JP4669992B2 - 窒素含有クロム被膜、その製造方法及び機械部材 - Google Patents

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Description

本発明は、窒素含有クロム被膜とその製造方法に関するものである。本発明はまた、窒素含有クロム被膜を有する機械部材に関するものである。
車両のエンジン及び変速機等に使用される摩擦摩耗部品等の機械部材は、過酷な条件下での使用を前提としているため、それに耐え得るように、耐摩耗性、耐食性、耐焼き付き性等に優れていることが不可欠である。
そこで、従来、前記の如き特性を有する機械部材を得る目的で、鋼材等からなる基材の表面に、窒化クロムの被膜を形成することが提案されている(特許文献1,2参照)。
特許文献1には、窒化クロム被膜におけるクロム原子と窒素原子との組成比(Cr/N組成比)を、基材側から被膜の表面側にかけて、約20から約1.0の範囲で段階的又は傾斜的に小さくし、膜表面では、膜中のクロム原子と窒素原子との組成比を1にすることが開示されている(特に、第3頁左欄下から9行目〜同右欄3行目)。
また、特許文献2には、基材の表面に、窒化クロム被膜として、100原子当たり50〜99のクロム原子及び50〜1の窒素原子を含む窒化クロム結晶が点在した膜を形成することが開示されている(特に、第3頁左欄4行目〜7行目)。
特開平7−109561号公報 特開平11−217666号公報
しかしながら、特許文献1の前記構成によれば、窒化クロム被膜の窒素濃度が、基材側から被膜の表面に近づくにつれて段階的又は傾斜的に大きくなっており、基材側から被膜表面に近づくにつれて硬さは大きくなる半面、膜全体としての靭性が悪い等の欠点があった。
一方、特許文献2では、窒化クロム被膜の厚さ方向におけるクロム原子と窒素原子の組成比の変化の態様には言及がなされていないので、クロム原子と窒素原子の比率は、被膜の厚さ方向において均一であると推測される。この場合、クロムの比率を大きくすれば、基材への密着性が良好となるが、その半面、被膜表面の硬度が不十分となってしまう。逆に、窒素の比率を上げると、被膜表面の硬度は大きくなるが、基材への密着性が悪くなってしまう等の問題がある。
本発明は、前記の如き事情に鑑みてなされたもので、良好な耐摩耗性、耐焼き付き性等を有するとともに、基材への密着性及び靭性にも優れた窒素含有クロム被膜及びその製造方法を提供しようとするものである。
本発明はまた、前記窒素含有クロム被膜を有する機械部材を提供しようとするものである。
本発明の発明者は、基材の表面に形成する窒素含有クロム被膜の中の窒素濃度を、膜厚方向に関し所定の状態にすることにより、上記課題を解決することができた。
前記課題を解決するため、本発明に係る窒素含有クロム被膜は、基材の表面に形成される窒素含有クロム被膜であって、前記基材に接触する基材接触部と、該基材接触部より膜厚方向外側の第一の中間部と、該第一の中間部より膜厚方向外側の第二の中間部と、該第二の中間部より膜厚方向外側の表面部と、を備え、前記基材接触部と前記第二の中間部との間においては前記第一の中間部の含有窒素濃度が最も高く、且つ、前記表面部の含有窒素濃度が前記第一の中間部の含有窒素濃度以上であることを特徴としている(請求項1)。
本発明に係る窒素含有クロム被膜は、膜全体として見た場合に窒素を含んでいれば良く、前記基材接触部の含有窒素濃度がゼロの場合も含むものとする。また、前記表面部には、厳密に被膜の表面上の部位だけでなく、それより膜厚方向内側寄りの部位も該当するものとする。さらに、前記被膜においては、膜厚方向に互いに隣接するの任意の部位間で含有窒素濃度値に段差があっても良いが、その段差がなく、含有窒素濃度が滑らかに変化していることが好ましい。
