本発明の目的は、燃料噴射時期を含む複数のパラメータを引数とする着火時期を予測する着火時期予測モデルを備えるとともに、着火時期予測モデルの逆モデルを用いることなく予測着火時期を目標着火時期に近づけるための燃料噴射時期を決定できる内燃機関の燃料噴射時期決定装置を提供することにある。
本発明に係る燃料噴射時期決定装置は、少なくとも燃料噴射時期を含む複数のパラメータを引数とする着火時期予測モデルを使用して内燃機関の着火時期を予測着火時期として予測する着火時期予測手段と、前記内燃機関の運転状態に基づいて前記着火時期の目標値である目標着火時期を決定する目標着火時期決定手段とを備える。
本発明に係る燃料噴射時期決定装置の特徴は、前記着火時期予測モデルの引数値として使用される前記燃料噴射時期である噴射時期引数値を少なくとも1回設定する噴射時期引数値設定手段と、前記噴射時期引数値と同噴射時期引数値を前記着火時期予測モデルの引数値とした場合に予測される前記予測着火時期との関係の少なくとも1つと、前記目標着火時期とに基づいて、前記予測着火時期を前記目標着火時期に近づけるための燃料噴射時期を決定する燃料噴射時期決定手段とを備える。なお、本明細書では、「燃料噴射時期」、及び「着火時期」はそれぞれ、「燃料噴射開始時期」、及び「着火開始時期」を意味するものとする。
これによれば、着火時期予測モデルを用いて、噴射時期引数値と噴射時期引数値に対応する予測着火時期との関係が2つ以上求められる場合、これらの関係を利用して、現時点での内燃機関の運転状態における燃料噴射時期と着火時期との関係を近似する近似関係を求めることができる。具体的には、例えば、燃料噴射時期をX軸(横軸)に、着火時期をY軸(縦軸)にとった場合、X−Y座標上に噴射時期引数値と予測着火時期との2つ以上の関係にそれぞれ対応する2つ以上の点を利用して数学的手法により燃料噴射時期と着火時期との関係を近似する近似線を求めることができる。従って、この近似関係(近似線)と、目標着火時期とから、近似関係に基づいて得られる目標着火時期に対応する燃料噴射時期を求めることができる。
また、着火時期予測モデルを用いて、噴射時期引数値と噴射時期引数値に対応する予測着火時期との関係が1つだけ求められる場合であっても、例えば、予測着火時期が目標着火時期に非常に近いときには、燃料噴射時期を噴射時期引数値そのものに設定することで、予測着火時期を目標着火時期に近づけるための燃料噴射時期を得ることができる。
即ち、上記構成のように、噴射時期引数値と噴射時期引数値に対応する予測着火時期との関係の少なくとも1つと、目標着火時期とに基づいて、着火時期予測モデルの逆モデルを用いることなく、予測着火時期を目標着火時期に近づけるための燃料噴射時期を簡易、且つ精度良く決定することができる。
上記本発明に係る燃料噴射時期決定装置においては、前記燃料噴射時期決定手段は、前記噴射時期引数値設定手段により最初に設定された前記噴射時期引数値である第1噴射時期引数値を前記着火時期予測モデルの引数値とした場合に予測される前記予測着火時期である第1予測着火時期と、前記目標着火時期との差に応じて、前記燃料噴射時期を決定するために前記噴射時期引数値と前記予測着火時期との関係を求める回数を変更するように構成することが好適である。
これによれば、第1予測着火時期と目標着火時期との差が小さいほど、噴射時期引数値と予測着火時期との関係を求める回数を少なくすることができる。これにより、後述するように、第1予測着火時期と目標着火時期との差が小さい場合、予測着火時期を目標着火時期に近づけるための燃料噴射時期を求める際の計算精度を下げることなく、その計算負荷(具体的には、上記近似関係(近似線)を求める際の計算負荷)を減らすことができる。
具体的には、前記第1予測着火時期と前記目標着火時期との差が第1所定値より小さい場合、前記燃料噴射時期決定手段は、前記燃料噴射時期を前記第1噴射時期引数値に決定するように構成されることが好適である。
この場合、第1所定値は、例えば、燃料噴射時期を求める際に要求される計算精度に相当する誤差(許容誤差)に対応する値(例えば、許容誤差が±0.5CAである場合、第1所定値は1CA。CAはクランク角度)に設定される。これにより、第1予測着火時期と目標着火時期との差が第1所定値より小さい場合、噴射時期引数値と予測着火時期との1つの関係を利用するだけで(即ち、上記関係を1回求めるだけで)、計算精度を下げることなく燃料噴射時期を決定することができる。
加えて、前記第1予測着火時期と前記目標着火時期との差が前記第1所定値以上であって、且つ同第1所定値より大きい第2所定値より小さい場合、前記噴射時期引数値設定手段は、2番目の前記噴射時期引数値である第2噴射時期引数値を前記第1噴射時期引数値と異なる値に設定し、前記燃料噴射時期決定手段は、前記第2噴射時期引数値を前記着火時期予測モデルの引数値とした場合に予測される前記予測着火時期である第2予測着火時期を取得するとともに、前記第1噴射時期引数値と前記第1予測着火時期との関係と、前記第2噴射時期引数値と前記第2予測着火時期との関係との2つの関係から前記燃料噴射時期と前記着火時期との関係を近似する1次の近似関係を求め、前記燃料噴射時期を、前記1次の近似関係に基づいて得られる前記目標着火時期に対応する燃料噴射時期に決定するように構成されることが好適である。
一般に、燃料噴射時期をX軸(横軸)に、着火時期をY軸(縦軸)にとった場合、燃料噴射時期と着火時期との関係は、X−Y座標上において2次曲線で近似できることが判っている。即ち、着火時期予測モデルにより得られる噴射時期引数値と予測着火時期との関係も2次曲線で近似できる。
ここで、第1予測着火時期と目標着火時期との差が前記第1所定値以上である場合、燃料噴射時期を上述したように第1噴射時期引数値に設定することは、燃料噴射時期の誤差が上記許容誤差を超えることになるから好ましくない。他方、第1予測着火時期と目標着火時期との差が、前記第1所定値以上であっても、上記2次曲線における第1予測着火時期に対応する点と目標着火時期に対応する点との間に対応する部分がこれらの2点を通る直線で近似できる程度に十分に小さい場合、近似直線(第1予測着火時期に対応する点と目標着火時期近傍の或る時期(即ち、上記第2予測着火時期)に対応する点とを通る近似直線)と、目標着火時期とから、近似直線に基づいて得られる目標着火時期に対応する燃料噴射時期を求めることができる。
上記構成は係る知見に基づくものである。即ち、第2所定値を、上記2次曲線における第1予測着火時期に対応する点と目標着火時期に対応する点との間に対応する部分が2点を通る直線で近似できる程度に十分に小さい値(であって、第1所定値よりも大きい値)に設定することで、第1予測着火時期と目標着火時期との差が第1所定値以上であって、且つ第2所定値より小さい場合、噴射時期引数値と予測着火時期との2つの関係を利用するだけで(即ち、上記関係を2回求めるだけで)、計算精度を下げることなく燃料噴射時期を決定することができる。
この場合、前記噴射時期引数値設定手段は、前記第2予測着火時期が、前記第1予測着火時期に対して、前記目標着火時期に対する前記第1予測着火時期の偏移方向と反対方向に偏移した値になるように、前記第2噴射時期引数値を設定するように構成されることが好適である。
具体的には、例えば、前記噴射時期引数値設定手段は、前記第2噴射時期引数値を、前記第1噴射時期引数値に前記目標着火時期と前記第1予測着火時期との差を加えた値に設定するように構成され得る。
これによれば、第2予測着火時期を目標着火時期に近づけることができ、この結果、近似直線を得るための2点のうち第2予測着火時期に対応する点を目標着火時期に対応する点に近づけることができる。ここで、近似直線が通る2点が目標着火時期に対応する点に近いほど近似直線に基づいて得られる目標着火時期に対応する燃料噴射時期の計算精度が高くなる。以上のことから、上記構成によれば、燃料噴射時期の計算精度を高くすることができる。
更には、前記第1予測着火時期と前記目標着火時期との差が前記第2所定値以上の場合、前記噴射時期引数値設定手段は、2番目の前記噴射時期引数値である第2噴射時期引数値と、3番目の前記噴射時期引数値である第3噴射時期引数値とを、前記第1、第2、及び第3噴射時期引数値が全て異なる値となるように設定し、前記燃料噴射時期決定手段は、前記第2噴射時期引数値を前記着火時期予測モデルの引数値とした場合に予測される前記予測着火時期である第2予測着火時期と、前記第3噴射時期引数値を前記着火時期予測モデルの引数値とした場合に予測される前記予測着火時期である第3予測着火時期とを取得するとともに、前記第1噴射時期引数値と前記第1予測着火時期との関係と、前記第2噴射時期引数値と前記第2予測着火時期との関係と、前記第3噴射時期引数値と前記第3予測着火時期との関係との3つの関係から前記燃料噴射時期と前記着火時期との関係を近似する2次の近似関係を求め、前記燃料噴射時期を、前記2次の近似関係に基づいて得られる前記目標着火時期に対応する燃料噴射時期に決定するように構成されることが好適である。
