JP3768898B2 - 光量調整装置及びそれを有する光学系並びに撮影装置 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、ビデオカメラやデジタルスチルカメラ等の撮影装置に好適な光量調整装置に関し、画素ピッチの小さな撮像素子においても光学性能の劣化を抑制することが可能な技術に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
ビデオカメラ等の撮影装置の撮影光学系には、複数枚の絞り羽根で形成する開口径を変化させて光量を調整する光量調整装置が使用されている。このような絞り装置では、開口径が小さくなりすぎると光の回折による光学性能劣化が問題となる。
【0003】
そこで、明るい被写体条件でも開口径が小さくなり過ぎないようにするため、絞り羽根とND(Neutral Density)フィルターを併用した光量調整装置が提案され実用化されている。
【0004】
特許公報第2592949号には、絞り羽根で形成される開口内に位置するようにNDフィルターが絞り羽根に貼付けられ、NDフィルターはそれぞれ均一な透過率に設定された複数の領域を有し、開口の外側から内側に向かって順に透過率が大きくなるよう設定した絞り装置が開示されている。
【0005】
特開昭52−117127号公報には、開放から所定の開口面積までは機械的な絞り羽根を移動させ、一定の絞り値以下の小絞り制御は濃淡によって透光度が連続的に変化しているNDフィルターを透過率の高いフィルター部から順に開口に進入させる絞り装置が開示されている。
【0006】
特開2000−106649号公報には、複数の濃度領域を有するNDフィルターの透過率が与える光学性能への影響を説明し、対策を施した露出制御機構を有する撮像装置が開示されている。
【0007】
従来のこれらの提案においては、開放から小絞りに至るまでの中間絞り状態での光学性能劣化の主因は、絞り羽根により形成される開口部を覆うNDフィルター透過率の差に起因する回折の影響が支配的と考えられており、複数の濃度領域を有するNDフィルターの各領域の透過率や面積に着目した回折の影響への対策案が提案されていた。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
一方、中間絞り状態での光学性能劣化の原因は、NDフィルター透過率差に起因する回折の影響だけでなく、NDフィルターの厚み成分に起因する透過波面位相差も大きく影響している。
【0009】
絞り開口部の一部を厚みのあるフィルターが覆うと光学性能が劣化することは経験的に知られているが、フィルター厚み成分がどのように光学性能に影響するかを解析し、その具体的な対策をなした例は知られていない。
【0010】
NDフィルターの厚みが光学性能に与える影響への回避策として、特開平6−265971号公報では、透明な部分と透過率が連続的または段階的に変化する部分を有するNDフィルターを固定の円形絞り開口を全て覆う状態で可動させて透過光量を調整する構成が提案されている。
【0011】
しかしながら、特開平6−265971号公報に記載された発明は、フィルター部材を通過する部分としない部分との大きな位相差についてのみ着目したもので、実際に透過率変化のあるNDフィルターを実現するときに、透過率変化を与えるために生じるであろう微小厚み変化または微小屈折率変化による光の波長λの2倍程度までの微小な透過波面位相差についての問題提起と対策については何ら示されていない。発明者の検討によれば、このような光の波長オーダー近傍の微小な透過波面位相差が、ある条件下では光学性能に非常に大きな影響を与えていることが分かった。
【0012】
そこで本発明は、絞りと、NDフィルターのような透過光を減衰させるフィルター部材とを併用して光量調整を行なう光量調整装置において、フィルター部材の微小な厚み成分の影響による光学性能劣化を低減することを目的としている。
【0013】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、本発明では、開口を形成するための絞りと、その絞りの開口を通過する光の光量を減衰するためのフィルター部材を備え、フィルター部材の開口を覆う割合が変化する光量調整装置において、フィルター部材は、透過率が異なる複数の領域を有し、その複数の領域の各々は、フィルター部材が開口を全て覆った状態で、開口内のフィルター部材の各領域を通過する所定の波長λの光の位相差が略1λ又は略2λとなるような、膜厚及び屈折率を有する多層膜で構成されている。
