(用語の定義)
まず、本願明細書において用いられるいくつかの用語の意義を明らかにしておく。
「GaN系半導体」とは、V族元素のNとIII族元素との化合物を含む六方晶構造の窒化物系化合物半導体を意味し、AlxGayIn1-x-yN(0≦x≦1;0≦y≦1;0≦x+y≦1)の組成比で表される物質のみならず、そのIII族元素の一部(20%程度以下)を他のIII族元素(たとえば、B)で置換した物質や、そのV族元素の一部(20%程度以下)を他のV族元素(たとえば、PやAs)で置換した物質をも含み、さらに数%程度以下のドーパント(たとえば、Zn、Mg、Si、Geなど)を含んでいる物質をも含む。
「ストライプ状導波路」とは、発光部から発した光を閉じ込めて導波するための帯状領域を意味する。
「ストライプ方向」とはストライプ状導波路の長手方向に平行な方向(いわゆる「縦方向」)を意味し、GaN系レーザ素子において「上方」とは基板上にGaN系半導体層が積層されていく方向を意味する。
(レーザ素子に関する雑音原因の調査)
本発明者らは、従来のレーザ素子における雑音の原因をより正確に把握するために、図20に示す先例と同様な構造のレーザ素子においてモード選択性が強くなって大きな雑音が生じる原因を調査した。
まず、GaN系レーザ素子の発光スペクトルを解析したところ、図3のグラフが得られた。このグラフにおいて、横軸は波長(nm)を表し、縦軸はレーザ光出力強度(a.u.:任意単位)を表している。図3から、このGaN系レーザ素子においては、そのファブリペローモード間隔が約0.05nmであるのに対して、その数本分のモード間隔0.3〜0.5nmごとに複数モードが強く発振しており、モード選択性の強いことが確認できた。
次に、そのレーザ素子本体の雑音は、図5に示されているような特性を有していた。図5のグラフにおいて、横軸はレーザ光出力(mW)を表し、縦軸はRIN(dB/Hz)を表している。すなわち、光出力が低い時には自然放出光の影響によって相対的雑音が高いが、光出力が大きくなるにしたがってその雑音は小さくなっていく。しかし、矢印AとBで表されている特定の光出力時において、雑音が増大する現象が見られた。このような雑音増大時のスペクトル分布を観察したところ、モード間隔0.3〜0.5nmの複数モードのうちの2本のピーク位置のモードが交互に発振しており、これら2つのピークの間でモード競合が生じていると考えられた。
すなわち、先例のレーザ構造には、モード間隔0.3〜0.5nmで比較的発振しやすい複数の縦モードが存在する。モード間隔が5nm程度も離れていればモード競合は起こりにくいが、この0.3〜0.5nmというモード間隔はRINが増大しやすい間隔であると言える。
また、このGaN系レーザ素子を光情報記録装置に使用した場合において、高周波重畳や自励発振などの強度変調を与えることによって利得スペクトル幅を広げても、モード選択性に起因して、可干渉性が低下しにくくてRINが大きくなる危険性が非常に高い。
この雑音の要因となるモード選択性が強くなる原因として、ストライプ状導波路を挟んで向かい合う素子側面によるファブリペロー共振器としての作用がストライプ方向の共振器の利得スペクトルに影響を与え、複合共振作用を生じていることが考えられた。図20の例では、リッジストライプ2011の幅方向の両側に位置する素子分割端面とメサ側面とで構成される副共振器の影響が検討されるべきと思われる。たとえば、レーザのストライプ状導波路から漏れ出た光が、基板等で吸収されずに副共振器で共振する間に、ストライプ状導波路に閉じ込められたモードと干渉することなどを考慮すべきと考えられる。
したがって、モード選択性が少なくなるようにまたはモード間隔が狭くなるように複合共振器を設計することにより、雑音の小さなレーザ素子を作製し得ることが期待できる。また、そのように設計されたレーザ素子に高周波重畳や自励発振の効果を加えてやればさらにRINを下げることができ、光ディスク等に関する情報の録再時にエラーを防止し得ることが期待できる。モード選択性を弱くするためには、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向する素子側面の少なくとも一方が共振器端面として機能しないようにすることが考えられる。
