JP4659952B2 - 超解像顕微鏡 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
この出願の発明は、超解像顕微鏡に関するものである。さらに詳しくは、この出願の発明は、超解像性を実現した新しい超解像顕微鏡に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、レーザー技術や電子画像技術をはじめとする周辺技術の進歩にともない、様々なタイプの高性能かつ多機能な顕微鏡が開発されてきている。本願発明の発明者も、その一つとして、複数波長の光を試料に照明することによって発生する二重共鳴吸収過程を用いて、得られる画像のコントラスト制御および試料の化学分析を可能とする顕微鏡(以下、二重共鳴吸収顕微鏡と呼ぶ)をすでに提案している(特願平6−329165参照)。
【0003】
この二重共鳴吸収顕微鏡では、二重共鳴吸収過程を用いて特定の分子を選択し、特定の光学遷移に起因する吸収および蛍光を観測することができる。その原理を説明すると、まず、基底状態(S0状態:図1)の試料分子(つまり、試料を構成する分子)が持つ価電子軌道の電子を、レーザー光などの共鳴波長λ1光により第一電子励起状態へ励起させ(S1状態:図2)、続いて共鳴波長λ2光により第二電子励起状態またはさらに高位の励起状態へ励起させる(S2状態:図3)。分子は、この励起状態から蛍光あるいは燐光を発光したりして基底状態に戻る(図4)。そして、図2に示した吸収や図4に示した蛍光や燐光の発光を用いて吸収像や発光像を観察する。
【0004】
1状態への励起過程においては、単位体積内のS1状態の分子数は照射する光の強度が増加するにしたがって増加する。線吸収係数は、分子一個当たりの吸収断面積と単位体積当たりの分子数の積で与えられるので、S2状態への励起過程においては続いて照射する共鳴波長λ2に対する線吸収係数は最初に照射した共鳴波長λ1の光の強度に依存する。すなわち、共鳴波長λ2(以下、波長λ2と略称)に対する線吸収係数は共鳴波長λ1(以下、波長λ1と略称)の光の強度で制御できる。このことは、波長λ1および波長λ2の2波長の光で試料を照射し、波長λ2による透過像を撮影すれば、透過像のコントラストを波長λ1の光で完全に制御できることを示している。また、S2状態からの蛍光または燐光による脱励起過程が可能である場合には、その発光強度はS1状態にある分子数に比例する。したがって、蛍光顕微鏡として利用する場合にも画像コントラストの制御が可能となる。
【0005】
また、この二重共鳴吸収顕微鏡は、コントラストの制御のみならず、化学分析も可能にする。図1に示される最外殻価電子軌道は個々の分子に固有なエネルギー準位をもつので、波長λ1は分子によって異なる。同時に波長λ2も分子固有のものとなる。単一波長で照明・観察を行う従来の顕微鏡においても、ある程度は特定の分子の吸収像あるいは蛍光像を観察することが可能ではあるが、一般にはいくつかの分子の吸収帯の波長領域は重複するため、試料の化学組成の正確な同定までは不可能である。これに対し、二重共鳴吸収顕微鏡では波長λ1および波長λ2の2波長により吸収あるいは発光する分子を限定するので、従来技術よりも正確な試料の化学組成の同定が可能となる。また、価電子を励起する場合、分子軸に対して特定の電場ベクトルを持つ光のみが強く吸収されるので、波長λ1および波長λ2の偏光方向を決めて、吸収像または蛍光像を撮影すれば、同じ分子でも配向方向の同定をも行うことができる。
【0006】
本願発明の発明者はさらに、回折限界を越える高い空間分解能の二重共鳴吸収顕微鏡をも提案している(特願平8−302232参照)。二重共鳴吸収過程については、図5に例示したようにS2状態からの蛍光が極めて弱くなるある種の分子が存在する。このような光学的性質を持つ分子に対しては、以下のような極めて興味深い現象が起きる。図6は、図5と同じく二重共鳴吸収過程の概念図であるが、横紬にX軸を設けて空間的距離の広がりを表現しており、波長λ1光および波長λ2光が照射されている空間領域A1(=蛍光抑制領域)と、波長λ1光のみが照射されて波長λ2光が照射されていない空間領域A0(=蛍光領域)について示している。空間領域A0では波長λ1光による励起によってS1状態の分子が多数生成される。このとき空間領域A0からは波長λ3で発光する蛍光が見られる。しかし空間領域A1では、波長λ2光が照射されるので、S1状態の分子が即座に高位のS2状態へと励起され、S1状態の分子は存在しなくなる。このため空間領域A1においては、波長λ3の蛍光は全く発生せず、しかもS2状態からの蛍光はもともとないので、完全に蛍光自体が抑制されることとなる。すなわち蛍光が発生するのは空間領域A0のみとなる。このような現象の発生が数種類の分子において確認されている。
【0007】
したがって、従来の走査型レーザー顕微鏡などでは、レーザー光を集光して観察試料上に形成されるマイクロビームのサイズが集光レンズの開口数と波長による回折限界で決まるので、それ以上の空間分解能が原理的に期待できないにの対し、図6で示した現象によれば波長λ1光と波長λ2光を空間的に一部分重ね合わせることで、波長λ2光の照射で蛍光領域が抑制されるため、たとえば波長λ1光の照射領域に着目すると、蛍光領域は集光レンズの開口数と波長とで決まるビームのサイズよりも狭くなっており、実質的に空間分解能の向上が図られている。本願発明者による二重共鳴吸収顕微鏡(特願平8−302232参照)は、この原理を用いて、回折限界を越える超解像顕微鏡を実現しているのである。
【0008】
