つぎにこの発明を具体例に基づいて説明する。先ず、この発明で対象とする動力伝達機構を含む伝動系統の一例を説明すると、図3は、ベルト式の無段変速機1を動力伝達機構として含む駆動機構を模式的に示しており、その無段変速機1は、前後進切換機構2およびロックアップクラッチ3付きの流体伝動機構4を介して動力源5に連結されている。
その動力源5は、内燃機関、あるいは内燃機関と電動機、もしくは電動機などによって構成されている。なお、以下の説明では、動力源5をエンジン5と記す。また、流体伝動機構4は、例えば従来のトルクコンバータと同様の構成であって、エンジン5によって回転させられるポンプインペラとこれに対向させて配置したタービンランナーと、これらの間に配置したステータとを有し、ポンプインペラで発生させたフルードの螺旋流をタービンランナーに供給することによりタービンランナーを回転させ、トルクを伝達するように構成されている。
このような流体を介したトルクの伝達では、ポンプインペラとタービンランナーとの間に不可避的な滑りが生じ、これが動力伝達効率の低下要因となるので、ポンプインペラなどの入力側の部材とタービンランナーなどの出力側の部材とを直接連結するロックアップクラッチ3が設けられている。このロックアップクラッチ3は、油圧によって制御するように構成され、完全係合状態および完全解放状態、ならびにこれらの中間の状態であるスリップ状態に制御され、さらにそのスリップ回転数を適宜に制御できるようになっている。
前後進切換機構2は、エンジン5の回転方向が一方向に限られていることに伴って採用されている機構であって、入力されたトルクをそのまま出力し、また反転して出力するように構成されている。図3に示す例では、前後進切換機構2としてダブルピニオン型の遊星歯車機構が採用されている。すなわち、サンギヤ6と同心円上にリングギヤ7が配置され、これらのサンギヤ6とリングギヤ7との間に、サンギヤ6に噛合したピニオンギヤ8とそのピニオンギヤ8およびリングギヤ7に噛合した他のピニオンギヤ9とが配置され、これらのピニオンギヤ8,9がキャリヤ10によって自転かつ公転自在に保持されている。そして、二つの回転要素(具体的にはサンギヤ6とキャリヤ10と)を一体的に連結する前進用クラッチ11が設けられ、またリングギヤ7を選択的に固定することにより、出力されるトルクの方向を反転する後進用ブレーキ12が設けられている。
無段変速機1は、従来知られているベルト式無段変速機と同じ構成であって、互いに平行に配置された駆動プーリ13と従動プーリ14とのそれぞれが、固定シーブと、油圧式のアクチュエータ15,16によって軸線方向に前後動させられる可動シーブとによって構成されている。したがって各プーリ13,14の溝幅が、可動シーブを軸線方向に移動させることにより変化し、それに伴って各プーリ13,14に巻掛けたベルト17の巻掛け半径(プーリ13,14の有効径)が連続的に変化し、変速比が無段階に変化するようになっている。そして、上記の駆動プーリ13が前後進切換機構2における出力要素であるキャリヤ10に連結されている。
なお、従動プーリ14における油圧アクチュエータ16には、無段変速機1に入力されるトルクに応じた油圧(ライン圧もしくはその補正圧)が、図示しない油圧ポンプおよび油圧制御装置を介して供給されている。したがって、従動プーリ14における各シーブがベルト17を挟み付けることにより、ベルト17に張力が付与され、各プーリ13,14とベルト17との挟圧力(接触圧力)が確保されるようになっている。これに対して駆動プーリ13における油圧アクチュエータ15には、設定するべき変速比に応じた圧油が供給され、目標とする変速比に応じた溝幅(有効径)に設定するようになっている。
上記の従動プーリ14が、ギヤ対18を介してディファレンシャル19に連結され、このディファレンシャル19から駆動輪20にトルクを出力するようになっている。したがって上記の駆動機構では、エンジン5と駆動輪20との間に、ロックアップクラッチ3と無段変速機1とが直列に配列されている。
