eV以上である。絶縁層5は、スパッタ又は蒸着等の成膜方法を用いて非磁性の金属膜を酸化抑制層4上に形成し、この金属膜を酸化処理することによって形成されたものである。酸化処理としては、酸化雰囲気中における自然酸化処理若しくは熱酸化処理、プラズマ酸化処理、ラジカル酸化処理、又は、オゾン酸化処理等の方法を用いることができる。このように既に確立されている酸化方法を用いることによって、容易に絶縁層を形成することができる。
本実施形態のTMR素子10では絶縁層5が非磁性の金属酸化膜であるので、絶縁層5の絶縁障壁高さが高くなって、TMR素子10のMR比が非常に高いものとなっている。
絶縁層5は、酸化Alや酸化Mg等の非磁性の金属酸化物をターゲットとして用いたスパッタ又は蒸着等の成膜方法によって、直接酸化抑制層4上に成膜されたものであってもよい。これによると、酸化工程を省略できるので、短時間で絶縁層5を形成することが可能となって、TMR素子10の量産が容易となる。
絶縁層5を酸化抑制層4上に直接成膜する場合であっても、絶縁層5の形成時に例えば活性剤として酸素を利用する場合等には、酸化抑制層4が下部磁性層3の酸化抑制効果を発揮することがある。すなわち、絶縁層5は、金属酸化膜のように酸素を含有するものでなくてもよい。
(素子の動作説明)
次に、TMR素子10の動作について説明する。電極パターン7a、7b間に電圧が印加されると、導電層2を介して、下部磁性層3、酸化抑制層4、絶縁層5及び上部磁性層6からなるトンネル接合部の厚み方向に電流が流れる。ここで、外部磁場をTMR素子10に印加すると、外部磁場の強度を変化させることによって、下部磁性層3の磁化方向と上部磁性層6の磁化方向を互いに平行又は反平行の状態に変化させることができる。このとき、下部磁性層3と上部磁性層6との磁化方向が平行か反平行かによってトンネル電子が絶縁層5を通過する確率が変化し、それに応じて素子抵抗値が変化する。すなわち、トンネル磁気抵抗効果を生じる。
TMR素子10においては、下部磁性層3と絶縁層5との間に形成された酸化抑制層4が下部磁性層3の炭化物からなるので、酸化抑制層4は、下部磁性層3から上部磁性層6へ又は上部磁性層6から下部磁性層3へと電子が進行する際に電子スピンの散乱を生じさせることがない。
(酸化抑制効果の説明)
ここで、絶縁層5の形成時における酸化抑制層4による下部磁性層3の酸化抑制効果のメカニズムについて、酸化抑制層4を設けない場合と設けた場合とを対比しつつ具体的に説明する。
まず、酸化抑制層を設けない場合について、一例を示しながら説明する。図2(a)〜図2(e)は、酸化抑制層を設けない場合における絶縁層形成工程を順に描いた断面図である。なお、便宜のため、下部磁性層と、酸化後に絶縁層に変質する非磁性層と、絶縁層とだけを図示する。
まず、基板(図示せず)上に形成された電極層(図示せず)の上に形成されたCoFeからなる下部磁性層101の上に、さらにAl膜からなる非磁性層102を形成する(図2(a))。Al膜からなる非磁性層102においては、Al原子が多数の粒を形成しており、多数の粒が粒界を介して連なることによって非磁性層102となっている。
次に、非磁性層102上に酸素を導入する。すると、導入された酸素が、非磁性層102の表層部(Al原子の数原子層程度の厚み)においてAl原子と結合し、数原子層程度の厚みのAl酸化物103が形成される(図2(b))。
続いて、酸素が非磁性層102中に進入する。このとき、酸素は非磁性層102中のAl粒内部には進入せず、Al粒の粒界を通り下部磁性層101と非磁性層102との界面104にまで到達し、さらに界面104上を拡散しつつ蓄積されていく(図2(c))。
そして、界面104にまで到達し蓄積された酸素は、非磁性層102中のAl原子との結合に先立って、CoFeからなる下部磁性層101中へ進入し始め、下部磁性層101表層部のCo原子又はFe原子と結合し始める(図2(d))。
