JP4441166B2 - 鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法 - Google Patents

鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、化学プラントや石油精製装置などの各種の装置や配管、或いはガスパイプラインなどとして使用される鋼構造物或いは構造製品において、塩化物、アミン、硫化水素、硝酸塩、炭酸塩などの各種の腐食環境下における応力腐食割れ、及び水素脆化割れ(以下、これらを環境助長割れという)抵抗性を高める、環境助長割れ抵抗性向上方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
環境助長割れとして、低濃度塩化物水溶液中あるいは塩化物の濃縮希釈が繰り返される海岸近傍における構造物,配管などの応力腐食割れ、石油精製工業の水素化脱硫装置の反応塔、加熱炉の熱交換器などにおけるオーステナイト系ステンレス鋼溶接熱影響部のポリチオン酸による粒界応力腐食割れ、硝酸アンモニウム製造装置、油井管、熱風炉などにおける炭素鋼、低合金鋼の硝酸塩水溶液環境下での応力腐食割れ、天然ガス輸送パイプライン,高圧ガスタービンなどにおける炭素鋼の炭酸塩水溶液環境下の応力腐食割れ、肥料用アンモニアの貯蔵、運搬容器などにおける炭素鋼の溶接熱影響部の応力腐食割れ、化学プラントにおける炭素鋼のCO−CO−HO環境下での応力腐食割れなどがあり、さらに、Ni合金においても、圧力容器などにおけるNi合金の応力腐食割れがあり、その他CuやCu合金でも、湿潤大気、海水,淡水環境下で、また、Al合金では塩化物水溶液環境下で応力腐食割れが発生している。
【0003】
また、水素の金属材料への侵入により発生する応力による割れ、すなわち、水素誘起割れがある。その発生は水素の侵入反応速度により大きく左右されるが、金属材料に負荷ないし残留する応力によって亀裂の進展が加速され、上記の応力腐食割れと同様の挙動となる。すなわち、これらの割れは、応力の存在下において金属構造製品の表面或いは表層の微小な割れが腐食環境によって進展助長されて生じるものである。
【0004】
これらの割れは、材料、腐食環境、応力の存在の3つの条件が重畳されて発生するものであり、これらのうちのいずれかの条件を除くことにより割れの発生を抑制することができる。材料の面から、応力腐食割れを起こさない材料への変更、例えばオーステナイトステンレス鋼からフェライト系ステンレス鋼への変更、腐食環境の面から、カソード防食などの防食措置の採用、或いは、応力の面から、負荷応力を除去ないし低減するための熱処理(応力除去焼鈍)やピーニング処理など、各種の対策が従来から行なわれている。
【0005】
しかしながら、材料の変更は、材料強度上の制約や腐食環境との組み合わせ上の制約などから、適切な選択ができる場合は限られている。また、応力除去焼鈍は、処理対象が大型の構造製品である場合は、熱処理するための大型の熱処理炉が必要となり、また固定構造物などでは熱処理自体も不可能である。また、材料によっては応力除去焼鈍熱処理による材質上の変化も制約となる。さらに、外部から加えられる応力に対してはこの熱処理は効果が無い。また、ショットピーニングによる残留応力の低減も有効であるが、熱処理と同様に、大型の金属構造製品については装置上の問題を抱えている。
【0006】
このように、これら従来の対策は適用上の制約があり、またコストも嵩むことから、経済的かつ効率的な対策とはなり難かった。
【0007】
なお、上述のピーニング処理によって溶接製品の溶接部の強度を向上させ、応力集中や微小応力欠陥を抑制する応力パターンを形成するための超音波衝撃エネルギーによる処理方法が提案されている(例えば特許文献1参照)。また、この衝撃処理により表面が平滑になることも知られている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0008】
しながら、これらの文献には、環境助長割れについては言及されていない。
【0009】
【特許文献1】
米国特許第6,171,415号明細書
【非特許文献1】
Surface Nanocrystallization(SNC) of metallicMaterials−Presentation of th e Concept behind a New Approach, Journ al. Sci.Technol. Vol.15 No.3, 1999)
