JP3640126B2 - スリップ率サーボ制御装置 - Google Patents
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Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、スリップ率サーボ制御装置に係り、より詳しくは、目標スリップ率に基づく微小ゲインの目標値に微小ゲインを追従させる制御又は微小ゲインに基づくスリップ率を目標スリップ率に追従させる制御を行うスリップ率サーボ制御装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来のアンチロックブレーキ制御装置(以下、「ABS装置」という)は、車輪速センサの信号に基づいて車体速度、車体加減速度、または車体速度に近似した速度信号等を作成し、これらの比較からブレーキ力を制御してアンチロックブレーキ動作を行うものであった。
【0003】
このうち特開昭61−196853号公報記載のABS装置は、車体速度の近似値と車輪速度等から得られる基準速度との比較から、車輪がロックする可能性があるかどうかを判断し、車輪がロックする可能性がある時にブレーキ力を減少させるというものである。このABS装置では、推定車体速度vv は図12に示すように車輪速度より求めた速度vw の谷を一定勾配で接続することにより得られるが、推定車体速度vv と実車体速度vv*との間にずれが生じていることが理解できる。
【0004】
また、このABS装置では、悪路走行時の車輪接地荷重の変化によって推定車体速度vv が実車体速度vv*より大きくなることを防止するために、推定車体速度の変化以上に車輪速度が変化する場合には推定車体速度の増加割合を抑制している。
【0005】
また、車両がある速度で走行している時、ブレーキをかけていくと車輪と路面との間にスリップが生じるが、車輪と路面との間の摩擦係数μは、下式で表されるスリップ率Sに対し、あるスリップ率でピークをとる関数関係で変化することが知られている(図5参照:図5は横軸がスリップ速度)。なお、vv*は実車体速度、vw は車輪速度である。
【0006】
S=(vv*−vw )/vv*
このμ−S特性では、あるスリップ率(図5のA2領域に相当)で摩擦係数μがピーク値をとるようになる。このピーク値をとるスリップ率が予め分かっていれば車体速度と車輪速度とからスリップ率を求めることによりスリップ率制御を行うことができる。
【0007】
このため、特開平1−249559号公報のABS装置では、車体速度の近似値及び車輪速度等からスリップ率を演算し、演算したスリップ率と設定したスリップ率との比較からブレーキ力を制御している。このABS装置では、推定車体速度vv と実車体速度vv*とのずれによって長時間ノーブレーキの状態となることを防止するために、必要以上に長い時間ブレーキ圧を減圧状態にしないようにしている。
【0008】
これら従来からの制御システムは、車両の運動系に対して車輪速度及び車体加速度から車体推定速度を推定する部分と、車輪速度及び推定車体速度から車輪のロック状態を検出してブレーキ力を制御する部分と、から構成される。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、このような従来のABS装置では、車体速度の推定のために図12に示すように、車輪速度から求めた速度vw と実車体速度vv*とが一致もしくは近い値になるまでブレーキ力を戻す必要があり、そのためには車輪のブレーキ力の増圧減圧を比較的低周波で繰り返す必要があった。また、基準速度と比較する車体速度が車輪速度や車体加減速度等から求めた近似値であるため、実際の車体速度と大きく異なる時があり、場合によっては車輪が長時間ロック状態に陥るとか、復帰のためブレーキ力を極端に減少させてしまう等、車両の挙動に著しい影響を与えて制動距離の増加や不快な振動を起こすことがあった。
【0010】
更に、スリップ率によってブレーキ力を制御するABS装置では、車両の走行する路面状態によって最大の摩擦係数となるスリップ率が異なることは容易に予想できることであり、この対策として路面状態を検出、推定し、かつ路面状態に応じた基準スリップ率を複数個用意するか、路面状態に応じて基準スリップ率を変化させる必要があった。
【0011】
また、一般に、路面と車輪との間の摩擦係数μは、スリップ速度Δω(=(車体速度−車輪速度)/車体速度)に対して、図3(a)や図3(b)に示すような関係で変化するが、上記従来技術では、図3(b)に示すような特性を有する路面に対して安定なブレーキ制御が困難であるという問題がある。
【0012】
すなわち、通常の図3(a)の路面では、領域A2の最大の制動トルク(ピークμ)のときのスリップ速度Sm の前後で、制動トルクのスリップ速度に対する勾配(以下、「制動トルク勾配」という;直線lの傾き)は零近傍の値の回りに緩やかに変化するが、タイヤのロックのおそれのある領域A3の制動トルク勾配は負値となり、領域A2の制動トルク勾配より小さくなる。従って、制動トルク勾配をピーク時の零若しくはA2領域始めの零近傍の正値に追従させることにより、A2領域内に安定に収束させるブレーキ制御が可能となる。
【0013】
これに対し、図3(b)の路面では、領域A1では、スリップ速度に対して制動トルクが略比例の関係で増大していくが、領域A2の始めで急激に制動トルク勾配が変化しピーク時で零近傍の値となる。しかし、それ以降は、領域A3に至っても、制動トルク勾配は緩やかにしか減少せず、零に近い値をとる。従って、A2領域内に安定に収束させることは難しくなり、場合によってはA3領域に移行してタイヤがロックする可能性がある。
【0014】
本発明は、上記事実に鑑みて成されたもので、車速を推定することなく、各車速において最適なスリップ率制御を実現すると共に、図3(b)の路面でも良好なスリップ率制御が可能なスリップ率サーボ制御装置を提供することを目的とする。
【0015】
【課題を解決するための手段】
上記目的を実現するために、請求項1の発明は、目標スリップ率に追従する制御を行うスリップ率サーボ制御装置であって、車輪速度を検出する車輪速検出手段と、車輪に作用する制動力又は制動力に関連した物理量を検知する制動力検知手段と、車体と車輪と路面とから構成される振動系の共振周波数でブレーキ圧を微小励振する微小励振手段と、前記微小励振手段により微小励振されたブレーキ圧の微小振幅に対する前記共振周波数での車輪速度の微小振幅の比である微小ゲインを演算する微小ゲイン演算手段と、前記車輪速検出手段により検出された車輪速度と、前記制動力検知手段により検知された制動力又は制動力に関連した物理量とに基づいて、前記目標スリップ率を目標微小ゲインに変換する演算を行う目標ゲイン演算手段と、前記微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインが、前記目標ゲイン演算手段により演算された目標微小ゲインに追従するように車輪運動を制御するサーボ制御手段と、を有することを特徴とする。
【0016】
また、請求項2の発明は、目標スリップ率に追従する制御を行うスリップ率サーボ制御装置であって、車輪速度を検出する車輪速検出手段と、車輪に作用する制動力又は制動力に関連した物理量を検知する制動力検知手段と、車体と車輪と路面とから構成される振動系の共振周波数でブレーキ圧を微小励振する微小励振手段と、前記微小励振手段により微小励振されたブレーキ圧の微小振幅に対する前記共振周波数での車輪速度の微小振幅の比である微小ゲインを演算する微小ゲイン演算手段と、前記車輪速検出手段により検出された車輪速度、前記制動力検知手段により検知された制動力又は制動力に関連した物理量、及び前記微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインに基づいてスリップ率を演算するスリップ率演算手段と、前記スリップ率演算手段により演算されたスリップ率が、前記目標スリップ率に追従するように車輪運動を制御するサーボ制御手段と、を有することを特徴とする。
(本発明の原理−微小ゲインに関する説明)
重量Wv の車体を備えた車両が車体速度ωv で走行している時の車輪での振動現象、すなわち車体と車輪と路面とによって構成される振動系の振動現象を、車輪回転軸で等価的にモデル化した図4に示すモデルを参照して考察する。
【0017】
図4のモデルにおいて、ブレーキ力は、路面と接するタイヤのトレッド115の表面を介して路面に作用するが、このブレーキ力は実際には路面からの反作用(制動力)として車体に作用するため、車体重量の回転軸換算の等価モデル117はタイヤのトレッドと路面との間の摩擦要素116(路面μ)を介して車輪113と反対側に連結したものとなる。これは、シャシーダイナモ装置のように、車輪下の大きな慣性、すなわち車輪と反対側の質量で車体の重量を模擬することができることと同様である。
【0018】
図4でタイヤリムを含んだ車輪113の慣性をJw 、リムとトレッド115との間のばね要素114のばね定数をK、車輪半径をR、トレッド115の慣性をJt 、トレッド115と路面との間の摩擦要素116の摩擦係数をμ、車体の重量Wv の回転軸換算の等価モデル117の慣性をJV とすると、ホイールシリンダ圧により生じるブレーキトルクTb ’から車輪速ωw までの伝達特性は、車輪運動の方程式より、
【0019】
【数1】
【0020】
となる。なお、sはラプラス変換の演算子である。
【0021】
タイヤが路面にグリップしている時は、トレッド115と車体等価モデル117とが直結されていると考えると、車体等価モデル117とトレッド115との和の慣性と、車輪113の慣性とが共振する。すなわち、この振動系は、車輪と車体と路面とから構成された車輪共振系とみなすことができる。このときの車輪共振系の共振周波数ω∞は、(1) 式の伝達特性において、
ω∞=√{(Jw +Jt +Jv )K/Jw (Jt +Jv )}/2π (2)
となる。この状態は、図3(a)、(b)及び図5では、ピークμに達する前の領域A1に対応する。
【0022】
逆に、タイヤの摩擦係数μがピークμに近づく場合には、タイヤ表面の摩擦係数μがスリップ率((車体速度−車輪速度)/車体速度)に対して変化し難くなり、トレッド115の慣性の振動に伴う成分は車体等価モデル117に影響しなくなる。つまり等価的にトレッド115と車体等価モデル117とが分離され、トレッド115と車輪113とが共振を起こすことになる。このときの車輪共振系は、車輪と路面とから構成されているとみなすことができ、その共振周波数ω∞’は、(2) 式において、車体等価慣性Jv を0とおいたものと等しくなる。すなわち、
ω∞' =√{(Jw +Jt )K/Jw Jt )}/2π (3)
となる。この状態は、図3(a)、(b)及び図5では、ピークμ近傍の領域A2に対応する。
【0023】
(2) と(3) 式とを比較し、車体等価慣性Jv が車輪慣性Jw 、トレッド慣性Jt より大きいと仮定すると、(3) 式の場合の車輪共振系の共振周波数ω∞’は(2) 式よりもω∞よりも高周波数側にシフトすることになる。従って、車輪共振系の共振周波数の変化を反映する物理量に基づいて、車輪と路面との間の摩擦状態を判定することが可能となる。
【0024】