さらに酸化プロセスを進めた場合、酸素が非磁性層102全体をAl酸化物からなる絶縁層106に変質させるとともに、下部磁性層101のCo原子又はFe原子と酸素との結合がさらに進み、下部磁性層101の表層部にCoFe酸化層107が形成される。つまり、下部磁性層101の酸化を引き起こしてしまうことになる(図2(e))。
次に、本実施形態に係るTMR素子10のように酸化抑制層を設けた場合について、一例を示しながら説明する。図3(a)〜図3(e)は、酸化抑制層を設けた場合における絶縁層形成工程を順に描いた断面図である。なお、便宜のため、下部磁性層と、酸化後に絶縁層に変質する非磁性層と、絶縁層とだけを図示する。
まず、基板(図示せず)上に形成された電極層(図示せず)の上に、CoFeからなる下部磁性層3を形成する。そして、下部磁性層3の表層部に炭素による終端処理を施して、CoFe炭化物からなる酸化抑制層4を形成する。しかる後、酸化抑制層4上にAl膜からなる非磁性層8を形成する(図3(a))。
次に、非磁性層8上に酸素を導入する。すると、導入された酸素が、非磁性層8の表層部(Al原子の数原子層程度の厚み)においてAl原子と結合し、数原子層程度の厚みのAl酸化物9が形成される(図3(b))。
続いて、酸素が非磁性層8中に進入する。このとき、酸素は非磁性層8中のAl粒内部には進入せず、Al粒の粒界を通り非磁性層8と酸化抑制層4の界面11にまで到達し、さらに界面11上を拡散しつつ蓄積されていく(図3(c))。
そして、界面11にまで到達し蓄積された酸素は、酸化抑制層4中へ進入しようとする。しかし、酸化抑制層4中のCo原子及びFe原子はすでに炭素と結合しているために新たに酸素と結合する余裕は無く、酸素は酸化抑制層4中へ進入できない。これに対して、酸素は非磁性層8中のAl粒内部に進入可能であるため、非磁性層8中のAl原子を徐々にAl酸化物へと変質させていく(図3(d))。
さらに酸化プロセスを進めた場合でも、酸素は、酸化抑制層4及びこれより下部の下部磁性層3へ進入することができない。したがって、酸素は非磁性層8中のAl原子との結合をさらに進めることとなり、均一な厚さを有するAl酸化物からなる絶縁層5が酸化抑制層4上に形成される(図3(e))。
上記のように、酸化処理によって絶縁層5を形成する際、下部磁性層3が酸化されるのを酸化抑制層4が抑制する。よって、酸化処理によって絶縁層5を形成する際において、下部磁性層3の磁気特性が劣化することがない。さらには、酸化抑制層4上に絶縁層5を形成するので、酸化不足なく、薄く均一の厚さを有する絶縁層5を形成することが可能である。
しかも、絶縁層5の形成時に下部磁性層3が酸化されることを酸化抑制層4が阻止するので、絶縁層5の形成時における酸化時間等の条件マージンを広くすることができる。したがって、絶縁層5を再現性よく形成することが可能となり、ひいては、TMR素子10を再現性よく形成することができるので、素子間における特性バラツキを低減することができる。加えて、TMR素子10の量産においての歩留まりを向上させることができる。
また、下部磁性層3の表層部に施す炭素による終端処理は、下部磁性層3の酸化抑制層4との界面における磁性に影響を与えないので、より高いMR比を有するTMR素子10を製造することが可能となる。
なお、絶縁層5の形成後にアニール処理を行うことによって酸化抑制層4を除去する(又は層厚を減少させる)ことが可能である。アニールによって酸化抑制層4を除去する(又は層厚を減少させる)ことができるのは、酸化抑制層4中のCoFe炭化物がアニールによって炭素と解離し、この解離した炭素がAl酸化物からなる絶縁層5中の粒界を通り大気に放出される又は絶縁層5中に拡散していくためであると考えられる。
