JP3771142B2 - 酸化物超電導導体及びその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、超電導電力ケーブル、超電導マグネット、超電導エネルギー貯蔵、超電導発電装置、医療用MRI装置、超電導電流リード等の分野において利用できる酸化物超電導導体とその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来の酸化物超電導導体の製造方法として、酸化物超電導粉末または熱処理によって酸化物超電導体となり得る組成の混合粉末を円柱状にプレスし、これを銀管中に挿入し、伸線加工あるいは圧延工程と熱処理工程を行って線材化するパウダーインチューブ法(PIT法)などの固相法の他に、レーザー蒸着法、スパッタ法などの気相法により金属テープなどの長尺の基材上に連続的に酸化物系超電導層を形成する成膜法が知られている。
【0003】
レーザー蒸着法やCVD法等の気相法により製造された酸化物超電導導体の構造としては、図7に示すように、Ag等の金属からなる基材191の上面にYBaCuO系の酸化物超電導層193が形成され、更にこの酸化物超電導層193上にAgからなる表面保護層195が形成されたものが広く知られている。
このようなレーザー蒸着法やCVD法等の気相法により作製した酸化物超電導導体において、優れた超電導特性を得るためには、基材上191上に作製した酸化物超電導層193の2軸配向(面内配向)を実現することが重要である。そのためには、基材191の格子定数を、酸化物超伝導層193の格子定数に近づけることと、基材191の表面を構成する結晶粒が、疑似単結晶的に揃っていることが好ましい。
【0004】
そこで、この問題を解決するために、図8に示すようにハステロイテープなどの金属製の基材191の上面に、スパッタ装置を用いてYSZ(イットリア安定化ジルコニウム)などの多結晶中間層192を形成し、この多結晶中間層192上にYBaCuO系などの酸化物超電導層193を形成し、更にこの上にAgの安定化層194を形成することにより、超電導性の優れた酸化物超電導導体を製造する試みなどが種々行われている。あるいは、圧延、熱処理により集合組織を形成したAg基材や、圧延、熱処理により集合組織を形成し、さらに酸化物中間層を形成したNi基材なども検討されている。
【0005】
これらの中でも、Agは酸化物超電導層193との反応性が小さく、基材191上に直接酸化物超電導層193を形成することができる唯一の金属材料であり、さらには非磁性、低抵抗であるという特徴も有していることから、基材191自身が安定化層としても機能する線材構造を実現することができる。
【0006】
この圧延、熱処理により集合組織を形成したテープ状のAg基材としては、基材表面に(100)面を、長手方向に<001>を優先的に配向させた立方体集合組織を有するAg{100}<001>、あるいは、基材表面に(110)面を、長手方向に<110>を優先的に配向させた立方体集合組織を有するAg{110}<110>などが開発されており、これらのうちでも、YBaCuO系の酸化物超電導層との格子のマッチングを考慮すると、Ag{110}<110>の配向Ag基材が有望である。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
図8に示すような多結晶中間層192上に酸化物超電導層193を形成した酸化物超電導導体では、この多結晶中間層192の作用により、酸化物超電導層193が形成される表面の平滑性や面内配向性が優れており、良好に面内配向した酸化物超電導層193を得ることができ、最近では100万A/cm2以上の高Jcが得られることが確認されている。しかしながら、この多結晶中間層192を備えた基材は、その成膜にイオンビームスパッタ法という高度で高価な技術を用いる必要があり、今のところ、1m/h程度までの基材の生産速度しか得られておらず、製造コストが極めて高いという問題点を有している。
【0008】
一方、Agの圧延集合組織を用いた配向Ag基材では、基材の生産性を高くでき、製造コストも比較的安価であり、有望であるが、この配向Ag基材を用いて10万A/cm2以上の高Jcを得られたという報告はほとんど成されておらず、超電導特性の不足が問題とされていた。これは、Ag基材の結晶粒界における凹凸によって、酸化物超電導層の連続性が損なわれるためであると考えられている。このような背景から、配向Ag基材上に、優れた結晶配向性と、結晶連続性を備えた酸化物超電導層を形成する技術の開発が望まれていた。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために成されたものであって、配向Ag基材を用いた酸化物超電導導体における超電導特性を改善し、高Jcが得られる酸化物超電導導体を提供することを目的の一つとする。
また本発明は、高Jcを得られる酸化物超電導導体を、容易かつ低コストで製造することができる酸化物超電導導体の製造方法を提供することを目的の一つとする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上述の配向Ag基材は、低コストで酸化物超電導導体を製造できるという点で有望であるが、十分な電流密度(Jc)が得られていない。そこで、本発明者らは、配向Ag基材を用いた超電導導体で高Jcが得られない原因を調査するために、以下の試験を行った。
【0011】
(1)CVD法によりW10mm×L10mm×t0.5mmの純Ag基材上に、厚さ1.0μmのYBaCuO系の超電導層を形成して酸化物超電導導体を作製し、この試料の酸化物超電導層のみをエッチングにより除去した後、純Ag基材中に含まれるY,Ba,Cuの元素量について分析を行い、それぞれの元素について、成膜前の純Ag基材中の含有量と比較した。その結果を表1に示す。表1に示すように、酸化物超電導層を形成した後の純Ag基材は、Cu含有量が大幅に増加していることが明らかとなった。これは、酸化物超電導層を構成するYBaCuOに含まれるCuが、純Ag基材中に拡散反応したためであると考えられる。
【0012】
【表1】
【0013】
(2)次に、上記酸化物超電導層を除去した試料の表面を詳細に分析した。その結果、酸化物超電導層形成後のAg基材では、表面のAg結晶粒界部においてCu濃度が特に高くなっていた。すなわち、Ag基材側に拡散したCu元素は、Agの結晶粒界部に優先的に析出または拡散していることが判明した。
【0014】
以上の(1)、(2)の試験から、本発明者は、酸化物超電導層からAg基材へ拡散するCuの影響により酸化物超電導導体の超電導特性が劣化している可能性があると考え、Agを基材として用いたYBaCuO系の酸化物超電導導体を作製するにあたり、以下の点に留意して作製する必要があると考えた。
▲1▼Ag基材と酸化物超電導層との界面におけるCu元素の拡散を抑制する。
▲2▼Ag基材の表面における粒界成長を抑制し、平滑な基材表面を維持する。
