JP3950500B2 - 魚類用のイリドウイルス感染症ワクチンと診断剤並びにこれ等の製法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は,魚類,例えば,スズキ目,フグ目,カレイ目等に属する魚,例えば,マダイ,チダイ,イシダイ,イシガキダイ,スズキ,ブリ,カンパチ,ヒラマサ,シマアジ,トラフグ,キジハタ,ヒラメ等での感染や発症が確認されているイリドウイルス感染症の病原体ウイルス,ワクチン,診断剤,該ウイルス抗原の製法と精製法,基礎研究並びに臨床あるいは応用研究用の試薬に関するものであ
る.
【0002】
【従来の技術】
国際ウイルス分類委員会の第6回報告によれば,イリドウイルス科に属するウイルスは,直径130−170nmの正20面体であり,その内部に線状の2本鎖DNAを有し,エンベロープの有無は属により異なり,現在,次の5属,宿主が昆虫のIridovirusとChloriridovirus,カエルを宿主とする Ranavirus,ヒラメ,ブリ,マダイ,スズキ等の魚類に感染するLymphocystivirus,及びキンギョを宿主とする“goldfish virus 1−like viruses”に大別されている(Archives of Virology,Supplement 10,p.95−99,1995).
【0003】
一方,本発明者らは,既知のイリドウイルス感染症とは症状が異なる病魚から新規なウイルスを発見かつ分離すると共に,この感染症とその病原体ウイルスに関し,分類学的には暫定的にイリドウイルス科の範疇に入れ,世界で最初に種々の基礎研究を行った.以下,これ等の研究の経緯の概要を記載する:
1990年の8〜9月にかけ,四国の複数の養殖場で養殖マダイに原因不明の大量斃死が発生したので,発明者らは,いち早く,かかる自然発病魚の外部観察,剖検,生検,電子顕微鏡による形態観察,ウイルス分離等を行い,得られた知見に基づき,この感染症の病原体が未報告の新しいイリドウイルスであることを報告した(魚病研究,第27巻(2号),p.19−27,1992).更に,このイリドウイルスの培養を試み,生物学的及び物理化学的な性状に関するウイルス学的解析を行った(魚病研究,第29巻(1号),p.29−33,1994).また,該ウイルスに対するモノクローナル抗体の作製に成功すると共に,それを用いる免疫学的診断法を開拓した(魚病研究,第30巻(1号),p.47−51,1995).
なお,この発明でいうイリドウイルスとは,前述の国際ウイルス分類委員会の第6回報告に基づく既知のイリドウイルスではなく,本発明者らが発見かつ分離した上記の新規なイリドウイルスを意味する.また,この発明でいうイリドウイルス感染症とは,該ウイルスの感染により生じる魚病を意味する.かかる感染症の特徴は極めて高い斃死率にあり,病魚の外観の特徴は,体色の黒化や褪色,体表や鯛の出血性のスレ,部分的な立鱗,眼球の軽い突出や出血等である.剖検と生検の所見,病理学的観察,ウイルス学的性状及び免疫学的特徴は前記3報(魚病研究)に詳述されている.
【0004】
本願発明のイリドウイルスに関する技術としては,モノクローナル抗体とそれを製造するためのハイブリドーマ(特開平6−153979号),PCR(Polymerase Chain Reaction)用のオリゴヌクレオチドプライマー(特開平6−165677号)等が知られている.
【0005】
しかし,かかるイリドウイルスの継代や大量培養は容易ではなく,その抗原の量産や精製法は現在なお未確立の状態にあり,該ウイルス抗原を用いるワクチンや診断剤等の開発や提供は,知られておらず,待望されている.
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
この発明に係るイリドウイルス感染症は1990年,四国地域での初発以来,特に,西日本各地のマダイ養殖場で大規模な発生が見られるようになり,しかも,稚魚だけではなく育成魚や親魚に至るまで発生している.更に,その斃死率はマダイで多い時には90%にも達し,被害は,稚魚から成魚にわたり,広範囲で甚大なことが知られている.その上,感染や発症は,マダイのみならず,チダイ,イシダイ,イシガキダイ,スズキ,ブリ,カンパチ,ヒラマサ,シマアジ,トラフグ,キジハタ,ヒラメ等が属するスズキ目,フグ目,カレイ目等におよぶ魚類で広く確認されている.このように,イリドウイルス感染症は,今や養殖業とその関連産業での需要と供給及び経営に警鐘を鳴らしている.
