JP4233015B2 - ピストンリング - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、耐摩耗性に優れたステンレス鋼製ピストンリングに関する。
【0002】
【従来の技術】
従来の耐摩耗性を有するステンレス鋼製ピストンリングは、ステンレス鋼製母材の上下面、及び内外周面に窒化処理を施して窒化層を形成し、これらの窒化層から化合物層を除去して拡散層を露出させ、外周面の拡散層上に硬質セラミックを真空蒸着してイオンプレーティング被膜を形成し、この被膜により耐摩耗性の向上を図るものであった。
【0003】
しかしながら、特許第3090520号や特開2000−291800号に開示されているように、このピストンリングは、イオンプレーティング被膜にクラックが発生すると、クラックが被膜下の硬い窒化層にまで伝搬して耐疲労強度が低下するという問題があったため、窒化層を母材の上下面及び内周面のみに形成し、外周面にはまったく形成しないことが提案された。
【0004】
この一方、ピストンリングについては、シリンダライナとの摺動性向上等の観点から、外周面の上下コーナ部に面取り加工が施されるものがある。この面取り部に硬い窒化処理を施した場合、イオンプレーティング被膜の密着性が悪くなるため、面取り部だけは窒化層を形成せずに、母材上に直接イオンプレーティング被膜を形成したピストンリングが、特開2002−61746号により開示されている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上述した従来の、窒化層を外周面にまったく形成しないピストンリングについては、イオンプレーティング被膜が摩滅すると直接母材表面が現れてしまい、耐摩耗性に劣るという問題がある。
【0006】
一方、本願発明者は、上述したイオンプレーティング被膜から窒化層へのクラック伝播性、及び被膜と下地との密着性については、単に窒化層の有無のみにより論じられるべきものではなく、窒化層のどの部分をイオンプレーティング被膜の下地として使用するか、つまり窒化拡散層の硬度により、被膜から窒化層へのクラック伝播性、及び被膜と下地との密着性が大きく左右されることに着目してきた。この結果、外周面及び面取り部に窒化層がまったく無い場合には、耐クラック伝播性つまり疲労強度は充分であるが、被膜の密着性において劣り、また、硬い窒化層が形成されている場合には、疲労強度が劣るということが判明した。特に、面取り部については、被膜のクラックが最も発生しやすく、被膜から窒化層へのクラックの伝播を防止し、ピストンリングの耐疲労性を向上させることが急務となっている。
【0007】
本発明はこのような問題を解決するためになされたもので、耐摩耗性、耐疲労性、イオンプレーティング被膜の密着性に優れ、特に面取り部における耐疲労性と被膜の密着性とを一段と向上させたピストンリングを提供することを課題とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
上述の課題を解決するために、本発明が採用する手段は、ステンレス鋼製母材の上下面及び内外周面に化合物層が除去された窒化拡散層を有し、外周面の上下コーナ部が面取り加工されて面取り部が形成されると共に、外周面及び面取り部に硬質セラミックのイオンプレーティング被膜が形成されたピストンリングにおいて、面取り部の拡散層の硬度をHv400以上700未満としたことにある。ここで、面取り部の拡散層の硬度がHv400未満の場合には、被膜の密着性が悪くなる一方、硬度がHv700以上の場合には、拡散層への耐クラック伝播性が悪くなり、疲労強度が低下する。
【0009】
本手段により、面取り部について、硬度がHv400以上700未満の窒化の程度が低い拡散層を形成したから、従来の面取り部にまったく窒化処理が施されていないピストンリングに比べて、面取り部における被膜の密着性が向上する。また、上述したように、イオンプレーティング被膜のクラックはこの面取り部において最も発生しやすいが、面取り部に硬度がHv700未満の窒化の程度が低い拡散層を形成したことで、従来の面取り部に硬度がHv700以上の硬い拡散層を有するピストンリングに比べて、拡散層への耐クラック伝播性が改善され、ピストンリングの疲労強度が向上する。さらに、外周面に窒化拡散層を有するから、被膜が摩滅しても直接母材表面が現れることもない。