前記窒素含有クロム被膜において、膜全体としての耐摩耗性、耐焼き付き性等の特性は、前記第一の中間部及び前記表面部の含有窒素濃度が高く、したがって、前記第一の中間部及び前記表面部の各硬度が高いことによって担保される。また、前記窒素含有クロム被膜においては、膜厚方向における含有窒素濃度の違いにより、前記基材接触部から前記表面部に向かって、前記各部の硬さが、軟→硬→軟→硬と変化する。このような構成にすることで、膜全体としての靭性も良好となる。加えて、前記基材接触部においては、含有窒素濃度が前記第一の中間部の含有窒素濃度より低い分だけクロム濃度が高いので、基材に対する密着性も良好となる。特に、前記基材接触部の含有窒素濃度をゼロとすれば、前記基材接触部を含む基材接触面は、窒素を含有しない単なるクロム被膜であることになるので、前記基材に対する密着性が一層良好となる。
また、前記表面部の含有窒素濃度が前記第一の中間部の含有窒素濃度以上であることから、膜表面に前記第一の中間部と同等か、それよりも硬い層が存在することになり、被膜の強度及び耐摩耗性が一層向上する。
好適な実施の一形態として、前記基材接触部の含有窒素濃度より前記第二の中間部の含有窒素濃度が高い被膜とすることもできる(請求項2)。この状態は耐摩耗性、耐焼き付き性等の向上の観点において、より好ましい。
好適な実施の一形態として、前記基材接触部の含有窒素濃度を0〜0.6アトミックパーセント(請求項3)、前記第一の中間部の含有窒素濃度を0.3〜5.0アトミックパーセント(請求項4)、前記第二の中間部の含有窒素濃度を0.2〜3.0アトミックパーセント(請求項5)、前記表面部の含有窒素濃度を3.0〜6.0アトミックパーセント(請求項6)としたものとすることもできる。
本発明の他の実施の形態に係る窒素含有クロム被膜は、基材の表面に形成される窒素含有クロム被膜であって、前記基材に接触する基材接触部と、該基材接触部より膜厚方向外側の第一の中間部と、該第一の中間部より膜厚方向外側の第二の中間部と、該第二の中間部より膜厚方向外側の表面部と、を備え、前記基材接触部と前記第二の中間部との間においては前記第一の中間部の硬度が最も高く、且つ、前記表面部の硬度が前記第一の中間部の硬度以上であることを特徴としている(請求項7)。
前記窒素含有クロム被膜において、前記表面部には、厳密に被膜の表面上の部位だけでなく、それより膜厚方向内側寄りの部位も該当するものとする。さらに、前記被膜においては、膜厚方向に互いに隣接するの任意の部位間で硬度値に段差があっても良いが、その段差がなく、硬度値が滑らかに変化していることが好ましい。
好適な実施の一形態として、前記基材接触部の硬度より前記第二の中間部の硬度が高いことを特徴とすることもできる(請求項8)。
好適な実施の一形態として、前記基材接触部のビッカース硬度Hvを500〜1000(請求項9)、前記第一の中間部のビッカース硬度Hvを800〜1800(請求項10)、前記第二の中間部のビッカース硬度Hvを700〜1600(請求項11)、前記表面部のビッカース硬度Hvを1500〜2000(請求項12)としたものとすることもできる。
次に、本発明に係る窒素含有クロム被膜の製造方法は、窒素を含む雰囲気中でクロムを所定時間スパッタリングすることによって基材の表面に窒素含有クロム被膜を形成する方法であって、前記スパッタリング時間に、スパッタリング開始時点と、該スパッタリング開始時点の後のスパッタリング第一中間時点と、該スパッタリング第一中間時点の後のスパッタリング第二中間時点と、該スパッタリング第二中間時点の後のスパッタリング終盤時点と、が含まれ、前記スパッタリング開始時点と前記スパッタリング第二中間時点との間においては、前記スパッタリング第一中間時点における雰囲気の窒素濃度が最も高く、且つ、前記スパッタリング終盤時点における雰囲気の窒素濃度が、前記スパッタリング第一中間時点における雰囲気の窒素濃度以上であることを特徴としている(請求項13)。
本発明の前記製造方法において、前記スパッタリング開始時間帯の初期における雰囲気の窒素濃度は、ゼロの場合も含むものとする。また、前記スパッタリング終盤時点とは、スパッタリングが今にも終了する時点であるスパッタリング終了時点だけでなく、それより前の時点も該当するものとする。さらに、前記製造方法においては、スパッタリング時間における連続した任意の時点間で雰囲気の窒素濃度値に段差があっても良いが、その段差がなく、雰囲気の窒素濃度が滑らかに変化していることが好ましい。
