JP4317951B2 - メタン生成細菌を検出するためのプライマー及びそれを用いた検出方法等 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、有機性廃棄物や廃水等のメタン発酵処理汚泥中に存在するメタン生成細菌を検出する方法及びそれに用いるプライマー等に関し、より詳しくは、メタン生成細菌群集構造を網羅的且つ総括的に把握するのに有用な検出法等に関する。
【0002】
【従来の技術】
有機性汚濁物質を含有する排水の処理には、従来から好気性の生物処理法が多く用いられているが、この方法はエネルギー消費が多く、かつ、余剰汚泥の処分が大きな問題になっている。これに対して、高濃度の有機性汚濁物質を含有する排水や有機性汚泥の処理には、従来から嫌気性処理方式(メタン発酵)が多用されている。この方式は曝気動力が不要なのでエネルギー消費量が節約できること、余剰汚泥の発生量が少ないので処理費用が廉価であること、かつエネルギーとして有用なメタンガスを回収できることなどの利点がある。
【0003】
メタン発酵は、▲1▼高分子の有機物を可溶化する過程、▲2▼可溶化された有機物を酸発酵する過程、▲3▼メタン生成過程と大きく分けて3つのステップに様々な微生物が関与する複雑な生物反応系である。
【0004】
特に有機物負荷が高くなると、メタン発酵汚泥中に有機酸の蓄積が生じ、バイオガス生成の安定性が失われる。すなわち、メタン発酵においてはメタン生成に係る微生物の活性または濃度が最終的なメタン発生速度・量を決定する重要な因子である。
【0005】
例えば、上記のような生物反応系環境試料中のメタン生成活性を定量するために、メタン生成細菌が持つ自家蛍光を持つ補酵素F420の蛍光強度を測定することも試みられている。しかし、F420を持つメタン生成細菌の種類が限られていて、必ずしも総括的なメタン生成活性を表すことができない、また夾雑物の影響を受けやすいなどの問題がある。
【0006】
また、メタン生成細菌数の測定には、培養を基本とするMPN法などが用いられるが、メタン生成細菌は生育が遅いため、計数までに1ヶ月を要する。しかも、寒天培地で生育可能な細菌の割合は、汚泥試料等の場合、存在している全菌の1%以下にすぎないと言われている。そのような培養できない細菌は、存在していても検出することができない。
【0007】
一方、近年において分子生物学的手法を利用した微生物の検出法が発達してきた。例えば、目的の細菌遺伝子配列の特異的な部分に相補的な配列を持つオリゴヌクレオチドを作成し、これに蛍光色素をつけたDNAプローブを細胞内でハイブリダイゼーションするFISH(fluorescent in situ hybridization)法(非特許文献1)や、細菌遺伝子に特異的なプローブを使用したPCR(polymerase chain reaction)法によれば、標的の細菌を、培養を経ずに環境試料から検出することができる。
【0008】
例えば、FISH法では2,3種類の蛍光色素を別々のDNAプローブにつけ、同一試料にハイブリダイズさせることにより、同一視野で色素別に標的細菌を検出することができる。しかし定量には蛍光顕微鏡を用いて複数視野を計数して平均値を出すことが必要で、標的細菌の種類を増やすと非常に時間と労力がかかることが課題である。
【0009】
またPCR法に関しては、試料中のDNAを抽出し、メタン生成細菌間で共通に保存されている16S rRNA遺伝子に相補的な配列を持つオリゴヌクレオチドプライマーを用いて16S rRNA遺伝子をPCR法で選択的に増幅する検出法が公知である(特許文献1)。
【0010】
さらに、PCR産物を解析する手法の一つとして、同じ長さの2本鎖DNAをそのGC含量の相違で分離することができる変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(以下、「DGGE法」とも記述する)が公知である(非特許文献2)。
【0011】
【非特許文献1】
R. I. Amman, L. Krumholz and D. A. Stahl: Fluorescent-oligonucleotide probing of whole cells for determinative, phylogenetic and environmental studies in microbiology, J. Bacteriol., 172, 762〜770, 1990
【非特許文献2】
G. Muyzer, E.C. De Waal, and A.G. Uitterlinden: Profiling of complex microbial populations by denaturing gradient gel electrophoresis analysis of polymerase chain reaction-amplified genes coding for 16S rRNA, Applied and Environmental Microbiol., Vol.59, No.3, p.695-700, 1993