(参考例1:窒素終端処理によって形成された酸化抑制層を有するTMR素子)
本発明に係るTMR素子の特性を評価するために、以下の製造方法に従って上記実施形態と同様のTMR素子10を作製した。図4(a)〜図4(e)は、本発明の参考例1に係るTMR素子の製造工程を順に描いた断面図である。
まず、熱酸化によって厚さ500nmのSiO2が表面に形成された基板1上に、マグネトロンスパッタ装置を用いて導電層2を成膜した。具体的に、導電層2は、5nmのTa膜、30nmのCu膜、5nmのTa膜を順次積層したもの(各膜は図示せず)である。これら3つの膜は、スパッタチャンバを1×10-6Paまで真空引きした後、Arガスを導入し、2×10-1PaのArガス雰囲気下において、DCマグネトロンスパッタ法によって順次成膜されたものである(図4(a))。なお、本参考例と上記実施形態のTMR素子の構成は、電極層及び後述する電極パターンの積層数において異なっている。
次に、マグネトロンスパッタ装置を用いて、導電層2上に下部磁性層3を成膜した。具体的に、下部磁性層3は、まず2nmのNiFe膜及び5nmのCu膜をシード層として順次積層し、続いて厚さ15nmのMnIr膜、厚さ4nmのCoFe膜(各膜は図示せず)を順次積層したものである。各膜は、スパッタチャンバを1×10-6Paまで真空引きした後、Arガスを導入し、2×10-1PaのArガス雰囲気下において、DCマグネトロンスパッタ法において順次成膜されたものである(図4(b))。
続けて、窒素による下部磁性層3の終端処理によって、下部磁性層3上に酸化抑制層4を形成した。具体的には、スパッタチャンバを1×10-6Paまで真空引きした後、N2ガスを100sccmの流量で流し、1×10-1PaのN2ガス雰囲気中に、下部磁性層3であるCoFe膜表面を5分間暴露した。これによって、CoFe窒化物からなる酸化抑制層4が形成された(図4(c))。
次に、酸化抑制層4上に酸化Alからなる絶縁層5を形成した。具体的には、まず酸化抑制層4上に、マグネトロンスパッタ装置を用いて、予めAl膜を1.2nmの厚みで成膜した。Al膜の成膜は、スパッタチャンバを1×10-6Paまで真空引きした後、Arガスを導入し、2×10-1PaのArガス雰囲気下において、DCマグネトロンスパッタ法において行った。Al膜成膜後、再度スパッタチャンバを1×10-6まで真空引きした後、O2ガスを100sccmの流量で導入し、1PaのO2ガス雰囲気下においてAl膜のプラズマ酸化を行った。投入電力は100W、酸化時間30sとした。これによって、酸化Alからなる絶縁層5が形成された(図4(d))。
続けて、マグネトロンスパッタ装置を用いて、絶縁層5上に上部磁性層6を成膜した。具体的には、上部磁性層6は、厚さ4nmのCoFe膜(図示せず)、10nmのNiFe膜(図示せず)を順次積層したものである。これら2つの膜は、スパッタチャンバを1×10-6Paまで真空引きした後、Arガスを導入し、2×10-1PaのArガス雰囲気下において、DCマグネトロンスパッタ法によって順次成膜されたものである(図4(e))。
こうして得られた上部磁性層6上にフォトマスク(図示せず)を配置し、周知のリソグラフィ装置及びエッチング装置を用いて、導電層2が露出し、これがわずかにエッチングされる深さまで加工し、凸状のパターンを形成した(図4(f))。続いて、上述のように加工された積層体及び導電層2上にSiO2からなる絶縁層12を、マグネトロンスパッタ装置を用いて形成し(図4(g))、さらに絶縁層12及び導電層2上に孔を有するフォトマスク(図示せず)を形成し、周知のリソグラフィ工程およびエッチング工程を用いて電極を取るための孔あけ加工を行い、導電層2表面と上部磁性層6表面とを露出させる孔13、14を形成した(図4(h))。