JP3856536B2 - 履帯ブッシュおよびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、例えばブルドーザのような建設機械などに使用される履帯ブッシュおよびその製造方法に関するものであり、より詳しくは耐摩耗性,疲労強度,耐衝撃性に優れた履帯ブッシュおよびその履帯ブッシュをより簡便な方法で低コストで生産する製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
図21に示されているように、建設機械等の履帯51は各部品群で構成されており、とりわけ履帯ブッシュ52は、終減速装置からの回転運動を伝えるスプロケットティースと噛み合い、履帯51を回転させる機能を持つことから、内外径面においては耐摩耗性が要求されると同時にブッシュとしては苛酷な強度と靭性とが必要とされる。これらの必要特性を満足させるために、従来、この履帯ブッシュの製造に際しては、次に示されるような方法が実施されている。
▲1▼肌焼鋼に浸炭処理を施して、内外表面層に高硬度なマルテンサイトを形成し、耐摩耗性と強度の確保を図るようにしたもの(例えば特公昭52ー34806号参照)。
▲2▼中炭素鋼を使用して、素材調質したブッシュ素材の内外径部をそれぞれ高周波焼き入れして内外表面層に高硬度なマルテンサイトを形成し、また外径から高周波焼き入れによって深く焼き入れた後に内周面から高周波焼き入れして外,内周面硬化層間に焼き戻しマルテンサイトからなる軟化層をV字型に形成させて耐摩耗性と強度の確保を図るようにしたもの(特公昭63−16314号公報参照)。
なお、図22には、これら従来法によって生産されるブッシュの代表的な硬化パターンの模式図(a)(b)(c)および断面の硬度分布(d)がそれぞれ示されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、前記▲1▼の浸炭法においては、浸炭時間が長くかかるとともに、浸炭ガスの大量使用等のコスト的な観点からの問題が大きく、例えばブッシュの肉厚が厚くなる大型履帯ブッシュでは、強度,耐摩耗性の観点から必要硬化層深さがより深くなるため、生産性の低下とコストの高騰が問題点になる。さらに、内外周表面においては浸炭加熱時間が長時間に及ぶために粒界酸化層や不完全焼き入れ層が数十μm厚さで形成され、疲労強度や耐衝撃特性が劣化しやすくなるという問題点がある。
【0004】
一方、▲2▼の高周波焼き入れ法では、▲1▼の浸炭法に比べてコスト的な改善がなされているが、高周波焼き入れ前の素地硬度の確保のための素材調質処理が必要であったり、内外径を同時に加熱することが出来ないために、内径,外径の二度焼き入れ処理が必要であるなど、依然として高価な熱処理になってしまうという問題点がある。なお、高周波焼き入れ前に素材調質による素地硬度の確保を事前に対策しない場合には、履帯ブッシュに大きな圧縮力が作用した場合の変形量が大きくなり、ブッシュに挿入されている履帯ピンと焼き付くことによる発熱によって履帯ピン,ブッシュが破損する危険や異音の発生等の問題がある。
【0005】
さらに、ブッシュ外周面側は使用中において過酷な土砂摩耗条件に晒されることから、ブッシュとしての摩耗寿命を高めるために、ブッシュ外周面側の焼き入れ硬化層をより深くすることが望ましいが、高周波焼き入れ法では、この焼き入れ硬化層を深くするために外周面加熱の時間が長くなって生産性が悪化し、経済的に不利になる。
【0006】
本発明は前述のような問題点に鑑みてなされたもので、その主たる目的は、円筒状鋼製履帯ブッシュ素材を焼き入れ処理可能な温度に加熱した後に、内周面からの冷却を先行して開始しながら、時間的遅れを持って外周面からの冷却を施することを焼き入れ作業の一工程中において実施して、内外周面に焼き入れ硬化層を形成し、それによって前述の浸炭処理と高周波焼き入れ処理よりも生産性とコストの改善とを図ることのできる履帯ブッシュおよびその製造方法を提供することにある。