そして本願発明の発明者は、この二重共鳴吸収顕微鏡の超解像性をさらに高めるべく、その機能を十分に活かすための試料の調整や波長λ1光・波長λ2光の試料への照射タイミングなどをもすでに提案している(特願平9−255444)。より具体的には、試料を染色分子により染色する。この染色分子として、基底状態を含め少なくとも3つの量子状態(S0状態,S1状態,S2状態・・・)を有し、且つS1状態を除く高位の量子状態から基底状態へ脱励起するときの遷移において蛍光による緩和過程よりも熱緩和過程が支配的である各種分子(以下、蛍光ラベラー分子と呼ぶ)を用いるのである。このような蛍光ラベラー分子と生化学的な染色技術を施した生体分子とを化学結合させてなる試料に、波長λ1光を照射して蛍光ラベラー分子をS1状態に励起させ、続いて即座に波長λ2光を照射して蛍光ラベラー分子をより高位の量子準位に励起させることで、S1状態からの蛍光を効果的に抑制できるようになる。この際に、上述したような空間的な蛍光領域の人為的な抑制を行うことにより、空間分解能のさらなる向上が実現される。
【0009】
上記の蛍光ラベラー分子の光学的性質は、以下のように量子化学的な見地から説明できる。一般に、分子はそれを構成する各原子のσまたはπ結合によって結ばれている。言い換えると、分子の分子軌道はσ分子軌道またはπ分子軌道をもっていて、これらの分子軌道に存在する電子が各原子を結合する重要な役割を担っている。そのなかでも、σ分子軌道の電子は、各原子を強く結合し、分子の骨格である分子内の原子間距離を決める。これに対して、π分子軌道の電子は、各原子の結合にほとんど寄与しないで、むしろ分子全体に極めて弱い力で束縛される。
【0010】
多くの場合、σ分子軌道にいる電子を光で励起させると、分子の原子間隔が大きく変化し、分子の解離を含む大きな構造変化が起こる。その結果として、原子の運動エネルギーや構造変化するために光が分子に与えたエネルギーのほとんどが熱エネルギーに形を変える。したがって、励起エネルギーは蛍光という光の形態で消費されない。また、分子の構造変化は極めて高速におこるので(たとえばピコ秒より短い)、その過程で仮に蛍光が起きても極めて蛍光寿命が短い。しかしそれに対して、π分子軌道の電子が励起しても、分子の構造自体はほとんど変化せず、高位の量子的な離散準位に長時間とどまり、ナノ秒のオーダーで蛍光を放出して脱励起する性質を持つ。
【0011】
量子化学によれば、分子がπ分子軌道を持つことと、二重結合を持つこととは同等であり、用いる蛍光ラベラー分子には、二重結合を豊富に持つ分子を選定することが必要条件となる。そして、二重結合を持つ分子でもベンゼンやビラジンなどの6員環分子においては、S2状態からの蛍光が極めて弱いことが確かめられている(例えば、M..Fujii et.al., Chem. Phys. Lett. 171 (1990) 341)。したがって、ベンゼンやビラジンなどの6員環分子を含む分子を蛍光ラベラー分子として選定すればS1状態からの蛍光寿命が長くなり、しかも光照射によりS1状態からS2状態に励起させることで分子からの蛍光を容易に抑制でき、上述の二重共鳴吸収顕微鏡の超解像性を効果的に利用することができるようになる。
【0012】
すなわち、これらの蛍光ラベラー分子により試料を染色して観察を行えば、高空間分解能の蛍光像を取得することができるだけでなく、その蛍光ラベラー分子の側鎖の化学基を調整することにより生体試料の特定の化学組織のみを選択的に染色でき、試料の詳細な化学組成までも分析可能となる。
【0013】
一般に、二重共鳴吸収過程は二つの光の波長や偏光状態等が特定の条件を満たす場合のみに起こるので、これを用いることで非常に詳細な分子の構造を知ることが可能となる。すなわち、光の偏光方向と分子の配向方向とは強い相関関係があり、二波長光それぞれの偏光方向と分子の配向方向とが特定の角度をなすとき二重共鳴吸収過程が強く起こる。したがって、二波長光を試料に照射して、各光の偏光方向を回転することにより、蛍光の消失の程度が変化するので、その様子から観察しようとする組織の空間配向の情報も得られる。さらに、二つの波長の光を調整させることでもこのことが可能である。
【0014】
他方、波長λ1光と波長λ2光の照射タイミングを適当なものに調整することにより(特願平9−255444参照)、蛍光像のS/Nを改善し、且つ蛍光抑制をさらに効果的に起こすことも可能となっている。
【0015】
また、本願発明の発明者により、波長λ1光と波長λ2光の照射タイミングのさらなる工夫により、S/Nおよび蛍光抑制のさらなる向上を実現することも提案されている(特願平10―97924参照)。
【0016】
ところで、前述した波長λ1光の照射領域の一部分への波長λ2光の照射領域の重ね合わせは、波長λ2光を中空ビーム化して、つまり中央部(軸近傍領域)がゼロ強度であり、且つ軸対象な強度分布を有する中空ビーム光にして、波長λ1光の一部分と空間的に重ね合わせ、試料上に集光することで実現できる。図7は、この重合せおよびそれによる蛍光抑制を例示した概念図である。波長λ2光は、たとえば図8にも例示したような位相板により中空ビーム化されており、この中空ビーム化された波長λ2光と波長λ1光の重ね合わせにより、波長λ2光の強度がゼロとなる光軸近傍の領域以外では蛍光は抑制され、波長λ1光の広がりよりも狭い領域に存在する蛍光ラベラー分子(または試料分子)の蛍光のみが観察される。その結果、超解像性が発現する。
【0017】
図8に例示した位相板は、波長λ2光にその光軸を中心対象としてπだけ位相差を与えるものである。この位相板に波長λ2光を通すことで、波長λ2光の光軸近傍領域(光軸を含む)の位相が反転するため、その光軸近傍領域の電場強度はゼロとなり、蛍光抑制による超解像性の発現に理想的な中空ビーム形状をもつ波長λ2光が得られるのである。
【0018】
中空ビーム化を実現する位相板としては、図8に示したものの他にも、たとえば図9に例示したように光軸を中心として連続的に波長λ2光に2πの位相差を与えるものを用いることができる。
【0019】
【発明が解決しようとする課題】
