JP4580869B2 - 急性大動脈解離の判定方法及び判定用試薬 - Google Patents
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Description
また本発明は、上記判定方法を実施するために使用され、D−ダイマーを認識する抗体(以下「抗D−ダイマー抗体」ということもある)を含有する急性大動脈解離の判定用試薬等に関する。
本疾患は、激烈な胸痛を主訴とし、突然に発症して急速に死に至る転帰をとることが稀ではない疾患であり、適切な処置・治療のためには、本疾患と、同じく胸痛を主訴とする急性心筋梗塞、肺梗塞、胸部大動脈瘤切迫破裂、気胸などとを鑑別することが極めて重要である。
特に、後述するスタンフォードA型の急性大動脈解離では、解離が冠動脈にまで進展し、血管が閉塞することにより急性心筋梗塞の病態を呈することがある。もし診断を誤り、急性大動脈解離患者に対して、急性心筋梗塞に対する治療法である血栓溶解療法を施すと、大動脈からの大出血により患者を死に至らしめる可能性がある。
以上のように、医療、中でも救急医療の現場において、急性大動脈解離は、激烈な胸痛を主訴とし、特に、急性心筋梗塞との鑑別が難しい疾患とされている。
D−ダイマーは二次線溶系亢進のマーカーとして、血液凝固・線溶系亢進の病態を詳細に把握するために利用されている生体内蛋白である。具体的には、播種性血管内凝固症候群(DIC)や各種の血栓性疾患の診断、病態把握、治療効果判定のマーカーとして使用されている。
「日本胸部外科学会雑誌」、平成10年7月10日、第46巻、第7号、p.616−621において、急性大動脈解離症例の手術におけるトラネキサム酸(止血剤)大量投与の止血効果を検討するために、血液凝固のパラメーターとして、術前、術後のヘモグロビン(Hb)値、血小板数、フィブリノーゲン値、アンチトロンビン(AT)III値、プロトロンビン時間、活性化部分トロンボプラスチン時間、FDP値及びD−ダイマー値が測定されている。
しかしながら、上記文献においては、急性大動脈解離症例の手術におけるトラネキサム酸大量投与の効果を検討するための血液凝固パラメーターの一つとして、D−ダイマーが測定されているに過ぎない。
また、“CHEST”(米国)、2003年5月、第123巻、No.5、p.1375−1378には、急性大動脈解離患者24名の血液中の平均D−ダイマー濃度が9.4μg/mLであることが記載されている。
本願発明においては、後記実施例に示すとおり、急性大動脈解離患者の血液中D−ダイマー濃度の平均値は33.0μg/mLであり、前記文献の値とは大きく異なっている。
また、これら二つの文献には血液中のD−ダイマー濃度に基づいて、スタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離とが区別できることについて、記載も示唆もされていない。
本発明者らは急性大動脈解離を発症している患者の血液を採取し、その中に含まれるD−ダイマー濃度を測定した。その結果、健常人よりも高濃度のD−ダイマーが血液中に存在することが知られている急性心筋梗塞患者と比較しても、はるかに高濃度のD−ダイマーが急性大動脈解離患者において存在していること、及びその濃度が後述するスタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離との間では大きく異なることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]ヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、急性大動脈解離を発症しているか否かを判断することを特徴とする急性大動脈解離の判定方法、
[2]ヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、スタンフォードA型急性大動脈解離を発症しているか否かを判断することを特徴とする急性大動脈解離の判定方法、
[3]ヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、スタンフォードB型急性大動脈解離を発症しているか否かを判断することを特徴とする急性大動脈解離の判定方法、
[4]急性大動脈解離を発症しているヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、発症している急性大動脈解離がスタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離のいずれの疾患であるのかを判断することを特徴とする急性大動脈解離の判定方法、
[5]胸痛発作を起こしたヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、急性大動脈解離と急性心筋梗塞のいずれの疾患を発症しているのかを判断することを特徴とする急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別方法、
[6]測定された血液中のD−ダイマー濃度と、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との間において予め設定された血液中のD−ダイマーのカットオフ値とを比較して、前記濃度が前記カットオフ値以上の場合には急性大動脈解離を発症していると判断し、前記カットオフ値未満の場合には急性心筋梗塞を発症していると判断する上記[5]に記載の鑑別方法、
[7]胸痛発作を起こしたヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、スタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離と急性心筋梗塞の中のいずれの疾患を発症しているのかを判断することを特徴とする急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別方法、
[8]血液中のD−ダイマー濃度の測定を免疫化学的方法により行う上記[1]〜[4]のいずれかに記載の急性大動脈解離の判定方法、