【0007】
また、本発明では、内周面からの焼き入れ硬化層の形成を確実なものとして、内周面からの冷却を先行し、続けて時間的遅れを持つ外周面からの冷却を実施することによって、ブッシュ肉厚断面のより内周面に近い肉厚芯部に軟質層を形成することによって焼き入れ時の焼き割れを防止するとともに、外周面からの焼き入れ硬化層深さを内周面からの焼き入れ硬化層深さよりも深くしてブッシュの耐摩耗性を改善し、かつ疲労強度にも優れた履帯ブッシュおよびその製造方法を提供するものである。
【0008】
さらに、本発明では上述のように本来内外周面からの同時冷却ではスルハード化して、焼き割れする組成の鋼材に対しても適用され、市販性の高い安価な鋼材を使用できるような安価な履帯ブッシュとその製造方法を提供するものである。
【0009】
さらに、本発明では、上述の履帯ブッシュの内周表面の焼き入れ硬化層を高周波焼戻しによって優先的に靱性化して衝撃疲労強度の改善をはかるとともに、外周表面側焼き入れ硬化層の硬度を高めた状態にすることによって、靱性と外周面耐摩耗性に優れた履帯ブッシュおよびその製造方法を提供するものである。
【0010】
またさらに、前述の焼き入れ原理を利用して、外周面先行冷却後に内周面冷却を実施した焼き入れ方法によって内周表面側の表面硬化層を深くし、内周面側の耐摩耗性を付与した耐摩耗熱処理鋼管とその安価な製造方法を提供するものである。
【0011】
【課題を解決するための手段】
前述の目的を達成するために、本発明による履帯ブッシュは、
0.35重量%C以上の中炭素濃度および/または共析炭素濃度の鋼組成を有し、かつ内外周面からの同時冷却によってスルハード化しても、内周面からの冷却のみでの硬化層厚さが肉厚の1/2以下となるDI値(理想臨界直径)範囲内の合金成分からなる鋼が使用され、外周面および内周面から肉厚中心部に向かって焼き入れ硬化層が形成されるとともに、これら両焼き入れ硬化層間に軟質な不完全焼き入れ層が残されてなり、前記外周面側の焼き入れ硬化層深さが内周面側の焼き入れ硬化層深さより深く形成され、かつ両焼き入れ硬化層間の組織が焼き入れ温度からの冷却過程で析出するフェライト,パーライト,ベイナイトおよびマルテンサイトのうちの1種以上の組織からなり、さらには低温焼き戻しが施されてなることを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明による履帯ブッシュの製造方法は、
履帯ブッシュ素材を焼き入れ処理可能な温度に加熱した後に、内周面冷却と外周面冷却の開始が独自に制御される焼き入れ装置を利用して、一回の焼き入れで(a)内周面からの先行冷却によって履帯ブッシュの肉厚芯部での熱容量を少なくし、時間的遅れを持って始まる外周面からの冷却によって外周面側での冷却速度を高めて外周面側の焼き入れ硬化層深さを内周面側の焼き入れ硬化層深さよりもより深くすること
および/または、
(b)内周面からの先行冷却によるブッシュ肉厚の質量効果を利用して、肉厚芯部の一部を焼き入れ硬化が不能な状態にして、かつ時間的遅れを持って始まる外周面からの冷却によって外周面側での冷却速度を高めて外周面側の焼き入れ硬化層深さを内周面側の焼き入れ硬化層深さよりもより深くすること
によって、ブッシュ肉厚断面のより内周面に近い肉厚芯部に軟質層を形成させながら、外周面からの硬化層深さを内周面からの硬化層深さよりもより深く形成させることを特徴とするものである。
【0013】