そして、上記▲1▼,▲2▼の条件を満足させるために、Ag基材の表層部にCuを含む層を酸化物超電導層に先行して形成することを検討した。すなわち、Ag基材表面に予めCuが拡散された層を形成することで、Ag基材表面に適当な濃度のCuを含有させ、▲1▼Ag基材中へのCu元素の拡散を緩和することができる。また、これにより▲2▼基材表面における粒界成長が抑制されて、基材表面の平滑性を維持することができると考えた。その結果、このAg中にCuが拡散された拡散層を形成した酸化物超電導導体は、従来よりも高いJcが得られ、超電導特性に優れていることが明らかになった。尚、本発明者らは、このCuを含む層の効果について検証している。これについては後述の実施例において詳述する。
【0015】
本発明は上記知見に基づき成されたものであって、以下の構成を有するものである。
本発明の酸化物超電導導体は、Agを含むテープ状の基材の少なくとも一面側において酸化物超電導体の原料ガスを化学反応させて前記基材上に成膜する方法により得られた酸化物超電導層を有する酸化物超電導導体であって、前記基材の酸化物超電導層側の表層部に、Ag中にCuが拡散された拡散層が形成され、該拡散層上に前記酸化物超電導層が形成されたことを特徴とする。
【0016】
すなわち、予めAg基材の表層部にCuを拡散させた拡散層を形成しておくことで、酸化物超電導層からAg基材へのCuの拡散を抑制することができ、これによりAg基材表面での粒界成長を抑制することができるので、酸化物超電導層の組成が乱れたり、結晶の連続性が損なわれることが無く、超電導特性に優れた酸化物超電導導体とすることができる。
【0017】
次に、本発明の酸化物超電導導体においては、前記基材が、純Agからなる構成とすることが好ましい。このような構成とすることで、圧延・熱処理により形成する集合組織の集積度(Ag結晶の配向度)を、Agに第2元素を添加した合金を用いた基材よりも、向上させることができる。これにより、この基材上に形成される酸化物超電導層の結晶配向性を向上させることができ、超電導特性に優れた酸化物超電導導体を提供することができる。
【0018】
次に、本発明の酸化物超電導導体においては、前記拡散層のCu含有量が、50μg/cm2以上300μg/cm2以下とされた構成とすることが好ましい。このような構成とすることで、効果的に酸化物超電導層からのCu拡散を防止することができる。前記Cu含有量50μg/cm2未満であると、酸化物超電導層からのCuの拡散を抑制する効果が得られず、300μg/cm2を越える場合には、酸化物超電導層を形成する際に、この拡散層に含まれるCuが、酸素ガスと反応してCuO等の酸化物として析出するため好ましくない。
【0019】
次に、本発明の酸化物超電導導体においては、前記拡散層の層厚が、100nm以上300nm以下の範囲とされた構成とすることが好ましい。このような構成とすれば、酸化物超電導層の結晶配向性や、結晶連続性を向上させることができ、超電導特性に優れた酸化物超電導体を提供することができる。前記拡散層の層厚が、100nm未満の場合には、拡散層中に含まれるCuの量が不十分なために、酸化物超電導層からのCuの拡散を防ぐことができないためであり、300nmを越える場合には、過剰なCuが酸化物超電導層を形成する際に使用される酸素ガスと反応してCuO等の酸化物として析出するので好ましくない。
【0020】
次に、本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、テープ状の基材の少なくとも一面側において酸化物超電導体の原料ガスを化学反応させる方法により基材上に酸化物超電導層を生成する酸化物超電導導体の製造方法であって、前記基材上にCuを含む拡散層を成膜し、該拡散層上に前記酸化物超電導層を成膜することを特徴とする。
【0021】
このような構成とすることで、酸化物超電導層からAg基材へのCuの拡散が抑制され、超電導特性に優れた酸化物超電導導体を容易に製造することができる。また、Cuを含む拡散層は、YSZ等の多結晶中間層のように、その成膜に高度で高価な成膜技術を用いる必要が無く、通常のスパッタや蒸着、CVD法などにより容易に形成することができる。従って、本構成によれば、安価に超電導特性に優れた酸化物超電導導体を製造することができる。
【0022】
次に、酸化物超電導導体の製造方法においては、前記拡散層を、100nm以上300nm以下の層厚に成膜することが好ましい。このような構成とすることで、適切に制御された拡散層を形成することができるので、より超電導特性に優れた酸化物超電導導体を製造することができる。
【0023】
次に、本発明の酸化物超電導導体の製造方法においては、移動中のテープ状の基材の少なくとも一面側に酸化物超電導導体の原料ガスを化学反応させて酸化物超電導薄膜を成膜するCVD反応を行うリアクタと、前記リアクタに酸化物超電導導体原料ガスを供給する酸化物超電導導体の原料ガス供給手段と、前記リアクタ内のガスを排気するガス排気手段とが備えられ、前記酸化物超電導導体の原料ガス供給手段に、酸化物超電導導体の原料ガス供給源と、酸化物超電導導体の原料ガス導入管と、酸素ガスを供給する酸素ガス供給手段とが備えられ、前記リアクタに、基材導入部と反応生成室と基材導出部とがそれぞれ隔壁を介して区画され、前記反応生成室がテープ状の基材の移動方向に直列に複数設けられ、前記各隔壁に基材通過孔が形成され、前記リアクタの内部に基材導入部と複数の反応生成室と基材導出部とを通過する基材搬送領域が形成され、前記複数設けられた反応生成室にそれぞれガス拡散部が設けられ、前記複数設けられた反応生成室が成膜領域とされ、該反応生成室に前記ガス拡散部を介して前記酸化物超電導体の原料ガス導入管が接続されてなる成膜装置を用いて成膜することが好ましい。
【0024】
このような構成とすることで、前記拡散層と、酸化物超電導層を連続的に成膜することができるので、酸化物超電導導体の製造をより効率的に行うことができる。これにより、製品の歩留まりの向上や、製造コストの低減を図ることができる。また、前記複数の反応生成室を、拡散層を形成するための反応生成室と酸化物超電導層を形成するための反応生成室とに割り当てて製造を行えば、連続してこれらの層を形成することができるので、より効率良く酸化物超電導導体を製造することができる。
【0025】
【発明の実施の形態】
以下、本発明に係る酸化物超電導導体、その製造方法、並びにこの製造方法を実施する場合に用いる装置について図面を参照して説明する。
【0026】
(酸化物超電導導体)
図1は、本発明の一実施の形態である酸化物超電導導体の断面構造図である。この図に示す酸化物超電導導体Sは、Agからなる基材38と、この基材38上に形成された酸化物超電導層bと、この酸化物超電導層b上に形成されたAgからなる安定化層aとが順に積層されて構成されている。そして、前記基材38の表層部には、基材38を構成するAg中にCuが拡散された層である拡散層cが形成されている。
【0027】