上記の無段変速機1およびエンジン5を搭載した車両の動作状態(走行状態)を検出するために各種のセンサーが設けられている。すなわち、無段変速機1に対する入力回転数(前記タービンランナーの回転数)を検出して信号を出力するタービン回転数センサー21、駆動プーリ13の回転数を検出して信号を出力する入力回転数センサー22、従動プーリ14の回転数を検出して信号を出力する出力回転数センサー23、ベルト挟圧力を設定するための従動プーリ14側の油圧アクチュエータ16の圧力を検出する油圧センサー24が設けられている。また、特には図示しないが、アクセルペダルの踏み込み量を検出して信号を出力するアクセル開度センサー、スロットルバルブの開度を検出して信号を出力するスロットル開度センサー、ブレーキペダルが踏み込まれた場合に信号を出力するブレーキセンサーなどが設けられている。
上記の前進用クラッチ11および後進用ブレーキ12の係合・解放の制御、および前記ベルト17の挟圧力の制御、ならびに変速比の制御、さらにはロックアップクラッチ3の制御をおこなうために、変速機用電子制御装置(CVT−ECU)25が設けられている。この変速機用電子制御装置25は、一例としてマイクロコンピュータを主体として構成され、入力されたデータおよび予め記憶しているデータに基づいて所定のプログラムに従って演算をおこない、前進や後進あるいはニュートラルなどの各種の状態、および要求される挟圧力の設定、ならびに変速比の設定、ロックアップクラッチ3の係合・解放ならびにスリップ回転数などの制御を実行するように構成されている。
ここで、変速機用電子制御装置25に入力されているデータ(信号)の例を示すと、無段変速機1の入力回転数(入力回転速度)Ninの信号、無段変速機1の出力回転数(出力回転速度)No の信号が、それぞれに対応するセンサーから入力されている。また、エンジン5を制御するエンジン用電子制御装置(E/G−ECU)26からは、エンジン回転数Ne の信号、エンジン(E/G)負荷の信号、スロットル開度信号、アクセルペダル(図示せず)の踏み込み量であるアクセル開度信号などが入力されている。
無段変速機1によれば、入力回転数であるエンジン回転数を無段階に(言い換えれば、連続的に)制御できるので、これを搭載した車両の燃費を向上できる。例えば、アクセル開度などによって表される要求駆動量と車速とに基づいて目標駆動力が求められ、その目標駆動力を得るために必要な目標出力が目標駆動力と車速とに基づいて求められ、その目標出力を最適燃費で得るためのエンジン回転数が予め用意したマップに基づいて求められ、そして、そのエンジン回転数となるように変速比が制御される。
そのような燃費向上の利点を損なわないために、無段変速機1における動力の伝達効率が良好な状態に制御される。具体的には、無段変速機1のトルク容量すなわちベルト挟圧力が、エンジントルクに基づいて決まる目標トルクを伝達でき、かつベルト17の滑りが生じない範囲で可及的に低いベルト挟圧力に制御される。その制御は、挟圧力を低下させて無段変速機1に微少滑りを生じさせ、その際の挟圧力を滑り開始圧力とし、その滑り開始圧力に所定の安全率を見込んだ油圧もしくは路面からの入力に対応する圧力を加えた圧力に設定することにより実行される。
この発明に係る制御装置は、挟圧力の低下制御、滑りの検出、ならびにその後の挟圧力の設定をおこなうように構成されている。図1および図2はその制御例を説明するためのブロック図である。
図1において、挟圧力を徐々に低下させ、それに起因するベルト滑りを検出して、滑り開始圧力すなわち限界挟圧力を学習補正する場合について説明する。先ず、挟圧力の低下制御によりベルト滑りを生じさせ、その滑りを検出した時の従動プーリ14の回転数すなわち出力軸回転数Ns を検出する(ブロックB1)。そしてその出力軸回転数Ns から、従動プーリ14に作用する遠心油圧と油圧アクチュエータ16でのばね力とを加えた圧力に相当する圧力Phardを求める(ブロックB2)。
滑り検出時の駆動プーリ13の回転数、すなわち入力軸回転数Nin(すなわちエンジン回転数Ne )を検出し(ブロックB3)、その入力軸回転数Nin(Ne )と出力軸回転数Ns とから変速比γを求める(ブロックB4)。そしてその変速比γから、その時の入力軸シーブ掛かり径Rinを求める(ブロックB5)。
入力軸回転数Nin(Ne )と負荷率α(ブロックB6)とから入力トルクTin(すなわちエンジントルクTe )を求める(ブロックB7)。ここで負荷率αは、例えばスロットル開度で示されるような、エンジン回転数に関係したエンジントルクの指標値であるため、この負荷率αと入力軸回転数Nin(Ne )とによって入力トルクTin(Te )を求めることができる。また、入力軸回転数Nin(Ne )と変速比γからベルト挟圧部の摩擦係数μを求める(ブロックB8)。