さて、以上のように本願発明の発明者によってこれまで提案されてきた二重共鳴吸収顕微鏡は、その超解像性と分析能力において際立った有用性と技術的優位性を示しているものの、未だに以下に示すような改良すべき点が残されているのが実情である。なお、従来の二重共鳴吸収顕微鏡については、試料分子(=試料を構成する分子)をS0状態からS1状態へ励起させる波長λ1光をポンプ光、S1状態の分子をS2状態へ励起させる波長λ2光をイレース光と呼ぶこととする。また、超解像性の実現をより効果的なものとすべく、蛍光ラベラー分子を用いて試料を染色する場合には、試料分子とはこの蛍光ラベラー分子のこととなる。
【0020】
まず第一に、従来の二重共鳴吸収顕微鏡では、蛍光を抑制するためにイレース光を用いることが前提であるが、イレース光はS1状態からS2状態へ共鳴吸収する波長λ2を有することが必要となるため、利用できる波長帯域が狭く限定されてしまっていた。
【0021】
第二に、蛍光ラベラー分子を用いる場合、使用する蛍光ラベラー分子に応じて波長帯域も変化するため、蛍光ラベラー分子を変える度に光源のレーザーシステムにも手を加える必要があった。この点を改善するためにオプティカルパラメトリックレーザーを用いることも考えられるが、高価で大規模な光源システムとなるのであまり好ましくない。また、光源システムの調整には高度な技術が必要となり、電子顕微鏡のように専任オペレータを要する事態も発生し得る。
【0022】
そこで、この出願の発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであり、イレース光として利用できる波長帯域を広くするとともに、光源の簡便さに優れた、新しい超解像顕微鏡を提供することを課題としている。
【0023】
【課題を解決するための手段】
この出願の発明は、上記の課題を解決するものとして、試料分子基底状態(S 0 状態)から第一電子励起状態(S 1 状態)の最低振動準位・回転準位(S 1 0 状態)へ励起させる共鳴波長λ1を有するポンプ光の光源と、第一電子励起状態(S1状態)の最低振動準位・回転準位(S 1 0 状態)の試料分子を第一電子励起状態(S 1 状態)の高位の振動準位・回転準位(S 1 ’状態)へ励起させる共鳴波長であり且つ1μm以上2.5μm以下の波長λ2を有するとともに、第一電子励起状態(S 1 状態)の試料分子の蛍光寿命より短いパルス幅を有するパルスイレース光の光源と、ポンプ光およびパルスイレース光の照射領域を一部分重ね合わせる重ね手段とを備え、重ね手段を介してポンプ光およびパルスイレース光を試料に照射することにより、第一電子励起状態の試料分子が基底状態へ脱励起する際の発光の領域を一部分を抑制することを特徴とする超解像顕微鏡(請求項1)を提供する。
【0024】
また、この出願の発明は、上記の超解像顕微鏡において、パルスイレース光のパルス幅が、1psec以上であり、且つ第一電子励起状態の試料分子の蛍光寿命より短いこと(請求項2)や、試料分子からの蛍光発光期間内に2発以上のパルスイレース光が試料へ照射されること(請求項3)や、パルスイレース光のフォトンフラックスIeraseが、後述の数7の条件式を満たすこと(請求項4)や、その場合におけるパルスイレース光のフォトンフラックスIeraseの具体的数値範囲が1027photon/cm2/sec以上1030photon/cm2/sec以下であること(請求項5)や、ポンプ光がパルスポンプ光であり、そのパルス幅が第一電子励起状態(S 1 )の試料分子の蛍光寿命より短いこと(請求項6)や、パルスポンプ光の照射開始時あるいは照射終了時から試料分子の蛍光発光終了時までの間に2発以上のパルスイレース光が試料へ照射されること(請求項7)(請求項8)や、試料分子の蛍光発光終了時から次のパルスポンプ光のパルス開始時までの間にイレース光が試料へ照射されないこと(請求項9)や、パルスポンプ光のパルス幅とパルスイレース光のパルス幅が同じであること(請求項10)をその態様として提供し、さらに、試料分子からの発光を検出する発光検出器としてシリコンを用いた半導体検出器を備えていること(請求項11)をもその態様として提供する。
【0025】
【発明の実施の形態】
以下に、この出願の発明の超解像顕微鏡の原理について説明する。
【0026】
図10は、分子一般のエネルギー準位を例示したものである。まず、分子には、それを構成する電子の分子軌道を変えることによって高いエネルギーを持つ準位へ量子遷移を行う電子遷移が存在する。その各々の量子状態は、電子状態、特に、励起したものは電子励起状態と呼ばれる。光が吸収される際には、主にこの電子状態間の電子遷移が起こる。
【0027】
その一方で、構成する電子の分子軌道は変化しないものの、構成する原子核の核間距離が量子的に位置を変化する振動遷移も存在する。この場合の量子状態は振動準位と呼ばれる。さらには、分子に空間的に移動の自由度があるときは、量子的な回転運動を行う回転遷移が存在する。この場合の量子状態は回転準位と呼ばれる。そして、これら振動準位と回転準位はカップリングして、様々な組み合わせの量子準位を形成する。
【0028】
一般に、異なる電子状態間の光遷移(つまり、光吸収による電子遷移)と比較すると、同じ電子状態における異なる振動準位・回転準位間の光遷移(つまり、光吸収による振動遷移・回転遷移)の確率は低いものの、図10に例示したように電子状態間を埋めるように広くその状態が分布する特徴がある。
【0029】
電子状態間の光遷移に伴う光の吸収断面積は10-16〜10-17cm2の値を持つのに対し、振動準位・回転準位間では10-17〜10-19cm2と2桁程度小さい値を持つ。したがって、分子の振動準位・回転準位間の光遷移を起こすためには、電子遷移を利用した場合と比較して2桁以上高い光子フラックスを持つ光で分子を励起する必要がある。
【0030】
