JP4382933B2 - 走査型プローブ顕微鏡による二本鎖核酸の分析 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、螺旋構造を有する二本鎖核酸分子の塩基対を走査型プローブ顕微鏡の探針でプロービングすることにより、該二本鎖核酸分子を分析する方法に関する。より具体的には、そのような塩基対のプロービングを可能にするために、二本鎖DNAまたは二本鎖RNA分子の二重螺旋形状を巻き戻すことにより、その螺旋構造の内側に内包されている塩基対が外側に露出するようにして二本の核酸鎖を平行化し、これを平滑な基板表面上に配置もしくは固定化する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ゲノム情報を大規模に解析するには、DNAの塩基配列を高速に決定する手段の開発が必要である。この点に関して、DNA分子を走査型トンネル顕微鏡(STM)、原子間力顕微鏡(AFM)等の走査型プローブ顕微鏡を用いて観察することにより、その分子内にある塩基の種類を識別し、塩基配列を決定する方法は、塩基配列決定を高速化するための有力な手段として期待されている。この走査型プローブ顕微鏡を用いた観察により、二本鎖DNAに固有な螺旋構造が確認されている(Science 243: 370-372(1989), Nature 346: 294-296(1990))。しかし、塩基配列を同定できるほどにまで解像度を向上した二本鎖DNAの像は得られていない。
【0003】
走査型プローブ顕微鏡による分析において、高分解能化を図るための顕微鏡側の要素としては、例えば、▲1▼探針の先端系を小さくすること、▲2▼探針からの信号に対する感度を上げること、▲3▼探針の位置制御精度を上げること等が含まれる。
【0004】
しかし、これら顕微鏡側での要素を改善することのみによって、二本鎖DNA上の塩基対を検出および識別するには、次のような原理的な障害が存在する。
【0005】
第一は、深度方向の障害である。走査型プローブ顕微鏡は、試料の表面ないし表面近傍の構造情報のみを検出するようになっている。一方、二本鎖DNAの螺旋構造においては、塩基対は内側に配向しするため、螺旋構造を構成するリン酸基やリボースが深度方向で障害となり、螺旋構造の内側に内包されている塩基対を検出することが困難である(図1A参照)。
【0006】
第二は、水平方向の障害である。走査型のプローブ顕微鏡による高分解能観察のための条件として、常に探針の先端の一点で試料上を走査する必要がある。しかし、二本鎖DNA分子自体は、螺旋を巻いた円筒型の形状を有しているため、平滑な基板上に固着したときには、探針の側面接触が避けられない(図1B)。この状態では、探針の先端で対象DNAの表面を走査することは不可能であり、水平方向の試料位置の正確な検出を行う上での障害となる。この問題は、探針の先端径を小さくする等のような、顕微鏡側の高分解能化によって独立に解決することはできない。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その一つの目的は、走査型プローブ顕微鏡によって二本鎖核酸を分析する際に、上記のような深度方向および水平方向の障害を生じることなく、二本鎖核酸における塩基対部分の直接的プロービングを可能にすることにある。
【0008】
本発明のもう一つの目的は、上記のような塩基対部分の直接的プロービングを可能にするために、塩基対を露出させた二本鎖核酸を基板上に配置する方法を提供することである。
【0009】
本発明の他の目的については、以下の説明から明らかになるであろう。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、本発明では、二本鎖核酸の螺旋構造を巻き戻して塩基対部分を外側に露出させると共に、露出した塩基対が全て上に向いた状態で、これを平滑な表面を有する基板上に配置する。
【0011】
本発明の一つの側面に従えば、二本鎖核酸をその塩基対が全て上に向いて露出した状態で、平滑な表面を有する基板上に配置する方法であって:二本鎖核酸の塩基対間に差し込まれて二本鎖核酸の二重螺旋構造を巻き戻すことができるインターカレート試薬を二本鎖核酸と反応させ、該二本鎖核酸の螺旋構造を解消して二本鎖を平行化することにより、前記二本鎖核酸の全ての塩基対を、平行化された二本鎖核酸の基準面の片側に配向させる工程と;上記のように平行化された二本鎖核酸を、その塩基対を上に向けて、平滑な表面を有する基板上に配置する工程とを具備する方法が提供される。