【特許文献1】
特開2001-327290号公報
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、有機性廃棄物・廃水等の環境試料の診断等のために、その中に存在する微生物群に由来する遺伝子を調べる微生物群集構造解析が有力視されるようになった。メタン発酵汚泥を対象としてこの種の解析を行う場合、採取された汚泥試料に上述のような遺伝子検出法を適用し、メタン生成細菌を検出する必要がある。
【0013】
しかしながら、メタン発酵汚泥中のメタン生成細菌群集構造を調べる場合、上記従来の検出方法を適用するだけでは、下記のような不都合があった。
分子生物学的手法による検出法を適用するに際し、従来のメタン生成細菌検出用オリゴヌクレオチドプライマーは、特定の属及び/又はグループのみを検出できるが、メタン発酵処理汚泥中に存在するようなメタン生成細菌群を十分に網羅することができる望ましい特異性を備えたものは得られていなかった。
【0014】
また、上記特許文献1に記載されるオリゴヌクレオチドプライマーは全メタン生成細菌を検出可能であるとされるが、それらプライマーを使用して、汚泥中に混在するメタン細菌群集構造を首尾良く解析することができるか否か、例えば、前記変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法を適用するのに適切な増幅産物を得られるか否かは、何ら検討されていない。
【0015】
したがって、メタン発酵処理汚泥等の環境試料からメタン生成細菌群を網羅的に検出すると共に、メタン生成細菌群の状況を総括的に把握できる迅速且つ簡易な検出法、及びそれに適したプライマー等を提供することが必要とされている。
【0016】
本発明の目的は、環境試料からメタン生成細菌を網羅的に検出する方法及びそのためのプライマー等を提供することにある。
本発明の更なる目的は、環境試料からメタン生成細菌を網羅的に検出すると共に、それらメタン生成細菌の群集構造を総括的に把握できる検出方法、及びそのような指標データを得る方法を提供することにある。
【0017】
【課題を解決するための手段】
本発明者等は、上記の課題を解決するために鋭意研究を行った結果、有機性廃棄物・廃水のメタン発酵処理汚泥中に存在するメタン生成細菌由来の遺伝子を網羅的に検出できるプライマーを見出し、本発明を完成させた。
【0018】
すなわち、本発明は、下記(a)又は(b)に記載の一組のオリゴヌクレオチドを含むプライマーセットを提供する:
(a)配列番号1の塩基配列又はそれと実質的に相同な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、配列番号2の塩基配列又はそれと実質的に相同な塩基配列を有するオリゴヌクレオチド;又は
(b)配列番号3の塩基配列又はそれと実質的に相同な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、配列番号4の塩基配列又はそれと実質的に相同な塩基配列を有するオリゴヌクレオチド。
【0019】
また本発明は、メタン生成細菌を検出する方法であって、環境試料中のメタン生成細菌に由来する核酸試料を対象にして、上記いずれかのプライマーセットを使用してPCR法を行い、該PCR法により得られた増幅産物を検出することを含む方法を提供する。
【0020】
本発明による検出法の好ましい一態様は、環境試料中のメタン生成細菌に由来する核酸試料を対象にして、上記(a)に記載のプライマーセットを使用して第1のPCR法を行い、そして、該第1のPCR法により得られた増幅産物を対象にして、更に上記(b)に記載のプライマーセットを使用して第2のPCR法を行うことを含む、上記方法である。
【0021】
また、本発明者等は、それらプライマーを用いて選択的に増幅された核酸断片群を変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)にかけることによって、メタン生成細菌の群集構造を網羅的且つ総括的に捕らえることができることを明らかにした。
【0022】
すなわち、本発明によるメタン生成細菌の検出方法は、上記(b)に記載のプライマーセットを使用してPCR法を行う場合に、該PCR法により得られた増幅産物を変性剤濃度勾配ゲル電気泳動にかけることを更に含むことが好ましい。
【0023】
さらに、本発明は、前記変性剤濃度勾配ゲル電気泳動による前記電気泳動によって得られる泳動バンドの分布を、前記環境試料に存在するメタン生成細菌群集構造についての指標データとして使用することを含む、環境試料の評価方法をも提供する。
【0024】
本発明の方法が適用される好ましい環境試料は、メタン発酵汚泥である。
【0025】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。