また、同じ電子状態に属するエネルギー的に高い振動準位・回転準位の脱励起過程には次のような性質がある。たとえば図11に例示したように、S1状態(=第一電子励起状態)にある分子は、蛍光を発してS0状態(=基底状態)へ緩和する(蛍光過程)。ところが、S0状態に属する高位の振動準位・回転準位にある分子は、蛍光を発することなく、主に熱で緩和してS0状態の最低エネルギー状態へ落ち着く(熱緩和過程)。また、仮にS1状態の高位の振動準位・回転準位へ励起した場合でも、S1状態の最低振動準位・回転準位へ熱緩和により脱励起し、その後、蛍光を発してS0状態の振動準位・回転準位へ緩和する(いわゆるKashaの法則)。また、このような2段階の過程を経ず、ある一定の確率で直接S0状態の振動準位・回転準位へ熱緩和する場合もあり、この場合では分子は一切蛍光を発しない。
【0031】
したがって、この直接熱緩和による振動準位・回転準位の脱励起過程を用いることで分子の蛍光抑制が可能となるのである。この出願の発明の超解像顕微鏡はこの原理を利用している。
【0032】
まず、ポンプ光により試料分子をS0状態からS1状態の最低振動準位・回転準位(以下、S1 0状態)へ励起させる。次いで、イレース光によりS1状態のS1 0状態から同じS1状態の高位の振動準位・回転準位(以下、S1'状態)へ励起させる。この出願の発明においては、従来の二重共鳴吸収顕微鏡の場合とは異なり、S0→S1 0励起のための照射光をポンプ光とし、S1 0→S1'励起のための照射光をイレース光とする。前述したように、一般にS1 0→S1'励起に要する光エネルギーは電子遷移のそれと比較すると遥かに小さく、イレース光の波長λ2は近赤外領域に近づく場合がある。
【0033】
また、S1'状態の分子は数ピコ秒という極めて短時間で熱緩和してしまう。仮に、1ピコ秒よりパルス幅の短いレーザー光で試料分子をS1 0状態からS1'状態へ励起した場合、S1'状態の試料分子は数ピコ秒の間に確率aでS1 0状態へ熱緩和し、この状態より蛍光収率φで蛍光を発する。一方、1−aの確率でS1'状態の試料分子は直接S0状態へ蛍光を発することなく熱緩和する。
【0034】
ここで、S1'状態にある試料分子に対し、波長λ2のピコ秒パルスレーザーによりN発のパルスを照射する場合を考える。但し、N発のパルスはS1 0状態の蛍光寿命τより短い期間に発振が終了しているものとする。この場合、図12に例示したように、試料分子はS1 0状態とS1'状態との間を何回も往復することになる。その間に、S1 0状態の試料分子は、蛍光を発する前に直接、つまり蛍光を発することなくS0状態へ熱緩和する。その結果として、試料分子そのものからの蛍光を抑制できる。
【0035】
1分子が蛍光を発光する確率Fは、上記の各変数を用いて定量的に求めると、下記の数2で与えられる。
【0036】
【数2】
Figure 0004659952
【0037】
一般にS1 0状態へ熱緩和する確率aはゼロであり得ないため、Nをある程度大きくすれば、蛍光確率Fを小さくすることができる。その結果、試料分子の蛍光抑制が可能となるのである。
【0038】
またあるいは、試料分子の蛍光寿命より短いイレース光を複数発照射しても同等の効果を実現できる。イレース光の照射時間をT、S1'状態の励起寿命をτ(S1')とすると、試料分子は、照射時間の間にT/τ(S1')回、S1'状態とS1 0状態との間の遷移・緩和を繰り返す。一般に、τ(S1')は数psecであり、S1 0状態の蛍光寿命τは短くても数100psecであるので、試料分子が蛍光を発する前にS1'状態とS1 0状態との間で遷移・緩和する回数は100回以上にもなる。たとえば、イレース光の照射時間TをS1 0状態の蛍光寿命τに設定し、仮にaが0.95であっても蛍光確率Fは100分の1以下に抑制される。これは、超解像性の発現には十分な値である。
【0039】
ここで、S1 0状態からS1'状態への光遷移に伴う吸収断面積をσvとし、イレース光のフォトンフラックスをIeraseとすると、簡単レート方程式によりS1'状態へ励起される確率αが次式で与えられる(たとえばY.Iketaki et.al Opt.Eng.35(8) 2418, 1996参照)。
【0040】
【数3】
Figure 0004659952
【0041】
蛍光抑制を有効に発現させるには、少なくとも、イレース光の1パルスの照射で確率αが0.5以上のS1 0→S1'励起を起こす必要がある。このため、イレース光は、次式のような不等式を満たす必要がある。
【0042】
【数4】
Figure 0004659952
【0043】
また、その一方で、イレース光のフォトンフラックスがあまりにも強すぎると、非共鳴型の2光子吸収過程が起こり、S0状態の試料分子がS1状態へ励起してしまい、逆に蛍光を抑制するのではなく促進させてしまう。したがって、イレース光のフォトンフラックスの上限も次式で決まる。
【0044】
【数5】
Figure 0004659952
【0045】
ここで、βは非共鳴型の2光子吸収過程で試料分子がS1状態に励起する確率であり、σ2pは非共鳴型の2光子吸収過程の吸収断面積である。この確率βを少なくとも2分の1以下にしないと、イレース光で蛍光抑制する確率よりもS0状態をS1状態へ励起する確率の方が大きくなってしまう恐れがあるので、数5の条件を、
【0046】
【数6】
Figure 0004659952
【0047】
とする必要がある。
【0048】
そして、数4および数6より、Ieraseの最適条件は次式となる。
【0049】
【数7】
Figure 0004659952
【0050】
したがって、数7のもとで、S1'状態を経由した蛍光抑制効果を用いれば、幅広い波長帯域のイレース光によって超解像を実現することができるようになる。
【0051】