【0007】
【課題を解決するための手段】
この発明は,イリドウイルス感染症の病原体ウイルスとその継代株,かかる感染症の予防に有効なワクチン,また,簡便な早期診断や確定診断に有用な診断剤,イリドウイルス抗原の製法と精製法,更に,基礎研究並びに臨床あるいは応用研究で重宝な試薬を提供することにより,前記課題を解決するものである.
【0008】
【発明の実施の形態】
(1)ウイルス分離の材料:病原体ウイルスは,イリドウイルスの感染により発症又は死亡した魚類,例えば,スズキ目,フグ目,カレイ目等に属する魚,例えば,マダイ,チダイ,イシダイ,イシガキダイ,スズキ,ブリ,カンパチ,ヒラマサ,シマアジ,トラフグ,キジハタ,ヒラメ等から切除又は摘出した器官から分離できる.かかる器官としては,例えば,脾臓,心臓,腎臓,鰓,肝臓等を用いることができる.これ等のウイルス分離材料は,例えば,眼科用鋏で細切れにし,これに常用の塩類溶液や培地等,例えば,後述のリン酸緩衝液(PBS)やMEM培地を添加してホモジナイザーで磨砕し,約5−30%(W/W)組織乳剤を調製の後,低速遠心し,その上清又は沈渣組織の再浮遊液をウイルス分離材料として下記の宿主に接種して用いる.なお,かかる材料は,膜濾過法により除菌できるし,抗生物質を添加できる.
【0009】
(2)ウイルスの増幅・分離・継代・馴化・量産のための宿主:病原体ウイルスの増殖が可能な該ウイルス感受性の宿主を選択して使用できる.魚体内を宿主として用いる場合には,スズキ目,フグ目,カレイ目等に属する魚,例えば,マダイ,チダイ,イシダイ,イシガキダイ,スズキ,ブリ,カンパチ,ヒラマサ,シマアジ,トラフグ,キジハタ,ヒラメ等が例示できる.ウイルス分離材料は,かかる宿主の腹腔内,皮下,又は筋肉内に接種する.また,種々の細胞培養を宿主として用いる場合には,例えば,BF−2,FHM,CHSE−214,JSKG,KRE−3,RTG−2,YTF,GF等の公知の細胞株を挙げることができる.但し,これ等の細胞培養にのみ限定されるものではなく,該ウイルス感受性の宿主である限り,種々の初代あるいはその継代細胞培養,株化細胞等を採用できる.また,ウイルスの増幅・継代・馴化において使用できる感受性宿主は,同一の宿主に限定されず,ウイルスの増幅・継代・馴化の途中で,ウイルス増殖の可否に基づき宿主を変更できる.即ち,1種以上の宿主を組合わせて使用できる.
【0010】
(3)ウイルス培養と細胞培養のための培地と塩類溶液:これには公知や市販のもの,例えば,199培地,MEM(Eagle´s Minimum Essential Medium)培地,BME(Eagle´s Basal Medium)培地,Hanks液,Dulbeccoのリン酸緩衝液(PBS)等を使用できる.これ等の組成と調製法は,ウイルス実験,細胞培養,組織培養等に関する常用テキスト,例えば,「組織培養の技術」(日本組織培養学会編,朝倉書店1982年発行)や市販製品カタログ等に詳述されている.また,かかる培地や塩類溶液は,添加剤を添加混合し修飾できる.添加剤としては,常用の物質,例えば,市販のヒト血清,ウシ胎児血清FCS(Fetal CalfSerum),抗生物質,炭酸水素ナトリウム溶液,塩化ナトリウム,非必須アミノ酸[大日本製薬(株)製]等から適宜選択し,適量使用できる.例えば,培地1L当たりに添加混合するこれ等の最終濃度は,血清類は約3−25%(V/V),炭酸水素ナトリウムは約1−6g,塩化ナトリウムは約0.1−0.25モル,また,非必須アミノ酸は製品カタログに記載の標準量が望ましい.
