JP3644283B2 - 大豆の11sグロブリンよりサブユニットを分画・調製する方法及びその製品 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は大豆タンパク質の主要成分である11Sグロブリン(グリシニンとも言う)から、その構成成分である酸性サブユニットと塩基性サブユニットを、還元剤を使用することなく、簡便な方法で取得するための分画方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
大豆タンパク質は植物性タンパク質の中で栄養性が優れているだけに止まらず、近年では様々な生理活性効果が見い出され、生理機能剤としても注目される食品素材である。
それら生理機能は大豆タンパク質の中のある特定の部位から発現され、その部位を含む大豆タンパク質成分を効率よく分画する技術を確立することは、大豆タンパク質を食品素材だけでなく、医薬品素材として利用する上で重要な因子である。
【0003】
大豆タンパク質の各サブユニットは加熱による変性過程において、解離されることが報告されている。
例えば、Wolf W.J. and Tamura T. (Cereal Chem. 46, 331,1969) は、大豆11Sグロブリンの熱変性について検討し、加熱により11Sグロブリンが酸性サブユニットと塩基性サブユニットに解離されることを明らかにした。その解離条件の詳細について、森 友彦(New Food Industry, 24 (6), 53 ,1982 ) によると、低濃度(0.5 %程度)の11Sグロブリン溶液は加熱により可溶性会合体を経た上で、可溶性の酸性サブユニットと不溶性の塩基性サブユニットに解離し、高濃度(5%以上)では、そのような解離は起こらず、可溶性会合体から可溶性巨大会合体を経て、ゲル化するとしている。
しかし、その後の研究によると、Hermansson, A.M., (JAOCS, 63 (5), 658,1986)は蛋白濃度に関わらず、酸性サブユニットと塩基性サブユニットに解離し、その後のゲル化の有無のみが蛋白濃度に依存するとしている。
ただし、何れにしても溶液状態での酸性サブユニットと塩基性サブユニットの分画には、超遠心分離のような実用性に乏しい手段でしか分画出来ない。
【0004】
以上の様に加熱だけでは分画が困難である塩基性サブユニットであるが、その凝集性について、Yamagishi T. et al.,(Agric. Biol. Chem., 44, 1575,1980)は、11Sグロブリンの酸性サブユニットと塩基性サブユニットが還元剤の存在下での加熱により比較的明確に解離されることを明らかにした。この還元剤添加による酸性サブユニットと塩基性サブユニットの解離効果については、Damodaran, S. and Kinsella, E.(J. Agric. Food Chem., 30, 812,1982 )らは90℃で30分間の加熱による酸性サブユニットと塩基性サブユニットの解離後、還元剤によりシスチン間の再架橋に基づく酸性サブユニットと塩基性サブユニットのジスルフィド結合を介した再会合や、それから派生する複雑な重合を防止し、塩基性サブユニットだけが疎水性凝集体を作り、分離容易な白濁沈殿を生じるとしている。ただし、ここで使用されている還元剤である2−メルカプトエタノールは、食品加工には使用出来ないものである。
そこで菊池らは、食品加工上使用し得る還元剤として亜硫酸ソーダ(Na2SO3)を用いて、この還元剤の使用による塩基性サブユニットの凝集効果を利用し、120℃・1気圧(ゲージ圧)で10〜20分間加熱することで酸性サブユニットと塩基性サブユニットの分離・調製方法を見い出した(特開昭63-36748号公報)。
【0005】
しかし、この食品加工上使用し得る還元剤である亜硫酸ソーダ(Na2SO3)を用いた上記の方法でも、その添加量(0.5モル)は食品中での残存許容量(30ppm)を大幅に上回るもので、酸性サブユニットと塩基性サブユニットの分離後、残存亜硫酸を煩雑な操作を経て除去する必要がある。亜硫酸ソーダには人の摂取量によっては急性毒性、慢性毒性のおそれがあることが知られており、例え除去操作を加えるとは言え、これを大量に使用することには食品衛生上に問題があると言える。