以上より、この出願の発明の超解像顕微鏡では、まず、ポンプ光の波長λ1を試料分子がS0状態からS1状態へ励起するときの吸収帯の最長端波長λ1(max)より短い波長とし、イレース光の波長λ2をS1状態の試料分子が蛍光を発光するときの蛍光発光帯の最長端波長λ2(max)より長い波長、好ましくは試料分子がS1状態の特定の振動準位・回転準位(たとえばS1 0)から当該振動準位・回転準位よりも高いS1状態の振動準位・回転準位(たとえばS1')へ遷移するときの共鳴波長とし、且つ、イレース光をパルス光とするとともにそのパルス幅をS1状態の試料分子の蛍光寿命より短くすることで、試料分子が蛍光を発光することなく直接S0状態へ熱緩和するようになる。これにより、ポンプ光およびイレース光を互いの照射領域を一部分重ね合せるように試料へ照射する、たとえばイレース光を前述の図8や図9に例示した位相板などにより中空ビーム化してポンプ光の照射領域に対して一部分重ね合せるように試料へ照射すると、重ね合わさった領域、つまり蛍光抑制領域では蛍光が抑制されることとなり、超解像性が実現される。S1状態の試料分子の蛍光発光帯の最長端波長λ2(max)より長い波長λ2というイレース光の波長帯域は、従来の二重共鳴吸収顕微鏡におけるイレース光よりも極めて広く、オプティカルパラメトリックレーザーなどの複雑な光源システムを用いることなく、簡単な構成の光源システムで超解像顕微鏡を実現でき、蛍光ラベラー分子で試料を染色した場合でも複数の蛍光ラベラー分子に対応することができるのである。
【0052】
なお、好ましくは、パルスイレース光のパルス幅は1psec以上で、且つS1状態の試料分子の蛍光寿命より短いものとし、波長λ2は1μm以上、より好ましくは1μm以上2.5μm以下とする。
【0053】
また、蛍光確率Fをより小さくして蛍光抑制をさらに効果的に発現すべく、パルスイレース光は、試料分子からの蛍光発光期間内に2発以上、好ましくはなるべく多数、試料へ照射されることが望ましい。
【0054】
さらにまた、パルスイレース光のフォトンフラックスIeraseは、上述のとおり、数7の条件を満たすことが望ましく、具体的数値としては、たとえば1027photon/cm2/sec以上1030photon/cm2/sec以下が好ましい。
【0055】
ポンプ光については、イレース光と同様に、S1状態の試料分子の蛍光寿命より短いパルス幅を有するパルス光とし、この場合において、より効果的な蛍光抑制を実現すべく、たとえば、パルスポンプ光の照射開始時あるいは照射終了時から試料分子の蛍光発光終了時までの間に2発以上のパルスイレース光が試料へ照射されることや、試料分子の蛍光発光終了時から次のパルスポンプ光のパルス開始時までの間はイレース光が試料へ照射されないことや、パルスポンプ光のパルス幅とパルスイレース光のパルス幅が同じであることが好ましい態様である。
【0056】
なお、以上のこの出願の発明の超解像顕微鏡では、蛍光抑制領域以外の領域、つまり観察領域における試料分子からの発光を検出する発光検出器として、たとえばシリコンを用いた半導体検出器を備えることができる。
【0057】
この出願の発明は、以上のとおりの特徴を有するものであるが、以下に、添付した図面に沿って実施例を示し、さらに詳しくこの発明の実施の形態について説明する。
【0058】
【実施例】
[実施例1]
図13は、この出願の発明の超解像顕微鏡の一実施例を示したものである。
【0059】
この図13に例示した超解像顕微鏡では、光源として、半導体レーザー励起の固体パルスレーザーであるNd:YAGレーザー(1)を用いている。このNd:YAGレーザー(1)は、基本波で1064nm、2倍波で532nmのサブナノ秒レーザーパルスを最大数10kHzの高繰返しで発振する。また、そのパルス幅は500psecとする。この種のレーザーは、メンテナンスフリーであり、しかもサイズが全てのユニットを含め数10cmのボリュームに収まってしまうので、光源設備を極めて扱いが容易で、小型なものとすることができる。本実施例における超解像顕微鏡は、Nd:YAGレーザー(1)の2倍波をパルスポンプ光、基本波をパルスイレース光として用いた超解像レーザー走査型蛍光顕微鏡を構成している。
【0060】
ここで、試料(12)を蛍光ラベラー分子としてのローダミン−6Gで染色する場合を想定する。
【0061】
下記の表1は、ローダミン−6Gの各エネルギー準位間で遷移が起こるときのおおよその吸収断面積を示している。
【0062】
【表1】
Figure 0004659952
【0063】
また、下記の表2は、本実施例におけるNd:YAGレーザー(1)の仕様を示している。
【0064】
【表2】
Figure 0004659952
【0065】
ここで、前記数7を用いて、表2の仕様のNd:YAGレーザー(1)を用いた場合のパルスイレース光のフォトンフラックスIeraseの最適値を計算すると、1.4×1027photon/cm2/sec < Ierase < 3.7×1029photon/cm2/secとなる。
【0066】
たとえば、イレース光の開口数NAが1のレンズでレーザービームを集光した場合、そのスポットサイズsは、以下のレイリーの式で計算するとほぼ1300nmになる。
【0067】
【数8】
Figure 0004659952
【0068】
また、得られたsとIeraseの最上限値3.7×1029photon/cm2/secを用いてパルスエネルギーの最大値を求めると、約0.5μJ/pulseである。
【0069】
ローダミン−6Gをはじめとする各種の蛍光ラベラー分子を用いた場合、各吸収断面積は多少変動するが、Ieraseは1027photon/cm2/sec以上1030photon/cm2/sec以下のオーダー値にある。したがって、本実施例のような小型の半導体レーザー励起の固体パルスレーザーであるNd:YAGレーザー(1)によって、様々な蛍光ラベラー分子に対して最適なパルスイレース光を発生させることができるのである。