【0015】
ここで、本発明における「所定の波長」とは、光量調整装置の使用状態によって適宜定めるものであり、例えば、使用波長帯域の中心波長などが用いられ、可視光域が使用波長帯域である場合には、λ=550nmであることが好ましい。
【0016】
また、「略1λ又は略2λ」の位相差とは、製造誤差を含めて{1±(1/5)}λ又は{2±(1/5)}λの範囲内の位相差であることを意味している。この範囲内の位相差であれば実質的に1λ又は2λの位相差とみなせ、本発明の当初の目的を十分に達成することができる。
【0018】
本発明の光量調整装置は、光学系を通過する光量を調整するために好適に用いられ、特にCCDやCMOS等の撮像素子(光電変換素子)上に像を形成する撮影装置の光学系に好適である。
【0019】
【発明の実施の形態】
本実施形態の光量調整装置(絞り装置)の説明をする前に、透過波面位相差が像に対してどのような影響を与えるかについて説明する。
【0020】
まず、絞り開口部の一部を厚みのあるフィルターが覆うと光学的にどのような現象が発生するかについて図9を用いて説明する。
【0021】
図9(a)〜(e)は、無収差の理想レンズLの前方(物体側)にフィルターPと開口絞りSを配置し、波長λの単色光の平面波である平行光線が入射した場合の幾何光学的な結像点I近傍の点像強度分布Qを示している。
【0022】
図9(a)はフィルターPが厚みゼロで透過波面に影響を与えていない状態である。この場合、強度分布QはFナンバーFと光線の波長λの関係による回折像となる。(参照:「レンズ設計のための波面光学」草川徹著、東海大学出版会)絞りSが円形開口の場合、半径が1.22Fλの1つの点像が結像され、その周りにリング状の弱い光の回折光が形成される。ここで、絞りSの開口の半分に相当するフィルターPの紙面下側の領域の厚みを微小量増加させ、図9(b)に示すように透過波面位相差が(1/4)λになるよう設定すると、強い強度の点像の横に小さな強度の点像が出現する。
【0023】
更にフィルターPの下側領域の厚みを増加させ、図9(c)に示すように透過波面位相差が(2/4)λになるよう設定すると、強度分布Qは1つの点像にならず紙面内で上下方向に分離した2点の像強度分布になる。これは、幾何光学的な結像点Iに集光するべき光のうち、瞳の紙面上側半分を通過する光の波面と紙面下側半分の波面の位相が(1/2)λずれているため、波動光学的には波の打ち消し合い現象が発生し、結像点I上での強度がゼロになってしまうからである。その一方でエネルギー保存法則により結像点Iに集光するべき光エネルギーが消失することはないので、結像点Iの紙面上下方向に分散され2つの点に集まることになる。
【0024】
更にフィルターPの下側領域の厚みを増加させ、図9(d)に示すように透過波面位相差が(3/4)λになるよう設定すると、2点像の上側の強度が弱まり下側の強度が強くなる。
【0025】
更にフィルターPの下側領域の厚みを増加させ、図9(e)に示すように透過波面位相差が(4/4)λになるよう設定すると、強度分布Qは再び1つの点像の回折像になり図9(a)と同様な状態に戻る。
【0026】
更にフィルターPの下側領域の厚みを増加させると、強度分布Qは透過波面位相差に応じて周期的に変化を繰り返すことになる。
【0027】
図9(c)に示した透過波面位相差が(1/2)λの場合に分離する2点像の間隔ΔyはΔy≒2Fλの関係があり、Fナンバーと波長λに比例する。例えばFナンバーF=4で波長λ=550nmの場合は、2点像の間隔Δy≒4.4μmになる。これは2点分離のローパスフィルターと同じ原理で、カットオフ周波数が1/(2Δy)=114本/mmのローパスフィルターをかけた場合と同じような効果が発生し、光学系のMTFが劣化することを意味している。
【0028】
光学計算で無収差の理想レンズを設定し、図9(a)〜(e)の状態の点像強度分布を計算した結果を図10〜14に示す。図10〜14は、それぞれ、単色光λ=550nm、FナンバーF=2の円形絞りという条件で、絞り開口の半分の領域の透過波面位相差が(0/4)λから(4/4)λまで(1/4)λずつ増加するようにフィルター厚を増加させた場合の点像強度分布である。図10〜14において、(a)〜(c)は点像強度分布をそれぞれ鳥瞰図示、上面図示、側面図示したものである。
【0029】
ひとつの波長からなる単色光の場合は、フィルター厚の変化に伴う透過波面位相差に応じて結像点Iの強度分布が周期的に変化することが図10〜14からも分かる。
【0030】