【0012】
本発明のもう一つの側面に従えば、二本鎖核酸をその塩基対が全て上に向いて露出した状態で、平滑な表面を有する基板上に固定化する方法であって:二本鎖核酸の塩基対間に差し込まれて二本鎖核酸の二重螺旋構造を巻き戻すことができるインターカレート試薬を、二本鎖ホスホロチオエート核酸と反応させ、該二本鎖ホスホロチオエート核酸の螺旋構造を解消して二本鎖を平行化することにより、前記二本鎖ホスホロチオエート核酸の全ての塩基対を、平行化された二本鎖核酸の基準面の一方の側に配向させる工程と;上記のように平行化された二本鎖ホスホロチオエート核酸を、その塩基対を上に向けて、平滑な表面を有し且つ硫黄との特異的親和性を有する基板上に配置すると共に、前記基準面の他方の側に配向したホスホロチオエートの硫黄原子を介して、前記基板の表面に固着させる工程とを具備する方法が提供される。
【0013】
その場合、前記平行化された二本鎖ホスホロチオエート核酸を、高密度で前記基板上に配置し、前記基準面の他方の側に配向したホスホロチオエートの硫黄原子を介して前記基板の表面に固着させると共に、前記平行化した二本鎖ホスホロチオエート核酸の側面に表れた硫黄を介して、隣接する平行化した二本鎖ホスホロチオエート核酸を相互に架橋して整列させるのが好ましい。このようにして隣接する二本鎖ホスホロチオエート核酸を相互に架橋した重合体は新規であり、本発明の一つの側面を構成する。
【0014】
本発明の他の側面に従えば、上記何れかの方法により前記基板上に配置または固定化された二本鎖核酸を、走査型プローブ顕微鏡によりプロービングすることを特徴とする、二本鎖核酸の分析方法を提供する。
【0015】
なお、本発明において「基準面」とは、平行化された二本鎖拡散の厚さ方向の中心点を結ぶ平面を言う
【0016】
【発明の実施の形態】
以下、夫々の項目毎に本発明の詳細を説明する。
【0017】
<二本鎖核酸>
本発明において、二本鎖核酸とは、相補的な塩基配列を有する二本の一本鎖核酸が、塩基対形成により合体して二本鎖を形成したものを言う。従って、本発明の二本鎖核酸には、二本鎖DNAおよび二本鎖RNAの両者が含まれるだけでなく、DNAとRNAとのハイブリッド二本鎖も含まれる。また、ホスホロチオエートDNAのような、核酸誘導体も含まれる。以下では、二本鎖DNAを例に説明するが、本発明は上記の何れの二本鎖核酸に対しても同様に適用できるものである。
【0018】
<走査型プローブ顕微鏡>
本発明は、二本DNA分子を走査型プローブ顕微鏡で分析する際に有用である。ここで、走査型プローブ顕微鏡とは、原子レベルでの観察が可能な走査型顕微鏡の総称であり、走査型トンネル顕微鏡(scanning tunneling microscopy;STM)、原子間力顕微鏡(atomic force microscopy;AFM)が含まれる。AFMは斥力型、引力型およびタッピング型(「タッピング型」は、アメリカ合衆国カリホルニア州サンタバーバラに所在するデジタルインスツルメント社の登録商標)等に大別されるが、この分野の研究は著しく進展している最中であり、摩擦力顕微鏡、マクスウエル応力顕微鏡、磁気力顕微鏡、フォトン走査型トンネル顕微鏡等の新しい顕微鏡が開発されつつある。本発明における走査型プローブ顕微鏡とは、その趣旨に鑑み、現在知られているものに限らず、原子レベルの分解能を有する顕微鏡であれば将来開発されるものをも含む。
【0019】
上記の走査型プローブ顕微鏡によるDNA分析は、分子集合体としての性質に基づく従来の分析とは異なり、1個のDNA分子自体を分析できるという特徴を有する。従って、原理的には、1分子のDNAが存在すれば分析が可能であり、多くのクローンを作製する必要がないという利点を有する。
【0020】
<インターカレーション試薬>