このように本来内外周面からの同時冷却によってはスルハードとなる合金組成の鋼に対しても、ブッシュ肉厚断面のより内周面に近い肉厚芯部に軟質層を形成させた例えばU字型の硬度分布を持たせることによって、焼き入れ時の焼き割れを防止するとともに、外周面側からの硬化層深さを内周面側からの硬化層深さよりもより深くして履帯ブッシュの外周面の耐摩耗寿命を改善し、かつ安価に履帯ブッシュを製造するものである。
【0014】
なお、履帯ブッシュ素材に使用する鋼として、0.35重量%の中炭素鋼および/またはほぼ0.8重量%炭素の共析鋼を使用して、外周面焼き入れ硬化層の硬度を浸炭焼き入れブッシュとほぼ同等にまで引き上げることによって、耐摩耗性,摩耗寿命および強度に優れた履帯ブッシュを安価に製造する。また、本発明に適用できる鋼の焼き入れ性を決める合金組成は、内外周面からの同時冷却によってスルハード化しても、前述のような作用によって内周面からの冷却のみでの焼き入れ硬化層厚さが履帯ブッシュ肉厚の1/2以下となるDI値(理想臨界直径)にまで広げることによって、通常市販の安価な鋼材を用いることが出来るようにして、かつ外周面焼き入れ硬化層深さを履帯ブッシュ肉厚の1/2以上にまで容易に確保出来る、顕著なブッシュ外径部の摩耗寿命の向上を図ったものである。
【0015】
特に履帯ブッシュ外周面側の耐摩耗性の改善を図るために、ブッシュ素材を焼き入れ可能な温度に加熱した後に、内周面を先行冷却する前述の方法によって焼き入れ処理して、かつ外周面側の焼き入れ硬化層の硬度を高めたまま、内周表面部からの高周波焼戻しを施してとりわけ内周表面硬化層の靱性を高めることによって、浸炭硬化層以上の耐摩耗性と耐衝撃性に優れた履帯ブッシュを安価に製造するものである。
【0016】
本発明の特徴は、上述のようにブッシュ全体をほぼ均一に加熱、内周面先行冷却開始後に、外周面冷却を実施して一工程の焼き入れ作業中に焼き入れ操作を終える熱処理操作に基づくので、従来の高周波焼き入れ法のように、内周面側と外周面側の二度の硬化深さの調整を実施する必要がなく、内外径を別々に加熱焼き入れすることがないために高生産性が実現できる。特に、加熱方法は誘導加熱方式や炉加熱方式にこだわる必要性は無いが、誘導加熱方式を採用するのが、生産性の向上と設備投資の抑制,エネルギー効率の改善などの点で好ましい。
【0017】
更に、本発明では前記焼き入れ方法では内周面冷却と外周面冷却の開始が独立に制御できる焼き入れ装置を利用することを特徴としており、この装置を使用することによって前述の履帯ブッシュとは逆の外周面先行冷却を実施することによって内周面に深い焼き入れ硬化層を形成させることが出来、例えばスラリーなどの内径部耐摩耗性を必要とする高強度な鋼管の製造方法としても使用することができる。
【0018】
また、円筒状内周面側の冷却方法としては冷却ムラを発生しやすいことから、水スプレーや油スプレー等の噴流冷却方式が好ましいが、内周部側を先行冷却する際の冷却媒体が先行冷却中に外周部に干渉しないように、例えば図1に示すように冷却媒体の流れを考慮してスプレー角度を持たせることや、図1のA部のような仕切り構造(遮蔽板)を施すことが好ましい。
【0019】
さらに、炉加熱方式においては、多数個の履帯ブッシュを上述のように内周面から先行冷却する場合や外周面から先行冷却する場合には、図2(a)(b)(c)に示されるように、履帯ブッシュ1の端面同士を突き合わせて一本の鋼管のように配置した後に、内周面部と外周面部とをそれぞれ内周面冷却水2および外周面冷却水3によって独自に制御して焼き入れるのが望ましい。なお、これら内周面冷却水2および外周面冷却水3間は遮蔽板4によって遮蔽される。また、図2(b)(c)で示される例では、内部に内周面冷却ノズル5が配されている。
【0020】