そして、その上から、電極層7を、マグネトロンスパッタ装置を用いて成膜し(図4(i))、さらに電極層7を選択エッチングによって所定の電極パターン7a、7bに形成した(図4(j))。具体的に、電極層7及び電極パターン7a、7bは、5nmのTa膜、30nmのCu膜、5nmのTa膜を順次積層したものである。これら3つの膜は、スパッタチャンバを1×10-6Paまで真空引きした後、Arガスを導入し、2×10-1PaのArガス雰囲気下において、DCマグネトロンスパッタ法によって順次成膜されたものである。
以上の工程によって作製したTMR素子10を参考例1の試料とした。
ここで、酸化抑制層4の形成工程、つまり窒素による終端処理によって下部磁性層3の磁化特性が低下しないことを実験により確認したことを示しておく。
上記実験の結果として、図5(a)に表面を窒素暴露したCoFe膜の磁化曲線を示す。測定サンプルは、CoFe膜をガラス基板上に10nmの厚みで形成し、続いて窒素ガスを100sccmの流量で導入し、1×10-1Paの窒素雰囲気中に10分間暴露して酸化抑制層を形成することで作製されたものである。磁化測定は、振動試料型磁力計(VSM)を用いて行った。比較として、窒素暴露をしない場合のCoFe膜の磁化測定結果を、図5(b)に示す。これらの図面に描かれたヒステリシスループ全体の形状から分かるように、CoFe膜の磁気特性(飽和磁化、残留磁化、保磁力など)は、窒素暴露によってほとんど変化していなかった。
さらに、上記窒素によって表面を終端処理したCoFe膜は、X線光電子分光分析装置(XPS)を用いた表面分析により、その表面において窒素と結合していることを確認している。
なお、参考例1においては、下部磁性層3表面を窒素ガスに暴露することによって酸化抑制層4を形成しているが、これに限るものではなく、例えば、下部磁性層3を窒素プラズマに暴露することによって酸化抑制層4を形成してもよい。あるいは、下部磁性層3を窒素ラジカルに暴露することによって酸化抑制層4を形成してもよい。
(参考例2:参考例1における絶縁層形成後にアニール処理を行ったTMR素子)
次に、参考例2について製造工程を示しながら説明する。本参考例は、参考例1の製造工程に加え、絶縁層5の形成工程直後にアニール処理工程を行った例である。なお、本参考例のTMR素子の製造工程において、絶縁層5形成直後にアニール処理を施した以外、参考例1に係るTMR素子10の製造工程のものと同じとした。よって参考例1で説明した部分と同一の部分については、その説明を省略することがある。
まず表面熱酸化シリコンからなる基板1上に、マグネトロンスパッタ装置を用いて導電層2として5nmのTa膜、30nmのCu膜、5nmのTa膜を順次積層し(図4(a)と同様)、続けて、導電層2上に、下部磁性層3として、2nmのNiFe膜、5nmのCu膜からなるシード層、10nmのMnIr膜、4nmのCoFe膜を順次積層した(図4(b)と同様)。
続いて、下部磁性層3の最上層であるCoFe表面をN2ガス雰囲気中に10分間暴露し、酸化抑制層4を形成した(図4(c)と同様)。続いて、絶縁層5を形成するために、酸化抑制層4上にAl膜を1.2nmの厚みで成膜し、このAl膜をプラズマ酸化することで酸化Alからなる絶縁層5を形成した(図4(d)と同様)。酸化処理において、投入電力は100W、酸化時間は30sとした。
続いて、チャンバから基板1を取り出し、これをアニール炉内に入れアニール処理を行った。アニール温度は350℃、アニール時間は5分とした。
アニール後、炉から基板1を取り出し、再度マグネトロンスパッタ装置内に入れ、4nmのCoFe膜及び10nmのNiFe膜を、上部磁性層6として絶縁層5上に順次成膜した(図4(e)と同様)。