ところで、実際に撮影系で使用される光は単色光ではなく、種々の波長の光が混合した白色光である。図10〜14と同じ条件設定で白色光の点像強度分布を計算した結果を図15〜19に示す。なお、白色光としては、標準比視感度に合わせて可視光400nm〜700nmの範囲で550nm近傍に感度ピークをもつカラーウエイトを設定している。
【0031】
波長λ=550nmでの透過波面位相差がゼロλから1λまでの点像強度分布の変化は、白色光の場合も単色光の場合とほぼ同じように、点像が1点から2点に分離し再び1点に変化することが図15〜19から分かる。
【0032】
図17は、波長λ=550nmでの透過波面位相差が(1/2)λのとき、白色光の強度分布が2点分離像になった状態を示している。前述したように、2点分離像の分離幅はFナンバーと波長λに比例するので、波長の長い赤い光の2点分離像の分離幅は広く、逆に波長の短い青い光の2点分離像の分離幅は狭くなる。したがって、図17に示した白色光の2点分離像は少し色にじみをもった像になっている。単色光の場合は2点分離像の中間の谷間の部分の強度はゼロになるが、白色光の場合は谷間の部分の強度は色にじみの影響でゼロにはならない。
【0033】
図19は、波長λ=550nmでの透過波面位相差がちょうど(4/4)λ=1λのときの白色光の点像強度分布を示している。フィルターを透過する光の位相差は波長によって異なり白色光全ての波長の位相差が1λにはならないため、図19(b)から明らかなように、点像強度分布は完全な円形にならず上下方向に少し伸びた楕円形状になっている。
【0034】
このように白色光の場合、透過波面位相差が略2λ以下の比較的小さい領域であれば、単色光の場合と同様に結像点Iの強度分布が周期的に1点になったり2点になったりする。しかしながら、透過波面位相差が数λ以上の大きな領域では、透過波面位相差の波長によるずれが大きくなり、単色光とは点像強度分布に対して異なる挙動を示すことになる。これについて次に説明する。
【0035】
波長λ=550nmでの透過波面位相差が5.5λと6λ発生した場合の単色光と白色光の点像強度分布の違いを計算した結果を図20〜23に示す。
【0036】
図20は単色光で位相差5.5λ発生条件での単色光点像強度分布、図21は白色光での点像強度分布である。
【0037】
図22は単色光で位相差6λ発生条件での単色光点像強度分布、図23は白色光での点像強度分布である。
【0038】
単色光の場合、図20に示した透過波面位相差5.5λでは(1/2)位相ずれているため図12と同様に2点に分離した強度分布を持つが、白色光の場合は既に2点像とはならない。各波長の位相差が全て(1/2)位相ではなく波長による位相差が大きくなり、図21に示すように位相差が存在する方向(図21の上下方向)に伸びた楕円形状の1つの点像強度分布となる。
【0039】
次に透過波面位相差6λの場合を見ると、単色光の場合は丁度位相が合った状態なので、図22に示すように1点の円形の点像強度分布になる。白色光の場合は、図23に示すように位相差が存在する方向(図23の上下方向)に伸びた楕円形の強度分布になっている。
【0040】
図21と図23の強度分布を比較すると、白色光の場合は透過波面位相差が5.5λから6λに変化してもほとんど点像強度分布に変化がないことが分かる。これは、絞り開口である瞳面での透過波面位相差が略2λ以下の微小な場合と5λ以上の大きな場合とで、透過波面位相差が光学性能へ与える影響が白色光では大きく異なっていることを示している。
【0041】
NDフィルターを用いた光量調整装置において、透過波面位相差が略2λ以下の領域とは、NDフィルター基板が開口を全て覆っている状態で、NDフィルター基板上での光学薄膜程度の厚みによって生ずる位相差を意味している。この領域では透過波面位相差はnλ(n=0,1)から{n+(1/2)}λに変化するとき光学性能が急激に劣化し、{n+(1/2)}λから(n+1)λに変化すると光学性能がある程度まで回復する。
【0042】
一方、透過波面位相差が5λ以上の領域とは、NDフィルター基板の端縁部が絞り開口に掛かっている状態でのNDフィルター基板自身の厚みによって生ずる位相差などを意味しており、この領域では多少の透過波面位相差が変動しても光学性能はあまり変化しない。
【0043】
これに関して、光学性能評価としてMTF値を用い、透過波面位相差との関係がどのようになっているかを図24を用いて説明する。ここではNDフィルターの透過率に起因する回折の影響は考慮せず、フィルターの厚み成分に起因した透過波面位相差によるMTF値の変化のみに限定して話を進める。