誘導コイルを用いて履帯ブッシュの一部を移動加熱しながら、前述の内周面を先行して冷却し、外周面を冷却する時差焼き入れする方法は、焼き入れ設備が大がかりにならず、かつ生産の自由度の高い方法である。この場合においても、例えば図3に示されているように、履帯ブッシュ1の上下端面には遮蔽板4,4’が配置され、内周面冷却ノズル5が誘導加熱帯を先行冷却するとともに、外周面冷却ノズル6による冷却が実質的な時間的遅れを持って行われるように配置されて誘導加熱コイル7および内外周面冷却ノズル5,6をブッシュ軸方向に相対的に移動しながら移動焼き入れされることが望ましい。
【0021】
【発明の効果】
前述の説明のように、本発明によれば、高周波加熱や炉加熱によって▲1▼ほぼ均一に加熱した履帯ブッシュをオイル、水などの冷却媒体によって、▲2▼内周面からの先行冷却を実施した後、▲3▼外周面からの冷却を施して、内周面からの焼き入れ硬化深さを外周面からの硬化深さよりも浅くして、かつ内周面からの先行冷却によって外周面からの冷却による焼き入れ易さを高めることによって硬化層深さをより深くすることを焼き入れの一工程中において実施し、本来は内外周面からの同時冷却によってはスルハードとなる鋼に対しても、肉厚芯部において軟質層を形成させることによって焼き入れ時の焼き割れを防止するとともに、外周面からの焼き入れ硬化層深さを内周面からの焼き入れ硬化層深さよりも深くして耐摩耗寿命の改善を図ったブッシュとその安価な製造方法を提供することができ、これによって大きな経済的利益を得ることができる。
さらに、浸炭ブッシュとほぼ同等の高炭素含有量で、耐摩耗性に優れた高硬度な硬化層を外周面に深く形成させることにより、顕著な耐摩耗性と耐摩耗寿命の改善を図ることができ、また内周面をより高温側で焼き戻し、内周表面層を靱性化することにより耐衝撃強度の向上を図ることができ、履帯ブッシュの機能を大幅に向上することができる。
【0022】
【実施例】
次に、本発明による履帯ブッシュおよびその製造方法の具体的な実施例について、図面を参照しつつ説明する。
【0023】
(実施例1)
本実施例で使用した鋼材成分が表1に示されている。また、本実施例に使ったブッシュ形状が図4に、このブッシュの各サイズが表2にそれぞれ示されている。焼き入れのための加熱には中性雰囲気中での炉加熱を行い、焼き入れ装置としては図1に示したようなスプレー焼き入れ装置を使用した。なお、本スプレー焼き入れ装置はブッシュ内周面を冷却するためのスプレーと外周面を冷却するスプレーとから構成されており、かつスプレー冷却開始が独立して制御されるようになっている。また、内周面冷却用スプレーはブッシュ内径部での水がブッシュ下部方向に滞留無く流れることを考慮して、内周面法線方向に対して適当な噴射角度を持たせており、かつブッシュ下部端には内周面冷却用の冷却水の流れと外周面冷却用の冷却水の流れを仕切るための遮蔽板、ブッシュ上部端には内周面冷却用の冷却水の流れと外周面冷却用の冷却水の流れを仕切るためのキャップを設置している。
【0024】
【表1】
【表2】
【0025】
なお、焼き入れ操作は基本的には上述の条件での炉加熱によって履帯ブッシュを850℃,30分で均熱加熱した後に、すばやく図1の焼き入れ装置に示されるように履帯ブッシュを設置して、内周面と外周面の冷却を所定の条件で開始して焼き入れ、続いて140℃で3時間の低温焼き戻し処理を施した。なお、一部は加熱方式を外周面側からの全体高周波加熱として実施している。
【0026】
図5〜図10は各サイズの履帯ブッシュに対して内外周面の冷却開始を同時に行った場合と内周面を先行冷却してから外周面を冷却して焼き入れた場合の肉厚断面における硬度分布を示したものである。また、図11は形状Dの履帯ブッシュを利用して内外周面を同時に焼き入れたときのスルハード化と焼き割れ頻度の関係を示したものであり、縦軸には表面残留応力、横軸には外径部表面硬度の勾配を取って、図中に10本中の焼き割れ本数を注記しており、スルハード化に伴って焼き割れ性が顕著になっていることを示している。