本発明は、メタン発酵汚泥等の微生物反応系環境試料(以下単に「環境試料」又は「汚泥試料」とも記述する)中のメタン生成細菌に由来する16S rDNA遺伝子の存在をPCR法を介して選択的に検出することに依拠する、メタン生成細菌検出法である。
【0026】
本検出法において、PCR法に使用されるプライマーは、所定のPCR条件下で、メタン発酵汚泥中で優占化するようなメタン生成細菌由来の16S rDNA遺伝子にはアニールできるが、それと同一の条件下では、真性細菌及び非メタン生成細菌由来の16S rDNA遺伝子にはアニールしないような塩基配列を有するように設計され、メタン生成細菌群に対して包括的な特異的を有する。
【0027】
そのようなPCR用プライマーとして、配列番号1の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと配列番号2の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー対、又は、配列番号3の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと配列番号4の塩基配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー対を例示できるが、これらに限定される訳ではない。本検出法に使用可能なプライマーには、塩基長やPCR条件等に依存して、上に列挙した塩基配列と実質的に相同な塩基配列を有するオリゴヌクレオチドからなるプライマー対も含まれる。
【0028】
上記のように所望の特異的を有する本発明のプライマーを使用するPCRによると、その結果として、少なくとも1種のメタン生成細菌が存在する試料では所望の核酸増幅が起こるが、メタン生成細菌が実質的に存在しない試料では有意な核酸増幅は起こらないこととなる。したがって、本発明のプライマーを使用するPCR法においては、期待される核酸が増幅されるか否かを調べるだけで、環境試料中に存在するメタン生成細菌群についての網羅的検出が可能となる。かくして、本発明によれば、短時間で簡易なPCR法によるメタン生成細菌群の検出法が提供される。
【0029】
PCR法で得られた増幅産物が目的の核酸断片であることを確認するためには、増幅産物の電気泳動を行ってもよいし、使用されたプライマー間の核酸領域、つまり当該増幅される核酸領域に相補的なDNAプローブ等を使用して検出してもよい。
【0030】
また、増幅された目的核酸の量は、環境試料中に生息していたメタン生成細菌の菌数(或いはその16S rDNA遺伝子コピー数が加味されて)と相関する。すなわち、それら増幅産物の電気泳動により得られる目的核酸のバンドの太さ(輝度又は濃度)に基づき、或いは、競合PCR等による定量容易な検出等に基づき、一定の環境試料中に含まれる各種メタン生成細菌の総合的な生菌数を知ることができる。これら増幅産物の検出・定量法には、当該技術分野に知られているあらゆる公知の手段を使用できる。
【0031】
第1の実施態様
本発明の検出法の第1の実施態様は、上記のようなメタン生成細菌群に特異的なプライマーを使用すると共に、そのプライマーによってメタン生成細菌の16S rDNAの「全長配列」に近い領域を増幅するように企図された第1のPCR法に基づくものである。
【0032】
この態様によると、得られた増幅産物は、それらがクローニングされた場合に系統学的解析に役立つのに十分な規模の16S rDNA遺伝子情報を提供できるので、メタン生成細菌種の同定等が容易になるという利点をもたらす。例えば、得られた増幅核酸を試料として大腸菌を用いた公知の遺伝子クローニング法(中山広樹・西方敬人、バイオ実験イラストレイテッド▲2▼遺伝子解析の基礎、秀潤社、p.69-88、1995等)を適用し、クローン化された核酸に基づいて詳細な解析を行うことができる。
【0033】
上記第1の実施態様に使用可能なプライマーは、例えば、配列番号1及び配列番号2の各塩基配列からなる一組のオリゴヌクレオチドである。このプライマーセットによると、16S rDNAの全長(塩基数にして約1500個)のうち、典型的には、5’末端側から数えた塩基位置で約85番目〜約1350番目の領域に相当する約1265塩基の断片が増幅される。
【0034】
第2の実施態様
本発明の検出法の第2の実施態様は、上記のようなメタン生成細菌群に特異的なプライマーを使用すると共に、それらプライマーによってメタン生成細菌の16S rDNA塩基配列中の「部分配列」を増幅するように企図された第2のPCR法に基づくものである。すなわち、この態様によると、得られる増幅産物は、PCR-DGGE(denaturing gradient gel electrophoresis)法を好ましく適用できる断片長の増幅核酸として得られる。そのような好ましい断片長は、塩基数にして約200個前後である。
【0035】