[9]免疫化学的方法が酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法である上記[8]に記載の判定方法、
[10]血液中のD−ダイマー濃度の測定を免疫化学的方法により行う上記[5]〜[7]のいずれかに記載の急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別方法、
[11]免疫化学的方法が酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法である上記[10]に記載の鑑別方法、
[12]D−ダイマーを認識する抗体を含有する急性大動脈解離の判定用試薬、
[13]スタンフォードA型急性大動脈解離の判定用試薬である上記[12]に記載の判定用試薬、
[14]スタンフォードB型急性大動脈解離の判定用試薬である上記[12]に記載の判定用試薬、
[15]D−ダイマーを認識する抗体を含有するスタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離の鑑別用試薬、
[16]抗体がモノクローナル抗体である上記[12]〜[15]のいずれかに記載の試薬、
[17]D−ダイマーを認識する抗体を含有する急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別用試薬、
[18]スタンフォードA型急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別用試薬である上記[17]に記載の鑑別用試薬、
[19]スタンフォードB型急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別用試薬である上記[17]に記載の鑑別用試薬、
[20]スタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別用試薬である上記[17]に記載の鑑別用試薬、
[21]抗体がモノクローナル抗体である上記[17]〜[20]のいずれかに記載の鑑別用試薬、
[22]上記[12]〜[15]のいずれかに記載の試薬及び該試薬に関する記載物を含む商業パッケージであって、該記載物および/または該パッケージに、該試薬は急性大動脈解離の判定の用途に使用できる、又は使用すべきであることが記載されている商業パッケージ、
[23]上記[17]〜[20]のいずれかに記載の鑑別用試薬及び該試薬に関する記載物を含む商業パッケージであって、該記載物および/または該パッケージに、該試薬は急性大動脈解離と急性心筋梗塞との鑑別の用途に使用できる、又は使用すべきであることが記載されている商業パッケージ、
[24]急性大動脈解離の判定用試薬の製造のための、D−ダイマーを認識する抗体の使用、
[25]急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別用試薬の製造のための、D−ダイマーを認識する抗体の使用、
[26]急性大動脈解離が疑われるヒトから分離された血液中のD−ダイマーを検出することを特徴とする急性大動脈解離の判定方法、
[27]急性大動脈解離が疑われるヒトが胸痛発作を起こしたヒトである上記[26]に記載の判定方法、
[28]D−ダイマーの検出をD−ダイマーを認識する抗体を使用する免疫化学的方法により行う上記[26]又は[27]に記載の判定方法、
[29]免疫化学的方法が酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法である上記[28]に記載の判定方法、
[30]急性大動脈解離及び/又は急性心筋梗塞が疑われるヒトから分離された血液中のD−ダイマーを検出することを特徴とする急性大動脈解離を発症しているか、又は、急性心筋梗塞を発症しているかの判定方法、
[31]急性大動脈解離及び/又は急性心筋梗塞が疑われるヒトが胸痛発作を起こしたヒトである上記[30]に記載の判定方法、
[32]検出された血液中のD−ダイマー濃度と、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との鑑別が可能な血液中のD−ダイマーのカットオフ値とを比較して、前記濃度が前記カットオフ値以上の場合には急性大動脈解離を発症していると判定し、前記カットオフ値未満の場合には急性心筋梗塞を発症していると判定する上記[30]又は[31]に記載の判定方法、
[33]D−ダイマーの検出をD−ダイマーを認識する抗体を使用する免疫化学的方法により行う上記[30]〜[32]のいずれかに記載の判定方法、
[34]免疫化学的方法が酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法である上記[33]に記載の判定方法、
[35]急性大動脈解離がスタンフォード分類によりA型に分類される急性大動脈解離である上記[26]〜[34]のいずれかに記載の判定方法、
[36]急性大動脈解離がスタンフォード分類によりB型に分類される急性大動脈解離である上記[26]〜[34]のいずれかに記載の判定方法、
[37]上記[28]又は[29]に記載の判定方法を実施するために使用され、少なくともD−ダイマーを認識する抗体を含有する急性大動脈解離の判定用試薬、
[38]上記[37]に記載の判定用試薬を含む商業パッケージであって、該判定用試薬を急性大動脈解離の判定に使用できる又は使用すべきであることが該パッケージ上に記載されているか、又は該パッケージ中に前記のように記載した該判定用試薬に関する記載物を含む商業パッケージ、
[39]上記[33]又は[34]に記載の判定方法を実施するために使用され、少なくともD−ダイマーを認識する抗体を含有する急性大動脈解離を発症しているか、又は、急性心筋梗塞を発症しているかの判定用試薬、
[40]上記[39]に記載の判定用試薬を含む商業パッケージであって、該判定用試薬を急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別に使用できる又は使用すべきであることが該パッケージ上に記載されているか、又は該パッケージ中に前記のように記載した該判定用試薬に関する記載物を含む商業パッケージ、