前記製造方法によれば、スパッタリングの進行に応じて、基材の表面にクロム被膜又は窒素含有クロム被膜が堆積し、前記窒素含有クロム被膜の膜厚が、スパッタリング時間の経過とともに大きくなる。そして、スパッタリングの過程で、雰囲気の窒素濃度が前記の如く変化せしめられるので、形成された窒素含有クロム被膜においては、各層の含有窒素濃度が、基材接触部から表面部に向かって、小→大→小→大と変化したものとなる。
好適な実施の一形態として、前記スパッタリング開始時点における雰囲気の窒素濃度より前記スパッタリング第二中間時点における雰囲気の窒素濃度が高いことを特徴とすることもできる(請求項14)。
本発明に係る機械部材は、前記いずれかの形態の窒素含有クロム被膜を有するものである(請求項15)。本発明に係る機械部材には、自動車部品等の機械部品だけでなく、金型等も含まれる。
本発明によれば、耐摩耗性、耐焼き付き性、靭性、基材に対する密着性等の諸特性を同時に満たす、窒素含有クロム被膜を得ることができる。
また、本発明によれば、従来の窒素含有クロム被膜上にさらにDLCやTiNなどの硬質被膜を形成した二重構造の被膜と同等の優れた品質を有する被膜を、従来の窒素含有クロム被膜を製造する場合と同一の装置及びターゲットを用いて、容易に得ることができる。
また、本発明の被膜を有する機械部材においても、前記と同様の作用効果が得られる。
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の一形態について説明する。
図1は、本発明の実施の一形態に係る窒素含有クロム被膜を基材の表面に形成するためのスパッタリング装置の概略図、図2は、窒素含有クロム被膜の含有窒素濃度グラフ(中段)と、スパッタリング工程における雰囲気の窒素濃度グラフ(下段)を、被膜の断面図(上段)に対応させて示した説明図である。
図1に示すスパッタリング装置10は、真空処理室1と、該真空処理室1内を真空状態にせしめるための真空ポンプ2と、前記真空処理室1内の中心部に配設された回転テーブル3と、該回転テーブル3上に治具5を介して載置された被処理部材としての基材4と、該基材4を取り囲むように配置された蒸発源としてのクロムターゲット6と、該各クロムターゲット6にそれぞれ接続された直流のスパッタ電源7と、前記回転テーブル3に接続された直流のイオンボンバード及びバイアス電源8と、前記真空処理室1内にアルゴンガス及び窒素ガスを導入するためのガス導入パイプ9と、を備えている。
前記スパッタリング装置10によりスパッタリングを行うにあたっては、まず、前記真空ポンプ2を作動させ、前記真空処理室1について真空排気を実施する。次に、前記ガス導入パイプ9を介して、前記真空処理室1内に、アルゴンガスを導入してスパッタリングの雰囲気を形成する。スパッタリングプロセスの前に、必要に応じて、それ自体周知のイオンボンバード処理(アルゴン雰囲気中)を行い、アルゴンイオンによって前記基材の表面の活性化を行うことが好ましい。
スパッタリング工程においては、前記クロムターゲット6に前記スパッタ電源7の高電圧を印加して、前記クロムターゲット6の近傍でグロー放電(低温プラズマ)を生じさせる。これにより、放電領域内のアルゴンガスがイオン化して前記クロムターゲット6に高速で衝突し、その衝撃によって、前記クロムターゲット6からクロム原子が叩き出される。
前記真空処理室1内には、スパッタリングの開始後、所定時間を経過した後に、又は、スパッタリングの開始時点から、前記ガス導入パイプ9を介して、窒素ガスの導入が開始される。このため、前記クロムターゲット6から叩き出されたクロム原子は、雰囲気の窒素濃度がゼロの間はクロム単独で、そして、雰囲気に窒素ガスが導入された後は雰囲気中の窒素原子とともに、前記基材4の表面に叩きつけられて堆積する。その結果、例えば、図2の上段の断面図に示すような窒素含有クロム被膜11を有する機械部材12が出来上がる。スパッタリング時間は、前記基材4の種類や必要とされる膜厚によって適宜に設定することができ、例えば、0.5〜15時間等とされる。
前記窒素含有クロム被膜11は、クロムの中に窒素が固溶されている状態の組織を有するが、その組織調整は、スパッタリング工程において、前記真空処理室1内の雰囲気の窒素濃度を制御することによって行うことができ、雰囲気の窒素濃度の制御は、前記ガス導入パイプ9を介してなされる前記真空処理室1内への窒素ガスの供給量の制御によって行うことができる。窒素ガスの供給量を増やして雰囲気の窒素濃度を高くすれば、前記クロムターゲット6から叩き出されたクロム原子と結合して前記基材4の表面に堆積する窒素の量が多くなり、逆に、窒素ガスの供給量を減らして雰囲気の窒素濃度を低くすれば、前記窒素含有クロム被膜11に含まれる窒素の量が少なくなる。