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記の問題点を解決し、環境助長割れ抵抗性を向上させる方法を提供することを課題とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明は、上記の課題を解決するためになされてものであって、超音波で先端を振幅30〜60μm、周波数25kHz〜60kHz、出力0.2〜3kWで振動させる工具を用いて鋼表面を打撃する超音波衝撃処理を、鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所に施すことによって、その鋼表層の組織を改善し、よって耐環境助長割れ性に優れた鋼構造製品を得るものであり、また、さらには、この処理を行なう際の適切な前処理、ならびに処理後の検査を行ない、その効果を保証するものである。 その要旨とするところは、以下のとおりである。
(1)鋼構造製品の応力が集中ないし残留するため環境助長割れが問題となる箇所に、先端部に1〜2mmの曲率半径を有する先端ハンマーを有する超音波衝撃装置により、その先端を振幅30μm以上60μm以下、サイクル数40kHz以上60kHz以下、出力0.2〜3kW、又は、振幅50μm以上60μm以下、サイクル数25kHz以上40kHz未満、出力0.2〜3kWのいずれかの条件で振動させ、処理対象部分を打撃する超音波衝撃処理を施し、表面から50μm以上の厚さの表層の鋼組織を結晶粒の長軸の方向と表面とが、±10°以下の角度であるとともに、結晶粒の長軸方向長さと短軸方向長さとの比が5以上であるに結晶粒からなる層状組織とすることを特徴とする鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
)前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所の鋼が、引張強度490N/mm級以上の鋼であることを特徴とする()に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
)前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所が、溶接ボンド部および/または溶接熱影響部を含むことを特徴とする(1)または()に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性の向上方法。
)前記層状組織の結晶粒の長軸の方向と表面にとが、±10°以下の角度である結晶粒の短軸方向長さを5μm以下とすることを特徴とする()〜()のいずれか1つに記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
)前記超音波衝撃処理を施す前に、前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所及びその近傍箇所に、前処理を施すことを特徴とする()〜()のいずれか1つに記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
)前記前処理が、前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所及びその近傍箇所の内部応力および/または表面応力を変化させる処理であることを特徴とする()に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
)前記前処理が、前記金属構造製品の環境助長割れが問題となる箇所の亀裂を検出すると共に、検出された亀裂を除去する処理を含むことを特徴とする()又は()に記載の金属構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
)前記超音波衝撃処理が、さらに、前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所の表面形状を応力集中係数が2以下となる形状とし、かつ表面近傍に圧縮残留応力を付与することを特徴とする()〜()のいずれか1つに記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
)前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所に、超音波衝撃処理を施し、その後さらに、品質保証検査をすることを特徴とする()〜()のいずれか1つに記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