そこで、本発明では、このような共振周波数の変化を反映する物理量として、以下のような微小ゲインGd を導入する。
【0025】
まず、本発明の微小励振手段が、車輪と車体と路面とからなる振動系の共振周波数ω∞((2) 式) でブレーキ圧Pb を微小励振すると、車輪速度ωw も平均的な車輪速度の回りに共振周波数ω∞で微小振動する。ここで、このときのブレーキ圧Pb の共振周波数ω∞の微小振幅をPv 、車輪速度の共振周波数ω∞の微小振幅をωwvとした場合、微小ゲインGd を
Gd =ωwv/Pv (4)
とする。なお、この微小ゲインGd を、ブレーキ圧Pb に対する車輪速ωw の比(ωw /Pb )の共振周波数ω∞の振動成分とみなし、
Gd =((ωw /Pb )|s=jω∞) (5)
と表すこともできる。
【0026】
この微小ゲインGd は、(5) 式に示すように(ωw /Pb )の共振周波数ω∞の振動成分であるので、摩擦状態がピークμ近傍の領域に至ったとき、共振周波数がω∞’にシフトするため急激に減少する。これは、ピークμ近傍で路面μ勾配が零近傍に減少することと対応しており、微小ゲインGd が路面μ勾配と等価な物理量であることを示唆している。そこで、以下に、微小ゲインGd が、図3(a)、(b)に示した制動トルク勾配(路面μ勾配)と等価であることを厳密に証明する。
【0027】
図5に示すように、スリップ速度Δωと、車輪−路面間の摩擦係数μとの間には、あるスリップ率で摩擦係数μがピークをとる関数関係が成立することが知られている。
【0028】
ところで、微小励振手段によりブレーキ圧を微小励振すると、車輪速度が微小振動するので、スリップ率もあるスリップ率の回りで微小振動する。ここで、図5の特性を有する路面において、あるスリップ率の回りで微小振動したときの摩擦係数μのスリップ速度Δωに対する変化を考える。
【0029】
このとき、路面の摩擦係数μは、
μ = μ0 +αRΔω (6)
と近似できる。すなわち、微小振動によるスリップ速度の変化が小さいため、傾きαRの直線で近似できる。
【0030】
ここで、タイヤと路面間の摩擦係数μにより生じる制動トルクTb =μWRに(6) 式を代入すると、
Tb = μWR = μ0 WR+αR2 ΔωW (7)
となる。ここで、Wは輪荷重である。(7) 式の両辺をΔωで1階微分すると、
【0031】
【数2】
【0032】
を得る。よって、(8) 式により、制動トルク勾配(dTb /Δω)が、αR2 Wに等しいことが示された。
【0033】
一方、ブレーキトルクTb ’がブレーキ圧Pb と比例関係にあることから、微小ゲインGd は、ブレーキトルクTb ’に対する車輪速度ωw の比(ωw /Tb ’)の共振周波数ω∞の振動成分と比例関係にある。従って、(1) 式の伝達特性により、微小ゲインGd は次式によって表される。
【0034】
【数3】
【0035】
一般に、(11)式において、
|A| = 0.012 << |B| = 0.1 (12)
となることから、(8) 、(9) 式より、
【0036】
【数4】
【0037】
を得る。すなわち、スリップ速度Δωに対する制動トルクTb の勾配は微小ゲインGd に比例する。
【0038】
以上により、微小ゲインGd が制動トルク勾配と等価な物理量であることが示された。
(本発明の作用)
一般に、路面μ特性において、制動トルクTb (又は摩擦係数μ)は、ピークμの近くまで(領域A1)、スリップ速度Δωに対し略比例の関係にあると近似できる。なお、この近似は、図3(b)の路面の領域A1では、特に有効に成り立っている。よって、比例係数をαとおくと、領域A1において、
Tb = αΔω (14)
を得る。
【0039】
ここで、α=(dTb /dΔω)であることから、(13)、(14)式より、
Tb = k’Gd Δω (15)
が成立する。ただし、k’は(13)式の比例係数である。
【0040】
また、制動力Fは、制動トルクTb と比例関係(F=Tb /R;Rは車輪の有効半径)にあるので、(15)式を制動力Fについて表すと、
F = kGd Δω (16)
となる。ただし、k=k’/Rである。
【0041】
制動力Fについては、実施の形態で後述するように推定方法があるので、(16)式をΔωについて表すと、
【0042】
【数5】
【0043】
となる。ただし、K=1/k(定数)である。
ここで、スリップ率Sは、車輪速度をωw 、車体速度(角速度換算)をωv とすると、
【0044】
【数6】
【0045】
と表せる。ただし、スリップ速度Δω=ωv −ωw である。
(18)式に(17)式を代入すると、
【0046】
【数7】
【0047】
となる。すなわち、スリップ率Sは、車輪速度ωw 、制動力F、微小ゲインGd から演算することができる。
【0048】
(19)式を、微小ゲインGd について変形すると、
【0049】
【数8】
【0050】
となる。すなわち、微小ゲインGd は、スリップ率S、車輪速度ωw 、制動力F、から演算することができる。
【0051】
そこで、請求項1の発明では、目標ゲイン演算手段が、車輪速検出手段により検出された車輪速度ωw と、制動力検知手段により検知された制動力Fとに基づいて、目標スリップ率Sc を目標微小ゲインGs に変換する演算を行う。この目標ゲイン演算手段による演算は、例えば、(20)式において、スリップ率Sを目標スリップ率Sc に、微小ゲインGd を目標微小ゲインGs に置き換えた以下の(21)式により行うことができる。
【0052】
【数9】
【0053】
ここで、制動力Fとして、制動力に関連する物理量、例えば制動トルクTb 等を用いても良い。この場合、制動力Fと制動トルクTb との比例関係より、(21)式において制動力Fの代わりに制動トルクTb で表した変形式を用いることはいうまでもない。また、制動力Fは、車輪に加えられたブレーキ力の反力として車輪に作用するため、関連した物理量として、検出若しくは推定されたホイールシリンダ圧を用いることもできる。
【0054】
なお、目標ゲイン演算手段の演算方法は、(21)式若しくはその変形式に限定されるものではなく、直線近似の(14)式を、さらに近似度の良い関数で表したものから導き出された、微小ゲイン、スリップ率、制動力、及び車輪速度の間の関係式より演算することもできる。
【0055】
そして、本発明のサーボ制御手段は、微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインGd が、目標ゲイン演算手段により演算された目標微小ゲインGs に追従するように車輪運動を制御する。
【0056】
例えば、本発明をABS装置に適用した場合、微小ゲインGd が目標微小ゲインGs に追従するように、車輪に作用する平均的なブレーキ力を制御する。また、トラクションコントロール装置(以下、「TRC装置」という)に適用する場合、TRC領域のスリップ率に応じて演算された目標微小ゲインGs に、微小ゲインGd が追従するように、アクセル開度等を制御する。
【0057】
このように請求項1の発明では、目標スリップ率Sc に対応する目標微小ゲインGs を、車速ωv からではなく、(19)式を介してスリップ率と関連する制動力F及び車輪速度ωw から導いているので、車速の推定を行うことなく、車速の変化に応じて変化する微小ゲインの最適な目標値をリアルタイムに設定することができる。
【0058】
また、請求項2の発明では、スリップ率演算手段が、車輪速検出手段により検出された車輪速度ωw 、制動力検知手段により検知された制動力F、及び微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインGd 、に基づいてスリップ率Sを演算する。このスリップ率演算手段による演算は、例えば(19)式に基づいて実行することができる。
【0059】
ここで、制動力Fとして、制動力に関連する物理量を用いることができるのは、請求項1の発明と同様である。また、スリップ率演算手段の演算方法は、(19)式若しくはその変形式に限定されるものではなく、直線近似の(14)式を、さらに近似度の良い関数で表したものから導き出された、微小ゲイン、スリップ率、制動力、及び車輪速度の間の関係式より演算することもできる。
【0060】
そして、本発明のサーボ制御手段は、スリップ率演算手段により演算されたスリップ率Sが、目標スリップ率Sc に追従するように車輪運動を制御する。
【0061】
このように請求項2の発明では、演算された微小ゲインGd を車速ωv からではなく、(19)式を介してスリップ率と関連する制動力F及び車輪速度ωw からスリップ率Sに変換し、該スリップ率Sを、目標スリップ率Sc に追従させる制御を行っている。すなわち、車速の推定を行うことなく、微小ゲインの車速依存性に対応している。
【0062】
ところで、一般に、制動力の勾配に変化のない部分では、該勾配に略比例する微小ゲインを制御した場合、基準ゲインが大き過ぎると、ブレーキ油圧を減圧し過ぎる傾向にあり、逆に小さ過ぎるとピークの間際まで達して、小さな外乱でも車輪ロックに陥る可能性がある。しかし、請求項1及び請求項2の発明によれば、勾配の変化しない領域では、ブレーキ油圧に対して、スリップ率がほぼ単調に増加・減少することを利用して、該スリップ率に基づいて制御することにより、ブレーキ油圧の過減圧が防止できると共に、車輪ロックに陥る可能性も少なくなる。
【0063】
【発明の実施の形態】
以下、本発明のスリップ率サーボ制御装置を、車両のABS装置に適用した場合の各実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
(第1の実施の形態)
図1には、本発明の第1の実施の形態に係るABS装置の構成ブロック図が示されている。
【0064】
図1に示すように、本実施の形態のABS装置は、車輪速度ωw を検出する車輪速センサ18、検出された車輪速度ωw から微小ゲインGd を演算する微小ゲイン演算部36、車輪速度ωw から車輪に作用する制動力Fを推定する制動力推定部22、目標スリップ率Sc を設定する目標スリップ率設定部10、設定された目標スリップ率Sc を、車輪速度ωw と制動力Fとを用いて微小ゲインGd の基準ゲインGs に変換する演算を行う目標ゲイン演算部20、基準ゲインGs と微小ゲインGd との差ΔG=Gd −Gs を演算する差分器12、演算されたΔGを零に一致又は略一致させるための平均ブレーキ力の指令信号Pr を算出する制御器14、及び指令された平均ブレーキ力指令Pr と微小励振指令Pv との和信号に基づいてブレーキ圧を制御する制御バルブ52、から構成される。
【0065】
このうち目標スリップ率設定部10は、通常の路面状態でピークμとなるときのスリップ率(例えば0.2)を目標スリップ率Sc として記憶するメモリにより実現することができる。また、路面状態毎にピークμを与えるスリップ率を記憶すると共に、車輪運動を表す複数の物理量から路面状態を推定する路面推定手段を設け、この路面推定手段により推定された路面状態に応じてピークμとなるときのスリップ率を出力する手段として構成することも可能である。
【0066】