[41]急性大動脈解離がスタンフォード分類によりA型に分類される急性大動脈解離である上記[37]〜[40]のいずれかに記載の判定用試薬又は商業パッケージ、
[42]急性大動脈解離がスタンフォード分類によりB型に分類される急性大動脈解離である上記[37]〜[40]のいずれかに記載の判定用試薬又は商業パッケージ、である。
図2は、実施例2における急性大動脈解離症例および急性心筋梗塞症例の血液中D−ダイマー濃度の分布を示す。
図3は、実施例5の急性大動脈解離症例(スタンフォードA型及びスタンフォードB型)および急性心筋梗塞症例の血液中D−ダイマー濃度測定値の分布図を示す。
図4は、実施例6において作成したROC曲線を示す。
なお、本明細書中で「D−ダイマー濃度」は「D−ダイマーレベル」と同義であり、また、「D−ダイマー濃度の測定」は「D−ダイマー(レベル)の検出」と同義である。
本発明の判定の対象疾患である急性大動脈解離は、大動脈壁を構成する中膜が解離し、内膜側と外膜側に裂けている病態を特徴とする疾患である。なお、大動脈壁は組織学的に血管内腔側から順に、内膜、中膜および外膜から構成される。
本疾患の典型的な初発症状は突然に生じる激烈な胸痛であり、この症状は一般的に「胸痛発作」と呼ばれている。胸痛発作における痛みは、急性大動脈解離の発症部位やその大きさによっては、胸部には限局せず、背部にまで拡大し胸背部痛の様相を呈することもある。なお、このような痛みは大動脈壁が裂けることに起因している、と一般的に理解されている。
本疾患では、解離の発症部位によって臨床症状、治療方法が異なるため、解離の発症部位による病型分類がなされ、治療方針決定のために利用されている。代表的なスタンフォード(Stanford)の病型分類によれば、本疾患は、解離が心臓から頚部に至る上行大動脈に存在する「スタンフォードA型急性大動脈解離」と、解離が上行大動脈には存在しない、より詳細には解離が上行大動脈には存在せず、且つ胸部大動脈から腹部大動脈へ至る下行大動脈に存在する「スタンフォードB型急性大動脈解離」の何れかに分類される。
スタンフォードA型急性大動脈解離の患者の中には、解離が冠動脈にまで進展し、重篤な合併症を併発したり、動脈破裂を起こす患者も多く、スタンフォードA型急性大動脈解離の自然予後は、スタンフォードB型急性大動脈解離のものに比べ極めて不良である。従って、急性大動脈解離を発症していると判断された場合には、スタンフォードA型急性大動脈解離を発症しているのか、スタンフォードB型急性大動脈解離を発症しているのかを鑑別することは救急医療の分野においては重要である。
急性大動脈解離の上記のような典型的な臨床症状により、本発明の別の実施形態においては、胸痛発作を起こしたヒトをD−ダイマー検出の対象としている。
本発明において、ヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度の測定は、特に制限されず、たとえば、免疫化学的方法やHPLC法などの各種クロマトグラフィー法等、いずれの方法によっても行うことができる。その中でも特に、抗D−ダイマー抗体を利用する免疫化学的方法により濃度の測定を行うのが好ましい。なお、本明細書において「濃度の測定」は、定量的にD−ダイマー濃度を測定することのみならず、ある一定濃度以上のD−ダイマーの存否を定性的に検出することをも意味する。
血液中のD−ダイマー濃度の測定に使用される免疫化学的方法としては、特に制限はなく、従来公知の例えば、酵素免疫測定法(EIA法)、ラテックス凝集法、免疫クロマト法、放射免疫測定法(RIA法)、蛍光免疫測定法(FIA法)、ルミネッセンス免疫測定法、スピン免疫測定法、抗原抗体複合体形成に伴う濁度を測定する比濁法、抗体固相膜電極を利用し抗原との結合による電位変化を検出する酵素センサー電極法、免疫電気泳動法、ウエスタンブロット法などが挙げられる。これらの中でも、EIA法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法によってD−ダイマー濃度を測定するのが好ましい。
EIA法には、酵素標識抗原と検体中の抗原とを競合させる競合法と、競合させることのない非競合法があるが、これらの方法の中でも、2種類の抗体、特にモノクローナル抗体を用いた、非競合法の一種であるサンドイッチ酵素結合免疫固相測定法(サンドイッチELISA法)が抗原(D−ダイマー)に対する特異性および検出操作の容易性において特に好ましい。
サンドイッチELISA法は、D−ダイマーに存在している異なったエピトープを認識する2種類の抗体、すなわち固相化抗D−ダイマー抗体と酵素標識抗D−ダイマー抗体との間に、D−ダイマーを挟み込む(サンドイッチ)ことによりD−ダイマー濃度を測定するものである。すなわち、固相化抗体によって捕捉されたD−ダイマーと結合した標識抗体の酵素量を測ることにより、D−ダイマー濃度を測定することができる。
また、サンドイッチELISA法の一種としてアビジン−ビオチン反応を利用した方法もある。本法によれば、血液中のD−ダイマーを固相化抗D−ダイマー抗体でもって捕捉し、捕捉されたD−ダイマーと、ビオチンで標識された抗D−ダイマー抗体との間で抗原抗体反応を行わせ、次に、酵素標識ストレプトアビジンを加えることによって、前記と同様にしてD−ダイマー濃度を測定することができる。
ラテックス凝集法は、抗体感作ラテックス粒子と抗原との凝集反応を利用した免疫化学的方法である。この方法によるD−ダイマー濃度の測定は、抗D−ダイマー抗体感作ラテックス粒子と検体血液中のD−ダイマーとを免疫反応させ、その結果生じたラテックス粒子の凝集の程度を測定することにより実施できる。
また、免疫クロマト法は全ての免疫化学反応系がシート状のキャリア上に保持されており、血液の添加のみで操作が完了する方法である。本法によるD−ダイマー濃度の測定の要領は、次のとおりである。まず、検体たる血液がキャリアに滴下されると、血液中のD−ダイマーとキャリア上に配置された標識物(金コロイド等)で標識された抗D−ダイマー抗体とが免疫反応し、その結果、免疫複合体が生成される。この複合体がキャリア上を展開してゆき、キャリア上の特定箇所に固相化された別のエピトープを認識する抗D−ダイマー抗体に捕捉されると標識物が集積し、その集積度合いを肉眼で観察することによって、D−ダイマー濃度を測定することができる。