【0010】
好ましくは、面取り部の拡散層の厚さを5μm以上40μm以下とする。拡散層の厚さが5μm未満の場合には、被膜の密着性が悪くなる。また、拡散層の厚さが40μmを超える場合には、耐クラック伝播性が悪くなり、疲労強度が低下するおそれがある。拡散層の硬度のみならず、拡散層の厚さを制限することにより、面取り部における被膜の密着性及び拡散層への耐クラック伝播性が、より一層向上する。なお、この面取り部の拡散層の厚さは、10μm以上30μm以下とすることが望ましい。
【0011】
好ましくは、外周面の窒化拡散層の硬度をHv400以上900以下とする。面取り部の場合と同様の理由により、外周面における被膜の密着性が向上する。なお、外周面の窒化拡散層の硬度は、Hv600以上900以下であることが望ましい。この場合、外周面における被膜の密着性がさらに向上する。
【0012】
好ましくは、外周面の拡散層の厚さを10μm以上40μm以下とする。面取り部の場合と同様の理由により、外周面における被膜の密着性及び拡散層への耐クラック伝播性が、より一層向上する。なお、この外周面の拡散層の厚さは、15μm以上30μm以下とすることが望ましい。
【0013】
例えば、被膜は、Cr−N系、Cr−N−O系、Cr−B−N系、Cr−B−N−O系、Ti−N系のいずれか1種からなる。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明に係るピストンリングの発明の実施の形態を、図1を参照して詳細に説明する。
【0015】
図1(a)ないし(d)は、本ピストンリング1のイオンプレーティング被膜の形成工程を示す。図1(a)に示すように、ピストシリング1の母材2は、例えばマルテンサイト系ステンレス鋼製であり、ガス窒化処理又は塩浴窒化処理により、母材2の上下面、及び内外周の全面に窒化層3が形成される。窒化層3の厚さは、例えば60〜120μmとする。
【0016】
窒化層3の表面近くは、窒素濃度の高い化合物層4である。化合物層4の下には拡散層5が形成され、この拡散層5は内部に向かい窒素濃度が徐々に低下し、上部には窒素濃度が比較的高く硬度が硬い拡散層が形成され、下部には窒素濃度が比較的低く硬度が柔らかい拡散層が形成される。なお、ピストンリング1の母材2は、必ずしもマルテンサイト系のステンレス鋼製に限定されるものではなく、他の種類のステンレス鋼製であってもよい。
【0017】
図1(b)に示すように、ピストンリング1の上下面6,7及び内外周面8,9について、公知の方法により図1(a)に示す窒化層3から化合物層4をすべて除去し、拡散層5を露出させる。ここで、上下面6,7及び内周面8の拡散層5の表面硬度をHv700以上とする。
【0018】
図1(c)に示すように、ピストンリング1の外周面9の図1(b)に示す上下コーナ部10を面取り加工して面取り部11を形成し、表面硬度がHv400以上Hv700未満の拡散層5を露出させる。なお、この硬度はHv400以上Hv600以下であることが望ましい。このとき、面取り部11の拡散層5の厚さは、窒化層3の当初厚さの約30%以下の5μm以上40μm以下とし、さらには10μm以上30μm以下とすることが望ましい。
【0019】
と同時に、外周面9を研磨して、表面硬度がHv400以上Hv900以下、望ましくはHv600以上Hv900以下の拡散層5を露出させる。このとき、外周面9の拡散層5の厚さは、窒化層3の当初厚さの約30%以下の10μm以上40μm以下とし、さらには15μm以上30μm以下とすることが望ましい。面取り部11と外周面9の加工は、同時加工、別加工のいずれでもよいが、面取り部11の加工を先にすることが望ましい。また、外周面9の拡散層硬度をHv400以上Hv900以下とする場合とHv600以上Hv900以下とする場合とでは、加工の道具及び工程を適宜調整する必要がある。
【0020】
図1(d)に示すように、ピストンリング1の面取り部11及び外周面9の拡散層5上に、真空蒸着処理(物理的気相成膜法)により、例えばCr−N系、Cr−N−O系、Cr−B−N系、Cr−B−N−O系、Ti−N系のいずれか1種からなる硬質セラミックのイオンプレーティング被膜12を形成する。なお、被膜12の種類は、これらに限定されるものではない。
【0021】