ベルト滑りを生じさせないために必要な挟圧力である理論挟圧力Pt は、
Pt =K・Tin/(μ・Rin)・SF
によって定められる。ここでKは定数であり、SFは挟圧力についての安全率である。従って、安全率SFを設定することにより、入力トルクTin(Te )と摩擦係数μと入力軸シーブ掛かり径Rinとによって、理論挟圧力Pt を求める(ブロックB9)。
挟圧力低下時の指令値である相当指令値Duty は、計算挟圧力Pを求めることにより設定される。その計算挟圧力Pは、
P=Pt −Phard+Perror
によって定められる。ここで、油圧補償相当分の圧力Perror は、例えば駆動系統内の温度特性や、非再現性などの影響による油圧のばらつきなどを考慮して予め定められた補償値であり、記憶させてあるデータから読み込む(ブロックB10)。この油圧補償相当分の圧力Perror と遠心油圧とばね力相当分の圧力Phardと理論挟圧力Pt とから、計算挟圧力Pを求め、その計算挟圧力Pから、相当指令値Duty を設定する(ブロックB11)。
滑り開始時の実際の挟圧力指令値DutyS (ブロックB12)と相当指令値Duty との差ΔDuty を求め、そのΔDuty を油圧に換算した値である挟圧低下相当量ΔPを求める(ブロックB13)。そしてこの挟圧低下相当量ΔPを「入力軸回転数Nin(Ne )*負荷率α*変速比γ」のマップに反映し、学習補正する。
このように挟圧低下相当量ΔPを学習補正することによって、限界挟圧力の主な変化要因である、入力軸回転数Nin(Ne )、負荷率α、変速比γなどの個体差のばらつきの影響を学習の対象として、適正な学習補正をおこなうことができる。
次に、図2において、マップ補正後の挟圧力を設定する場合について説明する。先ず、現在の出力軸回転数Ns を検出する(ブロックB21)。そしてその出力軸回転数Ns から従動プーリ14に作用する遠心油圧とばね力相当分の圧力Phardを求める(ブロックB22)。
現在の入力軸回転数Nin(Ne )を検出し(ブロックB23)、その入力軸回転数Nin(Ne )と出力軸回転数Ns とから変速比γを求める(ブロックB24)。そしてその変速比γから、現在の入力軸シーブ掛かり径Rinを求める(ブロックB25)。
入力軸回転数Nin(Ne )と負荷率α(ブロックB26)とから、入力トルクTin(Te )を求める(ブロックB27)。また、入力軸回転数Nin(Ne )と変速比γからベルト挟圧部の摩擦係数μを求め(ブロックB28)、その変速比γと入力トルクTin(Te )から、従動プーリ14すなわち出力軸のトルクTs を求める(ブロックB29)。
ここで、上記のブロックB21およびB29で求めた、出力軸回転数Ns および出力軸トルクTs などに基づいて、現在の動作状態が補正挟圧力使用領域にあるか否かを確認する。補正挟圧力使用領域とは、例えば車速と出力軸トルクTs とをパラメータとして挟圧力を設定した図において、平坦路ロード・ロード走行状態を示す曲線に対し上下所定の幅をもった領域として、予め定めた領域である。従って、挟圧力を学習補正し設定するこの制御例は、現在の走行状態が補正挟圧力使用領域にあると肯定的に判断された場合に制御を継続して実行される。一方、現在の走行状態が補正挟圧力使用領域にないと否定的に判断された場合は、この制御例は実行されない。
制御が継続して実行されると、次に、入力トルクTin(Te )と摩擦係数μと入力軸シーブ掛かり径Rinとによって、理論挟圧力Pt を求める(ブロックB30)。また、出力軸トルクTs から、路面入力対応相当分の圧力Pakuro を求める(ブロックB31)。路面入力対応相当分の圧力Pakuro とは、路面の状態に応じて出力側から作用することが想定されるトルクに対応する圧力である。
これらの、遠心油圧とばね力相当分の圧力Phardと理論挟圧力Pt と路面入力対応相当分の圧力Pakuro とによって、計算挟圧力Pを求める(ブロックB32)。さらに、「入力軸回転数Nin(Ne )*負荷率α*変速比γ」のマップから、挟圧力低下量ΔPを求める(ブロックB33)。そして、その計算挟圧力Pと挟圧低下相当量ΔPとの差である相当指令値Duty を出力する(ブロックB34)。