【0011】
(4)ウイルス培養の温度と時間:培養温度は,水温,又は約10−37℃,好ましくは約20−30℃であり,培養日数は約2−21日,望ましくは約4−16日である.
【0012】
(5)病原体ウイルス分離と新鮮分離株:前記(2)の分離材料と宿主を用い,ウイルスを増幅することにより新鮮分離株を得ることができる.なお,分離の確率を高めるには,分離材料として感染死亡マダイの脾臓,宿主としてマダイ稚魚を用いる腹腔内接種が望ましい.なお,ウイルス分離の際にウイルスを増幅するための継代回数は通常,約1−10回,望ましくは約1−5回である.
なお,分離した病原体ウイルスを確定するために,分離操作と並行して病原体ウイルスの同定を行う必要がある.かかる同定には,分離材料器官の検定,例えば,器官切片やスタンプ標本のフォイルゲン反応による核酸染色やアルコール固定下でギムザ染色した組織細胞の光学顕微鏡観察,器官切片及び新鮮分離株ウイルスの電子顕微鏡による形態観察,更に,宿主魚類,例えば,マダイ稚魚への新鮮分離株ウイルスの感染実験等を組み合わせて採用できる.
【0013】
(6)新鮮分離株の継代による馴化とワクチン製造用ウイルス株の確立:新鮮分離株を,前記(2)のウイルス感受性の魚体内や細胞培養からなる宿主群から選ばれる1種以上の宿主に約1代以上,好ましくは約5代以上継代し,かかる宿主に馴化させることにより,ワクチン製造用ウイルス株を確立できる.なお,ウイルス抗原の量産,及びウイルスの収量と抗原性の安定化の確保を目的とした宿主への馴化の総継代数は約1−100代,好ましくは約5−30代である.また,抗原製造用の宿主は,免疫学的観点から,魚類由来細胞が望ましい.例えば,マダイ稚魚に3代継代した後,更に魚類由来のGF細胞に10代継代したイリドウイルスEhime−1株は,ウイルス抗原製造用ウイルス株,即ち,製造用シードとして適当である.なお,かかる製造用ウイルス株の確立には,ウイルス抗原の量産収率と品質を高め,これ等の安定化と製造コストの低減を図るために,ウイルス培養の宿主の選択,ウイルス継代法の工夫,ウイルス培養の諸条件設定等を行う必要がある.例えば,製造用宿主としてのGF細胞(ATCC CCL58)やBF−2細胞(ATCC CCL 91)等へのウイルスの馴化,ウイルスやその感染細胞を細胞培養モノシートに接種し培養する継代,未感染細胞浮遊液にウイルスを接種し同時培養する継代,感染細胞と未感染細胞との混合培養による継代,持続感染細胞の継代,超音波や凍結融解処理による感染細胞の破砕液を細胞培養モノシートに接種し培養する継代,ウイルス又はその感染細胞のシードとしての使用,感染多重度(MOI)に基づくウイルス培養日数の概算,この発明に係るウイルス感染細胞はラウンディングを呈するので,かかる細胞変性効果(CPE)の細胞モノシートでの広がりの程度,約50−90%を指標としたウイルスとその感染細胞の採取等を行うことができる.
【0014】
(7)ワクチン用抗原の調製:ワクチン製造用ウイルス株を馴化させた宿主を用いて該ウイルスを培養し,ワクチン用の抗原あるいは有効成分を量産する.宿主に魚生体を用いた場合には,ウイルス増殖の器官,例えば,感染稚魚マダイの脾臓の約5−30%(W/W)組織乳剤を前記(1)の方法で調製し,かかる組織乳剤そのもの,それを低速遠心した上清,その沈渣組織の再度浮遊液等をワクチン原液として用いることができる.宿主に細胞培養を用いた場合には,例えば,ウイルス培養液を低速遠心した上清,感染細胞画分を採取し超音波処理した破壊細胞懸濁液,ドライアイスと有機溶媒で凍結融解したウイルスとその感染細胞の浮遊液,かかる浮遊液を低速遠心した上清,その沈渣細胞の再浮遊液等をワクチン原液として用いることができる.なお,かかるワクチン原液は,膜濾過法により除菌できるし,抗生物質も添加できる.
