JP4321899B2 - 尿中ミオグロビンの安定化方法およびこれに用いる安定化剤 - Google Patents

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Description

【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、尿中ミオグロビンの安定化方法に関するもので、特に低温保存や凍結融解のみならず、室温保存をした場合であっても、尿中ミオグロビンの免疫学的測定値の低下を防止することのできる尿中ミオグロビンの安定化方法およびこれに用いる安定化剤に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
ミオグロビンは、動物の骨格筋組織中に存在するヘムタンパク質で酸素を貯蔵する役割を担っている。ヒトミオグロビンは、分子量約17500を持ち、153アミノ酸残基で構成される、1本のペプチド鎖に1つのヘム分子を付加した構造を有する。心筋梗塞のような筋肉組織の損傷が生じると、数時間の内に血中や尿中のミオグロビン濃度が顕著に上昇する。近年では、筋肉組織の損傷に伴うミオグロビン濃度の上昇が腎障害をもたらすことも指摘されている(Clin.Nephrol.,38,193-5;1992)。
【0003】
従って尿中のミオグロビン濃度を高い精度で測定することは、心臓疾患や腎疾患を診断する上で極めて重要な意義がある。また、尿中ミオグロビンの測定による病態診断は、血中ミオグロビンの測定と異なり、非侵襲的であり、今後とも推奨される診断方法である。
【0004】
しかしながら、この尿中ミオグロビンの測定に際しては、試料中のミオグロビンの安定性が問題となる。一般に、尿中ミオグロビンでは、尿を室温で保存した場合には、測定値の低下が著しいことが知られている。たとえ尿を採取直後に凍結したとしても、測定値が大きく低下する検体が存在する。
【0005】
尿中ミオグロビンの保存安定性がpHを8.0〜9.5に調整することによって改善できることを見出し、免疫学的な測定に応用した報告が有る(Clin.Chem.,40,796-802;1994)。
この報告では、尿試料のpHをNaOHでpHを8.0〜9.5に調整し、冷蔵保存でも12日間に亘って安定した測定値が得られることを確認している。
【0006】
しかしながら、尿試料のpHを8.0〜9.5とする方法は、必ずしも全ての尿試料において有効なわけではないことが明らかとなった。即ち、試料によってはある程度ミオグロビンの測定値を安定に維持できるが、全く安定化効果を期待できない試料も多く観察された。また、NaOHのようなアルカリ成分でpHを調整すると、沈殿を生じてしまう検体がしばしば観察された。尿中の沈殿は均一な試料の採取を妨害するので望ましい現象ではない。
【0007】
さらに、尿試料を凍結した場合には、凍結融解操作のたびにミオグロビンの測定値が低下する現象も確認された。凍結融解に伴う測定値の低下現象は、上述のアルカリ処理では解消することができなかった。
【0008】
その他尿試料中の成分の安定性を改善する方法としては次のようなものがある。尿試料を予めアルカリ処理してから免疫学的な測定のための試料とする技術が提案され(特開平8−166382号公報)、メタンフェタミンのような特定の分析対象成分を測定するに際し、反応を阻害する成分の影響を抑制するためにアルカリ成分を利用している。
【0009】
さらに、50mM前後の炭酸水素塩を尿に加えて寒冷下で白濁する現象を防ぐ技術が提案され(特開昭53−141695号公報)、EDTAとの併用によって白濁現象の防止効果を更に向上させている。
【0010】
しかしながら、上記公報では、いずれも尿試料中におけるある種の分析対象成分を測定するに際して、反応を阻害する現象を防止する技術を開示しているに過ぎず、尿中ミオグロビンの保存安定性については全く示唆されていない。
【0011】
この尿中ミオグロビンの保存安定性を改善することを目的として、所定量のアジ化ナトリウムおよびEDTA・3Na を組み合わせた安定化剤が提案されている(特開平10−282095号公報)。
【0012】
しかしながら、この安定化剤では、4℃で保存した場合に3週間に亘って尿中のミオグロビンを安定化することができるが、凍結融解に伴う測定値の低下が著しいことが確認された。
【0013】
この問題を解決するため、本出願人は、炭酸水素塩、アジ化物(実施例:アジ化ナトリウム)およびキレート剤に加えて、界面活性剤を含有させることにより、凍結融解をした場合であっても、尿中ミオグロビンの免疫学的測定値の低下を防止できる尿中ミオグロビンの安定化方法およびこれに用いる安定化剤を既に提案している(特開平11−60600号公報)。
【0014】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、最近、アジ化物のうち、アジ化ナトリウムは劇毒物指定品となり(政令第405号:毒物及び劇物指定令の一部を改正する政令)、一般的に使用することは好ましくはないのが実状である。
