JP4222112B2 - 高硫黄快削鋼 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
この発明は高硫黄快削鋼に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
【特許文献1】
特開昭56−16653号公報
【特許文献2】
特開平10−46292号公報
【特許文献3】
特開昭62−258955号公報
【特許文献4】
特開昭54−17567号公報
【特許文献5】
特開平9−49053号公報
【特許文献6】
特開平11−1743号公報
【特許文献7】
特開2001−262280号公報
【特許文献8】
特開2002−249848号公報
【特許文献9】
特開2000−319753号公報
【0003】
機械部品等の切削加工にて製造される部材の生産性を向上させるために、近年、快削鋼の用途が増大しつつある。鉄系材料の被削性向上元素としては、S、Pb、Se、Bi、Te、Caなどが知られている。このうち、Pbは、環境保護に対する関心が地球規模で高まりつつある近年では次第に敬遠されるようになっており、その使用を制限する機器や部品も多くなりつつある。そこで、Sを被削性向上元素の主体として用いた材料が、代替材料として考えられている(特許文献1〜特許文献4)。これらは、主にMnS系の介在物を生成させ、介在物に対する切屑形成時の応力集中効果や、工具と切屑間の潤滑作用により被削性や研削性を高めるようにしている。また、Sとともに相当量のTi及びCを添加し、Ti4S2C2系の介在物を分散形成して快削性を付与した鋼も提案されている(特許文献5〜特許文献7)。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、Sを快削性付与元素として用いる場合、S添加量が過剰になると、合金の耐食性、熱間加工性あるいは冷間加工性を劣化させる原因となるため、その添加量は一般に0.3質量%以下に留められている(例えば、特許文献1、特許文献3)。当然、S添加量が少ないことから、硫化物系介在物の形成量も不足しがちであり、被削性向上効果には一定の限界があった。また、MnSなどの硫化物は材料の鍛伸方向に延伸しやすく、材料強度の異方性化等を招く原因ともなっている。なお、特許文献3には、TiとSを複合添加して硫化物を球状化できることが開示されているが、S添加量が少ないため、被削性向上効果の向上に限界がある点については何ら変わりはない。
【0005】
他方、特許文献8、特許文献9、特許文献2あるいは特許文献4のごとく、Sの含有量の上限を0.4質量%以上に高め、被削性をさらに向上させる提案もなされているが、前述の問題のほか、粗大な硫化物系介在物が形成されやすく、例えば酸洗処理後メッキして使用される材料等の場合、介在物の脱落により表面性状が悪化したり、また油圧部品など気密性が重視される用途等には適用が困難になったりする問題があった。
【0006】
なお、特許文献8、特許文献9、特許文献2においては、被削性向上のため、鋼中のS含有量のほかO含有量も規定しているが、いずれもO含有量が不足すると硫化物が小型化し、切削に不向きなる主旨の記載がある。したがって、これら特許文献におけるO含有量の規定は、粗大な硫化物の形成を促進し、微細な硫化物の形成はなるべく抑制することに主眼が置かれていることが明白である。従って、被削性をさらに向上させる目的でS含有量を増大させようとした場合、粗大な硫化物の形成が過剰となり、上記の弊害が助長されることは必至となる。
【0007】
一方、特許文献4〜特許文献7に開示されている、Ti炭硫化物を利用する快削鋼の場合、介在物がMnS等と比較すると硬質なため、ハイス工具等による切削加工では、工具寿命が低下しやすい欠点がある。
【0008】
本発明の課題は、S含有率を高めつつも粗大な硫化物や硬質の炭硫化物の生成を抑制し、ひいては被削性が極めて良好で、かつ介在物の脱落による表面性状の悪化や気密性の低下、工具寿命の低下、さらには被削面の仕上げ精度悪化などの不具合も生じにくい高硫黄快削鋼を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段及び作用・効果】
上記の課題を解決するために、本発明の高硫黄快削鋼は、