本発明では、二本鎖DNAを走査型プローブ顕微鏡で分析する際の深度方向の障害を解決するために、二本鎖DNAにおける螺旋構造のねじれを解消させて平行化させる。そして、二本鎖DNAの全ての塩基対を、平行化された二本鎖DNAの基準面の一方の側に配向させる。ここで、「基準面」とは、平行化された二本鎖DNAの厚さ方向の中心点を結んだ平面を言う。更に、こうして配向させた塩基対を全て上に向けて、平行化された二本鎖DNAを基板上に配置することにより、リン酸基やリボースの障害を除き、走査型プローブ顕微鏡の探針が塩基に接近できるようにする。すなわち、二重螺旋構造を解き、塩基を露出させることによって、プロービングの際の深度方向の障害を解消する方針をとる。
【0021】
そのための具体的な手段として、第一に、インターカレーション試薬を用いる。インターカレーション試薬とは、塩基対の間に挟まる形で二本鎖DNAに結合する物質であり、この試薬の多くは、抗生物質あるいは抗ガン剤として働くことが知られている。このようなインターカレーション試薬の例としては、下記の化学式a〜eで表される化合物が含まれる。好ましくは、式c〜式eのようなポリピリジン系配位子を有する金属錯体(以下、ポリピリジン配位金属錯体という)およびその類縁体であり、最も好ましくは式c〜式dの化合物である。
【0022】
【化1】
【0023】
なお、式a〜cの化合物の名称は、それぞれ次の通りである。
【0024】
式a: エチジウム(ethidium)
式b: プロフラビン(proflavine)
式c: 2−ヒドロキシエタンチオラト(2,2',2''−ターピリジン)
プラチナム(II)
2-Hydroxyethanethiolato(2,2',2''-terpyridine)platinum(II)
式d: 2,2'−ビピリジン(エチレンジアミン)プラチナム(II)
(2,2'-Bipyridine)(ethylendiamine)platinum(II)
式e: 2,2'−ビピリジンジクロロプラチナム(II)
(2,2'-Bipyridine)dichloroplatinum(II)
多くのインターカレーション試薬において、二本鎖DNAの螺旋構造を解消する作用が確認されている(Nucleic Acids in Chemistry and Biology, Oxford University Press. P3463-3468; Nature 287:561-563 (1980); Nature 276:471-474 (1980))。上記のインターカレーション試薬は、二本鎖DNA分子に結合して、その構造変化を誘導する。例えば、上記式cおよび式dのポリピリジン配位金属錯体は、飽和状態では塩基対1残基おきに塩基対の間に挟まるインターカレーション試薬である(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 72: 4825-4829;Nature 287: 561-563 (1080))。ポリピリジン配位金属錯体は、塩基対の間隔を広げることでDNA分子を縦方向に延ばし、螺旋構造を解消し、平行化する(Nature 287: 561-563 (1980))。ただし、この二本鎖DNAの平行化を確認する実験においていては、DNAは、束ねた状態でX線繊維回折像を取るために用いられており、塩基を露出することを目的とせず、実際に塩基は露出されていない。ポリピリジン配位金属錯体以外のインターカレーション試薬によっても、螺旋構造がゆるむことは報告されているが、完全に平行化することを確認した例はない。更に、ポリピリジン配位金属錯体に限らず、二本鎖DNAの塩基対を露出するための手段としてインターカレーション試薬が利用された例はない。
【0025】
上記のように、本発明ではインターカレーション試薬、特に好ましくはポリピリジン配位金属錯体を用いる。この試薬の結合により二本鎖DNAは平行化する。その際、図1に示すように、螺旋構造の内側に内包されていた塩基対(図1上)は、図1下に示すように、平行化された二本鎖DNAの厚さ方向の中心点を結ぶ平面、即ち基準面の片側に寄る。即ち、螺旋構造を有する二本鎖DNAは、ポリピリジン配位金属錯体(明るい部分)の結合を受け、螺旋構造が解消し、平行化した二本鎖DNA分子となる。側面図から分かるとおり、塩基(暗い部分)はこのとき基準面の片側(この場合は図の上側)に寄り、一方リン酸基及びリボース(中間の明るさの部分)はうねりながら他の片側(この場合は図の下側)に寄る。このことはArnottら(Nature 287: 561-563 (1980))によって示されているが、彼等の場合には、ポリピリジン配位金属錯体と結合したDNAは束ねられており、片側に寄った塩基対は露出していない。
