JP4464909B2 - 溶接熱影響部の靭性に優れた高降伏比高張力鋼板 - Google Patents

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Description

本発明は、溶接熱影響部(HAZ)での靭性に優れ、しかも引張強さが570MPa以上の高降伏比高張力鋼板に関するものである。
引張強さが570MPa以上の高降伏比高張力鋼板は、各種建築構造物や橋梁等の素材として用いられている。建築構想物等は高張力鋼板を溶接することによって構築されることになるのであるが、高張力鋼板に要求される特性としては、大入熱溶接を適用したときの溶接熱影響部(HAZ)の靭性が良好であることが必要である。
また、地震に対する終局耐力設計の適用に対して、降伏比[降伏強度/引張強さ×100(%)]が小さいこと(即ち、塑性変形能が高いこと)が要求されることもあるが(建築用途の場合、80%以下)、使用鋼材(鋼重)の削減という観点からすれば、用途によっては高降伏(上記降伏比が80以上)であることが好ましい。
引張強さが570MPa以上の高張力鋼において、HAZ靭性の改善を図る技術として、例えば特許文献1に示されるような技術が提案されている。この技術では、Cを極低としてベイナイト相を基本組織(低温変態ベイナイト組織)とすることによって、大入熱溶接時における島状マルテンサイト相(M−A相)の生成を抑制すると共に、焼入れ性向上元素であるMnおよびCr(必要によってはMo)を所定の関係式を満足するように積極的に添加し、且つ大入熱HAZ靭性を低下する元素であるVおよびNbを所定の関係式を満足するように制御し、更にBを添加するものである。
Cを極低としてベイナイト組織(以下、「極低Cベイナイト組織」と呼ぶ)にすることは、M−A相の生成を抑制し、大入熱HAZ靭性を向上する上では有効であるが、極低Cベイナイト組織にするだけでは必ずししもHAZ組織の制御が適正になされるとは言えず、場合によっては十分な大入熱HAZ靭性が得られないことがあった。
一方、特許文献2には、極低C(C含有量:0.03%以下)で、NbやBの量を適正化することによって、冷却速度依存性の少ない(即ち、材質のばらつきの少ない)極低Cベイナイト鋼とする技術が提案されている。またこの技術では、大入熱HAZ靭性を向上するという観点から、酸化物系介在物(Ti,Ca,Al,REMの酸化物)を均一分散させることによってHAZにおける旧オーステナイト粒の粗大化を抑制することも示されている。
しかしながら、溶接入熱量が大きくなれば、HAZにおける旧オーステナイト粒の粗大化にも限界があり、旧オーステナイト粒の粗大化抑制だけでは、大入熱HAZ靭性が良好にならない場合がある。
特許第3602471号公報 特許請求の範囲等 特開2000−345239号公報 特許請求の範囲等
本発明は、こうした従来技術における課題を解決するためになされたものであって、その目的は、大入熱HAZ靭性を極力改善した引張強さ570MPa級の高降伏比高張力鋼板を提供することにある。
上記目的を達成し得た本発明の高降伏比高張力鋼板とは、C:0.01〜0.05%(質量%の意味、以下同じ)、Si:1.0%以下(0%を含まない)、Mn:0.5〜2.0%、P:0.5%以下(0%を含む)、S:0.01%以下(0%を含む)、Al:0.01〜0.07%、Cr:0.5〜2.0%、Mo:0.5%以下(0%を含む)、Nb:0.005〜0.030%、Ti:0.005〜0.03%、B:0.0005〜0.0030%、Ca:0.0005〜0.005%、N:0.0020〜0.0080%を夫々含有すると共に、下記(1)式で規定されるHM値が0.10%以上、0.25%未満、下記(2)式で規定されるHG値が0.02%以上、0.08%未満、および下記(3)式で規定されるHB値が0.0%以下を夫々満足し、且つベイナイト分率が90面積%以上の組織である点に要旨を有するものである。
HM=[C]+[Mn]/30+[Cr]/30+[Mo]/5+[Si]/5 …(1)
HG=-[C]+[Mn]/25+[Cr]/25-[Mo]/30-[Si]/10 …(2)
HB=-[Cr]/10+[Mn]/10-[Nb] …(3)
但し、[C],[Mn],[Cr],[Mo],[Si]および[Nb]は、夫々C,Mn,Cr,Mo,SiおよびNbの含有量(質量%)を示す。