また,これ等のワクチン原液中のウイルス抗原は,蔗糖クッションを用いる超遠心法により濃縮かつ精製できる.例えば,蔗糖濃度40%(W/V)の蔗糖溶液層をクッションとして,その上にワクチン原液を重層し,超遠心にかけ,ウイルス抗原を遠心管底に沈降させた後,その沈降物を再浮遊液して精製ウイルス抗原を調製できる.この発明において採用できる蔗糖濃度は約15−55%(W/V)の範囲にあり,遠心条件は約5万−10万Gで,約30−150分である.
更にまた,ワクチン用抗原として,完全ウイルス粒子であるビリオン,不完全ウイルス粒子,ビリオン構成成分とその翻訳後修飾体,ビリオン非構造タンパクとその翻訳後修飾体,感染防御抗原,中和反応のエピトープ等を使用できる.かかるワクチン用抗原は常用の不活化剤で固定化することにより立体構造を安定化できる.特にビリオンは,不活化剤でその感染能を失活させ,不活化抗原として使用することが望ましい.不活化剤としては,例えば,ホルマリン,グルタルジアルデヒド,β−プロピオラクトン等をワクチン原液の調製の前又は後に添加して用いることができる.ホルマリンを使用の場合,その添加量は約0.0004−0.7%(V/V),不活化温度は約2−30℃,不活化時間は,約5−180日である.但し,不活化により抗原性が損なわれる場合には,不活化条件を緩和するための創意工夫を要する.かかる緩和は,例えば,不活化剤の減量,中性アミノ酸や塩基性アミノ酸等の添加,不活化温度の低下等により達成できる.また,不活化工程で残存する遊離ホルムアルデヒドは,必要なら,等量の亜硫酸水素ナトリウムを添加してこれを中和するか,透析により除去できる.
【0015】
(8)ワクチンの調製:例えば,ワクチン用抗原の量が,感染ウイルス量TCID50(Median Tissue Culture InfectiveDose)の対数値log(TCID50/ml)に換算して約4−9になるよう塩類溶液や培地等,例えば,培地BMEでワクチン原液を希釈する.即ち,かかる希釈により,ワクチン中の抗原量が抗体産生に必要な量になるよう調整する.更にその際,ワクチンの耐熱性を増強する安定化剤や,免疫原性を高める補助剤としてのアジュバントを添加混合できる.例えば,安定化剤として,糖類やアミノ酸類,また,アジュバントとして,鉱物油,植物油,ミョウバン,リン酸アルミニウム,ベントナイト,シリカ,ムラミルジペプチド誘導体,サイモシン,インターロイキン等を利用できる.次いで,適当な容積,例えば,約10−500ml容のバイアルに分注し,密栓・密封の後,ワクチンとして使用に供する.かかるワクチンは,液状のみならず,分注後に凍結乾燥を行うことにより,乾燥製剤として使用に供することができる.
なお,調製したワクチン製剤は,使用に供する前に,その品質を保証するため,安全性と有効性に関する検定を行う必要がある.かかる検定は,この発明に係るワクチンと類似の既存製剤,例えば,薬事法(昭和35年法律第145号)に基づく「動物用生物学的製剤基準」に定める「日本脳炎不活化ワクチン」,「狂犬病組織培養不活化ワクチン」等の規程に準拠して行うことができる.
【0016】
(9)ワクチンの用法:感染の危険性がある任意の年齢の魚類に使用できる.
但し,養魚保全の観点から,幼魚ないしは稚魚への使用が望ましい.使用法として,例えば,腹腔内,皮下,又は筋肉内接種,浸漬法,経口投与等が可能である.接種の場合,前記(7)の抗原量を,1ドーズ約0.05−1.0ml使用が望ましく,浸漬による免疫には飼育水又は低張飼育水でワクチンを約10−100倍に希釈して用いることができる.ワクチンは,凍結しない冷温,例えば,約2−8℃の冷暗所で保存する.