【0026】
本発明では、この片側に寄った塩基対を一様に表側に向けて配置することにより、全ての塩基対に対して走査プローブ顕微鏡の探針の接近を可能とするものである。即ち、本発明において、ポリピリジン配位金属錯体等のインターカレーション試薬は、走査プローブ顕微鏡を用いて塩基対が観察できるように、これを露出するという新規な用途に用いられるものである。
【0027】
<平行化した二本鎖DNAの基板上への配置>
こうして、インターカレーション試薬により塩基対部分を露出した二本鎖DNAを、露出した塩基対部分を上に向けて、平滑な表面を有する適切な基板上に配置することにより、走査型プローブ顕微鏡による塩基配列の分析が可能になる。そのための基板としては、例えば、銀、白金等の酸化を受け難い金属基板、炭素配合白金基板、酸化シリコン基板、マイカの劈開面、黒鉛の劈開面、石英基板、ガラス基板等が挙げられる。また、チオール基を有する有機分子を金または銀の平滑基板上に層状に吸着させた自己集合膜;脂質分子を任意の平滑基板に層状に吸着させたラングミュアー・ブロジェット膜;マイカ、シリコン、もしくはガラスの表面をシランカップリング剤によって処理したシラン化基を用いてもよい。
【0028】
平行化されたDNA分子を上記のような基板表面にランダムに配置したときでも、その中の幾つかは、露出した塩基対部分を上に向けて配置されることになる。既述したように、走査型プローブ顕微鏡によれば、1分子でも目的のDNAがあれば所望の分析を行うことができる。従って、基板表面への配置に特別な手段を用いなくても、所望の塩基対部分を探針でプロービングすることができる。しかし、次のような手段を用いることにより、露出した塩基対部分を上に向けて基板上に固定するのが好ましい。
【0029】
<硫黄を介した基板表面への結合>
以下の説明では、インターカレート試薬により平行化された二本鎖DNAの基準面に平行な平面であって、塩基が外から接する平面を塩基面と称し、リン酸基に外から接する平面をリン酸面と称する(図2参照)。図2では、平行化した二本鎖DNAの配置に対して、上方の平面が仮想的な塩基面を表し、下方の平面が仮想的なリン酸面を表す。走査プローブ顕微鏡で塩基面を観察するには、塩基面が表側になければならない。つまり、平行化された二本鎖DNAは、リン酸面が基板面に対面する形で基板に固着される必要がある。
【0030】
リン酸面の基板への吸着を促進するために、ある種の基板に対する硫黄の持つ特異的親和性を利用することができる。すなわち、金表面に対して、硫黄原子は強い非特異的吸着をすることで知られている(J Am. Chem. Soc. 105: 4481-4483 (1983))。そこで、基板として平滑な金基板を用いると共に、二本鎖DNAとしては、DNAのリン酸基においてリン酸基にある酸素のうちの一つを硫黄に置換した二本鎖ホスホロチオエートDNAを用いる(図3参照)。
【0031】
図3は、二本鎖ホスホロチオエートDNA分子を模式的に表している。網掛けされた硫黄原子(S)は、通常のDNAでは酸素原子である。これが硫黄原子に置き換わった二本鎖DNAが二本鎖ホスホロチオエートDNAである。ここで、baseは塩基を表す。この二本鎖ホスホロチオエートDNAにおけるリン酸基の硫黄を金基板に吸着させることで、平行化されたDNAはリン酸面を基板に向けて固着され、従って塩基対面は表側に露出される(図4参照)。図4において、硫黄によって置換された部分は黒い原子像で示されている。一部の硫黄(正面図、側面図ともに小さい矢印の位置)が基板面に接することができるのに対して、他の硫黄(正面図、側面図ともに大きい矢印の位置)は平行化した二本鎖ホスホロチオエートDNAの側面に張り出している。平行化した二本鎖DNA分子のしたにある長方形は金基板の断面を表している。
【0032】
なお、銀基板、白金基板を用いたときにも同様の効果が得られる。以下では金基板を用いた場合について説明するが、これらの説明は、銀基板および白金基板のような硫黄との特異的親和性を有する他の基板を用いた場合にもあてはまる。従って、本発明は硫黄との特異的親和性を有する如何なる基板を用いた場合をも包含するものであり、金基板を用いた場合に限定されない。