10)前記品質保証検査は、超音波衝撃処理後の処理面が処理前に比べて、50μm以上の厚さが塑性変形していること、および処理面が応力集中係数が2以下となる表面形状となっていることのいずれか一方又は双方を確認するものであることを特徴とする特徴とする()に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
11)前記品質保証検査の塑性変形の確認は、超音波衝撃処理後の処理面をスンプ法により観察し、処理していない部分に比べてその50%以上の結晶粒が微細化しているかどうかを判断することによるものであることを特徴とする(10)に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
12)前記品質保証検査の塑性変形の確認は、超音波衝撃処理後の処理面の結晶粒度を超音波粒径測定装置により測定し、処理していない部分に比べてその50%以上の結晶粒が微細化しているかどうかを判断することによるものであることを特徴とする(10)に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
13)前記品質保証検査の応力集中が生じ難い表面形状の確認は、超音波衝撃処理後の処理面を型取材を用いて型取りし、型取りした面が応力集中の生じ難い表面形状であるかどうかを判断することによるものであることを特徴とする(10)に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
14)前記品質保証検査の応力集中のし難い表面形状の確認は、超音波衝撃処理後の処理面を変位計を用いて測定し、その変位が応力集中の生じ難い面の変位の範囲内であるかどうかを判断することによるものであることを特徴とする(10)に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明が対象とする構造製品は、により構成される機械部品や配管、容器などの構造部品、或いはこれらを組み合わせた装置などの構造物を含むものである。そしてこれらの構造製品は、一般に、材料に切削、曲げなどの加工、或いはさらに、溶接加工を施して製造される。また、材質としては、炭素鋼、低合金鋼、ステンレス鋼などの鋼材である。
【0013】
ところで、環境助長割れは、構造製品が引張応力の存在下で腐食環境にあると、表面或いは表層で生じた微小の亀裂が進展し、大きな割れとして構造製品の機能を低下させるものであるが、この亀裂の進展方向は、図1(a)に示すように、引張応力(残留応力、外部応力)に垂直な方向で、通常粒界に沿っている。従って、図1(b)に示すように、引張応力の方向が、粒界の方向と実質的に平行であれば、この応力は亀裂の先端をさらに開口させるようには作用しないので、進展を遅らせ、すなわち亀裂の伝播抵抗を向上させ、環境助長割れを抑制することができる。
【0014】
本発明者らは、この点に着目し、環境助長割れが問題となる箇所の表層組織を層状組織とすることに想到したものである。層状組織とすることにより、結晶粒界の殆どが引っ張り応力の方向と実質的に平行となるため、上述のとおり、微小亀裂が生じても、亀裂の伝播抵抗性を高めることができ、環境助長割れを抑制することができる。
【0015】
このように、所要の箇所の表層を層状組織とする手段として、超音波で先端のハンマー部を振幅30〜60μm、周波数25〜60kHz、出力0.2〜3kWで振動させる装置により鋼表面を打撃してピーニングを行なう超音波衝撃処理(例えば特許文献1、非特許文献1参照)が好適である。この処理方法は、基本的にはハンマーピーニングと同じであるが、一回一回の打撃のエネルギーは小さいかわりに、1秒間に1万回を超える回数の打撃を与えることによって、鋼に塑性変形を与えるものである。このとき、一回一回の打撃力は小さいために、打撃装置に生じる反動は殆どなく、ハンマーピーニング装置に比べて使用性、施工性の面で優れている。
【0016】
また、1回の打撃エネルギーが小さいため、先端部のハンマー形状は、小型にすることができ、溶接部や接続部などの微小な部分や狭隘な部分に対しても打撃処理を施すことができる。この点において、環境助長割れが問題となる箇所が小さな部分でも処理が適用可能となる。この場合でも、上述のように打撃回数を極めて多くできることから、十分な塑性変形を与えることができる。
【0017】
また、この超音波衝撃処理は、表面に対して非常に多くの回数の打撃を与えているので、表面に対して従来のハンマーピーニングにはない効果をもあり、また、一回一回の打撃エネルギーショットは、ショットピーニングよりも大きいので、従来のショットピーニングにない効果もある。
【0018】