本発明の高降伏比高張力鋼板には、必要によって、(a)Cu:3.0%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.0%以下(0%を含まない)、(b)V:0.05%以下(0%を含まない)、(c)Mg:0.005%以下(0%を含まない)、(d)Zr:0.005%以下(0%を含まない)、(e)希土類元素:0.0003〜0.03%、等を含有することも有効であり、これら含有される成分に応じて高張力鋼板の特性を更に向上させることができる。
本発明の高張力鋼板では、HAZ靭性に影響を与える要因である、M―A相量、旧オーステナイト粒径およびベイナイトブロックサイズを、化学成分組成を厳密に規定して適正化を図ることによって、良好なHAZ靭性を安定して確保できる引張強度570MPa級のベイナイト高降伏比高張力鋼板が実現でき、こうした高張力鋼板は各種建築構造物等の素材として極めて有用である。
良好なHAZ靭性を得るための鋼板としては、極低Cベイナイト組織を有するものが汎用されている。本発明者らは、こうした組織を有する鋼板を基本として、そのHAZ靭性を更に改善するために手段について様々な角度から検討した。
これまで提案されている技術では、HAZ靭性に影響を与える要因として、HAZにおけるM―A相量や旧オーステナイト粒径等が知られている。またこれらの要因に加え、旧オーステナイト粒内の組織単位(ベイナイトブロック)のサイズを適正に制御することも重要な要因であることを知見した。
本発明者らは、高張力鋼に一般的に含有されている元素(C,Si,Mn,Cr,Mo,Nb等)において、これらが(1)M―A相量、(2)旧オーステナイト粒径および(3)ベイナイトブロックサイズの夫々の要因に与える影響について、更に詳細な検討を加えた。その結果、上記要件毎に特定の元素よってその関係式を規定してやれば、いずれの要件も良好なものとなって、HAZ靭性が格段に良好になることを見出し、本発明を完成した。本発明においては、特定の元素によって上記(1)式〜(3)式の様に夫々規定されるHM値、HG値およびHB値が所定の範囲を満足する必要があるが、これらの範囲限定理由は次の通りである。
0.10(%)≦HM<0.25(%)
HAZ靭性を向上するには、HAZにおいて破壊の起点となるM−A相の量をできるだけ低減する必要がある。M−A相は組織中のCが濃化し、その部分の変態温度が低下することによって、マルテンサイトと残留オーステナイトが組織中に析出した相である。従って、M−A相を低減するためには、C含有量自体を低減することが有効なものとなる。また、M−A相の低減には、オーステナイト安定化元素(Mn,Cr,Mo,Si等)を低減することで残留オーステナイト量を少なくする必要がある。しかしながら、C含有量やオーステナイト安定化元素を低減させ過ぎると、強度が確保できなくなるという問題が生じる。即ち、上記HM値が0.25%未満になるような鋼板では、HAZ中のM−A相が十分に少なくなって良好な靭性を示すものとなる。また、HM値が0.10%未満となると、焼入れ性が低下し、極低Cベイナイト組織が十分に生成せず、フェライト主体の組織となり、鋼板として要求される強度が確保できなくなる。
0.02(%)≦HG<0.08(%)
HAZにおける旧オーステナイト粒の粗大化を抑制するには、TiNを活用することは一般的であり、本発明においてもTiNを活用しており、上記の範囲内にあれば十分にその効果がある。その他、窒化物、炭化物、酸化物等によるオーステナイト粒成長のピン止めや粒成長自体を遅らせるといった観点から、C,Mn,Cr,Mo,Siの影響を定量的に調査した結果、HG値を導いた。上記HG値が0.08%未満になるような鋼板では、HAZ中の旧オーステナイト粒の粗大化が抑制されることになり、良好な靭性を示すものとなる。また、HG値が0.02%未満となると、極低Cベイナイト組織が十分に生成せず、鋼板として要求される強度が確保できなくなる。
HB≦0.0(%)
HAZでの旧オーステナイト粒内の組織単位(ベイナイトブロック)を細かくすることによって、破壊時の亀裂伝播抵抗が大きくなり、HAZ靭性を向上できる。上記HB値が0.0%以下となるような鋼板では、HAZにおける旧オーステナイト粒内から方位の異なる多数のベイナイトラスが発達しており、良好な靭性を示すものとなる。ベイナイトブロックサイズの微細化を促進する元素は他にもあるが(例えば、Cu,Ni等)、その効果は少なく、本発明では上記三元素のみによって規定した。特に、Cr量が多いことが特徴となる。