【0033】
上記のような二本鎖ホスホロチオエートDNAは、DNAを鋳型として、α−チオ−デオキシヌクレオシド三燐酸を反応基質としたPCRにより合成することができる。
【0034】
なお、リン酸部分の酸素を硫黄に置換したDNA誘導体の従来例としては、硫黄をDNAの末端のリン酸基に導入した場合と、ヌクレオシド間を結ぶリン酸基に導入した場合がある。末端のリン酸基に硫黄を導入した場合については、一本鎖DNAあるいは二本鎖DNAの5’末端のリン酸基にメルカプトヘキサノールをエステル結合させた場合(J Am. Chem. Soc. 119: 8916-8920 (1997)、FEBS Lett. 336: 452-456 (1993))などの報告がある。また、ヌクレオシド間を結ぶリン酸基に硫黄を含有したDNA、すなわち、ホスホロチオエートDNA(phosphorothioate DNA、図3参照)を用いた場合については、一本鎖DNAについてのみ、金基板に吸着させた場合(J. Phys. Chem. 98: 8742-8746 (1994))について報告がある。
【0035】
その他、ホスホロチオエートDNAにはヌクレアーゼによる分解に対する耐性が認められており、これを利用して、生体内で特定の遺伝子の機能発現を抑制するアンチセンスDNAとしての有用性が期待されている。実際ホスホロチオエートDNAは主にこれを目的として開発されている。
【0036】
要するに、DNA分子二本鎖の両方のリン酸基に硫黄を導入すること、つまり、二本鎖ホスホロチオエートDNA分子を用いることによって、DNAを金基板に固着させた例は知られていないない。
【0037】
<硫黄のDNA同士の結合への利用>
走査型プローブ顕微鏡によりDNAを分析する際の、既述した水平方向の障害を解決するために、本発明では、上記のようにして平行化したDNA分子同士を隣り合わせ、DNAで基板面を覆うことによって、探針がDNA分子に側面接触しないようにする。これによって、常に探針の先端部分で試料上を走査することができ、水平方向での試料位置の正確な検出を行うことが可能となる。すなわち、側面接触の問題を解決するための基本方針として、平行化した二本鎖DNA分子が密に整列した重合体を作製する。
【0038】
ポリピリジン配位金属錯体で二本鎖DNAを飽和して平行化した場合、ポリピリジン配位金属錯体は、一塩基対置きに塩基対の間に挟まる。ポリピリジン配位金属錯体が挟まっていない塩基対を結ぶリン酸基はリン酸面側、即ち、平行化したDNAの裏に潜り込み、そのリン酸基の硫黄は上述のごとく金基板に結合する(図4参照)。一方、ポリピリジン配位金属錯体が挟まっている塩基対を結ぶリン酸基は、平行化したDNAの側面に張り出す(図4参照)。金基板面上における平行化されたDNA分子の密度を高めると、この側面に張り出したリン酸基の硫黄同士が隣り合う配置をとることが可能となる。これらの硫黄はジスルフィド結合(disulfide bond)を形成するので、平行化したDNA分は互いに側面で結合して整列する。
【0039】
なお、従来技術においては、一本鎖、二本鎖いずれの場合についても、ホスホロチオエートDNAの硫黄同士の結合を介在させて、DNA分子間に結合を形成した例はない。また、このようなジスルフィド結合によりDNAを平滑な基板上へ高密度固定化、整列化した例はない。
【0040】
しかし、螺旋構造を維持した状態でのDNAの高密度固定化、整列化については、次のような従来例が知られている。本来、中性水溶液中では、二本鎖DNAのリン酸基は陰イオン化しており、これにより負に帯電したDNAは、静電気的に互いに反発し、拡散状態にある。この拡散状態を解消して、二本鎖DNAの平滑な基板上に高密度固定化、整列化するための従来技術は、次の2つに分類される。
【0041】
第1は、負に帯電した二本鎖DNAが陽イオン性脂質膜へ吸着することを利用する方法である。この方法により、二本鎖DNAは高密度に脂質膜面に吸着する(Nanobiology 4: 93-100(1996))。さらに脂質膜をある方向に引き延ばすことにより、その上に吸着した二本鎖DNAを配向させることが可能である(J Am. Chem. Soc. 118: 10679-10683(1996))。