すなわち、先ず、打撃の回数が多いことで、処理の均一性が得られる。ハンマーピーニングでも数パスを同一線上で実施すればある程度の均一性が得られるが、超音波衝撃処理の打撃周波数は、25〜60kHzであり、その得られる均一性はハンマーピーニングのそれとは全く異なるレベルにあり、処理スピードが0.5m/分程度であれば、所要の鋼表面のほとんどを均一にかつ欠陥を残すことなく仕上げることができる。
【0019】
また、処理後の表面を平滑にするとともに、表層の組織が微細にする作用を有しており、極めて有利である。
【0020】
発明者らは、鋼材の表面に1.5mmの曲率半径を有する先端ハンマーを有する超音波衝撃装置により、振幅50μm、周波数25kHzにて処理速度0.5m/minで1パスの超音波衝撃処理を行ない、処理前後の表層組織を詳細に調査した。その結果を処理前後の鋼材の断面状況として、図2及び図3の(a)(b)に、それぞれの組織写真及び模式図で示す。これらの図から判るように、処理面の断面は、超音波衝撃処理により塑性変形し、長軸が表面に実質的に平行に伸展した結晶粒が厚さ方向に多層に並んだ層状組織となっている。このような層状組織では、結晶粒の長軸が表面に実質的に平行になっており、腐食環境に曝される鋼材表面から伸展する亀裂の主たる進展方向である結晶粒界と引張応力の作用する方向とが近接するため、応力腐食割れが軽減されることが考えられる。
【0021】
そこで、発明者らはこれを確認するために、表1に示す組成を有する厚さ12mm板に対して、表2に示すように処理条件を変えて超音波衝撃処理を実施し、処理前後の表層部の組織を調査すると共に、図4に示すビードオンプレートで溶接部を形成する方法で、応力腐食試験片を各水準ごとにそれぞれ3個採取し、環境助長割れ試験を実施した。その組織の性状と試験の結果を表3に示す。
【0022】
表3から判るように、表面に平行な表層の層状組織の厚さが表面から50μm未満では、環境助長割れ感受性が高く、割れが発生しやすいことがわかる。一方、層状組織の厚さが50μm以上であると、割れが発生することがなく、優れた耐環境助長割れ性を示すことがわかる。
【0023】
これは、超音波衝撃処理によって表層が、長軸が表面に実質的に平行にな結晶粒で形成された層状組織となることによって、結晶粒界の殆どが応力の方向と実質的に平行な方向に伸びることとなり、表面から粒界に沿って進展することが多い亀裂の進展経路が長くなり、亀裂が板厚方向の深部に達して破断に到るまでの時間が長くなるためと考えられる。なお、実質的に平行とは、層状組織の結晶粒の長軸の方向と表面とが、±10°以下の角度であることを言う。また、長軸、短軸は、の厚さ方向断面における結晶粒の長軸、短軸をいう。
【0024】
この層状組織は、層状組織の結晶粒の長軸方向長さと短軸方向長さとの比が5以上であることが好ましい。これは、上述と同様に、結晶粒が表面に平行な長軸方向に伸展したことによって、応力の方向に平行な結晶粒界がより長くなり、亀裂の進展経路が長くなって破断に到るまでの時間が長くなるためである。
【0025】
さらに、長軸方向長さと短軸方向長さとの比を5以上とすることによって層状組織が均一に形成され、かつ多層に形成することができるため耐環境助長割れに対して極めて有利である。
【0026】
また、この層状組織は、層状組織の結晶粒の短軸方向長さが5μm以下であることが好ましい。短軸方向の長さを5μm以上では、層状組織の形成が不十分であり、破断までの時間がやや短くなる。一方、5μm以下であると、破断までの時間をより十分に確保できる。
【0027】
さらに、この超音波衝撃処理は、塑性変形により表層を層状組織とすることができると共に、表面形状をなめらかな平面形状とし、かつ表層近傍に圧縮残留応力を付与することができる。
【0028】
したがって、好ましくは、超音波衝撃処理によって環境助長割れが問題となる箇所の表層を層状組織とすると共に、この箇所の表面を応力集中の生じ難い表面形状とし、かつ表面近傍に圧縮残留応力を付与することが好ましい。応力集中の生じ難い表面形状とは、例えば、溶接止端部の場合、応力集中係数が2以下となるような形状であって、このような表面形状とすることによって応力集中が生じ難くなり、かつ表面近傍、例えば表面から50μm以内の範囲、に圧縮残留応力が付与されることによって、環境助長割れの起点となる微小な欠陥が大きな亀裂に伸展することを抑制することができるので、これらの微小亀裂を無害化し、さらに、環境助長割れ抵抗性を向上させることができる。
【0029】