なお、波長帯600〜800nm内の光を射出するAlGaAs系またはInGaAlP系のレーザ素子では、発光波長に対して吸収性のある材質(GaAs等)を基板に用いているので、副共振器内を往復しようとする光が減衰してしまい、先例のレーザのような副共振器による現象は見られなかった。
以上のような調査に基づいてなされた本発明による種々の実施形態について、本発明に密接に関連する種々の参考例とともに、以下において詳細に説明する。
(参考例1)
図1と図2は、本発明に密接に関連する参考例1におけるGaN系レーザ100を模式的な斜視図と上面図で図解している。なお、本願のすべての図面において、同一の参照符号は同一または相当部分を表している。
本参考例のGaN系レーザ100を作製するためには、まず主面として(0001)面を有する厚さ400μmのサファイア基板101を洗浄し、さらにMOCVD(有機金属気相堆積)装置内で約1100℃の水素(H2)雰囲気中で高温クリーニングを行う。その後に基板温度を600℃に下げて、トリメチルガリウム(TMG)、アンモニア(NH3)、ドーピング剤としてのシラン(SiH4)、およびキャリアガスとしての水素(H2)を導入し、バッファ層102として厚さ0.03μmのSiドープn型GaN層を基板101上に成長させる。
次に、NH3とキャリアガスのN2とを流しながら約1050℃まで基板温度を上げて、その後にキャリアガスをN2からH2に代えてTMGとSiH4をも導入し、下部コンタクト層103として厚さ4μmのSiドープGaN層を成長させる。続いて、TMGとトリメチルアルミニウム(TMA)を所定割合で導入して、下部クラッド層104として厚さ0.9μmのSiドープn型Al0.1Ga0.9N層を形成する。この後、TMAの供給を停止して、下部ガイド層105として厚さ0.1μmのSiドープn型GaN層を形成する。
次にTMGの供給を停止し、キャリアガスをH2からN2に代えて基板温度を700℃まで下げ、トリメチルインジウム(TMI)とTMGとを導入し、InvGa1-vN(0≦v≦1)障壁層(図示せず)を成長させる。その後、TMIの供給量を所定割合だけ増加させ、InwGa1-wN(0≦w≦1)井戸層(図示せず)を成長させる。これらのInGaN障壁層とInGaN井戸層の成長を繰り返して、交互積層構造(障壁層/井戸層/・・・井戸層/障壁層)を有する多重量子井戸からなる活性層106を形成する。
活性層106の形成が終了すれば、TMIとTMGの供給を停止して基板温度を再び1050℃まで上げかつキャリアガスをN2からH2に代えて、TMG、TMA、およびp型ドーピング剤であるビスシクロペンタジエニルマグネシウム(Cp2Mg)を流し、蒸発防止層107として0.01μm厚のMgドープp型Al0.2Ga0.8N層を成長させる。次に、TMAの供給を停止し、上部ガイド層108として0.1μm厚のMgドープp型GaN層を成長させる。続いて、TMAを所定流量で導入してTMGの流量を調整し、上部クラッド層109として厚さ0.5μmのMgドープp型Al0.1Ga0.9N層を形成する。最後に、TMAの供給を停止してTMGの供給量を調整し、上部コンタクト層110として0.1μm厚のMgドープp型GaNを成長させる。上部コンタクト層110の成長終了後、TMGとCp2Mgの供給を停止して基板温度を下げ、得られたエピタキシャルウエハを室温においてMOCVD装置から取り出す。
続いて、そのエピタキシャルウエハは、複数の個別のレーザ素子を得るように加工される。まず、ストライプ状導波路を形成するために、幅2μmのストライプ状レジスト(図示せず)を形成し、そして反応性イオンエッチング(RIE)によってリッジストライプ111を形成する。その後、ウエハの上面上に、電流狭窄のための誘電体膜112として酸化珪素膜を蒸着する。次いで、レジストを剥離してリッジストライプ111の頂部において上部コンタクト層110を露出させ、Pd/Mo/Auの順序で蒸着してp電極113を形成する。続いて、フォトリソグラフィを利用して保護レジスト層(図示せず)を形成し、ドライエッチング法でメサ115を形成してn型GaNコンタクト層103の一部を露出させ、そしてその露出部上にTi/Alの順序で蒸着してn電極114を形成する。なお、図1においては、メサ側面117はリッジストライプ111と平行になるように形成される。また、メサ115の形成のための溝深さは、素子の上面から少なくとも活性層106の下に到達するまでとし、好ましくは下部コンタクト層103に到達するまでとする。