以上の背景から、大豆タンパク質の主要成分である11Sグロブリンから、その構成成分である酸性サブユニットと塩基性サブユニットを分画・調製する場合に、食品衛生の点からも、還元剤を使用することなく、簡便な方法で取得するための方法が待望されていた。
以上の従来技術は、加熱方法として間接加熱(湯浴、オートクレーブなど)であり、さらに還元剤(2−メルカプトエタノール又はNa2SO3など)使用による方法であり、本発明の構成要件である直接加熱(水蒸気接触、吹き込みなど)及び還元剤不使用とは異なるものである。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、11Sグロブリンに還元剤を使用することなく食品衛生上安全で、簡便かつ効率よく、酸性サブユニットと塩基性サブユニットを分画・調製する方法及びその製品を提供することを課題とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明は、大豆タンパク質の主要成分である11Sグロブリンの水溶液を、150℃以上の水蒸気と接触させ、その後、120℃以上の温度で1分間以上保持することを特徴とする、酸性サブユニット画分と塩基性サブユニット画分を分画する方法である。更に詳しくは、水蒸気との接触時に還元剤を全く使用しないこと、水蒸気と接触後に遠心分離或いは濾別すること、水蒸気との接触をタンパク質濃度10%以上で行うこと、などの内何れか1つ以上の条件を用いることによる方法である。本発明は、高濃度の11Sグロブリン溶液を水蒸気と直接接触させる加熱方法を採用することにより、酸性サブユニットと塩基性サブユニットを解離させ、実用性のある低回転数の遠心分離やろ過により、二者を分画出来ることを見い出し、本発明を達成した。
【0008】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は大豆タンパク質の主要成分である11Sグロブリンから、還元剤を添加することなく加熱方法を工夫するだけで、塩基性サブユニットを分画可能なまでに凝集させ、効率よく酸性サブユニットと塩基性サブユニットを分画・調製する方法である。
【0009】
先ず、本発明の用語を説明する。
11Sグロブリンとは、一般に可溶性の球状タンパク質の総称であるグロブリンの中、分子量の超遠心沈降係数が11Sに相当するものを言う。グロブリンの分子量分布で2S、7S、11S、15Sが存在し、その内、7Sと11Sが大豆の様な豆科植物の貯蔵タンパク質には多量に含まれていることが知られている。なお、大豆の11Sグロブリンはグリシニンとも言われている。
酸性サブユニットとは、上記の11Sグロブリンの構成成分の一つで、酸性アミノ酸に富んでいる。
塩基性サブユニットとは、11Sグロブリンの構成成分の他の一つで、塩基性アミノ酸に富んでいる。この塩基性サブユニットと上記の酸性サブユニットとは、1個のジスルフィド(S−S)結合により結合し、中間サブユニットを形成している。11Sグロブリンはこの中間サブユニットが6個会合したものである。
【0010】
150℃以上の水蒸気は、飽和水蒸気の圧力に換算すると約4kgf/cm2(ゲージ圧。絶対圧では約5kgf/cm2)以上ある蒸気である。還元剤とは、化学において還元反応を起こさせる試薬で、種々の金属、金属の水素化合物、低原子価の金属イオン(Fe++、Sn++、Ti+3など)、低い酸化状態の陰イオン(S--、SO3--、S2O3--など)、水素、炭素、一酸化炭素、ケイ素、イオウ、ヨウ化水素などが代表的還元剤である。なお、食品の生産においては物質名、品質規格、使用基準などの条件つきで限定的に使用が認可されている。例示として、亜硫酸ナトリウム(使用基準:限定食品以外の一般食品に対してSO2 として30ppm以下)、二硫化硫黄(使用基準:限定食品以外の一般食品に対してSO2として30ppm以下)などがある。
【0011】
分画するとは、固体と液体を分けることを指し、これが出来る方法・装置であれば何れでも良く、例示として遠心分離やろ別などがある。
遠心分離とは、液体中にある固体の粒子を、遠心力を利用して密度の差により分離・分画する方法を指し、本発明ではこの遠心分離が出来る方法であれば限定せず用いることが出来る。
ろ別とは、多孔質の物体であるフィルターを通過させることによって、液体とその中に含まれる固体とを分離する操作を言う。フィルターとしては、工業的には濾布、砂、海綿状金属等の多孔質体等が用いられる。
タンパク質濃度は、一定量の供試物を公知のケルダール法又はそれに準じる方法により窒素を定量し窒素係数(6.25)を乗じて算出する。