そこで、前記雰囲気の窒素濃度がスパッタリングの経過に応じて次のように変化するように前記窒素ガスの供給量を制御すれば、本実施の形態に係る前記窒素含有クロム被膜11が形成される。すなわち、スパッタリング時間Tには、スパッタリング開始時点tsと、該スパッタリング開始時点tsの後のスパッタリング第一中間時点tmと、該スパッタリング第一中間時点tmの後のスパッタリング第二中間時点tmと、該スパッタリング第二中間時点tmの後のスパッタリング終盤時点teと、が含まれるものとする。そして、前記スパッタリング開始時点tsと前記スパッタリング第二中間時点tmとの間においては、前記スパッタリング第一中間時点tmにおける雰囲気の窒素濃度が最も高くなるように、前記真空処理室1への窒素ガスの供給量を制御する。加えて、前記スパッタリング終盤時点teにおける雰囲気の窒素濃度が、前記スパッタリング第一中間時点tmにおける雰囲気の窒素濃度以上となるように、前記真空処理室1への窒素ガスの供給量を制御する。
好ましくはさらに、前記スパッタリング開始時点tsにおける雰囲気の窒素濃度より前記スパッタリング第二中間時点tmにおける雰囲気の窒素濃度が高くなるように、窒素ガスの供給量を制御する。
なお、前記スパッタリング開始時点tsにおいては、窒素ガスの供給がゼロであってもよい。
例えば、図2の上段の断面図に示した四層構造の窒素含有クロム被膜11を製造する場合には、図2の下段のグラフに示すように、スパッタリング開始時点tsを始点とするスパッタリング開始時間帯Tsでは、窒素ガスの導入量を少なく抑えることで、雰囲気の窒素濃度を第一のレベルL1とする。
次いで、前記スパッタリング開始時間帯Tsに連続する前記スパッタリング第一中間時間帯Tmでは、窒素ガスの供給量をそれまでより増やして、雰囲気の窒素濃度を前記第一のレベルL1より大きい第二のレベルL2に上昇させる。
次に、前記スパッタリング第一中間時間帯Tmに連続する前記スパッタリング第二中間時間帯Tmでは、窒素ガスの供給量をそれまでより減らして、雰囲気の窒素濃度を前記第二のレベルL2より小さい第三のレベルL3(>L1)に上昇させる。
最後に、前記スパッタリング第二中間時間帯Tmに連続する前記スパッタリング終了時間帯Teでは、窒素ガスの導入量を前記スパッタリング第一中間時間帯Tmでの導入量と同量か、あるいはそれより多くして、雰囲気の窒素濃度を前記第二のレベルL2と同じか、あるいはそれより大きい第四のレベルL4にまで上昇させれば良い。
より好ましくは、図2の下段のグラフに破線で示したように、前記スパッタリング開始時点tsから前記スパッタリング第一中間時間帯Tmの中間時点(前記スパッタリング第一中間時点)tmにかけて雰囲気の窒素濃度を逓増せしめ、前記スパッタリング第一中間時間帯Tmの中間時点tmから前記スパッタリング第二中間時間帯Tmの中間時点(前記スパッタリング第二中間時点)tmにかけて雰囲気の窒素濃度を逓減せしめ、さらに、前記スパッタリング第二中間時間帯Tmの中間時点tmからスパッタリング終盤時点teにかけて雰囲気の窒素濃度を逓増せしめるのが良い。このように、スパッタリング時間中に、雰囲気の窒素濃度の変化分(窒素ガス供給量の変化分)を時間的に且つ量的に小刻みにすればするほど、雰囲気中の窒素ガス濃度の変化を示す曲線が滑らかとなり、含有窒素濃度の異なるより多層構造の被膜が形成されることになる。
以上のようにして製造される前記窒素含有クロム被膜11においては、膜厚方向の各部において、含有窒素濃度が図2の中段のグラフに示すように変化したものとなる。すなわち、前記窒素含有クロム被膜11は、前記基材4に接触する基材接触部11aと、該基材接触部11aより外側の第一の中間部11bと、該第一の中間部11bより外側の第二の中間部11cと、該第二の中間部11cより外側の表面部11dと、を備え、前記基材接触部11aと前記第二の中間部11cとの間においては前記第一の中間部11bの含有窒素濃度が最も高く、且つ、前記表面部11dの含有窒素濃度が前記第一の中間部11bの含有窒素濃度以上であり、さらに好ましくは、前記基材接触部11aの含有窒素濃度より前記第二の中間部11cの含有窒素濃度が高くなっている。
