本発明は、このような問題点に鑑みてなされたもので、安価な高周波焼入れ技術をベースにして、オイル封入履帯としてのオイル封入性の確保、衝撃的な過酷な負荷に対する優れた靭性の確保、耐摩耗性および摩耗寿命の改善を図るとともに、より安価に製造することのできる履帯ブッシュを提供することを主たる目的とするものである。
また、本発明では、建機の大型化と高負荷化にともなって問題となる履帯ブッシュと回転、揺動摺動する履帯ピンとの耐焼き付き性および履帯リンクからの抜けを防止する方法についても改善することを目的とするものである。
例えば、小径な中小型ブルドーザ用のオイル封入式履帯ブッシュにおいては、肉薄で、端面部は履帯リンクへの圧入のための端面加工が施され、内周面側においては履帯ピンとのたわみによる局部当たりを避けるための面取り加工が施されていることから、端面部の平行面は極めて幅狭になっている。このため、端面シール部硬化層を確実に確保するため、および、履帯リンクへ履帯ブッシュを圧入する際のかじりによる圧入不良を防止するに、外周面圧入端面加工部を確実に硬化させることが必要である。またさらに、その履帯ブッシュとしての強度、靭性および耐摩耗性を確保するために、少なくとも、その外周面にはHRC50以上の硬質な焼入れ硬化層が形成され、その肉厚内部においてHRC45以下の軟質層を形成することにとって、熱処理時の焼き割れを防止することが必要である。
そこで、本発明による履帯ブッシュは、
少なくとも炭素が0.35〜1.2重量%の範囲で含有される炭素鋼および/または低合金鋼からなり、かつ、肉厚全体がHRC30〜45未満の硬さに調整された履帯ブッシュ素材を外周面からの高周波加熱、焼入れ法によって、外周面焼入れ硬化層とそれに連続的につながる端面焼入れ硬化層、および内周面焼入れ硬化層が形成されてなる履帯ブッシュであって、
前記履帯ブッシュの両端部近傍の形状において、内周面側の面取り部を外周面側の面取り部より大きく形成するとともに、内周面側の面取り開始点が外周面側の面取り開始点よりも履帯ブッシュの軸方向中心側に位置し、前記履帯ブッシュの肉厚内部に形成される軟質層を、該履帯ブッシュ両端面のシール平坦部を避けて、前記内周面側の面取り部にのみ繋がるように形成することを特徴とするものである(第1発明)。
履帯ブッシュ形状において、両端面付近の外周面面取り位置が内周面面取り位置より履帯ブッシュ中心位置に近い場合においては、履帯ピンにかかる偏荷重や曲げ荷重によって端面面取り部に大きな曲げ荷重を発生させ、端面部近傍を破損する危険性が高い。これに対し、本発明のように内周面側の面取り開始点が外周面面取り開始点以上に履帯ブッシュ中心位置にあるようにすれば、負荷のかからない部位である面取り部に軟質層を表出させることができ、耐久性を確保することができる。また、前記履帯ブッシュの両端面を追加焼入れ硬化する場合には、内周面硬化層、外周面硬化層、端面硬化層との間に軟化層が存在するので、この部位に過負荷応力が作用することを避けることが好ましいので、前記履帯ブッシュの両端面部近傍の形状において、内周面側面取り部を外周面面取り部より大きくすることで、偏荷重による履帯ブッシュ端面コーナー部に大きな曲げ応力が発生するのを防止することができる。なお、この結果は、履帯ピンとのかじりに対しても有効と考えられる。
履帯ブッシュの摩耗寿命を確保する観点からは、前記外周面からの高周波加熱によって焼入れする際において、内周面が鋼のA1温度(720℃)以上に加熱されないように、初めからもしくは加熱途中から内周面の冷却を外周面より先に開始し、外周面からの加熱終了後に外周面を冷却することによって、外周面焼入れ硬化層深さを肉厚さの30〜80%に深くするのが好ましい。肉厚の70%以上に外周面を硬化させた場合には、履帯ブッシュの耐衝撃強度が劣化し始めることは良く経験することであり、また、履帯ブッシュの摩耗限界がほぼ60%に設定されることから、外周硬化層の深さを40〜70%とすることがより好ましい。
なお、前記HRC45以下で微細粒状セメンタイトが分散した高靭性の焼戻しマルテンサイト組織は履帯ブッシュ素材を調質処理(焼入れ焼戻し処理)した後、前記履帯ブッシュ外周面からの高周波焼入れによって外周面および両端面部を焼入れることによって製造されるが、より高靭性の履帯ブッシュとするためには、高温焼戻し脆性が顕著に現れない(Crが0.5重量%以下で残りがMn、C、Si、Al、Ni、Mo,Ti等を含有する)炭素鋼または炭素ボロン鋼が履帯ブッシュ素材として好ましく、また調質処理の焼戻し温度は150℃以上であることが好ましい。また、後熱処理として外周面からの高周波焼入れを重ねて実施するため、その焼割れ性を避けてより生産性を高めるためにはHRC45以下に調質しておくことが好ましい。
前記外周面部および両端面部を高周波焼入れした履帯ブッシュにおいて、履帯ピンとオイル潤滑下で摺動する履帯ブッシュ内周面はHRC45未満の場合においても焼付き性に大きな問題はないが、とりわけ大型ブルドーザのようにより荷重負荷が大きく、偏荷重がかかりやすい場合や、高速で長距離の連続した走行を繰り返す場合には、履帯ブッシュ内周面と履帯ピン外周面が低速で摺動し、かじりを生じやすくなるとともに、高荷重下での履帯ブッシュの疲労強度の改善が重要になる。
そこで、前記外周面からの高周波焼入れによって外周面硬化層と端面硬化層が繋がって形成され、内周面がHRC45未満とした履帯ブッシュに、その両端面のシール平坦部の焼入れ硬化部分を避け避けて、その履帯ブッシュ内周面を高周波焼入れし、内周面焼入れ硬化層深さが肉厚さの1〜15%で、履帯ブッシュ肉厚内部に形成される軟質層が履帯ブッシュ両端面のシール平坦部を避けて、両端面近傍の内周面に繋がって形成されるとともに、内周面において30kg/mm2以上の大きな圧縮残留応力を付加するようにするのが好ましい。