【0042】
第2は、二本鎖DNA分子間で互いに一本鎖を橋渡し、橋渡しされた箇所で隣のDNAと結合させ、これにより二本鎖DNAを高密度に基板上に固着、整列させる方法である(Nature 394: 539-544(1998))。
【0043】
いずれの方法も螺旋構造を維持した状態での、高密度固定化、整列化である。螺旋構造が解消された状態での、高密度固定化、整列化を実現した例はない。
【0044】
<固着、整列したDNA重合体>
上記方法により、平行化したDNAは塩基対を露出し、互いに側面で接するように金基板の上に整列したDNA重合体(図5参照)を形成する。この構造体は、これまでに報告されていない新規な化合物である。
【0045】
図5において、上方の空間充填モデルは、2つの横方向に並んだ平行化した二本鎖ホスホロチオエートDNAを、金基板に接するリン酸面側から見たものである。二本鎖ホスホロチオエートDNAが並んで側面で接している部分において、互いに一部の硫黄(黒い原子像)が対を形成している。この部分が硫黄のジスルフィド結合であり、隣接する平衡化した二本鎖ホスホロチオエートDNAを相互に横方向に固定している。対を形成していない硫黄(黒い原子像)は、図面手前にくる金基板に吸着し、平行化した二本鎖ホスホロチオエートDNAを金基板に固定している。
【0046】
図5下の模式図は各原子の結合関係を明示した図である。斜線部分は、金基板である。ポリピリジン配位金属錯体(intercalatorで示されている)が挟まっていない塩基をつなぐリン酸基硫黄(S)では、金基板に吸着しているのに対して、ポリピリジン配位金属錯体(intercalatorで示されている)が挟まっている塩基をつなぐリン酸基の硫黄(S)では、隣り合う二本鎖DNAの二つの硫黄がジスルフィド結合を形成している。baseは塩基を表す。
【0047】
<他の用途>
既述したところから明らかなように、本発明は、走査型プローブ顕微鏡による二本鎖DNAの塩基対を直接プロービングするために有用である。しかし、他の用途についても適用することが可能性である。
【0048】
例えば、DNAは三本鎖を形成することができるので、上記のように塩基対を露出させて基板上に固定された二本鎖DNAは、他の相補的DNAを捕捉するためのプローブとして使用することも可能である。即ち、本発明の方法により基板上に固定された二本鎖DNAは、DNAチップ(Science 251:767-773 (1991)参照)のプローブとしても使用できる可能性がある。
【0049】
また、DNAは或る程度の電流を通すので、上記のようにして基板に固定されたDNAを回路素子として使用することも可能である。
【0050】
更に、螺旋を巻き戻して平行化された二本鎖DNAは光学異性を有するので、上記のDNA重合体は、偏光板等の光学素子として使用することも可能である。
【0051】
【実施例】
以下、具体的な実験例に基づいて本発明を更に詳細に説明する。
【0052】
この実験例では、まず二本鎖ホスホロチオエートDNAを合成する。合成後、不純物を除去し、ポリピリジン配位金属錯体を加えて混合し、飽和させる。次いで、平滑な金基板を用意し、これに混合溶液を加えた後、洗浄液で流しとる。その後、乾燥した金基板を走査型プローブ顕微鏡で観察する。
【0053】
例 1: 二本鎖ホスホロチオエートDNAの合成
硫黄含有DNAの合成にはPCR(polymerase chain reaction)法を用いる。α位のリンに対して酸素の代わりに硫黄を結合しているヌクレオチド(α-thio-deoxynucleoside triphosphate)を用いて、市販PCR装置でPCRを行った。PCRの鋳型DNAとしてM13mp18DNAを用い、プライマーとして以下の二種類のオリゴヌクレオチドを用いて、230残基長の二本鎖ホスホロチオエートDNAを合成した。これをフェノール/クロロフォルム溶液と攪拌混合して、反応液に含まれるタンパク質成分を除去し、また、プライマーDNAをゲル濾過カラムで除去して、二本鎖ホスホロチオエートDNAを精製した。
【0054】
PCR反応に用いたオリゴヌクレオチドは下記の通りであり、各オリゴヌクレオチドは右側が5´末端である。
【0055】
CGCTTTCAGGTCAGAAGG