基材38は、長尺のものを用いることができるが、特に、圧延集合組織を生成させたAgの配向テープを用いることが好ましく、上記配向テープにCuが拡散された拡散層を備えたものであっても良い。あるいは金属テープなどのテープ状の基部の一面あるいは両面に、圧延集合組織を有するAg膜を備えたものであっても良い。上記金属テープを構成する材料としては、銀、白金、ステンレス鋼、銅、ハステロイ(C276等)などの金属材料や合金を用いることができる。
【0028】
上記Agの圧延集合組織としては、基材表面に{100}面を、長手方向に<001>を優先的に配向させた立方体集合組織を有する{100}<001>集合組織、基材表面に{110}面を、長手方向に<110>を優先的に配向させた立方体集合組織を有する{110}<110>集合組織、基材表面に{110}面を、長手方向に<001>を優先的に配向させた立方体集合組織を有する{110}<001>集合組織のいずれかとすることが好ましい。これらの集合組織を有する配向Ag基材を用いることで、特にYBaCuO系の酸化物超電導層を形成する際に、基材表面の結晶の格子定数と、酸化物超電導層の格子定数とを近づけることができるので、形成される酸化物超電導層の結晶性を向上させ、優れた超電導特性を備えたものとすることができる。
【0029】
酸化物超電導層bには、RE1M2Cu3O7-x(RE:Y,La,Gd,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Nf,Sm,Euから選ばれる1種、M:Ba,Ca,Srから選ばれる1種)なる組成式で示されるペロブスカイト型の酸化物超電導体や、Bi2Sr2Can-1CunO2n+2(nは自然数)なる組成式で代表されるBi系、Tl2Ba2Can-1CunO2n+2(nは自然数)なる組成式で代表されるTl系のものなどを適用することができ、目的に応じて適宜選択すればよい。これらの酸化物超電導体の中でも、基材38表面のAgとの格子のマッチングの点で、Y1Ba2Cu3O7-xなる組成で広く知られるY系の酸化物超電導体を用いることが好ましい。
【0030】
本発明に係る酸化物超電導導体Sの特徴的な点は、基材38の表層部に、Cuが拡散された拡散層cを備えている点にある。すなわち、Cuの濃度が高くされたこの拡散層cを備えていることにより、酸化物超電導層bに含まれるCuが、基材38側へ拡散するのを効果的に防止することができるので、Cuの拡散により酸化物超電導層bの結晶配向性や結晶連続性が損なわれるのを防止することができ、その結果、基材38として純Agを用いたもので、10万A/cm2以上の高Jcを達成したものである。
【0031】
この拡散層cに拡散させる元素としては、Cu元素を拡散させるほか、Cuを主体とした合金を用いても良い。例えば、CuにPt,Au,Pd,Ba,Y等を添加したものを用いることができる。この拡散層cは、スパッタ法や蒸着法、CVD法など周知の成膜技術を用いて形成することができ、従来中間層として用いられてきたYSZ等のようにイオンビームスパッタ法などの高度で高価な成膜技術を用いる必要がない。また、通常のスパッタ法やCVD法などを用いることで、形成速度を大幅に向上させることができるので、製造を容易かつ効率的に行うことが可能とされている。
【0032】
前記拡散層の層厚は、100nm以上300nm以下の範囲とすることが好ましく、拡散層cのCu含有量としては、50μg/cm2以上300μg/cm2以下の範囲とすることが好ましい。これらの範囲に拡散層cを制御すれば、酸化物超電導層bの結晶配向性や、結晶連続性を向上させることができ、より超電導特性に優れた酸化物超電導体を提供することができる。前記拡散層の層厚が100nm未満、またはCu含有量が50μg/cm2未満の場合には、拡散層中に含まれるCuの量が不十分なために、酸化物超電導層からのCuの拡散を防ぐことができないために好ましくなく、層厚が300nmを越える、またはCu含有量が300μg/cm2を越える場合には、過剰なCuが酸化物超電導層を形成する際に使用される酸素ガスと反応してCuO等の酸化物として析出するので好ましくない。
【0033】
(製造装置)
次に、本発明に係る酸化物超電導導体の製造方法に用いることができる2種類の製造装置と、それぞれの製造装置を用いて酸化物超電導導体を製造する場合について以下に説明する。
【0034】
[製造装置の第1の例]
図2は、本発明に係る酸化物超電導導体の製造装置の第1の例を示すもので、この例の製造装置には、図3に構造を示すようなCVD反応装置30が組み込まれており、このCVD反応装置30内においてテープ状の基材上に酸化物超電導層が形成されるようになっている。
この第1例の製造装置で用いられるCVD装置30は、図2,3に示すように、横長の両端を閉じた筒型の石英製のリアクタ31と、図2に示す気化器(原料ガス供給源)62に接続されたガス拡散部40とを有している。図3に示すリアクタ31は、隔壁32と隔壁33によって図3左側から順に基材導入部34と反応生成室35と、基材導出部36とに区画されている。このリアクタ31を構成する材料は、石英に限らずステンレス鋼などの耐食性に優れた金属であっても良い。
【0035】
隔壁32,33の下部中央には、長尺のテープ状の基材38が通過可能な通過孔39がそれぞれ形成されていて、リアクタ31の内部には、その中心部を横切る形で基材搬送領域Rが形成されている。更に、基材導入部34にはテープ状の基材38を導入するための導入孔が形成されるとともに、基材導出部36には基材38を通過させている状態で各孔の隙間を閉じて基材導入部34と基材導出部36を気密状態に保持する封止機構(図示略)が設けられている。
【0036】
反応生成室35の天井部には、図3に示すように略角錐台型のガス拡散部40が取り付けられている。このガス拡散部40は、リアクタ31内に取り付けられたガス拡散部材45と、ガス拡散部材45の天井壁44に接続され、酸化物超電導体の原料ガスをガス拡散部材45に供給するガス導入管53と、ガス導入管53の先端部に設けられたスリットノズル(図示略)を具備して構成されている。また、ガス拡散部材45の内部は、その底部で反応生成室35と連通されている。
【0037】
一方、反応生成室35の下方には、図3に示すように基材搬送領域Rの長さ方向に沿って排気室70が設けられている。この排気室70の上部には図3に示すように基材搬送領域Rに通されたテープ状の基材38の長さ方向に沿って細長い長方形状のガス排気孔70a、70aが、機材搬送領域R内の基材38の両側にそれぞれ形成されている。
また、排気室70の下部には、図2に示す真空ポンプ71を備えた圧力調整装置72に接続されている排気管70bが複数本接続されている。従って、ガス排気孔70a、70aが形成された排気室70と、複数本の排気管70bと、バルブと、真空ポンプ71と、圧力調整装置72とによってガス排気機構80が構成される。このような構成のガス排気機構80は、CVD反応装置30の内部の原料ガスや酸素ガスや不活性ガスなどのガスを、ガス排気孔70a、70aを通じて速やかに排気できるようになっている。
【0038】