上記第2の実施態様に使用可能なプライマーは、例えば、配列番号3及び配列番号4の各塩基配列の一組のオリゴヌクレオチドである。このプライマーセットを使用すると、典型的には、16S rDNA塩基配列中の5’末端側から数えた塩基位置で約1200番目〜約1400番目に相当する約200塩基の断片が増幅される。
【0036】
因みに、PCR-DGGEは、PCR産物をDNA変性剤の濃度勾配を形成したゲル内で電気泳動(DGGE)させることによって、通常の電気泳動ではバンドが重なってしまうような同じ長さのDNA断片を分離することができる公知の手段である。PCR-DGGE法によれば、同じ塩基長のPCR増幅核酸断片からなるPCR産物が2本鎖形態で泳動を開始し、DNA変性剤の濃度勾配が上昇する方向へ泳動されるに従い、個々のDNA断片は固有のGC含量に依存して異なる変性剤濃度で解離し得るので、塩基配列の相違が泳動距離の差になって表れる。なお、DGGEの条件は、増幅核酸のGC含量に依拠するので、必要に応じて上記プライマーの端部に、適切な泳動距離を与えるためのCGクランプ配列を付加するとよい。
【0037】
PCR増幅された当該16S rDNA断片群のDGGEによる分離は、個々の16S rDNA断片が有する塩基配列の相違を反映した形で複数本のバンドを形成し、概して、それら16S rDNA上の塩基配列情報の相違がこの種の細菌の系統学的位置づけに強く相関することから、DGGEで分離したそれらバンドは、異なるメタン生成細菌の存在を示す。
【0038】
かくしてDGGEで現れるバンドの分布は、当該メタン生成細菌群集中の各種メタン生成細菌の相対的な存在比(多様性)を示し、また、それぞれのバンドの太さ(輝度又は濃度)は、各バンドに対応する同一細菌群の相対的な存在量(菌数)を示すとされる。このようにして、本検出法は、可視的なバンド分布として、メタン生成細菌群集構造に関する網羅的且つ総括的な基礎データ、つまりメタン生成細菌群の種類と菌数の双方を写し取った形の指標データを提示することができる。
【0039】
第3の実施態様
本発明の検出法の第3の実施態様は、メタン生成細菌の16S rDNAの全長配列に近い領域を増幅させる第1のPCR法と、その16S rDNA上の部分配列領域を増幅させる第2のPCR法とを組み合わせた方法である。
【0040】
この態様によると、汚泥試料由来の様々な微生物の核酸が混在する試料について、先ず第1のPCR法によりメタン生成細菌群の網羅的な検出を行って目的核酸の濃縮を行い、このようにして濃縮された産物に対して更に第2のPCR法が行われる。このような2段階のPCRを行うことにより、メタン生成細菌群への特異性が増し、より精度の高い検出が可能となる。なお、この態様を実施するには、第2のPCR法に使用されるプライマーは、第1のPCR法により得られる増幅核酸中の領域を標的として、特異的な塩基配列が選択され、設計される必要がある。
【0041】
上記第3の態様もまた、第2のPCR法による増幅産物をDEEGで分離することによって、メタン生成細菌群に関する指標データを得ることができる。
さらに、上記第3の態様を利用することによって、下記のようなメタン生成細菌群集の解析方法を提供することができる。
【0042】
第1のPCR法で増幅させた長鎖の16S rDNA断片をクローニングしてその塩基配列決定と解析を行うと共に、さらにそれらクローン化16S rDNA断片を個々に第2のPCR法とDEEG法にかけて、各クローン化試料に由来する単一バンドを得る。このとき、各クローン化試料のDEEG泳動を、試料汚泥由来の非クローン化DNA試料の泳動と同時に行うことで、各々のクローン化試料に由来する単一バンドが、汚泥試料由来する複数バンドのうち、いずれのバンドに対応するのかを確認することができる。そして、各クローン化試料の16S rDNAは、前記のように長鎖の16S rDNA断片としてクローニングされた際に塩基配列解析により細菌の種類を同定し得るので、かくして、各バンドを構成する細菌群について系統学上の分類も可能である。このようにして、メタン生成細菌群集の構造の指標となる基礎データを解析し、評価することもできる。
【0043】
上記第3の実施態様に使用可能なプライマーとしては、配列番号1及び配列番号2の各塩基配列からなる一組のオリゴヌクレオチドを用いたプライマーセットと、配列番号3及び配列番号4の各塩基配列からなる一組のオリゴヌクレオチドとの組み合わせが挙げられる。
【0044】
本検出法を適用するために汚泥試料から核酸試料を抽出・精製する方法としては、あらゆる公知の手段を用いることができる。
上記PCRの条件は、被検試料等によって異なるが、いずれにしても当該技術分野の技術常識、又は当業者なら認識できる経験則を基づき、適宜選択することができる。好ましいPCRの条件は、例えば、下記実施例に記載された条件である。
【0045】