n電極形成後のウエハは分割されやすいように研磨等によって厚さが60μmに調整され、その後に擬似劈開によって複数のバー状に分割され、その分割面がストライプ方向の共振器のミラー端面として利用される。ウエハは、その厚みを60〜160μm程度に調整すれば、分割が容易となる。この分割は、ストライプ方向に直交するように正確に行い、共振器長は500μmとする。
次に、各バーは、ストライプ方向に平行に素子分割される。たとえば、スクライブ時の針圧(ウエハに針を押し当てる時の荷重)を大きくして、押し割ることで各素子に分割できる。図1と図2の例では、分割面118はストライプ方向に対して12度傾けて形成される。
以上のプロセスの結果、図1と図2に示すようなGaN系レーザ素子100が完成する。なお、図2は、本参考例の特徴をわかりやすくするためにメサ部115のみを示している。GaN系レーザ素子100では、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向したメサ側面117と分割面118とで構成される副共振器のミラー端面が、図2に示すように相対的に傾斜させられている。
このGaN系レーザ素子100の発振スペクトル分布として、図4のグラフが得られた。図3と異なって、図4においてはファブリペローモード間隔λ0で発振していることがわかる。すなわち、本参考例のレーザ素子では、モード選択性をほぼなくすことに成功した。これに伴って、モード間隔λ0で隣接する各モードの間における相対強度差が小さくなり、さらに高周波重畳や自励発振による強度変調を行って可干渉性を低下させることにより、RINを顕著に低下させることが可能となった。また、モード選択性を弱くすることによって隣り合うモードの利得差を小さくすることができたので、レーザ本体の雑音に関しても図5に示されているようなピークAやBが消え、図6に示すようにRINを最大で10dBも低減させ得ることが確認された。
なお、本参考例で述べたGaN系レーザ素子100の構成や製造方法は、以下のような範囲内で変更することが可能である。
まず、活性層106に含まれる障壁層と井戸層に関しては、発光波長が370〜430nmの範囲になるようにそれらのInxGa1-xN(0≦x≦1)組成比と膜厚を設定し、井戸層の数は2〜6から選択すればよい。なお、活性層106に少量の他の材料が混入していても、本発明に関連する効果は得られる。また、p電極材料としては他にPd/Pt/Au、Pd/Au、またはNi/Auを用いてもよく、n電極材料としては他にHf/Al、Ti/Mo、またはHf/Auを用いてもよい。
次に、メサ側面117に対する分割面118の相対的傾きは、3度以上25度以下の範囲で選択し得る。その傾きが3度未満である場合、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向するメサ側面117と分割面118が副共振器として働くことによってモード選択性が強くなり、本発明に関連する効果を得ることが困難になる。また、傾きを大きくすれば本発明に関連する効果は得られるが、ウエハから素子を分割する際の切りしろを大きく取る必要が生じる。この切りしろが素子サイズより大きくなれば素子の取れ数が減小するので、切りしろは小さいほうが好ましい。GaAs系レーザ素子の幅は一般的に200〜300μmであり、GaN系レーザ素子でも今後このような値に近づくことが予想されるので、切りしろのためにチップサイズを大きくしなくてもすむ分割角度は25度程度までとなる。
また、メサ側面117に対する分割面118の相対的傾きは、10度以上20度以下の範囲内にあることがより好ましい。本発明に関連する効果を十分に発揮するためには、傾きが10度程度以上になるようにすればよい。他方、ストライプ方向のレーザ共振器の端面を保護するために素子分割をストライプから50μm程度以上離れた地点で行うためには、傾きが20度程度以下になるようにすればよい。
なお、本参考例では、分割線がメサ部上に設定されているので、図1に示すようにメサ部の残部116が素子チップ上に存在している。メサ残部116は本発明に関連する本質には係わりがなく、素子のマウントを容易にする等の目的でこれを切り落してもよい。また、素子分割手法も本参考例に述べた手法に限定されるものではなく、ダイシングしたり、スクライブしてブレークするなどの手法を用いてもよい。共振器長も500μmに限定されるものではなく、適宜に変更することが可能である。
(参考例2)