CVD反応装置30の外部には、図2に示すように加熱ヒータ47が設けられ、基材導入部34が不活性ガス供給源50に、また、基材導出部36が酸素ガス供給源51にそれぞれ接続されている。また、ガス拡散部40の天井壁44に接続されたガス導入管53は、気化器(原料ガスの供給源)62に接続されている。
ガス導入管53の途中部分には、酸素ガスの流量調整機構を介して酸素ガス供給源52が分岐して接続され、ガス導入管53内に酸素ガスを供給できるように構成されている。
【0039】
前記気化器62には、後述の液体原料供給装置55の先端部(図示下部)が収納されている。また、気化器62の外周部にはヒータ63が付設されていて、このヒータ63により液体原料供給装置55から供給された原料溶液66を所望の温度に加熱して気化させることにより原料ガスが得られるようになっている。
また、気化器62の内底部には保熱部材62Aが設置されている。この保熱部材62Aは、熱容量の大きい材料であって液体原料66と反応しないものであれば、どのような材料であっても良く、特に金属製の厚板が好ましく、その構成材料としては、ステンレス鋼、ハステロイ、インコネルなどが好ましい。
【0040】
液体原料供給装置55は、図2に示すように、管状の原料溶液供給部56と、この供給部56の外周を取り囲んで設けられた筒状のキャリアガス供給部57とから概略構成された2重構造のものである。
原料溶液供給部56は、後述する原液供給装置65から送り込まれてくる原料溶液66を気化器62の内部に供給するものである。キャリアガス供給部57は、原料溶液供給部56との隙間に前述の原料溶液66を噴出するためのキャリアガスを流すためのものである。そして、キャリアガス供給部57の上部には、キャリアガス用MFC(流量調整器)60aを介してキャリアガス供給源60が接続され、キャリアガス供給部57内(原料溶液供給部56との隙間)にアルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガスなどのキャリアガスを供給できるように構成されている。
【0041】
また、気化器62の内部は仕切板62aにより縦方向に2分割されており、分割された領域が仕切板62aの下側において連通され、この仕切板62aの下側の連通部分を原料ガスが通過して先のガス導入管53が接続された接続部53Aに流動できるように構成されている。
【0042】
上述の液体原料供給装置55では、原料溶液66を原料溶液供給部56内に一定流量で送り込むとともにキャリアガスをキャリアガス供給部57に一定流量で送り込むと、原料溶液66は原料溶液供給部56の先端部に達するが、この先端部外周側のキャリアガス供給部57の先端からキャリアガスが流れてくるので、先端部59から吹き出される際、原料溶液66は上記キャリアガスとともに気化器62の内部に導入され、気化器62の内部をその底部に到るまで移動しながら加熱、気化され、原料ガスとされる。また、気化器62の底部に設置された保熱部材62Aに到り、この保熱部材62Aにより更に気化が成されて原料溶液が完全に気化されて原料ガスとされる。尚、本実施形態の構造では、原料溶液を原料溶液供給部56の先端部から霧化するのではなく、加熱とキャリアガスとの混合のみにより原料ガスとするので、液体原料の気化に関しては、液体原料が原料ガスに気化されるまでの間に気化器62内部の内壁に衝突しない構成とすることが好ましい。
【0043】
このような液体原料供給装置55の原料溶液供給部56には、原液供給装置65が加圧式液体ポンプ67aを備えた接続管67を介して接続されている。原液供給装置65は、収納容器68と、パージガス源69を備え、収納容器68の内部には原料溶液66が収納されている。原料溶液66は、加圧式液体ポンプ67aにより吸引されて、MFC67bによりその流量を調節されて原料溶液供給部56へ輸送される。
【0044】
さらに、図2に示すようにCVD反応装置30の基材導出部36の側部側(後段側)には、リアクタ31内の基材搬送領域Rを通過するテープ状の基材38を巻き取るためのテンションドラム73と巻取ドラム74とからなる基材搬送機構75が設けられている。そして、前記テンションドラム73と巻取ドラム74は正逆回転自在に構成されている。
また、基材導入部34の側部側(前段側)には、テープ状の基材38をCVD反応装置30に供給するためのテンションドラム76と送出ドラム77とからなる基材搬送機構78が設けられている。そして、前記テンションドラム76と、送出ドラム77は正逆回転自在に構成されている。
【0045】
次に、上記のように構成されたCVD反応装置30を備えた酸化物超電導導体の製造装置を用いてテープ状の基材38上に拡散層及び酸化物超電導層を形成し、酸化物超電導導体を製造する場合について説明する。
図2、図3に示す製造装置を用いて酸化物超電導導体を製造するには、まず、テープ状の基材38と、拡散層及び酸化物超電導層を形成するための原料溶液を用意する。この基材38は、上述の材料で長尺のものを用いることができる。
【0046】
拡散層をCVD反応により生成させるための原料溶液は、拡散層を構成する金属錯体を溶媒中に分散させたものが好ましい。具体的には、Cuからなる拡散層を形成する場合は、Cu(thd)2や、Cu(DPM)2等を、テトラヒドロフラン(THF)やトルエン、イソプロパノール、ジグリム(2,5,8-トリオキソノナン)等の溶媒に溶解したものを用いることができる。(thd=2,2,6,6-テトラメチル-3,5-ヘプタンジオン)
【0047】
酸化物超電導体をCVD反応により生成させるための原料溶液は、酸化物超電導体を構成する金属錯体を溶媒中に分散させたものが好ましい。具体的には、Y1Ba2Cu3O7-xなる組成のY系の酸化物超電導層を形成する場合は、Ba−ビス−2,2,6,6−テトラメチル−3,5−ヘプタンジオン−ビス−1,10−フェナントロリン(Ba(thd)2・phen2)と、Y(thd)2と、Cu(thd)2などの金属錯体を使用することができ(phen=フェナントロリン)、他にはY-ビス-2,2,6,6-テトラメチル-3,5-ヘプタンジオナート(Y(DPM)3)と、Ba(DPM)2、Cu(DPM)2などの金属錯体を用いることができる。
【0048】
尚、酸化物超電導層には、先のY系の他に、La2-xBaxCuO4なる組成式で代表されるLa系、Bi2Sr2Can-1CunO2n+2(nは自然数)なる組成式で代表されるBi系、Tl2Ba2Can-1CunO2n+2(nは自然数)なる組成式で代表されるTl系のものなど、多くの種類の酸化物超電導層が知られているので、目的の組成に応じた金属錯塩を用いて上述のCVD法を実施すればよい。
ここで例えば、Y系以外の酸化物超電導層を製造する場合には、必要な組成系に応じて、トリフェニルビスマス(III)、ビス(ジピバロイメタナト)ストロンチウム(II)、ビス(ジピバロイメタナト)カルシウム(II)、トリス(ジピバロイメタナト)ランタン(III)等の金属錯塩を適宜用いてそれぞれの系の酸化物超電導層の製造に供することができる。
【0049】