【0015】
従って本発明は、こうのような従来の課題に着目してなされたものであって、上記アジ化ナトリウムを使用しなくとも、長期間に亘って尿中ミオグロビンを安定に維持することができる尿中ミオグロビンの安定化方法およびこれに用いる安定化剤を提供することを目的とする。
【0016】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、尿試料中にヘモグロビンおよび/またはヘモグロビン分解物、および必要に応じて炭酸水素塩および/またはキレート剤を含有させることにより、低温で保存した場合や凍結融解した場合のみならず、室温保存した場合であっても、尿中ミオグロビンを長期間に亘って安定化できることを見出し、本発明に到達した。
【0017】
本発明の上記の課題は、尿試料中にヘモグロビンおよび/またはヘモグロビン分解物、および必要に応じて炭酸水素塩および/またはキレート剤を含有させたことを特徴とする尿中ミオグロビンの安定化方法およびこれに用いる安定化剤より達成された。
【0018】
以下、本発明について更に詳細に説明する。
【0019】
本発明に使用するヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物は、特に制限されないが、哺乳動物の血液より分離精製されたものが好ましい。その具体例としては、例えばヒト、牛、馬、羊、ヤギ、ウサギおよびブタからなる群から選択される少なくとも1種が挙げられ、ヘモグロビン分解物としては、酵素処理したヘム鉄が挙げられる。
【0020】
本発明においては、尿試料中にヘモグロビンおよび/またはヘモグロビン分解物を0.1〜40mg/mL、好ましくは0.1mg/mLとなるように含有させる。
ヘモグロビン等の濃度が0.1mg/mL未満になると、十分な安定化効果が得られず、また40mg/mLを超えても、これ以上の安定化効果は得られない。
【0021】
尿試料中では、一般に中性付近のpHで沈殿を生ずることがあり、これに伴って測定値にバラツキが生ずる。この沈殿は、尿中に含まれている塩類の種類や濃度、またはpH等の要因によって生成すると考えられている。
本発明においては、この沈殿は、尿試料中に炭酸水素塩および/またはキレート剤を含有させることによって防止することができ、これに伴って尿中ミオグロビンの測定値を検体を問わず略一定に維持することができる。
【0022】
本発明に使用する炭酸水素塩は、公知の炭酸水素塩の中から適宜選択して使用することができる。その具体例としては、例えば炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムおよび炭酸水素アンモニウムから成る群から選択される少なくとも1種が挙げられる。
【0023】
本発明においては、尿試料中に炭酸水素塩を5.00〜500mM、好ましくは10〜100mM、より好ましくは30mMとなるように含有させる。炭酸水素塩化合物の濃度が5.00mM未満になると、尿検体によっては安定化効果が不十分な場合が生じ、逆に500mMを超えると、沈殿の原因となりやすく、却って測定値が低下する。
【0024】
上述したように、尿中に含まれている塩類の種類や濃度、またはpH等に起因して沈殿が生成することがある。この沈殿は、尿試料中に炭酸水素塩とは別に、キレート剤を含有させることによっても防止することができ、これに伴って尿中ミオグロビンの安定化効果をより一層向上させることができる。但し、この沈殿は、尿中の塩類やpHに起因して常に生成するのではないため、キレート剤は必要に応じて適宜添加すれば良い。
【0025】
キレート剤は、尿試料中に1.00〜160mM、好ましくは5〜80mM、より好ましくは40mMとなるように含有させる。キレート剤の濃度が1.00mM未満になると、尿中におこる沈殿を効果的に防止できないため、安定化効果が不十分となり、逆に160mMを超えると、免疫反応が阻害され、却って測定値が低下する。
【0026】
本発明に使用する沈殿防止作用を有するキレート剤は、公知のキレート剤の中から適宜選択して使用することができる。このようなキレート剤としては、例えばエチレンジアミン4酢酸(EDTA)、2−シクロヘキサンジアミン4酢酸、メチレンジアミン4酢酸、イミノ2酢酸などが挙げられるが、特にEDTAまたはその塩が好ましい。
【0027】
本発明においては、特に必要とされないが、公知のたんぱく質保護剤を必要に応じて加えることによってミオグロビンの安定化効果をより一層高めることができる。このようなたんぱく保護剤としては、アルブミンやゼラチンに代表される不活性たんぱく質等を挙げることができる。
【0028】