第1予測着火時期と目標着火時期との差が前記第2所定値以上である場合、燃料噴射時期を上述したように2点を通る近似直線に基づいて決定すると、近似直線が通る2点が目標着火時期に対応する点から遠くなるから燃料噴射時期の計算精度が低下する。他方、上述したように、着火時期予測モデルにより得られる噴射時期引数値と予測着火時期との関係は2次曲線で近似できる。また、3点を通る2次曲線は一意的に決定される。
以上のことから、第1予測着火時期と目標着火時期との差が前記第2所定値以上である場合、上記構成のように、2次の近似関係(第1、第2、第3予測着火時期に対応する3点を通る近似2次曲線)と、目標着火時期とから、近似2次曲線に基づいて得られる目標着火時期に対応する燃料噴射時期を求めることができる。換言すれば、噴射時期引数値と予測着火時期との3つの関係を利用することで(即ち、上記関係を3回求めることで)、計算精度を下げることなく燃料噴射時期を決定することができる。
この場合、前記噴射時期引数値設定手段は、前記第2予測着火時期が、前記第1予測着火時期に対して、前記目標着火時期に対する前記第1予測着火時期の偏移方向と反対方向に偏移した値になるように、前記第2噴射時期引数値を設定するとともに、前記第3予測着火時期が、前記第2予測着火時期に対して、前記目標着火時期に対する前記第2予測着火時期の偏移方向と反対方向に偏移した値になるように、前記第3噴射時期引数値を設定するように構成されることが好適である。
具体的には、例えば、前記噴射時期引数値設定手段は、前記第2噴射時期引数値を、前記第1噴射時期引数値に前記目標着火時期と前記第1予測着火時期との差を加えた値に設定するとともに、前記第3噴射時期引数値を、前記第2噴射時期引数値に前記目標着火時期と前記第2予測着火時期との差を加えた値に設定するように構成され得る。
これによれば、第2、第3予測着火時期を目標着火時期に近づけることができ、この結果、近似2次曲線を得るための3点のうち第2、第3予測着火時期に対応する点を目標着火時期に対応する点に近づけることができる。ここで、近似2次曲線が通る3点が目標着火時期に対応する点に近いほど近似2次曲線に基づいて得られる目標着火時期に対応する燃料噴射時期の計算精度が高くなる。以上のことから、上記構成によれば、燃料噴射時期の計算精度を高くすることができる。
ところで、燃焼効率の向上等の観点から、内燃機関のピストンの頂面にはキャビティが設けられている場合が多い。この場合、燃料噴射時期が早めだと混合気の先頭部がキャビティに入らない一方で燃料噴射時期が遅めだと混合気の先頭部がキャビティに入る。即ち、混合気の先頭部がキャビティに入る場合とキャビティに入らない場合との境界に対応する燃料噴射時期(即ち、上記傾向変化噴射時期)が存在する。
他方、混合気の先頭部がキャビティに入る場合とキャビティに入らない場合とでは燃料噴射時期に対する着火時期の傾向が異なる。換言すれば、噴射時期引数値と予測着火時期との関係を近似する2次曲線が、噴射時期引数値が傾向変化噴射時期以前の場合と、噴射時期引数値が傾向変化噴射時期以後の場合とで異なる。
従って、傾向変化噴射時期を内挿する3点を通る近似2次曲線で噴射時期引数値と予測着火時期との関係を近似すると、近似2次曲線に基づいて得られる目標着火時期に対応する燃料噴射時期の計算精度が低下する。
以上のことから、内燃機関のピストンの頂面にキャビティが設けられている場合、上記本発明に係る燃料噴射時期決定装置は、前記内燃機関の燃焼室内に噴射された燃料により形成される混合気の先頭部が前記ピストンのキャビティに入る場合と同キャビティに入らない場合との境界に対応する前記燃料噴射時期である傾向変化噴射時期を取得する傾向変化噴射時期取得手段を更に備え、前記噴射時期引数値設定手段は、前記第1噴射時期引数値を前記傾向変化噴射時期に設定するとともに、前記第2噴射時期引数値、又は前記第3噴射時期引数値を設定する場合、前記第2噴射時期引数値、又は前記第3噴射時期引数値を、前記傾向変化噴射時期に対して、前記目標着火時期に対応する前記燃料噴射時期を含む側に設定するように構成されることが好ましい。
これによれば、目標着火時期に対応する燃料噴射時期を求めるために使用される近似2次曲線が傾向変化噴射時期を内挿する3点を通る2次曲線となることが防止されるから、燃料噴射時期の計算精度の低下を防止できる。
或いは、上記本発明に係る燃料噴射時期決定装置においては、前記噴射時期引数値設定手段は、前記第1噴射時期引数値を、燃料の噴射開始から着火までの期間である着火遅れが最も短くなる前記燃料噴射時期(以下、「最短着火遅れに対応する噴射時期」と称呼する。)に設定するように構成されることも好適である。
これによれば、第1噴射時期引数値と、第1噴射時期引数値と着火時期予測モデルとから得られる第1予測着火時期と、から現時点での運転状態における最短着火遅れを直ちに求めることができる。従って、この最短着火遅れが、失火が発生する範囲に対応する大きい値になっているか否かを判定することで、失火が発生するか否かを直ちに判定(失火判定)することができる。即ち、噴射時期引数値と予測着火時期との1つの関係を利用するだけで(即ち、上記関係を1回求めるだけで)、失火判定を直ちに行うことができる。
また、上記本発明に係る噴射時期決定装置においては、前記噴射時期引数値設定手段は、前記目標着火時期よりも遅い前記着火時期に対応する前記噴射時期引数値である第1噴射時期引数値と、前記目標着火時期よりも早い前記着火時期に対応する前記噴射時期引数値である第2噴射時期引数値と、前記第1噴射時期引数値と前記第2噴射時期引数値との間の前記噴射時期引数値である第3噴射時期引数値とを設定し、前記燃料噴射時期決定手段は、前記第1、第2、第3噴射時期引数値を前記着火時期予測モデルの引数値とした場合に予測される前記予測着火時期である第1、第2、第3予測着火時期をそれぞれ取得するとともに、前記第1噴射時期引数値と前記第1予測着火時期との関係と、前記第2噴射時期引数値と前記第2予測着火時期との関係と、前記第3噴射時期引数値と前記第3予測着火時期との関係との3つの関係から前記燃料噴射時期と前記着火時期との関係を近似する2次の近似関係を求め、前記燃料噴射時期を、前記2次の近似関係に基づいて得られる前記目標着火時期に対応する燃料噴射時期に決定するように構成されてもよい。
これによれば、目標着火時期に対応する燃料噴射時期を求めるために使用される近似2次曲線が目標着火時期を必ず内挿する3点を通る2次曲線となるから、燃料噴射時期の計算精度を高くすることができる。
この場合、前記噴射時期引数値設定手段は、燃料の噴射開始から、同燃料により形成される混合気の燃料濃度が着火可能範囲の上限値に達するまでの期間である上限到達期間を取得する上限到達期間取得手段を備え、前記第1噴射時期引数値を、前記目標着火時期から前記上限到達期間だけ早い時期以降に設定するように構成されることが好適である。同様に、前記噴射時期引数値設定手段は、燃料の噴射開始から、同燃料により形成される混合気の燃料濃度が着火可能範囲の下限値に達するまでの期間である下限到達期間を取得する下限到達期間取得手段を備え、前記第2噴射時期引数値を、前記目標着火時期から前記下限到達期間だけ早い時期以前に設定するように構成されることが好適である。
噴射された燃料に基づく混合気の燃料濃度は、噴射後の時間経過に従って次第に小さくなっていく。混合気は、燃料濃度が或る着火可能範囲内にある場合にのみ着火し得る。即ち、噴射後経過時間が上記上限到達期間から上記下限到達期間の間にある場合にのみ混合気は着火し得る。
係る観点に基づき、上記構成のように、第1噴射時期引数値を、目標着火時期から前記上限到達期間だけ早い時期以降に設定すれば、第1予測着火時期を目標着火時期よりも確実に遅い時期に設定することができる。同様に、第2噴射時期引数値を、目標着火時期から下限到達期間だけ早い時期以前に設定すれば、第2予測着火時期を目標着火時期よりも確実に早い時期に設定することができる。
また、前記噴射時期引数値設定手段は、前記第1噴射時期引数値を、前記目標着火時期以降に設定するように構成されてもよい。これによっても、第1予測着火時期を目標着火時期よりも確実に遅い時期に設定することができる。
加えて、上記本発明に係る燃料噴射時期決定装置においては、前記燃料噴射時期決定手段は、前記内燃機関が定常運転状態にある場合、今回の燃料噴射時期を決定するための計算を中止するとともに、今回の燃料噴射時期として、前回の燃料噴射時期を使用するように構成されると好ましい。
内燃機関が定常運転状態にある場合、燃料噴射時期と着火時期との関係を表す2次曲線も目標着火時期も一定(略一定)となる。従って、2次曲線に基づいて得られる目標着火時期に対応する燃料噴射時期も一定となる。従って、今回の(燃焼サイクルにおける)燃料噴射時期も、前回の(燃焼サイクルにおける)燃料噴射時期と等しく(略等しく)なる。
上記構成は係る知見に基づくものである。これによれば、内燃機関が定常運転状態にある場合、燃料噴射時期を決定するにあたり噴射時期引数値と予測着火時期との関係を1回も求める必要がなくなるから、上記近似関係(近似線)を求める際の計算負荷をなくすことができる。