また、前記炭素鋼および/または炭素ボロン鋼においても、焼入れ後の焼戻しは靭性回復に必要であり、少なくとも150℃以上、好ましくは200℃以上の焼戻し処理を実施するのが好ましく、150℃以上の焼戻し処理を施し、高周波焼入れ硬化層表面の硬さをHRC50以上し、かつ、両端面部の焼入れ硬化深さを0.5mm以上にし、耐摩耗性を確保するのが好ましい。
なお、油圧ショベルなどに使う履帯は前述のようなオイル封入式でなく潤滑が関与しない乾式であるために、履帯ブッシュ内周面は焼入れ硬化されているが、両端面部は焼入れ硬化されていない。この乾式用履帯ブッシュにおいて、両端面を追加的に焼入れ硬化して利用できれば、端面部焼入れ硬化層の安定した形成と生産設備の共通化や生産性の向上が画期的に図ることができる。
さらに、内周面硬化層、外周面硬化層、端面硬化層との間に軟化層が存在する場合には、引張残留応力が発生しやすいので、少なくとも、履帯ブッシュ両端面近傍の内、外周面、端面部をショットピーニングすることによって大きな圧縮残留応力を付加し、強度の向上を図るのが好ましい(第2発明)。なお、ショットピーニングを内周面に施すことは、履帯ブッシュの画期的な強度向上と履帯ピンとの耐焼き付き性を向上させる手段として極めて有効である。
なお、前記両端面を追加焼入れ硬化した履帯ブッシュにおいても、前述のようにその内周面、外周面に燐酸塩皮膜などの化成処理もしくはメッキ処理を施すのが好ましい(第3発明)。
次に、履帯ブッシュの製造方法は、
履帯ブッシュ素材を用いて、肉厚全体をHRC35〜45未満の硬さに調整した後、外周面からの高周波加熱、焼入れ法によって、外周面焼入れ硬化層とそれに連続的につながる端面焼入れ硬化層が形成され、履帯ブッシュの肉厚内部に形成される軟質層が履帯ブッシュ両端面のシール平坦部を避けて、両端部近傍の内周面側の面取り部にのみ繋がって形成されることを特徴とするものであり、さらに、その履帯ブッシュ両端面のシール平坦部の焼入れ硬化部分を避けて、その履帯ブッシュ内周面を高周波焼入れし、内周面焼入れ硬化層深さが肉厚さの5〜15%で、かつ、30kg/mm2以上の圧縮残留応力を発生させることを特徴とするものである。
前記外周面部および両端面部を高周波焼入れした履帯ブッシュにおいて、履帯ピンとオイル潤滑下で摺動する履帯ブッシュ内周面はHRC45未満の粒状セメンタイトが多量に分散する焼戻しマルテンサイトやパーライト組織の場合においても焼付き性に大きな問題はないが、とりわけ大型ブルドーザにおいてはより荷重負荷が大きいために偏荷重がかかりやすく、また低速で摺動する場合にはかじりを生じることがある。この場合には、履帯ブッシュ両端面のシール平坦部の焼入れ硬化部分を避けて、その履帯ブッシュ内周面の表面硬さをHRC45以上に高めるのが好ましいので、内周面焼入れ硬化層深さが肉厚さの5〜15%となるように浅く高周波焼入れして使用することができるものとした。また、製造コスト的な観点からすれば、内周面焼入れ硬化層深さが安定する1〜3mmが好ましい。
前記内周面からの高周波焼入れを実施するに際しては、外周面を冷却することによって内周面高周波加熱の熱拡散によって外周面焼入れ硬化層が軟化しないようにするのが好ましい。この場合、内周面高周波加熱電源として50kHz以上の電源を利用するのが好ましい。
また、履帯ブッシュの外周面および両端面部の焼入れ硬化層を連続的に形成するための外周面からの移動高周波加熱によって焼入れする方法において、
(1)高周波加熱コイルと履帯ブッシュの移動相対速度を端面部において遅くする
(2)外周面からの熱拡散による内周面温度を調整するための内周面冷却を履帯ブッシュ両端面近傍において弱くするか、または止める
(3)履帯ブッシュ端面近傍の内周面に接するように円筒状または略円筒状治具を配置して、その内周面部位からの冷却を弱くするか、または断熱性を向上させて、端面部内周面が高周波加熱され易くする
(4)熱伝導性の良い材料で作られるコレットチャックを内周面冷却が必要とされる内周面部位に配置し、履帯ブッシュを保持する
のうちの1つ以上の方法を組み合わせて焼入れ硬化するのが好ましい。
前記移動高周波焼入れ方法においては、履帯ブッシュを連続的に生産するために、履帯ブッシュ間の端面近傍の内周面に断熱性の高いスペーサーを挟み込んで移動高周波焼入れを実施するのが生産性の観点から好ましい。
また、前記移動高周波焼入れ方法において、履帯ブッシュ外周面を深く焼入れ硬化するためには、内周面が鋼のA1温度を越えず、また内周面に焼戻しマルテンサイト層を形成するために内周面温度が昇温され過ぎないように内周面からの冷却を実施しながら外周面側からの移動式高周波焼入れを実施することが好ましい。さらに、履帯ブッシュ端面部近傍においてはその内周面からの冷却を弱めるかもしくは止めることによって、内周面からの冷却を遅らせ、かつ、外周面からの移動加熱速度を遅くすることによって端面部全体がほぼ十分に加熱され、次の冷却によって端面部のほぼ全体が焼入れ硬化されるようにするのが好ましい。また、前述のように端面近傍の内周面に断熱性の高い円筒状または略円筒状のスペーサーを挟み込んで移動高周波焼入れを実施することも端面部を十分焼入れ硬化させる同じ作用を示すことから、生産性の観点からより好ましい。
また、前記内周面の冷却方法としては、内周面に冷却ノズルを配置して、水、水溶性焼入れ液、空気、噴霧などを吹き付けながら行うことが好ましいが、前述のように冷却の強弱が制御されるか、もしくはON−OFF制御できるようにするのがより好ましい。