【0017】
(10)診断剤の調製:前記(6)の要領で,ウイルス浮遊液,精製抗原等を調製し,これ等を診断用抗原,例えば,沈降反応,凝集反応,中和反応,蛍光抗体法,酵素免疫測定法,ラジオイムノアッセイ等の抗原として使用できる.更に,診断用抗原やワクチン原液を動物,例えば,ウサギ,モルモット,マウス等の腹腔内,皮下や筋肉内に接種し,抗体産生させたこれ等の動物の血清から抗体を作製できる.かかる抗体は,例えば,上記の各種診断法での抗原の検出に使用できる.なお,この発明に係る診断用の抗原や抗体は,これ等の診断剤中の含量が,抗原抗体反応を生じるに必要な量となるよう希釈調整し,使用に供する.
【0018】
前述のワクチンは,魚類のイリドウイルス感染症の免疫ないしは予防に極めて有効である.また,前記ウイルス抗原,及びかかる抗原を用いて作製された抗体は,種々の免疫学的診断において,特異的かつ高感度に抗原抗体反応すると共に,確定診断のための診断剤として有用である.
【0019】
以下,この発明の態様並びに構成と効果を,実験例及び実施例を示し,具体的に説明する.但し,本発明は,これ等に限定されるものではない.
【0020】
【実験例1】
病原体ウイルスの分離材料:マダイイリドウイルス感染死亡魚の脾臓を摘出し,これを眼科用鋏で細切れにした後,9倍容のBME培地(最終濃度300単位/mlのぺニシリンと300μg/mlのストレプトマイシンとを添加混合)を添加し,氷冷下で滅菌ガラスホモジナイザーにより磨砕し,10%(W/W)の脾臓乳剤を調製する.次いで,これを低速遠心(3,000rpm,20分)し,その上清を採取の後,濾孔が450nmのメンブランフィルターで除菌濾過し,その濾液を病原体ウイルスの分離材料として爾後の使用に供する.
【0021】
【実験例2】
魚生体内による病原体ウイルスの分離と継代:実験例1で調製した濾液をマダイ稚魚10尾(平均体長4.0cm,平均体重1.5g)の腹腔内に各魚0.1mlずつ接種した後,水温25±1℃の隔離した飼育水槽(内容積60Lの水槽に海水40Lを入れ,これに新鮮海水を2L/min流入かつ旧水を等量排出し飼育海水を連続交換する)で飼育し,発症の有無を観察する.飼育開始後,早ければ3日目に発症魚が出現し始める.各発症魚は死亡の直前にその都度回収し,実験例1に記載の方法と同様にして脾臓乳剤の上清を調製し,これを新鮮分離株ウイルス浮遊液として爾後の継代に供する.マダイ生体内での新鮮分離株ウイルスの継代は,かかる操作を繰り返し行う.
【0022】
【実験例3】
細胞培養による病原体ウイルスの分離と継代:25cmのプラスチック瓶5本に培養したGF細胞の各瓶に,実験例1で調製した濾液を0.5mlずつ接種し,25℃で30分間吸着させた後,培地BME(最終濃度15%(V/V)のウシ胎児血清,標準量の非必須アミノ酸,1.2mg/mlの炭酸水素ナトリウム,100単位/mlのぺニシリン,及び100μg/mlのストレプトマイシンを添加混合)を各瓶10mlずつ添加し.25℃で静置培養する.新鮮培地との交換は接種日から3日目ごとに行う.細胞培養の状態の判定と,病原体ウイルス感染の指標となる細胞変性効果の有無を検出するための鏡検は毎日行う.培養開始後,14日目までに細胞変性効果,即ち,細胞のラウンディングが細胞モノシートの約70%の領域に広がる.この時点で,各培養瓶ごとに培地を採取し,新鮮分離株ウイルスの浮遊液として爾後の継代に供する.同時に,感染細胞モノシートは,常法のEDTA・トリプシン液(CaとMgの両イオンを除いたDulbeccoのPBSに最終濃度0.08%(W/V)EDTA 3Naと0.125%(W/V)トリプシンとを添加混合)で培養瓶ごとに剥離し,低速遠心してその沈渣を回収の後,これを上記の培地BME2mlに再浮遊し,新鮮分離株ウイルスの感染細胞として爾後の継代に供する.細胞培養による新鮮分離株ウイルスの継代は,ウイルス浮遊液とその感染細胞の両者を用い,次の通り行う:GF細胞モノシートへ両者をそれぞれ接種し培養する;未感染GF細胞浮遊液にウイルス浮遊液を接種し同時培養する;20万細胞/mlの未感染GF細胞浮遊液にその1/10容の感染細胞を接種し混合培養する;及び感染細胞浮遊液を調製しこれを前記の新鮮培地BMEで5倍希釈し培養する持続感染細胞培養により行う.