このような挟圧力設定の制御例では、ベルト滑り開始時の計算挟圧力Pとその時の実際の挟圧力との差をマップ化しているため、限界挟圧力の検出期間中に多少の状態変化が生じたとしても、その検出結果を使用することができる。
したがって、図1および図2に示す制御を実行するように構成されたこの発明に係る制御装置によれば、入力軸回転数Nin(Ne )、負荷率α、変速比γなど、挟圧低下相当量ΔPの主な変化要因を補正に取り込んでいるため、的確な学習補正がおこなわれる。また、定常状態から非定常状態への状態変化が生じた場合、あるいはその過渡状態にある場合などの状態変化が挟圧力の学習補正に反映され、限界挟圧力の検出期間中に多少の状態変化が生じたとしても、その検出結果を使用することができる。その結果、挟圧力を適正に、精度良く設定することができる。
次に、この発明の制御装置で実行される他の制御例について説明する。図4ないし図9に示す制御例は、入力トルクに釣り合う挟圧力を検出する時の理論挟圧力と限界挟圧力との比率などの相互関係を算出することにより第1の補正係数βを求め、その第1の補正係数βを更に変速比の関数によって補正した第2の補正係数β’を求めて、その第2の補正係数β’によって挟圧力を補正して、挟圧力を制御もしくは設定するように構成した例である。
図4ないし図6はその一例を示すフローチャートであり、また図7はそのフローチャートで示すルーチンを実行した場合のタイムチャートを示している。このフローチャートで示すルーチンは、所定の短い時間毎に繰り返し実行される。先ず、図4において、挟圧力を相対的に低い圧力に設定する制御もしくは挟圧力を通常状態に対して低下させるいわゆる挟圧力低下制御を実行するべき条件すなわち制御開始条件が成立しているか否かが判断される(ステップS101)。この条件は、要は、無段変速機1に作用するトルクが安定している条件であり、例えば中高速で巡航していること、走行路面がほぼ平坦な良路であること、エンジン回転数やエンジン負荷率あるいは変速比などをパラメータとして運転領域を設定するとともに現在の運転状態が属している運転領域についての後述する学習制御が未完であることなどが条件とされる。
この制御開始条件が成立していないことによりステップS101で否定的に判断された場合には、各フラグF1,F2,Ph がゼロリセットされるとともに、保存データがクリアされ、さらに挟圧力が低下あるいは増大されていた場合は通常時の挟圧力に復帰させられて(ステップS113)、その後、一旦このルーチンを抜ける。なお、各フラグF1,F2,Ph については後述する。
また、理論挟圧力Pt(i)は、無段変速機1に対する入力トルクから求められる挟圧力であり、ここでは、入力トルクと無段変速機1での摩擦係数と各プーリ13,14でのベルト17の侠角とを主なパラメータとして求められ、
Pt =Tin・cosθ/(2・μ・Rin)
で算出される。ここで、Tinは入力トルク、θはプーリ13,14でのベルト17の侠角、μはプーリ13,14とベルト17との間の摩擦係数、Rinは駆動プーリ13におけるベルト17の巻き掛け半径(すなわち入力軸シーブ巻き掛け半径)である。その入力トルクTinと摩擦係数μとは推定値が使用され、これが挟圧力の誤差要因の一つになっている。その理論挟圧力Pt(i)に所定の安全率SF(>1)を掛け、その値から遠心力による油圧および油圧アクチュエータ内のリターンスプリングに弾性力による圧力相当分の和Phardを減算して、油圧指令値Pdtgt(i) が求められる。すなわち、
Pdtgt(i) =Pt(i)・SF−Phard
として算出される。
一方、制御開始条件が成立していることによりステップS101で肯定的に判断された場合には、学習領域が判定される(ステップS102)。すなわち、現在の運転状態が属している上記の運転領域が、エンジン回転数やエンジン負荷率などのパラメータによって判定される。このようにして判定された学習領域について以下に述べる挟圧力についての学習が終了しているか否か、すなわち現在の運転状態が属している領域が、挟圧力に関連する事項の学習が既におこなわれた既学習領域か否かが判断される(ステップS103)。このステップS103で否定的に判断された場合には、すなわち学習値が得られていない場合には、挟圧力についての学習制御が実行される。