なお、スパッタリングの雰囲気への窒素ガスの導入を、スパッタリング開始時点tsから所定時間遅らせれば、前記基材4に直接接する所定厚だけは、含有窒素濃度がゼロの、単なるクロムの層となる。
前記窒素含有クロム被膜11においては、前記各部の含有窒素濃度が前記のように異なることにより、前記基材接触部11aと前記第二の中間部11cとの間においては前記第一の中間部11bの硬度が最も高く、且つ、前記表面部11dの硬度が前記第一の中間部11bの硬度以上であり、さらに好ましくは、前記基材接触部11aの硬度より前記第二の中間部11cの硬度が高くなっている。
前記各部のビッカース硬度Hvは、例えば、次の通りとするのが好ましい。
基材接触部:500〜1000(より好ましくは、500〜700)
第一中間部:800〜1800(より好ましくは、1500〜1800)
第二中間部:700〜1600(より好ましくは、700〜1500)
表面部 :1500〜2000(より好ましくは、1700〜2000)
なお、前記各部の含有窒素濃度は、図2の中段のグラフに破線で示したように、含有窒素濃度が、前記基材接触部11aの内側面から前記第一の中間部11bの中間厚地点にかけて逓増し、次いで、前記第一の中間部11bの中間厚地点から前記第二の中間部の中間厚地点にかけて逓減し、最後に、前記第二の中間部の中間厚地点から前記表面部11dの外表面にかけて再度逓増している状態となっていることが好ましい。ここで、逓増、逓減の態様は、段階的なものであっても傾斜的(なめらか)なものであっても良いが、可及的に細かく段階的とされているのが好ましく、その究極の態様として、図2の中段のグラフに破線で示すように、滑らかに増大又は減少しているのが最も好ましい。
前記組成を有する窒素含有クロム被膜11によれば、膜全体としての耐摩耗性、耐焼き付き性等の特性は、前記第一の中間部11b及び前記表面部11dの含有窒素濃度がそれ以外の部位の含有窒素濃度より高く、したがって、これら各部の硬度がそれ以外の部位の硬度より高いことによって担保される。また、前記窒素含有クロム被膜においては、膜厚方向における含有窒素濃度の違いにより、前記基材接触部11aから前記表面部11dに向かって、各部の硬さが、軟→硬→軟→硬と変化する。このような構成にすることで、膜全体としての靭性も良好となる。
加えて、前記基材接触部11aにおいては、含有窒素濃度が前記第一の中間部11bより低い分だけクロム濃度が高いので、基材4に対する密着性も良好となる。基材4が機械部材に用いられる工具鋼や低炭素鋼などの金属の場合、特に基材と被膜界面の熱膨張率の差を小さくしておくことにより(すなわち、メタルのクロムまたはクロム濃度の高い状態を界面に形成し、前記第一の中間部11bの方向に向かって徐々に窒素を増やすことにより)、熱応力の発生を小さくし、密着強度を大きくすることができると考えられる。
また、前記基材4への密着性が良好となっているので、被膜形成時に窒素濃度を緩やかに変化させて、前記基材4への接触面11eにおける熱膨張率と膜内部における熱膨張率との差を段階的に変化させることにより、熱応力が緩和され、耐摩耗性を保ちつつ、耐熱衝撃性も向上させることができると考えられる。
さらに、本実施の形態では、「前記基材接触部11aの含有窒素濃度値又は硬度値<前記第二の中間部の含有窒素濃度値又は硬度値」であり、且つ、「前記第一の中間部11bの含有窒素濃度値又は硬度値≦前記表面部の含有窒素濃度値又は硬度値」であることから、前記第二の中間部11cと前記表面部11dとを含む被膜の外半部の方が、前記基材接触部11aと前記第一の中間部11bとを含む被膜の内半部のよりも、良好な耐摩耗性及び耐焼き付き性を発揮する。