まず、原液供給装置65の収納容器68に、原料溶液66として上記拡散層用の原料溶液を収納し、液体原料供給装置55に接続しておく、そして、上記のテープ状の基材38を用意したならば、これをCVD反応装置30のリアクタ31内の基材搬送領域Rに、基材搬送機構78により基材導入部34から所定の移動速度で送り込むとともに基材搬送機構75の巻取ドラム74で巻き取り、更に反応生成室35内の基材38を加熱ヒータ47で所定の温度に加熱する。
尚、テープ状の基材38を送り込む前に、不活性ガス供給源50から不活性ガスをパージガスとしてCVD反応装置30内に送り込み、同時にCVD反応装置30の内部のガスを圧力調整装置72によってガス排気孔70a、70aから排気することでCVD反応装置30内の空気等の不用ガスを排除し、内部を洗浄しておくことが好ましい。
【0050】
次いで、テープ状の基材38をリアクタ31内に送り込んだならば、加圧式液体ポンプ67aにより収納容器68から原料溶液66を、流量0.1〜10ccm程度で原料溶液供給部56内に送液し、これと同時にキャリアガスをキャリアガス供給部57に流量200〜550ccm程度で送り込む。また、気化器62は、原料溶液66が充分気化される温度に合わせておく。
【0051】
すると、一定流量のミスト状の液体溶液66が気化器62内に連続的に供給され、ヒータ63により加熱されて気化されて原料ガスとなり、さらにこの原料ガスは、ガス導入管53を介してガス拡散部45に連続的に供給される。
次に、反応生成室35側に移動した原料ガスは、反応生成室35の上方から下方に移動し、加熱された基材38上において上記原料ガスが反応して反応生成物が堆積し、基材38上に、拡散層が形成される。そして、この拡散層を備えた基材38は、巻取ドラム74に巻き取られる。
【0052】
以上の如く成膜を行って基材上に拡散層を形成し、必要長さを得たならば、次に、先の原液供給装置65の収納容器68に、酸化物超電導層を形成するための原料溶液を収納する。そして、巻き取りドラム74と送出ドラム77の回転方向を逆転し、基材38を基材導出部36側から基材導入部34側へ移動させる。
【0053】
これと同時に、酸素ガス供給源51からCVD反応装置30内に酸素ガスを送り、更に加圧式液体ポンプ67aにより収納容器68から原料溶液66を流量0.1〜10ccm程度で原料溶液供給部56内に送液し、これとともにキャリアガスをキャリアガス供給部57に流量200〜550ccm程度で送り込む。また、気化器62の内部温度が上記原料のうち最も気化温度の高い原料の最適温度になるようにヒータ63により調節しておく。
【0054】
すると、一定流量のミスト状の液体溶液34が気化器62内に連続的に供給され、ヒータ63により加熱されて気化されて原料ガスとなり、さらにこの原料ガスは、原料ガス導出口53Aから導出され、ガス導入管53を介してガス拡散部45に連続的に供給される。
次に、反応生成室35側に移動した原料ガスは、反応生成室35の上方から下方に移動し、加熱された基材38上において上記原料ガスが反応して反応生成物が堆積し、酸化物超電導層を備えた酸化物超電導導体85が得られる。またここで、反応に寄与しない残りの原料ガス等は、ガス排気孔70a、70aに引き込まれて速やかに排出される。
【0055】
そして、上述のようにして形成した酸化物超電導導体上にさらに銀などからなる保護膜をスパッタ法や蒸着法などにより形成すると、図1に示す安定化層aを備えた酸化物超電導導体Sと同等のものを得ることができる。
【0056】
尚、以上のようにして製造された酸化物超電導導体においては、酸化物超電導層を積層した後で、酸素雰囲気中において300〜500℃の温度で数時間〜数10時間加熱する熱処理を施して酸化物超電導層の結晶構造を整え、超電導特性が向上するようにしても良い。
【0057】
本製造方法により得られた酸化物超電導導体Sにあっては、基材38の搬送速度を適切な範囲として適切な厚さの酸化物超電導層bを形成しているので、この酸化物超電導層におけるa軸配向粒の粗大化を抑制し、位相成分の析出も防止することができ、有効な電流パスを大きくすることができ、臨界電流密度を大きくすることができる。また、拡散層cを形成したことで、酸化物超電導層bから基材38へのCuの拡散が抑制され、優れた超電導特性を備えた酸化物超電導導体とされている。
【0058】
[製造装置の第2の例]
次に、先の酸化物超電導層bを有する酸化物超電導導体Sを製造する場合に用いる製造装置の第2の例と、この製造装置を用いた製造方法について以下に説明する。
図4〜図6は、本発明に係る酸化物超電導導体の製造装置の第2例を示すもので、この例の製造装置には、略同等の構造を有する3つのCVDユニットA,B,Cが組み込まれ、各CVD反応装置30Aの反応生成室35A内においてテープ状の基材の少なくとも一面に酸化物超電導層を積層形成できるようになっている。
【0059】
この実施形態の酸化物超電導導体の製造装置は、横長の両端を閉じた筒型の石英製のリアクタ31Aを有している。このリアクタ31Aは、図5に示すように隔壁32A、33Aによって図5の左側から順に基材導入部34Aと反応生成室35Aと、基材導出部36Aに区画されているとともに、隔壁32Aと隔壁33Aの間に設けられた複数の隔壁37A(図面では4枚の隔壁)によって、上記反応生成室35Aが複数に分割(図面では3分割)されて、それぞれが前述のCVD反応装置30Aと略同等の構造とされるとともに、隣り合う反応生成室35A,35Aの間(隣り合う隔壁37,37の間)には、2つの境界室38Aが区画されている。従って、このリアクタ31Aには、反応生成室35Aが後述する基材搬送領域Rに送り込まれるテープ状の基材Tの移動方向に直列に複数(図面では3つの反応生成室)が設けられていることになる。尚、リアクタ31Aを構成する材料は、石英に限らずステンレス鋼などの耐食性に優れた金属であっても良い。
【0060】
上記隔壁32A,37A,37A,37A,37A,33Aの下部中央には、図5と図6に示すように、長尺のテープ状の基材Tが通過可能な通過孔39Aがそれぞれ形成されていて、リアクタ31Aの内部には、その中心部を横切る形で基材搬送領域Rが形成されている。さらに、基材導入部34Aにはテープ状の基材Tを導入するための導入孔が形成されるとともに、基材導出部36Aには基材Tを導出するための導出孔が形成されている。また、導入孔と導出孔の周縁部には、基材Tを通過させている状態で各孔の隙間を閉じて基材導入部34Aと基材導出部36Aを気密状態に保持するための封止機構(図示略)が設けられている。
【0061】
各反応生成室35Aの天井部には、図5に示すように略角錐台型のガス拡散部40が取り付けられている。これらのガス拡散部40は先に説明した例のガス拡散部40と同等の構造とされている。また、ガス拡散部材45の底面は、細長い長方形状の開口部46Aとされ、この開口部46Aを介してガス拡散部材45が反応生成室35Aに連通されている。
【0062】