【0027】
この結果から、前述のように
(1)本来ならば内外周面を同時に冷却した場合にはブッシュ肉厚芯部においてもスルハード化する鋼に対しても内,外周面での冷却開始時間を変えることによるブッシュ肉厚の質量効果を利用することによってブッシュ肉厚断面のより内周面に近い肉厚芯部に軟質層を形成させたU字型硬度分布を持たせることが出来る。したがって、この結果から内周面側と外周面側の冷却能を変えることによっても、言い換えれば内周面側冷却能を外周面側冷却能よりも小さくすることで同様な効果が期待できることが分かる。
(2)この結果、形状Dの履帯ブッシュで調べた焼き割れ頻度の関係において、本来同時焼き入れでスルハード化するブッシュでの焼き割れを、U字型硬度分布を持たせることで完全に防止できることが分った。
(3)さらに、本来同時焼き入れでスルハード化しないブッシュにおいても、内周面からの先行冷却により履帯ブッシュの肉厚芯部での熱容量を少なくすることによって、時間的遅れを持つ外周面からの冷却による、外周面側での冷却速度を高める効果によって硬化層深さをより深くすることが出来ることが分かる。
【0028】
図12は形状Cの履帯ブッシュについて内周面先行冷却時間による内周面と外周面の焼き入れ硬化深さの関係を調べたものであり、内周面先行冷却時間には外周面焼き入れ硬化層を最大にする適正な条件があることがわかる。なお、耐摩耗寿命の観点からすれば少なくとも1.1倍以上の焼き入れ硬化層深さが実現されるのが好ましいのに対して図5〜図10で確認されるデータから、外周面焼き入れ硬化層深さは内周面焼き入れ硬化層深さに対して最大で約2倍になることが確認されており、極めて優れた耐摩耗寿命の向上が期待できることが分かる。なお、図13には形状Cの履帯ブッシュを使って、外周面先行冷却時間による内周面と外周面焼き入れ硬化深さの関係を調べた結果を示したが、先の図12の結果と逆に外周面冷却を先行させることによって内周面焼き入れ硬化層深さをより深くすることができ、例えば内径部に土砂やスラリーを搬送するような耐摩耗で強力なパイプ製品に対して適用可能なことが分った。
【0029】
なお、調質と高周波焼き入れとを組み合わせた従来の熱処理法であっても外周面側焼き入れ硬化層深さを深くすることは可能であるが、内周面側と外周面側の2度の高周波加熱焼き入れと調質を実施することが必要であることから経済上不利である。
【0030】
(実施例2)
実施例1で処理した履帯ブッシュ(ブッシュ形状C,組成No.2,外周面硬化層深さ5.3mm)と従来の浸炭ブッシュ(ブッシュ形状C,材質SCR420H,浸炭処理品硬化深さ2.4mm)をコマツのD50ブルドーザの履帯に装着して、田地での客土作業に使用し、その時の摩耗結果を図14に示した。従来品が2200時間の稼働で5mm摩耗したのに対して本発明品では2200時間の稼働で2.8mmであった。限界摩耗量5mmに対して本発明品の稼働時間は約3600時間となり、大幅な摩耗寿命の改善につながった。また、限界摩耗量が履帯ブッシュの肉厚の約1/2に設計されることから、前述の図5〜図10に示したように外周面側の焼き入れ硬化層が本発明の熱処理によってほぼ肉厚中心部深さにまで達せられることから、極めて耐摩耗寿命の改善に効果的に寄与できることが分かる。なお、本発明供試品は図7に示したように外周面硬化層の硬度が非常に高いことと関連して、硬化層内での摩耗速度が浸炭焼き入れブッシュよりも小さく、材料としての耐摩耗性にも優れていることが分かる。
【0031】
(実施例3)(履帯ブッシュの圧壊疲労試験)