こうして得られた上部磁性層6上にフォトマスクを配置し、周知のリソグラフィ装置及びエッチング装置を用いて、参考例1と同様の工程で電極パターン7a、7bを形成した(図4(f)〜図4(j)と同様)。
以上の工程によって作製したTMR素子を実施例2の試料とした。実施例2のTMR素子では、酸化抑制層4が除去されていた。
なお、参考例2においては、アニール温度を350℃としたが、これに限るものではなく、酸化抑制層4を除去することができ且つ下部磁性層3の磁性を低下させない温度であればいくらでもよい。また、アニール時間においても同様で、酸化抑制層4が除去される時間であればいくらでもよく、且つ下部磁性層3の磁性を低下させない程度の処理時間であればいくらでもよい。
また、参考例2においては、アニール処理工程を、絶縁層5を形成した直後に行ったが、これに限るものではなく、アニール処理工程を行うのは、絶縁層5を形成した後であればいつでもよく、例えば上部磁性層6を形成した後に行ってもよいし、電極層7を形成した時点や、電極パターン7a、7bを形成した後に行ってもよい。
(実施例:炭素終端処理によって形成された酸化抑制層を有するTMR素子)
次に、実施例について製造工程を示しながら説明する。本実施例は、参考例1の酸化抑制層4の形成工程において、窒素での終端処理ではなく、下部磁性層3表面を炭素で終端処理を施すことによって酸化抑制層4を形成した例である。なお、本実施例のTMR素子の製造工程は、上記終端処理の工程以外、参考例1と同じとした。よって参考例1で説明した部分と同一の部分については、その説明を省略することがある。
まず表面熱酸化シリコンからなる基板1上に、マグネトロンスパッタ装置を用いて導電層2として5nmのTa膜、30nmのCu膜、5nmのTa膜を順次積層し、続けて、導電層2上に、下部磁性層3として、2nmのNiFe膜、5nmのCu膜からなるシード層、10nmのMnIr膜、4nmのCoFe膜を順次積層した。
続いて、チャンバ内にメタンガスを100sccmの流量で導入し、1×10-1Paのガス圧下において、300Wの電力を投入し、メタンガスをプラズマ状態にさせ、これに下部磁性層3であるCoFe表面を1分間暴露することによって、酸化抑制層4を形成した。
続いて、絶縁層5を形成するために、酸化抑制層4上にAl膜を1.2nmの厚みで成膜し、このAl膜をプラズマ酸化することで酸化Alからなる絶縁層5を形成した。酸化処理において、投入電力は100W、酸化時間は30sとした。続いて、絶縁層5上に上部磁性層6として4nmのCoFe膜、10nmのNiFe膜を順次成膜した。
こうして得られた上部磁性層6上にフォトマスクを配置し、周知のリソグラフィ装置及びエッチング装置を用いて、参考例1と同様の工程で電極パターン7a、7bを形成した。
以上の工程によって作製したTMR素子を実施例の試料とした。
ここで、酸化抑制層の形成工程、つまり炭素による終端処理によって下部磁性層の磁気特性が低下しないことを実験により確認したことを示しておく。上記実験の結果として、図6に、表面を炭素により終端処理したCoFe膜の磁化曲線を示す。測定サンプルは、CoFe膜をガラス基板上に10nmの厚みで形成し、続いてチャンバ内にメタンガスを100sccmの流量で導入し、1×10-1Paのガス圧下において、300Wの電力を投入し、メタンガスをプラズマ状態にさせ、これに1分間暴露して酸化抑制層を形成することで作製されたものである。磁化測定は、振動試料型磁力計(VSM)を用いて行った。比較としての炭素終端処理を行っていないサンプルの磁化測定結果は、上述の図5(b)に示している。図6に示すように、CoFe膜の磁気特性(飽和磁化、残留磁化、保磁力など)は、炭素終端処理によりほとんど変化していなかった。