GCCTGAGTAGAAGAACTC
例 2: ポリピリジン配位金属錯体の合成
ポリピリジン配位金属錯体である2,2’−ビピリジンエチレンジアミンプラティヌム(II)(式d)を合成する(J. Chem. Soc. 965 (1934)に従ったJ. Chem. Educ. 58: 589-593 (1981)の方法を用いた)。2,2’−ビピリジンジクロロプラティヌム(II)(式e)0.42グラムとエチレンジアミン(ethylenediamine)100マイクロリットルを50ミリリットルの蒸留水の入ったフラスコに入れ、約30分間かき混ぜながら水浴中で加熱沸騰する。溶液が中性に戻れば反応は完了する。水溶液を濾過し、濾液を脱気乾燥させる。乾燥させた生成物にエタノールを加え溶解させる。エタノール溶液を濾過する。濾液を再び脱気乾燥した後、水に溶解させる。
【0056】
例 3: ポリピリジン配位金属錯体による二本鎖ホスホロチオエートDNAの平行化
100ナノグラムの二本鎖ホスホロチオエートDNAに対して、5マイクログラムのビピリジンエチレンジアミンプラティヌム(II)を混合して、100マイクロリットルとして2日間放置する。
【0057】
例 4: 平滑な金基板の作製
市販の金属蒸着装置に、蒸着面に加熱装置を備え付けたものを用いる。1センチメートル四方のマイカを劈開し、新しく表れた劈開面を表にして、蒸着室内の蒸着面に複数設置する。フィラメントに金ロッドを置き、蒸着室を閉じる。蒸着室の排気を行い、蒸着面のマイカを400度に熱する。真空度が10-7トールに到達したら、金をマイカ上に蒸着する。蒸着後金をマイカ上でアニールするために、蒸着面の温度を580度に上げ、3時間放置する。加熱を止め、自然放冷する。
【0058】
例 5: 金基板への平行化二本鎖DNAの添加
金基板に上記DNA溶液を添加し、室温で2時間放置する。蒸留水で金基板上を洗った後、真空デシケータで金基板を乾燥させる。
【0059】
例 6: 走査型プローブ顕微鏡による観察
DNAの添加処理された金基板を走査型プローブ顕微鏡の試料台に載せ、観察する。
【0060】
対照試料も含めた原子間力顕微鏡による観察の結果を、図7〜図11に示す。原子間力顕微鏡はデジタルインスツルメント社のナノスコープ3を用い、タッピングモードで観察し、アンプリチード信号を画像化した。各図に表れている暗い穴は、平滑な金表面の間にできたくぼみである。平滑な金表面は、所々段差を形成しているが、それ以外の部分は金の(111)単結晶面からなる。
【0061】
図7は、例1の方法において、二本鎖ホスホロチオエートDNAの代わりに通常の二本鎖DNAを合成し、ポリピリジン配位金属錯体を加えずに、金基板上に吸着したものを原子間力顕微鏡で観察したものである。
【0062】
通常の二本鎖DNAは、金表面に吸着するが、丸い凝集体となって表れている。
【0063】
図8は、例1の方法において、二本鎖ホスホロチオエートDNAの代わりに通常の二本鎖DNAを合成し、例2で作成したポリピリジン配位金属錯体を加えて、金基板上に吸着したものを原子間力顕微鏡で観察したものである。
【0064】
ポリピリジン配位金属錯体と結合した通常の二本鎖DNAは、丸い凝集体とはならず、ひも状の形態のままで金基板に付着している。これは、ポリピリジン配位金属錯体の結合により、二本鎖DNAの取り得る形態の自由度が減少し、剛性が高まったためと考えられる。
【0065】
図9は、例1の方法で合成した二本鎖ホスホロチオエートDNAを、ポリピリジン配位金属錯体を加えずに、金基板上に吸着したものを原子間力顕微鏡で観察したものである。
【0066】
二本鎖ホスホロチオエートDNAは、図7と同様に丸い凝集体となって表れているが、所々で互いに隣接し、あるいは、凝集体から足を伸ばして互いに接着している。これは、DNAに含まれる硫黄がジスルフィド結合を形成し、DNAが互いに接着する性質を帯びたためと考えられる。
【0067】
図10は、例1の方法で合成した二本鎖ホスホロチオエートDNAに、例2で作成したポリピリジン配位金属錯体を加えて、金基板上に吸着したものを原子間力顕微鏡で観察したものである。
【0068】
二本鎖ホスホロチオエートDNAは、図8と同様にひも状の形態のままで、金基板上に吸着している。また、この図の上半分はDNAの密度が高く、しかも左上から右下に整列していることが確認できる。