免疫クロマト法の実施には特別な測定機器は不要であり、病院外での疾患の判定や、救急などで迅速な疾患判定が求められる場合には有利な方法である。本方法は任意に設定した濃度以上のD−ダイマーの存否を定性的に検出するのに適しており、後述するカットオフ値(D−ダイマー濃度)をあらかじめ定めた場合には、カットオフ値以上のD−ダイマーの存在を検出すれば陽性の結果が、また、それが検出されなければ陰性の結果が出るような形態で使用される。
なお、血液中のD−ダイマー濃度の測定を目的とする上記サンドイッチELISA法やラテックス凝集法などの免疫化学的方法は既に公知であり、これらの方法を利用したD−ダイマーの測定試薬は後述のとおり市販されている。これらの試薬を使用すれば、ヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度の測定は容易に実施することができる。
本発明において、検体として使用される血液としては、全血、血清、血漿のいずれであってもよく、これらはヒトから採取した血液を常法に従って処理することで、適宜、得ることができる。
急性大動脈解離を発症しているか否かの判断は、前述のようにして測定された血液中のD−ダイマー濃度を、例えば、あらかじめ求めておいた、多数の急性大動脈解離患者の血液中D−ダイマー濃度の平均値や、多数患者の測定値の分布と比較することにより行うことができる。例えば、後記実施例において測定された、スタンフォードA型及びスタンフォードB型を含む急性大動脈解離患者の血液中D−ダイマー濃度の平均値は33.0μg/mLであった。
また、本発明は、上記のようにして測定された血液中のD−ダイマー濃度に基づいて、スタンフォードA型急性大動脈解離を発症しているか否かを判断する急性大動脈解離の判定方法に関し、また、同様にしてスタンフォードB型急性大動脈解離を発症しているか否かを判断する急性大動脈解離の判定方法に関する。
スタンフォードA型急性大動脈解離を発症しているか否かの判断、及び、スタンフォードB型急性大動脈解離を発症しているか否かの判断は、上記急性大動脈解離を発症しているか否かの判断と同様にして実施することができる。
例えば、後記実施例において測定されたスタンフォードA型急性大動脈解離患者18名の血液中D−ダイマー濃度の平均値は48.3μg/mLであり、スタンフォードB型急性大動脈解離患者14名の血液中D−ダイマー濃度の平均値は14.5μg/mLであった(実施例1)。
このように、スタンフォードA型急性大動脈解離患者の血液中D−ダイマー濃度の平均値は、スタンフォードB型急性大動脈解離患者と比較して3倍以上高かった(実施例1)。この知見から、本発明の判定方法においては、急性大動脈解離を発症していると診断された患者血液中のD−ダイマー濃度に基づいて、発症している急性大動脈解離がスタンフォードA型と、スタンフォードB型のいずれであるのかを判断することもできる。
上記本発明の判定方法を実施する場合には、公知の一般的な心臓血管系疾患の検査法である他の方法、例えば、胸部単純X線撮影、超音波断層、CTスキャンなどと組み合わせることによって急性大動脈解離の判定をより確実にすることができる。
また、本発明の別の形態は、急性大動脈解離及び/又は急性心筋梗塞が疑われるヒト、例えば、胸痛発作を起こしたヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、急性大動脈解離と急性心筋梗塞のいずれの疾患を発症しているのかを判断することを特徴とする急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別方法に関する。
鑑別の対象疾患である急性心筋梗塞は、心筋を支配する冠状動脈が閉塞し、その支配下にある心筋が壊死する疾患である。世界保健機構(WHO)は、A.胸痛、B.心電図異常、及びC.クレアチンキナーゼ−MBやアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼなどの心筋逸脱酵素の血液中の上昇、のA〜C総てを満たす者が急性心筋梗塞を発症しているとする診断基準を示している。
急性心筋梗塞は近年の食生活の欧米化により、日本において急激に増加している。本疾患は、主な症状である激しい胸痛及び呼吸困難を伴い突然に発症し、心筋の梗塞巣の大きさによっては、発症と同時に心停止に至ることもある極めて経過の早い疾患である。このため発症後1〜2時間で患者が死亡することも多く、迅速かつ的確な本疾患の診断とそれに対応した適切な処置を施すことが救命のためには重要である。急性心筋梗塞の特徴的な症状である激烈な胸痛も、急性大動脈解離の場合と同様に胸痛発作と呼ばれ、痛みが背部にまで拡大し胸背部痛の様相を呈することがある。
急性大動脈解離と急性心筋梗塞は、前記のような共通する特徴的な臨床症状である胸痛発作に因んで、「二大胸痛疾患」といわれており、この両疾患を臨床症状から鑑別することは困難である。しかしながら、医療の現場において、胸痛発作等によって急性大動脈解離および急性心筋梗塞が疑われた場合にはそのどちらを発症しているのか、さらには、急性大動脈解離がスタンフォードA型であるのかスタンフォードB型であるのかを鑑別することは適切な治療を施すためには極めて重要である。
両疾患は、前記のとおり「二大胸痛疾患」といわれることから、本発明の鑑別方法においては「胸痛発作を起こしたヒト」を血液中のD−ダイマー濃度測定の対象とするものである。
本明細書において「胸痛発作を起こしたヒト」は、血液を分離される以前に胸痛発作を起こしたヒトのみならず、血液を分離されている時点において現に胸痛発作を起こしているヒトをも意味する。
各疾患の鑑別は、前述した本発明の判定方法の場合と同様に、測定された血液中のD−ダイマー濃度を、あらかじめ求めておいた、各疾患を発症している多数の患者の血液中D−ダイマー濃度の平均値や、多数患者の測定値の分布などと比較することにより行うことができる。
例えば、後記実施例において測定された、急性心筋梗塞患者18名の血液中D−ダイマー濃度の平均値は0.39μg/mLであった(実施例1)。