C:0.03質量%以上0.2質量%以下;
S:0.4質量%以上1質量%以下;
Mn:0.5質量%以上3質量%以下;
O:0.0025質量%以上0.015質量%以下;
P:0.02質量%以上0.4質量%以下;
Si:0.5質量%以下、を含有し、
[1]Tiの含有量をWTi(質量%)とし、酸素含有量をWOとして、WTiが0.006質量%以上0.050質量%以下であり、かつ、0.4≦WTi/WO≦4.5;
[2]Alの含有量をWAl(質量%)とし、酸素含有量をWOとして、WAlが0.0005質量%以上0.015質量%以下であり、かつ、WAl/WO≦1.0;
[3]Zrの含有量をWZr(質量%)とし、酸素含有量をWOとして、WZrが0.0005質量%以上0.015質量%以下であり、かつ、WZr/WO≦1.0;
にて表される組成条件[1]ないし[3]のいずれかを充足し、残部Fe及び不可避不純物からなり、
鋼断面組織上にて観察される硫化物系介在物において、円換算直径にて定義された粒径が3μmを超える硫化物系介在物を第一種介在物、同じく0.25μm以上2μm以下の硫化物系介在物を第二種介在物とし、前記第一種介在物の前記鋼組織断面上での面積率をS (i) 、前記第二種介在物の前記鋼組織断面上での面積率をS (ii) として、
0.2≦S (i) /[S (i) +S (ii) ]≦0.85
を充足することを特徴とする。
【0010】
上記本発明の高硫黄快削鋼においては、MnとSとを添加することにより、被削性を改善する硫化物系介在物(以下、「被削性向上介在物」ともいう)として、MnS系介在物(Mnに対しCa等の副成分が固溶しうるが、カチオン元素の主体(50質量%以上)はMnである)を組織中に分散形成する。そして、Sは、従来の快削鋼よりも多い0.4質量%以上を添加する。本発明の高硫黄快削鋼において採用するMn及びSの組成域では、Ti、AlないしZrに対するOの相対含有量に応じて、MnS系硫化物の組織形態が変化する。図2のAに示すように、酸素相対含有量が過度に増加すると、比較的大粒径の球状のMnS系介在物(第一種介在物)の形成が主体的となる。他方、酸素相対含有量が減少すると、Cに示すように、微細なコロニー状のMnS系介在物(第二種介在物)の形成が主体的となる。Aのごとく、第一種介在物が主体的となるのは、極端に大きな硫化物系介在物の形成が助長されるため、粗大介在物の脱落による表面性状の悪化や気密性の低下といった不具合につながるので好ましくない。また、切屑の破砕性が悪化する惧れもある。他方、Bのごとく、大粒径の第一種介在物がほとんど排除され、微細な第二種介在物がもっぱら形成されるような組織になると、切削加工を行なったときに被削面が荒れやすくなり、切削面の仕上げ精度を確保することが困難になることが判明した。その理由としては、微細な第二種介在物が被削性向上介在物の主体となっている場合、超硬合金や高速度工具鋼等で構成された切削工具に構成刃先を生じやすくなり、面荒れを起こしやすくなるものと考えられる。
【0011】
そこで、本発明者らがさらに鋭意検討を重ねた結果、上記の範囲にS及びMnの含有率を設定し、かつ、上記[1]〜[3]のいずれかを充足するように、Ti、Al又はZrの含有量とO含有量とを調整することにより、図2のBのごとく、比較的大粒径の第一種介在物と、微細な第二種介在物とが適度な比率にて混在形成れた組織が得られる。これにより、微細な硫化物系介在物を、上記第二種介在物の形で従来の快削鋼よりもはるかに多量に形成することができるので、被削性が劇的に向上する。また、粒径の大きい第一種介在物の相対的な形成量が減少することで、図2Aのように第一種介在物のみが形成される場合と比較して、過度に粗大な介在物の形成確率が減少し、該介在物の脱落による表面性状の悪化や気密性の低下も生じにくい。さらに、粒径の大きい第一種介在物が適当な比率にて混在形成されることで、切削加工を行なったときに被削面が荒れが抑制され、切削面の仕上げ精度を向上させることができる。その理由としては、第一種介在物の混在により、第二種介在物が主体的な場合に生じやすかった構成刃先の形成が抑制されることが考えられる。
【0012】