本明細書に使用される「メタン生成細菌の群集構造」という用語は、メタン発酵汚泥のような環境試料中に生息するメタン生成細菌群の分類と存在量により把握される存在状態を示し、具体的には、比較的小数の構成員で構成されるが、系統分類学上多岐にわたるメタン生成細菌群についての、分類学的位置づけ及びそれら各群の菌数で定義される。また本発明においては、電気泳動ゲル上に現れる泳動バンド群の分布(各泳動バンドの泳動距離と太さのばらつき)に対応する。
【0046】
本明細書内で言及される「環境試料」又は「汚泥試料」とは、有機物の浄化ないし資化作用が期待されるメタン発酵汚泥のような微生物反応系を持つ有機物含有試料を意味するが、典型的には、約2000mg/L〜約10,000mg/LのBOD及び/又は約6000mg/L〜約30,000mg/LのCODCr(重クロム酸カリウムによる酸素消費量)を有し、メタン生成細菌がメタン発酵を行うのに適した高温嫌気条件下にある汚泥試料である。また、「核酸試料」とは、前記環境試料中に存在する微生物由来のDNA及び/又はRNAを含み、PCRに利用され得るように調製された試料であり、特に、微生物由来の16S rRNAがPCRの鋳型として利用され得る試料である。
【0047】
本明細書においてオリゴヌクレオチドに関して使用される「塩基配列が実質的に相同である」という表現は、当該オリゴヌクレオチドがPCRプライマー等として機能し得る程度の断片長と相同性を有することを意味する。
【0048】
例えば、プライマーは、使用目的や条件によっては必ずしも100%の相同性を有している部位から設計する必要はなく、目的とする領域のプライマーの5’末端付近で数塩基が異なっていてもよい。そのようなプライマーを使用しても、アニーリング温度等を検討することによって目的DNA断片を適宜増幅させることは可能である。すなわち、本発明を実施するに際し、高い特異性が要求されるならば、完全に相同な配列部位(典型的には、配列番号1〜4の塩基配列)を使用し且つそのような配列でしかアニーリングしないPCR条件を選択すればよく、その反面、比較的特異性の低い条件が許容されるなら、配列番号1〜4の塩基配列とは数塩基異なる配列を使用し且つそれでもアニーリングするようなPCR条件を選択すればよい。
【0049】
また、プライマーとして実質的に相同或いは相補的であるか否かは、例えば、インターネット上に公開されている上記のプローブチェックプログラム(The RDP-II:Ribosomal Database Project, Maidak BL, Cole JR, Lilburn TG, Parker CT Jr, Saxman PR, Farris RJ, Garrity GM, Olsen GJ, Schmidt TM, Tiedje JM., Nucleic Acids Res 2001 Jan 1;29(1):173-4)によって行うこともきる。
【0050】
【実施例1】
プライマーの設計
メタン生成細菌の16S rDNA上に見られるコンセンサス配列を探るため、分類学上多岐にわたる各種メタン生成細菌の16S rDNA塩基配列について、系統学的見地からの解析が行われた。
【0051】
図1は、メタン生成細菌の16S rDNA塩基配列解析の結果を示しており、見出されたコンセンサス領域の塩基配列が列記されている。
同図に示されるように、解析の結果、16S rDNAの5’末端側から順にM85F、AP5F、AP7R、M1350Rと命名された4箇所の標的領域が選ばれ、それら各領域におけるコンセンサス配列(同図の最下行に並べた4つの塩基配列)が特定された。実際に合成されたプライマーは、M85F領域とM1350R領域にそれぞれ相補的な一組のオリゴヌクレオチド(それぞれ配列番号1及び配列番号2に記載される)と、AP5F領域とAP7R領域にそれぞれ相補的な一組のオリゴヌクレオチド(それぞれ配列番号3及び配列番号4に記載される)である。例えば、それらプライマーの各ヌクレオチド位置は、Methanobacterium formicicumの16S rDNA塩基配列(全長1476bp; GenBankアクセッション番号M36508)における塩基番号で表記すると、次のようになる。
配列番号1(M85F):86-103
配列番号2(M1350R):1332-1349
配列番号3(AP5F-GC):1167-1188
配列番号4(AP7R):1329-1349
【0052】
図2は、メタン生成細菌の系統樹を示す。同図から明らかなように、上記プライマーの設計は、その系統樹の細部に且つ多岐にわたる各種メタン生成細菌から得られた16S rDNA塩基配列情報を基礎にしている。このようにして、メタン生成細菌に分類され得るあらゆる種ないし株属ないし種レベルを網羅するような包括的特異性を持たせることが企図された。
【0053】
第1の実施態様による、メタン発酵汚泥からの 16S rDNA 断片の検出及びクローニング