【0023】
【実験例4】
新鮮分離株ウイルスの同定:実験例1で用いた死亡魚,実験例2で得た発症魚の各脾臓切片及び各スタンプ標本をそれぞれ,フォイルゲン反応により核酸染色し,異形肥大細胞の存在と,細胞質部分の赤紫色染色を光学顕微鏡で鏡検し確認した.また,電子顕微鏡により,実験例1で用いた死亡魚及び実験例2で得た発症魚の各脾臓中に存在するウイルスと,新鮮分離株ウイルスとの間のウイルス形態が同一であることを確認した.更に,実験例2に記載の方法により感染実験を行う.即ち,実験例2と3で得た新鮮分離株ウイルス浮遊液を,マダイ稚魚10尾腹腔内に各魚0.1mlずつ接種し,発症魚の症状を観察すると共に,剖検及び病理組織学的検査を行い,新鮮分離株ウイルス接種によるマダイ稚魚の発症がイリドウイルス感染症であることを確認した.
【0024】
【実験例5】
ウイルス感染価の測定:実験例1で用いた培地BMEを用い,1L容のルー瓶で培養したGF細胞モノシートをEDTA・トリプシン液で剥離の後,低速遠心により細胞を採取し,同培地で20万細胞/mlの細胞浮遊液を調製し,これを24穴マイクロプレートの各穴に1.0mlずつ滴下分注する.次いで,同培地で10倍階段希釈したウイルス液0.1mlを各穴に接種する.なお,1列6穴には同一希釈のウイルス液を接種し,25℃の炭酸ガス保温器内で14日間培養の後,CPEを判定の指標として,常法によりウイルス感染価,TICD50/mlを実測し,その結果を対数値,log(TICD50/ml)に換算する.また,感染細胞は,アイスバス中で感染細胞浮遊液20ml当たり2分間,超音波発生装置(KUBOTA 200M)にかけ,細胞を破砕懸濁し,その低速遠心(3,000rpm,20分)上清をウイルス液としてウイルス感染価を測定する.
【0025】
【実施例1】
ワクチン用抗原の製造株の確立:実験例1で得た分離材料から分離したウイルスをイリドウイルスEhime−1株と命名すると共に,実験例2に記載の方法でマダイ稚魚に3代継代した後,更に,実験例3に記載の方法によりGF細胞で継代を重ね馴化させる.かかる継代によりGF細胞に馴化したEhime−1株を抗原製造用株として後述の実施例で使用する.なお,実験例3で行った種々の培養法による継代のうち,これ等の代表例として,マダイ稚魚体内と持続感染細胞培養との組合せ継代による結果を表1に示す.ウイルス分離材料をウイルス感受性の宿主で継代することにより,ウイルス抗原は増幅・量産された.
Figure 0003950500
【0026】
【実施例2】
ワクチン用抗原の量産:実施例1で得たEhime−1株(マダイ稚魚3代・GF細胞10代継代)の感染細胞をシードに用いてワクチンを調製する.先ず,実験例1で用いた培地BMEを用い,1L容のルー瓶1本に培養した上記Ehime−1株の感染GF細胞モノシートをEDTA・トリプシン液で剥離の後,低速遠心(3,000rpm,20分)により感染細胞を回収し,500mlの同培地BMEに再浮遊し,感染細胞浮遊液を調製する.次いで,これを1L容のルー瓶5本に100mlずつに分注の後,25℃で14日間,静置培養する.新鮮培地との交換は,培養開始日から3日目ごとに行う.但し,培養10−14日目の間は培地交換をしない.CPEが細胞モノシートの約80%に達する14日目に培養液を採取し,低速遠心(3,000rpm,20分)の後,その上清を回収しウイルス浮遊液500mlを調製した.一方,感染細胞モノシートはEDTA・トリプシン液で剥離した後,低速遠心(3,000rpm,20分)により採取し,ルー瓶5本からプールした細胞を上記の培地200mlに再浮遊させ,感染細胞浮遊液を得た.