本発明の高張力鋼板は、ベイナイト組織を基本とするものであるが、こうしたベイナイト組織は極低Cにも拘わらず570MPa以上の強度を確保するためにも有用である。一般的に、ラインパイプなどにおいては、フェライト組織を主体とすることによって高強度を実現しているが、フェライト組織では、低温圧延を施すことによって、微細なフェライトとして高強度を実現する必要がある。これに対して、ベイナイト組織では、高温圧延でも高強度が実現でき、生産性向上を図る上でも有用である。但し、これらの効果を発揮させるためには、必ずしも100面積%がベイナイト組織である必要はなく、ベイナイト分率で90面積%以上であれば良い。ベイナイトの以外の組織としては、マルテンサイトやフェライト等が挙げられる。
尚、本発明でのベイナイト組織は、上部または下部ベイナイトに加え、「鋼のベイナイト写真集−1」[日本鉄鋼協会 ベイナイト調査研究会編:(1992).4]に紹介されているベイニティックフェライトまたはグラニュラ-ベイニティックフェライトを含むものである。これらC量を極低化したベイナイト組織(極低Cベイナイト組織)は強度・靭性に優れており、本発明で規定する化学組成の範囲とすることによって得ることができる。
本発明の高張力鋼板では、その化学成分組成を厳密に調整することも重要な要件であるが、その範囲限定理由は、次の通りである。
C:0.01〜0.05%
Cは高張力鋼の強度を増大させるのに有効な元素であり、所望の強度を確保するためには0.01%以上含有させる必要がある。しかしながら、Cを過剰に含有させると、M−A相またはセメンタイトが多量に形成されて極低Cベイナイト組織を安定して生成させることが困難になる。こうしたことから、その上限は0.05%とする必要がある。
Si:1.0%以下(0%を含まない)
Siは冷却条件によらず固溶強化により鋼の強度を増加させるのに有効な元素であるが、過剰に含有させると鋼材(母材)に島状マルテンサイト相(M―A相)を多量に析出させて靭性を劣化させる。こうしたことから、その上限を1.0%とした。尚、Si含有量の好ましい上限は0.5%である。
Mn:0.5〜2.0%
Mnは極低Cベイナイト組織を生成させて鋼材を強化するのに有効な元素であり、こうした効果を発揮させるためには、Mnは0.5%以上含有させる必要がある。しかしながらMnを過剰に含有させると、母材の靭性劣化を引き起こすので上限を2.0%とする。Mn含有量の好ましい下限は0.7%であり、好ましい上限は1.8%である。
P:0.5%以下(0%を含む)およびS:0.01%以下(0%を含む)
Pは結晶粒に偏析し、延性や靭性に有害に作用する不純物であるので、できるだけ少ない方が好ましいのであるが(0%を含む)、不可避的に鋼材に混入することを考慮して0.5%以下に抑制するのが良い。またSは、鋼材中の合金元素と反応して種々の介在物を形成し、鋼材の延性や靭性に有害に作用する不純物であるので、できるだけ少ない方が好ましいのであるが(0%を含む)、不可避的に混入することを考慮して0.01%以下に抑制するのが良い。
Al:0.01〜0.07%
Alは脱酸剤として有効な元素であると共に、鋼材中のNを固定することによって、Bの固溶量を増加させる元素である。これによって、Bによる焼入れ性向上効果が向上することになる。こうした効果を発揮させるためには、Al含有量は0.01%以上とする必要がある。しかしながら、過剰に含有されると鋼材(母材)に島状マルテンサイト相(M―A相)を多量に析出させて靭性を劣化させる。こうしたことから、その上限を0.07%とした。尚、Al含有量の好ましい下限は0.02%であり、好ましい上限は0.05%である。
Cr:0.5〜2.0%
Crは極低Cベイナイト組織を得るために重要な元素である。また、HAZ組織においてはベイナイトブロックサイズを低減するためにも有効である。更に、焼入れ性を向上させて鋼材の強度を確保する上でも有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには、Crは0.5%以上含有させる必要がある。しかしながら、Crの含有量が過剰になって2.0%を超えると、粗大な析出物を形成するので、母材およびHAZのいずれの靭性も劣化する。尚、Cr含有量の好ましい下限は0.7%であり、好ましい上限は1.8%である。
Mo:0.5%以下(0%を含む)
Moは焼入性を向上させて強度向上に有効な元素であるが、0.5%を超えて過剰に含有させると、粗大な硬化相となるので、母材およびHAZのいずれの靭性も劣化する。尚、本発明において極低Cベイナイト組織を得るためには、必ずしも必要な元素ではなく、無添加でも良い。但し、Moを含まない場合には、前記(1)式および(2)式は、Moを含まないものとして計算する必要がある。Mo含有量の好ましい上限は0.4%である。