なお、実施例においては、メタンガスを用いてプラズマ化した炭素プラズマに下部磁性層3を暴露することで酸化抑制層4を形成したが、これに限るものではなく、下部磁性層3が炭素によって終端される方法であれば別の方法で酸化抑制層4を形成してもよい。例えば、炭素を含むガスをマイクロ波ラジカルガン又は高周波電源を用いてラジカル化した炭素ラジカルに、下部磁性層3を暴露してもよい。あるいは、カーボンターゲットを用いたスパッタ又は蒸着等の成膜方法によって、極めて薄い(1nm以下)炭素膜を成膜してもよい。
また、実施例においては、参考例2と同様の絶縁層5を形成した後のアニール処理を行ってはいないが、本実施例においても、酸化抑制層4をアニール処理によって除去することが可能であるため、絶縁層5形成後であれば、アニール処理工程を加えてもかまわない。
(比較例1:酸化抑制層を設けていないTMR素子)
比較のため、酸化抑制層4を設けない(つまり下部磁性層3を窒素又は炭素によって終端処理しない)以外は参考例1〜2及び実施例と同様の手順でTMR素子を作製し、比較例1とした。
比較例1のTMR素子の作製方法は、下部磁性層3を窒素又は炭素によって終端処理しないこと以外、実施例1〜3のTMR素子の作製方法と同じとした。したがって、各層の材料、厚み及び形成方法等は同じである。
(参考例1〜2、実施例及び比較例1のTMR素子の評価)
参考例1〜2、実施例及び比較例1のTMR素子に関して、電極パターン7a、7b間に電圧を印加してトンネル電流を流し、素子の特性評価を行った。その結果を表2に示す。
表2に示すように、参考例1〜2及び実施例のTMR素子では、MR比は41〜47%であり、また素子抵抗は4×105〜6×105Ω・μm2であった。これに対し、比較例1のトンネル磁気抵抗効果素子では、MR比は31%と比較的小さく、またその素子抵抗は、1×107Ω・μm2と比較的大きかった。
これは、比較例1では、絶縁層5の形成工程において、下部磁性層3が酸化されてしまったためであると考えられる。つまり、下部磁性層3が酸化されたために、絶縁層5を通ってきたスピンが下部磁性層3表面の酸化物によって散乱されてしまい、よってMR比が低下したものと考えられる。
さらに、比較例1のように酸化抑制層4を設けない場合に素子抵抗が大きくなった理由は、下部磁性層3が酸化されてしまったことによって絶縁層5としての厚みが厚くなったことによるものと考えられる。逆に、参考例1〜2及び実施例のように酸化抑制層4を設けた場合には、酸化抑制層4の効果によって、下部磁性層3への酸化が抑制され、よって薄く均一な厚さの絶縁層5が形成され、比較的高いMR比が得られたものと考えられる。
また、参考例2のTMR素子では、参考例1で得られたMR比よりも若干高いMR比が得られた。これは、絶縁層5形成後のアニール処理によって、酸化抑制層4が除去され、よって下部磁性層3の酸化抑制層4との界面付近における磁性が向上したためであると考えられる。素子抵抗については、アニール処理を行わない場合とほとんど差が無かった。
実施例のTMR素子は、参考例1と同じ程度のMR比を有していた。これは、炭素による終端処理によって形成された酸化抑制層4が、参考例1のように窒素による終端処理によって形成された酸化抑制層4と同様に、下部磁性層3の酸化抑制の効果を示したからであると考えられる。素子抵抗については、参考例1よりも低抵抗であった。
(参考例3:TMR素子における絶縁層の厚さ均一性評価)
次に、本発明の実施形態に係るTMR素子における絶縁層の厚さの均一性を評価するために、図7に示す断面を有する試料を作製した。
本参考例で使用した試料は、参考例1の製造方法において、導電層2の形成工程から絶縁層5の形成工程までだけを行うことによって作製したものである。ただし、酸化による絶縁層5の形成工程において、酸化時間を20秒とした。これ以外の、導電層2、下部磁性層3、酸化抑制層4、絶縁層5の材料及び形成方法等は、参考例1と同じとした。よって参考例1で説明した部分と同一の部分については、その説明を省略することがある。