【0027】
ワクチン用抗原量の測定:ウイルス浮遊液と感染細胞浮遊液について,実験例4に記載の方法で両者の感染価,log(TICD50/ml)を測定する.その結果,ウイルス浮遊液は6.6,感染細胞浮遊液は6.2であった.
【0028】
ウイルス不活化と不活化ワクチン原液の調製:ウイルス浮遊液300mlと感染細胞浮遊液180mlの各液にホルマリンを最終濃度が0.03%(V/V)になるよう添加混合し,4℃で30日間,不活化する.不活化終了後,それぞれ,不活化ウイルスワクチン原液及び不活化感染細胞ワクチン原液として4℃の冷暗室で保存した.
【0029】
不活化ワクチン原液の検定:ウイルス浮遊液と感染細胞浮遊液から調製した各不活化ワクチン原液を100mlずつ分取し,薬事法(昭和35年法律第145号)に基づく「動物用生物学的製剤基準」に定める「狂犬病組織培養不活化ワクチン」の規程に準拠し,不活化試験,染色試験,異常毒性否定試験,蛋白窒素定量試験,及び無菌試験を行う.その結果,及び後述する安全性と有効性に関する実施例3の結果を併せ,両不活化ワクチン原液は,いずれも,組織培養不活化ワクチン原液として適格であることが確認された.
【0030】
不活化ワクチンの調製:不活化ウイルスワクチン原液50ml及び不活化感染細胞ワクチン原液50mlをそれぞれ,培地BMEで10倍希釈した後,20ml容のバイアルに10mlずつ分注し.密栓・秘封の後,不活化ウイルスワクチン及び不活化感染細胞ワクチンとして使用に供する.
【0031】
【実施例3】
不活化ワクチンの安全性と有効性:実施例2で調製した各不活化ワクチンの安全性と有効性とを確認するため,マダイ稚魚を用いて臨床試験を行う.なお,ウイルスを接種しない細胞培養の培地上清と非感染細胞浮遊液について,ワクチン製造と並行して同一の処理を行い,不活化非感染上清と不活化非感染細胞浮遊液とを調製し,これ等を比較対照検体として使用する.合計150尾の健常なマダイ稚魚(体長4.0−8.0cm,体重1.5−11.5g)を1群30尾からなる5群に分け,1検体に1群を用い,各ワクチン又は各比較対照検体を,稚魚の腹腔内に0.1ml/尾,接種する.なお,残りの1群には何も接種しない.これ等の稚魚は,実験例2に記載の飼育水槽内で,各群30尾につき1飼育水槽を使用し,飼育観察する.接種日から10日目に,各稚魚の腹腔内にEhime−1株の強毒ウイルス浮遊液を0.1mlずつ接種し,直接攻撃を行う.攻撃ウイルス量log(TCID50/ml)は,5.0で実施する.かかる攻撃の後,更に,14日間,上記水槽内の発症魚とその生死の有無を飼育観察する.その結果を示す表2に見られる通り,本発明に係るワクチンは安全かつ有効であった.
Figure 0003950500
【0032】
【実施例4】
不活化ワクチンの試作とその安全性及び有効性の確認:実施例1で得たEhime−1株(マダイ稚魚3代・GF細胞13代継代)の感染細胞をシードとして用い,実施例2の記載と同様にして不活化ワクチンを製造する.即ち,ウイルスをGF細胞で培養の後,培養液を低速遠心してその培養上清を採取し,5Lのウイルス浮遊液(ウイルス感染価は7.5logTCID50/ml)を製造する.次に,該浮遊液に最終濃度0.1%(V/V)になるようホルマリンを添加混合の後,4℃で30日間静置して不活化し,ワクチン原液を得る.この原液について検定に係る各種試験を行い,組織培養不活化ワクチンとしての適格性を確認の後,これを培地BMEで10倍希釈し,200ml容のバイアルに100mlずつ分注し,密栓・密封し小分製品400本を製造した.これより無作為抜取りした小分製品20本について,更に,薬事法(昭和35年法律第145号)に基づく「動物用生物学的製剤基準」に定める「狂犬病組織培養不活化ワクチン」の規程に準拠し,小分製品に係る各種試験,即ち,特性試験,水素イオン濃度試験,無菌試験,染色試験,蛋白窒素定量試験,異常毒性否定試験を行い,組織培養不活化ワクチン小分製品としての適格性を確認した後,残りの小分製品を下記の安全性と有効性の両確認試験に供した.