以上のように、材料の表面に超音波衝撃処理を施すことによって、その表層部を層状組織とし、あるいは、さらに、表面を応力集中の生じ難い形状とすると共に表面近傍に圧縮残留応力を付与することによって、応力によって助長される、応力腐食割れ、水素誘起割れ、硫化物応力腐食割れなど、各種の環境助長割れを抑制、低減することができ、耐環境助長割れ性に優れた構造製品とすることができる。
【0030】
この超音波衝撃処理は、前述の構造製品の少なくとも環境助長割れが問題となる箇所に施せばよく、その問題となる箇所とは、構造製品で腐食環境と接し、かつ応力が負荷ないし残留する個所である。応力が集中ないし残留する具体的な箇所として、溶接継手部(溶接ボンド部、溶接熱影響部)が先ず挙げられる。構造製品の多くが溶接を伴って製作され、その溶接継手部には残留応力が発生する。また、溶接継手部の溶接止端部は、応力が集中しやすい。
【0031】
従って、構造製品の溶接部、すなわち、溶接ボンド部および/または溶接熱影響部を含む部分を超音波衝撃処理することが好ましく、さらには、溶接止端部を含めることも好ましい。
【0032】
溶接部以外に、応力が集中ないし負荷される箇所の例としては、構造製品を作成する段階で加えられることのある、鋸断、せん断、溶断などによる切断箇所がある。これらの箇所は、切断に伴なって端面に大きな引張応力、せん断応力が負荷される。そのほか、構造製品には、曲げや捻りを加えて構成されることがあり、これらが集中する箇所には、これらの曲げやねじりに伴う引張応力が負荷されている。これらの加工過程で生じる応力のほか、使用状態で外部から応力が負荷される箇所もあり、これらも本処理の対象となる。このように引張応力が負荷されている箇所が、腐食環境下にあると、上述のとおり、環境助長割れを発生させることとなる。
【0033】
上述のように、環境助長割れの発生は、環境、応力及び材料の3つの条件が関与する。本発明の超音波衝撃処理は、このうちの応力条件を低減することを主眼とするものであり、特に、構造製品の材料を限定するものではないが、環境助長割れは、強度、硬度の高い材料に発生しやすいと言う観点から、引張強度が490N/mm以上の鋼材からなる構造製品の必要箇所には少なくとも施すことが好ましい。引張強度が490N/mm以上の鋼材では、溶接部の残留応力がより高くなるために、環境助長割れ感受性が一段と高くなる。このため、引張強度が490N/mm以上の鋼材の溶接部には、超音波衝撃処理を施すことが一段と有効であるとともに、超音波衝撃処理を施す効果がより大きい。超音波衝撃処理を施す効果は材料の強度が高くなるとともにより大きくなるので、引張強度が590N/mm以上の鋼材の溶接部、引張強度が690N/mm以上の鋼材の溶接部、引張強度が780N/mm以上の鋼材の溶接部、引張強度が980N/mm以上の鋼材の溶接部、と強度が高くなるのにしたがって、超音波衝撃処理を施す効果と必要性が大きくなる。
【0034】
上述のように超音波衝撃処理は、先端部に所定の曲率半径を有する先端ハンマーを有する超音波衝撃装置により、振幅30μm以上60μm以下でサイクル数40kHz以上60kHz以下、又は、振幅50μm以上60μm以下でサイクル数25kHz以上40kHz未満、いずれかの条件にて必要の時間、所要の鋼表面部分に対して行うが、この衝撃により表層部分を塑性変形させ、その結晶粒を表面に実質的に平行な層状組織とするとともに、この塑性変形により、好ましくは、応力集中の発生し難い表面形状とし、かつ残留圧縮応力付与することができ、環境助長割れ抵抗性を高めることができる。
【0035】
このためには、超音波衝撃処理による表層の塑性変形の厚さは、50μm以上であることが必要である。これ未満では、表層の層状組織を50μm以上確保することが困難であり、十分な耐環境助長割れ特性を得ることが困難となる。また、引張応力を解消し圧縮応力を付与する点からも、表面から50μm以上の厚さを塑性変形させ、層状組織とすることが必要である。しかしながら、この表層の層状組織或いは塑性変形の厚さを過度に大きくすると、表層が過度に硬化したり、変形が大きくなり過ぎたりして製品としての表面性状が悪くなる一方、処理のためのコストが増えるために好ましくない。
【0036】
所要の厚さの層状組織或いは塑性変形を得るために必要な変形のためのエネルギーはほぼ一定であるため、1サイクルの衝撃エネルギーを大きくして短時間に処理しても良いが、均一性を高めたい場合や、衝撃部位の位置をより精緻に制御し、過度な塑性変形を防止したい場合は、1サイクルの衝撃エネルギーを小さくし、二回以上の処理を同一箇所に対して行なうことが好ましい。
【0037】
また、衝撃エネルギーによって生じる層状組織或いは塑性変形の厚さは、衝撃装置の先端のハンマーの曲率半径Rとも関係しており、1サイクルの衝撃エネルギーが同じでも、Rが小さければ、1サイクルの衝撃で生じる層状組織或いは塑性変形の厚さは大きくなり、Rが大きければその厚さは小さくなる。