以下、本発明による内燃機関(ディーゼル機関)の燃料噴射時期決定装置の各実施形態について図面を参照しつつ説明する。
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係る内燃機関の燃料噴射時期決定装置を含んだ燃料噴射制御装置を4気筒内燃機関(ディーゼル機関)10に適用したシステム全体の概略構成を示している。このシステムは、燃料供給系統を含むエンジン本体20、エンジン本体20の各気筒の燃焼室(筒内)にガスを導入するための吸気系統30、エンジン本体20からの排ガスを放出するための排気系統40、排気還流を行うためのEGR装置50、及び電気制御装置60を含んでいる。
エンジン本体20の各気筒の上部には燃料噴射弁(噴射弁、インジェクタ)21が配設されている。各燃料噴射弁21は、図示しない燃料タンクと接続された燃料噴射用ポンプ22に燃料配管23を介して接続されている。燃料噴射用ポンプ22は、電気制御装置60と電気的に接続されていて、電気制御装置60からの駆動信号(後述する指令燃料噴射圧力Pcrに応じた指令信号)により燃料の実際の噴射圧力(噴射圧力Pf)が指令燃料噴射圧力Pcrになるように同燃料を昇圧するようになっている。
これにより、燃料噴射弁21には、燃料噴射用ポンプ22から指令燃料噴射圧力Pcrまで昇圧された燃料が供給されるようになっている。また、燃料噴射弁21は、電気制御装置60と電気的に接続されていて、電気制御装置60からの駆動信号(指令燃料噴射量(質量)Qfinに応じた指令信号)により噴射期間TAUだけ開弁し、これにより各気筒の燃焼室内に指令燃料噴射圧力Pcrにまで昇圧された燃料を指令燃料噴射量Qfinだけ直接噴射するようになっている。
吸気系統30は、エンジン本体20の各気筒の燃焼室にそれぞれ接続された吸気マニホールド31、吸気マニホールド31の上流側集合部に接続され吸気マニホールド31とともに吸気通路を構成する吸気管32、吸気管32内に回動可能に保持されたスロットル弁33、電気制御装置60からの駆動信号に応答してスロットル弁33を回転駆動するスロットル弁アクチュエータ33a、スロットル弁33の上流において吸気管32に順に介装されたインタクーラー34と過給機35のコンプレッサ35a、及び吸気管32の先端部に配設されたエアクリーナ36とを含んでいる。
排気系統40は、エンジン本体20の各気筒にそれぞれ接続された排気マニホールド41、排気マニホールド41の下流側集合部に接続された排気管42、排気管42に配設された過給機35のタービン35b、及び排気管42に介装されたディーゼルパティキュレートフィルタ(以下、「DPNR」と称呼する。)43を含んでいる。排気マニホールド41及び排気管42は排気通路を構成している。
EGR装置50は、排気ガスを還流させる通路(EGR通路)を構成する排気還流管51と、排気還流管51に介装されたEGR制御弁52と、EGRクーラー53とを備えている。排気還流管51はタービン35bの上流側排気通路(排気マニホールド41)とスロットル弁33の下流側吸気通路(吸気マニホールド31)を連通している。EGR制御弁52は電気制御装置60からの駆動信号に応答し、再循環される排気ガス量(排気還流量、EGRガス流量)を変更し得るようになっている。
電気制御装置60は、互いにバスで接続されたCPU61、CPU61が実行するプログラム、テーブル(ルックアップテーブル、マップ)、及び定数等を予め記憶したROM62、CPU61が必要に応じてデータを一時的に格納するRAM63、電源が投入された状態でデータを格納するとともに同格納したデータを電源が遮断されている間も保持するバックアップRAM64、並びにADコンバータを含むインターフェース65等からなるマイクロコンピュータである。
インターフェース65は、吸気管32に配置された熱線式エアフローメータ71、スロットル弁33の下流であって排気還流管51が接続された部位よりも下流の吸気通路に設けられた吸気温センサ72、スロットル弁33の下流であって排気還流管51が接続された部位よりも下流の吸気通路に配設された吸気管圧力センサ73、クランクポジションセンサ74、アクセル開度センサ75、燃料噴射用ポンプ22の吐出口の近傍の燃料配管23に配設された燃料噴射圧力センサ76、スロットル弁33の下流であって排気還流管51が接続された部位よりも下流の吸気通路に配設された吸気酸素濃度センサ77、水温センサ78、及びDPNR43の下流の排気管42に設けられた排気温度センサ79と接続されていて、これらのセンサからの信号をCPU61に供給するようになっている。
また、インターフェース65は、燃料噴射弁21、燃料噴射用ポンプ22、スロットル弁アクチュエータ33a、及びEGR制御弁52と接続されていて、CPU61の指示に応じてこれらに駆動信号を送出するようになっている。
熱線式エアフローメータ71は、吸気通路内を通過する吸入空気の質量流量(単位時間当りの吸入空気量、単位時間あたりの新気量)を計測し、質量流量Ga(空気流量Ga)を表す信号を発生するようになっている。吸気温センサ72は、エンジン10のシリンダ(即ち、燃焼室、筒内)に吸入されるガスの温度(即ち、吸気温度)を検出し、吸気温度Tbを表す信号を発生するようになっている。吸気管圧力センサ73は、エンジン10のシリンダに吸入されるガスの圧力(即ち、吸気管圧力)を検出し、吸気管圧力Pbを表す信号を発生するようになっている。
クランクポジションセンサ74は、各気筒の絶対クランク角度を検出し、実クランク角度CAactを表すとともにエンジン10の回転速度であるエンジン回転速度NEをも表す信号を発生するようになっている。アクセル開度センサ75は、アクセルペダルAPの操作量を検出し、アクセル開度Accpを表す信号を発生するようになっている。燃料噴射圧力センサ76は、燃料配管23内の燃料の圧力を検出し、噴射圧力Pfを表す信号を発生するようになっている。吸気酸素濃度センサ77は、吸気中の酸素濃度を検出し、吸気酸素濃度RO2inを表す信号を発生するようになっている。水温センサ78は、冷却水温を検出し、冷却水温THWを表す信号を発生するようになっている。排気温度センサ79は、排気温度を検出し、排気温度Texを表す信号を発生するようになっている。
(燃焼室内における混合気の進行の概要)
次に、上記のように構成された燃料噴射時期決定装置を含んだ燃料噴射制御装置(以下、「本装置」と云う。)が扱う混合気の燃焼室内における混合気の進行の様子について図2を参照しながら説明する。
図2に示したように、燃焼室は、シリンダヘッドと、円筒状のシリンダ内壁面と、ピストン24とにより画定されている。ピストン24の頂面24aには、シリンダの軸心と同軸的に、側面24b、及び底面24cから構成される円柱状の凹部(以下、「キャビティ24d」と称呼する。)が形成されている。
燃焼室内に吸入されるガスには、吸気管32の先端部からスロットル弁33を介して吸入された新気と、排気還流管51からEGR制御弁52を介して吸入されたEGRガスが含まれる。吸入される新気量(新気質量)と吸入されるEGRガス量(ガス質量)の和に対するEGRガス量の割合(EGR率)は、運転状態に応じて電気制御装置60(CPU61)により適宜制御されるスロットル弁33の開度、及びEGR制御弁52の開度に応じて変化する。
かかる新気、及びEGRガスは、吸気行程において開弁している吸気弁Vinを介してピストンの下降に伴って燃焼室内に吸入されて筒内ガスとなる。筒内ガスは、ピストンが圧縮下死点に達する時点近傍で吸気弁Vinが閉弁することにより燃焼室内に密閉され、その後の圧縮行程においてピストンの上昇に伴って圧縮される。
そして、ピストンが圧縮上死点近傍に達すると(具体的には、後述する燃料噴射時期(クランク角度)CAinjが到来すると)、本装置は、指令燃料噴射量Qfinに応じた噴射期間TAUだけ燃料噴射弁21を開弁することで燃料を燃焼室内に直接噴射する。ここで、燃料噴射弁21は、その軸心がシリンダの軸心と一致するようにシリンダヘッドに固定配置されていて、その噴孔から噴射された液体の(液滴)燃料は、燃焼室内においてシリンダの軸心を中心軸として円錐状に拡散していくようになっている。
この結果、噴射された燃料は、時間の経過に伴って筒内ガスを取り込みながら混合気となって燃焼室内において円錐状に拡散していく。本装置は、係る混合気の着火時期を目標着火時期に近づけるための燃料噴射時期を決定するものである。
(燃料噴射時期の決定方法の概要)
次に、本装置による燃料噴射時期(クランク角度)CAinjの決定方法について説明する。本装置は、流体力学等に基づく式等を利用して着火時期を予測するモデル(着火時期予測(順)モデル)を備えている。この種の着火時期予測順モデルについては、例えば、上述した特願2004−32948号、特願2004−32950号に詳述されているから、ここではその詳細な説明を省略する。