なお、図2では、最も単純な例として、含有窒素濃度の異なる(したがって、硬度の異なる)四層構造の窒素含有クロム被膜を示してあるが、膜厚方向における含有窒素濃度の変化の回数をより多くせしめることにより、膜厚一定の下で、含有窒素濃度の異なる五層、六層、あるいはそれ以上の多層構造の被膜とすることが可能であり、層の数が多いほど、耐衝撃性、靭性、前記基材への密着性等の諸特性に優れた窒素含有クロム被膜となる。但し、各層は、スパッタリングにより徐々に堆積形成されるものである関係上、含有窒素濃度や硬度の点においてある面を境にして明確に区分される性質のものではなく、層同士の間の境界部分は、必然的に、隣接する層の組成や性質が混在した領域となっていることは言うまでもない。また、含有窒素濃度が膜厚方向に対して滑らかに変化している場合には、もはや層構造との表現は適さないことにもなる。
例えば、真空処理室1の雰囲気中のアルゴンガスのガス分圧を1.2×10−3torr程度とし、窒素ガス分圧が0〜0.5×10−3torrの範囲となるように雰囲気の窒素濃度(窒素ガス供給量)を変化させることにより、スパッタリングの初期において、窒素濃度0〜0.6アトミックパーセント、Hvが500〜1000の基材接触部11aを層状に形成することができ、スパッタリングの中期の前半において、窒素濃度0.3〜5.0アトミックパーセント、Hvが800〜1800の第一の中間部11bを層状に形成することができ、スパッタリングの中期の後半において、窒素濃度0.2〜3.0アトミックパーセント、Hvが700〜1600の第二の中間部11cを層状に形成することができ、さらに、スパッタリングの終期において、窒素濃度3.0〜6.0アトミックパーセント、Hvが1500〜2000の表面部11dを層状に形成することができる。形成された窒素含有クロム被膜中の窒素濃度の測定は、通常の物理分析法が適用でき、たとえばGDS(グロー放電発光表面分析)を利用し、表面から厚さ方向にはArスパッタなどで掘って測定すれば良い。
また、本発明において、窒素含有クロム被膜の厚さは、窒素の含有量がゼロの部分がある場合はそれも含めて、膜全体として数μm程度から最大100μmにすることも可能である。しかし、膜厚が所定値を超えると、被膜の応力で被膜にクラックが入り易くなる傾向があるので、実際には、30μm程度を膜厚の上限とするのが好ましい。この範囲内において、要求される特性に応じて機械部材の種類ごとに膜厚を決めればよいが、例えば、精度の厳しい機械部材の場合には、膜厚1〜5μm程度、好ましくは3μm程度、良好な耐摩耗性を必要とする機械部材の場合には、膜厚5〜30μm、好ましくは10〜20μm程度とすることができる。
さらに、限定はされないが、一実施の形態に係る窒素含有クロム被膜として、前記第一の中間部11bの厚さは、膜全体の厚さに対して、例えば、一割〜四割程度の厚さ(例えば、膜厚が20μmであれば、第一の中間部の厚さが2〜8μm程度)とすることができる。
なお、図3は、本発明の範囲に含まれる他の実施の形態の窒素含有クロム被膜を例示したものである。図2の中段のグラフと同様に、膜厚方向における含有窒素濃度又は硬度の変化を示すグラフによって、各窒素含有クロム被膜を示してある。これらの窒素濃度変化曲線を有する被膜は、いずれも、本発明の範囲内である。
すなわち、図3(a)に示すように、第一の中間部11b又は第二の中間部11cに相当する部位が、膜厚方向に二つ又はそれ以上存在していてもよい。図3(b)に示すように、基材接触部11aと第一の中間部11bとの間、第一の中間部11bと第二の中間部11cとの間、第二の中間部11cと表面部11dとの間に、窒素濃度値又は硬度値の上下動があってもよい。図3(c)に示すように、基材表面部11aと第一の中間部11bとの間に、前記基材表面部11aの含有窒素濃度値又は硬度よりも低い含有窒素濃度又は硬度を有する部分11fが存在していてもよい。とにかく、膜厚方向に少なくとも一つの極大値又は最大値の含有窒素濃度又は硬度を有する部分を有し、表面部の含有窒素濃度又は硬度が、それより内側(基材側)の含有窒素濃度の前記極大値又は最大値と同じか、あるいはそれより高ければ良い。
発明者等は、本発明の実施例による窒素含有クロム被膜と、比較例としての窒素含有クロム被膜と、を比較した。
<第一実施例>