図15に圧壊疲労試験方法を示した。図4に示した形状のブッシュを履帯リンク8に圧入してリンク端面から所定の位置(本実施例では20mm)に車体重量の約2倍の荷重Fを繰り返しかけて破壊に至る繰り返し数を調べた。図16には実施例1で試作した形状Cの履帯ブッシュに2〜37.5tonの荷重をかけて破壊に至る繰り返し数が示されている。前述と同じ浸炭処理ブッシュと本発明の時間差焼き入れブッシュおよび同時焼き入れしたブッシュの三者を比較した場合、明らかに本発明ブッシュは従来浸炭ブッシュに比べ高い疲労強度を有していることが分かる。この結果はブッシュ形状Dの大型のものについても実施したが、同様に従来の浸炭ブッシュおよびスルハードにならない同時焼き入れブッシュに対して本発明の時間差焼き入れブッシュが高い疲労強度を示している。なお、スルハード化したブッシュは早期破断し易く、疲労強度試験に供する信頼性が得られなかった。
【0032】
(実施例4)
図17には衝撃疲労試験方法を示した。実施例3と同じ熱処理を施した履帯ブッシュを履帯リンクに圧入して、打撃ハンマーを落下させてブッシュ内径部に発生する応力が車体重量の2,3,4倍に相当する条件で衝撃荷重をかけ、破壊に至るまでの衝撃回数を調べることによってブッシュの衝撃疲労特性を比較した。なお、本実施例ではSCrB440Hボロン鋼を使って、油焼き入れ焼き戻しの調質処理(850℃焼き入れ、500℃3時間焼き戻し)を施した後に、高周波焼き入れで内外周面からの硬化深さを約3.5mmに調整したブッシュ(素地硬度ビッカースHv=約280)を比較のために使用した。
【0033】
測定結果を図18に示したが、明らかに本発明品は従来の浸炭ブッシュに比べて高い衝撃強度を示しているが、これは従来の浸炭ブッシュ内周面に前述のように粒界酸化や不完全焼き入れ層が存在することおよび浸炭品の表面炭素濃度が高く(約0.8重量%炭素)、表面硬度がより高いことに起因すると考えられる。その意味からすると本発明品においても内周表面硬度を調整し、より靭性化することによって衝撃疲労強度を高めることが可能となる。図19は、本発明ブッシュの内周面側から高周波焼き戻しを実施して、内周表面硬度と衝撃破壊回数との関係を調べたものであるが、明らかに表面硬度がHv=550〜600に最適強度が認められ、例えばHv=400においても従来浸炭ブッシュよりも強度が高いが、試験後の内径変形が大きくなりすぎて履帯ピンとの干渉によるかじり,摩耗などが問題となるので、問題のないHv=450以上が好ましい。また、最高硬さの上限については従来浸炭ブッシュ品との比較において特に規定されるものでないが、浸炭表面硬度(〜Hv=750)と同程度であって問題となることはないと考えられる。しかし衝撃性能を最適化する意味あいからすると内周部表面硬度はHv=650程度にとどめておくことが好ましいと考えられる。
【0034】
(実施例5)
焼き入れ方法は図3に示した装置を利用して実施したが、焼き入れ条件は表3に示した通りである。なお試験に供試する履帯ブッシュ形状はDとし、鋼材成分はNo.6のものを使用して、さらに内周面冷却ノズル5からの冷却水の内周面に当たる位置と外周面冷却ノズル6からの冷却水の外周面にあたる位置との差を30mmに調整して、移動速度が5mm/secの時に内径先行冷却時間が約6secとなるように調整している。誘導加熱温度は外周表面で約920℃内周表面温度が約850℃となるように調整している。
【0035】
【表3】
【0036】
図20は焼き入れ後に140℃で1時間焼き戻したときのブッシュ肉厚断面での硬度分布を示したものであり、先の炉加熱後に前述の時差焼き入れした硬度分布と同じく、外周面焼き入れ硬化層深さが顕著に深くなっていることがわかり、先の実施例にも示したように耐摩耗寿命が改善できることが分かる。