【0069】
図11は、図10と同じ試料を高倍率で観察した画像である。画面一面DNAが整列しているのが分かる。
【0070】
【発明の効果】
以上詳述したように、本発明によれば、二本鎖核酸を巻き戻して平行化することにより、塩基対部分を片面側に露出させて基板上に配置することができる。従って、二本鎖核酸を走査型プローブ顕微鏡で分析する際に、深度方向および水平方向の障害を伴わずに塩基対部分を探針でプロービングすることができる等、顕著な効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】ポリピリジン配位金属錯体の結合により平行化した二本鎖DNA分子の空間充填モデル図である。
【図2】平行化した二本鎖DNAにおける塩基面、リン酸面を表した空間充填モデル図である。
【図3】二本鎖ホスホロチオエートDNA分子の模式図である。
【図4】ポリピリジン配位金属錯体により平行化した二本鎖ホスホロチオエートDNAの空間充填モデル図である。
【図5】平行化したホスホロチオエートDNAが互いに側面で接した空間充填モデル図、模式図である。
【図6】二本鎖DNA分子を走査型プローブ顕微鏡により分析する際の問題点を説明するための模式図である。
【図7】通常の二本鎖DNAを平滑な金基板上に吸着したものを原子間力顕微鏡にて観察した画像である。
【図8】通常の二本鎖DNAにインターカレーション試薬を加えた上で、平滑な金基板上に吸着したものを原子間力顕微鏡にて観察した画像である。
【図9】二本鎖ホスホロチオエートDNAを平滑な金基板上に吸着したものを原子間力顕微鏡にて観察した画像である。
【図10】二本鎖ホスホロチオエートDNAにインターカレーション試薬を加えた上で、平滑な金基板上に吸着したものを原子間力顕微鏡にて観察した画像である。
【図11】図11と同様の試料をより高い倍率で観察した画像。
Claims (5)
- 二本鎖核酸を、その塩基対が全て上に向いて露出した状態で、平滑な表面を有する基板上に配置する方法であって:
二本鎖核酸の塩基対間に差し込まれて二本鎖核酸の二重螺旋構造を巻き戻すことができるインターカレート試薬を二本鎖核酸と反応させ、該二本鎖核酸の螺旋構造を解消して二本鎖を平行化することにより、前記二本鎖核酸の全ての塩基対を、平行化された二本鎖核酸の基準面の片側に配向させる工程と、
上記のように平行化された二本鎖核酸を、その塩基対を上に向けて、平滑な表面を有する基板上に配置する工程とを具備する方法。 - 二本鎖核酸を、その塩基対が全て上に向いて露出した状態で、平滑な表面を有する基板上に固定化する方法であって:
二本鎖核酸の塩基対間に差し込まれて二本鎖核酸の二重螺旋構造を巻き戻すことができるインターカレート試薬を二本鎖ホスホロチオエート核酸と反応させ、該二本鎖ホスホロチオエート核酸の螺旋構造を解消して二本鎖を平行化することにより、前記二本鎖ホスホロチオエート核酸の全ての塩基対を、平行化された二本鎖核酸の基準面の一方の側に配向させる工程と、
上記のように平行化された二本鎖ホスホロチオエート核酸を、その塩基対を上に向けて、平滑な表面を有し且つ硫黄との特異的親和性を有する基板上に配置すると共に、前記基準面の他方の側に配向したホスホロチオエートの硫黄原子を介して、前記基板の表面に固着させる工程とを具備する方法。 - 請求項2に記載の方法であって、前記平行化された二本鎖ホスホロチオエート核酸を、高密度で前記基板上に配置し、前記基準面の他方の側に配向したホスホロチオエートの硫黄原子を介して前記基板の表面に固着させると共に、前記平行化した二本鎖ホスホロチオエート核酸の側面に表れた硫黄を介して、隣接する平行化した二本鎖ホスホロチオエート核酸を相互に架橋して整列させることを特徴とする方法。
- 請求項1〜3の何れか1項に記載の方法により、前記基板上に配置または固定化された二本鎖核酸を、走査型プローブ顕微鏡によりプロービングすることを特徴とする、二本鎖核酸の分析方法。
- 請求項3に記載の方法により、高密度で前記基板上に吸着されると共に、隣接する二本鎖ホスホロチオエート核酸を相互に架橋された核酸重合体。
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