図3は、Fe−Mn−S三元系における、代表的なMn組成付近(Mn:1質量%)での断面状態図である。該状態図のFeリッチ側は、2液分離の溶解度線UL1を液相域に有する偏晶凝固系であることがわかる。この場合、S濃度が比較的高い組成域においては、偏晶凝固的な機構により、球状で大形のMnS系硫化物が凝固初期に生成しやすくなる。他方、Fe系マトリックスの要部が晶出し終わった凝固末期には、マトリックス粒間に残っているS濃度の高い残液が共晶的に凝固し、コロニー状の微細なMnS系硫化物を生成する。前者のMnS系硫化物が第一種介在物となり、後者のMnS系硫化物が第二種介在物となることは明らかである。そして、酸素相対含有量が増加した場合は、上記第一種化合物の生成を支配する偏晶凝固的な機構が促進され、酸素相対含有量が減少した場合は、偏晶凝固的な機構が抑制されるものと考えられる。
【0013】
例えば、上記条件[1]に関していえば、特許文献3のごとくTi含有量を単独で調整したり、あるいは特許文献8、特許文献9及び特許文献2のごとくTiを添加せずに、O含有量のみを調整するだけでは、硫化物の球状化を生ずるだけであったり、あるいは硫化物が却って粗大化することにつながる。従って、本発明のごとく、0.4質量%以上という多量のSが添加される条件下では、粗大なMnS系介在物の生成が避け難く、微細なMnS系介在物が多量に形成された組織を得ることはできない。しかし、Ti含有量をO含有量とともに、条件[1]に示す特定の範囲内に調整して始めて、粗大なMnS系介在物の形成を抑制しつつ、微細なMnS系介在物を適度に混在させた組織が得られ、介在物脱落による表面性状の悪化や気密性の低下、及び被削面の面荒れ等を生ずることなく、被削性を大幅に向上させることが可能となるのである。条件[2]及び条件[3]についても同様である。なお、本発明においては、条件[1]〜[3]の2以上のものが同時に成立する組成を採用してもよい。
【0014】
偏晶凝固的な機構におけるMnS系硫化物の形成過程は、共晶反応等が介在しない、液相中への硫化物の核発生・成長が主体的となる。具体的には、成長を阻害する固相が周囲に存在しないこともあって、比較的小さな過冷度で核発生・成長に移行でき、少数の核の周囲にて等方的にMnSの成長が進行するので、球状の硫化物が比較的大きく成長し、かつ、その形成間隔はまばらである。該硫化物は、素材に加工が施されなければ、材料組織内に球状の第一種介在物として形状が保持される。鋼断面組織上にて観察される該第一種介在物は、図1のような円換算直径deqにて定義された粒径が3μmを超え、また、その形成間隔(断面組織上における、最近接の第一種介在物の重心間距離とする)の平均値も20μm以上と比較的広い。なお、鍛造や圧延などの加工が施されると、その鍛伸方向に第一種介在物が延伸することがあるが、組織上にて観察される面積はそれほど変化しない。
【0015】
一方、共晶的な凝固機構により生成する第二種介在物はより微細で、円換算直径にて定義された粒径は2μm以下であり、その形成間隔(断面組織上における、最近接の第一種介在物の重心間距離とする)の平均値も2μm未満と小さい。
【0016】
例えば、鋼断面組織上にて観察される硫化物系介在物において、円換算直径にて定義された粒径が3μm以上の硫化物系介在物を第一種介在物、同じく0.25μm以上2μm以下の硫化物系介在物を第二種介在物とし、として、それぞれ把握することができる。この場合、第一種介在物の鋼組織断面上での面積率をS(i)、前記第二種介在物の前記鋼組織断面上での面積率をS(ii)として、上記本発明の組成を採用することにより、
0.2≦S(i)/[S(i)+S(ii)]≦0.85
を充足させることができる。図4に示すように、S(i)/[S(i)+S(ii)]が0.2未満では、切削加工を行なったときの被削面が荒れが顕著となり、切削面の仕上げ精度低下につながる。他方、S(i)/[S(i)+S(ii)]が0.85を超えると、過度に粗大な介在物の形成確率が増大し、該介在物の脱落による表面性状の悪化や気密性の低下につながる。また、介在物の総数が減少するために、切屑破砕性が悪化しやすくなる。なお、鋼組織断面に観察される粒径25μmを超える粗大な硫化物系介在物の、観察視野1mm2あたりの個数は、50個未満となっているのがよく、望ましくは可及的に形成されないのがよい。
【0017】