試験に使用した第一実施例による窒素含有クロム被膜は、アルミニウムの基材の表面に形成したもので、基材接触部(厚さ約2μm)のHvが約500〜700、第一の中間部(厚さ約8μm)のHvが約1700、第二の中間部(厚さ約5μm)のHvが約1000、表面部(厚さ約5μm)のHvが約1900のものである。前記各部の互いに隣接するもの同士の境界付近は、その境界を挟んで膜厚1μm程度、含有窒素濃度の逓増又は逓減部分となっている。また、比較例の窒素含有クロム被膜は、アルミニウムの基材の表面に形成した硬度の異なる二層構造の被膜であり、基材側層(厚さ約2μm)のHvが約500〜700、表面層(厚さ約18μm)のHvが約1700のものである。膜厚は、いずれの被膜も、20μmで同一である。
実際の被膜形成処理方法としては、ターゲットとしてクロムターゲットを使用する処理装置の真空処理室に基材を入れ、この真空処理室内を2×10-2torrのアルゴンガス雰囲気中として1250V×0.01mAでイオンボンバード処理を約40分間施して、基材の表面を活性化した。
次に、処理装置の真空処理室内を排気して真空にした後、真空処理室内の雰囲気中のアルゴンガスの分圧を1.2×10−3torr、バイアス電圧を−100Vとして、スパッタリングを約7分間行って、基材上に硬度HVが500程度、厚さ1μm弱のクロム被膜を形成した。
続いて、処理装置の真空処理室内に窒素ガスを導入して、真空処理室内の雰囲気中のアルゴンガス分圧を1.2×10−3torrとし、窒素ガスの分圧を0〜0.5×10−3torrに変化させながら、バイアス電圧を−100Vでスパッタリングを行って、基材接触部の硬度Hvが約500、第一の中間部の硬度Hvが約1700、第二の中間部の硬度Hvが約1000、表面部の硬度Hvが約1900、厚さ約20μmの窒素含有クロム被膜を基材上に形成した。
なお、前記ビッカース硬度の測定は、マイクロビッカース硬度計を用いて行った。被膜の断面を研磨した後、その断面に圧子を押し付けて通常の方法で測定、たとえば荷重25gをかけて測定することができる。被膜が薄くて被膜の断面硬度を測定することができない場合には、同じ条件で成膜時間を長くして測定可能な程度の厚さにした被膜の断面の硬度を測定すれば良い。
スクラッチ試験機(AEセンサー付スクラッチ試験機)を用いて、ダイヤモンド圧子(0.2mmR)により、荷重速度100N/min、スクラッチ速度10mm/minで前記両被膜のスクラッチを行った。その結果、比較例による試験片では、45Nのスクラッチで被膜のはがれが生じ始めたが、本実施例による試験片においては、100N以上でも基材からのはがれや被膜のめくれが生じなかった。通常、機械部品の密着性としては、30N以上のスクラッチで、基材からの被膜のはがれや、スクラッチ周辺の被膜のめくれ(破壊)がなければ良いとされる。よって、本実施例の試験片は、大変優れた密着性を有しているといえる。さらにこのことは、靭性も高いことを示していると考えられる。
<第二実施例>
試験に使用した第二実施例による窒素含有クロム被膜は、チタンの基材の表面に形成したもので、基材接触部(厚さ約2μm)のHvが約500〜700、第一の中間部(厚さ約8μm)のHvが約1700、第二の中間部(厚さ約5μm)のHvが約1000、表面部(厚さ約5μm)のHvが約1900のものである。前記各部の互いに隣接するもの同士の境界付近は、その境界を挟んで膜厚1μm程度、含有窒素濃度の逓増又は逓減部分となっている。また、比較例の窒素含有クロム被膜は、チタンの基材の表面に形成した硬度の異なる二層構造の被膜であり、基材側層(厚さ約2μm)のHvが約500、表面層(厚さ約18μm)のHvが約1700のものである。膜厚は、いずれの被膜も、20μmで同一である。被膜の形成は第一実施例に準じて行った。
前記第一実施例と同様のスクラッチ試験を行ったところ、比較例による試験片では、50Nのスクラッチで被膜のはがれが生じ始めたが、本実施例による試験片においては、100N以上でも基材からのはがれや被膜のめくれがなく、密着性が良好であった。
本発明の実施の一形態に係る窒素含有クロム被膜を基材の表面に形成するためのスパッタリング装置の概略図である。 本実施の形態に係る窒素含有クロム被膜の含有窒素濃度グラフ(中段)と、スパッタリング工程における雰囲気の窒素濃度グラフ(下段)を、被膜の断面図(上段)に対応させて示した説明図である。 本発明の他の実施の形態に係る窒素含有クロム被膜の含有窒素濃度グラフである。
符号の説明