【0044】
図24は、絞り開口の下側半分領域のフィルター厚みをゼロから徐々に増加させ、透過波面位相差を6λまで変化させた場合の無収差理想レンズ系での白色光の波動光学的MTF計算値である。
【0045】
図24(a)は空間周波数50本/mm、図24(b)は空間周波数100本/mmの白色MTF値をグラフ表示している。グラフの縦軸はMTF値、横軸は波長λ=550nmでの透過波面位相差である。円形開口のFナンバーがF1,F1.4、F2、F2.8、F4、F5.6,F8の状態での各MTF値をグラフに示している。
【0046】
ここで、MTF計算で評価する空間周波数について説明する。撮像素子の画素ピッチがPμmの場合、この撮像素子が解像できる限界の空間周波数は1/(2×P)までである。通常この限界の空間周波数近傍よりも高い周波数はモアレや偽色信号の原因となるためローパスフィルターでカットする。画質評価として重要な空間周波数は撮像素子の限界周波数の半分程度である。
【0047】
そこで、評価空間周波数=1/(4×P)と定義し、撮像素子の画素ピッチが5μmの場合は50本/mm、画素ピッチが2.5μmの場合は100本/mmを評価空間周波数とした。
【0048】
例えば、有効画素数38万画素、受光素子画面対角寸法4.5mmのビデオカメラ用の撮像素子の場合、画素ピッチは約5μmで評価空間周波数50本/mmになり、垂直方向テレビジョン解像度に換算すると270TV本に相当する。有効画素数が同じ条件で受光素子画面対角寸法が2.25mmの撮像素子の場合、画素ピッチは約2.5μmで評価空間周波数100本/mmとなる。この場合も垂直方向テレビジョン解像度に換算すると270TV本に相当する。
【0049】
透過波面位相差が光学性能へ与える影響についての説明に話を戻す。
【0050】
評価空間周波数における目標MTF値を仮に70%以上と設定する。なお、ここでのMTF計算は、NDフィルター透過率を考慮していないことと無収差理想レンズ系であることを考慮して少し高めの値を目標MTF値に仮設定しているが、この値は目安であり絶対的な数値目標ではない。
【0051】
まず、図24(a)に示す空間周波数50本/mmでの白色MTF値の説明をする。
【0052】
F8まで開口を絞り込んだ状態での透過波面位相差がゼロλの場合はMTF値72%を確保しているが、透過波面位相差が(1/2)λになるとMTF値は21%まで急激に劣化する。更に透過波面位相差を増加させ1λの状態でMTF値は62%まで回復する。透過波面位相差を更に増加させるとMTF値は振動しながら変動し、透過波面位相差が5λ以上でMTF値42%程度に安定する。F8状態で目標MTF値を満足させるためには透過波面位相差をほぼゼロλ近傍設定にする必要がある。
【0053】
F5.6状態をみると、透過波面位相差ゼロλではMTF値80%を確保しているが、透過波面位相差(1/2)λ状態で44%まで劣化し、透過波面位相差1λでMTF値76%まで回復するが、その後振動しながら透過波面位相差5λ以上でMTF値61%程度に安定する。
【0054】
F4状態をみると、透過波面位相差がゼロλの場合はMTF値85%、透過波面位相差(1/2)λ発生時は58%まで劣化し、透過波面位相差1λでMTF値82%まで回復するが、その後振動しながら透過波面位相差5λ以上でMTF値72%に安定する。
【0055】
F2.8状態をみると、透過波面位相差がゼロλの場合はMTF値90%、透過波面位相差(1/2)λ発生時でも71%を確保し、透過波面位相差1λでMTF値88%まで回復し、その後振動しながら透過波面位相差5λ以上でMTF値80%に安定する。
【0056】
F2.8よりも明るい開口絞り状態であれば透過波面位相差の影響でMTF値が70%よりも下がることがない。
【0057】
次に、図24(b)に示す空間周波数100本/mmでの白色MTF値の説明をする。
【0058】
F8まで開口を絞り込んだ状態では回折の影響で、MTF値は45%まで劣化し、透過波面位相差が5λ以上でMTF値5%程度まで劣化してしまう。F8状態では目標MTF値を満足させることは不可能である。
【0059】
F5.6状態をみると、透過波面位相差ゼロλでMTF値61%、透過波面位相差(1/2)λ状態で6%まで劣化し、透過波面位相差1λでMTF値53%まで回復するが、その後振動しながら透過波面位相差5λ以上でMTF値27%程度に安定する。F5.6状態でもまだ回折の影響が大きく目標MTF値を満足させることはできない。
【0060】