また、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との間で、血液中のD−ダイマー濃度のカットオフ値をあらかじめ設定しておけば、測定されたD−ダイマー濃度が前記カットオフ値以上の場合には、急性大動脈解離を発症していると判断し、また、測定されたD−ダイマー濃度が前記カットオフ値未満の場合には、急性大動脈解離ではなく急性心筋梗塞を発症しているとの判断をすることができる。
「カットオフ値」は、その値を基準として疾患の鑑別をした場合に、高い診断感度(有病正診率)及び高い診断特異度(無病正診率)の両方を満足できる値を意味する。本発明においては、急性大動脈解離を発症している患者で高い陽性(カットオフ値以上)率を示し、かつ、急性心筋梗塞を発症している患者で高い陰性(カットオフ値未満)率を示す血液中のD−ダイマー濃度をカットオフ値として使用することができる。
カットオフ値の算出方法は、この分野において周知である。例えば、多数の急性大動脈解離及び急性心筋梗塞患者の血液中D−ダイマー濃度を測定し、測定された各濃度における、診断感度および診断特異度を求める。そしてこれらの測定値に基づいて、ROC(Receiver Operating Characteristic)曲線を作成し、診断感度と診断特異度が可能な限り100%に近いときのD−ダイマー濃度を求めて、その値をカットオフ値とすることができる。なお、ROC曲線は、後記実施例に示すような市販の解析ソフトを使用して作成することもできる。
例えば、後記実施例で算出された、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との間の血液中D−ダイマーのカットオフ値は、0.7μg/mL(実施例2)と、1.3μg/mL(実施例4,6)であった。従って、例えばカットオフ値として上記値のみならず、0.7〜1.3μg/mLの値を使用することもできる。このようなカットオフ値は、特定の値をとるものではなく、D−ダイマーの検出に使用される患者母集団に依存して変動する。
なお、同一の検体を対象とした場合でも、D−ダイマー濃度の測定値は、使用する測定方法や試薬によって異なることもあるので、カットオフ値はD−ダイマーの測定に使用する測定方法や試薬ごとに設定する必要がある。
前述のとおり、スタンフォードA型急性大動脈解離患者とスタンフォードB型急性大動脈解離患者の血液中D−ダイマー濃度は大きく異なっていることから、本発明の鑑別方法に含まれる他の実施形態においては、スタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離と急性心筋梗塞の中のいずれの疾患を発症しているのかを判断することもできる。
上記本発明の鑑別方法を実施する場合には、公知の一般的な心臓血管系疾患の検査法である他の方法、例えば、胸部単純X線撮影、超音波断層撮影、CTスキャンなどと組み合わせることによって、各疾患の鑑別をより確実にすることができる。
また、本発明は、上記本発明の判定方法のうち、免疫化学的方法を実施するために使用され、D−ダイマーを認識する抗体を含有する急性大動脈解離の判定用試薬に関する。
かかる判定用試薬は、免疫化学的方法により血液中のD−ダイマー濃度を測定して、急性大動脈解離を判定する場合に好適に使用することができ、かかる判定方法と同一の目的を達成するものである。
本発明の判定用試薬に含有される抗D−ダイマー抗体は、ヒトから分離された血液中に存在するD−ダイマーを認識し、D−ダイマーとの特異的な免疫反応性を有するものであれば、ポリクローナル抗体又は、モノクローナル抗体の何れでも良い。両者のうち、抗体の安定供給の点において、また、D−ダイマーに対する高い特異性及び均一性の点においてモノクローナル抗体が好ましい。
このような抗D−ダイマー抗体は公知の手段により製造することができ、遊離の状態、標識された状態または固相化された状態で本発明の判定用試薬に含まれる。
ポリクローナル抗体は、常法によりヒトの血液から分離・精製されたD−ダイマーを適当なアジュバントとともにマウス、ラット、ウサギなどの動物に免疫し、血液を採取して公知の処理をなすことにより製造することができる。
またモノクローナル抗体は、このように免疫された動物の脾臓細胞を採取し、ミルシュタインらの方法によりミエローマ細胞との細胞融合、抗体産生細胞スクリーニング及びクローニング等を行い、抗D−ダイマー抗体を産生する細胞株を樹立し、これを培養することにより製造することができる。ここで、免疫抗原として使用されるD−ダイマーは、必ずしもヒトの血液中に存在する天然のD−ダイマーである必要はなく、遺伝子工学的手法により得られる組換え型D−ダイマーやそれらの同効物(断片)であってもよい。
本発明の判定用試薬に、サンドイッチELISA法を採用する場合、かくして得られた抗D−ダイマー抗体は、固相化抗D−ダイマー抗体及び酵素標識抗D−ダイマー抗体の形態で該試薬に含まれる。
固相化抗D−ダイマー抗体は、前述のようにして得られた抗D−ダイマー抗体を固相(例えば、マイクロプレートウェルやプラスチックビーズ)に結合させることにより製造することができる。固相への結合は、通常、抗体をクエン酸緩衝液等の適当な緩衝液に溶解し、固相表面と抗体溶液を適当な時間(1〜2日)接触させることにより行うことができる。
さらに、非特異的吸着や非特異的反応を抑制するために、牛血清アルブミン(BSA)や牛ミルク蛋白等のリン酸緩衝溶液を固相と接触させ、抗体によってコートされなかった固相表面部分を前記BSAや牛ミルク蛋白等でブロッキングすることが一般的に行われる。
酵素標識抗D−ダイマー抗体は、上記固相化された抗体とは異なるエピトープを認識する抗D−ダイマー抗体と酵素とを結合(標識)させることにより製造できる。該抗体を標識する酵素としては、アルカリホスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、パーオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ等が挙げられる。これらの酵素と抗D−ダイマー抗体との結合はそれ自体公知の方法、例えば、グルタルアルデヒド法、マレイミド法などにより行うことができる。