さらに、熱伝導性の良い材料(例えば銅系、鉄系などの金属材料)で作られる内周面用コレットチャックを、履帯ブッシュの端面部近傍内周面を避けて、内周面冷却を必要とする内周面部位に配置し、履帯ブッシュを保持することが好ましく、また、これらに履帯ブッシュの両端面近傍内周面に断熱材を配置し、より短時間で端面部近傍が焼入れ硬化に十分な温度に加熱されるようにすることが好ましい。なお、この金属材料製のコレットチャック部の冷却効率をより高め、調整できるように工夫されることは好ましく、例えば、空気、水などの冷却媒体が出るようにすることも好ましい。
履帯ブッシュの外周面および両端面部の焼入れ硬化層を連続的に形成するための外周面からの全体高周波加熱によって焼入れする方法において、
(1)履帯ブッシュ両端面部が有効に高周波加熱できるような鞍型、渦巻きコイル、または円筒コイルを用いる
(2)外周面からの熱拡散による内周面温度を調整するための内周面冷却を履帯ブッシュ両端面近傍において弱くするかまたは、止める
(3)履帯ブッシュ端面近傍の内周面に接するように円筒状または略円筒状治具を配置して、その内周面部位からの冷却を弱くするか、または断熱性を向上させて、端面部内周面が高周波加熱され易くする
(4)熱伝導性の良い材料で作られるコレットチャックを内周面冷却が必要とされる内周面部位に配置し、履帯ブッシュを保持する
のうちの1つ以上の方法を組み合わせて焼入れ硬化することができる。
また、前記外周面からの全体高周波加熱をする焼入れ方法は、
履帯ブッシュの外周面からの高周波加熱ができるとともに、履帯ブッシュの内周面冷却媒体と外周面冷却媒体が互いに干渉し合わないように履帯ブッシュの両端面部に仕切り治具を押し当てながら、内周面冷却と外周面冷却を独自に実施できる焼入れ装置を用いて、円筒状履帯ブッシュ素材を円筒軸中心周りに回転させながら全体を誘導加熱し始め、かつ、内周面が鋼のA1変態温度以上に加熱されないように内周面の冷却を初めから、もしくは加熱途中から外周面より先に開始し、外周面からの加熱終了後に外周面を冷却することによって、外周面焼入れ硬化深さをより深くし、かつ、両端面部のシール平坦部の表面層が、外周面位置から履帯ブッシュ肉厚の1/2以上の幅にわたって焼入れ硬化することを特徴とするものである。
なお、複数個の履帯ブッシュを同時熱処理する場合には、履帯ブッシュ端面部が隠れないように履帯ブッシュ間に仕切り治具を挟んで、外周面からの冷却による端面部の焼入れを十分に行うが、その際、それらの仕切り治具は履帯ブッシュ内周側端面または面取り部に接触し、かつ、端面部近傍内周面をカバーして、内周面冷却時に端面近傍の内周面からの冷却を遅らせるようにする円筒状または略円筒状形状であることが好ましい。また、内周面冷却媒体としては、水、水溶性焼入れ液、空気、霧などが利用することができる。
前記製造方法によって製造される履帯ブッシュにおいては、外周面焼入れ硬化層深さを肉厚さの30〜80%まで深くして履帯ブッシュの摩耗寿命を改善することを特徴とするが、履帯ブッシュの摩耗寿命はその外周面摩耗量が肉厚の50〜60%に達した時点として設計されていることから、外周面焼入れ硬化層深さを肉厚の40〜70%に設定することがより好ましい。
また、前記履帯ブッシュにおいては、150℃以上の焼戻し処理が施され、内、外周面部および両端面部の表面硬さがHRC50以上で、かつ、両端面部の焼入れ硬化深さが0.5mm以上、より長時間のオイルシール性を確保するためには2.0mm以上となることが好ましい。
また、前記両端面を追加焼入れ硬化した履帯ブッシュにおいても、前述のようにその内周面、外周面に燐酸塩皮膜などの化成処理もしくはメッキ処理が施されるのが好ましい。
次に、本発明による履帯ブッシュの具体的な実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。
図1は、外径60mm、内径40mm、肉厚10mmの履帯ブッシュを、850℃に加熱し、内周面と外周面から同時に強水冷したときの外周表面(A位置)、外周表面から2mm深さ位置(B位置)および肉厚中心(C位置)における温度と冷却時間との関係を示したものである。
また、同図中の太い破線でS45C相当材の連続冷却変態図におけるパーライト析出開始線(Cカーブ)の範囲をα、βの各Cカーブで示したものであるが、それらのカーブは、肉厚10.4mmの履帯ブッシュを850℃から内外周面同時焼入れた場合の外周面焼入れ硬化層深さに基づいて推定したものであり、αCカーブは焼入性の低い鋼(DI=0.515in、0.47C−0.34Mn)の外周面焼入れ硬化層深さが約2.2mmで、肉厚中心硬さがHv=310であったことに基づいて、ほぼB位置での冷却線と交わるように記載され、さらに、βCカーブは、DI=0.72in、0.53C−0.48Mn炭素鋼を用いた場合のもので、その外周面硬化層硬さがHv=760であるが、肉厚中心硬さがHv=510とスルーハード化されていることから、ほぼC位置での冷却線と交わるように記載されるが、肉厚内部に未焼入れ層の形成がわずかなDI値の差で決まることがわかる。
図2は、0.4〜0.6重量%炭素を含有した各種炭素鋼のDI値とスルーハード化する履帯ブッシュ肉厚の関係を実験的に求めたものであり、その関係は、ほぼDI(inch)≦1.75×肉厚(inch)(図2中の直線関係)で与えられることがわかった。またさらに、入手性の良いS45C相当材のDI値バラツキ範囲を図2中の破線で示したが、例えばPC60(肉厚8.25mm)で0.56inch、PC200(10.4mm)で0.71inch以下の焼入性を持つように鋼材成分範囲が厳重に狭く管理することが必要とされ、その鋼材の入手性がきわめて難しく、単純な内外周面同時焼入れ方法によって、中小型履帯ブッシュの肉厚内部に軟質な未焼入れ層を形成させる製造方法が極めて難しいことがわかる。