このように、本ピストンリング1は、ステンレス鋼製母材2の面取り部11及び外周面9に、硬度がHv400以上の窒化拡散層5を形成したから、従来の面取り部及び外周面にまったく窒化処理が施されていないピストンリングに比べて、面取り部11及び外周面9におけるイオンプレーティング被膜12の密着性が向上する。また、面取り部11の窒化層の硬度をHv700未満としたから、従来の面取り部に硬度がHv700以上の窒化層を有するピストンリングに比べて、窒化層への耐クラック伝播性が改善され、ピストンリング1の耐疲労性が向上する。さらに、本ピストンリング1においては、外周面9のイオンプレーティング被膜12が摩滅しても、下地として硬度がHv900以下の拡散層5が形成されるから、直ちに母材2の表面が現れることはなく、耐摩耗性にも優れている。
【0022】
ここで、外周面9の拡散層5の硬度がHv900以下であるのに対し、面取り部11の拡散層5の硬度をそれよりも柔らかいHv700未満としたのは、被膜12のクラックは面取り部11において最も発生しやすく、面取り部11における被膜12から窒化層へのクラック伝播を、一段高いレベルで充分に考慮する必要があるからである。なお、面取り部11を除く、上下面6,7及び内外周面8,9の硬度は、必ずしも上述した硬度に限定されるものではない。また、面取り部11及び外周面9の拡散層5の厚さも、必ずしも上述した厚さに限定されるものではない。
【0023】
【実施例】
以下、本発明のピストンリングを、表1及び表2に示す比較例と実施例とについて実施した、密着性(耐剥離性)試験及び耐疲労性試験によって説明する。
【0024】
イオンプレーティング被膜としてCr−N系の被膜を有するピストンリングについて、次表1に示す4種の比較例と4種の実施例を形成した。
【0025】
Figure 0004233015
次に、イオンプレーティング被膜としてCr−B−N系の被膜を有するピストンリングについて、次表2に示す4種の比較例と4種の実施例を形成した。
【0026】
Figure 0004233015
このように形成した各試験片について、以下の密着性試験及び耐疲労性試験を実施した。
(密着性試験)
図2に示す衝撃試験機31により、各試験片の耐剥離性を測定した。衝撃試験機31において、矢印で示すように、当て金32で支持したピストンリング33の表面に、圧子34を介して、1回当たり43.1mJ(4.4kgf・mm)の衝撃エネルギを加え、剥離発生までの衝撃回数を測定した。試験条件は、次のとおりであった。
【0027】
ピストンリング母材:
C:0.90、Si:0.42、Mn:0.32、P:0.02、
S:0.02、Cr:17.5、Mo:1.18、V:0.10、
Co:4.0、Fe:残り(質量%)
被膜の性質:
Cr−N系被膜(Cr:5.7、Cr2 N:7.9、CrN:86.4(積分強度比%))、Cr−N硬度:Hv1400
Cr−B−N系被膜(Cr:78.5、B:1.2、N:20.3(質量%))、Cr−B−N硬度:Hv1800
被膜厚さ:すべて30μm
(耐疲労性試験)
図3に示すリング実体型疲労試験機41を用いた浸漬疲労試験により、各試験片の耐疲労性を測定した。リング実体型疲労試験機41においては、ピストンリング42の一端を支持台43に固定し、他端をてこアーム44の一端に固定し、偏心カム45より、てこアーム44を介して、所定の振幅でピストンリング41に繰り返し応力を与える。応力の変化は、合い口の開閉量を変化させることで行った。ピストンリング41が折損するまでの繰り返し数を測定し、S−N曲線を求めた。そして、S−N曲線から1×107 回だけ耐え得る応力を疲労限として求めた。
【0028】
そして、イオンプレーティング被膜としてCr−N系の被膜を有するピストンリングについて、上述した各試験の測定結果は、次表3に示すとおりであった。耐剥離性及び耐疲労性は、比較例1を100とした剥離指数及び疲労強度指数でそれぞれ評価した。指数が大きい程、剥離しにくく、また折損しにくいことを示す。
【0029】
(表3)
試験片 剥離性指数 疲労強度指数
比較例1 100 100
比較例2 75 150
比較例3 67 114
比較例4 79 150
実施例1 96 130
実施例2 96 138
実施例3 92 145
実施例4 99 133