Nb:0.005〜0.030%
Nbは極低Cベイナイト組織を得るために重要な元素である。また、HAZ組織においてはベイナイトブロックサイズを低減するためにも有効である。更に、鋼材の強度を確保する上でも有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには、Nbは0.005%以上含有させる必要がある。しかしながら、Nbの含有量が過剰になって0.030%を超えて含有させてもその効果は飽和する。尚、Nb含有量の好ましい下限は0.010%であり、好ましい上限は0.025%である。
Ti:0.005〜0.03%
Tiは窒化物を形成させ、大入熱溶接時に旧オーステナイト粒の粗大化を抑制、HAZ靭性を向上させるのに有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Ti含有量は0.005%以上とする必要がある。しかしながら、Tiを過剰に含有させると粗大な介在物を析出させ、却ってHAZ靭性を劣化させるので、その上限を0.03%とする。尚、Ti含有量の好ましい下限は0.010%であり、好ましい上限は0.025%である。
B:0.0005〜0.0030%
Bは極低Cベイナイト組織を得るために重要な元素である。また焼入性を向上させてフェライト変態を抑制する上でも有効に作用する。そのためには、Bは0.0005%以上含有させる必要がある。しかしながら、Bを過剰に含有させるとその効果が飽和するばかりか、HAZ組織中での介在物(B窒化物)が増加してHAZ靭性は却って低下するので、B含有量の上限は0.0030%とする必要がある。尚、B含有量の好ましい下限は0.0007%であり、好ましい上限は0.002%である。
Ca:0.0005〜0.005%
Caは介在物形状の異方性を低減する作用があり、HAZ靭性を向上させるのに有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、0.0005%以上含有させる必要があるが、0.005%を超えて過剰に含有させても介在物が粗大化してHAZ靭性が却って劣化する。尚、Ca含有量の好ましい下限は0.001%であり、好ましい上限は0.004%である。
N:0.0020〜0.0080%
大入熱溶接HAZにおいて靭性を高位に確保するためには、旧オーステナイト粒内にTiNを微細析出させて旧オーステナイト粒の粗大化を防止することが有効である。こうした効果を発揮せせるためには、N含有量は0.0020%以上とする必要がある。しかしながら、Nの含有量が過剰になって0.0080%を超えると粗大なTiNが析出して破壊の起点となる。尚、N含有量の好ましい下限は0.003%であり、好ましい上限は0.007%である。
本発明の高降伏比高張力鋼板には、必要によって、(a)Cu:3.0%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.0%以下(0%を含まない)、(b)V:0.05%以下(0%を含まない)、(c)Mg:0.005%以下(0%を含まない)、(d)Zr:0.005%以下(0%を含まない)、(e)希土類元素:0.0003〜0.03%、等を含有することも有効であるが、これらの成分を含有させるときの範囲限定理由は、次の通りである。
Cu:3.0%以下および/またはNi:3.0%以下
CuおよびNiは、母材強度を向上するのに有効な元素である。これらの効果は、その含有量が増加するにつれて増大するが、含有量が過剰になると溶接時にM―A相の生成が促進されHAZ靭性が劣化することになるので、いずれも3.0%以下とする。
V:0.05%以下(0%を含まない)
Vは母材強度の向上に有効な元素であるが、0.05%を超えて過剰に含有させるとHAZ部で析出物を形成し、HAZ靭性が低下することになる。
Mg:0.005%以下(0%を含まない)
MgはTiNの析出の核となる酸化物を微細分散させてHAZの靭性向上に寄与する元素であるが、過剰に含有させると酸化物が粗大化して却ってHAZ靭性を低下させるので、0.005%以下にすべきである。
Zr:0.005%以下(0%を含まない)
ZrはTiと同様に、窒化物や酸化物を形成して、HAZ部の旧オーステナイト粒の粗大化を防止してHAZ靭性を向上させるのに有効な元素であるが、過剰に含有させると介在物が粗大化してHAZ靭性が劣化するので0.005%以下にすべきである。