なお、(Ti,Zr)炭硫化物系の硬質介在物の形成を抑制し、MnS系介在物が被削性向上介在物の主体となる組織をより確実に得るには、Ti及びZrの合計含有量をWJ(質量%)とし、Sの含有率をWSとして、WS/WJが4以上、より望ましくは6以上となっているのがよい。また、被削性向上効果を高めるためには、鋼組織断面に観察される粒径0.25μm以上の硫化物系介在物(MnS系介在物)の、観察視野1mm2あたりの個数が10000個以上80000個以下であることが望ましい。
【0018】
以下、本発明における組成限定理由について説明する。
(1)C:0.03質量%以上0.2質量%以下
Cは、鋼の強度向上を目的として添加される。C含有量が0.03質量%未満では鋼の強度が不足することにつながる。他方、C含有量が0.2質量%を超えると鋼の硬度が増加しすぎ、被削性の低下を招くことにつながる。C含有量は、より望ましくは0.05質量%以上0.15質量%以下とするのがよい。
【0019】
(2)Mn:0.5質量%以上3質量%以下
MnはSと結合し、MnS系介在物を形成して被削性向上に寄与する。Mn含有量が0.5質量%未満では、FeSを生じて熱間加工性が悪化することにつながる。また、3質量%を超えると鋼の硬さが上昇し、被削性が低下することにつながる。Mn含有量は、より望ましくは1.0質量%以上2.5質量%以下とするのがよい。なお、Mn含有量をWMn(質量%)とし、Sの含有率をWSとして、WMn/WSは1.5以上5以下となっていることが望ましい。WMn/WSがこの範囲外になると、熱間加工性の劣化を招く場合がある。
【0020】
(3)S:0.4質量%以上1質量%以下
SはMnと結合し、MnS系介在物を形成して被削性向上に寄与する。既に説明した通り、0.4%質量%以上と、従来の硫黄快削鋼よりも大量に添加し、被削性をより改善する。S含有量が0.4質量%未満では、被削性を十分に向上させることができなくなる。また、1質量%を超えると熱間加工性が著しく悪化することにつながる。S含有量は、より望ましくは0.5質量%以上0.75質量%以下とするのがよい。
【0021】
(4)O:0.0025質量%以上0.015質量%以下
後述の通り、Ti、AlあるいはZrの少なくともいずれかとともに、含有量を制御することにより、多量に生ずるMnS系介在物の微細化組織制御に寄与する。ただし、O含有量が0.015質量%を超えると、S(i)/[S(i)+S(ii)]を0.85以下に維持することが困難となり、過度に粗大な介在物の形成確率が増大し、該介在物の脱落による表面性状の悪化や気密性の低下につながる。他方、O含有量が0.0025質量%未満になると、MnS系介在物の微細化が進みすぎてS(i)/[S(i)+S(ii)]を0.2以上に維持することが困難となり、切削加工を行なったときの被削面が荒れが顕著となって、切削面の仕上げ精度低下につながる。
【0022】
(5)Ti:0.006質量%以上0.050質量%以下、かつ0.4≦WTi/ WO≦4.5(条件[1]採用時)
TiはO含有率をコントロールし、MnS系介在物の形態を制御する成分である。Tiを0.01〜0.12%添加して、酸素レベルを適性値に制御することにより、硫化物を超微細に分散制御することができる。Ti含有率及びWTi/WOの少なくともいずれかが下限未満になると、巨大なMnSが生成しやすくなり、さらに、切り屑の破砕性も不足しがちとなって、連続切り屑を生じやすくなる。生じた切り屑が長くひげ状に伸びた連続切り屑の形で排出されると、これが被削材や工具に絡まり加工がスムーズに行えなくなる場合がある。また、Ti含有率が上限を超えると、MnSが微細になりすぎて、被削面の面粗度が悪化する。Ti含有率は、より望ましくは0.01質量%以上0.03質量%以下とするのがよく、WTi/WOは0.6以上3以下とするのがよい。
【0023】
(6)Al:0.0005質量%以上0.015質量%以下、かつWAl/ WO≦1.0(条件[2]採用時)
AlはO含有率をコントロールし、MnS系介在物の形態を制御する成分である。Alを0.001〜0.05質量%添加して、酸素レベルを適性値に制御することにより、硫化物を超微細に分散制御することができる。Al含有率及びWAl/WOの少なくともいずれかが下限未満になると、巨大なMnSが生成しやすくなり、さらに、切り屑の破砕性も不足しがちとなって、連続切り屑を生じやすくなる。また、Al含有率が上限を超えると、MnSが微細になりすぎて、被削面の面粗度が悪化する。Al含有率は、より望ましくは0.001質量%以上0.01質量%以下とするのがよく、WAl/WOは0.05以上とするのがよい。