図7は図1に類似しているが、本発明に密接に関連する参考例2によるGaN系レーザ素子200を模式的に図解している。
本参考例に特徴的な点は、素子の分割面118に、表面荒れがあることである。ストライプ方向に平行な素子分割時に、弱い力でスクライブした後に強い力でブレークするなどの手法を用いれば、破断面に表面荒れを自然に導入することができる。
このように分割面118に表面荒れが存在すれば、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向したメサ側面117と分割面118は、もはや副共振器のミラー端面として作用せず、本来のストライプ方向の共振器長で決定される縦モード間隔でのレーザ発振が可能となる。この時、分割面118の表面粗さは、原子間力顕微鏡で測定したRMS(root−mean−square)値で50nm以上に相当するように設定する。これ以下の表面荒れでは、本発明に関連する効果が出ない可能性がある。
また、本参考例においても参考例1と同様なメサの残部ができるが、参考例2ではこのメサの残部に欠け等が発生して素子のマウント時に悪影響を与える可能性があるので、その残部を切り落している。
(参考例3)
図8は、本発明に密接に関連する参考例3によるGaN系レーザ素子300を模式的に図解した断面図である。なお、このGaN系レーザ素子300の上面図として、図2を参照することができる。
本参考例に特徴的な一つ目の点は、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向した側面が、n電極114に近い第一のメサ側面117と分割線に近い第二のメサ側面119とで構成されていることである。すなわち、第一のメサ側面117がリッジストライプ111の長手方向と平行になるようにかつ第二のメサ側面119が第一のメサ側面に対して傾斜するように、ウエハ上にレジスト層パターンを形成してドライエッチングによってメサ115を形成する。なお、そのようなレジスト層パターンは、フォトマスクの設計によって容易に形成することができる。素子の分割は、分割面がメサ側面119にかからないように行えばよい。
本参考例に特徴的な二つ目の点は、第二のメサ側面119が第一のメサ側面117に対して8度の傾きを持っていることである。なお、それらのメサ側面同士のなす角度としては参考例1の場合と同様の角度範囲から選択可能であり、その理由も同様である。
以上のように作製された参考例3のレーザ素子のメサ上面も、図2に示された状態と同様になる。この時、素子分割面118は、第二のメサ側面119に読み替えられるべきである。
(参考例4)
図9は、本発明に密接に関連する参考例4によるGaN系レーザ素子400を模式的に図解する上面図である。なお、GaN系レーザ400の断面図として図8を参照することができる。
本参考例に特徴的な点は、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向した側面がn電極114に近い第一のメサ側面117と分割面に近い第二のメサ側面119とで構成されており、第二のメサ側面119が図9の上面図においてジグザグ線で表されることである。この時、第二のメサ側面119に含まれる複数の部分的側面の各々は第一のメサ側面117に対して傾斜させられている。すなわち、第一のメサ側面117がリッジストライプ111と平行になるようにかつ第二のメサ側面119がジグザグ面になるようにレジスト層パターンを形成してから、ドライエッチングによってメサ115を形成すればよい。そのようなレジスト層パターンは、参考例3の場合と同様に、フォトマスクの設計によって容易に形成することができる。また、素子400の分割は、分割面がメサ側面119にかからないように行えばよい。
図9の上面図において、第二のメサ側面119を表すジグザグの線分の各々は、第一のメサ側面117に対して3度以上90度未満の傾斜角を選択し得る。その傾斜角が3度未満である場合、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向する2つの側面が副共振器として働くことでモード選択性が強くなり、本発明に関連する効果を得ることが困難になり、90度に達すればもはや第二のメサ側面にはなり得ないことが明らかである。本参考例では、第二のメサ側面119を形成するための幅が自由に設計され得るので、素子分割の際の切りしろを大きく取る必要がないという利点を生じる。また、モード選択性を弱めるために、メサ側面119の部分的側面の傾きを大きくすることもできる。すなわち、部分的側面の傾斜角度を大きくした場合には、その部分的側面の幅を小さくして数を増やせばよいし、逆の場合には幅を大きくして数を減らせばよい。