希土類元素:0.0003〜0.03%
希土類元素(REM)は、Caと同様に、介在物形状の異方性を低減してHAZ靭性を向上するのに有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、0.0003%以上含有させることが好ましい。しかしながら、REMの含有量が0.03%を超えて過剰になると、介在物が粗大化してHAZ靭性が却って低下することになる。
本発明の高張力鋼板において、上記成分の他は、Feおよび不可避的不純物からなるものであるが、その特性を阻害しない程度の微量成分(許容成分)も含み得るものであり、こうした高張力鋼板も本発明の範囲に含まれるものである。
本発明の鋼板を製造するには、基本的には上記のような化学成分組成を満足する鋳片または鋼片を連鋳法や造塊法により作製し、これを熱間圧延−冷却−熱処理の通常の方法により製造できるが、特に極低Cベイナイト組織を得るためには、下記(A)や(B)の工程を含んで製造することが好ましい。
(A)鋳片または鋼片を1000〜1300℃に加熱し、圧延仕上げ温度700℃以上で熱間圧延を終了した後、空冷する。
(B)鋳片または鋼片を1000〜1300℃に加熱し、圧延仕上げ温度700℃以上で熱間圧延を終了した後、冷却速度1〜50℃/秒で500℃以下まで水冷却する。
上記製造方法は、基本的には十分なオースナイト状態とした上で熱間圧延を行ない、その後冷却することによって、ベイナイト組織とするものである。上記(A)および(B)の工程において、加熱温度が1000℃未満になると、十分なオーステナイト状態が得られず、加熱温度が1300℃を超えると、初期オーステナイト粒が粗大化してしまい、結果として製品は低靭性となる。圧延仕上げ温度は生産性の観点から700℃以上としている。
熱間圧延を終了した後は、空冷することによってもフェライト変態を抑制する成分設計となっているためベイナイト組織が得られるが、場合によっては冷却速度1〜50℃/秒で500℃以下まで加速冷却しても良い。それは、組織が過冷状態となって、良好な極低Cベイナイト組織が得られるためである。尚、加速冷却を実施する場合には、ベイナイト組織の生成が完了するまで冷却する必要があるので500℃以下まで冷却する。
また上記製造工程に加え、必要によって500〜700℃の温度領域で焼戻し処理を行なうことも有用であり、これによって更に高降伏比・高靭性となる。
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に徴して設計変形することはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
実施例1
下記表1、2に示す化学成分組成の鋼を用い、下記表3、4に示す製造条件にて鋼板を製造した。尚、表1、2には、本発明で規定するHM値、HG値およびHB値についても示した。
Figure 0004464909
Figure 0004464909
Figure 0004464909
Figure 0004464909
得られた各鋼板について、ベイナイト分率、鋼材(母材)の引張特性(0.2%耐力σ0.2、引張強さTS、降伏比)、衝撃特性(破面遷移温度vTrs)、耐溶接低温割れ性、HAZ靭性等を下記の方法によって測定した。
[ベイナイト分率(面積率)]
各鋼板のt/4(tは板厚)から鏡面研磨後試験片を採取し、これを2%硝酸−エタノール溶液(ナイタール溶液)でエッチングした後、5視野において光学顕微鏡を用いて400倍で観察を行ない、画像解析によって鋼組織中のベイナイト分率(面積%)を測定した。この際、フェライト(ポリゴナルフェライト・擬ポリゴナルフェライトを含む)以外のラス状組織は全てベイナイトとみなした。
[鋼板の引張特性]
鋼板のt/4(tは板厚)からJIS Z 2201 4号試験片を採取し、JIS Z 2241の要領で引張試験を行ない、降伏強度(0.2%耐力:σ0.2)、引張強度(TS)、降伏比(降伏強度/引張強度×100%:YR)を測定した。本発明では、引張強度TS:570MPa以上、降伏比YR:80%以上を合格とした。
[鋼板の靭性]
鋼板のt/4からL方向(圧延方向)にJIS Z 2202 Vノッチ試験片を採取してJIS Z 2242に準拠してシャルピー衝撃試験を行ない、シャルピー試験片の脆性破面率が50%となる温度を近侍して破面遷移温度(vTrs)として測定した。vTrsが−50℃以下を目標として合格とした。
[耐溶接低温割れ性]