また、図2の破線で示した鋼を使って必ずスルーハード化しない肉厚17mm以上の大型履帯ブッシュを製造する場合には、平均的なDI値(0.96inch)が低いために、外周面焼入れ硬化層深さが3.4mm程度に浅くなり(肉厚の約20%)、その履帯ブッシュの摩耗寿命が十分に改善できない問題が起こることは明らかである。
前記の観点から、本発明では各種の熱処理方法を駆使して、履帯ブッシュ肉厚内部の冷却速度を遅らせることによって、より高いDI値の鋼材を使った履帯ブッシュ肉厚内部においてもパーライト変態を促進させようとするものである。
図3は、図1と同じ履帯ブッシュを850℃からの2秒間の内外周面同時冷却後に2秒冷却を中止し、さらにその後内外周面を同時に再冷却した場合の前記A,B,C位置での冷却線を示したものであり、A,B位置での温度は内外周面同時冷却を一時停止する間(2秒)に復温し、中心部のC位置では、550〜500℃で2秒間恒温処理されるような冷却挙動を取ることがわかる。
なお、前記CCT線図の最短時間でパーライト変態を起こす温度(ノーズ)が550℃近傍であり、DI値の増大に伴ってその鋼のノーズ位置がより長時間側に移動することはよく知られており、例えば図2の直線関係と各種肉厚の肉厚中心部温度が550℃になるための冷却時間の関係を求め、前記の2秒間の遅れがDI=0.7inchでスルーハード化するものをDI=1.05までスルーハード化しないようにすることができること示していることがわかる。
また、図3に示した肉厚中心部の冷却曲線が恒温状態に近い状態にある場合にはCCT線図での検討よりTTT線図(恒温変態線図)で議論するほうが適正と考えられるので、図3中に0.5重量%C−0.91重量%Mn炭素鋼のTTT線図(太破線;50%パーライト変態線、太実線;100%パーライト変態線)とマルテンサイト開始温度(Ms)を示したが、通常、パーライト変態のための駆動力が大きい状態で起こるTTT線図はCCT線図よりより短時間側にあることから、肉厚中心部でのパーライト変態が起こりやすくなることは明らかである。
さらに、前記各冷却線との関係から、外周表面層近傍では、一旦マルテンサイト化した後に内周部からの熱拡散による焼戻しが起こり、B位置では、復温されるがその期間中に軟質組織形成されることはなく、再冷却によって硬化するが、肉厚中心のC位置ではパーライト変態が進行し軟質な組織が形成されることがわかる。
図4は前記冷却停止時間を4秒としたときの肉厚中心部(C位置)での冷却曲線を比べたものであり、前記冷却途中の停止時間をかなり長くできることは、かなり広範囲な焼入性の炭素鋼を使った履帯ブッシュの肉厚内部に軟質な未焼入れ層を形成させることができることは明らかである。
なお、前記の方法は履帯ブッシュ肉厚内部の冷却速度を遅らせるための極めて有効な方法であることがわかるが、例えば、内外周面同時冷却を内外同時に停止するだけでなく、例えば、内周面冷却だけを一時停止するかもしくは再冷却しないで完全に停止することなどによっても、その肉厚内部の冷却速度を遅らせることができることは明らかである。
図5(a),(b)は、前記内外周面同時冷却開始後に冷却を一時停止させる等の考え方に従った本実施形態の履帯ブッシュの部分断面図を示したものであり、いずれの履帯ブッシュも全周面が焼入れ硬化されたマルテンサイト組織からなり、その肉厚内部にパーライト組織を含んだ未焼入れ硬化層が形成されているが、さらに図5(b)は、前記方法において内外周面同時冷却後、内周面冷却のみを止めて内部面側のマルテンサイトを内部からの熱拡散によってHRC45未満の焼戻しマルテンサイト組織としたものである。
またさらに、履帯ブッシュの肉厚内部の冷却速度を遅らせる方法としては、全体加熱した後に外周面もしくは内周面の一方を所定時間先行冷却し、肉厚中心部を遅く冷却することによってパーライト変態を起こさせ、所定時間後に内外周面を両方冷却する方法が有効であることは明らかである。
図6は、前記と同じ肉厚の履帯ブッシュを850℃に加熱した後、内周面から4秒間先行冷却し、その後外周面を冷却した場合の各工程における肉厚断面における各温度分布を示したものであり、同図中の内外周面同時冷却時の温度分布と比較して、肉厚中心部の冷却速度が明らかに遅らされており、図1に併記したCカーブを参照することによって、履帯ブッシュ肉厚内部に軟質な未焼入れ層を形成させる有効な手段であることは明らかである。
また、図6の場合とは逆に、外周面先行冷却後に内周面を冷却する方法であっても、ほぼ図6と同程度の肉厚中心部の冷却速度を有効に遅らせることができることは明らかである。
より具体的には、肉厚10.4mmのPC200の履帯ブッシュにおいては内外周面同時冷却によってスルーハード化する鋼のDI値が0.72inchであることを上述したが、内周面のみの冷却によってスルーハード化するDI値が約2倍の1.45inchとなることから、この外周面もしくは内周面の一方を所定時間先行冷却する方法に従うと焼入性幅の広い鋼を使っても容易に肉厚内部にパーライト変態層を形成させることができることがわかる。
図7(a),(b)および(c)は、前記外周面もしくは内周面の一方を先行冷却し、所定時間後に全周を冷却する考え方に従った本実施形態の履帯ブッシュの部分断面図を示したものであり、図7(a)は内周面と外周面の冷却媒体を仕切る治具を端面部内周面側に押し当て、外周面と端面部が同時に外周面冷却媒体で冷却されるようにしたもので、外周面と端面部を先行冷却するかもしくは内周面を先行冷却し、所定時間後に全周面が冷却されるようにして肉厚内部のパーライト組織を含んでなる軟質層が端面部内周面につながるように製造されるものであり、さらに、図7(b)はその熱処理中の内周面冷却を制御して、内周面に形成された焼入れ硬化層を肉厚中心部の熱拡散によってHRC45未満の硬さに焼戻したものである。また、図7(c)は内周面と外周面の冷却媒体を仕切る治具を端面部外周面側に押し当て、内周面と端面部が同時に外周面冷却媒体で冷却されるようにし、外周面と端面部を先行冷却するかもしくは内周面を先行冷却し、所定時間後に全周面が冷却されるようにして肉厚内部のパーライト組織を含んでなる軟質層が端面部外周面につながるように製造されるものである。