なお、本参考例と同様な思想を用いれば、部分的平面と部分的曲面を組み合わせて第二のメサ側面を構成するなどのように、種々の応用も可能である。
(参考例5)
図10と図11は、それぞれ図1と図2に類似しているが、本発明に密接に関連する参考例5によるGaN系レーザ素子500を模式的に図解している。
本参考例に特徴的な一つ目の点は、(0001)面の主面を有する導電性n型GaN基板301が使用されていることである。これに伴って、その導電性n型GaN基板301上にn電極114を形成することが可能となり、メサを形成する必要がなくなって工程数が減少する。n電極114の形成は、ウエハの厚みを160μm程度に調整した後に、n型GaN基板301の裏面の全領域上に電極材料を形成すればよい。
本参考例に特徴的な二つ目の点は、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向した2つの側面が分割面同士で構成されており、かつ図11の上面図において両分割面の双方がストライプ方向に平行でなく形成されていることである。なお、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向した2つの側面が相対的に平行ではないことは、参考例1の場合と同様である。
本参考例に特徴的な三つ目の点は、GaN系レーザ素子500を含むウエハの形成時にバッファ層を形成していない点である。ホモ成長用のGaN基板を使用する場合でも、GaN基板の表面歪の緩和、および表面モフォロジや凹凸の改善(平坦化)などを目的にバッファ層を設けることがあるが、結晶成長用GaN基板の結晶性が優れている場合にはバッファ層を省略することができる。これに伴って、n型GaN基板301の<1−100>方向に平行にリッジストライプ111を作りつけ、ストライプ方向に直交する共振器端面を劈開により形成している。
本参考例では、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向した2つの側面が分割面同士で形成されているが、この場合に2つの分割面の相対的傾きを参考例1の場合と同様にすればよい。なお、基板がGaN系半導体である場合、ストライプ方向に沿った素子分割を劈開により行うことも可能である。しかし、その際に2つの分割面を劈開によって互いに平行にしてしまえば、向かい合う劈開面が副共振器として作用し得るので、モード選択性が強くなると考えられる。よって、これを解決するには互いに平行でない劈開面を使用する必要がある。しかし、GaN系半導体の劈開面である{1−100}面同士および{1120}面同士は60度、{1−100}と{1120}面は30度の角度を持つ関係にあり、切りしろを大きくとる必要があるので、素子の取れ数の減少を招く危険性が高い。
なお、本参考例のようなGaN系レーザ素子においても、電気的に素子を分離する必要のためや分割のための補助溝に伴うメサを形成する場合が考えられるが、その場合には、メサの2つの側面に関して参考例1の場合と同様の相対的傾斜角を生じるようにすればよい。
(参考例6)
図12は図1に類似しているが、本発明に密接に関連する参考例6によるGaN系レーザ素子600を模式的に図解している。
本参考例に特徴的な一つ目の点は、GaN系レーザ素子600の基板として、(0001)面を主面とする厚さ450μmのノンドープGaN基板201が用いられていることである。GaN基板201上にはバッファ層102が成長させられる。バッファ層102は、参考例5で述べたように、省略することが可能である。
本参考例に特徴的な二つ目の点は、図12に示されているように、メサ115が形成され、このメサの側面117が活性層106に垂直な面に対して傾いていることである。このようなメサ115の形成は、p電極113の形成まで参考例1と同様に行って、それ以降を以下のようにすればよい。