【0024】
(7)Zr:0.0005質量%以上0.015質量%以下、かつWZr/ WO≦1.0(条件[3]採用時)
ZrはO含有率をコントロールし、MnS系介在物の形態を制御する成分である。Zrを0.001〜0.05質量%添加して、酸素レベルを適性値に制御することにより、硫化物を超微細に分散制御することができる。Zr含有率及びWZr/WOの少なくともいずれかが下限未満になると、巨大なMnSが生成しやすくなり、さらに、切り屑の破砕性も不足しがちとなって、連続切り屑を生じやすくなる。また、Zr含有率が上限を超えると、MnSが微細になりすぎて、被削面の面粗度が悪化する。Zr含有率は、より望ましくは0.001質量%以上0.01質量%以下とするのがよく、WZr/WOは0.05以上とするのがよい。
【0025】
なお、本発明においては、目的とするMnS形態を達成するためには、O濃度を正確に制御することが重要である。AlやZrのような強脱酸元素を用いる場合には、その脱酸元素の非常に微量な濃度域での脱酸制御が必要となり、操業上のバラツキが大きくなること懸念がある。他方、SiやCr等の弱脱酸元素を用いることも考えられるが、目的とするO濃度を達成するためには、多量の添加が必要となり、マトリックスの性質への影響が大きくなる。こうした観点から、O濃度の制御成分としては、Tiを用いることが、本発明において最も望ましいといえる。
【0026】
以下、本発明の快削鋼に含有可能な他の成分の例と、その好ましい含有量について説明する。
(8)P:0.02質量%以上0.4質量%以下
Pは、上記範囲で添加することにより被削性改善効果を有し、特に仕上げ面の粗さ改善に有効である。ただし、下限値未満では効果に乏しい。他方、Pを上記上限値を超えて添加すると、粒界に偏析して粒界腐食感受性を高めるほか、靭性の低下を招くこともある。P含有率は、より望ましくは0.04質量%以上0.1質量%以下とするのがよい。
【0027】
(9)Si:0.5質量%以下
Siは、脱酸剤として含有させることができる。しかし、含有量が過大となると鋼の硬さが高くなり、被削性を低下させることにつながる。なお、本発明においては、脱酸制御を主にTi、AlあるいはZrに担わせるので、被削性向上の観点から、Si含有量はより望ましくは0.1質量%以下とするのがよい。
【0028】
(10)本発明の快削鋼には、0.2質量%以下のTe、0.2質量%以下のSe、0.02質量%以下のCa、0.02質量%以下のMg、0.02質量%以下のBa、及び0.2質量%以下の希土類金属元素の、1種又は2種以上を合計で0.001質量%以上含有させることができる。これにより、熱間加工時等において、MnS系介在物が鍛伸方向に長く延伸することが抑制され、材料強度の異方性化(特に鍛伸方向と直角な向きの強度低下)を防ぐ上で有効となる。上記成分の合計含有量が下限値未満では効果に乏しく、各々上限値を超えて添加されると効果が飽和し、逆に熱間加工性が低下することがあるので、いずれも好ましくない。なお、希土類元素としては、放射活性の低い元素を主体的に用いることが取り扱い上容易であり、この観点において、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb及びLuから選ばれる1種又は2種以上を使用することが有効である。特に上記効果のより顕著な発現と価格上の観点から、軽希土類、特にLaあるいはCeを使用することが望ましい。ただし、希土類分離過程等にて不可避的に残留する微量の放射性希土類元素(例えばThやUなど)が含有されていても差し支えない。また、原料コスト低減等の観点から、ミッシュメタルやジジムなど、非分離希土類を使用することもできる。
【0029】