先ず、学習領域が変更されたか否かが判断される(ステップS104)。学習領域は、前述したように、エンジン回転数やエンジン負荷率あるいは変速比などのをパラメータとして設定された領域であるから、アクセルペダル(図示せず)が操作された場合や車速が変化した場合などには車両の運転状態が変化し、その変化が大きい場合には、従前の学習領域を外れることがある。このような場合にステップS104で肯定的に判断される。
ステップS104で肯定的に判断されると、ステップS105に進んで、フラグF1,F2がゼロリセットされ、またフラグPh が“1”にセットされる。このフラグPh は、制御の各段階(フェーズ)を示すものであり、制御開始前の“0”から制御終了時の“4”まで、順次設定されるフラグである。さらにその時点の入力トルクから求められる理論挟圧力Pt(i)に基づく油圧指令値Pdtgt(i) (=Pt(i)・SF−Phard)が求められる。その後、ステップS106に進む。これに対してステップS104で否定的に判断された場合には、直ちにステップS106に進む。
ステップS106およびそれ以降のステップS108までの各ステップでは、フェーズを示すフラグPh について判断される。すなわち、ステップS106ではフラグPh が“4”か否かが判断され、以下、ステップS107ではフラグPh が“3”か否か、ステップS103ではフラグPh が“2”か否かが、それぞれ判断される。上述したようにステップS105で肯定的に判断された場合にはフラグPh が“1”にセットされ、反対に否定的に判断された場合にはフラグPh が“0”のままであるから、いずれの場合であっても、ステップS106ないしステップS108で否定的に判断される。その場合は、油圧指令値Pdtgt(i) が所定の油圧低下開始時の油圧指令値Pdstartに設定されて維持される(ステップS114)。これがフェーズ1(phase1)での制御である。
そして、所定時間T1 が経過したか否かが判断される(ステップS115)。このステップS115で否定的に判断された場合には、このルーチンを一旦抜ける。これに対してステップS115で肯定的に判断された場合には、フェーズを示すフラグPh を“2”にセット(ステップS116)した後にこのルーチンを一旦抜ける。すなわち、油圧指令値Pdtgt(i) を一定値に維持する。そして、その所定時間T1 は、実油圧Pdact(i) が油圧指令値Pdtgt(i) に対応する圧力に安定するのに充分な時間であり、したがってこの所定時間T1 の間で、実油圧Pdact(i) と油圧指令値Pdtgt(i) もしくは理論挟圧力Pt(i)に基づく油圧指令値Pdtgt(i) の相互の関係が安定する。
油圧指令値Pdtgt(i) およびそれに基づく実油圧Pdact(i) を一定に維持する制御がフェーズ1での制御である。そして、所定時間T1 が経過してフラグPh が“2”にセットされた後は、上記のステップS108で肯定的に判断されるので、フェーズ2の制御が実行される。すなわち、油圧指令値Pdtgt(i) が所定の勾配ΔPdsw1で漸減される(ステップS109)。そして、その過程における油圧指令値Pdtgt(i) および実油圧Pdact(i) ならびに変速比γ(i) が保存される(ステップS110)。また、油圧指令値Pdtgt(i) を所定の勾配ΔPdsw1で低下させている過程で無段変速機1での滑りが検出される(ステップS111)。
この無段変速機1での滑りの検出は、従来知られている適宜の方法でおこなうことができ、例えば現在時点より所定時間Tpre1前の時点における実変速比γ1と現在時点より所定時間Tpre2(<Tpre1)前の時点における実変速比γ2とから変速比の変化勾配を求め、その変化勾配に基づいて現在時点の推定変速γ'を求めて、その推定変速比γ'と実変速比γとの偏差が所定の基準値を超えたことによって滑りを検出することができる。あるいは変速比変化速度(変速比変化率)に基づいて滑りを検出してもよい。
滑りが検出されないことによりステップS111で否定的に判断された場合には、従前の制御を継続するためにこのルーチンを一旦抜ける。これとは反対にステップS111で肯定的に判断された場合、すなわち滑りが検出された場合には、フラグPh を“3”にセット(ステップS112)した後、このルーチンを一旦抜ける。