アルブミンは、任意のものを使用することができるが、特に動物の血清や卵白に由来するアルブミンが好ましい。その具体例としては、ウシ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、並びにこれらの動物の幼獣、または胎児の血液に由来するアルブミンが挙げられる。
このアルブミンには、上記したもの以外にその酵素分解物も知られているが、本発明におけるアルブミンには、このようなアルブミンから誘導される蛋白質をも含めることができる。
【0029】
本発明においては、尿中ミオグロビンの安定化因子として作用するヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物を含有させた尿中ミオグロビンの安定化剤を提供することができる。
【0030】
炭酸水素塩は、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素カルシウムおよび炭酸水素アンモニウムから成る群から選ばれる少なくとも1種から適宜選択して使用することができる。
【0031】
更に、本発明の安定化剤には、キレート剤を含有させることができる。キレート剤としては、上記したものの中から適宜選択すれば良い。
【0032】
本発明によってミオグロビンを安定化した尿試料は、そのまま公知の免疫学的測定方法に基づくミオグロビン濃度測定用試料となる。測定方法の具体例としては、サンドイッチ法、競合法の原理に基づくRIA法やELISA法、ラテックス凝集反応法などの免疫学的粒子凝集反応法および免疫比濁法から成る群から選択されるものが挙げられる。
【0033】
尿試料は、用いる試薬の測定可能範囲に応じて適宜希釈して測定用のサンプルとする。希釈には、免疫学的な反応に好適なpHや塩濃度を与える希釈溶液を用いても良い。
【0034】
【発明の効果】
本発明は、低温保存や凍結保存のみならず、室温保存であっても、尿中ミオグロビンの免疫学的測定値を長期間に亘って安定に維持することができる。従って本発明に係る免疫学的測定方法によれば、心臓疾患や腎疾患を高い精度で診断することができる。
【0035】
【実施例】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれによって限定されるものではない。
【0036】
実施例1
尿試料1mLに、0、0.2、0.4、0.8、1.6、3.2、6.4、12.8、25.6mgの牛血清ヘモグロビンまたはその分解物(ヘム鉄)を加えて4℃に、それぞれ0、1、2、3、6、9日間保存してミオグロビンの免疫学的な測定値に与える影響を調べた。
【0037】
免疫学的な測定には、市販のミオグロビンのIRMA用測定キット「Abビーズミオグロビン‘栄研’」(栄研化学(株)製、商品名)を用いた。このキットは125I標識抗ミオグロビン抗体を利用した固相サンドイッチ法に基づくIRMAを行うためのものである。測定操作は次のとおりである。
【0038】
50μLの尿試料と200μLのリン酸緩衝液(100mM、pH7.4)とを分注した試験管に抗ミオグロビン抗体固相化ビーズを投入し、室温で2時間振とう(30rpm)した。反応液を吸引し、1mLの精製水で3回洗浄後に200μLの125I標識抗ミオグロビン抗体を加え、再び室温で2時間振とうした。反応液を吸引し、1mLの精製水で3回洗浄後、ビーズに結合した125I標識抗体の放射活性をカウントした。尿試料に代えて標準試料を用いた測定値に基づいてミオグロビン濃度を決定した。その結果を表1および表2に示す。
【0039】
【表1】
Figure 0004321899
【0040】
【表2】
Figure 0004321899
【0041】
表1および表2に示すように、0.2、0.4、0.8、1.6、3.2、6.4、12.8、25.6mg/mLとなるようにヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物を添加することにより、ヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物無添加の場合と比較して4℃保存における尿中ミオグロビンの安定化効果が確認された。但し、ヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物を添加した場合でも、各濃度において測定値にバラツキが生ずることが判る。このことは、尿中の塩類やpHによる尿沈査に起因して生じたものと考えられる。
【0042】
実施例2
4℃で保存したことに代えて、0、1、2、3、4回の凍結融解をした以外は、実施例1と全く同様な方法により尿中ミオグロビンの安定化効果を調べた。その結果を表3および表4に示す。
【0043】
【表3】
Figure 0004321899
【0044】
【表4】
Figure 0004321899
【0045】
表3および表4に示すように、凍結融解した場合も4℃保存における場合と同様に尿中ミオグロビンの安定化効果が確認された。但し、尿沈査に起因した凍結融解に伴う測定値の上昇が認められる。