目標ゲイン演算部20は、図10に示すように、1からSc を減算する減算器70、この減算結果をSc で除算する除算器71、この除算結果に制動力Fを乗算する乗算器72、この乗算結果を車輪速度ωw で除算する除算器73、及びこの除算結果に定数Kを乗算する定数器74、から構成されており、上記(21)式を実行することにより基準ゲインGs を算出する。
【0067】
また、図1の制御器14は、ΔGを零に一致又は略一致させるためのブレーキ圧指令信号を比例ゲイン及び積分ゲインにより演算する所謂PI制御器で構成することができる。勿論、いわゆるH∞制御や2自由度制御などを行うロバスト制御器等、より高次の制御を行う制御器により構成することもできる。
【0068】
また、制御バルブ52によるブレーキ圧の制御は、該制御バルブ52回りに構成されたブレーキ部16により実現することができる。ここで、ブレーキ部16の詳細な構成を図8に示す。
【0069】
図8に示すように、ブレーキ部16は、制御バルブ52以外に、マスタシリンダ48、ホイールシリンダ56、リザーバー58及びオイルポンプ60を備えている。
【0070】
このうちブレーキペダル46は、ブレーキペダル46の踏力に応じて増圧するマスタシリンダ48を介して制御バルブ52の増圧バルブ50へ接続されている。また、制御バルブ52は、減圧バルブ54を介して低圧源としてのリザーバー58へ接続されている。さらに、制御バルブ52には、該制御バルブによって供給されたブレーキ圧をブレーキディスクに加えるためのホイールシリンダ56が接続されている。この制御バルブ52は、ドライバの踏力によるブレーキ圧Pd を供給すると共に、入力されたバルブ動作指令(Pr +Pv )に基づいて増圧バルブ50及び減圧バルブ54の開閉を制御する。
【0071】
なお、この制御バルブ52が増圧バルブ50のみを開くように制御されると、ホイールシリンダ56の油圧(ホイールシリンダ圧)は、ドライバがブレーキペダル46を踏み込むことによって得られる圧力に比例したマスタシリンダ48の油圧(マスタシリンダ圧)まで上昇する。逆に減圧バルブ54のみを開くように制御されると、ホイールシリンダ圧は、ほぼ大気圧のリザーバ58の圧力(リザーバ圧)まで減少する。また、両方のバルブを閉じるように制御されると、ホイールシリンダ圧は保持される。
【0072】
ホイールシリンダ56によりブレーキディスクに加えられるブレーキ力(ホイールシリンダ圧に相当)は、マスタシリンダ48の高油圧が供給される増圧時間、リザーバー58の低油圧が供給される減圧時間、及び供給油圧が保持される保持時間の比率と、圧力センサ等により検出されたマスタシリンダ圧及びリザーバー圧とから求められる。
【0073】
従って、制御バルブ52の増減圧時間をマスタシリンダ圧に応じて制御することにより、所望のブレーキトルクを実現することができる。そして、ブレーキ圧の微小励振は、平均ブレーキ力を実現する制御バルブ52の増減圧制御と同時に共振周波数に対応した周期で増圧減圧制御を行うことにより可能となる。
【0074】
具体的な制御の内容として、図9に示すように、微小励振の周期(例えば24[ms])の半周期T/2毎に増圧と減圧のそれぞれのモードを切り替え、バルブへの増減圧指令は、モード切り替えの瞬間から増圧時間ti 、減圧時間tr のそれぞれの時間分だけ増圧・減圧指令を出力し、残りの時間は、保持指令を出力する。平均ブレーキ力は、マスタシリンダ圧に応じた増圧時間ti と減圧時間tr との比によって定まると共に、共振周波数に対応した半周期T/2毎の増圧・減圧モードの切り替えによって、平均ブレーキ力の回りに微小振動が印加される。
【0075】
上記のようなブレーキ部16の作用によりブレーキ圧が微小励振されたときの微小ゲインを演算する微小ゲイン演算部36の構成を図6を用いて説明する。
【0076】
図6に示すように、微小ゲイン演算部36は、平均ブレーキ圧の回りに車体と車輪と路面とから構成される振動系の共振周波数ω∞((2) 式)でブレーキ圧を微小励振したときの、車輪速度ωw の共振周波数ω∞での微小振幅(車輪速微小振幅ωwv)を検出する車輪速微小振幅検出部40と、共振周波数ω∞のブレーキ圧の微小振幅Pv を検出するブレーキ圧微小振幅検出部42と、検出された車輪速微小振幅ωwvをブレーキ圧微小振幅Pv で除算することにより微小ゲインGd を出力する除算器44と、から構成される。
【0077】
ここで、車輪速微小振幅検出部40は、共振周波数ω∞の振動成分を抽出するフィルタ処理を行う図7のような演算部として実現できる。例えば、この振動系の共振周波数ω∞が40[Hz]程度であるので、制御性を考慮して1周期を24[ms]、約41.7[Hz]に取り、この周波数を中心周波数とする帯域通過フィルタ75を設ける。このフィルタにより、車輪速度信号ωw から約41.7[Hz]近傍の周波数成分のみが抽出される。さらに、このフィルタ出力を全波整流器76により全波整流、直流平滑化し、この直流平滑化信号から低域通過フィルタ77によって低域振動成分のみを通過させることにより、車輪速微小振幅ωwvを出力する。
【0078】
なお、周期の整数倍、例えば1周期の24[ms]、2周期の48[ms]の時系列データを連続的に取り込み、41.7[Hz]の単位正弦波、単位余弦波との相関を求めることによっても車輪速微小振幅検出部40を実現できる。
【0079】
そして、ブレーキ圧微小振幅Pv は、マスタシリンダ圧、図9に示したバルブの増圧時間ti の長さ、及び減圧時間tr の長さによって所定の関係で定まるので、図6のブレーキ圧微小振幅検出部42は、マスタシリンダ圧、増圧時間ti 及び減圧時間tr からブレーキ圧微小振幅Pv を出力するテーブルとして構成することができる。
【0080】
また、図1の制動力検出部22は、路面から車輪に対し摩擦力として作用する制動力を、車輪の力学的モデルに従って以下のように推定する。
【0081】
すなわち、車輪には、車輪の回転方向と反対方向に作用するブレーキトルクTB と、摩擦力として車輪の回転方向に作用する制動力FによるタイヤトルクTf と、が作用する。ブレーキトルクTB は、車輪のブレーキディスクに対し車輪の回転を妨げるように作用するブレーキ力に由来するものであり、制動力F及びタイヤトルクTf は、車輪と路面との間の摩擦係数をμB 、車輪半径をr、車輪荷重をWとしたとき、次式によって表される。
【0082】
F = μB W
Tf = F×r = μB Wr
従って、車輪の運動方程式は、
【0083】
【数10】
【0084】
となる。ただし、Iは車輪の慣性モーメントである。
検出された車輪速度ωw から車輪加速度(dω/dt)を演算すると共に、ブレーキディスクに加えられるホイールシリンダ圧に基づいてブレーキトルクTB を求めれば、(22)式に基づいて制動力Fを推定することができる。
【0085】
また、特願平9−46100号の明細書に詳細に記載されているように、アクセル開度などから求めた車輪の駆動トルクと、外乱としての制動力Fとが車輪に作用する(22)式と等価な力学モデルをオブザーバとして構成することができる。このオブザーバでは、(22)式を時間tに関し2階積分することにより得られる回転位置と実際に検出された回転位置との偏差を0に一致させるように制御周期毎に等価モデルの外乱及び回転速度を修正し、修正された外乱に基づき制動力Fを推定する。このオブザーバによれば、ノイズ等の影響を受けやすい車輪加速度を演算する必要が無いため、より高精度に制動力Fを演算することができる。
【0086】
次に、第1の実施の形態の作用を説明する。
所定条件の成立により、制御バルブ52への動作指令に微小励振指令が印加され、ブレーキ圧が共振周波数ω∞で微小励振される。なお、この所定条件として、通常のABS開始条件、例えば、ドライバがブレーキペダルを踏み込み、かつ車輪減速度が一定値を越えた条件などが挙げられる。
【0087】
ブレーキ圧が微小励振されると、微小ゲイン演算部36が、微小ゲインGd を演算し、制動力推定部22が制動力Fを推定する。そして、目標スリップ率設定部10が、ピークμのときのスリップ率として目標スリップ率Sc を出力すると、目標ゲイン演算部20が、この目標スリップ率Sc を、検出された車輪速度ωw と推定された制動力Fとを用いて、(21)式に基づき微小ゲインの目標値となる基準ゲインGs に変換する。
【0088】
現時点の微小ゲインGd と基準ゲインGs との差ΔGが差分器12により算出されると、制御器14は、ΔGが零に一致又は略一致するような平均ブレーキ力の指令Pr を算出する。例えば、ΔGが負値のとき、すなわち、微小ゲインGd が基準ゲインGs より小さくなったとき、ピークμとなるスリップ率Sc を越えてブレーキ制動されたとみなして、平均ブレーキ力を低減する指令Pr を出力する。この指令を受けた制御バルブ52は、ドライバの踏力によるブレーキ力Pd から、ブレーキ力低減指令Pr に対応したブレーキ力が低減されるようにバルブの増圧減圧時間を調整する。平均ブレーキ力が低下すると、スリップ率が低下するので、ピークμとなるスリップ率の領域を越えてタイヤがロックされるおそれを回避できる。
【0089】
逆に、ΔGが正値の場合、すなわち、微小ゲインGd が基準ゲインGs より大きくなったとき、ピークμとなるスリップ率Sc 以下のスリップ率とみなして、ブレーキ力を増加させる指令Pr を出力する。この指令を受けた制御バルブ52は、ドライバの踏力によるブレーキ力Pd に、ブレーキ力増加指令Pr に対応したブレーキ力が加わるようにバルブの増圧減圧時間を調整する。これにより、スリップ率がピークμ近傍まで増加し、制動距離を短縮することができる。
【0090】
なお、ドライバの踏力を越えたブレーキ力がかからないように、制御器14への入力信号ΔGから正値を除去する正値除去部を設けても良い。この場合、制御器14への指令は前者のブレーキ力の低減指令のみとなる。
ところで、既に述べた通り、ピークμの状態における微小ゲインGd は、車速が低速になるほど大きくなるという実験事実から、ピークμの状態に維持するための基準ゲインGs は、車速が低速のときほど大きくすることが望ましい。
【0091】
本実施の形態では、ピークμとなるスリップ率Sc を車輪速度及び制動力を用いてピークμに対応する基準ゲインGs に変換することにより、上記の微小ゲインの車速依存性に対応している。すなわち、車速を推定することなく、基準ゲインを好適に変更しているので、各車速においてピークμを維持するための最適なブレーキ力の制御を正確に行うことができる。
【0092】
また、車速に関連した物理量の1つである車輪速度だけから基準ゲインGs を変更する従来の方法では、スリップ率が大きくなるピークμ近傍において車速と車輪速度との差が大きくなるので、基準ゲインGs の実際値と理想値との差が大きくなり、最適なブレーキ制動ができなくなるおそれがある。しかし、本実施の形態では、車輪速度のみならず、スリップ率と関連のある制動力Fを用いて基準ゲインを演算するため、ピークμ近傍であるか否かに係わらず微小ゲインの車速依存性に好適に対応することができ、各車速において最適なブレーキ力の制御が可能となる。
【0093】