無段変速機1での滑りが検出された場合には、フラグPh が“3”にセットされていることにより、上述したステップS107で肯定的に判断される。その場合は図5に示すフローチャートのステップS201に進み、フラグF1が“1”に設定されているか否かが判断される。このフラグF1は、“1”に設定されることにより、その時点の運転状態が属している学習領域について学習値が保存されていることを示すフラグであり、前述したように当初は“0”に設定される。したがってステップS201で否定的に判断され、その場合は、滑り開始点(滑りが実際に開始した時点)が検索される(ステップS202)。
その検索のための方法としては、従来知られている各種の方法を適宜採用することができ、例えば、図7の変速比γを示すタイムチャート中のA,B点の2点、すなわち滑り検出の所定時間前の2点間(A,B点間)の勾配から推定される推定変速比γ’を求め、上記の滑りの検出時点から順次過去に遡って、その推定変速比γ’と実変速比γとを比較し、その差が予め定めた基準値を超えた時点を、滑り開始時点とすることができる。こうして滑り開始時点が検索されると、その時点の理論挟圧力Pt と、滑り開始時実油圧Pdreal と、遠心油圧およびリターンスプリングに基づく圧力を加えた圧力Phardとが算出される(ステップS203)。
そして、限界挟圧力検出時の限界挟圧力Ps が算出される(ステップS204)。これは、上記のステップS203で算出された滑り開始時実油圧Pdreal に遠心油圧およびリターンスプリングに基づく圧力を加えた圧力Phardが加算されて求められる。すなわち、
Ps =Pdreal +Phard
の演算で求められる。
そして、これらの値を使用して第1の補正係数βが算出される(ステップS205)。すなわちこの第1の補正係数βは、限界挟圧力検出時の理論挟圧力Ptと限界挟圧力Ps との比率で示される相互関係であって、
β=Ps /Pt
の演算で求められる。
こうして求められた第1の補正係数βが、学習領域毎に保存される(ステップS206)。一例として第1の補正係数βについてのマップが更新される。そして、フラグF1が“1”にセットされる(ステップS207)。
続いて、無段変速機1の滑りが検出されているので、その滑りを収束させるための制御が実行される。具体的には、滑りが検出された時点の滑り量Δslip(i) に所定の係数K1 を掛けて、エンジン5のトルクダウン量Tedown(i)が求められ、それに基づくエンジン5のトルク低下制御(例えば点火時期の遅角制御)が実行される(ステップS208)。なお、フラグF1が“1”にセットされていることによって、前述のステップS201で肯定的に判断された場合は、既に第1の補正係数βが求められて学習領域毎に保存されているので、上記のステップS202ないしS207の各ステップを飛ばし、このステップS208へ進み、以降の制御が同様に実行される。
また、同時に、油圧指令値Pdtgt(i) が所定の勾配Pdsw2で増大させられる(ステップS209)。これらの制御の過程で滑りの収束が検出される(ステップS210)。この滑り収束の検出は、種々の方法によっておこなうことができ、例えば推定変速比と実変速比との差が所定値以下となったことによって滑りが収束したことを判定することができる。このステップS210で否定的に判断された場合には、従前の制御を継続するために、一旦このルーチンを抜ける。これとは反対に滑りが収束してステップS210で肯定的に判断された場合には、フェーズ4の制御をおこなうためにフラグPh を“4”にセット(ステップS211)した後に、このルーチンを一旦抜ける。
滑りが収束した場合にはフラグPh が“4”にセットされているので、前述した図4に示すステップS106で肯定的に判断される。その場合は、図6に示すフローチャートのステップS301に進み、所定時間T2 が経過したか否かが判断される。この所定時間T2 は滑り収束の判断が成立した時点からカウントされる時間であり、したがって当初はステップS301で否定的に判断される。そして、これに続けてフラグF2が“1”か否かが判断される(ステップS302)。このフラグF2は、油圧指令値Pdtgt(i) を所定値hだけステップアップする制御が実行されることにより“1”にセットされるフラグであり、当初は“0”になっているので、ステップS302で否定的に判断される。その場合は、油圧指令値Pdtgt(i) を所定値hだけステップアップする制御(Pdtgt(i) =Pdtgt(i-1) +h)が実行される(ステップS303)。そして、フラグF2が“1”にセットされる(ステップS304)。その後、一旦このルーチンを抜ける。