(11)本発明の快削鋼には、0.2質量%以下のB、2質量%以下のNb、1質量%以下のV、1質量%以下のN、2質量%以下のCu、2質量%以下のNi、2質量%以下のCr、2質量%以下のMo、0.6質量%以下のSn、0.06質量%以下のAs及び0.06質量%以下のSbの、1種又は2種以上を合計で0.001質量%以上含有させることができる。これらの元素は、鋼のマトリックスを適度に脆くし、切削時に発生する切り屑を断続化して、ひげ状の連続切り屑となることを抑制する効果を有する。ただし、これらの元素の合計含有量が0.001質量%未満では効果に乏しく、各々上限値を超えて添加されるとマトリックスが過度に硬化し、被削性が却って低下することがあるので好ましくない。
【0030】
(12)本発明の快削鋼には、PbとBiとの一方又は双方を合計にて0.01質量%以上下0.5質量%以下の範囲にて含有させることができる。これらの元素は被削性をさらに向上させる効果がある。ただし、本発明の快削鋼は高硫黄組成であり、MnS系介在物が微細に分散した形で多量に形成されるので、これらの添加元素の補助がなくとも本来的に被削性は良好である。ただし、材料ロット内あるいはロット間のバラツキを考慮した場合、量産スケールでの被削性の安定化等を図る目的で添加することはもちろん可能である。なお、これらの元素の合計含有量が0.01質量%未満では効果に乏しく、各々上限値を超えて添加されると熱間加工性を低下させるため好ましくない。なお、Pbに関しては、環境への配慮から添加が好まれないこともある。しかし、本発明の快削鋼は、上記の通りMnS系介在物の多量形成により本来的に被削性が良好であり、Pb含有量が0.3質量%以下(0質量%を含む)であっても良好な被削性を確保でき、Pbを含有しない(不純物として不可避的に混入する場合も、「含有しない」概念に属するものとする)組成を採用することも十分に可能である。
【0031】
【実施例】
本発明の効果を確認するために、以下の実験を行った。
まず、表1(本発明実施例)及び表2(比較例)に示す成分組成(質量%)に配合した各々150kg鋼塊を高周波誘導炉にて溶製し、これを、1100℃以上1200℃以下の適当な温度で加熱して熱間鍛造を行なうことにより、外径55mmの丸棒に加工した(鍛造比:約8)。それら丸棒をさらに950℃で1時間加熱した後空冷(焼ならし処理)し、各試験に供した。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【0034】
(組織観察及び介在物のキャラクタリゼーション)
丸棒試験片の軸直交断面を鏡面研磨した後、該研磨断面の半径の1/2の位置にて面積0.1mm2の視野をランダムに10個設定して、各々光学顕微鏡により組織観察した(倍率:約400倍)。そして、各視野の観察画像を解析することにより、粒径0.25μm以上の介在物の個数(1mm2当たりの換算値)及び円換算直径による粒径を求めた。そして、該粒径が3μmを超えるものを第一種介在物、2μm未満のものを第二種介在物として識別し、それぞれの面積をS(i)、S(ii)として求め、第一種介在物の相対面積率S(i)/(S(i)+S(ii))の値を算出した。なお、介在物は別途EPMAとX線回折により分析を行っており、MnS系の化合物であることを確認している。
【0035】
上記の各試験品につき、以下の実験を行った。
1.被削面の粗さ評価
切削工具として超硬合金(JIS:K10)チップを用いてNC旋盤により以下の条件で切削試験を行う:
・切削速度:100m/min;
・一回転当りの切り込み量:0.3mm;
・一回転当りの送り量:0.050mm;
・切削油:水溶性。
そして、上記の切削後、切削面の最大高さRmaxを、JISB0601(1994)に規定された方法により測定した。
【0036】
2.切り屑破砕性試験
切削工具として超硬合金(JIS:K10)チップを用いてNC旋盤により以下の条件で切削試験を行う:
・切削速度:80m/min、100m/min及び120m/minの3条件;
・一回転当りの切り込み量:0.3mm及び1.0mmの2条件;
・一回転当りの送り量:0.025mm、0.050mm、0.100mmの3条件;
・切削油:水溶性。
そして、上記の切削速度3条件×切り込み量2条件×送り量3条件の計18条件で、丸棒試験片を長手方向に旋削加工したときの切屑を、表5に示す基準に基づき点数をつけ、その合計点を切屑破砕性評価の指標とした。点数が高いほど切り屑破砕性が良好であることを意味する。
【0037】
3.被削性評価