メタン発酵汚泥から採取した被検試料からQIAamp DNA Stool Mini KitによりDNA試料を抽出・精製し、そのDNA試料に対し直接に、配列番号1及び配列番号2の一組の塩基配列からなるプライマーセットを使用してDNA試料中の16S rDNA遺伝子をPCR増幅させ(反応条件:94℃ 3min- (94℃ 1min, 60℃ 1min, 72℃ 2min)×30 cycle- 72℃ 3min- 4℃∞)、得られた増幅断片をアガロースゲルで電気泳動後、目的遺伝子のDNA断片を含むバンドを切り出した。切り出したDNA断片を精製し、pT7 Blue T-Vectorを用いてTAクローニングを行った。
【0054】
クローニングはE.coli DH5αを用いて行い、アンピシリン、IPTG、X-galを含む選択培地でカラーセレクションを行った。選択培地上に形成されたホワイトコロニーをアンピシリン入りの液体LB培地で一晩37℃で培養後、QIAGEN QIAprep spin Miniprep Kitを用いて形質転換されたE.coli DH5αよりプラスミドを抽出した。このプラスミドを鋳型に、ABI DNA sequencing Kit(BioDyeTM Terminator Cycle sequencing Ready Reaction)によりPCR後、Edge Bio Systems(PERFORMA DTR Gel Filtration Cartridges)を用いて余分なDye terminaterを取り除き、キャピラリーシークエンサーを用いて塩基配列を決定した。
【0055】
なお、それらプラスミド中に組み込まれるクローン化配列は、下記実施例3において例証されるように、同じ種類の菌に由来する目的16S rDNA断片を代表するものである。
【0056】
配列番号1及び配列番号2の一組の塩基配列からなるプライマーセットを用いて、被検試料中から抽出したDNA試料を鋳型にしてPCRにより増幅し、その増幅断片をアガロースゲルでの電気泳動を行ったところ、予想された約1265塩基の増幅断片長と同じ長さを示す位置に強度レベルの高いバンドが検出された。なお、非特異的増幅はほとんど見られないが、なかには2本ほど非常に強度レベルの低いバンドが検出されるDNA試料も見られた。
【0057】
得られたクローン化配列についての系統解析を行った結果、それらの塩基配列は、全てArchaeaに属する配列であり、Bacteriaに属する配列はこれまで1つも検出されなかった。また、これまでに検出されたそれらArchaeaに属する核酸は、Methanoculleus 、 Methanospirillum、又はMethanosarcina 、 Methanobacterium分類され、また、その他多数のUncultured archaeonに属する配列についても、少なくともメタン生成細菌に属するクラスター内に位置づけられた。
【0058】
このようにして、配列番号1及び配列番号2の一組の塩基配列からなるプライマーセットを使用するPCR法により、当該被検試料中の各種メタン生成細菌に由来する16S rDNA遺伝子を特異的且つ網羅的に増幅して、同定することができた。
【0059】
【実施例2】
第2の実施態様による PCR-DGGE 解析
メタン発酵汚泥から採取した被検試料からQIAamp DNA Stool Mini KitによりDNA試料を抽出・精製し、そのDNA試料に対し直接に、配列番号3及び配列番号4の一組の塩基配列からなるプライマーセットを使用してDNA試料中の16S rDNA遺伝子をPCR増幅させ(反応条件:94℃ 3min- (94℃ 1min, 60℃ 1min, 72℃ 2min) × 30 cycle- 72℃ 3min- 4℃∞)、そのPCR産物をDGGE法で泳動させた。図3は、DGGEの泳動結果の一例を示す。
【0060】
なお、同一の環境試料から抽出・精製したDNA試料に対し、公知のプライマーであるPARCH340fとPARCH519r(Ovreas L, Forney L, Daae FL, Torsvik V:Distribution of bacterioplankton in meromictic Lake Saelenvannet, as determined by denaturing gradient gel electrophoresis of PCR-amplified gene fragments coding for 16S rRNA, Appled Environmental Microbiology, 63(9),3367-3373、1997)を用いてPCR増幅した結果、上記のような増幅断片は得られなかった。これに対し、上記配列番号3及び4のプライマーセットを用いたPCR(反応条件:94℃ 3min- (94℃ 1min, 60℃ 1min, 72℃ 2min)×30 cycle- 72℃ 3min)により得られたPCR産物のアガロースゲルでの電気泳動では、予想された約200塩基の増幅断片長付近に強度レベルの高い単一バンドが見られた(不図示)。