さらに、本実施の形態では、実質的に目標スリップ率Sc に追従させる制御を行うため、従来技術と比較して次のような利点がある。すなわち、図3(b)の路面のように、制動トルク勾配が領域A2で急激に変化し、領域A3に移行するところでは変化の乏しい路面で、ピークμのスリップ率Sc に追従する制御を行う場合でも、該スリップ率Sc に対応した基準ゲインGs が、正確に演算されるので、より良好なピークμ追従性能が得られ、タイヤのロックを確実に防止することができる。特に、図3(b)の路面では、(14)式の近似がピークμ近傍まで正確に成り立っているので、(21)式をそのまま用いて演算された基準ゲインにより、良好なピークμ追従制御が可能となる。
【0094】
なお、制御器14への入力信号の形式は、任意好適に変更可能である。例えば、上記差分器12の代わりに、次式を演算する演算器を介在させても良い。
【0095】
【数11】
【0096】
(23)式によれば、ピークμを越えて微小ゲインGd がGs より小さくなると、ΔGの負値が急激に大きくなる。すなわち、感度が高くなるため、タイヤのロックに陥る可能性を回避しつつ、ピークμを維持する制御をより高精度に行うことができる。
(第2の実施の形態)
次に、第2の実施の形態を説明する。
【0097】
図2には、本発明の第2の実施の形態に係るABS装置の構成ブロック図が示されている。なお、第1の実施の形態と同様の構成については同一の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0098】
図2に示すように、本実施の形態のABS装置は、車輪速センサ18により検出された車輪速度ωw 、微小ゲイン演算部36により演算された微小ゲインGd 、及び制動力推定部22により推定された制動力Fに基づいてスリップ率Sを演算するスリップ率演算部23が備えられており、このスリップ率演算部23は、差分器13の一方の入力端と接続されている。この差分器13の他方の入力端には、目標スリップ率設定部10が接続され、その出力端には制御器15が接続されている。差分器13は、目標スリップ率設定部10により設定された目標スリップ率Sc とスリップ率演算部23により演算されたスリップ率Sとの差ΔS(=Sc −S)を演算し、制御器15へ出力する。
【0099】
この制御器15は、ΔSを零に一致又は略一致させるためのブレーキ圧指令信号Pr を演算する所謂PI制御器(H∞制御や2自由度制御などを行う制御器でも良い)により実現することができる。この制御器15の指令信号Pr は、ブレーキ圧微小励振指令Pv と加算されて制御バルブ52へ入力される。
【0100】
すなわち、第1の実施の形態では、目標スリップ率に対応する微小ゲインの基準ゲインGs を演算し、この基準ゲインGs に微小ゲインGd を追従させる制御を行ったが、第2の実施の形態では、演算した微小ゲインGd をスリップ率に変換し、このスリップ率を目標スリップ率に追従させる制御を行う。
【0101】
また、スリップ率演算部23は、図11に示すように、入力された制動力Fに定数Kを乗算する定数器80、この乗算結果を微小ゲインGd で除算する除算器81、この除算結果に車輪速度ωw を加算する加算器82、除算器81の除算結果を加算器82の加算結果で除算する除算器83、から構成されており、上記(19)式を実行することによりスリップ率Sを算出する。
【0102】
なお、制御器15への入力信号の形式が任意好適に変更可能であることは、第1の実施の形態と同様である。
【0103】
次に、第2の実施の形態の作用を説明する。
所定条件の成立により、制御バルブ52への動作指令に微小励振指令が印加され、ブレーキ圧が共振周波数ω∞で微小励振される。なお、この所定条件は、第1の実施の形態と同様である。
【0104】
ブレーキ圧が微小励振されると、微小ゲイン演算部36が、微小ゲインGd を演算し、制動力推定部22が制動力Fを推定する。そして、図11のスリップ率演算部23が、検出された車輪速度ωw と演算された微小ゲインGd と推定された制動力Fとを用いて、(19)式に基づきスリップ率Sを演算する。
【0105】
現時点で演算されたスリップ率Sと目標スリップ率Sc との差ΔSが差分器12により算出されると、制御器15は、ΔSが零に一致又は略一致するような平均ブレーキ力の指令Pr を算出する。例えば、ΔSが負値のとき、ピークμとなるスリップ率Sc を越えてブレーキ制動されたとみなして、平均ブレーキ力を低減する指令Pr を出力する。平均ブレーキ力が低下すると、スリップ率が低下するので、ピークμとなるスリップ率の領域を越えてタイヤがロックされるおそれを回避できる。
【0106】
逆に、ΔSが正値の場合、ピークμとなるスリップ率Sc 以下のスリップ率であるので、ブレーキ力を増加させる指令Pr を出力する。これにより、スリップ率がピークμ近傍まで増加し、制動距離を短縮することができる。なお、ドライバの踏力を越えたブレーキ力がかからないように、制御器15への入力信号ΔSから正値を除去する正値除去部を設けても良い。この場合、制御器15への指令は前者のブレーキ力の低減指令のみとなる。
【0107】
このように第2の実施の形態では、微小ゲインを、車輪速度と制動力とを用いてスリップ率Sに変換し、このスリップ率Sを目標スリップ率Sc に追従させる制御を行うことにより、車速を推定することなく、微小ゲインの車速依存性に対応している。すなわち、車速の変動に応じてピークμ近傍の値が変動する微小ゲインが、車速が変動してもピークμ近傍のときにある特定の値となるスリップ率Sに変換されるので、このスリップ率Sの目標追従制御を行うことで、微小ゲインの車速依存性を吸収し、各車速において、最適なブレーキ力の制御を実現している。よって、第2の実施の形態においても車速を推定しないで済むことから、第1の実施の形態と同様の効果を奏することができる。
【0108】
さらに、第2の実施の形態においても、目標スリップ率Sc に追従させる制御を行うため、従来技術と比較して、第1の実施の形態と同様の利点がある。
【0109】
以上が本発明の各実施の形態であるが、本発明は、上記例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において任意好適に変更可能である。
【0110】
例えば、上記各実施の形態では、ピークμに対応する目標スリップ率に追従する制御を例にしたが、本発明は、これに限定されるものではなく、ピークμ以外のスリップ率を設定し、このスリップ率に追従する制御を行うこともできる。
【0111】
また、上記各実施の形態では、本発明のスリップ率サーボ制御装置を、ABS装置に適用する例を示したが、本発明は、これに限定されるものではなく、例えばTRC装置等にも適用することができる。この場合、TRC領域のスリップ率に追従するようにアクセル開度や過剰加速を防止する等の制御を行うが、ドライバの踏力とは無関係にブレーキ圧の微小励振を行うように、図8のブレーキ部16の構成を変更する。例えば、制御バルブ50の増圧バルブ50へ、ブレーキペダル46の踏み込みが無くても高油圧を供給できる高油圧供給手段を設け、該手段とマスタシリンダ48とを切り替え可能に構成する。TRC制御時には、増圧バルブ50へ該高油圧供給手段を接続し、それ以外では、マスタシリンダ48を接続するように切り替える。
【0112】
【発明の効果】
以上説明したように、請求項1の発明によれば、目標スリップ率、制動力及び車輪速度から目標微小ゲインを求めるようにしたので、車速の変化に応じて変化する微小ゲインの最適な目標値を、車速の推定を行うことなく設定することができ、各車速に応じて良好な制御性能が得られる、という効果がある。
【0113】
また、請求項2の発明によれば、演算された微小ゲインを、制動力及び車輪速度を用いてスリップ率に変換し、該スリップ率を、目標スリップ率に追従させる制御を行うようにしたので、車速の推定を行う必要がなく、各車速に応じて良好な制御性能が得られる、という効果がある。
【0114】
すなわち、請求項1及び請求項2の発明によれば、車体速度を推定しなくて済むので、従来技術のように推定車体速度と実車体速度とが一致若しくは略一致するまでブレーキ圧の増減圧を繰り返す必要が無くなり、よって車輪のロックを回避すると共に車両挙動への影響を軽減することができる。
【0115】
さらに、請求項1及び請求項2の発明によれば、ピークμに対応する目標スリップ率に追従させる制御を行った場合、制動トルク勾配がピークμ近傍の領域で急激に変化し、それ以降の領域では変化の乏しい路面でも、ピークμに確実に追従し、タイヤのロックを防止することができる、という効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のスリップ率サーボ制御装置が適用された第1の実施の形態に係るABS装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明のスリップ率サーボ制御装置が適用された第2の実施の形態に係るABS装置の構成を示すブロック図である。
【図3】スリップ速度に対する制動トルクの変化特性(制動トルク特性)を示すための図であって、(a)はピークμの前後で制動トルク勾配が緩やかに変化する路面の制動トルク特性、(b)はピークμの前後で制動トルク勾配が急激に変化する路面の制動トルク特性を示す。
【図4】車輪と車体と路面とから構成される振動系の等価モデルを示す図である。
【図5】スリップ速度に対する摩擦係数μの変化特性を示すと共に、微小ゲインが制動トルク勾配と等価であることを説明するため、微小振動の中心の回りのμの変化が直線で近似できることを示す図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る微小ゲイン演算部の構成を示すブロック図である。
【図7】上記微小ゲイン演算部の車輪速微小振幅検出部の構成を示すブロック図である。
【図8】ブレーキ部のハードウェア構成を示すブロック図である。
【図9】制御バルブへの動作指令を示す図である。
【図10】図1の第1の実施の形態に係るABS装置の目標ゲイン演算部の構成例を示すブロック図である。
【図11】図2の第2の実施の形態に係るABS装置のスリップ率演算部の構成例を示すブロック図である。
【図12】従来のABS装置で用いられる車体速度の推定方法の概要を示す線図である。
【符号の説明】
10 目標スリップ率設定部
14 制御器
15 制御器
16 ブレーキ部
18 車輪速センサ
20 目標ゲイン演算部
22 制動力推定部
23 スリップ率演算部
36 微小ゲイン演算部
40 車輪速微小振幅検出部
42 ブレーキ圧微小振幅検出部
【発明の属する技術分野】
本発明は、スリップ率サーボ制御装置に係り、より詳しくは、目標スリップ率に基づく微小ゲインの目標値に微小ゲインを追従させる制御又は微小ゲインに基づくスリップ率を目標スリップ率に追従させる制御を行うスリップ率サーボ制御装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来のアンチロックブレーキ制御装置(以下、「ABS装置」という)は、車輪速センサの信号に基づいて車体速度、車体加減速度、または車体速度に近似した速度信号等を作成し、これらの比較からブレーキ力を制御してアンチロックブレーキ動作を行うものであった。
【0003】