また、ELISA法において前記アビジン−ビオチン反応を利用する場合は、急性大動脈解離の判定用試薬に含まれるビオチン標識抗D−ダイマー抗体は、例えば、市販のビオチン標識化キットを使用することにより製造できる。
サンドイッチELISA法を実施する場合、前記抗D−ダイマー抗体以外に必要に応じて、標準物質、洗浄液、酵素活性測定用試薬(基質剤、基質溶解液、反応停止液等)、酵素標識ストレプトアビジン(アビジン−ビオチン反応を利用した場合)などが使用される。従って、本発明の急性大動脈解離の判定用試薬は、抗D−ダイマー抗体以外にこれらを構成試薬として含むキットの形態であってもよい。
前記基質剤としては、選択した標識酵素に応じて適当なものが選ばれる。例えば、酵素としてパーオキシダーゼを選択した場合においては、o−フェニレンジアミン(OPD)、テトラメチルベンチジン(TMB)などが使用され、アルカリフォスファターゼを選択した場合においては、p−ニトロフェニルホスフェート(PNPP)などが使用される。
また、反応停止液、基質溶解液についても、選択した標識酵素に応じて、従来公知のものを特に制限なく適宜使用することができる。
なお、サンドイッチELISA法によるD−ダイマーの測定試薬やキットが多数販売されており(例えば、ベーリンガーマンハイム社「アセラクロムDダイマー」(商品名)、富士レビオ社「ダイマーテストEIA」(商品名)など)、これらの試薬等を本発明の急性大動脈解離の判定用試薬として使用することもできる。
本発明の判定用試薬にラテックス凝集法を採用する場合、抗D−ダイマー抗体は、ラテックス感作抗D−ダイマー抗体の形態で該試薬に含まれる。ラテックス粒子と抗D−ダイマー抗体との感作(結合)は、この分野で公知の方法、例えば、化学結合法(架橋剤としてカルボジイミドやグルタルアルデヒド等を用いる方法)や物理吸着法により成すことができる。
ラテックス凝集法を実施する場合、上記ラテックス感作抗体以外に必要に応じて、希釈安定化緩衝液、標準抗原などが使用される。従って、本発明の判定用試薬は、ラテックス感作抗D−ダイマー抗体以外に、これらを構成試薬として含む急性大動脈解離の判定用キットの形態で実現されてもよい。
なお、ラテックス凝集法によるD−ダイマーの測定試薬やキットが多数販売されており(例えば、ダイアヤトロン社「エルピアエースD−Dダイマー」(商品名)、日本ロッシュ社「コアグソルD−ダイマー」(商品名)など)、これらの試薬等を本発明の急性大動脈解離の判定用試薬として使用することもできる。
本発明の判定用試薬に免疫クロマト法を採用する場合、抗D−ダイマー抗体は、固相化抗D−ダイマー抗体及び標識抗D−ダイマー抗体の形態で該試薬に含まれる。標識抗D−ダイマー抗体における標識物として、この分野における公知のものを適宜使用することができ、例えばそのような標識物として、金コロイド粒子が挙げられる。
このような免疫クロマト法による本発明の判定用試薬は、Watanabe et al.,Clinical Biochemistry 34(2001)257−263に記載の方法を参考にして製造することができる。
本発明の判定用試薬は、実際の医療現場において、商業パッケージの形態で提供される。かかる商業パッケージは上記判定用試薬をその中に含み、該判定用試薬を急性大動脈解離の判定に使用できる、または使用すべきであることが該パッケージに記載されている、及び/又は、そのように記載された該判定用試薬に関する記載物を該パッケージ中に含むものである。
また本発明は、上記本発明の急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別方法のうち、免疫化学的方法を実施するために使用され、D−ダイマーを認識する抗体を含有する、急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別用試薬に関する。
かかる試薬は、前述した判定用試薬と同一の構成をとるものであり、免疫化学的方法により血液中のD−ダイマー濃度を測定し、急性大動脈解離と急性心筋梗塞のいずれの疾患を発症しているのかを判定する場合に好適に使用することができ、かかる鑑別方法と同一の目的を達成するものである。
上記鑑別用試薬は、実際の医療現場において、商業パッケージの形態で提供される。かかる商業パッケージは上記鑑別用試薬をその中に含み、該鑑別用試薬を急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別に使用できる、または使用すべきであることが該パッケージに記載されている、及び/又はそのように記載された該判定用試薬に関する記載物を該パッケージ中に含むものである。
実施例1;急性大動脈解離を発症している患者血液中のD−ダイマーの 検出(急性心筋梗塞患者との比較)
胸痛(胸背部痛含む)を訴えて来院した患者のうち、急性大動脈解離と確定診断された症例(スタンフォードA型18例、スタンフォードB型14例の計32例)及び、急性心筋梗塞と確定診断された症例(18例)の来院時に採血された血液中のD−ダイマー濃度を以下のようにして測定し、その結果を得た。
なお、これらの患者からはインフォームドコンセントを取得した。
(1)D−ダイマー濃度の測定
ラテックス凝集法を測定原理とするD−ダイマー測定試薬「STAライアテストD−ダイマー」(商品名、ロッシュダイアグノステイックス社製)を使用して以下のとおり測定した。なお、この試薬の基準値(一般的な血液凝固・線溶系異常判断の目安となる健常人の上限値)は0.4μg/mLに定められている。