JIS Z 3158のy形溶接割れ試験法に従い、入熱量:1.5KJ/mmで被覆アーク溶接を行ない、予熱温度25℃において断面割れ率を測定し、割れ率0%を合格とした。
[溶接HAZ靭性]
HAZ再現試験を行なった。鋼板から採取した試験片[12.5×32×55(mm)の試験片を各5本採取]に1400℃×5秒加熱後、入熱量10KJ/mmに相当する[800〜500℃までを80秒で冷却]熱サイクル試験を行なった。その後、各試験片から2本のシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2202 Vノッチ試験片)を採取し、各鋼板毎に10本で−15℃における平均衝撃吸収エネルギーvE−15を求めた。平均100J以上を合格とした。
これらの結果を、下記表5、6に示すが、これらの結果から、次のように考察できる。まず試験No.1〜11のものは、本発明で規定する要件を満足するものであり、鋼板(母材)の強靭性は目標を満足し、溶接性は予熱不要と良好であり、入熱量10KJ/mmでのHAZ靭性も目標平均100J以上を十分満足するものである。
これに対して、試験No.12〜36のものは、本発明で規定するいずれかの要件を欠くものであり、いずれかの特性が劣化している。このうち試験No.12のものは、C含有量が規定範囲を超えているものであり(表1の鋼種A1)、粗大な炭化物を含む組織となっており、母材靭性、HAZ靭性のいずれも低下している。また、試験No.13のものは、Si含有量が本発明で規定する範囲を超えているものであり(表1の鋼種B1)、またHM値もその上限を超えているので、M−A量が非常に多くなっており、母材靭性、HAZ靭性のいずれも低下している。
試験No.14のものは、Mn含有が本発明で規定する範囲に満たないものであり(表1の鋼種C1)、焼入れ性が著しく低下しているため、母材ではフェライトが析出し、強度が低下している。試験No.15のものは、Mn含有が本発明で規定する範囲を超えるものであり(表1の鋼種D1)、粗大な析出物が形成されるため、母材靭性、HAZ靭性のいずれも低下している。
試験No.16のものは、Cr含有量が本発明で規定する範囲に満たないものであり(表1の鋼種E1)、焼入れ性が著しく低下しているため、母材ではフェライトが析出し、強度が低下している。試験No.17のものは、Cr含有量が本発明で規定する範囲を超えているものであり(表1の鋼種F1)、粗大な析出物が形成されるため、母材靭性、HAZ靭性のいずれも低下している。
試験No.18のものは、Ti含有量が本発明で規定する範囲を超えているものであり(表1の鋼種G1)、HAZ部で粗大な介在物が生成していることが予想され、HAZ靭性が劣化している。試験No.19のものは、B含有量が本発明で規定する範囲を超えているものであり(表2の鋼種H1)、HAZ部で粗大な介在物が生成していることが予想され、HAZ靭性が劣化している。試験No.20のものは、Mo含有量が本発明で規定する範囲を超えているものであり(表2の鋼種I1)、粗大な硬化相を含む組織となっており、母材靭性、HAZ靭性のいずれも低下している。
試験No.21のものは、V含有量が本発明の好ましい範囲を超えているものであり(表2の鋼種J1)、HAZ部で粗大な介在物が生成していることが予想され、HAZ靭性が劣化している。試験No.22のものは、Cu含有量が本発明の好ましい範囲を超えているものであり(表2の鋼種K1)、HAZ部でのM―A相の生成量が増大していることが予想され、HAZ靭性が劣化している。試験No.23のものは、Ni含有量が本発明の好ましい範囲を超えているものであり(表2の鋼種L1)、HAZ部でのM―A相の生成量が増大していることが予想され、HAZ靭性が劣化している。
試験No.24のものは、Nb含有量が本発明で規定する範囲を超えているものであり(表2の鋼種M1)、HAZ部での介在物量が増大していることが予想され、HAZ靭性が劣化している。試験No.25のものは、Ca含有量が本発明の好ましい範囲を超えているものであり(表2の鋼種N1)、HAZ部で粗大な介在物が生成していることが予想され、HAZ靭性が劣化している。
試験No.26,27のものは、HM値が本発明で規定する範囲を満たないものであり(表2の鋼種O1、P1)、焼入れ性が低下しており、母材ではフェライトが生成していることが予想され、強度が低くなっている。
試験No.28,29のものは、HM値が本発明で規定する範囲を超えるものであり(表2の鋼種Q1、R1)、HAZ部においてM−A相が多量に生成していることが予想され、HAZ靭性が劣化している。