このうち特開昭61−196853号公報記載のABS装置は、車体速度の近似値と車輪速度等から得られる基準速度との比較から、車輪がロックする可能性があるかどうかを判断し、車輪がロックする可能性がある時にブレーキ力を減少させるというものである。このABS装置では、推定車体速度vv は図12に示すように車輪速度より求めた速度vw の谷を一定勾配で接続することにより得られるが、推定車体速度vv と実車体速度vv*との間にずれが生じていることが理解できる。
【0004】
また、このABS装置では、悪路走行時の車輪接地荷重の変化によって推定車体速度vv が実車体速度vv*より大きくなることを防止するために、推定車体速度の変化以上に車輪速度が変化する場合には推定車体速度の増加割合を抑制している。
【0005】
また、車両がある速度で走行している時、ブレーキをかけていくと車輪と路面との間にスリップが生じるが、車輪と路面との間の摩擦係数μは、下式で表されるスリップ率Sに対し、あるスリップ率でピークをとる関数関係で変化することが知られている(図5参照:図5は横軸がスリップ速度)。なお、vv*は実車体速度、vw は車輪速度である。
【0006】
S=(vv*−vw )/vv*
このμ−S特性では、あるスリップ率(図5のA2領域に相当)で摩擦係数μがピーク値をとるようになる。このピーク値をとるスリップ率が予め分かっていれば車体速度と車輪速度とからスリップ率を求めることによりスリップ率制御を行うことができる。
【0007】
このため、特開平1−249559号公報のABS装置では、車体速度の近似値及び車輪速度等からスリップ率を演算し、演算したスリップ率と設定したスリップ率との比較からブレーキ力を制御している。このABS装置では、推定車体速度vv と実車体速度vv*とのずれによって長時間ノーブレーキの状態となることを防止するために、必要以上に長い時間ブレーキ圧を減圧状態にしないようにしている。
【0008】
これら従来からの制御システムは、車両の運動系に対して車輪速度及び車体加速度から車体推定速度を推定する部分と、車輪速度及び推定車体速度から車輪のロック状態を検出してブレーキ力を制御する部分と、から構成される。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、このような従来のABS装置では、車体速度の推定のために図12に示すように、車輪速度から求めた速度vw と実車体速度vv*とが一致もしくは近い値になるまでブレーキ力を戻す必要があり、そのためには車輪のブレーキ力の増圧減圧を比較的低周波で繰り返す必要があった。また、基準速度と比較する車体速度が車輪速度や車体加減速度等から求めた近似値であるため、実際の車体速度と大きく異なる時があり、場合によっては車輪が長時間ロック状態に陥るとか、復帰のためブレーキ力を極端に減少させてしまう等、車両の挙動に著しい影響を与えて制動距離の増加や不快な振動を起こすことがあった。
【0010】
更に、スリップ率によってブレーキ力を制御するABS装置では、車両の走行する路面状態によって最大の摩擦係数となるスリップ率が異なることは容易に予想できることであり、この対策として路面状態を検出、推定し、かつ路面状態に応じた基準スリップ率を複数個用意するか、路面状態に応じて基準スリップ率を変化させる必要があった。
【0011】
また、一般に、路面と車輪との間の摩擦係数μは、スリップ速度Δω(=(車体速度−車輪速度)/車体速度)に対して、図3(a)や図3(b)に示すような関係で変化するが、上記従来技術では、図3(b)に示すような特性を有する路面に対して安定なブレーキ制御が困難であるという問題がある。
【0012】
すなわち、通常の図3(a)の路面では、領域A2の最大の制動トルク(ピークμ)のときのスリップ速度Sm の前後で、制動トルクのスリップ速度に対する勾配(以下、「制動トルク勾配」という;直線lの傾き)は零近傍の値の回りに緩やかに変化するが、タイヤのロックのおそれのある領域A3の制動トルク勾配は負値となり、領域A2の制動トルク勾配より小さくなる。従って、制動トルク勾配をピーク時の零若しくはA2領域始めの零近傍の正値に追従させることにより、A2領域内に安定に収束させるブレーキ制御が可能となる。
【0013】
これに対し、図3(b)の路面では、領域A1では、スリップ速度に対して制動トルクが略比例の関係で増大していくが、領域A2の始めで急激に制動トルク勾配が変化しピーク時で零近傍の値となる。しかし、それ以降は、領域A3に至っても、制動トルク勾配は緩やかにしか減少せず、零に近い値をとる。従って、A2領域内に安定に収束させることは難しくなり、場合によってはA3領域に移行してタイヤがロックする可能性がある。
【0014】
本発明は、上記事実に鑑みて成されたもので、車速を推定することなく、各車速において最適なスリップ率制御を実現すると共に、図3(b)の路面でも良好なスリップ率制御が可能なスリップ率サーボ制御装置を提供することを目的とする。
【0015】
【課題を解決するための手段】
上記目的を実現するために、請求項1の発明は、目標スリップ率に追従する制御を行うスリップ率サーボ制御装置であって、車輪速度を検出する車輪速検出手段と、車輪に作用する制動力又は制動力に関連した物理量を検知する制動力検知手段と、車体と車輪と路面とから構成される振動系の共振周波数でブレーキ圧を微小励振する微小励振手段と、前記微小励振手段により微小励振されたブレーキ圧の微小振幅に対する前記共振周波数での車輪速度の微小振幅の比である微小ゲインを演算する微小ゲイン演算手段と、前記車輪速検出手段により検出された車輪速度と、前記制動力検知手段により検知された制動力又は制動力に関連した物理量とに基づいて、前記目標スリップ率を目標微小ゲインに変換する演算を行う目標ゲイン演算手段と、前記微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインが、前記目標ゲイン演算手段により演算された目標微小ゲインに追従するように車輪運動を制御するサーボ制御手段と、を有することを特徴とする。
【0016】
また、請求項2の発明は、目標スリップ率に追従する制御を行うスリップ率サーボ制御装置であって、車輪速度を検出する車輪速検出手段と、車輪に作用する制動力又は制動力に関連した物理量を検知する制動力検知手段と、車体と車輪と路面とから構成される振動系の共振周波数でブレーキ圧を微小励振する微小励振手段と、前記微小励振手段により微小励振されたブレーキ圧の微小振幅に対する前記共振周波数での車輪速度の微小振幅の比である微小ゲインを演算する微小ゲイン演算手段と、前記車輪速検出手段により検出された車輪速度、前記制動力検知手段により検知された制動力又は制動力に関連した物理量、及び前記微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインに基づいてスリップ率を演算するスリップ率演算手段と、前記スリップ率演算手段により演算されたスリップ率が、前記目標スリップ率に追従するように車輪運動を制御するサーボ制御手段と、を有することを特徴とする。
(本発明の原理−微小ゲインに関する説明)
重量Wv の車体を備えた車両が車体速度ωv で走行している時の車輪での振動現象、すなわち車体と車輪と路面とによって構成される振動系の振動現象を、車輪回転軸で等価的にモデル化した図4に示すモデルを参照して考察する。
【0017】
図4のモデルにおいて、ブレーキ力は、路面と接するタイヤのトレッド115の表面を介して路面に作用するが、このブレーキ力は実際には路面からの反作用(制動力)として車体に作用するため、車体重量の回転軸換算の等価モデル117はタイヤのトレッドと路面との間の摩擦要素116(路面μ)を介して車輪113と反対側に連結したものとなる。これは、シャシーダイナモ装置のように、車輪下の大きな慣性、すなわち車輪と反対側の質量で車体の重量を模擬することができることと同様である。
【0018】
図4でタイヤリムを含んだ車輪113の慣性をJw 、リムとトレッド115との間のばね要素114のばね定数をK、車輪半径をR、トレッド115の慣性をJt 、トレッド115と路面との間の摩擦要素116の摩擦係数をμ、車体の重量Wv の回転軸換算の等価モデル117の慣性をJV とすると、ホイールシリンダ圧により生じるブレーキトルクTb ’から車輪速ωw までの伝達特性は、車輪運動の方程式より、
【0019】
【数1】
【0020】
となる。なお、sはラプラス変換の演算子である。
【0021】
タイヤが路面にグリップしている時は、トレッド115と車体等価モデル117とが直結されていると考えると、車体等価モデル117とトレッド115との和の慣性と、車輪113の慣性とが共振する。すなわち、この振動系は、車輪と車体と路面とから構成された車輪共振系とみなすことができる。このときの車輪共振系の共振周波数ω∞は、(1) 式の伝達特性において、
ω∞=√{(Jw +Jt +Jv )K/Jw (Jt +Jv )}/2π (2)
となる。この状態は、図3(a)、(b)及び図5では、ピークμに達する前の領域A1に対応する。
【0022】
逆に、タイヤの摩擦係数μがピークμに近づく場合には、タイヤ表面の摩擦係数μがスリップ率((車体速度−車輪速度)/車体速度)に対して変化し難くなり、トレッド115の慣性の振動に伴う成分は車体等価モデル117に影響しなくなる。つまり等価的にトレッド115と車体等価モデル117とが分離され、トレッド115と車輪113とが共振を起こすことになる。このときの車輪共振系は、車輪と路面とから構成されているとみなすことができ、その共振周波数ω∞’は、(2) 式において、車体等価慣性Jv を0とおいたものと等しくなる。すなわち、
ω∞' =√{(Jw +Jt )K/Jw Jt )}/2π (3)
となる。この状態は、図3(a)、(b)及び図5では、ピークμ近傍の領域A2に対応する。
【0023】
(2) と(3) 式とを比較し、車体等価慣性Jv が車輪慣性Jw 、トレッド慣性Jt より大きいと仮定すると、(3) 式の場合の車輪共振系の共振周波数ω∞’は(2) 式よりもω∞よりも高周波数側にシフトすることになる。従って、車輪共振系の共振周波数の変化を反映する物理量に基づいて、車輪と路面との間の摩擦状態を判定することが可能となる。
【0024】
そこで、本発明では、このような共振周波数の変化を反映する物理量として、以下のような微小ゲインGd を導入する。
【0025】
まず、本発明の微小励振手段が、車輪と車体と路面とからなる振動系の共振周波数ω∞((2) 式) でブレーキ圧Pb を微小励振すると、車輪速度ωw も平均的な車輪速度の回りに共振周波数ω∞で微小振動する。ここで、このときのブレーキ圧Pb の共振周波数ω∞の微小振幅をPv 、車輪速度の共振周波数ω∞の微小振幅をωwvとした場合、微小ゲインGd を
Gd =ωwv/Pv (4)
とする。なお、この微小ゲインGd を、ブレーキ圧Pb に対する車輪速ωw の比(ωw /Pb )の共振周波数ω∞の振動成分とみなし、
Gd =((ωw /Pb )|s=jω∞) (5)
と表すこともできる。
【0026】
この微小ゲインGd は、(5) 式に示すように(ωw /Pb )の共振周波数ω∞の振動成分であるので、摩擦状態がピークμ近傍の領域に至ったとき、共振周波数がω∞’にシフトするため急激に減少する。これは、ピークμ近傍で路面μ勾配が零近傍に減少することと対応しており、微小ゲインGd が路面μ勾配と等価な物理量であることを示唆している。そこで、以下に、微小ゲインGd が、図3(a)、(b)に示した制動トルク勾配(路面μ勾配)と等価であることを厳密に証明する。