また、図4,5に示すように、境界室38Aの天井部には、遮断ガス供給手段38Bが供給管38Cを介して接続され、遮断ガス供給手段38Bは、境界室38Aの両側の反応生成室35A,35Aどうしを遮断するための遮断ガスを供給し、供給管38Cは、遮断ガス噴出部を介して境界室38Aに接続されている。この遮断ガスとして例えばアルゴンガスが選択される。
【0063】
一方、各反応生成室35A及び境界室38Aの下方には、図6に示すように基材搬送領域Rの長さ方向に沿って各反応生成室35A及び境界室38Aを貫通するように排気室70Aが設けられている。この排気室70Aの上部には、図5に示すように、基材搬送領域Rに通されたテープ状の基材Tの長さ方向に沿って細長い長方形状のガス排気孔70a、70aが各反応生成室35A及び境界室38Aを貫通するようにそれぞれ基材Tの両側に形成されており、このガス排気孔70a、70aには、隔壁32,33,37の基材搬送領域Rの両側か端部が貫通状態とされている。
また、排気室70Aの下部には複数本(図面では7本)の排気管70bがそれぞれ接続されており、これらの排気管70bは、図4に示す真空ポンプ71を備えた圧力調整装置72に接続されている。
【0064】
また、先の図3に示す構造の装置と同様に、ガス排気孔70a、70aが形成された排気室70Aと、排気孔70c,70eを有する複数本の排気管70b…と、バルブ70dと、真空ポンプ71と、圧力調整装置72によってガス排気手段80Aが構成されている。このような構成のガス排気手段80Aは、CVD反応装置30の内部の原料ガスや酸素ガスや不活性ガス、及び遮断ガスなどのガスを速やかに排気できるようになっている。
【0065】
リアクタ31Aの外部には、図4に示すように加熱ヒータ47Aが設けられている。図4に示す例では、3つの反応生成室35Aに亘って連続する加熱ヒータ47Aとしたが、この加熱ヒータ47Aを、各CVD反応装置30の反応生成室35Aに対して独立の構造とすることも可能である。
更に、リアクタ31Aの基材導入部34Aが不活性ガス供給源51Aに、また、基材導出部36Aが酸素ガス供給源51Bにそれぞれ接続されている。
【0066】
CVDユニットAに備えられているガス拡散部40の天井壁44に接続された各原料ガス導入管53Aは、図4に示すように、後述のガスミキサ48を介して、後述する拡散層の原料ガス供給手段50aの原料ガスの気化器(原料ガスの供給源)に接続されている。また、CVDユニットB,Cに備えられている各ガス拡散部40の天井壁44に接続された各原料ガス導入管53Aは、ガスミキサ48を介して、酸化物超電導体の原料ガス供給手段50bの原料ガスの気化器(原料ガスの供給源)に接続されている。
【0067】
前記拡散層の原料ガス供給手段50a及び酸化物超電導体の原料ガス供給手段50bは、図2に示す先に説明の原液供給装置65と液体原料供給装置55と、原料溶液気化装置(原料ガス供給源)62とを備えて概略構成されている。その他の構成は先の図2、3に示す装置と同等であるので、同等の構成については同一の符号を付してそれらの部分の説明を省略する。
【0068】
次に、上記のように構成されたCVDユニットA,B,Cを有する酸化物超電導導体の製造装置を用いてテープ状の基材T上にCuからなる拡散層を形成し、この拡散層上に酸化物超電導層を形成して酸化物超電導導体を製造する場合について説明する。
【0069】
図4〜図6に示す製造装置を用いて酸化物超電導導体を製造するには、まず、テープ状の基材Tと、拡散層の原料溶液と、酸化物超電導導体の原料溶液を用意する。この基材Tは、先の例で用いた基材38と同等のものを用いることができる。また、酸化物超電導導体をCVD反応により生成させるための液体原料についても先に説明の装置と同等のものを用いることができる。
【0070】
そして、上記のようなテープ状の基材Tを用意したならば、これを酸化物超電導導体の製造装置内の基材搬送領域Rに基材搬送機構78により基材導入部34Aから所定の移動速度で送り込むとともに基材搬送機構の巻き取りドラム74で巻き取る。また、各原料ガス供給手段50aによってCVDユニットA,B,CのCVD反応装置30にガスを送り込む方法についても先の一例と同等でよい。これにより、基材Tを3つのリアクタ31Aに順次送り込むことができ、基材T上に拡散層と、酸化物超電導層とが積層された酸化物超電導導体を得ることができる。
【0071】
さらに、制御手段82Aは、CVDユニットA,B,Cごとにガス分圧を独立に制御して、各反応生成室35A内において所定のガス分圧を維持するように原料ガス供給手段50a、50b、50bを制御する。この際、制御手段82Aは、テープ状の基材Tの移動方向の反応生成室35のガス分圧よりも、テープ状の基材Tの移動方向下流側の反応生成室35のガス分圧が高くなるように原料ガス供給手段50a、50b、50bを制御することが好ましい。尚、酸化物超電導層の成膜後は、必要に応じて酸化物超電導薄膜の結晶構造を整えるための熱処理を施しても良い。
【0072】
最後に、上述のようにして形成された酸化物超電導導体S上にさらに銀などからなる安定化層をスパッタ法や蒸着法などにより形成すると、図1に示す安定化層aを備えた酸化物超電導導体Sと同等の酸化物超電導導体を得ることができる。また、この安定化層は、図4〜図6に示す製造装置の反応生成室35Aの一つまたは複数において、CVD法により形成することもできる。このような構成とすれば、安定化層を備えた酸化物超電導導体を上記製造装置において連続して製造することができる。
【0073】
図4〜図6に示す構造の装置を用いて酸化物超電導導体Sを製造するならば、拡散層と、安定化層を備えた酸化物超電導導体を1回の基材Tの移動により製造することができる。この例で得られる酸化物超電導導体にあっても、基材Tの搬送速度を適切な範囲として適切な厚さの拡散層と、酸化物超電導層が積層されているので、上述のように優れた超電導特性を備えた酸化物超電導導体とされている。
【0074】
尚、図4〜図6に示す装置を用いて送出ドラム77と巻き取りドラム74との間において基材Tを繰り返し往復移動し、4層、あるいは6層などの積層数の酸化物超電導層を積層して酸化物超電導導体を製造しても良い。また、上記の例では、1段目(基材導入部34A側)の反応生成室35Aにおいて拡散層を形成し、その後の2,3段目の反応生成室35Aにおいて酸化物超電導層を形成する場合について説明したが、本例の製造装置を用いた製造方法は、この方法に限定されるものではない。例えば、3つの反応生成室35Aを全て拡散層の成膜に割り当てた状態で、基材Tを移動させながら基材T上にまず拡散層を形成し、必要な長さの成膜を終えた後、今度は3つの反応生成室35Aを酸化物超電導層の成膜ができるように原料ガスの供給手段を入れ替え、送出ドラム77と、巻取ドラム74の回転方向を逆転させて基材Tを基材導出部36A側から基材導入部34A側へ向かって移動する状態とし、前記基材T上に形成された拡散層上に、酸化物超電導層を形成するようにすることもできる。
【0075】
【実施例】
以下、本発明を実施例及び比較例により、具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