本例にて使用される着火時期予測順モデルは、燃料噴射時期に加えて、吸気酸素濃度RO2in、エンジン回転速度NE、吸気温度Tb、冷却水温THW、排気温度Tex、吸気管圧力Pb、指令燃料噴射量Qfin、噴射圧力Pfの8つのパラメータ(以下、「残りの8つのパラメータ」と称呼することもある。)を引数として使用する。この着火時期予測順モデルは、これら9つのパラメータの引数値に基づいて燃料噴射時期以降の混合気の温度を微小時間毎に逐次計算していき、混合気温度が所定の着火温度に達する時期を予測着火時期として求める(予測する)モデルである。この着火時期予測順モデルを用いて予測着火時期を求める手段が着火時期予測手段に対応する。
この予測着火時期を目標着火時期CAigtに一致させるための燃料噴射時期CAinjを決定するためには、この着火時期予測順モデルから導かれる逆モデルを解く必要がある。この逆モデルとは、目標着火時期CAigtと、「残りの8つのパラメータ」とを引数とする、予測着火時期を目標着火時期CAigtに一致させるための燃料噴射時期CAinjを求めるモデルである。
しかしながら、上述したように、この着火時期予測順モデルは、混合気温度を逐次計算することで予測着火時期を求めるものであるため、その逆モデルを解いて燃料噴射時期CAinjを求めることは実際には非常に困難である。従って、本装置は、以下のように、逆モデルを用いることなく、予測着火時期を目標着火時期CAigtに近づけるための燃料噴射時期CAinjを決定する。
図3は、内燃機関10が或る運転状態にある場合(即ち、残りの8つのパラメータについての引数値が或る値である場合)において、燃料噴射時期についての複数の引数値と、着火時期予測順モデルとから、燃料噴射時期についての各引数値に対応する予測着火時期をそれぞれ求めることで得られる、燃料噴射時期と予測着火時期との複数の関係を白丸でプロットした結果の一例を示したグラフである。
このようにして得られた複数のプロット点を利用して燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似する近似線を数学的手法により求め、この近似線と、目標着火時期CAigtとから、現時点での運転状態における目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを求めることができる(図3を参照)。本装置は、原則的に、この原理を使用して燃料噴射時期CAinjを求める。その際、近似線を得るために使用されるプロット点(具体的には、燃料噴射時期についての複数の引数値)を如何に設定するかが問題となる。
ところで、図3に示すように、燃料噴射時期と予測着火時期との関係は、大略的には1つの2次曲線で近似できることが判っている。更に詳細には、燃料噴射時期が或る燃料噴射時期(以下、「傾向変化時期CAchg」と称呼する。)よりも遅い(遅角側にある)領域(以下、「A領域」と称呼する。)と、傾向変化時期CAchgよりも早い(進角側にある)領域(以下、「B」領域と称呼する。)とでは、燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似する2次曲線が異なることが判っている。以下、この傾向変化時期CAchgについて付言する。
上述したように、本例におけるピストン24には円柱状のキャビティ24dが設けられている。燃料噴射時期が或る時期よりも早めに設定された場合、図4に示すように、混合気の先頭部がキャビティ24dに入る。一方、燃料噴射時期が前記或る時期よりも遅めに設定された場合、図5に示すように、混合気の先頭部がキャビティ24dに入らない。
図4、及び図5に示すように、混合気の先頭部がキャビティに入る場合とキャビティに入らない場合とでは、燃焼室内で混合気が進行する向き・態様が異なることになるから噴射から着火までの期間(着火遅れ)の傾向も異なることになる。このことは、混合気の先頭部がキャビティに入る場合とキャビティに入らない場合とでは、燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似する2次曲線が異なることを意味する。
以上のことから、混合気の先頭部がキャビティ24dに入る場合とキャビティ24dに入らない場合との境界に対応する燃料噴射時期が傾向変化時期CAchgに対応し、図4、図5に示す場合が、図3のA領域、B領域にそれぞれ対応する。以下、この傾向変化時期CAchgの求め方について図6を参照しながら簡単に説明する。
いま、頂角がθ1の円錐状に上述した混合気が燃焼室内にて拡散していくものとする。この混合気の先頭部がキャビティ24dのエッジEに衝突する場合に対応する燃料噴射時期が傾向変化時期CAchgとなる。
従って、傾向変化時期CAchgは、混合気先頭部がキャビティ24dのエッジEに衝突するときのピストン24の位置(図6に示す位置)に対応する時期(クランク角度)(以下、「エッジ対応時期CAedge」と称呼する。)から、燃料噴射弁21の噴孔から噴射された燃料(従って、混合気先頭部)が距離L1を移動するために要する時間t1に相当するクランク角度CA1だけ前(進角側)の時期となるから、下記(1)式で表すことができる(図7を参照)。なお、円柱状のキャビティ24dの半径をrとすると、距離L1=r/sin(θ1)と表すことができる。
上記(1)において、エッジ対応時期CAedgeは機関10の設計諸元等から予め求めることができる。一方、クランク角度CA1は以下のように求めることができる。先ず、噴射後経過時間tにおける混合気先頭部の移動距離Xは下記(2)式で表すことができる。
上記(2)式において、tは噴射後経過時間である。cは収縮係数(定数)、dは燃料噴射弁21の噴孔径(定数)である。ρgは筒内ガス密度であり、本例では、圧縮上死点(TDC)での筒内ガス密度ρgtdcが使用される。ΔPは有効噴射圧力であり、θは噴霧角である。筒内ガス密度ρgtdc、有効噴射圧力ΔP、及び噴霧角θの求め方については後述する。上記(2)式は、機械学会論文集 25-156(1959年),820頁 「ディーゼル機関の噴霧到達距離に関する研究」 和栗雄太郎,藤井勝,網谷竜夫,恒屋礼次郎(以下、「非特許文献1」と称呼する。)にて紹介されている。
上記(2)式において、Xを距離L1に、tを時間t1にそれぞれ置き換えた式を時間t1について解くことで、下記(3)式に従って時間t1を求めることができる。また、この時間t1に相当するクランク角度であるクランク角度CA1は、エンジン回転速度NEを使用して時間をクランク角度に変換することで求めることができる。以上のように、エッジ対応時期CAedgeとクランク角度CA1とを求めることができるから、上記(1)式から傾向変化時期CAchgを求めることができる。このようにして傾向変化時期CAchgを求める手段が傾向変化噴射時期取得手段に対応する。
再び、図3を参照する。2次曲線はその2次曲線が通る3点が決定されれば一意的に決定される。加えて、上述したように、A領域とB領域とでは燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似する2次曲線が異なる。従って、傾向変化時期CAchgを内挿する3点を通る2次曲線で燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似すると、その2次曲線の近似精度が低下し、この結果、その2次曲線に基づいて得られる目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjの計算精度が低下する。
係る燃料噴射時期CAinjの計算精度の低下を防止するためには、A領域、及びB領域の何れか一方であって目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを含む側の領域に属する3点を通る2次曲線(近似2次曲線z)で燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似することが好ましい。
以上のことから、本装置は、図8に示すように、近似2次曲線zを得るための3点(具体的には、燃料噴射時期についての互いに異なる3つの引数値)を設定する。以下、燃料噴射時期についての1番目、2番目、3番目の引数値をそれぞれ、第1、第2、第3噴射時期a1,a2,a3と呼ぶものとする。
先ず、第1噴射時期a1は、上記傾向変化時期CAchgそのものに設定される。これは、目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjがA領域とB領域の何れに属するかがこの段階では不明だからである。この第1噴射時期a1(=CAchg)と、残りの8つのパラメータの引数値と、着火時期予測順モデルとから、第1噴射時期a1に対応する予測着火時期(以下、「第1予測着火時期b1」と呼ぶ。)を求めることができる。即ち、近似2次曲線zを得るための3点のうちの1番目の点c1が決定される。