【0027】
図5に示すように、スリップ速度Δωと、車輪−路面間の摩擦係数μとの間には、あるスリップ率で摩擦係数μがピークをとる関数関係が成立することが知られている。
【0028】
ところで、微小励振手段によりブレーキ圧を微小励振すると、車輪速度が微小振動するので、スリップ率もあるスリップ率の回りで微小振動する。ここで、図5の特性を有する路面において、あるスリップ率の回りで微小振動したときの摩擦係数μのスリップ速度Δωに対する変化を考える。
【0029】
このとき、路面の摩擦係数μは、
μ = μ0 +αRΔω (6)
と近似できる。すなわち、微小振動によるスリップ速度の変化が小さいため、傾きαRの直線で近似できる。
【0030】
ここで、タイヤと路面間の摩擦係数μにより生じる制動トルクTb =μWRに(6) 式を代入すると、
Tb = μWR = μ0 WR+αR2 ΔωW (7)
となる。ここで、Wは輪荷重である。(7) 式の両辺をΔωで1階微分すると、
【0031】
【数2】
【0032】
を得る。よって、(8) 式により、制動トルク勾配(dTb /Δω)が、αR2 Wに等しいことが示された。
【0033】
一方、ブレーキトルクTb ’がブレーキ圧Pb と比例関係にあることから、微小ゲインGd は、ブレーキトルクTb ’に対する車輪速度ωw の比(ωw /Tb ’)の共振周波数ω∞の振動成分と比例関係にある。従って、(1) 式の伝達特性により、微小ゲインGd は次式によって表される。
【0034】
【数3】
【0035】
一般に、(11)式において、
|A| = 0.012 << |B| = 0.1 (12)
となることから、(8) 、(9) 式より、
【0036】
【数4】
【0037】
を得る。すなわち、スリップ速度Δωに対する制動トルクTb の勾配は微小ゲインGd に比例する。
【0038】
以上により、微小ゲインGd が制動トルク勾配と等価な物理量であることが示された。
(本発明の作用)
一般に、路面μ特性において、制動トルクTb (又は摩擦係数μ)は、ピークμの近くまで(領域A1)、スリップ速度Δωに対し略比例の関係にあると近似できる。なお、この近似は、図3(b)の路面の領域A1では、特に有効に成り立っている。よって、比例係数をαとおくと、領域A1において、
Tb = αΔω (14)
を得る。
【0039】
ここで、α=(dTb /dΔω)であることから、(13)、(14)式より、
Tb = k’Gd Δω (15)
が成立する。ただし、k’は(13)式の比例係数である。
【0040】
また、制動力Fは、制動トルクTb と比例関係(F=Tb /R;Rは車輪の有効半径)にあるので、(15)式を制動力Fについて表すと、
F = kGd Δω (16)
となる。ただし、k=k’/Rである。
【0041】
制動力Fについては、実施の形態で後述するように推定方法があるので、(16)式をΔωについて表すと、
【0042】
【数5】
【0043】
となる。ただし、K=1/k(定数)である。
ここで、スリップ率Sは、車輪速度をωw 、車体速度(角速度換算)をωv とすると、
【0044】
【数6】
【0045】
と表せる。ただし、スリップ速度Δω=ωv −ωw である。
(18)式に(17)式を代入すると、
【0046】
【数7】
【0047】
となる。すなわち、スリップ率Sは、車輪速度ωw 、制動力F、微小ゲインGd から演算することができる。
【0048】
(19)式を、微小ゲインGd について変形すると、
【0049】
【数8】
【0050】
となる。すなわち、微小ゲインGd は、スリップ率S、車輪速度ωw 、制動力F、から演算することができる。
【0051】
そこで、請求項1の発明では、目標ゲイン演算手段が、車輪速検出手段により検出された車輪速度ωw と、制動力検知手段により検知された制動力Fとに基づいて、目標スリップ率Sc を目標微小ゲインGs に変換する演算を行う。この目標ゲイン演算手段による演算は、例えば、(20)式において、スリップ率Sを目標スリップ率Sc に、微小ゲインGd を目標微小ゲインGs に置き換えた以下の(21)式により行うことができる。
【0052】
【数9】
【0053】
ここで、制動力Fとして、制動力に関連する物理量、例えば制動トルクTb 等を用いても良い。この場合、制動力Fと制動トルクTb との比例関係より、(21)式において制動力Fの代わりに制動トルクTb で表した変形式を用いることはいうまでもない。また、制動力Fは、車輪に加えられたブレーキ力の反力として車輪に作用するため、関連した物理量として、検出若しくは推定されたホイールシリンダ圧を用いることもできる。
【0054】
なお、目標ゲイン演算手段の演算方法は、(21)式若しくはその変形式に限定されるものではなく、直線近似の(14)式を、さらに近似度の良い関数で表したものから導き出された、微小ゲイン、スリップ率、制動力、及び車輪速度の間の関係式より演算することもできる。
【0055】
そして、本発明のサーボ制御手段は、微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインGd が、目標ゲイン演算手段により演算された目標微小ゲインGs に追従するように車輪運動を制御する。
【0056】
例えば、本発明をABS装置に適用した場合、微小ゲインGd が目標微小ゲインGs に追従するように、車輪に作用する平均的なブレーキ力を制御する。また、トラクションコントロール装置(以下、「TRC装置」という)に適用する場合、TRC領域のスリップ率に応じて演算された目標微小ゲインGs に、微小ゲインGd が追従するように、アクセル開度等を制御する。
【0057】
このように請求項1の発明では、目標スリップ率Sc に対応する目標微小ゲインGs を、車速ωv からではなく、(19)式を介してスリップ率と関連する制動力F及び車輪速度ωw から導いているので、車速の推定を行うことなく、車速の変化に応じて変化する微小ゲインの最適な目標値をリアルタイムに設定することができる。
【0058】
また、請求項2の発明では、スリップ率演算手段が、車輪速検出手段により検出された車輪速度ωw 、制動力検知手段により検知された制動力F、及び微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインGd 、に基づいてスリップ率Sを演算する。このスリップ率演算手段による演算は、例えば(19)式に基づいて実行することができる。
【0059】
ここで、制動力Fとして、制動力に関連する物理量を用いることができるのは、請求項1の発明と同様である。また、スリップ率演算手段の演算方法は、(19)式若しくはその変形式に限定されるものではなく、直線近似の(14)式を、さらに近似度の良い関数で表したものから導き出された、微小ゲイン、スリップ率、制動力、及び車輪速度の間の関係式より演算することもできる。
【0060】
そして、本発明のサーボ制御手段は、スリップ率演算手段により演算されたスリップ率Sが、目標スリップ率Sc に追従するように車輪運動を制御する。
【0061】
このように請求項2の発明では、演算された微小ゲインGd を車速ωv からではなく、(19)式を介してスリップ率と関連する制動力F及び車輪速度ωw からスリップ率Sに変換し、該スリップ率Sを、目標スリップ率Sc に追従させる制御を行っている。すなわち、車速の推定を行うことなく、微小ゲインの車速依存性に対応している。
【0062】
ところで、一般に、制動力の勾配に変化のない部分では、該勾配に略比例する微小ゲインを制御した場合、基準ゲインが大き過ぎると、ブレーキ油圧を減圧し過ぎる傾向にあり、逆に小さ過ぎるとピークの間際まで達して、小さな外乱でも車輪ロックに陥る可能性がある。しかし、請求項1及び請求項2の発明によれば、勾配の変化しない領域では、ブレーキ油圧に対して、スリップ率がほぼ単調に増加・減少することを利用して、該スリップ率に基づいて制御することにより、ブレーキ油圧の過減圧が防止できると共に、車輪ロックに陥る可能性も少なくなる。
【0063】
【発明の実施の形態】
以下、本発明のスリップ率サーボ制御装置を、車両のABS装置に適用した場合の各実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
(第1の実施の形態)
図1には、本発明の第1の実施の形態に係るABS装置の構成ブロック図が示されている。
【0064】
図1に示すように、本実施の形態のABS装置は、車輪速度ωw を検出する車輪速センサ18、検出された車輪速度ωw から微小ゲインGd を演算する微小ゲイン演算部36、車輪速度ωw から車輪に作用する制動力Fを推定する制動力推定部22、目標スリップ率Sc を設定する目標スリップ率設定部10、設定された目標スリップ率Sc を、車輪速度ωw と制動力Fとを用いて微小ゲインGd の基準ゲインGs に変換する演算を行う目標ゲイン演算部20、基準ゲインGs と微小ゲインGd との差ΔG=Gd −Gs を演算する差分器12、演算されたΔGを零に一致又は略一致させるための平均ブレーキ力の指令信号Pr を算出する制御器14、及び指令された平均ブレーキ力指令Pr と微小励振指令Pv との和信号に基づいてブレーキ圧を制御する制御バルブ52、から構成される。
【0065】
このうち目標スリップ率設定部10は、通常の路面状態でピークμとなるときのスリップ率(例えば0.2)を目標スリップ率Sc として記憶するメモリにより実現することができる。また、路面状態毎にピークμを与えるスリップ率を記憶すると共に、車輪運動を表す複数の物理量から路面状態を推定する路面推定手段を設け、この路面推定手段により推定された路面状態に応じてピークμとなるときのスリップ率を出力する手段として構成することも可能である。
【0066】
目標ゲイン演算部20は、図10に示すように、1からSc を減算する減算器70、この減算結果をSc で除算する除算器71、この除算結果に制動力Fを乗算する乗算器72、この乗算結果を車輪速度ωw で除算する除算器73、及びこの除算結果に定数Kを乗算する定数器74、から構成されており、上記(21)式を実行することにより基準ゲインGs を算出する。
【0067】
また、図1の制御器14は、ΔGを零に一致又は略一致させるためのブレーキ圧指令信号を比例ゲイン及び積分ゲインにより演算する所謂PI制御器で構成することができる。勿論、いわゆるH∞制御や2自由度制御などを行うロバスト制御器等、より高次の制御を行う制御器により構成することもできる。
【0068】
また、制御バルブ52によるブレーキ圧の制御は、該制御バルブ52回りに構成されたブレーキ部16により実現することができる。ここで、ブレーキ部16の詳細な構成を図8に示す。
【0069】
図8に示すように、ブレーキ部16は、制御バルブ52以外に、マスタシリンダ48、ホイールシリンダ56、リザーバー58及びオイルポンプ60を備えている。
【0070】