試験No.30,31のものは、HG値が本発明で規定する範囲を満たないものであり(表2の鋼種S1、T1)、焼入れ性が低下しており、母材ではフェライトが生成していることが予想され、強度が低くなっている。
試験No.32,33のものは、HG値が本発明で規定する範囲を超えるものであり(表2の鋼種U1、V1)、HAZ部において旧オーステナイト粒が非常に大きくなっていることが予想され、HAZ靭性が劣化している。
試験No.34〜36のものは、HG値が本発明で規定する範囲を超えるものであり(表2の鋼種W1、X1、Y1)、HAZ部において旧オーステナイト粒内が殆ど分割されておらず、ブロックサイズが大きくなっていることが予想され、HAZ靭性が劣化している。
Figure 0004464909
Figure 0004464909
実施例2
前記表1に示した鋼種Aを用い、入熱量を変える以外は上記と同様にしてHAZ再現試験を行なった。このとき入熱量1〜20KJ/mmに相当するように800〜500℃までの冷却時間を変えて熱サイクルを試験を行なった。尚、入熱量1KJ/mmでは冷却時間10秒、入熱量2KJ/mmでは冷却時間20秒、入熱量5KJ/mmでは冷却時間40秒、入熱量7KJ/mmでは冷却時間60秒、入熱量15KJ/mmでは冷却時間120秒、入熱量20KJ/mmでは冷却時間160秒となる。
その後、各試験片から2本のシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2202 Vノッチ試験片)を採取し、各鋼板毎に10本で−15℃における平均衝撃吸収エネルギーvE−15を求めた。
その結果を、下記表7に示すが、本発明の高張力鋼板では入熱量20KJ/mmまでは優れたHAZ靭性を示していることが分かる。
Figure 0004464909

Claims (6)

  1. C:0.01〜0.05%(質量%の意味、以下同じ)、
    Si:1.0%以下(0%を含まない)、
    Mn:0.5〜2.0%、
    P:0.5以下(0%を含む)、
    S:0.01%以下(0%を含む)、
    Al:0.01〜0.07%、
    Cr:0.5〜2.0%、
    Mo:0.5%以下(0%を含む)、
    Nb:0.005〜0.030%、
    Ti:0.005〜0.03%、
    B:0.0005〜0.0030%、
    Ca:0.0005〜0.005%、
    N:0.0020〜0.0080%を夫々含有し、
    残部がFeおよび不可避的不純物からなると共に、
    下記(1)式で規定されるHM値が0.10%以上、0.25%未満、
    下記(2)式で規定されるHG値が0.02%以上、0.08%未満、および
    下記(3)式で規定されるHB値が0.0%以下を夫々満足し、且つベイナイト分率が90面積%以上の組織であることを特徴とする溶接熱影響部の靭性に優れた高降伏比高張力鋼板。
    HM=[C]+[Mn]/30+[Cr]/30+[Mo]/5+[Si]/5 …(1)
    HG=−[C]+[Mn]/25+[Cr]/25−[Mo]/30−[Si]/10 …(2)
    HB=−[Cr]/10+[Mn]/10−[Nb] …(3)
    但し、[C],[Mn],[Cr],[Mo],[Si]および[Nb]は、夫々C,Mn,Cr,Mo,SiおよびNbの含有量(質量%)を示す。
  2. Cu:3.0%以下(0%を含まない)および/またはNi:3.0%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1に記載の高降伏比高張力鋼板。
  3. V:0.05%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1または2に記載の高降伏比高張力鋼板。
  4. Mg:0.005%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜3のいずれかに記載の高降伏比高張力鋼板。
  5. Zr:0.005%以下(0%を含まない)を含有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の高降伏比高張力鋼板。
  6. 希土類元素:0.0003〜0.03%を含有するものである請求項1〜5のいずれかに記載の高降伏比高張力鋼板。
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