さらにまた、履帯ブッシュを全体加熱した後に、内周面もしくは外周面の一方から先行冷却する際に、その冷却面の反対面から誘導加熱を施すことによって肉厚に極めて大きな温度勾配を形成させ、かつ、肉厚芯部の冷却速度を最も遅らせることができることは明らかであり、肉厚内部にパーライト変態層が形成される所定時間後に誘導加熱を止めて、その加熱面を冷却するこの方法は、誘導加熱による誘導加熱深さや投入電力および先行冷却時間を適正に選定することによって、前記使用する鋼の焼入性に関する制限を大幅に緩和するとともに肉厚内部におけるパーライト変態層形成位置とその幅を任意に調整できる特徴を有することがわかる。
図8は前記の関係を図示したものであり、履帯ブッシュを全体加熱した後に内周面を先行冷却する状態においては図中の線で示すような温度勾配を形成するが、その先行冷却中に外周面からの誘導加熱を施した場合には、図中の矢印で示すような更なる急激な温度勾配が形成され、550℃近傍にある肉厚内部位置で前述のTTT変態図やCCT変態図に記載されるパーライト変態が優先しておこること、さらに、肉厚中心部近傍まで焼入れ可能な温度以上に外周面から加熱し、その誘導加熱を止めて外周面冷却を実施することによって、深い外周面焼入れ硬化層形成することができることは明らかであり、摩耗寿命の改善に適した履帯ブッシュを製造するのに好ましい方法であることがわかる。
さらにまた、前記内周面の先行冷却を外周面からの誘導加熱中もしくは誘導加熱を止めて外周面冷却中に一時停止するかもしくはそのまま完全停止することによって外周面側からの熱拡散や外周面からの誘導加熱による熱拡散で内周面のマルテンサイト組織が焼戻されることは明らかである。
前記外周面からの誘導加熱方法とは逆の内周面からの誘導加熱方法をとる場合においても、外周面先行冷却中の内周面誘導加熱が内周面側により集中されるようにすることで、外周面硬化層深さをより深くし、内周面焼入れ硬化層を浅くすることができることも明らかである。
図9(a),(b)は、上述の外周面もしくは内周面からの誘導加熱を施しながらその反対面から先行冷却する考え方にしたがった本実施形態の履帯ブッシュの部分断面図を示したものであり、履帯ブッシュの摩耗寿命を改善するために、外周面側焼入れ硬化層をより深くするとともに、図9(b)では、内周面焼入れ硬化層を高靭性な焼戻しマルテンサイト組織としたものである。また、肉厚内部のパーライト組織を含む軟質層は、前記の図7に示すように、内周面と外周面の冷却媒体を仕切る治具を押し当てる位置と内周面と外周面のどちらを誘導加熱するのかによって外周面,内周面もしくは端面部につながるように調整されることは明らかである。
図10は、外径70mm、内径45.2mm、肉厚さ12.4mmの履帯ブッシュを、3kHz、200kWの電源を用いて、多段階に電力調整しながら960℃に全体加熱したときの外周面、肉厚中心部および内周面での誘導加熱状況を示している。
この図10から明らかなように、内周面温度は加熱開始から約12秒でほぼA1温度(720℃)に達するが、その時の肉厚中心部ではほぼ外周面温度とほぼ同じ930〜940℃に加熱されており、この状態で焼入れた履帯ブッシュは外周面硬化層として肉厚さの1/2以上が得られることは明らかである。また、内周面昇温曲線を参考にすれば、内周面硬さが軟化し過ぎないタイミングでの内周面冷却が可能であり、さらに、あらかじめ内周面を焼入れ硬化ものや、あるいは油焼入れなどによって肉厚全体を硬化させた履帯ブッシュを素材として外周面からの高周波加熱を実施することによって、内周面に焼戻しされた硬化層を残しながら肉厚中心部に軟質層を形成し、かつ、端面硬化層が肉厚さを1/2以上に形成し、且つ肉厚さ中心部の軟化層が端面部近傍の内周面側に繋げることができるのは明らかである。この製造方法は、内径面が小径で、内周面を高周波焼入れしにくい小径な履帯ブッシュの製造方法として極めて有効であり、内周面が高温短時間の焼戻し処理をかね、別工程での焼戻し処理を必要としない低コストな製造方法である。
図11(a)〜(c)は、上述の考えに従った本実施形態の履帯ブッシュの部分断面図を示すものであり、図12はそのときの履帯ブッシュ肉厚断面における硬さ分布を示したものである。ここで、図11(a)(b)は、履帯ブッシュ素材を一旦焼入れし、その肉厚全体を焼入れ硬化させた後(図12(a)中(a)、(b)線)に、外周面から高周波焼入れすることによって、肉厚芯部にHRC45未満の軟質な焼戻しマルテンサイト組織の軟質層1(図12(b)中の(a)線)、または、その軟質層1と外周面焼入れ硬化層2との境近傍にパーライトを含む軟質層3(図12(b)中の(b)線)が形成され、それらの軟質層1,3が端面部焼入れ硬化層4を避けて、端面部近傍の内周面に繋がって形成されるオイル封入式履帯ブッシュ5の部分断面図である。また、図11(c)、(b)は履帯ブッシュ素材の少なくとも内周面を焼入れし、パーライト組織を含んだその肉厚芯部に向かって内周面に焼入れ硬化層を形成した(図12(a)中(b)、(c)線)後、前記と同様に外周面からの高周波焼入れを施したオイル封入式履帯ブッシュ5の部分断面図である(図12(b)中の(b)、(c)線)。なお、図11中、符号6は内周面部の焼戻しマルテンサイト硬化層、符号7はHRC45未満のフェライト+パーライト未焼入れ硬化層である。