[液体原料及び基材]
本実施例では、拡散層を設けることによる効果を明らかにするために、Ag(110)単結晶の基材を用いて酸化物超電導導体を作製した。上記基材の寸法は、W10mm×L50mm×t0.3mmとした。
【0076】
まず、Y1Ba2Cu3O7-xなる組成のY系の酸化物超電導層を形成するために、CVD用の原料溶液としてBa-ビス-2,2,6,6-テトラメチル-3,5-ヘプタンジオン-ビス-1,10-フェナントロリン(Ba(thd)2(phen)2)と、Y(thd)2と、Cu(thd)2を用いた。これらの各々をY:Ba:Cu=1.0:3.0:2.7のモル比で混合し、テトラヒドロフラン(THF)の溶媒中に7.0重量%になるように添加したものを酸化物超電導層の液体原料(原料溶液)とした。また、拡散層の液体原料として、Cu(thd)2をTHFの溶媒中に7.0重量%になるように添加したものを用意した。
【0077】
本例では、酸化物超電導導体の製造に図4〜図6に示す製造装置を用い、製造方法としては、まず上記拡散層用の液体原料を用いて基材の表層部にCuが拡散された拡散層を形成し、次に酸化物超電導体の液体原料を用いて、この拡散層上に酸化物超電導導体を成膜して酸化物超電導導体を作製する方法を採用した。
【0078】
[拡散層の成膜]
先の拡散層の原料溶液を加圧式液体ポンプ(加圧源)により0.27ml/分の流速で、液体原料供給装置の原料溶液供給部に連続的に供給した。これと同時にキャリアガスとしてArをキャリアガス供給部に流量300ccm程度で送り込んだ。以上の操作により、一定量のミスト状の液体原料を気化器内に連続的に供給し、更にこの液体原料が気化した原料ガスをガス導入管を経てCVD反応装置のガス拡散部材に一定量連続的に供給した。この時の気化器及び輸送管の温度は230℃とした。
【0079】
送出ドラム側から巻取ドラム側に移動させる基材のリアクタ内の基材移動速度を6.0m/h、基材加熱温度を700℃、リアクタ内圧力を5.0Torr(5.0×133Pa)に設定して、基材表層部に層厚200nmのCuの拡散層を連続的に形成し、所定長さの基材の移動が終了するまで成膜を行った。尚、この拡散層が形成された基材表層部のCu含有量を分析したところ、1cm2あたり100〜200μgであり、本発明の要件を満たしていた。
【0080】
[酸化物超電導層の成膜]
次に、送出ドラム側から巻取ドラム側に移動させる必要長さの基材の移動を終了した後、上記拡散層の原料溶液を、酸化物超電導層の原料溶液と入れ替えた。そして、この酸化物超電導層の原料溶液を加圧式液体ポンプにより0.27ml/分の流速で、液体原料供給装置の原料溶液供給部に連続的に供給し、これと同時にキャリアガスとしてArをキャリアガス供給部に流量300ccm程度で送り込んだ。以上の操作により一定量のミスト状の液体原料を気化器内に連続的に供給し、更にこの液体原料が気化した原料ガスをガス導入管を経てCVD反応装置のガス拡散部材に一定量連続的に供給した。この時の気化器及び輸送管の温度は230℃とした。
【0081】
そして、送出ドラムと巻取ドラムの回転方向を逆転させて、巻取ドラム側から送出ドラム側に移動させる基材のリアクタ内の基材移動速度を1.0m/h、基材加熱温度を780℃、リアクタ内圧力を5.0Torr(5.0×133Pa)、設定酸素分圧値を1.43〜1.53Torr(1.43×133〜1.53×133Pa)に設定して、移動する基材上に厚さ0.78μmのYBaCuO系の酸化物超電導層を連続的に形成し、所定長さの基材の移動が終了するまで成膜を行った。
以上の工程により拡散層を備えた酸化物超電導導体を得た。この実施例1の酸化物超電導導体の製造条件を以下の表2に示す。
【0082】
【表2】
【0083】
(比較例1)
先に示したCVD装置と酸化物超電導層の原料溶液、基材等は同等のものを用いて、拡散層を成膜しない以外は、上記実施例1と同様にして酸化物超電導導体を作製した。
【0084】
[分析・評価]
次に、上記にて得られた実施例1及び比較例1の酸化物超電導導体について、超電導特性の評価を行った。その結果を表3に示す。表3に示すように、Ag(110)単結晶基材上に形成した場合、実施例1の酸化物超電導導体は、34万A/cm2と、比較例1の酸化物超電導導体の3万A/cm2と比較して1桁高いJcが得られることが確認された。
【0085】
【表3】
【0086】
Ag(110)単結晶を基材として用いた場合、Agの結晶粒界による酸化物超電導層への影響はほとんど無く、無視できる程度であると考えられる。従って、拡散層を積層した実施例1の酸化物超電導導体のJcが大きく改善されているのは、酸化物超電導層であるYBaCuO膜からAg基材へのCuの拡散が緩和され、酸化物超電導層の結晶配向性が大きく向上したためであると推定される。
【0087】
(実施例2)
次に、{110}<110>集合組織を有するAg基材を用いて、本発明に係る拡散層の効果を検証した。
通常、Ag{110}<110>の集合組織を得るためには、一定の圧延加工を加えたテープ状のAg基材に対して800〜900℃で数時間の熱処理を施す必要があり、この集合組織化熱処理と、酸化物超電導層を成膜するための加熱により、Ag粒界が成長し、Ag基材表面の平滑性が損なわれると考えられている。
【0088】
つまり、{110}<110>集合組織を有するAg基材上に酸化物超電導層を形成して酸化物超電導導体を作製する場合には、Ag基材の集合組織化のための熱処理の条件によっても超電導特性が大きく変化する可能性がある。従って、本例では、Ag{110}<110>集合組織を得るための熱処理の条件と、拡散層の成膜条件を種々に変化させて酸化物超電導導体を作製し、その超電導特性を評価した。
【0089】
以下に、本例で作製した試料A〜Dの4種の酸化物超電導導体の製造工程を示す。試料A,Bは、拡散層を成膜せず、集合組織化熱処理の際の雰囲気を大気下と、アルゴン雰囲気下でそれぞれ行った。試料C,Dではいずれも拡散層を成膜し、集合組織化熱処理をいずれもアルゴン雰囲気下で行ったが、試料Cは、集合組織化熱処理よりも先に拡散層の成膜を行い、試料Dは集合組織化熱処理よりも後に拡散層の成膜を行った。
【0090】
[試料A]
工程1:集合組織化熱処理(大気中にて800〜900℃、数十分〜数時間)
工程2:酸化物超電導層の成膜(成膜温度:700〜800℃)
【0091】
[試料B]
工程1:集合組織化熱処理(アルゴン中にて800〜900℃、数十分〜数時間)
工程2:酸化物超電導層の成膜(成膜温度:700〜800℃)
【0092】
[試料C]
工程1:拡散層の成膜(成膜温度:700℃)
工程2:集合組織化熱処理(アルゴン中にて800〜900℃、数十分〜数時間)
工程3:酸化物超電導層の成膜(成膜温度:700〜800℃)
【0093】
[試料D]
工程1:集合組織化熱処理(アルゴン中にて800〜900℃、数十分〜数時間)
工程2:拡散層の成膜(成膜温度:700℃)
工程3:酸化物超電導層の成膜(成膜温度:700〜800℃)
【0094】