また、イオンプレーティング被膜としてCr−B−N系の被膜を有するピストンリングについて、上述した各試験の測定結果は、次表4に示すとおりであった。耐剥離性及び耐疲労性は、上記比較例1を100とした剥離指数及び疲労強度指数でそれぞれ評価した。指数が大きい程、剥離しにくく、また折損しにくいことを示す。
【0030】
(表4)
試験片 剥離性指数 疲労強度指数
比較例5 100 100
比較例6 75 150
比較例7 67 113
比較例8 80 150
実施例5 96 131
実施例6 98 138
実施例7 90 144
実施例8 98 131
以上より、イオンプレーティング被膜がCr−N系、Cr−B−N系のいずれの場合にも、ピストンリングの被膜の密着性は、面取り部及び外周面の拡散層硬度がHv400以上の場合には、面取り部の拡散層硬度がHv700以上の場合、あるいは外周面の拡散層硬度がHv900を超える場合に比べて、同等ないしわずかに低下するが、拡散層硬度がそれぞれHv400未満の場合、及び面取り部又は外周面のいずれか一方に拡散層がまったく形成されていない場合に比べて、いずれも優れていることが判明した。また、ピストンリングの耐疲労性は、面取り部の拡散層硬度がHv400以上700未満の場合、及び外周面硬度がHv400以上900以下の場合に優れていることが判明した。
【0031】
よって、本発明の実施例1ないし8は、耐剥離性及び疲労強度についていずれも優れた効果を得ることができるものであった。さらに、外周摺動面の下地として拡散層を残すことで、硬質被膜が摩耗した際に母材を保護することもできる。
【0032】
【発明の効果】
以上詳細に説明したように、本発明のピストンリングは、ステンレス鋼製母材の上下面及び内外周面に化合物層が除去された窒化拡散層を有し、外周面の上下コーナ部が面取り加工されて面取り部が形成されると共に、外周面及び面取り部に硬質セラミックのイオンプレーティング被膜が形成され、この面取り部の拡散層の硬度をHv400以上700未満とした。したがって、本発明のピストンリングは、耐摩耗性と、特に面取り部における耐疲労性及びイオンプレーティング被膜の密着性とを一段と向上させることができるという優れた効果を奏する。
【0033】
好ましくは、外周面の窒化拡散層の硬度をHv400以上900以下としたから、外周面における耐疲労性及びイオンプレーティング被膜の密着性を一段と向上させることができるという優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係るピストンリングを示す縦断面図であり、(a)は窒化処理後、(b)は化合物層の除去後、(c)は面取り部と外周面の加工後、(d)は被膜形成後のそれぞれの状態を示す。
【図2】衝撃試験機31を示す略図である。
【図3】リング実体型疲労試験機41を示す略図である。
【符号の説明】
1 ピストンリング
2 母材
3 窒化層
4 化合物層
5 拡散層
6 上面
7 下面
8 内周面
9 外周面
10 コーナ部
11 面取り部
12 イオンプレーティング被膜
31 衝撃試験機
32 当て金
33 ピストンリング
34 圧子
41 リング実体型疲労試験機
42 ピストンリング
43 支持台
44 てこアーム
45 偏心カム

Claims (3)

  1. ステンレス鋼製母材(2)の上下面(6、7)及び内外周面(8、9)に化合物層(4)が除去された窒化拡散層(5)を有し前記外周面の上下コーナー部(10)が面取り加工されて面取り部(11)が形成されると共に前記外周面及び前記面取り部に硬質セラミックのイオンプレーティング被膜(12)が形成されたピストンリング(1)において、前記外周面(9)の前記拡散層の硬度をHv400以上900以下とし、前記面取り部の前記拡散層の硬度を、前記外周面(9)の前記拡散層の硬度よりも柔らかいHv400以上700未満とし、前記被膜はCr−N系、Cr−B−N系のいずれか1種からなることを特徴とするピストンリング。
  2. 前記面取り部(11)の前記拡散層(5)の厚さを5μm以上40μm以下としたことを特徴とする、請求項1に記載のピストンリング。
  3. 前記外周面(9)の前記拡散層(5)の厚さを10μm以上40μm以下としたことを特徴とする、請求項1又は2に記載のピストンリング。
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