【0037】
本実施例においては、誘導加熱コイルをブッシュ外径側に配置したものについて説明したが、この誘導加熱コイルはブッシュ内径側に配置することもできる。ただし、焼き入れ作業性を考慮した場合には、外周面側からの誘導加熱を行うのが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、焼き入れ装置を示す断面図である。
【図2】図2(a)(b)は、多数個ブッシュの焼き入れ装置を例示する断面図、(c)は(b)の縦断面図である。
【図3】図3は、誘導加熱コイルを用いた焼き入れ装置を示す断面図である。
【図4】図4は、供試ブッシュの形状を示す断面図である。
【図5】図5は、形状A,組成No.1の時差焼き入れブッシュの硬度分布を示すグラフである。
【図6】図6は、形状B,組成No.2の時差焼き入れブッシュの硬度分布を示すグラフである。
【図7】図7は、形状C,組成No.1,2の時差焼き入れブッシュの硬度分布を示すグラフである。
【図8】図8は、形状D,組成No.4の時差焼き入れブッシュの硬度分布を示すグラフである。
【図9】図9は、形状D,組成No.6の時差焼き入れブッシュの硬度分布を示すグラフである。
【図10】図10は、形状D,組成No.7の時差焼き入れブッシュの硬度分布を示すグラフである。
【図11】図11は、形状Dの履帯ブッシュを利用したスルハード化と焼き割れ頻度との関係を示すグラフである。
【図12】図12は、形状Cの履帯ブッシュを利用した内周面冷却先行時間による内周面と外周面との焼き入れ硬化深さの関係を示すグラフである。
【図13】図13は、形状Cの履帯ブッシュを利用した内周面冷却先行時間による内周面と外周面との焼き入れ硬化深さの関係を示すグラフである。
【図14】図14は、実車稼働ブッシュにおける外径摩耗結果を示すグラフである。
【図15】図15は、圧壊疲労試験方法を示す図である。
【図16】図16は、圧壊疲労試験結果を示すグラフである。
【図17】図17は、衝撃疲労試験方法を示す図である。
【図18】図18は、衝撃疲労試験結果を示すグラフ▲1▼である。
【図19】図19は、衝撃疲労試験結果を示すグラフ▲2▼である。
【図20】図20は、高周波移動加熱・時差焼き入れ後に140℃で1時間焼き戻ししたときのブッシュ肉厚断面での硬度分布を示すグラフである。
【図21】図21は、履帯ブッシュの分解斜視図である。
【図22】図22(a)(b)(c)は、従来法によって生産されるブッシュの代表的な硬化パターンの模式図,図22(d)は断面の硬度分布を示すグラフである。
【符号の説明】
1 履帯ブッシュ
2 内周面冷却水
3 外周面冷却水
4 遮蔽板
5 内周面冷却ノズル
6 外周面冷却ノズル
7 誘導加熱コイル
8 履帯リンク
Claims (12)
- 0.35重量%C以上の中炭素濃度および/または共析炭素濃度の鋼組成を有し、かつ内外周面からの同時冷却によってスルハード化しても、内周面からの冷却のみでの硬化層厚さが肉厚の1/2以下となるDI値(理想臨界直径)範囲内の合金成分からなる鋼が使用され、外周面および内周面から肉厚中心部に向かって焼き入れ硬化層が形成されるとともに、これら両焼き入れ硬化層間に軟質な不完全焼き入れ層が残されてなり、前記外周面側の焼き入れ硬化層深さが内周面側の焼き入れ硬化層深さより深く形成され、かつ両焼き入れ硬化層間の組織が焼き入れ温度からの冷却過程で析出するフェライト,パーライト,ベイナイトおよびマルテンサイトのうちの1種以上の組織からなり、さらには低温焼き戻しが施されてなることを特徴とする履帯ブッシュ。
- 前記外周面側の焼き入れ硬化層深さが内周面側の焼き入れ硬化層深さの1.1倍以上に深く形成されていることを特徴とする請求項1に記載の履帯ブッシュ。