その後、所定時間T2 が経過していなくても、フラグF2が“1”にセットされているので、ステップS301で否定的に判断された後、ステップS302で肯定的に判断される。したがってこの場合は、油圧指令値Pdtgtの前回値Pdtgt(i-1) が今回値Pdtgt(i) とされる(ステップS303)。すなわち、油圧指令値Pdtgt(i) が、上記の所定値hだけステップアップした値に維持される。その過程で実際の油圧(挟圧力)が次第に上昇する。そして、所定時間T2 が経過すると、ステップS301で肯定的に判断される。その場合には、フラグF1およびF2がゼロリセットされるとともに、保存データがクリアされ(ステップS306)、さらにフェーズを示すフラグPh がゼロリセットされる(ステップS307)とともに、現在の領域についての既学習フラグがONとされる(ステップS308)。そしてその後、一旦このルーチンを抜ける。
以上のようにして学習データ(第1の補正係数)βが得られると、その運転領域が既学習領域であることの判断が成立するので、図4に示すステップS103で肯定的に判断される。その場合には、この学習データβが第1の学習データとして読み込まれる(ステップS117)とともに、その時点での無段変速機1の入力回転数と出力回転数から求められる無段変速機1の変速比γ(i) が読み込まれる(ステップS118)。
第1の学習データβと無段変速機1の変速比γ(i) が読み込まれると、その変速比γの変化による影響を挟圧力の設定に反映させるため、第1の学習データβを変速比γの関数F(γ)で補正した第2の学習データβ’が求められる(ステップS119)。そして、その第2の学習データβ’を用いて学習データ反映時の理論挟圧力Pt(i)を補正し、学習データ反映時の挟圧力Pt'(i)が求められる(ステップS120)。すなわち、
β’=β・F(γ)
Pt'(i) =Pt(i)・β’
として補正されて算出される。
学習データ反映時の挟圧力Pt'(i) が求められると、その学習データ反映時の挟圧力Pt'(i) と、遠心油圧およびリターンスプリングに基づく圧力を加えた圧力Phardと、路面入力対応相当分の圧力Pakuro とから、油圧指令値Pdtgt(i) が求められる(ステップS121)。すなわち、
Pdtgt(i)=Pt'(i) −Phard+Pakuro
として算出される。そしてその後、一旦このルーチンを抜ける。
上述したように、従来の限界挟圧力の検出方法では、例えば既知の挟圧力に相当する油圧から徐々に油圧を低下させて、滑りが発生する直前の油圧を限界挟圧力相当油圧として検出している。そのため、検出結果は、限界挟圧力が検出された際の入力トルクから求まる理論挟圧力相当油圧と限界挟圧力相当油圧との差分油圧となる。このとき、前述した特許文献1の発明のように、回転数、トルク、変速比、温度、あるいはベルト挟圧部の摩擦係数毎に、上記の限界挟圧力の検出結果である差分油圧をマップに保存すれば、「理論挟圧力−保存した差分油圧」として挟圧力を正確に設定することができる。
しかしながら、このように、回転数、トルク、変速比、温度、摩擦係数などの多くのパラメータ(次元)をマップに持たせるとすれば、非常に複雑で大きなマップとなり実用的ではない。さらに、マップの次元を増やすと、限界挟圧力の検出回数が増加するため、検出のために挟圧力を低下させた状態、すなわち滑りに対する余裕が少なくなっている、いわゆる安全率の低下状態の頻度が高くなる。また検出のためのわずかな滑りであっても、無段変速機1の耐久性の低下要因となる。また、マップを簡略化するため、仮に回転数とトルク毎に上記の差分油圧をマップに保存するとした場合には、マップに反映されていない変速比や摩擦係数などの影響によって、挟圧力を精度良く設定することができず、無段変速機1の滑りに対する安全率を低下させてしまう可能性がある。例えば、変速比γの変化に伴うベルト挟圧部の摩擦係数が、計算上の値と実際の値との偏差が大きい場合は挟圧力を精度良く設定することができない。