【0046】
実施例3
尿試料1mLに、0、1、2、4mgのヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物(ヘム鉄)を加えて37℃に、それぞれ0、1日間保存したものと4℃および25℃にそれぞれ4日間保存した以外は、実施例1と全く同様にして尿中ミオグロビンの安定化効果を調べた。その結果を表3に示す。
【0047】
【表5】
Figure 0004321899
【0048】
表5に示すように、ヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物無添加の場合と比較して、4゜C保存のみならず、室温であっても、尿中ミオグロビンの安定化効果が確認された。
【0049】
実施例4
尿検体2mLに対し、1mgのヘモグロビン、16.8mgの炭酸水素ナトリウムおよび29.78mgのEDTA2Na・2HOを添加した採尿管を用意し、6検体の尿を採取し、4℃に0、1、2、3、4、7日間保存した以外は、実施例1と全く同様にして尿中ミオグロビンの安定化効果を調べた。対照としてこれらの安定化剤を添加しないものも同様にして安定化効果を調べた。それらの結果をそれぞれ表6および表7に示す。
【0050】
【表6】
Figure 0004321899
【0051】
【表7】
Figure 0004321899
【0052】
表6に示すように、本発明の安定化剤を添加した検体は、保存日数に関係なく高い安定化効果が得られたことが判る。これに対し、安定化剤を添加しなかった検体は、保存日数の経過に伴い測定値が著しく低下することが判る(表7参照)。また、ヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物に加えて、炭酸水素ナトリウムおよびのEDTA2Na・2HOを添加することにより、測定値がバラツクことなく、略一定の測定値が得られたことが判る(表1および表2参照)。このことは、上述したように、尿中の塩類やpHにに起因した尿沈査を防止できたことによるものと考えられる
【0053】
実施例5
実施例4と同様にして採尿管を用意し、6検体の尿を採取し、0、1、2、3、4、5回凍結融解した以外は、実施例4と全く同様にして尿中ミオグロビンの安定化効果を調べた。それらの結果をそれぞれ表8および表9に示す。
【0054】
【表8】
Figure 0004321899
【0055】
【表9】
Figure 0004321899
【0056】
表8に示すように、本発明の安定化剤を添加した検体は、凍結融解の回数に関係なく略一定の測定値が得られたことが判る。これに対し、安定化剤を添加しなかった検体は、凍結融解を繰り返す毎に測定値が著しく低下することが判る(表9)。また、ヘモグロビンまたはヘモグロビン分解物に加えて、炭酸水素ナトリウムおよびのEDTA2Na・2HOを添加することにより、測定値が上昇することなく、略一定の測定値が得られたことが判る(表3および表4参照)。このことも、上述したように、尿中の塩類やpHに起因した尿沈査を防止できたことによるものと考えられる

Claims (10)

  1. 尿試料中に0.1〜40mg/mLのヘモグロビンおよび/または0.1〜40mg/mLのヘモグロビン分解物を含有させることを特徴とする尿中ミオグロビンの安定化方法。
  2. さらに炭酸水素塩および/またはキレート剤を含有させる請求項1記載の尿中ミオグロビンの安定化方法。
  3. 炭酸水素塩の濃度が5.00〜500mMの範囲である請求項2記載の尿中ミオグロビンの安定化方法。
  4. 炭酸水素塩が炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムおよび炭酸水素アンモニウムからなる群から選択される少なくとも1種である請求項2または3記載の尿中ミオグロビンの安定化方法。
  5. キレート剤の濃度が1〜160mMの範囲である請求項2記載の尿中ミオグロビンの安定化方法。
  6. キレート剤がEDTAまたはその塩である請求項2または5記載の尿中ミオグロビンの安定化方法。
  7. 尿試料中で0.1〜40mg/mLのヘモグロビンおよび/または0.1〜40mg/mLのヘモグロビン分解物を含有することを特徴とする尿中ミオグロビンの安定化剤。
  8. さらに炭酸水素塩および/またはキレート剤を含有する請求項7記載の尿中ミオグロビンの安定化剤。
  9. 炭酸水素塩が炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムおよび炭酸水素アンモニウムから成る群から選択される少なくとも1種である請求項8記載の尿中ミオグロビンの安定化剤。
  10. キレート剤がEDTAまたはその塩である請求項8記載の尿中ミオグロビンの安定化剤。
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