1 真空処理室
2 真空ポンプ
3 回転テーブル
5 治具
4 基材(被処理部材)
6 クロムターゲット
7 スパッタ電源
8 イオンボンバード及びバイアス電源
9 ガス導入パイプ
10 スパッタリング装置
11 窒素含有クロム被膜
11a 基材接触部
11b 第一の中間部
11c 第二の中間部
11d 表面部
11e 基材への接触面
11s 被膜表面
12 機械部材

Claims (15)

  1. 基材の表面に形成される窒素含有クロム被膜であって、前記基材に接触する基材接触部と、該基材接触部より膜厚方向外側の第一の中間部と、該第一の中間部より膜厚方向外側の第二の中間部と、該第二の中間部より膜厚方向外側の表面部と、を備え、前記基材接触部と前記第二の中間部との間においては前記第一の中間部の含有窒素濃度が最も高く、且つ、前記表面部の含有窒素濃度が前記第一の中間部の含有窒素濃度以上であることを特徴とする、窒素含有クロム被膜。
  2. 前記基材接触部の含有窒素濃度より前記第二の中間部の含有窒素濃度が高いことを特徴とする、請求項1に記載の窒素含有クロム被膜。
  3. 前記基材接触部の含有窒素濃度が、0〜0.6アトミックパーセントである、請求項1又は2に記載の窒素含有クロム被膜。
  4. 前記第一の中間部の含有窒素濃度が、0.3〜5.0アトミックパーセントである、請求項1,2又は3に記載の窒素含有クロム被膜。
  5. 前記第二の中間部の含有窒素濃度が、0.2〜3.0アトミックパーセントである、請求項1,2,3又は4に記載の窒素含有クロム被膜。
  6. 前記表面部の含有窒素濃度が、3.0〜6.0アトミックパーセントである、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の窒素含有クロム被膜。
  7. 基材の表面に形成される窒素含有クロム被膜であって、前記基材に接触する基材接触部と、該基材接触部より膜厚方向外側の第一の中間部と、該第一の中間部より膜厚方向外側の第二の中間部と、該第二の中間部より膜厚方向外側の表面部と、を備え、前記基材接触部と前記第二の中間部との間においては前記第一の中間部の硬度が最も高く、且つ、前記表面部の硬度が前記第一の中間部の硬度以上であることを特徴とする、窒素含有クロム被膜。
  8. 前記基材接触部の硬度より前記第二の中間部の硬度が高いことを特徴とする、請求項7に記載の窒素含有クロム被膜。
  9. 前記基材接触部のビッカース硬度Hvが500〜1000である、請求項7又は8に記載の窒素含有クロム被膜。
  10. 前記第一の中間部のビッカース硬度Hvが800〜1800である、請求項7,8又は9に記載の窒素含有クロム被膜。
  11. 前記第二の中間部のビッカース硬度Hvが700〜1600である、請求項7,8,9又は10に記載の窒素含有クロム被膜。
  12. 前記表面部のビッカース硬度Hvが1500〜2000である、請求項7乃至11のいずれか一項に記載の窒素含有クロム被膜。
  13. 窒素を含む雰囲気中でクロムを所定時間スパッタリングすることによって基材の表面に窒素含有クロム被膜を形成する方法であって、前記スパッタリング時間に、スパッタリング開始時点と、該スパッタリング開始時点の後のスパッタリング第一中間時点と、該スパッタリング第一中間時点の後のスパッタリング第二中間時点と、該スパッタリング第二中間時点の後のスパッタリング終盤時点と、が含まれ、前記スパッタリング開始時点と前記スパッタリング第二中間時点との間においては、前記スパッタリング第一中間時点における雰囲気の窒素濃度が最も高く、且つ、前記スパッタリング終盤時点における雰囲気の窒素濃度が、前記スパッタリング第一中間時点における雰囲気の窒素濃度以上であることを特徴とする、窒素含有クロム被膜の製造方法。
  14. 前記スパッタリング開始時点における雰囲気の窒素濃度より前記スパッタリング第二中間時点における雰囲気の窒素濃度が高いことを特徴とする、請求項13に記載の窒素含有クロム被膜の製造方法。
  15. 請求項1乃至12のいずれか一項に記載の窒素含有クロム被膜を有する、機械部材。
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