【0033】
安全性と有効性の両確認試験は,実施例3の記載と同様にして行う.即ち,健常なマダイ稚魚(体長7.5−8.0cm,体重9.3−10.0g)を1群25尾からなる6群に分け,無作為抜取りした小分製品4本(各バイアルにA,B,C及びDと符号付けする)の各バイアルごとに1群,合計4群,また,比較対照(非感染GF細胞の不活化培養液上清)に1群を使用し,稚魚の腹腔内に0.1ml/尾,接種する.なお,残りの1群には何も接種しない.各群25尾につき1水槽を使用して飼育観察し,ワクチン接種10日目に,実施例3の記載と同様にして,バイアルBとDワクチン接種群を除く全ての群に直接攻撃し,更に,14日間,水槽内の発症魚とその生死の有無を飼育観察する.その確認試験の結果を表3に示す.本発明に係るワクチンは,不活化ワクチンとしての品質が適格であると共に,安全かつ有効であった.
Figure 0003950500
【0034】
【実施例5】
診断用抗原の調製:実施例2の記載と同様にして,ウイルス浮遊液を調製の後,ホルマリンで不活化し,不活化ウイルス浮遊液を得る.次いで,超遠心管(日立製作(株)製:機種SCP70HのスウィングロータSRP28SA用)6本の各底部に9.0mlずつ40%(W/V)蔗糖溶液を入れ,蔗糖クッション層を形成させ,該蔗糖層の上に静かに不活化ウイルス浮遊液25mlを重層し,4℃にて超遠心(90,000g,90分)する.各遠心管底に沈降したウイルス粒子をそれぞれ,5mlのPBSに浮遊し,これ等をプールして,30mlの精製ウイルス抗原液を得た.
受身凝集反応用試薬の調製:洗浄したヒツジ赤血球0.4mlを10mlのPBSに浮遊させ,これに上記の抗原液1.0mlを加えて軽く撹拌の後,PBSで希釈調整した濃度2.5%(W/V)グルタルジアルデヒド3.0mlを滴下し十分に混和する.これを室温で60分間更に撹拌し,赤血球に抗原を吸着させる.次に,PBSで5回洗浄後,1Mグリシン緩衝液(pH7.2)1.0mlに浮遊させ,8℃で1夜置き,再びPBSで5回洗浄の後,最終濃度1%(V/V)の正常ヒツジ血清を含有のPBSを添加して,1%(V/V)抗原吸着赤血球浮遊液を調製し,これを受身凝集反応用試薬とした.
受身凝集反応によるイリドウイルス抗体の測定:上記の受身凝集反応用試薬を用い,2倍階段希釈のマイクロタイター法により,イリドウイルス感染症魚5尾から採血した各検体血清,及び健常魚2尾の各血清の抗体価を測定する.その結果を表3に示す.この発明の診断用抗原は,極めて特異的な凝集反応を呈し,抗体価の測定による簡便な確定診断を可能にした.
Figure 0003950500
【0035】
【発明の効果】
この発明は以上の説明のように構成され作用するので,その効果は次の通りである:魚類イリドウイルス感染症のワクチンによる予防のみならず,該ウイルス抗原を用いる診断剤による簡便な確定診断や早期診断をも可能にする.更に,この発明が提供する特定宿主に継代馴化したイリドウイルスとその抗原,及びかかる抗原を用いて作製される抗体は,魚類イリドウイルス感染症の基礎研究並びに臨床あるいは応用研究での重宝な試薬ないしは材料として極めて有用であり,かかる研究の進展に多大に寄与する.

Claims (1)

  1. イリドウイルス感染症の病魚から分離したイリドウイルスEhime−1株を該ウイルス感受性の魚体内で継代、さらに該ウイルス感受性の魚体内又は細胞培養からなる宿主群から選ばれる1種以上の宿主に継代することにより得られるイリドウイルス株を、不活化剤で不活化することにより調製される不活化抗原を、抗体産生または感染防御を奏する量、含有する不活化イリドウイルス感染症ワクチン
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