【0070】
さて、図13の超解像顕微鏡の動作についてさらに説明する。まず、Nd:YAGレーザー(1)の基本波1064nmをビームスプリッター(2)で分岐し、分岐した一つはKDP結晶(4)を介して2倍の532nmに変換する。これをパルスポンプ光として用いる。他方はそのままパルスイレース光として用いる。
【0071】
パルスイレース光は、ミラー(3)を介して遅延光学系(5)へ入射される。
この遅延光学系(5)は、平行移動可能な折り返しプリズム(51)を有しており、プリズム(51)の位置を移動調整することで光路長を変化させることができる。よって、パルスイレース光を遅延光学系(5)に通すことにより、パルスポンプ光に対して任意の光路差を持たすことが可能となり、パルスイレース光とパルスポンプ光が観察試料面に到達する時刻を同時にしたり、ずらしたりすることが可能となる。
【0072】
遅延光学系(5)を通過したパルスイレース光は、前述の図8や図9に例示したような位相板(6)を介して中空ビーム化された後、ミラー(7)で偏向され、ダイクロイックミラー(8)によりパルスポンプ光と同軸上にビーム調整される。
【0073】
そして、コンバインされたパルスポンプ光とパルスイレース光は、リレーレンズ(9)およびハーフミラー(10)を介して観察光学系の光軸上に誘導され、対物レンズ(11)により試料走査ステージ(13)上の試料(12)に集光される。
【0074】
試料(12)から発せられた蛍光は、ハーフミラー(10)およびハーフミラー(14)を通過して、結像レンズ(15)によりCCDカメラ(16)の撮像面上に結像される。これにより蛍光像が目視可能となる。
【0075】
その一方で、ハーフミラー(14)に入射した蛍光は一部反射されてレンズ(17)へ入射し、さらに空間フィルターであるピンホール(18)上に結像される。ピンホール(18)を通過した蛍光は、レンズ(19)により透過型回折格子(20)を通過してICCDカメラ(21)の撮像面上に結像される。ICCDカメラ(21)とは、光−電子変換膜と2次元光電子像倍管からなるカメラシステムである。蛍光は、一度、透過型回折格子(20)を通過するので蛍光スペクトルの形としてICCDカメラ(20)で撮影される。
【0076】
そして、試料(12)を試料走査ステージ(13)で2次元走査しながら、蛍光信号を計測し、各点におけるデータをコンピュータのメモリーに格納し、CRT上で画像表示を行えば、目的とする試料(12)の構造を画像化できる。このとき、集光したレーザービームよりも遥かに微少な領域の蛍光信号をセレクトすることによって、計測法としてのポテンシャルを極めて高いものとすることができる。
【0077】
また、試料走査ステージ(13)としてたとえばピエゾ駆動型のものを用いることで、位置移動分解能は10nmという極めて高い値を実現することができ、この超解像顕微鏡の空間分解能に十分見合った性能の試料走査ステージ(13)とすることができる。
【0078】
また、ピンホール(18)を顕微鏡光学系の共焦点位置に設置することで、試料(12)の3次元観察も可能となる。すなわち、ピンホール(18)はレーザー光の焦点位置から発する蛍光のみを通過させることができるので、試料走査ステージ(13)を光軸方向に移動して、試料走査ステージ(13)をレーザービームに対して2次元走査することにより、光学深さ方向の断層像が得られる。
【0079】
このような超解像顕微鏡において、パルスポンプ光およびパルスイレース光の照射タイミングならびに蛍光信号入力時のゲートタイミングについて説明する。
図14は、そのタイミングの一例を示したものである。
【0080】
本実施例においては、パルスポンプ光もパルスイレース光も同一のNd:YAGレーザー(1)から発生され、どちらも500psecのパルス幅を有している。それに対し、たとえば蛍光ラベラー分子としてのローダミン−6Gの蛍光寿命はその6倍の3nsecである。この場合、たとえば図14に例示したように、まず、パルスポンプ光を試料(12)へ照射し、その照射終了直後に、つまりそのパルス終了時にイレース光を試料(12)へ照射する。そして、パルスポンプ光とパルスイレース光の照射が完全に終了する直後から信号入力ゲートを2nsec開放し、丁度ローダミン−6Gの発光が終了する時刻に信号入力ゲートを閉じる。これにより、観察領域では、パルスポンプ光とパルスイレース光が重なり合っていないので、パルスポンプ光の照射終了後からローダミン−6Gの蛍光寿命である3nsecの間、ローダミン−6Gは発光する。蛍光抑制領域では、他方、パルスポンプ光とパルスイレース光が重なり合っているので、パルスイレース光の照射終了時には、蛍光が抑制されて観察されない。
【0081】
以上のようなタイミングでレーザー光の照射と信号の取込みを設定すれば、検出器へパルスポンプ光およびパルスイレース光の散乱光が混入せず、バックグラウンドノイズを低減できるだけなく、ポンプ光およびイレース光のパルス幅がローダミン−6Gの蛍光寿命よりも十分に短いので、蛍光寿命の70%にもおよび時間帯域の蛍光を有効に取得できる。その結果、非常に良いS/Nで信号検出が可能となる。そして、本実施例において用いたレーザーのパルス幅は500nsecであるが、ローダミン−6GがS1 0状態とS1'状態との間の遷移・緩和を100回以上繰り返すので、前記数2により十分に良好な蛍光抑制が可能となり、超解像性が良好に発現する。
【0082】
なお、パルスポンプ光とパルスイレース光の照射のタイミングは、遅延光学系(5)でパルスイレース光の光路長を高精度に調整できるため、検出器からの出力信号をオシロスコープ等でモニターすることで最低化が図れる。たとえば、光速を考えると、100psecは約3cmの光路長に対応するので、その値に従ってマイクロステージなどに搭載した遅延光学系(5)のプリズム(51)を位置調整する。