まず、フォト工程を利用して、p電極113やリッジストライプ111を保護し得る幅でレジスト層を塗布する。この時、レジスト層の幅方向の端縁はストライプ方向に平行になるようにすればよい。この後、熱処理等を加えることにより、レジストの凝集作用や表面張力を利用して、レジスト層パターンの厚みが中央部から幅方向の端部にかけて連続的に薄くなるように処理する。この結果、レジスト層パターンは、ストライプ方向に直交する断面で見たときに中央部が盛り上がったような形状となる。この状態で、反応性イオンエッチング(RIE)等のドライエッチング法を用い、エッチングガス中に酸素等のガスを混入させるなどして、エッチング中にレジスト層パターンの側縁を退行させながら下部コンタクト層103が部分的に露出するまでエッチングし、活性層106に垂直な面に対してメサ側面117が約25度の傾斜角を有するようにメサ115を形成する。
ところで、エッチング時にハイドロフロロカーボン(たとえばCHF3)等のフッ素系ガスを混入させるなどして堆積物をメサ側面に付着させながらエッチングを行うようにすれば、レジストの厚みを側縁に向かって連続的に薄くなるように処理する工程を省略することが可能であり、工程数を削減することができる。
なお、メサ形成のためのエッチングの深さは、参考例1の場合と同様にすればよい。以上のようなプロセスの結果として、図12に示すGaN系レーザ素子600が得られる。
活性層106に垂直な面に対するメサ側面117の傾きは、15度以上90度未満の角度の範囲に収まるように設計し得る。15度未満であれば、ストライプ状導波路と交差する副共振器が作用して、レーザのモード選択性を強くする方向に働く可能性がある。他方、90度以上では、メサを形成し得ないことが明らかである。また、副共振器の作用を打ち消すには、対向するメサ側面の片側だけに傾斜が導入されるようにしてもよい。
(参考例7)
図13は図12に類似しているが、本発明に密接に関連する参考例7によるGaN系レーザ素子700を模式的に図解している。
本参考例に特徴的な点は、メサ側面117が参考例6と同様に傾斜を持って形成され、かつその傾斜角が局所的に変動する曲面で構成されていることである。このようなメサ側面は、ドライエッチング中にエッチングガス組成を変動させるなどの手法で、レジスト層パターンの側縁の退行速度とGaN系半導体のエッチングレートの比を変動させれば簡単に形成することができる。
本参考例では、メサ側面117は、その曲面の任意の点における接平面が活性層106に垂直な面に対して20〜30度の間に収まるように形成された。しかし、メサ側面117が曲面で構成される場合、副共振器を作用させないためには、活性層106に垂直な面に対してその曲面の傾斜角の最小値から最大値までが15度以上90度未満の範囲に収まるようにすればよく、その理由は参考例6で述べたのと同様である。
このようにメサ側面が形成されることにより、もはや副共振器が作用せず、ファブリペローモード間隔でのレーザ発振が可能となる。
(参考例8)
図14は、図12に類似しているが、本発明に密接に関連する参考例8によるGaN系レーザ素子800を模式的に図解している。
本参考例に特徴的な一つ目の点は、メサ115が逆メサ状に形成されていることである。このようなメサを形成するためには、ウエハを傾けるなどしてエッチングすればよい。
また、本参考例に特徴的な二つ目の点は、メサ側面117が活性層106に垂直な面に対して約30度の角度で形成されていることである。
なお、本参考例において具体的に言及されていないその他の点については、参考例6の場合と同様である。
(参考例9)
図15も図12に類似しているが、図15は本発明に密接に関連する参考例9によるGaN系レーザ素子900を模式的に図解している。
本参考例に特徴的な一つ目の点は、参考例5の場合と同様に、導電性n型GaN基板301が使用されていることである。したがって、n電極114がn型GaN基板301の裏面上に形成されることも、参考例5の場合と同様である。
本参考例に特徴的な二つ目の点は、メサ側面117が活性層106に垂直な面に対して約45度の角度で形成されていることである。n電極114を基板の表面側に形成する必要が無い場合でも、ウエハ状態で素子の不良テストをする場合や、素子分割のための補助溝として活性層の下まで溝を切る場合などのように、メサを形成することが必要になる場合がある。その場合、メサがGaN系レーザ素子のモード選択性を強める働きをしないようにすることが重要となる。
本参考例において具体的に言及されていないその他の点については、参考例6に述べたのと同様である。
(実施形態1)