【0038】
また、表面を応力集中し難い形状とし、圧縮残留応力を付与する場合は、ハンマーのRが小さければ、1サイクルで形成される表面形状の範囲が狭いので繰り返し処理が必要となり、またRが大きければ、形状の制御が困難となることもある。従って、超音波打撃処理装置の先端のハンマーの形状は、処理対象とする構造製品の状況によって適宜選択する。
【0039】
超音波衝撃処理を施すにあたっては、構造製品の処理対象箇所の表面から所要の厚さを層状組織とし、或いはさらに応力集中し難い形状とし圧縮残留応力を付与するために必要なハンマーの形状、1サイクルの打撃エネルギー、パス数、処理回数などの処理条件を、例えば、材質或いは必要により、溶接部、切断端面などの処理箇所ごとに予備試験などにより、予め決めて置くことによって、処理後に所要の層状組織或いは圧縮残留応力を付与することができる。
【0040】
ところで、本発明の環境助長割れ抵抗性の向上方法においては、構造製品の超音波衝撃処理を施す箇所に対して、この箇所の内部応力および/または表面応力など応力状態を変化させるような処理を、超音波衝撃処理を施した後には行なわないようにすることが好ましい。
【0041】
すなわち、超音波打撃処理を施して、当該箇所の表層を層状組織とし、或いは塑性変形させて表面形状を応力集中の生じ難い形状とし、かつ残留圧縮応力を付与した後で、当該箇所及びその近傍箇所の表層の組織、塑性変形状況、応力状態などを変化させるような処理、例えば、塑性加工、矯正、熱処理、溶接などを施すと、超音波衝撃処理により形成された環境助長割れを抑制するための上記の表層の性状がこれによって減殺され、抑制効果が低下する。
【0042】
従って、本発明の超音波衝撃処理方法においては、構造製品の少なくとも当該処理を施す箇所に対しては、例えば、塑性加工、矯正、熱処理、溶接など、当該箇所の表層の組織、塑性変形状況、応力状態などを変化させるような処理は、超音波衝撃処理を施す前に、前処理として施しておくことが好ましく、超音波衝撃処理後は、このような処理を行なわないようにすることが好ましい。
【0043】
また、上記の前処理においては、上述の各処理のほか、環境助長割れが問題となる箇所に対する亀裂の有無を検査し、検出された亀裂を除去する処理を含むことが好ましい。すなわち、目視検査、浸透探傷検査、磁粉探傷検査、渦流探傷検査など構造製品の亀裂を検査する適切な手段により、環境助長割れが問題となる箇所、すなわち、超音波衝撃処理を施そうとする箇所に対して亀裂の有無を検査し、そして、検出された亀裂に対して、事前にこれを除去する処理を施すものである。除去する方法は、亀裂部分をグラインダー、切削工具等により研削・切削して除去する方法、或いは溶接により亀裂部を溶融接着する方法など適宜な方法を採用しうる。
【0044】
また、特に、除去した亀裂の深さが3mm以上である場合は、亀裂部分を研削除去し、肉盛溶接を行った後、この箇所の表面をグラインダー、切削工具等の機械的手段により平滑な形状に仕上げ、さらに上述の亀裂の検査処理によって亀裂が検出されないことを確認する処理を含むことが好ましい。
【0045】
本発明においては、必要に応じて上述の前処理を施した後、上記の超音波衝撃処理を施し、その後、必要に応じて、品質保証検査を行なう。
【0046】
超音波衝撃処理後の品質保証検査は、処理面が処理前と比較して50μm以上の厚さまで塑性変形していること、すなわち、表面から50μm以上の厚さの表層が層状組織となっていること、および処理面が応力集中の生じ難い表面形状となっているかどうかのいずれか一方又は双方を確認するものである。
【0047】
処理面が処理前と比較して50μm以上の厚さまで塑性変形していることを確認するには、スンプ法により処理面の複製を制作し、その結晶組織を観察するか、あるいは処理面の結晶粒度を超音波粒径測定装置によるかのいずれかにより結晶粒度を測定し、処理していない部分に比べて50%以上の結晶粒が微細化しているかどうかを判断することによって行なうことができる。結晶粒の微細化が50%未満では、層状組織の形成が不十分である。なおここでいう微細化とは、処理を施していない部分の結晶粒度より粒度番号で1以上大きければ微細化されていると判断する。
【0048】
また、処理面が応力集中し難い表面形状となっているかどうかを確認するには、例えば歯科用形象材のような型取り材を用いて型取りし、型取りした複製の表面形状を検査するか、或いは、レーザー変位計などの高精度な変位測定装置を用いて表面の変位を測定することによって、処理面が応力集中のし難い表面の曲率ないしは変位を有するかどうかを判断することによって行なうことができる。