【0012】
実質的に還元剤を含まない画分とは、原料大豆由来によらない還元剤を大豆の11Sグロブリンの水蒸気との接触時に用いずに分画・調製した画分で、還元剤の残存が不検出又は30ppm以下程度、好ましくは10ppm以下のものを意味している。その分析測定方法は、例示として亜硫酸塩ではSO2 としてアルカリ滴定法(試験法A)又は比色法(試験法B。試験法A、Bとも厚生省食品化学課編の「食品中の食品添加物分析法)による。
【0013】
本発明者らの検討によれば、次のことが判った。
1)120℃以下の温度で酸性サブユニットと塩基性サブユニットを分画させるには、亜硫酸ソーダを最低35ミリモルは添加しなければならない。
2)この場合、分離された酸性サブユニットと塩基性サブユニットには、約4,000〜5,000ppmもの亜硫酸が残存していた。
3)その残存亜硫酸の除去操作すなはち、食品中での残存許容量以下にまで低減させるには、酸性サブユニットの場合、5%水溶液を80℃以上で10分間加熱し、pH4.0〜5.0に調整して酸性サブユニットを沈澱させ、遠心分離にて回収する操作を3回以上繰り返す必要がある。
4)同じく塩基性サブユニットの場合は、5%懸濁液を80℃以上で10分間加熱し、遠心分離にて塩基性サブユニットを回収する操作を3回以上繰り返す必要がある。
以上のことが判った。
【0014】
そこで、本発明者らは鋭意検討の結果、次のことを見い出した。
5)酸性サブユニットと塩基性サブユニットは還元剤を添加せずとも、100℃以上で10分間以上加熱することで分離する。
6)しかし、100℃で10分間程度の加熱では、塩基性サブユニットが凝集沈澱せず、加熱後の溶液を酸性サブユニットと塩基性サブユニットに分画するのは容易ではない。
7)塩基性サブユニットの凝集沈澱が、150℃(ゲージ圧で約4 kgf/ cm2)の水蒸気と1分間、直接に接触(該水蒸気を吹き込むなどの方法で)させて得られた。。
以上のことを見い出した。
従って、酸性サブユニットと塩基性サブユニットの分画の際に、還元剤を添加することなく加熱方法を工夫するだけで、塩基性サブユニットを分画可能なまでに凝集させ、効率よく酸性サブユニットと塩基性サブユニットを分画・調製する方法を見い出し、残存する還元剤濃度が実質的に含まない、ないしは30ppm以下、多くの場合に10ppm以下の酸性サブユニットと塩基性サブユニットを得ることが出来た。
上記の150℃(ゲージ圧約4Kgf/cm2 )以上は、11Sグロブリン溶液の品温が150℃以上に達せられる温度であれば良く、実用上は150℃〜275℃(約60Kgf/cm2 )、効率的に好ましくは150℃〜214℃(約20Kgf/cm2 )であっても良い。
直接の接触時間は、11Sグロブリン溶液の品温が150℃以上に達せられる時間であれば良く、実用上は瞬間的な2〜3秒以上から1時間程度であろうが、生産効率的に好ましくは2秒以上から10分間程度でも良い。
従来技術の間接加熱(湯浴、オートクレーブなど)に比べて、本発明の直接加熱(水蒸気接触、吹き込みなど)の効果の差は塩基性サブユニットの凝集沈澱化と分画化であり、意外な発見であった。この効果差のメカニズムは未解明であるが、11Sグロブリン水溶液にノズルなどから吹き込まれる水蒸気による急速な攪拌力・剪断力などや、急激な加熱により11Sグロブリンの構造変化による塩基性サブユニットの解離と沈澱化が生じるのではないかと推察される。
【0015】
本発明のために用いる大豆11Sグロブリンは、脱脂大豆をタン・シバサキのpH分画法(Thanh, V.H., and Shibasaki, K., J. Agric. Food Chem., 24, 117 ,1976 )での沈殿画分としても得られるが、この文献に記載された還元剤を含む緩衝液を用いなくても、脱脂大豆から水によって抽出された脱脂豆乳のpHを、11Sグロブリンの等電点であるpH6.4 に調整し、冷却するだけでも11Sグロブリンを得ることが出来る。
【0016】
本発明は、上記により調製した10重量%以上、好ましくは約13〜16%にまで濃縮された11Sグロブリン水溶液に、直接、水蒸気と接触させることで、酸性サブユニットと塩基性サブユニットに分離させるもので、その際、タンパク質濃度、温度、加熱時間等の条件を設定する。