前記肉厚全体を焼入れ硬化するための鋼材はより焼入れ性の高い高価なものを使用することになるのに対して、少なくとも内周面が焼入れ硬化される鋼材は焼入れ性を低く抑えることができるので、より安価な鋼材(例えば0.3〜1.5重量%C、〜1.5重量%Mn、〜0.5重量%Cr、Bの2種以上の合金元素を含有する中、高炭素鋼)が利用できる特徴がある。
また、本実施形態では外周面から高周波加熱中に内周面の焼入れ硬化層が、外周面からの熱拡散によって焼戻されるため、履帯ブッシュの靭性回復のために従来から実施されている焼戻し工程を廃止することができ、さらに、その結果としてより耐摩耗を必要とする外周面と端面部の焼入れ硬化層をより高硬度な状態で使用できることは極めて有効である。
さらに、通常、履帯ブッシュは外周面からの摩耗深さが肉厚の1/2に至る時点で履帯ブッシュ寿命として交換することが実施されているために、履帯ブッシュの外周面硬化層を肉厚の40〜70%まで深くすることが摩耗寿命を延ばす方策としてより有効であり、本実施形態では、外周面からの高周波加熱を施し始める際から、または、途中から内周面を各種の方法で冷却することによって、内周面の焼入れ硬化層が軟質に焼戻しされ過ぎないようにしながら外周面からの深い高周波焼入れができるようにした。
外周面からの高周波加熱方法としては、図13(a)に示されるように端面部、外周面が効率的に加熱されるような鞍型コイル8を用いて高周波焼入れする方法も有効であるが、図13(c)に示されるように端面部が効率的に加熱されるようにした渦巻きコイル状の誘電子9を用いる方法が加熱大電力の投入の観点から有効である。ここで、図13(b)は図13(a)のA矢視図である。
使用する高周波加熱用の周波数は履帯ブッシュの肉厚によって最適化されるものであるが、設備の共有性を考慮した場合には、1〜20kHz程度の高周波電源を用いることが好ましく、履帯ブッシュ5を回転させながら、外周面からの高周波加熱が均質化されるように実施し、所定時間後に外周からの高周波加熱を止めて、外周面から水スプレーなどによって冷却して焼入れる操業を行うのが良い。更に内周面焼入れ硬化層の硬さをHRC45以上に確保しながら、より深い外周面硬化層を得る場合には、前述したように内周面からの冷却を実施することが必要であり、内周面温度が500℃以上に過熱されないように制御することが必要である。
また、この場合においては、内周面温度を内周面冷却によって適切にコントロールすることによって、外周面側からの高周波加熱による内周面焼入れ硬化層の硬さが調整できることが大きな製造方法の特徴となり、例えば、内周面焼入れ硬化層をHRC45未満に制御することによって内周面焼入れ硬化層をセメンタイト粒が分散したマルテンサイト組織に改質することができ、より衝撃的荷重に耐える、高靭性の、オイル封入式履帯ブッシュを製造することができる。
図14(a)、(b)、(c)、(d)は前述の内周面冷却方法を示したものである。図14(a)は、履帯ブッシュ5両端面部に、内周冷却媒体が外周面側に漏れないようにする仕切り治具10,11を配し、さらに、水、水溶性焼入れ液等の冷却媒体導入管12を履帯ブッシュ5内周面に配して、この冷却媒体導入管12内を流れる冷却媒体の方向を変えて、その冷却媒体導入管12外周面と履帯ブッシュ5内周面で構成される隙間に、履帯ブッシュ5軸方向に冷却媒体を流す層流冷却方法で内周面の冷却を制御する方法を示すものである。この層流冷却方法は1秒以内での冷媒の流れをON−OFFできるために、より正確な内周面冷却が可能であるので好ましい方法である。
また、図14(b)は、冷却媒体導入管12として、ノズルタイプのものを使用する例であり、水以外にも空気、噴霧などの冷却媒体を使用するのに好ましいものである。図14(c)は、履帯ブッシュ5端面近傍を避けた内周面を熱伝導性の良い金属材料性の内径コレットチャック13によって保持し、外周面からの高周波加熱による内周面の温度上昇を抑制する方法である。なお、この内径コレットチャック13から空気を吹き付けることや水などを沁みださせる等によってその内径コレットチャック13に冷却機能を持たせるのが好ましい。
また、この図14中に示した仕切り治具10,11のように、仕切り治具を履帯ブッシュ端面近傍内周面を覆うような形状とすることによって、前述の内周面冷却による履帯ブッシュ端面部の内周面側からの冷却が遅れ、端面部のより安定した焼入れ硬化層が得られるので、図14(a)、(b)、(c)のいずれの方法においても、この仕切り治具を適用することが好ましい。なお、図14(d)は内周面に冷しがね(または水冷された冷しがね)14を配したものであって、最も内周面冷却効果の少ない方法である。
図15(a)、(b)、(c)は、前述のコレットチャック方式の他の例を示したものである。(b)は履帯ブッシュ端面部近傍の内周面部を断熱するように内径コレットチャック13に断熱材15を配したものである。こうすることで、端面部の焼入れ硬化層がより短時間の外周面からの加熱によって形成され易くなり、熱処理サイクルを短縮させるのに好ましい方法である。また、(c)はコレットチャック13中心部に空気、噴霧等冷却媒体が噴出せる冷却ノズル16を設けたものである。
図16(a)、(b)は、外周面からの移動式高周波焼入れ法による履帯ブッシュの外周面焼入れ硬化層および端面部焼入れ硬化層を形成させる製造方法を示したものである。図16(a)は前述の履帯ブッシュ5を連続的に矢印B方向に押し込みながら高周波加熱コイル9で加熱して、外周面冷却ノズル17から水もしくは水溶性焼入れ液、噴霧等の冷却媒体を吹き付けて焼入れ硬化する方法を示したものである。この際には、端面部近傍での履帯ブッシュ送りの速度V1を中央付近での送り速度V2より遅くすることによって、端面部近傍が十分に加熱され、それに続く冷却によって端面部での焼入れ硬化層が幅広く形成される。また、内周面硬さをHRC45以上に確保しながら、深い外周面焼入れ硬化層を形成するには、図16(b)に示されるように履帯ブッシュ5内周面を内周面冷却ノズル17Aにて前述とほぼ同じ原理で、水、水溶性焼入れ液、空気、噴霧の吹き付け等で適切に冷却しながら、外周面からの深い高周波加熱とそれに続く冷却を実施すると良い。なお、図16において、符号18にて示されるのは、隣接する履帯ブッシュ5,5間の隙間に介挿される隙間治具である。