F4状態をみると、透過波面位相差ゼロλではMTF値72%を確保しているが、透過波面位相差(1/2)λ状態で21%まで劣化し、透過波面位相差1λでMTF値66%まで回復するが、その後振動しながら透過波面位相差5λ以上でMTF値45%程度に安定する。F4状態で目標MTF値を満足させるには透過波面位相差はゼロλ近傍に設定する必要がある。ということは絞り開口F4状態でNDフィルターを挿入するとフィルター厚みによる大きな透過波面位相差が発生し目標MTF値を満足できなくなる。
【0061】
F2.8状態をみると、透過波面位相差ゼロλではMTF値80%を確保しているが、透過波面位相差(1/2)λ状態で43%まで劣化し、透過波面位相差1λでMTF値76%まで回復するが、その後振動しながら透過波面位相差5λ以上でMTF値60%程度に安定する。
【0062】
F2状態をみると、透過波面位相差ゼロλではMTF値85%を確保しているが、透過波面位相差(1/2)λ状態で58%まで劣化し、透過波面位相差1λでMTF値73%まで回復するが、その後振動しながら透過波面位相差5λ以上でMTF値71%程度に安定する。
【0063】
F1.4状態をみると、透過波面位相差ゼロλではMTF値90%を確保しているが、透過波面位相差(1/2)λ状態で70%まで劣化し、透過波面位相差1λでMTF値88%まで回復し、その後振動しながら透過波面位相差5λ以上でMTF値89%程度に安定する。
【0064】
絞り開口部にフィルターが挿入されフィルター端縁部が開口中央に位置する状態は透過波面位相差が5λ以上の状態である。この透過波面位相差状態において、評価空間周波数が50本/mmの場合はF4まで絞り込んでもMTF値70%を確保することができる。一方、評価空間周波数が100本/mmの場合は、F2まで開口を広げなくてはMTF値70%を確保することができない。
【0065】
ところで、NDフィルターとしては、材料の中に光を吸収する有機色素または顔料を混ぜ練り込むタイプのものと、材料の表面に光学薄膜を蒸着するものとが知られている。練り込みタイプNDフィルターの特徴は、均一な濃度のフィルターを大量に安価で加工可能な点であるが、蒸着タイプNDフィルターに比べて分光透過率の波長依存性が劣るため、撮影装置用の絞り装置として用いられるNDフィルターとしては蒸着タイプが優れている。蒸着タイプNDフィルターは、金属膜や誘電体膜を複数層重ねることで分光透過率の波長依存性が少なくかつ反射防止膜としての作用も併せ持たせることが可能である。(参照:「光学薄膜の設計・製作・評価技術」技術情報協会)
蒸着タイプNDフィルターを用いて濃度を段階的に複数領域設定した例を図25に示す。図中、P3は蒸着タイプNDフィルターで2種類の濃度領域を持った例を示している。フィルター基板B3の表面全面にND膜N31を蒸着し、裏面の異なる面積領域にND膜N32を蒸着している。この場合、図示しているように裏面のND蒸着膜境界部でND膜厚の段差に起因する透過波面位相差が発生する。
【0066】
図24において透過波面位相差が略2λ以下の領域とは、この膜厚の段差などに起因した微小な透過波面位相差が存在する場合を意味している。以下の具体的な実施例では、透過波面位相差を所定の範囲内に収めることによって、光学性能の劣化を最小限に抑える構成を開示する。
【0067】
(実施例1)
本発明の実施例1を図1に示す。図1は本発明を応用した光量調整装置(絞り装置)の実施例である。図1(A)は開放絞り状態、図1(B)は中間絞り状態、図1(C)は最小絞り状態を示している。
【0068】
図中、S11,S12は絞り開口を形成するための絞り羽根であり、相対的に移動させることによって開口面積を変えることができる。P1はNDフィルター(フィルター部材)であり、絞り羽根S12に貼り付けられ固定されている。したがって、絞り羽根S11,S12の相対的な移動に伴って、NDフィルターP1が開口を覆う面積が変化する。
【0069】
NDフィルターP1は、基板B1の一方の面に所定の透過率の領域N11が形成され、他方の面の一部に領域N11とは透過率の異なる領域N12が形成されている。したがって、光が領域N11のみを通過する場合と、領域N11,N12の双方を通過する場合とで透過率が異なっており、領域N11のみを通過する場合のほうが透過率が小さい。
【0070】
基板B1には、セルロースアセテート、ポリエチレンテレフタレート(PET)、塩化ビニル、アクリル樹脂等の合成樹脂フィルムが用いられる。合成樹脂フィルムを使用する主な理由は、比重が軽いことと、薄く加工しても割れにくい点である。基板B1の厚みは100μm〜50μm程度である。