本参考例における試料の製造方法は、以下の通りである。まず表面熱酸化シリコンからなる基板1上に、マグネトロンスパッタ装置を用いて、Ta膜5nm/Cu膜30nm/Ta膜5nmの導電層2、その上にNiFe膜2nm/Cu膜5nm/MnIr膜10nm/CoFe膜4nmの下部磁性層3を順次積層させ、続けて下部磁性層3表面をN2ガスに10分間暴露して酸化抑制層4を形成した。次に、Al膜1.2nmを酸化抑制層4上に成膜し、プラズマ酸化処理して絶縁層5を形成した。酸化処理において、投入電力は100W、酸化時間は20sとした。以上の工程によって作製したものを参考例3の試料とした。
(比較例2)
比較のため、酸化抑制層4を設けない(つまり下部磁性層3を窒素ガスに暴露しない)以外は参考例3と同様の手順でTMR素子を作製し、比較例2とした。
参考例3及び比較例2のTMR素子の電流分布を、Conductive Atomic Force Microscope(C−AFM)装置を用いて測定した。C−AFM装置とは、サンプル表面の電流分布像を得ることができる装置である。具体的に、電流分布像は、接触型AFM装置に含まれる導電性の探針を用い、これを試料表面に接触させ、探針と試料表面の間に電圧を印加することによって、導電性の探針と探針が接触している試料表面の間に流れる極微小の電流を探針の走査を行いながら計測することで得られる。上記試料のように測定対象が絶縁層である場合、絶縁層の層厚方向に流れる電流を計測することになる。
図8(a)に、参考例3の試料について、C−AFM装置を用いて得られた300nm×300nm領域の電流分布像から計算された電流値のヒストグラムを示す。このヒストグラムは、走査の1微小領域(約2nm×2nm領域)あたりの電流強度を横軸に、その強度が現れる領域の頻度を縦軸に示したものである。
また、比較例2の試料においても参考例3と同様にC−AFM装置を用いて測定、評価を行い、その結果を図8(b)に示した。
図8(b)から、比較例2の試料のように酸化抑制層を形成しない場合には、局所的に流れる電流が大きくばらついていることがわかる。これは、Al膜の酸化程度が局所的に異なり、特に未酸化部分が多く、絶縁層が均一の厚さに形成されていないためであると考えられる。
一方、図8(a)から、参考例3の試料のように酸化抑制層4を形成した場合には、電流が一様に流れており、そのばらつきが比較的小さいことがわかる。これは、酸化抑制層4の効果によって、絶縁層5が均一の厚さに形成されているためであると考えられる。
したがって、実施例及び各参考例のTMR素子は、酸化抑制層4の効果によって、均一な厚さの絶縁層5が形成されているため、比較的高いMR比が得られたものと考えられる。
以上のように、本発明に係る実施例によれば、酸化による絶縁層5の形成に先立って、下地となる下部磁性層3表面を炭素によって終端処理し、酸化抑制層4を形成することによって、下部磁性層3への酸化を防ぎ、そのため絶縁層5を均一な厚さに形成することができることから、トンネル磁気抵抗効果素子としては、比較的高いMR比を実現することができる。
また、本発明に係る実施例によれば、酸化抑制層4の効果によって、さらに薄い絶縁層5を形成してもトンネル磁気抵抗効果を得ることができる。例えば、実施例において、絶縁層5は、Al膜を1.2nmの厚みで成膜し、これをプラズマ酸化することによって形成されているが、これに限るものではなく、さらに薄いAl膜(数Å程度)を酸化して絶縁層5を形成したとしても、過酸化を起こすことなく、均一な厚さを有するように絶縁層5を酸化させることが可能であるため、さらに薄い絶縁層5の形成ができ、ひいてはトンネル磁気抵抗素子としては、さらに低抵抗化を実現することができる。