このうちブレーキペダル46は、ブレーキペダル46の踏力に応じて増圧するマスタシリンダ48を介して制御バルブ52の増圧バルブ50へ接続されている。また、制御バルブ52は、減圧バルブ54を介して低圧源としてのリザーバー58へ接続されている。さらに、制御バルブ52には、該制御バルブによって供給されたブレーキ圧をブレーキディスクに加えるためのホイールシリンダ56が接続されている。この制御バルブ52は、ドライバの踏力によるブレーキ圧Pd を供給すると共に、入力されたバルブ動作指令(Pr +Pv )に基づいて増圧バルブ50及び減圧バルブ54の開閉を制御する。
【0071】
なお、この制御バルブ52が増圧バルブ50のみを開くように制御されると、ホイールシリンダ56の油圧(ホイールシリンダ圧)は、ドライバがブレーキペダル46を踏み込むことによって得られる圧力に比例したマスタシリンダ48の油圧(マスタシリンダ圧)まで上昇する。逆に減圧バルブ54のみを開くように制御されると、ホイールシリンダ圧は、ほぼ大気圧のリザーバ58の圧力(リザーバ圧)まで減少する。また、両方のバルブを閉じるように制御されると、ホイールシリンダ圧は保持される。
【0072】
ホイールシリンダ56によりブレーキディスクに加えられるブレーキ力(ホイールシリンダ圧に相当)は、マスタシリンダ48の高油圧が供給される増圧時間、リザーバー58の低油圧が供給される減圧時間、及び供給油圧が保持される保持時間の比率と、圧力センサ等により検出されたマスタシリンダ圧及びリザーバー圧とから求められる。
【0073】
従って、制御バルブ52の増減圧時間をマスタシリンダ圧に応じて制御することにより、所望のブレーキトルクを実現することができる。そして、ブレーキ圧の微小励振は、平均ブレーキ力を実現する制御バルブ52の増減圧制御と同時に共振周波数に対応した周期で増圧減圧制御を行うことにより可能となる。
【0074】
具体的な制御の内容として、図9に示すように、微小励振の周期(例えば24[ms])の半周期T/2毎に増圧と減圧のそれぞれのモードを切り替え、バルブへの増減圧指令は、モード切り替えの瞬間から増圧時間ti 、減圧時間tr のそれぞれの時間分だけ増圧・減圧指令を出力し、残りの時間は、保持指令を出力する。平均ブレーキ力は、マスタシリンダ圧に応じた増圧時間ti と減圧時間tr との比によって定まると共に、共振周波数に対応した半周期T/2毎の増圧・減圧モードの切り替えによって、平均ブレーキ力の回りに微小振動が印加される。
【0075】
上記のようなブレーキ部16の作用によりブレーキ圧が微小励振されたときの微小ゲインを演算する微小ゲイン演算部36の構成を図6を用いて説明する。
【0076】
図6に示すように、微小ゲイン演算部36は、平均ブレーキ圧の回りに車体と車輪と路面とから構成される振動系の共振周波数ω∞((2) 式)でブレーキ圧を微小励振したときの、車輪速度ωw の共振周波数ω∞での微小振幅(車輪速微小振幅ωwv)を検出する車輪速微小振幅検出部40と、共振周波数ω∞のブレーキ圧の微小振幅Pv を検出するブレーキ圧微小振幅検出部42と、検出された車輪速微小振幅ωwvをブレーキ圧微小振幅Pv で除算することにより微小ゲインGd を出力する除算器44と、から構成される。
【0077】
ここで、車輪速微小振幅検出部40は、共振周波数ω∞の振動成分を抽出するフィルタ処理を行う図7のような演算部として実現できる。例えば、この振動系の共振周波数ω∞が40[Hz]程度であるので、制御性を考慮して1周期を24[ms]、約41.7[Hz]に取り、この周波数を中心周波数とする帯域通過フィルタ75を設ける。このフィルタにより、車輪速度信号ωw から約41.7[Hz]近傍の周波数成分のみが抽出される。さらに、このフィルタ出力を全波整流器76により全波整流、直流平滑化し、この直流平滑化信号から低域通過フィルタ77によって低域振動成分のみを通過させることにより、車輪速微小振幅ωwvを出力する。
【0078】
なお、周期の整数倍、例えば1周期の24[ms]、2周期の48[ms]の時系列データを連続的に取り込み、41.7[Hz]の単位正弦波、単位余弦波との相関を求めることによっても車輪速微小振幅検出部40を実現できる。
【0079】
そして、ブレーキ圧微小振幅Pv は、マスタシリンダ圧、図9に示したバルブの増圧時間ti の長さ、及び減圧時間tr の長さによって所定の関係で定まるので、図6のブレーキ圧微小振幅検出部42は、マスタシリンダ圧、増圧時間ti 及び減圧時間tr からブレーキ圧微小振幅Pv を出力するテーブルとして構成することができる。
【0080】
また、図1の制動力検出部22は、路面から車輪に対し摩擦力として作用する制動力を、車輪の力学的モデルに従って以下のように推定する。
【0081】
すなわち、車輪には、車輪の回転方向と反対方向に作用するブレーキトルクTB と、摩擦力として車輪の回転方向に作用する制動力FによるタイヤトルクTf と、が作用する。ブレーキトルクTB は、車輪のブレーキディスクに対し車輪の回転を妨げるように作用するブレーキ力に由来するものであり、制動力F及びタイヤトルクTf は、車輪と路面との間の摩擦係数をμB 、車輪半径をr、車輪荷重をWとしたとき、次式によって表される。
【0082】
F = μB W
Tf = F×r = μB Wr
従って、車輪の運動方程式は、
【0083】
【数10】
【0084】
となる。ただし、Iは車輪の慣性モーメントである。
検出された車輪速度ωw から車輪加速度(dω/dt)を演算すると共に、ブレーキディスクに加えられるホイールシリンダ圧に基づいてブレーキトルクTB を求めれば、(22)式に基づいて制動力Fを推定することができる。
【0085】
また、特願平9−46100号の明細書に詳細に記載されているように、アクセル開度などから求めた車輪の駆動トルクと、外乱としての制動力Fとが車輪に作用する(22)式と等価な力学モデルをオブザーバとして構成することができる。このオブザーバでは、(22)式を時間tに関し2階積分することにより得られる回転位置と実際に検出された回転位置との偏差を0に一致させるように制御周期毎に等価モデルの外乱及び回転速度を修正し、修正された外乱に基づき制動力Fを推定する。このオブザーバによれば、ノイズ等の影響を受けやすい車輪加速度を演算する必要が無いため、より高精度に制動力Fを演算することができる。
【0086】
次に、第1の実施の形態の作用を説明する。
所定条件の成立により、制御バルブ52への動作指令に微小励振指令が印加され、ブレーキ圧が共振周波数ω∞で微小励振される。なお、この所定条件として、通常のABS開始条件、例えば、ドライバがブレーキペダルを踏み込み、かつ車輪減速度が一定値を越えた条件などが挙げられる。
【0087】
ブレーキ圧が微小励振されると、微小ゲイン演算部36が、微小ゲインGd を演算し、制動力推定部22が制動力Fを推定する。そして、目標スリップ率設定部10が、ピークμのときのスリップ率として目標スリップ率Sc を出力すると、目標ゲイン演算部20が、この目標スリップ率Sc を、検出された車輪速度ωw と推定された制動力Fとを用いて、(21)式に基づき微小ゲインの目標値となる基準ゲインGs に変換する。
【0088】
現時点の微小ゲインGd と基準ゲインGs との差ΔGが差分器12により算出されると、制御器14は、ΔGが零に一致又は略一致するような平均ブレーキ力の指令Pr を算出する。例えば、ΔGが負値のとき、すなわち、微小ゲインGd が基準ゲインGs より小さくなったとき、ピークμとなるスリップ率Sc を越えてブレーキ制動されたとみなして、平均ブレーキ力を低減する指令Pr を出力する。この指令を受けた制御バルブ52は、ドライバの踏力によるブレーキ力Pd から、ブレーキ力低減指令Pr に対応したブレーキ力が低減されるようにバルブの増圧減圧時間を調整する。平均ブレーキ力が低下すると、スリップ率が低下するので、ピークμとなるスリップ率の領域を越えてタイヤがロックされるおそれを回避できる。
【0089】
逆に、ΔGが正値の場合、すなわち、微小ゲインGd が基準ゲインGs より大きくなったとき、ピークμとなるスリップ率Sc 以下のスリップ率とみなして、ブレーキ力を増加させる指令Pr を出力する。この指令を受けた制御バルブ52は、ドライバの踏力によるブレーキ力Pd に、ブレーキ力増加指令Pr に対応したブレーキ力が加わるようにバルブの増圧減圧時間を調整する。これにより、スリップ率がピークμ近傍まで増加し、制動距離を短縮することができる。
【0090】
なお、ドライバの踏力を越えたブレーキ力がかからないように、制御器14への入力信号ΔGから正値を除去する正値除去部を設けても良い。この場合、制御器14への指令は前者のブレーキ力の低減指令のみとなる。
ところで、既に述べた通り、ピークμの状態における微小ゲインGd は、車速が低速になるほど大きくなるという実験事実から、ピークμの状態に維持するための基準ゲインGs は、車速が低速のときほど大きくすることが望ましい。
【0091】
本実施の形態では、ピークμとなるスリップ率Sc を車輪速度及び制動力を用いてピークμに対応する基準ゲインGs に変換することにより、上記の微小ゲインの車速依存性に対応している。すなわち、車速を推定することなく、基準ゲインを好適に変更しているので、各車速においてピークμを維持するための最適なブレーキ力の制御を正確に行うことができる。
【0092】
また、車速に関連した物理量の1つである車輪速度だけから基準ゲインGs を変更する従来の方法では、スリップ率が大きくなるピークμ近傍において車速と車輪速度との差が大きくなるので、基準ゲインGs の実際値と理想値との差が大きくなり、最適なブレーキ制動ができなくなるおそれがある。しかし、本実施の形態では、車輪速度のみならず、スリップ率と関連のある制動力Fを用いて基準ゲインを演算するため、ピークμ近傍であるか否かに係わらず微小ゲインの車速依存性に好適に対応することができ、各車速において最適なブレーキ力の制御が可能となる。
【0093】
さらに、本実施の形態では、実質的に目標スリップ率Sc に追従させる制御を行うため、従来技術と比較して次のような利点がある。すなわち、図3(b)の路面のように、制動トルク勾配が領域A2で急激に変化し、領域A3に移行するところでは変化の乏しい路面で、ピークμのスリップ率Sc に追従する制御を行う場合でも、該スリップ率Sc に対応した基準ゲインGs が、正確に演算されるので、より良好なピークμ追従性能が得られ、タイヤのロックを確実に防止することができる。特に、図3(b)の路面では、(14)式の近似がピークμ近傍まで正確に成り立っているので、(21)式をそのまま用いて演算された基準ゲインにより、良好なピークμ追従制御が可能となる。
【0094】
なお、制御器14への入力信号の形式は、任意好適に変更可能である。例えば、上記差分器12の代わりに、次式を演算する演算器を介在させても良い。
【0095】
【数11】
【0096】
(23)式によれば、ピークμを越えて微小ゲインGd がGs より小さくなると、ΔGの負値が急激に大きくなる。すなわち、感度が高くなるため、タイヤのロックに陥る可能性を回避しつつ、ピークμを維持する制御をより高精度に行うことができる。
(第2の実施の形態)
次に、第2の実施の形態を説明する。
【0097】
図2には、本発明の第2の実施の形態に係るABS装置の構成ブロック図が示されている。なお、第1の実施の形態と同様の構成については同一の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0098】