図16のレーザ素子は図8のものに類似しているが、本発明の実施形態1によるGaN系レーザ素子1000を模式的に図解している。
本実施形態では、(0001)面を主面とする厚さ450μmのノンドープGaN基板201を使用する。他の半導体層の成長方法については参考例1の場合と同様である。
本実施形態に特徴的な一つ目の点は、ノンドープGaN基板201の一主面上に成長させられた半導体積層にメサ115が設けられ、n電極114に近い第一のメサ側面117上と分割線に近い第二のメサ側面119上に反射抑制膜120が形成されていることである。第一のメサ側面117と第二のメサ側面119は、活性層に垂直でかつストライプ方向に平行に形成すればよい。このようなメサ115と反射抑制膜120は以下のように形成し得る。
まず、p電極113までを参考例1の場合と同様に形成する。続いて、メサの形成に際し、フォト工程を利用してp電極113やリッジストライプ111を保護し得る幅でレジスト層を塗布する。この時、レジスト層パターンの側端縁はストライプ方向に平行になるようにする。この後、RIE等のドライエッチング法を用いて下部コンタクト層103が部分的に露出するまでエッチングし、メサ115の側面117、119を活性層106に垂直になるように形成する。メサ形成のための溝の深さは、参考例6の場合と同様にすればよい。
その後、レジストを剥離し、第一のメサ側面117と第二のメサ側面119のみが露出するように再びレジストを塗布する。次に、ウエハを傾けかつ回転させながら成膜するか、またはスパッタリング等の回り込みの強い成膜法を使用するなどして、メサ側面117上に反射抑制膜120を形成する。反射抑制膜120としては、GaN系レーザの発振波長である390〜420nmの光の10%以下しか反射させないように、二酸化珪素膜と二酸化チタニウム膜を含む多層膜のコーティングを形成する。
この後、n電極114の形成、ウエハ厚の調整、共振器の作製、および素子分割を行い、図16に示すGaN系レーザ素子1000を得る。なお、素子分割時には、メサ側面上の反射抑制膜120が破壊されないように注意する。
反射抑制膜120に含まれる多層膜に使用される材料としては、酸化珪素や酸化チタニウムの他にアルミナや二酸化亜鉛のような他の酸化物、さらには窒化物、硫化物、ハロゲン化合物などのように種々の屈折率を持つ材料を使用でき、条件を満たす組み合わせは数多く考えることができる。なお、反射抑制膜120に使用される材料は、メサ側面にコーティングされることから、絶縁性を持つものでなければならない。
反射抑制膜120は、波長390〜420nmの範囲内の光に対してその強度の10%以下を反射させるように設計するが、反射率が10%程度以上であれば、ストライプ状導波路と交差する副共振器がその作用を示すので、モード選択性を強める働きをする可能性が強くなる。また、レーザの波長は素子の作製条件や動作環境により変化するので、反射抑制膜120は、GaN系半導体レーザの発振波長である405nmを中心とする15nm程度の範囲内の光を透過させることが好ましい。さらに、図16では反射抑制膜120がメサ側面117、119全体に付着しているように描かれているが、少なくともレーザ光が導波される活性層を中心として光が閉じ込められるクラッド層104、109までが反射抑制膜で覆われていればよい。さらに、ストライプ状導波路と交差する副共振器の作用を打ち消す効果は、その副共振器端面のどちらか一方に反射抑制膜が形成されている場合でも得られる。
このようにメサ側面上に反射抑制膜が形成されることにより、ストライプ方向に垂直な方向はもはや副共振器として作用せず、本来のストライプ方向の共振器長で決定される縦モード間隔でのレーザ発振が可能となる。
(実施形態2)
図17は図16に類似しているが、本発明の実施形態2によるGaN系レーザ素子1100を模式的に図解している。
本実施形態に特徴的な点は、第一のメサ側面117と第二のメサ側面119が活性層に垂直な面に対してに傾きを持っており、メサ115の幅がGaN系レーザ素子の上方向に向かって狭まった形態を持っていることである。このようなメサ側面117、119は、参考例6の場合と同様の手法で作製すればよい。本実施形態では、第一のメサ側面117と第二のメサ側面119が活性層に垂直な面に対して約10度になるように形成した。このようにすれば、成膜材料がメサ側面117、119上につきやすくなるので反射抑制膜120の膜厚分布が小さくなり、反射抑制膜の未成膜領域がなくなって歩留まりが向上するなどの利点が得られる。