切削工具には高速度工具鋼(JIS:SKH51)製ドリルを用い、縦形マシニングセンターにより以下の条件にて切削試験を行う:
・工具形状:呼び径5mm;
・切削速度:80m/min;
・一回転当りの送り量:0.1mm;
・穴深さ:15mm;
・切削油:油性。
評価はコーナーの平均磨耗量が100μmになるまでの切削距離にて行なった。
【0038】
4.メッキ性評価
丸棒試験片に対し、表面を砥石研磨とバフ研磨により6.3Sに平滑に仕上げた後、10%塩酸により10分間酸洗後、無電解Niメッキを施した。その後、試験片を軸直交面にて切断し、断面の表層近傍を光学顕微鏡でランダムに20箇所観察した。そして、各観察部にて、MnS介在物脱落に起因した酸洗ピットメッキ不良の有無を調べ、以下のように評価した:
○:不良なし、△:1〜10箇所が不良、×:10箇所以上が不良。
以上の結果を表3及び表4に示す。
【0039】
【表3】
【0040】
【表4】
【0041】
【表5】
【0042】
すなわち、本発明に属する実施例の鋼はいずれも、介在物の極度の粗大化が抑制され、かつ、粒径レベルの異なる第一種介在物と第二種介在物とが適度に混在していることで、被削性、メッキ性、被削面の粗さ(仕上がり)及び工具寿命のいずれにおいても良好な結果が得られている。また、切り屑破砕性指数も高い。本発明に属する実施例の鋼は、Pbを含有せずとも、比較例15に示すPb系快削鋼(JIS:SUM24L相当)と略同等の被削性及びメッキ性を有していることがわかる。図5は、上記の試験結果のうち、第一種介在物の相対面積率及び介在物の単位面積当たりの総数を、WTi/WOに対してそれぞれプロットしたものである。WTi/WOが小さくなるほど(詰まり、相対酸素濃度が大きくなると、粒径の大きい第一種介在物の相対面積率が増加するとともに介在物個数は減少し、相対酸素濃度が小さくなると、第一種介在物の相対面積率が減少するとともに介在物個数は増加していることがわかる。
【0043】
図6は、被削面の粗さをWTi/WOに対してプロットしたものである。WTi/WOが4.5以上に大きくなると、つまり、図5との関係から第一種介在物の相対面積率が0.2未満に小さくなると、被削面の粗さが急激に悪化していることがわかる。また、図7は、切り屑破砕性指数をWTi/WOに対してプロットしたものである。WTi/WOが0.4以上で切り屑破砕性指数が改善されていることがわかる。さらに、図8は、被削性の評価結果ををWTi/WOに対してプロットしたものである。WTi/WOが4.5以下となることで、被削性(工具寿命)が顕著に向上していることがわかる。
【0044】
図9は、表2の比較例1の試験片の断面組織を示す光学顕微鏡観察画像である。組織中黒点状に分散しているのがMnS系介在物であり、粒径3μmを超える球状の第一種介在物が主体的に形成されていることがわかる。他方、図10は、表1の実施例3の試験片の断面組織を示す光学顕微鏡観察画像である。粒径3μmを超える第一種介在物と、同じく2μm未満の第二種介在物とが互いに拮抗した比率にて混在していることがわかる。さらに、図11は、表2の比較例4の試験片の断面組織を示す光学顕微鏡観察画像である。粒径2μm未満の第二種介在物が主体的に形成されていることがわかる。また、比較例1の試験片にメッキを施しあとの、表層付近の断面組織画像を図11に示す。介在物の抜け落ちに起因すると思われる大きなピット状の欠陥が形成されているのがわかる。
【0045】
以上、本発明の実施例を示したが、これはあくまで例示であり、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、当事者の知識に基づき種々の改良ないし変形を加えた態様でも実施可能であることはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【図1】介在物の粒径の定義を示す説明図。
【図2】相対酸素濃度に応じたMnS系介在物の組織変化を示す光学顕微鏡観察画像。
【図3】F−Mn−S系三元系状態図において、Mn=1質量%に固定したときの、Fe側断面状態図。
【図4】WTi/WOに対する、介在物個数、介在物粒径の最大値、切り屑破砕性及び被削性の変化傾向と、WTi/WOの適正範囲の設定理由とを、定性的に示すグラフ。