【0071】
NDフィルター部P1を透過する透過波面の様子を図2に示す。図2での各領域N11,N12は蒸着膜で各透過率を設定している。そして各領域の膜厚及びその材料の屈折率を適宜設定することにより、製造誤差を含めた透過波面位相差が{1±(1/5)}λ又は{2±(1/5)}λの範囲内になるようにしている。
【0072】
NDフィルターP1の領域N12は、図3に示すように、フィルム状の基板B1上に3つの役割をもつ蒸着層を有している。すなわち、透過波面位相差を所定値({1±(1/5)}λ又は{2±(1/5)}λ)に設定するためのベースコート層31、波長によらず均一に透過率を落とすためのND層32、表面反射を防止するARコート層33である。領域11はベースコート層を31を備えず、ND層32とARコート層33のみで構成される。
【0073】
ベースコート層31は、基板B1上にAl2O3やSiO2等の基板B1の屈折率に近い誘電体膜の膜厚を適切に設定し蒸着することで透過波面位相差を所望の値に設定している。透過率を下げるためのND層32は多層膜で構成し、波長依存性が少なくなるように設定する。ND層32は、所望の透過率(所望の濃度)に設定するため微小な厚さを有しており、これが透過波面位相差の主要因となっている。ベースコート層31はこれを適切な透過波面位相差に調整するためのものである。そして最終層として表面反射を防止するARコート層33を蒸着する。ARコート層33はMgF2などの誘電体膜を蒸着している。
【0074】
ここで、微小な厚み成分の影響による光学性能劣化を低減するための適切な透過波面位相差とは、所定の波長λの光の位相差が0λ近傍又は1λ近傍又は2λ近傍である場合を言う。本実施形態では「近傍」の範囲として「±(1/5)λ」を想定しており、「0λ近傍又は1λ近傍又は2λ近傍」を式により表現すると以下のようになる。
【0075】
{n±(1/5)}λ(n=0,1,2)
光学性能劣化を最も少なくするためには、透過波面位相差を0λ近傍((1/5)λ以下)に設定するのが望ましい。しかし、透過波面位相差を0λ近傍にするためには、領域N12が所定の厚みを持つ以上、そこで生じる透過波面位相差を補正する領域を領域N11や領域N12の生成工程とは別に設ける必要がある。これは製造工程が増すことを意味するのでコストアップにつながる。そこで、本実施形態では、領域N12を構成する膜の生成工程の一環として形成可能なベースコート層31を用いて透過波面位相差が{1±(1/5)}λ又は{2±(1/5)}λの範囲となるように設定している。
【0076】
図24に示した透過波面位相差と白色MTFの関係を参照すると、透過波面位相差が{n+(1/5)}λを超えるとMTF値は急激に劣化し、透過波面位相差が{n+(1/4)}λから{n+(3/4)}λの状態では透過波面位相差が5λ以上発生した状態よりもMTF値が下がってしまう。これは、Fナンバーが小さな状態(絞り開口が大きい状態)では透過波面位相差が全くない状態と比べてもMTF値の劣化は比較的少ないが、Fナンバーが大きな状態(絞り開口が小さい状態)で特に顕著である。透過波面位相差が{n±(1/5)}λの領域では、MTF値は大きな周期で減衰しながらではあるが、{n+(1/4)}λから{n+(3/4)}λの領域に比べて回復していることが分かる。
【0077】
本実施例において、図1(A)に示すように絞り開口内に数μm以上の厚みのあるNDフィルターP1の端縁部が存在する状態は、透過波面位相差が5λ以上発生する状態に相当する。しかし、図1(A)のようにFナンバーの小さな場合に、この状態となるように設定しているため、光学性能の劣化は実施上問題ないレベルに抑えられる。
【0078】
一方、図1(B)のような中間絞り状態でのFナンバーの大きな場合には、NDフィルターP1が開口全体を覆うように設定し、しかもNDフィルターP1の透過波面位相差が{1±(1/5)}λ又は{2±(1/5)}λになるように設定しているので、光学性能の劣化を抑制できる。また図1(C)のようなFナンバーの大きな場合には、濃度段差も透過波面位相差もない状態に設定することで光学性能の劣化を抑制できる。
【0079】
このような構成により、絞り込んだ状態でもMTF値の劣化を最小限度に抑え、画質の向上を図ることができる光量調整装置が実現できる。また、本実施例の光量調整装置をビデオカメラやデジタルスチルカメラ等の撮影装置に用いれば、画質の劣化を抑えつつ、画素ピッチの小さな撮像素子を用いることが可能となる。