第2噴射時期a2は、第1噴射時期a1に、目標着火時期CAigtと第1予測着火時期b1との差δ1を加えた値に設定される(a2=a1+δ1)。これにより、第2噴射時期a2は、A領域、及びB領域のうち目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを含む側の領域に必ず属することになる。この第2噴射時期a2と、残りの8つのパラメータの引数値と、着火時期予測順モデルとから、第2噴射時期a2に対応する予測着火時期(以下、「第2予測着火時期b2」と呼ぶ。)を求めることができる。即ち、近似2次曲線zを得るための2番目の点c2が決定される。
第3噴射時期a3は、第2噴射時期a2に、目標着火時期CAigtと第2予測着火時期b2との差δ2を加えた値に設定される(a3=a2+δ2)。ただし、この第3噴射時期a3が、A領域、及びB領域のうち目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを含まない側の領域に属することになる場合、第3噴射時期a3は、第1噴射時期a1と第2噴射時期a2の間の時期(本例では、a1とa2の平均値)に設定される。この第3噴射時期a3と、残りの8つのパラメータの引数値と、着火時期予測順モデルとから、第3噴射時期a3に対応する予測着火時期(以下、「第3予測着火時期b3」と呼ぶ。)を求めることができる。即ち、近似2次曲線zを得るための3番目の点c3が決定される。
これにより、3点c1,c2,c3を、A領域、及びB領域の何れか一方であって目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを含む側の領域(図8の場合、A領域)に属するように設定することができる。この結果、図8の場合、3点c1,c2,c3を通る2次曲線を数学的に求めることで、A領域内において燃料噴射時期と予測着火時期との関係を精度良く近似する近似2次曲線zを得ることができる。このように、第1、第2、第3噴射時期a1,a2,a3を求める手段が噴射時期引数値設定手段に対応する。
本装置は、通常、このようにして得られる近似2次曲線zと、目標着火時期CAigtとから、現時点での運転状態における目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを求める(図8を参照)。このようにして燃料噴射時期CAinjを決定する手段が燃料噴射時期決定手段に対応する。この結果、近似2次曲線zを得るために使用する3点を決定するために、着火時期予測順モデルが3回使用される。
ところで、図9に示すように、目標着火時期CAigtと第1予測着火時期b1との差δ1が、上記近似2次曲線zにおける点c1と目標着火時期CAigtに対応する点との間に対応する部分が点c1と点c2を通る近似直線yで近似できる程度に十分に小さい場合(δ1<値β(一定値。例えば、3°))について考える。
この場合(実際には、値α(後述)≦δ1<値βの場合)、本装置は、近似2次曲線zの代わりの近似直線yと、目標着火時期CAigtとから、現時点での運転状態における目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを求める。これにより、点c3を求める必要がなくなるから、着火時期予測順モデルが使用される回数を3回から2回に減らすことができる。換言すれば、燃料噴射時期CAinjの計算精度を下げることなく、CPU61の計算負荷を減らすことができる。
更には、図10に示すように、差δ1が、上記値βよりも更に小さい、燃料噴射時期CAinjを求める際に要求される計算精度に相当する誤差に対応する値α(一定値。例えば、1°)より小さい場合、本装置は、燃料噴射時期CAinjを第1噴射時期a1そのものに設定する。これにより、点c3のみならず点c2をも求める必要がなくなるから、着火時期予測順モデルが使用される回数を3回から1回に減らすことができる。
このようにして、本装置は、目標着火時期CAigtと第1予測着火時期b1との差δ1に応じて、燃料噴射時期CAinjを決定するために着火時期予測順モデルを使用する回数(従って、噴射時期引数値と予測着火時期との関係を求める回数)を変更する。これにより、差δ1が小さいほど、燃料噴射時期CAinjの計算精度を下げることなく、CPU61の計算負荷を減らすことができる。
以上のように、本装置は、噴射時期引数値と予測着火時期との関係の少なくとも1つと、目標着火時期CAigtとに基づいて、着火時期予測順モデルにより得られる予測着火時期(即ち、実際の着火時期)を目標着火時期CAigtに近づけるための燃料噴射時期CAinjを決定する。加えて、本装置は、今回の燃料噴射時期CAinjについての上述した計算を、今回の筒内ガスの量が確定する今回の吸気弁Vinの閉弁時(即ち、筒内ガスが密閉された時点。以下、「IVC」と呼ぶ。)の直後に開始し、今回の燃料噴射時期CAinjとして決定され得る範囲内の最早時期が到来する前に今回の燃料噴射時期CAinjを決定する。以上が、本装置による燃料噴射時期の決定方法の概要である。
(実際の作動)
次に、上記のように構成された第1実施形態に係る内燃機関の燃料噴射時期決定装置を含んだ燃料噴射制御装置の実際の作動について説明する。
<燃料噴射時期の決定>
CPU61は、図11〜図13に一連のフローチャートにより示した燃料噴射時期を決定するためのルーチンを所定時間の経過毎に、気筒毎に、繰り返し実行するようになっている。従って、所定のタイミングになると、CPU61はステップ1100から処理を開始し、ステップ1105に進んで吸気弁Vinが開状態から閉状態へと変化したか否か(即ち、IVCが到来したか否か)を判定し、「No」と判定する場合、ステップ1195に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。
いま、或る気筒においてIVCが到来したものとすると、CPU61はステップ1105に進んだとき「Yes」と判定し、各種物理量を決定するためにステップ1110以降に進む。先ず、CPU61はステップ1110に進むと、IVC時クランク角度CAivcをクランクポジションセンサ74から取得される現時点での実クランク角度CAactの値に設定し、IVC時筒内ガス圧力Pgivcを吸気管圧力センサ73から得られる現時点での吸気管圧力Pbの値に設定し、IVC時筒内ガス温度Tgivcを吸気温センサ72から得られる現時点での吸気温度Tbの値に設定する。
続いて、CPU61はステップ1115に進んで、上記IVC時筒内ガス圧力Pgivcと、上記IVC時筒内ガス温度Tgivcと、IVCにおける気体の状態方程式に基づく下記(4)式とに基づいて筒内ガスの全質量Mgを求める。
上記(4)式において、Vg(CAivc)は上記IVC時クランク角度CAivcに対応する筒内容積である。筒内容積Vgは機関10の設計諸元に基づいてクランク角度CAの関数Vg(CA)として予め取得することができるから、Vg(CAivc)も取得することができる。Rは筒内ガスのガス定数(本例では、一定)である。上記(4)式は、IVCは圧縮下死点近傍であるからIVCにおける筒内ガス圧力及び筒内ガス温度はそれぞれIVC時における吸気管圧力Pb及び吸気温度Tbに略等しいという事実が考慮されて得られる。
次いで、CPU61はステップ1120に進み、アクセル開度センサ75により得られる現時点でのアクセル開度Accp、クランクポジションセンサ74から取得される現時点でのエンジン回転速度NE、及び図16に示したテーブル(マップ)MapQfinから指令燃料噴射量Qfin(実際には、燃料噴射期間TAU)を求める。テーブルMapQfinは、アクセル開度Accp及びエンジン回転速度NEと指令燃料噴射量Qfinとの関係を規定するテーブルであり、ROM62内に格納されている。
次に、CPU61はステップ1125に進んで、指令燃料噴射量Qfin、エンジン回転速度NE、及び図17に示したテーブルMapPcrから燃料噴射圧力Pcrを決定する。テーブルMapPcrは、指令燃料噴射量Qfin及びエンジン回転速度NEと燃料噴射圧力Pcrとの関係を規定するテーブルであり、ROM62内に格納されている。
次に、CPU61はステップ1130に進み、先のステップ1115にて求めた筒内ガスの全質量Mgを圧縮上死点(TDC)に対応するクランク角度CAtdcにおける筒内容積Vg(CAtdc)で除することで、圧縮上死点での筒内ガス密度ρgtdcを求める。
続いて、CPU61はステップ1135に進み、先のステップ1110にて求めたIVC時筒内ガス圧力Pgivcと、上記IVC時筒内容積Vg(CAivc)と、下記(5)式に基づいて燃料噴射時筒内ガス圧力Pg0を求める。
上記(5)式において、Vg(CAinjb)は(後述するルーチンで取得・格納されている)前回の燃料噴射時期(クランク角度)CAinjbに対応する筒内容積である。κは筒内ガスの比熱比(本例では、一定)である。上記(5)式は、圧縮行程(及び膨張行程)における筒内ガスの状態がIVC以降において断熱変化するとの仮定のもとで得られる。