【0061】
上記PCR産物をDGGE法で泳動した結果(例えば、図3参照)では、運転条件の異なる発酵槽からのDNA試料間でバンド数に大きな差が見られ、比較的多数のバンドが得られるDNA試料と、僅かな数のバンドしか得られないDNA試料とが見られた。それらバンド間の分離状態は良好であった。
【0062】
【実施例3】
第3の実施態様による2段階 PCR-DGGE 解析
上記実施例1で記載したように第1の態様のPCRで得られた16S rDNA長鎖断片が組み込まれているプラスミドを鋳型とし、第2の態様のPCRを行った。この結果、各プラスミドにインサートされているクローン化16S rDNA長鎖から短鎖部分が選択的に増幅されてクローン由来PCR産物が得られた(反応条件:94℃ 3min- (94℃ 1min, 60℃ 1min, 72℃ 2min)×30 cycle- 72℃ 3min- 4℃∞)。次いで、前記クローン由来PCR産物を電気泳動にかけた。
【0063】
前記クローン由来PCR産物をアガロースゲル電気泳動にかけた結果、予想された増幅断片長付近に強度レベルの高い単一バンドが見られ、また、そのクローン由来PCR産物をDGGEにより泳動した結果においても、単一のバンドが見られた。
【0064】
前記クローン由来PCR産物のDGGEで泳動するに際し、このクローン由来PCR産物と並べて、メタン発酵汚泥試料に由来するDNA試料に対して同じく第2の態様のプライマーセットを直接に用いて得られたPCR産物(以下「混成PCR産物」という)を泳動させた。このようにして、クローン由来PCR産物が、混成PCR産物から実際に得られる複数バンドのうち、どのバンドに対応するかを突き止めることもできた。
【0065】
そして、各16S rDNA長鎖断片ついてのシークエンス及び系統解析の結果との対比から、同一の位置に検出されるバンドは、ほぼ同じメタン生成細菌の配列を有することが分かった。また、異なる位置に検出されたバンドは、ほぼ異なるメタン生成細菌の配列を有することが分かった。このようにして、それぞれのメタン生成細菌群に由来するクローン化DNA試料のDGGEの結果と、メタン発酵汚泥試料に由来する混成DNA試料のDGGEで分離される各バンドとの対応付けは、問題なく行うことができた。
【0066】
また、上記のようにしてなされたクローン化試料を対象とするDGGEの結果からは、同じプライマーセットを用いたメタン発酵汚泥由来の混成PCR産物を対象としたDGGEの泳動では検出できなかったメタン生成細菌も検出することができた。
【0067】
本実施例のように、メタン生成細菌の16S rDNA長鎖を網羅的に取得して系統学的解析を効率的に適用できる第1の態様のPCRと、当該16S rDNA短鎖上の塩基配列情報の相違を反映した泳動バンドの分布を検出できる第2の態様のPCR-DGGEとを組み合わせることによって、当該環境試料中のメタン生成細菌群の種類と菌数を明らかにすることができる。
【0068】
なお、上記の実施例で適用されたPCR及び電気泳動に関する諸条件は、以下の通りである。
〔PCR反応液組成〕
D.W. 31.75μl
10×Ex Taq緩衝液 5μl
BSA 5μl
dNTP 混合物 4μl
Forward プライマー 0.5μl
Reverse プライマー 0.5μl
Ex Taq 0.25μl
DNA 試料 3 μl
全体量 50μl
なお、上記PCR反応液組成において、各プライマーは1pmolずつ入っている。
〔ライゲーション反応液組成〕
D.W. 4μl
T4 DNAリガーゼ緩衝液 1μl
10mM ATP 0.5μl
pT7 Blue T-Vector 1μl
T4DNA リガーゼ 0.5μl
PCR 産物 3 μl
全体量 10μl
なお、上記PCR産物は、PCR反応後の液をアガロースゲルからDNAを抽出後、精製したものを用いた。
〔シークエンスPCR反応液〕
下記組成で全体量が20μになるように調製した。
プラスミド
(dsDNAで200-500ng) Xμl
M4 プライマー 4μl
RV プライマー 4μl
Pre Mix液(2倍希釈液) 10μl
D.W. Y μl
全体量 20μl
〔PCR反応条件〕
96℃30sec-(96℃10sec-50℃5sec-60℃3min)×30cycle-(96℃10sec-60℃10sec-72℃1min)×15cycle-4℃∞
〔DGGE泳動条件〕
使用ゲル:10% ポリアクリルアミドゲル
変性濃度勾配:20-70%
200V定電圧で3時間から3時間半泳動
なお、DGGEの泳動後は、Vistra green nucleic acidで染色し、FluorImager595によりバンドを検出した。
【0069】
【実施例4】
メタン生成細菌の群集構造の解析