【0080】
(実施例2)
本発明の実施例2を図4に示す。図4は実施例1と同様に本発明を応用した光量調整装置(絞り装置)の実施例であるが、実施例1とは異なり、絞り羽根とNDフィルターを独立して駆動して光量調整を行う装置の実施例である。
【0081】
図中、S21,S22は開口を形成するための絞り羽根であり、相対的に移動させることによって開口面積を変えることができる。P2はNDフィルターであり、絞り羽根S11,S12とは独立に駆動可能である。本実施例では、図4(A)に示す開放状態から図4(B)に示す所定の絞り状態までは絞り羽根S21,S22で開口を絞ることで光量調整を行い、それ以降は開口面積を固定として、図4(C)に示すようにNDフィルターP2を透過率の大きな領域から透過率の小さな領域の順に開口内に挿入することで光量調整を行なう。
【0082】
NDフィルターP2は、基板B2の一方の面に減光作用のない領域N21と所定の透過率の領域N22が設けられ、他方の面に減光作用のない領域N23と領域N22と同じ透過率の領域N23が設けられいる。したがって、光が領域N21と領域N23を通過する場合に透過率が最も小さく、領域N22と領域N23を通過する場合に透過率が次に小さく、領域N22と領域N24を通過する場合に透過率が最も大きくなる。このように本実施例のNDフィルターP2は、2種類の透過率を有する蒸着ND膜を組合せ、3種類の透過率(濃度)を設定している。なお、基板B2は実施例1で説明した基板B1と同様のものが用いられる。
【0083】
NDフィルター部P2を透過する透過波面の様子を図5に示す。本実施例でも領域N22,N24の膜厚及びその材料の屈折率を適宜設定することにより、製造誤差を含めた透過波面位相差が{1±(1/5)}λ又は{2±(1/5)}λになるように設定している。
【0084】
NDフィルターP2の拡大断面図を図6に示す。本実施例の各領域N22,N24も実施例1の各濃度領域と同様に、ベースコート層61、ND層62、ARコート層63によって構成されている。本実施例においても、このベースコート層61の膜厚を適切に設定することで、各領域の透過波面位相差が{1±(1/5)}λ又は{2±(1/5)}λの範囲になるように設定している。なお、ベースコート層61、ND層62、ARコート層63に用いられる材料は実施例1と同様である。
【0085】
本実施例も実施例1と同様に、絞り込んだ状態でもMTF値の劣化を最小限度に抑え、画質の向上を図ることができる光量調整装置が実現できる。また、本実施例の光量調整装置をビデオカメラやデジタルスチルカメラ等の撮影装置に用いれば、画質の劣化を抑えつつ、画素ピッチの小さな撮像素子を用いることが可能となる。
【0086】
(実施例3)
図7は、実施例1,2で説明した光量調整装置を適用した光学系の概略構成図である。
【0087】
図7において、10は屈折系、反射系、回折系等によって構成された撮影光学系、11は光学系10を通過する光を制限し、明るさを調整する絞り、12は光学系10によって形成される被写体像を受光面で受光し電気信号に変換するCCDやCMOS等の撮像素子(光電変換素子)である。本実施例において、絞り11には実施例1や2で説明した光量調整装置を用いている。
【0088】
このように、撮影光学系等の光学系の絞りとして、実施例1,2で説明したような光量調整装置を用いることによって、絞り込んだときのNDフィルターの透過波面位相差による影響を少なくして画質の向上を図ることができる。また、画素ピッチの小さな撮像素子を用いることが可能となる。
【0089】
(実施例4)
次に実施例3で説明した撮影光学系を用いた撮影装置の実施形態を図8を用いて説明する。
【0090】
図8において、20は撮影装置本体、10は実施例4で説明した撮影光学系、11は実施例1や2の光量調整装置によって構成される絞り、12は撮影光学系10によって形成される被写体像を受光する撮像素子、13は撮像素子12が受光した被写体像を記録する記録媒体、14は被写体像を観察するためのファインダーである。ファインダー14としては、光学ファインダーや液晶パネル等の表示素子に表示された被写体像を観察するタイプのファインダーが考えられる。
【0091】
このように実施例4で説明した撮影光学系をビデオカメラやデジタルスチルカメラ等の撮像素子上に被写体像を形成するタイプの撮影装置に適用することにより、NDフィルターの透過波面位相差による影響を少なくして画質の向上を図ることができる。また、画素ピッチの小さな撮像素子を用いることが可能となる。