- 外周面側に形成される焼き入れ硬化層に比べて、内周表面に形成される焼き入れ硬化層の硬度が低くなるようにより高温で焼き戻し処理を施して、内周表面に形成される焼き入れ硬化層の表面硬度がビッカース硬度でHv=450〜650に調整されていることを特徴とする請求項1または2に記載の履帯ブッシュ。
- 履帯ブッシュ素材を焼き入れ処理可能な温度に加熱した後に、内周面冷却と外周面冷却ができる焼き入れ装置を利用して、一回の焼き入れで
(a)内周面からの先行冷却によって履帯ブッシュの肉厚芯部での熱容量を少なくし、時間的遅れを持って始まる外周面からの冷却によって外周面側での冷却速度を高めて外周面側の焼き入れ硬化層深さを内周面側の焼き入れ硬化層深さよりもより深くすること
および/または、
(b)内周面からの先行冷却によるブッシュ肉厚の質量効果を利用して、肉厚芯部の一部を焼き入れ硬化が不能な状態にして、かつ時間的遅れを持って始まる外周面からの冷却によって外周面側での冷却速度を高めて外周面側の焼き入れ硬化層深さを内周面側の焼き入れ硬化層深さよりもより深くすること
によって、ブッシュ肉厚断面のより内周面に近い肉厚芯部に軟質層を形成させながら、外周面からの硬化層深さを内周面からの硬化層深さよりもより深く形成させることを特徴とする履帯ブッシュの製造方法。 - 前記焼き入れ装置は、内周面側を先行冷却する際の冷却媒体が先行冷却中に外周部に干渉しないように、冷却媒体の流れを考慮して、内周部冷却媒体と外周部冷却媒体との間に仕切り構造を有する構造とされることを特徴とする請求項4に記載の履帯ブッシュの製造方法。
- 炉加熱および/または誘導加熱法によって履帯ブッシュ素材を焼き入れ温度にほぼ均一に全体加熱した後に、前記焼き入れ装置により焼き入れがなされることを特徴とする請求項4または5に記載の履帯ブッシュの製造方法。
- 履帯ブッシュ素材を内,外周面のどちらか一方側から移動誘導加熱しながら、内外周表面部の温度を焼き入れ可能なA1,A3および/またはAcm温度以上の条件において、内周面からの冷却を先行実施しながら外周面を冷却して移動焼き入れすることを特徴とする請求項4または5に記載の履帯ブッシュの製造方法。
- 前記誘導加熱による移動焼き入れ時には、履帯ブッシュ軸方向に対して履帯ブッシュと誘導加熱コイルおよび内外周冷却ノズルが相対移動することおよび/または履帯ブッシュをその円筒中心軸をほぼ中心として回転させることを特徴とする請求項7に記載の履帯ブッシュの製造方法。
- 前記冷却媒体は、焼き入れ油,水,水溶性焼き入れ液,噴霧冷却のうちのいずれかであり、かつ内周面側冷却方法は内周面をほぼ均一に冷却するスプレーによる噴流冷却であることを特徴とする請求項4または5に記載の履帯ブッシュの製造方法。
- 請求項4〜6のうちのいずれかに記載の履帯ブッシュの製造方法によって焼き入れた履帯ブッシュ全体を140℃以上350℃以下で低温焼き戻しすることを特徴とする履帯ブッシュの製造方法。
- 0.35重量%C以上の中炭素濃度および/または共析炭素濃度の鋼組成を有し、かつ内外周面からの同時冷却によってスルハード化しても、内周面からの冷却のみでの硬化層厚さが肉厚の1/2以下となるDI値(理想臨界直径)範囲内の合金成分からなる鋼が使用されることを特徴とする請求項4〜10のうちのいずれかに記載の履帯ブッシュの製造方法。
- 請求項4〜11のうちのいずれかに記載の履帯ブッシュの製造方法によって焼き入れた履帯ブッシュの内周面を高周波焼き戻し法によって内周表面硬度をビッカース硬度でHv=450〜650に焼き戻すことを特徴とする履帯ブッシュの製造方法。
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