【0083】
[実施例2]
ここでは、この出願の発明の超解像顕微鏡の特徴を十分に引き出すパルスイレース光の波長領域についてさらに説明する。
【0084】
この発明における蛍光抑制効果は、前述したように広い波長領域のパルスイレース光で発現するが、特に約1μm以上の長波長領域で顕著なものとなる。たとえば、尾崎幸洋・河田聡編 「近赤外分光法」 日本分光学会測定法シリーズ32 学会出版センター(1996)には、各有機分子の近赤外領域の吸収スペクトルが示されている。それらが示すように、約1μm以上約2.5μm以下の長波長領域で様々な吸収線が観測されている。これは、様々な分子の化学基とその倍音が似たような波長領域に現れるからである。したがって、1μm以上、好ましくは1μm以上2.5μm以下の波長領域にパルスイレースの波長λ2を同調させることにより、吸収断面積が比較的大きいので、非共鳴多光子吸収過程を起こすような強いフォトンフラックスでパルスイレース光を照射することなく、S1 0状態からS1'状態への遷移を起こすことができる。その結果、前述したような比較的低いフォトンフラックスのパルスイレース光で有効な蛍光抑制を実現できるのである。
【0085】
また、同文献から明らかなように、代表的な基本的な化学基の振動・回転吸収帯は波長1μm以上に集中しており、このことから、大部分の蛍光ラベラー分子に対して、1μm以上、あるいは1μm以上2.5μm以下の波長帯域のパルスイレース光による蛍光抑制が実現できるのがわかる。
【0086】
さらには、この波長帯域が優れている点として、生体試料にほとんどダメージを与えないことが挙げられる。これは、高分解能で生きたまま生体試料を観察できるというライフサイエンスにおいて特に有用である。近赤外領域では、非共鳴多光子吸収過程が起こらない限り、試料の損傷は起きないのである。
【0087】
またさらに、この波長帯域では、シリコンを用いた半導体光検出器の検出効率も最大となるため、CCD等の汎用で利用しやすい固体素子を用いて検出器を構成できる。
【0088】
そして、この波長帯域が実用性の点からさらに魅力的なのは、この波長帯域で発振する小型固体レーザーが数多く存在するということである。特に、実用的なYGA結晶を基本とするレーザー媒質が多く、たとえば、ポピュラーなNd:YGA以外にも、Tm:YAG、Ho:YAG、Er:YAGがあり、丁度1μm以上3μm以下の波長帯域で極めて強い発振線を有する。この他にもHd:YLFwはじめとするガラスレーザー、Tiサファイアレーザーが利用できる。これらは極めて安定で信頼性の高いものであるため、前述の実施例1のように基本波をイレース光とし、その高調波をポンプ光とすることで、非常に簡単な光源系を構成できる。
【0089】
[実施例3]
図15は、この出願の発明の超解像顕微鏡の別の一実施例を示したものである。
【0090】
この図15に例示した超解像顕微鏡では、図13におけるダイクロイックミラー(8)がパルス遅延光学回路(22)に換えられ、図13の超解像顕微鏡とはパルスポンプ光とパルスイレース光の融合法式が異なるものとなっている。そして、パルスポンプ光の照射開始時あるいは照射終了時から試料分子の蛍光発光終了時までの間にパルスイレース光を複数回間欠的に試料(12)に照射するようになっている。
【0091】
より具体的には、まず、本実施例におけるNd:YAGレーザー(1)は、そのレーザー共振器内に過飽和の色素セルを有し、本来はレーザーパルス幅がナノ秒であるところを30psecまで圧縮できる。
【0092】
図13の場合と同様に、このNd:YAGレーザー(1)からの基本波(1064nm)はビームスプリッター(2)で分岐され、その一方はKDP結晶(4)により2倍波(532nm)とされてパルスポンプ光として用いられ、他方はそのままパルスイレース光として用いられる。
【0093】
パルスイレース光は、ハーフミラー(3)、遅延光学系(5)、位相板(6)、およびミラー(7)を介してパルス遅延光学回路(22)に入る。パルスポンプ光は、パルス遅延光学回路(22)の出力段でパルスイレース光とコンバインされる。コンバインされた両光は、リレーレンズ(9)およびハーフミラー(10)を介して観察光学系へと誘導される。
【0094】
パルス遅延光学回路(22)は、具体的には、たとえば図16に例示したように、一つのハーフミラー(221)と、このハーフミラー(221)を光路上に含むループ光路を形成するプリズム(222)とで構成されるループ光学系であり、その出力段にはダイクロイックミラー(223)が設けられている。このパルス遅延光学回路(22)に入射したパルスイレース光は、まず、ハーフミラー(221)により透過光1と反射光1とに分離される。透過光1はそのままダイクロイックミラー(223)へ出力され、反射光1は各プリズム(222)で光路が変更されてハーフミラー(221)へ戻り、透過光2と反射光2とに分離される。反射光2は透過光1と同じ光路を通過し、透過光2は各プリズム(222)を介して同じループ光路を通過してハーフミラー(221)へ戻り、再び透過光と反射光に分離される。このようにしてハーフミラー(221)およびプリズム(222)による透過光および反射光の分離・ループが繰り返される。したがって、パルスイレース光をこのパルス遅延光学回路(22)に入射させることで、ループ光路の分だけ遅延したパルスが次々と発生する。
【0095】
図17は、パルス遅延光学回路(22)を出力したパルスイレース光とパルスポンプ光のタイミングチャートの一例を示したものである。この図17に例示したように、パルスイレース光の1番目のパルスn1が一番強い強度を持ち、それ以後のパルスn2,n3,n4・・・は指数関数的にその強度が低下する。本実施例では、パルス幅30psecのパルス列がパルス遅延光学回路(22)から次々と出力される。したがって、このような間欠的なパルスによりS1 0状態にある試料分子あるいは蛍光ラベラー分子を次々とS1'状態へ励起させ、効果的に蛍光を抑制することができる。