患者の静脈から市販のクエン酸ナトリウム採血管(インセパック−C凝固検査用[積水化学工業]、3.13%クエン酸ナトリウム0.2mL含有)に1.8mLの全血を採取した。その後、採血管を緩やかに転倒混和し、3000rpmで5分間、室温で遠心分離した。遠心分離後の採血管をそのままD−ダイマー自動測定装置であるSTA(ロシュダイアグノステイックス社製)にセットし、分析した。分析条件は、検体血液50μL、緩衝液(上記D−ダイマー測定試薬に添付の試薬1;トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン11.5mg/mL,アジ化ナトリウム 1mg/mL,NaCl 23.5mg/mL,メチルパラオキシ安息香酸[防腐剤]0.95mg/mL)100μL、上記D−ダイマー測定試薬用のSTA機器用希釈液50μL、ラテックス感作抗D−ダイマー抗体液(上記D−ダイマー測定試薬に添付の試薬2;抗ヒトD−ダイマーマウスモノクローナル抗体55μg/mL,ラテックス0.65mg/mL,ウシ血清アルブミン3mg/mL,メチルパラオキシ安息香酸[防腐剤]0.95mg/mL,アジ化ナトリウム1mg/mL)150μLを自動的に添加し、分析時間240秒、反応温度37℃で測定した。この測定試薬の検量線範囲はD−ダイマー濃度0.2〜4.0μg/mLであり、この濃度範囲を超える高値検体は再検査の対象とした。高値検体はSTA機器用希釈液で予め所定の希釈倍数で希釈し、再度STA装置に掛けて検体中のD−ダイマー濃度を測定した。D−ダイマーの測定値はオンラインでコンピューター処理及び管理された。
(2)測定結果
測定結果は下記表1に示すとおりであり、急性大動脈解離を発症している患者におけるD−ダイマーの血液中濃度は、急性心筋梗塞患者に比べてはるかに高かった。両群間にはウェルチのt検定により統計学的に有意差が認められた。また、急性心筋梗塞群とスタンフォードA型群及び急性心筋梗塞群とスタンフォードB型群との比較においても統計学的に有意な差が認められた。
なお、スタンフォードA型群とB型群の間においても統計学的に有意な差が認められている。
実施例2;カットオフ値の設定(急性心筋梗塞を鑑別の対照疾患とした 場合)
胸痛(胸背部痛含む)を訴えて来院した患者のうち、急性大動脈解離と確定診断された症例(60例)及び、急性心筋梗塞と確定診断された症例(37例)から血液を採取し、実施例1と同様にして、D−ダイマー濃度を測定した。なお、これら症例からはインフォームドコンセントを得た。なお、本実施例の症例には、前記実施例1の症例が含まれる。
得られた測定値についてROC曲線分析を、ROC解析ソフト「MedCalc」(商品名、Med Calc Software社[ベルギー])を使用して行い、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との鑑別が可能なD−ダイマーのカットオフ値を算出した。算出された値は0.7μg/mLであった。図1はそのときのROC曲線であり、また、図2は測定値の分布を表す。なお、カットオフ値0.7μg/mLの診断感度(急性大動脈解離症例中の陽性症例の割合)は91.9%であり、一方、診断特異度(急性心筋梗塞症例中の陰性症例の割合)は90.0%という非常に精度の高いものであった。このように、血液中のD−ダイマー濃度の0.7μg/mLは、急性大動脈解離、そしてそれとの類症鑑別が最も必要とされる急性心筋梗塞とを明確に鑑別できるカットオフ値であった。
また、図1に示すROC曲線の曲線下面積(AUC;area under curve)は0.968という1に非常に近い値であった。このことは血液中のD−ダイマー濃度が、急性大動脈解離と急性心筋梗塞とを鑑別するのに有用なマーカーであることを意味する。
実施例3;実施例2で求めたカットオフ値の適用
実施例2で設定した急性大動脈解離と急性心筋梗塞とを鑑別するためのカットオフ値(0.7μg/mL)の診断精度を確かめるために、実施例1の症例である急性大動脈解離患者および急性心筋梗塞患者の陽性率(カットオフ値以上を示した症例の割合)を求め、下記表2に示す。
上記表2に示すとおり、実施例1の症例においても、0.7μg/mLにカットオフ値を設定した場合に、急性大動脈解離患者において極めて高い陽性率(すなわち、診断感度が90.6%)を示した。また、急性心筋梗塞患者18症例のうち、15症例はカットオフ値よりも低い値であり、診断特異度は83.3%に達している(100%−16.7%)。このことは0.7μg/mLが急性大動脈解離と急性心筋梗塞とを明確に鑑別できるカットオフ値であることを意味する。
実施例4;実施例1の症例におけるカットオフ値の設定
また、実施例1の症例について、実施例2に記載の方法と同様にして急性大動脈解離と急性心筋梗塞とを鑑別可能なカットオフ値を求めた。算出されたカットオフ値は1.3μg/mLであった。このときのROC曲線の曲線下面積は0.960であり、また、このカットオフ値の診断感度は87.9%、診断特異度は100%であって極めて診断精度の高い値である。
実施例5;急性大動脈解離(スタンフォードA型及びスタンフォードB 型)を発症している患者血液中のD−ダイマー濃度の測定(急性心筋梗 塞患者との比較)
胸痛(胸背部痛含む)を訴えて来院した患者のうち、急性大動脈解離と確定診断された症例(スタンフォードA型39例、スタンフォードB型27例の計66例)及び、急性心筋梗塞と確定診断された症例(62例)の来院時に採血された血液中のD−ダイマー濃度を以下のようにして測定し、その結果を得た。本実施例の患者には、前記実施例2の患者が含まれる。
なお、これらの患者からはインフォームドコンセントを取得した。
(1)D−ダイマー濃度の測定
ラテックス凝集法を測定原理とするD−ダイマー測定試薬「STAライアテストD−ダイマー」(商品名、ロッシュダイアグノステイックス社製)を使用し、実施例1と同様にして測定した。
(2)測定結果
測定結果は下記表3に示すとおりである。
上記表3に示すように急性大動脈解離を発症している患者におけるD−ダイマーの血液中濃度は、健常人よりも血液中D−ダイマー濃度が高いことが知られている急性心筋梗塞患者と比較しても、はるかに高かった。両群間にはマン・ホイットニーのU検定により統計学的に有意差が認められた。
また、スタンフォードA型急性大動脈解離患者とスタンフォードB型急性大動脈解離患者との比較において、上記表3に示すように、スタンフォードA型はスタンフォードB型に比べて、D−ダイマー濃度が2倍以上高かった。
図3に各疾患患者の血液中D−ダイマー濃度の測定値分布を示す。
実施例6;カットオフ値による急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別
(1)急性大動脈解離と急性心筋梗塞との間でのカットオフ値の設定