本実施形態において具体的に言及されていないその他の点については、実施形態1の場合と同様である。
(実施形態3)
図18は図16に類似しているが、本発明の実施形態3によるGaN系レーザ素子1200を模式的に図解している。
本実施形態に特徴的な点は、ストライプ状導波路を幅方向に挟むように対向した2つの側面の一方が素子分割面118で構成されており、素子分割面118とメサ側面117の双方に反射抑制膜120が形成されていることである。メサ側面同士が副共振器のミラー面を構成する場合、メサ側面上の反射抑制膜が破壊されないように切りしろを設けて分割する必要がある。しかし、本実施形態ではそのような切りしろが必要でないので素子の取れ数が増加すると共に、メサ側面に関係なく素子分割ができるので歩留まりの向上が期待できる。
なお、レーザーバー中の隣り合う素子同士において、メサ115上に素子分割線118を設ければ、素子のn電極側にはメサの残部(図示せず)ができるが、本実施形態ではこの部分を除去している。しかし、工程数に問題がある場合には、メサ残部除去しなくても構わない。
本実施形態において具体的に言及されていないその他の点は、実施形態1の場合と同様である。
(実施形態4)
図19は図18に類似しているが、本発明の実施形態4によるGaN系レーザ素子1300を模式的に図解している。
本実施形態に特徴的な一つ目の点は、導電性のn型GaN基板301が使用されており、副共振器端面となる素子分割面118上に反射抑制膜120が形成されている点である。また、n電極114が導電性n型GaN基板301の裏面上に形成されている。n電極114は、参考例5の場合と同様に形成することができる。
なお、導電性基板を使用しても、参考例9の場合と同様にウエハ状態で素子の不良テストをする場合や、素子分割のための補助溝として活性層の下まで溝を切る必要がある場合が考えられる。その場合でも、副共振器となるメサ側面に反射抑制膜120をコーティングすれば、副共振器の作用を抑制する効果は同じように得られる。反射抑制膜120のコーティングは、素子分割を行った後に、実施形態1の場合と同様に行えばよい。
本実施形態において具体的に言及されていないその他の点は、実施形態1の場合と同様である。
以上、本発明の種々の実施形態について具体的に説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく種々の変形が可能である。たとえば、本願明細書では半導体レーザ素子の導波路構造をリッジストライプ構造として説明したが、電極ストライプ構造やセルフ・アラインド・ストラクチャ(SAS)構造を始めとして、チャネルド・サブストレイト・プレイナ(CSP)構造などのように他の構造を採用しても、本発明の本質にかかわるものではなく、本発明の効果が得られる。
また、本発明の各実施形態の特徴的な点は、他の参考例と組み合わされてもよいことは言うまでもない。たとえば、参考例1のような素子分割面に反射抑制膜を形成する、メサ側面の一方側に表面荒れを導入してその上に反射抑制膜を形成する、メサ側面をストライプ方向からずらして素子分割端面を荒らしてその上に反射抑制膜を形成する、メサ側面を活性層に垂直な面に対してから傾けて形成しかつ分割線をストライプ方向に対して傾けてその上に反射抑制膜を形成するなどの組み合わせが考えられるが、これらの変更例も本発明の範囲に含まれる。
さらに、上述の各実施形態において、レーザ構造を形成する各半導体層の導電型を逆にすることも可能である。
100、200、300、400、500、600、700、900、1000、1100、1200、1300、2000 GaN系レーザ素子、101 サファイア基板、201、2001 ノンドープGaN基板、301 n型GaN基板、102 バッファ層、103、2003 下部コンタクト層、104、2004 下部クラッド層、105、2005 下部ガイド層、106、2006 活性層、107、2007 蒸発防止層、108、2008 上部ガイド層、109、2009 上部クラッド層、110、2010 上部コンタクト層、111、2011 リッジストライプ、112、2012 誘電体膜、113、2013 p電極、114、2014 n電極、115、2015 メサ、116 メサの残部、117、119 メサ側面、118 素子分割面、120 反射抑制膜。