次に、CPU61はステップ1140に進んで、先のステップ1125にて求めた燃料噴射圧力Pcrから上記燃料噴射時筒内ガス圧力Pg0を減じることで有効噴射圧力ΔPを求め、続くステップ1145にて、燃料密度ρf(定数)と、上記圧縮上死点での筒内ガス密度ρgtdcと、燃料密度ρfを筒内ガス密度ρgで除した値を引数とする噴霧角θを求める関数funcθと、に基づいて噴霧角θを求める。そして、CPU61はステップ1150に進み、噴射圧力Pfがステップ1125にて求めた燃料噴射圧力Pcrとなるように燃料噴射用ポンプ22に制御指示を行う。
次に、CPU61は図12のステップ1205に進み、アクセル開度Accpと、エンジン回転速度NEと、Accp及びNEとを引数とする目標着火時期CAigtを求める関数funcCAigtと、に基づいて目標着火時期CAigtを求める。このステップ1205は、目標着火時期決定手段に対応する。
続いて、CPU61はステップ1210に進んで、機関10が定常運転状態にあるか否かを判定する。本例では、定常運転状態として、上記残りの8つのパラメータの値及び目標着火時期CAigtの値における今回値と前回値の差の各々が対応する所定のしきい値以下となる状態が採用される。
いま、機関10が定常運転状態にあるものとすると、CPU61はステップ1210にて「Yes」と判定してステップ1215に進み、(今回の)燃料噴射時期CAinjを前回の燃料噴射時期CAinjbと等しい時期に設定した後、ステップ1195に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。
この処理は、機関10が定常運転状態にある場合、予測着火時期(従って、実際の着火時期)を目標着火時期CAigtに近づけるための燃料噴射時期は今回と前回とで等しくなるという事実に基づく。これにより、燃料噴射時期CAinjを決定するために着火時期予測順モデルを使用する回数(従って、噴射時期引数値と予測着火時期との関係を求める回数)を「0」とすることができる。この結果、燃料噴射時期CAinjの計算精度を下げることなく、CPU61の計算負荷を減らすことができる。
次に、機関10が定常運転状態にない場合について説明する。この場合、CPU61はステップ1210に進んだとき「No」と判定してステップ1220を経由して図14にフローチャートにより示した傾向変化時期CAchgを算出するためのルーチンの処理をステップ1400から開始する。
即ち、CPU61はステップ1400からステップ1405に進むと、先のステップ1130にて求めた圧縮上死点での筒内ガス密度ρgtdcと、ステップ1140にて求めた有効噴射圧力ΔPと、ステップ1145にて求めた噴霧角θと、上記(3)式とに基づいてキャビティ角部(上記エッジE)への混合気到達時間t1を算出する。
続いて、CPU61はステップ1410に進み、エンジン回転速度NEと、上記時間t1とから、時間t1に相当するクランク角度(時間t1の間におけるクランク角度の変化量)であるクランク角度CA1を求める。そして、CPU61はステップ1415にて、このクランク角度CA1と、上記(1)式とに基づいて傾向変化時期CAchgを求めた後、ステップ1495を経由して図12のステップ1225に進む。
CPU61はステップ1225に進むと、第1噴射時期a1を上記傾向変化時期CAchgと等しい時期に設定し、続くステップ1230にて、この第1噴射時期a1と、現時点での残りの8つのパラメータ値と、着火時期予測順モデルとから、第1予測着火時期b1を算出する。
次いで、CPU61はステップ1235に進んで、差δ1を、目標着火時期CAigtから第1予測着火時期b1を減じた値に設定し、続くステップ1240にて、差δ1の絶対値が値α未満か否かを判定する。
いま、差δ1の絶対値が値α未満であるものとすると(図10を参照)、CPU61はステップ1240にて「Yes」と判定してステップ1245に進み、(今回の)燃料噴射時期CAinjを第1噴射時期a1と等しい時期に設定し、続くステップ1250にて、今回の燃料噴射時期CAinjの値を前回の燃料噴射時期CAinjbとして格納した後、ステップ1195に進んで本ルーチンを一旦終了する。この場合、燃料噴射時期CAinjを決定するために着火時期予測順モデルが1回使用されることになる。
次に、差δ1の絶対値が値α以上である場合について説明する。この場合、CPU61はステップ1240に進んだとき「No」と判定して図13のステップ1305に進み、第2噴射時期a2を第1噴射時期a1に差δ1を加えた値に設定する。
続いて、CPU61はステップ1310に進み、この第2噴射時期a2と、現時点での残りの8つのパラメータ値と、着火時期予測順モデルとから、第2予測着火時期b2を算出し、続くステップ1315に進んで、上記差δ1の絶対値が値β(>値α)未満か否かを判定する。
いま、差δ1の絶対値が値β未満であるものとすると(図9を参照)、CPU61はステップ1315にて「Yes」と判定してステップ1320に進み、点(a1,b1)と、点(a2,b2)との2点を通る近似直線を決定する。
そして、CPU61はステップ1325に進み、この近似直線に基づいて目標着火時期CAigtに対応する(今回の)燃料噴射時期CAinjを求め、続くステップ1330にて、今回の燃料噴射時期CAinjの値を前回の燃料噴射時期CAinjbとして格納した後、ステップ1195に進んで本ルーチンを一旦終了する。この場合、燃料噴射時期CAinjを決定するために着火時期予測順モデルが2回使用されることになる。
次に、差δ1の絶対値が値β以上である場合(図8を参照)について説明する。この場合、CPU61はステップ1315に進んだとき「No」と判定してステップ1335に進み、差δ2を、目標着火時期CAigtから第2予測着火時期b2を減じた値に設定し、続くステップ1340にて第3噴射時期a3を第2噴射時期a2に差δ2を加えた値に設定する。
続いて、CPU61はステップ1345に進み、第1噴射時期a1が第2噴射時期a2と第3噴射時期a3の間にあるか否かを判定し、「No」と判定する場合、ステップ1355に直ちに進む。一方、「Yes」と判定する場合(この場合は、第3噴射時期a3が、A領域、及びB領域のうち目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを含まない側の領域に属することになる場合に対応する。)、CPU61はステップ1350に進んで、第3噴射時期a3を、第1噴射時期a1と第2噴射時期a2の(算術)平均値に設定し直した後ステップ1355に進む。
CPU61はステップ1355に進むと、この第3噴射時期a3と、現時点での残りの8つのパラメータ値と、着火時期予測順モデルとから、第3予測着火時期b3を算出し、続くステップ1360にて、点(a1,b1)と、点(a2,b2)、点(a3,b3)との3点を通る近似2次曲線を決定する。
そして、CPU61はステップ1365に進み、この近似2次曲線に基づいて目標着火時期CAigtに対応する(今回の)燃料噴射時期CAinjを求め、続くステップ1330にて前述の処理を行った後、ステップ1195に進んで本ルーチンを一旦終了する。この場合、燃料噴射時期CAinjを決定するために着火時期予測順モデルが3回使用されることになる。
(燃料噴射制御)
また、CPU61は、図15にフローチャートにより示した燃料噴射制御を行うためのルーチンを所定時間の経過毎に、気筒毎に、繰り返し実行するようになっている。従って、所定のタイミングになると、CPU61はステップ1500から処理を開始し、ステップ1505に進んで実クランク角度CAactが先のステップ1215、1245、1325、1365の何れかにて決定されている今回の燃料噴射時期CAinjに一致したか否かを判定し、「No」と判定する場合、ステップ1595に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。
いま、実クランク角度CAactが前記燃料噴射時期CAinjに一致したものとすると、CPU61はステップ1510に進んで、対応する燃料噴射弁21に対してステップ1120にて決定されている指令燃料噴射量Qfinの燃料の噴射指示(具体的には、燃料噴射期間TAUに亘る開弁指示)を行い、ステップ1595に進んで本ルーチンを一旦終了する。これにより、指令燃料噴射量Qfinの燃料が上記燃料噴射圧力Pcrをもって噴射される。
以上、説明したように、本発明による燃料噴射時期決定装置の第1実施形態は、燃料噴射時期、及び残りの8つのパラメータを引数とする着火時期予測順モデルを備えている。この第1実施形態は、第1噴射時期a1を傾向変化時期CAchgに設定するとともに、第2、第3噴射時期a2,a3をA領域、及びB領域のうち目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを含む側の領域に属するように設定し、着火時期予測モデルに基づいて第1、第2、第3噴射時期a1,a2,a3にそれぞれ対応する第1、第2、第3予測着火時期b1,b2,b3を計算する。