発明者らの実験結果によると、タンパク質濃度10%以上、好ましくは 13.5 〜15.2% 、pHを中性域、例示として7.0 〜8.0 に調整した11Sグロブリン水溶液に150 ℃(水蒸気圧のゲージ圧で約4 kgf/ cm2)以上の水蒸気を吹き込み、その後液温を120℃以上、例示として好ましくは120 〜150 ℃程度の高温に1分間以上保持することが、酸性サブユニットと塩基性サブユニットを効率よく分画する上で最適条件であることを見い出したので、実際にはこの条件を基準として加熱条件を設定すると良い。
【0017】
本発明では、上記条件に基づいて11Sグロブリンを加熱して得られた反応液を遠心分離あるいは、ろ別により上澄と沈殿に分画し、上澄画分はそのまま噴霧乾燥あるいは凍結乾燥し、沈殿画分も水に懸濁後、噴霧乾燥あるいは凍結乾燥して、上澄画分を酸性サブユニットとして、沈殿画分を塩基性サブユニットとして得ることが出来る。
【0018】
こうして得られる各画分にはそれぞれのサブユニットの混入がなく、還元剤を使用していないので、加熱後の煩雑な脱還元剤操作が不要である。
【0019】
【実施例】
以下に、本発明の有効性を実施例と共に示すが、これらの例示によって本発明の技術思想が限定されるものではない。
【0020】
【実施例1】
11Sグロブリンの調製
脱脂大豆に1:10の重量割合で水を加え、随時pHを7.0 に調整しながら1時間撹拌し、この混合物を遠心分離(4,000 r.p.m., 20℃で10分間) し、得られた上澄液をpH6.4 に調整して、4 ℃にて一晩放置して、遠心分離(4,000 r.p.m., 4℃にて10分間) して得られた沈殿物を11Sグロブリンとした。
このようにして得られた11SグロブリンをSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供し、その後染色された蛋白質のバンドの染色度の測定から、純度として80%以上あり、以下の検討に十分耐えうる純度であることを確認した。
【0021】
【実施例2】
11Sグロブリンより各サブユニットの分離・分画
上記により得られた14.2% 濃度の11Sグロブリン溶液を、吹き込み水蒸気圧6 kgf/cm2の水蒸気殺菌装置に供し、2秒間の水蒸気吹き込み後、140 ℃にて1分間の高温を保持した。
溶液が50℃程度にまで冷却されてから、遠心分離(8,000 r.p.m.,20℃前後にて10分間) して上澄と沈殿に分画した。上澄はそのまま凍結乾燥し、沈殿には沈殿の重量とほぼ等量の水を加えて懸濁した後、凍結乾燥した。
この様にして得られた各サブユニットをSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供してそのパターンを調べた。
その結果、上澄画分はその大部分が酸性サブユニットから成り、塩基性サブユニットの混入は認められなかった。
また、沈殿画分は塩基性サブユニットが占め、酸性サブユニットは検出されなかった。
【0022】
【発明の効果】
本発明により、11Sグロブリンから、還元剤を使用しない、水蒸気吹き込み加熱などの食品衛生の点で安全で、簡便かつ効率よく酸性サブユニットと塩基性サブユニットを提供することが出来る様になった。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明により分離された酸性サブユニット( 3)と塩基性サブユニット( 4)のSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による泳動パターンを、精製の各ステップのサンプルも含めて示したものである。
Claims (4)
- 大豆タンパク質の主要成分である11Sグロブリンの水溶液を、150℃以上の水蒸気と接触させ、その後、120℃以上の温度で1分間以上保持することを特徴とする、酸性サブユニット画分と塩基性サブユニット画分を分画する方法。
- 11Sグロブリンを水蒸気と接触させる時に還元剤を添加すること無く行うことにより、実質的に還元剤を含まない両画分を得る請求項1に記載の方法。
- 塩基性サブユニット画分を沈殿として、酸性サブユニット画分を上澄液として分画する請求項1又は2に記載の方法。
- 水蒸気と接触させる11Sグロブリンの水溶液が、タンパク質濃度10重量%以上、中性域のpHである請求項1から3のいずれかに記載の方法。
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