上述したように、メタン発酵汚泥中の全メタン生成細菌に由来する16S rDNA遺伝子のPCR増幅産物をDGGEのゲル上に展開することにより、当該メタン生成細菌の群集構造を映像的に捕らえた基礎データが得られる。そして、この種の指標データを特定のメタン発酵槽について定期的に記録していくことで、その発酵槽内のメタン生成細菌群の種類と菌数の変遷を追跡することができる。そのような追跡から、メタン生成細菌群の種類と菌数の変遷と、実際に観測される発酵槽の状態変化との相関関係が明らかになる。
【0070】
従って、本発明によるDGGEの泳動結果は、メタン発酵槽の状態の善し悪しを診断し、その運転条件等を制御するための目安を与える指標データとして利用できる。すなわち、この種の映像データは、発酵槽中の分解活性を左右するメタン生成細菌の群集構造の変遷を早期に且つ直接的に写し取った指標データである。このような指標データを取得し、検査することによれば、細菌の群集構造の変遷に追従して変化するであろう発酵槽の実際の状態変化(例えばメタンガス発生量の変動)を観測してから判断するよりも、迅速かつ的確な状況判断ができるようになる。例えば、発酵槽の運転状況が理想的な状況から逸脱する場合に追跡して得られたDGGEの泳動結果をその状態悪化を示す指標データとして記録しておき、その後、DGGEの泳動結果を検査する際には、その指標データに照らし合わせることで、発酵槽の状態悪化を事前に予測し、対処することができる。
【0071】
本実施例では、一定期間内において、メタン発酵槽内からのメタンガス発生量を測定すると共に、そのメタン発酵槽から定期的に採取したDNA試料についてPCR-DGGEで得られる泳動バンドを記録した。
【0072】
図4は、メタンガスの発生量と対応する泳動写真とを対比して示す。同図で示されるようにメタンガス発生量が変動する発酵槽では、各泳動写真中に現れるバンドの数や太さにも経時的に変化する傾向が見られ、このように細菌の生息状況の経時的な変化が可視的に把握されることが分かった。
【0073】
図4のデータにおいては、例えば、メタンガス発生が比較的不安定なI期(12/10〜2/25)、それが比較的安定なII期(3/4〜5/13)、ガス量の急激な上昇を伴うIII期(5/20〜)が見られるが、これらガス発生量の変遷を各時期の泳動結果に照らしてみると、それぞれの時期に特有の形態を持つ泳動バンドが出現していることが分かった。
【0074】
【発明の効果】
以上詳細に述べたように、本発明によれば、環境試料中に存在するメタン生成細菌を網羅的に検出することができ、必要であれば、そのメタン生成細菌群集構造についての指標データを得ることができる。
【0075】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、メタン生成細菌の16S rDNA塩基配列解析の結果を示す。
【図2】図2は、メタン生成細菌の系統樹を示す。
【図3】図3は、実施例によるDGGEの泳動写真の一例を示す。
【図4】図4は、メタンガスの発生量とそれに対応する泳動バンドとを経時的に対比して示す。
Claims (7)
- 下記(a)及び(b)に記載の2組のオリゴヌクレオチドを含むプライマーセット:
(a)配列番号1の塩基配列又はそれと5’末端が数塩基異なる塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、配列番号2の塩基配列又はそれと5’末端が数塩基異なる塩基配列を有するオリゴヌクレオチド;
(b)配列番号3の塩基配列又はそれと5’末端が数塩基異なる塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、配列番号4の塩基配列又はそれと5’末端が数塩基異なる塩基配列を有するオリゴヌクレオチド。 - 下記(a)に記載の1組のオリゴヌクレオチドを含むプライマーセット:
(a)配列番号1の塩基配列又はそれと5’末端が数塩基異なる塩基配列を有するオリゴヌクレオチドと、配列番号2の塩基配列又はそれと5’末端が数塩基異なる塩基配列を有するオリゴヌクレオチド。 - 環境試料中のメタン生成細菌の群集構造を解析する方法であって、環境試料中のメタン生成細菌に由来する核酸試料を対象にして、請求項1(a)に記載のプライマーセットを使用してPCR法を行い、該PCR法により得られた増幅産物を検出することを含む方法。
- 請求項1(a)に記載のプライマーセットを使用して第1のPCR法を行った後、更に請求項1(b)に記載のプライマーセットを使用して第2のPCR法を行うことを含む、請求項3に記載の方法。
- 前記PCR法により得られた増幅産物を変性剤濃度勾配ゲル電気泳動にかけることを更に含む、請求項3又は4に記載の方法。
- 請求項5に記載の方法によって得られる泳動バンドの分布を、前記環境試料に存在するメタン生成細菌の群集構造についての指標データとして使用することを含む、環境試料の評価方法。
- 前記環境試料がメタン発酵汚泥である、請求項3〜6のいずれか1項に記載の方法。
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