【0096】
なお、光は大気中において1nsecで約30cm進むので、パルス遅延光学回路(22)のループ長を調整することで、パルス列のパルス間隔を任意に調整できる。たとえば、ループ長を3cmに設定すれば、パルス間隔は100psecとすることができる。このような光源系の簡単な構成・操作によっても、様々な試料分子あるいは蛍光ラベラー分子に対する蛍光抑制効果を実現できる。
もちろん、この発明は以上の例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能である。
【0097】
【発明の効果】
以上詳しく説明したとおり、この出願の発明によって、イレース光として利用できる波長帯域を広くするとともに、光源の簡便さに優れた、新しい超解像顕微鏡が提供される。
【図面の簡単な説明】
【図1】基底状態の試料分子の電子配置を例示した図である。
【図2】S1状態に励起された試料分子の電子配置を例示した図である。
【図3】S2状態に励起された試料分子の電子配置を例示した図である。
【図4】脱励起した試料分子の電子配置を例示した図である。
【図5】二重共鳴吸収過程を例示した概念図である。
【図6】二重共鳴吸収過程を空間的に例示した概念図である。
【図7】ポンプ光およびイレース光の一部重合せおよびそれによる蛍光抑制を例示した概念図である。
【図8】イレース光の中空ビーム化のための位相板の一例を示した図である。
【図9】イレース光の中空ビーム化のための位相板の別の一例を示した図である。
【図10】分子一般のエネルギー準位を例示した図である。
【図11】分子の脱励起過程を例示した図である。
【図12】この出願の発明の超解像顕微鏡が利用する蛍光抑制原理を説明するための図である。
【図13】この出願の発明の超解像顕微鏡の一実施例を示した概略構成図である。
【図14】パルスポンプ光およびパルスイレース光の照射タイミングならびに蛍光信号入力時のゲートタイミングの一例を示した図である。
【図15】この出願の発明の超解像顕微鏡の別の一実施例を示した概略構成図である。
【図16】パルス遅延光学回路の一例を示した概略構成図である。
【図17】パルスポンプ光およびパルスイレース光の照射タイミングの一例を示した図である。
【符号の説明】
1 Nd:YAGレーザー
2 ビームスプリッター
3 ハーフミラー
4 KDP結晶
5 遅延光学系
51 プリズム
6 位相板
7 ミラー
8 ダイクロイックミラー
9 リレーレンズ
10 ハーフミラー
11 対物レンズ
12 試料
13 試料走査ステージ
14 ハーフミラー
15 結像レンズ
16 CCDカメラ
17 レンズ
18 ピンホール
19 レンズ
20 透過型回折格子
21 ICCDカメラ
22 パルス遅延光学回路
221 ハーフミラー
222 プリズム
223 ダイクロイックミラー

Claims (11)

  1. 試料分子基底状態(S 0 状態)から第一電子励起状態(S 1 状態)の最低振動準位・回転準位(S 1 0 状態)へ励起させる共鳴波長λ1を有するポンプ光の光源と、
    第一電子励起状態(S1状態)の最低振動準位・回転準位(S 1 0 状態)の試料分子を第一電子励起状態(S 1 状態)の高位の振動準位・回転準位(S 1 ’状態)へ励起させる共鳴波長であり且つ1μm以上2.5μm以下の波長λ2を有するとともに、第一電子励起状態(S 1 状態)の試料分子の蛍光寿命より短いパルス幅を有するパルスイレース光の光源と、
    ポンプ光およびパルスイレース光の照射領域を一部分重ね合わせる重ね手段とを備え、
    重ね手段を介してポンプ光およびパルスイレース光を試料に照射することにより、第一電子励起状態の試料分子が基底状態へ脱励起する際の発光の領域を一部分を抑制することを特徴とする超解像顕微鏡。
  2. パルスイレース光のパルス幅が、1psec以上であり、且つ第一電子励起状態の試料分子の蛍光寿命より短い請求項1の超解像顕微鏡。
  3. 試料分子からの蛍光発光期間内に2発以上のパルスイレース光が試料へ照射される請求項1または2の超解像顕微鏡。
  4. パルスイレース光のフォトンフラックスI erase が、
    Figure 0004659952
    の条件式を満たす請求項1ないし3のいずれかの超解像顕微鏡。
  5. パルスイレース光のフォトンフラックスI erase が10 27 photon/cm 2 /sec以上10 30 photon/cm 2 /sec以下である請求項4の超解像顕微鏡。
  6. ポンプ光がパルスポンプ光であり、そのパルス幅が第一電子励起状態(S 1 )の試料分子の蛍光寿命より短い請求項1ないし4のいずれかの超解像顕微鏡。
  7. パルスポンプ光の照射開始時から試料分子の蛍光発光終了時までの間に2発以上のパルスイレース光が試料へ照射される請求項6の超解像顕微鏡。
  8. パルスポンプ光の照射終了時から試料分子の蛍光発光終了時までの間に2発以上のパルスイレース光が試料へ照射される請求項6または7の超解像顕微鏡。
  9. 試料分子の蛍光発光終了時から次のパルスポンプ光のパルス開始時までの間にイレース光が試料へ照射されない請求項6ないし8のいずれかの超解像顕微鏡。
  10. パルスポンプ光のパルス幅とパルスイレース光のパルス幅が同じである請求項6ないし9のいずれかの超解像顕微鏡。
  11. 試料分子からの発光を検出する発光検出器としてシリコンを用いた半導体検出器を備えている請求項1ないし10のいずれかの超解像顕微鏡。
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