【0049】
以上のような方法により、超音波衝撃処理後の表層組織或いは、表面形状を確認する品質保証検査を行なうことによって、構造製品の耐環境助長割れが問題となる箇所の環境助長割れ抵抗性の向上を確認することができる。
【0050】
なお、この品質保証検査により、所要の表面形状或いは表層組織が得られていない場合は、超音波衝撃処理を繰り返し、所要の表面性状、表層組織となるようにすることはいうまでもない。
【0051】
【実施例】
以下、実施例により、本発明を説明する。
【0052】
表1に示す組成の鋼(板厚12mm)を母材とし、共金系の溶接材料を用いてアーク溶接した溶接部を試験体とし、この箇所に超音波衝撃処理を付与して表層の組織を、長軸が表面に実質的に平行な結晶粒からなる層状組織とした。比較材として溶接ままの試験体を用いた。図4に概略を示す要領で、幅100mm、長さ200mm、板厚は元厚まま、の試験片の中央に、ビードオンプレートで溶接部を形成し、そのまま環境助長割れ試験片とした。言うまでもなく、溶接ままの試験片の溶接部には溶接残留応力が存在している。
【0053】
これらの試験片を、90℃の1N NaCO+1N NaHCO水溶液中に浸漬し、ポテンシオスタットを用いて一定の電位(標準水素電極基準に換算して−0.42V)に保持し、90日試験した。試験後の試験片は、浸透試験および断面観察によって環境助長割れの発生の有無を確認した。
【0054】
表2に超音波衝撃処理条件を示し、表3には結晶粒および環境助長割れ試験結果を示す。
【0055】
表3から明らかな通り、表層の組織を、長軸が表面に実質的に平行な結晶粒からなる層状組織とした本発明例1〜8では環境助長割れ(応力腐食割れ)がまったく発生していないのに対して、溶接ままあるいは処理が不充分な比較例9〜12では環境助長割れ(応力腐食割れ)が発生しており、本発明の効果が明らかである。
【0056】
【表1】
Figure 0004441166
【0057】
【表2】
Figure 0004441166
【0058】
【表3】
Figure 0004441166
【0059】
【発明の効果】
発明の方法によれば、鋼構造製品の環境助長割れの問題となる箇所に超音波衝撃処理が施され、表層が層状組織となり、さらに好適には、表面が応力集中が生じ難い表面形状で、かつ残留圧縮応力が付与されているため、腐食環境に曝されても微小亀裂が生じ難くまた、微小亀裂が存在しても亀裂の厚さ方向への進展が抑制され、破断時間が大幅に伸び、環境助長割れに対して優れた抵抗性を有する鋼構造製品を得ることができる。また、超音波衝撃処理後の品質保証検査を組み合わせることによって、処理を施した箇所の表層が所定の層状組織となり、さらには表面形状となっていることを確認できるため、鋼構造製品の所要箇所の環境助長割れ抵抗性を確実に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 応力腐食割れ亀裂の進展状況を示す模式図であり、(a)は、粒界が引張応力の方向に垂直な方向にある場合、(b)は、粒界のほとんどが引張応力の方向と平行する方向にある場合である。
【図2】 構造製品の超音波衝撃処理前の組織を示す図であり、(a)は、組織写真(b)は、その模式図である。
【図3】 構造製品の超音波衝撃処理後の組織を示す図であり、(a)は、組織写真(b)は、その模式図である。
【図4】 応力腐食試験片の採取状況を示す図である。
【符号の説明】
1…母材
2…溶接部

Claims (14)

  1. 鋼構造製品の応力が集中ないし残留するため環境助長割れが問題となる箇所に、先端部に1〜2mmの曲率半径を有する先端ハンマーを有する超音波衝撃装置により、その先端を振幅30μm以上60μm以下、サイクル数40kHz以上60kHz以下、出力0.2〜3kW、又は、振幅50μm以上60μm以下、サイクル数25kHz以上40kHz未満、出力0.2〜3kWのいずれかの条件で振動させ、処理対象部分を打撃する超音波衝撃処理を施し、表面から50μm以上の厚さの表層の鋼組織を結晶粒の長軸の方向と表面とが、±10°以下の角度であるとともに、結晶粒の長軸方向長さと短軸方向長さとの比が5以上であるに結晶粒からなる層状組織とすることを特徴とする鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  2. 