【0092】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば、フィルター部材の微小な厚み成分の影響による光学性能劣化を低減した光量調整装置を実現できる。
【0093】
また本発明の光量調整装置を、撮像素子に像を形成する撮影装置の撮影光学系に用いれば、画素ピッチの小さな撮像素子であっても良好な画像情報を得ることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例1の光量調整装置の概略構成図である。
【図2】実施例1の光量調整装置のNDフィルターを透過した波面の位相の様子を示す図である。
【図3】実施例1のNDフィルターの拡大断面図である。
【図4】実施例2の光量調整装置の概略構成図である。
【図5】実施例2の光量調整装置のNDフィルターを透過した波面の位相の様子を示す図である。
【図6】実施例2のNDフィルターの拡大断面図である。
【図7】光量調整装置を備えた光学系の概略構成図である。
【図8】光量調整装置を備えた撮影装置の概略構成図である。
【図9】透過波面位相差が光学性能へ与える影響を説明するための図である。
【図10】位相差(0/4)λのときの単色光の点像強度分布を示した図である。
【図11】位相差(1/4)λのときの単色光の点像強度分布を示した図である。
【図12】位相差(2/4)λのときの単色光の点像強度分布を示した図である。
【図13】位相差(3/4)λのときの単色光の点像強度分布を示した図である。
【図14】位相差(4/4)λのときの単色光の点像強度分布を示した図である。
【図15】位相差(0/4)λのときの白色光の点像強度分布を示した図である。
【図16】位相差(1/4)λのときの白色光の点像強度分布を示した図である。
【図17】位相差(2/4)λのときの白色光の点像強度分布を示した図である。
【図18】位相差(3/4)λのときの白色光の点像強度分布を示した図である。
【図19】位相差(4/4)λのときの白色光の点像強度分布を示した図である。
【図20】位相差5.5λのときの単色光の点像強度分布を示した図である。
【図21】位相差5.5λのときの白色光の点像強度分布を示した図である。
【図22】位相差6.0λのときの単色光の点像強度分布を示した図である。
【図23】位相差6.0λのときの白色光の点像強度分布を示した図である。
【図24】空間周波数50本/mm及び空間周波数100本/mmの白色MTF値と透過波面位相差の関係を示すグラフである。
【図25】従来のNDフィルターを透過した波面の位相の様子を示す図である。
Claims (10)
- 開口を形成するための絞りと、該開口を通過する光の光量を減衰するためのフィルター部材を備え、該フィルター部材の前記開口を覆う割合が変化する光量調整装置において、前記フィルター部材は、透過率が異なる複数の領域を有し、該複数の領域の各々は、前記フィルター部材が前記開口を全て覆った状態で、前記開口内の前記フィルター部材の各領域を通過する所定の波長λの光の位相差が{1±(1/5)}λ又は{2±(1/5)}λの範囲となるような、膜厚及び屈折率を有する多層膜で構成されていることを特徴とする光量調整装置。
- 前記多層膜は反射を低減させるための層を有することを特徴とする請求項1記載の光量調整装置。
- 前記絞りは複数の絞り羽根によって構成され、該複数の絞り羽根を相対的に移動することによって前記開口の面積が変化することを特徴とする請求項1又は2記載の光量調整装置。
- 前記フィルター部材は、前記複数の絞り羽根の1つに固定され、前記複数の絞り羽根の相対的な移動に伴って、前記フィルター部材が前記開口を覆う割合が変化することを特徴とする請求項3記載の光量調整装置。
- 前記フィルター部材は、前記複数の絞り羽根とは独立に移動可能であることを特徴とする請求項3記載の光量調整装置。
- 前記所定の波長λは使用波長帯域の中心波長であることを特徴とする請求項1記載の光量調整装置。
- 前記所定の波長λは550nmであることを特徴とする請求項1記載の光量調整装置。
- 請求項1乃至7いずれか1項記載の光量調整装置を有することを特徴とする光学系。
- 光電変換素子上に像を形成することを特徴とする請求項8記載の光学系。
- 請求項1乃至7いずれか1項記載の光量調整装置を有する光学系と、該光学系によって形成される像を受光する光電変換素子とを備えることを特徴とする撮影装置。
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