実施例5において得られた測定値について、ROC解析ソフト「MedCalc」(商品名、Med Calc Software社[ベルギー])を使用してROC曲線分析を行い、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との間でD−ダイマーのカットオフ値を設定した。ROC曲線(図4)から算出された値は1.3μg/mLであった。
図4に示すROC曲線の曲線下面積(AUC;area under curve)は0.911という1に非常に近い値であった。これは血液中のD−ダイマー濃度が、急性大動脈解離と急性心筋梗塞とを鑑別するのに有用なマーカーであることを意味している。
(2)カットオフ値による急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別
上記(1)において求めたカットオフ値を使用して、実施例5に記載の急性大動脈解離症例と急性心筋梗塞症例の鑑別を試みた。
その結果、カットオフ値を1.3μg/mLに設定した場合の診断感度及び診断特異度は下記表4のとおりであった。
表4において、診断感度は全急性大動脈解離症例中の陽性症例の割合を表し、診断特異度は全急性心筋梗塞症例中の陰性症例の割合を表す。
上記表4に示すように、前記(1)で設定したカットオフ値を使用して、実施例5の急性大動脈解離症例と急性心筋梗塞症例を鑑別すれば、診断感度が84.8%、診断特異度が87.1%と極めて高い値となった。
この結果は、血液中のD−ダイマー濃度1.3μg/mLが、急性大動脈解離と急性心筋梗塞を精度良く鑑別できるカットオフ値であることを意味している。
本出願は、日本で出願された特願2003−165456(出願日:2003年6月10日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
Claims (15)
- ヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度が、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との間において予め設定された血液中のD−ダイマーのカットオフ値以上の場合に、急性大動脈解離を発症している可能性があると決定することを特徴とする急性大動脈解離の検出方法。
- ヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、スタンフォードA型急性大動脈解離を発症しているか否かを決定することを特徴とする急性大動脈解離の検出方法。
- ヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、スタンフォードB型急性大動脈解離を発症しているか否かを決定することを特徴とする急性大動脈解離の検出方法。
- 急性大動脈解離を発症しているヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、発症している急性大動脈解離がスタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離のいずれの疾患であるのかを決定することを特徴とする急性大動脈解離の検出方法。
- 胸痛発作を起こしたヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、急性大動脈解離と急性心筋梗塞のいずれの疾患を発症しているのかを決定することを特徴とする急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別方法。
- 測定された血液中のD−ダイマー濃度と、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との間において予め設定された血液中のD−ダイマーのカットオフ値とを比較して、前記濃度が前記カットオフ値以上の場合には急性大動脈解離を発症していると決定し、前記カットオフ値未満の場合には急性心筋梗塞を発症していると決定する請求項5に記載の鑑別方法。
- 胸痛発作を起こしたヒトから分離された血液中のD−ダイマー濃度を測定し、測定された該濃度に基づいて、スタンフォードA型急性大動脈解離とスタンフォードB型急性大動脈解離と急性心筋梗塞の中のいずれの疾患を発症しているのかを決定することを特徴とする急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別方法。
- 血液中のD−ダイマー濃度の測定を免疫化学的方法により行う請求項1〜4のいずれかに記載の急性大動脈解離の検出方法。
- 免疫化学的方法が酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法である請求項8に記載の検出方法。
- 血液中のD−ダイマー濃度の測定を免疫化学的方法により行う請求項5〜7のいずれかに記載の急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別方法。
- 免疫化学的方法が酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法である請求項10に記載の鑑別方法。
- D−ダイマーを認識する抗体を含有する急性大動脈解離の発症検出用試薬であって、急性大動脈解離と急性心筋梗塞との間におけるカットオフ値が予め設定されていることを特徴とする試薬。
- D−ダイマーを認識する抗体を含有する急性大動脈解離と急性心筋梗塞の鑑別用試薬。
- 請求項12に記載の試薬及び該試薬に関する記載物を含む商業パッケージであって、該記載物および/または該パッケージに、該試薬は急性大動脈解離の検出の用途に使用できる、又は使用すべきであることが記載されている商業パッケージ。
- 請求項13に記載の鑑別用試薬及び該試薬に関する記載物を含む商業パッケージであって、該記載物および/または該パッケージに、該試薬は急性大動脈解離と急性心筋梗塞との鑑別の用途に使用できる、又は使用すべきであることが記載されている商業パッケージ。
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