前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所の鋼が、引張強度490N/mm級以上の鋼であることを特徴とする請求項に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  3. 前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所が、溶接ボンド部および/または溶接熱影響部を含むことを特徴とする請求項またはに記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  4. 前記層状組織の結晶粒の長軸の方向と表面とが、±10°以下の角度である結晶粒の短軸方向長さを5μm以下とすることを特徴とする請求項のいずれか1項に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  5. 前記超音波衝撃処理を施す前に、前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所及びその近傍箇所に、前処理を施すことを特徴とする請求項のいずれか1項に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  6. 前記前処理が、前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所及びその近傍箇所の内部応力および/または表面応力を変化させる処理であることを特徴とする請求項に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  7. 前記前処理が、前記金属構造製品の環境助長割れが問題となる箇所の亀裂を検出すると共に、検出された亀裂を除去する処理を含むことを特徴とする請求項又はに記載の金属構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  8. 前記超音波衝撃処理が、さらに、前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所の表面形状を応力集中係数が2以下となる形状とし、かつ表面近傍に圧縮残留応力を付与することを特徴とする請求項のいずれか1項に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  9. 前記鋼構造製品の環境助長割れが問題となる箇所に、超音波衝撃処理を施し、その後さらに、品質保証検査をすることを特徴とする請求項のいずれか1項に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  10. 前記品質保証検査は、超音波衝撃処理後の処理面が処理前に比べて、50μm以上の厚さが塑性変形していること、および処理面が応力集中係数が2以下となる表面形状となっていることのいずれか一方又は双方を確認するものであることを特徴とする特徴とする請求項に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  11. 前記品質保証検査の塑性変形の確認は、超音波衝撃処理後の処理面をスンプ法により観察し、処理していない部分に比べてその50%以上の鋼結晶粒が微細化しているかどうかを判断することによるものであることを特徴とする請求項10に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  12. 前記品質保証検査の塑性変形の確認は、超音波衝撃処理後の処理面の結晶粒度を超音波粒径測定装置により測定し、処理していない部分に比べてその50%以上の結晶粒が微細化しているかどうかを判断することによるものであることを特徴とする請求項10に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  13. 前記品質保証検査の応力集中の生じ難い表面形状の確認は、超音波衝撃処理後の処理面を型取材を用いて型取りし、型取りした面が応力を集中し難い表面形状であるかどうかを判断することによるものであることを特徴とする請求項10に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
  14. 前記品質保証検査の応力集中の生じ難い表面形状の確認は、超音波衝撃処理後の処理面を変位計を用いて測定し、その変位が応力集中の生じ難い面の変位の範囲内であるかどうかを判断することによるものであることを特徴とする請求項10に記載の鋼構造製品の環境助長割れ抵抗性向上方法。
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