本例における上記条件以外の製造条件は、試料A,Bについては、酸化物超電導層の成膜条件を表2に示す条件とし、試料C,Dについては、拡散層及び酸化物超電導層のいずれの成膜条件も表2に示す条件と同等とした。
【0095】
[分析・評価]
上記にて作製された試料A〜Dの酸化物超電導導体について、超電導特性の評価を行った。その結果を表4に示す。表4に示すように、拡散層を成膜した試料C,Dの酸化物超電導導体はJcが20万A/cm2以上であり、Jcが3万A/cm2程度の試料A,Bと比較して、大幅にJcが向上していることが確認された。またこれらの試料C,Dのうちでも、拡散層を集合組織化熱処理よりも先に行った試料Cの方がより高いJcを示した。この結果から、Ag{110}<110>集合組織を有する基材を用いた場合にも、拡散層を形成することで、超電導特性を大幅に改善できることが確認された。拡散層の成膜を集合組織化熱処理よりも先行して行った試料Cが、より大きなJcを示したのは、Ag基材表面が拡散層で被覆されたことで、Agの粒界成長が阻害され、基材表面の平滑性が維持されたことによると考えられる。
【0096】
【表4】
【0097】
一方、拡散層が成膜されていない試料A,Bの酸化物超電導導体では、アルゴン雰囲気下で集合組織化熱処理を行った試料Bの方が、より高いJcを示した。これらの試料A,Bの結晶配向度は同等であることから、アルゴン雰囲気下で集合組織化熱処理を施すことで、Ag基材表面の粒界成長を抑えることができると推定される。
【0098】
【発明の効果】
以上詳細に説明したように、本発明の酸化物超電導導体は、Agを含む基材と、酸化物超電導層との間に、Cuを含む拡散層を備えた構成としたので、酸化物超電導層からAg基材へのCuの拡散を抑制することができ、これによりAg基材表面での粒界成長を抑制することができるので、酸化物超電導層の組成が乱れたり、結晶の連続性が損なわれることが無く、超電導特性に優れた酸化物超電導導体とすることができる。
【0099】
また、本発明に係る酸化物超電導導体では、その基材として純Agを用いることで、より優れた超電導特性を備えた酸化物超電導導体とすることができる。これは、上記拡散層を設けたことで、酸化物超電導層からのCuの拡散や、Agの粒界成長等の純Ag基材の問題点を解決することができ、またこれにより優れた結晶配向性を有する純Ag基材の特性を生かして、さらなる超電導特性の向上を達成することができるためである。
【0100】
次に、本発明の酸化物超電導導体の製造方法は、Agの基材上にCuを含む拡散層を成膜し、この拡散層上に前記酸化物超電導層を成膜することとしたので、酸化物超電導層からAg基材へのCuの拡散が抑制され、超電導特性に優れた酸化物超電導導体を容易に製造することができる。また、上記Cuを含む拡散層は、YSZ等の多結晶中間層のように、その成膜に高度で高価な成膜技術を用いる必要が無く、通常のスパッタや蒸着、CVD法などにより容易に形成することができる。従って、本構成によれば、安価に超電導特性に優れた酸化物超電導導体を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 図1は、本発明の一実施の形態である酸化物超電導導体の断面構造を示す図である。
【図2】 図2は、本発明に係る酸化物超電導導体の製造装置の第1例を示す構成図である。
【図3】 図3は、図2に示す製造装置に備えられたリアクタの構造例を示す斜視構成図である。
【図4】 図4は、本発明に係る酸化物超電導導体の製造装置の第2例の全体構成を示す図である。
【図5】 図5は、図4に示す製造装置に備えられたリアクタの構造例を示す斜視構成図である。
【図6】 図6は、図4に示す製造装置に備えられたリアクタの構造例を示す断面構成図である。
【図7】 図7は、従来の酸化物超電導導体の一例を示す断面図である。
【図8】 図8は、従来の酸化物超電導導体の他の例を示す断面図である。
【符号の説明】
S…酸化物超電導導体、a…安定化層、b…酸化物超電導層、c…拡散層、38,T…基材、A,B,C…CVDユニット、30,30A…CVD反応装置、31,31A…リアクタ、32,33,32A,33A,37A…隔壁、34,34A…基材導入部、36,36A…基材導出部、38A…境界室、39,39A…基材通過孔、40…ガス拡散部、53,53A…原料ガス導入管、80,80A…ガス排気手段、R…基材搬送領域
Claims (6)
- Agを含むテープ状の基材の少なくとも一面側において酸化物超電導体の原料ガスを化学反応させて前記基材上に成膜する方法により得られた酸化物超電導層を有する酸化物超電導導体であって、
前記基材の酸化物超電導層側の表層部に、Ag中にCuが拡散された拡散層が形成され、該拡散層上に前記酸化物超電導層が形成され、前記拡散層の層厚が、100nm以上300nm以下とされたことを特徴とする酸化物超電導導体。 - 前記基材が、純Agで構成されたことを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導導体。
- 前記拡散層のCu含有量が、50μg/cm2以上300μg/cm2以下とされたことを特徴とする請求項1または2に記載の酸化物超電導導体。
- テープ状の基材の少なくとも一面側において酸化物超電導体の原料ガスを化学反応させる方法により基材上に酸化物超電導層を生成する酸化物超電導導体の製造方法であって、
前記基材の表層部にCuを拡散させた拡散層を成膜し、該拡散層上に前記酸化物超電導層を成膜することを特徴とする酸化物超電導導体の製造方法。 - 前記拡散層を、100nm以上300nm以下の層厚に成膜することを特徴とする請求項4に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
- 移動中のテープ状の基材の少なくとも一面側に酸化物超電導導体の原料ガスを化学反応させて酸化物超電導薄膜を成膜するCVD反応を行うリアクタと、前記リアクタに酸化物超電導導体原料ガスを供給する酸化物超電導導体の原料ガス供給手段と、前記リアクタ内のガスを排気するガス排気手段とが備えられ、
前記酸化物超電導導体の原料ガス供給手段に、酸化物超電導導体の原料ガス供給源と、酸化物超電導導体の原料ガス導入管と、酸素ガスを供給する酸素ガス供給手段とが備えられ、
前記リアクタに、基材導入部と反応生成室と基材導出部とがそれぞれ隔壁を介して区画され、前記反応生成室がテープ状の基材の移動方向に直列に複数設けられ、前記各隔壁に基材通過孔が形成され、前記リアクタの内部に基材導入部と複数の反応生成室と基材導出部とを通過する基材搬送領域が形成され、前記複数設けられた反応生成室にそれぞれガス拡散部が設けられ、
前記複数設けられた反応生成室が成膜領域とされ、該反応生成室に前記ガス拡散部を介して前記酸化物超電導体の原料ガス導入管が接続されてなる成膜装置を用いて成膜することを特徴とする請求項4または5に記載の酸化物超電導導体の製造方法。
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