【図5】実施例の実験結果を示す第一のグラフ。
【図6】実施例の実験結果を示す第二のグラフ。
【図7】実施例の実験結果を示す第三のグラフ。
【図8】実施例の実験結果を示す第四のグラフ。
【図9】表2の比較例1の試験片の断面組織を示す光学顕微鏡観察画像。
【図10】表1の実施例3の試験片の断面組織を示す光学顕微鏡観察画像。
【図11】表2の比較例4の試験片の断面組織を示す光学顕微鏡観察画像。
【図12】表2の比較例1の試験片の、メッキ後の断面組織を示す光学顕微鏡観察画像。
Claims (9)
- C:0.03質量%以上0.2質量%以下;
S:0.4質量%以上1質量%以下;
Mn:0.5質量%以上3質量%以下;
O:0.0025質量%以上0.015質量%以下;
P:0.02質量%以上0.4質量%以下;
Si:0.5質量%以下、を含有し、
[1]Tiの含有量をWTi(質量%)とし、酸素含有量をWOとして、WTiが0.006質量%以上0.050質量%以下であり、かつ、0.4≦WTi/WO≦4.5;
[2]Alの含有量をWAl(質量%)とし、酸素含有量をWOとして、WAlが0.0005質量%以上0.015質量%以下であり、かつ、WAl/WO≦1.0;
[3]Zrの含有量をWZr(質量%)とし、酸素含有量をWOとして、WZrが0.0005質量%以上0.015質量%以下であり、かつ、WZr/WO≦1.0;
にて表される組成条件[1]ないし[3]のいずれかを充足し、残部Fe及び不可避不純物からなり、
鋼断面組織上にて観察される硫化物系介在物において、円換算直径にて定義された粒径が3μmを超える硫化物系介在物を第一種介在物、同じく0.25μm以上2μm以下の硫化物系介在物を第二種介在物とし、前記第一種介在物の前記鋼組織断面上での面積率をS (i) 、前記第二種介在物の前記鋼組織断面上での面積率をS (ii) として、
0.2≦S (i) /[S (i) +S (ii) ]≦0.85
を充足することを特徴とする高硫黄快削鋼。 - 鋼組織断面に観察される粒径25μmを超える硫化物系介在物の、観察視野1mm 2 あたりの個数が50個未満である請求項1記載の高硫黄快削鋼。
- Ti及びZrの合計含有量をW J (質量%)とし、Sの含有率をW S として、W S /W J が4以上である請求項1又は請求項2に記載の高硫黄快削鋼。
- Mn含有量をW Mn (質量%)とし、Sの含有率をW S として、W Mn /W S が1.5以上5以下とされる請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の高硫黄快削鋼。
- Siの含有量が0.1質量%以下である請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の高硫黄快削鋼。
- 0.2質量%以下のTe、0.2質量%以下のSe、0.02質量%以下のCa、0.02質量%以下のMg、0.02質量%以下のBa、及び0.2質量%以下の希土類金属元素の、1種又は2種以上を合計で0.001質量%以上含有する請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の高硫黄快削鋼。
- 0.2質量%以下のB、2質量%以下のNb、1質量%以下のV、1質量%以下のN、2質量%以下のCu、2質量%以下のNi、2質量%以下のCr、2質量%以下のMo、0.6質量%以下のSn、0.06質量%以下のAs及び0.06質量%以下のSbの、1種又は2種以上を合計で0.001質量%以上含有する請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の高硫黄快削鋼。
- PbとBiとの一方又は双方を合計にて0.01質量%以上0.5質量%以下の範囲にて含有する請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の高硫黄快削鋼。
- Pbの含有量が0.3質量%以下(0質量%を含む)である請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載の高硫黄快削鋼。
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