図2に示すように、本実施の形態のABS装置は、車輪速センサ18により検出された車輪速度ωw 、微小ゲイン演算部36により演算された微小ゲインGd 、及び制動力推定部22により推定された制動力Fに基づいてスリップ率Sを演算するスリップ率演算部23が備えられており、このスリップ率演算部23は、差分器13の一方の入力端と接続されている。この差分器13の他方の入力端には、目標スリップ率設定部10が接続され、その出力端には制御器15が接続されている。差分器13は、目標スリップ率設定部10により設定された目標スリップ率Sc とスリップ率演算部23により演算されたスリップ率Sとの差ΔS(=Sc −S)を演算し、制御器15へ出力する。
【0099】
この制御器15は、ΔSを零に一致又は略一致させるためのブレーキ圧指令信号Pr を演算する所謂PI制御器(H∞制御や2自由度制御などを行う制御器でも良い)により実現することができる。この制御器15の指令信号Pr は、ブレーキ圧微小励振指令Pv と加算されて制御バルブ52へ入力される。
【0100】
すなわち、第1の実施の形態では、目標スリップ率に対応する微小ゲインの基準ゲインGs を演算し、この基準ゲインGs に微小ゲインGd を追従させる制御を行ったが、第2の実施の形態では、演算した微小ゲインGd をスリップ率に変換し、このスリップ率を目標スリップ率に追従させる制御を行う。
【0101】
また、スリップ率演算部23は、図11に示すように、入力された制動力Fに定数Kを乗算する定数器80、この乗算結果を微小ゲインGd で除算する除算器81、この除算結果に車輪速度ωw を加算する加算器82、除算器81の除算結果を加算器82の加算結果で除算する除算器83、から構成されており、上記(19)式を実行することによりスリップ率Sを算出する。
【0102】
なお、制御器15への入力信号の形式が任意好適に変更可能であることは、第1の実施の形態と同様である。
【0103】
次に、第2の実施の形態の作用を説明する。
所定条件の成立により、制御バルブ52への動作指令に微小励振指令が印加され、ブレーキ圧が共振周波数ω∞で微小励振される。なお、この所定条件は、第1の実施の形態と同様である。
【0104】
ブレーキ圧が微小励振されると、微小ゲイン演算部36が、微小ゲインGd を演算し、制動力推定部22が制動力Fを推定する。そして、図11のスリップ率演算部23が、検出された車輪速度ωw と演算された微小ゲインGd と推定された制動力Fとを用いて、(19)式に基づきスリップ率Sを演算する。
【0105】
現時点で演算されたスリップ率Sと目標スリップ率Sc との差ΔSが差分器12により算出されると、制御器15は、ΔSが零に一致又は略一致するような平均ブレーキ力の指令Pr を算出する。例えば、ΔSが負値のとき、ピークμとなるスリップ率Sc を越えてブレーキ制動されたとみなして、平均ブレーキ力を低減する指令Pr を出力する。平均ブレーキ力が低下すると、スリップ率が低下するので、ピークμとなるスリップ率の領域を越えてタイヤがロックされるおそれを回避できる。
【0106】
逆に、ΔSが正値の場合、ピークμとなるスリップ率Sc 以下のスリップ率であるので、ブレーキ力を増加させる指令Pr を出力する。これにより、スリップ率がピークμ近傍まで増加し、制動距離を短縮することができる。なお、ドライバの踏力を越えたブレーキ力がかからないように、制御器15への入力信号ΔSから正値を除去する正値除去部を設けても良い。この場合、制御器15への指令は前者のブレーキ力の低減指令のみとなる。
【0107】
このように第2の実施の形態では、微小ゲインを、車輪速度と制動力とを用いてスリップ率Sに変換し、このスリップ率Sを目標スリップ率Sc に追従させる制御を行うことにより、車速を推定することなく、微小ゲインの車速依存性に対応している。すなわち、車速の変動に応じてピークμ近傍の値が変動する微小ゲインが、車速が変動してもピークμ近傍のときにある特定の値となるスリップ率Sに変換されるので、このスリップ率Sの目標追従制御を行うことで、微小ゲインの車速依存性を吸収し、各車速において、最適なブレーキ力の制御を実現している。よって、第2の実施の形態においても車速を推定しないで済むことから、第1の実施の形態と同様の効果を奏することができる。
【0108】
さらに、第2の実施の形態においても、目標スリップ率Sc に追従させる制御を行うため、従来技術と比較して、第1の実施の形態と同様の利点がある。
【0109】
以上が本発明の各実施の形態であるが、本発明は、上記例にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において任意好適に変更可能である。
【0110】
例えば、上記各実施の形態では、ピークμに対応する目標スリップ率に追従する制御を例にしたが、本発明は、これに限定されるものではなく、ピークμ以外のスリップ率を設定し、このスリップ率に追従する制御を行うこともできる。
【0111】
また、上記各実施の形態では、本発明のスリップ率サーボ制御装置を、ABS装置に適用する例を示したが、本発明は、これに限定されるものではなく、例えばTRC装置等にも適用することができる。この場合、TRC領域のスリップ率に追従するようにアクセル開度や過剰加速を防止する等の制御を行うが、ドライバの踏力とは無関係にブレーキ圧の微小励振を行うように、図8のブレーキ部16の構成を変更する。例えば、制御バルブ50の増圧バルブ50へ、ブレーキペダル46の踏み込みが無くても高油圧を供給できる高油圧供給手段を設け、該手段とマスタシリンダ48とを切り替え可能に構成する。TRC制御時には、増圧バルブ50へ該高油圧供給手段を接続し、それ以外では、マスタシリンダ48を接続するように切り替える。
【0112】
【発明の効果】
以上説明したように、請求項1の発明によれば、目標スリップ率、制動力及び車輪速度から目標微小ゲインを求めるようにしたので、車速の変化に応じて変化する微小ゲインの最適な目標値を、車速の推定を行うことなく設定することができ、各車速に応じて良好な制御性能が得られる、という効果がある。
【0113】
また、請求項2の発明によれば、演算された微小ゲインを、制動力及び車輪速度を用いてスリップ率に変換し、該スリップ率を、目標スリップ率に追従させる制御を行うようにしたので、車速の推定を行う必要がなく、各車速に応じて良好な制御性能が得られる、という効果がある。
【0114】
すなわち、請求項1及び請求項2の発明によれば、車体速度を推定しなくて済むので、従来技術のように推定車体速度と実車体速度とが一致若しくは略一致するまでブレーキ圧の増減圧を繰り返す必要が無くなり、よって車輪のロックを回避すると共に車両挙動への影響を軽減することができる。
【0115】
さらに、請求項1及び請求項2の発明によれば、ピークμに対応する目標スリップ率に追従させる制御を行った場合、制動トルク勾配がピークμ近傍の領域で急激に変化し、それ以降の領域では変化の乏しい路面でも、ピークμに確実に追従し、タイヤのロックを防止することができる、という効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のスリップ率サーボ制御装置が適用された第1の実施の形態に係るABS装置の構成を示すブロック図である。
【図2】本発明のスリップ率サーボ制御装置が適用された第2の実施の形態に係るABS装置の構成を示すブロック図である。
【図3】スリップ速度に対する制動トルクの変化特性(制動トルク特性)を示すための図であって、(a)はピークμの前後で制動トルク勾配が緩やかに変化する路面の制動トルク特性、(b)はピークμの前後で制動トルク勾配が急激に変化する路面の制動トルク特性を示す。
【図4】車輪と車体と路面とから構成される振動系の等価モデルを示す図である。
【図5】スリップ速度に対する摩擦係数μの変化特性を示すと共に、微小ゲインが制動トルク勾配と等価であることを説明するため、微小振動の中心の回りのμの変化が直線で近似できることを示す図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る微小ゲイン演算部の構成を示すブロック図である。
【図7】上記微小ゲイン演算部の車輪速微小振幅検出部の構成を示すブロック図である。
【図8】ブレーキ部のハードウェア構成を示すブロック図である。
【図9】制御バルブへの動作指令を示す図である。
【図10】図1の第1の実施の形態に係るABS装置の目標ゲイン演算部の構成例を示すブロック図である。
【図11】図2の第2の実施の形態に係るABS装置のスリップ率演算部の構成例を示すブロック図である。
【図12】従来のABS装置で用いられる車体速度の推定方法の概要を示す線図である。
【符号の説明】
10 目標スリップ率設定部
14 制御器
15 制御器
16 ブレーキ部
18 車輪速センサ
20 目標ゲイン演算部
22 制動力推定部
23 スリップ率演算部
36 微小ゲイン演算部
40 車輪速微小振幅検出部
42 ブレーキ圧微小振幅検出部
Claims (2)
- 目標スリップ率に追従する制御を行うスリップ率サーボ制御装置であって、
車輪速度を検出する車輪速検出手段と、
車輪に作用する制動力又は制動力に関連した物理量を検知する制動力検知手段と、
車体と車輪と路面とから構成される振動系の共振周波数でブレーキ圧を微小励振する微小励振手段と、
前記微小励振手段により微小励振されたブレーキ圧の微小振幅に対する前記共振周波数での車輪速度の微小振幅の比である微小ゲインを演算する微小ゲイン演算手段と、
前記車輪速検出手段により検出された車輪速度と、前記制動力検知手段により検知された制動力又は制動力に関連した物理量とに基づいて、前記目標スリップ率を目標微小ゲインに変換する演算を行う目標ゲイン演算手段と、
前記微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインが、前記目標ゲイン演算手段により演算された目標微小ゲインに追従するように車輪運動を制御するサーボ制御手段と、
を有することを特徴とするスリップ率サーボ制御装置。 - 目標スリップ率に追従する制御を行うスリップ率サーボ制御装置であって、
車輪速度を検出する車輪速検出手段と、
車輪に作用する制動力又は制動力に関連した物理量を検知する制動力検知手段と、
車体と車輪と路面とから構成される振動系の共振周波数でブレーキ圧を微小励振する微小励振手段と、
前記微小励振手段により微小励振されたブレーキ圧の微小振幅に対する前記共振周波数での車輪速度の微小振幅の比である微小ゲインを演算する微小ゲイン演算手段と、
前記車輪速検出手段により検出された車輪速度、前記制動力検知手段により検知された制動力又は制動力に関連した物理量、及び前記微小ゲイン演算手段により演算された微小ゲインに基づいてスリップ率を演算するスリップ率演算手段と、
前記スリップ率演算手段により演算されたスリップ率が、前記目標スリップ率に追従するように車輪運動を制御するサーボ制御手段と、
を有することを特徴とするスリップ率サーボ制御装置。
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