なお、設備上の便利さからすれば、必ずしも履帯ブッシュ5を移動させることは無く、高周波加熱コイル9と冷却ノズル17,17Aを移動させても良い。また、履帯ブッシュ5を必ずしも連続的に送る必要もない。さらに、図16に示されるような横型でなく、縦型で移動焼入れすることも可能であり、例えば、図17に示されるように、図14,15に示されるような各種内周面冷却方法を併用しながら外周面からの高周波焼入れを実施することもできる。
本実施形態において、肉厚全体を焼入れ硬化した履帯ブッシュを外周面から急速加熱しすぎた場合には、いわゆる重ね焼入れによる焼割れが発生する危険があるので、外周面からの高周波加熱初期の昇温速度をやや遅くすることが好ましく、このような加熱速度調整ができる全体高周波加熱方法が移動式高周波加熱法より好ましい。さらに、前述の内周面焼入れ硬化した履帯ブッシュでは外周面からの急速加熱によっても焼割れを発生する危険性が無いので、より好ましい。
さらに、外周面からの全体高周波加熱による履帯ブッシュの昇温曲線(図10)を参考にすると、内周面温度が焼入れ硬化処理が可能になる800℃以上に加熱される状態で、外周面からの高周波加熱を止めるか、または、その加熱を継続しながら、内周面のみを強烈に先行冷却し、先行冷却中に一旦焼入れマルテンサイト層を形成した後に(所定時間後に)内周面冷却を止め、外周面からの熱拡散による内周面焼入れ硬化層をHRC45未満になるように焼戻しながら、外周面からの高周波加熱を止めて外周面からの冷却を実施する方法が強靭な履帯ブッシュの製造方法として適していることが分かる。
図18(a)、(b)、(c)は、この製造方法によって製造される履帯ブッシュの部分断面図を示したものである。この方法によれば、前述の履帯ブッシュ肉厚全体を焼入れ硬化したり、履帯ブッシュの内周面を焼入れ硬化させておく熱処理を必要としないことから極めて安価な製造方法となることは明らかである。さらに、HRC45未満のセメンタイト粒が分散した焼戻しマルテンサイト組織層19は、Uノッチシャルピー衝撃値が確実に5kg−m/cm2以上になるように設定されているが、その焼戻し温度400℃以上の温度で短時間焼き戻されている状態が好ましい。なお、図18(a)(b)において、符号20にて示されるのは、冷却途中で析出するフェライト、パーライト、ベイナイト、マルテンサイトの1種以上が焼戻された組織層である。
本発明者らは、ほぼ同じ手法で、内周面をHRC45以上の硬さの焼入れマルテンサイト組織の硬化層とする技術を先願として提案したが、この先願においては、より硬質な焼入れマルテンサイト組織を得るために、内周面先行冷却をし続けるために、仕切り治具との履帯ブッシュの接触部が変態途中に変形し、この部位からの内周面冷却媒体が漏れやすくなり、その端面部での焼きむらが発生しやすい問題があった。これに対して、本実施形態では、仕切り治具が接触する履帯ブッシュ両端面部近傍の面取り形状を外周面の面取り形状より大きくすること、および/または、より高靭性のHRC45未満の焼戻しマルテンサイトを形成させるために内周面先行冷却を途中で一旦止めることによって、仕切り治具からの冷却媒体の漏れによる焼きむらに対する防止を図ったものであり、一連の焼入れ操作で内、外周面の熱処理が完了する経済効果は大きい。さらに、その履帯ブッシュ肉厚中心部では再加熱再焼入れによる顕著な結晶粒の微細化(ASTM粒度番号で9〜13番)が図られ、履帯ブッシュの強度向上に寄与することは明らかである(図18参照)。
なお、外周面の焼入れ硬化層と繋がって端面部が焼入れ硬化される外周面高周波焼入れ方法については前述の通りである。本実施形態では、この外周面高周波焼入れ方法を適用し、その焼入れ硬化層2,4を除く部位がHRC45未満の高靭性の軟質層21からなるオイル封入式履帯ブッシュを得たものである。図19(a)〜(e)には、このオイル封入式履帯ブッシュの組織構成図が示されている。なお、HRC45未満の軟質層21を形成する方法としては、外周面高周波焼入れ前に、素材調質(焼入れ焼戻し)等によって硬さ、組織を調整しておく方法もあるが、前述の製造方法によって調整するのがコスト的より好ましい方法である。
さらに、履帯ブッシュ内周面に嵌る履帯ピンとの摺動によって焼付き現象が発生したり、耐摩耗性を必要とする場合や砂地などを長距離、高速走行するために、より確実な履帯ブッシュの疲労強度を高める必要がある場合には、図19に示した履帯ブッシュの内周面に図20(a)〜(e)に示されるように、肉厚の5〜15%に相当する薄い高周波焼入れ硬化層22を形成し、内周面に30kg/mm2以上の圧縮残留応力を形成することが好ましい。
また、内周面の高周波加熱による熱拡散によって外周面硬化層の硬さが減少し、焼入れ硬化深さが浅くなることは避けねばならないので、好ましくは20kHz以上の高周波電源を使うとともに、外周面を冷却しながら内周面高周波焼入れを実施することが好ましい。
図21(a)〜(e)には、油圧ショベルなどに使用されているオイル封入性を必要としない乾式履帯の履帯ブッシュが示されている。図示のように、この乾式履帯ブッシュにおいては、外周面硬化層23と内周面硬化層24との間に形成された肉厚中心部の軟質層25が両端面に繋がっている。なお、図21において、記号Pは外周面圧入開始点を示し、記号Qは内周面面取り開始点を示している。