これにより、A領域、及びB領域のうち目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを含む側の領域内において燃料噴射時期と予測着火時期との関係を精度良く近似する3点(a1,b1),(a2,b2),(a3,b3)を通る近似2次曲線を得ることができる。第1実施形態は、このようにして得られる近似2次曲線に基づいて現時点での運転状態における目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを求める(図8を参照)。この結果、着火時期予測順モデルの逆モデルを用いることなく予測着火時期を目標着火時期に近づけるための燃料噴射時期を精度良く決定することができる。
加えて、第1実施形態では、第1予測着火時期b1と目標着火時期CAigtとの差δ1が値α(本例では、1°)≦δ1<値β(本例では、3°)となる場合、上記近似2次曲線に代えて2点(a1,b1),(a2,b2)を通る近似直線に基づいて燃料噴射時期CAinjが求められる(図9を参照)。更には、δ1<値αの場合、燃料噴射時期CAinjが第1噴射時期a1と等しい時期に設定される。このように、差δ1が小さいほど、燃料噴射時期CAinjを決定するために着火時期予測順モデルを使用する回数(従って、噴射時期引数値と予測着火時期との関係を求める回数)が少なくされる。これにより、燃料噴射時期CAinjの計算精度を下げることなく、CPU61の計算負荷を減らすことができる。
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係る燃料噴射時期決定装置について説明する。この燃料噴射制御装置は、ピストンの頂面にキャビティが設けられていない内燃機関に適用される点、並びに、第1噴射時期a1が最短着火遅れに対応する噴射時期に設定される点において主として上記第1実施形態と異なっている。従って、以下、係る相違点を中心に説明する。
ピストンにキャビティが設けられていない場合、上述した傾向変化時期CAchgに相当する時期が存在せず、燃料噴射時期と着火時期との関係(従って、噴射時期引数値と予測着火時期との関係)が1つの2次曲線で精度良く近似できることが判っている。この場合、第1噴射時期a1をどのように設定するかが問題となる。
ところで、図18に示すように、燃料の噴射開始から着火までの期間である着火遅れは燃料噴射時期に応じて変化し、着火遅れが最も短くなる燃料噴射時期(以下、「最短着火遅れに対応する噴射時期CAms」と称呼する。)は、機関の運転状態にかかわらず略一定(例えば、ATDC−5°CA)となる。
第1噴射時期a1をこの最短着火遅れに対応する噴射時期CAms(一定)に設定した場合、着火時期予測順モデルに基づいて得られる第1噴射時期a1に対応する予測着火時期b1から第1噴射時期a1を減じることで、「現時点での運転状態における最短着火遅れ」を直ちに求めることができる。
他方、着火遅れが或る値(図18の失火ラインを参照)よりも大きくなると、失火が発生することが判っている。従って、「現時点での運転状態における最短着火遅れ」が失火ラインを超えている場合、燃料噴射時期CAinjをどの時期に設定しても失火が発生することになる。
換言すれば、第1噴射時期a1を最短着火遅れに対応する噴射時期CAmsに設定すれば、燃料噴射前に直ちに失火が発生するか否かの判定(失火判定)を行うことができ、この結果、燃料噴射時期CAinjを計算する前に燃料噴射を中止する等の処置を採ることができる。以上のことから、この第2実施形態に係る装置は、第1噴射時期a1を、上記傾向変化時期CAchgに代えて最短着火遅れに対応する噴射時期CAms(一定)に設定する。
(第2実施形態の実際の作動)
以下、第2実施形態に係る燃料噴射時期決定装置の実際の作動について説明する。この装置のCPU61は、第1実施形態のCPU61が実行する図11〜図15に示したルーチンのうち、図11、及び図15に示したルーチンをそのまま実行する。一方、この装置のCPU61は、第1実施形態のCPU61が実行する図12〜図14に示したルーチンに代えて図19、及び図20にフローチャートにより示したルーチンをそれぞれ実行する。以下、第2実施形態に特有の図19、及び図20に示したルーチンについて説明する。
先ず、図19に示したルーチンについて説明する。図19に示したルーチンにおいて、図12のステップと同一のステップについては図12のステップ番号と同一の番号を付している。図19に示したルーチンおいて、ステップ1905、1910はそれぞれ図12に示したルーチンにおけるステップ1220、1225に対応し、ステップ1915は図19に特有のステップである。
このように、第2実施形態では、ステップ1910にて第1噴射時期a1が最短着火遅れに対応する噴射時期CAms(一定)に設定される。そして、ステップ1915にて上記失火判定がなされ、失火が発生すると判定された場合、燃料噴射時期CAinjの計算が行われない。
次に、図20に示したルーチンについて説明する。図20に示したルーチンにおいて、図13のステップと同一のステップについては図13のステップ番号と同一の番号を付している。図20に示したルーチンは、ステップ1345、1350に対応するステップが削除されている点のみが図13に示したルーチンと異なる。これは、この第2実施形態がピストンの頂面にキャビティが設けられていない内燃機関に適用されることで傾向変化時期CAchgに相当する時期が存在しないことに基づく。
以上、説明したように、本発明による燃料噴射時期決定装置の第2実施形態は、ピストンの頂面にキャビティが設けられていない内燃機関に適用され、第1噴射時期a1が最短着火遅れに対応する噴射時期CAmsに設定される。これにより、「現時点での運転状態における最短着火遅れ」が直ちに求められ、この結果、この最短着火遅れが、失火ラインを超えているか否かを判定することで、失火判定を直ちに行うことができる。加えて、失火が発生すると判定された場合、燃料噴射時期CAinjの計算が行われない。従って、この場合、CPU61の計算負荷を少なくすることができる。
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態に係る燃料噴射時期決定装置について説明する。この燃料噴射制御装置は、燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似する近似2次曲線が目標着火時期CAigtを必ず内挿する3点を通る2次曲線となるように第1、第2、第3噴射時期a1,a2,a3が設定される点において主として上記第2実施形態と異なっている。従って、以下、係る相違点を中心に説明する。
燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似する近似2次曲線を利用して目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを求める場合、近似2次曲線として目標着火時期CAigtを必ず内挿する3点を通る2次曲線を使用する方が、目標着火時期CAigtを外挿する3点を通る2次曲線を使用するよりも燃料噴射時期CAinjの計算精度を高くすることができる。
従って、この第3実施形態に係る装置は、第1噴射時期a1を目標着火時期CAigtよりも必ず遅い着火時期に対応する噴射時期CAlateに、第2噴射時期a2を目標着火時期CAigtよりも必ず早い着火時期に対応する噴射時期CAearlyに、第3噴射時期a3を第1噴射時期a1と第2噴射時期a2の平均値に設定する。これにより、上記近似2次曲線として目標着火時期CAigtを必ず内挿する3点を通る2次曲線が使用されることになる。
以下、噴射時期CAlate、及び噴射時期CAearlyの求め方について図21、及び図22を参照しながら説明する。噴射された燃料に基づく混合気の燃料濃度は、噴射後の時間経過に従って次第に小さくなっていく。これに対応して、図21に示すように、混合気の空気過剰率λは、噴射後の時間経過に従って次第に大きくなっていく。
他方、混合気は、混合気の燃料濃度が或る着火可能範囲内にある場合にのみ着火し得る。換言すれば、混合気は、混合気の空気過剰率λが或る着火可能範囲内にある場合にのみ着火し得る。図21において、値λthickは、混合気の燃料濃度についての着火可能範囲の上限値に対応する混合気の空気過剰率λについての着火可能範囲の下限値である。値λweakは、混合気の燃料濃度についての着火可能範囲の下限値に対応する混合気の空気過剰率λについての着火可能範囲の上限値である。
即ち、図21に示す場合、噴射された燃料に基づく混合気は、噴射後経過時間tが、下限値λthickに対応する時間(以下、「時間t2」と称呼する。前記上限到達期間)から上限値λweakに対応する時間(以下、「時間t3」と称呼する。前記下限到達期間)の間にある場合にのみ着火し得る。
以上のことから、燃料噴射時期を目標着火時期CAigtから時間t2に相当するクランク角度CA2だけ早い時期に設定すれば、着火時期を目標着火時期よりも確実に遅い時期に設定することができる。即ち、噴射時期CAlateは、下記(6)式に従って求めることができる(図22を参照)。