具体的には、図8の(a)に示すように、ベルト挟圧部の実際の摩擦係数である実摩擦係数μacが一定であると仮定すると、限界挟圧力検出時の実摩擦係数μacと推定摩擦係数μesとの差であるΔμdeと、学習データ反映時の実摩擦係数μacと推定摩擦係数μesとの差であるΔμreとは同じ値となり、限界挟圧力検出時と学習データ反映時との間において無段変速機1の変速比γに大きな変化があったとしても問題はない。ところが、ベルト挟圧部の実摩擦係数μacは、通常、オイルの劣化などの影響によって一定にはならず、図8の(b)で示すように、変速比γの変化に伴って実摩擦係数μacも変化する。この時、限界挟圧力検出時の実摩擦係数μacと推定摩擦係数μesとの差Δμdeを、学習データ反映時の摩擦係数μreと推定摩擦係数μesとの差ΔμHとして反映させてしまうと、実際には、学習データ反映時の実摩擦係数μacと推定摩擦係数μesとの差はΔμreであるため、「ΔμH−Δμre」分の誤差が生じてしまう場合がある。するとこの誤差の影響により学習データ反映時の挟圧力が低く設定されることになり、無段変速機1の滑りに対する余裕が少なくなる、すなわち安全率SFが低下してしまう可能性がある。
そこで、図8の(c)に示すように、実摩擦係数μacの変化に対応するため、学習データ反映時の摩擦係数μreを反映時の変速比γの関数F(γ)に依存して補正した、補正後学習データ反映時の摩擦係数μcoを求め、その補正後学習データ反映時の摩擦係数μcoと推定摩擦係数μesとの差ΔμH’を挟圧力の設定に反映させることによって、挟圧力が低く設定されてしまうことによる安全率SFの低下を防止することができる。
なお、上記の具体例では、変速比γを変化の影響を挟圧力の設定に反映させるため、変速比γを関数化した関数F(γ)によって補正する例を示しているが、予測される実摩擦係数と推定摩擦係数の変速比γによるばらつきを補正マップ化したものを用いて、変速比γを反映させて学習データを補正することもできる。またこの時、そのばらつきを考慮して、無段変速機1の滑りに対して安全側に補正されるように関数F(γ)もしくは補正マップを設定する。
また、上記の図8に示す具体例では、限界挟圧力検出時の実摩擦係数と推定摩擦係数との偏差を補正して、学習データ反映時の偏差を求め挟圧力の設定に反映させる例を示しているが、図9に示すように、限界挟圧力検出時の実摩擦係数(A点)を、予め定められた変速比γの関数もしくは補正マップによって学習データ反映時の摩擦係数(B点)として補正して求め、その学習データ反映時の摩擦係数を挟圧力の設定に反映させてもよい。
以上に説明したように、図4ないし図9に示す制御を実行するように構成されたこの発明に係る制御装置によれば、摩擦係数μの変化を変速比γの関数として求め、それを反映した補正係数β’によって挟圧力を補正することによって、学習マップを簡略化し簡単に限界挟圧力に基づいた挟圧力制御を実行することができる。また、このように摩擦係数μの変化を挟圧力制御に反映させることによって、無段変速機1の安全率SFの低下を防止もしくは抑制することができ、その結果、無段変速機1のベルト17や各シーブの耐久性の向上を図ることができる。
ここで、上記の具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、前述したステップS119,S120の機能的手段が、この発明の第2学習手段に相当する。
なお、この発明は上記の具体例に限定されないのであり、この発明で対象とする動力伝達機構は、上述したベルト式無段変速機の他に、トロイダル型無段変速機や摩擦クラッチあるいは摩擦ブレーキなどの摩擦係合手段であってもよい。したがってこの発明における「圧力」は、挟圧力以外に係合圧を含む。また、上記の具体例では、第1の補正係数βを理論挟圧力と限界挟圧力との相互関係を表す物理量として、理論挟圧力と限界挟圧力との比率を用いた例を示しているが、この相互関係とは、この比率以外にも、例えば理論挟圧力と限界挟圧力との偏差であってもよく、要は理論挟圧力と限界挟圧力、あるいはそれらに基づいて求められる関係式などに基づいて導かれる理論挟圧力と限界挟圧力との間の関係を示すものであればよい。また、この発明で油圧指令値と実油圧との関係が安定する状態は、上述したように油圧指令値を一定値に維持している状態以外に、小さい勾配で油圧指令値を変化させ、それに追従して実油圧が変化している状態であってもよい。
1…無段変速機、 3…ロックアップクラッチ、 5…エンジン(動力源)、 13…駆動プーリ、 14…従動プーリ、 15,16…油圧アクチュエータ、 17…ベルト、 20…駆動輪、 25…変速機用電子制御装置(CVT−ECU)。