ところで、前記履帯ブッシュの製造方法としては各種の方法が提案されているが、図22に示されているように、本発明者らが先願(特開2001−240914号公報)において提案した層流焼入れ方法により、複数個の履帯ブッシュ5の内外周面に同時に硬化層を形成させ、両硬化層間に軟質層を設けた履帯ブッシュを製造する方法を用いることができる。なお、図22において、1個以上の履帯ブッシュ端面部に未焼入れ層を形成させる場合においては、全体加熱する際に、端面部の加熱が遅れるように高周波加熱コイル(渦巻きコイル)9の間隔を調整するのが好ましい。
図23(a)〜(f)には、履帯ブッシュ端面を別途硬化させることによる、生産性の良い端面を硬化したオイル封入式履帯ブッシュの製造方法が示されている。
図23(a)〜(f)において、端面部に符号26にて示される部位は追加的に高周波焼入れした硬化層である。通常、この硬化層26はオイルシールが摺動し、外系からの土砂進入を防止する機能をも果たすために、より高い硬度が要求され、少なくとも0.5mm以上の硬化深さが要求されているが、より長時間の使用を考慮した場合には、1mm以上の硬化深さが必要である。とりわけ、図23(a)、(b)、(c)に示される履帯ブッシュにおいては、端面硬化層26と外周面硬化層23、内周面硬化層24が重なって焼入れされるために、その重なり部分には軟質な粒状セメンタイトが分散した焼戻しマルテンサイト層27が形成され、焼入れ硬化層26との境部においてはHRC40未満の一部フェライト、パーライト組織が形成される。このHRC40未満の軟質部位が、履帯ブッシュが履帯リンクに圧入される時の外周部の圧入開始点Pに存在する場合には、かじりによる圧入不具合を発生するために、圧入開始点Pの硬さをHRC40以上、好ましくはHRC45以上にするように、端面部焼入れ硬化深さをより浅くするか、または図23(b)、(c)、(e)に示されるように圧入開始点Pよりもより深く焼入れることが好ましい。なお、前記端面部焼入れ層26を浅くしたり、またその熱影響部を浅くする場合には、高周波加熱電源は40kHz以上に高くしたり、加熱焼入れ部以外を冷却しながら高周波焼入れすることが好ましい。
また、端面部の高周波焼入れによる焼割れが起こりやすい低合金鋼(SMn、SCr、SCrB、SCM、SNCM系鋼材)や、より高炭素の鋼(0.55重量%以上)からなる履帯ブッシュでは、この端面部の焼割れを防止するために、端面部から高周波加熱する場合には、端面部高周波加熱初期における急速加熱を避け、十分な高周波により余熱を実施しながら、本加熱で急速加熱焼入れを実施することや、端面部の内周面、外周面が焼入れ硬化されていない履帯ブッシュを図23(d)、(e)、(f)のように端面焼き入硬化させることが好ましい。
図24(a)(b)(c)は、三段に積み重ねて、全体高周波加熱後に内周面先行冷却、外周面冷却によって製造した履帯ブッシュ(S45C炭素鋼)の両端面部を150kW、40kHz、3,4,5秒の各条件で高周波焼入れしたもののマクロ組織を示したものである。また、図25は、図24に示される矢印R方向および位置での外周面の硬度測定結果を示したものである。端面硬化層のシール面硬さはHRC60(ビッカース硬さHv=700)と、浸炭焼入れ履帯ブッシュと同程度の硬さが得られていることがわかる。
また、図25の硬さ分布図から明らかなように、焼入れ硬化層から履帯ブッシュ中央方向に高周波加熱による軟化層が広がっている。この熱影響部を幅狭くするためには、例えば焼入れ硬化層以外の熱影響部を冷却することが好ましく、例えば履帯ブッシュを端面部を残して水浸する焼入れ方法や、水中で端面部を高周波焼入れする方法等を用いることが好ましい。
なお、これらの履帯ブッシュは図24に示されるように端面部近傍の内周面、外周面に軟化層が繋がるために、この繋ぎ部位に引張残留応力が発生しやすいことが危惧されたので、図24(c)に示される5秒の高周波焼入れ品の圧入開始点から履帯ブッシュの中央側へ1mm,3mm入った位置での残留応力をX線法によって調査した。この結果、1mm位置では軸方向応力=−53kgf/mm2、円周方向応力=39kgf/mm2の残留応力が観察され、最も危惧される焼入れ硬化層に沿った円周状の割れの危険性がないことが明らかになった。さらに、焼入れ処理により残留応力が150℃以上の焼戻し処理を施すことによって減少することから、履帯ブッシュの端面高周波焼入れによる焼割れなどの危険が完全に回避されることが明らかである。
また、履帯に係る偏荷重を受けて履帯ピンが撓む時には履帯ブッシュ端面部近傍に偏荷重が作用してもその軟質層に曲げ荷重がかかりやすいため、本実施形態では端面の内周側面取り終点が少なくとも外周面の圧入開始点よりも深い位置にくるようにして、曲げ応力を軽減できる形状とし、さらに、最終熱処理工程の焼戻し処理を廃止して使用する場合には、前記円周方向の残留応力を圧縮残留応力に変える目的から、その端面熱処理部近傍にショットピーニングなどの機械的加工処理を施すようにした。
なお、履帯ブッシュの内周、外周、端面部の一箇所以上の焼入れ硬化層硬さが少なくともHRC50以上であることが好ましいことから、履帯ブッシュに供する鋼材の炭素量は0.30〜1.5重量%であることが好ましい。また、その焼入れ性(DI値)は特に特定するもので無いが、DI値=2.0以下の焼入れ性の低い炭素鋼、炭素ボロン鋼で多く対応できるため、大きな経済効果が期待できる。
さらに、端面部の耐摩耗性をより強化するためには、前記端面部を追加高周波焼入れした焼入れ硬化層は150℃未満の焼戻しまたは未焼戻しの状態で使用することが好ましいので、この追加焼入れに供する履帯ブッシュにおいて焼戻し処理などを完了させておくことも好ましい。