さらに、本発明に係る実施例によれば、酸化抑制層4の効果によって、酸化による絶縁層5の形成におけるプロセスマージン(例えば酸化時間)を広くすることが可能となる。
図9に、TMR素子におけるMR比の酸化時間依存性の傾向を表したグラフを示す。図9に示すように、酸化抑制層4が無い場合には、絶縁層5の形成時の酸化時間を長くすると、下部磁性層3が酸化されてしまい、MR比は低下してしまう。よって、最適な酸化時間を確保することは難しく、よって再現性よく絶縁層5を形成することが困難である。
しかし、本発明に係る実施例のように酸化抑制層4を設けた場合には、絶縁層5の形成時間を長時間としても下部磁性層3が酸化されることはないため、MR比は低下しない。よって比較的長い時間の酸化が可能となり、これより絶縁層5を再現性よく形成することができ、素子間における特性バラツキが少なくなる。これによって、ひいては量産においての歩留まりも向上させることが実現できる。
なお、本発明は、特許請求の範囲を逸脱しない範囲で設計変更できるものであり、上記実施形態や実施例に限定されるものではない。例えば、酸化抑制層4を終端処理以外で形成してもよい。また、絶縁層5が金属窒化膜などの金属酸化膜以外の膜であってもよい。さらに、酸化によって絶縁層5を形成する場合、酸化方法として任意の方法を選択可能である。また、TMR素子中における各層の材料、層厚などは適宜変更可能である。
本発明の一実施形態に係るトンネル磁気抵抗効果素子を示す断面図である。
酸化抑制層を設けない場合に、下部磁性層が酸化される過程を順に描いた断面図である。
酸化抑制層を設けた場合に、下部磁性層が酸化抑制される過程を順に描いた断面図である。
本発明に係る参考例のTMR素子の製造工程の一つを示す断面図であって、基板上に導電層を成膜した状態を示す断面図である。
図4(a)の導電層上に下部磁性層を成膜した状態を示す断面図である。
図4(b)の下部磁性層の表面に酸化抑制層を形成した状態を示す断面図である。
図4(c)の酸化抑制層上に絶縁層を形成した状態を示す断面図である。
図4(d)の絶縁層上に上部磁性層を成膜した状態を示す断面図である。
図4(e)の上部磁性層、絶縁層、酸化抑制層、下部磁性層の所定部分についてエッチング加工し、凸状のパターンを形成した状態を示す断面図である。
図4(f)の凸状のパターン上に絶縁層を形成した状態を示す断面図である。
図4(g)の凸状のパターン上の絶縁層に導電層表面と上部磁性層表面とを露出させる孔をそれぞれ形成した状態を示す断面図である。
図4(h)の凸状のパターン上の絶縁層上に電極層を成膜した状態を示す断面図である。
図4(i)の電極層を選択エッチングによって所定の電極パターンを形成した状態を示す断面図である。
(a)が表面を窒素暴露したCoFe膜の磁化曲線を示すグラフ、(b)が表面を窒素暴露しない場合のCoFe膜の磁化曲線を示すグラフである。
表面を炭素暴露したCoFe膜の磁化曲線を示すグラフである。
本発明の実施形態に係るTMR素子における絶縁層の厚さの均一性を評価するために作製した試料を示す断面図である。
C−AFM装置を用いて得られた300nm×300nm領域の電流分布像から計算された電流値のヒストグラムを示すグラフであって、(a)が参考例3の試料の測定結果、(b)が比較例2の試料の測定結果を示すグラフである。
酸化抑制層がある場合及びない場合の、TMR素子のMR比の酸化時間依存性を示すグラフである。
符号の説明
1 基板
2 導電層
3 下部磁性層
4 酸化抑制層
5 絶縁層
6 上部磁性層
7 電極層
8 非磁性層
9 Al酸化物
10 TMR素子
11 界面
101 磁性層
102 非磁性層
103 酸化物
104 界面
106 絶縁層
107 酸化層