同様に、燃料噴射時期を目標着火時期CAigtから時間t3に相当するクランク角度CA3だけ早い時期に設定すれば、着火時期を目標着火時期よりも確実に早い時期に設定することができる。即ち、噴射時期CAearlyは、下記(7)式に従って求めることができる(図22を参照)。
また、クランク角度CA2,CA3は以下のように求めることができる。先ず、混合気の空気過剰率λは、下記(8)式に示すように、混合気先頭部の移動距離Xの関数で表すことができる。ここで、Lは論理希釈ガス量(定数)、cは上記収縮係数(定数)、dは燃料噴射弁21の上記噴孔径(定数)、ρfは燃料密度(定数)である。ρgは筒内ガス密度であり、本例では、上記圧縮上死点での筒内ガス密度ρgtdcが使用される。θは上記噴霧角である。上記(8)式は、上記「非特許文献1」にて紹介されている。
上記(8)式において、λを下限値λthickに、Xを時間t2に対応する移動距離X2にそれぞれ置き換えた式をX2について解くと下記(9)式が得られる。
また、上記(2)式において、XをX2に、tを時間t2にそれぞれ置き換えた式を時間t2について解くことで、下記(10)式に従って時間t2をX2の関数で表すことができる。従って、上記(9)式を下記(10)式に代入することで時間t2を求めることができる。よって、この時間t2に相当するクランク角度であるクランク角度CA2は、エンジン回転速度NEを使用して時間をクランク角度に変換することで求めることができる。
同様に、時間t3は、上記(9)式においてX2を時間t3に対応する移動距離X3にλthickをλweakにそれぞれ置き換えた式を、上記(10)式において時間t2を時間t3にX2をX3にそれぞれ置き換えた式に代入することで時間t3を求めることができる。よって、この時間t3に相当するクランク角度であるクランク角度CA3は、エンジン回転速度NEを使用して時間をクランク角度に変換することで求めることができる。以上のように、クランク角度CA2,CA3を求めることができるから、上記(6)式、(7)式から噴射時期CAlate、及び噴射時期CAearlyを求めることができる。このようにしてクランク角度CA2,CA3を求める手段が、上限到達期間取得手段、及び下限到達期間取得手段にそれぞれ対応する。
(第3実施形態の実際の作動)
以下、第3実施形態に係る燃料噴射時期決定装置の実際の作動について説明する。この装置のCPU61は、第1実施形態のCPU61が実行する図11〜図15に示したルーチンのうち、図11、及び図15に示したルーチンをそのまま実行する。一方、この装置のCPU61は、第1実施形態のCPU61が実行する図12〜図14に示したルーチンに代えて図23〜図25にフローチャートにより示したルーチンをそれぞれ実行する。以下、第3実施形態に特有の図23〜図25に示したルーチンについて説明する。なお、図23に示したルーチンにおいて、図12のステップと同一のステップについては図12のステップ番号と同一の番号を付している。
この装置のCPU61は、図11のステップ1150の処理を行った後、図23のルーチンの処理を実行する。即ち、機関が定常運転状態にない場合、CPU61はステップ1210にて「No」と判定してステップ2305を経由して図24にフローチャートにより示した噴射時期CAlateを算出するためのルーチンの処理を実行する。
即ち、CPU61はステップ2400からステップ2405に進むと、先のステップ1130にて求めた圧縮上死点での筒内ガス密度ρgtdcと、ステップ1140にて求めた有効噴射圧力ΔPと、ステップ1145にて求めた噴霧角θと、λthick(定数)と、上記(9)式及び(10)式とに基づいてλ=λthickとなる噴射後経過時間である時間t2を算出する。
続いて、CPU61はステッ2410に進み、エンジン回転速度NEと、上記時間t2とから、時間t2に相当するクランク角度(時間t2の間におけるクランク角度の変化量)であるクランク角度CA2を求める。そして、CPU61はステップ2415にて、このクランク角度CA2と、図23のステップ1205にて求めた目標着火時期CAigtと、上記(6)式とに基づいて噴射時期CAlateを求めた後、ステップ2495を経由して図23のステップ2310に進む。
CPU61はステップ2310に進むと、第1噴射時期a1を上記求めた噴射時期CAlateと等しい時期に設定し、続くステップ2315にて、この第1噴射時期a1と、現時点での残りの8つのパラメータ値と、着火時期予測順モデルとから、第1予測着火時期b1を算出する。
次いで、CPU61は、ステップ2320を経由して図25にフローチャートにより示した噴射時期CAearlyを算出するためのルーチンの処理を実行する。図25のルーチンは図24のルーチンと類似しているから図25のルーチンについての詳細な説明は省略する。
即ち、CPU61はステップ2515にて、ステップ2510にて求めたクランク角度CA3と、図23のステップ1205にて求めた目標着火時期CAigtと、上記(7)式とに基づいて噴射時期CAearlyを求めた後、ステップ2595を経由して図23のステップ2325に進む。
CPU61はステップ2325に進むと、第2噴射時期a2を上記求めた噴射時期CAearlyと等しい時期に設定し、続くステップ2330にて、この第2噴射時期a2と、現時点での残りの8つのパラメータ値と、着火時期予測順モデルとから、第2予測着火時期b2を算出する。
次に、CPU61はステップ2335に進み、第3噴射時期a3を第1噴射時期a1と第2噴射時期a2の(算術)平均値に設定し、続くステップ2340にて、この第3噴射時期a3と、現時点での残りの8つのパラメータ値と、着火時期予測順モデルとから、第3予測着火時期b3を算出する。
続いて、CPU61はステップ2345に進んで、点(a1,b1)と、点(a2,b2)、点(a3,b3)との3点を通る近似2次曲線を決定する。そして、CPU61はステップ2350に進み、この近似2次曲線に基づいて目標着火時期CAigtに対応する(今回の)燃料噴射時期CAinjを求め、続くステップ2355にて今回の燃料噴射時期CAinjの値を前回の燃料噴射時期CAinjbとして格納した後、ステップ1195に進んで本ルーチンを一旦終了する。このように、燃料噴射時期CAinjを決定するために着火時期予測順モデルが必ず3回使用されることになる。
以上、説明したように、本発明による燃料噴射時期決定装置の第3実施形態も、上記第2実施形態と同様、ピストンの頂面にキャビティが設けられていない内燃機関に適用される。第3実施形態では、燃料噴射時期と予測着火時期との関係を近似する近似2次曲線が目標着火時期CAigtを必ず内挿する3点を通る2次曲線となるように、第1、第2噴射時期a1,a2がそれぞれ、上記噴射時期CAlate、上記噴射時期CAearlyに設定され、第3噴射時期a3が第1、第2噴射時期a1,a2の平均値に設定される。
これにより、目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを求めるために使用される近似2次曲線が目標着火時期CAigtを必ず内挿する3点を通る2次曲線となるから、燃料噴射時期CAinjの計算精度を高くすることができる。
本発明は上記各実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記各実施形態では、目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを求めるために使用される近似線の次数が最大2次となっているが、2次以上の次数を有する近似線を用いて目標着火時期CAigtに対応する燃料噴射時期CAinjを求めてもよい。
また、上記第1、第2実施形態においては、上記差δ1の値に応じて近似線の次数を変更しているが、差δ1の値にかかわらず近似線の次数を一定としてもよい。この場合、燃料噴射時期CAinjを精度良く求めるため、近似線の次数は2次以上であることが好ましい。
また、上記第3実施形態においては、第1噴射時期a1として設定される、目標着火時期CAigtよりも必ず遅い着火時期に対応する噴射時期CAlateを上記(6)式に従って計算しているが、噴射時期CAlateを目標着火時期CAigtと等しい時期に設定してもよい。これによっても、当然に、第1噴射時期a1を目標着火時期CAigtよりも必ず遅い着火時期に対応する噴射時期とすることができる。
加えて、上記各実施形態においては、着火時期予測順モデルとして、燃料噴射時期に加えて、吸気酸素濃度RO2in、エンジン回転速度NE、吸気温度Tb、冷却水温THW、排気温度Tex、吸気管圧力Pb、指令燃料噴射量Qfin、噴射圧力Pfの8つのパラメータ(残りの8つのパラメータ)を引数とするものが採用されているが、燃料噴射時期に加えて、上記8つのパラメータ以外のパラメータを引数とする着火時期予測順モデルが採用されてもよい。
21…燃料噴射弁、60…電気制御装置、61…CPU、72…吸気温センサ、73…吸気管圧力センサ、74…クランクポジションセンサ、76…燃料噴射圧力センサ、77…吸気酸素濃度センサ、78…水温センサ、79…排気温度センサ